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特開2023-183444燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183444
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/04537 20160101AFI20231221BHJP
   H01M 8/04746 20160101ALI20231221BHJP
   H01M 8/04701 20160101ALI20231221BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20231221BHJP
   H01M 8/12 20160101ALN20231221BHJP
【FI】
H01M8/04537
H01M8/04746
H01M8/04701
H01M8/10 101
H01M8/12 101
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022096961
(22)【出願日】2022-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100120640
【弁理士】
【氏名又は名称】森 幸一
(72)【発明者】
【氏名】秋元 祐太朗
(72)【発明者】
【氏名】岡島 敬一
【テーマコード(参考)】
5H126
5H127
【Fターム(参考)】
5H126BB06
5H127AA06
5H127AA07
5H127AC10
5H127AC11
5H127BA02
5H127BA03
5H127BA22
5H127BB02
5H127BB12
5H127BB37
5H127DB48
5H127DB52
5H127DB65
5H127DC52
5H127DC72
5H127EE27
(57)【要約】
【課題】燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態にあるか否かを容易に判定でき、その結果に応じてフラッディングおよびドライアウトの制御を良好に行うことができ、磁束密度の測定に必要な磁気センサーの個数を削減でき、しかもカソードまたはアノード上の全ての点に対して電流分布の可視化が可能な、固体電解質を用いた燃料電池を用いた燃料電池システムを提供する。
【解決手段】燃料電池システムは、燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスの流路15a上またはその近傍の4点の磁束密度を測定する磁気センサー52を用い、運転中に測定された磁束密度からカソードまたはアノード上の電流分布を予測し、その結果から燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態か否かを判定し、フラッディングと判定されたときはそれを解消し、ドライアウトと判定されたときはそれを解消するように燃料電池の温度や反応ガスの流量を制御する。
【選択図】図10
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも一つの、固体電解質を用いた燃料電池と、
上記燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における少なくとも4点の磁束密度を測定する磁気センサーと、
上記燃料電池の運転中に上記磁気センサーにより測定された上記少なくとも4点の磁束密度から上記カソードまたはアノード上の電流分布を予測し、当該予測された電流分布から上記燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消し、上記燃料電池がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御する制御装置と、
を有する燃料電池システム。
【請求項2】
上記磁気センサーにより磁束密度を測定する点は、上記流路の入口の付近、上記流路の出口の付近および上記流路に折れ曲がり部がある場合は当該折れ曲がり部の付近のうちの少なくとも4点を含む請求項1記載の燃料電池システム。
【請求項3】
上記磁気センサーは、上記カソードまたはアノードの四隅の近傍で、かつ上記流路上または当該流路の近傍における4点の磁束密度を測定する請求項1記載の燃料電池システム。
【請求項4】
上記カソードまたはアノードを、磁束密度を測定する上記4点のうちの1点をそれぞれ含む四つの領域に区画し、各区画毎に上記電流分布を予測する請求項3記載の燃料電池システム。
【請求項5】
上記カソードまたはアノードの面に対して垂直に流れる電流の方向をz軸とし、当該面に平行な方向にx軸およびy軸を互いに直角に取り、上記区画の番号kを1~n(n=4)としたとき、測定された磁束密度のx方向の成分Bx およびy方向の成分By に対し、x方向の電流成分Jx およびy方向の電流成分Jy
【数3】
【数4】
を用いて計算することにより上記電流分布を求める請求項4記載の燃料電池システム。
【請求項6】
互いに直列に接続されたN個(Nは2以上の整数)の上記燃料電池からなる燃料電池スタックを有し、
上記磁気センサーは、Nが奇数の場合は、(N-1)/2番目の上記燃料電池と(N+1)/2番目の上記燃料電池との間に挿入され、Nが偶数の場合は、N/2番目の上記燃料電池と(N+2)/2番目の上記燃料電池との間に挿入される請求項1記載の燃料電池システム。
【請求項7】
上記燃料電池は固体高分子形燃料電池または固体酸化物形燃料電池である請求項1記載の燃料電池システム。
【請求項8】
固体電解質を用いた燃料電池の運転開始直後に予め決められた電流値での、上記燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における少なくとも4点の磁束密度を磁気センサーにより測定し、記録するステップと、
上記燃料電池の運転中に上記電流値での上記磁束密度を測定するステップと、
初期状態から変動した上記カソードまたはアノード上の電流分布を計算式より予測するステップと、
上記予測された電流分布から上記燃料電池がフラッディングの状態であるか否かを判定するステップと、
上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
