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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023183971
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】パルスアーク溶接の極性制御方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/073 20060101AFI20231221BHJP
   B23K 9/09 20060101ALI20231221BHJP
【FI】
B23K9/073 545
B23K9/09
【審査請求】未請求
【請求項の数】3
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097817
(22)【出願日】2022-06-17
(71)【出願人】
【識別番号】000000262
【氏名又は名称】株式会社ダイヘン
(72)【発明者】
【氏名】梶原 凱
(72)【発明者】
【氏名】中俣 利昭
【テーマコード(参考)】
4E082
【Fターム(参考)】
4E082AA01
4E082AB01
4E082BA02
4E082BA04
4E082EA11
4E082EB11
4E082EC03
4E082EC13
4E082EC15
4E082EE07
4E082EF30
(57)【要約】
【課題】パルスアーク溶接による高速溶接時に、スパッタの発生を削減すること。
【解決手段】溶接ワイヤを送給し、電極プラス極性EPでピーク電流Ip及びベース電流Ibを通電し、溶接ワイヤと母材とが短絡すると短絡電流を通電し、その後に溶滴のくびれを検出Ndすると前記短絡電流を減少させてアークを発生させて溶接するパルスアーク溶接の極性制御方法において、時刻t22において短絡が基準時間以上になると、電極プラス極性EPから電極マイナス極性ENへと出力極性を切り換える。電極マイナス極性EN中にくびれを検出Ndして短絡電流が減少した後に、時刻t25において電極プラス極性EPに戻す。
【選択図】 図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを送給し、電極プラス極性でピーク電流及びベース電流を通電し、
前記溶接ワイヤと母材とが短絡すると短絡電流を通電し、その後に溶滴のくびれを検出すると前記短絡電流を減少させてアークを発生させて溶接するパルスアーク溶接の極性制御方法において、
前記短絡が基準時間以上になると、電極プラス極性から電極マイナス極性へと出力極性を切り換える、
ことを特徴とするパルスアーク溶接の極性制御方法。
【請求項2】
前記電極マイナス極性中に前記くびれを検出して前記短絡電流が減少した後に、前記電極プラス極性に戻す、
ことを特徴とする請求項1に記載のパルスアーク溶接の極性制御方法。
【請求項3】
前記アークが発生した後に、前記電極プラス極性に戻す、
ことを特徴とする請求項1に記載のパルスアーク溶接の極性制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接ワイヤを送給して行うパルスアーク溶接の極性制御方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
消耗電極パルスアーク溶接では、溶接ワイヤを送給し、電極プラス極性でピーク電流及びピーク電圧を出力するピーク期間と、ベース電流及びベース電圧を出力するベース期間とを繰り返して溶接が行われる。ピーク電流は臨界電流値以上となる500A程度の大電流値に設定され、溶接ワイヤを溶融して溶滴の形成及び移行が行われる。ベース電流は臨界電流値未満となる50A程度に設定され、溶接ワイヤはほとんど溶融しない。溶接電流値が臨界電流値以上になると、溶滴の移行携帯がスプレー移行状態となる。パルスアーク溶接では、1回のピーク電流の通電によって1つの溶滴を移行させる1パルス周期1溶滴移行の状態を維持することが、スパッタの発生の少ない高品質の溶接ビードを得るために重要である。
【0003】
パルスアーク溶接において、アーク長が適正値になるように溶接電圧を設定すると、ピーク電流の通電時に溶接ワイヤの先端が溶融されて溶滴が形成され、ピーク電流の通電終了直後に溶滴が溶融池へとスプレー状態で移行する。溶滴が溶融池に移行するときに、溶滴の先端が溶融池と接触して、0.5ms程度以下の微小短絡が発生する場合が多い。しかし、この微小短絡は、炭酸ガスアーク溶接のように溶滴が短絡によって移行するのではなく、あくまでもスプレー移行する過程で溶滴が溶融池と接触するだけである。このために、微小短絡に対しては、溶接電流を増加させる等の短絡を解除させるための制御を行う必要はなく、微小短絡は自動的に解除される。
【0004】
