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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023184558
(43)【公開日】2023-12-28
(54)【発明の名称】造形物の製造方法および造形物
(51)【国際特許分類】
   B28B 1/30 20060101AFI20231221BHJP
   B22F 10/28 20210101ALI20231221BHJP
   B22F 10/36 20210101ALI20231221BHJP
   B22F 10/38 20210101ALI20231221BHJP
   B33Y 10/00 20150101ALI20231221BHJP
【FI】
B28B1/30
B22F10/28
B22F10/36
B22F10/38
B33Y10/00
【審査請求】有
【請求項の数】39
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2023176434
(22)【出願日】2023-10-12
(62)【分割の表示】P 2018200040の分割
【原出願日】2018-10-24
(31)【優先権主張番号】P 2017208190
(32)【優先日】2017-10-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【弁理士】
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【弁理士】
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【弁理士】
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100136799
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 亜希
(72)【発明者】
【氏名】大志万 香菜子
(72)【発明者】
【氏名】薮田 久人
(72)【発明者】
【氏名】安居 伸浩
(57)【要約】
【課題】直接造形方式において、三次元造形物の所望の強度を達成しながら、不要部分を効率よく除去することができる三次元造形物の製造方法を提供する。
【解決手段】無機化合物粉末を含む材料粉末からなる粉末層を形成する工程と、前記粉末層の表面の所定の領域にエネルギービームを照射して前記材料粉末を熔融/凝固させる工程と、を一回または複数回行って造形物を作製する造形物の製造方法であって、
前記材料粉末を熔融/凝固させる工程において、非晶質の割合が多い領域と結晶質の割合が多い領域とを、前記エネルギービームの出力、前記粉末層の表面と前記エネルギービームの焦点との相対位置、および前記エネルギービームのスキャン速度のうち少なくとも一つを変更して作り分けることを特徴とする。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機化合物の粉末を含む材料粉末からなる粉末層を形成する工程と、前記粉末層の表面の所定の領域にエネルギービームを照射して前記材料粉末を熔融/凝固させる工程と、を一回または複数回行って造形物を作製する造形物の製造方法であって、前記材料粉末を熔融/凝固させる工程において、非晶質の割合が多い領域と結晶質の割合が多い領域とを、前記エネルギービームの出力、前記粉末層の表面と前記エネルギービームの焦点との相対位置、および前記エネルギービームのスキャン速度のうち少なくとも一つを変更して作り分けることを特徴とする造形物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機化合物粉末を用いた造形物の製造方法および造形物、とりわけ、三次元造形物の製造方法および三次元造形物に関する。
【背景技術】
【0002】
短時間で試作品を作製したり、少数部品を製造したりする用途において、材料粉末をエネルギービームで結合させて所望の造形物、特に三次元造形物を直接造形方式によって製造する技術が普及している。
【0003】
特許文献1には、いわゆる粉末床熔融結合法(powder bed fusion)を用いて物品を製造する方法が記載されている。この方法では、基板上に材料粉末からなる粉末層を形成し、粉末層の物品の断面に対応する部分に選択的にエネルギービームを照射して、粉末を焼結させる一連の工程を繰り返し行う。これら一連の工程の繰り返しにおいて、先に焼結させた部分と後から焼結させた部分を互いに接合させ、最後に、非焼結部分の粉末や焼結部分の不要部分の除去を行うことにより、所望の物品を得ている。
【0004】
粉末床熔融結合法などの直接造形方式は、型を用いたりインゴットからの削り出しをしたりする必要がなく、粉末から直接造形することができるため、短時間で精度良く三次元造形物を得ることができる。また、三次元CADなどの設計ツールを用いて作成した三次元データに基づいて造形ができるため、設計変更が容易であり、複雑で細かい形状の三次元造形物を製造することが可能であるという利点を有している。
【0005】
一方で、直接造形方式で製造した三次元造形物の表面には、エネルギービームを照射した部分から伝達した熱が原因となって不要な材料粉末が付着結合し、凹凸ができてしまう。そのため、滑らかな表面を有する三次元造形物を得るためには、造形中もしくは造形後に表面を加工する必要がある。
