(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023184067
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C07C 51/29 20060101AFI20231221BHJP
C07C 255/57 20060101ALI20231221BHJP
C07C 253/30 20060101ALI20231221BHJP
C07C 205/57 20060101ALI20231221BHJP
C07C 201/12 20060101ALI20231221BHJP
C07C 63/70 20060101ALI20231221BHJP
C07C 69/80 20060101ALI20231221BHJP
C07C 67/313 20060101ALI20231221BHJP
C07C 63/26 20060101ALI20231221BHJP
A61K 31/194 20060101ALN20231221BHJP
A61K 31/192 20060101ALN20231221BHJP
【FI】
C07C51/29
C07C255/57
C07C253/30
C07C205/57
C07C201/12
C07C63/70
C07C69/80 A
C07C67/313
C07C63/26 D
A61K31/194
A61K31/192
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022097982
(22)【出願日】2022-06-17
(71)【出願人】
【識別番号】393021967
【氏名又は名称】イハラニッケイ化学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002631
【氏名又は名称】弁理士法人イイダアンドパートナーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100076439
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 敏三
(74)【代理人】
【識別番号】100161469
【弁理士】
【氏名又は名称】赤羽 修一
(72)【発明者】
【氏名】木村 芳一
【テーマコード(参考)】
4C206
4H006
【Fターム(参考)】
4C206AA04
4C206DA16
4C206DA37
4C206KA01
4H006AA02
4H006AB84
4H006AC46
4H006AC47
4H006BB31
4H006BE01
4H006BE05
4H006BJ50
4H006BM30
4H006BM71
4H006BM72
4H006BM73
4H006BS30
4H006BS80
4H006KA31
4H006QN30
(57)【要約】 (修正有)
【課題】原料ないし試薬の安全性が高く、目的化合物を高収率で得ることができ、有害な副生物を実質的に生じず、副生物を合成反応に再利用可能であり、反応に必要なエネルギーも抑えることができる、安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法を提供する。
【解決手段】臭素と水と酸素の存在下で式(1)又は(2)で表される化合物を光照射して光反応により安息香酸化合物又はフタル酸化合物を得るに当たり、臭素源として臭化水素酸を、次亜塩素酸ナトリウムとともに供給し、この臭化水素酸と次亜塩素酸ナトリウムとの反応により生じる臭素を光反応における臭素として用いる安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法。
[R
1及びR
2は、H、シアノ基等を示す]
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
臭素と水と酸素の存在下で下記式(1)又は(2)で表される化合物を光照射して光反応により安息香酸化合物又はフタル酸化合物を得るに当たり、前記臭素源として臭化水素酸を、次亜塩素酸ナトリウムとともに供給し、この臭化水素酸と次亜塩素酸ナトリウムとの反応により生じる臭素を前記光反応における前記臭素として用いる、安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法。
【化1】
上記式(1)中、R
1は、水素原子、シアノ基、ハロゲン原子、フルオロアルキル基、ニトロ基、アルキルエステル基、アルコキシ基、又はアリールオキシ基を示す。
上記式(2)中、R
