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特開2023-182825小腸での代謝又は修飾産物を生体外で生産する方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023182825
(43)【公開日】2023-12-26
(54)【発明の名称】小腸での代謝又は修飾産物を生体外で生産する方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 1/00 20060101AFI20231219BHJP
   C12N 5/077 20100101ALN20231219BHJP
【FI】
C12P1/00 Z
C12N5/077
【審査請求】有
【請求項の数】2
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023182513
(22)【出願日】2023-10-24
(62)【分割の表示】P 2019063993の分割
【原出願日】2019-03-28
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.PLURONIC
(71)【出願人】
【識別番号】000002897
【氏名又は名称】大日本印刷株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】510136312
【氏名又は名称】国立研究開発法人国立成育医療研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井上 允
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕一
(72)【発明者】
【氏名】阿久津 英憲
(57)【要約】
【課題】本発明は生体の小腸において物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物と同等の産物を、生体外で生産することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る、物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を生産する方法は、外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、及び、前記細胞構造物の内部に、前記産物を蓄積させることを含むことを特徴とする。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を活性成分として含む医薬を製造する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、
前記細胞構造物の内部に、前記産物を蓄積させること、
前記細胞構造物に蓄積された前記産物を回収すること、及び、
回収された前記産物を医薬として許容される製剤に製剤化すること
を含む方法。
【請求項2】
物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を活性成分として含む医薬を製造する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、
前記細胞構造物の内部に、前記産物を蓄積させること、
前記産物を蓄積した前記細胞構造物を回収すること、及び、
回収された前記細胞構造物を医薬として許容される製剤に製剤化すること
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を生産する方法、物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を活性成分として含む医薬を製造する方法、被験物質の小腸での挙動を評価する方法、並びに、被験物質の小腸での挙動を評価するためのキットに関する。
【背景技術】
【0002】
薬物の薬効・薬物動態を評価するためには、生体内での薬物の代謝経路と酵素機能への影響の評価が必要であり、特に、ヒト小腸組織での薬物動態の評価の必要性が高い。この評価を適性に行うためには、ヒト生体試料もしくはそれに類似する試料を用いることが望まれる。しかしながら、ヒト小腸組織の生体試料は、培養維持が難しく、代謝機能が失活し易いため取扱いが難しい。薬物の吸収評価試験に広く利用されている大腸がん細胞株Caco-2は、小腸組織に由来するものではないうえに、代謝酵素の活性が欠落していため、ヒト小腸組織での薬物動態の評価には適していない。
【0003】
近年、多能性幹細胞から小腸上皮細胞を分化誘導し薬物動態の評価に用いることができるとする報告がある。特許文献1には、多能性幹細胞から分化誘導した小腸上皮様細胞が薬物代謝酵素及び薬物トランスポーターを発現していることが記載されており、小腸上皮様細胞を用いて薬物動態を評価する方法が記載されている。特許文献2には、人工多能性幹細胞から分化誘導した腸管上皮細胞を用いて被検物質の体内動態を評価する方法が記載されている。これらの特許文献の発明者のグループによる代謝に関する報告としては非特許文献1及び2がある。しかし、これらの文献において分化誘導して得られた細胞を含む組織は、その形態が小腸組織と類似するものではなく、ヒト小腸組織での薬物動態の評価系として適したものとは言えない。
【0004】
特許文献3、特許文献4及び非特許文献3には、細胞接着部のパターンが形成された基材上で多能性幹細胞を培養して分化誘導し、腸と類似した構造を有する組織を調製することが記載されている。特に、特許文献4及び非特許文献3に記載の袋状構造を有する腸様オルガノイドは、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞、パネート細胞等の細胞を含み小腸と類似した高次構造を有し、腸管蠕動様運動を示す(非特許文献4)。
【0005】
一方、代謝の様式のひとつである薬物代謝では、代謝酵素が機能し薬や毒物などの生体外物質を分解・排出する。薬物代謝は、主に生体組織として肝臓と腸に依存しており、これら組織でCYPファミリーの酵素、CESファミリーの酵素等の代謝酵素が活性化し機能する。例えば非特許文献5及び6には、各代謝酵素の詳細が説明されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】WO2016/147975
【特許文献2】WO2017/154795
【特許文献3】特許第6151097号公報
【特許文献4】WO2018/230102
【特許文献5】特許第5070565号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Ozawa T et al., Scientific Report, 5, 16479 (2015)
【非特許文献2】Onozato D et al., Drug Metab Dispos, 46, (2018) 1572-1580
【非特許文献3】Uchida et al., JCI Insight 第2巻 e86492 2017年
【非特許文献4】菅原 亨、阿久津 英憲, 医学のあゆみ 第264巻 8号 2017年
【非特許文献5】Zhang QY et al., Drug Metab Dispo, 27, (1999) 804-9
【非特許文献6】S. Casey Laizure et al., Pharmacotherapy, 33, (2013) 210-222
【非特許文献7】Okochi et al., Langmuir 第25巻 6947~6953ページ 2009年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
生体の小腸において物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を、生体外で生産することができれば、薬物の小腸での挙動を研究するうえで有用であると考えられる。また、生理活性物質は、それ自体よりも、生体の小腸において代謝及び/又は修飾されて生じる産物がより強い生理活性を有する場合があることから、これらの産物を生体外で生産することができれば、医薬の開発においても有用であると考えられる。しかしながら、上記の通り、小腸に類似した構造を有する腸様オルガノイドを用いて、物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を生体外で効率的に生産することが可能な系は従来提供されていない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、以下の発明を包含する。
(1)物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を生産する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、及び、
前記細胞構造物の内部に、前記産物を蓄積させること
を含む方法。
(2)前記細胞構造物に蓄積された前記産物を回収すること、又は、前記産物を蓄積した前記細胞構造物を回収することを更に含む、(1)に記載の方法。
(3)前記細胞構造物の長軸方向の長さが5mm以上である、(1)又は(2)に記載の方法。
