(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023184194
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】クロマトグラフィー担体を使用するタンパク質の精製方法
(51)【国際特許分類】
C07K 1/16 20060101AFI20231221BHJP
【FI】
C07K1/16
【審査請求】未請求
【請求項の数】15
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022098205
(22)【出願日】2022-06-17
(71)【出願人】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100108903
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和広
(74)【代理人】
【識別番号】100142387
【弁理士】
【氏名又は名称】齋藤 都子
(74)【代理人】
【識別番号】100135895
【弁理士】
【氏名又は名称】三間 俊介
(72)【発明者】
【氏名】岡村 大祐
【テーマコード(参考)】
4H045
【Fターム(参考)】
4H045AA20
4H045CA40
4H045DA76
4H045EA20
4H045FA74
4H045GA23
4H045GA25
4H045GA26
(57)【要約】
【課題】高流速域での吸着及び分離性能と、細孔が目詰まりしにくい性能と、を両立したクロマトグラフィー担体を使用した、タンパク質の精製方法を提供する。
【解決手段】陰イオン交換材料、陽イオン交換材料、キレート形成材料及び疎水材料からなる群から選ばれる1つ以上であるクロマトグラフィー担体であって、
前記陰イオン交換材料、前記陽イオン交換材料、前記キレート形成材料及び、前記疎水材料の各々は、陰イオン交換基、陽イオン交換基、キレート形成基及び疎水性基の各々を有するグラフト鎖がグラフト重合を介して基材に導入されている材料であり、
前記基材が、モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸であり、
前記担体が、ワインドフィルターカートリッジモジュールの形態であるもの
を使用して、高い吸着容量と細孔が目詰まりしにくい性能により円滑にタンパク質の精製を実行できる。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的タンパク質と不純物とを含む被処理液中の前記目的タンパク質を精製する方法であって、前記方法が、
陰イオン交換材料、陽イオン交換材料、キレート形成材料及び疎水材料からなる群から選ばれる1つ以上であるクロマトグラフィー担体に前記被処理液を通過させることによって前記被処理液中の前記目的タンパク質を精製するクロマトグラフィー工程を含み、
前記陰イオン交換材料、前記陽イオン交換材料、前記キレート形成材料及び、前記疎水材料の各々は、陰イオン交換基、陽イオン交換基、キレート形成基及び疎水性基の各々を有するグラフト鎖がグラフト重合を介して基材に導入されている材料であり、
前記基材が、モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸であり、
前記担体は、前記グラフト鎖が導入された基材を芯材に巻回し、任意に前記芯材を取り除いて形成されてなるワインドフィルターカートリッジモジュールの形態を有する、タンパク質の精製方法。
【請求項2】
前記クロマトグラフィー担体のグラフト率が20%以上300%以下である、請求項1に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項3】
前記ワインドフィルターカートリッジモジュールの孔径が0.5μm以上、500μm以下である、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項4】
前記クロマトグラフィー工程において、被処理液を前記ワインドフィルターカートリッジモジュールに透過圧力100kPa以下で透過させる、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項5】
前記クロマトグラフィー工程の後に、前記クロマトグラフィー担体の後段に配置された中空糸型限外ろ過(UF)膜モジュールに被処理液をフロースルーモードで流下する工程をさらに含む、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項6】
前記ワインドフィルターカートリッジモジュールが、シングルユースである、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項7】
前記クロマトグラフィー工程の後段に、分画分子量が10,000以上、800,000以下のろ過膜に被処理液を通過させる膜ろ過工程をさらに含む、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項8】
前記膜ろ過工程の後に、ウイルス除去フィルターに被処理液を通過させるウイルス除去工程をさらに含む、請求項7に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項9】
前記目的タンパク質が、中空糸膜モジュールを使ったタンジェンシャルフロー型の連続培養で生成されている、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項10】
前記中空糸膜モジュールが、以下の特徴:
・膜材質:ポリフッ化ビニリデン、
・孔径:0.05~0.7μm、
・内表面開口率:25~50%、
・内径:1~5mm、及び
・内表面膜面積:1m2以上、
を有する中空糸膜モジュールである、請求項9に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項11】
前記中空糸膜モジュールが、シングルユースである、請求項10に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項12】
前記クロマトグラフィー担体が前記陰イオン交換材料を含み、
前記陰イオン交換基が3級アミノ基及び4級アミノ基からなる群から選ばれる1つ以上を含む、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項13】
前記クロマトグラフィー担体が前記陽イオン交換材料を含み、
前記陽イオン交換基がスルホン酸基及びアクリル酸基からなる群から選ばれる1つ以上を含む、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項14】
前記クロマトグラフィー担体が前記キレート形成材料を含み、
前記キレート形成基がイミノ二酢酸基及びイミノ二エタノール基からなる群から選ばれる1つ以上を含む、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【請求項15】
前記クロマトグラフィー担体が前記疎水材料を含み、
前記疎水性基がフェニル基及びC4~C18アルキル基からなる群から選ばれる1つ以上を含む、請求項1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モノクローナル抗体等のタンパク質を精製するために適したクロマトグラフィー担体を使用するタンパク質の精製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
モノクローナル抗体等の各種治療用タンパク質は、細胞培養液等の生物由来材料から、複数のクロマトグラフィー精製工程を経て製造されている。これらのクロマトグラフィー工程には、例えば、多孔質ビーズを基材としたイオン交換クロマトグラフィー樹脂を充填したカラムが用いられている。多孔質ビーズは比表面積が大きく、高いイオン交換基密度を達成出来るため、目的の治療用タンパク質の高い吸着容量を実現できる反面、多孔質ビーズ細孔内部への治療用タンパク質の拡散速度が吸着特性に大きく影響するため、高流速域では吸着容量が著しく低下する。さらに、多孔質ビーズを充填したカラムは、ビーズが圧縮されて変形し圧力が上昇するため、高流速域で使用することができない。これらの事情から、治療用タンパク質を商業的に製造する際には、直径1mを超える大型カラムと100Lを超える大量のクロマトグラフィー樹脂が使用されている。そのため、多孔質ビーズを用いるクロマトグラフィー精製工程は、高コストで処理時間もかかる工程となっている。
