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特開2023-182538流体動圧軸受用潤滑油組成物、流体動圧軸受、及び流体動圧軸受装置
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  • 特開-流体動圧軸受用潤滑油組成物、流体動圧軸受、及び流体動圧軸受装置 図1
  • 特開-流体動圧軸受用潤滑油組成物、流体動圧軸受、及び流体動圧軸受装置 図2
  • 特開-流体動圧軸受用潤滑油組成物、流体動圧軸受、及び流体動圧軸受装置 図3
  • 特開-流体動圧軸受用潤滑油組成物、流体動圧軸受、及び流体動圧軸受装置 図4
  • 特開-流体動圧軸受用潤滑油組成物、流体動圧軸受、及び流体動圧軸受装置 図5
  • 特開-流体動圧軸受用潤滑油組成物、流体動圧軸受、及び流体動圧軸受装置 図6
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023182538
(43)【公開日】2023-12-26
(54)【発明の名称】流体動圧軸受用潤滑油組成物、流体動圧軸受、及び流体動圧軸受装置
(51)【国際特許分類】
   C10M 171/02 20060101AFI20231219BHJP
   F16C 17/02 20060101ALI20231219BHJP
   F16C 33/10 20060101ALI20231219BHJP
   C10M 107/02 20060101ALI20231219BHJP
   C10M 105/32 20060101ALI20231219BHJP
   C10N 20/02 20060101ALN20231219BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20231219BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20231219BHJP
【FI】
C10M171/02
F16C17/02 A
F16C33/10 A
C10M107/02
C10M105/32
C10N20:02
C10N40:02
C10N30:06
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023085666
(22)【出願日】2023-05-24
(31)【優先権主張番号】P 2022095576
(32)【優先日】2022-06-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000102670
【氏名又は名称】NOKクリューバー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107423
【弁理士】
【氏名又は名称】城村 邦彦
(74)【代理人】
【識別番号】100120949
【弁理士】
【氏名又は名称】熊野 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100196346
【弁理士】
【氏名又は名称】吉川 貴士
(72)【発明者】
【氏名】小松原 慎治
(72)【発明者】
【氏名】小山内 大
【テーマコード(参考)】
3J011
4H104
【Fターム(参考)】
3J011AA10
3J011AA20
3J011BA02
3J011CA02
3J011DA01
3J011JA02
3J011KA02
3J011KA03
3J011KA05
3J011LA01
3J011MA22
3J011PA10
3J011RA03
3J011SB02
3J011SB03
4H104BA07A
4H104BB31A
4H104EA02A
4H104LA03
4H104PA01
(57)【要約】
【課題】軸受トルクの増大を避けつつも、小型モータ用の軸受として流体動圧軸受が高い負荷能力を発揮することのできる流体動圧軸受用潤滑油組成物を提供する。
【解決手段】多孔質体の内周面8aにラジアル動圧発生部A1,A2が設けられた流体動圧軸受8に用いられる流体動圧軸受用潤滑油組成物は、以下の組成を有する。すなわち、潤滑油組成物の基油として、40℃における動粘度が30mm/sを超えかつ80mm/s以下を示す基油が用いられると共に、潤滑油組成物の40℃における動粘度が90mm/s以上でかつ140mm/s以下となるように、潤滑油組成物の組成が調整されている。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部空孔を有する多孔質体であって、前記多孔質体の内周面にラジアル動圧発生部が設けられた流体動圧軸受に用いられる潤滑油組成物において、
基油として、40℃における動粘度が30mm/sを超えかつ80mm/s以下を示す基油が用いられると共に、
前記潤滑油組成物の40℃における動粘度が90mm/s以上でかつ140mm/s以下であることを特徴とする流体動圧軸受用潤滑油組成物。
【請求項2】
前記基油は、非極性油と極性油との混合物であって、前記非極性油の前記基油全体に対する比率が20wt%以上でかつ30wt%以下である請求項1に記載の流体動圧軸受用潤滑油組成物。
【請求項3】
前記非極性油は、ポリ-α-オレフィン又はその水素化物からなる合成炭化水素油である請求項2に記載の流体動圧軸受用潤滑油組成物。
【請求項4】
前記極性油は、エステル油である請求項2に記載の流体動圧軸受用潤滑油組成物。
【請求項5】
請求項1~4の何れか一項に記載の潤滑油組成物が前記内部空孔に含浸されてなる流体動圧軸受。
【請求項6】
前記内周面に前記ラジアル動圧発生部としての動圧溝配列領域が設けられる請求項5に記載の流体動圧軸受。
【請求項7】
内径寸法が2.0mm以下でかつ軸方向寸法が3.5mm以下である請求項5に記載の流体動圧軸受。
【請求項8】
請求項5に記載された流体動圧軸受と、前記流体動圧軸受が内周に固定されるハウジングと、前記流体動圧軸受の内周に挿入される軸部を有する回転体と、前記流体動圧軸受の前記内周面と前記軸部の外周面との間のラジアル軸受隙間に形成される前記潤滑油組成物の油膜で前記軸部をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部とを備えた流体動圧軸受装置。
【請求項9】
前記流体動圧軸受に対して非接触で回転し得る前記軸部の偏心率が最大で98%を示す請求項8に記載の流体動圧軸受装置。
【請求項10】
請求項8に記載の流体動圧軸受装置を備えたモータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、流体動圧軸受用潤滑油組成物、流体動圧軸受、及び流体動圧軸受装置に関し、特にラジアル動圧発生部を備えた流体動圧軸受に用いられる潤滑油組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