【0006】
特許文献2には、金属粉末を用いた直接造形方式による造形において、付着結合する材料粉末の量を低減して表面の切削加工時間を短縮する方法が開示されている。しかしながら、当該方法では三次元造形物と同じように高い機械的強度の物質を切削しているため、切削効率が悪い。また、特許文献2には、三次元造形物の表面にエネルギービームを照射して表面を一時的に軟化させた状態で切削加工を行う方法が開示されている。特許文献2に記載の材料粉末は金属であるため、低エネルギーのエネルギービームでも表面を軟化することが可能であるが、融解温度が高いセラミックスなどの無機化合物に当該方法を適用することは困難である。
【0007】
また、基板の上の1層目の粉末層にエネルギービームによって加えられた熱は基板まで達するため、焼結部分が基板に結合した状態になる。さらに、オーバーハング部を有する物品を製造する場合、重力によるたわみや落下を防ぐため、支持体を形成する必要がある。
【0008】
基板や支持体が不要な場合、不要になった段階で切削などの加工により三次元造形物から除去される。セラミックスなどの無機化合物粉末を用いた造形では、作製される造形物の機械的強度が高いため、支持体の除去および基板との切り離しに多くの時間が費やされてしまう。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特表平1-502890号公報
【特許文献2】特開2008-291315号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、かかる課題に対処するためになされたものであり、直接造形方式において、造形物の所望の強度を達成しながら、不要部分を効率よく除去することができる造形物の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の一の観点に係る造形物の製造方法は、
無機化合物粉末を含む材料粉末からなる粉末層を形成する工程と、前記粉末層の表面の所定の領域にエネルギービームを照射して前記材料粉末を熔融/凝固させる工程と、を一回または複数回行って造形物を作製する造形物の製造方法であって、
前記材料粉末を熔融/凝固させる工程において、非晶質の割合が多い領域と結晶質の割合が多い領域とを、前記エネルギービームの出力、前記粉末層の表面と前記エネルギービームの焦点との相対位置、および前記エネルギービームのスキャン速度のうち少なくとも一つを変更して作り分けることを特徴とする。
【0012】
本発明の他の観点に係る造形物の製造方法は、
無機化合物の粉末を含む材料粉末からなる粉末層を形成する工程と、前記粉末層の表面の所定の領域にエネルギービームを照射して前記材料粉末を熔融/凝固させる工程と、を一回または複数回行って造形物を作製する造形物の製造方法であって、
前記材料粉末を熔融/凝固させる工程において、前記エネルギービームを一方向に一回走査したときに形成される凝固部の、走査方向に垂直な方向の幅Lと表面からの深さDの比であるD/Lが、1.0より大きくなる条件で前記エネルギービームを照射して、非晶質の割合が多い領域を形成する工程と、前記D/Lが1.0以下となる条件で前記エネルギービームを照射して、結晶質の割合が多い領域を形成する工程とを含むことを特徴とする。
【0013】
本発明の他の観点に係る造形物は、無機化合物を含む造形物であって、結晶質の割合が多い第一の領域と、非晶質の割合が多い第二の領域と、を有し、前記造形物の少なくとも表面の一部が前記第二の領域を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、直接造形方式において、造形物の所望の強度を達成しながら、不要部分を効率よく除去することができる造形物の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の造形物の製造方法における工程の流れを示す概略図である。
図2】本発明の造形物の製造方法の一実施形態を模式的に示す概略断面図である。
図3】粉末層に対してエネルギービームを一方向に一回走査して形成される熔融部の、ビームの走査方向に垂直な断面における熔融部の形状を示す図である。
図4】本発明の造形物の製造方法の一実施形態のうちの造形物形成工程および処理工程を説明する概略断面図である。
図5図4(a)および図4(b)に示す本発明の造形物の一実施形態の製造プロセスの一例を説明する概略断面図である。
図6】本発明の実施例1におけるレーザー照射過程を示す模式的斜視図および実施例1の造形物を示す模式的斜視図である。
図7】本発明の実施例1~4における投入熱量と結晶質の割合の関係を表すグラフである。
図8】本発明の実施例5~8における投入熱量と結晶質の割合の関係を表すグラフである。
図9】実施例1の造形物の断面の研磨面を示すSEM画像である。
図10】レーザーの合焦、非合焦の各状態を説明する概念図である。
図11】三次元造形装置の構成を説明する概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(三次元造形装置)
まず、図11を用いて、本実施形態で使用する三次元造形装置100について説明する。