【0003】
これに対し、多孔質膜を基材としたクロマトグラフィー膜は、その細孔部を直接、液が流れていくため、高流速域でも高吸着容量を維持するという特性がある。特にアニオン交換膜は、治療用タンパク質よりも不純物を選択的にアニオン交換膜に吸着させるフロースルーモードによる精製工程の処理速度を著しく効率化できるため、モノクローナル抗体の製造等に普及しつつある。しかし、多孔質膜を基材としたクロマトグラフィー膜は、膜詰まりを起こしやすいという欠点もある。
【0004】
特許文献1及び非特許文献1には、天然繊維であるセルロース系繊維の基材に放射線グラフト重合によってイオン交換基を導入したクロマトグラフィー担体が記載されている。
【0005】
特許文献2には、断面形状を星型にすることによって表面積を大きくした特殊な形状のナイロン繊維を基材とし、当該基材にグラフト重合によってイオン交換基を導入したクロマトグラフィー媒体が記載されている。
【0006】
特許文献3及び特許文献4には、ナイロン、ポリエチレン、或いはポリプロピレン繊維からなる不織布に、エマルジョングラフト重合法を用いて、イオン交換基を導入した不織布フィルタが記載されている。
【0007】
特許文献5には、グラフト重合法を用いて、イオン交換基を導入した中空糸多孔膜が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許出願公開第2010/0065499号明細書
【特許文献2】国際公開第2012/015908号
【特許文献3】特許第5082038号公報
【特許文献4】特許第5013333号公報
【特許文献5】国際公開第2009/054226号
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Processes2015、3、204-221
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1及び非特許文献1に記載される技術によれば、繊維基材の担体をカラムに充填することによって、多孔質ビーズよりも高流速域での吸着及び分離性能に優れ、また濁質存在下でも詰まりにくいカラムを作製することができる。しかし、一般的にセルロース系繊維は、吸水性が高く緩衝液中では著しく膨潤し、湿潤強度も著しく低下するため、安定してカラムに充填することが困難である。
【0011】
また、特許文献2に記載される技術に関し、一般的にナイロン等の合成繊維は、セルロース系繊維に比べて吸水性に乏しく膨潤しないので、湿潤強度に優れている。しかし、このような特殊な形状の繊維は、基材としての供給安定性やコスト面で最良ではない。また、高い吸着容量を得るために大表面積を有する特殊な形状のナイロン繊維を採用したにもかかわらず、その吸着容量は、多孔質ビーズ基材の媒体と比べて、十分高いとはいえない。
【0012】
また、特許文献3及び特許文献4に記載の不織布フィルタにおいては、不織布フィルタによるタンパク質の吸着分離性能については検証されていない。
【0013】
また、特許文献5に記載の中空糸多孔膜においては、タンパク質吸着量は大きいものの、吸着するにつれて細孔径が狭まり、ついには目詰まりしてしまうという問題があった。
【0014】
本発明は、上記の問題を解決し、高流速域での吸着及び分離性能と、細孔が目詰まりしにくい性能と、を両立した材料を使用することによって、効率よく抗体医薬等のタンパク質の精製を実行できる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、グラフト重合を介して、イオン交換基又は疎水性基を有するグラフト鎖が導入されている、モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸である基材を芯材に巻回したクロマトグラフィー担体である、ワインドフィルターカートリッジモジュールを使用することにより、低透過圧力かつ、安価なため、フロースルーモードかつシングルユースで不要タンパク質を除去できることを見出した。
【0016】
<態様1>
目的タンパク質と不純物とを含む被処理液中の前記目的タンパク質を精製する方法であって、前記方法が、
陰イオン交換材料、陽イオン交換材料、キレート形成材料及び疎水材料からなる群から選ばれる1つ以上であるクロマトグラフィー担体に前記被処理液を通過させることによって前記被処理液中の前記目的タンパク質を精製するクロマトグラフィー工程を含み、
前記陰イオン交換材料、前記陽イオン交換材料、前記キレート形成材料及び、前記疎水材料の各々は、陰イオン交換基、陽イオン交換基、キレート形成基及び疎水性基の各々を有するグラフト鎖がグラフト重合を介して基材に導入されている材料であり、
前記基材が、モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸であり、
前記担体は、前記グラフト鎖が導入された基材を芯材に巻回し、任意に前記芯材を取り除いて形成されてなるワインドフィルターカートリッジモジュールの形態を有する、タンパク質の精製方法。
<態様2>
前記クロマトグラフィー担体のグラフト率が20%以上300%以下である、態様1に記載のタンパク質の精製方法。
<態様3>
前記ワインドフィルターカートリッジモジュールの孔径が0.5μm以上、500μm以下である、態様1又は2に記載のタンパク質の精製方法。
<態様4>
前記クロマトグラフィー工程において、被処理液を前記ワインドフィルターカートリッジモジュールに透過圧力100kPa以下で透過させる、態様1~3の何れか1項に記載のタンパク質の精製方法。
<態様5>
前記クロマトグラフィー工程の後に、前記クロマトグラフィー担体の後段に配置された中空糸型限外ろ過(UF)膜モジュールに被処理液をフロースルーモードで流下する工程をさらに含む、態様1~4の何れか1項に記載のタンパク質の精製方法。
<態様6>
前記ワインドフィルターカートリッジモジュールが、シングルユースである、態様1~5の何れか1項に記載のタンパク質の精製方法。
<態様7>
前記クロマトグラフィー工程の後段に、分画分子量が10,000以上、800,000以下のろ過膜に被処理液を通過させる膜ろ過工程をさらに含む、態様1~6の何れか1項に記載のタンパク質の精製方法。
<態様8>
前記膜ろ過工程の後に、ウイルス除去フィルターに被処理液を通過させるウイルス除去工程をさらに含む、態様7に記載のタンパク質の精製方法。
<態様9>
前記目的タンパク質が、中空糸膜モジュールを使ったタンジェンシャルフロー型の連続培養で生成されている、態様1~8の何れか1項に記載のタンパク質の精製方法。
<態様10>
前記中空糸膜モジュールが、以下の特徴:
・膜材質:ポリフッ化ビニリデン、
・孔径:0.05~0.7μm、
・内表面開口率:25~50%、
・内径:1~5mm、及び
・内表面膜面積:1m2以上、
を有する中空糸膜モジュールである、態様9に記載のタンパク質の精製方法。
<態様11>
前記中空糸膜モジュールが、シングルユースである、態様10に記載のタンパク質の精製方法。
<態様12>
前記クロマトグラフィー担体が前記陰イオン交換材料を含み、
前記陰イオン交換基が3級アミノ基及び4級アミノ基からなる群から選ばれる1つ以上を含む、態様1~11の何れか1項に記載のタンパク質の精製方法。
方法。
<態様13>
前記クロマトグラフィー担体が前記陽イオン交換材料を含み、
前記陽イオン交換基がスルホン酸基及びアクリル酸基からなる群から選ばれる1つ以上を含む、態様1~12の何れか1項に記載のタンパク質の精製方法。
<態様14>
前記クロマトグラフィー担体が前記キレート形成材料を含み、
前記キレート形成基がイミノ二酢酸基、イミノ二エタノール基からなる群から選ばれる1つ以上を含む、態様1~13の何れか1項に記載のタンパク質の精製方法。
<態様15>
前記クロマトグラフィー担体が前記疎水材料を含み、
前記疎水性基がフェニル基及びC4~C18アルキル基からなる群から選ばれる1つ以上を含む、態様1~14の何れか1項に記載のタンパク質の精製方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、高流速域での吸着及び分離性能と、細孔が目詰まりしにくい性能と、を両立する材料を採用することで、効率的なタンパク質の精製方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本発明の一態様に係るタンパク質の精製方法のフローを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の好適な実施の形態(以下において、「実施の形態」という。)について詳細に説明する。なお以下の示す実施の形態は、この発明の技術的思想を具体化するための装置や方法を例示するものであって、この発明の技術的思想は構成部材の組み合わせ等を下記のものに特定するものではない。この発明の技術的思想は、特許請求の範囲において種々の変更を加えることができる。