流体動圧軸受は、例えば焼結金属で形成される多孔質体の内部空孔に潤滑油(以下、本明細書では、潤滑油組成物と称する。)を含浸させて使用される軸受であって、内周に挿入された軸部の相対回転に伴い内部空孔に含浸させた潤滑油組成物が軸部との摺動部に滲み出して油膜を形成し、この油膜を介して軸部を回転支持するものである。このような軸受は、その優れた回転精度及び静粛性から、情報機器をはじめ種々の電気機器に搭載されるモータ用の軸受装置として、より具体的には、HDDや、CD、DVD、ブルーレイディスク用のディスク駆動装置におけるスピンドルモータ用、これらディスク駆動装置やPC等に組み込まれるファンモータ用、あるいは、レーザビームプリンタ(LBP)に組み込まれるポリゴンスキャナモータ用の軸受装置として好適に使用されている。
【0003】
また、流体動圧軸受の内周面と軸方向端面の少なくとも一方には、更なる静音性向上並びに高寿命化を狙って、動圧溝などの動圧発生部を形成することが知られている。この場合、流体動圧軸受の内部空孔に含浸させた潤滑油組成物を、軸受の内周に挿入した軸部(ロータ)の回転に伴い軸受内周面の動圧発生部が形成された領域と軸部の外周面との隙間に滲み出させることで、当該隙間に動圧作用を発生させて、軸部が潤滑油組成物の油膜で軸受に対して非接触に回転支持され得る。
【0004】
最近では、情報機器の小型化、薄肉化に伴い、情報機器に搭載される各種モータに対しても小型化が求められている。例えばノートパソコンなどに使用される冷却用ファンモータは薄型化しており、このモータに使用される軸受装置にも薄型化が要求されている。その一方で、冷却性能は従来と同等もしくはそれ以上のレベルが要求されている。軸受装置の薄型化は、軸受面積の減少につながるため、インペラ(ファン)のサイズを大きくする場合はもちろん、インペラのサイズが維持される場合であっても、軸受面積が減少した分だけ軸受剛性の低下を招くおそれが高まる。
【0005】
ここで、特許文献1には、動圧溝などの動圧発生部を内周面に設けた流体動圧軸受に好適な潤滑油組成物が提案されている。すなわち、この特許文献には、ポリ-α-オレフィン又はその水素化物とエステルとの化合物、エステルの中から選択された一の基油を備えた潤滑油組成物、及びこの潤滑油組成物を含浸させた流体動圧軸受が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3782889号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、最近では、ノートパソコンなどに使用される冷却ファンモータについて、一層の薄型化が進んでおり、当該モータに使用される軸受の軸方向寸法についても更なる低減化が求められている。その一方で、軸受の軸方向寸法が小さくなると、その分だけラジアル動圧発生部を形成可能な面積が減少することになり、ラジアル軸受隙間に発生可能な動圧も小さくなる。そのため、軸部を含むインペラなどの回転体を高精度に支持することが困難となり、回転精度(NRRO)の低下を招くおそれがある。このように回転精度が低下して軸部(回転体)の偏心量が大きくなることで、ラジアル軸受隙間が小さくなり、軸部と軸受とが接触するリスクが高まる。
【0008】
軸部の偏心によりラジアル軸受隙間が小さくなった場合においても十分な動圧を発生させるために、例えば特許文献1に記載のように、潤滑油組成物の組成を調整して潤滑油組成物の粘度を高めることが考えられる。しかしながら、ただ単に潤滑油組成物の粘度を高めたのでは、軸受剛性が向上する一方で、軸受トルクも増大するため、モータの消費電力が増大する不利益を招く問題が新たに生じる。
【0009】
以上の実情に鑑み、本発明により解決すべき技術課題は、軸受トルクの増大を避けつつも、小型モータ用の軸受として高い負荷能力を発揮することのできる流体動圧軸受用の潤滑油組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題の解決は、本発明に係る流体動圧軸受用潤滑油組成物によって達成される。すなわち、この潤滑油組成物は、内部空孔を有する多孔質体であって、多孔質体の内周面にラジアル動圧発生部が設けられた流体動圧軸受に用いられる流体動圧軸受用潤滑油組成物において、基油として、40℃における動粘度が30mm/sを超えかつ80mm/s以下を示す基油が用いられると共に、40℃における動粘度が90mm/s以上でかつ140mm/s以下である点をもって特徴付けられる。なお、本明細書における流体動圧軸受は、真円軸受以外の動圧軸受を意味する。故に、本明細書におけるラジアル動圧発生部は、軸部などの回転体との間のラジアル軸受隙間に潤滑油組成物の動圧作用を発生させ得る真円筒以外の形状をなす部位を意味する。
【0011】
本発明者らは、潤滑油組成物の高粘度化を図る場合に添加されることの多いポリマー系の粘度指数向上剤について、軸部の偏心が大きくラジアル軸受隙間が非常に小さい場合には、この種の粘度指数向上剤がラジアル軸受隙間に入り込むことが困難になることを見出した。本発明は、上記知見に鑑みてなされたもので、基油として、40℃における動粘度が30mm/sを超えかつ80mm/s以下を示す基油を用いると共に、潤滑油組成物の40℃における動粘度が90mm/s以上でかつ140mm/s以下となるように、潤滑油組成物の組成を調整した。なお、粘度の調整にはポリマー系の粘度指数向上剤を使用することができるが、添加量が多すぎると油膜形成が不安定となるため、粘度指数向上剤を添加する場合には、粘度指数向上剤の添加量が4wt%以下となるように調整するのがよい。このように基油及び潤滑油組成物の動粘度を調整することによって、ラジアル軸受隙間の大きさに関係なく、潤滑油組成物の油膜を安定してラジアル軸受隙間に形成することができる。よって、高い負荷能力を流体動圧軸受に発揮させることが可能となる。た、粘度指数向上剤を極力添加しないなど潤滑油組成物の組成を上述のように調整することによって、起動開始時となる低温時の粘度が必要以上に増大する事態を回避することができる。よって、軸受トルクを増大させることなく、必要な高負荷能力を安定的に発揮させることが可能となる。
【0012】
また、本発明に係る流体動圧軸受用潤滑油組成物において、基油は、非極性油と極性油との混合物であって、非極性油の基油全体に対する比率が20wt%以上でかつ30wt%以下であってもよい。
【0013】