(4)前記細胞構造物が小腸の性質を有する、(1)~(3)のいずれかに記載の方法。(5)前記細胞構造物が、多能性幹細胞から分化誘導されて形成された細胞構造物である(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を活性成分として含む医薬を製造する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、
前記細胞構造物の内部に、前記産物を蓄積させること、
前記細胞構造物に蓄積された前記産物を回収すること、及び、
回収された前記産物を医薬として許容される製剤に製剤化すること
を含む方法。
(7)物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を活性成分として含む医薬を製造する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、
前記細胞構造物の内部に、前記産物を蓄積させること、
前記産物を蓄積した前記細胞構造物を回収すること、及び、
回収された前記細胞構造物を医薬として許容される製剤に製剤化すること
を含む方法。
(8)被験物質の小腸での挙動を評価する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記被験物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、
前記細胞構造物を培養すること、及び、
培養後の前記細胞構造物の内部に蓄積された成分の組成を分析すること
を含む方法。
(9)被験物質の小腸での挙動を評価するためのキットであって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物、及び、
前記細胞構造物を培養するための培地
を含むキット。
(10)前記細胞構造物の内部に蓄積された成分を取り出すための器具を更に含む、(9)に記載のキット。
【発明の効果】
【0010】
本発明の一実施形態に係る、物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を生産する方法によれば、袋状の細胞構造物の内部に目的とする産物が蓄積されるため、目的とする産物を効率的かつ容易に回収し利用することができる。
本発明の一実施形態に係る、医薬の製造方法によれば、物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を活性成分とする医薬を、効率的に製造することができる。
【0011】
本発明の一実施形態に係る、被験物質の小腸での挙動を評価する方法によれば、細胞構造物の内部に蓄積された成分の組成を分析することで、効率的に、被験物質の小腸での挙動を評価することができる。また、袋状の細胞構造物は長期間にわたり培養が可能であるため、長期間にわたる被験物質の小腸での挙動の評価が可能である。そして、本発明の一実施形態に係るキットはこの評価方法に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、実施例1の経時的遺伝子発現パターンの解析の結果を示す。多能性幹細胞(Edom iPS)、パターン培養7日間(D7)、14日間(D14)、21日間(D21)でサンプリングを実施し各遺伝子の発現を継時的に観察した。胚体内胚葉マーカー(FOXA2、SOX17、CXCR4)、幹細胞マーカー(Oct)、初期内胚葉/中胚葉マーカー(GATA4、GATA6、T)、腸管上皮マーカー(CDX2)、外胚葉マーカー(SOX1)で腸様オルガノイドの分化誘導を観察した。また、代謝酵素としてCYP3A4とCES2の発現傾向を観察した。
図2図2は、実施例2の免疫染色の結果を示す。ヒト腸組織(Human Intestine)、大腸がん細胞株Caco-2、腸様オルガノイド(Mini-Gut)を用い代謝酵素CYP3A4、多剤排出トランスポーターp-gpの発現を免疫染色で観察した。
図3図3は、実施例3の定量PCRの結果を示す。腸様オルガノイド(mini-gut)にビタミンD3(VD3)処理を行い代謝酵素CYP3A4、多剤排出トランスポーターp-gpのmRNA発現を観察した。コントロールとしてヒト腸組織(Intestine)と大腸がん細胞株Caco-2のcDNAを使用した。ブランクとしてDMSOを用いた。
図4A図4Aは、実施例4での免疫染色の結果を示す。実施例4では、iPS細胞由来腸様オルガノイドにビタミンD3(VD3)処理を行い代謝酵素CYP3A4、多剤排出トランスポーターp-gpのmRNA発現と免疫染色によるタンパク質発現を観察した。
図4B図4Bは、実施例4での定量PCRの結果を示す。
図5A図5Aは、実施例5のP450-GloTM CYP3A4 Assayの手順を示す模式図である。腸様オルガノイドを用いP450-GloTM CYP3A4 Assayを実施した。薬剤添加・反応後、培地上清と腸様オルガノイドの内部液をシリンジ、針などの器具を用いて吸い出しを実施した。各培地上清と吸い出した内部液をサンプルとして発光強度を測定した。
図5B図5Bは、実施例5のP450-GloTM CYP3A4 Assayの結果を示す。発光強度は、CYP3A4による基質の代謝産物量と相関する。
図6図6は、実施例6のLC/MS/MSの結果を示す。実施例6では、腸様オルガノイドを用いてCYP3A4基質ミタゾラム、CES2基質イリノテカンの代謝産物を測定した。各薬剤添加後に継時的にサンプリングし代謝産物の濃度を測定した。
図7A図7A~Gは、実施例7のRT2 Profiler PCR Array Human Drug Metabolismの結果を示す。コントロールサンプルであるヒト小腸組織(各グラフ左)を1にしたとき、相対的評価として腸様オルガノイドの代謝関連遺伝子発現を網羅的に解析した。
図7B図7A~Gは、実施例7のRT2 Profiler PCR Array Human Drug Metabolismの結果を示す。
図7C図7A~Gは、実施例7のRT2 Profiler PCR Array Human Drug Metabolismの結果を示す。
図7D図7A~Gは、実施例7のRT2 Profiler PCR Array Human Drug Metabolismの結果を示す。
図7E図7A~Gは、実施例7のRT2 Profiler PCR Array Human Drug Metabolismの結果を示す。
図7F図7A~Gは、実施例7のRT2 Profiler PCR Array Human Drug Metabolismの結果を示す。
図7G図7A~Gは、実施例7のRT2 Profiler PCR Array Human Drug Metabolismの結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
<1.細胞構造物>
本発明で用いることのできる細胞構造物は、外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物である。
【0014】
小腸上皮細胞は、細胞核に転写因子のCDX2及びHNF4、絨毛層にvillinが発現し、かつ内胚葉系マーカーのE-cadherinなどが発現していることを指標に確認することができる。これらのマーカーの存在は、抗体を使用した組織免疫染色やmRNAによるPCR評価などで検出可能である。
絨毛層は、villinが発現していることを指標に確認することができる。また細胞構造物の外表面を顕微鏡観察して絨毛層の存在を確認することができる。
細胞構造物の外表面上に更に陰窩が発達していることが好ましい。
【0015】
本発明で用いることのできる細胞構造物は、小腸上皮細胞を含んでおり、腸と同等の機能を有する腸様オルガノイドとして有用である。「腸様オルガノイド」とは、細胞の起源生物の腸、特にヒト等の哺乳動物の腸、特にヒト腸に類似した機能(具体的には、蠕動運動する機能、粘液分泌機能、物質吸収機能等)を有する細胞構造体(組織)を指す。
【0016】
袋状の細胞構造物とは、内部に細胞が存在しない液体を保持することができる空間(空洞)を内包する細胞構造物である。該空間は全体が閉じた空間であってもよいし、一部が開放された空間であってもよい。袋状の細胞構造物の輪郭形状は特に限定されないが粒状であることが通常である。「粒状」は球状も包含する。
【0017】
本発明で用いることができる細胞構造物は、外表面の少なくとも一部に絨毛層を含む。この構成により、細胞構造物の外側にある物質を、外表面の絨毛層を構成する小腸上皮細胞を介して空洞内に吸収することができる。吸収の際に物質が代謝及び/又は修飾される場合、代謝及び/又は修飾産物も空洞内に吸収され蓄積される。また、外表面の絨毛層を構成する小腸上皮細胞は更に、トランスポーター陽性であって、トランスポーターを介した物質の取り込みが可能であることが好ましい。すなわち、トランスポーター陽性の小腸上皮細胞を含む細胞構造物は、腸と類似した物質吸収能を有する。なお、哺乳動物の腸では、小腸上皮細胞が空洞である腸管の内側を向いており、この実施形態に係る細胞構造物とは異なる。
【0018】
本発明に用いることのできる細胞構造物は、長軸方向の長さが5mm以上であり、好ましくは8mm以上であり、より好ましくは10mm以上であり、より好ましくは12mm以上であり、より好ましくは15mm以上である。このような大寸法の細胞構造物を用いると、内部に蓄積された産物を回収することが容易となるため好ましい。
【0019】
