(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183068
(43)【公開日】2023-12-27
(54)【発明の名称】工具の加工方法
(51)【国際特許分類】
B23K 26/356 20140101AFI20231220BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20231220BHJP
B23P 15/28 20060101ALI20231220BHJP
C23C 14/58 20060101ALI20231220BHJP
C23C 16/56 20060101ALI20231220BHJP
【FI】
B23K26/356
B23B27/14 A
B23P15/28 Z
C23C14/58 C
C23C16/56
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022096474
(22)【出願日】2022-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】000191009
【氏名又は名称】新東工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100161425
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 鉄平
(74)【代理人】
【識別番号】100190470
【弁理士】
【氏名又は名称】谷澤 恵美
(72)【発明者】
【氏名】斉藤 悠太
(72)【発明者】
【氏名】小林 祐次
【テーマコード(参考)】
3C046
4E168
4K029
4K030
【Fターム(参考)】
3C046FF02
3C046FF03
3C046FF04
3C046FF10
3C046FF12
3C046FF13
3C046FF19
3C046FF22
3C046FF25
4E168AC02
4E168AD18
4E168CB04
4E168DA40
4E168DA45
4E168FB09
4E168JA11
4K029AA02
4K029AA04
4K029AA24
4K029BA54
4K029BA55
4K029BA58
4K029BC02
4K029BD05
4K029GA01
4K030BA02
4K030BA18
4K030BA36
4K030BA38
4K030BA41
4K030CA02
4K030CA03
4K030CA17
4K030DA08
4K030JA11
4K030JA13
4K030LA22
(57)【要約】
【課題】工具の寿命を更に改善することができる工具の加工方法を提供する。
【解決手段】工具1の加工方法は、パルスレーザを用いたレーザピーニングにより工具1に圧縮残留応力を付与する工程を含む。付与する工程では、隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差を制御することにより、工具1に付与される圧縮残留応力に異方性を生じさせる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
パルスレーザを用いたレーザピーニングにより工具に圧縮残留応力を付与する工程を含み、
前記工具は、基材と、前記基材の表面の少なくとも一部を覆うコーティング層と、を備え、
前記付与する工程では、前記基材と前記コーティング層との界面における圧縮残留応力の差が100MPa以下となるように、前記工具に圧縮残留応力を付与する、
工具の加工方法。
【請求項2】
前記基材は、硬さが4000HV以上8000HV以下である焼結体又は炭化物からなり、
前記コーティング層は、炭化物、窒化物、及び炭窒化物からなる、
請求項1に係る工具の加工方法。
【請求項3】
前記付与する工程では、隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差を制御することにより、前記工具に付与される圧縮残留応力に異方性を生じさせる、
請求項1又は2に記載の工具の加工方法。
【請求項4】
前記付与する工程では、前記工具の表面でのパワー密度が10GW/cm2以下であるパルスレーザを照射する、
請求項1又は2に記載の工具の加工方法。
【請求項5】
前記付与する工程では、前記工具の表面でのパワー密度が0.2GW/cm2以上であるパルスレーザを照射する、