2は、水素原子、シアノ基、ハロゲン原子、フルオロアルキル基、ニトロ基、アルキルエステル基、又はアルコキシ基を示す。
【請求項2】
前記光照射の波長を360~500nmとする、請求項1に記載の安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法。
【請求項3】
前記光照射の光源として発光ダイオードを用いる、請求項2に記載の安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法。
【請求項4】
前記光反応の副生物として生じる臭化水素を前記臭素源として再利用する、請求項1~3のいずれか1項に記載の安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
安息香酸化合物及びフタル酸化合物はカルボン酸として使用するほか、エステル、アミド、酸クロリドなどに誘導して、医薬、農薬及び材料科学の分野で広く用いられている。
【0003】
トルエン化合物を酸化して安息香酸化合物を得たり、キシレン化合物を酸化してフタル酸化合物を得たりする反応では、マンガン又はクロムを含む重金属酸化剤を使用する方法(例えば、特許文献1)が古くから知られている。しかし、重金属酸化物は有害で環境負荷が大きく、大量合成には向いていない。したがって、工業的な生産においては、重金属酸化剤の使用に代えて、トルエン化合物やキシレン化合物を高温高圧下で空気酸化する方法(例えば、特許文献2、及び非特許文献1、2)や、塩素化して加水分解する方法(例えば、特許文献3、4、及び非特許文献3)が用いられている。しかし、このような方法に対しても、試薬の毒性、環境負荷、プロセスの危険性などの問題が指摘されている。
上記の問題に対処すべく、上記酸化反応をより安全に、また環境負荷をより抑えて行う方法も提案されている。例えば、臭化水素酸(HBr)、臭化カリウム(KBr)、四臭化炭素(CBr4)などの臭素化合物と、過酸化水素、オキソン、酸素などを用いて、光照射下で、トルエン化合物やキシレン化合物の酸化反応を生じさせる方法が提案されている(例えば、非特許文献4~6)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】中国特許出願公開第107973707号明細書
【特許文献2】国際公開第2008/111764号
【特許文献3】特開2001-114741号公報
【特許文献4】特開2019-156766号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】N.Hirai,et.al., The Journal of Organic Chemistry, 2003, Vol.68, p.6587
【非特許文献2】T.Nakai,et.al., Tetrahedron Letters, 2010, Vol.51, p.2225
【非特許文献3】N.Rabjohn, Journal of the American Chemical Society, 1954,Vol.76, p.5479
【非特許文献4】T.Sugai, A.Itoh, Tetrahedron Letters, 2007, Vol.48, p.9096
【非特許文献5】K.Moriyama,et.al., Organic Letters, 2012, Vol.14, p.2414
【非特許文献6】K.Zheng,et.al., Synlett, 2020, Vol.31, p.272
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
昨今、持続可能な開発目標(SDGs)への地球規模での取り組みが加速しており、その一環として、化学合成反応による化合物の工業的な生産においても、環境負荷の低減、安全性の向上への一層の取り組みが求められている。例えば、安全性の高い原料ないし試薬を使用すること、原料ないし試薬の無駄を抑えてより高い収率で目的化合物を得ること、有害な副生物を生じないこと、副生物を有効利用(例えばリサイクル)できること、低エネルギーコスト化を実現することなどは、サステイナブル社会の構築に貢献する技術要素として社会的にも価値が高まっている。
本発明は、トルエン化合物を出発原料として安息香酸化合物を生じる合成反応、又はキシレン化合物を出発原料としてフタル酸化合物を生じる合成反応において、使用する原料ないし試薬の安全性がより高く、目的化合物を優れた収率で得ることができ、有害な副生物を実質的に生じず、また、副生物を前記合成反応に再利用することもでき、反応に必要なエネルギーも抑えることができる、安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法を提供することを課題とする。