造形テーブル101は、プレート102を装着するためのテーブルで、造形容器103の底面を兼ねている。造形テーブル101は不図示のピンを有しており、プレート102の不図示のピン穴と嵌合させることで、プレート102の位置決めがなされる。また、プレート102は、ネジにより造形テーブル101に固定される構成が好ましい。尚、プレートは、三次元造形物を形成する際の支持台として機能するものであれば、必ずしも板状である必要はなく、造形テーブルへの位置決めや固定方法も、この例には限られない。造形テーブル101は、垂直移動機構104により、垂直方向に移動可能に支持されている。
【0017】
造形テーブル101に隣り合って、粉末供給容器106、ローラー107、ローラー107を移動させるための移動ガイド108、レーザー光源109、スキャナ110、集光レンズ111が配置されている。粉末供給容器106は、造形用の粉末113を収容すると共に、造形容器103に堆積させる粉末層の厚さに応じて、粉末113の供給量を調整するための装置である。粉末113の供給量は、垂直移動機構105の上昇量によって調整することができる。ローラー107は、水平方向に移動することができるように移動ガイド108に支持されており、粉末供給容器106から造形容器103に造形粉末を移動させ、表面を均しながら所定の厚さの粉末層を形成する。レーザー光源109、スキャナ110、集光レンズ111は、原料粉末層にレーザー光115を局所選択的に照射するための照射光学系を構成している。
【0018】
制御部112は、三次元造形装置100の動作を制御するためのコンピュータで、内部には、CPU、メモリ、記憶装置、I/Oポート(入出力部)等を備えている。
メモリは、ランダムアクセスメモリ(RAM)やリードオンリーメモリ(ROM)である。記憶装置は、ハードディスクドライブ、ディスクドライブおよび磁気テープドライブなどであり、後述するフローチャートの処理が実現されるプログラムが格納される。
I/Oポートは、外部機器やネットワークと接続され、たとえば三次元造形に必要なデータの入出力を、外部コンピュータとの間で行うことができる。三次元造形に必要なデータとは、作製する造形物の形状データや、造形に用いる材料の情報や、所定の方向に連続する複数の層に分割した1層ごとの焼結層の形状データ、すなわちスライスデータを含む。スライスデータは、外部のコンピュータから受け取っても良いし、造形モデルの形状データに基づいて制御部112内のCPUが作成してメモリに記憶しても良い。
CPUは、記憶装置に格納されたプログラムをメモリに展開して実行することで、三次元造形装置100に後述する各工程の処理を行わせる。
【0019】
制御部112は、造形テーブルの垂直移動機構104、粉末供給容器106の底面の垂直移動機構105、ローラー107、レーザー光源109、スキャナ110、集光レンズ111などの各部と接続され、これらの動作を制御して造形に係る処理を実行させる。
【0020】
本発明の造形物の製造方法における工程の流れを図1に示す。以下、図1の流れに従って本発明の実施形態について説明するが、本発明は以下の具体例になんら限定されるものではない。
【0021】
(工程の概略)
図1に基づいて、造形物の製造方法の全体を説明したのち、本発明の特徴的な部分を説明する。以下で説明する造形物の製造方法の各工程は、CPUが記憶装置に格納されたプログラムをメモリに展開して実行することにより実現される。
【0022】
まず、造形対象である物品(造形モデル)の三次元形状データを取得する(工程S1)。物品の三次元形状データは、3DCADや三次元スキャナから制御部112のI/Oポートを介して入力し、メモリに記憶する。
【0023】
次に、物品の三次元形状データに基づいて、三次元造形装置で構造体を形成する際に構造体を支える支持体の三次元形状を設計する(工程S2)。本発明において、構造体は、造形モデルの三次元形状データに相当し、支持体は、構造体の造形を補助するために付加される部分に相当する。支持体は、具体的には、造形が完了した後に構造体とプレートとの分離を容易にするための構造や、構造体が中空やオーバーハング部を有する形状の場合、造形中にそれらの形状を支持するための構造である。
【0024】
続いて、非晶質/結晶質の情報を付与する(工程S3)。具体的には、造形モデルに支持体を付加した三次元形状データに対して、どの領域を非晶質の割合が多い領域とし、どの領域を結晶質の割合が多い領域とするかの情報を付与する。後で詳しく説明するが、支持体の構造体との境界部を含む領域や、構造体とプレートとの間に設ける支持体の、プレート上に形成する第一層を含む領域を、非晶質の割合が多い領域に指定し、他の部分を結晶質の割合が多い領域に指定する。あるいは、支持体の一部だけではなく、さらに構造体の表面を含む領域を、非晶質の割合が多い領域に指定するのも好ましい。
【0025】
前記非晶質/結晶質の情報は、I/Oポートを介して制御部112に入力することにより、付与することができる。例えば、I/Oポートに接続された表示部に表示された造形モデルに支持体を付加した三次元形状データに対して、使用者がマウスを操作して領域を設定するとよい。あるいは、支持体の構造体との境界部を含む領域を非晶質の割合が多い領域に、他の部分を結晶質の割合が多い領域に指定するモードなど、予めどこを非晶質あるいは結晶質の割合が多い部分とするかを設定したモードを、使用者が選択してもよい。
【0026】
非晶質の割合が多い領域あるいは結晶質の割合が多い領域は、エネルギービームの照射径や積層ピッチにもよるが、積層方向および面内方向において、100μmφ以上の大きさで指定することが好ましく、200μmφ以上の大きさがより好ましい。次に、三次元造形装置100が造形物を積層形成するために必要な1層ごとの形状データ、すなわち支持体と構造体のスライスデータを作成する(工程S4)。