上記フラッディングを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御した後、上記電流分布の均一性を評価し、予め決められた基準に基づいて上記電流分布が不均一であるか否かを判定し、不均一であると判定されたときは再度、上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御し、不均一でないと判定されたときは制御を停止して上記磁束密度を測定するステップに戻るステップと、
上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されなかったときは上記燃料電池がドライアウトの状態であるか否かを判定するステップと、
上記燃料電池がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
上記ドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御した後、上記電流分布の均一性を評価し、上記基準に基づいて上記電流分布が不均一であるか否かを判定し、不均一であると判定されたときは再度、上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御し、不均一でないと判定されたときは制御を停止して上記磁束密度を測定するステップに戻るステップと、
を有する燃料電池の制御方法。
【請求項9】
請求項8記載の、燃料電池の制御方法をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびプログラムに関し、特に、例えば固体高分子形燃料電池などの固体電解質を用いた燃料電池の制御に適用して好適なものである。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素と酸素との化学反応により電気を発生させる。燃料電池にはいくつかのタイプがあるが、固体高分子形燃料電池(プロトン交換膜燃料電池とも呼ばれる)は作動温度が低いため、現在最も注目されており、コージェネレーションシステムやハイブリッド電気自動車などに応用されている。固体高分子形燃料電池を長期間運転させるためには、内部の状態および安定な発電の制御の理解が重要である。
【0003】
固体高分子形燃料電池においては、水素と酸素との化学反応により生成される水の蓄積により生じる生成水過多状態であるフラッディング(flooding) が主要な不具合の一つである。ガス拡散層、触媒層、ガス流路などにおけるフラッディングにより生じる不均一な電流分布によってスタック性能が悪くなるだけでなく、電池間の性能のばらつきが生じうる。このため、公称値で同等の運転条件の下でも燃料電池の性能の予測ができなくなり、信頼性も低下し、再現性も悪くなる。燃料電池の性能は、特に高電流密度では、水の除去速度が生成速度に合わないため、この不具合によって影響を受ける。定電流モードでは、ガス流路がフラッディングにより閉塞されると、電池電圧が低下するため、水は周期的なパージングにより電池から除去される。固体高分子形燃料電池内の水の動きや分布は、CCDカメラ、中性子イメージング、水検知紙、X線、MRIなどの技術によってモニターすることができる。フラッディングは、圧力、局所的な電流分布および電池抵抗のような特性に変化をもたらし、流れ場の設計、運転条件の設定、膜/電極接合体(MEA)の設計を含む、フラッディングの軽減戦略に影響する。
【0004】
固体高分子形燃料電池のもう一つの主要な不具合は膜乾燥状態であるドライアウト(dry-out)である。ドライアウトは、プロトン交換膜の乾燥により電池抵抗が増加するため、電池性能に影響を及ぼす。固体高分子形燃料電池を高温で運転すると触媒活性を高める。出力電力および水の除去速度は水素および空気の流量が高いため増加する。このような運転によりドライアウトが生じうる。このため、この不具合をモニターするため、電池の分割や、温度測定、電池抵抗の測定(電流遮断法による)、電池のインピーダンス測定(Cole-Cole プロットによる)およびMRIによる測定などが用いられている。これらの結果は、運転中の流量および温度の制御のような、ドライアウトを軽減するための戦略に影響を及ぼす。
【0005】
従って、固体高分子形燃料電池システムにおける電池の性能に影響を及ぼすフラッディングおよびドライアウトという主要な不具合の発生を防止することが重要である。
【0006】
これまで、上記のような不具合を防止するために様々な方法が採用されてきたが、実際の固体高分子形燃料電池システムに評価システムを組み込むことは困難であった。このため、プリント回路板(PCB)を用いた固体高分子形燃料電池スタックの電流分布の測定が行われた。この方法は、正確な測定を行うことができるが、電気的接続を行う必要があり、スタックのサイズが増加する。固体高分子形燃料電池スタックのコストと大きさの低減を図るために、非破壊測定法が発展してきた。2005年に提案された別の方法では磁気センサーを用いる(非特許文献1参照)。この方法では、アンペールの法則およびビオ・サバールの法則により求められる磁束密度に基づいて電流分布が導出され、単一の燃料電池における電流分布が簡単な装置を用いて測定された(非特許文献2参照)。さらに、局所的な電流分布を評価するため、固体高分子形燃料電池の周囲の環境の磁束を変換した三次元有限要素法によるシミュレーション法が開発された(非特許文献3参照)。しかしながら、これらの非破壊測定法は固体高分子形燃料電池スタックで実施することは困難である。さらに、これまでの研究では、プリント回路板法と同等のレベルの精度を得るために、多数の磁気センサーを用いる必要があることに加えて、かなりの計算時間が必要であった。従って、固体高分子形燃料電池システムへの組み込みおよび制御には多くの課題がある。最近、磁気センサーの個数を削減する方法が開発された(非特許文献4参照)。しかしながら、この方法は、電気的燃料電池モデルを用いるものであり、水素および空気により運転される燃料電池スタックに適用したものではない。
【0007】
本発明者らは先に、実機の固体高分子形燃料電池システムに組み込むために、固体高分子形燃料電池スタックの冷却口(空冷口)に挿入された磁気センサーを用いる測定方法を開発し、Nexa(登録商標)パワーモジュールを、20個の燃料電池からなる燃料電池スタックを用いてフラッディングおよびドライアウト状態の下で定常状態で評価を行った(非特許文献5、6、7参照)。この方法は、測定された磁場の分布とシミュレーションにより得られた磁場の分布との比較に有効であることを示した(非特許文献8参照)。
【0008】