【0007】
本発明者はこれまでの研究により、臭素(Br2)と水(H2O)と空気(酸素、O2)の存在下で、トルエン化合物を光照射すると、LEDなどの低エネルギー光源を用いた場合でも、無触媒で、安息香酸化合物が高効率に得られることを見出している。この知見を基礎として、本発明者は上記の課題を解決すべく種々の検討を重ねた。その結果、上記反応において臭素(Br2)そのものを用いずに、より毒性の低い臭化水素酸(HBr)から出発し、これに酸化剤として次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)を作用させて臭素(Br2)を生じる反応を組み込んだ場合でも、目的の安息香酸化合物又はフタル酸化合物が高効率に得られることがわかってきた。さらに、この反応で副生物として生じる臭化水素は当該反応の臭素源として再利用でき、残る副生物は食塩のみであり廃棄物処理の面でも優れた反応系を構築できることが明らかとなってきた。
本発明は、これらの知見に基づき完成させるに至ったものである。
【0008】
すなわち、上記の課題は以下の手段により解決される。
[1]
臭素と水と酸素の存在下で下記式(1)又は(2)で表される化合物を光照射して光反応により安息香酸化合物又はフタル酸化合物を得るに当たり、前記臭素源として臭化水素酸を、次亜塩素酸ナトリウムとともに供給し、この臭化水素酸と次亜塩素酸ナトリウムとの反応により生じる臭素を前記光反応における前記臭素として用いる、安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法。
【化1】
上記式(1)中、R
1は、水素原子、シアノ基、ハロゲン原子、フルオロアルキル基、ニトロ基、アルキルエステル基、アルコキシ基、又はアリールオキシ基を示す。
上記式(2)中、R
2は、水素原子、シアノ基、ハロゲン原子、フルオロアルキル基、ニトロ基、アルキルエステル基、又はアルコキシ基を示す。
[2]
前記光照射の波長を360~500nmとする、[1]に記載の安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法。
[3]
前記光照射の光源として発光ダイオードを用いる、[2]に記載の安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法。
[4]
前記光反応の副生物として生じる臭化水素を前記臭素源として再利用する、[1]~[3]のいずれか1つに記載の安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法。
【0009】
本発明において、「~」を用いて表される数値範囲は、その数値を下限値及び上限値として含む範囲を意味する。例えば、「a~b」と記載されている場合、その数値範囲は、「a以上b以下」である。
【発明の効果】
【0010】
本発明の安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法によれば、トルエン化合物を出発原料として安息香酸化合物を生じる合成反応、又はキシレン化合物を出発原料としてフタル酸化合物を生じる合成反応において、使用する原料ないし試薬の安全性が高く、目的化合物を優れた収率で得ることができ、有害な副生物を実質的に生じず、また、副生物を前記合成反応に再利用することができ、反応に必要なエネルギーも抑えることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の安息香酸化合物又はフタル酸化合物の製造方法(以下、本発明の製造方法と称す。)について、好ましい実施形態を以下に説明する。
【0012】
本発明の製造方法では、臭素と水と酸素の存在下で、下記式(1)で表される化合物(トルエン化合物)又は下記式(2)で表される化合物(キシレン化合物)を光照射して光反応により安息香酸化合物又はフタル酸化合物を得るに当たり、前記臭素源として臭化水素酸を、次亜塩素酸ナトリウムとともに供給し、この臭化水素酸と次亜塩素酸ナトリウムとの反応により生じる臭素を前記光反応における前記臭素として用いる。
【0013】
【0014】
上記式(1)中、R1は、水素原子、シアノ基、ハロゲン原子、フルオロアルキル基、ニトロ基、アルキルエステル基、アルコキシ基、又はアリールオキシ基を示す。
上記式(2)中、R2は、水素原子、シアノ基、ハロゲン原子、フルオロアルキル基、ニトロ基、アルキルエステル基、又はアルコキシ基を示す。
