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特開2023-183639頭蓋内圧計測装置、頭蓋内圧計測方法、頭蓋内圧計測のためのプログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183639
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】頭蓋内圧計測装置、頭蓋内圧計測方法、頭蓋内圧計測のためのプログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/03 20060101AFI20231221BHJP
【FI】
A61B5/03
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097259
(22)【出願日】2022-06-16
(71)【出願人】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002354
【氏名又は名称】弁理士法人平和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】村越 道生
(72)【発明者】
【氏名】曲師 綾香
【テーマコード(参考)】
4C017
【Fターム(参考)】
4C017AA20
4C017AB08
4C017AC30
4C017BC11
4C017BC16
(57)【要約】
【課題】非侵襲的に頭蓋内圧に関する情報を取得する。
【解決手段】頭蓋内圧計測装置1は、被験者の外耳道内に向けて刺激音を出力するように構成された刺激音出力部91と、刺激音を出力したときの外耳道内の圧力変動を示す音圧信号を取得するように構成された受音部92と、音圧信号を解析して被験者の頭蓋内圧に関する値を導出するように構成された解析装置93とを備える。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者の外耳道内に向けて刺激音を出力するように構成された刺激音出力部と、
前記刺激音を出力したときの前記外耳道内の圧力変動を示す音圧信号を取得するように構成された受音部と、
前記音圧信号を解析して前記被験者の頭蓋内圧に関する値を導出するように構成された解析装置と
を備える頭蓋内圧計測装置。
【請求項2】
前記解析装置は、前記被験者の中耳の特性を解析し、当該中耳の特性に基づいて前記頭蓋内圧に関する値を導出するように構成されている、請求項1に記載の頭蓋内圧計測装置。
【請求項3】
前記刺激音出力部は、複数の周波数に関する前記刺激音を出力するように構成されている、請求項1に記載の頭蓋内圧計測装置。
【請求項4】
前記解析装置は、前記被験者の中耳の共振周波数又は鼓膜の可動性を示す値を算出し、当該値に基づいて前記頭蓋内圧に関する値を導出するように構成されている、請求項3に記載の頭蓋内圧計測装置。
【請求項5】
前記刺激音出力部は、前記刺激音として、周波数掃引音又はランダム雑音を出力するように構成されている、請求項4に記載の頭蓋内圧計測装置。
【請求項6】
前記解析装置は、前記頭蓋内圧に関する値として、前記頭蓋内圧の経時的変化を導出するように構成されている、請求項1乃至5の何れかに記載の頭蓋内圧計測装置。
【請求項7】
被験者の外耳道内に向けて刺激音を出力することと、
前記刺激音を出力したときの前記外耳道内の圧力変動を示す音圧信号を取得することと、
前記音圧信号を解析して前記被験者の頭蓋内圧に関する値を導出することと
を含む頭蓋内圧計測方法。
【請求項8】
刺激音出力部に、被験者の外耳道内に向けて刺激音を出力させることと、
受音部に、前記刺激音を出力したときの前記外耳道内の圧力変動を示す音圧信号を取得させることと、
解析装置に、前記音圧信号を解析して前記被験者の頭蓋内圧に関する値を導出することと
を実行させる、頭蓋内圧計測のためのプログラム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、頭蓋内圧計測装置、頭蓋内圧計測方法、頭蓋内圧計測のためのプログラムに関し、特に、経外耳道的であり非侵襲な頭蓋内圧計測に関する。
