(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023184021
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】遺伝子分析方法、遺伝子分析装置、及び遺伝子分析用キット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6876 20180101AFI20231221BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20231221BHJP
C12M 1/00 20060101ALI20231221BHJP
【FI】
C12Q1/6876 Z ZNA
C12Q1/6851 Z
C12M1/00 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097908
(22)【出願日】2022-06-17
(71)【出願人】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安藤 貴洋
(72)【発明者】
【氏名】横井 崇秀
(72)【発明者】
【氏名】万里 千裕
(72)【発明者】
【氏名】穴沢 隆
(72)【発明者】
【氏名】川上 祥子
(72)【発明者】
【氏名】石田 猛
【テーマコード(参考)】
4B029
4B063
【Fターム(参考)】
4B029AA07
4B029AA23
4B063QA01
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR35
4B063QR62
4B063QS24
(57)【要約】 (修正有)
【課題】キャピラリー電気泳動法でのフラグメント解析による遺伝子変異の検出において、標的の遺伝子配列の含有比を蛍光強度の大きさから定量的に求めることができ、特にがん診断に必要となる野生型に対する変異の存在比、又は、遺伝子変異の頻度を定量することができる、遺伝子分析方法と、その方法に基づく遺伝子分析装置、及び遺伝子分析用キットを提供する。
【解決手段】標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質とを用いた一塩基伸長反応を行う工程、前記一塩基伸長反応の反応物を電気泳動に供する工程、前記電気泳動の移動度と前記蛍光色素の蛍光強度を測定し、複数の標的塩基配列の含有比を前記蛍光強度の大きさから定量する工程を含む遺伝子分析方法であって、前記一塩基伸長反応に、蛍光色素を有さない一塩基伸長反応用の基質が混合される、前記遺伝子分析方法を提供する。
【選択図】
図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質とを用いた一塩基伸長反応を行う工程、
前記一塩基伸長反応の反応物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度と前記蛍光色素の蛍光強度を測定し、複数の標的塩基配列の含有比を前記蛍光強度の大きさから定量する工程
を含む遺伝子分析方法であって、
前記一塩基伸長反応に、蛍光色素を有さない一塩基伸長反応用の基質が混合され、
前記蛍光色素を有さない基質と前記蛍光色素を有する基質との混合割合が、
(a)少なくとも2種の蛍光色素を使用する場合に、検出する蛍光色素の励起効率の比に応じて設定されている、及び/又は
(b)少なくとも2種のプライマーを使用する場合に、使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定されている
ことを特徴とする遺伝子分析方法。
【請求項2】
前記蛍光色素が少なくとも2種の蛍光色素を含み、
前記蛍光色素を有さない基質と前記蛍光色素を有する基質との混合割合が、検出する蛍光色素の励起効率の比に応じて設定されている、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記プライマーが少なくとも2種のプライマーを含み、
前記蛍光色素を有さない基質と前記蛍光色素を有する基質との混合割合が、使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定されている、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記プライマーが少なくとも2種のプライマーを含み、かつ前記蛍光色素が少なくとも2種の蛍光色素を含み、
前記蛍光色素を有さない基質と前記蛍光色素を有する基質との混合割合が、検出する蛍光色素の励起効率の比、及び使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定されている、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記複数の標的塩基配列が、野生型配列及び変異型配列を含み、
前記野生型配列に対する前記変異型配列の含有比が0.01%から1%の範囲で定量される、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記プライマーが、鎖間架橋された二重鎖DNAタグを有する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記電気泳動がキャピラリー電気泳動である、請求項1に記載の方法。
【請求項8】
一塩基伸長反応、電気泳動、及び蛍光強度の測定を行う計測部と、
前記計測部で得られた計測データを記憶する計測データ記憶部とデータ処理装置とを含むデータ解析部と、
制御部と
を備えた遺伝子分析装置であって、
前記制御部は、前記計測データ記憶部に記憶した前記計測データを解析して、一塩基伸長反応に使用する、蛍光色素を有する基質と蛍光基質を有さない基質との混合割合を決定するように構成されている、遺伝子分析装置。
【請求項9】
前記制御部が、以前の計測データを記憶する参照データベースをさらに備え、