上記式(1)及び(2)において、上記フルオロアルキル基の炭素数は1~6が好ましく、1~4がより好ましく、1~3がさらに好ましく、1又は2がさらに好ましく、1がさらに好ましい。上記フルオロアルキル基はパーフルオロアルキル基が好ましく、トリフルオロメチル基がより好ましい。また、上記フルオロアルキル基はジフルオロメチル基であることも好ましい。
上記式(1)及び(2)において、ハロゲン原子はフッ素原子、塩素原子、臭素原子又はヨウ素原子が好ましい。
上記式(1)及び(2)において、アルキルエステル基は「-COO-アルキル基」を意味する。アルキルエステル基におけるアルキル基の炭素数は1~6が好ましく、1~4がより好ましく、1~3がさらに好ましい。上記アルキルエステル基は、より好ましくはメチルエステル基又はエチルエステル基である。
上記式(1)及び(2)において、アルコキシ基の炭素数は1~6が好ましく、1~4がより好ましく、1~3がさらに好ましく、メトキシ基又はエトキシ基がさらに好ましく、メトキシ基が特に好ましい。
上記式(1)において、アリールオキシ基はフェノキシ基が好ましい。
【0015】
本発明の製造方法における反応式を、酸素源として空気に晒して行う場合を示すと以下の通りである。
【0016】
【0017】
上記の反応式を中間体も含めて示すと、以下の反応が生じていると考えられる。下記では一例として、トルエン化合物(式(1))から出発する反応式を示したが、キシレン化合物(式(2))から出発する場合も下記反応式に準じた反応が生じているものと考えられる。なお、下記の説明が現実と必ずしも一致していないこともあり得るが、そのこと自体は本発明の要旨に何ら影響するものではない。すなわち、本発明は、本発明で規定すること以外は、本明細書で説明する形態に何ら限定されるものではない。
【0018】
【0019】
まず、下記の通り、2当量の臭化水素酸(HBr)と2当量の次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)との反応により1当量の臭素(Br2)が生じる。
2HBr+NaOCl→Br2+NaCl+H2O
【0020】
次いで、臭素は光エネルギーによるラジカル開裂により臭素ラジカル(2Br・)となり、トルエン化合物のメチル基を臭素置換することで、ブロモメチル体(ベンジルブロミド)を生成する。この際、1当量の臭化水素(HBr)が副生するが、もう0.5当量の次亜塩素酸ナトリウム(NaOCl)により酸化されて0.5当量の臭素(Br2)に再生され、この繰り返しにより上記ブロモメチル体の臭素化反応に使用されてジブロモメチル体(ベンザルブロミド)を生じる。さらに光照射を続けると、空気中の活性化された酸素による反応と、加水分解とにより安息香酸化合物が得られる。これらの反応過程では、2当量の臭化水素(HBr)が副生し、この臭化水素を回収すれば、副生した臭化水素を上記反応に無駄なく再利用(リサイクル)することができる。また、臭化水素を再利用すれば、廃棄物は食塩(NaCl)のみであり、原子効率のよいクリーンな反応系が実現される。
なお、トルエン化合物から安息香酸化合物を生じる本発明の製造方法では、後述する実施例に示されるように、トルエン化合物から出発して生成する安息香酸化合物が、特に2-シアノ安息香酸などのオルト体の場合、最終生成物として無水フタル酸等の、安息香酸化合物とは異なる化合物が生じる場合がある。このように最終生成物が安息香酸化合物ではなくても、トルエン化合物から出発して、安息香酸化合物を経由して、別の最終生成物が生じている形態は、本発明の製造方法を経由する(利用する)ものであるから、本発明に係る権利の効力が及ぶものである。このことは、キシレン化合物からフタル酸化合物を生じる本発明の製造方法でも同様である。
【0021】
以上の説明から理解される通り、本発明の製造方法は、下記(a)及び(b)の特徴がある。
(a)臭素そのものは有毒な揮発性の液体であるが、反応系内で、臭化水素酸(HBr)と酸化剤(NaOCl)から臭素(Br2)を生じるので安全性が高い。
(b)副生するHBrを回収し、再利用することができ、その場合、廃棄物は食塩(NaCl)のみである。
【0022】
本発明の製造方法の好ましい実施形態をより詳しく説明する。
本発明の製造方法では、水と酸素の存在下で、トルエン化合物又はキシレン化合物を無溶媒又は溶媒中に、臭化水素酸と、その酸化剤としての次亜塩素酸ナトリウムとを混合して光照射する。通常は撹拌しながら光照射を行う。臭化水素酸として通常はHBr水溶液を用いる。臭化水素酸は、NaBr又はKBrに硫酸、塩酸等のプロトン酸を添加して調製してもよい。この反応は水と酸素(空気)の存在下で行われる。臭化水素酸を用いる場合、臭化水素の濃度は特に制限されず、例えば、市販の48%HBr水溶液を用いることができる。