しかしながら、固体高分子形燃料電池スタックの冷却口に挿入された磁気センサーを用いて磁束密度を測定する上述の従来の測定方法では、使用する磁気センサーの個数が多い点で不利である。このため、磁気センサーの個数の削減が望まれるが、これまでそのための有効な方法は提案されていなかった。
【0009】
このような背景の下、本発明者らは、磁気センサーの個数の削減を目的として、固体高分子形燃料電池スタックの燃料電池の制御方法を提案した(非特許文献9、10)。この制御方法では、燃料電池のカソード上の、入口から出口に向かって左右に曲がりくねったパターンを有する空気流路の入口付近、二つの折れ曲がり部付近および出口付近の磁束密度を測定することができるようにそれぞれ磁気センサーを設置する。そして、まず各燃料電池の電池電圧および磁束密度を測定し、各燃料電池の電池電圧が基準電圧Vs を下回っているか否かを判定し、電池電圧がVs を下回っていると判定されたときは、カソード上の電流分布を磁気センサーにより測定された磁束密度を用いて計算式により予測し、電池電圧がVs を下回っていないと判定されたきには電池電圧および磁束密度を測定するステップに戻り、予測された電流分布から各燃料電池がフラッディングの状態であるか否かを判定し、フラッディングの状態であると判定されたときは、その燃料電池に対しパージを行い、その後、電池電圧および磁束密度を測定するステップに戻り、各燃料電池がフラッディングの状態であると判定されなかったときは、各燃料電池がドライアウトの状態であるか否かを判定し、ドライアウトの状態であると判定されたときは、その燃料電池をファンにより冷却し、その後、電池電圧および磁束密度を測定するステップに戻り、ドライアウトの状態であると判定されなかったときは運転を停止する。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】K.-H.H.P.W.Stolten, “Magnetotomography-a new method for analyzing fuel cell performance and quality”,J Power Sources,vol.143,no.67-74,2005
【非特許文献2】M.I.Yamanaka, “Verification of Measurement Method of Current Distribution in Polymer Electrolyte Fuel Cells",ECS Trans.,vol.17,pp.20401-20409,2009
【非特許文献3】T.Nara,M.Koike,S.Ando,Y.Gotoh,and M.Izumi,“Estimation of localized current anomalies in polymer electrolyte fuel cells from magnetic flux density measurements",AIP Adv.,vol.6,no.5,p.056603,2016
【非特許文献4】A.Plait,S.Giurgea,D.Hissel,and C.Espanet, “New magnetic field analyzer device dedicated for polymer electrolyte fuel cells noninvasive diagnostic",Int.J.Hydrogen Energy,vol.45,no.27,pp.14071-14082,2020
【非特許文献5】T.Nasu,Y.Matsushita,J.Okano, and K.Okajima, “Study of Current Distribution in PEMFC Stack Using Magnetic Sensor Probe",J.Int.Counc.Electr.Eng.,vol.2,no.4,pp.391-396,2012
【非特許文献6】Y.Akimoto and K.Okajima,“Experimental Study of Non-Destuctive Approach on PEMFC Stack Using Tri-Axis Magnetic Sensor Probe",J.Power EnergyEng.,vol.3,pp.1-8,2015
【非特許文献7】Y.Akimoto,K.Okajima, and Y.Uchiyama,“Evaluation of CurrentDistribution in a PEMFC using a Magnetic Sensor Probe",Energy Procedia,vol.75,pp.2015-2020,2015
【非特許文献8】Y.Akimoto and K.Okajima,“In situ approach for characterizing PEMFC using a combination of magnetic sensor probes and 3DFEM simulation",Cogent Chem.,vol.28,2017
【非特許文献9】秋元 祐太朗,伊澤 優太,岩崎 周馬,鈴木 真ノ介,岡島 敬一、「非破壊磁場計測に基づく燃料電池簡易電流分布診断による不具合制御の検討」、電気学会全国大会論文No:4-137、2021年3月11日発表
【非特許文献10】Y.Akimoto,Y.Izawa, S.Suzuki and K.Okajima,“Experimental investigation of stable the proton exchange membrane fuel cell control using magnetic sensor probes",Fuel Cells 2022;22:2-11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、非特許文献9、10に記載の燃料電池スタックは、カソード上の4分割された各区画毎に電流分布を可視化することができるものの、カソード上の全ての点に対して電流分布を可視化することは計算負荷が掛かり過ぎるため実際上困難であった。
【0012】
そこで、この発明が解決しようとする課題は、燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態にあるか否かを容易に判定することができ、その判定結果に応じてフラッディングおよびドライアウトの制御を良好に行うことができ、磁束密度の測定に必要な磁気センサーの個数の削減を図ることができ、しかもカソードまたはアノード上の全ての点に対して電流分布を可視化することが可能な、固体高分子形燃料電池を用いた燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびこの燃料電池の制御方法のプログラムを提供することである。