流体動圧軸受の負荷能力(負荷容量)を評価するに際しては、電気抵抗法を用いた方法が知られている。この方法では、例えば流体動圧軸受に所定の負荷を作用させた状態で内周に挿入した軸部の回転数を変化させていき、軸部と流体動圧軸受との接触を検知した時点の回転数に基づいて、流体動圧軸受の負荷能力を評価する。ここで、基油を非極性油と極性油との混合物とする場合、非極性油の比率があまりに低いと、相対的に電気抵抗率の低い極性油の比率が高まる結果、実際には接触していないにもかかわらず、潤滑油を通じて軸部と流体動圧軸受との通電により軸部と流体動圧軸受とが接触したとの誤判定がなされるおそれが高まる。言い換えると、実際よりも負荷能力が低く評価されるおそれが高まる。この点、相対的に電気抵抗率の高い非極性油の比率を20wt%以上にすることで、潤滑油組成物を通じた軸部と流体動圧軸受との通電を可及的に防止可能な程度に、潤滑油組成物全体としての電気抵抗率を低く抑えることができる。よって、電気抵抗法に基づく負荷能力の評価工程における誤判定を可及的に防止して、流体動圧軸受の負荷能力を適正に評価することが可能となる。また、非極性油の比率を30wt%以下に抑えることで、低温での粘度が高くなる事態を回避でき、蒸発量が多くなる事態を回避することができる。
【0014】
また、基油が非極性油と極性油との混合物である場合、非極性油は、ポリ-α-オレフィン又はその水素化物からなる合成炭化水素油であってもよい。
【0015】
このように、基油の一部をなす非極性油として、ポリ-α-オレフィン(PAOともいう)又はその水素化物(PAOHともいう)からなる合成炭化水素油を用いることにより、潤滑油組成物の使用温度範囲を広げることができる。また、優れた潤滑性と共に、良好な初期なじみ性を流体動圧軸受に付与することができる。さらには、耐久性の向上を図ることも可能となる。
【0016】
また、基油が非極性油と極性油との混合物である場合、極性油は、エステル油であってもよい。
【0017】
このように、基油の一部をなす極性油としてエステル油を用いることにより、蒸発特性、潤滑性、さらには耐摩耗性を向上させることができる。特に、非極性油としてポリ-α-オレフィン又はその水素化物からなる合成炭化水素油を用いる場合に、エステル油を極性油組成物として用いることにより、ポリオレフィン類の欠点である溶解性を克服できる。また、ポリ-α-オレフィン又はその水素化物からなる合成炭化水素油にエステル油を混合することにより、流体動圧軸受が有する良好な軸受性能を長期にわたって安定的に維持することが可能となる。これは、エステル油の混合により、ポリ-α-オレフィンからの泡の発生が抑制され、または泡が発生してもすぐに消滅するためと考えられている。
【0018】
以上の説明に係る流体動圧軸受用潤滑油組成物は、この潤滑油組成物が内部空孔に含浸されてなる流体動圧軸受として提供してもよい。また、この場合、本発明に係る流体動圧軸受において、内周面にラジアル動圧発生部としての動圧溝配列領域が設けられてもよい。
【0019】
このように動圧溝配列領域を設けることで、軸受隙間に効果的に潤滑油組成物の動圧作用を発生させることができる。そのため、上述した潤滑油組成物の作用と相まって、非常に効果的にかつ持続的に潤滑油組成物の油膜を軸受隙間に形成することが可能となる。
【0020】
また、本発明に係る流体動圧軸受において、内径寸法が2.0mm以下でかつ軸方向寸法が3.5mm以下であってもよい。
【0021】
本発明に係る流体動圧軸受であれば、軸受トルクの増大を避けつつも、軸受として高い負荷能力を発揮し得る。そのため、たとえ上述のように内径寸法と軸方向寸法が小さく、ラジアル軸受面が形成される軸受内周面の面積が十分に確保できない場合であっても、所要の軸受性能を発揮することが可能となる。
【0022】
また、以上の説明に係る流体動圧軸受は、例えば当該流体動圧軸受と、流体動圧軸受が内周に固定されるハウジングと、流体動圧軸受の内周に挿入される軸部を有する回転体と、流体動圧軸受の内周面と軸部の外周面との間のラジアル軸受隙間に形成される潤滑油組成物の油膜で軸部をラジアル方向に非接触支持するラジアル軸受部とを備えた流体動圧軸受装置として好適に提供可能である。
【0023】
また、本発明に係る流体動圧軸受装置は、流体動圧軸受に対して非接触で回転し得る軸部の偏心率が最大で98%を示すものであってもよい。なお、ここでいう偏心率とは、ラジアル軸受隙間の半径値に対する軸部の偏心量の比を意味する。
【0024】
上述した通り、本発明に係る流体動圧軸受は、軸受トルクの増大を避けつつも、高い負荷能力を発揮し得る。そのため、偏心率が高まったとしても、安定した油膜形成能力により軸部と流体動圧軸受とが接触するリスクを可及的に低く抑えて、高負荷能力を安定的に発揮させることが可能となる。
【0025】
以上の説明に係る流体動圧軸受装置は、上述のように、軸受トルクの増大を避けつつも、軸受が高い負荷能力を発揮し得るものであるから、例えばこの流体動圧軸受装置を備えたモータとして好適に提供可能である。
【発明の効果】
【0026】
以上より、本発明に係る流体動圧軸受用潤滑油組成物によれば、軸受トルクの増大を避けつつも、小型モータ用として高い負荷能力を発揮することのできる流体動圧軸受を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の一実施形態に係るファンモータの断面図である。
図2図1に示す流体動圧軸受装置の断面図である。
図3図2に示す流体動圧軸受の断面図である。
図4図2に示す流体動圧軸受の平面図である。
図5図2に示す流体動圧軸受の底面図である。
図6】本発明の他の実施形態に係る流体動圧軸受装置の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、本発明の一実施形態を図面に基づき説明する。なお、以下の説明においては、流体動圧軸受から見て、ハブ部の円盤部の側を「上側」、ハウジングの底部の側を「下側」として取り扱う。もちろん、この上下方向は、実際の製品の設置態様、使用態様を限定するものではない。
【0029】
図1は、本実施形態に係るファンモータ1の一構成例を概念的に示したものである。このファンモータ1は、流体動圧軸受装置2と、流体動圧軸受装置2の回転体3に設けられた複数枚のファン4と、これらファン4を回転体3と一体に回転させるための駆動部5とを備える。駆動部5は、例えば半径方向のギャップを介して対向させたコイル5a及びマグネット5bからなり、本実施形態では、コイル5aがファンモータ1の固定側となるベース部6に、マグネット5bがファンモータ1の回転側となる回転体3にそれぞれ固定される。
【0030】
上記構成のファンモータ1において、コイル5aに通電すると、コイル5aとマグネット5bとの間の励磁力でマグネット5bが回転し、この回転によって、回転体3の外周縁に立設された複数枚のファン4が回転体3と一体に回転する。この回転により、各ファン4はその形状に応じた向きの気流(ここでは例えば径方向外側への気流)を生じ、この気流に引き込まれる形で、ファンモータ1の軸方向上側から下側に向かう気流が二次的に生じる。このようにしてファンモータ1の周囲に気流を発生させることで、ファンモータ1が取り付けられる情報機器(図示は省略)を冷却可能としている。
【0031】