ここで「長軸方向の長さ」は、適当な緩衝液中の細胞構造物を目視又は光学顕微鏡を用いて観察したときの観察像において、細胞構造物の観察像の輪郭上の、輪郭内のみを通る一本の直線で結ぶことができる二点間の距離のうち最長の距離を指す。個々の細胞構造物の輪郭は蠕動運動により変形し得るが、測定した最大値を長軸方向の長さとすればよい。 本発明に用いることのできる細胞構造物は好ましくは、内胚葉系細胞、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞を含む。
【0020】
内胚葉は消化管のほか肺、甲状腺、膵臓、肝臓などの器官の組織、消化管に開口する分泌腺の細胞、腹膜、胸膜、喉頭、耳管、気管、気管支、尿路(膀胱、尿道の大部分、尿管の一部)などを形成する。ES細胞、iPS細胞等の多能性幹細胞から内胚葉系細胞への分化は、内胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。内胚葉に特異的な遺伝子としては、後述するもののほかに、例えば、AFP、SERPINA1、SST、ISL1、IPF1、IAPP、EOMES、HGF、ALBUMIN、PAX4、TAT等を挙げることができる。
【0021】
細胞構造物に含まれる小腸上皮細胞は内胚葉系細胞の1種である。細胞構造物は、小腸上皮細胞として、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞及びパネート細胞から選択される1以上を含むことが好ましく、腸上皮細胞として、腸細胞、杯細胞、腸管内分泌細胞及びパネート細胞を全て含むことが特に好ましい。細胞構造物に内胚葉系細胞が存在することは内胚葉系細胞のマーカーの発現が陽性であることに基づき判断できる。腸細胞マーカーとしてはCDX2、杯細胞マーカーとしてはMUC2、腸管内分泌細胞マーカーとしてはCGA、パネート細胞マーカーとしてはDEFA6が挙げられる。そのほか、ECAD、Na+/K+-ATPase、ビリンが腸上皮細胞のマーカーである。また、胚体内胚葉マーカーFOXA2、SOX17又はCXCR4も内胚葉系細胞を判別するためのマーカーとして利用できる。また、初期内胚葉及び中胚葉のマーカーであるGATA4、GATA6又はT(Brachyury)も、内胚葉系細胞を判別するためのマーカーとして利用できる。
【0022】
外胚葉は皮膚の表皮や男性の尿道末端部の上皮、毛髪、爪、皮膚腺(乳腺、汗腺を含む)、感覚器(口腔、咽頭、鼻、直腸の末端部の上皮を含む、唾液腺)水晶体などを形成する。外胚葉の一部は発生過程で溝状に陥入して神経管を形成し、脳や脊髄などの中枢神経系のニューロンやメラノサイトなどの元にもなる。また末梢神経系も形成する。ES細胞、iPS細胞等の多能性幹細胞から外胚葉系細胞への分化は、外胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。外胚葉に特異的な遺伝子としては、例えば、β-TUBLIN、NESTIN、GALANIN、GCM1、GFAP、NEUROD1、OLIG2、SYNAPTPHYSIN、DESMIN、TH等を挙げることができる。
【0023】
細胞構造物に含まれ得る外胚葉系細胞としては特に腸管神経叢を構成する細胞が挙げられる。細胞構造物に外胚葉系細胞が存在することは外胚葉系細胞のマーカーの発現が陽性であることに基づき判断できる。外胚葉系細胞を判別するためのマーカーとしては腸管神経叢マーカーPGP9.5や、神経前駆細胞マーカーSOX1が利用できる。
【0024】
中胚葉は体腔及びそれを裏打ちする中皮、筋肉、骨格、皮膚真皮、結合組織、心臓、血管(血管内皮も含む)、血液(血液細胞も含む)、リンパ管、脾臓、腎臓、尿管、性腺(精巣、子宮、性腺上皮)を形成する。ES細胞、iPS細胞等の多能性幹細胞から中胚葉系細胞への分化は、中胚葉に特異的な遺伝子の発現量を測定することにより確認することができる。中胚葉に特異的な遺伝子としては、例えば、FLK-1、COL2A1、FLT1、HBZ、MYF5、MYOD1、RUNX2、PECAM1等を挙げることができる。
【0025】
細胞構造物に含まれ得る中胚葉系細胞としては特に平滑筋細胞、カハール介在細胞が挙げられる。細胞構造物に中胚葉系細胞が存在することは、中胚葉系細胞マーカーの発現が陽性であることに基づき判断できる。中胚葉系細胞マーカーとしては、平滑筋細胞マーカーのα-平滑筋アクチン(SMA)、カハール介在細胞マーカーのCD34及びCKIT(二重陽性の場合)が利用できる。また、初期内胚葉及び中胚葉のマーカーであるGATA4、GATA6又はT(Brachyury)も、中胚葉系細胞を判別するためのマーカーとして利用できる。
細胞構造物は、更に好ましくは腸幹細胞を更に含む。腸幹細胞の存在は、腸幹細胞マーカーLGR5が陽性であることを指標として判断できる。
細胞構造物は更に、セロトニン陽性の腸管内分泌細胞を含むことが好ましい。
【0026】
細胞構造物は更にトランスポーター陽性細胞を含み、トランスポーターを介した物質の取り込みが可能であることが好ましい。トランスポーターとしては、腸オリゴペプチドトランスポーター(PEPT1)、ATP結合カセット(ABC)トランスポーターであるABCB1及びABCG2等が例示できる。
【0027】
細胞構造物は更に嚢胞性線維症膜コンダクタンス制御因子(CFTR)陽性の腸上皮細胞を含むことが好ましい。CFTR陽性の腸上皮細胞は粘液の分泌に関与している。すなわち、CFTR陽性の腸上皮細胞を有する細胞構造物は、腸と類似した粘液分泌能を有する。
細胞構造物は更にヒスタミンH1受容体陽性細胞を含むことが好ましい。
【0028】
本発明で用いることができる細胞構造物は、好ましくは、蠕動運動に類似した収縮運動をする能力を有する。このような機能は、神経ネットワークと平滑筋の発達により生じるものである。以下の説明では、蠕動運動に類似した収縮運動をする能力を「蠕動能」という場合がある。蠕動能を有する細胞構造物は、特に好ましくは、ヒスタミン処理により収縮の頻度が高まり、アトロピン処理により収縮の頻度が低下するという、腸と同様の薬剤応答性を示す。
以上の特徴を有する細胞構造物としては、特許文献4及び非特許文献3に記載の腸オルガノイドが特に好ましい。
【0029】
<2.細胞構造物の製造方法>
本発明で用いることのできる細胞構造物は、幹細胞を培養し分化誘導して製造することができる。ここで幹細胞としては、小腸上皮細胞への分化能を有する幹細胞であればよいが、好ましくは、内胚葉系細胞(小腸上皮細胞等)、外胚葉系細胞及び中胚葉系細胞への分化能を有する幹細胞であり、より好ましくは、多能性幹細胞である。多能性幹細胞としては特に、胚性幹細胞(ES細胞)又は人工多能性幹細胞(iPS細胞)が好適である。
【0030】
本発明において使用される胚性幹細胞(ES細胞)は、好ましくは哺乳動物由来のES細胞であり、例えば、マウスなどのげっ歯類又はヒトなどの霊長類由来のES細胞などを使用することができる。特に好ましくは、マウス又はヒト由来のES細胞を使用する。ES細胞は、動物の発生初期段階である胚盤胞期の胚の一部に属する内部細胞塊より作られる幹細胞株を指し、生体外にて、理論上すべての組織に分化する分化多能性を保ちつつ、ほぼ無限に増殖させることができる。ES細胞としては、例えば、その分化の程度の確認を容易とするために、Pdx1遺伝子付近にレポーター遺伝子を導入した細胞を用いることができる。例えば、Pdx1座にLacZ遺伝子を組み込んだ129/Sv由来ES細胞株又はPdx1プロモーター制御下のGFPレポータートランスジーンをもつES細胞SK7株などを使用することができる。あるいは、Hnf3β内胚葉特異的エンハンサー断片制御下のmRFP1レポータートランスジーン及びPdx1プロモーター制御下のGFPレポータートランスジーンを有するES細胞PH3株を使用することもできる。また、国立成育医療研究センターの生殖・細胞医療研究部で樹立し、Akutsu H, et al. Regen Ther. 2015;1:18-29 に開示したES細胞株である、SEES1、SEES2、SEES3、SEES4、SEES5、SEES6又はSEES7や、これらのES細胞株に更なる遺伝子を導入した細胞株を使用することもできる。
【0031】
本発明において使用される人工多能性幹細胞(iPS細胞)は、体細胞を初期化することによって得られる多能性を有する細胞である。人工多能性幹細胞の作製は、京都大学の山中伸弥教授らのグループ、マサチューセッツ工科大学のルドルフ・ヤニッシュ(Rudolf Jaenisch)らのグループ、ウイスコンシン大学のジェームス・トムソン(James Thomson)らのグループ、ハーバード大学のコンラッド・ホッケドリンガー(Konrad Hochedlinger)らのグループなどを含む複数のグループが成功している。例えば、国際公開WO2007/069666号公報には、Octファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子、並びにOctファミリー遺伝子、Klfファミリー遺伝子、Soxファミリー遺伝子及びMycファミリー遺伝子の遺伝子産物を含む体細胞の核初期化因子が記載されており、さらに体細胞に上記核初期化因子を接触させる工程を含む、体細胞の核初期化により誘導多能性幹細胞を製造する方法が記載されている。
【0032】
