(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183270
(43)【公開日】2023-12-27
(54)【発明の名称】渦流探傷方法および渦流探傷装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/904 20210101AFI20231220BHJP
【FI】
G01N27/904
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022096801
(22)【出願日】2022-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森永 武
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 遼太
【テーマコード(参考)】
2G053
【Fターム(参考)】
2G053AA11
2G053AB21
2G053BA03
2G053BA15
2G053BC14
2G053CA03
2G053CB19
2G053CB24
2G053CB29
2G053DA01
2G053DB03
(57)【要約】
【課題】特殊な装置を利用しなくても、欠陥の種類による形状の差異を識別しながら、被検査材の欠陥を検出することができる渦流探傷方法、およびそのような渦流探傷装置を提供する。
【解決手段】被検査材の表面に磁場を印加して渦電流を発生させる送信コイルと、渦電流によって発生する磁場を検出する受信コイルと、を結ぶ方向を送受信方向として、送受信方向を、第一の方向に向けて渦流探傷を行う第一の検査工程と、送受信方向を、第一の方向に交差する第二の方向に向けて渦流探傷を行う第二の検査工程と、被検査材の表面のうち、第一の検査工程および第二の検査工程の少なくとも一方で、欠陥が検出された位置において、第一の検査工程で検出された信号強度と、第二の検査工程で検出された信号強度との差分を算出し、差分が大きいほど、検出された欠陥の形状の異方性が高いと判定する判定工程と、を実施する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のコイルを備えた渦流探傷プローブを用いて被検査材の表面の欠陥を検出する渦流探傷方法において、
前記複数のコイルのうち、前記被検査材の表面に磁場を印加して渦電流を発生させる送信コイルと、前記渦電流によって発生する磁場を検出する受信コイルと、を結ぶ方向を送受信方向として、
前記送受信方向を、第一の方向に向けて渦流探傷を行う第一の検査工程と、
前記送受信方向を、前記第一の方向に交差する第二の方向に向けて渦流探傷を行う第二の検査工程と、
前記被検査材の表面のうち、前記第一の検査工程および前記第二の検査工程の少なくとも一方で、欠陥が検出された位置において、前記第一の検査工程で検出された信号強度と、前記第二の検査工程で検出された信号強度との差分を算出し、前記差分が大きいほど、検出された前記欠陥の形状の異方性が高いと判定する判定工程と、を実施する渦流探傷方法。
【請求項2】
前記被検査材に対する磁化または消磁を行うことなく、前記第一の検査工程および第二の検査工程を実施する、請求項1に記載の渦流探傷方法。
【請求項3】
前記被検査材の表面に形成されうる欠陥の候補として、形状の異方性が高い第一種の欠陥と、前記第一種の欠陥よりも形状の異方性が低い第二種の欠陥と、が存在する場合に、
前記判定工程において、前記差分が閾値以上であれば、検出された前記欠陥が、前記第一種の欠陥であると判定し、前記差分が前記閾値未満であれば、検出された前記欠陥が、前記第二種の欠陥であると判定する、請求項1に記載の渦流探傷方法。
【請求項4】
前記第一種の欠陥は、傷であり、
前記第二種の欠陥は、透磁率の不均一分布である、請求項3に記載の渦流探傷方法。
【請求項5】
前記渦流探傷プローブは、複数のコイルを列状に配置したコイル列を複数並べた、コイルアレイを有し、
前記第一の検査工程においては、前記コイルアレイにおいて異なるコイル列に含まれる2つのコイルを、前記送信コイルおよび前記受信コイルとして、渦流探傷を行い、
前記第二の検査工程においては、前記コイルアレイにおいて同一のコイル列に含まれる2つのコイルを、前記送信コイルおよび前記受信コイルとして、渦流探傷を行う、請求項1に記載の渦流探傷方法。
【請求項6】
前記第一の検査工程と、前記第二の検査工程とで、異なる周波数で渦流探傷を行う、請求項1に記載の渦流探傷方法。
【請求項7】
前記渦流探傷プローブと、
前記判定工程を実施する演算部と、を有し、
請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の渦流探傷方法を実行する、渦流探傷装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、渦流探傷方法および渦流探傷装置に関し、さらに詳しくは、被検査材の表面の欠陥の検出、および欠陥の形状に関連した判定を行いうる渦流探傷方法および渦流探傷装置に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料の表面または表面近傍に生じた傷などの欠陥を非破壊で検出する手法として、渦流探傷が用いられている。渦流探傷装置においては、被検査材の表面の近傍に配置したコイルによって交流磁場を発生させ、被検査材の表面に生じた渦電流における乱れを検出することで、被検査材の表面の欠陥を検出することができる。このように、渦流探傷は、被検査材の表面において、渦電流の乱れに伴う磁気の変化を利用して欠陥の検出を行うため、様々な欠陥を敏感に検出しうる反面、被検査材の表面に磁気変化を与える欠陥であれば、異なる種類の欠陥が混在していても、それらの欠陥の種類を区別するのが難しい場合がある。
【0003】
