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特開2023-183302陽極配置構造、溶融塩電解槽及び、金属の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183302
(43)【公開日】2023-12-27
(54)【発明の名称】陽極配置構造、溶融塩電解槽及び、金属の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C25C 7/02 20060101AFI20231220BHJP
   C25C 7/00 20060101ALI20231220BHJP
   C22B 5/00 20060101ALI20231220BHJP
【FI】
C25C7/02 308Z
C25C7/00 302
C22B5/00
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022096842
(22)【出願日】2022-06-15
(71)【出願人】
【識別番号】390007227
【氏名又は名称】東邦チタニウム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000523
【氏名又は名称】アクシス国際弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小林 純也
(72)【発明者】
【氏名】林 辰美
(72)【発明者】
【氏名】浦川 悟
【テーマコード(参考)】
4K001
4K058
【Fターム(参考)】
4K001AA27
4K001AA38
4K001BA08
4K001DA05
4K001DA11
4K001GA19
4K001HA02
4K058BA05
4K058BB05
4K058CB05
(57)【要約】
【課題】陽極の酸化消耗を良好に抑制することができる陽極配置構造、溶融塩電解槽及び、金属の製造方法を提供する。
【解決手段】この発明の陽極配置構造は、内部の溶融塩浴で電気分解を行う溶融塩電解槽1の蓋体4に、陽極3aを配置する構造であって、溶融塩電解槽1が備える槽本体2の開口部を覆うことに用いられ、貫通孔4aを設けた蓋体4と、前記蓋体4の前記貫通孔4aを突き抜けて溶融塩電解槽1の内外にわたって配置される陽極3aとを有し、溶融塩電解槽1の内部と外部との境界にある前記貫通孔4aの内側に位置する陽極境界部分3dの周囲に、不活性ガスを供給し、前記陽極境界部分3dの周囲の酸素濃度を低下させるガス供給部6が設けられたものである。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
内部の溶融塩浴で電気分解を行う溶融塩電解槽の蓋体に、陽極を配置する構造であって、
溶融塩電解槽が備える槽本体の開口部を覆うことに用いられ、貫通孔を設けた蓋体と、前記蓋体の前記貫通孔を突き抜けて溶融塩電解槽の内外にわたって配置される陽極とを有し、
溶融塩電解槽の内部と外部との境界にある前記貫通孔の内側に位置する陽極境界部分の周囲に、不活性ガスを供給し、前記陽極境界部分の周囲の酸素濃度を低下させるガス供給部が設けられている陽極配置構造。
【請求項2】
前記陽極境界部分の周囲に設けられ、前記ガス供給部からの不活性ガスを前記陽極境界部分の周囲に流すガス送り流路を有する請求項1に記載の陽極配置構造。
【請求項3】
前記ガス供給部に連通し、前記陽極境界部分の周囲の少なくとも一部を取り囲んで配置されて前記ガス送り流路の少なくとも一部を構成するガス送り配管を有し、
前記ガス送り配管に、前記陽極境界部分に向けて不活性ガスを吹き付けるガス噴射口が設けられている請求項2に記載の陽極配置構造。
【請求項4】