請求項4に記載の工具の加工方法。
【請求項6】
前記付与する工程では、前記工具にパルス幅が5nsec以上であるパルスレーザを照射する、
請求項1又は2のいずれか一項に記載の工具の加工方法。
【請求項7】
前記付与する工程では、前記コーティング層の表面全体にレーザピーニングを施工する、
請求項1又は2に記載の工具の加工方法。
【請求項8】
前記付与する工程では、レーザ照射点が正方格子状に並ぶようにレーザピーニングが行われる、
請求項1又は2に記載の工具の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、工具の加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、レーザピーニングを使用して超硬合金の耐摩耗性を改善する方法が記載されている。この方法により処理された工具では、破壊靭性が増加した結果、寿命が改善される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本開示は、工具の寿命を更に改善することができる工具の加工方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一態様に係る工具の加工方法は、パルスレーザを用いたレーザピーニングにより工具に圧縮残留応力を付与する工程を含む。工具は、基材と、基材の表面の少なくとも一部を覆うコーティング層と、を備える。付与する工程では、基材とコーティング層との界面における圧縮残留応力の差が100MPa以下となるように、工具に圧縮残留応力を付与する。
【発明の効果】
【0006】
本開示によれば、工具の寿命を更に改善することができる工具の加工方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、準備工程により準備される工具の一例を示す平面図である。
【
図2】
図2は、応力付与工程で用いられるレーザ照射装置を示す構成図である。
【
図3】
図3は、工具に対するレーザピーニングの施工方向について説明するための図である。
【
図4】
図4は、工具に対するレーザピーニングの施工方向について説明するための図である。
【
図5】
図5は、切削加工後の工具のEDS元素マッピング画像を示す図である。
【
図6】
図6は、切削加工後の工具のSEM画像を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本開示の実施形態の概要]
最初に、本開示の実施形態の概要を説明する。
【0009】
(条項1) 本開示の一態様に係る工具の加工方法は、パルスレーザを用いたレーザピーニングにより工具に圧縮残留応力を付与する工程を含む。工具は、基材と、基材の表面の少なくとも一部を覆うコーティング層と、を備える。付与する工程では、基材とコーティング層との界面における圧縮残留応力の差が100MPa以下となるように、工具に圧縮残留応力を付与する。
【0010】
上記工具の加工方法では、工具に対し、基材とコーティング層との界面における圧縮残留応力の差を抑制するように、圧縮残留応力を付与するので、コーティング層の剥離を抑制することができる。これにより、工具の寿命を更に改善することができる。
【0011】
(条項2) 上記条項1に記載の工具の加工方法において、基材は、硬さが4000HV以上8000HV以下である焼結体又は炭化物からなり、コーティング層は、炭化物、窒化物、及び炭窒化物からなってもよい。
【0012】
(条項3) 上記条項1又は2に記載の工具の加工方法において、付与する工程では、隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差を制御することにより、工具に付与される圧縮残留応力に異方性を生じさせてもよい。この場合、工具に付与される圧縮残留応力に異方性を生じさせることができるので、例えば、工具を切削に使用する際に切削抵抗の送り分力又は背分力となる方向において、圧縮残留応力が最大値となるようにレーザピーニングを施工すれば、工具の寿命を更に改善することができる。
【0013】
(条項4) 上記条項1~3のいずれか1つに記載の工具の加工方法において、付与する工程では、工具の表面でのパワー密度が10GW/cm2以下であるパルスレーザを照射してもよい。この場合、工具の表面損傷が抑制される。