【0023】
次亜塩素酸ナトリウムは、市販の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用いることができる。また、次亜塩素酸ナトリウム結晶を固体のまま、又は任意の濃度の水溶液として用いることができる。次亜塩素酸ナトリウム結晶として、NaOCl・5水和物結晶(商品名:ニッケイジアソー(登録商標)5水塩、日本軽金属社製)が挙げられる。また、次亜塩素酸ナトリウムの使用量はトルエン化合物又はキシレン化合物のメチル基(1当量)に対して1.0~10.0当量とすることが好ましく、1.5~8.0当量とすることがより好ましく、2.0~6.0当量とすることがさらに好ましく、2.0~5.0当量であることがさらに好ましく、2.0~4.0当量であることがさらに好ましい。さらに、臭化水素の使用量はトルエン化合物又はキシレン化合物のメチル基に対して0.5~5.0当量であることが好ましく、0.8~4.0当量であることがより好ましく、1.0~3.0当量であることがさらに好ましく、1.5~3.0当量であることがさらに好ましく、2.0~2.6当量とすることがさらに好ましい。
トルエン化合物又はキシレン化合物のメチル基に対し、使用する次亜塩素酸ナトリウムの当量は、使用する臭化水素の当量以上であることが好ましく、10≧[次亜塩素酸ナトリウムの当量]/[臭化水素の当量]≧1が好ましく、8≧[次亜塩素酸ナトリウムの当量]/[臭化水素の当量]≧1がより好ましく、6≧[次亜塩素酸ナトリウムの当量]/[臭化水素の当量]≧1がさらに好ましく、5≧[次亜塩素酸ナトリウムの当量]/[臭化水素の当量]≧1がさらに好ましく、4≧[次亜塩素酸ナトリウムの当量]/[臭化水素の当量]≧1がさらに好ましい。
一例として、臭化水素及び次亜塩素酸ナトリウムの使用量はトルエン化合物又はキシレン化合物のメチル基に対して典型的には約2当量とすることができ、また、過剰量使用してもよい。また、臭化水素は副生物として再生するため、例えば、トルエン化合物又はキシレン化合物のメチル基に対して臭化水素1当量と次亜塩素酸ナトリウム4当量として反応させた場合でも、高純度の目的化合物を高収率に得ることが可能である。
【0024】
光照射の波長は、例えば、波長360~500nmとすることが好ましい。光源としては、水銀灯、紫外光(360nm以上400nm未満)、可視光(400nm以上500nm未満)、蛍光灯、又はブラックライトなどを用いることができる。光源として、単一波長のLED(発光ダイオード:Light Emitting Diode)光源(例えば、波長365~454nm)を用いると、無駄な熱が発生せず、エネルギーロスを抑えることができる。
【0025】
反応溶媒は、臭素ラジカルと反応しない有機溶媒が好ましい。環境負荷低減の観点からは、例えば、トリフルオロメチルベンゼン(BTF)、及び/又はパラクロロトリフルオロメチルベンゼン(PCBTF)を用いることができる。これらの溶媒は、例えば、出発原料濃度を1~10M(mol/L)として用いることができる。
【0026】
水は、HBrとして臭化水素酸を用いる場合には、臭化水素酸由来の水以外の水を加える必要はないが、臭化水素酸とともに臭化水素酸由来の水以外の水を加えてもよい。NaBr又はKBrにプロトン酸を添加してHBrを調製する場合は、HBrの48%水溶液になるように水を添加し濃度を調整することが好ましい。
【0027】
本発明の製造方法における反応は、上記の通り、水に加え、酸素も存在する条件下で行われる。例えば、オープンエアーで反応させることができる。また、酸素又は空気の吹込みにより反応が加速される。本発明の製造方法は、5~100℃の温度範囲で行うことが好ましい。低エネルギーコスト、作業安全性の観点からは10~70の温度範囲で行うことが好ましく、15~50℃の温度範囲で行うことがより好ましく、室温(25℃程度)で行うことがさらに好ましい。
【0028】
上記反応の終了後、反応液をアルカリ性にすることにより目的の安息香酸化合物又はフタル酸化合物を水層に溶解させることができるので、有機層を簡単に取り除くことができる。この際、その後の分液操作を円滑にするために別途有機溶媒を添加してもよい。通常は、酢酸エチルの添加が好ましい。分液したアルカリ性水溶液を塩酸などで酸性にすると、目的の安息香酸化合物又はフタル酸化合物の固体が析出する。これをろ過又は溶媒抽出により単離すれば、目的の安息香酸化合物又はフタル酸化合物を、高純度且つ高収率に得ることができる。なお、本発明の製造方法では、必要に応じて再結晶などの精製工程が行われてもよい。