【背景技術】
【0002】
脳内の出血や脳脊髄液の循環不良は、頭蓋内圧の増大(亢進)を引き起こす。脳外科手術後などには、患者の状態管理のために、頭蓋内圧の測定が行われている。一般的な頭蓋内圧の測定方法として、頭蓋骨や腰椎にカテーテルを直接挿入し、当該カテーテルの他端に圧力ゲージ取り付けて、頭蓋内圧又は脳脊髄液圧を測定する方法が知られている。しかしながら、これらの測定方法は侵襲的である。非侵襲的に頭蓋内圧を測定する方法が求められている。
【0003】
例えば特許文献1には、非侵襲的に頭蓋内圧を推定する方法について次のことが開示されている。心臓から駆出される血流脈波は、頸動脈、椎骨動脈を経由し脳に至ることで、頭蓋内圧脈波を形成する。この頸動脈波から頭蓋内圧脈波までの伝達関数は共振特性を示す。頭蓋内圧が上昇すると脳コンプライアンスは低下し、上述の共振特性における固有共振周波数は上昇する。頭蓋内圧と固有共振周波数とは二次関数の関係を示す。そこで、耳栓型圧力センサーを用いて外耳道内圧脈波信号を取得し、その信号を解析して上述の固有共振周波数を求め、この固有共振周波数から頭蓋内圧を算出する。このようにして、非侵襲的に頭蓋内圧が推定され得る。
【0004】
非侵襲的に頭蓋内圧に関する情報を取得する手段について、いくつかの提案はなされているものの、現在のところ何れも一般的に用いられるには至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2020-168086号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、非侵襲的に頭蓋内圧に関する情報を取得することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様によれば、頭蓋内圧計測装置は、被験者の外耳道内に向けて刺激音を出力するように構成された刺激音出力部と、前記刺激音を出力したときの前記外耳道内の圧力変動を示す音圧信号を取得するように構成された受音部と、前記音圧信号を解析して前記被験者の頭蓋内圧に関する値を導出するように構成された解析装置とを備える。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、非侵襲的に頭蓋内圧に関する情報を取得できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、一実施形態に係る頭蓋内圧計測装置の構成例の概略を示す模式図である。
図2図2は、一実施形態に係る頭蓋内圧計測装置の構成例の概略を示す機能ブロック図である。
図3図3は、ヒトの聴覚器官及びのその周辺を示す模式図である。
図4A図4Aは、外耳道内の音圧について説明するための図である。
図4B図4Bは、外耳道内の音圧について説明するための図である。
図5図5は、頭蓋内圧計測装置を用いた計測について説明するための図である。
図6図6は、一実施形態に係る頭蓋内圧計測装置のコンピュータの動作の一例の概略を示すフローチャートである。
図7図7は、一実施形態に係る頭蓋内圧計測装置のコンピュータの動作の一例の概略を示すフローチャートである。
図8図8は、頭蓋内圧計測装置を用いた成人を被験者とした計測結果の一例を示す図である。
図9A図9Aは、通常状態及びいきんだ状態で得られた共振周波数の値を示す。
図9B図9Bは、通常状態及びいきんだ状態で得られたΔSPLの値を示す。
図10A図10Aは、通常状態の値で正規化した通常状態及びいきんだ状態で得られた共振周波数の値を示す。
図10B図10Bは、通常状態の値で正規化した通常状態及びいきんだ状態で得られたΔSPLの値を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