【0014】
(条項5) 上記条項4に記載の工具の加工方法において、付与する工程では、工具の表面でのパワー密度が0.2GW/cm2以上であるパルスレーザを照射してもよい。この場合、レーザアブレーションを確実に発生させ、工具に圧縮残留応力を付与することができる。
【0015】
(条項6) 上記条項1~5のいずれか1つに記載の工具の加工方法において、付与する工程では、工具にパルス幅が5nsec以上であるパルスレーザを照射してもよい。この場合、レーザアブレーションを確実に発生させ、工具に圧縮残留応力を付与することができる。
【0016】
(条項7) 上記条項1~6のいずれか1つに記載の工具の加工方法において、付与する工程では、コーティング層の表面全体にレーザピーニングを施工してもよい。この場合、実際に切削等を行う刃先部にコーティング層を設ければ、刃先部の耐欠損性を確実に向上させることができる。
【0017】
(条項8) 上記条項1~7のいずれか1つに記載の工具の加工方法において、付与する工程では、レーザ照射点が正方格子状に並ぶようにレーザピーニングが行われてもよい。この場合、レーザ施工領域をもれなくレーザピーニングできる。
【0018】
[本開示の実施形態の例示]
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態について詳細に説明する。なお、説明において、同一要素又は同一機能を有する要素には、同一符号を用いることとし、重複する説明は省略する。
【0019】
実施形態に係る工具の加工方法は、工具に圧縮残留応力を付与することにより、工具の耐欠損性を向上させ、工具の寿命を更に改善する方法である。加工対象となる工具として、例えば、切削工具、及び、スタンピングツール等が挙げられる。実施形態に係る工具の加工方法は、工具を準備する準備工程と、工具に圧縮残留応力を付与する応力付与工程と、を含む。
【0020】
図1は、準備工程により準備される工具の一例を示す平面図である。この例の工具1は、切削工具である。より具体的には、工具1は、ホルダに取り付けて用いられるスローアウェイチップであり、交換可能に構成されている。工具1は、例えば、旋盤用チップ又はフライス盤用チップである。工具1は、基材2及びコーティング層3を備える。
【0021】
基材2は、焼結体又は炭化物からなる。基材2は、例えば、cBN、WC、セラミック、又は炭素鋼からなる。基材2の硬さは、4000HV以上8000HV以下である。基材2は、平面視で方向D1を短軸方向、方向D2を長軸方向とする略菱形状を有している。基材2は、方向D1において互いに対角に位置する一対の角部2aを有している。一対の角部2aは、実際に切削等を行う刃先部を構成する。基材2の中央には、円形状の貫通孔2bが設けられている。貫通孔2bは、工具1をホルダに取り付ける際に用いられる。
【0022】
コーティング層3は、基材2の表面の少なくも一部を覆っている。本実施形態では、コーティング層3は、一対の角部2aの表面を覆っている。コーティング層3は、炭化物、窒化物、又は炭窒化物からなる。コーティング層3は、例えば、TiAlN、TiN、TiCN、ZrN、又はDLCからなる。コーティング層3は、基材2の硬さと同等以上の硬さを有する。コーティング層3は、例えば、化学蒸着法又は物理蒸着法により形成される。コーティング層3の厚さは、0.5μm以上であり、例えば、3μmである。コーティング層3は、工具1に対する被切削物の凝着の抑制や、工具1の耐摩耗性の向上を目的として設けられる。コーティング層3は、基材2の全面に設けられてもよいが、一対の角部2aのみに設けることで、加工時間及び加工費用を削減できる。
【0023】
切削時の工具1には、被切削材による切削抵抗(応力)が生じる。工具1が旋盤用チップ又はフライス盤チップの場合、切削抵抗は、互いに直交する主分力、送り分力、及び背分力の三つに分けられる。主分力は、旋盤又はフライス盤の回転方向に対し、回転とは逆に生じる力である。送り分力は、工具1に対する被切削材の送り方向に生じる力である。背分力は、旋盤用チップでは被切削材の半径方向に生じる力であり、フライス盤用チップではフライス盤の軸方向に生じる力である。
【0024】
主分力、送り分力、及び背分力の大きさは、被切削材の材質、切削速度、切込み量、刃先角度の大きさ等によって変化する。通常、主分力は、送り分力及び背分力よりも大きい。