【0020】
以下の説明において、段階的な記載の数値範囲における上限値又は下限値は、ほかの段階的な記載の数値範囲における上限値又は下限値に置き換わってよい。また、以下の説明において、ある数値範囲における上限値又は下限値は、実施例に記載の値に置き換わってよい。さらに、以下の説明における用語「工程」について、独立した工程はもちろん、他の工程と明確に区別できない場合でも、その「工程」の機能が達成されれば本用語に含まれうる。
【0021】
実施の形態に係るタンパク質精製用のクロマトグラフィー担体は、陰イオン交換材料、陽イオン交換材料、キレート形成材料及び疎水材料からなる群から選ばれる1つ以上である。これら材料の各々は、陰イオン交換基、陽イオン交換基、キレート形成基及び疎水性基の各々を有するグラフト鎖がグラフト重合を介してモノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸である基材に導入されている材料である。
一態様において、当該担体は、当該グラフト鎖が導入された基材を芯材に巻回し、任意に芯材を取り除いて作製された形態、すなわち、イオン交換基(IEX)又は疎水性基(HIC)を有するクロマトグラフィーワインドフィルターカートリッジモジュール(WFC)の形態を有するものである。イオン交換基又は疎水性基を有するグラフト鎖は、グラフト重合を介して基材に導入される。
したがって、グラフト化モノフィラメント又はマルチフィラメント糸において、イオン交換基又は疎水性基を有するグラフト鎖は、基材と共有結合している。例えば、グラフト化モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸は、放射線照射によって活性化された基材と、1種類以上の反応性モノマーと、を、接触させて、基材上にグラフト鎖を形成させて製造される。反応性モノマーの少なくとも1種類は、イオン交換基又はイオン交換基導入前駆体、或いは、疎水性基又は疎水性基前駆体を有する。グラフト化モノフィラメント又はマルチフィラメント糸は、グラフト鎖の形成と同時に、又はグラフト鎖形成の後に、イオン交換基又は疎水性基を基材上に導入することにより製造される。
【0022】
実施の形態に係るIEX-WFC又はHIC-WFCは、目的タンパク質と不純物を含む被処理液中の目的タンパク質の精製に用いられる。精製対象となる目的タンパク質は、例えば、抗体タンパク質の単量体やインスリンやアルブミンなどのタンパク質医薬品である。不純物とは、例えば抗体タンパク質の2量体以上の凝集体、その他のタンパク質の夾雑物、HCP、DNA、及びエンドトキシン等である。目的タンパク質の精製は、被処理液から不純物の少なくとも一部を除去すること、被処理液から目的タンパク質の少なくとも一部を回収すること、又はこれらの組み合わせにより達成してよい。
【0023】
生理活性物質の一例である抗体タンパク質は、生化学における一般的な定義のとおり、脊椎動物の感染防禦機構としてBリンパ球が産生する糖タンパク質分子(γ-グロブリン又は免疫グロブリンともいう)である。例えば、実施の形態に係るIEX-WFC又はHIC-WFCで精製される抗体タンパク質は、ヒトの医薬品として使用され、投与対象であるヒトの体内にある抗体タンパク質と実質的に同一の構造を有する。
【0024】
抗体タンパク質は、ヒト抗体タンパク質であってもよく、ヒト以外のウシ及びマウス等の哺乳動物由来抗体タンパク質であってもよい。或いは、抗体タンパク質は、ヒトIgGとのキメラ抗体タンパク質、及びヒト化抗体タンパク質であってもよい。ヒトIgGとのキメラ抗体タンパク質とは、可変領域がマウス等のヒト以外の生物由来であるが、その他の定常領域がヒト由来の免疫グロブリンに置換された抗体タンパク質である。また、ヒト化抗体タンパク質とは、可変領域のうち、相補性決定領域(complementarity-determining region: CDR)がヒト以外の生物由来であるが、その他のフレームワーク領域(framework region: FR)がヒト由来である抗体タンパク質である。ヒト化抗体タンパク質は、キメラ抗体タンパク質よりも免疫原性がさらに低減される。
【0025】
実施の形態に係るクロマトグラフィー担体の精製対象の一例である抗体タンパク質のクラス(アイソタイプ)及びサブクラスは特に限定されない。例えば、抗体タンパク質は、定常領域の構造の違いにより、IgG,IgA,IgM,IgD,及びIgEの5種類のクラスに分類される。しかし、実施の形態に係るイオン交換クロマトグラフィー担体が精製対象とする抗体タンパク質は、5種類のクラスのいずれであってもよい。また、ヒト抗体タンパク質においては、IgGにはIgG1~IgG4の4つのサブクラスがあり、IgAにはIgA1とIgA2の2つのサブクラスがある。しかし、実施の形態に係るIEX-WFC又はHIC-WFCが精製対象とする抗体タンパク質のサブクラスは、いずれであってもよい。なお、Fc領域にタンパク質を結合したFc融合タンパク質等の抗体関連タンパク質も、実施の形態に係るIEX-WFC又はHIC-WFCが精製対象とする抗体タンパク質に含まれ得る。
【0026】
さらに、抗体タンパク質は、由来によっても分類することができる。しかし、実施の形態に係るクロマトグラフィー担体が精製対象とする抗体タンパク質は、天然のヒト抗体タンパク質、遺伝子組換え技術により製造された組換えヒト抗体タンパク質、モノクローナル抗体タンパク質、及びポリクローナル抗体タンパク質のいずれであってもよい。これらの抗体タンパク質の中でも、実施の形態に係るIEX-WFC又はHIC-WFCが精製対象とする抗体タンパク質としては、抗体医薬としての需要や重要性の観点から、ヒトIgGが好適であるが、これに限定されない。
目的タンパク質がタンパク質医薬品となる場合、目的タンパク質(インスリンやアルブミンなど)を大量生産するように形質転換されたピキア酵母や大腸菌を培養器で培養し、破砕及び/又は、除菌したのちに目的タンパク質であるインスリンやアルブミンが精製される。その過程でクロマトグラフィー担体がその精製過程の一端を担い、その際にIEX-WFC又はHIC-WFCが好適に用いられる。
【0027】
実施の形態に係るIEX-WFC又はHIC-WFCの基材は、一態様において合成繊維からなる。合成繊維は、通常の円柱形状を有していてよい。合成繊維は、例えば、ポリオレフィン、ポリアミド、又はポリエステル等から作られる繊維が好ましく、ポリアミド繊維がより好ましい。
また、基材は、モノフィラメント糸であってもよいし、マルチフィラメント糸であってもよいが、マルチフィラメント糸の方が表面積を確保できる点で好ましい。なお、モノフィラメント糸とは、単繊維からなる構造をいう。また、マルチフィラメント糸とは、多数の単繊維を撚り合せた構造をいう。実施の形態に係る基材は、グラフト鎖が導入される前のモノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸である。モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸は、組み紐及び織布などに成型加工して利用できる。
【0028】
ポリオレフィンの例としては、エチレン、プロピレン、ブチレン、及びフッ化ビニリデン等のオレフィン単独重合体、該オレフィンの2種以上の共重合体、又は1種若しくは2種以上のオレフィンと、パーハロゲン化オレフィンと、の共重合体等が挙げられる。パーハロゲン化オレフィンの例としては、テトラフルオロエチレン及び/又はクロロトリフルオロエチレン等が挙げられる。これらの中でも、機械的強度に優れ、かつタンパク質等の夾雑物の高い吸着容量が得られる点で、ポリエチレン又はポリプロピレンが好ましい。
【0029】
ポリアミドの例としては、ナイロン6(ε-カプロラクタムの重縮合体)、ナイロン11(ウンデカンラクタムの重縮合体)、ナイロン12(ラウリルラクタムの重縮合体)、ナイロン66(ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸の共縮重合体)、ナイロン610(ヘキサメチレンジアミンとアジピン酸の共縮重合体)、ナイロン6T(ヘキサメチレンジアミンとテレフタル酸の共縮重合体)、ナイロン9T(ノナンジアミンとテレフタル酸の共縮重合体)、ナイロンM5T(メチルペンタンジアミンとテレフタル酸の共縮重合体)、ナイロン621(カプロラクタムとラウリルラクタムの共縮重合体)、p-フェニレンジアミンとテレフタル酸の共縮重合体、並びにm-フェニレンジアミンとイソフタル酸の共縮重合体等が挙げられる。