【0027】
工程S1から工程S4は、造形モデルおよび支持体の三次元形状データに基づいて制御部のCPUが作成してRAMに記憶しても良いし、外部のコンピュータで実行し、I/Oポートを経由して受け取っても良い。また、造形用データとして、サポート体を付加した三次元形状データやスライスデータが入手できる場合は、それぞれの工程を省略することができる。
【0028】
次に、三次元造形装置100に、プレート102を位置決め固定(工程S5)する。プレートの固定は、工程S1~S3より先に行っていても良い。
【0029】
次に、プレート102の上に支持体を造形する(工程S6)。三次元造形装置100は、1層分の粉末層を形成した後、レーザー光をスライスデータに従って照射することで粉末層に凝固部を形成する。支持体の造形が完了したら、支持体の上に造形モデルに対応する部分である構造体を造形(工程S7)する。造形が完了したら、三次元造形装置100からプレート102を取り外し(工程S8)、構造体114とプレート102とを分離(工程S9)した後、必要に応じて後処理(工程S10)を施して、造形モデルに対応した物品を得る。
【0030】
図2(a)~(h)は、本発明の三次元造形物の製造方法の好適な実施形態である粉末床熔融結合方式において、工程S5~S9を模式的に示す概略断面図である。製造には、無機化合物の粉末を含む材料粉末301を用いる。まず、ローラー352を用いて、基板320上に、材料粉末301からなり、所定の厚さを有する粉末層302を形成する(図2(a)、(b))。造形モデルの三次元データから生成したスライスデータに基づいて、粉末層302の表面に、エネルギービーム源500から発したエネルギービーム501を走査させながら照射して、材料粉末を選択的に熔融/凝固させる工程(図2(c))を行う。これにより、材料粉末301が熔融および凝固した領域(造形部)300と、粉末状態のままの領域(非造形部)303が形成される(図2(c))。続いて、造形コンテナ353の上縁より粉末層一層分の厚さだけ下方となる位置にステージ351を降下させ、造形部300および非造形部303を覆うように、新たに粉末層302を形成する(図2(d))。粉末層302を形成する工程と、エネルギービーム501を走査させながら照射して、材料粉末を選択的に熔融/凝固させる工程、これら一連の工程を一回または複数回繰り返して行う(図2(e))。そして、各粉末層から形成される造形部が一体となった造形部304を形成する(図2(f))。
【0031】
次に、熔融/凝固していない領域(非造形部)303の材料粉末を除去し(図2(g))、必要に応じて造形物306に、基板320からの分離や支持体308の除去などの後処理を施し、処理済の造形物307を得る(図2(h))。詳しくは後述するが、図中、造形部300の塗りつぶしパターンは非晶質の割合が多い領域、造形部304の塗りつぶしパターンは結晶質の割合が多い領域を示している。
【0032】
(材料粉末)
本発明で用いる材料粉末は、セラミックス粉末であることが好ましい。ここで、セラミックスとは金属を除く固体状の無機化合物のことであり、固体の結合状態(結晶質または非晶質)は問わない。本明細書において無機化合物とは、水素を除く周期表1族から14族までの元素に、アンチモンおよびビスマスを加えた元素群のうちの1種類以上の元素を含有する酸化物、窒化物、酸窒化物、炭化物、あるいはホウ化物を指す。材料粉末として使用可能なセラミックス粉末としては、金属酸化物、非金属の酸化物、窒化物、フッ化物、ホウ化物、塩化物、硫化物などが挙げられる。材料粉末は1種類の無機化合物により構成されてもよく、2種類以上の無機化合物を混合したものでもよい。また、セラミックス粉末とは、セラミックスを主成分とする粉末を意味し、セラミックス以外の粉末を含むことを排除するものではない。
【0033】
セラミックスを主として構成された三次元造形物(以下、単に造形物と記述する)は、樹脂や金属よりも高い機械的強度を有する。
【0034】
セラミックス粉末の主成分は酸化物であることが好ましい。酸化物は、その他の無機化合物に比べて揮発成分が少ないため、安定した熔融が実現でき、かつ、結晶質の割合が多い領域と非晶質の割合が多い領域との作り分けが容易である。代表的な酸化物としては、酸化アルミニウム、酸化ジルコニウム、酸化マグネシウム、酸化シリコンおよびこれらの混合物や化合物などが挙げられる。
【0035】
さらに、セラミックス粉末は、酸化アルミニウムおよび酸化ジルコニウム、または酸化アルミニウムおよび希土類酸化物を含むことがより好ましい。これらのセラミックス粉末は、一般的なセラミックスよりも融点が低くなるため、小さい出力のエネルギービームでも粉末を熔融させることができる。材料粉末が熔融不足であると、造形物を形成することができないため、エネルギービームの出力には下限値が存在するが、上記セラミックス粉末を用いることで前記下限値が小さくなり、出力値の使用可能範囲が広がる。これにより、結晶質と非晶質の割合を制御し易くなる。また、小さい出力で造形できるため、エネルギービーム照射部からの伝熱による不要な材料粉末の付着結合が抑制され、造形精度がより向上する。
【0036】