図1に示される工具1では、主分力は工具1の厚さ方向、すなわち、方向D1及び方向D2に直交する方向に生じる。送り分力は工具1の短軸方向、すなわち、方向D1に沿って生じる。背分力は工具1の長軸方向、すなわち、方向D2に沿って生じる。
【0025】
応力付与工程は、パルスレーザを用いたレーザピーニングにより、工具1に圧縮残留応力を付与する工程である。レーザピーニングによれば、工具1を塑性変形することなく、工具1の表層1aに圧縮残留応力を付与することができる。ここで、表層1aとは、工具1の表面からの深さが、例えば100μm以下の領域である。表層1aの厚さは、コーティング層3の厚さよりも大きい。
【0026】
応力付与工程は、レーザアブレーションにより生じる衝撃波を利用して行われる。レーザピーニングは、ショットピーニングやバニシング加工と同様に材料内部に圧縮残留応力を付与する方法である。ショットピーニングやバニシング加工では、メディアやツールを材料表面に物理的に接触させるのに対し、レーザピーニングでは、このような物理的な接触がない。レーザピーニングでは、衝撃波を用いることにより、工具1の結晶状態を変化させずに、工具1に塑性歪を生じさせることができる。衝撃波による塑性歪は、圧力波が工具1内部を伝播して生じるため、結晶粒の変形や微細化は生じない。そのため、衝撃波は、結晶粒の内部に塑性歪のみを生じさせる。よって、組織を変態させることなく圧縮残留応力を付与することができる。
【0027】
応力付与工程は、工具1を冷却した状態で行われる。冷却方法としては、例えば、水冷及び空冷が挙げられる。水以外の液体及び空気以外の気体を用いて冷却が行われてもよい。応力付与工程は、例えば、工具1を液体中に配置した状態で行われる。応力付与工程は、例えば、常温で行われる。
【0028】
レーザピーニングは、例えば、コーティング層3の表面全体に施工される。上述のように、圧縮残留応力が付与される表層1aの厚さは、コーティング層3の厚さよりも大きい。よって、圧縮残留応力は、コーティング層3だけでなく、コーティング層3により覆われた基材2の表層にも付与される。つまり、この場合の表層1aには、コーティング層3と、基材2の表層とが含まれる。
【0029】
応力付与工程では、コーティング層3を損傷させることなく、コーティング層3及び基材2の表層を含む表層1aに残留圧縮応力が付与される。応力付与工程では、基材2とコーティング層3との界面における圧縮残留応力の差(絶対値)が100MPa以下、好ましくは50MPa以下、より好ましくは10MPa以下となるように、工具1に圧縮残留応力が付与される。
【0030】
図2は、応力付与工程で用いられるレーザ照射装置を示す構成図である。
図2に示されるように、レーザ照射装置10は、レーザ発振器11と、反射ミラー12,13と、集光レンズ14と、水槽15と、保持部16と、制御装置17と、を備える。レーザ発振器11は、レーザ光Lを発振する装置である。反射ミラー12,13は、レーザ発振器11で発振されたレーザ光Lを集光レンズ14まで伝送する。集光レンズ14はレーザ光Lを工具1の加工位置に高密度に集光させる。水槽15は水等の透明な液体18で満たされている。保持部16は、工具1を保持し、工具1を水槽15内に配置する。保持部16は、アクチュエータ又はロボットである。
【0031】
レーザ照射装置10は、制御装置17によって制御される。制御装置17は、例えばPLC(Programmable Logic Controller)又はDSP(Digital Signal Processor)などのモーションコントローラとして構成される。制御装置17は、CPU(Central Processing Unit)などのプロセッサと、RAM(Random Access Memory)及びROM(Read Only Memory)などのメモリと、タッチパネル、マウス、キーボード、ディスプレイなどの入出力装置と、ネットワークカードなどの通信装置とを含むコンピュータシステムとして構成されてもよい。制御装置17は、メモリに記憶されているコンピュータプログラムに基づくプロセッサの制御のもとで各ハードウェアを動作させることにより、制御装置17の機能を実現する。
【0032】