例えば、被検査材が強磁性体よりなる場合に、酸化や炭化に代表される材料の変性等によって、被検査材の表面に、不均一な透磁率の分布が生じると、その透磁率の分布による磁気変化が、欠陥として検出されうる。しかし、渦流探傷を行う多くの場合において、物理的な傷を選択的に検出することが望まれ、材料表面における透磁率の不均一分布は、欠陥として検出することを望まれない。それら透磁率の不均一分布が、傷と区別されずに欠陥として検出されると、傷の検出においては、誤検知となってしまう。
【0004】
強磁性体に対する渦流探傷において、傷以外の要因による磁気変化に起因した誤検知を低減する方法として、被検査材を磁気飽和させてから渦流探傷を行う手法が提案されている。例えば、特許文献1に開示された渦電流探傷装置においては、渦電流の変化を検出するための検出部の外側に、検査対象物に磁界をかける磁界形成用磁石が配置され、磁界形成用磁石により発生する磁界の磁束密度が、所定の範囲に設定されている。他に、強磁性体よりなる被検査材をキュリー点以上の温度に加熱して、消磁してから渦流探傷を行う方法も考案されている。また、磁化や消磁等によって被検査材の磁性状態を変化させることなく、強磁性体の渦流探傷における誤検知を防止する方法も提案されている。例えば、特許文献2に、クロスコイルとパンケーキコイルとを備え、両者の応答信号の強度および位相角を閾値に照らして、被検査体における欠陥の存在を判定する渦流探傷装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2019-060723号公報
【特許文献2】特開2015-225068号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
渦流探傷を行う際に、検出された欠陥の種類を区別するため、また特定の種類の欠陥を選択的に検出するためには、特許文献1,2の形態のように、特殊な装置構成を要する場合が多い。そのような特殊な装置を用いることなく、汎用的な渦流探傷プローブを用いた簡素な装置構成で、欠陥の種類を識別することができれば望ましい。種々の欠陥の中には、その欠陥の性質や成因によって異なる形状を有するものもあり、形状の差異に着目して、欠陥の種類を識別できる可能性がある。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、特殊な装置を利用しなくても、欠陥の種類による形状の差異を識別しながら、被検査材の欠陥を検出することができる渦流探傷方法、およびそのような渦流探傷装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するため、本発明にかかる渦流探傷方法および渦流探傷装置は、以下の構成を有する。
[1]本発明にかかる渦流探傷方法は、複数のコイルを備えた渦流探傷プローブを用いて被検査材の表面の欠陥を検出する渦流探傷方法において、前記複数のコイルのうち、前記被検査材の表面に磁場を印加して渦電流を発生させる送信コイルと、前記渦電流によって発生する磁場を検出する受信コイルと、を結ぶ方向を送受信方向として、前記送受信方向を、第一の方向に向けて渦流探傷を行う第一の検査工程と、前記送受信方向を、前記第一の方向に交差する第二の方向に向けて渦流探傷を行う第二の検査工程と、前記被検査材の表面のうち、前記第一の検査工程および前記第二の検査工程の少なくとも一方で、欠陥が検出された位置において、前記第一の検査工程で検出された信号強度と、前記第二の検査工程で検出された信号強度との差分を算出し、前記差分が大きいほど、検出された前記欠陥の形状の異方性が高いと判定する判定工程と、を実施する。
【0009】
[2]前記[1]の態様において、前記被検査材に対する磁化または消磁を行うことなく、前記第一の検査工程および第二の検査工程を実施するとよい。
【0010】
[3]前記[1]または[2]の態様において、前記被検査材の表面に形成されうる欠陥の候補として、形状の異方性が高い第一種の欠陥と、前記第一種の欠陥よりも形状の異方性が低い第二種の欠陥と、が存在する場合に、前記判定工程において、前記差分が閾値以上であれば、検出された前記欠陥が、前記第一種の欠陥であると判定し、前記差分が前記閾値未満であれば、検出された前記欠陥が、前記第二種の欠陥であると判定するとよい。
[4]前記[3]の態様において、前記第一種の欠陥は、傷であり、前記第二種の欠陥は、透磁率の不均一分布であるとよい。
【0011】
[5]前記[1]から[4]のいずれか1つの態様において、前記渦流探傷プローブは、複数のコイルを列状に配置したコイル列を複数並べた、コイルアレイを有し、前記第一の検査工程においては、前記コイルアレイにおいて異なるコイル列に含まれる2つのコイルを、前記送信コイルおよび前記受信コイルとして、渦流探傷を行い、前記第二の検査工程においては、前記コイルアレイにおいて同一のコイル列に含まれる2つのコイルを、前記送信コイルおよび前記受信コイルとして、渦流探傷を行うとよい。
【0012】
[6]前記[1]から[5]のいずれか1つの態様において、前記第一の検査工程と、前記第二の検査工程とで、異なる周波数で渦流探傷を行うとよい。
【0013】
[7]本発明にかかる渦流探傷装置は、前記渦流探傷プローブと、前記判定工程を実施する演算部と、を有し、前記[1]から[6]のいずれか1つの渦流探傷方法を実行する。
【発明の効果】
【0014】
[1]上記発明にかかる渦流探傷方法においては、渦流探傷の工程として、送信コイルと受信コイルを結ぶ送受信方向を第一の方向に向けた第一の検査工程と、第二の方向に向けた第二の検査工程とを実施する。渦流探傷においては、被検査材の表面に形成された欠陥が、送受信方向に大きな領域を占めるほど、受信コイルにて検出される磁場の変化量が大きくなりやすいため、欠陥が形状に大きな異方性を有する場合には、送受信方向の異なる第一の検査工程と第二の検査工程との間で、得られる信号強度に大きな差が生じることになる。一方、欠陥が異方性の低い形状をとる場合には、2つの検査工程で得られる信号強度の間に、大きな差は生じにくい。よって、2つの検査工程で検出された信号強度の差分が大きいほど、検出された欠陥の形状の異方性が高いと判断することができ、異方性の程度の異なる形状を与える欠陥を、区別して検出することができる。送受信方向を異ならせた第一の検査工程と第二の検査工程は、3つ以上のコイルを有する渦流探傷プローブを用いることや、渦流探傷プローブの配置を変更することで、容易に実施することができ、特殊な装置を用いなくても、汎用的な渦流探傷プローブを用いて得られた検査結果に対して、所定の演算を行うのみで、簡便に実施できる。