【0030】
ポリエステルの例としては、ポリエチレンテレフタレート、ポリトリメチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、及びポリブチレンナフタレート等が挙げられる。
【0031】
基材に共有結合しているグラフト鎖は、モノマー単位により構成されている。一態様においては、モノマー単位が、イオン交換基又は疎水性基を有する。イオン交換基は、精製対象や精製条件に応じて、陽イオン(カチオン)交換基(CEX)、陰イオン(アニオン)交換基(AEX)又は、キレート形成基(CHE)から選ばれる。
【0032】
カチオン交換基は、不純物が除去できれば、強カチオン交換基であってもよく、弱カチオン交換基であってもよい。
【0033】
強カチオン交換基の例としては、スルホン酸基等が挙げられる。ほぼ全ての強カチオン交換基は、抗体タンパク質を精製する際における実用的な抗体溶液のpH領域で荷電しているため、荷電量が一定である。したがって、基材上に強カチオン交換基が存在することで、常に一定以上の荷電量が保証される。また、pH微変化によってCEX材料の性能が大きく左右されることを抑制することができる。
【0034】
弱カチオン交換基の例としては、カルボン酸基(例えば、アクリル酸基)、ホスホン酸基、及びリン酸基等が挙げられる。弱カチオン交換基は、移動相のpHにより、荷電量を変化させることが可能である。そのため、移動相のpHを変化させることにより、カチオン交換クロマトグラフィー担体の電荷密度の調整が可能となる。したがって、除去すべき不純物の特性に合わせて、pHを調整することにより、任意の不純物の除去が可能となる。
【0035】
製造のしやすさという観点からは、カチオン交換基としてはスルホン酸基及びアクリル酸基が好ましく、スルホン酸基がより好ましい。
【0036】
アニオン交換基は、液中で負に帯電したタンパク質等を吸着することができればよく、例えば、特に限定されないが、アニオン交換基の例としては、3級アミノ基であるジエチルアミノ基(DEA、Et2N-)及びトリエチレンジアミノ基(TEDA、Et3N2-)、4級アンモニウム基(Q、R3N+-)、4級アミノエチル基(QAE、R3N+-(CH2)2-)、ジエチルアミノエチル基(DEAE、Et2N-(CH2)2-)、及びジエチルアミノプロピル基(DEAP、Et2N-(CH2)3-)等が挙げられる。ここで、Rは、特に限定されず、同一のNに結合するRが同一又は異なっていてもよく、好適には、アルキル基、フェニル基、アラルキル基等の炭化水素基を表す。4級アンモニウム基としては、例えば、トリメチルアミノ基(トリメチルアンモニウム基、Me3N+-)等が挙げられる。なお、3級アミノ基及び4級アミノ基は、それぞれ、ジアルキル置換アミノ基及びトリアルキル置換アミノ基ともいう。基材への化学的な固定が容易であり、高い吸着容量が得られるという観点からは、アニオン交換基としてはDEA、TEDA、及びトリメチルアミノ基が好ましく、DEAがより好ましい。
【0037】
キレート形成基は、金属を吸着することができればよく、例えば、金属を含むタンパク質等も吸着することができる。キレート形成基は、特定の金属と錯体を形成して吸着するため、特定の金属(例えば、銅、鉄、ニッケルなど)、又は、特定の金属を含むタンパク質を吸着することが可能になる。
キレート形成基としては、例えば、分子内に、2つ以上の酸素と、窒素及び/又は硫黄とを有する基が挙げられ、イミノ二酢酸基、イミノ二エタノール基がより好ましい。
【0038】
クロマトグラフィー担体が陰イオン交換材料を含む場合、陰イオン交換基が3級アミノ基及び4級アミノ基からなる群から選ばれる1つ以上を含むことが好ましく、陰イオン交換基がジエチルアミノ基及びトリメチルアミノ基、トリエチレンジアミノ基からなる群から選ばれる1つ以上を含むことがより好ましい。
クロマトグラフィー担体が陽イオン交換材料を含む場合、陽イオン交換基がスルホン酸基及びアクリル酸基からなる群から選ばれる1つ以上を含むことが好ましい。
クロマトグラフィー担体がキレート形成材料を含む場合、キレート形成基がイミノ二酢酸基、イミノ二エタノール基からなる群から選ばれる1つ以上を含むことが好ましい。
【0039】
疎水性基(HIC)の例としては、C4~C18の脂肪族炭化水素基(好ましくはアルキル基)及び芳香族炭化水素基(好ましくはフェニル基)等が挙げられ、クロマトグラフィー担体が疎水材料を含む場合、疎水性基がフェニル基及びC4~C18アルキル基からなる群から選ばれる1つ以上を含むことが好ましい。
【0040】
実施の形態に係るクロマトグラフィー担体は、陰イオン交換材料、陽イオン交換材料、キレート形成材料及び疎水材料からなる群から選ばれる1つ以上を含む。好ましい一態様において、クロマトグラフィー担体は、陰イオン交換材料、陽イオン交換材料及びキレート形成材料を含む。別の好ましい一態様において、クロマトグラフィー担体は、疎水材料を含む。
実施の形態に係る陰イオン交換材料、陽イオン交換材料、キレート形成材料及び、疎水材料の各々は、モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸である基材に、陰イオン交換基、陽イオン交換基、キレート形成基及び疎水性基の各々を有するグラフト鎖がグラフト重合を介して導入されている材料である。
実施の形態に係るタンパク質の精製方法に使用するイオン交換基(陽イオン交換基若しくは陰イオン交換基又はキレート形成基)又は疎水性基は、一つの種類を単独又は複数組み合わせて使用してもよい。また、イオン交換基又は疎水性基は、それぞれの複数の種類を単独又は複数組み合わせて使用してもよい。
通常、被処理液中のタンパク質の夾雑物などの不純物の除去には、陰イオン交換基が好ましく、目的タンパク質の二量体や三量体などの多量体の選択的除去には、疎水性基が好ましい。また、被処理液のイオン強度が高い場合には、吸着能力が低下しない陽イオン交換基が好ましい。
さらに、特定の金属、又は、特定の金属を含むタンパク質を選択的に除去するには、キレート形成基が好ましい。
典型的な態様において、クロマトグラフィー担体に被処理液を通過させる際、陰イオン交換基で不純物を除去し、次に目的タンパク質の多量体を疎水性基で選択的に除去してから陽イオン交換基で目的タンパク質を選択的に回収することが好ましいが、実施の態様に応じて都度、被処理液を通過させるイオン交換基(陽イオン交換基や陰イオン交換基、若しくは、キレート形成基)又は疎水性基の順序を変更することも可能である。
【0041】
典型的な態様において、基材にグラフト鎖を導入する際、基材は、放射線照射により活性化される。基材にラジカルを生成させるためにはいかなる手段も採用しうるが、基材に電離性放射線を照射すると、基材全体に均一なラジカルが生成するため、好適である。電離性放射線の種類としては、γ線、電子線、β線、及び中性子線等が利用できるが、工業規模での実施には電子線又はγ線が好ましい。電離性放射線は、コバルト60、ストロンチウム90、及びセシウム137等の放射性同位体から、又はX線撮影装置、電子線加速器及び紫外線照射装置等により得られる。
【0042】
電離性放射線の照射線量は、1kGy以上1000kGy以下が好ましく、より好ましくは2kGy以上200kGy以下、さらに好ましくは5kGy以上50kGy以下である。照射線量が1kGy以上の場合、ラジカルが均一に生成しやすい傾向にある。また、基材の物理的強度の観点から、照射線量が1000kGy以下であるとよい。
【0043】
電離性放射線の照射によるグラフト重合法には、一般に基材にラジカルを生成した後、次いでラジカルを反応性モノマーと接触させる前照射法と、基材を反応性モノマーと接触させた状態で基材にラジカルを生成させる同時照射法と、に大別される。実施の形態においては、いかなる方法も適用しうるが、オリゴマーの生成が少ない前照射法が好ましい。ここでいうオリゴマーとは、遊離オリゴマーのことを指す。遊離オリゴマーはグラフト鎖中には取り込まれないため、生成されないことが好ましい。
【0044】
基材上にグラフト重合される反応性モノマーは、イオン交換基を有する反応性モノマーであってもよいし、「IEX又はHIC導入前駆体」を有する反応性モノマーであってもよい。「IEX又はHIC導入前駆体」を有する反応性モノマーを使用する場合、反応性モノマーを共重合した後、IEX又はHIC導入前駆体をIEX又はHICに変換する。
【0045】
