(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183525
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】放射性核種製造システムおよび放射性核種製造方法
(51)【国際特許分類】
G21G 1/12 20060101AFI20231221BHJP
H05H 6/00 20060101ALI20231221BHJP
G21K 5/08 20060101ALI20231221BHJP
G21G 4/08 20060101ALN20231221BHJP
【FI】
G21G1/12
H05H6/00
G21K5/08 R
G21G4/08
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097086
(22)【出願日】2022-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】田所 孝広
(72)【発明者】
【氏名】前田 瑞穂
(72)【発明者】
【氏名】西田 賢人
(72)【発明者】
【氏名】上野 雄一郎
(72)【発明者】
【氏名】可児 祐子
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 敬仁
【テーマコード(参考)】
2G085
【Fターム(参考)】
2G085BA14
2G085BA17
2G085BC15
2G085DA03
2G085EA07
(57)【要約】
【課題】小型軽量な装置で安全性高くかつ効率良く放射性核種を製造できる放射性核種製造システムおよび放射性核種製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る放射性核種製造システムSは、電子線20を照射する電子線加速器1と、照射された前記電子線20により制動放射線30を発生させる制動放射線発生用ターゲット10と、発生させた前記制動放射線30が照射されて放射性核種を製造する原料を含む放射性核種製造用ターゲット40と、を備え、前記制動放射線発生用ターゲット10の厚さを、前記放射性核種の製造率のピークとなる範囲、かつ、前記範囲内において前記放射性核種製造用ターゲット40への前記電子線20の照射量が最も少なくなる条件で設定する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子線を照射する電子線加速器と、
照射された前記電子線により制動放射線を発生させる制動放射線発生用ターゲットと、
発生させた前記制動放射線が照射されて放射性核種を製造する原料を含む放射性核種製造用ターゲットと、
を備え、
前記制動放射線発生用ターゲットの厚さを、前記放射性核種の製造率のピークとなる範囲、かつ、前記範囲内において前記放射性核種製造用ターゲットへの前記電子線の照射量が最も少なくなる条件で設定する
ことを特徴とする放射性核種製造システム。
【請求項2】
請求項1に記載の放射性核種製造システムにおいて、
前記電子線のエネルギーに応じて前記制動放射線発生用ターゲットの厚さを変える
ことを特徴とする放射性核種製造システム。
【請求項3】
請求項1に記載の放射性核種製造システムにおいて、
前記制動放射線発生用ターゲットと前記放射性核種製造用ターゲットとの間に、前記制動放射線発生用ターゲットを通過した電子線の進行方向を変え、前記制動放射線から分離して除去する電子線除去装置を備えている
ことを特徴とする放射性核種製造システム。
【請求項4】
請求項3に記載の放射性核種製造システムにおいて、
前記電子線除去装置が、1組もしくは複数組の永久磁石もしくは電磁石を用いた磁場発生器および電場発生器のうちの少なくとも一方を用いている
ことを特徴とする放射性核種製造システム。
【請求項5】
請求項3に記載の放射性核種製造システムにおいて、
前記電子線除去装置によって変わった電子線の進行方向には、少なくとも当該電子線が消滅するまでの間に構造物が無い
ことを特徴とする放射性核種製造システム。
【請求項6】
請求項1に記載の放射性核種製造システムにおいて、
前記放射性核種製造用ターゲットを収容する容器および前記制動放射線発生用ターゲットが、強磁性体ではない材料で形成されている
ことを特徴とする放射性核種製造システム。
【請求項7】
請求項4に記載の放射性核種製造システムにおいて、
前記電子線除去装置が前記電磁石を用いるとともに、一定時間毎に前記電磁石の極性を変える
ことを特徴とする放射性核種製造システム。
【請求項8】
電子線加速器により電子線を照射させる電子線照射ステップと、
制動放射線発生用ターゲットに前記電子線を照射して制動放射線を発生させる制動放射線発生ステップと、
