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特開2023-184022切削工具の異常検知装置および異常検知方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023184022
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】切削工具の異常検知装置および異常検知方法
(51)【国際特許分類】
   B23Q 17/09 20060101AFI20231221BHJP
   B23Q 17/12 20060101ALI20231221BHJP
   G01M 13/028 20190101ALI20231221BHJP
【FI】
B23Q17/09 F
B23Q17/12
G01M13/028
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097909
(22)【出願日】2022-06-17
(71)【出願人】
【識別番号】509186579
【氏名又は名称】日立Astemo株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002549
【氏名又は名称】弁理士法人綾田事務所
(72)【発明者】
【氏名】小島 弘之
(72)【発明者】
【氏名】田中 孝幸
(72)【発明者】
【氏名】田山 史尚
【テーマコード(参考)】
2G024
3C029
【Fターム(参考)】
2G024AD11
2G024BA21
2G024CA13
2G024DA05
2G024FA14
3C029DD06
3C029DD14
(57)【要約】
【課題】 工具摩耗の進行状況によらず安定した切削工具の異常検知を可能とする切削工具の異常検知装置および異常検知方法を提供することにある。
【解決手段】 異常検知方法は、加工中の工作機械の構成要素における振動を検出し、振動の周波数スペクトルを算出し、周波数スペクトルから、工作機械の主軸回転数に相当する周波数×n(ただし 1≦n≦工具刃数、nは整数)で定義される全ての周波数成分について振幅を抽出し、抽出された振幅データを特徴量としたMT(マハラノビス・田口)法により算出されたマハラノビス距離と所定のしきい値に基づき、切削工具の刃先欠損の有無の判定を行うようにした。
【選択図】 図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の刃を備える切削工具の欠損を検知する異常検知装置であって、
前記切削工具の加工中の振動を検出する振動センサと、
前記振動センサで検出された振動信号を増幅する信号増幅部と、
前記信号増幅部で増幅された振動信号を記憶する信号記憶部と、
前記信号記憶部で記憶した振動信号の周波数スペクトルを算出する周波数分析部と、
前記周波数分析部で算出された周波数スペクトルから、前記切削工具の主軸回転数に相当する周波数×n(ただし 1≦n≦工具刃数、nは整数)で定義される全ての周波数成分について振幅データを抽出し、前記抽出された振幅データを特徴量としたMT(マハラノビス・田口)法によりマハラノビス距離を算出する多変量解析部と、
前記多変量解析部で抽出された前記振幅データを加工サイクル毎に記憶する周波数振幅データ記憶部と、
前記多変量解析部で算出された前記マハラノビス距離と、所定のしきい値とに基づいて前記切削工具の刃先欠損有りと判定する判定部と、
を備えたことを特徴とする切削工具の異常検知装置。
【請求項2】
請求項1記載の切削工具の異常検知装置であって、
前記マハラノビス距離の算出において、前記周波数振幅データ記憶部に記憶された前記振幅データから、前記切削工具の使い始めの段階における任意の数の振幅データを選択したデータ群によって単位空間が設定される
ことを特徴とする切削工具の異常検知装置。
【請求項3】
請求項1記載の切削工具の異常検知装置であって、
前記マハラノビス距離の算出において、前記周波数振幅データ記憶部に記憶された前記振幅データから、実行中の加工サイクルに対して1回前の加工サイクルから任意の数を遡った加工サイクルまでの振幅データからなるデータ群によって単位空間が設定される、
ことを特徴とする切削工具の異常検知装置。
【請求項4】
請求項1記載の切削工具の異常検知装置であって、