【0015】
[2]被検査材に対する磁化または消磁を行うことなく、第一の検査工程および第二の検査工程を実施する場合には、被検査材の磁化や消磁に要する装置や工程を省略して、渦流探傷を簡便に実施することができる。本発明にかかる渦流探傷方法においては、第一の検査工程と第二の検査工程の検出信号の差分を取ることで、欠陥の形状の異方性の程度を判定することができるので、被検査材の少なくとも一部が強磁性体より構成される場合であっても、その強磁性体の表面に、材料の変性等によって透磁率の不均一な分布が生じた場合に、そのような透磁率の分布と、他の種類の表面欠陥とが、異方性の程度が異なる形状を有するものであれば、磁化や消磁による磁性状態の変化を起こさなくても、渦流探傷により、両者を簡便に区別して検出することができる。
【0016】
[3]被検査材の表面に形成されうる欠陥の候補として、形状の異方性が高い第一種の欠陥と、第一種の欠陥よりも形状の異方性が低い第二種の欠陥と、が存在する場合に、判定工程において、差分が閾値以上であれば、検出された欠陥が、第一種の欠陥であると判定し、差分が閾値未満であれば、検出された欠陥が、第二種の欠陥であると判定するようにすれば、形状の異方性が異なる2種の欠陥を簡便に区別して検出することができる。さらに、2種の欠陥のうち、検出したい方のみを欠陥として認識し、他種の方は欠陥として認識しないようにすれば、誤検知を低減しながら、検出したい種類の欠陥を選択的に検出することができる。
【0017】
[4]この場合に、第一種の欠陥が、傷であり、第二種の欠陥が、透磁率の不均一分布であれば、多くの場合、金属表面において、傷は線状の異方性の高い形状をとる一方、酸化や炭化等の表面変性によって透磁率が不均一に分布する箇所は、異方性の低い領域として形成されることが多いため、本発明にかかる渦流探傷方法によって、両者を簡便に、また高精度に区別することができる。金属材料を渦流探傷によって非破壊検査する際に、傷は欠陥として検知したい一方で、酸化や炭化等の表面変性は欠陥として認識したくない場合も多いが、そのような場合には、第一の検査工程と第二の検査工程の検出信号の差分が大きくなる第一種の欠陥としての傷のみを、第二種の欠陥としての透磁率の不均一分布と区別して、欠陥として認識することで、誤検知を低減しながら、傷を選択的に検出することができる。
【0018】
[5]渦流探傷プローブが、複数のコイルを列状に配置したコイル列を複数並べた、コイルアレイを有し、第一の検査工程において、コイルアレイにおいて異なるコイル列に含まれる2つのコイルを、送信コイルおよび受信コイルとして、渦流探傷を行い、第二の検査工程において、コイルアレイにおいて同一のコイル列に含まれる2つのコイルを、送信コイルおよび受信コイルとして、渦流探傷を行う場合には、コイルアレイを構成するコイルのうち、送信コイルとするものと受信コイルとするものを電気的制御によって選択することで、送受信方向を異ならせた第一の検査工程と第二の検査工程とを、簡便に相互に切り替えて実施することができる。また、被検査材の表面の広い領域において、そのような検査を簡便に実施することができる。そのため、異方性の程度の異なる欠陥を区別した渦流探傷を、簡便に、また正確に実施しやすい。コイルアレイを備えた渦流探傷プローブは、市販品として汎用的に利用可能となっている。
【0019】
[6]第一の検査工程と、第二の検査工程とで、異なる周波数で渦流探傷を行う場合には、第一の方向と第二の方向の間の中間的な方向に延びた異方形状を有する欠陥であっても、感度よく検出することができる。
【0020】
[7]上記発明にかかる渦流探傷装置においては、渦流探傷プローブを用いて送受信方向を相互に異ならせた第一の検査工程と第二の検査工程を実施したうえで、演算部にて、それら2つの検査工程で得られた信号強度の差分を計算し、その差分が大きいほど、検出された欠陥の形状の異方性が高いと判定する。送受信方向を異ならせて渦流探傷を行ったうえで、検査結果に対して演算を行うのみで、異方性の程度の異なる形状を有する欠陥を区別して検出することができる。欠陥の種類の区別のために、渦流探傷プローブとして特別なものを使用する必要も、渦流探傷プローブおよび演算部の他に、特殊な構成部材を設ける必要もないため、渦流探傷装置の構成、およびその装置を用いた渦流探傷の工程を、簡素なものとすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施形態にかかる渦流探傷装置を用いた渦流探傷について説明する模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態にかかる渦流探傷方法における2つの測定モードを説明する図である。(a)は軸方向モード、(b)は横方向モードを示している。
【
図3】上記渦流探傷方法において得られる検出信号の空間分布を説明する図であり、(a)は軸方向モード、(b)は横方向モードの検出結果を示し、(c)はそれらの差分を示している。
【
図4】実施例において得られた計測結果を示すCスコープ画像であり、(a)は軸方向モード、(b)は横方向モードの検査結果を示し、(c)はそれらの差分を示している。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明の実施形態にかかる渦流探傷方法および渦流探傷装置について説明する。
【0023】