溶接速度が1m/min程度以上となる高速溶接を行うときには、溶接品質を良好にするために、アーク長が短くなるように溶接電圧を低く設定する必要がある。アーク長が短くなると、微小短絡以外にも0.5ms以上となる通常短絡が発生するようになる。通常短絡では、溶滴が短絡移行する状態となり、短絡が解除されるときに多くのスパッタが発生する。特許文献1の発明では、高速溶接を行うパルスアーク溶接において、通常短絡が発生すると、ピーク電流の立上り速度よりも遅い立上り速度で溶接電流を増加させ、溶滴のくびれを検出すると溶接電流を減少させている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3844004号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高速溶接を行うパルスアーク溶接において、従来技術の短絡時溶接電流制御では、スパッタ削減効果が十分ではなく、さらなるスパッタの削減が望まれていた。これは、通常短絡よりも長い長期短絡が稀に発生し、スパッタが多く発生するという問題がある。
【0007】
そこで、本発明では、パルスアーク溶接による高速溶接時に、スパッタの発生を削減することができるパルスアーク溶接の極性制御方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述した課題を解決するために、請求項1の発明は、
溶接ワイヤを送給し、電極プラス極性でピーク電流及びベース電流を通電し、
前記溶接ワイヤと母材とが短絡すると短絡電流を通電し、その後に溶滴のくびれを検出すると前記短絡電流を減少させてアークを発生させて溶接するパルスアーク溶接の極性制御方法において、
前記短絡が基準時間以上になると、電極プラス極性から電極マイナス極性へと出力極性を切り換える、
ことを特徴とするパルスアーク溶接の極性制御方法である。
【0009】
請求項2の発明は、
前記電極マイナス極性中に前記くびれを検出して前記短絡電流が減少した後に、前記電極プラス極性に戻す、
ことを特徴とする請求項1に記載のパルスアーク溶接の極性制御方法である。
【0010】
請求項3の発明は、
前記アークが発生した後に、前記電極プラス極性に戻す、
ことを特徴とする請求項1に記載のパルスアーク溶接の極性制御方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、パルスアーク溶接による高速溶接時に、スパッタの発生を削減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の極性制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。
図2】本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の極性制御方法を示す図1の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
図3】本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の極性制御方法を示す図1の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態について説明する。
【0014】
[実施の形態1]
図1は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の極性制御方法を実施するための溶接電源のブロック図である。以下、同図を参照して各ブロックについて説明する。
【0015】
電源主回路MCは、3相200V等の商用電源(図示は省略)を入力として、後述する電流誤差増幅信号Eiに従ってインバータ制御等による出力制御を行い、後述する極性切換信号Drによって電極プラス極性EPと電極マイナス極性ENとを切り換えて溶接ワイヤ1と母材2との間に溶接電圧Vw及び溶接電流Iwを出力する。この電源主回路MCは、図示は省略するが、商用電源を整流する1次整流器、整流された直流を平滑する平滑コンデンサ、平滑された直流を高周波交流に変換する電流誤差増幅信号Eiによって駆動されるインバータ回路、高周波交流を溶接に適した電圧値に降圧する高周波変圧器、降圧された高周波交流を直流に整流する2次整流器、整流された直流を平滑するリアクトル、平滑された直流を極性切換信号Drに基づいて極性を切り換える2次側インバータ回路を備えている。
【0016】
溶接ワイヤ1は、ワイヤ送給モータ(図示は省略)に結合された送給ロール5の回転によって溶接トーチ4内を通って送給され、母材2との間にアーク3が発生する。溶接トーチ4内の給電チップ(図示は省略)と母材2との間には溶接電圧Vwが印加し、溶接電流Iwが通電する。
【0017】
電圧検出回路VDは、上記の溶接電圧Vwの絶対値を検出して、電圧検出信号Vdを出力する。電圧平均化回路VAVは、上記の電圧検出信号Vdを平均化して、電圧平均信号Vavを出力する。電圧設定回路VRは、予め定めた電圧設定信号Vrを出力する。