一実施形態について図面を参照して説明する。本実施形態は、頭蓋内圧(intracranial pressure: ICP)に関する情報を取得する頭蓋内圧計測装置に関する。本実施形態の頭蓋内圧計測装置は、経外耳道的に、特に経中耳的に、頭蓋内圧を計測するように構成されている。頭蓋内圧計測装置は、被験者の外耳道内に向けて刺激音を出力し、そのときの外耳道内の圧力変動を取得する。頭蓋内圧計測装置は、この圧力変動を解析することで、被験者の中耳の特性を解析し、中耳の特性に影響を与える頭蓋内圧に関する値を導出するように構成されている。
【0011】
[装置構成]
図1は、本実施形態に係る頭蓋内圧計測装置1の構成例の概略を示す模式図である。図2は、本実施形態に係る頭蓋内圧計測装置1の構成例の概略を示す機能ブロック図である。図1に示すように、頭蓋内圧計測装置1は、コンピュータ10と、AD/DAコンバータ60と、アンプシステム70と、プローブ80とを備える。
【0012】
プローブ80は、その先端が、被験者200の外耳道210に挿入されるように構成されている。プローブ80は、外耳道210に向けて刺激音を出力するためのイヤホン82と、外耳道210内の圧力変動を取得するためのマイクロホン84とを備える。
【0013】
コンピュータ10は、一般的なコンピュータであり、例えばパーソナルコンピュータ等である。コンピュータ10は、例えば、Central Processing Unit(CPU)11、メモリ12などといった各種の集積回路、ストレージ13、各種のインターフェース14などを備える。コンピュータ10は、頭蓋内圧計測装置1の動作の制御、刺激音に係る信号の生成、外耳道内の圧力変動の解析などの処理を行う。コンピュータ10の動作は、コンピュータ10内に記録されたり、コンピュータ10の外部から提供されたりするプログラムに従って行われる。
【0014】
AD/DAコンバータ60は、DAコンバータ62とADコンバータ64とを有する。アンプシステム70は、イヤホンアンプ72とマイクロホンアンプ74とを有する。AD/DAコンバータ60のDAコンバータ62は、コンピュータ10から出力された刺激音に係るデジタル信号をアナログ信号に変換し、アンプシステム70のイヤホンアンプ72へと出力する。イヤホンアンプ72は、DAコンバータ62から入力された刺激音に係るアナログ信号を増幅し、プローブ80のイヤホン82から刺激音を出力させる。アンプシステム70のマイクロホンアンプ74は、プローブ80のマイクロホン84で取得した外耳道210内の圧力変動に係るアナログ信号を増幅し、AD/DAコンバータ60のADコンバータ64へと出力する。ADコンバータ64は、マイクロホンアンプ74から取得したアナログ信号をデジタル信号に変換し、コンピュータ10に入力する。
【0015】
コンピュータ10は、制御部22、信号生成部32、信号出力部34、信号取得部38、信号解析部40等としての機能を有する。制御部22は、コンピュータ10の各動作を制御する。
【0016】
信号生成部32は、出力する刺激音に関する信号を生成する。生成された刺激音に関する信号は、信号出力部34を介してDAコンバータ62へと出力される。
【0017】
本実施形態では、刺激音として、複数の周波数の音が出力されるように構成されている。例えば、刺激音は、低周波から高周波に、又は、高周波から低周波に変化する周波数掃引音であってもよい。例えば、刺激音は、100 Hzから2000 Hzまで10秒かけて変化する周波数掃引音であってもよい。また、刺激音は、周波数掃引音のように周波数が連続的に変化するものではなく、不連続に周波数が変化するものであってもよい。また、刺激音は、例えばランダム雑音のように、低周波から高周波までの各周波数の音を含むものであってもよい。
【0018】
信号解析部40は、信号取得部38を介してADコンバータ64からマイクロホン84で取得した外耳道内の圧力変動に係る信号を取得する。信号解析部40は、取得した信号を解析する。信号解析部40は、中耳特性解析部42及び頭蓋内圧解析部44としての機能を有する。
【0019】