前記ガス噴射口が、前記陽極境界部分の周囲で互いに間隔をおいて複数個設けられている請求項3に記載の陽極配置構造。
【請求項5】
前記貫通孔の内側にて前記陽極境界部分の周囲で、前記ガス送り流路よりも溶融塩電解槽の外部側及び内部側に配置された断熱材を有する請求項2に記載の陽極配置構造。
【請求項6】
前記陽極の周囲で、前記ガス送り流路よりも溶融塩電解槽の外部側の前記断熱材のさらに外部側に配置された遮蔽材を有する請求項5に記載の陽極配置構造。
【請求項7】
内部の溶融塩浴で電気分解を行う溶融塩電解槽であって、
槽本体と、前記槽本体の開口部を覆うことに用いられ、貫通孔を設けた蓋体と、前記蓋体の前記貫通孔を突き抜けて当該溶融塩電解槽の内外にわたって配置される陽極とを備え、
請求項1~6のいずれか一項に記載の陽極配置構造を有する溶融塩電解槽。
【請求項8】
金属塩化物を含む溶融塩浴にて前記金属塩化物の電気分解を行い、金属を製造する方法であって、
請求項7に記載の溶融塩電解槽を使用する、金属の製造方法。
【請求項9】
前記ガス供給部からの不活性ガスの供給流量を0.5NL/min以上とする、請求項8に記載の金属の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、内部の溶融塩浴で電気分解を行う溶融塩電解槽の蓋体への陽極配置構造、溶融塩電解槽及び、金属の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
たとえば、クロール法による金属チタンの製造時に副次的に生成される塩化マグネシウムを金属マグネシウムと塩素に分解する際には、溶融塩電解槽を用いて、その内部を溶融塩浴として溶融塩の電気分解が行われる。かかる溶融塩電解では一般に、溶融塩電解槽の内部の溶融塩浴に浸した電極間に電圧を印加することにより、塩化マグネシウム等の溶融塩である金属塩化物が、金属マグネシウム等の金属と塩素等のガスとに分解される。
【0003】
溶融塩電解槽で用いられる電極のうち、陽極は、槽本体の開口部を覆蓋する蓋体に設けた貫通孔を突き抜けて、溶融塩電解槽の内外にわたって延びるように配置されることがある。陽極は、溶融塩電解槽の内部に位置する部分を溶融塩浴に浸漬させる一方で、溶融塩電解槽の外部に位置する部分を電源に接続して使用される。
【0004】
このような陽極の配置構造では、蓋体と、その蓋体の貫通孔に通して配置される陽極との間に隙間が生じ得る。溶融塩電解槽の内部の気密性を確保して溶融塩電解で発生し得る塩素等の漏出を防止することや、溶融塩浴と電解槽外部の大気との接触を防止することを目的として、上記の隙間には所定の材料ないし部材を充填する場合がある。
【0005】
これに関し、特許文献1では、「陽極において蓋体の貫通孔内に位置する部分は、電解槽内部の溶融塩浴の影響を受けやすく比較的高温になる。また、陽極の貫通孔内に位置する当該部分には、電解槽の外部の大気に近いことから、大気中の酸素が到達し得る。これらのことが原因となり、黒鉛製の陽極は使用するに伴って、その貫通孔内に位置する部分が酸化消耗し、最終的にはそこで折損することがある。当該酸化消耗は電気抵抗の増大、ひいては電力コストの増加を招き、折損すれば新しいものと交換することを余儀なくされる。」との問題に着目している。
【0006】
そして、この問題を解決するため、特許文献1は、「内部の溶融塩浴で溶融塩電解を行う電解槽、前記電解槽の開口部を覆蓋する蓋体、及び、黒鉛製の陽極を含む電極を備える溶融塩電解装置における、前記蓋体に対する前記陽極の配置構造であって、貫通孔を有する蓋体と、前記蓋体の前記貫通孔を通って配置される陽極とを有し、前記陽極が、少なくとも前記貫通孔内に位置する表面に形成されたリン酸塩又はアルミナチタニアを含む被覆層を含み、前記陽極と前記蓋体との間に、一個以上の黒鉛ブロックが前記陽極の表面に接触して配置されてなる陽極配置構造」を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2021-21133号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1に記載された陽極配置構造では、所定の被覆層及び黒鉛ブロックにより、陽極の酸化消耗が抑えられるので、陽極の寿命を有効に延ばすことができる。