[渦流探傷装置]
まず、本発明の一実施形態にかかる渦流探傷装置について、簡単に説明する。
図1に、本実施形態にかかる渦流探傷装置1の構成の概略を示す。渦流探傷装置1は、渦流探傷プローブ10と、演算部20とを備えている。
【0024】
渦流探傷プローブ10としては、金属材料に代表される導電性材料よりなる被検査材Mに対して、渦流探傷によって表面の欠陥を検出できる公知の渦流探傷プローブを適用することができる。渦流探傷プローブ10は、複数のコイル11を備えており、渦流探傷プローブ10を被検査材Mの表面の上方に配置した状態で、複数のコイル11のうち、送信コイルとなるものに、交流電流を流して、被検査材Mの表面に交流磁場を印加することで、被検査材Mの表面に渦電流を発生させる。そして、被検査材Mの表面の渦電流によって発生する磁場を、複数のコイル11のうち受信コイルとなるものによって検知する。被検査材Mの表面に、傷等の欠陥が存在すれば、その欠陥によって、渦電流が擾乱を受けるため、欠陥のない周囲の領域と比較して、受信コイルによって検出される磁場に変化が生じる。この渦電流の乱れによる磁場の変化を検出することで、被検査材Mの表面に形成された欠陥を検出することができる。なお、コイル11は、渦流探傷プローブ10において、被検査材Mの表面に対向する位置に設けられるが、
図1では、コイル11の位置が分かりやすいように、被検査材Mの表面に対向するのと反対側の面まで延長して、コイル11を表示している。
【0025】
渦流探傷プローブ10の種類は、特に限定されるものではないが、図示したように、コイルアレイを備えたものを、好適に用いることができる。コイルアレイにおいては、複数のコイル11を列状に配置したコイル列A1,A2が、複数列(ここでは2列)並べられている。隣接するコイル列A1,A2においては、コイル11が互い違いに並べられており、1つのコイル列A1において隣接する2つのコイル11の中間に相当する位置に、隣のコイル列A2を構成するコイル11が配置されている。コイルアレイを有する渦流探傷プローブ10においては、マルチプレクサを備えた制御回路(図略)によって、各コイル11の状態を切り替えることができ、送信コイルとして機能するコイル11と、受信コイルとして機能するコイル11を電気的に切り替えられる。
【0026】
コイル11の切り替えによる代表的な測定モードとして、軸方向モード(axial mode)と、横方向モード(transverse mode)が挙げられる。それぞれの測定モードにおけるコイル11の状態を
図2(a),(b)に示す。図では、被検査材Mの表面において、上方にコイル11が配置される位置を円で表示し、被検査材Mの表面に発生する渦電流ECを破線で表示している。また、送信コイルとなるコイル11を符号「T」で表示し、受信コイルとなるコイル11を符号「R」で表示するとともに、送信コイルと受信コイルを結ぶ方向である送受信方向を、矢印にて表示している。
【0027】
軸方向モードにおいては、
図2(a)のように、異なるコイル列A1,A2に含まれるコイル11を、送信コイルおよび受信コイルとして用いる。具体的は、第一のコイル列A1に送信コイルTを設定し、隣の第二のコイル列A2を構成するコイル11のうち、送信コイルTに隣接するコイル11を受信コイルRとして設定した第一の状態と、第一の状態において受信コイルRであったコイルを送信コイルT
2として設定し、第一のコイル列にA1おいて送信コイルTあったコイルに隣接するコイルを受信コイルR
2として設定した第二の状態とを高速で切り替えながら、計測を行う。この際、送受信方向は、各コイル列A1,A2が延びる方向(y方向)に交差した、複数のコイル列A1,A2の並び方向(x方向)に近いものとなる(第一の方向)。
【0028】
一方、横方向モードにおいては、
図2(b)のように、同一のコイル列A1またはA2に含まれるコイル11を、送信コイルおよび受信コイルとする。具体的には、第一のコイル列A1に送信コイルTと受信コイルRを相互に隣接して設定した第一の状態と、第二のコイル列A2に送信コイルT
2と受信コイルR
2を相互に隣接して設定した第二の状態とを高速で切り替えながら、計測を行う。この際、送受信方向は、各コイル列A1,A2が延びる方向(y方向)に沿ったものとなる(第二の方向)。
【0029】
このように、コイルアレイを備えた渦流探傷プローブ10を用いれば、送受信方向を、相互に交差する第一の方向とした計測と、第二の方向とした計測を、同じ計測位置に対して、電気的な制御のみによって切り替えて行うことができる。また、多数のコイル11がコイル列A1,A2をなしていることで、コイル列A1,A2に沿った広い領域に対して、計測を同時に行うことができる。さらに、渦流探傷プローブ10を、被検査材Mの表面で移動させることで(運動S)、被検査材Mの表面の広い領域に対して、二次元的に探傷を行うことができる。
【0030】
なお、渦流探傷プローブ10は、相互に交差する第一の方向および第二の方向に送受信方向を向けた渦流探傷測定を行えるものであれば、コイルアレイ型のものでなくてもよい。コイル11を3つ以上有するものであれば、電気的制御によって送信コイルと受信コイルを切り替えることで、第一の方向および第二の方向に送受信方向を向けた測定を行うことができる。さらに、コイル11を2つのみ有する渦流探傷プローブであっても、被検査材Mの表面で、渦流探傷プローブを配置する方向を変更することで、第一の方向および第二の方向に送受信方向を向けた測定を行うことができる。
【0031】
本実施形態にかかる渦流探傷装置1において、演算部20は、渦流探傷プローブ10で得られた検出信号、つまり受信コイルで検出された磁場の大きさを示す信号を入力され、その検出信号に基づいた演算を行う。演算部20は、コンピュータ等として構成することができる。演算部20は、渦流探傷プローブ10による渦流探傷測定を制御する制御部を兼ねるものであってもよい。
【0032】