前記マハラノビス距離の算出において、前記周波数振幅データ記憶部に記憶された前記振幅データから、同一種類の複数の切削工具の使い始めの段階における任意の数の振幅データを選択したデータ群によって単位空間が設定される、
ことを特徴とする切削工具の異常検知装置。
【請求項5】
異常検知装置が実行する異常検知方法であって、
前記異常検知装置が、
複数の刃を備える切削工具による切削加工において工作機械の構成要素の加工中の振動を検出する振動検出ステップと、
前記検出された振動信号を、あらかじめ決められた所定のサンプル数まで時系列データとして記録する信号記憶ステップと、
前記信号記憶ステップで記録された振動信号の時系列データの周波数スペクトルを算出する周波数分析ステップと、
当該周波数スペクトルから前記工作機械の主軸回転数に相当する周波数×n(ただし 1≦n≦工具刃数、nは整数)で定義される全ての周波数成分について振幅を抽出する振幅抽出ステップと、
前記振幅抽出ステップで前記抽出された振幅データを加工サイクル毎に記憶する振幅データ記憶ステップと、
前記抽出された振幅データを特徴量としてMT(マハラノビス・田口)法による多変量解析によりマハラノビス距離を算出する解析ステップと、
前記算出されたマハラノビス距離と所定のしきい値を比較する比較ステップと、
前記比較ステップでマハラノビス距離が前記所定のしきい値を超えた場合に異常信号を出力する出力ステップと、
を備えたことを特徴とする切削工具の異常検知方法。
【請求項6】
請求項5に記載の切削工具の異常検知方法おいて、
前記マハラノビス距離の算出において、前記振幅データ記憶ステップで記憶された前記振幅データから、前記切削工具の使い始めの段階における任意の数の振幅データを選択したデータ群によって単位空間を設定した、
ことを特徴とする切削工具の異常検知方法。
【請求項7】
請求項5に記載の切削工具の異常検知方法おいて、
前記多変量解析ステップのマハラノビス距離の算出において、前記振幅データ記憶ステップで記憶された前記振幅データから、実行中の加工サイクルに対して1回前の加工サイクルから任意の数を遡った加工サイクルまでの振幅データからなるデータ群によって単位空間を設定した、
ことを特徴とする切削工具の異常検知方法。
【請求項8】
請求項5に記載の切削工具の異常検知方法おいて、
前記マハラノビス距離の算出において、前記振幅データ記憶ステップで記憶された前記振幅データから、同一種類の複数の切削工具の使い始めの段階における任意の数の振幅データを選択したデータ群によって単位空間を設定した、
ことを特徴とする切削工具の異常検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切削工具の異常検知装置および異常検知方法に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、複数の刃を持つ切削工具が装着された工作機械において、切削中に主軸に掛かる負荷を主軸モータの電流値、あるいは電力値として検出し、検出された電流値、あるいは電力値の時系列データの周波数スペクトルを算出し、所定の周波数成分の振幅と所定のしきい値に基づき切削工具の欠損を判定する切削工具の異常検知装置および異常検知方法が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2020-104257号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載の切削工具の異常検知装置および異常検知方法は、特に刃数の多い多刃工具では摩耗が進行する際に、それぞれの刃の摩耗の進行が一様でない場合が多く、個々の刃における切削負荷のばらつきが大きくなり、周波数スペクトルは、各々の刃の間における切削負荷のばらつきによって生じる周期的な変動を反映することになる。
このため、特許文献1に記載の切削工具の異常検知装置および異常検知方法のように所定の周波数における振幅といった単変量を刃先欠損の有無の判定に用いた場合、異なった工具摩耗の進行段階において刃先欠損が生じた際に切削工具の異常検知が困難になるおそれがある。
本発明の目的の一つは、工具摩耗の進行状況によらず安定した切削工具の異常検知を可能とする切削工具の異常検知装置および異常検知方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の一実施形態における異常検知方法は、加工中の工作機械の構成要素における振動を検出し、振動の周波数スペクトルを算出し、周波数スペクトルから、工作機械の主軸回転数に相当する周波数×n(ただし 1≦n≦工具刃数、nは整数)で定義される全ての周波数成分について振幅を抽出し、抽出された振幅データを特徴量としたMT(マハラノビス・田口)法により算出されたマハラノビス距離と所定のしきい値に基づき、切削工具の刃先欠損の有無の判定を行うようにした。
