(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023182697
(43)【公開日】2023-12-26
(54)【発明の名称】ベイナイト鋼の鍛造部品及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231219BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20231219BHJP
C21D 8/00 20060101ALI20231219BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/00 301Z
C22C38/58
C21D8/00 B
【審査請求】有
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023169387
(22)【出願日】2023-09-29
(62)【分割の表示】P 2020550844の分割
【原出願日】2019-03-15
(31)【優先権主張番号】PCT/IB2018/051970
(32)【優先日】2018-03-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】IB
(71)【出願人】
【識別番号】515214729
【氏名又は名称】アルセロールミタル
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】弁理士法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ビクトル・ボルドロ
(57)【要約】 (修正有)
【課題】高強度、高靭性を有する機械部品の熱間鍛造用ベイナイト鋼を提供する。
【解決手段】重量パーセントで、0.15%≦C≦0.22%、1.6%≦Mn≦2.2%、0.6%≦Si≦1%、1%≦Cr≦1.5%、0.01%≦Ni≦1%、0%≦S≦0.06%、0%≦P≦0.02%、0%≦N≦0.013%を含み、任意の元素0%≦Al≦0.06%、0.03%≦Mo≦0.1%、0%≦Cu≦0.5%、0.01%≦Nb≦0.15%、0.01%≦Ti≦0.03%、0%≦V≦0.08%、0.0015%≦B≦0.004%を有し、残部組成が、鉄及び不可避の不純物からなり、ミクロ組織が、面積率で、1%~20%の間の残留オーステナイト及び島状マルテンサイト-オーステナイトの累積的な存在を含むミクロ組織を有し、残りのミクロ組織は少なくとも80%のベイナイトである、機械部品を鍛造するための鋼。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
機械部品を鍛造するための鋼であって、重量パーセントで表される、以下の元素
0.15%≦C≦0.22%、
1.6%≦Mn≦2.2%、
0.6%≦Si≦1%、
1%≦Cr≦1.5%、
0.01%≦Ni≦1%、
0%≦S≦0.06%、
0%≦P≦0.02%、
0%≦N≦0.013%
を含み、以下の任意の元素
0%≦Al≦0.06%、
0.03%≦Mo≦0.1%、
0%≦Cu≦0.5%、
0.01%≦Nb≦0.15%、
0.01%≦Ti≦0.03%、
0%≦V≦0.08%、
0.0015%≦B≦0.004%
を1つ以上含むことができ、
残部組成が、鉄及び加工から生じる不可避の不純物から構成され、前記鋼のミクロ組織は、面積率により、1%~20%の間の残留オーステナイト及び島状マルテンサイト-オーステナイトの累積的な存在を含むミクロ組織を有し、残りのミクロ組織は少なくとも80%のベイナイトであり、ここで、59.5°の誤配向角度を有するベイナイト粒界の割合が少なくとも7%であり、0%~10%の間のマルテンサイトが任意に存在する、機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項2】
前記組成が、0.7%~1%のケイ素を含む、請求項1に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項3】