【0018】
電圧誤差増幅回路EVは、上記の電圧設定信号Vrと上記の電圧平均信号Vavとの誤差を増幅して、電圧誤差増幅信号Evを出力する。
【0019】
V/FコンバータVFは、上記の電圧誤差増幅信号Evに応じた周期を有するパルス周期信号Tfを出力する。このパルス周期信号Tfは、ピーク期間とベース期間との1周期を決定する信号である。
【0020】
ピーク電流立上り速度設定回路SURは、予め定めたピーク電流立上り速度設定信号Surを出力する。ピーク電流立下り速度設定回路SDRは、予め定めたピーク電流立下り速度設定信号Sdrを出力する。
【0021】
ピーク期間設定回路TPRは、予め定めたピーク期間設定信号Tprを出力する。
【0022】
ベース電流設定回路IBRは、予め定めたベース電流設定信号Ibrを出力する。ピーク電流設定回路IPRは、予め定めたピーク電流設定信号Iprを出力する。ピーク電流設定信号Iprは、溶接ワイヤの直径、材質、送給速度等に応じて、400~600A程度に設定される。
【0023】
電流設定回路IRは、上記のベース電流設定信号Ibr、上記のピーク電流設定信号Ipr、上記のパルス周期信号Tf、上記のピーク電流立上り速度設定信号Sur、上記のピーク電流立下り速度設定信号Sdr及び上記のピーク期間設定信号Tprを入力として、以下の処理を行い、電流設定信号Irを出力する。
1)パルス周期信号Tfが短時間Highレベルに変化すると、ベース電流設定信号Ibrの値からピーク電流立上り速度設定信号Surの値で増加する電流設定信号Irを出力する。
2)その後、電流設定信号Irの値がピーク電流設定信号Iprの値に達すると、その値をピーク期間設定信号Tprの間維持する。
3)その後、ピーク電流設定信号Iprの値からピーク電流立下り速度設定信号Sdrの値で減少する電流設定信号Irを出力する。
4)その後、電流設定信号Irの値がベース電流設定信号Ibrの値と等しくなるとその値を維持する。
5)上記の1)~4)を繰り返す。
【0024】
短絡判別信号SDは、上記の電圧検出信号Vdを入力として、この値が短絡判別値(10V程度)未満のときは短絡期間であると判別してHighレベルとなり、以上のときはアーク期間であると判別してLowレベルとなる短絡判別信号Sdを出力する。
【0025】
くびれ検出回路NDは、上記の短絡判別信号Sd及び上記の電圧検出信号Vdを入力として、短絡判別信号SdがHighレベル(短絡期間)であるときの電圧検出信号Vdの上昇値又は上昇率が基準値に達した時点でくびれの形成状態が基準状態になったと判別してHighレベルとなり、短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)に変化した時点でLowレベルになるくびれ検出信号Ndを出力する。
【0026】
低レベル電流設定回路ILRは、予め定めた低レベル電流設定信号Ilrを出力する。電流比較回路CMは、この低レベル電流設定信号Ilr及び後述する電流検出信号Idを入力として、電流検出信号Idの値が低レベル電流設定信号Ilrの値以下のときはHighレベルになり、超過しているときはLowレベルになる電流比較信号Cmを出力する。
【0027】
基準時間設定回路TSRは、予め定めた基準時間設定信号Tsrを出力する。
【0028】
極性切換回路DRは、上記の短絡判別信号Sd、上記の電流比較信号Cm及び上記の基準時間設定信号Tsrを入力として、短絡判別信号SdがHighレベル(短絡期間)に変化した時点からの経過時間が基準時間設定信号Tsrの値以上になるとHighレベル(電極マイナス極性EN)に変化し、
その後に電流比較信号CmがHighレベルに変化した時点又は短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)に変化した時点から遅延させてLowレベル(電極プラス極性EP)に戻る極性切換信号Drを出力する。
【0029】
短絡電流設定回路ISRは、上記の短絡判別信号Sd、上記の低レベル電流設定信号Ilr、上記のくびれ検出信号Nd及び上記の基準時間設定信号Tsrを入力として、以下の処理を行い、短絡電流設定信号Isrを出力する。
1)短絡判別信号SdがHighレベル(短絡期間)に変化すると、予め定めた初期期間中は予め定めた初期電流設定値となる短絡電流設定信号Isrを出力する。初期電流設定値は上記のベース電流設定信号Ibrの値以下に設定される。
2)その後、短絡電流設定信号Isrの値は、上記の初期電流設定値からスロープを有して増加し、予め定めた電極プラス極性電流設定値に達するとその値を維持する。
3)その後、短絡期間が基準時間設定信号Tsrの値以上になると、短絡電流設定信号Isrの値は予め定めた電極マイナス極性電流設定値になる。
4)その後に、くびれ検出信号NdがHighレベルに変化すると、低レベル電流設定信号Ilrの値となる短絡電流設定信号Isrを出力する。
【0030】