【0013】
フラッディングおよびドライアウトは固体電解質を用いた燃料電池全般で生じうる不具合であることから、上記の燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびこの燃料電池の制御方法のプログラムは、固体電解質を用いた燃料電池全般に適用することができる。
【0014】
従って、この発明が解決しようとする課題は、より一般的には、燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態にあるか否かを容易に判定することができ、その判定結果に応じてフラッディングおよびドライアウトの制御を良好に行うことができ、磁束密度の測定に必要な磁気センサーの個数の削減を図ることができ、しかもカソードまたはアノード上の全ての点に対して電流分布を可視化することが可能な、固体電解質を用いた燃料電池を用いた燃料電池システム、燃料電池の制御方法およびこの燃料電池の制御方法のプログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、この発明は、
少なくとも一つの、固体電解質を用いた燃料電池と、
上記燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における少なくとも4点の磁束密度を測定する磁気センサーと、
上記燃料電池の運転中に上記磁気センサーにより測定された上記少なくとも4点の磁束密度から上記カソードまたはアノード上の電流分布を予測し、当該予測された電流分布から上記燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態であるか否かを判定し、上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消し、上記燃料電池がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御する制御装置と、
を有する燃料電池システムである。
【0016】
固体電解質を用いた燃料電池は、固体高分子形燃料電池または固体酸化物形燃料電池であるが、これに限定されるものではない。燃料電池は、最小の発電単位である単一の燃料電池であっても、複数の燃料電池を積層した燃料電池スタックであってもよい。固体高分子形燃料電池または固体酸化物形燃料電池の反応ガス、すなわち燃料(還元剤)および酸素を含むガス(酸化剤)は、従来公知のものを用いることができ、必要に応じて選択される。
【0017】
燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における磁束密度を測定する点の位置および個数は、流路のパターン、流路の長さ、燃料電池のサイズなどに応じて適宜選択され、それに応じて磁気センサーの個数および設置位置が決められる。典型的には、入口から出口に向かう流路に沿って流路上または当該流路の近傍における複数箇所の磁束密度を測定することができるように磁気センサーが設置される。この場合、磁気センサーにより磁束密度を測定する点は、典型的には、流路の入口の付近、流路の出口の付近および流路に折れ曲がり部がある場合はこの折れ曲がり部の付近のうちの少なくとも4点を含む。磁気センサーは、単一の燃料電池を用いる場合にはこの燃料電池のアノードまたはカソードの近傍、燃料電池スタックを用いる場合には燃料電池間に設けられる空間(例えば、冷却口)などに設置されるが、必ずしも常時設置されている必要はなく、必要に応じて、燃料電池の外部から磁気センサーを燃料電池に向かって移動させ、燃料電池のアノードまたはカソードの近傍に位置させ、あるいは燃料電池間に設けられる空間に挿入するようにしてもよい。燃料電池間に冷却口などの空間が設置されない場合には、例えばバイポーラプレートあるいはセパレータに磁気センサーを埋設するようにしてもよい。典型的には、カソードまたはアノードを、磁束密度を測定する点をそれぞれ含む複数の領域に区画し、各区画毎に電流分布を予測するが、これに限定されるものではない。一つの典型的な例では、カソードまたはアノードの四隅の近傍で、かつ反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における4点の磁束密度を測定し、それに応じて典型的には四つの磁気センサーが設置される。この場合、例えば、カソードまたはアノードを、磁束密度を測定する上記の4点のうちの1点をそれぞれ含む四つの領域に区画し、各区画毎に電流分布を予測する。
【0018】
上述のようにカソードまたはアノードを四つの領域に区画し、各区画毎に電流分布を予測する際の計算は、具体的には例えば次のように行う。すなわち、カソードまたはアノードの面に対して垂直に流れる電流の方向をz軸とし、当該面に平行にx軸およびy軸を互いに直角に取り、上記の区画の番号kを1~n(n=4)としたとき、測定された磁束密度のx方向の成分Bx およびy方向の成分By に対し、x方向の電流成分Jx およびy方向の電流成分Jy
【数3】
【数4】
を用いて計算することにより電流分布を求める。磁束密度の測定を4点より多い点で行う場合は、1点増す毎に式(3)、(4)の列ベクトルの成分を1個増やし、行列の行数および列数をそれぞれ1増やして計算を行う。磁束密度の測定を4点より多い点で行うことにより、電流分布の解像度をより高くすることができる。
【0019】
燃料電池システムが、互いに直列に接続されたN個(Nは2以上の整数)の燃料電池からなる燃料電池スタックを有する場合、磁気センサーは、典型的には、Nが奇数の場合は(N-1)/2番目の燃料電池と(N+1)/2番目の燃料電池との間に挿入され、Nが偶数の場合はN/2番目の燃料電池と(N+2)/2番目の燃料電池との間に挿入されるが、これに限定されるものではなく、他の場所に挿入されてもよい。例えば、磁気センサーは、Nが奇数であるか偶数であるかにかかわらず、1番目の燃料電池と2番目の燃料電池との間に挿入されてもよいし、(N-1)番目の燃料電池とN番目の燃料電池との間に挿入されてもよいし、1番目の燃料電池の外側あるいはN番目の燃料電池の外側に位置するようにしてもよい。
【0020】
また、この発明は、
固体電解質を用いた燃料電池の運転開始直後に予め決められた電流値での、上記燃料電池のカソードまたはアノードの近傍の、反応ガスが流される流路上または当該流路の近傍における少なくとも4点の磁束密度を磁気センサーにより測定し、記録するステップと、
上記燃料電池の運転中に上記電流値での上記磁束密度を測定するステップと、