【発明の効果】
【0006】
よって、本発明にあっては、累積加工個数による工具摩耗の進行状況によらず切削工具の刃先欠損の発生と、刃先欠損数の検知が可能となり、刃先欠損の拡大に伴う加工品位や加工精度の悪化による連続的な加工不良の発生を抑制することができ、大量の不良品の発生を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】実施形態1の切削工具の異常検知装置の全体図である。
図2】実施形態1における異常検知方法の流れを示すフローチャート1である。
図3】実施形態1における異常検知方法の流れを示すフローチャート2である。
図4】実施形態1の切削工具の使い始めから累積加工数300個までワークを加工した際の正常時の振幅の強度分布を示す図である。
図5】実施形態1の図4のワークを300個まで加工を行った切削工具の42枚の刃のうち1枚の刃先に人為的に欠損を生じさせたもので加工を行った際の振幅の強度分布を示す図である。
図6】実施形態1の切削工具の使い始めから累積加工数1500個までワークを加工した際の正常時の振幅の強度分布を示す図である。
図7】実施形態1の図6のワークを1500個まで加工を行った切削工具の42枚の刃のうち1枚の刃先に人為的に欠損を生じさせたもので加工を行った際の振幅の強度分布を示す図である。
図8】実施形態1の切削工具の使い始めから累積加工数3300個までワークを加工した際の振幅の強度分布を示す図である。
図9】実施形態1の図8のワークを3300個まで加工を行った切削工具の42枚の刃のうち1枚の刃先に人為的に欠損を生じさせたもので加工を行った際の振幅の強度分布を示す図である。
図10】実施形態1の累積加工数とマハラビノス距離との関係を示すグラフである。
図11】実施形態1の第1累積加工数とマハラビノス距離との関係を示すグラフである。
図12】実施形態1の第2累積加工数とマハラビノス距離との関係を示すグラフである。
図13】実施形態1の第3累積加工数とマハラビノス距離との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0008】
〔実施形態1〕
図1は、実施形態1の切削工具の異常検知装置の全体図である。
【0009】
(工作機械の構成)
工作機械1は、複数の刃6を備える切削工具5と、不図示の駆動モータにより駆動され、切削工具5を軸方向移動および回転させる主軸9と、主軸9を保持する主軸保持部材10と、切削工具5によるスカイビング加工により内歯車加工されるワーク7を把持し、同期回転させるワークチャック8と、主軸9の軸方向移動および回転と、ワークチャック8の同期回転を制御するNC制御部2と、警報部4とを有している。
【0010】
(異常検知装置の構成)
異常検知装置3は、主軸保持部材10に取り付けられた振動センサ11と、振動センサ11により測定された振動信号を増幅する信号増幅部12と、信号増幅部12により増幅された振動信号を記憶する信号記憶部13と、信号記憶部13に記憶された振動信号の周波数スペクトルを算出する周波数分析部14と、周波数分析部14により算出された周波数スペクトルから、主軸9の回転数に相当する周波数×n(ただし 1≦n≦工具刃数、nは整数)で定義される全ての周波数成分について振幅を抽出し、抽出された振幅データを特徴量としたMT(マハラノビス・田口)法によりマハラノビス距離を算出する多変量解析部15と、抽出された振幅データを加工サイクル毎に記憶する周波数振幅データ記憶部16と、多変量解析部15で算出された前記マハラノビス距離と所定のしきい値の比較によって切削工具の刃先欠損の有無について判定を行う判定部17とを備えている。
【0011】
図2は、実施形態1における異常検知方法の流れを示すフローチャート1であり、図3は、実施形態1における異常検知方法の流れを示すフローチャート2である。
【0012】
(異常検知装置の動作)
ステップS1で、工作機械1によりワーク7の加工が開始される際に、NC制御部2から発せられる加工開始信号をトリガとして異常検知処理を開始する。