電流制御設定回路ICRは、上記の短絡判別信号Sd、上記の電流設定信号Ir及び上記の短絡電流設定信号Isrを入力として、短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)のときは電流設定信号Irを電流制御設定信号Icrとして出力し、短絡判別信号SdがHighレベル(短絡期間)のときは短絡電流設定信号Isrを電流制御設定信号Icrとして出力する。
【0031】
電流検出回路IDは、上記の溶接電流Iwの絶対値を検出して、電流検出信号Idを出力する。
【0032】
電流誤差増幅回路EIは、上記の電流制御設定信号Icrと上記の電流検出信号Idとの誤差を増幅して、電流誤差増幅信号Eiを出力する。
【0033】
図2は、本発明の実施の形態1に係るパルスアーク溶接の極性制御方法を示す図1の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)は短絡判別信号Sdの時間変化を示し、同図(D)はくびれ検出信号Ndの時間変化を示し、同図(E)は極性切換信号Drの時間変化を示す。以下、同図を参照して各信号の動作について説明する。
【0034】
同図は高速溶接を行うために溶接電圧を低く設定してアーク長が短く設定されている場合である。同図は、2周期の波形を示しており、第1周期は基準時間未満の通常短絡が発生した場合であり、第2周期は基準時間以上の長期短絡が発生した場合である。同図(A)に示す溶接電流Iw及び同図(B)に示す溶接電圧Vwは、0から上側が電極プラス極性EPであり、下側が電極マイナス極性ENである。溶接ワイヤは図示していないが定速送給されている。
【0035】
(1)第1周期の動作説明
同図(A)に示すように、溶接電流Iwは時刻t1~t11の立上り期間中はベース電流Ibから図1のピーク電流立上り速度設定信号Surの値で増加し、時刻t11~t12のピーク期間中はピーク電流値となり、時刻t12~t13の立下り期間中は図1のピーク電流立下り速度設定信号Sdrの値で減少し、時刻t13~t2のベース期間中はベース電流値となる。上記のベース電流値は図1のベース電流設定信号Ibrによって設定され、上記のピーク電流値は図1のピーク電流設定信号Iprによって設定され、上記のピーク期間は図1のピーク期間設定信号Tprによって設定される。同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは、アーク長に比例した電圧値となり、電流波形と相似した波形となる。ピーク電流値及びピーク期間は、1パルス周期に1溶滴移行が行われるように設定される。ピーク電流立上り速度及びピーク電流立下り速度は、溶滴の形成状態が安定するように設定される。溶接電圧Vwの平均値が図1の電圧設定信号Vrの値と等しくなるように時刻t1~t2のパルス周期がフィードバック制御されて、アーク長が制御される。例えば、ピーク電流値は550Aに設定され、ピーク期間は1.2msに設定され、ベース電流値は50Aに設定される。ピーク電流立上り速度は400~600A/ms程度の範囲に設定され、ピーク電流立下り速度は300~500A/ms程度の範囲に設定される。両速度は、上記の範囲に設定されたときが最も安定した溶接状態となる。
【0036】
第1周期では、ベース期間中の時刻t14~t18の期間に、基準時間未満の通常短絡が発生している。同図では、アーク長が短くなるように設定されているために、時々通常短絡が発生する。時刻t1~t2の第1周期中は、同図(E)に示すように、極性切換信号DrはLowレベルのままであるので、溶接電源の出力極性は電極プラス極性EPとなっている。
【0037】
時刻t14において、短絡が発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは数Vの短絡電圧値へと急減し、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdがHighレベルに変化する。これに応動して、同図(A)に示すように、図1の短絡電流設定信号Isrによって制御される短絡電流が通電する。時刻t14~t15の予め定めた初期期間中は、短絡電流は予め定めた初期電流値となる。初期電流値は、上述したように、ベース電流値以下に設定される。続けて、時刻t15からの短絡電流は、初期電流値からスロープを有して増加し、予め定めた電極プラス極性電流値に達するとその値を維持する。同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは、電極プラス極性電流が通電する期間中に上昇する。これは、短絡電流によるピンチ力の作用によって、溶滴にくびれが次第に形成されるためである。その後に溶接電圧Vwの電圧上昇値が基準値に達すると、くびれの形成状態が基準状態になったと判別して、時刻t16において、同図(D)に示すように、くびれ検出信号NdはHighレベルに変化する。これに応動して、図1の短絡電流設定信号Isrの値が低レベル電流設定信号Ilrの値に小さくなる。