【実施例0029】
以下に、本発明を、実施例に基づき、さらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、下記において純度を示す「%」は定量NMR法(qNMR)に基づく下記式(3)から算出された値である。定量NMR法については、例えば、「Miura T. et al.: Chem. Pham. Bull., 68 (9), 868 (2020)」に記載されている。
【0030】
Ps=(Ss/Si)×(Ni/Ns)×(Ms/Mi)×(mi×ms)×Pi (3)
【0031】
上記式(3)中、Psはサンプルの純度(質量分率(%))、PiはqNMR用基準物質の純度(質量分率(%))、Ssは測定対象成分の積分値、SiはqNMR用基準物質の積分値、Nsは測定対象成分のシグナルの原子核数、NiはqNMR用基準物質のシグナルの原子核数、Msは測定対象成分のモル質量、MiはqNMR用基準物質のモル質量、msはサンプルの質量、及びmiはqNMR用基準物質の質量である。
【0032】
[実施例1]
100mlの4つ口フラスコに撹拌子を入れ、3-シアノトルエン585mg(5mmol)を量り取り、トリフルオロメチルベンゼンを20mL加えた。48%HBr水溶液1.7g(HBrとして10mmol)とNaOCl・5水和物結晶1.73g(NaOClとして10.5mmol)を順次加え、さらに水4mLを添加した。撹拌しながらUV-LED光源(ワット数:10W、波長:365nm)を5cmの距離から24時間光照射した。酢酸エチルを30mL加えて析出した固体を溶解し、5%NaOH水溶液を加えてアルカリ性とした。分離した水層を濃塩酸で酸性にすると固体が析出したので、30mL酢酸エチルで2回抽出し、飽和食塩水で洗浄して、無水硫酸ナトリウムにより溶媒乾燥した。溶媒を減圧留去すると、705mgの白色固体が得られ、GC-MS測定、及びNMR測定により、3-シアノ安息香酸であることを確認(構造決定)し、その純度及び融点を求めた。その結果、3-シアノ安息香酸の収率(3-シアノトルエンのモル量(M1)に対する3-シアノ安息香酸のモル量(M2)の百分率((M2/M1)×100))は96%、純度98%以上、融点は223℃であった。この融点は、「The Journal of Organic Chemistry, 2007, Vol.72, p.7030」に記載の文献値222~224℃の範囲内にあることを確認した。
GC-MS:m/z=147(M+)、130(ベースピーク)
1H-NMR(CD3OD):δ 8.30(m,2H)、8.17(d,J=8.8Hz,1H)、7.75(dt,J=8.0,1.2Hz,1H)
13C-NMR(CD3OD):δ 166.2、135.8、133.6、132.9、129.5、117.6、112.5
【0033】
[実施例2]
48%HBr水溶液の添加量を2.0g(HBrとして12mmol)とし、光源を青色LED光源(ワット数:10W、波長:454nm)に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、3-シアノ安息香酸を得た。3-シアノ安息香酸の収率は92%、純度は98%以上であった。
【0034】
[実施例3]
48%HBr水溶液の添加量を2.0g(HBrとして12mmol)とし、NaOCl・5水和物結晶をNaOCl水溶液(12wt%)6.6g(NaOClとして10.6mmol)に変更したこと以外は、実施例1と同様にして、3-シアノ安息香酸を得た。3-シアノ安息香酸の収率は96%、純度は98%以上であった。
【0035】
[実施例4]
3-シアノトルエンをトルエン(5mmol)、光源を蛍光灯(ワット数:13W)に変更し、さらに、48%HBr水溶液の添加量を当該トルエンに対してHBrが2.4当量となるようにしたこと以外は、実施例1と同様にして安息香酸を得た。安息香酸の収率は95%、純度は98%以上であった。
【0036】
[実施例5]
光源を青色LED光源(ワット数:10W、波長:454nm)に変更したこと以外は、実施例4と同様にして安息香酸を得た。安息香酸の収率は98%、純度は98%以上であった。
【0037】
[実施例6]
光源をUV-LED光源(ワット数:10W、波長:365nm)に変更したこと以外は、実施例4と同様にして、安息香酸を得た。安息香酸の収率は88%、純度は98%以上であった。
【0038】
[実施例7]