発生させた前記制動放射線が照射されて放射性核種を製造する原料を含む放射性核種製造用ターゲットに前記制動放射線を照射して、前記放射性核種を製造する放射性核種製造ステップと、
を含み、
前記制動放射線発生用ターゲットの厚さを、前記放射性核種の製造率のピークとなる範囲、かつ、前記範囲内において前記放射性核種製造用ターゲットへの前記電子線の照射量が最も少なくなる条件で設定する
ことを特徴とする放射性核種製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射性核種製造システムおよび放射性核種製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、治療用薬剤の原料核種として研究開発に利用されているアルファ線を放出する核種であるアクチニウム225(Ac-225、225Ac)は、親核種であるトリウム229(Th-229、229Th)からの崩壊によって生産されている。現在、臨床に利用可能な放射性核種のAc-225を供給可能な施設は、ドイツのカールスルーエにある超ウラン元素研究所(ITU:Institute for Transuranium Elements)、米国オークリッジ国立研究所(ORNL:Oak Ridge National Laboratory)およびロシアのオブニンスクにあるロシア国立科学センタ物理エネルギー研究所(IPPE:Institute of Physics and Power Engineering)の世界に3か所のみである。
【0003】
Th-229は自然界には無く、ウラン233(U-233、223U)からの崩壊により生成されるが、核防護の関係でU-233は今後製造されない。そのため、Ac-225の世界での生産可能量は、現在、世界で保有されているU-233の崩壊により生成されるTh-229の崩壊により生成される量のみとなっている。臨床前試験等に用いるには十分であるが、今後、大量に不足することが予想されており、加速器を用いた製造が望まれている。
【0004】
加速器を用いたAc-225製造に関しては、天然に存在するラジウム226(Ra-226、226Ra)を用いたRa-226(p,2n)Ac-225反応を利用したサイクロトロンによる製造試験がORNL、BNL、量子科学技術研究開発機構において進められているが、商用化はされていない。サイクロトロンを用いた製造は、加速された陽子のターゲットであるRa-226中での飛程が短いことから、ターゲットであるRa-226を厚くしても大量製造ができないという問題があった。また、加速された陽子のエネルギーのほとんどをターゲット中で失うことから、ターゲットの除熱が困難となるため、大量製造のために電流値やエネルギーを向上させることができないという問題があった。
【0005】
Ac-225製造の他の方法として、例えば、特許文献1には、電子線加速器により加速された電子を制動放射線発生用ターゲットに照射して制動放射線を生成させ、この制動放射線を原料となるRa-226に照射することでAc-225を製造する方法が記載されている。
また、例えば、特許文献2には、電子線加速器により加速された電子をコンバーター(制動放射線発生用ターゲット)に照射して制動放射線を生成させ、この制動放射線を複数枚の板状のターゲット材料板に照射して医療用放射性核種を製造する方法が記載されている。この方法では、前方側に配置される前方板群におけるターゲット材料板の直径または平均厚みを、後方側に配置される後方板群におけるターゲット材料板の直径または平均厚みよりも小さくしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2020-183926号公報
【特許文献2】特許第6752590号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1、2に記載の技術は、電子線加速器によって加速された電子線が、放射性核種を製造する原料を含む溶液または固体の放射性核種製造用ターゲットや、当該放射性核種製造用ターゲットを収容する容器などに照射されることにより、熱負荷が高くなるという問題があった。そして、それにより、放射性核種製造用ターゲットや容器が損傷を受けたり、脆くなったりすることが懸念される。
【0008】