前記制御部が、前記計測データ記憶部に記憶した前記計測データを、前記参照データベースに記憶された以前の計測データと比較して、一塩基伸長反応に使用する、蛍光色素を有する基質と蛍光基質を有さない基質との混合割合を決定するように構成されている、
請求項8に記載の装置。
【請求項10】
出力表示部をさらに備える、請求項8に記載の装置。
【請求項11】
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマー、
蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質、及び
蛍光色素を有さない一塩基伸長反応用の基質
を含む遺伝子分析用キットであって、
前記蛍光色素を有さない基質と前記蛍光色素を有する基質との含有割合が、
(a)少なくとも2種の蛍光色素が含まれる場合に、検出する蛍光色素の励起効率の比に応じて設定されている、及び/又は
(b)少なくとも2種のプライマーが含まれる場合に、使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定されている
ことを特徴とする遺伝子分析用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一塩基伸長反応を使用した遺伝子変異の定量分析を行う遺伝子分析方法と、その方法に基づく遺伝子分析装置、及び遺伝子分析用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
DNAの塩基配列を決定する方法として、サンガーらが開発したジデオキシ法がある。解析するDNAをベクターに導入して増幅し、変性させて一本鎖の鋳型DNAをつくる。この鋳型DNAにプライマーを結合させ、プライマーを起点とした相補鎖合成を行わせる。このとき、4種のデオキシヌクレオチド三リン酸の他に、ターミネーターとなる特定の1種のジデオキシヌクレオチド三リン酸を加えておく。このジデオキシヌクレオチド三リン酸(ddNTP)が取り込まれたときに相補鎖合成が停止するため、特定の塩基で終わる種々の長さのDNA断片が得られる。アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)の4種の塩基に対するジデオキシヌクレオチド三リン酸、すなわち、ddATP、ddCTP、ddGTP、ddTTPを使用し、それぞれ上記の相補鎖合成反応を行ない、末端塩基がそれぞれA、C、G、Tである種々の長さのDNA断片を得て、これらDNA断片を分子量分離し、分子量順に塩基種を読むことで塩基配列が解析できる。分子量分離は、ポリアクリルアミドゲルを使用する電気泳動や、キャピラリー電気泳動法で行う。
【0003】
キャピラリー電気泳動法を用いたDNAシーケンサは、4色の蛍光標識によって標識したDNA試料をキャピラリー中に電気泳動して塩基配列を分析する装置である。連続自動分析に対応し、高速に多数の試料を並行して分析処理を行うことが可能であり、ヒトゲノム計画等の大規模な遺伝子配列決定に大きく寄与し、現在でも最も堅牢な方法として広く普及している。DNA試料の塩基配列を決定する原理は、電気泳動によるDNA鎖長の分離と、その分離位置における蛍光標識ddNTPの検出からなっている。得られた蛍光信号強度からの塩基推定は、信号強度の強さ、又は信号波形の面積によって、各ピーク座標位置において、多数決的に決定される。そのため、末端塩基がA、C、G、Tに対応する4色の蛍光標識の蛍光強度そのものの違いは考慮せずとも塩基配列を正確に判定できる。一方で、特許文献1では、この4色の蛍光標識の蛍光強度の特性の違いを利用することによってA、C、G、Tを決定する方法が考案されている。
【0004】
近年、がん研究の進展に伴い、遺伝子解析技術により腫瘍由来の遺伝子変異を検出することの重要性が増している。特に、血液中の腫瘍由来の遺伝子変異を検出して医療診断を行う検査はリキッドバイオプシーと呼ばれ、がんの早期診断や、術後の治療選択最適化、残存腫瘍のモニタリング等への応用が期待されている。バイオマーカーとなる腫瘍関連の遺伝子変異の探索では、現在、次世代シーケンサー(NGS;Next Generation Sequencer)を使って大規模かつ高速の解析が可能となり、リキッドバイオプシーで必要となる遺伝子変異の項目抽出が容易になりつつある。そのため、例えばがん診断においては、NGSでの網羅的分析の結果に基づいて特定された腫瘍由来の遺伝子変異を、コストや検出感度の観点でNGSよりも有利な遺伝子変異の検出技術で測定することによって、検査技術としての汎用性を上げる潮流下にある。
【0005】
低コストで高感度の遺伝子変異の検出技術の一例として、キャピラリー電気泳動法を用いたフラグメント解析が挙げられる。
図1に示すように、標的とする遺伝子配列ごとに、分子量の異なる選択的プライマーを用いて電気泳動の移動度が変わるように設計し、ポリメラーゼ合成反応によって、遺伝子変異に対応する選択的プライマーの3’末端位置に、4種の蛍光色素で修飾されたddNTPを一塩基伸長反応で付与する。ホルムアミド処理と熱変性で二本鎖DNAを一本鎖化し、3’末端の蛍光色素を蛍光検出することで遺伝子変異が特定される。本手法を用いて、例えば非特許文献1では、標的となる腫瘍由来の遺伝子配列をマルチプレックスのポリメラーゼ連鎖反応(PCR:polymerase chain reaction)で選択的に濃縮した後、13のがん遺伝子における120の既知の遺伝子変異を検出している。ただし、選択的プライマーを電気泳動で分離できる泳動長の上限が120塩基程度に制限されているため、1ラン当たりの同時検出数としては数種類であり、また、遺伝子変異を特定するための蛍光色素ごとで、蛍光強度は異なっている。同時検出数に関しては、本発明者らが最近、選択的プライマーに鎖間架橋された二本鎖DNAを連結させ、電気泳動距離を120bp以上に安定的に伸ばすことで、これまで有効活用できなかった電気泳動領域を利用し、同時検出可能な遺伝子変異数を増やすことを可能にしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Dias-Santagata, D. et al., EMBO Molecular Medicine 第2巻第146-158頁 (2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