ステップS2では、振動センサ11により切削加工による振動の測定が開始され、振動センサ11により測定された振動信号を増幅する信号増幅部12により、増幅された増幅振動信号を信号記憶部13に出力する(振動検出ステップ)。
ステップS3では、信号記憶部13が、入力された増幅された振動信号をあらかじめ決められた所定のサンプル数まで時系列データとして記憶する(信号記憶ステップ)。
ステップS4では、周波数分析部14が、信号記憶部13が記憶した増幅振動信号の時系列データから増幅振動信号の周波数スペクトルを算出する(周波数分析ステップ)。
ステップS5では、多変量解析部15が、周波数分析部14で算出された周波数スペクトルから、主軸回転数に相当する周波数×n(ただし 1≦n≦工具刃数、nは整数)で定義される全ての周波数成分について振幅データを抽出する(振幅抽出ステップ)。
ステップS6では、抽出された振幅データを加工サイクル毎に周波数振幅データ記憶部16に記憶する(振幅データ記憶ステップ)。
なお、加工サイクル毎に記憶された振幅データは、MT(マハラノビス・田口)法の単位空間(正常な集団)を構成する際に利用される。
ステップS7では、多変量解析部15が、周波数振幅データ記憶部16に記憶された振幅データを特徴量としてMT(マハラノビス・田口)法によりマハラノビス距離を算出する(解析ステップ)。
マハラノビス距離の算出においては、切削工具の使い始めにおける振幅データ群を使用してМT(マハラノビス・田口)法の単位空間(正常な集団)を設定する。
この理由は、切削工具の使い始めにおいては切削工具が交換直後の新品の状態であるため正常な切削状態における振幅データ群が取得できるためである。
なお、実施形態1における単位空間(正常なデータ群)の設定には、後述する図11図12図13のそれぞれの加工事例とは別の同一種類の複数の切削工具について、それぞれの工具の使い始めの20個(任意の数)のワーク加工分の振幅データを収集し、振幅データ群として使用した。
これにより、複数の切削工具に渡る振幅データ群を単位空間(正常なデータ群)の設定に用いることによって切削工具の出来栄えのばらつきを平均化し、共通の基準となる単位空間(正常なデータ群)を設定することで工具交換ごとの単位空間(正常なデータ群)の設定の煩雑さを避けることができる。
また、実行中の加工サイクルに対して、1回前の加工サイクルから任意の数を遡った加工サイクルまでの振幅データ群を使用して動的にМT(マハラノビス・田口)法の単位空間(正常なデータ群)の設定を行うことで刃先欠損の検出感度を高めることができる。
ステップS8では、判定部17が、算出されたマハラノビス距離とあらかじめ決められた所定のしきい値とを比較する(比較ステップ)。
算出されたマハラノビス距離が所定のしきい値より大きい場合には、ステップS9へ進み、算出されたマハラノビス距離が所定のしきい値に満たない場合には、ステップS10へ進み、異常検知処理を終了する。
ステップS9では、判定部17が、異常信号をNC制御部2と、警報部4に出力し、NC制御部2は、工作機械1を停止し、警報部4は、異常が発生したとして警報を発し、ステップS10へ進み、異常検知処理を終了する(出力ステップ)。
【0013】
(振幅抽出ステップ)
図4は、実施形態1の切削工具の使い始めから累積加工数300個までワークを加工した際の正常時の振幅の強度分布を示す図であり、図5は、実施形態1の図4のワークを300個まで加工を行った切削工具の42枚の刃のうち1枚の刃先に人為的に欠損を生じさせたもので加工を行った際の振幅の強度分布を示す図である。
すなわち、図4、5は、42枚刃の切削工具により主軸回転数3676min-1、主軸1回転当りの工具送り量0.1mm/rev、取り代0.2mmの加工条件で加工したときの振動センサ11により検出した振動の周波数スペクトルから主軸9の回転数に相当する周波数×n(ただし 1≦n≦工具刃数、nは整数)で定義される全ての周波数成分について抽出した振幅の強度分布を示した図である。
なお、前記条件においてn=1における周波数は61.3Hzとなり、最大の周波数はn=42の場合における2573Hzである(以後、主軸9の回転数に相当する周波数×nの周波数をn次周波数、n次周波数の振幅をn次周波数成分と呼ぶ)。
【0014】
図4図5を比較すると、刃先欠損後の1次周波数成分22が刃先欠損前の1次周波数成分21に比べ大きく増加している。この場合、刃先欠損後の1次周波数成分22が超えるようにしきい値23を設定することにより、刃先が1枚欠損した異常を検知することができる。