本発明は前記状況に鑑みてなされたものである。本発明の課題は、小型軽量な装置で安全性高くかつ効率良く放射性核種を製造できる放射性核種製造システムおよび放射性核種製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決した本発明に係る放射性核種製造システムは、電子線を照射する電子線加速器と、照射された前記電子線により制動放射線を発生させる制動放射線発生用ターゲットと、発生させた前記制動放射線が照射されて放射性核種を製造する原料を含む放射性核種製造用ターゲットと、を備え、前記制動放射線発生用ターゲットの厚さを、前記放射性核種の製造率のピークとなる範囲、かつ、前記範囲内において前記放射性核種製造用ターゲットへの前記電子線の照射量が最も少なくなる条件で設定する。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る放射性核種製造システムおよび放射性核種製造方法は、小型軽量な装置で安全性高くかつ効率良く放射性核種を製造できる。
前述した以外の課題、構成および効果は以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態に係る放射性核種製造システムの一構成例を示す概略図である。
【
図2】制動放射線発生用ターゲットの厚さと放射性核種の製造率との関係(上のグラフ)、および、制動放射線発生用ターゲットの厚さと制動放射線発生用ターゲットを透過する電子線の量との関係(下のグラフ)の一例を示す図である。
【
図3】制動放射線発生用ターゲットの一例を示す説明図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る放射性核種製造システムの他の一構成例を示す概略図である。
【
図6】電子線除去装置の運転の一例を説明する説明図である。
【
図7】電子線除去装置の運転の他の一例を説明する説明図である。
【
図8】本発明の一実施形態に係る放射性核種製造方法の内容を説明するフロー図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、適宜図面を参照して本発明の一実施形態に係る放射性核種製造システムおよび放射性核種製造方法について詳細に説明する。なお、実施形態の説明において、実質的に同一または類似の構成には同一の符号を付し、説明が重複する場合にはその説明を省略する場合がある。
【0013】
(放射性核種製造システムS)
図1は、本実施形態に係る放射性核種製造システムSの一構成例を示す概略図である。
図1に示すように、放射性核種製造システムSは、電子線加速器1と、制動放射線発生用ターゲット10と、放射性核種製造用ターゲット40と、を備えている。
【0014】
電子線加速器1は、電子線20を照射する。具体的には、電子線加速器1は、電子線20を加速させて制動放射線発生用ターゲット10に向けて照射する。
制動放射線発生用ターゲット10は、照射された電子線20により制動放射線30を発生させる。
放射性核種製造用ターゲット40は、発生させた制動放射線30が照射されることにより、放射性核種を製造する原料を含んでいる。当該原料は溶液または固体に含まれていてもよい。原料が固体の場合は全てが当該原料で構成されていてもよいし、一部に不可避的不純物などの原料以外の元素や化合物が含まれていてもよい。原料を含ませることのできる溶液としては、例えば、水溶液や酸溶液などが挙げられる。放射性核種製造用ターゲット40は、例えば、一辺が数cmの立方体状とするとよい(溶液を用いる場合は、内部の一辺が数cmである立方体状の容器に、原料を含む溶液を収容するとよい)が、これに限定されない。
【0015】
そして、本実施形態に係る放射性核種製造システムSでは、制動放射線発生用ターゲット10の厚さを、前記放射性核種の製造率(製造量)のピークとなる範囲、かつ、前記範囲内において放射性核種製造用ターゲット40への電子線20の照射量が最も少なくなる条件で設定する。
放射性核種の製造率は、単位時間当たりに製造される放射性核種の量(Bq/s)により把握できる。
電子線20の照射量は、単位時間当たりに、放射性核種製造用ターゲット10に照射される電子線20の量により把握できる。電子線20の量は、例えば、照射線量(C/kg)、吸収線量(Gy)、線量当量(Sv)、エネルギー(eV)などから選択される少なくとも1つにより把握できる。
【0016】
このように、放射性核種製造システムSは、電子線加速器1により加速した電子線20を制動放射線発生用ターゲット10に照射することで制動放射線30を生成する。生成した制動放射線30が、放射性核種の原料を含む溶液または固体の放射性核種製造用ターゲット40に照射されることで、制動放射線30と原料との核反応により、医療用薬剤の原料となる放射線核種が生成される。例えば、原料である核種と、1個の制動放射線30の照射により1個の中性子を発生させる(γ,n)反応によって放射性核種が生成される。原料である核種としては、生成核種としてAc-225を製造する場合、Ra-226を用いる。Ra-226と制動放射線30との(γ,n)反応反応により、Ra-225が生成される。