本実施形態にかかる渦流探傷装置1は、上記で説明した渦流探傷プローブ10および演算部20、また渦流探傷プローブ10の各コイル11を電気的に制御する制御回路に加えて、渦流探傷プローブ10を被検査材Mの表面に沿って移動させる移動手段等、渦流探傷に必要とされる各種の部材を備えてもよい。ただし、渦流探傷装置1の構造の簡素化のため、被検査材Mを磁化させるための磁石等、下に説明する本発明の実施形態にかかる渦流探傷方法の実行に必要のない部材は、渦流探傷装置1に設けられないことが好ましい。
【0033】
[渦流探傷方法]
次に、本発明の一実施形態にかかる渦流探傷方法について説明する。本実施形態にかかる渦流探傷方法は、上記で説明した渦流探傷装置1を用いて実施することができる。
【0034】
本渦流探傷方法においては、被検査材Mの表面において、渦流探傷プローブ10を用いた渦流探傷測定として、送受信方向を第一の方向に向けて渦流探傷を行う第一の検査工程と、送受信方向を第二の方向に向けて渦流探傷を行う第二の検査工程を実施する。ここで、第二の方向は、第一の方向に交差する方向であり、ともに被検査材Mの表面の面内における方向である。さらに、演算部20において、第一の検査で得られた検出信号と、第二の検査で得られた検出信号に基づいて、後に詳しく説明する判定工程を実施する。コイルアレイを備えた渦流探傷プローブ10を用いる場合に、第一の検査工程として、
図2(a)に示した軸方向モードでの渦流探傷を行い、第二の検査工程として、
図2(b)に示した横方向モードでの渦流探傷を行えばよい。
【0035】
判定工程においては、被検査材Mの表面の欠陥の形状の異方性と、渦流探傷において検出される信号の強度における異方性との関係を利用して、被検査材Mの表面に存在する欠陥の種類を区別する。渦流探傷においては、被検査材Mの表面に存在する傷等の欠陥が、渦電流ECが流れる方向に、直角またはそれに近い角度で交差する形状を有するものであれば、その欠陥が渦電流ECに対して与える擾乱が大きくなり、その欠陥の位置で渦電流ECによって発生する磁場の変化量が大きくなる。一方、被検査材Mの表面に存在する傷等の欠陥が、渦電流ECが流れる方向、またはそれに近い方向に沿った形状を有するものであれば、その欠陥が渦電流ECに対して与える擾乱が小さく抑えられ、その欠陥の位置で渦電流ECによって発生する磁場の変化量が小さなものとなる。
【0036】
よって、送信コイルで渦電流ECを発生させ、渦電流ECによって発生する磁場を受信コイルで検出する場合に、受信コイルで検出される磁場の変化量は、被検査材Mの表面に形成された欠陥が、送信コイルと受信コイルを結ぶ送受信方向に沿った方向か、それに近い方向に沿って大きな領域を占める場合に、大きくなる。つまり、コイルアレイを備えた渦流探傷プローブ10を用いる場合に、
図2(a)に示すように、コイル列A1,A2に直交する方向(x方向)かそれに近い方向に延びた形状を有する傷等の欠陥S1が、被検査材Mの表面に形成されていれば、軸方向モードでの検査において、検出される磁場の変化量が大きくなる。一方、横方向モードでの検査では、検出される磁場の変化量は小さな範囲に留まる。これに対し、
図2(b)に示すように、コイル列A1,A2に沿った方向(y方向)かそれに近い方向に延びた形状を有する傷等の欠陥S2が、被検査材Mの表面に形成されていれば、横方向モードでの検査において、検出される磁場の変化量が大きくなる。一方、軸方向モードでの検査では、検出される磁場の変化量は小さな範囲に留まる。
【0037】
このように、被検査材Mの表面に形成された欠陥が、
図2(a),(b)に示す欠陥S1,S2のように、異方性の高い形状を有している場合に、それらの欠陥の存在する位置で、2つの異なる方向に送受信方向を向けて渦流探傷測定を行えば、それらの測定で得られる検出信号の強度に異方性が生じ、欠陥が延びる方向に送受信方向が近くなっている場合の方が、欠陥による信号強度の変化量が大きくなる。一方、被検査材Mの表面に形成された欠陥が、異方性の低い形状を有する場合には、送受信方向を異ならせて渦流探傷を行った場合の検出信号の変化量が、送受信方向によって大きくは異なりにくい。渦電流ECが欠陥を横切る領域の長さに、方向による差異が生じにくいからである。
【0038】
そこで、本実施形態にかかる渦流探傷方法においては、送受信方向を相互に異ならせて渦流探傷測定を実施した第一の検査工程(例えば軸方向モードの検査)と第二の検査工程(例えば横方向モードの検査)の少なくとも一方で、検出信号の変化として欠陥が検出された位置において、第一の検査工程で検出された信号強度と、第二の検査工程で検出された信号強度の差分を算出して、差分信号を得る。そして、その差分信号が大きいほど、検出された欠陥の形状の異方性が高いと判定する。さらに、欠陥には、種類、つまり特性や成因が異なることにより、被検査材Mの表面に現れる形状において、異方性の程度が異なるものも多いが、検出工程において得られる差分信号の大きさに基づいて、形状の異方性を指標として、欠陥の種類を区別することができる。第一の検査工程および第二の検査工程で取得する検出信号としては、Cスコープ画像(被検査材Mの表面の各位置において検出された交流磁場のピークトップ値を、グレースケールにて二次元的に表示したもの)を作成し、差分信号として、それらのCスコープ画像の各点において、第一の検査工程と第二の検査工程の信号強度の差分を算出した二次元画像を作成することが好ましい。
【0039】
図1に示すように、強磁性体よりなる被検査材Mの表面に、物理的な傷S1,S2と、不均一な透磁率の分布(磁気ムラ)Uが形成されている場合を例に、本実施形態にかかる渦流探傷方法について具体的に説明する。なお、被検査材Mは必ずしも強磁性体である必要はなく、非磁性体において、残存スケール等、磁気特性の異なる物質が表面に存在している形態等であってもよい。圧延材として構成された金属材においては、圧延前に傷が形成され、圧延工程においてその傷が引き延ばされることにより、一方向に線状に延びた異方性の高い傷が見られることがしばしばあり、図示した例においても、被検査材Mの表面には、線状の傷S1,S2が形成されている。この例では、x方向(