また、上述のようにファンモータ1の軸方向に気流が生じると、この気流と反対向きの力(反力)が流体動圧軸受装置2の回転体3に発生する。コイル5aとマグネット5bとの間には、上記反力を打ち消す方向の磁力(斥力)を作用させており、上記反力と磁力の大きさの差により生じたスラスト荷重が流体動圧軸受装置2のスラスト軸受部T1,T2(後述する図2を参照)に作用する。上記反力を打ち消す方向の磁力は、例えば、コイル5aとマグネット5bとを軸方向にずらして配置することにより発生させることができる(詳細な図示は省略)。また、回転体3の回転時には、後述する流体動圧軸受装置2の軸部10にラジアル荷重が作用する。このラジアル荷重は、流体動圧軸受装置2のラジアル軸受部R1,R2に作用する。
【0032】
図2は、ファンモータ1に組み込まれた流体動圧軸受装置2の断面図を示している。この流体動圧軸受装置2は、ハウジング7と、ハウジング7の内周に固定される流体動圧軸受8、及び、流体動圧軸受8に対して相対回転する回転体3とを備える。
【0033】
回転体3は、本実施形態では、ハウジング7の上端開口側に配置されるハブ部9と、流体動圧軸受8の内周に挿入される軸部10とを有する。
【0034】
ハブ部9は、図1及び図2に示すように、ハウジング7の上端開口側を覆う円盤部9aと、円盤部9aから軸方向下側に伸びる第1筒状部9bと、第1筒状部9bよりも径方向外側に位置し、円盤部9aから軸方向下側に伸びる第2筒状部9cと、第2筒状部9cの軸方向下端からさらに径方向外側に伸びる鍔部9dとで構成される。円盤部9aは、ハウジング7の内周に固定された流体動圧軸受8の一方の端面(上端面8b)と対向している。また、複数枚のファン4は、鍔部9dの外周縁から立設する形でハブ部9と一体的に設けられている。
【0035】
軸部10は、本実施形態ではハブ部9と別体に形成され、ハブ部9に設けた取付け穴9eにその上端を固定している。ここで、軸部10は、外径寸法が一定の外周面10aを有すると共に、外周面10aの下端と連続する例えば部分球面状の下端部10bとを有する。すなわち、軸部10は、流体動圧軸受8の内周に軸方向一方側から挿入可能な形状をなしている。もちろん、軸部10とハブ部9とを同一材料で一体に形成してもよい。あるいは、互いに異なる材料で形成される軸部10とハブ部9の一方をインサート部品として他方を金属または樹脂の射出成形で形成してもよい。
【0036】
ハウジング7は、その上端を開口すると共に下端を閉塞した形状をなしている。また、ハウジング7の内周面7aには流体動圧軸受8が固定されると共に、ハウジング7の外周面7bはベース部6に固定されている(図1を参照)。ハウジング7の上端面7cと、ハブ部9の円盤部9aの下端面9a1との軸方向の対向間隔は、流体動圧軸受8の上端面8bと円盤部9aの下端面9a1との対向間隔より大きく、ここでは、回転駆動時のロストルク増加に実質的に影響しないとみなせる程度の大きさに設定されている。
【0037】
ハウジング7の外周上側には、上方に向かうにつれて外径寸法が増加するテーパ状のシール面7dが形成される。このテーパ状のシール面7dは、第1筒状部9bの内周面9b1との間に、ハウジング7の閉塞側(下側)から開口側(上側)に向けて径方向の対向間隔を漸次縮小させた環状のシール空間Sを形成する。このシール空間Sは、軸部10及びハブ部9の回転時、後述する第一スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間の外径側と連通しており、各軸受隙間を含む軸受内部空間との間で潤滑油組成物の流通を可能としている。また、潤滑油組成物を流体動圧軸受8の内部空孔に含浸させると共に同一の潤滑油組成物を軸受内部空間に充填した状態において、潤滑油組成物の油面(気液界面)が常にシール空間S内に維持されるよう、潤滑油組成物の充填量が調整される(図2を参照)。
【0038】
また、ハウジング7が上述の如きシール構造をとる場合、コイル5aは、ハブ部9の第一筒状部9bよりも径方向外側に位置し、第一筒状部9bとコイル5aとが軸方向で一部重複するように配置される。これにより、ハウジング7ひいては流体動圧軸受装置2の薄肉化(軸方向寸法の低減化)を図っている。
【0039】
また、本実施形態では、ハウジング7の底部7eに、球面状をなす軸部10の下端部10bを受けるスラスト受け部11が設けられている。すなわち、このスラスト受け部11は、流体動圧軸受装置2の完成状態では常に軸部10の下端部10bと接触し、軸部10を回転支持可能としている。なお、軸部10とスラスト受け部11との当接位置は、例えば流体動圧軸受8の内側面取り部8eの上下方向領域内にあるように、ハウジング7の軸受当接面7fに対するスラスト受け部11の上下方向位置を設定するのがよい。
【0040】
ハウジング7の材質、組成は原則として任意であり、例えば後述する流体動圧軸受8のハウジング7に対する固定手段に応じて樹脂、金属など公知の材質を適宜採用することが可能である。
【0041】
流体動圧軸受8は、例えば所定の組成をなす金属粉末、又はこの金属粉末を主成分とする原料粉末を圧縮成形し、焼結してなる焼結金属の多孔質体であり、筒形状をなす。本実施形態では、図4等に示すように円筒形状をなす。流体動圧軸受8の内周面8aの全面又は一部には、ラジアル動圧発生部として複数の動圧溝8a1を配列した領域が形成される。言い換えると、流体動圧軸受8は、上記構成の多孔質体と、多孔質体の内周面8aに設けられた動圧溝8a1配列領域とを備える。本実施形態では、この動圧溝8a1配列領域は、図3に示すように、円周方向に対して所定角傾斜させた複数の動圧溝8a1と、これら動圧溝8a1を円周方向に区画する傾斜丘部8a2と、円周方向に伸びて各動圧溝8a1を軸方向で区画する帯部8a3(傾斜丘部8a2、帯部8a3ともに図3でクロスハッチングを付した部分)とをヘリングボーン形状に配列してなるもので、軸方向に連続して2箇所に形成される。この場合、上側の動圧溝配列領域A1と、下側の動圧溝配列領域A2はともに、軸方向中心線(帯部8a3の軸方向中央を円周方向につなぐ仮想線)に対して軸方向対称に形成されており、その軸方向寸法は互いに等しい。
【0042】
本実施形態では、流体動圧軸受8の上端面8bの全面又は一部に、スラスト動圧発生部としての複数の動圧溝8b1を配列した領域が形成される。この動圧溝8b1配列領域は、例えば図4に示すように、スパイラル状に伸びる複数の動圧溝8b1を円周方向に並べて配列した形態をなしている。この際、動圧溝8b1のスパイラルの向きは、回転体3の回転方向に対応した向きに設定される。上記構成の動圧溝8b1配列領域は、図2に示す流体動圧軸受装置2を回転駆動させた状態では、対向するハブ部9の円盤部9aの下端面9a1との間に後述する第一スラスト軸受部T1のスラスト軸受隙間を形成する。
【0043】
