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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023182449
(43)【公開日】2023-12-26
(54)【発明の名称】表面処理鋼材
(51)【国際特許分類】
   C23C 28/00 20060101AFI20231219BHJP
   C23C 22/36 20060101ALI20231219BHJP
   B32B 15/18 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
C23C28/00 A
C23C22/36
B32B15/18
【審査請求】未請求
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022096063
(22)【出願日】2022-06-14
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】西田 義勝
(72)【発明者】
【氏名】清水 厚雄
(72)【発明者】
【氏名】莊司 浩雅
【テーマコード(参考)】
4F100
4K026
4K044
【Fターム(参考)】
4F100AB02A
4F100AB18B
4F100AB31B
4F100AK52C
4F100BA03
4F100BA07
4F100EH71B
4F100GB32
4F100GB48
4F100JB02
4F100JG01
4K026AA02
4K026AA12
4K026AA13
4K026BA03
4K026BB10
4K026CA13
4K026CA24
4K026CA26
4K026CA28
4K026CA30
4K026CA37
4K026CA41
4K026DA02
4K026DA11
4K044AA02
4K044AB02
4K044BA10
4K044BA21
4K044BB03
4K044BC02
4K044BC14
4K044CA11
4K044CA18
4K044CA44
4K044CA53
(57)【要約】      (修正有)
【課題】耐食性及び導電性に優れた表面処理鋼材を提供すること。
【解決手段】鋼材とZnまたはZn合金を含むめっき層と化成処理被膜とを有し、前記化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物とP及びFとを含み、化成処理被膜の厚さをtとしたとき、前記化成処理被膜の表面から前記厚さ方向にt×1/6の位置を始点とし、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×1/2の位置を終点とする範囲を領域1、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×1/2の前記位置を始点とし、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×5/6の位置を終点とする範囲を領域2としたときの、前記領域1の前記Siのイオンカウントの平均値X1に対する前記領域2の前記Siのイオンカウントの平均値X2の比であるX2/X1が1.05~1.50である、表面処理鋼材。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材と、
前記鋼材の表面に形成された、ZnまたはZn合金を含むめっき層と、
前記めっき層の表面に形成された化成処理被膜と、
を有し、
前記化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含み、
TOF-SIMSを用いて、前記化成処理被膜の表面から、前記化成処理被膜の厚さ方向において、前記化成処理被膜と前記めっき層との界面に向かってSiおよびZnのイオンカウント分布を測定したときに、測定されたZnのイオンカウントの20倍と測定されたSiのイオンカウントとが初めて同一となる位置と、前記化成処理被膜の表面との距離を前記化成処理被膜の厚さtとしたとき、
前記化成処理被膜の表面から前記厚さ方向にt×1/6の位置を始点とし、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×1/2の位置を終点とする範囲を領域1、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×1/2の前記位置を始点とし、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×5/6の位置を終点とする範囲を領域2としたときの、前記領域1の前記Siのイオンカウントの平均値X1に対する、前記領域2の前記Siのイオンカウントの平均値X2の比である、X2/X1が1.05~1.50である、