前記組成が、0.15%~0.2%の炭素を含む、請求項1又は2に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項4】
前記組成が、0%~0.05%のアルミニウムを含む、請求項1~3に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項5】
前記組成が、1.6%~1.9%のマンガンを含む、請求項1~4のいずれか一項に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項6】
前記組成が、1.1%~1.5%のクロムを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項7】
前記ベイナイトが、85%以上である、請求項1~6のいずれか一項に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項8】
残留オーステナイト及び島状マルテンサイト-ベイナイトの合計が、1%~15%の間である、請求項1~7のいずれか一項に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項9】
前記鋼板が、1100MPa以上の極限引張強さ及び800MPa以上の降伏強さを有する、請求項1~8のいずれか一項に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項10】
前記鋼が、1150MPa以上の極限引張強さ及び850MPa以上の降伏強さを有する、請求項9に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項11】
前記鋼板が、70J/cm2以上の衝撃靱性を有する、請求項1~10のいずれか一項に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項12】
前記鋼板が、90J/cm2以上の衝撃靱性を有する、請求項10のいずれか一項に記載の機械部品を鍛造するための鋼。
【請求項13】
鋼の鍛造機械部品の製造方法であって、以下の連続ステップ
- 請求項1~6のいずれか一項に記載の鋼組成を半製品の形態で提供するステップ、
- 前記半製品を1150℃~1300℃の間の温度に再加熱するステップ、
- オーステナイト域において前記半製品を熱間鍛造するステップであって、熱間鍛造仕上げ温度を915℃超として熱間鍛造部品を得る、ステップ、
- 3段階冷却で熱間鍛造部品を冷却するステップであって、段階1では、前記熱間鍛造部品を熱間鍛造仕上げ温度からT1間の温度範囲まで、0.2℃/秒~10℃/秒の間の冷却速度で冷却し、ここで、前記熱間鍛造部品を任意に0秒~3600秒の間の時間保持することができ、
- その後、段階2では、前記熱間鍛造部品をT1間の温度範囲からT2間の温度範囲まで、0.40℃/秒~2℃/秒の間の平均冷却速度で冷却し、
- 次に、段階3では、前記熱間鍛造部品をT2間の温度範囲から室温まで、0.8℃/秒未満の平均冷却速度で冷却して、鍛造機械部品を得るステップ
を含む、製造方法。
【請求項14】
冷却の段階1において、前記熱間鍛造部品が、780℃~750℃の間の温度範囲からT1間の温度範囲まで、0.2℃/秒~2℃/秒の間の平均冷却速度で冷却され、ここで、前記熱間鍛造部品を任意に0秒~3600秒の間の時間保持することができる、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
冷却の段階2において、前記熱間鍛造部品が、T1間の温度範囲から470℃~450℃の間の温度範囲まで、1.0℃/秒~2.0℃/秒の間の平均冷却速度で冷却される、請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】
段階3において、前記熱間鍛造部品が、T2間の温度範囲から室温まで、0.5℃/秒未満の冷却速度で冷却される、請求項13~15のいずれか一項に記載の方法。
【請求項17】