リキッドバイオプシーを用いた低コストかつ高感度のがん診断技術の一例として、キャピラリー電気泳動法でのフラグメント解析により、100種類以上の既知の遺伝子変異を検出する技術が考えられる。しかし、正常な状態を示す野生型の遺伝子に比べて、どのくらいの変異型が発現しているかを調べるプロセスにおいて、上記に示す従来の一塩基伸長反応を用いた遺伝子変異検出技術では、蛍光色素ごとで蛍光励起効率に差があるため、信号強度が異なり、検出感度に関わる野生型:変異型の比を定量的に求めることができなかった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するため鋭意検討を行った結果、標的となる遺伝子配列を検出するための一塩基伸長反応用のプライマーと、蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質とを用いた一塩基伸長反応において、蛍光色素を有さない一塩基伸長反応用の基質が混合されているという工夫によって、標的塩基配列(例えば野生型と変異型)の含有比を蛍光強度の大きさから定量的に求めることができることを見出した。その蛍光色素を有さない基質の混合割合は、検出する蛍光色素の励起効率の比や結合取り込み効率等に応じて設定できる。
【0010】
一態様において、本発明は、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質とを用いた一塩基伸長反応を行う工程、
前記一塩基伸長反応の反応物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度と前記蛍光色素の蛍光強度を測定し、複数の標的塩基配列の含有比を前記蛍光強度の大きさから定量する工程
を含む遺伝子分析方法であって、
前記一塩基伸長反応に、蛍光色素を有さない一塩基伸長反応用の基質が混合され、
前記蛍光色素を有さない基質と前記蛍光色素を有する基質との混合割合が、
(a)少なくとも2種の蛍光色素を使用する場合に、検出する蛍光色素の励起効率の比に応じて設定されている、及び/又は
(b)少なくとも2種のプライマーを使用する場合に、使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定されている
ことを特徴とする遺伝子分析方法に関する。
【0011】
別の態様において、本発明は、
一塩基伸長反応、電気泳動、及び蛍光強度の測定を行う計測部と、
前記計測部で得られた計測データを記憶する計測データ記憶部とデータ処理装置とを含むデータ解析部と、
制御部と
を備えた遺伝子分析装置であって、
前記制御部は、前記計測データ記憶部に記憶した前記計測データを解析して、一塩基伸長反応に使用する、蛍光色素を有する基質と蛍光基質を有さない基質との混合割合を決定するように構成されている、遺伝子分析装置に関する。
【0012】
さらに別の態様において、本発明は、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマー、
蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質、及び
蛍光色素を有さない一塩基伸長反応用の基質
を含む遺伝子分析用キットであって、
前記蛍光色素を有さない基質と前記蛍光色素を有する基質との含有割合が、
(a)少なくとも2種の蛍光色素が含まれる場合に、検出する蛍光色素の励起効率の比に応じて設定されている、及び/又は
(b)少なくとも2種のプライマーが含まれる場合に、使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定されている
ことを特徴とする遺伝子分析用キットに関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、標的の遺伝子配列の含有比を蛍光強度の大きさから定量的に求めることができ、特にがん診断に必要となる野生型に対する変異の存在比、又は、遺伝子変異の頻度を定量することができる。上述した以外の、課題、構成及び効果は、以下の実施形態の説明にて明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】キャピラリー電気泳動法を用いたフラグメント解析手法の説明図である。
【
図2】標的となる腫瘍由来の遺伝子配列ごとに別の蛍光色素で修飾されたddNTPを用いた場合に、相対蛍光強度が異なることを示す説明図である。
【
図3】標的となる腫瘍由来の遺伝子配列ごとに、蛍光色素で修飾されたddNTPの取り込み効率が異なることを示す説明図である。
【
図4】標的となる腫瘍由来の遺伝子配列ごとに別の蛍光色素で修飾されたddNTPを用いた場合に、蛍光色素で修飾しないddNTPを用いて相対蛍光強度に定量性が出るように工夫した本発明の解決手段の一例を示す説明図である。
【
図5】蛍光色素で修飾しないddNTPを使用する前と使用した後での、鋳型濃度と蛍光強度のピーク値を示す結果である。
【
図6】本発明を実施するための遺伝子分析装置及び遺伝子分析用キットでの処理手順の一例を示すフローチャートである。
【
図7】本発明の遺伝子分析装置が備える機能の一例を示すブロック構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施形態の一例について、図面を参照して説明する。
図1を用いて上述したとおりに、本発明ではキャピラリー電気泳動法を用いたフラグメント解析を利用する。標的とする遺伝子配列を鋳型として、配列ごとに分子量の異なる選択的プライマーを用いて電気泳動の移動度が変わるように設計し、ポリメラーゼ合成反応によって、遺伝子変異に対応する選択的プライマーの3’末端位置に、4種の蛍光色素で修飾されたddNTPを一塩基伸長反応で付与する。ホルムアミド処理と熱変性で二本鎖DNAを一本鎖化し、3’末端の蛍光色素を蛍光検出することで遺伝子変異が特定される、というプロセスが一般的なフラグメント解析である。分子量の異なる選択的プライマーによって、100種類以上の既知の遺伝子変異を検出することができる。このとき、プライマーの設計によって特定の長さの遺伝子配列を検出できることに加え、さらには、一塩基だけが変異している一塩基多型も検出できる。又は、遺伝子変異の一種である挿入(Insertion)及び欠損(Deletion)の検出も同じ原理で検出が可能であるため、本発明の適用範囲は蛍光色素で修飾されたddNTPを使用したフラグメント解析全般で適用できるものである。