ここでいう、「IEX又はHIC導入前駆体」とは、IEX又はHICを付与しうる官能基のことをいい、例えばエポキシ基等が挙げられるが、これに限定されるものではない。「IEX又はHIC導入前駆体」を有する反応性モノマーとは、IEX又はHICを付与しうる官能基を有する反応性モノマーのことをいう。また、「IEX又はHIC導入前駆体」は「IEX又はHICの前駆体」を含みうる。「IEX又はHICの前駆体」とは、例えばイオン交換基に保護基が付いたものである。「IEX又はHICの前駆体」を有する反応性モノマーとしては、フェニルビニルスルホネート等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0046】
強カチオン基を有する反応性モノマーの例としては、スルホン酸基を有するポリマーの構成単位である(メタ)アクリルアミドアルキルスルホン酸、ビニルスルホン酸、アクリルアミドt-ブチルスルホン酸、スチレンスルホン酸、及びそれらの金属塩等が挙げられる。
【0047】
弱カチオン基を有する反応性モノマーの例としては、アクリル酸、2-アクリロキシエチルコハク酸、2-アクリロイロキシエチルヘキサヒドロフタル酸、2-アクリロイロキシエチルフタル酸、メタクリル酸、2-メタクリロキシエチルコハク酸、2-メタクリロイロキシエチルヘキサヒドロフタル酸、2-メタクリロイロキシエチルフタル酸、2-ビニル安息香酸、3-ビニル安息香酸、4-ビニル安息香酸、及びそれらの金属塩等が挙げられる。
【0048】
アニオン基を有する反応性モノマーの例としては、2-(ジメチルアミノ)エチルアクリレート、2-(ジエチルアミノ)エチルアクリレート、2-(ジメチルアミノ)エチルアクリレート、及び2-(ジエチルアミノ)エチルアクリレート、及びビニルベンジルトリメチルアンモニウムクロリド等が挙げられる。
【0049】
イオン交換基(IEX)導入前駆体を有する反応性モノマーの例としては、グリシジルメタクリレート、グリシジルエーテル、スチレン、クロロメチルスチレン、アクリロニトリル、アクロレイン、及びビニルベンジル等が挙げられる。
【0050】
イオン交換基導入前駆体を有する反応性モノマーがグリシジルメタクリレートの場合、基材上でグリシジルメタクリレートを重合してグラフト鎖を形成した後、亜硫酸ナトリウムと反応させることにより、グリシジルメタクリレートのエポキシ基の一部又は全部をスルホン酸基に変換することができる。
また、基材上でグリシジルメタクリレートを重合してグラフト鎖を形成した後、ジエチルアミンと反応させることにより、グリシジルメタクリレートのエポキシ基の一部又は全部をジエチルアミノ基に変換することができる。
さらに、基材上でグリシジルメタクリレートを重合してグラフト鎖を形成した後、イミノ二酢酸二ナトリウムと反応させることにより、グリシジルメタクリレートのエポキシ基の一部又は全部をイミノ二酢酸基に変換することができる。
【0051】
疎水性基(HIC)導入前駆体を有する反応性モノマーの例としては、グリシジルメタクリレート、グリシジルエーテル及びスチレン等が挙げられる。
【0052】
実施の形態に係るクロマトグラフィー担体のグラフト鎖の結合率(グラフト率)は、吸着容量等の観点から20%以上が好ましく、より好ましくは25%以上、さらに好ましくは30%以上である。また、力学的に安定な強度を確保するという観点から、好ましくは300%以下、より好ましくは200%以下、さらに好ましくは150%以下、特に好ましくは120%以下である。しかし、好適なグラフト率は用いる基材や導入するモノマー単位に依存するため、適宜最適化を行うことが望ましく、上記範囲に限定されない。グラフト率は下記(1)式によって算出される。
【0053】
グラフト率:dg(%)=(w1-w0)/w0×100 ・・・式(1)
ここで、w0はグラフト鎖が導入される前の基材の質量、w1はグラフト鎖が導入された後の基材、すなわちクロマトグラフィー担体の質量である。
【0054】
通常、反応性モノマーは、基材内部の非晶部に入り込んでグラフト重合され、基材内部にもグラフト鎖が形成されると考えられる。しかし、グラフト鎖が吸着する吸着対象分子は、基材内部の非晶部に入れる大きさではない。そのため、基材内部に形成されたグラフト鎖は、吸着対象分子の吸着に利用できない。グラフト重合の開始点を生成する放射線の照射線量は、高いと開始点が多く、低いと開始点が少ない。そのため、同一のグラフト率では、照射線量が低い方が、開始点が少ないので、長いグラフト鎖が形成している。したがって、照射線量を低くすることで、基材上に多くのグラフト鎖が形成され、より多くのグラフト鎖を吸着対象分子の吸着に有効に利用することが可能である。この時の照射線量の目安としては、10~50kGyであることが好ましい。
【0055】
基材内部に形成されるグラフト鎖は、内部グラフト鎖、或いはポリマールーツと呼ばれる。基材上に形成されるグラフト鎖は、表面グラフト鎖、或いはポリマーブラシと呼ばれる。実施の形態に係るクロマトグラフィー担体において、グラフト鎖全体に占める表面グラフト鎖の割合は、例えば70%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは85%以上、さらに好ましくは90%以上である。表面グラフト鎖の割合は、エポキシ基等のイオン交換基導入前駆体のイオン交換基へのモル転化率と、イオン交換基の吸着対象分子の飽和吸着量と、の関係を示すグラフを作成して現れる変曲点におけるモル転化率と一致する。好ましくは、実施の形態に係るクロマトグラフィー担体において、基材内部に、グラフト鎖が実質的に形成されない。
【0056】
実施の形態に係るモノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸である基材に、IEX又はHICを有するグラフト鎖を、グラフト重合を介して導入した基材を、芯材に巻回することにより、タンパク質精製用IEX又はHICワインドフィルターカートリッジモジュール(IEX-WFC、HIC-WFC)を作製できる。芯材(例えば、円筒状芯材)は、多孔質であってもよい。また、フィラメント糸を円筒状芯材に巻きつけた後、円筒状芯材を抜いてもよい。
実施の形態に係るクロマトグラフィー担体は、グラフト鎖が導入された基材を芯材に巻回し、任意に芯材を取り除いて形成されてなるワインドフィルターカートリッジモジュールの形態を有する。
【0057】
ワインドフィルターカートリッジモジュール(WFC)は、シングルユースとして、好適に使用できる。つまり、IEX-WFC又はHIC-WFCは、シングルユースとして、好適に使用できる。
【0058】
実施の形態に係るIEX-WFC又はHIC-WFCによれば、高流速域でのタンパク質の吸着及び分離性能と、細孔が目詰まりしにくい性能と、を両立することが可能である。また、実施の形態に係るクロマトグラフィー担体は、タンパク質の高吸着容量を有し、湿潤強度に優れる。
【0059】
通常、芯材の直径は30mm程度のものがよく用いられる。巻回体の厚みは、20mm~100mm程度に設定する。より厚い方が不純物を逃さず吸着できるが、厚すぎると液を透過させるときの透過圧力が増える。厚みは20mm以上あれば、最低限の吸着性能は担保でき、100mm以下であれば、さほど透過圧力が大きくならない。
【0060】
また、WFCの捕捉粒子径は、通常、シリカやラテックスの均質粒子を含む液を透過させ、透過側に検出されるかどうかで測定される。均質粒子の90%以上を捕捉した粒子径を、そのWFCの孔径と定義する。
モノフィラメント糸又はマルチフィラメント糸の糸径により、WFCの孔径をコントロールでき、細い糸を巻回するほど、孔径は小さくなり、太い糸を用いるほど孔径は大きくなる。本実施形態では、WFCの孔径0.5μm以上、500μm以下が好ましく、より好ましくは、1μm以上、150μm以下である。孔径が小さいと透過圧力が大きくなり、孔径が大きすぎると動的吸着性能が悪くなる。孔径が0.5μm以上であれば、透過圧力は許容範囲であり、500μm以下であれば、動的吸着性能にもそれほど影響しない。
【0061】
クロマトグラフィー工程において、WFCへ被処理液を透過させるときの透過圧力は、100kPa以下であることが好ましく、50kPa以下であることがより好ましい。さらに好ましくは35kPa以下である。
【0062】
実施の形態に係るWFCは、目的タンパク質を精製するための方法に使用することができる。実施の形態に係る精製方法は、目的タンパク質と不純物を含む被処理液中の目的タンパク質を精製するクロマトグラフィー工程を含み、任意に、膜ろ過工程及び/又はウイルス除去工程を含む。膜ろ過工程及びウイルス除去工程は、それぞれ、好ましくはクロマトグラフィー工程よりも後に行う。膜ろ過工程及びウイルス除去工程をともに行う場合の好適順は、膜ろ過工程、次いでウイルス除去工程の順である。