生成したRa-225は、14.8日の半減期で子孫核種であるAc-225となる。治療用薬剤の原料として代表的なアルファ線放出核種はAc-225である。Ac-225は、10.0日の半減期で子孫核種であるフランシウム221(Fr-221)となる。Fr-221は、半減期4.9分でアスタチン217(At-217)となり、At-217は、半減期32ミリ秒でビスマス213(Bi-213)となる。Ac-225及びその子孫核種は治療に有効であるが、Ra-226およびRa-225は、アルファ線を放出する核種では無いことから治療に不要な核種であり、Ac-225との分離精製が必要である。また、放射性核種製造用原料であるRa-226は貴重であることから、回収して再利用することが望ましい。なお、Ra-226は、希ガス(沸点が-61.7℃)であるラドン222(Rn-222)に崩壊し、Rn-222はアルファ線を放出する気体状の放射性核種であることから、環境中に拡散した場合、拡散したRn-222の子孫核種が環境中の至る所に付着し、環境に大きな影響を与える。従って、放射性核種の製造、分離精製の過程で、Rn-222を環境中に放出させないことが望ましい。Rn-222は希ガスのため化学的な捕集は難しいので、Rn-222の捕集方法としては、例えば、冷却した活性炭で物理吸着を行うことが挙げられる。
【0017】
電子線加速器1は、同じ加速エネルギーであれば、陽子加速器や重粒子加速器などと比較して小型化・軽量化が可能である。また、電子線加速器1を用いてRa-226からRa-225を生成する(γ,n)反応の反応断面積(Ra-226(γ,n)Ra-225)は、陽子加速器を用いて加速した陽子をRa-226に照射し、2個の中性子を放出する反応により直接Ac-225を製造する方法(Ra-226(p,2n)Ac-225)の反応断面積と同程度であることから、放射性核種製造部分の小型化が可能である。なお、重粒子加速器を用いて高速中性子をRa-226に照射し、照射した高速中性子を含めて高速中性子を2個放出する反応を利用する方法(Ra-226(n,2n)Ra-225)における反応断面積は、一桁弱大きい値となっている。しかし、この場合は、大量の高速中性子を発生させるために、サイクロトロンにより加速した重陽子を、炭素のターゲットや、トリチウムを吸蔵させた金属などのターゲットに照射する必要がある。また、この場合は、大量に発生する高速中性子の遮蔽が必要なため、装置が大型になってしまう。さらに、大量の高速中性子により、装置構造物全体が強く放射化されてしまう。これに対し、放射性核種製造システムSでは、電子線加速器1を用いているので、陽子加速器や重粒子加速器などにおけるこれらの問題を解決することができる。
【0018】
電子線加速器1により加速した電子線20の一部は、制動放射線発生用ターゲット10を透過し、放射性核種製造用ターゲット40や、放射性核種製造用ターゲット40を収容する容器50などに照射される。制動放射線発生用ターゲット10を透過した電子線20は、医療用薬剤の原料となる放射性核種の生成にほとんど寄与することなく、放射性核種製造用ターゲット40や容器50などに熱負荷を与えたり、電子線20による損傷を与えたりして、放射性核種製造システムSの安全性を低下させる。従って、放射性核種製造システムSでは、制動放射線発生用ターゲット10を透過して放射性核種製造用ターゲット40や容器50に照射される電子線20の低減を図る。
【0019】
ここで、
図2は、制動放射線発生用ターゲット10の厚さと放射性核種の製造率との関係(上のグラフ)、および、制動放射線発生用ターゲット10の厚さと制動放射線発生用ターゲット10を透過する電子線20の量との関係(下のグラフ)の一例を示している。
【0020】
図2の上のグラフに示すように、制動放射線発生用ターゲット10の厚さを厚くするにつれて、最初は、制動放射線30の生成量が増加するため、放射性核種の製造率が増加する。しかし、制動放射線発生用ターゲット10の厚さを厚くすると、制動放射線30を遮蔽する効果も高くなる(なお、制動放射線30を遮蔽する効果は、制動放射線発生用ターゲット10の厚さが薄くても生じている)。そのため、制動放射線発生用ターゲット10が一定の厚さに達すると、制動放射線30の生成(製造率)と制動放射線30を遮蔽する効果とが釣り合うようになり、放射性核種の製造率が増加しなくなる。その後、さらに制動放射線発生用ターゲット10の厚さを厚くすると、制動放射線30を遮蔽する効果が勝って制動放射線30の照射量が減少し、それにより放射性核種の製造率が減少する。また、制動放射線発生用ターゲット10に電子線20が照射されると、制動放射線発生用ターゲット10における発熱や、照射による劣化が起こる。これにより、制動放射線発生用ターゲット10の健全性が劣化する。制動放射線発生用ターゲット10の健全性を保つ観点からは、制動放射線発生用ターゲット10の厚さを厚くするほど好ましいと言えるが、厚くし過ぎると、前述したように放射性核種の製造率が減少する。そのため、制動放射線発生用ターゲット10は、放射性核種の製造率が低下することなく、かつ、制動放射線発生用ターゲット10の健全性の劣化ができるだけ少なくなる厚さで設定することが好ましい。