車両の構造部品若しくは安全部品又はエンジンの製造のための、請求項1~12のいずれか一項に記載の鋼又は請求項13~16の方法に従って製造された鍛造機械部品の使用。
【請求項18】
請求項17に従って得られた部品を含む、車両。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車用の鋼の機械部品を鍛造するのに好適なベイナイト鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品は、2つの矛盾した必要性、すなわち、成形のしやすさ及び強度を満たす必要があるが、近年、地球環境への配慮から、自動車には燃費改善の第3の要件も課されている。したがって、現在、自動車部品は、複雑な自動車アセンブリへの適合しやすさの基準に適合するように、成形性の高い材料で製造されなければならず、同時に、燃料効率を向上させるために車両の重量を低減させながら車両のエンジンの耐衝撃性及び耐久性の強度を向上させなければならない。
【0003】
したがって、材料の強度を高めることによって、自動車に使用される材料の量を減らすために、精力的な研究開発の努力が行われている。逆に、鋼の強度が高くなると成形性が低下するため、高強度、高衝撃靱性と同様に高成形性を有する材料の開発が必要とされている。
【0004】
高強度及び高衝撃靱性の分野における以前の研究開発は、高強度及び高衝撃靱性鋼を製造するためのいくつかの方法をもたらし、それらのいくつかは、本発明の明確な理解のために本明細書に列挙される。
【0005】
US2013/0037182は、機械部品を製造するためのベイナイト鋼であって、重量パーセントで、0.05%≦C≦0.25%、1.2%≦Mn≦2%、1%≦Cr≦2.5%、0<Si≦1.55、0<Ni≦1%、0<Mo≦0.5%、0<Cu≦1%、0<V≦0.3%、0<Al≦0.1%、0<B≦0.005%、0<Ti≦0.03%、0<Nb≦0.06%、0<S≦0.1%、0<Ca≦0.006%、0<Te≦0.03%、0<Se≦0.05%、0<Bi≦0.05%、0<Pb≦0.1%の化学組成を有し、鋼部品の残部は鉄及び加工から生じる不純物である、ベイナイト鋼を主張している。US2013/0037182の鋼は800MPa以上の降伏強さを達成することができず、さらに、この鋼は20℃で70J・cm-2の衝撃靱性値(KCU)を有さない。
【0006】
WO2016/063224は、重量パーセントで、0.1≦C≦0.25%、1.2≦Mn≦2.5%、0.5≦Si≦1.7%、0.8≦Cr≦1.4%、0.05≦Mn≦0.1、0.05≦Nb≦0.10、0.01≦Ti≦0.03%、0<Ni≦0.4%、0<V≦0.1%、0<S≦0.03%、0<P≦0.02%、0<B≦30ppm、0<O≦15ppm及び残留元素は0.4%未満である化学組成を含む鋼について主張している。しかし、機械的特性の点では、引張強さは1200MPa未満であり、降伏強さは800MPaを超えることはなく、CVNにおける衝撃靱性は約20Jである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】米国特許出願公開第2013/0037182号明細書
【特許文献2】国際公開第2016/063224号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
したがって、上記公報に照らして、本発明の目的は、1100MPaを超える引張強さ及びDVMにおける20℃での衝撃靱性70J・cm-2を得ることを可能にする機械部品の熱間鍛造用のベイナイト鋼を提供することである。
【0009】
したがって、本発明の目的は、
・1100MPa以上、好ましくは1150MPaを超える極限引張強さ
・20℃で70J・cm-2以上の衝撃靱性
・800MPa以上、好ましくは850MPaを超える降伏強さ
を同時に有する熱間鍛造に好適なベイナイト鋼を提供することによってこれらの問題を解決することである。
【0010】
好ましい実施形態では、本発明による鋼板はまた、引張強さに対する降伏強さの比が0.72以上であってもよい。
【0011】