以下、
図1を参照して、タンパク質の精製方法の例示のフローを説明する。なお、
図1では、被処理液が細胞の連続培養で得られる場合について例示するが、被処理液の種類及び調製方法は目的に応じて適宜選定され得る。
【0063】
[被処理液を準備する工程]
まず、培地を培養槽に供給しながら培養液を培養槽から抜き出すことで、目的タンパク質を生産する細胞を連続培養する(
図1(A))。なお、連続培養とは、培地を培養槽に連続的に供給するとともに、同量の培養液を同時に抜き出す方法である。この際、抜き出した培養液から細胞を培養槽内に戻し、槽内培養液中の細胞を定常状態で培養する。連続培養で得られた培養液を分離膜に通過させて培養液から細胞を分離除去して、目的タンパク質及び不純物を含む被処理液を得る(
図1(B))。
【0064】
[クロマトグラフィー工程]
次いで、上記被処理液をクロマトグラフィー担体に通過させて目的タンパク質の精製を行う(クロマトグラフィー工程)。精製は、被処理液からの不純物の分離除去、及び/又は、被処理液からの目的タンパク質の分離回収であってよい。
図1では、被処理液を、陰イオン交換材料に通過させ(
図1(C))、次いで疎水材料に通過させ(
図1(D))、次いで陽イオン交換材料に通過させる(
図1(E))処理の例を示しているが、クロマトグラフィー担体は1つ以上用いればよい。また、被処理液を、キレート形成材料に通過させてもよい。すなわち、クロマトグラフィー工程における処理は、単独のクロマトグラフィー担体で実施してもよく、又は、2つ以上のクロマトグラフィー担体で実施してもよい。なお、被処理液を通過させる順序は特に制限されず、実施の形態に応じて変更できる。
【0065】
[膜ろ過工程及びウイルス除去工程]
クロマトグラフィー工程で得た被処理液を、所望に応じて、膜ろ過工程(
図1(F))、及び/又はウイルス除去工程(
図1(G))に供して、目的タンパク質をさらに精製してよい。
【0066】
以上の手順で精製された目的タンパク質を回収する(
図1(H))。
【0067】
上記の膜ろ過工程及びウイルス除去工程は、クロマトグラフィー工程により除去しきれない不純物が存在する場合の不純物のさらなる除去、及び/又は脱塩の目的で行うことができる。膜ろ過工程は、クロマトグラフィー工程の後段に設けてよく、例えば、中空糸型限外ろ過(UF)膜モジュールを用いて行うことができる。目的タンパク質よりも高分子量の不純物が存在する場合には、目的タンパク質よりも少し大きな分画分子量を持つUF膜モジュールを設置することで、目的タンパク質は膜を透過し、不純物は膜を透過できない。一方、目的タンパク質よりも低分子量の不純物の場合には、不純物を透過し、目的タンパク質を阻止する分画分子量を選定する。目的タンパク質が抗体の場合、その分子量が150,000前後であることから、UF膜の分画分子量は10,000以上800,000以下の範囲から選ばれることが好ましい。膜ろ過工程は、クロマトグラフィー工程の後段で、分画分子量が10,000以上、800,000以下のろ過(UF)膜に被処理液を通過させる工程である。
【0068】
また、上記のウイルス除去工程は、ウイルス除去フィルターに被処理液を通過させる工程であり、好ましくは膜ろ過工程の後に行う。ウイルス除去フィルターとしては、中空糸型限外ろ過(UF)膜モジュールを使用できる。中空糸型限外ろ過(UF)膜モジュールに被処理液を通過させると、目的タンパク質は膜を透過する一方、ウイルスは膜を透過できないため、ウイルス除去を効率的に実施することができる。
【0069】
クロマトグラフィー工程の後に、IEX-WFC及びHIC-WFCにおいて被処理液をフロースルーモードで流下する工程を含む場合、クロマトグラフィー担体の後段に配置されたUF膜モジュール(一態様において、膜ろ過工程及び/又はウイルス除去工程で用いるモジュール)は、間にタンクなどを置かず、スムーズにろ過操作を実施することが可能になる。また、実施の形態によれば、WFCの透過圧力が低いので、IEX-WFC及びHIC-WFCを直列に接続でき、またUF膜モジュールもそのまま接続することが可能である。
【0070】
膜ろ過工程及びウイルス除去工程で用いるUF膜の材質は、目的タンパク質の膜表面への非特異的な吸着が起きないように親水性の材料であることが好ましい。親水性材料として、PAN(ポリアクリロニトリル)、CTA(三酢酸セルロース)などを挙げることができる。
【0071】
被処理液を細胞培養で得る場合、当該細胞培養は、連続培養であることが好ましい。前述のように、連続培養とは、培地を培養槽に連続的に供給するとともに、同量の培養液を同時に抜き出す。抜き出した培養液から細胞を培養槽内に戻し、槽内培養液中の細胞を定常状態で培養する方法である。連続培養を採用すると、細胞培養から目的タンパク質の精製までを一貫して連続的に実施できるため、好ましい。特に、目的タンパク質は、中空糸膜モジュール、例えば後述するような精密ろ過(MF)膜を使ったタンジェンシャルフロー型の連続培養で生産されることが好ましい。
【0072】
中空糸膜モジュールは、シングルユースであることが好ましい。
【0073】
実施の形態によれば、クロマトグラフィー工程におけるIEX-WFC及びHIC-WFCの透過圧力が低いので、連続培養のろ液出口にIEX-WFC及びHIC-WFCを直接接続して、連続培養からクロマトグラフィー工程までをフロースルーモードにより運転することができる。
【0074】
培養液を培養槽から抜き出すときに、通常分離膜が用いられる。分離膜は、一態様において、中空糸膜モジュールから構成される。分離膜は細胞を阻止して培養液(被処理液)だけを透過するために、孔径0.05~0.7μm程度の分離膜(精密ろ過(MF)膜)が使用される。この時、分離膜が目詰まりしないように、クロスフローろ過により運転されることが多いが、それでも目詰まりを防ぐこと、目的タンパク質の分離膜への非特異的吸着が発生する場合がある。
【0075】
この目詰まりの問題を回避する観点から、分離膜は、3次元網目構造であることが好ましく、膜材質はポリフッ化ビニリデン(PVDF)やポリエチレン(PE)などが好ましい。また、内表面開口率は25%以上であることが好ましく、50%以下であることが好ましい。このような膜を採用することで、クロスフローろ過が効率的に行え、また分離膜への非特異的吸着を抑制することができる。
さらに、内径1~5mmの分離膜であれば、クロスフロー流の透過圧力が低く、好適に使用できる。加えて、生産効率の観点から内表面膜面積は1m2以上であることが好ましい。
【実施例0076】
以下に、実施の形態を実施例に基づいてさらに詳しく説明するが、これらは実施の形態を何ら限定するものではない。
(a)以下に示す方法で、タンパク質の精製のための担体(ワインドフィルターカートリッジモジュール)を作製した。
(1)グリシジルメタクリレート(GMA)の放射線グラフト重合
直径約35μmのナイロン繊維にガンマ線を20kGy照射した。次に予め窒素バブリングにより脱酸素したグリシジルメタクリレート/メタノール(=1/9重量比)のモノマー溶液に浸漬し、45℃で6時間反応させた。反応終了後の繊維をジメチルホルムアミド溶液に浸漬し、さらにメタノールに浸漬して洗浄した。乾燥後の重量を測定することにより、質量増加率(グラフト率)は104%であった。
【0077】
(2)ビニルベンジルトリメチルアンモニウムクロリド(VBTAC)の放射線グラフト重合(VBTAC/NVP-AEX)
直径約14μmのナイロン繊維にガンマ線を20kGy照射した。次に予め窒素バブリングにより脱酸素したVBTAC/N-ビニルピロリドン/純水(=1/1/8重量比)のモノマー溶液に浸漬し、45℃で6時間反応させた。反応終了後の繊維をジメチルホルムアミド溶液に浸漬し、さらにメタノールに浸漬して洗浄した。乾燥後の重量を測定することにより、質量増加率(グラフト率)は40%であった。
質量増加率から計算するとトリメチルアミノ基導入量は、0.8mmol/gであった。
【0078】
(3)GMAグラフト繊維へのトリエチレンジアミノ(TEDA)基の導入(TEDA-AEX)
(1)で得られたGMAグラフト繊維をpH9になるよう塩酸で調整した10質量%TEDA水溶液に浸漬し、70℃で6時間加温し、TEDA導入反応を行った。反応後の繊維をメタノール洗浄後、乾燥質量を測定し、質量増加率を測定すると40.1%であった。質量増加率からTEDA導入量を計算すると1.9mmol/gであった。
【0079】
(4)GMAグラフト繊維へのジエチルアミノ(DEA)基の導入(DEA-AEX)
(1)で得られたGMAグラフト繊維を50v/v%のジエチルアミン水溶液に40℃で15時間浸漬し、グリシジルメタクリレート由来のエポキシ基にアニオン交換基としてのジエチルアミノ基を導入後、メタノールで十分に洗浄した。質量増加率から、DEA導入量を計算すると1.6mmol/gであった。