初期状態から変動した上記カソードまたはアノード上の電流分布を計算式より予測するステップと、
上記予測された電流分布から上記燃料電池がフラッディングの状態であるか否かを判定するステップと、
上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
上記フラッディングを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御した後、上記電流分布の均一性を評価し、予め決められた基準に基づいて上記電流分布が不均一であるか否かを判定し、不均一であると判定されたときは再度、上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御し、不均一でないと判定されたときは制御を停止して上記磁束密度を測定するステップに戻るステップと、
上記燃料電池がフラッディングの状態であると判定されなかったときは上記燃料電池がドライアウトの状態であるか否かを判定するステップと、
上記燃料電池がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御するステップと、
上記ドライアウトを解消するように上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御した後、上記電流分布の均一性を評価し、上記基準に基づいて上記電流分布が不均一であるか否かを判定し、不均一であると判定されたときは再度、上記燃料電池の温度および/または上記反応ガスの流量を制御し、不均一でないと判定されたときは制御を停止して上記磁束密度を測定するステップに戻るステップと、
を有する燃料電池の制御方法である。
【0021】
また、この発明は、
上記の燃料電池の制御方法をコンピュータに実行させるためのプログラムである。
【0022】
上記の燃料電池の制御方法の発明およびこの燃料電池の制御方法をコンピュータに実行させるためのプログラムの発明においては、その性質に反しない限り、上記の燃料電池システムの発明に関連して説明したことが成立する。
【発明の効果】
【0023】
この発明によれば、燃料電池がフラッディングまたはドライアウトの状態にあるか否かを容易に判定することができ、その判定結果に応じてフラッディングおよびドライアウトの制御を良好に行うことができ、磁束密度の測定に必要な磁気センサーの個数の削減を図ることができ、しかもカソードまたはアノード上の全ての点に対して電流分布を可視化することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】この発明の一実施の形態による燃料電池システムを示すブロック図である。
図2】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックを示す斜視図である。
図3】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックを構成する燃料電池を示す分解斜視図である。
図4】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックの燃料電池の個数が2個である場合を示す略線図である。
図5】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックの燃料電池の個数がN個である場合を示す略線図である。
図6】この発明の一実施の形態による燃料電池システムの燃料電池スタックのセパレータまたはバイポーラプレートに設けられるガス流路のパターンの例を示す平面図である。
図7】この発明の一実施の形態による燃料電池システムにおける燃料電池の制御方法を示すフローチャートである。
図8】実施例による燃料電池システムの構成を示す略線図である。
図9】実施例による燃料電池システムにおいて磁束密度の測定に用いる磁気センサーの一例を示す平面図である。
図10】実施例による燃料電池システムにおいて燃料電池スタックの各燃料電池のカソード上の磁気センサーの設置位置を空気が流されるガス流路とともに示す略線図である。
図11】実施例による燃料電池システムにおいて運転中の燃料電池スタックの各燃料電池のパージ前後のカソード上の電流分布を示す略線図である。
図12】実施例による燃料電池システムにおいて運転中の燃料電池スタックの各燃料電池の冷却前後のカソード上の電流分布を示す略線図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、発明を実施するための形態(以下「実施の形態」という。)について図面を参照しながら説明する。
【0026】
〈一実施の形態〉
[燃料電池システム]
図1は一実施の形態による燃料電池システムを示す。図1に示すように、燃料電池システムは、固体電解質を用いた燃料電池が複数積層されて直列接続された燃料電池スタック100およびこの燃料電池スタック100の各燃料電池の運転を制御する制御装置200からなる。燃料電池は、固体高分子形燃料電池や固体酸化物形燃料電池などである。制御装置200はコンピュータやメモリなどを含み、コンピュータには後述の図7に示すフローチャートに従って作成されたプログラムがインストールされ、燃料電池の運転を制御するようになっている。
【0027】
図2は燃料電池スタック100の構成を示す。図2に示すように、燃料電池スタック100においては、複数の燃料電池10が積層されて直列接続され、両端に集電板20、30が設けられている。
【0028】
図3は一つの燃料電池10の構成を示す。図3に示すように、燃料電池10は、固体電解質膜11の両側に触媒層およびガス拡散層(図示せず)を介してアノード12およびカソード13を一体化したMEAの両側にセパレータ14、15が設けられたものである。セパレータ14には、燃料電池10の種類に応じて選択される燃料が流されるガス流路が設けられている。セパレータ15には、少なくとも酸素を含むガス、例えば空気や酸素が流されるガス流路が設けられている。例えば、燃料電池10が固体高分子形燃料電池である場合には、燃料として水素やアルコールなどが用いられる。また、燃料電池10が固体酸化物形燃料電池である場合には、燃料として水素、一酸化炭素、炭化水素などが用いられる。
【0029】