好ましくは、そのような鋼は、鍛造部品の表面と中心との間の顕著な硬度勾配なしに、クランクシャフト、ピットマンアーム、ステアリングナックルなどの断面が30mm~100mmの間である鍛造鋼部品の製造に好適である。
【0012】
本発明の別の目的はまた、製造パラメータのシフトに対してロバストでありながら、従来の産業用途と適合するこれらの機械部品の製造方法を提供することである。
【0013】
炭素は、本発明の鋼中に0.15%~0.22%存在する。炭素は固溶強化により鋼に強度を付与し、炭素はγ生成によってフェライトの形成を遅らせる。炭素は、ベイナイト変態開始温度(Bs)及びマルテンサイト変態開始温度(Ms)に影響を及ぼす元素である。低温で変態したベイナイトは、高温で変態したベイナイトよりも優れた強度/延性の組み合わせを示す。
【0014】
1100MPaの引張強さに達するには、最低0.15%の炭素が必要であるが、炭素が0.22%を超えて存在する場合、炭素は最終製品の延性並びに被削性及び溶接性を低下させる。炭素含有率は、高強度及び高延性を同時に得るために、有利には0.15%~0.20%の範囲である。
【0015】
本発明の鋼にはマンガンが1.6%~2.2%の間で添加されている。マンガンは鋼に焼入れ性を付与する。これにより、ベイナイト変態又はマルテンサイト変態が事前の変態なしに連続冷却で得られる臨界冷却速度を低下させることができる。マンガンは、低温でのベイナイト変態を促進する。所望のベイナイト組織を得るために、また、オーステナイトを安定化させために、最低1.6重量%のマンガン含有率が必要である。しかし、2.2%を超えると、ベイナイト変態後の残留オーステナイトが粗くなり、冷却の第3段階でマルテンサイト又は島状マルテンサイトに変態する可能性が高くなり、これらの相が要求される特性に悪影響を及ぼすため、マンガンは本発明の鋼に悪影響を与える。さらに、マンガンはMnSなどの硫化物を形成する。これらの硫化物は、形状及び分布が適切に制御されている場合、被削性を向上させることができる。そうでない場合、それらは衝撃靱性に非常に有害な影響を及ぼす可能性がある。
【0016】
ケイ素は、本発明の鋼中に0.6%~1%の間で存在する。ケイ素は、固溶強化によって本発明の鋼に強度を付与する。ケイ素は析出核の周囲にSiを多く含む層を形成することによって炭化物の析出及び拡散律速成長を妨げるため、ケイ素はセメンタイト核生成の形成を低減する。したがって、オーステナイトは炭素が豊富になり、ベイナイト変態中の駆動力が低下する。結果として、Siの添加は全体的なベイナイト変態速度を低下させ、残留オーステナイト含有量の増加をもたらす。ケイ素の添加は、同じ温度範囲で変態した従来の上部及び下部ベイナイトよりも一般的に高い強度及び延性の組み合わせを示すセメンタイトを含まないベイナイトの発生をもたらし得る。さらにケイ素は脱酸剤としても作用する。本発明の鋼に強度を付与し、連続冷却下でセメンタイトを含まないベイナイトを提供するためには、最低0.6%のケイ素が必要である。1%を超えるケイ素の量は、オーステナイト中の炭素の活性を高めて初析フェライトへの変換を促進し、強度を低下させる可能性があるが、ベイナイト変態の拡大も過剰に制限し、ベイナイト変態終了時の過剰な残留オーステナイト、及びこの結果として、冷却終了時の余分なマルテンサイト及び島状マルテンサイトをもたらす。
【0017】
クロムは、本発明の鋼中に1%~1.5%の間で存在する。クロムは、ベイナイトを生成し、オーステナイトの安定化を促進するためにも不可欠な元素である。クロムの添加は、Bs+30℃~Bs+50℃の間の温度範囲中に、均一で微細なベイナイト組織を促進する。目標とするベイナイト組織を生成するには、最低1%のクロムが必要であるが、1.5%以上のクロム含有率があると、Ms~Ms+60℃の温度範囲中に残留オーステナイトからマルテンサイトの形成が促進される。クロムの含有率レベルを1.5%未満に抑える別の理由は、クロムが1.5%を超えると偏析が生じるためである。
【0018】