レーザ照射装置10を用いて応力付与工程を実施する場合、まず、保持部16に工具1を設置する。次に、保持部16により工具1を水槽15内に移動させ、工具1を液体18中に配置する。次に、工具1を液体18により冷却した状態で、工具1に対してレーザ光Lを照射する。レーザ光Lは、一定の時間間隔で照射されるパルスレーザである。レーザ光Lのパルス幅は、5nsec以上である。
【0033】
レーザ光Lは、レーザ発振器11により発振された後、反射ミラー12,13からなる光学系により集光レンズ14まで伝送される。レーザ光Lは、集光レンズ14により高密度に集光され、液体18を介して工具1の表面に照射される。レーザ光Lのパワー密度は、0.2GW/cm2以上10GW/cm2以下に設定される。
【0034】
工具1では、以下のようにしてレーザピーニングによるピーニング効果が生じる。まず、レーザ光Lが工具1の表面に照射されると、工具1の表面でレーザアブレーションが発生し、プラズマが発生する。大気中であれば、照射点の材料が気化する。工具1における照射点は液体18で覆われているので、プラズマの膨張が抑制される。これにより、プラズマが高圧となり、プラズマの圧力によって衝撃波が発生する。衝撃波が伝搬することによって、工具1の内部に塑性変形域が生じる。塑性変形域では、未変形部からの拘束により圧縮残留応力が生じる。上述のように、衝撃波による塑性変形は、塑性加工ではないため、結晶粒の変形や微細化は生じない。工具1のアブレーションを抑制するため、工具1には犠牲層(不図示)が設けられてもよい。犠牲層は、例えば、黒色のPVCテープである。
【0035】
レーザ光Lの照射は、保持部16の操作と対応し、工具1におけるレーザ照射点をずらしながら行われる。保持部16は、レーザ光Lが照射される度に工具1を移動させ、工具1におけるレーザ照射点を移動させる。
【0036】
図3及び
図4は、工具に対するレーザピーニングの施工方向について説明するための図である。
図3及び
図4では、レーザピーニングが施工される領域(レーザ施工領域)が拡大されて示されている。
図3及び
図4のいずれにおいても、工具1に対し、レーザ照射点をジグザグ状に移動させながら、レーザピーニングを行う。
図3及び
図4では、レーザピーニングの施工方向を示す矢印が拡大され、コーティング層3の外側まではみ出して示されているが、実際にはレーザ施工領域は、コーティング層3が設けられた領域と一致するように設定されている。
【0037】
図3では、一定の時間間隔であるパルスレーザの照射間隔ごとに、レーザ施工領域内で方向D1に沿ってレーザ照射点を順次移動させながら、パルスレーザを照射する。レーザ照射点がレーザ施工領域の方向D1の端まで達すると、レーザ照射点を方向D2に沿って一回移動させてパルスレーザを照射する。その後、方向D1に沿って先程と逆向きにレーザ照射点を順次移動させながら、パルスレーザを照射することを繰り返す。つまり、方向D1では、レーザ照射点を走査しながら連続的にレーザピーニング施工が行われるのに対し、方向D2では、断続的にレーザピーニング施工が行われる。
【0038】
ここで、「連続的」とは、パルスレーザの照射間隔でレーザピーニング施工が行われることを意味する。「断続的」とは、「連続的」ではないレーザピーニング施工が行われることを意味する。よって、パルスレーザの照射間隔と異なる時間間隔でレーザピーニング施工が行われる箇所が存在すれば、「断続的」である。
【0039】
図3の場合において、方向D1で隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差は、方向D2で隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差以下となる。レーザ施工領域内の方向D1の端に位置するレーザ照射点を除くと、方向D1で隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差は、方向D2で隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差よりも短い。このようなレーザ照射時刻の差の違いにより、圧縮残留応力には異方性が付与され、方向D2における残留圧縮応力は、方向D1における残留圧縮応力よりも大きくなる。
【0040】