iPS細胞の作製に用いる体細胞の種類は特に限定されず、任意の体細胞を用いることができる。即ち、本発明で言う体細胞とは、生体を構成する細胞の内生殖細胞以外の全ての細胞を包含し、分化した体細胞でもよいし、未分化の幹細胞でもよい。体細胞の由来は、哺乳動物、鳥類、魚類、爬虫類、両生類の何れでもよく特に限定されないが、好ましくは哺乳動物(例えば、マウスなどのげっ歯類、又はヒトなどの霊長類)であり、特に好ましくはマウス又はヒトである。また、ヒトの体細胞を用いる場合、胎児、新生児又は成人の何れの体細胞を用いてもよい。体細胞の具体例としては、例えば、線維芽細胞(例えば、皮膚線維芽細胞)、上皮細胞(例えば、胃上皮細胞、肝上皮細胞、肺胞上皮細胞)、内皮細胞(例えば血管、リンパ管)、神経細胞(例えば、ニューロン、グリア細胞)、すい臓細胞、血球細胞、骨髄細胞、筋肉細胞(例えば、骨格筋細胞、平滑筋細胞、心筋細胞)、肝実質細胞、非肝実質細胞、脂肪細胞、骨芽細胞、歯周組織を構成する細胞(例えば、歯根膜細胞、セメント芽細胞、歯肉線維芽細胞、骨芽細胞)、腎臓・眼・耳を構成する細胞などが挙げられる。
【0033】
iPS細胞は、所定の培養条件下(例えば、ES細胞を培養する条件下)において長期にわたって自己複製能を有し、また所定の分化誘導条件下において外胚葉、中胚葉及び内胚葉への多分化能を有する幹細胞のことを言う。また、本発明におけるiPS細胞はマウスなどの試験動物に移植した場合にテラトーマを形成する能力を有する幹細胞でもよい。
【0034】
体細胞からiPS細胞を製造するためには、まず、少なくとも1種類以上の初期化遺伝子を体細胞に導入する。初期化遺伝子とは、体細胞を初期化してiPS細胞とする作用を有する初期化因子をコードする遺伝子である。初期化遺伝子の組み合わせの具体例としては、以下の組み合わせを挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
(i)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子
(ii)Oct遺伝子、Sox遺伝子、NANOG遺伝子、LIN28遺伝子
(iii)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子、Myc遺伝子、hTERT遺伝子、SV40 largeT遺伝子
(iv)Oct遺伝子、Klf遺伝子、Sox遺伝子
【0035】
本発明で用いることができる細胞構造物は、
上記で挙げたような幹細胞を、下記の細胞培養基材上に播種する工程1、及び、
播種された幹細胞を培養して分化誘導する工程2
を含む方法により製造することができる。
【0036】
細胞培養基材は、好ましくは、細胞接着部と、細胞接着部の周囲を囲う細胞非接着部とを含む表面を有する支持基材を含む。細胞培養基材では、好ましくは、細胞非接着部のなかに細胞接着部が島状に少なくとも1つ、好ましくは複数、存在するように配置されている。このような細胞培養基材としては、特許文献4及び非特許文献3に記載された細胞培養基材が特に好ましい。
【0037】
支持基材としては、その表面に、細胞非接着部と細胞接着部を形成することが可能な材料で形成された支持基材であれば特に限定されるものではない。具体的には、ガラス、金属、セラミック、シリコン等の無機材料、エラストマー、プラスチック(例えば、ポリスチレン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ABS樹脂、ナイロン、アクリル樹脂、フッ素樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリウレタン樹脂、メチルペンテン樹脂、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、塩化ビニル樹脂)で代表される有機材料を含む支持基材を挙げることができる。特に、ガラス基材を支持基材として用いることが好ましい。支持基材の形状も限定されず、例えば、平板、平膜、フィルム、多孔質膜等の平坦な形状や、シリンダ、スタンプ、マルチウェルプレート、マイクロ流路等の立体的な形状が挙げられる。
【0038】
本発明において「細胞接着性」とは、細胞を接着する強度、すなわち細胞の接着しやすさを意味する。「細胞接着部」とは細胞接着性が良好な表面上の領域を意味し、「細胞非接着部」とは、細胞の接着性が悪い表面上の領域を意味する。従って、細胞接着部と細胞非接着部とが所定のパターンで配置された表面上に細胞を播種すると、細胞接着部には細胞が接着するが、細胞非接着部には細胞が接着しないため、細胞培養基材の表面に細胞がパターン状に配列されることになる。
【0039】
「細胞接着部」は、実際に培養する細胞、好ましくは幹細胞、を細胞培養基材に播種した際に接着する部分と定義され、「細胞非接着部」は、実際に培養する細胞、好ましくは幹細胞、を播種した際に接着する部分と定義される。細胞培養基材に細胞を播種する際に、細胞培養基材の表面は、タンパク質等でコーティングされ、細胞接着性が高められた状態であってもよい。細胞非接着部は、細胞接着部に接着し増殖した細胞により被覆されてもよい。
【0040】
細胞接着部であるか細胞非接着部であるかを判断する指標として、実際に細胞培養した際の細胞接着伸展率を用いることができる。細胞接着性を有する細胞接着部の表面は、細胞接着伸展率が60%以上の表面であることが好ましく、細胞接着伸展率が80%以上の表面であることが更に好ましい。細胞接着伸展率が高いと、効率的に細胞を培養することができる。本発明における細胞接着伸展率は、播種密度が4000 cells/cm以上30000 cells/cm未満の範囲内で培養しようとする細胞を測定対象表面に播種し、37℃、CO濃度5%のインキュベータ内に保管し、14.5時間培養した時点で接着伸展している細胞の割合({(接着している細胞数)/(播種した細胞数)}×100(%))と定義する。
【0041】
上記測定において、細胞の播種は、10%FBS入りDMEM培地に懸濁させて測定対象表面上に播種し、その後、細胞ができるだけ均一に分布するよう、細胞が播種された測定対象表面をゆっくりと振とうすることにより行うものである。さらに、細胞接着伸展率の測定は、測定直前に培地交換を行って接着していない細胞を除去した後に行う。細胞接着伸展率の測定では、細胞の存在密度が特異的になりやすい箇所(例えば、存在密度が高くなりやすい所定領域の中央、存在密度が低くなりやすい所定領域の周縁)を除いた箇所を測定箇所とする。
【0042】
一方、細胞非接着部は、細胞が接着しにくい性質(細胞非接着性)を有する表面の領域である。細胞非接着性は、表面の化学的性質や物理的性質等によって細胞の接着や伸展が起こりにくいか否かで決定される。細胞非接着部の表面は、上記で定義した細胞接着伸展率が60%未満の表面であることが好ましく、40%未満の表面であることがより好ましく、5%以下の表面であることが更に好ましく、2%以下の表面であることが最も好ましい。
【0043】
細胞接着部は、支持基材の表面に細胞接着層が形成された領域であってもよいし、支持基材の表面が細胞接着性である場合(例えばガラス基材の表面)は、支持基材の表面が露出した領域であってもよいが、好ましくは、支持基材の細胞接着性の表面が露出した領域である。細胞非接着部は、支持基材の表面に細胞非接着層が形成された領域であることができる。細胞接着部および細胞非接着部は、種々の材料や方法により形成可能である。好ましくは、細胞非接着部は、支持基材の表面が、親水性ポリマー等の親水性有機化合物を含む層等の細胞非接着層により被覆された部分である。細胞非接着部を構成する細胞非接着層の平均厚さは、特許文献5に記載されているように、0.8nm~500μmが好ましく、0.8nm~100μmがより好ましく、1nm~10μmがより好ましく、1.5nm~1μmが最も好ましい。平均厚さが0.8nm以上であれば、タンパク質の吸着や細胞の接着において、支持基材の細胞非接着層で覆われていない領域の影響を受けにくいため好ましい。また、平均厚さが500μm以下であればコーティングが比較的容易である。特に、細胞非接着層を、ポリエチレングリコールの層により形成する場合、その膜厚の一例として5nm~10nmが例示できる。
【0044】
細胞非接着層として親水性ポリマーとしてポリエチレングリコール(PEG)を含む細胞培養基材の製造方法としては、特許文献5及び非特許文献7に記載された方法を用いることができる。
【0045】
親水性有機化合物としては、親水性ポリマー(親水性オリゴマーを包含する)、水溶性有機化合物、界面活性物質、両親媒性物質等が挙げられ、親水性ポリマーが特に好ましい。
【0046】
具体的な親水性ポリマーとしては、ポリアルキレングリコール、リン脂質極性基を有する両性イオンポリマー、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリビニルアルコール、多糖類等を挙げることができる。親水性ポリマーのこれらの具体例は、その誘導体の形態のものも包含する。親水性ポリマーの分子形状は、直鎖状、分岐を有するもの、デンドリマー等を挙げることができる。
【0047】
ポリアルキレングリコールとしては具体的には、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールとポリプロピレングリコールの共重合体、例えば、Pluronic F108、Pluronic F127等が好ましい。
【0048】
リン脂質極性基を有する両性イオンポリマーとしては具体的には、ポリ(メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリン)(=MPCポリマー)、メタクリロイルオキシエチルフォスフォリルコリンとアクリルモノマーの共重合体等が好ましい。
ポリアクリルアミドとしては具体的にはポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)が例示できる。
ポリメタクリル酸としては具体的にはポリ(2-ヒドロキシエチルメタクリレート)が例示できる。