ニッケルは、0.01%~1%の間で含まれている。ニッケルは、鋼の焼入れ性及び靱性に寄与するために添加される。ニッケルは、ベイナイト開始温度を下げるのにも役立つ。しかしながら、経済的実現可能性のため、その含有率は1%に制限されている。
【0019】
硫黄は、0%~0.06%の間で含まれている。硫黄は、被削性を改善し、十分な被削性を得るのに役立つMnS析出物を形成する。圧延及び鍛造などの金属成形加工中に、変形可能な硫化マンガン(MnS)介在物は細長くなる。このような細長いMnS介在物は、介在物が負荷方向とそろっていない場合、引張強さ及び衝撃靱性などの機械的特性にかなりの悪影響を及ぼし得る。したがって、硫黄含有率は0.06%に制限されている。硫黄の含有率の好ましい範囲は、0.03%~0.04%である。
【0020】
リンは、本発明の鋼の任意の成分であり、0%~0.02%の間である。リンは、特に粒界で偏析又はマンガンと共偏析する傾向のため、スポット溶接性及び熱間延性を低下させる。これらの理由により、リンの含有率は0.02%に制限され、好ましくは0.015%未満である。
【0021】
窒素は、本発明の鋼中に0%~0.013%の間の量である。窒素は、Al、Nb及びTiと窒化物を形成し、熱間鍛造中に鋼のオーステナイト組織が粗大化するのを防ぎ、その靱性を高める。オーステナイト粒界を固定するためのTiNの効果的な使用は、Ti/N比<3.42と共にTi含有率が0.01%~0.03%の間にある場合に達成される。化学量論的に過剰な窒素含有量を用いると、これらの粒子のサイズの増大の原因となり、これは、オーステナイト粒界を固定する効率が低下するだけでなく、TiN粒子が破壊開始サイトとして作用する可能性も高くなる。
【0022】
アルミニウムは、本発明の鋼の任意の元素である。アルミニウムは強力な脱酸剤であり、またオーステナイト結晶粒成長を妨げる窒化物として鋼中に分散した析出物を形成する。しかし、アルミニウム含有率が0.06%を超えると、脱酸効果は飽和する。含有率が0.06%を超えると、引張特性、特に衝撃靱性を低下させる粗大なアルミニウムに富む酸化物の発生につながる可能性がある。
【0023】
モリブデンは、本発明では0.03%~0.1%の間で存在する。モリブデンは、本発明の鋼の降伏強さを増加させるMo2C析出物を形成する。モリブデンは、鋼の焼入れ性にも明らかな効果を有する。溶質モリブデンは、ベイナイトラスの成長を実質的に妨げ、ベイナイトラスをより微細にする。このような効果は、最低0.03%のモリブデンでのみ実現可能である。モリブデンを過剰に添加すると、合金化コストが増加し、残留オーステナイトからの島状マルテンサイトの形成が促進される。さらに、Mo含有率が高すぎる場合、偏析の問題が生じる可能性がある。したがって、本発明では、モリブデンは0.1%に制限される。
【0024】
銅は、電気アーク炉製鋼工程で生じる残留元素であり、0%まで抑える必要があるが、常に0.5%未満に抑える必要がある。この値を超えると、熱間加工性が著しく低下する。
【0025】
ニオブは、本発明の鋼中に0.04%~0.15%の間で存在する。ニオブは、固溶体の場合に強力に拡散変態を遅らせることにより鋼の焼入れ性を高めるために添加される。ニオブはまた、ホウ素との相乗効果で使用することができ、ニオブ炭窒化物が優先的に析出するため、ホウ素が粒界に沿ってホウ素炭化物で析出するのを防ぐ。さらに、ニオブは、固溶体及び析出物の両方で再結晶及びオーステナイト結晶粒成長の速度を低下させることが知られている。オーステナイト結晶粒径及び焼入れ性に対する複合効果は、最終的なベイナイト組織の微細化を助け、それによって、本発明に従って製造された部品の強度及び靱性を向上させる。延性に悪影響を及ぼし、フェライト変態の核として作用する可能性があるニオブ析出物の粗大化を防ぐために、ニオブは0.15重量%より高い含有率に添加することはできない。
【0026】