図4は、一例として、二つの燃料電池10からなる燃料電池スタック100を示す。この燃料電池スタック100は空冷タイプのものである。燃料電池10の固体電解質膜11の図示は省略している。ここでは、燃料電池10が固体高分子形燃料電池である場合を想定しているが、燃料電池10が固体酸化物形燃料電池である場合も基本的には同様である。図4に示すように、この燃料電池スタック100においては、二つの燃料電池10の間に冷却口40が設けられており、この冷却口40にプローブ51の先端に搭載された磁気センサー52が挿入されるようになっている。図4においては、一つの磁気センサー52だけが示されているが、実際には少なくとも四つ、必要に応じてより多くの磁気センサー52が用いられる。磁気センサー52は、冷却口40の内部に常時固定しておいてもよいし、通常は燃料電池スタック100の外部にあり、測定を行う際に冷却口40に挿入するようにしてもよい。集電板20に設けられた水素導入口21および空気導入口22にそれぞれ燃料として用いられる水素(H2 )および空気が導入されるようになっている。こうして水素導入口21および空気導入口22から導入された水素および空気は、燃料電池スタック100の各燃料電池10に供給される。各燃料電池10を通って排出される水素および空気は、集電板30に設けられた水素排出口31および空気排出口32からそれぞれ排出される。
【0030】
図5は、N個(Nは3以上の整数)の燃料電池10からなる燃料電池スタック100を示す。この燃料電池スタック100は空冷タイプのものである。燃料電池10の固体電解質膜11の図示は省略している。燃料電池スタック100を構成する燃料電池10に1からNの番号が付けられている。磁気センサー52は、Nが奇数の場合は、(N-1)/2番目の燃料電池10と(N+1)/2番目の燃料電池10との間に挿入され、Nが偶数の場合は、N/2番目の燃料電池10と(N+2)/2番目の燃料電池10との間に挿入される。これに応じて、冷却口40は、Nが奇数の場合は(N-1)/2番目の燃料電池10と(N+1)/2番目の燃料電池10との間に設けられ、Nが偶数の場合はN/2番目の燃料電池10と(N+2)/2番目の燃料電池10との間に設けられる。図5においては、Nが偶数であり、N/2番目の燃料電池10と(N+2)/2番目の燃料電池10との間に冷却口40が設けられ、この冷却口40に磁気センサー52が挿入されている場合が示されている。磁気センサー52は、図5中一点鎖線で示すように、1番目の燃料電池10と2番目の燃料電池10との間に挿入されてもよいし、(N-1)番目の燃料電池10とN番目の燃料電池10との間に挿入されてもよい。さらには、磁気センサー52は、1番目の燃料電池10の外側あるいはN番目の燃料電池10の外側に位置するようにしてもよい。
【0031】
セパレータ14、15に設けられるガス流路のパターンは必要に応じて選択される。図6AおよびBに、セパレータ15のガス流路15aの例を示す。図6Aに示すガス流路15aは、空気(あるいは酸素)の入口から出口に向かって左右に曲がりくねった(蛇行した)パターンを有する。図6Bに示すガス流路15aは、入口から出口に向かって一直線に延在するガス流路15aが互いに平行に複数設けられたパターンを有する。
【0032】
[燃料電池システムの使用方法]
図7はこの燃料電池システムにおける燃料電池10の制御方法を示すフローチャートである。
【0033】
図7に示すように、ステップS1で、燃料電池スタック100を構成する各燃料電池10の運転を開始する。
【0034】
ステップS2では、各燃料電池10の運転開始直後に予め決められた電流値nAでの磁束密度を測定し、メモリに記録する。磁束密度は冷却口40に挿入された磁気センサー52により測定される。ステップS2は、運転開始直後、言い換えると初期の磁束密度、つまり燃料電池10が健全な状態のときの磁束密度を測定する必要があるため実行するものである。後述の式(3)の磁束密度のx成分(B1x, , 4x)および式(4)の磁束密度のy成分(B1y, , 4y)に対応する。
【0035】
ステップS3では、各燃料電池10の運転中に電流値nAでの磁束密度を測定する。ステップS3は、後述のステップS4で初期状態からの変動を計算する必要があるため実行するものである。
【0036】
ステップS4では、初期状態から変動したカソード13またはアノード14上の電流分布を磁気センサー52により測定された磁束密度を用いて計算式により予測する。
【0037】
ステップS5では、ステップS4で予測された電流分布から各燃料電池10がフラッディングの状態であるか否かを判定する。
【0038】
ステップS5で燃料電池10がフラッディングの状態であると判定されたときは、ステップS6で、フラッディングを解消するように、制御装置200によりその燃料電池10の温度および/または反応ガスの流量を制御する。その後、ステップS7で、電流分布の均一性を評価し、予め決められた基準に基づいて電流分布が不均一であるか否かを判定する。電流分布が不均一であると判定されたときは、ステップS6に戻って再度、制御装置200によりその燃料電池10の温度および/または反応ガスの流量を制御する。電流分布が不均一でない、言い換えると均一であると判定されたときは、ステップS8で制御装置200による制御を停止してステップS3に戻る。
【0039】
ステップS5で各燃料電池10がフラッディングの状態であると判定されなかったときは、ステップS9で、各燃料電池10がドライアウトの状態であるか否かを判定する。
【0040】
ステップS9で燃料電池10がドライアウトの状態であると判定されたときは、ステップS10で、ドライアウトを解消するように、制御装置200によりその燃料電池10の温度および/または反応ガスの流量を制御する。その後、ステップS11で、電流分布の均一性を評価し、上記基準に基づいて電流分布が不均一であるか否かを判定する。電流分布が不均一であると判定されたときは、ステップS10に戻って再度、制御装置200によりその燃料電池10の温度および/または反応ガスの流量を制御する。電流分布が不均一でない、言い換えると均一であると判定されたときは、ステップS8で制御装置200による制御を停止してステップS3に戻る。
【0041】
ステップS9で燃料電池10がドライアウトの状態であると判定されなかったときは、ステップS12で各燃料電池10の運転を停止する。
【0042】
[実施例]
(燃料電池システム)
燃料電池システムを試作し、実際に運転して評価実験を行った。
【0043】