一方、流体動圧軸受8の下端面8cには、スラスト動圧発生部は形成されていない。すなわち、本実施形態では、図5に示すように、下端面8cは平坦な形状をなしている。下端面8cは、ハウジング7とスラスト受け部11よりもハウジング7の径方向外側で当接する。本実施形態では、ハウジング7の軸受当接面7fの上下方向位置は、流体動圧軸受8の上端面8bとハブ部9の下端面9a1との間がスラスト軸受隙間として機能し得る範囲で適切に設定される。
【0044】
流体動圧軸受8の外周面8dには、1本又は複数本(本実施形態では5本)の軸方向溝8d1が形成される(例えば図4を参照)。この軸方向溝8d1は、ハウジング7に流体動圧軸受8を固定した状態では、ハウジング7の内周面7aとの間に潤滑油組成物の流路を形成する(図2を参照)。
【0045】
次に、図3を参照して、流体動圧軸受8の各種寸法について述べる。流体動圧軸受8の軸方向寸法L(両端面8b,8cの軸方向距離)は、流体動圧軸受装置2ひいてはファンモータ1の薄型化の観点から、4.8mm以下に設定され、好ましくは3.5mm以下に設定され、より好ましくは1.8mm以下に設定される。一方で、所要のラジアル軸受剛性を確保する観点からは、軸方向寸法Lは、0.8mm以上に設定され、好ましくは1.1mm以上に設定される。
【0046】
流体動圧軸受8の内径寸法D1(正確には、内周面8aのうち傾斜丘部8a2と共に最小径部となる帯部8a3の内径寸法)は原則として任意であり、例えば後述する動圧溝サイジング時における内周面8aに対するサイジングピンの食い付き性を確保する観点からは、1.2mm以上であることが望ましく、1.5mm以上であることがより望ましい。一方で、結果的に厚み寸法tが必要以上に増大することで動圧溝サイジング時の圧入力を確実に内周面8a表層部に伝えることが困難になる事態を回避する観点からは、内径寸法D1は2.5mm以下であることが望ましく、2.0mm以下であることがより望ましい。
【0047】
流体動圧軸受8の外径寸法D2についても原則として任意であり、例えば必要な内径寸法D1及び厚み寸法tとの兼ね合いから、2.5mm以上であることが望ましく、3.0mm以上であることがより望ましい。同様の観点から、外径寸法D2は5.0mm以下であることが望ましく、4.5mm以下であることがより望ましい。
【0048】
流体動圧軸受8の厚み寸法t{=(D2-D1)/2}は原則として任意であり、例えば上端面8bに必要なスラスト軸受面積を確保する観点からは、0.5mm以上に設定されるのがよい。一方で、動圧溝サイジング時にダイからの十分な圧迫力を焼結体の内周面表層部に伝達可能とする観点からは、厚み寸法tは1.5mm以下に設定されるのがよい。
【0049】
次に、流体動圧軸受8が焼結金属の多孔質体である場合の組成について述べる。この流体動圧軸受8は、例えば銅系粉末と鉄系粉末の一方を最も多く含むと共に他方を二番目に多く含む原料粉末を圧縮成形し、焼結して得られる。言い換えると、流体動圧軸受8の多孔質体は、実質的に、銅と鉄の一方を主成分とし、他方を第二成分(二番目に多い成分)とする組成をなす。なお、ここでいう銅系粉末には、純銅粉末だけでなく銅合金粉末が含まれる。また、純銅には純度100%の銅のみならず工業的に純銅と認められる99.99%以上の銅が含まれる。同様に、ここでいう鉄系粉末には、純鉄粉末だけでなくステンレスなどの鉄合金粉末が含まれる。また、ここでいう純鉄には純度100%の鉄のみならず工業的に純鉄と認められる99.99%以上の鉄が含まれる。上記組成(粉末配合比)が成立する限りにおいて、三番目以降の成分となる粉末の種類及び配合比は任意である。
【0050】
原料粉末の組成(粉末配合比)として、例えば[銅系粉末:50~70重量%、鉄系粉末:30~48重量%、錫粉末:0~5%]が適用可能であり、具体例として、[140メッシュ以下の純鉄粉末:38~42重量%、330メッシュ以下の錫粉末:1~3%、200メッシュ以下の純銅粉末:残部]を挙げることができる。
【0051】
次に、流体動圧軸受8の密度比について述べる。この流体動圧軸受8の軸受全体の密度比は例えば80%以上でかつ95%以下に設定される。密度比の設定は、例えば原料となる金属粉末の材質、粒径(分布)、配合比などを調整することにより可能となる。なお、この際の密度比のばらつきは、密度比と一定の相間が認められる細孔率を用いて評価することが可能である。ここで細孔率とは、当該軸受の単位体積当りに占める細孔の体積割合(百分率)で表され、経験則上、密度比とはほぼ負の相間(-1の相関係数)を示す。
【0052】
また、内周面8a、特にラジアル軸受面となる傾斜丘部8a2及び帯部8a3の内周面の表面開孔率は、例えば15%以下に調整される。表面開孔率の調整は、例えば後述する回転サイジングにより可能となる。
【0053】
もちろん、以上に述べた原料粉末の組成、配合比、密度比、並びに表面開孔率は一例に過ぎず、用途又は個別の要求に応じて適宜の形態をとることが可能である。
【0054】
上記構成の流体動圧軸受8は、例えば圧粉成形工程S1と、焼結工程S2と、動圧溝サイジング工程S3、及び含油工程S4とを経て製造される。この場合、焼結工程S2の後で動圧溝サイジング工程S3の前に、寸法サイジング工程S21と、回転サイジング工程S22を設けてもよい。
【0055】
(S1)圧粉成形工程
まず、最終的な製品となる流体動圧軸受8の材料となる原料粉末を用意し、これを金型プレス成形により所定の形状に圧縮成形する。具体的には、図示は省略するが、ダイと、ダイの孔内に挿入配置されるコアピンと、ダイとコアピンとの間に配設され、ダイに対して昇降可能に構成された下パンチ、および、ダイと下パンチの何れに対しても相対変位(昇降)可能に構成された上パンチとで構成される成形金型を用いて原料粉末の圧縮成形を行う。この場合、ダイの内周面とコアピンの外周面、および、下パンチの上端面とで区画形成される空間に原料粉末を充填し、下パンチを固定した状態で上パンチを下降させ、充填状態の原料粉末を軸方向に加圧する。そして、加圧しながら所定の位置まで上パンチを下降させ、原料粉末を所定の軸方向寸法にまで圧縮することで、圧粉体が成形される。
【0056】
(S2)焼結工程
上述のようにして、圧粉体を得た後、この圧粉体を原料粉末の種類(例えば主成分の金属の融点)に応じた温度で焼結することにより、焼結体を得る。
【0057】
(S21)寸法サイジング工程、及び(S22)回転サイジング工程
そして、焼結体に対して寸法サイジングを施して、焼結体の外径寸法や内径寸法、及び軸方向寸法を最終製品に準じた寸法に矯正すると共に、内周面8aの表面開孔率を、動圧発生部を内周面に有する流体動圧軸受として好適な割合(例えば上述した数値範囲:15%以下)に調整する。この段階では、焼結体の内周面8aに所定の動圧溝8a1配列領域A1,A2は未だ形成されてない。同様に、図示は省略するが、焼結体の上端面8bに所定の動圧溝8b1配列領域は未だ形成されていない。
【0058】
(S3)動圧溝サイジング工程