チタンは、0.01%~0.03%の間で存在する。チタンは、ホウ素が窒化物を形成するのを防ぐ。チタンは、鋼中に窒化物又は炭窒化物として析出し、オーステナイト粒界を効率的に固定することができ、高温でのオーステナイト結晶粒成長を制限する。ベイナイトパケットサイズはオーステナイトの結晶粒径と密接に関連しているので、チタンの添加は靱性の改善に効果的である。このような効果は、チタン含有率が0.01%未満では得られず、0.03%を超える含有率では効果は飽和する傾向がある一方で、合金コストのみが増加する。さらに、凝固中に形成される粗大な窒化チタンの発生は、衝撃靱性及び疲労特性に有害である。
【0027】
バナジウムは任意の元素であり、0%~0.08%の間で存在する。バナジウムは、炭化物又は炭窒化物を形成することにより鋼の強度を高めるのに効果的であり、経済的理由により上限は0.08%である。
【0028】
ホウ素は、0.0015~0.004%の範囲である。ホウ素は、わずか数ppmで重大な構造変化を引き起こす可能性があるため、通常は非常に少量で添加される。このレベルの添加では、鉄原子当たりのホウ素原子の比率が非常に低い(一般に、<0.00005)ため、ホウ素はバルク中では効果がなく、したがって、固溶体の硬化又は析出強化をもたらさない。実際、ホウ素はオーステナイト粒界で強く偏析し、大きな結晶粒径の場合、ホウ素原子は鉄原子と同じ数になることがある。この偏析は、フェライト及びパーライトの形成を遅延させ、冷却中にベイナイト組織又はマルテンサイト組織を促進し、したがって、適度な冷却速度でのオーステナイト分解後、そのような鋼の強度を向上させる。この効果を発揮させるためには、Bを0.0015%以上の量で添加することが望ましい。Nb及び/又はMoの添加によって十分に保護されない場合、オーステナイト粒界で温度<950℃のホウ素炭化物M23(B,C)6の析出が発生する可能性がある。粗大なM23(B,C)6は、十分に大きい場合に非整合界面でのフェライト核生成を促進するため、一部の研究者はフェライト前駆体と見なしている。結合していないホウ素の効果は、炭化物中にトラップされたホウ素の効果よりも明らかに強い。したがって、適度な冷却速度でベイナイト組織又はマルテンサイト組織を得るために、ホウ素を結合させないで維持する必要がある。0.2%までの低炭素鋼でホウ素含有率が15~30ppmの間の範囲である場合、最高の焼入れ性が得られる。ホウ素の含有率が高いほど、そのような鋼の低温靱性が急激に低下するため、その上限は0.004%に設定されている。
【0029】
スズ、セリウム、マグネシウム又はジルコニウムなどの他の元素は、個別に又は組み合わせて、次の重量比率、スズ≦0.1%、セリウム≦0.1%、マグネシウム≦0.010%及びジルコニウム≦0.010%で添加することができる。示されている最大含有率レベルまで、これらの元素は、凝固中に結晶粒を微細化することを可能にする。鋼の組成の残部は、鉄及び加工から生じる不可避の不純物からなる。
【0030】
鋼板のミクロ組織は以下を含む。
【0031】
残留オーステナイト及び島状マルテンサイト-オーステナイト(Martensite-Austenite islands constituent)は、1%~20%の間の量で累積的に存在し、本発明の必須の構成要素である。優先的には、残留オーステナイト及び島状マルテンサイトの量は、5%~20%の間が有利である。本発明の鋼に、残留オーステナイトは延性を付与し、島状マルテンサイト-オーステナイト(Martensite Austenite islands)は強度を付与する。残留オーステナイト及び島状マルテンサイト-オーステナイトは、冷却の段階2中に未変態のまま残った旧オーステナイトから、冷却段階2及び3中に形成される。
【0032】
本発明の鋼では、ベイナイトは面積率でミクロ組織の80%以上を構成し、85%を超えるベイナイトを有することが有利である。本発明では、ミクロ組織組成ベイナイトは、59.5°の誤配向角度で誤配向したベイナイト粒界を7%以上、好ましくは9%を超えて有する。これらの誤配向ベイナイト粒子は、本発明の鋼に衝撃靱性を付与する。本発明のベイナイトは、特に470℃~Msの間での冷却の段階2の冷却中に形成されるが、470℃を超える上部ベイナイト域で形成されるベイナイトは、その粗大なサイズのために7%を超える誤配向ベイナイト粒を有することができない粗大なベイナイトであるため、したがって、粗大なベイナイトの形成を回避するために、T1~T2の間、特にT1~470℃の間での冷却には、より速い冷却速度が好ましい。これは