この燃料電池システムを図8に示す。図8に示すように、この燃料電池システムにおいては、燃料電池スタック100が直方体状の筐体300の内部に収納されている。燃料電池スタック100としては、空冷50W級固体高分子形燃料電池スタックを用いた。燃料電池スタック100を構成する燃料電池10の個数は5個である。筐体300の一つの側面に水素導入口21および空気導入口22が設けられ、この側面に対向する側面に水素排出口31および空気排出口32が設けられている。図8に示すように座標系を設定する。このとき、各燃料電池10の幅の方向がx軸方向、各燃料電池10の高さの方向がy軸方向、燃料電池10の面に垂直な方向(燃料電池10の積層方向)がz軸方向である。燃料電池スタック100を構成する5個の燃料電池10の番号を、筐体300の水素導入口21および空気導入口22が設けられた側面側からこの側面に対向する側面に向かって1番、2番、…、5番とする。以下においては、必要に応じて、これらの1番目から5番目の燃料電池10を電池1、電池2、…、電池5と呼ぶ。水素導入口21および空気導入口22は燃料電池スタック100の1番目の燃料電池10側にあり、水素排出口31および空気排出口32は燃料電池スタック100の5番目の燃料電池10側にある。水素導入口21には、配管61を介して水素ボンベ62が接続されている。配管61の、水素導入口21と水素ボンベ62との間にマスフローメーター63が取り付けられている。水素ボンベ62の口を開けることにより、マスフローメーター63で流量を制御しながら配管61を介して水素導入口21に水素が送り込まれるようになっている。空気導入口22には、配管64を介して空気ポンプ65が接続されている。配管64の、空気導入口22と空気ポンプ65との間にマスフローメーター66が取り付けられている。空気ポンプ65を作動させることにより空気を取り込み、マスフローメーター66で流量を制御しながら配管64を介して空気導入口22に空気が送り込まれるようになっている。水素として非湿潤水素を用い、空気として非湿潤空気を用いた。空気ポンプ65としてTakatsuki:YR-30を用い、マスフローメーター63、66としてアズビル株式会社製のCMS0050を用いた。燃料電池スタック100の燃料電池10の温度は、冷却ファン(図示せず)を用いて制御することができるようになっている。加えて、フラッディングの制御方法としてパージが採用され、水素排出口31を開け、ガスの流量を増加させることにより燃料電池10内で生成された水を排出した。
【0044】
筐体300の底は開放されており、筐体300の内部の燃料電池スタック100の下方から鉛直方向にプローブ51の先端に搭載された磁気センサー52が冷却口40に挿入されている(図8においては、磁気センサー52を鉛直下方にずらした状態で図示している)。磁気センサー52による検出信号(磁束密度)はI2C信号線71を介してI2Cインターフェース72に送られ、このI2Cインターフェース72にUSBケーブル73で接続されたパーソナルコンピュータ(PC)74に送られて処理が行われるようになっている。パーソナルコンピュータ(PC)74に、図7に示すフローチャートに従って作成されたプログラムがインストールされている。図9にプローブ51およびその先端に搭載された磁気センサー52を示す。図9に示すように、プローブ51の根元は回路基板53に取り付けられており、プローブ51の内部を通された磁気センサー52の配線が回路基板53の回路に接続され、回路基板53上に搭載されたコネクタを介して外部に検出信号を取り出すことができるようになっている。
【0045】
筐体300には各燃料電池10の電池電圧を測定するための電圧ロガー(ディジタルロガー)80が接続されている。電圧ロガー80としては市販のGRAPHTEC:GL240を用いた。筐体300にはまた、160WのDC負荷90が接続されている。
【0046】
(燃料電池システムの運転条件)
表1に各不具合状態の運転条件をまとめた。ここでは、フラッディングおよびドライアウトの二つの不具合を再現して燃料電池スタックの運転を行った。フラッディングは、水素排出口31を閉じて低温(45±5℃)で運転することにより再現した。フラッディングが起きた条件で電圧降下が生じたときには、20秒間のパージを行う。ドライアウトは、水素排出口31を開けて高温(50~80℃)で運転することにより再現した。ドライアウト状態で燃料電池10の電圧降下が生じたときには、燃料電池スタック100に組み込まれた冷却ファンを用いて温度制御を行った。基準電圧Vs は0.3Vに設定した。フラッディングおよびドライアウトの制御方法は表1に示されている。この燃料電池システムを15Aの定電流モードで1時間運転した。
【0047】
【表1】
【0048】
(測定系)
磁束密度は、燃料電池スタック100の各燃料電池10間に設けられた冷却口40に下方から上方に向かって磁気センサー52を挿入することにより測定した。図8に示すように設定された座標系では、磁束密度の各軸方向の成分はそれぞれBx ,By ,Bz として出力される。磁気センサー52は、図10に示す4点(点1~4)における2番目の燃料電池10と3番目の燃料電池10との間の冷却口40に挿入された。カソード13側のセパレータ15の空気(酸素)を流すガス流路15aとして図6Aに示すものを用いた。ガス流路15aは曲がりくねっているため、磁気センサー52は、ガス流路15aの入口付近(点1)、二つの折れ曲がり部付近(点2、3)および出口付近(点4)に設置された。各部の寸法は図10に示す通りである。磁束密度はこれらの四つの磁気センサー52により0.5秒間隔で測定された。
【0049】
(電流分布計算)
既に述べたように、磁束密度は磁気センサー52を冷却口40に挿入することにより測定する。ビオ・サバールの法則によれば、電流により生じる磁束密度は下記のように表される。
【数1】
ここで、μr は透磁率、ベクトルrは磁束密度の測定点を示す位置ベクトル、ベクトルrs は計算点を示す位置ベクトル、ベクトルj(rs )は計算点における電流ベクトル、Vs は積分範囲(カソード13の全面)を示す。
【0050】
燃料電池10内の電流ベクトルの方向は一定であるため、この式(1)により、ベクトル(rs -r)の向きは、測定点と計算点との間の位置関係で決まる。ベクトル(rs -r)により決定される向きが分かれば磁束密度の増減が分かる。
【0051】
燃料電池10を定電流運転した場合、燃料電池10の内部に電流の偏りが生じても、運転開始時の健全な電流分布における電流の総計Jおよび不具合が起きている場合の電流分布における電流の総計(計算時の電流の総計)J’は
【数2】
である。さらに、燃料電池10のように電流分布面がある場合、電流はその面に対して垂直な方向(z方向)に流れる。アンペールの法則により、z方向の電流によって形成される磁束密度はx、y方向にのみ存在するため、燃料電池10の電流分布面をn個(ここではn=4とする)に区画化(あるいは分割)したとき、x方向の電流成分Jx およびy方向の電流成分Jy は、式(1)から、逆行列を使って、
【数3】
【数4】