上記一連の工程を経て得られた焼結体に対して所定の動圧溝サイジングを施すことで、焼結体の内周面8aに動圧溝8a1配列領域A1,A2を成形する。具体的には、図示は省略するが、焼結体の圧入穴を有するダイと、ダイの圧入穴に挿入可能に配置されるサイジングピンと、ダイとサイジングピンとの間に配設され、ダイに対して相対的に昇降可能に構成された下パンチ、および、ダイと下パンチの何れに対しても昇降可能に構成された上パンチとを有する成形装置を用いて焼結体に所定の成形を行う。この場合、サイジングピンの外周面には、成形すべき内周面8aの動圧溝配列領域A1,A2(図3)に対応する形状の成形型が設けられると共に、上パンチの下端面には、成形すべき上端面8bの動圧溝8b1配列領域(図4)に対応する形状の成形型が設けられる。そのため、ダイの上端面に焼結体を配置すると共に、焼結体の内周にサイジングピンを挿入した状態で、上パンチを下降させて焼結体の上端面を押圧することにより、焼結体がダイの圧入穴に押込まれ、焼結体の外周面が圧迫されると共に、予め内周に挿入したサイジングピンの成形型に焼結体の内周面が食い付く。このようにして、成形型の形状が焼結体の内周面に転写され、この内周面に動圧溝8a1配列領域A1,A2が成形される。また、この際、上パンチの下端面に設けた成形型が焼結体の上端面に食い込むことで、上端面に上パンチの成形型の形状が転写され、対応する動圧溝8b1の配列領域が成形される。
【0059】
このようにして焼結体の内周面及び上端面に所定の動圧溝8a1,8b1配列領域を成形した後、ダイを下パンチに対して相対的に下降させて、ダイによる焼結体の拘束状態を解除する。これにより、焼結体は外径方向へのスプリングバックを生じ、サイジングピンから焼結体を取り外すことが可能となる。
【0060】
(S4)含油工程
以上のようにして得た焼結体(多孔質体)の内部空孔に潤滑油組成物を含浸させることで、流体動圧軸受8が完成する。
【0061】
ここで、流体動圧軸受8用の潤滑油組成物には、以下の組成を示す潤滑油組成物が使用される。すなわち、本発明に係る潤滑油組成物には、40℃における動粘度が30mm/sを超え、かつ80mm/s以下を示す基油を有し、かつ潤滑油組成物の40℃における動粘度が90mm/s以上でかつ140mm/s以下となるように、組成が調整された潤滑油組成物が用いられる。
【0062】
基油の組成は、上述した動粘度の条件を満たす限りにおいて任意であるが、基油が、非極性油と極性油との混合物である場合、非極性油の基油全体に対する比率は20wt%以上でかつ30wt%以下であることが好ましい。
【0063】
ここで、非極性油には原則として任意の種類の非極性油が使用可能であり、例えば使用温度範囲が広く、潤滑性に優れ、初期なじみが良好で、かつ耐久性も良好であるなど、流体動圧軸受用として優れた特性を示し得るポリ-α-オレフィン又はその水素化物からなる合成炭化水素油が好適である。この場合、ポリ-α-オレフィン又はその水素化物からなる合成炭化水素油の基油全体に対する比率が20wt%以上でかつ30wt%以下であることが好ましい。
【0064】
ここで、ポリ-α-オレフィンは、平均分子量200~1600、好ましくは400~800のものであり、デセン-1、イソブデン等をルイス酸コンプレックス又は酸化アルミニウム触媒等で重合したものが適当である。ポリ-α-オレフィンの水素化物は、例えばポリ-α-オレフィンを水素化触媒の存在下で水素化することにより得られる。
【0065】
極性油には原則として任意の非極性油が使用可能であり、例えば蒸発特性、潤滑性、さらには耐摩耗性に優れたエステル油が好適に使用される。この場合、使用されるエステルとしては、モノエステル(1価アルコールと1価脂肪酸のエステル)、ジエステル(1価アルコールと2価脂肪酸のエステル)、ポリオールエステル(ネオペンチル骨格を有するアルコールと1価脂肪酸のエステル等)、コンプレックスエステル(ポリオールエステルを原料に多価脂肪酸を加え、ポリオールを架橋したオリゴマーエステル)の何れでもよい。
【0066】
あるいは、本実施形態に係る潤滑油組成物には、基油を除く成分として、公知の粘度指数向上剤、金属不活性剤、酸化防止剤、防錆剤、流動点降下剤、無灰系分散剤、金属系清浄剤、界面活性剤、摩擦調整剤などを添加することができる。
【0067】
ただし、上述した何れの種類の添加剤においても、既述した潤滑油組成物の40℃における動粘度の数値範囲(90mm/s以上でかつ140mm/s以下)を満たす範囲においてその添加剤の種類、添加割合、添加剤の数などを設定することが肝要である。
【0068】
上記流体動圧軸受8を、ハウジング7の内周に圧入、接着を伴う圧入、接着、溶着など公知の手段で固定する。然る後、回転体3の軸部10を流体動圧軸受8の内周に挿入する。そして、最後に、軸受内部空間を上記組成の潤滑油組成物で満たす(充填する)ことで、潤滑油組成物の界面がシール空間Sに保持された状態の流体動圧軸受装置2が完成する(図2を参照)。
【0069】
なお、上述した含油工程S4を、例えば流体動圧軸受8となる焼結体をハウジング7の内周に固定した後に実施することで、流体動圧軸受8への潤滑油組成物の含浸作業と、流体動圧軸受装置2の内部空間への潤滑油組成物の充填作業を同時に行ってもよい。
【0070】
上記構成の流体動圧軸受装置2において、軸部10(回転体3)の回転時、流体動圧軸受8の内周面8aのラジアル軸受面となる領域(上下2ヶ所の動圧溝8a1配列領域A1,A2)は、軸部10の外周面10aとラジアル軸受隙間を介して対向する。そして、軸部10の回転に伴い、ラジアル軸受隙間の潤滑油組成物が各動圧溝8a1配列領域A1,A2の軸方向中心側に押し込まれ、軸方向中心側の領域(ここでは帯部8a3)において潤滑油組成物の圧力が上昇する。このような動圧溝8a1の動圧作用によってラジアル軸受隙間に潤滑油組成物の油膜が形成され、軸部10をラジアル方向に回転自在に非接触支持する第一ラジアル軸受部R1と第二ラジアル軸受部R2とが軸方向に離隔してそれぞれ構成される。
【0071】
また、流体動圧軸受8の上端面8b(動圧溝8b1を配列した領域)とこれに対向するハブ部9の下端面9a1との間のスラスト軸受隙間に、動圧溝8b1の動圧作用により潤滑油組成物の油膜が形成される。そして、この油膜の圧力によって、回転体3をスラスト方向に非接触支持する第一スラスト軸受部T1が構成される。また、軸部10の下端部10bがハウジング7の底部7eに設けたスラスト受け部11で回転可能に接触支持され、これにより回転体3をスラスト方向に接触支持する第二スラスト軸受部T2が構成される。
【0072】