表面処理鋼材。
【請求項2】
前記TOF-SIMSを用いて測定した、前記化成処理被膜の表面の、CのイオンカウントをX3、CHのイオンカウントをX4、NH4のイオンカウントをX5としたとき、X3/X1が0.0025~0.0340、X4/X1が0.080~0.110、かつ、X5/X1が0.0050~0.0120である、
請求項1に記載の表面処理鋼材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は表面処理鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼板の表面に亜鉛を主体とするめっき層が形成されためっき鋼板(亜鉛系めっき鋼板)が、自動車や建材、家電製品などの幅広い用途で使用されている。
また、このような亜鉛系めっき鋼板の表面に、耐食性や塗装密着性などを付与する目的で、クロム酸、重クロム酸又はそれらの塩を主成分として含有する処理液によりクロメート処理を施す方法、クロムを含まない金属表面処理剤を用いて処理を行う方法、リン酸塩処理を施す方法、シランカップリング剤単体による処理を施す方法、有機樹脂被膜処理を施す方法、などが一般的に知られており、実用に供されている。
【0003】
主としてシランカップリング剤を使用する技術としては、例えば特許文献1に、金属材表面に、特定の構造のシランカップリング剤2種を特定の質量比で配合して得られる有機ケイ素化合物(W)と、特定のインヒビターとを含有する水系金属表面処理剤を塗布し乾燥することにより、各成分を含有する複合被膜を形成したクロメートフリー表面処理金属材が開示されている。
また、特許文献2には、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性の各要素に優れたクロメートフリー表面処理を施した表面処理金属材、及び金属材料に優れた耐食性及び耐アルカリ性を付与するために用いるクロムを含まない金属表面処理剤が開示されている。
また、特許文献3には、金属板の少なくとも片面に、上層塗膜(α)が形成されているクロメートフリープレコート金属板であって、前記金属板と前記上層塗膜(α)との間に、(1)分子中にアミノ基を含有するシランカップリング剤(A)と分子中にグリシジル基を含有するシランカップリング剤(B)とを配合し反応させて得られ、構造中に環状シロキサン結合と鎖状シロキサン結合を有し、前記環状シロキサン結合と前記鎖状シロキサン結合の存在割合が、FT-IR反射法による環状シロキサン結合を示す1090~1100cm-1の吸光度(C1)と鎖状シロキサン結合を示す1030~1040cm-1の吸光度(C2)の比〔C1/C2〕で表して0.4~2.5である、有機ケイ素化合物(C)と、ポリウレタン樹脂、フェノール樹脂、及びエポキシ樹脂から選ばれる少なくとも1種のカチオン性有機樹脂(D)とを含む、造膜成分(X)と、(2)チタン化合物及びジルコニウム化合物から選ばれる少なくとも1種の金属化合物(E)とリン酸化合物(J)とフッ素化合物(F)とを含むインヒビター成分(Y)であって、但し、前記金属化合物(E)がフルオロ金属錯化合物(E’)である場合は、前記フッ素化合物(F)を含まなくても良い、インヒビター成分(Y)と、を配合して調整した下地処理剤を塗布し乾燥することにより形成される下地処理層(β)を有することを特徴とする、クロメートフリープレコート金属板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4776458号公報
【特許文献2】特許第5336002号公報
【特許文献3】特許第5933324号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1、特許文献2に開示された技術は、耐食性、耐熱性、耐指紋性、導電性、塗装性及び加工時の耐黒カス性に優れたクロメートフリー表面処理を施した表面処理鋼板として実用化されている優れた技術である。
しかしながら、近年の顧客ニーズの高度化により、先行技術では実用上においてめっきの耐食性(特に耐初期白錆性)が十分ではない場合がある。すなわち、特許文献1、特許文献2に記載された技術では、これまで一般に評価されてきたSST試験での試験時間を超えるような場合や、平坦部よりも耐食性の劣る加工部において、めっき層に白錆が発生することが懸念される。
【0006】
また、特許文献3では、造膜成分として、有機樹脂を含む必要がある。そのため、耐食性と塗膜密着性とについては優れたとしても、導電性に劣るという課題がある。