多糖類としては具体的にはデキストラン、ヘパリン等が例示できる。
【0049】
支持基材の表面に親水性有機化合物の層を形成して細胞非接着部を形成し、次いで、前記層を部分的に除去して支持基材の表面が露出した細胞接着部を形成することで、細胞培養基材を製造することができる。親水性有機化合物の層を部分的に除去する方法としては、紫外線照射処理する方法、光触媒処理する方法、酸化剤で処理する方法等が挙げられる。部分的な処理のためにフォトマスクやステンシルマスク等のマスクを用いたり、スタンプを用いたりすることができる。また、紫外線レーザ等のレーザを用いた方式等の直描方式で前記層を除去してもよい。
【0050】
本発明で用いる細胞培養基材においては、各細胞接着部の面積は特に限定されない。各細胞接着部の面積の具体例としては0.1mm以上が例示でき、好ましくは0.5mm以上、好ましくは0.785mm以上、より好ましくは1.0mm以上、より好ましくは1.2mm以上、さらに好ましくは1.5mm以上、最も好ましくは1.7mm以上であり、好ましくは25mm以下、より好ましくは15mm以下、さらに好ましくは10mm以下、最も好ましくは5mm以下の範囲となるようパターン形成されている。細胞接着部の面積がこの範囲のとき、長軸方向の長さが5mmを超える大寸法の細胞構造物を培養することが容易である。
【0051】
各細胞接着部の形状は特に制限されないが、四角形を初めとする多角形、円形、楕円形等であることができる。円形のものが好ましい。円形の場合の直径は、好ましくは、上記面積の範囲を満たす直径であることができ、具体的には円形の直径は0.35mm以上が例示でき、好ましくは0.8mm以上、好ましくは1.0mm以上、好ましくは1.2mm以上、より好ましくは1.5mm以上であり、好ましくは6mm以下、より好ましくは4mm以下、さらに好ましくは3mm以下、さらに好ましくは2mm以下である。1つの細胞培養基材において、複数存在する細胞接着部は、いずれも同じ面積を有することが好ましく、同じ面積と形状を有することがさらに好ましいが、異なる面積や形状が混在していてもよい。
【0052】
各細胞接着部の形状の他の例としては、環形状が挙げられる。環形状の細胞接着部は、中央に細胞非接着部が1つ配置され、中央の細胞非接着部の周囲を囲うように細胞接着部が形成されている。環形状の細胞接着部の外周の形状は、好ましくは四角形を初めとする多角形、円形、楕円形等であることができ、より好ましくは円形である。環形状の細胞接着部の外周で囲われる領域の面積(環形状の細胞培養部と中央の細胞非接着部との合計面積)は、細胞接着部の面積として上記の通りである。環形状の細胞接着部の外周が円形である場合の円形の直径は、細胞接着部が円形である場合の面積として上記の通りである。環形状の細胞接着部の幅(中央の細胞非接着部の重心を通る直線に沿った方向の幅)は、特に限定されないが、好ましくは30μm超400μm以下であり、より好ましくは60μm以上300μm以下である。
【0053】
続いて、細胞構造物を製造する方法の工程1及び工程2について説明する。
【0054】
工程1は、幹細胞を、下記の細胞培養基材上に播種する工程である。
【0055】
工程1において、細胞培養基材上に播種する前の幹細胞は非分化誘導培地を用いて未分化性を維持したものとする。細胞培養基材表面へ播種する前後において分化誘導培地に切り換え、基材表面へ播種する。
【0056】
非分化誘導培地は、幹細胞を分化誘導させない培地であれば特に限定されないが、例えば、マウス胚性幹細胞及びマウス人工多能性幹細胞の未分化性を維持する性質を有していることが知られているleukemia inhibitory factorを含む培地が挙げられる。
【0057】
工程1において、細胞培養基材への幹細胞の播種密度は常法に従えばよく特に限定されるものではない。本発明の一実施形態では、幹細胞を、細胞培養基材に対し、3×10cells/cm以上の密度で播種することが好ましく、3×10~5×10cells/cmの密度で播種することがより好ましく、3×10~2.5×10cells/cmの密度で播種することがさらに好ましい。
【0058】
工程2は、工程1で播種された播種された幹細胞を培養して分化誘導する工程である。 工程2における培養温度は、通常37℃である。CO細胞培養装置などを利用して、5%程度のCO濃度雰囲気下で培養するのが好ましい。
【0059】
工程2は分化誘導培地中で行う。分化誘導培地としては、胚性幹細胞、人工多能性幹細胞等の幹細胞を分化誘導させる培地であれば特に限定されるものではないが、例えば、血清含有培地や、血清に代替する性質を有する既知成分を含有した無血清培地等が挙げられる。用いる細胞の種類に応じて、MEM培地、BME培地、DMEM培地、DMEM-F12培地、αMEM培地、IMDM培地、ES培地、DM-160培地、Fisher培地、F12培地、WE培地及びRPMI1640培地等を用いることができる。培地に、各種増殖因子、抗生物質、アミノ酸などを加えてもよい。例えば、0.05mM~1.0mMの非必須アミノ酸、1mM~5mMのGlutaMAX-I、0.01mM~0.1mMのβ-メルカプトエタノール、0.1mM~2mMピルビン酸、10U/ml~200U/mlペニシリン、10μg/ml~200μg/mlストレプトマイシン、10μg/ml~200μg/ml L-アスコルビン酸2-リン酸、1μM~20μMのROCK阻害剤(例えば、Y-27632)等が挙げられる。
【0060】
工程2において分化誘導培地中で細胞を培養すると、播種後3日間程度で、細胞接着部内で細胞がコンフルエントになり細胞パターンを形成する。その後さらに培養を継続すると、細胞パターンが細胞接着部のうえで半球ドーム状に盛り上がった細胞塊となり、細胞塊中で分化が進む。播種後約30日で細胞塊は細胞接着部から剥離し培地中に浮遊する。浮遊した状態で必要に応じて更に培養を続けると、腸様オルガノイドが得られる。培養期間は特に限定されず、細胞接着部から剥離した段階で培養を終えてもよいが、典型的には、播種から30日後~130日後まで培養を行う。この間培地は適宜交換する。この方法では、細胞塊のなかで自律的に分化が進み腸様オルガノイドに変化するため、手順が簡便であるとともに、得られた腸様オルガノイドが自然の腸により近い機能を有すると考えられるため好ましい。
工程1及び工程2を含む細胞構造物の製造方法のより具体的な例は、特許文献4及び非特許文献3に記載されている。
【0061】
<3.物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を生産する方法>
本発明の第一の実施形態は、
物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を生産する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、及び、
前記細胞構造物の内部に、前記産物を蓄積させること
を含む方法に関する。
この方法によれば、物質が小腸により代謝及び/又は修飾されて生じる産物を、生体外で生産することが可能である。
【0062】
原料となる物質としては、小腸により代謝及び/又は修飾されて生じる産物が医薬としての活性等の有用な性質を有することとなる前駆体化合物や、小腸での挙動、すなわち、小腸で代謝及び/又は修飾されたときにどのような産物を生じるか、の評価の対象となる生理活性化合物等の被験物質が挙げられる。
【0063】
本発明者らは、驚くべきことに、外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物が、以下の代謝関連酵素遺伝子から選択される1以上の遺伝子が発現し、該遺伝子に対応する酵素活性を有することを見出した。
薬物トランスポーター遺伝子:MT2A、MT3、ABCB1、ABCC1、GPI
【0064】
第I相代謝酵素遺伝子:CYP11B2、CYP17A1、CYP19A1、CYP1A1、CYP2B6、CYP2C19、CYP2C8、CYP2C9、CYP2D6、CYP2E1、CYP2F1、CYP2J2、CYP3A4、CYP3A5
【0065】
第II相代謝酵素遺伝子:CES1、CES2、CES3、GAD1、GAD2、ADH1B、ADH1C、ADH4、ADH5、ADH6、ALAD、ALADH1A1、HSD17B1、HSD17B2、HSD17B3、GPX1、GPX2、GPX3、GPX4、GPX5、GSTA3、GSTA4、GSTM2、GSTM3、GSTM5、GSTP1、GSTT1、GSTZ1、LPO、MPO、ALOX12、ALOX15、ALOX5、APOE、ASNA1、EPHX1、FAAH、FPB1、HK2、PKLR、PKM、AOC1、BLVRA、BLVRB、CYB5R3、GSR、MTHFR、NOS3、NQO1、SRD5A1、SRD5A2、PON1、PON2、PON3、MGST1、MGST2、MGST3、CHST1、NAT1、NAT2、COMT
他の薬物代謝遺伝子:AHR、ARNT、GCKR、SNN
【0066】
本発明で用いる細胞構造物は、これらの代謝関連酵素遺伝子の発現レベル、特に、CYPファミリー酵素遺伝子(CYP11B2、CYP17A1、CYP19A1、CYP1A1、CYP2B6、CYP2C19、CYP2C8、CYP2C9、CYP2D6、CYP2E1、CYP2F1、CYP2J2、CYP3A4、CYP3A5)並びにCESファミリー酵素遺伝子(CES1、CES2、CES3)の発現レベルが、ヒト小腸の生体サンプルでの発現レベルと遜色のないレベルであることから、物質が細胞構造物の外表面の絨毛層から吸収され、代謝及び/又は修飾されて、細胞構造物の内部に蓄積される産物は、小腸において代謝及び/又は修飾されて生じる産物と同等である。このため、本発明の第一の方法によれば、これらの代謝関連酵素から選ばれる1以上による、原料物質の代謝及び/又は修飾産物を製造することができる。