中耳特性解析部42は、取得した外耳道210内の圧力変動に基づいて、被験者200の中耳の特性を解析する。中耳特性解析部42は、取得した外耳道210内の圧力変動に基づいて、例えば被験者200の鼓膜222の共振周波数、又は、鼓膜222の可動性を示す値を算出する。刺激音がランダム雑音などである場合、中耳特性解析部42が行う解析は、高速フーリエ変換(FFT)解析を含み得る。
【0020】
頭蓋内圧解析部44は、中耳特性解析部42が求めた中耳の特性に基づいて、被験者200の頭蓋内圧に関する値を導出するように構成されている。例えば、頭蓋内圧解析部44は、鼓膜222の共振周波数、又は、鼓膜222の可動性を示す値に基づいて、被験者200の頭蓋内圧に関する値を導出するように構成されている。頭蓋内圧解析部44は、頭蓋内圧に関する値として、例えば、頭蓋内圧の絶対値、基準値に対する頭蓋内圧の相対値、又は頭蓋内圧の経時的変化などを導出するように構成されている。
【0021】
以上のように、信号生成部32、信号出力部34、DAコンバータ62、イヤホンアンプ72、イヤホン82などは、全体として、被験者200の外耳道210内に向けて刺激音を出力するように構成された刺激音出力部91として機能する。また、信号取得部38、ADコンバータ64、マイクロホンアンプ74、マイクロホン84などは、全体として、刺激音出力部91が刺激音を出力したときの外耳道210内の圧力変動を示す音圧信号を取得するように構成された受音部92として機能する。また、中耳特性解析部42及び頭蓋内圧解析部44などを含む信号解析部40などは、音圧信号を解析して被験者200の頭蓋内圧に関する値を導出するように構成された解析装置93として機能する。
【0022】
ここで示した頭蓋内圧計測装置1の構成は一例であり、同様の機能を発揮すれば適宜に変更され得る。ここでは、コンピュータ10が頭蓋内圧計測装置1の動作に関する各種制御及びデータの解析の全てを行う例を示したが、これに限らない。コンピュータ10の機能は、何台の装置によって実現されてもよい。また、コンピュータ10の機能の一部が、ネットワークを介してコンピュータ10に接続された遠隔地に配置された他の装置によって担われてもよい。例えば遠隔地から頭蓋内圧計測装置1の各部の動作が制御されてもよいし、取得されたデータの解析がサーバで行われてもよい。物理的な構成は種々あり得るが、頭蓋内圧計測装置1は、刺激音出力部91、受音部92及び解析装置93等の機能を発揮する。
【0023】
[測定原理]
頭蓋内圧計測装置1による頭蓋内圧の測定原理について説明する。図3は、ヒトの聴覚器官及びのその周辺を示す模式図である。外耳道210の端にある鼓膜222と、内耳230の蝸牛232とは、ツチ骨225、キヌタ骨226及びアブミ骨227を含む耳小骨224を介して接続されている。内耳230は、リンパ液で満たされている。内耳230の蝸牛232とクモ膜下腔242とは、蝸牛小管234によって繋がっている。したがって、クモ膜下腔242内の圧力、すなわち、頭蓋内圧が亢進すると、内耳230のリンパ液の圧力も上昇し、内耳230に接続されたアブミ骨227は中耳220側に押し出される。アブミ骨227の変位に伴い、それに連結されたキヌタ骨226及びツチ骨225を介して、鼓膜222は外耳道210側に押し出される。このとき、鼓膜222の可動性は、通常時よりも低下する。このように、鼓膜222の可動特性と頭蓋内圧とには関連があるため、鼓膜222の可動特性を計測することで、頭蓋内圧に関する情報が取得され得る。
【0024】
外耳道210内の音圧について説明する。計測時において、外耳道210の一端では、イヤホン82の振動膜83が振動し、外耳道210の他端では、鼓膜222が振動する。図4A及び図4Bは、この様子を模式的に示す図である。
【0025】
イヤホン82から出力される刺激音の周波数が中耳220の共振周波数よりも低いとき、図4Aに模式的に示されるように、イヤホン82の振動膜83と鼓膜222とは同位相で変位する。このため、外耳道210内の圧力Pは、
P=K(ΔV-ΔVTM)/V
で表される。ここで、Kは、空気の体積弾性率、ΔVはイヤホン82の振動膜83による体積変化、ΔVTMは鼓膜222による体積変化、Vは、外耳道210の体積である。このとき、鼓膜222が振動するほど体積変化は小さくなり、音圧は小さくなる。