【0007】
本発明は、鋼材の表面に亜鉛または亜鉛合金を含むめっき層を有する亜鉛系めっき鋼材の表面に化成処理被膜を有する表面処理鋼材を前提として、耐食性及び導電性に優れた表面処理鋼材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
化成処理被膜を有する表面処理鋼材の耐食性は、化成処理被膜のバリア性(水分や塩化物イオンなどの腐食因子を透過させない性質)が高いほど向上する。また、疵などにより化成処理被膜が損傷した部分においては、水分が付着した際に化成処理被膜中の物質(主に金属元素)が溶け出してめっき層の腐食を防止する効果(インヒビター効果)が高いほど、耐白錆性等の耐食性が向上する。
上述の通り、特許文献1、特許文献2に示される化成処理被膜は、バリア性およびインヒビター効果の両方を備えている被膜ではあるが、従来よりも高い耐白錆性が要求される環境では、それぞれの性質が不十分であるため、めっき層を腐食させてしまい早期に白錆が発生する。
このような事情に鑑み、本発明者らは、優れた導電性を得るため有機樹脂の含有を必須としない化成処理被膜を前提として、化成処理被膜のバリア性及びインヒビター効果を高める方法について検討を行った。
その結果、化成処理被膜が、造膜成分として有機ケイ素化合物を含み、インヒビター成分として、PとFとを含むようにした上で、化成処理被膜の、めっき層との界面側にSiを濃化させることで、バリア性を高めることができることを見出した。
【0009】
本発明は上記の知見に鑑みてなされた。本発明の要旨は以下の通りである。
[1]鋼材と、前記鋼材の表面に形成された、ZnまたはZn合金を含むめっき層と、前記めっき層の表面に形成された化成処理被膜と、を有し、前記化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含み、TOF-SIMSを用いて、前記化成処理被膜の表面から、前記化成処理被膜の厚さ方向において、前記化成処理被膜と前記めっき層との界面に向かってSiおよびZnのイオンカウント分布を測定したときに、測定されたZnのイオンカウントの20倍と測定されたSiのイオンカウントとが初めて同一となる位置と、前記化成処理被膜の表面との距離を前記化成処理被膜の厚さtとしたとき、前記化成処理被膜の表面から前記厚さ方向にt×1/6の位置を始点とし、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×1/2の位置を終点とする範囲を領域1、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×1/2の前記位置を始点とし、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×5/6の位置を終点とする範囲を領域2としたときの、前記領域1の前記Siのイオンカウントの平均値X1に対する、前記領域2の前記Siのイオンカウントの平均値X2の比である、X2/X1が1.05~1.50である、表面処理鋼材。
[2]前記TOF-SIMSを用いて測定した、前記化成処理被膜の表面の、CのイオンカウントをX3、CHのイオンカウントをX4、NH4のイオンカウントをX5としたとき、X3/X1が0.0025~0.0340、X4/X1が0.080~0.110、かつ、X5/X1が0.0050~0.0120である、[1]に記載の表面処理鋼材。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、耐食性及び導電性に優れる表面処理鋼材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態に係る表面処理鋼材の断面の例を示す模式図である。
図2】化成処理被膜の表面からめっき層に向けて、100nmの深さまで、TOF-SIMSを用いて、Siのイオンカウント及びZnのイオンカウントを連続的に測定した結果の一例を示す図である。ただし、Znのイオンカウントに関しては20倍の値を示している。
図3】化成処理被膜の表面からめっき層に向けて、100nmの深さまで、TOF-SIMSを用いて、Siのイオンカウント、Znのイオンカウントを連続的に測定した結果の一例を示す図であって、PMT(最高到達温度)の違いによるSiの濃化挙動の違いを示す図である。ただし、Znのイオンカウントに関しては20倍の値を示している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の一実施形態に係る表面処理鋼材(本実施形態に係る表面処理鋼材)について説明する。