図1に示されており、
図1は本発明による試験I1のミクロ組織を示し、
図2は本発明によらない試験R1のミクロ組織を示す。本発明によるベイナイトが符号20で示されている
図1のベイナイトとの比較で、
図2は、面積比で80%未満のベイナイトを含み、
図2において符号10で示される粗大なベイナイトも含む。さらに、
図3は、本発明の鋼と参照の鋼との59.5°の誤配向角度で誤配向したベイナイト粒界の存在の比較を示す。
図3の符号1で示される曲線は、9.6%で59.5°の誤配向角度で誤配向したベイナイト粒界を含む試験I1の曲線であり、これに対して、
図3の符号2で示される曲線は、4%で59.5°の誤配向角度で誤配向したベイナイト粒界を含む試験R1の曲線である。
【0033】
本発明の鋼は、微量~最大10%までのマルテンサイトを含む。マルテンサイトは、本発明の一部であることを意図されていないが、鋼の加工による残留ミクロ組織として形成される。マルテンサイトの含有率は可能な限り低く抑えなければならず、10%を超えてはならない。10%の構成割合までのマルテンサイトは、本発明の鋼に強度を付与するが、マルテンサイトの存在が10%を超える場合、鋼部品の被削性を低下させる。
【0034】
上記のミクロ組織に加えて、機械鍛造部品のミクロ組織は、パーライト及びセメンタイトなどのミクロ組織構成成分を含まない。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【
図2】本発明によらない試験R1のミクロ組織を示す。
【
図3】本発明の鋼と参照の鋼との59.5°の誤配向角度で誤配向したベイナイト粒界の存在の比較を示す。
【発明を実施するための形態】
【0036】
本発明による機械部品は、以下に説明する記載された加工パラメータに従って、任意の好適な熱間鍛造加工、例えば、ドロップ鍛造、プレス鍛造、据え込み鍛造及びロール鍛造によって製造することができる。
【0037】
好ましい例示的な方法が本明細書に示されているが、この実施例は、本開示の範囲及び実施例が基づいている態様を限定しない。さらに、本明細書に記載されている任意の実施例は、限定を意図するものではなく、本開示の各種態様を実施することができる多くの可能な方法のいくつかを単に記載するものである。
【0038】
好ましい方法は、本発明による化学組成を有する鋼の半製品の鋳物を提供することにある。鋳造は、30mm~100mmの間の断面直径を有する機械部品に鍛造することができるインゴット又はブルーム又はビレットなどの任意の形態で行うことができる。
【0039】
例えば、上記の化学組成を有する鋼は、ブルームに鋳造され、次に、半製品となる棒の形状に圧延される。所望の半製品を得るために、圧延のいくつかの操作を達成することができる。
【0040】
鋳造工程後の半製品は、圧延後に高温で直接使用することもできるし、最初に室温まで冷却して、その後、熱間鍛造のために再加熱することもできる。半製品を1150℃~1300℃の間の温度に再加熱する。
【0041】
熱間鍛造にかけられる半製品の温度は、少なくとも1150℃であることが好ましく、1300℃未満でなければならない。なぜなら、半製品の温度が1150℃より低いと、鍛造型に過度の負荷がかかり、さらに、仕上げ鍛造中に鋼の温度がフェライト変態温度まで低下し、それによって、鋼は組織内に変態したフェライトが含まれた状態で鍛造されることがあるためである。したがって、半製品の温度は、オーステナイト温度範囲で熱間鍛造を完了することができるように十分に高いことが好ましい。1300℃を超える温度での再加熱は工業的に高価であるため、避けなければならない。
【0042】
最終仕上げ鍛造温度は、915℃超に保たなければならず、再結晶及び鍛造に有利な組織を有するのに好ましい。915℃を超える温度で最終鍛造を行う必要があるのは、この温度未満では、鋼板が鍛造において著しい劣化を示すためである。このようにして熱間鍛造部品が得られ、次に、この熱間鍛造鋼部品は3段階の冷却工程で冷却される。