【0026】
イヤホン82から出力される刺激音の周波数が中耳220の共振周波数に達したとき、図4Bに模式的に示されるように、鼓膜222の位相が反転する。このため、外耳道210内の圧力Pは、
P=K(ΔV+ΔVTM)/V
で表される。このとき、鼓膜222が振動するほど体積変化は大きくなり、音圧は大きくなる。
【0027】
図5は、成人を被験者200として、頭蓋内圧計測装置1を用いた計測結果の一例を示す図である。図5は、イヤホン82から10秒かけて周波数が100 Hzから2000 Hzまで変化する周波数掃引音を出力したときに、マイクロホン84を用いて取得される結果を示す。図5において、実線は、マイクロホン84を用いて取得された音圧レベル(sound pressure level: SPL)を、刺激音の周波数に対して示す。ここで、SPLは、
SPL = 20 log | P / PREF |
であり、Pはマイクロホン84で計測される音圧であり、PREFは基準音圧であって2.0×10-5 Paである。図5に実線で示される曲線をSPLカーブと称することにする。図5において、破線は、このときの鼓膜222による体積変化を刺激音の周波数に対して示す。
【0028】
SPLカーブに認められるSPLの大きな変化は中耳220の共振を示すことが知られている。図5中には、SPLカーブの極小値を示す周波数と極大値を示す周波数との中間値が、中耳220の共振周波数(RF)として一点鎖線矢印で示されている。また、SPLカーブの極小値と極大値との差であるΔSPLは、鼓膜222の可動性を示すことが知られている。上述のとおり、頭蓋内圧と鼓膜222の可動特性とに関連があるため、中耳220の共振周波数(RF)及び/又はΔSPLを特定することで、頭蓋内圧に係る情報が取得され得る。
【0029】
[装置の動作]
頭蓋内圧計測装置1の動作について説明する。この例は、頭蓋内圧計測装置1によって、例えば定期的になど、繰り返し頭蓋内圧に関する値が特定され、その経時的な変化が解析される例である。計測時において、プローブ80は、被験者200の外耳道210に挿入されている。図6は、コンピュータ10の動作の一例の概略を示すフローチャートである。
【0030】
ステップS11において、コンピュータ10は、頭蓋内圧に関する値を計測するタイミングであるか否かを判定する。計測するタイミングでないとき、コンピュータ10は、待機して、計測するタイミングを待つ。計測するタイミングであるとき、処理はステップS12に進む。
【0031】
ステップS12において、コンピュータ10は、頭蓋内圧計測処理を行う。頭蓋内圧計測処理の一例について、図7に示すフローチャートを参照して説明する。
【0032】
ステップS21において、コンピュータ10は、出力する刺激音の周波数を設定する。例えば、刺激音の周波数は、低周波から高周波に向けて周波数掃引させるように設定される。
【0033】
ステップS22において、コンピュータ10は、設定された周波数の刺激音に係る信号を出力する。DAコンバータ62及びイヤホンアンプ72を介してこの信号に基づいて、イヤホン82から外耳道210に向けて刺激音が出力される。
【0034】
このときの外耳道210内の音圧を示す信号が、マイクロホン84で生じる。マイクロホン84で生じた信号は、マイクロホンアンプ74及びADコンバータ64を介して、コンピュータ10に入力される。ステップS23において、コンピュータ10は、マイクロホン84からの音圧信号を取得する。
【0035】
ステップS24において、コンピュータ10は、音圧を取得すべき全周波数について計測が行われたか否かを判定する。全周波数で計測が行われていないとき、処理はステップS21に戻る。すなわち、刺激音の周波数が変更されて同様に音圧が取得される。ステップS24において、全周波数で計測が行われたと判定されたとき、処理はステップS25に進む。このようにして、各周波数の刺激音に対する外耳道210内の音圧が取得される。
【0036】