図1に示すように、本実施形態に係る表面処理鋼材1は、鋼材11と、鋼材11の表面に形成されたZnまたはZn合金を含むめっき層12と、めっき層12の表面に形成された化成処理被膜13と、を有する。図1では、めっき層12及び化成処理被膜13は鋼材11の片面にのみ形成されているが、他の面にも形成されていてもよい。
また、本実施形態に係る表面処理鋼材1は、TOF-SIMSを用いて、前記化成処理被膜の表面から前記化成処理被膜の厚さ方向において、前記化成処理被膜と前記めっき層との界面に向かってSiおよびZnのイオンカウント分布を測定したときに、測定されたZnのイオンカウントの20倍と測定されたSiのイオンカウントとが初めて同一となる位置と、前記化成処理被膜の表面と、の距離を前記化成処理被膜の厚さtとしたとき、前記化成処理被膜の表面から前記厚さ方向にt×1/6の位置を始点とし、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×1/2の位置を終点とする範囲を領域1、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×1/2の前記位置を始点とし、前記化成処理被膜の前記表面から前記厚さ方向にt×5/6の位置を終点とする範囲を領域2としたときの、前記領域1の前記Siのイオンカウントの平均値X1に対する、前記領域2の前記Siのイオンカウントの平均値X2の比である、X2/X1が1.05~1.50である。
【0013】
以下、鋼材11、めっき層12、化成処理被膜13についてそれぞれ説明する。
【0014】
[鋼材]
本実施形態に係る表面処理鋼材1は、めっき層12及び化成処理被膜13によって、優れた耐食性が得られる。そのため、鋼材11については、特に限定されない。鋼材11は、適用される製品や要求される強度や板厚等によって決定すればよく、例えば、JIS G 3131:2018またはJIS G 3113:2018に記載された熱延鋼板や、JIS G 3141:2021またはJIS G 3135:2018に記載された冷延鋼板を用いることができる。
【0015】
[めっき層]
めっき層12は、Znを、単独またはZn合金として、40質量%以上含むめっき層(亜鉛系めっき層)であれば、化学組成については限定されない。たとえば、JIS G 3313:2021、JIS G 3302:2019、JIS G 3323:2019、JIS G 3317:2019、またはJIS G 3321:2019で規定されているめっきが適用できる。
【0016】
めっき層12の付着量は限定されないが、耐食性向上のため、片面当たり、10g/m以上であることが好ましい。一方、片面当たりの付着量が200g/mを超えても耐食性が飽和する上、経済的に不利になる。そのため、付着量は200g/m以下であることが好ましい。
【0017】
また、めっき層の種類も限定されない。例えば、溶融めっき層であってもよいし、電気めっき層であってもよい。
【0018】
[化成処理被膜]
<化成処理被膜が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFと、を含む>
本実施形態に係る表面処理鋼材1が備える化成処理被膜13は、シランカップリング剤、リン酸化合物、フッ素化合物を含有する処理液(化成処理液)を、Zn(亜鉛)または亜鉛合金を含むめっき層の上に、所定の条件で塗布し、乾燥させることによって得られる。そのため、本実施形態に係る表面処理鋼材1が備える化成処理被膜13は、造膜成分として、シランカップリング剤に由来するシロキサン結合(Si-O-Si結合:環状シロキサン結合、鎖状シロキサン結合を含む)を有するケイ素化合物を含み、インヒビター成分として、P、Fを含む。P及びFは、インヒビターとして、リン酸化合物及びフッ素化合物の状態で存在していると考えられる。
ケイ素化合物が造膜成分である場合、化成処理被膜の平均Si濃度は例えば10質量%以上となる。また、必要に応じて、化成処理被膜13はZr化合物やV化合物に由来するZrやVを含んでもよい。
本実施形態に係る表面処理鋼材1が備える化成処理被膜13は、実質的に有機樹脂を含まない。
【0019】
図2は化成処理被膜の表面からめっき層に向けて、100nmの深さまで、TOF-SIMSを用いて、Siのイオンカウント、及びZnのイオンカウントを連続的に測定した結果を示す図である。ただし、Znのイオンカウントに関しては、20倍の値をグラフに示している。
本実施形態においては、図2に示すように、TOF-SIMSを用いて、化成処理被膜13の表面から化成処理被膜13の厚さ方向において、化成処理被膜13とめっき層12との界面に向かってSiおよびZnのイオンカウント分布を測定したときに、測定されたZnのイオンカウントの20倍と測定されたSiのイオンカウントとが初めて同一となる位置を同定し、この位置を化成処理被膜とめっき層との界面とし、その位置と前記化成処理被膜の表面との距離を化成処理被膜の厚さtとする。