【0043】
熱間鍛造部品の3段階の冷却工程では、熱間鍛造部品は、異なる温度範囲間で異なる冷却速度で冷却される。
【0044】
冷却の段階1では、熱間鍛造部品は、仕上げ鍛造から本明細書ではT1とも呼ばれるBs+50℃~Bs+30℃の間の温度範囲まで、0.2℃/秒~10℃/秒の間の平均冷却速度で冷却され、この熱間鍛造部品を任意に0秒~3600秒の間の時間保持することができ、この冷却の段階1の間、750℃~780℃の間の温度範囲からT1まで、0.2℃/秒~2℃/秒の間の平均冷却速度を有することが好ましい。
【0045】
その後、温度範囲T1から第2段階の冷却が開始され、熱間鍛造部品は、温度範囲T1から本明細書ではT2とも呼ばれるMs+60℃~Msの間の温度まで、0.40℃/秒~2.0℃/秒の間の平均冷却速度で冷却される。さらに、冷却の段階2の間、T1間から470℃~450℃の間の温度範囲の冷却は、オーステナイトのベイナイトへの変態を促進し、マルテンサイトを形成する可能性を減少させるために、平均冷却速度1.0℃/秒~2.0℃/秒に維持することが好ましい。
【0046】
第3段階では、熱間鍛造部品は、T2間の温度範囲から室温にされ、第3段階の間の平均冷却速度は、0.8℃/秒未満、好ましくは0.5℃/秒、より好ましくは0.2℃/秒未満に維持される。これらの平均冷却速度は、熱間鍛造部品の断面にわたって均一な冷却を行うために選択される。
【0047】
冷却の第3段階の完了後、鍛造機械部品が得られる。
【0048】
冷却のすべての段階について、本発明の鋼のBs温度及びMs温度は、以下の式
Bs=962-288C-84Mn-81Si-6Ni-95Mo-153Nb+108Cr2-269Cr
Ms=539-423C-30Mn-18Ni-12Cr-11Si-7Mo
を使用して計算され、
式中、元素含有量は重量パーセントで表される。
【実施例0049】
本明細書に提示される以下の試験、実施例、象徴的例示及び表は、本質的に非限定的であり、例示の目的のみであると考えられなければならず、本発明の有利な特徴を示す。
【0050】
異なる組成の鋼から製造した鍛造機械部品を表1にまとめ、ここで、鍛造機械部品は、それぞれ表2に記載された加工パラメータに従って製造される。その後、表3に試験中に得られた鍛造機械部品のミクロ組織をまとめ、表4に得られた特性の評価結果をまとめた。
【0051】
表1
【0052】
【0053】
表2
表2は、1150℃~1300℃の間で再加熱し、次に、915℃超で仕上げ熱間鍛造した後の表1の鋼から製造した半製品に対して実施した加工パラメータをまとめたものである。鋼組成I1~I3は、本発明による鍛造機械部品の製造に役立つ。この表は、表中R1~R3に示されている参照の鍛造機械部品も記載している。表2は、Bs及びMsの表も示す。これらのBs及びMsは、本発明の鋼及び参照の鋼に対して以下のように定義されている。
【0054】
Bs(℃)=962-288C-84Mn-81Si-6Ni-95Mo-153Nb+108Cr2-269Cr
Ms(℃)=539-423C-30Mn-18Ni-12Cr-11Si-7Mo
式中、元素含有量は重量パーセントで表される。
【0055】
表2は、以下の通りである。
【0056】
【0057】
表3
表3は、走査型電子顕微鏡などの種々の顕微鏡の標準に従って実施された、本発明の鋼及び参照の鋼の両方のミクロ組織を、面積率を基準にして決定する試験の結果を例示する。誤配向粒界の割合の測定は、ベイナイト粒の相対頻度が誤配向プロファイルで測定されるEBSDによって行われた。
【0058】
結果は、ここに記載されている。
【0059】
【0060】
表4
表4は、本発明の鋼及び参照の鋼の両方の機械的特性を例示する。引張強さを決定するために、降伏強さ引張試験は、NF EN ISO6892-1規格に従って実施された。本発明の鋼及び参照の鋼の両方の衝撃靱性を測定するための試験は、U字型切り欠き標準DVM試験片に対して20℃でEN ISO148-1に従って実施された。
【0061】
規格に従って実施した各種機械的試験の結果を表4にまとめた。
【0062】