造形される結晶質は単相で構成されている必要はなく、2相以上からなる相分離構造を有することが好ましい。2相以上からなる相分離構造を有することでクラックの伸展が抑えられ、造形物の機械的強度がさらに向上するなどの機能が付加的に発揮される。2相以上からなる相分離構造を形成するセラミックス粉末としては、たとえば、酸化アルミニウムと酸化ジルコニウムの共晶組成の混合物、酸化アルミニウムと希土類酸化物の混合物などが挙げられる。
【0037】
また、エネルギービームがレーザービームである場合、材料粉末に十分なエネルギー吸収があることで、粉末層内における熱の広がりが抑制されて局所的になり、非造形部への熱の影響が低減するため、造形精度が向上する。たとえば、Nd:YAGレーザーを使用する場合は、YAGレーザーに対して良好なエネルギー吸収を示すTb、Pr11などを材料粉末に添加してもよい。以上の観点から、より好適な材料粉末としては、Al-ZrO、Al-Gd、Al-Y、Al-Tb、ZrO-Tb、Y-Tb、Gd-Tb、さらに好適な材料粉末としては、Al-Gd-Tb、Al-ZrO-Tb、Al-Y-Tb等が挙げられる。
【0038】
なお、本発明における材料粉末は、粉末の流動性や最終的な造形物の性能を調整するために、無機化合物の粉末の他に少量(無機化合物粉末100重量部に対して10重量部以下)の樹脂や金属等を含んでいてもよい。
【0039】
(粉末層の形成)
本発明における粉末層の形成工程の好適な実施形態の一例を説明する。
粉末層形成工程では、無機化合物の粉末を含む材料粉末を用いて粉末層を形成する。基板320の上に一層目の粉末層を形成する工程では、図2(b)に示すように、所定の厚さを有する粉末層302を形成する。二層目以降の粉末層の形成工程では、前の工程で形成された粉末層302および造形部300の上に、新たな粉末層302を形成する(図2(d))。粉末層302の形成方法は特に限定されない。図2(a)に示すようなローラー352やブレード等で層厚を規定しながら、粉末層302を形成するとよい。
【0040】
以上、粉末床熔融結合法について説明したが、本発明にかかる造形方法はこれに限定されるものではない。粉末層は形成せず、エネルギービームの照射位置にノズルから材料粉末301を噴霧供給し、基板320もしくは造形部300の造形面の上に材料粉末を肉盛りするような指向性エネルギー積層法(いわゆるクラッディング方式)で造形物を作製してもよい。
【0041】
(材料粉末の熔融/凝固)
本発明における、粉末層の表面の所定の領域にエネルギービームを照射して前記材料粉末を熔融および凝固させる工程(以下、熔融/凝固工程と略称する)について、好適な実施形態に基づいて説明する。
【0042】
熔融/凝固工程では、スライスデータに従ってエネルギービームを照射して材料粉末を熔融/凝固させる。材料粉末にエネルギービームを照射すると、材料粉末がエネルギーを吸収し、該エネルギーが熱に変換されて材料粉末が熔融する。エネルギービームの照射が終了すると、熔融した材料粉末は、熔融部に隣接する周辺部によって冷却され、凝固する。
【0043】
図2(c)に示すように、基板320上に形成した粉末層302の表面に、エネルギービーム501を、走査ミラーを用いて走査しながら照射すると、エネルギービーム501が照射された領域の粉末同士が熔融/凝固して造形部300が形成される。このとき、材料粉末に与えられる熱が、基板320と粉末層302との界面にまで達するようにエネルギービーム501の出力を調整しておくと、基板320と造形部300とが接合した状態になる。また、図2(d)、2(e)に示すように、造形部300の上に形成された粉末層302にエネルギービーム501を照射すると、新たに造形部304が形成される。このとき、材料粉末に与えられる熱が、先に形成した造形部300と後から形成した粉末層302との界面にまで達するため、先に形成した造形部300と新たに形成された造形部304とが接合する。これら一連の熔融/凝固工程を繰り返すことにより、粉末層ごとに形成された造形部が互いに接合して一体となった造形物が形成される(図2(f))。
【0044】
使用するエネルギービームとしては、材料粉末の吸収特性に鑑みて適切な波長を有する光源を選定する。高精度な造形を行うためには、ビーム径が絞れて指向性が高いレーザービームもしくは電子ビームを採用することが好ましい。材料粉末が酸化物の粉末を含む場合は、レーザービームとしては、1μm波長帯のYAGレーザーやファイバーレーザー、10μm波長帯のCOレーザーなどを適用することができる。
【0045】
本発明では、熔融/凝固工程において、エネルギービームを照射する際に、粉末層の表面とエネルギービームの焦点との相対位置、エネルギービームの出力、およびスキャン速度のうち少なくとも一つを照射領域に応じて変更する。つまり、スライスデータは、どの領域を非晶質の割合が多い領域とし、どの領域を結晶質の割合が多い領域とするかの情報を含んでいる。
【0046】
粉末層の表面とエネルギービームの焦点との相対位置、エネルギービームの出力、およびスキャン速度のうち少なくとも一つを変更してエネルギービームを照射することにより、熔融した材料の凝固速度、即ち冷却速度を変え、造形部の機械的強度を変えることができる。具体的には、冷却速度を速くすると、造形物の機械的強度が相対的に低い、非晶質の割合が多い領域となり、冷却速度を遅くすると、機械的強度が相対的に高い、結晶質の割合が多い領域となる。
【0047】