このために、同図(A)に示すように、短絡電流は、時刻t17に低レベル電流値まで急減する。そして、同図(A)に示すように、短絡電流は、短絡電流設定信号Isrが低レベル電流設定信号Ilrのままであるので、アーク再発生する時刻t18までは低レベル電流値を維持する。同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは、短絡電流が小さくなるので一旦減少した後に急上昇する。くびれ検出制御によってアーク再発生時の電流値を小さくすることができるので、スパッタ発生を削減することができる。上記の溶接電流Iwの急減速度を早くするために、通電路にトランジスタと減流抵抗とを並列接続して挿入しても良い。この場合には、急減時にはトランジスタをオフ状態にし、通電路に減流抵抗を挿入することによって急減速度を早くすることができる。
【0038】
時刻t18においてアークが発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値へと急増し、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)に変化する。。これに応動して、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはベース電流値に変化する。同時に、同図(D)に示すように、くびれ検出信号NdもLowレベルに戻る。
【0039】
(2)第2周期の動作説明
第2周期では、ベース期間中の時刻t21~t26の期間に、基準時間以上の長期短絡が発生している。上述した通常短絡では、基準時間未満でくびれが形成され、溶接電流Iwが低レベル電流値の状態でアークが再発生する。しかし、溶滴の形成状態、溶融池との接触状態等の影響によって基準時間までにくびれが形成されない場合が稀に発生する。このような長期短絡では、電極プラス極性電流の通電を継続しても、くびれが形成されず、電極プラス極性電流が通電した状態でアークが再発生することになる。この結果、アーク再発生時に多量のスパッタが発生すると共に、溶接状態も不安定になる。そこで、実施の形態1では、短絡期間が基準時間以上になると、以下のような極性制御を行っている。基準時間は、図1の基準時間設定信号Tsrによって設定される。基準時間は、安定したくびれが形成される時間として設定され、4~6ms程度に設定される。
【0040】
時刻t21に短絡が発生し、初期期間を経て電極プラス極性電流が通電する時刻t22までは第1周期と同一であるので、説明は繰り返さない。
【0041】
同図(A)に示すように、電極プラス極性電流が通電している時刻t22において基準時間に達すると、同図(E)に示すように、極性切換信号DrはLowレベルからHighレベルに変化するので、溶接電源の出力極性は電極マイナス極性ENに切り換わる。これに応動して、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは正の値の電極プラス極性電流から負の値の予め定めた電極マイナス極性電流へと切り換わる。同時に、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwも正の値の短絡電圧値から負の値の短絡電圧値に切り換わる。
【0042】
そして、電極マイナス極性電流が通電している期間中に、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは上昇する。これは、溶接電流Iwの極性が電極マイナス極性ENとなるので、くびれの形成を促進する作用が働くためである。その後に溶接電圧Vwの電圧上昇値が基準値に達すると、くびれの形成状態が基準状態になったと判別して、時刻t23において、同図(D)に示すように、くびれ検出信号NdはHighレベルに変化する。これに応動して、図1の短絡電流設定信号Isrの値が低レベル電流設定信号Ilrの値に小さくなる。このために、同図(A)に示すように、短絡電流は、時刻t24に低レベル電流値まで急減する。
【0043】
電極マイナス極性EN中にくびれを検出して短絡電流が減少した後の時刻t25において、同図(E)に示すように、極性切換信号DrはHighレベルからLowレベルに変化するので、溶接電源の出力極性は電極プラス極性EPに切り換わる。これに応動して、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは負の値の低レベル電流値から正の値の低レベル電流値へと切り換わる。同時に、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwも負の値の短絡電圧値から正の値の短絡電圧値に切り換わる。
【0044】