図4では、パルスレーザの照射間隔ごとに、レーザ施工領域内で方向D2に沿ってレーザ照射点を順次移動させながら、パルスレーザを照射する。レーザ照射点がレーザ施工領域の方向D2の端まで達すると、レーザ照射点を方向D1に沿って一回移動させてパルスレーザを照射する。その後、方向D2に沿って先程と逆向きにレーザ照射点を順次移動させながら、パルスレーザを照射することを繰り返す。つまり、方向D2では、レーザ照射点を走査しながら連続的にレーザピーニング施工が行われるのに対し、方向D1では、断続的にレーザピーニング施工が行われる。
【0041】
図4の場合において、方向D2で隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差は、方向D1で隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差以下となる。レーザ施工領域内の方向D2の端に位置するレーザ照射点を除くと、方向D2で隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差は、方向D1で隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差よりも短い。このようなレーザ照射時刻の差の違いにより、圧縮残留応力には異方性が付与され、方向D1における残留圧縮応力は、方向D2における残留圧縮応力よりも大きくなる。
【0042】
応力付与工程では、隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差を制御することにより、工具1に付与される圧縮残留応力に異方性を生じさせると言える。
図3及び
図4では、例えば、レーザ照射点が、正方格子状に並ぶようにレーザピーニングが行われる。すなわち、方向D1で隣り合うレーザ照射点間の距離は、方向D2で隣り合うレーザ照射点間の距離と等しい。
【0043】
図3の施工方向によれば、切削抵抗の送り分力方向(方向D1)よりも、背分力方向(方向D2)に強く残留圧縮応力が付与される。
図4の施工方向によれば、切削抵抗の背分力方向(方向D2)よりも、切削抵抗の送り分力方向(方向D1)に強く残留圧縮応力が付与される。したがって、工具1の使用条件に合わせて、レーザピーニングの施工方向を選択することにより、工具1の寿命を更に改善することができる。例えば、送り分力よりも背分力が大きくなる使用条件に対しては、
図3の施工方向を選択し、背分力よりも送り分力が大きくなる使用条件に対しては、
図4の施工方向を選択すれば、工具1を効果的に強化することができる。工具1に導入された圧縮残留応力は、工具1の厚さ方向には解放され難いものの、工具1の面内方向には解放され易い。この点からも、工具1に対し、切削抵抗の送り分力方向や背分力方向に異方性を有する残留圧縮応力を付与することが重要である。
【0044】
以上説明したように、実施形態に係る工具の加工方法では、応力付与工程において、基材2とコーティング層3との界面における圧縮残留応力の差が100MPa以下となるように、工具1に圧縮残留応力を付与するので、コーティング層3の剥離を抑制することができる。これにより、工具1の寿命を更に改善することができる。
【0045】
基材2は、硬さが4000HV以上8000HV以下である焼結体又は炭化物からなる。コーティング層3は、炭化物、窒化物、及び炭窒化物からなり、基材2の刃先部を構成する一対の角部2aを覆う。このように、基材2が硬質材料からなり、刃先部がコーティング層3により覆われているので、工具1の寿命をより一層改善することができる。
【0046】
実施形態に係る工具の加工方法では、隣り合うレーザ照射点間におけるレーザ照射時刻の差を制御することにより、工具1に付与される圧縮残留応力に異方性を生じさせることができる。例えば、工具1を切削に使用する際に切削抵抗の主分力方向となる方向において圧縮残留応力が最大値となるようにレーザピーニングを施工することにより、工具1の寿命を更に改善することができる。
【0047】
応力付与工程では、工具1の表面でのパワー密度が0.2GW/cm2以上10GW/cm2以下であるパルスレーザを照射する。10GW/cm2以下であることにより、工具1の表面損傷が抑制される。0.2GW/cm2以上であることにより、レーザアブレーションを確実に発生させ、圧縮残留応力を付与することができる。
【0048】
応力付与工程で用いられるパルスレーザのパルス幅は、5nsec以上である。よって、レーザアブレーションを確実に発生させ、工具1に圧縮残留応力を付与することができる。
【0049】