【0067】
本発明の第一の方法では、まず、袋状の細胞構造物と、原料となる物質を含む液とを、細胞構造物の絨毛層に前記液が接するように配置する。ここで物質を含む液としては、水中に物質が溶解した水溶液を用いることができる。物質の水溶液は、細胞構造物を培養することができる緩衝液又は培地であることが好ましい。このような物質を含む液を、袋状の細胞構造物の絨毛層に接するように配置することで、液中の物質が、細胞構造物の内部に取り込まれ、細胞構造物が有する上記のような代謝関連酵素による代謝及び/又は修飾を受け、袋状の細胞構造物の内部に蓄積される。
【0068】
本発明の第一の方法では、好ましくは、物質を含む液中に、袋状の細胞構造物を懸濁させる。このとき、物質を含む液は、物質を含む緩衝液又は培地であることが好ましい。緩衝液又は培地としては袋状の細胞構造物を培養できる培地又は緩衝液であれば特に限定されないが、好ましくは15%Xeno-Free KSR入りDMEM培地、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等が使用できる。物質を含む液は更に、代謝酵素の発現を促進する成分を含むことが好ましい。代謝酵素の発現を促進する成分としては、1α,25-Dihydroxyvitamin Dが例示できる。本発明で用いる袋状の細胞構造物は、小腸と同様の機能を有しており、小腸において代謝酵素の発現を促進する成分の添加により、代謝酵素の発現が促進される。
【0069】
本発明の第一の方法では、袋状の細胞構造物の内部に産物を蓄積させることを更なる特徴とする。袋状の細胞構造物は、液中の物質を、外向きの絨毛層から吸収し細胞構造物の内部に取り込み、代謝関連酵素による代謝及び/又は修飾を受けた産物(代謝修飾産物)を内部に蓄積することができるという驚くべき機能を有する。この機能により、原料物質は細胞構造物の外側に存在し、代謝修飾産物は細胞構造物の内側に蓄積されて両者は混在することがないため、目的とする代謝修飾産物を容易に回収することができる。
【0070】
袋状の細胞構造物の内部に蓄積された代謝修飾産物を回収する方法は特に限定されない。例えば、シリンジなどの器具を用いて、代謝修飾産物を蓄積した袋状の細胞構造物から、代謝修飾産物を含む内部液を取り出して回収することができる。回収された内部液から更に精製処理を行い、代謝修飾産物を得てもよい。内部液が取り出された袋状の細胞構造物は、更に次の代謝修飾産物の生産に利用してもよい。或いは、代謝修飾産物を蓄積した袋状の細胞構造物自体を回収して(必要に応じて更に破砕又は精製して)、代謝修飾産物を得ることもできる。
【0071】
<4.医薬の製造方法>
本発明は第二に、物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を活性成分として含む医薬を製造する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、
前記細胞構造物の内部に、前記産物を蓄積させること、
前記細胞構造物に蓄積された前記産物を回収すること、及び、
回収された前記産物を医薬として許容される製剤に製剤化すること
を含む方法に関する。
本発明は第三に、物質が代謝及び/又は修飾されて生じる産物を活性成分として含む医薬を製造する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、
前記細胞構造物の内部に、前記産物を蓄積させること、
前記産物を蓄積した前記細胞構造物を回収すること、及び、
回収された前記細胞構造物を医薬として許容される製剤に製剤化すること
を含む方法に関する。
【0072】
本発明の第二又は第三の方法において原料として用いる物質は、小腸により代謝及び/又は修飾されて生じる産物が医薬としての活性等の有用な性質を有することとなる前駆体化合物が例示できる。小腸の機能が衰えた患者では、前駆体化合物が投与されたときに、小腸で正常な代謝修飾産物が生成されず、所望の薬効が得られないことがある。そこで、本発明の第二又は第三の方法は、小腸での正常な代謝修飾産物を生体外で生産し、それを活性成分とする医薬を製造することを可能にする。
【0073】
本発明の第二又は第三の方法における、袋状の細胞構造物と物質を含む液とを配置する工程及び代謝修飾産物を蓄積させる工程については、本発明の第一の方法について記載の通りである。
【0074】
本発明の第二又は第三の方法で製造される医薬の活性成分である代謝修飾産物は、典型的には、上記の1以上の代謝関連酵素による原料物質の代謝修飾産物である。例えば原料物質がミタゾラムの場合、CYP3A4による代謝修飾産物を得ることができ、原料物質がイリノテカンの場合は、CES2による代謝修飾産物を得ることができる。
【0075】
本発明の第二の方法において、細胞構造物に蓄積された代謝修飾産物を回収する方法は、特に限定されない。例えば、シリンジなどの器具を用いて、代謝修飾産物を蓄積した袋状の細胞構造物から、代謝修飾産物を含む内部液を取り出して回収することができる。回収された内部液から更に精製処理を行い、代謝修飾産物を得てもよい。内部液が取り出された袋状の細胞構造物は、更に次の代謝修飾産物の生産に利用してもよい。或いは、代謝修飾産物を蓄積した袋状の細胞構造物自体を回収して(必要に応じて更に破砕又は精製して)、代謝修飾産物を得ることもできる。
本発明の第二の方法では、回収された代謝修飾産物を、医薬として許容される担体等と組み合わせて医薬として製剤化することがきできる。
【0076】
本発明の第三の方法では、代謝修飾産物を蓄積した袋状の細胞構造物を回収し、それを医薬として許容される担体等と組み合わせて医薬として製剤化する。代謝修飾産物を蓄積した袋状の細胞構造物は、それ自体が代謝修飾産物を内包するため活性成分として用いることができる。
【0077】
<5.被験物質の小腸での挙動を評価する方法>
本発明は第四に、被験物質の小腸での挙動を評価する方法であって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物と、前記被験物質を含む液とを、前記絨毛層に前記液が接するように配置すること、
前記細胞構造物を培養すること、及び、
培養後の前記細胞構造物の内部に蓄積された成分の組成を分析すること
を含む方法に関する。
【0078】
本発明の第四の方法において用いる被験物質としては小腸での挙動を知る必要がある医薬化合物や、生体での安全性を確認する必要がある化合物が挙げられる。本発明で用いる袋状の細胞構造物は、小腸と同様の代謝酵素活性及び機能を有するため、小腸サンプルによる被験物質の代謝修飾産物と同等の産物を生体外で生成することが可能である。このため、本発明の第四の方法は、被験物質の小腸での挙動を高精度で評価することができる。また、本発明で用いる袋状の細胞構造物は、生体の小腸サンプルと異なり、長期間培養することができるため、本発明の第四の方法は、被験物質の小腸での長期間に亘る挙動を評価することができる。
【0079】
本発明の第四の方法で生成される被験物質の代謝修飾産物は、典型的には、上記の1以上の代謝関連酵素による原料物質の代謝修飾産物である。例えば被験物質がミタゾラムの場合、CYP3A4による代謝修飾産物を得ることができ、被験物質がイリノテカンの場合は、CES2による代謝修飾産物を得ることができる。
【0080】
本発明の第四の方法における、袋状の細胞構造物と物質を含む液とを配置する工程については、本発明の第一の方法について記載の通りである。また、本発明の第四の方法での細胞構造物を培養する工程は、本発明の第一の方法において、細胞構造物の内部に代謝修飾産物を蓄積させる工程のための細胞構造物の培養と同様の方法で行うことができる。
【0081】
本発明の第四の方法において、培養後の細胞構造物の内部に蓄積された成分の組成を分析する工程は、培養後の細胞構造物の内部液をシリンジなどの器具を用いて回収し、更に必要に応じて精製して、回収されたものの組成を、液体クロマトグラフィー、質量分析等の通常の分析手段により分析する工程である。内部液が取り出された袋状の細胞構造物は、更に次の評価方法の実施に利用してもよい。或いは、培養後の細胞構造物自体を回収し、必要に応じて更に破砕又は精製して、回収されたものの組成を通常の分析手段により分析する工程であってもよい。
【0082】
<6.被験物質の小腸での挙動を評価するためのキット>
本発明は第五に、
被験物質の小腸での挙動を評価するためのキットであって、
外表面上に絨毛層を有する、小腸上皮細胞を含む袋状の細胞構造物、及び、
前記細胞構造物を培養するための培地
を含むキットに関する。このキットは本発明の第四の方法の実施に用いることができる。 袋状の細胞構造物及び細胞構造物を培養するための培地については既述の通りである。
【0083】
本発明のキットには、細胞構造物の内部に蓄積された成分を取り出すための器具を更に含むきことが好ましい。このような器具としては、細胞構造物の内部液を取り出すためのシリンジが挙げられる。
以下、具体的な実験結果を参照して本発明を説明するが、本発明の範囲は実験結果の範囲には限定されない。
【実施例0084】
<実施例1>
腸様オルガノイド形成過程における代謝酵素の発現パターンを評価するため経時的なサンプリングと定量PCR解析を実施した。以下それらの方法を記載する。