冷却速度には、熔融部の形状が大きく影響する。図3(a)、(b)に、粉末層に対してエネルギービームを一方向に一回走査して形成される熔融部(即ち凝固部)の、ビームの走査方向に垂直な断面における熔融部(凝固部)の形状を示す。走査方向に垂直な方向の熔融幅(凝固幅)をL、照射方向における表面からの熔融深さ(凝固深さ)をDとする。
【0048】
図3(a)に示すように、深さDと幅Lの比、D/Lが1.0よりも大きい形状(深さ方向に鋭い形状)の場合、図中の下端に矢印で示すように、熔融部の熱が四方に散逸しやすくなって冷却が速くなるため、非晶質となりやすい。一方、図3(b)に示すようにD/Lが1.0以下の形状(浅く鈍い(すなわち、なだらかな)形状)の場合、図中の下端に矢印で示すように、伝熱が少なくなって冷却が遅くなるため、結晶質となりやすい。つまり、熔融部の冷却速度は、D/Lに依るところが大きい。
【0049】
熔融部の形状を表すD/Lは、粉末層の表面とエネルギービームの焦点との相対位置によって調整することができる。エネルギービームを材料粉末の表面で合焦する状態で照射すると、エネルギービーム内の強度プロファイルが急峻となり、D/Lが大きくなる。その結果、冷却速度が速くなり、凝固部は非晶質の割合が多い領域となる。
【0050】
また、熔融部の形状は、エネルギービームの出力の影響も受ける。照射するエネルギービームの出力を大きくすると、D/Lが大きくなるとともに単位面積当たりの投入熱量が増える。冷却速度は前記単位面積当たりの投入熱量よりもD/Lに大きな影響を受けるため、エネルギービームの出力が大きいとD/Lが大きくなって冷却速度が速くなり、非晶質の割合が多い領域を形成することができる。
【0051】
冷却速度は、エネルギービームのスキャン速度によっても、調整することができる。D/Lを一定にしたとき、エネルギービームのスキャン速度を速くすると、単位時間あたりの投入熱量が小さくなるため、冷却速度も速くなり、凝固部は非晶質となりやすい。エネルギービームのスキャン速度を遅くすると、単位時間あたりの投入熱量が大きくなるため、冷却速度は遅くなり、凝固部は結晶質の割合が多くなりやすい。
【0052】
したがって、結晶質の割合が多い領域と非晶質の割合が多い領域とは、エネルギービームの出力、粉末層の表面とエネルギービームの焦点との相対位置、スキャン速度のいずれか一つを変更することによって作り分けることができる。また、これらのパラメータを組み合わせて作り分けることも可能である。
【0053】
エネルギービームの出力を小さくしすぎると強度が足りずに熔け残りが生じる。逆にエネルギービームの出力を大きくしすぎると熔けすぎて造形精度が得られない場合がある。造形精度を得ながら結晶質の割合が多い領域と非晶質の割合が多い領域とを作り分けるには、エネルギービームのスキャン速度と粉末層の表面とエネルギービームの焦点との相対位置のいずれか一つ、もしくは両方を変更することが好ましい。また、スキャン速度は造形物形成に要する時間に関わる。スキャン速度を変更して結晶質の割合が多い領域を形成する場合、スキャン速度を小さくする必要があるため、造形速度が遅くなる場合がある。従って、スキャン速度は変更せず、粉末層の表面とエネルギービームの焦点との相対位置を変更して結晶質の割合が多い領域と非晶質の割合が多い領域とを作り分けると、造形速度に大きな影響を与えないため、特に好ましい。
【0054】
結晶質の割合の多い領域を形成するのに好ましいD/L、非晶質の割合の多い領域を形成するのに好ましいD/Lを実現するための条件は、材料粉末の組成や粒子径、三次元造形装置の構成などによって異なる。従って、結晶質の割合の多い領域を造形する場合、非晶質の割合の多い領域を造形する場合それぞれの、エネルギービームの出力、造形面とエネルギービームの焦点との相対位置、およびスキャン速度について、条件出しを予め行っておく。
【0055】
指向性エネルギー積層法の場合も、熔融部の冷却速度を変えることで、非晶質と結晶質の割合を変えた領域を作り分けることが可能である。具体的には、粉末床熔融結合法と同様に、エネルギービームの出力、造形面とエネルギービームの焦点との相対位置、およびスキャン速度のうち少なくとも一つを領域に応じて変更すれば、所望の条件を導き出すことができる。
【0056】
本発明において、エネルギービームの照射によって形成される結晶質と非晶質は、同一の無機化合物粉末から形成されるため、ほぼ同一の組成で構成される。
【0057】
単位面積当たりの投入熱量Q[J/mm]は、出力P[W]、照射径2r[mm]、スキャン速度v[mm/s](スキャン速度が0の場合は照射時間T[s])から算出することができる。照射径を点と仮定したときに、スキャン速度v[mm/s]の照射点が単位長さ1mmを通過するのに要する時間は1/v[s]である。したがって、投入熱量Q[J/mm]は、計算式Q=P/(πrv)を用いて算出することができる。スキャン速度が0の場合は、照射時間T[s]を用いて、Q=PT/(πr)となる。電子ビームの場合は、加速電圧E[kV]およびビーム電流I[mA]を用いるとP=IEとなるため、Q=IE/(πrv)となる。スキャン速度が0の場合は、照射時間T[s]を用いて、Q=IET/(πr)となる。
【0058】