【0020】
また、本実施形態では、図2に示すように、化成処理被膜13の表面から厚さ方向にt×1/6の位置を始点とし、化成処理被膜13の表面から厚さ方向にt×1/2の位置を終点とする範囲を領域1とする。また、化成処理被膜13の表面から厚さ方向にt×1/2の前記位置を始点とし、化成処理被膜13の表面から厚さ方向にt×5/6の位置を終点とする範囲を領域2とする。
【0021】
<領域1のSiのイオンカウントの平均値X1に対する、領域2のSiのイオンカウントの平均値X2の比である、X2/X1が1.05~1.50である>
本発明者らは、優れた導電性を得るために有機樹脂の含有を必須としない化成処理被膜を前提とした上で、化成処理被膜のバリア性を高めることで、耐白錆性を向上させる被膜設計を着想した。その結果、ケイ素化合物を含み(環状シロキサン結合または鎖状シロキサン結合を有するSiOx骨格を主体とし)、インヒビター成分として、PとFとを有する(リン酸化合物、フッ素化合物として存在していると考えられる)化成処理被膜において、化成処理被膜13の、めっき層との界面側の領域にSiを濃化させることでバリア性が向上することを見出した。
具体的には、領域1のSiのイオンカウントの平均値X1に対する、領域2のSiのイオンカウントの平均値X2の比である、X2/X1が1.05~1.50である場合に、化成処理被膜13のバリア性が十分に向上する。
X2/X1が1.05未満では、Siの濃化が十分ではなく、バリア性の向上が不十分となることで、十分な耐白錆性が得られない。X2/X1が1.05以上となる、すなわち、領域2にSiが濃化している場合にバリア性が高まる理由は明確ではないが、Siの濃化によって、化成処理被膜13の密度が高まっていることが考えられる。
一方、X2/X1が1.50超では、化成処理被膜にクラックが入ることで、十分な耐白錆性が得られない。
化成処理被膜13中のSiのイオンカウントの分布については、後述する要領でTOF-SIMSを用いた深さ方向のイオン分析を行うことにより確認できる。
【0022】
<好ましくは、TOF-SIMSを用いて測定した、化成処理被膜の表面の、CのイオンカウントをX3、CHのイオンカウントをX4、NH のイオンカウントをX5としたとき、X3/X1が0.0025~0.0340、X4/X1が0.080~0.110、かつ、X5/X1が0.0050~0.0120である>
シランカップリング剤を用いて、ケイ素化合物を含む化成処理被膜を形成する場合、造膜の段階では、SiOx骨格のネットワークの形成の観点で、アミンを含むシランカップリング剤が使用されるが多い。
しかしながら、化成処理被膜が形成された後は、化成処理被膜中のアミノ基は、少ない方が好ましい。これは、アミノ基が、腐食の原因物質をバリアする機能が低いためである。
そのため、本実施形態に係る表面処理鋼材においては、化成処理被膜の表面において、Siのイオン数に対する、C、CH、NH のイオン数の比を小さくすることが好ましい。
具体的には、TOF-SIMSを用いて測定した、化成処理被膜の表面のCのイオンカウントをX3、CHのイオンカウントをX4、NH のイオンカウントをX5としたとき、X3、X4、X5のそれぞれと、化成処理被膜中のSiのイオンカウントの平均値X1との比を所定の範囲とすることが好ましく、X3/X1が0.0025~0.0340、X4/X1が0.080~0.110、かつ、X5/X1が0.0050~0.0120であることが好ましい。この場合、さらに化成処理被膜のバリア性が高まり、耐白錆性がさらに向上する。
、CH、NH のイオンカウントは、後述する要領でTOF-SIMSを用いた化成処理被膜の表面のイオン分析を行うことにより確認できる。
【0023】
TOF-SIMSでの分析は以下の要領で行う。
まず、シリコン基板上に形成された既知の酸化膜厚でスパッタレートを確認する。その後、分析サンプルを用いて、スパッタ時間毎に全ての質量数のイオン数をカウントし、その値をトータルイオンとする。スパッタ時間と、上記で確認したスパッタレートの積から、分析深さを求める。着目イオンのイオンカウント数をトータルイオン数で割った数をイオンカウントと定義する。
また、測定装置、測定条件は以下の通りとする。
装置:ION-TOF社製 TOF-SIMS.5
照射イオン:Bi
加速電圧:30kV
スパッタ時間:2秒
測定領域:100μm×100μm
スパッタイオン銃:O +
【0024】