【0016】
図2は、標的となる腫瘍由来の遺伝子配列ごとに別の蛍光色素で修飾されたddNTPを用いた場合に、相対蛍光強度が異なることを示す説明図である。101で示す標的となる腫瘍由来の遺伝子配列#1に対して、
図1の原理により、ポリメラーゼ合成反応によって遺伝子配列#1選択的プライマー102の3’末端位置に、蛍光色素#1で修飾されたddNTP103を一塩基伸長反応で付与する。同様に、201で示す標的となる腫瘍由来の遺伝子配列#2に対して遺伝子配列#2選択的プライマー202の3’末端位置に、蛍光色素#2で修飾されたddNTP203を一塩基伸長反応で付与する。このとき、蛍光色素#1に比べて蛍光色素#2の方が蛍光励起効率が小さくなる場合、蛍光色素#1を由来とする相対蛍光強度104よりも、蛍光色素#2を由来とする相対蛍光強度204は小さくなる。蛍光励起効率は、測定時の試薬環境(例えば混合物、温度、pH等)や、測定装置の電気泳動条件(例えば注入電圧、注入速度、泳動電圧、温度等)や励起波長等にも依存するものの、測定条件を加味して事前測定をしておけば、相対蛍光強度がどの程度異なるかのデータをあらかじめ準備することができる。
【0017】
図3は、標的となる腫瘍由来の遺伝子配列ごと(プライマーごと)に、蛍光色素で修飾されたddNTPの取り込み効率が異なることを示す説明図である。101で示す標的となる腫瘍由来の遺伝子配列#1に対して遺伝子配列#1選択的プライマー102の3’末端位置に、蛍光色素#1で修飾されたddNTP103を一塩基伸長反応で付与する。同様に、301で示す標的となる腫瘍由来の遺伝子配列#3に対して遺伝子配列#3選択的プライマー302の3’末端位置に、蛍光色素#1で修飾されたddNTP303を一塩基伸長反応で付与する。このとき、遺伝子配列#1で蛍光標識ddNTPの取り込み効率が高くなる状態401となり、遺伝子配列#3で蛍光標識ddNTPの取り込み効率が低くなる状態402になっていると、遺伝子配列#1で蛍光標識ddNTPの取り込み効率が高くなる状態での蛍光色素#1を由来とする相対蛍光強度403に比べて、遺伝子配列#3で蛍光標識ddNTPの取り込み効率が低くなる状態での蛍光色素#1を由来とする相対蛍光強度404が小さくなる。蛍光標識されているかどうかに関わらず、ddNTPの取り込み効率は、選択的プライマーとの組み合わせや、測定時の試薬環境(例えば混合物、温度、pH等)に依存するものの、測定条件を加味して事前測定をしておけば、ddNTPの取り込み効率がどの程度異なるかのデータをあらかじめ準備することができる。
【0018】
図4は、標的となる腫瘍由来の遺伝子配列ごとに別の蛍光色素で修飾されたddNTPを用いた場合に、蛍光色素で修飾しないddNTPを用いて相対蛍光強度に定量性が出るように工夫した本発明の解決手段の一例を示す説明図である。101で示す標的となる腫瘍由来の遺伝子配列#1に対して、
図1の原理により、ポリメラーゼ合成反応によって遺伝子配列#1選択的プライマー102の3’末端位置に、蛍光色素#1で修飾されたddNTP103を一塩基伸長反応で付与する。同様に、201で示す標的となる腫瘍由来の遺伝子配列#2に対して遺伝子配列#2選択的プライマー202の3’末端位置に、蛍光色素#2で修飾されたddNTP203を一塩基伸長反応で付与する。このとき、例えば、蛍光色素#1に比べて蛍光色素#2の方が蛍光励起効率が小さくなる場合において、蛍光色素#1で修飾しないddNTP501を一塩基伸長反応の試薬に加えることで、それを加えない時よりも相対蛍光強度は小さくなる。これによって、蛍光色素#1で修飾しないddNTPを用いた状態での、遺伝子配列#1の存在量を示す蛍光色素#1を由来とする相対蛍光強度502が、遺伝子配列#2の存在量を示す蛍光色素#2を由来とする相対蛍光強度503と同じ値に補正することが可能となる。つまり、遺伝子配列#1と遺伝子配列#2の間の存在量の比に定量性を担保することができる。これにより、正常な状態を示す野生型の遺伝子に比べて、どのくらいの変異型が発現しているかを明らかにすることができる。これは、蛍光励起効率が異なる場合だけでなく、ddNTPの取り込み効率が異なる場合においても調整可能であり、野生型:変異型の比を定量的に求めることができる。
【0019】
したがって、一態様において、本発明は、遺伝子分析方法を提供し、この方法は、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーと、蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質とを用いた一塩基伸長反応を行う工程、
前記一塩基伸長反応の反応物を電気泳動に供する工程、
前記電気泳動の移動度と前記蛍光色素の蛍光強度を測定し、複数の標的塩基配列の含有比を前記蛍光強度の大きさから定量する工程
を含み、
前記一塩基伸長反応に、蛍光色素を有さない一塩基伸長反応用の基質が混合され、
前記蛍光色素を有さない基質と前記蛍光色素を有する基質との混合割合が、
(a)少なくとも2種の蛍光色素を使用する場合に、検出する蛍光色素の励起効率の比に応じて設定されている、及び/又は
(b)少なくとも2種のプライマーを使用する場合に、使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定されている。
【0020】
本発明は、1塩基伸長反応と電気泳動の組み合わせによる遺伝子分析方法に基づくものであり、このような遺伝子分析方法は、例えば非特許文献1に記載のように当該技術分野で周知である。
【0021】