3-シアノトルエンを4-シアノトルエン(5mmol)、光源を蛍光灯(ワット数:13W)に変更し、さらに、48%HBr水溶液の添加量を当該4-シアノトルエンに対してHBrが2.4当量となるように添加したこと以外は、実施例1と同様にして4-シアノ安息香酸を得た。4-シアノ安息香酸の収率は93%、純度は98%以上であった。
【0039】
[実施例8]
光源を青色LED光源(ワット数:10W、波長:454nm)に変更したこと以外は、実施例7と同様にして4-シアノ安息香酸を得た。4-シアノ安息香酸の収率は99%、純度は98%以上であった。
【0040】
[実施例9]
光源をUV-LED光源(ワット数:10W、波長:385nm)に変更したこと以外は、実施例7と同様にして、4-シアノ安息香酸を得た。4-シアノ安息香酸の収率は95%、純度は98%以上であった。
【0041】
[実施例10]
3-シアノトルエンを4-ニトロトルエン(5mmol)に変更し、48%HBr水溶液の添加量を当該4-ニトロトルエンに対してHBrが2.4当量となるように添加したこと以外は、実施例1と同様にして、4-ニトロ安息香酸を得た。4-ニトロ安息香酸の収率は95%、純度は98%以上であった。
【0042】
[実施例11]
光源をUV-LED光源(ワット数:10W、波長:385nm)に変更したこと以外は、実施例10と同様にして、4-ニトロ安息香酸を得た。4-ニトロ安息香酸の収率は90%、純度は98%以上であった。
【0043】
[実施例12]
3-シアノトルエンを4-クロロトルエン(5mmol)、光源を蛍光灯(ワット数:13W)に変更し、さらに、48%HBr水溶液の添加量を当該4-クロロトルエンに対してHBrが2.4当量となるように添加したこと以外は、実施例1と同様にして4-クロロ安息香酸を得た。4-クロロ安息香酸の収率は95%、純度は98%以上であった。
【0044】
[実施例13]
光源を青色LED光源(ワット数:10W、波長:454nm)に変更したこと以外は、実施例12と同様にして4-クロロ安息香酸を得た。4-クロロ安息香酸の収率は98%、純度は98%以上であった。
【0045】
[実施例14]
光源をUV-LED光源(ワット数:10W、波長:385nm)に変更したこと以外は、実施例12と同様にして、4-クロロ安息香酸を得た。4-クロロ安息香酸の収率は95%、純度は98%以上であった。
【0046】
[実施例15]
3-シアノトルエンを4-トリフルオロメチルトルエン(5mmol)、光源をUV-LED光源(ワット数:10W、波長:385nm)に変更し、さらに、48%HBr水溶液の添加量を当該4-トリフルオロメチルトルエンに対してHBrが2.4当量となるように添加したこと以外は、実施例1と同様にして4-トリフルオロメチル安息香酸を得た。4-トリフルオロメチル安息香酸の収率は83%、純度は98%以上であった。
【0047】
[実施例16]
3-シアノトルエンを4-フルオロトルエン(5mmol)、光源をUV-LED光源(ワット数:10W、波長:385nm)に変更し、さらに、48%HBr水溶液の添加量を当該4-フルオロトルエンに対してHBrが2.4当量となるように添加したこと以外は、実施例1と同様にして4-フルオロ安息香酸を得た。4-フルオロ安息香酸の収率は80%、純度は98%以上であった。
【0048】
[実施例17]
光源を青色LED光源(ワット数:10W、波長:454nm)に変更し、48%HBr水溶液の添加量を3-シアノトルエンに対してHBrが2.4当量となるように添加したこと以外は、実施例1と同様にして、3-シアノ安息香酸を得た。3-シアノ安息香酸の収率は95%、純度は98%以上であった。
【0049】
[実施例18]
3-シアノトルエンを3-ニトロトルエン(5mmol)に変更したこと以外は、実施例17と同様にして3-ニトロ安息香酸を得た。3-ニトロ安息香酸の収率は94%、純度は98%以上であった。
【0050】
[実施例19]
3-シアノトルエンを3-クロロトルエン(5mmol)に変更したこと以外は、実施例17と同様にして3-クロロ安息香酸を得た。3-クロロ安息香酸の収率は88%、純度は98%以上であった。
【0051】
[実施例20]
3-シアノトルエンを3-(メトキシカルボニル)トルエン(5mmol)に変更したこと以外は、実施例17と同様にして3-(メトキシカルボニル)安息香酸を得た。3-(メトキシカルボニル)安息香酸の収率は81%、純度は98%以上であった。
【0052】
[実施例21]
3-シアノトルエンを3-フルオロトルエン(5mmol)に変更したこと以外は、実施例17と同様にして3-フルオロ安息香酸を得た。3-フルオロ安息香酸の収率は81%、純度は98%以上であった。