図1の横方向)に延びた傷S1と、y方向(
図1の奥行き方向)に延びた傷S2がともに存在しているものとする。圧延材の表面には、圧延後に、ショットブラストが施され、それまでの加工工程で表面に形成された皮膜状の酸化物や炭化物等の化合物が除去されることが多いが、ショットブラストのムラにより、酸化物や炭化物等の化合物が局所的に十分に除去されない領域が生じうる。それらの領域は、周囲の領域と透磁率が異なる材料が表面に存在するため、磁気ムラを構成する要因となる。この磁気ムラは、圧延後に形成されるうえ、ある程度の面積を有する領域を占めて形成されやすいため、金属表面における形状は、異方性の低いものとなることが多い。
図1に示した例でも、磁気ムラUは、x-y平面において、ある程度の領域を占めて島状に広がった形状をとっている。
【0040】
図3(a),(b)に、
図1の被検査材Mの表面に対して、渦流探傷プローブ10を用いて、それぞれ軸方向モードおよび横方向モードの渦流探傷測定を行って得られるCスコープ像を模式的に示す。画像では、被検査材Mの表面の各位置で検出された信号強度が高いほど、濃色で表示している。軸方向モードおよび横方向モードのいずれにおいても、2つの傷S1,S2と、1つの磁気ムラUが、周囲の領域とは異なる信号強度を与える領域として検出されている。軸方向モードと横方向モードで、傷S1,S2および磁気ムラUが出現する位置は、相互に同じになっているが、それらの欠陥S1,S2,Uが与える信号強度は、両者で異なっている。具体的には、x方向に延びた傷S1は、軸方向モードの画像において、高い信号強度で観測されているが、横方向モードの画像においては、信号強度が低くなっている。y方向に延びた傷S2は、逆に、軸方向モードの画像においては、信号強度が低くなっているのに対し、横方向モードの画像において、高い信号強度で観測されている。一方、磁気ムラUは、軸方向モードと横方向モードの両方の画像において、同程度の高い信号強度で観測されている。
【0041】
このように、線状に延びた異方性の高い形状を有する欠陥として形成された傷は、延びている方向に応じて、軸方向モードでの検査と横方向モードでの検査の一方において、高い信号強度を与え、他方では低い信号強度しか与えない。図示した状況において、軸方向モードでの検査における送受信方向が、被検査材Mの表面のx方向に近い方向を向いており、その送受信方向に近い方向であるx方向に延びた傷S1が、軸方向モードでの検査において高い信号強度で観測されている。一方、横方向モードでの検査における送受信方向は、被検査材Mのy方向に沿っており、その送受信方向に一致するy方向に延びた傷S2が、横方向モードでの検査において高い信号強度で観測されている。このように、形状の異方性の高い欠陥を渦流探傷測定によって観測すると、その欠陥が延びる方向に送受信方向が近い場合に、高い信号強度を与え、欠陥が延びる方向から送受信方向が遠くなった場合に、信号強度が低くなる。一方、形状の異方性の低い欠陥として形成された磁気ムラは、送受信方向によって、信号強度に大きな差を生じにくい。このように、渦流探傷において、送受信方向による信号強度の差に基づき、被検査材Mの表面の欠陥の形状における異方性を媒介として、欠陥の種類を識別することが可能となる。
【0042】
本実施形態における渦流探傷方法においては、上記で説明した送受信方向による信号強度の差を敏感に検知する方法として、送受信方向の異なる検査で得られた信号強度に対して差分をとり、差分信号を算出する。
図3(a)の軸方向モードのCスコープ画像と、
図3(b)の横方向モードのCスコープ画像の信号強度の差分をとった差分像を、
図3(c)に示す。軸方向モードおよび横方向モードにおける各位置(各画素)の信号値を、それぞれI
1およびI
2として、差分像の各画素の値ΔIは、下の式(1)のように表現される。
ΔI=|I
1-I
2| (1)
なお、コイルアレイを有する汎用的な渦流探傷プローブ10を用いる場合に、横方向モードで得られる画像において、コイル列A1,A2に沿った方向における空間分解能が、軸方向モードの半分となるため、線形補間等によって両モードのCスコープ画像の画素数を揃えてから、式(1)の演算を行えばよい。
【0043】
図3(c)の差分像においては、2つの傷S1,S2に対応する像が鮮明に表示されている。これは、傷S1,S2の形状の異方性により、軸方向モードと横方向モードとで検出される信号強度に大きな差が生じていることによる。
図3(a),(b)のように、x方向に延びた傷S1は軸方向モードにおいて、y方向に延びた傷S2は横方向モードにおいて、信号強度が高くなっているが、式(1)に示されるように、差分像においては、両モードにおいて得られる信号強度の差の絶対値をとっているため、差分像においては、いずれの方向に延びた傷S1,S2も、正方向の強度をもって、同程度に鮮明に現れる。一方、磁気ムラUに対応する像は、
図3(a),(b)の軸方向モードおよび横方向モードのCスコープ画像では鮮明に観測されるにもかかわらず、
図3(c)に示すように、差分像においては、明確に識別できるだけの信号強度を与えない。これは、軸方向モードと横方向モードとで、磁気ムラUに対応する信号強度がほぼ違わないことにより、差分信号が強度を有さないか、ごく低い強度を示すのみであるためである。
【0044】