【0021】
また、
図2の下のグラフに示すように、制動放射線発生用ターゲット10の厚さを厚くするほど制動放射線発生用ターゲット10を透過する電子線20の量が減少し、放射性核種製造用ターゲット40や容器50などへの電子線20の照射量が減少する。従って、放射性核種製造システムSは、制動放射線発生用ターゲット10の厚さを厚くするほど、放射性核種製造用ターゲット40や容器50などに与える熱負荷や損傷を低減できる。
【0022】
従って、
図2の両方のグラフに示すように、制動放射線発生用ターゲット10の厚さを、前記したように、放射性核種の製造率のピークとなる範囲、かつ、前記範囲内において放射性核種製造用ターゲット40への電子線20の照射量が最も少なくなる条件(この条件は、制動放射線発生用ターゲット10の健全性の劣化ができるだけ少なくなる条件でもある)で設定する。これにより、放射性核種製造システムSは、制動放射線発生用ターゲット10や放射性核種製造用ターゲット40、容器50などに与える熱負荷や損傷を低減し(安全性高く)、放射性核種の製造を効率良く行うことができる。
【0023】
前記したような範囲となる制動放射線発生用ターゲット10の厚さは、電子線20のエネルギーによって異なる。従って、制動放射線発生用ターゲット10の厚さは、電子線20のエネルギーに応じて、最適な値に設定するとよい。
図2の上のグラフを参照して説明すると、例えば、35MeVの電子線20を用い、制動放射線発生用ターゲット10としてタングステンを用いた場合、タングステンの厚さが2mmまでは、放射性核種の製造率が増加し、2mmから6mmまでの厚さでは、放射性核種の製造量がほぼ一定の値となり、6mmを超えると、放射性核種の製造率が減少する。また、
図2の下のグラフを参照して説明すると、タングステンを透過する電子線20の量は、タングステンの厚さを厚くするほど減少する。このことから、35MeVの電子線20を用いる場合は、制動放射線発生用ターゲット10であるタングステンの厚さを6mmとする(すなわち、
図2の斜線で示す範囲、より好ましくは一点鎖線aの条件で設定する)ことで、放射性核種の製造率を減少させることなく、制動放射線発生用ターゲット10や放射性核種製造用ターゲット40、容器50などに与える熱負荷や損傷を低減できる。
【0024】
これらのことから、放射性核種製造システムSは、例えば、電子線20のエネルギーを上げて40MeVの電子線20を用い、制動放射線発生用ターゲット10としてタングステンを用いる場合、制動放射線発生用ターゲット10は6mmを超える任意の厚さとすることができる。また、放射性核種製造システムSは、例えば、電子線20のエネルギーを下げて30MeVの電子線20を用い、制動放射線発生用ターゲット10としてタングステンを用いる場合、制動放射線発生用ターゲット10は6mm未満の任意の厚さとすることができる。つまり、制動放射線発生用ターゲット10の厚さは、電子線20のエネルギーが高いときは厚く、エネルギーが低いときは薄くすることができる。
【0025】
制動放射線発生用ターゲット10は、タングステンの他にも、例えば、プラチナやタンタルなどの強磁性体ではない材料で形成することができる。この場合、制動放射線発生用ターゲット10は材料に応じた任意の厚さとすることができる。制動放射線発生用ターゲット10の材料の違いによる厚さは事前に試験やシミュレーションを行って設定するとよい。
このように、放射性核種製造システムSは、電子線20のエネルギーや材料に応じて制動放射線発生用ターゲット10の厚さを変えることができる。従って、放射性核種製造システムSは、放射性核種の製造率を減少させることなく、制動放射線発生用ターゲット10や放射性核種製造用ターゲット40、容器50などに与える熱負荷や損傷を低減できるという効果を適切に得られる。
【0026】
ここで、
図3は、制動放射線発生用ターゲット10の一例を示す説明図である。
図3に示すように、制動放射線発生用ターゲット10は、例えば、厚さ1mmの板状のものを複数枚(例えば、10枚(