【0085】
ヒトiPS細胞として子宮内膜細胞由来のEdom iPS細胞もしくはヒトES細胞の細胞株を用意した。細胞株はビトロネクチン(Life Technologies社)コーティングした細胞培養用ディッシュ上でStemFit培地(味の素社)を用いて増殖維持した。
【0086】
ビトロネクチンコーティングはリン酸緩衝生理食塩水(PBS)で1/100希釈したビトロネクチン溶液の、基板または培養ディッシュが被覆される量を滴下し、室温で30分間放置したのち、PBSで洗浄することで実施した。
【0087】
ポリエチレングリコール被膜で覆われた細胞非接着部と、該細胞非接着部中に島状に点在した、前記被膜が分解除去された細胞接着部の直径1500μmの円形パターンとが表面に形成されたガラス基板(基板サイズ5cm×5cm)を特許文献5及び非特許文献7に記載の方法で製造した。このガラス基板を直径10cmの円形の培養ディッシュ(Falcon社)に入れてビトロネクチンコートした後に、上記培養した細胞をEDTA処理により剥離した上で10個の細胞を播種した。
【0088】
非特許文献3及び特許文献4の実施例に記載の方法に従い前記播種細胞の培養を行い、腸様オルガノイドを得た。なお播種翌日には、直径10cmの円形の培養ディッシュ(BD Falcon社)に移した上で培地を約15mlになるように維持して2日ごとに培地交換を行った。
未分化細胞、及び、7日、14日、21日の各日数基板上で培養した細胞を、それぞれサンプリングした。
回収したサンプルに900μlのQiaZol溶液(Qiagen社)を加え、ホモジナイゼーションにより細胞を破砕し、5分間静置した。
【0089】
破砕した細胞からのmRNA抽出を、RNeasy Plus Universal Mini Kit(Qiagen社)のプロトコールを参照して実施した。細胞破砕液に100μlのgDNA Eliminatorを加えて混合し、次に180μlのクロロフォルム(ナカライテスク社)を加えて混合し2分間静置した。続いて混合液を12krpm、4℃、15分間の条件で遠心し上清を回収した。上清に600μlの70%エタノールを混合しRNeasy Mini spin columnに加えて10krpm、4℃、15秒の条件で遠心した。700μlのRWT bufferを加えて10krpm、4℃、15秒の条件で遠心を1回、500μlのRPE bufferを加え10krpm、4℃、15秒の条件で遠心を2回し洗浄した。最後に、30μlのRNase free-waterを加え10krpm、4℃、1分間の条件で遠心し抽出した。
含有mRNAのOD値はNanodrop装置(Thermo Fisher社)を用いて定量した。
【0090】
cDNAへの逆転写はSuperscript IV VILO Master Mix Kit(Thermo Fisher社)を用い行った。0.5μg~1.0μgのmRNAサンプル、4μlのSuperscript IV VILO Master Mixture、そして、RNase free-waterを加えて全量20μlに調整し、25℃で10分間、50℃で10分間、80℃で5分間の1サイクルのPCR条件で反応させた。
【0091】
定量PCRでは、96ウェルプレートの1ウェルに対して5~10ngのcDNA、対象遺伝子の10μMのForwardプライマーと10μMのReverseプライマーを各1μl(最終濃度0.2μM)、2×SYBR Greenを12.5μl(最終濃度1×)、ROX Reference dyeを0.5μl(最終濃度0.5μM)、そして、MilliQを加えて全量25μlに調整し、50℃で2分間、95℃で10分間を1サイクル、95℃で15秒、60℃で1minを40サイクル、95℃で15秒、60℃で1分間、95℃で1分間を1サイクルのPCR条件で反応させ測定した。
各対象遺伝子の発現量の数値は相対的評価としており、各遺伝子のCtをインターナルコントロールGAPDHのCtで補正を行いΔΔCT法により算出した。
【0092】
Edom iPS細胞由来の腸様オルガノイドをサンプルとしたときの各遺伝子の発現量の評価結果は図1の通りである。腸様オルガノイド形成を示す腸マーカーCDX2の上昇と相関して後期に代謝酵素CYP3A4とCES2の発現が観察された。この結果により腸様オルガノイドが代謝機能を持つ可能性が示唆された。
以下の実験では、上記の方法で製造したEdom iPS細胞又はES細胞由来の腸様オルガノイドを使用した。
【0093】
<実施例2>
腸様オルガノイドがCYP3A4発現と多薬剤排出トランスポーターp-gpの発現を示すか確認するため免疫染色を実施した。以下それらの方法を記載する。
【0094】
培養120日後のES細胞由来の腸様オルガノイドをサンプリングし、27G注射針(テルモ社)により袋構造物へ穴をあけた。穴をあけた袋構造物を1.5ml tubeに移し50μlの培養液を加えた。次に、ゲル包埋としてiPGell Kit(ジェノスタッフ社)の溶液Aを10μl加え3回ピペッチング、溶液Bを50μl加え3回ピペッチングし室温で1分間静置した。ゲル包埋後、1mlの4%パラホルムアルデヒド(和光純薬社)で一晩4℃において固定した。
パラフィン切片は、パラフィン包埋された検体ブロックをミクロトームでスライスしスライドガラスへと貼り付け作製した。
【0095】
パラフィン切片はキシレン溶液(武藤化学社)に5回浸し、次にアルコール溶液(武藤化学社)に5回浸し脱パラフィン処理を行った。次に抗原不活化処理として沸騰させたpH8.0 TE buffer内に入れレンジで10分間処理を行った。その後、ブロッキング溶液であるProtein Block(ダコ社)で室温30分間ブロッキング処理を行った。0.1%BSA/PBS溶液で希釈したラビットIgG標識抗p-gp抗体(Abcam社;希釈率1/1000)及びマウスIgG標識抗CYP3A4抗体(Santa cruz社;希釈率1/200)の一次抗体を切片領域に滴下し4℃一晩反応させた。一次抗体反応後、PBSで3回洗浄し0.1%BSA/PBS溶液で希釈したAlexa488標識抗ウサギIgG抗体(Molecular Probes社 希釈率1/1000)、Alexa546標識抗マウスIgG抗体(Molecular Probes社 希釈率1/1000)及びDAPI(Sigma社 希釈率1/1000)を切片領域に滴下し室温30分間反応させた後に封入し共焦点顕微鏡で観察した。
コントロールとして生体の小腸、及び、大腸がん細胞株Caco-2にも同様の処理を行い観察した。
【0096】
結果は図2の通りである。生体の小腸と類似して腸様オルガノイドにおいてCYP3A4とp-gpのタンパク質の発現がある一方、大腸組織由来であるCaco-2ではCYP3A4が発現していなかった。この結果から、腸様オルガノイドでは、ヒト小腸組織と類似した代謝酵素が発現し、機能している可能性が示唆された。
【0097】
<実施例3>
腸様オルガノイドが、小腸組織と類似したCYP3A4発現とその誘導経路を有しているかを確認するため定量PCR解析を実施した。定量PCR解析の手順は<実施例1>と同方法である。発現誘導処理は下記に示す。
【0098】
培養78日後のES細胞由来の腸様オルガノイドに0.1%DMSO(ブランク)もしくは最終濃度100nMの1α,25-Dihydroxyvitamin D(SIGMA-ADLRICH)を加え37℃、24時間反応させ誘導処理を行った。その後、サンプルの回収、逆転写、定量PCR解析を<実施例1>と同条件で実施した。
コントロールとして大腸がん細胞Caco-2に対して同様な処理を行い、定量PCR解析を実施した。
【0099】
結果は図3の通りである。腸様オルガノイド(図3では「mini-gut」と省略)でのCYP3A4とp-gpの両遺伝子の発現(図3の「mini-gut+DMSO」)は、ヒト小腸サンプルでの発現(図3の「Intestine」)の3~7割であり遜色ない。大腸組織由来であるCaco-2ではCYP3A4が低発現であった。また、小腸特異的代謝酵素誘導体である1α,25-Dihydroxyvitamin D図3では「VD3」と省略)で処理すると腸様オルガノイドでのCYP3A4とp-gpの発現が誘導されることが観察できた(図3の「mini-gut+DV3」)。この結果から、腸様オルガノイドはヒト小腸組織と類似して代謝酵素の誘導経路があることが示唆された。
【0100】
<実施例4>
iPS細胞由来腸様オルガノイドのCYP3A4発現とその誘導経路がES細胞由来腸様オルガノイドと類似し細胞株の由来に影響しないことを確認するため定量PCR解析と免疫染色を実施した。定量PCR解析は<実施例1>、免疫染色は<実施例2>と同様の方法により行った。発現誘導処理について下記に説明する。
【0101】
培養116日後のiPS細胞由来腸様オルガノイドに0.1%DMSOもしくは最終濃度100nMの1α,25-Dihydroxyvitamin D(SIGMA-ADLRICH)を加え37℃、24時間反応させ誘導処理を行った。その後、サンプルの回収、逆転写、定量PCR解析を<実施例1>と同条件で実施した。
培養62日後のiPS細胞由来腸様オルガノイドのパラフィン切片作製、免疫染色を<実施例2>と同条件で実施した。
【0102】