以上述べたように、本実施形態に係る流体動圧軸受8用の潤滑油組成物では、基油として、40℃における動粘度が30mm/sを超えかつ80mm/s以下を示す基油を用いると共に、潤滑油組成物の40℃における動粘度が90mm/s以上でかつ140mm/s以下となるように、潤滑油組成物の組成を調整した。また、本実施形態では、粘度の調整にはポリマー系の粘度指数向上剤を4wt%以下となるように添加量を調整した。このように基油及び潤滑油組成物の動粘度を調整することによって、ラジアル軸受隙間の大きさに関係なく、油膜を安定してラジアル軸受隙間に形成することができる。よって、高い負荷能力を流体動圧軸受8に発揮させることが可能となる。また、軸部10が大きく偏心した結果、ラジアル軸受隙間が小さくなったとしても、安定してラジアル軸受隙間に潤滑油組成物の油膜を形成することが可能となる。粘度指数向上剤を極力添加しないなど潤滑油組成物の組成を上述のように調整することによって、起動開始時となる低温時の粘度が必要以上に増大する事態を回避することができる。よって、軸受トルクを増大させることなく、必要な高負荷能力を安定的に発揮させることが可能となる。
【0073】
また、本実施形態では、基油を、非極性油と極性油との混合物とし、かつ非極性油の基油全体に対する比率を20wt%以上でかつ30wt%以下とした。このように、相対的に電気抵抗率の高い非極性油の比率を20wt%以上にすることで、潤滑油組成物を通じた軸部10と流体動圧軸受8との通電を可及的に防止可能な程度に、潤滑油組成物全体としての電気抵抗率を低く抑えることができる。よって、電気抵抗法(詳細は後述の説明を参照)に基づく負荷能力の評価工程における誤判定を可及的に防止して、流体動圧軸受8の負荷能力を適正に評価することが可能となる。また、非極性油の比率を30wt%以下に抑えることで、低温状態における潤滑油組成物の粘度が高くなる事態を回避でき、蒸発量が多くなる事態を回避することができる。
【0074】
また、本実施形態では、非極性油に、ポリ-α-オレフィン又はその水素化物からなる合成炭化水素油を用いたので、潤滑油組成物の使用温度範囲を広げることができる。また、優れた潤滑性と共に、良好な初期なじみ性を流体動圧軸受に付与することができる。さらには、耐久性の向上を図ることも可能となる。
【0075】
また、本実施形態では、極性油に、エステル油を用いたので、潤滑油組成物の蒸発特性、潤滑性、さらには耐摩耗性を向上させることができる。特に、非極性油としてポリ-α-オレフィン又はその水素化物からなる合成炭化水素油を用いる場合、エステル油を極性油として用いることにより、ポリオレフィン類の欠点である溶解性を克服できる。また、ポリ-α-オレフィン又はその水素化物からなる合成炭化水素油にエステル油を混合することにより、流体動圧軸受が有する良好な軸受性能を長期にわたって安定的に維持することが可能となる。
【0076】
以上、本発明の一実施形態を説明したが、本発明に係る流体動圧軸受用潤滑油組成物と、この潤滑油組成物を含浸してなる流体動圧軸受、及びこの軸受を備えた流体動圧軸受装置は上記例示の形態に限定されることなく、本発明の範囲内において任意の形態を採り得る。
【0077】
図6は、本発明の他の実施形態に係る流体動圧軸受装置12の断面図を示している。図6に示すように、本実施形態における流体動圧軸受装置12は、第一スラスト軸受部T1のみを有する点で、図2に示す流体動圧軸受装置2と相違する。詳述すると、本実施形態に係る流体動圧軸受装置2において、軸部10の下端面10cとハウジング7の底部7eの上端面7e1との間には、常に所定のスラスト方向隙間が存在する。ここで、底部7eの上端面7e1と、軸部10の下端面10cとの間の対向間隔(スラスト方向隙間)の大きさは、流体動圧軸受8の上端面8bと円盤部9aの下端面9a1との対向間隔より大きく、ここでは、回転駆動時のロストルク増加に実質的に影響しないとみなせる程度の大きさに設定されている。これ以外の構成については図2等に示す流体動圧軸受装置2と同じであるので、詳細な説明を省略する。
【0078】
本実施形態に係る流体動圧軸受装置12においても、基油として、40℃における動粘度が30mm/sを超えかつ80mm/s以下を示す基油を用いると共に、潤滑油組成物の40℃における動粘度が90mm/s以上でかつ140mm/s以下となるように、組成を調整してなる流体動圧軸受8用の潤滑油組成物を用いた。これにより、ラジアル軸受隙間の大きさに関係なく、油膜を安定してラジアル軸受隙間に形成することができる。よって、高い負荷能力を流体動圧軸受8に発揮させることが可能となる。また、流体動圧軸受8の上端面8bに必要なスラスト軸受面積を確保することができるので、流体動圧軸受8の上端面8b側にのみスラスト軸受部(第一スラスト軸受部T1)を設けた場合であっても、優れた回転精度を発揮することができる。よって、図6に示すように、軸部10の下端面10cをスラスト方向に支持せずとも、十分なスラスト軸受性能を発揮することができ、スラスト受け部11の省略をはじめ、軸部10の下端形状を単純化した分だけ、コストダウンを図ることが可能となる。
【0079】
もちろん、ラジアル軸受部R1,R2を軸部10の外周面10aとの間に形成するラジアル動圧発生部(図3では動圧溝8a1配列領域A1,A2)の何れか一方又は双方についても、いわゆる多円弧状、ステップ状、並びに波型状など、動圧溝以外の形状をなす公知のラジアル動圧発生部を採用することが可能である。
【0080】
また、以上の説明では、ファンモータ1のベース部6の内周に、流体動圧軸受装置2のハウジング7を固定するようにしたが、例えばファンモータ1が取り付けられる情報機器のベース部(図示は省略)にハウジング7を直接取り付けてもかまわない。あるいは、これらベース部に相当する部位をハウジング7と一体に設けてもよい。
【0081】
また、以上の説明では、マグネット5bとコイル5aとを軸方向にずらして配置することにより、軸部10(回転体3)に、軸部10をハウジング7の底部7e側に押し付けるための外力を作用させるようにしたが、このような外力を軸部10に作用させるための手段は上記のものに限られない。図示は省略するが、例えば、マグネット5bを引き付け得る磁性部材をマグネット5bと軸方向に対向配置することにより、上記磁力を回転体3に作用させることもできる。また、送風作用の反力としての推力が十分に大きく、この推力のみで軸部10を下方に押し付けることができる場合、軸部10を下方に押し付けるための外力としての磁力(磁気吸引力)は省略しても構わない。
【0082】
また、以上の説明では、ファン4を有する回転体3が軸部10に固定される流体動圧軸受装置2に本発明を適用した場合について説明を行ったが、本発明は、回転体3として、ディスク搭載面を有するディスクハブ、あるいはポリゴンミラーが軸部10に固定される流体動圧軸受装置2にも好ましく適用することができる。すなわち、本発明は、図1に示すようなファンモータ1のみならず、ディスク装置用のスピンドルモータや、レーザビームプリンタ(LBP)用のポリゴンスキャナモータ等、その他の電気機器に組み込まれる流体動圧軸受装置2にも好ましく適用することが可能である。
【実施例0083】