1塩基伸長反応は、蛍光色素が結合した基質(ジデオキシヌクレオチド三リン酸)の存在下において、標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマーを用いて行われるが、本発明では、蛍光色素の励起効率及び/又はプライマーへの基質の取り込み効率の違いによる蛍光強度の比を補正するため、蛍光色素が結合していない基質も反応に含めて、1塩基伸長反応を行う。
【0022】
本方法に供される被検試料は、標的塩基配列について検出しようとする試料であれば特に限定されるものではなく、デオキシリボ核酸(DNA)、例えばゲノムDNA、cDNA、及びリボ核酸(RNA)、例えばメッセンジャーRNA(mRNA)、並びにそれらの断片が含まれる。本発明においては、被検試料として、例えばセルフリーDNA(cfDNA、血中を遊離しているDNA)、循環腫瘍DNA(ctDNA)を使用することが好ましい。試料からの核酸の調製は、当技術分野で公知の方法により行うことができる。核酸の調製を行うために、多数のメーカーからキットが販売されており、目的とする核酸を簡便に精製することが可能である。
【0023】
また、一塩基伸長反応用プライマーを準備する。一塩基伸長反応用プライマーは、DNA又はRNAのいずれでもよく、被検試料及び標的塩基配列の種類、1塩基伸長反応に使用されるポリメラーゼの種類に応じて決定される。好ましくは、プライマーはDNAであり、被検試料としてDNA又はmRNAを鋳型とした1塩基伸長反応が行われる。
【0024】
プライマーは、標的塩基配列に特異的に結合する配列を有する、すなわち標的塩基配列に対して相補的な配列を有するように設計される。プライマーの設計手法は当技術分野で周知であり、本発明において使用可能なプライマーは、特異的なアニーリングが可能な条件を満たす、例えば特異的なアニーリングが可能な長さ及び塩基組成(融解温度)を有するように設計される。例えば、プライマーとしての機能を有する長さとしては、10塩基以上が好ましく、さらに好ましくは15~50塩基であり、さらに好ましくは15~30塩基、例えば約20塩基である。また設計の際には、プライマーのGC含量とプライマーの融解温度(Tm)を確認することが好ましい。Tmの確認には、公知のプライマー設計用ソフトウエアを利用することができる。設計されたプライマーは、公知のオリゴヌクレオチド合成手法により化学合成することができるが、通常は、市販の化学合成装置を使用して合成される。
【0025】
プライマーは、鎖間架橋された二重鎖DNAタグを有していてもよい。本発明者らは以前に、キャピラリー電気泳動法を用いたフラグメント解析手法を発展させ、同時に検出可能な遺伝子変異数を数十~数百種類へと拡張可能な解析手法を開発し、具体的には、プライマーに鎖間架橋された二重鎖DNAタグを連結して使用することにより、二重鎖DNAタグの長さの変更により電気泳動距離を120bp以上に安定的に伸ばすことができ、同時に検出可能な遺伝子変異数を増やすことを可能とした。二重鎖DNAタグは、移動度で区別可能な長さを有し、少なくとも1つの鎖間架橋を有する。本発明において「鎖間架橋」とは、二重鎖DNAにおける一方の鎖と他方の鎖とが少なくとも1箇所において架橋されていることを意味する。そのような2つの鎖間を分子内架橋させる方法は、当技術分野で公知の方法であれば特に限定されるものではない。好ましくは、鎖間架橋は光架橋によるものである。鎖間架橋を有する二重鎖DNAタグは、電気泳動における移動距離(移動度:mobility)を規定する。すなわち、異なる長さの二重鎖DNAタグをプライマーに連結することによって、電気泳動において移動距離を変更することができる。キャピラリー電気泳動では、約600塩基長までの鎖長の核酸を検出することができるため、標的塩基配列に結合するプライマーの鎖長(10~30塩基)を除いて、二重鎖DNAタグは、1~約590塩基長までの範囲の長さとすることができる。二重鎖DNAタグは、鎖間架橋を有する核酸であれば、その塩基配列は特に限定されるものではない。また、二重鎖DNAタグは、公知のオリゴヌクレオチド合成手法により化学合成することができるが、通常は、市販の化学合成装置を使用して合成される。
【0026】
本発明の方法では、上述した蛍光色素を有する基質及び蛍光色素を有しない基質の存在下において、上述したプライマーを用いて1塩基伸長反応を行う。1塩基伸長反応は当技術分野で公知であり、典型的にはポリメラーゼを用いた1塩基伸長反応である。使用するポリメラーゼは、鋳型(被検試料)の種類及び使用するプライマーの種類によって選択される。例えば、DNA又はRNAを鋳型としたDNAプライマーを用いた1塩基伸長反応には、それぞれDNA依存性又はRNA依存性DNAポリメラーゼが使用される。
【0027】
1塩基伸長反応は当該技術分野において広く知られており、例えば非特許文献1等に、サイクル反応により効率的に1塩基を伸長させる方法などが説明されている。
【0028】
標的塩基配列が存在する場合には、この標的塩基配列にプライマーがハイブリダイゼーションし、プライマーの3'末端部分からポリメラーゼの合成反応によってヌクレオチドが基質として取り込まれる。この時、取り込まれるヌクレオチド(基質)として、例えばジデオキシヌクレオチド(ddNTP)を用いることにより、合成反応は1塩基伸長のみで終了する。
【0029】