ステップS25において、コンピュータ10は、取得した音圧情報に基づいて、被験者200の中耳220の特性について解析する。例えば、コンピュータ10は、SPLカーブに基づいて、中耳220の共振周波数及び/又は鼓膜222の可動性を示すΔSPLの値を特定する。
【0037】
ステップS26において、コンピュータ10は、特定された中耳220の特性に基づいて、頭蓋内圧に関する値を導出する。頭蓋内圧に関する値は、例えば、頭蓋内圧を示す絶対値であってもよいし、頭蓋内圧を示す相対値であってもよい。以上で頭蓋内圧計測処理は終了する。
【0038】
図6に戻って説明を続ける。頭蓋内圧計測処理の後、処理はステップS13に進む。ステップS13において、コンピュータ10は、経時的に取得された頭蓋内圧に関する値に基づいて、頭蓋内圧の経時的変化を解析する。例えば、コンピュータ10は、頭蓋内圧亢進の有無を特定する。その後、処理はステップS11に戻り、上述の処理が繰り返される。
【0039】
以上のように動作する頭蓋内圧計測装置1によれば、経外耳道的に非侵襲に頭蓋内圧に関する値が取得され、頭蓋内圧亢進の有無を含む判断が行われ得る。
【0040】
[計測例]
頭蓋内圧計測装置1の装置構成を有する計測装置を用いて、刺激音を100 Hzから2000 Hzまで10秒かけて変化する周波数掃引音とし、このときの外耳道内の音圧レベル(SPL)を計測した。計測したSPLを刺激音の周波数に対してプロットし、SPLカーブを取得した。
【0041】
吸気後にいきむと、胸腔内圧が上昇し、肺や心臓が圧迫され、静脈の圧迫により静脈還流量が減少するため、頭蓋内の血液量が増加し、一時的に頭蓋内圧が高くなることが知られている。呼気圧30 mmHgでいきむと、頭蓋内圧は10 mmHg程度亢進すると考えられている。そこで、吸気後にいきんだ状態を頭蓋内圧亢進状態として計測を行った。また、いきむことなく通常状態において計測を行った。
【0042】
予備実験において、男性被験者は、いきんだ状態で40 mmHgの呼気圧を10秒間安定的に維持することができた。そこで、男性被験者では、呼気圧を40 mmHgとしていきんだ状態を頭蓋内圧亢進状態とし、計測を行ってSPLカーブの取得を行った。一方、予備実験において、多くの女性被験者は、いきんだ状態で40 mmHgの呼気圧を10秒間安定的に維持することはできなかった。女性被験者は、いきんだ状態で30 mmHgの呼気圧を10秒間安定的に維持することはできた。そこで、女性被験者では、いきんだ状態で40 mmHgの呼気圧を安定的に維持することができた場合のみ、呼気圧を40 mmHgとしていきんだ状態を頭蓋内圧亢進状態とし、その他の場合では、呼気圧を30 mmHgとしていきんだ状態を頭蓋内圧亢進状態とし、計測を行ってSPLカーブの取得を行った。
【0043】
各被験者において、通常状態で計測を行った後に、いきんだ状態で計測を行い、両状態のSPLカーブを取得した。
【0044】
計測は、聴覚について健康であると確認された成人10名(男性5名、女性5名、22.8±2.5歳)を対象として行った。計測は、左右の耳を対象として行った。いきんだ状態での呼気圧を維持でき、SPLカーブが取得された12耳の結果を対象に解析を行った。
【0045】
計測結果の一例を図8に示す。図8において、実線は、通常状態で取得されたSPLカーブを示し、破線は、いきんだ状態、すなわち、頭蓋内圧亢進状態で取得されたSPLカーブを示す。実線で示した通常状態に比べて、破線で示した頭蓋内圧亢進状態では、ΔSPLが小さくなり、共振周波数(RF)が高くなった。
【0046】
計測で得られた12耳のSPLカーブから、共振周波数及びΔSPLの値をそれぞれ求めた。得られた12耳の共振周波数及びΔSPLの値を、それぞれ図9A及び図9Bに示す。これらの図において、通常状態の値が左軸上に、いきんだ状態の値が右軸上に、同耳の結果が線で結ばれて示されている。また、各耳について、通常状態の値で正規化した共振周波数及びΔSPLの値を、それぞれ図10A及び図10Bに同様に示す。いずれの計測耳においても、共振周波数は、いきんだ状態で通常状態よりも高くなった。また、取得された共振周波数について有意差検定を行ったところ、通常状態に対していきんだ状態では、共振周波数が有意に上昇した。また、多くの計測耳(10耳)において、ΔSPLは、いきんだ状態で通常状態よりも小さくなった。