応力付与工程では、基材2の刃先部に設けられたコーティング層3の表面全体にレーザピーニングを施工するので、刃先部の耐欠損性を確実に向上させることができる。
【0050】
応力付与工程では、レーザ照射点が正方格子状に並ぶようにレーザピーニングが行われるので、レーザ施工領域をもれなくレーザピーニングできる。
【0051】
本発明は必ずしも上述した実施形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変更が可能である。
【0052】
以下、実験例について説明する。
【0053】
(実験例1-4)
まず、cBN切削用チップにTiAlNコーティングを施し、cBNからなる基材及びTiAlNからなるコーティング層を備える工具を準備した。次に、基材及びコーティング層のアブレーションを抑制するため、コーティング層上に犠牲層となる黒色のPVCテープを貼付した。続いて、犠牲層の上から表1に示す条件でそれぞれレーザピーニング施工を行い、実験例1-4に係る工具を得た。実験例1,3の施工方向は、
図3に示される施工方向(方向D1に連続的)に対応し、実験例2,4の施工方向は、
図4に示される施工方向(方向D2に連続的)に対応する。
【0054】
【0055】
(実験例5)
cBN切削用チップにTiAlNコーティングを施さず、未コーティングの工具を準備した。次に、犠牲層となる黒色のPVCテープを基材上に直接貼付した後、パルスエネルギー、スポット径、パワー密度、カバレージ、及び施工方向について実験例1と同じ条件でレーザピーニング施工を行い、実験例5に係る工具を得た。
【0056】
(実験例6)
レーザピーニング施工を行わないNon-LP品として、実験例6の工具を準備した。実験例6の工具は、実験例1の工具と同様のcBNからなる基材及びTiAlNからなるコーティング層を備える。
【0057】
(切削加工)
実験例1-6の工具を用い、旋盤にてS55C材の切削加工を300秒間行った。切削加工後の各工具の刃先部を観察した。実験例1-3,6の工具では、コーティング層の剥離が発生した。実験例4の工具では、コーティング層の剥離が発生しなかった。実験例5の工具では、未コーティングのため、コーティング層の剥離は問題とならないが、cBN基材に超硬凝着が発生した。
【0058】
図5は、切削加工後の工具のEDS(エネルギー分散型X線分光)元素マッピング画像を示す図である。
図5では、実験例1,4,6の工具の観察結果としてEDS元素マッピング画像が示されている。実験例1,6の工具では、剥離により、コーティング層に含まれるTi元素及びAl元素が少なくなり、基材に含まれるB元素が検出されている部分が確認できた。実験例4の工具では、元素の偏りが少なく、剥離が生じていないことが確認できた。
【0059】
図6は、切削加工後の工具のSEM画像を示す図である。
図6では、実験例1,4,6の工具の観察結果としてSEM画像が示されている。SEM画像によっても、実験例1,6の工具では、コーティング層の剥離が生じていることが確認できた。実験例4の工具では、コーティング層の剥離が生じていないことが確認できた。
【0060】
(残留応力測定)
実験例1,2の工具について、レーザピーニングの施工前と施工後とで残留応力測定を行った。測定には、株式会社Rigagu製のX線回折装置を用いた。表2に測定条件、表3にcBN基材とTiAlN層界面の測定結果を示す。残留応力測定にはX線回折を用いるため、X線回折ピークが重複する。そのため、表2に示す測定条件と相分率よりcBN基材及びTiAlN層の残留応力値を算出した。
【0061】
【0062】
【0063】
表3の結果から計算されるように、実験例1では、cBN基材の残留応力の変化量は、X線入射方向が方向D1のとき-113MPaであり、X線入射方向が方向D2のとき-34MPaである。また、実験例2では、cBN基材の残留応力の変化量は、X線入射方向が方向D1のとき-35MPaであり、X線入射方向が方向D2のとき-162MPaである。表1に示されるように、実験例1では、方向D1に連続的となるようレーザピーニングが施工されている。また、実験例2では、方向D2に連続的となるようレーザピーニングが施工されている。つまり、X線入射方向がレーザピーニングの施工方向と一致する場合、これらの方向が不一致の場合よりも残留応力の変化量が大きいことが確認できた。
【符号の説明】
【0064】
1…工具、2…基材、3…コーティング層。