本発明では、そのような基質として蛍光色素を有する基質と蛍光色素を有しない基質とを使用する。蛍光色素は、基質が取り込まれたか否かを簡便に検出するため、又は取り込まれた塩基の種類を判定するために有用であり、当技術分野で公知の蛍光色素を使用することができる。蛍光色素としては、例えば限定されるものではないが、フルオレセイン、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、スルホローダミン(TR)、テトラメチルローダミン(TRITC)、カルボキシ-X-ローダミン(ROX)、カルボキシテトラメチルローダミン(TAMRA)、NED、5-カルボキシフルオレセイン(5-FAM)、6-カルボキシフルオレセイン(6-FAM)、5'-ヘキサクロロフルオレセインCE-ホスホロアミダイト(HEX)、6-カルボキシ-4',5'-ジクロロ-2',7'-ジメトキシフルオレセイン(JOE)、5'-テトラクロロフルオレセインCE-ホスホロアミダイト(TET)、ローダミン110(R110)、ローダミン6G(R6G)、VIC(登録商標)、ATTO系、Alexa Fluor(登録商標)系、Texas red、Cy系など、また泳動サイズにずれを生じない蛍光色素として、dR110(carboxy-dichloro rhodamine 110)、dR6G(dihydro rhodamine 6G)、dTAMRA(Tetramethyl rhodamine)、dROX(carboxy-X-rhodamine)などが挙げられる。例えば塩基の種類を判定しようとする場合には、4種類の塩基と参照用(参照ラダーDNAから塩基長を検出補正するため)の5種類を識別するために、異なる波長で励起かつ検出される5種類の蛍光色素を組み合わせて使用することができる。このような蛍光色素の種類や導入方法等に関しては、特に限定されることはなく、従来公知の各種手段を用いることができる。
【0030】
蛍光色素を有さない基質と蛍光色素を有する基質との混合割合は、
(a)少なくとも2種の蛍光色素を使用する場合に、検出する蛍光色素の励起効率の比に応じて設定されている、及び/又は
(b)少なくとも2種のプライマーを使用する場合に、使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定されている。
【0031】
例えば、
図2に示すように、蛍光色素が少なくとも2種の蛍光色素を含む場合(それぞれの蛍光励起効率が異なる場合)には、蛍光色素を有さない基質と蛍光色素を有する基質との混合割合は、検出する蛍光色素の励起効率の比に応じて設定される。具体的には、蛍光励起効率が良い方の蛍光色素が結合している基質と同じ基質について、蛍光色素を結合していない基質を添加して1塩基伸長反応を行う。蛍光色素を有さない基質と蛍光基質を有する基質との混合割合は、以前の計測データに基づいてもよいし、実際の遺伝子分析の前の予備実験によって最適な混合割合を求めてもよい。また、例えば4種の塩基に対応した4種の蛍光色素を使用する場合、それぞれについて、蛍光色素を有さない基質と蛍光色素を有する基質との混合割合を求め、4種の蛍光色素の蛍光シグナル強度の計測によって、それぞれの基質を取り込んだ遺伝子を量的に分析することが可能である。
【0032】
例えば、
図3に示すように、プライマーが少なくとも2種のプライマーを含む(すなわち、少なくとも2種の標的塩基配列に対する少なくとも2種のプライマーを含み、プライマーへの基質の結合取り込み効率が異なる)場合、蛍光色素を有さない基質と蛍光色素を有する基質との混合割合は、使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定される。具体的には、基質の結合取り込み効率が良い方のプライマーに結合する基質と同じ基質について、蛍光色素を有さない基質を添加して1塩基伸長反応を行う。蛍光色素を有さない基質と蛍光基質を有する基質との混合割合は、以前の計測データに基づいてもよいし、実際の遺伝子分析の前の予備実験によって最適な混合割合を求めてもよい。
【0033】
また、プライマーが少なくとも2種のプライマーを含み、かつ蛍光色素が少なくとも2種の蛍光色素を含む場合には、蛍光色素を有さない基質と蛍光色素を有する基質との混合割合は、検出する蛍光色素の励起効率の比、及び使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定される。
【0034】
1塩基伸長反応後、得られた反応物を電気泳動、好ましくはキャピラリー電気泳動(CE)に供して解析する。電気泳動、例えばCEは、導入された成分を荷電、大きさ及び形状などに基づく移動度の差異で分離する手法である。移動度に基づいて、標的塩基配列の種類(プライマーの種類に基づく)を同定することができる。また、蛍光色素のシグナルに基づいて標的塩基配列の有無又は標的塩基配列における特定の塩基の種類(1塩基伸長反応によって取り込まれた基質の種類に基づく)を判別することができる。
【0035】
本発明では、上述したように、蛍光色素を有する基質と蛍光色素を有しない基質とを混合して1塩基伸長反応を行うことにより、複数の標的塩基配列の含有比を蛍光強度の大きさから定量的に求めることができる。そのため、例えばがん診断に必要となる野生型配列に対する変異型配列の存在比、又は、遺伝子変異の頻度を定量することができる。一実施形態では、分析対象の複数の標的塩基配列が、野生型配列及び変異型配列を含み、この野生型配列に対する変異型配列の含有比が0.01%から1%の範囲、例えば0.01%から0.1%の範囲である場合に、標的塩基配列を定量することができる。このようにして、標的塩基配列について定量的に遺伝子分析を行うことができる。
【0036】
上述した本発明に係る遺伝子分析方法は、必要な構成を備えた遺伝子分析装置、又は必要な構成要素を含む遺伝子分析用キットにより、簡便かつ迅速に実施することができる。
【0037】
したがって、別の態様において、本発明は、遺伝子分析装置を提供し、かかる装置は、
一塩基伸長反応、電気泳動、及び蛍光強度の測定を行う計測部と、
前記計測部で得られた計測データを記憶する計測データ記憶部とデータ処理装置とを含むデータ解析部と、
制御部と
を備え、
前記制御部は、前記計測データ記憶部に記憶した前記計測データを解析して、一塩基伸長反応に使用する、蛍光色素を有する基質と蛍光基質を有さない基質との混合割合を決定するように構成されている。
【0038】
制御部は、以前の計測データを記憶する参照データベースをさらに備えてもよく、
その場合、制御部は、計測データ記憶部に記憶した計測データを、参照データベースに記憶された以前の計測データと比較して、一塩基伸長反応に使用する、蛍光色素を有する基質と蛍光基質を有さない基質との混合割合を決定するように構成されている。
【0039】
本発明に係る遺伝子分析装置は、出力表示部をさらに備えてもよい。
【0040】
また別の態様において、本発明は、遺伝子分析用キットを提供し、かかるキットは、