化成処理被膜が、P、Fを含むかどうかは、表面処理鋼材を蛍光X線分析装置にて、それぞれP、Fの存在有無を確認する方法で判断する。Zr、V等他の元素が含まれる場合にも同様に分析できる。各元素の検出強度が、化成処理被膜の存在しないめっき鋼材で測定した際の3倍以上であれば、当該元素が化成処理被膜に含まれていると判断する。
【0025】
化成処理被膜13が、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物を有するかどうかは、以下のようにFT-IRによって判断できる。
具体的には、FT-IRで測定したとき、シロキサン結合を示す1030~1200cm-1の吸光度のピークが観察される場合(例えば800cm-1~2300cm-1の間のベースラインの10倍以上の吸光度が得られた場合)に、シロキサン結合を有すると判断する。
FT-IRにおいて、測定条件は例えば以下の通りである。
測定方法:拡散反射法またはATR法
分解能:4cm-1
積算回数:128回
測定雰囲気:大気
【0026】
化成処理被膜の付着量は、100~2000mg/mであることが好ましい。付着量が、100mg/m未満であると、十分な効果が得られない場合がある。一方、付着量が2000mg/m超であると、膜厚が厚くなりすぎて化成処理被膜が剥離するおそれがある。
【0027】
[製造方法]
次に、本実施形態に係る表面処理鋼材の好ましい製造方法について説明する。
本実施形態に係る表面処理鋼材は、製造方法に関わらず上記の特徴を有していればその効果を得ることができるが、以下に示す製造方法であれば、安定して製造できるので好ましい。
【0028】
すなわち、本実施形態に係る表面処理鋼材は、以下の工程を含む製造方法によって製造できる。
(I)鋼板などの鋼材の表面に、ZnまたはZn合金を含むめっき層を形成するめっき工程と、
(II)めっき層を有する鋼材に化成処理液を塗布する塗布工程と、
(III)化成処理液が塗布された鋼材を加熱して乾燥させ、その後冷却することで、化成処理被膜を形成する乾燥-冷却工程。
各工程について、好ましい条件を説明する。
【0029】
<めっき工程>
めっき工程では、鋼板などの鋼材を、ZnまたはZn合金を含むめっき浴に浸漬する、または電気めっきを行うことで、表面にめっき層を形成する。めっき層の形成の方法については特に限定されない。十分なめっき密着性が得られるように通常の方法で行えばよい。
また、めっき工程に供する鋼板や、その製造方法については限定されない。めっき浴に浸漬する鋼板として、例えば、JIS G 3131:2018またはJIS G 3113:2018に記載された熱延鋼板やJIS G 3141:2021またはJIS G 3135:2018に記載された冷延鋼板を用いることができる。
めっき浴の組成は、得たいめっき層の化学組成に応じて調整すればよい。
鋼材をめっき浴から引き上げた後は、必要に応じて、ワイピングによって、めっき層の付着量を調整することができる。
【0030】
<塗布工程>
塗布工程では、ZnまたはZn合金を含むめっき層を有する鋼材に、シランカップリング剤、リン酸化合物、フッ素化合物を含む化成処理液(表面処理金属剤)を塗布する。
塗布工程において、表面処理金属剤の塗布方法については限定されない。例えばロールコーター、バーコーター、スプレーなどを用いて塗布することができる。
【0031】
シランカップリング剤は、造膜成分として含まれる。シランカップリング剤としては、例えば分子中にアミノ基を一つ含有するシランカップリング剤(A)と、分子中にグリシジル基を一つ含有するシランカップリング剤(B)とを固形分濃度比(A)/(B)で0.5~1.7で配合して得られるSi化合物を用いてもよい。
【0032】
化成処理液に含まれるフッ素化合物としては、フッ化水素酸HF、ホウフッ化水素酸BFH、ケイフッ化水素酸HSiF、ジルコンフッ化水素酸HZrF、チタンフッ化水素酸HTiFなどの化合物を例示することができる。化合物は、1種類または2種類以上の組み合わせであってもよい。この中でも、フッ化水素酸であることがより好ましい。フッ化水素酸を用いる場合、より優れた耐食性や塗装性を得ることができる。
【0033】
化成処理液に含まれるリン酸化合物は、化成処理被膜においてインヒビター成分としてのPとして残存する。このインヒビター成分としてのPによって、化成処理被膜の耐食性が向上する。
本実施形態において、化成処理液が含むリン酸化合物は、特に限定されないが、リン酸、リン酸アンモニウム塩、リン酸カリウム塩、リン酸ナトリウム塩などを例示することができる。この中でも、リン酸であることがより好ましい。リン酸を用いる場合、より優れた耐食性を得ることができる。
【0034】