結果は図4A及び図4Bの通りである。iPS細胞由来腸様オルガノイドでのCYP3A4とp-gpの両遺伝子の発現が免疫染色から観察できた(図4A)。また、小腸特異的代謝酵素誘導体である1α,25-Dihydroxyvitamin D図4Bでは「VD3」と省略)で処理するとiPS細胞由来腸様オルガノイドのCYP3A4とp-gpの発現が誘導されることが観察できた(図4Bの「mini-gut+DV3」)。これら結果から、iPS細胞由来腸様オルガノイドはヒト小腸組織と類似する代謝酵素の誘導経路を有しており、作製した腸様オルガノイドの代謝機能は細胞株に依存しないことが示唆された。
【0103】
<実施例5>
袋構造を有する腸様オルガノイドを用いた代謝酵素活性評価(CYP3A4活性)において、腸様オルガノイドの内部液を吸い出して分析し評価することが有効かを確認するため、P450-GloTM CYP3A4 Assay(Promega社)とそれに用いる内部液のサンプリングを実施した。以下それらの方法を記載する。
手順の概要を図5Aに模式的に示す。
【0104】
各ウェルに500μlの液体培地を収容した24穴培養プレート(コーニング社)に、培養160日後のiPS細胞由来の腸様オルガノイドを2~3個/ウェル入れ、CYP3A4の人工基質である0.5μlのLuciferin-IPAを加え37℃、2時間反応させた。反応後に、一部の試験区では腸様オルガノイドを培地から分離して腸様オルガノイドを含まない培地の上清25μl(上清A)を回収し、別の試験区では腸様オルガノイドを取り除かず含んだままの培地の上清25μl(上清C)を回収した。
【0105】
上記で分離した腸様オルガノイドを新鮮な培地に入れ、針とシリンジ(伊藤製作所)で内部液を吸い出した。吸い出した内部液に培地を加えて容量を25μlに調整した(内容物)。また、腸様オルガノイドの内部液を吸い出す際に使用した培地の上清25μl(上清B)を回収した。
【0106】
各回収した上清A、上清B、上清C、内容物(内部液)を96穴アッセイプレート(コーニング社)に移し、25μlのルシフェリン検出試薬を加え、室温、20分間反応させた。その後、ルミノメトリー(BioTek社)で発光強度の測定を実施した。内容物(内部液)の発光強度は希釈率に沿って計算した。
【0107】
結果は図5Bの通りである。CYP3A4の代謝活性機能に相関する発光強度は、上清A、上清B、上清Cに比べ内容物(内部液)では約2~4倍高かった。この結果から、腸様オルガノイドの代謝活性を評価することは可能であり、特に、腸様オルガノイドから吸い出した内部液に基づいて評価することが効果的であることが示唆された。
【0108】
<実施例6>
袋構造を有する腸様オルガノイドの代謝酵素活性(CYP3A4活性とCES活性)を評価するため、CYP3A4基質のミタゾラムとCES基質のイリノテカンに対する代謝活性を評価した。ミタゾラム及びイリノテカンのそれぞれの代謝産物をLC/MS/MSで分析した(鎌倉テクノサイエンス社)。以下それらの方法を記載する。
【0109】
チューブ内で100mmol/L phosphate Buffer 300μlに培養90日後のES細胞由来の腸様オルガノイド1個を加え、氷冷下でスパチュラ等を用いて腸様オルガノイドの形態を潰したのち、超音波処理を行った。更に、ステンレスビーズ2個をチューブに加え、ビーズ破砕機を用いてホモジネートを調製した。
【0110】
氷冷下で200μlの腸様オルガノイド由来ホモジネート、156μlの100mmol/L Potassium Phosphate Buffer、pH7.4、4μlの0.2mM Midazolam(50%MeCN)により代謝反応用混液の調製を行った。Irinotecanの場合は、4μlの2mM Irinotecan(50%MeCN)を加えた。
【0111】
腸様オルガノイド由来ホモジネート毎に調製した180μlの代謝反応用混液を1.5mlマイクロチューブに採取し、37℃下で代謝反応を実施した。5分間プレインキュベーションし、20μlの10mmol/L NADPHを添加・撹拌した。一定時間後、具体的には5分間、15分間、30分間、60分間の各反応時間後に20μlのサンプリングを行った。また、反応時間0分としてホモジネート添加後、すぐにサンプリングを行った。サンプリング後、速やかに100nmol/L Phenacetinを含む20μlのMeCNに添加・撹拌、氷冷、そして、20μlの25% MeCNを添加・撹拌を行い1900×g、5分間の条件で遠心を行った。その20μlの上清に100μlの20% MeCNを添加した。
【0112】
検量線用標準試料の調製として20μLの100mmol/L phosphate Bufferを8本のPPチューブ(Blank+7濃度)に採取し、100nmol/L Phenacetinを含む20μlのMeCN(BlankにはMeCN)を添加・撹拌後、氷冷し、20μlの標準溶液(Blankには25% MeCN)を添加・撹拌し、1900×g、5分間の条件下で遠心を行った。その20μlの上清に100μlの20% MeCNを添加した。今回の検量線範囲はBlank、0.0003μM、0.001μM、0.003μM、0.01μM、0.03μM、0.1μM、0.3μMとした。
代謝活性を算出するために、調整した各懸濁液中のタンパク質を、DCプロテインアッセイキットII(バイオラッド社)を用いて定量化した。
【0113】
結果は図6の通りである。腸様オルガノイドのCYP3A4活性化とCES活性化の指標となるミタゾラムとイリノテカンそれぞれの代謝産物が経時的に増加していることが観察できた。これらの結果から、腸様オルガノイドは代謝酵素活性を有しており、薬剤に対する代謝機能を持つことが示唆された。
【0114】
<実施例7>
腸様オルガノイドにおける他の代謝関連遺伝子の発現を評価するためRT2 Profiler PCR Array(Qiagen社)を用いて網羅的解析を実施した。以下それらの方法を記載する。
【0115】
培養90日後のES細胞由来の腸様オルガノイドからmRNAサンプルを回収するため、1.5mlチューブに腸様オルガノイドを1個入れホモジナイゼーションにより細胞を破砕し、1mlのTRIzol溶液(ライフテクノロジーズ社)を加えて37℃、15分間反応させた。反応後、溶液を15ml遠心チューブに移し、さらに4mlのTRIzol溶液を加えて混和し、37℃、5分間反応させた。次に1mlのクロロフォルム(ナカライテスク社)を加えて混合し2分間静置した。混合液を3krpm、4℃、15分間の条件で遠心し上清を回収した。上清に2.5mlのイソプロパノール(ナカライテスク社)を加え混和し10分間静置した。混合液を3krpm、4℃、10分の条件で遠心し上清を除去した。上清除去後、5mlのcold 75% エタノールを加え3krpm、4℃、10分間の条件で遠心し上清を除去した。上清除去後、30μlのUltraPure Distilled Water(インビトロジン社)を加え懸濁し1.5mlチューブへ移し、60℃、10分間の条件で熱処理を行い溶出した。
含有mRNAのOD値はNanodrop装置(Thermo Fisher社)を用いて定量した。
【0116】
cDNAへの逆転写はRT2 First Strand Kit(Qiagen社)を用い行った。実験はKitに付属しているプロトコールに沿って実施した。1.0μgのmRNAサンプル、2μlのBuffer GE、そして、RNase free-waterにより全量10μlに調整し、42℃で5分間反応させた後、氷上で1分間静置した。次に、10μlの反応液に4μlの5×uffer BC3、1μlのControl P2、2μlのRE3 Reverse Transcriptase Mix、3μlのRNase free-waterを加えて全量20μlに調整し、42℃で15分間、95℃で5分間反応させた。反応液に91μlのRNase free-water加え混和させた。
【0117】
網羅的定量PCRはRT2 Profiler PCR Array Human Drug Metabolism(Qiagen社)を用い行った。実験はKitに付属しているプロトコールに沿って実施した。5mlチューブに102μlのcDNAサンプル、1350μlの2×RT2 SYBR Green Mastermix、1248μlのRNase free-waterを加え混和させた。96ウェルプレートの1ウェルに対して25μlの混和液を添加した。すべてのウェルに添加後、プレートをOptical Thin-Wall 8-Cap Stripsでしっかりと密封した。1krpm、室温、1分間の条件で遠心し気泡を除去した。その後、95℃で1分間を1サイクル、95℃で15秒間、60℃で1分間を40サイクル、95℃で1分間、60℃で2分間、95℃で2℃/分を1サイクルのPCR条件で反応させ測定した。コントロールサンプルとしてヒト小腸組織cDNAを用い同条件で実験を実施した。
【0118】
数値は相対的評価としており、ヒト小腸組織(INTESTIN)と腸様オルガノイド(MGUT)の各遺伝子のCtをkitに付属してある複数のインターナルコントロールの平均Ctで補正を行いΔΔCT法により算出した。ヒト小腸組織(INTESTIN)を1として相対的評価を示した。
【0119】
結果は図7A図7Gの通りである。各グラフの左カラムがヒト小腸組織(INTESTIN)の各遺伝子の相対発現量1を示し、右カラムが腸様オルガノイド(MGUT)での各遺伝子の相対発現量を示す。ヒト小腸組織と比較し腸様オルガノイドでは代謝酵素CYPをはじめとした複数の薬物代謝酵素が同等の発現していることが観察できる。この結果により、腸様オルガノイドが複数の代謝経路と代謝機能を持ち、生体の腸組織と遜色ないことが示唆された。
図1
図2
図3
図4A
図4B
図5A
図5B
図6
図7A
図7B
図7C
図7D
図7E
図7F
図7G