そのような被覆層及び黒鉛ブロックを設けることに代えて又は加えて、陽極の酸化消耗を抑制するための他の対策を講ずることが望まれる場合がある。
【0009】
この発明の目的は、陽極の酸化消耗を良好に抑制することができる陽極配置構造、溶融塩電解槽及び、金属の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者は鋭意検討の結果、溶融塩電解槽の内部と外部との境界であって蓋体の貫通孔の内側に位置する陽極境界部分が、内部の溶融塩浴の影響で比較的高温になる他、その周囲の酸素濃度が、外部の大気の僅かな流入によって高くなることに着目した。これに対し、発明者は、陽極境界部分の周囲に不活性ガスを供給し、その周囲の酸素濃度を低下させることを案出した。このようにして陽極境界部分の周囲の酸素濃度を低くすれば、そこでの陽極の酸化が効果的に抑制される。なお、必要に応じて、不活性ガスを溶融塩電解槽の外部と同程度の温度又はそれより低い温度で陽極境界部分の周囲に供給することも可能である。この場合、上記の不活性ガスによって、酸素と接触しうる陽極境界部分を冷却できるので、陽極の酸化がより効果的に抑制される。
【0011】
この発明の陽極配置構造は、内部の溶融塩浴で電気分解を行う溶融塩電解槽の蓋体に、陽極を配置する構造であって、溶融塩電解槽が備える槽本体の開口部を覆うことに用いられ、貫通孔を設けた蓋体と、前記蓋体の前記貫通孔を突き抜けて溶融塩電解槽の内外にわたって配置される陽極とを有し、溶融塩電解槽の内部と外部との境界にある前記貫通孔の内側に位置する陽極境界部分の周囲に、不活性ガスを供給し、前記陽極境界部分の周囲の酸素濃度を低下させるガス供給部が設けられたものである。
【0012】
上記の陽極配置構造は、前記陽極境界部分の周囲に設けられ、前記ガス供給部からの不活性ガスを前記陽極境界部分の周囲に流すガス送り流路を有することが好ましい。
【0013】
この場合、具体的には、上記の陽極配置構造は、前記ガス供給部に連通し、前記陽極境界部分の周囲の少なくとも一部を取り囲んで配置されて前記ガス送り流路の少なくとも一部を構成するガス送り配管を有し、前記ガス送り配管に、前記陽極境界部分に向けて不活性ガスを吹き付けるガス噴射口が設けられたものとすることがある。
【0014】
前記ガス噴射口は、前記陽極境界部分の周囲で互いに間隔をおいて複数個設けられていることが好ましい。
【0015】
上記の陽極配置構造は、前記貫通孔の内側にて前記陽極境界部分の周囲で、前記ガス送り流路よりも溶融塩電解槽の外部側及び内部側に配置された断熱材を有することが好ましい。
【0016】
この陽極配置構造は、前記陽極の周囲で、前記ガス送り流路よりも溶融塩電解槽の外部側の前記断熱材のさらに外部側に配置された遮蔽材を有することがより一層好適である。
【0017】
この発明の溶融塩電解槽は、内部の溶融塩浴で電気分解を行う溶融塩電解槽であって、槽本体と、前記槽本体の開口部を覆うことに用いられ、貫通孔を設けた蓋体と、前記蓋体の前記貫通孔を突き抜けて当該溶融塩電解槽の内外にわたって配置される陽極とを備え、上記のいずれかの陽極配置構造を有するものである。
【0018】
この発明の金属の製造方法は、金属塩化物を含む溶融塩浴にて前記金属塩化物の電気分解を行い、金属を製造する方法であって、上記の溶融塩電解槽を使用するというものである。
【0019】