図3では5枚で図示))備え、電子線20のエネルギーに応じて当該板状の制動放射線発生用ターゲット10を抜き差し等して適宜の厚さに調節できるようにしてもよい。このようにすると、電子線20のエネルギーの出力設定を変更した場合に、そのエネルギーに応じて制動放射線発生用ターゲット10の厚さを調節することができる。複数枚備えて成る板状の制動放射線発生用ターゲット10のそれぞれは、抜き差し後の形態が互いに密着するように設けてもよいし、所定の間隔をあけて設けてもよい(例えば、一枚おきに設けてもよい)。所定の間隔をあけた場合は、冷却性能を高めることができる。板状の制動放射線発生用ターゲット10の厚さは、例えば、2mmや3mmなどとすることもできる。また、複数枚備える板状の制動放射線発生用ターゲット10の厚さは、互いに異ならせてもよい。これらのいずれの態様を採用した場合であっても、放射性核種製造システムSは、電子線20のエネルギーに応じて制動放射線発生用ターゲット10の厚さを柔軟に調節できる。
【0027】
図4は、本実施形態に係る放射性核種製造システムSの他の一構成例を示す概略図である。
図4に示すように、放射性核種製造システムSは、制動放射線発生用ターゲット10と放射性核種製造用ターゲット40との間に、電子線除去装置60を設置することができる。この電子線除去装置60は、制動放射線発生用ターゲット10を通過した電子線20の進行方向を変え、制動放射線30から分離して除去する。従って、放射性核種製造システムSは、電子線除去装置60を設置することにより、さらに、放射性核種製造用ターゲット40や容器50などへの熱負荷や損傷を低減でき、小型軽量な装置で安全性高くかつ効率良く放射性核種を製造できるようになる。
【0028】
電子線除去装置60には、1組もしくは複数組の永久磁石もしくは電磁石を用いた磁場発生器60a(
図5参照)および電場発生器60b(
図5参照)のうちの少なくとも一方を用いることができる。制動放射線30は、電場や磁場の影響を受けないが、電子線20は、電場や磁場が存在すると進行方向を変える。従って、制動放射線発生用ターゲット10と放射性核種製造用ターゲット40との間に、磁場発生器60aや電場発生器60bを備えた電子線除去装置60を設置すると、制動放射線発生用ターゲット10を透過した電子線20は、電子線除去装置60で発生させた電場や磁場により進行方向を変え、放射性核種製造用ターゲット40や容器50などへ照射されなくなるか、または照射を低減できる。そのため、放射性核種製造システムSは、放射性核種製造用ターゲット40や容器50に与える熱負荷や損傷を低減できる。
【0029】
電子線除去装置60として前記したような磁場発生器60aまたは電場発生器60bを用いる場合、制動放射線発生用ターゲット10および容器50は、強磁性体ではない材料を使用することが望ましい。このようにすると、磁場を用いたときに、その磁場によって制動放射線発生用ターゲット10や容器50などに対して応力が働くなどの影響を抑制できる。なお、強磁性体とは、磁性体のうちで、結晶内の隣合った磁性原子の磁気モーメントが平行に並んで外部に強い磁性を示すものをいい、例えば、鉄、コバルト、ニッケルまたはこれらのうちのいずれか1種を主成分とする合金などが挙げられる。従って、強磁性体ではない材料とは、これらの強磁性体以外で構成された材料をいう。例えば、制動放射線発生用ターゲット10は、前記したように、タングステン、プラチナ、タンタルなどで形成することができる。また、例えば、容器50は、アルミニウム、セラミック材などで形成することができる。
【0030】
また、電子線除去装置60によって進行方向が変わった電子線20については、少なくとも当該電子線20が消滅するまでの間に構造物が無い構造とすることが望ましい。このようにすると、構造物が無いので電子線20による熱負荷や損傷を受けなくなる。構造物が無い構造は、例えば、電子線除去装置60と放射性核種製造用ターゲット40との間を通る制動放射線30を中心軸にして垂直な方向に少なくとも半径数十cm~1m程度の空間を確保し、構造物を設けないようにするとよい。このような空間を確保することにより、電子線除去装置60によって進行方向が変わった電子線20は十分に低減または消滅するので、その先に構造物があったとしても、熱負荷や損傷を受けなくなる。
【0031】
図5は、電子線除去装置60の一例を示す概略図である。この
図5は、
図5の紙面の手前側から奥側に向けて、電子線20が通過する様子を示している。
図5に示すように、電子線除去装置60は、電子線20の通過方向に対して垂直に磁場が生成されるように、永久磁石または電磁石からなる磁場発生器60aを設置する。また、この態様では、磁場発生器60aによって変わる電子線20の進行方向と同じ方向に電子線20の進行方向を変えるように、電場発生器60bによる電場方向を設定する。例えば、電場発生器60bは、電子線20を挟んで設置される一対の磁場発生器60aに対して、電子線20を中心に90°回転させた位置に設置することが挙げられる。このようにすると、磁場と電場との相乗効果により、より強力に電子線20の進行方向を変えることができる。