【0080】
(5)GMAグラフト繊維へのスルホン酸基の導入(CEX)
(1)で得られたGMAグラフト繊維を、タウリン溶液(濃度: 50質量%、溶媒: ジオキサン/水=1/1、pH:13)に40℃で15時間浸漬し、グリシジルメタクリレート由来のエポキシ基にカチオン交換基としてのスルホン酸基を導入後、メタノールで十分に洗浄した。質量増加率から、スルホン酸基導入量を計算すると1.6mmol/gであった。
【0081】
(6)GMAグラフト繊維へのキレート形成基の導入(CHE)
(1)で得られたGMAグラフト繊維を、イミノ二酢酸二ナトリウム溶液(濃度: 0.5M、溶媒: イソプロピルアルコール/水=1/1)に50℃で15時間浸漬し、グリシジルメタクリレート由来のエポキシ基にキレート形成基としてのイミノ二酢酸基を導入後、メタノールで十分に洗浄した。質量増加率から、CHE導入量を計算すると1.5mmol/gであった。
【0082】
(7)GMAグラフト繊維への疎水性基の導入(HIC)
(1)で得られたGMAグラフト繊維を、10質量%ドデシルアミンーイソプロパノール溶液に70℃で6時間浸漬し、グリシジルメタクリレート由来のエポキシ基に疎水性基としてのドデシル基を導入後、メタノールで十分に洗浄した。質量増加率から、ドデシル基(疎水性基)導入量を計算すると1.5mmol/gであった。
【0083】
(8)ワインドフィルターカートリッジモジュール(WFC)の作製
(2)~(7)で得られたそれぞれの官能基が入ったグラフト繊維(担体)をポリプロピレン製の直径30mm、長さ250mmの芯材に、厚みが20mmになるまで巻回させてから芯材を除き、VBTAC/NVP-AEX、TEDA-AEX、DEA-AEX、CEX、CHE及びHICが導入されたワインドフィルターカートリッジモジュールをそれぞれ作製した。
【0084】
(9)作製したWFCの孔径の測定
作製したWFCにユニフォームラテックス:PM010UM(粒子径:10μm、Magsphere社)の均質粒子を0.1%含む水溶液を透過させ、透過側で検出されるかどうかを確認したところ、100%阻止することを確認した。一方、PM005UM(粒子径:5μm、Magsphere社)の均質粒子を同様に透過させると、10%の阻止率であった。この結果から、作製したWFCの孔径を10μmと判断した。
【0085】
[実施例1]
20mM Tris-HCl(pH8.0)に0.17Mの濃度となるようにNaClを添加し、金属塩を含む緩衝液を調製した。この緩衝液にBSA(pI:5.6)を1g/Lの濃度で溶解して、タンパク質溶液を調製した。このタンパク質溶液20LをVBTAC/NVP-AEX、TEDA-AEX、DEA-AEX及びHICそれぞれが導入されたWFCの中心から外側に向かって、1mL/min/mL-Bedの速度で通液させ、タンパク質吸着実験を行った。VBTAC/NVP-AEX、TEDA-AEX、DEA-AEX及びHICの吸着容量は、それぞれ68、73、80、65mg/mL-Bedであった。また、20Lのタンパク質溶液を流し切ったときの透過圧力は、それぞれ29、30、32及び30kPaであり、高い吸着容量にも関わらず、低圧で運転できることがわかり、フロースルーモードでの使用に適していることが分かった。
【0086】
[比較例1]
実施例1で調製したタンパク質溶液をQyu Speed D 150mL(旭化成メディカル社製、中空糸膜、3級アミノ基)に膜の内面から外面へ向かって、1mL/min/mL-Bedの速度で通液させ、タンパク質吸着実験を行った。吸着容量は70mg/mLであり、20Lのタンパク質溶液を流し切ったときの透過圧力は、150kPaであり、吸着とともに上昇した。
【0087】
[実施例2]
150mM リン酸(pH6.0)緩衝液にリゾチーム(pI:11.35)を1g/Lの濃度で溶解して、タンパク質溶液を調製した。このタンパク質溶液20LをCEXが導入されたWFCの中心から外側に向かって、1mL/min/mL-Bedの速度で通液させ、タンパク質吸着実験を行った。150mMという高いイオン強度下でも吸着容量は、80mg/mL-Bedであった。また、20Lのタンパク質溶液を流し切ったときの透過圧力は、35kPaであり、高い吸着容量にも関わらず、低圧で運転できることがわかり、フロースルーモードでの使用に適していることが分かった。
[実施例3]
CHEが導入されたWFCの中心から外側に10mM硫酸ニッケル溶液(10mM酢酸緩衝液、pH:5.0)を透過して,NiイオンをCHEとのキレート形成によってWFCに固定した。
ヒスチジンタグのついた緑色蛍光タンパク質を大腸菌に発現させるため、His-tag融合GFP遺伝子を導入したpUC19-GFPuv/Hisで形質転換した大腸菌DH10BをLB培地で37℃、12h培養した。遠心集菌し、液体窒素を用いて、凍結と融解を3回繰り返し、溶菌し、遠心上清を、上記Niイオンを固定したCHE-WFCに1mL/min/mL-Bedの速度で通液させ、タンパク質吸着実験を行った。その後0.5MのNaCl溶液(10mM酢酸緩衝液、pH:5.0)で溶離させると、ヒスチジンタグのついた緑色蛍光タンパク質だけを溶離できていることをSDS-PAGEにて確認した。透過圧力は、35kPaであり、低圧で運転できることが分かった。
【0088】
(b)以下に示す方法で、連続培養用精密ろ過(MF)中空糸膜ミニモジュールを作製した。
【0089】
熱可塑性樹脂としてPVDF樹脂(クレハ社製、KF-W#1000)40質量%と、微粉シリカ(一次粒径:16nm)23質量%と、非溶剤としてアジピン酸ビス2-エチルヘキシル(DOA)32.9質量%と、貧溶剤としてアセチルクエン酸トリブチル(ATBC,沸点343℃)4.1質量%とを用いて、溶融混練物を調製した。得られた溶融混練物の温度は240℃であった。得られた溶融混練物を2重管構造の紡糸ノズルを用い、中空糸状押出し物を120mmの空走距離を通した後、30℃の水中で固化させ、熱誘起相分離法により多孔質構造を発達させた。得られた中空糸状押出し物を、5m/分の速度で引き取り、かせに巻き取った。巻き取った中空糸状押出し物をイソプロピルアルコール中に浸漬させてDOAとATBCを抽出除去し、次いで、水中に30分間浸漬し、中空糸膜を水置換し、次いで、20質量%NaOH水溶液中に70℃にて1時間浸漬し、更に水洗を繰り返して微粉シリカを抽出除去して、多孔質中空糸膜を作製した。
【0090】
有効長500mmのモジュールケースに膜面積が1.9m2となるように、得られた多孔質中空糸膜を入れ、両端をエポキシ樹脂によりポッティングし、両端開口の連続培養用精密ろ過(MF)中空糸膜ミニモジュールを作製した。
【0091】
(c)以下に示す方法で、中空糸型限外ろ過(UF)膜モジュールを作製した。
【0092】
モノマーとして、アクリロニトリル91.5質量%、アクリル酸メチル8.0質量%及びメタリルスルホン酸ナトリウム0.5質量%で重合したコポリマ一(極限粘度:1.2)18質量%及び重量平均分子量600のポリエチレングリコール(和光純薬社製、PEG600)21.0質量%を、プロピレンカーボネート9.15質量%とジメチルスルホキシド51.85質量%との混合溶剤に溶解して均一溶液とした。溶液中の水分量は、カールフィッシャー水分計で測定したところ600ppm以下であった。この溶液を60℃に保ち、テトラエチレングリコール50質量%と水50質量%との混合溶液(20℃で24cPの粘度)からなる内部液とともに、紡口(二重環状ノズル0.5mm-0.7mm-1.3mm)から吐出させ、20mmのエアギャップを通過させて43℃の水からなる全長5mの凝固浴槽を通過させ、多孔質中空糸状ろ過膜を得た。
この時、紡口から凝固浴までを円筒状の筒で囲み、筒の中のエアギャップ部の相対湿度を100%に制御した。また、紡速は、10m/分に固定した。得られた中空糸状ろ過膜を25℃の純水中に1日間浸潰して膜中の残存溶剤を充分取り除いた。湿潤膜中のポリエチレングリコール、プロピレンカーボネート及びジメチルスルホキシドの残存量は1ppm以下であった。
さらに、得られた中空糸状ろ過膜を20℃の純水中に浸漬して、15℃/時の昇温速度で加熱して行き、到達温度55℃の水中にて2時間浸漬した。
【0093】
有効長20cmのモジュールケースに膜面積が1.9m2となるように得られた多孔質中空糸ろ過膜を入れ、両端をエポキシ樹脂によりポッティングし、両端開口の中空糸型限外ろ過(UF)膜ミニモジュールを作製した。
【0094】
[実施例4]