【0053】
[実施例22]
3-シアノトルエンを2-ブロモトルエン(5mmol)、光源を青色LED光源(ワット数:10W、波長:454nm)に変更し、さらに、48%HBr水溶液の添加量を当該2-ブロモトルエンに対してHBrが2.4当量となるように添加したこと以外は、実施例1と同様にして、2-ブロモ安息香酸を得た。2-ブロモ安息香酸の収率は84%、純度は98%以上であった。
【0054】
[実施例23]
2-ブロモトルエンを2-ニトロトルエン(5mmol)、光源を蛍光灯(ワット数:13W)に変更したこと以外は、実施例22と同様にして、2-ニトロ安息香酸を得た。2-ニトロ安息香酸の収率は91%、純度は98%以上であった。
【0055】
[実施例24]
2-ブロモトルエンを2-クロロトルエン(5mmol)、光源をUV-LED光源(ワット数:10W、波長:385nm)に変更したこと以外は、実施例22と同様にして、2-クロロ安息香酸を得た。2-クロロ安息香酸の収率は78%、純度は98%以上であった。
【0056】
[実施例25]
2-ブロモトルエンを2-(エトキシカルボニル)トルエン(5mmol)、光源を蛍光灯(ワット数:13W)に変更したこと以外は、実施例22と同様にして2-(エトキシカルボニル)安息香酸を得た。2-(エトキシカルボニル)安息香酸の収率は90%、純度は98%以上であった。
【0057】
[実施例26]
2-ブロモトルエンを2-フルオロトルエン(5mmol)、光源をUV-LED光源(ワット数:10W、波長:385nm)に変更したこと以外は、実施例22と同様にして、2-フルオロ安息香酸を得た。2-フルオロ安息香酸の収率は79%、純度は98%以上であった。
【0058】
[実施例27]
2-ブロモトルエンを2-シアノトルエン585mg(5mmol)、5%NaOH水溶液を飽和重曹水、光源をUV-LED光源(ワット数:10W、波長:385nm)に変更し、さらに、48%HBr水溶液の添加量をHBrとして12mmolとしたこと以外は、実施例22と同様にして無水フタル酸を614mg得た。無水フタル酸の収率は83%、純度は98%以上であった。なお、最終生成物である無水フタル酸は、生成した2-シアノ安息香酸のカルボニル基を構成する酸素原子がシアノ基に巻き込まれ、次いで加水分解を生じて生成したものと考えられる。
【0059】
[実施例28]
3-シアノトルエンをp-キシレン530mg(5mmol)、光源を蛍光灯(ワット数:13W)に変更し、さらに、48%HBr水溶液の添加量を4.0g(HBrとして24mmol)、NaOCl・5水和物結晶の添加量を3.5g(NaOClとして21.3mmol)としたこと以外は、実施例1と同様にして、テレフタル酸を830mg得た。テレフタル酸の収率は90%、純度は98%以上であった。
【0060】
[実施例29]
光源を青色LED光源(ワット数:10W、波長:454nm)に変更したこと以外は、実施例28と同様にして、テレフタル酸を775mg得た。テレフタル酸の収率は84%、純度は98%以上であった。
【0061】
[実施例30]
3-シアノトルエンを4-シアノトルエン(5mmol)、光源を青色LED光源(ワット数:10W、波長:454nm)に変更し、さらに、48%HBr水溶液の添加量をHBrとして5mmol、NaOCl・5水和物結晶の添加量をNaOClとして20.0mmolとしたこと以外は、実施例1と同様にして、4-シアノ安息香酸を669mg得た。4-シアノ安息香酸の収率は91%、純度は98%以上であった。
【0062】
[比較例]
NaOCl水溶液を過酸化水素水1.17mL(過酸化水素として11.5mmol)に変更したこと以外は、実施例3と同様にして、3-シアノ安息香酸を得た。この比較例では、GC-MS測定の結果、3-シアノ安息香酸、3-シアノベンジルブロミド、3-シアノベンザルブロミドが、全面積値でそれぞれ38%、35%、26%生成していることを確認した。
【0063】
上記のことから明らかなように、HBrの酸化剤として過酸化水素を用いた比較例に係る製造方法は目的物の中間体が多く副生し、目的物が高収率に得られなかった。これは、過酸化水素では臭素アニオンを酸化するのに十分な酸化力がないことが一因と考えられる。なお、過酸化水素の濃度は過マンガン酸カリウムを用いて滴定した。
一方、各実施例に係る製造方法で用いた次亜塩素酸ナトリウムは、塩素の酸化電位が臭素の酸化電位を上回り、臭素アニオンを効率的に酸化でき、その結果として、比較例に係る製造方法よりも格段に高収率且つ高純度に目的物が得られたものと考えられる。