化成処理液にZr化合物を含ませる場合、Zr化合物として、炭酸ジルコニウムアンモニウム、六フッ化ジルコニウム水素酸、六フッ化ジルコニウムアンモニウムなどを例示することが出来る。
また、V化合物を含ませる場合、V化合物として、五酸化バナジウムV、メタバナジン酸HVO、メタバナジン酸アンモニウム、メタバナジン酸ナトリウム、オキシ三塩化バナジウムVOCl、三酸化バナジウムV、二酸化バナジウムVO、オキシ硫酸バナジウムVOSO、バナジウムオキシアセチルアセトネートVO(OC(=CH)CHCOCH))、バナジウムアセチルアセトネートV(OC(=CH)CHCOCH))、三塩化バナジウムVCl、リンバナドモリブデン酸などを例示することができる。また、水酸基、カルボニル基、カルボキシル基、1~3級アミノ基、アミド基、リン酸基およびホスホン酸基よりなる群から選ばれる少なくとも1種の官能基を有する有機化合物により、5価のバナジウム化合物を4価~2価に還元したものも使用可能である。
【0035】
塗布に関しては、鋼材へ表面処理金属剤を例えばロールコーターで塗布する場合、鋼材と化成処理材との反応を早くし、尚且つ鋼材の最高到達温度までの時間を7秒以下とするために、鋼材がロールコーターに突入するときの鋼材の温度(以下、「塗布時の板温」という)を、40℃以上とすることが好ましい。
一方、塗布時の板温が80℃を超えると表面処理金属剤の組成によっては、水系表面処理薬剤中の水分の蒸発が急激すぎる結果、泡状の小さな膨れや穴が生じる現象、いわゆるワキ現象が生じる。そのため、塗布時の板温は、好ましくは40℃以上80℃以下、より好ましくは45℃以上60℃以下である。
【0036】
<乾燥-冷却工程>
乾燥-冷却工程では、化成処理液を塗布した鋼材を加熱して乾燥させ、焼き付ける。また、乾燥後は、室温(例えば15~25℃程度)まで冷却する。これにより、めっき層の表面に化成処理被膜が形成される。
本実施形態に係る表面処理鋼材を得る場合、乾燥-冷却工程では、PMT(Peak Metal Temperature:鋼材の最高到達温度)を155~200℃とする。
図3に示すように、PMTが高くなると、X2/X1が大きくなる。
PMTが155℃未満では、X2/X1が1.05未満となる。一方、PMTが200℃を超えると、被膜(化成処理被膜)の乾燥が進みX2/X1が1.50超となる。
また、化成処理液の塗布からPMTに到達するまでの時間(昇温時間)を7秒以下とする。塗布からPMTに到達するまでの時間が7秒超では、被膜の厚み方向での乾燥が均一となってX2/X1が1.05未満となる。
【0037】
化成処理被膜中の、X3/X1、X4/X1、X5/X1を低下させる場合には、PMTを160℃以上とすることが好ましい。
【0038】
乾燥板温(最高到達温度)に到達した後は、保持する必要はない。化成処理被膜を乾燥させた後は、表面処理鋼材を室温まで冷却する。この際の冷却条件は限定されない。
【実施例0039】
表1に示すめっき層組成を有するめっきを有する金属板(めっき鋼板)を準備した。めっき層の付着量は、70g/mとした。金属板No.1は電気めっき、No.2~8は溶融めっきにより作製した。表1中、例えばZn-0.2%Alとは、0.2質量%のAlを含有し、残部がZn及び不純物からなる組成を示しており、Zn-6.0%Al-3.0%Mgとは、6.0質量%のAl、3.0質量%のMgを含有し、残部がZn及び不純物からなる組成を示しており、他も同様である。
【0040】
めっき鋼板の基材は、JIS G 3141:2021を満足する冷延鋼板を用いた。
このめっき鋼板に対し、アミノ基を一つ含有するシランカップリング剤(A)として、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(A1)または、3-アミノプロピルトリエトキシシラン(A2)と、分子中にグリシジル基を一つ含有するシランカップリング剤(B)として、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシランの配合比率(A)/(B)を、固形分質量比として0.5~2.0(表2Aの通り)で配合して得られるSi化合物、リン酸由来のPの固形分質量(P)とSi化合物由来のSiの固形分質量(Si)との比(P/S)を0.2で配合するリン酸、ふっ素水素酸由来のFの固形分質量(F)とSi化合物由来のSiの固形分質量との比(F/S)を0.075として配合するふっ素水素酸、オキシ硫酸バナジウム由来のVの固形分質量(V)とSi化合物由来のSiの固形分質量との比(V/Si)を0.075で配合するオキシ硫酸バナジウム、を含む化成処理液を塗布した。一部の化成処理液にはアナターゼ型の酸化チタン(粒形分布5~200nm)を添加した。化成処理液の塗布は、気温15℃の室内で、熱風で塗布時の板温を制御した後、ロールコーターを用いて行った。