標的塩基配列を検出するための一塩基伸長反応用プライマー、
蛍光色素を有する一塩基伸長反応用の基質、及び
蛍光色素を有さない一塩基伸長反応用の基質
を含み、
前記蛍光色素を有さない基質と前記蛍光色素を有する基質との含有割合が、
(a)少なくとも2種の蛍光色素が含まれる場合に、検出する蛍光色素の励起効率の比に応じて設定されている、及び/又は
(b)少なくとも2種のプライマーが含まれる場合に、使用するプライマーへの基質の結合取り込み効率に応じて設定されている。
【0041】
本発明に係るキットは、上記構成要素に加えて、反応液を構成するバッファー、酵素類(ポリメラーゼ、逆転写酵素など)、校正用の標準試料などを含んでもよい。1塩基伸長反応に使用するプライマー及び基質をキットとして提供することにより、遺伝子分析をより迅速かつ簡便に行うことが可能となる。
【0042】
以下に実施例を例示し、本発明を具体的に説明するが、この実施例は単に本発明の説明のために提供するものであり、本出願において開示する発明の範囲を限定したり制限したりするものではない。
【0043】
<実施例>
がん関連の遺伝子変異を含む標準サンプルとして、OncoSpan DNA Reference Standard(Horizon)を使用し、がんドライバー遺伝子の一種であるEGFR L858を標的遺伝子とした。EGFR L858の変異は、858番目のロイシン(L:C
UG)がアルギニン(R:C
GG)に一塩基置換した配列EGFR L858Rである。ここでは、4種類の塩基に対して本発明の有効性を検証するため、変異型としてL858Q(Q:グルタミン、C
AG)、L858P(P:プロリン、C
CG)も評価対象とした。最初に、EGFR L858野生型(EGFR L858WT)、及び、変異型(L858R)の遺伝子を含む上記標準サンプルを鋳型にして、プライマーL858 Forward(GCAGCATGTCAAGATCACAGATT:配列番号1)及びL858 Reverse(CCTCCTTCTGCATGGTATTCTTTCT:配列番号2)を使用してクローニング用のPCRを実施した。PCR産物は大腸菌に形質転換してLB培地にて培養後、コロニーダイレクトPCRで増幅した。BigDye Terminator Sequencing Kit(Thermo Fisher Scientific社)を用いてシーケンス反応を実施し、精製後、ジェネティックアナライザSeqStudioにより配列を確認した後、プラスミドを抽出した。なお、変異型のL858QとL858Pのクローニングでは、野生型プラスミドをもとに、PrimeSTAR Mutagenesis Basal Kit(タカラバイオ社)を用いて、以下の表に示すプライマーを使用して部位特異的変異導入PCRを実施した。
【表1】
【0044】
抽出したプラスミドを鋳型(標的となる腫瘍由来の遺伝子配列)として、以下の表に示すEGFRL858プライマー0.2μM、DNAポリメラーゼ1U、4種の蛍光色素で修飾されたddNTP(R6G-ddATP、ROX-ddUTP、R110-ddGTP、TAMRA-ddCTP)(パーキンエルマー社)を混合し、サーマルサイクラーで[96℃×10秒→55℃×5秒→60℃×30秒]×25サイクルの条件で一塩基伸長反応を実施した。標的となる鋳型DNAの濃度は、0.1fmol、1fmol、10fmolの3条件とした。蛍光色素で修飾された基質(ddNTP)の濃度は、最初は全て0.1μMとし、本発明に基づく定量性を上げるための工夫(蛍光色素で修飾しないddNTPを混合)後ではROX-ddUTPの濃度を4μMに調整し、蛍光色素R6Gで修飾しないddATPを1μM、蛍光色素R110で修飾しないddGTPを10μM添加した。
【表2】
【0045】
一塩基伸長反応後、未反応の基質である蛍光標識ddNTPによる干渉を防ぐために、脱リン酸化反応(SAP)処理を実施した。反応産物10μLにSAP1μLを添加し、7℃で1時間反応させた後,75℃で15分間反応させた。このSAP処理後のサンプルとサイズマーカーとHi-Di Formamideを混合し、95℃×5分の熱処理後、CEシーケンサDS3000(日立ハイテク)を用いてフラグメント解析を実施した。
【0046】
図5は、蛍光色素で修飾しないddNTPを使用する前と使用した後での、鋳型濃度と蛍光強度のピーク値を示す結果である。既知の鋳型濃度に対して、標的となる腫瘍由来の遺伝子配列の存在量が相対蛍光強度で示されている。蛍光色素で修飾しないddNTPを使用することで、その存在量と蛍光強度に線形性があり、標的の遺伝子配列の存在量が定量的に求められる。例えば、野生型EGFR L858WTが10fmol、変異型EGFR L858Qが0.1fmolで含有されていた時、蛍光色素で修飾しないddNTPを使用することで、相対蛍光強度に定量性があるため、野生型:変異型=100:1(感度1%)で存在していることが明らかにできる。
【0047】
なお、上記の実施例で使用した蛍光色素は、ローダミン6G(R6G)、x-ローダミン(ROX)、ローダミン110(R110)、テトラメチルローダミン(TAMRA)の4種を使用しているが、本発明でいう蛍光色素はこの限りではなく、一般に核酸プローブに標識する蛍光色素を使用すれば良い。ローダミンの誘導体以外でも、例えば、フルオレセイン(fluorescein)又はその誘導体類であるフルオレセインイソチオシアネート(fluorescein isothiocyanate)(FITC)や、Alexa 488、Alexa 532、cy3、cy5、Texas red等が挙げられる。使用するキャピラリー電気泳動の装置に搭載されるレーザー光の励起波長に応じて、蛍光色素を任意に決めることが可能である。
【0048】
図6は、本発明を実施するための遺伝子分析装置及び遺伝子分析用キットでの処理手順の一例を示すフローチャートである。本発明では、標的塩基配列(例えば野生型と変異型)の含有比を蛍光強度の大きさから定量的に求めることを可能にする。このとき、分析装置としての蛍光強度の測定範囲は有限である。そのため、この分析装置の検出可能範囲に収めるための前処理を、装置側又は分析用キットで実施することができる。