上記の金属の製造方法では、前記ガス供給部からの不活性ガスの供給流量を0.5NL/min以上とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0020】
この発明によれば、陽極の酸化消耗を良好に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】この発明の一の実施形態の陽極配置構造を適用することができる溶融塩電解槽の一例を示す、深さ方向に沿う断面図である。
図2図1のII-II線に沿う陽極を含む電極の断面図である。
図3図1の溶融塩電解槽が備える陽極配置構造を拡大して示す、陽極の厚み方向に沿う縦断面図である。
図4図3のIV-IV線に沿う断面図である。
図5】他の実施形態の陽極配置構造を示す、図4と同様の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に図面を参照しながら、この発明の実施の形態について詳細に説明する。
図1に例示する溶融塩電解槽1は、たとえばAl23を含有する耐火煉瓦その他の適切な材料からなる容器状の槽本体2と、槽本体2の上方側の開口部を覆蓋する蓋体4と、陽極3a及び陰極3bを含む電極3とを備える。なお、溶融塩電解槽1はさらに、図示しないが、槽本体2の内部の回収室2b等に配置されて溶融塩浴の温度調整を行う温度調整管等の熱交換器を備えることがある。
【0023】
ここで、この溶融塩電解槽1は、槽本体2の内部に、図1に示すところでは実質的に深さ方向(図1の上下方向)に沿って配置された隔壁5をさらに備えるものである。隔壁5により、槽本体2の内部は、図1の右側に位置して電極3が配置された電解室2aと、左側に位置し、電解室2aでの電気分解により得られた溶融金属が流れ込んで該溶融金属が溶融塩との密度差により上方側に溜まる回収室2bとに区画される。隔壁5は、槽本体2の上方側の蓋体4に近接させて配置されている。これにより、槽本体2の下方側の底面との間に、回収室2bから電解室2aへの溶融塩の移動を可能にする溶融塩循環路5aが形成されている。また、隔壁5内に設けた溶融金属流路5bにより、電解室2aから回収室2bへの溶融金属の流入が可能になる。
【0024】
またここで、電解室2aに配置された電極3は、図示しない電源に接続される陽極3a及び陰極3bを有する。これらの陽極3a及び陰極3bでは、たとえばMgCl2→Mg+Cl2等といった所定の反応に基づいて、陽極3aの表面で酸化反応により塩素等のガスが生じるとともに、陰極3bの表面で還元反応により金属マグネシウム等の溶融金属が生成される。
【0025】
電極3は、少なくとも陽極3a及び陰極3bを有するものであれば、溶融塩中の金属塩化物の電気分解を行うことができる。一方、電極3は、電気分解の生成効率向上等の観点より、図2から解かるように、陽極3aと陰極3bとの間に、陽極3a及び陰極3b間への電圧の印加によって分極する一枚以上、たとえば二枚の複極3cをさらに有することが好ましい。但し、このような複極3cは必ずしも必要ではない。なお、陽極3aは黒鉛等の炭素製のものとすることが一般的である。また陰極3bは、炭素鋼製又は黒鉛等の炭素製、複極3cは黒鉛等の炭素製とすることがある。
【0026】
溶融塩電解槽1を用いて行うことのできる溶融塩電解では、たとえば、650℃~700℃程度の高温の溶融塩浴で塩化マグネシウムを電気分解することにより、図1に示すように、溶融金属として金属マグネシウム(Mg)が生成されるとともに、ガスとして塩素(Cl2)が発生する。なお、溶融塩電解で生成された金属マグネシウムは、金属チタンを製造するクロール法における四塩化チタンの還元に、また塩素ガスは、チタン鉱石の塩化にそれぞれ用いることができる。この電気分解の原料とする塩化マグネシウムとしては、クロール法で副次的に生成されるものを使用可能である。