【0015】
図6は、実施形態1の切削工具の使い始めから累積加工数1500個までワークを加工した際の正常時の振幅の強度分布を示す図であり、図7は、実施形態1の図6のワークを1500個まで加工を行った切削工具の42枚の刃のうち1枚の刃先に人為的に欠損を生じさせたもので加工を行った際の振幅の強度分布を示す図である。
なお、加工条件は、図4、5と同様である。
【0016】
図6図7を比較すると、刃先欠損後の10次周波数成分25が刃先欠損前の10次周波数成分24に比べ大きく増加している。この場合、刃先欠損後の10次周波数成分25が超えるようにしきい値26を設定することにより、刃先が1枚欠損した異常を検知刃先欠損後の10次周波数成分25が刃先欠損前の10次周波数成分24に比べ大きく増加している。この場合、刃先欠損後の10次周波数成分25が超えるようにしきい値26を設定することにより、刃先が1枚欠損した異常を検知することができる。
【0017】
図8は、実施形態1の切削工具の使い始めから累積加工数3300個までワークを加工した際の振幅の強度分布を示す図であり、図9は、実施形態1の図7のワークを3300個まで加工を行った切削工具の42枚の刃のうち1枚の刃先に人為的に欠損を生じさせたもので加工を行った際の振幅の強度分布を示す図である。
なお、加工条件は、図4、5と同様である。
【0018】
図8図9を比較すると、刃先欠損後の4次周波数成分28が刃先欠損前の4次周波数成分27に比べ大きく増加している。この場合、刃先欠損後の4次周波数成分28が超えるようにしきい値29を設定することにより、刃先が1枚欠損した異常を検知することができる。
【0019】
以上のように、それぞれの累積加工数において所定の周波数成分としきい値の比較で切削工具の刃先欠損の検出が可能であることがわかるが、累積加工数によって異常の判定に好適な周波数成分が異なっているため、所定の周波数成分の振幅といった単変量による刃先欠損の判定は困難である。
この理由としては、切削中の振動は切削負荷変動によってひき起こされる。複数の刃を持つ切削工具では被削材を削る際に各々の刃による切削負荷が工具の1回転毎に繰り返し生じ、主軸回転数×工具刃数の周波数成分を持った振動が生じる。それぞれの刃の間で切削負荷の差がない場合、原理的には主軸回転数×工具刃数の周波数より低い周波数の振動は発生しない。
一方、刃の間に切削負荷の違いがある場合、工具の1回転毎にそれぞれの刃の切削負荷の違いに基づいた切削負荷変動の繰り返しパターンが生じ、この切削負荷変動の繰り返しパターンを反映した周波数スペクトルを持った振動が発生する。例えば1つの刃の切削負荷が他の刃より突出して大きい場合、工具1回転毎に1回の大きな切削負荷変動が生じるため、主軸回転数×1に相当する周波数の振動、すなわち1次周波数成分が周波数スペクトルに現れる。
各々の刃の間に切削負荷の違いを生じさせる原因は、刃の摩耗状態の違いや刃先の欠損がある。本発明では刃先欠損の前後における切削負荷変動の繰り返しパターンの変化を、切削中の振動の周波数スペクトルの変化として検出し異常検知を行っている。
刃先欠損が生じた際の切削負荷変動の繰り返しパターンは、刃先欠損前の切削負荷変動の繰り返しパターンに、刃先欠損による切削負荷変動が重畳されたパターンとなる。このため、刃先欠損の前後における振動の周波数スペクトルの変化は、刃先欠損前における振動の周波数スペクトルに依存する。
複数の刃を持つ切削工具において、累積加工数の増加に伴うそれぞれの刃の摩耗状態の推移が異なる場合、切削負荷変動の繰り返しパターンは累積加工数によって変化する。すなわち、刃先欠損が生じた際の累積加工数によって刃先欠損前の周波数スペクトルが異なるため、刃先欠損後の振動の周波数スペクトルの変化は累積加工数に依存する。このため、異常の判定に好適な周波数成分も累積加工数の影響を受けて変化する。
【0020】
このため、本発明の一実施形態における異常検知方法は、さらに、抽出された振幅データを特徴量としたMT(マハラノビス・田口)法により算出されたマハラノビス距離と、所定のしきい値に基づき切削工具の刃先欠損の有無の判定を行うようにした。
【0021】
(解析ステップ)
図10は、実施形態1の累積加工数とマハラビノス距離との関係を示すグラフである。