目的タンパク質としてγ-グロブリンを0.5g/Lを含むCHO無血清細胞培養液を、(b)で作製した精密ろ過(MF)中空糸膜モジュールを用いてデッドエンドろ過し、除濁した液を得た。その液を(a)で作製したDEA-AEX及びHICが導入されたWFCに、この順に通液させ、さらにその後、(c)で作製した中空糸型限外ろ過(UF)膜モジュールにフロースルーモードでろ過することで、目的タンパク質としてγ-グロブリンを連続精製した。このとき、DEA-AEX及びHICが導入されたWFCの透過圧力が35kPaと低いので、そのまま中空糸型限外ろ過膜へ供給することができた。
代表的な不純物であるHCP及びDNAの濃度は、DEA-AEX及びHICが導入されたWFC、及び中空糸型限外ろ過膜の透過前の細胞培養上清中にはそれぞれ、351μg/mL及び8200ng/mLであったものが、透過液中ではそれぞれ36μg/mL及び53ng/mLと大幅に減少しており、これら溶存して存在する不純物タンパク質の除去に優れていることが分かった。
一方のγ-グロブリンは、SDS-PAGEにて精製できていることを確認した。この膜ろ過工程では、ポリアクリロニトリル製の中空糸型限外ろ過膜を使用しているので、非特異的な膜へのタンパク質の吸着を抑えることができ、高い分画性能を有していた。
【0095】
[比較例2]
市販のアニオン交換基を有する膜として、SartobindQ MA75(ザルトリウス製、平膜、膜体積2.06mL、4級アミノ基)、MustangQ Acrodisc(ポール製、平膜、膜体積0.18mL、4級アミノ基)及びBioCap25Filter 90ZA(キュノ製、平膜、膜体積5mL以上、4級アミノ基)の3種類を用い、実施例4と同様にして、目的タンパク質としてγ-グロブリンを0.5g/L含むCHO無血清細胞培養の上清液を、それぞれの膜体積の100倍相当の体積分通液して不純物除去を行った。γ-グロブリンの精製ができているかの確認として、実施例4と同様にしてSDS-PAGEによる評価を行った。
アニオン交換膜モジュール透過前の細胞培養上清中のHCP及びDNAの濃度はそれぞれ、351μg/mL及び8200ng/mLであったが、透過後の液中にはそれぞれ、SartobindQ MA75で259μg/mL及び482ng/mL、MustangQ Acrodiscで244μg/mL及び3816ng/mL、BioCap25Filter 90ZAで330μg/mL及び6600ng/mLであり、実施の形態の方法に比べて不純物の除去性が低いことが分かった。
【0096】
[実施例5]
(b)で作製した連続培養用精密ろ過(MF)中空糸膜ミニモジュールを用い、KML-100TFFパーフュージョンシステム(Repligen社製)を用いて、15L(有効容積:8.5L)のガラス製バイオリアクター(Repligen社製)にモノクローナル抗体を発現する遺伝子を組み込まれたCHO-K1細胞を導入し、連続培養実験を行った。グルコースと消泡剤の入った基礎培地を連続的に添加し、細胞濃度が75±10×106Cells/mLに保つように調整した。この時、有効容積の3/4が1日で入れ替わった。精密ろ過中空糸膜ミニモジュールは、透過流束:1L/m2/hに設定し、中空糸膜の内面から外面へ透過させ、中空部を流れる培養液のシェアレートは、1,250s-1に設定した。40日ほど培養を行い、この間、精密ろ過中空糸膜の透過圧力は10kPa程度で安定した運転をすることができた。
【0097】
その透過液をそのまま(a)で作製したDEA-AEX及びHICが導入されたWFCを長さ:1cmに短尺化して、この順に通液させ、連続的にモノクローナル抗体の精製を行った。通液速度は、1mL/min/mL―Bedに設定した。代表的な不純物であるHCP及びDNAの濃度は、精密ろ過中空糸膜通液前の被処理液中には、それぞれ、951mg/mL及び82μng/mLであったものが、精製後の液ではそれぞれ156μg/mL及び43ng/mLと大幅に減少しており、これら溶存して存在する不純物の除去に優れていることが分かった。一方のモノクローナル抗体についても、SDS-PAGEにて精製できていることを確認した。
(a)で作製したフィルターモジュールの透過圧力が低いため、連続培養の精密ろ過中空糸膜の透過液をそのまま透過させることができ、円滑な抗体の生産が可能であった。
【0098】
なお、表1に記載の孔径、表面開口率、透水性等又は引張破断強度試験等を以下の条件で測定又は実施した。
【0099】
細孔構造
電子顕微鏡SU8000シリーズ(HITACHI製)を使用し、加速電圧3kVで作製した中空糸膜の表面及び断面の電子顕微鏡(SEM)画像を5000倍で撮影した。撮影した表面及び断面の様子を観察して、球晶がなくポリマー幹が3次元的にネットワーク構造を発現しているものを3次元網目構造と判定した。
【0100】
膜の孔径
作製した中空糸膜の耐薬液性試験前後の孔径の測定を以下の条件で実施した。
孔径は、表面に存在した各孔に対し、孔径の小さい方から順に各孔の孔面積を足していき、その和が、各孔の孔面積の総和の50%に達する孔の孔径で決定した。
【0101】
表面開口率
電子顕微鏡SU8000シリーズ(HITACHI製)を使用し、加速電圧3kVで作製した中空糸膜の表面及び断面の電子顕微鏡(SEM)画像を5000倍で撮影した。断面の電子顕微鏡サンプルは、エタノール中で凍結した膜サンプルを輪切りに割断して得た。次に画像解析ソフトWinroof6.1.3を使って、SEM画像の「ノイズ除去」を数値「6」によって行い、更に単一しきい値による二値化により、「しきい値:105」によって二値化を行った。こうして得た二値化画像における孔の占有面積を求めることにより、膜表面の開口率を求めた。
【0102】
膜の外径/内径
作製した中空糸膜をカミソリで薄くスライスし、100倍拡大鏡にて、外径と内径を測定した。一つのサンプルについて、30mm間隔で60箇所の測定を行った。
【0103】
膜面積
中空糸膜の膜面積とは、中空糸膜の中空部の内表面面積のことを指す。
【0104】
引張破断強度及び引張破断伸度の測定
作製した中空糸膜の耐薬液性試験前後の引張破断強度及び引張破断伸度の測定を以下の条件で実施した。
引張破断強度試験は、チャック間距離50mm、引張速度10mm/分の条件で、AGX-V(島津製作所製)を使用して実施した。
引張破断伸度試験を実施し、得られた結果から引張破断伸度をJIS K7161に従って算出した。
引張破断伸度試験は、チャック間距離:5cm、引張り速度:20cm/分の条件で、AGS-5D:インストロン型引張試験機(島津製作所製)を使用して実施した。
【0105】
透水性の測定
作製した中空糸膜の耐薬液性試験前後の透水性の測定を以下の条件で実施した。
中空糸膜をエタノール浸漬後に、純水への浸漬を数回繰り返し、約10cm長の湿潤中空糸膜の一端を封止し、他端の中空部内に注射針を挿入し、25℃の環境下にて注射針から0.1MPaの圧力で25℃の純水を中空部内に注入し、外表面から透過してくる純水量を測定し、下記式により純水フラックスを決定し、透水性を評価した。
純水フラックス[L/m2/h]=60×(透過水量[L])/{π×(膜外径[m])×(膜有効長[m])×(測定時間[min])}
【0106】
なお、ここで膜有効長とは、注射針が挿入されている部分を除いた、正味の膜長を指す。
【0107】
得られた多孔質中空糸ろ過(MF)膜は、3次元網目構造を有していた。また、1質量%水酸化ナトリウム(NaOH)を添加した0.5質量%次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)水溶液中に40℃、7日間の条件で中空糸膜を浸漬して耐薬液性を測定したところ、耐薬液性試験前後で膜の引張破断強度及び引張破断伸度に変化は見られなかった。また、透水性及び孔径は、試験前後で変化又は低下は見られなかった。
結果を表1に示す。
【0108】
得られた多孔質中空糸状ろ過(UF)膜は、電子顕微鏡で観察したところ、内外両表面から膜の中央部へ向かって連続的に孔径が大きくなる傾斜構造を示し、大きさが10μmを超えるようなポリマ一の欠損部位を含まないスポンジ構造であった。膜の外表面には、0.02μmより大きな孔は見られなかった。一方、内表面には無数のスリット状の筋とスリット状の孔が観察された。
また、0.4質量%水酸化ナトリウム(NaOH)を添加した0.1質量%次亜塩素酸ナトリウム(NaClO)水溶液中に25℃、5日間の条件で中空糸膜を浸漬して耐薬液性を測定したところ、耐薬液性試験前後で膜の引張破断強度及び引張破断伸度に変化は見られなかった。結果を表1に示す。
また、透水性は、試験前後で変化又は低下は見られなかった。
得られた多孔質中空糸膜の配合組成及び試験条件並びに各種物性を以下の表1に示す。
【0109】