【0047】
いきんだ状態での共振周波数の上昇とΔSPLの低下とは、いきんだ状態、すなわち、頭蓋内圧が上昇した状態では、内耳のリンパ液の圧力が上昇し、アブミ骨が中耳側に押し出されてアブミ骨の可動性が低下したことを示していると考えられる。
【0048】
これらの結果から、SPLカーブを取得し、共振周波数及び/又はΔSPLを解析することで、頭蓋内圧の変化を監視することが可能であることが確認できた。
【0049】
また、共振周波数及び/又はΔSPLと頭蓋内圧とが有する関係に基づけば、計測された共振周波数及び/又はΔSPLに基づいて頭蓋内圧の値を導出できることが確認できた。
【0050】
中耳の特性には個人差があり得る。そこで、本実施形態では、SPLカーブを取得するといったように、複数の周波数を入力して各周波数における中耳の特性に関する情報を得ている。このようにすることで、経中耳的にであっても中耳の特性の個人差によらず、頭蓋内圧に関する情報が正確に取得され得る。
【0051】
また、上述の実施形態では、外耳道内の圧力を大気圧として計測する例を示したがこれに限らない。外耳道内の圧力を大気圧以外として同様の計測が行われてもよいし、外耳道内の圧力を大気圧に対して例えば+200 daPaから-200 daPaまで変化させながら同様の計測が行われてもよい。その他、各種の条件を変更しながら計測が行われてもよい。
【0052】
本実施形態に係る頭蓋内圧計測装置1は、脳外科手術後において行われる頭蓋内圧計測のみならず、例えば、小児の水頭症患者など、数カ月から数年にわたって頭蓋内圧を監視したい患者への適用も可能である。一般に、小児の水頭症患者などでは、頭囲を測定することや、大泉門を直接触診することで頭蓋内圧亢進の有無を定性的に監視している。本実施形態に係る頭蓋内圧計測装置1を用いれば、これら方法に加えて、簡便かつ非侵襲的、定量的に頭蓋内圧を監視できる。
【0053】
以上、本発明について、好ましい実施形態を示して説明したが、本発明は、前述した実施形態にのみ限定されるものではなく、本発明の範囲で種々の変更実施が可能であることはいうまでもない。
【0054】
例えば、上述の実施形態では、SPLカーブに基づいて共振周波数又はΔSPLを求め、それに基づいて頭蓋内圧に関する情報を取得することを一例として示したが、これに限らない。共振周波数又はΔSPLではなく、SPLカーブから得られる中耳の特性を示す他の値に基づいて、頭蓋内圧に関する情報が取得されてもよい。また、SPLカーブを用いずに、中耳の特性が取得されてもよい。刺激音は、複数の周波数に関するものであることが好ましいが、一つの周波数に関するものであってもよい。刺激音を入力したときの外耳道内の圧力変動は中耳の特性を示すので、刺激音を入力したときに得られる外耳道内の圧力変動から、各種解析に基づいて中耳の特性を示す値が導出されてもよい。この中耳の特性を示す値から頭蓋内圧に関する情報が取得され得る。
【符号の説明】
【0055】
1 頭蓋内圧計測装置
10 コンピュータ
11 CPU
12 メモリ
13 ストレージ
14 インターフェース
22 制御部
32 信号生成部
34 信号出力部
38 信号取得部
40 信号解析部
42 中耳特性解析部
44 頭蓋内圧解析部
60 AD/DAコンバータ
62 DAコンバータ
64 ADコンバータ
70 アンプシステム
72 イヤホンアンプ
74 マイクロホンアンプ
80 プローブ
82 イヤホン
83 振動膜
84 マイクロホン
91 刺激音出力部
92 受音部
93 解析装置
200 被験者
210 外耳道
220 中耳
222 鼓膜
224 耳小骨
230 内耳
232 蝸牛
234 蝸牛小管
242 クモ膜下腔

図1
図2
図3
図4A
図4B
図5
図6
図7
図8
図9A
図9B
図10A
図10B