以下、本発明の作用効果を実証するための実施例について説明する。
【0084】
本実施例では、本発明に係る組成を示す潤滑油組成物(実施例1~3)と、本発明以外の組成を示す潤滑油組成物(比較例1~4)とを用意し、各潤滑油組成物の動粘度、粘度を評価した。また各潤滑油組成物を流体動圧軸受に含浸し、かつ当該潤滑油組成物を軸受内部空間に充填してなる流体動圧軸受装置について、負荷能力に関する特性を評価した。
【0085】
ここで、評価対象となる潤滑油組成物には、非極性油と極性油との混合物を基油とする潤滑油組成物を用いた。具体的には、非極性油としてポリ-α-オレフィン(PAO)からなる合成炭化水素油を、極性油としてポリオールエステル油とジエステル油を、粘度指数向上剤にはポリメタアクリレート系の粘度指数向上剤をそれぞれ用いた。また、何れの潤滑油組成物にも、酸化防止剤、及び防錆材を添加したものを用いた。表1に、実施例1~3及び比較例1~4に係る潤滑油組成物に占める非極性油及び極性油、及び粘度指数向上剤の割合(配合比)[wt%]を示す。
【0086】
【表1】
【0087】
また、基油の40℃における動粘度[mm/s]については、JIS K 2283により取得した。実施例1~3及び比較例1~4の基油の40℃における動粘度はそれぞれ、表2に示す通りである。
【0088】
また、各潤滑油組成物の40℃における動粘度[mm/s]については、JIS K 2283により取得した。実施例1~3及び比較例1~4の潤滑油組成物の40℃における動粘度はそれぞれ、表2に示す通りである。
【0089】
また、各潤滑油組成物の-40℃における粘度[mPa・s]については、コーンプレート型回転粘度計(ずり速度:300s-1)を使用することにより取得した。実施例1~3及び比較例1~4の潤滑油組成物の-40℃における粘度はそれぞれ、表2に示す通りである。
【0090】
また、各潤滑油組成物を含浸、充填してなる流体動圧軸受装置の負荷能力に関する特性については、電気抵抗法に基づく浮上最低回転速度を測定した。また、この測定結果に基づいて流体動圧軸受に対して非接触で回転し得る軸部の偏心率の最大値を求めた。
【0091】
このうち、浮上最低回転速度については、以下のようにして測定した。すなわち、図示は省略するが、本発明に係る流体動圧軸受に長尺の軸部を挿入し、その軸方向一端にモータを同軸に連結すると共に、流体動圧軸受をハウジングの内周に固定する。そして、軸部と流体動圧軸受との間をシール部材でシールする。然る後、ハウジングを介して流体動圧軸受に対して所定の負荷、ここでは径方向の負荷(3Nと6Nの二種類)を付与した状態で、モータにより軸部を所定の回転数で駆動する。回転数を2000min-1から開始し、100min-1ずつ回転数を減らしていく。そして、軸部と流体動圧軸受との導通(電気的接続)が検知された時点における軸部の回転数を、軸部の軸方向他端に設けた回転速度センサにより計測し、計測した回転数を浮上最低回転速度[min-1]とした。実施例1~3及び比較例1~4の浮上最低回転速度はそれぞれ、表1に示す通りである。
【0092】
偏心率については、上述のように軸部と流体動圧軸受との導通が検知された時点における軸部の偏心率、流体動圧軸受と軸部とのラジアル軸受隙間の半径値、回転速度(浮上最低回転速度)を入力値とし、負荷を出力値とする計算プログラムを用いて、試験時の負荷(3N又は6N)から逆計算した値を偏心率として求めた。実施例1~3及び比較例1~4の偏心率はそれぞれ、表2に示す通りである。
【0093】
【表2】
【0094】
表2に示すように、実施例1~3と比較例1とを比較した場合、潤滑油組成物の動粘度については、比較例1と実施例1~3とで同等の値を示している。一方で、比較例1における基油の動粘度は、本発明に係る数値範囲を下回っている。ここで、比較例1の浮上最低回転速度は実施例1のそれと同じ値だが、負荷の大きさが異なる(実施例1の半分)。このことから、比較例1の負荷能力が実施例1のそれよりも小さいことがわかる。また、比較例1の浮上最低回転速度は、負荷が同レベルであるにも関わらず、実施例2及び3の浮上最低回転速度よりも大幅に大きい。このことから、比較例1の負荷能力が実施例2及び3の負荷能力よりも小さいことがわかる。
【0095】
実施例1と比較例2とを比較した場合、基油の動粘度及び潤滑油組成物の動粘度については、比較例2と実施例1とで同等の値を示している。一方で、比較例2における基油に対する非極性油の含有率は、本発明に係る数値範囲を下回っている。そのため、比較例2の浮上最低回転速度が実際の値よりも大きく計測されている可能性が高く、負荷能力を示す指標として信頼性に乏しい。
【0096】
実施例1~3と比較例3とを比較した場合、潤滑油組成物の動粘度については、比較例3と実施例1~3とで同等の値を示している。一方で、比較例3における基油の動粘度は、本発明に係る数値範囲(30mm/sを超えかつ80mm/s以下)を下回っている。そのため、比較例3の浮上最低回転速度は、負荷が同レベルであるにも関わらず、実施例1のそれよりも大幅に大きい。このことから、比較例3の負荷能力が実施例1のそれよりも小さいことがわかる。また、比較例3と実施例2及び3とを比較した場合、負荷の大きさが実施例2及び3の2倍であるのに対し、比較例3の浮上最低回転速度は、実施例2及び3の5倍もの大きさを示している。このことから、比較例3の負荷能力が実施例2及び3の負荷能力よりも小さいことがわかる。
【0097】
実施例1~3と比較例4とを比較した場合、比較例4における基油の動粘度及び潤滑油組成物の動粘度がともに実施例1~3の動粘度よりも大きい一方で、何れの動粘度も本発明に係る数値範囲(基油:30mm/sを超えかつ80mm/s以下、潤滑油組成物:90mm/sを超えかつ140mm/s以下)を上回っている。そのため、比較例4の負荷能力(浮上最低回転速度、偏心率)は実施例1~3の負荷能力と同レベルである一方で、潤滑油組成物の低温時における粘度は実施例1~3の粘度よりも大きい。これでは、モータの消費電力(軸受トルク)が過大となり、又はモータの起動ができないおそれが生じる。
【符号の説明】
【0098】
1 ファンモータ
2,12 流体動圧軸受装置
3 回転体
4 ファン
5 駆動部
5a コイル
5b マグネット
6 ベース部
7 ハウジング
7c 上端面
7d シール面
8 流体動圧軸受
8a 内周面
8a1 動圧溝
8a2 傾斜丘部
8a3 帯部
8b 上端面
8b1 動圧溝
8c 下端面
8d 外周面
8d1 軸方向溝
9 ハブ部
9a 円盤部
9a1 下端面
9b,9c 筒状部
9d 鍔部
9e 取付け穴
10 軸部
10a 外周面
10b 下端部
10c 下端面
11 スラスト受け部
A1,A2 動圧溝配列領域
D1 内径寸法
D2 外径寸法
L 軸方向寸法
R1,R2 ラジアル軸受部
S シール空間
T1,T2 スラスト軸受部
図1
図2
図3
図4
図5
図6