このように、差分像においては、物理的な傷のように形状の異方性の高い欠陥は、高い信号強度を与える一方、磁気ムラのように形状の異方性の低い欠陥は、信号強度を実質的に有さないか、低い信号強度しか与えない。つまり、軸方向モードか横方向モードの少なくとも一方の観察像において欠陥が観測された場合に、差分像において、その欠陥に対応する位置に、大きな値が表示されているほど、その位置に異方性の高い欠陥が生じていると判定することができる。欠陥の異方性自体は、軸方向モードあるいは横方向モードのCスコープ画像そのものにおいて、画像解析を行い、欠陥の形状を分析すれば、判定することができるが、2方向の測定で得られたCスコープ画像の差分をとって差分像を取得し、その差分像における各位置の数値の大きさを単純に判定することで、2次元的な画像解析によらなくても、欠陥の形状の異方性の程度を、簡便に、また明快に判定することができる。また、差分像においては、2方向の測定で得られた像そのものよりも、欠陥のない領域との間の信号のコントラストが高くなるため、欠陥の認識において、感度を高めることができる。さらに、差分像では差分値を絶対値で表示するので、
図1の傷S1と傷S2のように、形状に異方性のある欠陥において、異方性の方向が異なっている場合にも、その方向に依存せず、同程度の信号強度が得られ、同程度の異方性を有する欠陥であると判定できる。
【0045】
差分像を用いて、欠陥の形状の異方性を判定する方法の応用として、差分像に基づいて、欠陥の種類を判別することができる。上に説明したとおり、物理的な傷は異方性の高い形状を有しやすく、磁気ムラは異方性の低い形状をとりやすいというように、欠陥の種類によって形状の異方性の程度が異なる場合も多く、そのような場合に、差分像の信号強度が所定の範囲にあることで、特定の種類の欠陥が形成されていると判定することができる。例えば、
図1に示した例のように、被検査材Mの表面に形成されうる欠陥の候補として、形状の異方性が高い第一種の欠陥(ここでは傷S1,S2)と、形状の異方性が低い第二種の欠陥(ここでは磁気ムラU)とが存在する場合に、差分像において、ある欠陥に対応する位置で得られる差分値が、所定の閾値以上であれば、検出された欠陥が第一種の欠陥であると判定し、差分信号が閾値未満であれば、検出された欠陥が、第二種の欠陥であると判定することができる。
【0046】
さらに、第一種の欠陥のみ、あるいは第二種の欠陥のみを、欠陥として選択的に検知し、他方は存在していても検知しないようにする場合には、それぞれ差分信号が所定の閾値以上、あるいは閾値未満である場合のみ、欠陥であると認識するようにすればよい。例えば、鋼材等の金属材において、表面に傷が存在すると、鋼材の品質に影響が生じる可能性があるため、渦流探傷によって検出し、除去等の対策を施すことが求められるが、磁気ムラを与える局所的な酸化や炭化が起こっていても、鋼材の品質に与える影響は小さいため、磁気ムラを欠陥として検出する必要はない。このような場合には、得られた差分像における差分値が所定の閾値以上である場合のみ、欠陥として認識すべき欠陥が存在すると判定し、演算部20から検査者に対する通知等を行うことが好ましい。差分像における差分値がその閾値未満に留まる場合には、欠陥が存在すると認識せず、作業者に対する通知も行わない。
【0047】
閾値以上の差分値の抽出には、例えば、差分像にハイパスフィルタを適用してオフセットを除去し、信号が残っている領域を、閾値以上の差分を有する欠陥であると認識すればよい。ハイパスフィルタによって設定される閾値は、認識する必要のない異方性の低い欠陥に対応する差分値よりも高く、かつ認識すべき異方性の高い欠陥に対応する差分値よりも低い水準としておけばよい。認識する必要のない異方性の低い欠陥が、ほぼ等方的な形状を有し、差分値が実質的にゼロとなるようであれば、そのような欠陥が生じている領域、あるいは何も欠陥が生じていない領域で、差分値に生じるノイズを上回るように、閾値を設定しておけばよい。逆に、傷のような異方性の高い欠陥を無視し、磁気ムラのような異方性の低い欠陥のみを欠陥として認識したい場合には、2方向の渦流探傷検査の少なくとも一方で欠陥が存在すると認識された領域のうち、ローパスフィルタの適用等により、所定の閾値未満の差分値を与える領域のみ、欠陥として認識すればよい。
【0048】
このように、本実施形態にかかる渦流探傷方法を用いることで、被検査材Mの表面において、形状の異方性の程度が異なる欠陥の種類を区別して、検出することができる。欠陥の種類の識別を、形状の異方性によって生じる、2方向の測定における信号強度差のみに基づいて行っているため、被検査材Mが強磁性体である場合でも、磁化や消磁等、欠陥の状態そのものを変化させるための操作を行う必要はない。また、送受信方向を2とおりに変化させて渦流探傷を行うことさえできれば、渦流探傷のために特別な装置を用いる必要はなく、コイルアレイ型のものをはじめとして、汎用的な渦流探傷プローブ10を好適に利用することができる。よって、渦流探傷装置および渦流探傷方法が、簡素なもので済む。
【0049】
コイルアレイを備えた渦流探傷プローブ10を用いる場合には、軸方向モードと横方向モードのように、送受信方向を変えて渦流探傷を行う際に、送受信方向を変えても、欠陥が検出される箇所のずれは、ほぼ起こらず、欠陥の形状に異方性がなければ、信号強度にもほぼ差が生じない。よって、2つの送受信方向の検査で得られた信号値に基づいて、差分信号を算出する際に、適宜、線形補間等によって検査像の画素数を揃えたうえで、上記式(1)に示したように、単純に両信号値I1,I2の差の絶対値をとるだけで、欠陥形状の異方性に起因する信号強度の異方性を、精度よく評価することができる。しかし、具体的な装置の状態や計測方法等の影響で、送受信方向を変えた際に、欠陥が検出される位置に大きな差が生じる場合や、形状に異方性を有する欠陥がなくても信号強度に大きな差が生じる場合には、適宜、信号位置や信号強度に対する補正を行ったうえで、差分をとってもよい。
【0050】