【0032】
図6は、電子線除去装置60の運転の一例を説明する説明図である。放射性核種製造システムSにおいては、
図6の下図に示すように、電子線加速器1からの電子線20は、パルス状であってもよい。これに対し、
図6の上図に示すように、電子線除去装置60の磁場発生器60aおよび/または電場発生器60bの強度(磁場または電場強度)を一定にすることができる。このようにすると、特別な制御装置が不要となるので、簡便な構成かつより安価に電子線20の進行方向を変えることができる。
【0033】
図7は、電子線除去装置60の運転の他の一例を説明する説明図である。放射性核種製造システムSにおいては、
図7の下図に示すように、電子線加速器1からの電子線20は、パルス状であってもよい。これに対し、
図7の上図に示すように、電子線除去装置60の磁場発生器60aおよび/または電場発生器60bの極性(磁場または電場強度)を、前記したパルス毎に変化させることができる。このようにすると、制動放射線発生用ターゲット10を透過する電子線20の進行方向がパルス毎に変わる。電子線20の進行方向がパルス毎に変わるので、変わった進行方向に構造物がある場合でも、構造物に照射される電子線20の強度を半分に低減することができる。従って、放射性核種製造システムSは、構造物に与える熱負荷や損傷を低減できる。これは電子線除去装置60が電磁石を用いているときに好適な態様である。つまり、電子線加速器1から照射されるパルス状の電子線20に合わせて一定時間毎に(パルス毎に)電磁石の極性を変えることにより、制動放射線発生用ターゲット10を透過する電子線20の進行方向をパルス毎に変えることができる。
【0034】
(放射性核種製造方法)
図8は、本実施形態に係る放射性核種製造方法の内容を説明するフロー図である。本実施形態に係る放射性核種製造方法は、前述した放射性核種製造システムSを用いて放射性核種を製造するものである。そのため、放射性核種製造システムSで説明した各要素の詳しい説明は省略する。
図8に示すように、放射性核種製造方法は、電子線照射ステップS1と、制動放射線発生ステップS2と、放射性核種製造ステップS3と、を含んでいる。
【0035】
電子線照射ステップS1は、電子線加速器1により電子線20を照射させる。具体的には、電子線加速器1は、電子線20を加速させて制動放射線発生用ターゲット10に向けて照射する。
制動放射線発生ステップS2は、制動放射線発生用ターゲット10に電子線20を照射して制動放射線30を発生させる。
放射性核種製造ステップS3は、発生させた制動放射線30が照射されて放射性核種を製造する原料を含む放射性核種製造用ターゲット40に制動放射線30を照射して、放射性核種を製造する。
【0036】
そして、本実施形態に係る放射性核種製造方法では、放射性核種製造システムSで説明したように、制動放射線発生用ターゲット10の厚さを、放射性核種の製造率のピークとなる範囲、かつ、前記範囲内において放射性核種製造用ターゲット40への電子線20の照射量が最も少なくなる条件で設定する。これにより、放射性核種製造方法は、放射性核種製造システムSで説明したように、制動放射線発生用ターゲット10や放射性核種製造用ターゲット40、容器50などに与える熱負荷や損傷が低減され(安全性高く)、放射性核種の製造を効率良く行うことができる。また、放射性核種製造方法は、電子線加速器1を用いているので、陽子加速器や重粒子加速器などと比較して小型化・軽量化が可能である。
【0037】
以上、本発明に係る放射性核種製造システムSおよび放射性核種製造方法について実施形態により詳細に説明したが、本発明は前記した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、前記した実施形態は本発明を分かり易く説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態の構成の一部を他の実施形態の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態の構成に他の実施形態の構成を加えることも可能である。また、それぞれの実施形態の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0038】
S 放射性核種製造システム
1 電子線加速器
10 制動放射線発生用ターゲット
20 電子線
30 制動放射線
40 放射性核種製造用ターゲット
50 容器
60 電子線除去装置
60a 磁場発生器
60b 電場発生器
S1 電子線照射ステップ
S2 制動放射線発生ステップ
S3 放射性核種製造ステップ