すなわち、加工条件(主軸回転数3676min-1、主軸1回転当りの工具送り量0.1mm/rev、取り代0.1mm)で累積加工数300個まで加工を行った後、切削工具の42枚の刃のうち1枚の刃先に人為的に欠損を生じさせたものでワークを1個加工した場合の累積加工数に対するマハラノビス距離の推移である。
【0022】
МT(マハラノビス・田口)法の単位空間(正常なデータ群)Sの設定は、実行中の加工サイクルに対して1回前から10回前までの加工サイクルの振幅データを使用した。
累積加工数の増加と共にマハラノビス距離算出の基準となる単位空間(正常なデータ群)Sも動的に変化するため、刃先欠損のような突発的な現象が生じない限りマハラノビス距離は小さくなる。
このため、刃先欠損前の単位空間(正常なデータ群)Sのマハラノビス距離が概ね1程度であるのに対し、刃先欠損後のマハラノビス距離46は400程度となっており、後述する図11図12図13において刃先欠損が無い場合と刃先欠損1か所の場合のマハラノビス距離の差が平均で20程度であるのに比べ、刃先欠損の検出感度が高くなっていることがわかる。
【0023】
図11は、実施形態1の第1累積加工数とマハラビノス距離との関係を示すグラフである。
すなわち、ワークを300個まで加工を行った切削工具の42枚の刃のうち1枚の刃先に人為的に欠損を生じさせたものでワークを1個加工したのち、継続してワークを合計10個加工後、最初に欠損を生じさせた刃先と異なる刃先に欠損を生じさせたものでワークを10個加工、以降同様に刃先欠損を追加する毎にワークを10個加工することを繰り返して合計4枚の刃先欠損まで加工を行った際の累積加工数に対するマハラノビス距離の推移である。
【0024】
刃先欠損1か所の状態による10回のワーク加工におけるマハラノビス距離は、刃先欠損前、すなわち累積加工数300個までの加工におけるマハラノビス距離の単位空間(正常なデータ群)Sに対し、大きな値を持ったマハラノビス距離のデータ群30を形成している。このため、第1しきい値42の設定によって1か所の刃先欠損が検知できる。
また、刃先欠損2か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群31は、マハラノビス距離のデータ群30より大きいマハラノビス距離からなり、刃先欠損3か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群32、刃先欠損4か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群33も同様に刃先欠損数の増加に応じたマハラノビス距離の大きさからなる集団を形成している。
このため、マハラノビス距離のデータ群30とマハラノビス距離のデータ群31の間に第2しきい値43を設定し、マハラノビス距離のデータ群31とマハラノビス距離のデータ群32の間に第3しきい値44を設定、さらにマハラノビス距離のデータ群32とマハラノビス距離のデータ群33の間に第4しきい値45を設定することで刃先欠損の数を検知することができる。
【0025】
図12は、実施形態1の第2累積加工数とマハラビノス距離との関係を示すグラフである。
すなわち、累積加工数1500個の加工後に、継続してワークを合計10個加工した後、同様に刃先の欠損を追加する毎にワークを10個加工することを繰り返して合計4か所の刃先欠損まで加工を行った際の累積加工数に対するマハラノビス距離の推移である。
【0026】
図11と同一の第1しきい値42、第2しきい値43、第3しきい値44、第4しきい値45によって、刃先欠損の無い、累積加工数1500個までの加工におけるマハラノビス距離の単位空間(正常なデータ群)Sと、刃先欠損1か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群34、刃先欠損2か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群35、刃先欠損3か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群36、刃先欠損4か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群37の判別が可能であり、刃先欠損の発生と刃先欠損数の検知が可能であることがわかる。
【0027】
図13は、実施形態1の第3累積加工数とマハラビノス距離との関係を示すグラフである。