エネルギービームを、粉末層表面に対して合焦あるいは非合焦の状態で照射することで、結晶質の割合が多い領域と非晶質の割合が多い領域との作り分けを実現する場合について図10の概念図を用いて詳しく説明する。合焦/非合焦の割合を変更することで熔融部の形状が変わり、冷却速度を制御することができる。例えばレーザービーム180はレーザービーム源に含まれる光学系(ファイバーやレンズ等を含む)により、ビームの中央部のエネルギー密度が高い状態で粉末層に達するようになっている。合焦状態とは、粉末層の表面がレーザービーム180の焦点深度の範囲内にある状態、すなわち図10のA-A’断面近傍で粉末層の表面にレーザービームが照射される状態を指している。また、非合焦状態とは、焦点が合っていない状態を指す。焦点が合っていない状態とは、詳しくは後述するが、粉末層上で所望のレーザービームの強度プロファイルを得るために粉末層に対し焦点位置をずらした状態のことである。すなわち、本発明における非合焦状態は、所望のレーザービームの強度プロファイルが実現できればよく、粉末層の表面が、使用している装置の集光光学系の焦点距離から特定される焦点位置から単にずれている状態を含んでいる。図10に示すように、レーザービームの合焦点を通るA-A’断面から上下いずれかの方向に離れたB-B’断面で粉末層の表面にレーザービームが照射される状態が、非合焦状態である。
【0059】
合焦状態で粉末層にレーザービームを照射すると、粉末層に合焦するビームスポットのエネルギー強度プロファイルが急峻な分布となり、D/Lが大きくなる。そのため、冷却速度が速くなり、非晶質の割合が多くなる。
【0060】
一方、非合焦状態で粉末層にレーザービームを照射すると、合焦状態の場合と異なり、ビームスポットのエネルギー強度プロファイルはなだらかな分布となり、レーザー照射後の熔融部の急冷を回避することができる。このため、急冷に起因する非晶質の形成を抑制することができ、その結果として結晶質の割合の多いセラミックス造形物を得ることができる。
【0061】
次に、非合焦状態でレーザービーム照射を行う方法について説明する。例えば、粉末層の表面において合焦状態となるよう設定している装置の場合、ステージの高さを上下方向に変化させることで、粉末層の表面において非合焦状態を実現することが可能である。
【0062】
あるいは、ステージの高さではなく、レーザービーム源に含まれる光学系の駆動、または光路に配置する光学系の変更により、ビームスポットのエネルギー強度プロファイルをなだらかな形状とし、非合焦状態を実現しても良い。
【0063】
結晶質の割合の多い領域を形成するためには、凝固部の熔融の幅(L)と、熔融の深さ(D)の比D/Lが、1.0以下であることが好ましく、さらに0.2以上0.7以下(0.2≦D/L≦0.7)であることが好ましい。レーザービームを非合焦の状態で照射すると、D/Lを1.0以下にすることが可能となり、凝固部の50体積%以上を結晶質とすることができる。非合焦の程度を大きくするとD/Lをさらに小さくすることが可能となる。D/Lを0.7以下にすると凝固部の80体積%以上を結晶質とすることができる。D/Lが0.2よりも小さいと、深さ方向の熔融が不十分となるため、積層時に下層と接合不良となる場合がある。そのため、D/Lは0.2以上であることが好ましい。
【0064】
逆に、D/Lが1.0よりも大きいと、凝固時の急冷によって非晶質が形成されやすくなる。合焦の状態でレーザービームを照射すると、D/Lを1.0よりも大きくすることが可能となり、凝固部の50体積%以上を非晶質とすることができる。非晶質の割合を大きくするためのより好ましいD/Lは1.2以上である。D/Lが1.2以上であると凝固部の70体積%以上を非晶質とすることができる。また、レーザー出力等のエネルギービームの出力によってもD/Lを変えることができる。
【0065】
粉末層一層の中に、非晶質の割合が多い領域と結晶質の割合が多い領域とを混在して作り込む場合は、一層の中に含まれる、いずれか一方の領域の全領域を形成した後、照射条件を変えて、他方の領域の全領域を形成するとよい。つまり、粉末層一層を形成する材料粉末を熔融/凝固させる工程において、結晶質の割合の多い領域を形成するための条件が設定された第1の走査段階を設ける。そして、非結晶質の割合の多い領域を形成するために前記第1の走査段階とはエネルギービームの出力、造形面とエネルギービームの焦点との相対位置、およびエネルギービームのスキャン速度の少なくとも一つが異なる条件に設定された第2の走査段階を設ける。第1の走査段階と第2の走査段階の順番は、どちらが先であってもよい。このような造形を行えば、頻繁にエネルギービームの照射条件を変えることなく、効率的に造形を行うことができる。
【0066】
(基板)
本発明において用いられる基板の材料としては、造形物の製造において通常用いられる金属、セラミックス等の材料から造形物の用途や製造条件等を考慮して適宜選択、使用することができる。
【0067】
(造形物)
本発明における造形物は、粉末層形成工程と熔融/凝固工程を一回または複数回行って形成され、機械的強度が相対的に高い領域と、機械的強度が相対的に低い領域とを有する。具体的には、造形物の主要部分をその機械的強度が相対的に高くなるように造形し、造形物の加工処理によって除去する部分と除去しない部分との境界部や、除去しない部分の表面部を、その機械的強度が相対的に低くなるように造形する。これにより、造形物の処理工程において造形物の不要部分を効率よく除去することができる。
【0068】
造形物の各部分の相対的な機械的強度は、造形物を機械的もしくは化学的に研磨した際にできる凹凸から調べることができる。造形物の中で、機械的強度が相対的に高い領域(以下、第一の領域と呼ぶ)は研磨後に凸状となり、機械的強度が相対的に低い領域(以下、第二の領域と呼ぶ)は研磨後に凹状となる。相対的に凹状か凸状かは、例えば、三次元計測器、光学顕微鏡、走査電子顕微鏡(SEM)等によって調べることができる。なお、造形物の部分の機械的強度の絶対値は、部分ごとに押し込み試験などを行うことによって調べることができる。