【0027】
この溶融塩電解を詳説すると、溶融塩浴の対流により、図1に示すように、溶融塩が、回収室2bから槽本体2の底面側の溶融塩循環路5aを経て電解室2aに流動する。電解室2aでは、溶融塩浴中の塩化マグネシウムが電気分解されて、電解室2aで金属マグネシウムが生成される。そして、この金属マグネシウムは、隔壁5の浴面Sb側の溶融金属流路5bを通って回収室2bに流入する。その後、溶融塩に対する比重の小さい金属マグネシウムは、回収室2bの浅い箇所に浮上してそこに溜まる。回収室2bで浮上した金属マグネシウムは、図示しないポンプ等により回収することができる。したがって、これによれば、溶融塩浴中の塩化マグネシウム等の金属塩化物を電気分解することにより、金属マグネシウム等の金属を製造することができる。
【0028】
なお溶融塩浴には一般に、上記の塩化マグネシウムの他、支持塩を含む。この支持塩は、塩化マグネシウムと混合した際に晶出温度を低下させ、かつ、粘度を低下させる電解質である。支持塩は具体的には、塩化ナトリウム(NaCl)、塩化カルシウム(CaCl2)、塩化カリウム(KCl)、フッ化マグネシウム(MgF2)及びフッ化カルシウム(CaF2)からなる群から選択される少なくとも一種とすることができる。
【0029】
上述したような溶融塩電解槽1で用いる陽極3aは、図3に示すように蓋体4に設けられた貫通孔4aを突き抜けて通り、溶融塩電解槽1の内外にわたって延びるように配置される(図1参照)。陽極3aは、溶融塩電解槽1の内部に位置する部分を、その端部を含め部分的に溶融塩浴に浸漬させるとともに、溶融塩電解槽1の外部に位置する部分で電源に接続される。
【0030】
陽極3aは、溶融塩電解槽1の外部に位置する部分を冷却することが一般的であるが、高温の溶融塩浴に近接することに加えて、溶融塩電解槽1の内部に位置する部分を当該溶融塩浴に浸漬させることから、貫通孔4aの内側に位置する部分の温度が300℃~400℃程度まで上昇することがある。陽極3aの、貫通孔4aの内側に位置する部分は、溶融塩電解槽1の内部と外部との境界にあることから、陽極境界部分3dと称することがある。
【0031】
そして、溶融塩電解槽1の内部は一般に、電気分解で発生する塩素ガスが外部に漏出しないように吸引し、外部に対して負圧に維持する。このことから、貫通孔4aの内面と陽極3aとの間の隙間には外部から大気が入り込みやすく、陽極境界部分3dの周囲の酸素濃度は高くなる傾向がある。それに起因して、陽極3aは陽極境界部分3dで、大気中の酸素との接触によって酸化消耗が進み、最終的に折損して寿命が尽きる場合がある。
【0032】
これに対処するため、この実施形態では、図3及び4に示すように、陽極境界部分3dの周囲に不活性ガスを供給し、陽極境界部分3dの周囲の酸素濃度を、不活性ガスを供給しないときよりも低下させるガス供給部6を設ける。それにより、溶融塩電解時に陽極境界部分3dがある程度高温になったとしても、その周囲の酸素濃度が低いことから、陽極境界部分3dの酸化消耗が抑えられ、当該酸化消耗の進行を有効に遅らせることができる。その結果として、陽極3aの寿命を大きく延ばすことができる。なお、槽本体2の寿命に達する前に陽極3aの折損が生じると、溶融塩電解槽1の寿命は操業初期の想定より短くなり、メンテナンススケジュールや電気分解による金属の製造スケジュールに大きな影響を与えてしまうという不都合もある。前記陽極3aの寿命延長により、このような不都合を回避することも可能となる。また、陽極3aの酸化による減肉傾向が予め把握されていれば、陽極3aの寿命が槽本体2の寿命とほぼ同じになるように、不活性ガス供給の時期や期間等を設定することができる。この場合は不活性ガスを必要な分のみ使用するので、コストの観点から有利な操業が実現される。
【0033】