と表すことができる。式(3)の右辺の行列(a’knx )の対角成分(a’kkx )および式(4)の右辺の行列(a’kny )の対角成分(a’kky )は0と近似でき、各測定点における電流値を予測することができる。この計算によって得られる電流値は近似値であるため、電流強度とする。4点の測定点における電流強度は以下のように各成分の和として表すことができる。
【数5】
【0052】
これらの4点における電流強度とは別に、長方形の電流分布面の4つの頂点(図10中、黒丸で示す4点)では化学反応はほぼ生じないと仮定して境界条件として電流値=0A、すなわち電流強度=0を設定し、これらの計8点における電流強度から、電流分布に相当する電流強度分布(発電強度分布)を推計する。各測定点における運転開始時からの電流強度分布の変化を計算する。具体的には、燃料電池の電流分布面をn個の区画に分けて、上記の8点よりn区画に電流強度を按分する。この按分された電流強度は発電を開始した時あるいは、燃料電池10の状態が健全な時の磁束密度分布を保持し、各測定点に対して健全な時との電流強度分布の差が表れる。
【0053】
(燃料電池10のカソード上の電流強度分布を求める実験の結果)
燃料電池スタックをフラッディング状態にして運転を行い、電池電圧が0.3Vを下回ったら20秒間のパージによりフラッディング状態を解消し、その後ドライアウト状態で運転を行った。
【0054】
図11A~Dはフラッディング状態からドライアウト状態への切替の際のパージ前後の電流強度分布を示す。図11Aはパージ前(運転開始から750秒後)の電流強度分布を示す。図11Aの左上および右下は図10に示す空気流路15aの入口および出口に対応する。空気流路15aの入口側の電流強度分布は初期状態と比較して高くなっている。これに対し、図11Aの中央部の左下から右上に掛けての部分では電流強度分布は初期状態と比較して低い。その後、760秒後から780秒後の間にパージを行った。その結果、電池電圧が0.3V以上に回復した。図11Bは800秒後の電流強度分布を示す。図11Bより、空気流路15aの入口側の電流強度分布は変わらず高く、中央部の左下から右上に掛けての部分の電流強度分布は変わらず低い。このことは、パージにより空気流路15aから水が有効に除去されたことを示す。しかし、いくつかの燃料電池のMEAには少量の水が残っていると考えられる。この時点では電流強度は全体として低いままである。図11CおよびDはそれぞれ850秒後および900秒後の電流強度分布を示す。図11CおよびDより、時間の経過とともに電流強度分布が徐々に均一になっていることが分かる。
【0055】
図12A~Dはドライアウト状態からフラッディング状態への切替の際の冷却ファンによる冷却前後の電流強度分布を示す。図12Aは冷却前(1050秒後)の電流強度分布を示す。図12Aより、冷却前は、空気流路15aの入口側の電流強度分布は低く、出口側の電流強度分布は高くなっている。これは、電流強度分布は空気流路15aの入口側では乾燥空気により減少し、出口側では生成水からの水分が増加することにより増加するという理論的考察と一致する。冷却は、1063秒から1195秒の間の運転期間に行った。図12BおよびCはそれぞれ1100秒後および1150秒後の電流強度分布を示す。図12BおよびCから分かるように、時間が経過しても電流強度分布は変化していない。図12Dは1200秒後の電流強度分布を示す。図12Dより、電流強度分布は、フラッディング状態でパージを行った場合と同様に均一になっていることが分かる。
【0056】
(結論)
以上の結果より、実施例の方法によれば、燃料電池の電流強度分布をカソード上の全ての点で可視化することができ、それによってフラッディング状態またはドライアウト状態に起因する電流強度分布の不均一性を正確に把握することができ、パージまたは冷却後に不均一性が解消されたことも正確に把握することができる。そして、こうして電流強度分布の均一性が得られた状態で燃料電池の運転を行うことにより、燃料電池の性能を長期間維持することができる。また、電流強度分布の不均一性が解消された時点で図7に示す制御を停止し、通常の制御に戻すことができるので、省エネルギーである。
【0057】
以上のように、この一実施の形態によれば、燃料電池スタック100の燃料電池10間の冷却口40に挿入された磁気センサー52により燃料電池10の運転中の磁束密度を測定し、燃料電池10の運転中に磁気センサー52により測定された少なくとも4点の磁束密度からカソード13上の電流分布を予測し、こうして予測された電流分布から燃料電池10がフラッディングまたはドライアウトの状態であるか否かを判定し、燃料電池10がフラッディングの状態であると判定されたときはフラッディングを解消し、燃料電池10がドライアウトの状態であると判定されたときはドライアウトを解消するように制御装置200により燃料電池10の温度および/または反応ガスの流量を制御している。このため、燃料電池10がフラッディングまたはドライアウトの状態にあるか否かを容易に判定することができ、その判定結果に応じてフラッディングおよびドライアウトの制御を良好に行うことができ、しかも磁束密度の測定に必要な磁気センサー52の個数の削減を図ることができる。加えて、式(3)、(4)に基づいてx方向の電流成分Jx およびy方向の電流成分Jy を計算することにより、計算負荷を低く抑えて、図11A~Dおよび図12A~Dに示すように、燃料電池10のカソードまたはアノード上の各点の電流強度分布を可視化することができる。こうして可視化された電流強度分布に基づいて制御を行うことができることから、均一性が高い電流強度分布で燃料電池10の運転を行うことができ、ひいては燃料電池10の寿命の向上を図ることができる。
【0058】
以上、この発明の実施の形態および実施例について具体的に説明したが、この発明は、上述の実施の形態および実施例に限定されるものではなく、この発明の技術的思想に基づく各種の変形が可能である。
【0059】
例えば、上述の実施の形態および実施例において挙げた数値、形状、構造、配置などはあくまでも例に過ぎず、必要に応じて、これらと異なる数値、形状、構造、配置などを用いてもよい。
【符号の説明】
【0060】
10…燃料電池、11…電解質膜、12…アノード、13…カソード、14、15…セパレータ、20…集電板、21…水素導入口、22…空気導入口、30…集電板、31…水素導入口、32…空気導入口、40…冷却口、51…プローブ、52…磁気センサー、100…燃料電池スタック、200…制御装置
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12