【0049】
最初に、ステップS701にて、一塩基伸長反応をさせた標準サンプルの準備をする。次に、ステップS702にて、標準サンプルを用いた電気泳動によるフラグメント解析を実施する。電気泳動によるフラグメント解析ができる測定器であればよいため、キャピラリー電気泳動装置だけでなく、例えば、MEMS(Micro-Electro-Mechanical Systems)のような微小流路でも適用できる。続いて、ステップS703にて、既定された検出位置(塩基長)での蛍光信号を取得し、ステップS704にて、各蛍光色素の蛍光励起効率を算出する。分析装置の本体の機構として、データ保持部を搭載している場合にはこの蛍光励起効率の計算を自動化してもよい。続いて、ステップS705にて、各蛍光色素からの蛍光強度(信号)が鋳型濃度に応じて線形になるための補正値を計算する。このとき、参照データベースと照合し、あらかじめ取得している、又は、あらかじめ想定される蛍光信号の特性(例えば、蛍光信号の最大値、半値幅、ピーク検出位置等)が得られていることを確認し、ステップS706にて、補正値による蛍光信号の補正で分析装置の検出可能範囲に収まるかをチェックする。検出可能範囲に収まり、標的塩基配列(例えば野生型と変異型)の含有比が例えば0.01%から1%の範囲で検出できることを確認した後、ステップS707で、測定可能メッセージを表示して実際のサンプルを測定できる。このとき実際のサンプルに加える、蛍光色素で修飾しないddNTPの濃度を表示することもできる。しかし、ステップS706にて、検出可能範囲に収まらないと判断される場合においては、ステップS708にて、蛍光色素で修飾しないddNTPを標準サンプルに追加するよう指示し、ステップS701から、再度、標準サンプルと混合して、鋳型濃度と蛍光強度の線形性が指定の範囲で得られるかをチェックする。また、分析装置に合わせてあらかじめデータセットを準備しておけば、それを分析用キットとして使用して上記一連のフローをシステムで組み込んでおくことも可能である。
【0050】
図7は、本発明の遺伝子分析装置が備える機能の一例を示すブロック構成図である。遺伝子分析装置の主な構成要素は、計測部801、データ解析部802、制御部803、出力表示部804である。計測部801では、サンプル設置部に一塩基伸長させたサンプルを設置し、キャプラリー電気泳動法を用いて電気泳動部を流れるサンプルの経時的な蛍光信号を蛍光測定部にて計測する。データ解析部802では、計測部801で得られる計測データを記憶するための計測データ記憶部を備えており、そのデータ処理を実行するプログラムをソフトウェアにより実現できる。データ処理の内容は、
図6のフローチャートで示したように、既定された検出位置(塩基長)での蛍光信号の取得、各蛍光色素の蛍光励起効率の算出、各蛍光色素からの蛍光強度が鋳型濃度に応じて線形になるための補正値の計算などが挙げられる。このとき、あらかじめデータ解析部802に記憶された遺伝子配列の参照データを用いることも可能である。さらに、外部ネットワークとの情報の送受信を行うことで参照データを更新することも可能である。なお、計測部801、データ解析部802などの機能制御は全て制御部803のメモリに格納されたプログラムをプロセッサが解釈して実行することによりソフトウェアで実現可能である。また、各構成、機能部、処理部、処理手段等は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現することも可能である。各機能のプログラム、ファイル、データベース等の情報は、メモリや、ハードディスク、SSD(Solid State Drive)等の記録装置、又は、ICカード、SDカード、DVD等の記録媒体に置くこともできる。データ処理後は、演算判定により、補正値による蛍光信号の補正で分析装置の検出可能範囲に収まるか、などを判定し、結果の出力を、出力表示部804にて行なう。ここでしたブロック構成図はシステム一体を遺伝子分析装置とした場合の一例であり、計測部801、データ解析部802、制御部803、出力表示部804の機能を有していれば、本発明の遺伝子解析方法を適用することが可能である。
【0051】
なお、本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施の例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0052】
101:標的となる腫瘍由来の遺伝子配列#1
102:遺伝子配列#1選択的プライマー
103:蛍光色素#1で修飾されたddNTP
104:蛍光色素#1を由来とする相対蛍光強度
201:標的となる腫瘍由来の遺伝子配列#2
202:遺伝子配列#2選択的プライマー
203:蛍光色素#2で修飾されたddNTP
204:蛍光色素#2を由来とする相対蛍光強度
301:標的となる腫瘍由来の遺伝子配列#3
302:遺伝子配列#3選択的プライマー
303:蛍光色素#1で修飾されたddNTP
401:遺伝子配列#1で蛍光標識ddNTPの取り込み効率が高くなる状態
402:遺伝子配列#3で蛍光標識ddNTPの取り込み効率が低くなる状態
403:遺伝子配列#1で蛍光標識ddNTPの取り込み効率が高くなる状態での蛍光色素#1を由来とする相対蛍光強度
404:遺伝子配列#3で蛍光標識ddNTPの取り込み効率が低くなる状態での蛍光色素#1を由来とする相対蛍光強度
501:蛍光色素#1で修飾しないddNTP
502:蛍光色素#1で修飾しないddNTPを用いた状態での、遺伝子配列#1の存在量を示す蛍光色素#1を由来とする相対蛍光強度
503:遺伝子配列#2の存在量を示す蛍光色素#2を由来とする相対蛍光強度
601:蛍光色素で修飾しないddNTPを使用する前の、鋳型濃度と蛍光強度のピーク値を示す結果
602:蛍光色素で修飾しないddNTPを使用した後の、鋳型濃度と蛍光強度のピーク値を示す結果
801:計測部
802:データ解析部
803:制御部
804:出力表示部
【配列表フリーテキスト】
【0053】
配列番号1~7:人工(合成オリゴヌクレオチド)
【配列表】