この実施形態の陽極配置構造は、陽極境界部分3dの周囲にガス送り流路7が設けられており、そのガス送り流路7で不活性ガスを、ガス供給部6から陽極境界部分3dの周囲に流す。この場合、陽極境界部分3dの周囲の酸素濃度を、より一層有効に低下させることができる。
【0034】
より詳細には、図示の陽極境界部分3dの周囲には、その周囲の少なくとも一部、図示の例では全周を取り囲んで配置されて、ガス供給部6に連通するガス送り配管8が設置されている。ガス送り配管8は、上述したガス送り流路7の少なくとも一部を構成し、ガス供給部6からの不活性ガスを陽極境界部分3dの周囲に送るものである。
【0035】
その上で、上記のガス送り配管8の、陽極境界部分3d側を向く内周側には、ガス噴射口8aが設けられている。ガス噴射口8aにより、ガス供給部6からガス送り配管8に送られた不活性ガスが、陽極境界部分3dに向けて吹き付けられるので、陽極境界部分3dの周囲の酸素濃度がさらに有効に低下しやすくなり、陽極境界部分3dの酸化消耗の進行をより効果的に遅延させることができる。陽極境界部分3dの多くの箇所で酸化消耗を抑制するとの観点から、ガス噴射口8aは、図4に示すように、陽極境界部分3dの周囲で互いに間隔をおいて複数個設けることが好適である。
【0036】
ガス送り配管8は、ガス供給部6からの不活性ガスを陽極境界部分3dの周囲に送ることができれば、陽極境界部分3dの周囲で、必ずしも全周にわたって延びるものであることは要せず、一部が途切れているものであってもよい。図示のような厚み方向に直交する断面が長方形状の陽極3aでは、ガス送り配管8は、少なくとも、その長方形の長辺側で延びるように設置することが望ましい。陽極境界部分3dの長辺側の表面での酸化消耗を遅らせて、そこでの厚みの減少、ひいては折損を抑制するためである。
【0037】
ガス供給部6から供給する不活性ガスとしては、アルゴンガス、ヘリウムガス及び窒素ガスからなる群から選択される少なくとも一種を用いることができる。なかでも、アルゴンガスは好適である。これは、大気中に含まれる酸素や窒素よりも重いアルゴンガスの不活性ガスが、酸素や窒素よりも優先して下方側の槽本体2側(溶融塩電解槽1の内部側)に流れるので、陽極境界部分3dよりも内部側の酸化消耗が抑制されるからである。
【0038】
ところで、貫通孔4aの内側で陽極境界部分3dの周囲には、図3に示すように、ガス送り流路7よりも溶融塩電解槽1の外部側(図3では上方側)及び内部側(図3では下方側)のそれぞれに、断熱材9を配置することが好適である。溶融塩電解槽1の内部側の断熱材9により、高温の溶融塩浴のある溶融塩電解槽1の内部からの熱の伝達が有効に抑制されるので、ガス送り配管8の温度上昇による腐食が抑えられる他、陽極3aの酸化消耗をさらに遅延化させることができる。また、溶融塩電解槽1の外部側の断熱材9により、ガス供給部6から供給された不活性ガスが外部へ漏出することが抑えられるので、陽極境界部分3dの周囲の酸素濃度を良好に低下させることができる。また仮に、後述するように、外部側の断熱材9のさらに外部側に遮蔽材10を配置する場合は、粒径の小さいものとすることがある遮蔽材10によるガス噴射口8aの閉塞が、外部側の断熱材9で抑制される。ガス送り流路7を構成するガス送り配管8の配置その他の態様によっては、ガス送り配管8よりも外部側及び内部側のみならず、貫通孔4aの内面との間等にも断熱材9を充填することもある。そのような場合、ガス送り配管8は、断熱材9の内部に埋め込まれた状態で配置され得る。
【0039】
断熱材9は、ガラスウール及び/又はセラミックファイバーを含むことが好ましい。この場合、熱伝導率が小さくなる他、作業時の取扱いが容易になる。なかでも、高純度のアルミナ・シリカを主成分とする人造無機繊維であるセラミックファイバーとして、生体溶解性セラミックファイバー、なかでもアルカリアースシリケートウール(AES)を用いたときは、作業者等の健康影響を十分少なくすることができる。