2とおりの送受信方向で渦流探傷を行う際に、適用する周波数(送信コイルで発生させ、受信コイルで検出される交流磁場の周波数)等、具体的な条件は、検知したい欠陥を正確に、また感度良く検知できるように、適宜設定すればよい。例えば、上記で説明した金属材の表面の傷S1,S2のように、細長い欠陥を検出したい場合には、軸方向モードの検査と横方向モードの検査とで、異なる周波数にて渦流探傷を行うことが好ましい。2つの送受信方向の中間の方向、あるいはそれに近い方向に欠陥が延びている場合には、同じ周波数で送受信方向を異ならせた渦流探傷を行うと、欠陥の形状の異方性が高いにもかかわらず、式(1)のように、2とおりの方向の検査で得られた信号の差分をとった際に、差分値が小さくなり、形状に高い異方性を有する欠陥として認識しにくくなる可能性がある。しかし、2つの送受信方向の渦流探傷を異なる周波数で行えば、欠陥の存在が渦電流ECに与える影響の程度が周波数によって異なることにより、得られる信号強度に生じる差が大きくなりやすい。すると、式(1)のように差分をとった際に、差分値として比較的大きな値が得られ、形状に高い異方性を有する欠陥として認識しやすくなる。
【0051】
また、2つの送受信方向での渦流探傷によって得られた信号値の差分を取ることで、傷の具体的な形状や寸法によらず、形状に異方性を有する傷を選択的に検知することが可能であるが、コイル11の径に対して、傷の長さ(傷が延びている方向の寸法)が小さすぎると、形状の異方性による信号値の差が小さくなり、傷の選択的検知が難しくなる可能性がある。形状に異方性のある傷としての認識の精度を高める観点から、想定される傷の長さが、コイル径の半分以上、さらにはコイル径以上となるように、用いる渦流探傷プローブ10を選定すればよい。
【実施例0052】
以下に本発明を実施例により具体的に説明する。本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0053】
[試験方法]
試験試料として、炭素鋼よりなる圧延材を準備した。圧延後に、ショットブラスト処理により、表面の被膜を除去したが、この際、意図的に、ショットブラストの仕上がりに不均一な分布を形成した。これにより、表面の一部に被膜が残り、磁気ムラを与える試料が得られた。さらに、その磁気ムラとずれた2か所に、長さ10mm、深さ0.5mmの線状の傷を、人工的に設けた。2か所の傷の方向は同じにした。
【0054】
上記で準備した試料に対して、渦流探傷測定を行った。この際、渦流探傷プローブとして、32チャンネルのコイルアレイを有するものを用いた。測定は、軸方向モードと横方向モードの2とおりで行った。この際、コイルアレイにおけるコイル列の方向が、傷の長さ方向に直交するように、試験試料に対して渦流探傷プローブを配置した。渦流探傷に際し、被検査材の磁化や消磁は行っていない。
【0055】
[試験結果]
図4(a),(b)に、軸方向モードおよび横方向モードの渦流探傷測定によって得られたCスコープ画像を示す。各画像は、信号強度が高い箇所が明るく、信号強度が低い箇所が暗くなったグレースケールにて表示している。
図4(a)に、位置A,B,Cとして表示するように、軸方向モードの画像において、3か所、信号強度が周囲よりも高くなった箇所が存在している。試料表面を目視した結果と照合すると、位置Aおよび位置Bに、画像横方向に沿って傷が形成されており、位置Cにショットブラストのムラによる磁気ムラが形成されている。つまり、軸方向モードでは、傷と磁気ムラの両方が、周囲よりも信号強度が高くなった領域として検出されている。磁気ムラに対応する領域は、傷に対応する領域よりも、広い面積にわたって、ぼんやりと明るく観測されており、磁気ムラの方が、傷よりも、形状の異方性が低くなっていることが確認される。
【0056】
次に、
図4(b)の横方向モードの画像を見ると、軸方向モードで周囲よりも信号強度の高い領域として観測された位置A,B,Cにおいて、周囲と信号強度が異なる領域が観測されており、横方向モードの測定でも、傷および磁気ムラが検出されていることが分かる。しかし、それらの信号強度を周囲の領域と比較した際の挙動は、軸方向モードの場合とは異なっている。つまり、傷が形成された位置A,Bの信号強度が、軸方向モードでは周囲の領域に比べて高くなっていたのに対し、横方向モードでは周囲の領域に比べて低くなっている。磁気ムラが形成された位置Cにおいては、横方向モードでも、軸方向モードと同様に、信号強度が周囲の領域に比べて高くなっている。
【0057】
横方向モードの画像の縦方向(コイル列方向)の画素数が倍になるように線形補間を行い、軸方向モードの画素数に揃えたうえで、式(1)に示すとおり、各画素における信号強度の差分を求めた差分像を、
図4(c)に示す。傷に対応する位置A,Bにおいては、軸方向モードと横方向モードで、周囲の領域と比較した信号強度の挙動が逆になっていることに対応して、
図4(c)の差分像において、高い強度が得られている。周囲の領域とのコントラストも、
図4(a)の軸方向モードの像よりも高くなっている。一方、磁気ムラに対応する位置Cにおいては、差分像において、ノイズレベルを超えて明確に周囲の領域とは異なる正方向の信号強度の分布は見られない。これは、位置Cにおいては、軸方向モードと横方向モードの両方で、周囲の領域よりも高い信号強度が得られており、差分をとった際に、それらの信号強度の変化が相殺されたためである。
【0058】
このように、差分像において、形状に高い異方性を有する欠陥である傷は、周囲の領域と明確なコントラストを有する領域として得られるのに対し、形状の異方性の低い欠陥である磁気ムラは、周囲の領域と明確に区別される領域としては認識されない。このように、送受信方向を異ならせた2とおりの測定で得られた信号強度の差分をとることで、形状の異方性に基づいて、欠陥の種類を識別することができ、大きな差分値を与えるほど、その欠陥が形状に高い異方性を有していると判定することができる。
図4(c)の差分像において、欠陥が形成されていない領域において生じているノイズよりも少し高い水準に閾値を設定し、その閾値よりも大きな差分値が得られている領域を抽出することで、傷が生じている領域を、磁気ムラが生じている領域と区別して、明確に特定することができる。
【0059】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。