すなわち、累積加工数3300個の加工後に、継続してワークを合計10個加工した後、同様に刃先の欠損を追加する毎にワークを10個加工することを繰り返して合計4か所の刃先欠損まで加工を行った際の累積加工数に対するマハラノビス距離の推移である。
【0028】
図10と同一の第1しきい値42、第2しきい値43、第3しきい値44、第4しきい値45によって、それぞれ刃先欠損の無い、累積加工数3300個までの加工におけるマハラノビス距離の単位空間(正常なデータ群)Sと、刃先欠損1か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群38、刃先欠損2か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群39、刃先欠損3か所の状態におけるマハラノビスの距離データ群40、刃先欠損4か所の状態におけるマハラノビス距離のデータ群41の判別が可能であり、同様に刃先欠損の発生と刃先欠損数の検知が可能であることがわかる。
【0029】
次に、実施形態1の作用効果を説明する。
【0030】
(1)加工中の工作機械の構成要素における振動を検出し、振動の周波数スペクトルを算出し、周波数スペクトルから、工作機械の主軸回転数に相当する周波数×n(ただし 1≦n≦工具刃数、nは整数)で定義される全ての周波数成分について振幅を抽出し、抽出された振幅データを特徴量としたMT(マハラノビス・田口)法により算出されたマハラノビス距離と、所定のしきい値に基づき切削工具の刃先欠損の有無の判定を行うようにした。
よって、累積加工個数による工具摩耗の進行状況によらず切削工具の刃先欠損の発生と、刃先欠損数の検知が可能となり、刃先欠損の拡大に伴う加工品位や加工精度の悪化による連続的な加工不良の発生を抑制することができ、大量の不良品の発生を防止できる。
【0031】
(2)マハラノビス距離の算出においては、切削工具の使い始めにおける振幅データ群を使用して、МT(マハラノビス・田口)法の単位空間(正常なデータ群)を設定するようにした。
よって、切削工具の使い始めにおいては切削工具が交換直後の新品の状態であるため正常な切削状態における振幅データ群が取得することができる。
【0032】
(3)マハラノビス距離の算出においては、同一種類の複数の切削工具について、それぞれの工具の使い始めの20個(任意の数)のワーク加工分の振幅データを収集し、振幅データ群として使用して、МT(マハラノビス・田口)法の単位空間(正常なデータ群)を設定するようにした。
よって、複数の切削工具に渡る振幅データ群を単位空間(正常なデータ群)の設定に用いることによって切削工具の出来栄えのばらつきを平均化し、共通の基準となる単位空間を設定することで工具交換ごとの単位空間の設定の煩雑さを避けることができる。
【0033】
(4)マハラノビス距離の算出においては、実行中の加工サイクルに対して、1回前の加工サイクルから任意の数を遡った加工サイクルまでの振幅データ群を使用して動的にМT(マハラノビス・田口)法の単位空間(正常なデータ群)の設定を行うようにした。
よって、刃先欠損の検出感度を高めることができる。
【0034】
〔他の実施形態〕
以上、本発明を実施するための実施形態を説明したが、本発明の具体的な構成は実施形態の構成に限定されるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲の設計変更等があっても本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0035】
1 工作機械、2 NC制御部、3 異常検知装置、4 警報部、5 切削工具、11 振動センサ、12 信号増幅部、13 信号記憶部、14 周波数分析部、15 多変量解析部、16 周波数振幅データ記憶部、17 判定部、41 第1しきい値(所定のしきい値)、42 第2しきい値(所定のしきい値)、43 第3しきい値(所定のしきい値)、44 第4しきい値(所定のしきい値)
図1
図2
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図5
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図7
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図10
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図13