【0040】
また、陽極境界部分3dへの大気の到達を抑制するため、陽極3aの周囲で、ガス送り流路7よりも溶融塩電解槽1の外部側の断熱材9のさらに外部側に、遮蔽材10を配置して、遮蔽材10で当該断熱材9を覆うことができる。また、遮蔽材10を配置すれば、外部からの酸素の侵入を低減できるとともに、ガス供給部6から供給された不活性ガスの、外部への漏出が抑えられるので、陽極境界部分3dの周囲の酸素濃度をより効果的に低下させることができる。
【0041】
遮蔽材10は、溶融塩浴に含まれ得る成分、たとえばフッ化カルシウム、塩化カルシウム、塩化カリウム及び塩化マグネシウムからなる群から選択される少なくとも一種を含有するものとする場合がある。なかでも、メンテナンスの容易さやフレキシビリティ確保のため、遮蔽材10は、実質的に潮解性を示さず水分がほぼ含まれないフッ化カルシウムを含有するもの、具体的には蛍石とすることが好ましい。遮蔽材10は、質量基準でその98%以上が目開き149μmの篩を通過するサイズとすることができる。そのような粉状ないし粒状の遮蔽材10であっても、その内部側に断熱材9が配置されているので、溶融塩電解槽1の内部への落下がほぼ生じないようにすることが可能である。
【0042】
遮蔽材10は、図3に示すように、貫通孔4aの内側のみならず、その外側(溶融塩電解槽1の外部側)まで堆積させて配置することができる。この場合、貫通孔4aの外側に位置する粉状ないし粒状等の遮蔽材10が、蓋体4の表面上で周囲に散らばらないように、蓋体4上には、遮蔽材10の周囲を取り囲む枠状部材11を設けてもよい。
【0043】
なお、ガス送り配管8を設けない場合、たとえば、図5に示すように、蓋体4の貫通孔4aの内面と、溶融塩電解槽1の外部側及び内部側の各断熱材とで、ガス送り流路7を区画して形成してもよい。図5の陽極配置構造は、ガス送り配管を有しないことを除いて、図3及び4に示すものと実質的に同じものである。あるいは、図示は省略するが、ガス送り流路7を区画せず、陽極境界部分3dの周りにスペースを設け、そのスペースにガス供給部6から不活性ガスを供給するようにしてもよい。いずれにしても、ガス供給部6が設けられていれば、そこからの不活性ガスの供給により、陽極境界部分3dの周囲の酸素濃度が低下し、陽極境界部分3dの酸化を抑制することが可能である。
【0044】
上述したような溶融塩電解槽1を使用して、溶融塩浴で金属塩化物の電気分解を行うに当っては、少なくとも、電気分解の開始初期(たとえば、開始時から、好ましくは1か月以上、より好ましくは2ヶ月以上、さらに好ましくは3か月以上経過する時までの期間)に、ガス供給部6から不活性ガスを供給することが好ましい。これらの期間の経過後においてさらに不活性ガスの供給を継続してもよい。電気分解の開始初期に陽極境界部分3dが大きく酸化消耗し、そこで陽極3aの厚みが薄くなると、電圧が上昇して電力コストの増加を招くからである。但し、ガス供給部6から不活性ガスを供給する時期ないし期間は、溶融塩電解槽1の寿命や陽極3aの寿命もしくは必要な延命期間等の諸条件を考慮して適宜設定することができる。たとえば、溶融塩電解槽1の寿命が陽極3aの寿命よりも長いと見込まれる場合、その差分を埋め合わせる期間だけ、陽極3aの寿命が長くなるように、適切な時期に不活性ガスを供給すること等が考えられる。ガス供給部6からの不活性ガスの供給は、連続的又は断続的のいずれであってもかまわない。
【0045】
ガス供給部6から供給する不活性ガスの供給流量は、0.5NL/min以上とすることが好ましい。これにより、陽極境界部分3dの周囲の酸素濃度が十分に低下し、陽極境界部分3dの酸化をより一層良好に抑制できる場合がある。ガス供給部6からの不活性ガスの供給流量は、0.5NL/min以上かつ、5NL/min以下とすることがある。