化成処理液を塗布した後、熱風を、パンチングメタル(複数の貫通孔が存在する鋼板)を通して鋼板に吹き付けて、鋼板を表2Aの乾燥板温(PMT)まで平均昇温速度8~43℃/秒で加熱した。加熱時間(塗布からPMT到達までの時間)は、表2Bの通りであった。
その後、パンチングメタルを通して空気を吹き付けることによる空冷、または水冷によって20℃まで冷却した。これによってNo.1~34の表面処理鋼材を得た。No.33、34は化成処理液中に光触媒を添加して作製した表面処理鋼材である。
【0041】
また、アミノ基を一つ含有するシランカップリング剤(A)として、3-アミノプロピルトリメトキシシラン(A1)と、分子中にグリシジル基を一つ含有するシランカップリング剤(B)として、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシランの配合比率(A)/(B)を、固形分質量比として0.5でありその他の組成は前記と同一の処理液に、ポリウレタン樹脂を含有させることで、No.2の被膜量の0.25倍の重量のポリウレタン樹脂を含む被膜を有するNo.35の表面処理鋼材を得た。
【0042】
【表1】
【0043】
得られた表面処理鋼材に対し、上述の方法で、化成処理被膜に、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFとが含まれるかどうか確認した。その結果、いずれの例においても、化成処理被膜に、シロキサン結合を有する有機ケイ素化合物と、P及びFが含まれていた。
【0044】
また、得られた表面処理鋼材に対し、TOF-SIMSを用いて、上述の方法で、領域1のSiのイオンカウントの平均値X1に対する、領域2のSiのイオンカウントの平均値X2の比であるX2/X1、及び、化成処理被膜の領域1のSiのイオンカウントの平均値に対する、化成処理被膜の表面の、Cのイオンカウント、CHのイオンカウント、または、NH4のイオンカウントの比である、X3/X1、X4/X1、X5/X1を求めた。
結果を表2Bに示す。
【0045】
また、以下の方法で、平坦部、加工部の耐白錆性、及び、導電性の評価を行った。結果を表2Bに示す。
【0046】
<平面部耐食性(耐白錆性)I>
平板試験片に対し、JIS Z 2371:2015に準拠する塩水噴霧試験を190時間まで実施し、試験後の試験片の白錆の発生状況(面積率)によって耐食性を評価した。耐食性の評価基準を以下に示す。S、AAであれば十分な耐食性を有すると判断した。
(耐食性の評価基準)
S:1%以下
AA:1%超、3%以下
A:3%超、5%以下
B:5%超、10%以下
C:10%超
【0047】
<平面部耐食性(耐白錆性)II>
平板試験片に対し、JIS Z 2371:2015に準拠する塩水噴霧試験を240時間まで実施し、試験後の試験片の白錆の発生状況(面積率)によって耐食性を評価した。耐食性の評価基準を以下に示す。S、AAであれば十分な耐食性を有すると判断した。
(耐食性の評価基準)
S:1%以下
AA:1%超、3%以下
A:3%超、5%以下
B:5%超、10%以下
C:10%超
【0048】
<加工部耐食性(耐白錆性)>
70mm×150mmの長方形状の試験片(平板)の中央部をエリクセン試験(7mm押し出し)に供した後、JIS Z 2371:2015による塩水噴霧試験を72時間行い、押し出し加工部の白錆の発生状況を観察した。評価基準は平面部耐食性と同様に行い、S、AA、A、Bであれば十分な耐食性を有すると判断した。
(耐食性の評価基準)
S:1%以下
AA:1%超、3%以下
A:3%超、5%以下
B:5%超、10%以下
C:10%超
【0049】
<導電性>
JIS C 2550-4:2011のA法を用いて、10個の接触子電極の合計面積が1000mmの条件で層間抵抗係数を測定した。
A以上であれば十分な導電性を有すると判断した。
(導電性の評価基準)
A :層間抵抗係数が300Ω・mm未満
B :層間抵抗係数が300Ω・mm以上
【0050】
【表2A】
【0051】
【表2B】
【0052】
表1~表2Bから分かるように、本発明例であるNo.1~14では、240時間の塩水噴霧試験においても十分な耐食性(耐白錆性)を示し、また、加工部の耐食性にも優れ、さらに、導電性も十分であった。
一方、比較例であるNo.15~34では、X2/X1が本発明範囲外であり、厳しい環境に対する耐食性が十分ではなかった。また、比較例No.35では、ポリウレタン樹脂を含んでおり、耐食性には優れていたが、導電性が劣っていた。
【符号の説明】
【0053】
1:表面処理鋼材
11:鋼材
12:めっき層
13:化成処理被膜
図1
図2
図3