時刻t26においてアークが発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値へと急増し、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)に変化する。。これに応動して、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはベース電流値に変化する。同時に、同図(D)に示すように、くびれ検出信号NdもLowレベルに戻る。
【0045】
例えば、電極プラス極性電流は200Aに設定され、電極マイナス極性電流は300Aに設定される。
【0046】
実施の形態1によれば、短絡が基準時間以上になると、電極プラス極性から電極マイナス極性へと出力極性を切り換える。このようにすると、基準時間以上の長期短絡が発生しても、電極マイナス極性ENに切り換えることによってくびれの形成を促進し、くびれの検出を確実に行うことができるようになる。この結果、長期短絡が発生しても、アーク再発生時の電流値を小さくすることができるので、スパッタの発生を抑制し、溶接状態を安定に維持することができる。
【0047】
さらに、実施の形態1によれば、電極マイナス極性中にくびれを検出して短絡電流が減少した後に、電極プラス極性に戻す。このようにすると、電流値が小さい状態で極性を切り換えることができるので、アークが再発生するまでに安定した短絡状態にすることができる。この結果、アーク再発生後の溶接状態を安定化することができる。
【0048】
[実施の形態2]
実施の形態2では、アークが発生した後に、電極プラス極性に戻す。
【0049】
本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の極性制御方法を実施するための溶接電源のブロック図は、図1と同一である。
【0050】
図3は、本発明の実施の形態2に係るパルスアーク溶接の極性制御方法を示す図1の溶接電源における各信号のタイミングチャートである。同図(A)は溶接電流Iwの時間変化を示し、同図(B)は溶接電圧Vwの時間変化を示し、同図(C)は短絡判別信号Sdの時間変化を示し、同図(D)はくびれ検出信号Ndの時間変化を示し、同図(E)は極性切換信号Drの時間変化を示す。同図において、時刻t1~t24の期間の動作は図2と同一であるので、その説明は繰り返さない。以下、同図を参照して、図2とは異なる時刻t24以降の動作について説明する。
【0051】
時刻t26においてアークが発生すると、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwは数十Vのアーク電圧値へと急増し、同図(C)に示すように、短絡判別信号SdがLowレベル(アーク期間)に変化する。。これに応動して、同図(A)に示すように、溶接電流Iwはベース電流値に変化する。同時に、同図(D)に示すように、くびれ検出信号NdもLowレベルに戻る。
【0052】
時刻t26にアークが発生した後の時刻t27において、同図(E)に示すように、極性切換信号DrはHighレベルからLowレベルに変化するので、溶接電源の出力極性は電極プラス極性EPに切り換わる。これに応動して、同図(A)に示すように、溶接電流Iwは負の値のベース電流値から正の値のベース電流値へと切り換わる。同時に、同図(B)に示すように、溶接電圧Vwも負の値のアーク電圧値から正の値のアーク電圧値に切り換わる。
【0053】
実施の形態2によれば、アークが発生した後に、電極プラス極性に戻す。このようにすると、電流値が小さい状態で極性を切り換えることができるので、アーク再発生後の溶接状態を安定化することができる。
【符号の説明】
【0054】
1 溶接ワイヤ
2 母材
3 アーク
4 溶接トーチ
5 送給ロール
CM 電流比較回路
Cm 電流比較信号
DR 極性切換回路
Dr 極性切換信号
EI 電流誤差増幅回路
Ei 電流誤差増幅信号
EV 電圧誤差増幅回路
Ev 電圧誤差増幅信号
Ib ベース電流
IBR ベース電流設定回路
Ibr ベース電流設定信号
ICR 電流制御設定回路
Icr 電流制御設定信号
ID 電流検出回路
Id 電流検出信号
ILR 低レベル電流設定回路
Ilr 低レベル電流設定信号
Ip ピーク電流
IPR ピーク電流設定回路
Ipr ピーク電流設定信号
IR 電流設定回路
Ir 電流設定信号
ISR 短絡電流設定回路
Isr 短絡電流設定信号
Iw 溶接電流
MC 電源主回路
ND くびれ検出回路
Nd くびれ検出信号
SD 短絡判別回路
Sd 短絡判別信号
SDR ピーク電流立下り速度設定回路
Sdr ピーク電流立下り速度設定信号
SUR ピーク電流立上り速度設定回路
Sur ピーク電流立上り速度設定信号
Tf パルス周期信号
TPR ピーク期間設定回路
Tpr ピーク期間設定信号
TSR 基準時間設定回路
Tsr 基準時間設定信号
VAV 電圧平均化回路
Vav 電圧平均信号
VD 電圧検出回路
Vd 電圧検出信号
VF V/Fコンバータ
VR 電圧設定回路
Vr 電圧設定信号
Vw 溶接電圧
図1
図2
図3