【0046】
また、不活性ガスは、溶融塩電解槽1の外部の温度(たとえば15℃~45℃)と同程度又は、それよりも低い温度で、ガス供給部6に送って陽極境界部分3dの周囲に供給することが好ましい。そのようにすると、陽極境界部分3dが不活性ガスで冷却されるので、陽極3aの酸化をより一層効果的に抑制することができる。
【実施例0047】
次に、この発明の陽極配置構造及び、それを有する溶融塩電解槽を試作し、その効果を確認したので以下に説明する。但し、この説明は単なる例示を目的としたものであり、これに限定されることを意図するものではない。
【0048】
図1及び2に示す構成を備える溶融塩電解槽を用いて、後述する条件の下、1年間にわたって溶融塩電解を行った。実施例1~3は、図3及び4に示すような陽極配置構造を有する溶融塩電解槽を使用して、表1に示すように、不活性ガスであるアルゴンガスの供給流量を変化させた。アルゴンガスは、電気分解の開始時から半年の間、陽極境界部分の周囲に連続的に供給した。この陽極配置構造が有するガス送り配管には、陽極境界部分側にガス噴射口が1cmの間隔で多数個設けられている。
【0049】
比較例1では、ガス供給部及びガス送り配管を有しないことを除いて実質的に同様の溶融塩電解槽を使用した。このため、比較例1では、電気分解の間、陽極境界部分の周囲へのアルゴンガスの供給ができず、これを行わなかった。
【0050】
なお、溶融塩浴は、MgCl2を13~25質量%の範囲内で含み、残部がCaCl2及びNaClである組成とし、電気分解の間、温度を650℃~700℃の範囲内に維持した。陽極及び陰極の本数は各7本とし、陽極と陰極との間の複極の枚数は2枚とした。陽極は、厚み方向に沿う断面が1000mm×200mmの寸法とした。陽極配置構造の断熱材はアルカリアースシリケートウール(AES)とし、遮蔽材は蛍石(目開きが149μmの篩を質量基準で98%通過するサイズ)とした。
【0051】
実施例1~3では、陽極配置構造のガス送り配管ないし流路よりも溶融塩電解槽の外部側に配置した断熱材の内部に、酸素濃度計(横河電機株式会社製のOX400低濃度ジルコニア式酸素濃度計)のプローブ(SUS管)の先端部を埋設して配置した。これにより、ガス供給部から不活性ガスを供給する間、その箇所の酸素濃度を測定したところ、平均酸素濃度は表1に示すとおりであった。
【0052】
実施例1~3及び比較例1のそれぞれについて、1年間にわたる電気分解の終了後に、陽極の陽極境界部分における断面積を測定して、電気分解の開始前の断面積に対する減少率を算出し、これを12か月で除して、1か月当たりの断面積減少率を求めた。その結果を表1に示す。なお、今回の試験では一例として、3.3%/月以下の断面積の減少量を合格とし、2.0%/月以下の断面積の減少量を優れるとした。
【0053】
【表1】
【0054】
表1より、実施例1~3は、ガス供給部から不活性ガスを供給したことにより、陽極境界部分の周囲の酸素濃度が低下し、比較例1に比して陽極の断面積減少率が小さくなったことがわかる。また、実施例1~3の結果から、アルゴンガスの供給流量を増やすに従い、陽極境界部分の周囲の酸素濃度がさらに低下し、陽極の断面積減少率を抑制する効果が高まることがわかる。
【0055】
以上より、この発明によれば、陽極の酸化消耗を良好に抑制できることがわかった。
【符号の説明】
【0056】
1 溶融塩電解槽
2 槽本体
2a 電解室
2b 回収室
3 電極
3a 陽極
3b 陰極
3c 複極
3d 陽極境界部分
4 蓋体
4a 貫通孔
5 隔壁
5a 溶融塩循環路
5b 溶融金属流路
6 ガス供給部
7 ガス送り流路
8 ガス送り配管
8a ガス噴射口
9 断熱材
10 遮蔽材
11 枠状部材
Sb 浴面
図1
図2
図3
図4
図5