【0069】
基板320上に1層目の造形部300を形成する場合(図2(c))は、熔融部の冷却速度が相対的に速くなる条件でエネルギービームを照射する。すなわち、基板320上の1層目の造形は、D/Lが1.0を超える条件でエネルギービームを照射する。すると、熔融部の形状に伴って基板320の表面が深くまで熔融して、基板320と1層目との接合が強くなる。基板320と1層目との接合を強くすることで、造形工程中に基板320と造形物との界面にかかる応力によって、造形物306が基板320から剥がれてしまうのを抑制することができる。
【0070】
そして、造形物306と基板320との間に、機械的強度が相対的に低い第二の領域(造形部300)が形成される。これにより、造形物306の処理工程において、構造体である造形部304と基板320とを効率よく切り離すことができる。また、造形物306に支持体308が含まれる場合(図2(g))は場所によって熔融部の冷却速度を変えて造形を行う。具体的には、構造体となる、高い機械強度が求められる領域には、熔融部の冷却速度が相対的に遅くなるように、D/Lが1.0以下となる条件でエネルギービームを照射して第一の領域(造形部304)を設ける。そして、少なくとも構造体である造形部304と支持体308との境界部となる領域には、熔融部の冷却速度が相対的に速くなるように、D/Lが1.0を超える条件でエネルギービームを照射して第二の領域を設ける。これにより、造形物306の処理工程において、支持体308を効率的に除去し、構造体である造形部304を得ることができる。当然ながら、支持体308となる領域のほぼ全体を第二の領域としてもよい。
【0071】
造形物の処理工程において造形物の表面の加工を行う場合、構造体の表面近傍の領域における熔融部の冷却速度が相対的に速くなるように、D/Lが1.0を超える条件でエネルギービームを照射する。そして、図4(a)に示すように、構造体である造形部304(破線で囲まれた領域)の表面を含む部分に第二の領域を設けることが好ましい。そして、構造体の主要部となる造形部304には、D/Lが1.0以下となる条件でエネルギービームを照射して第一の領域を設ける。これにより、造形物306の処理工程において、構造体の表面を効率的に切削・研磨して鏡面状にすることができる(図4(b))。この場合の造形プロセスの一例の概略を、図5(a)~(h)を参照して説明する。
【0072】
最初に、基板320上に1層目の粉末層302を形成し(図5(a)、(b))、粉末層302の表面の所定の領域に、エネルギービーム501を照射し、粉末を熔融/凝固して非晶質の割合が多い第二の領域である造形部300を形成する(図5(c))。第二の領域である造形部300は、必要に応じて複数層形成しても良い。
【0073】
それ以降は、粉末層302を形成し、造形物306の表面となる部分から構造体の表面となる部分を含む領域に第二の領域、構造体の主要部となる造形部304に機械的強度の高い第一の領域を設けるようレーザービームを照射する。
【0074】
これら一連の工程を一回または複数回順次繰り返して行い(図5(d)~(f))、各粉末層から形成される造形部が一体となった造形物306を形成する(図5(f))。次に、熔融/凝固していない領域(非造形部)の材料粉末を除去し(図5(g))、必要に応じて造形物306と基板320との切り離しや造形部306の表面から部分的に第二の領域を除去するなどの後処理を施して、構造体307を得る(図5(h))。
【0075】
造形物は、結晶質および非晶質から構成される。結晶質とは、結晶構造を有する固体物質を意味する。また、非晶質とは、結晶を作らずに集合した固体物質を意味する。結晶質か非晶質かは、X線回折、電子線回折等で調べることができる。特に、SEMに備え付けられた電子線後方散乱回折(EBSD)検出器を用いれば、結晶質か非晶質かを簡便に調べることができる。EBSD検出器で菊池パターンが検出された場合は結晶質、検出されなかった場合は非晶質と判別することができる。
【0076】
造形物の第二の領域は、主に非晶質からなる。第二の領域には、非晶質の他に30体積%未満の結晶質が混在していても、本発明の効果を十分に得ることができる。言い換えると、第二の領域の70体積%以上が非晶質である。なお、結晶質が2相以上からなる相分離構造を有する場合、相と相の界面(相境界)は菊池パターンが検出されない非晶質であるが、結晶質の体積比率を導出する場合には、相境界の体積も結晶質の体積に含める。非晶質と結晶質の体積比率は、造形物断面のX線回折または電子線回折によって導出した非晶質と結晶質の面積比率と同一であると考えてよい。非晶質は、結晶質よりも原子同士の結合が弱いため、結晶質よりも機械的強度が低い。第二の領域における非晶質の割合が多いことで、造形物の処理工程において不要部分を効率的に処理できるとともに、高い造形精度と高い機械的強度を有する造形物を得ることができる。
【0077】
本発明に係る三次元造形物の製造方法によれば、粉末層の表面とエネルギービームの焦点との相対位置、エネルギービームの出力、およびスキャン速度のうち少なくとも一つを照射領域に応じて変更して熔融部の冷却速度を変化させる。これにより、造形物の所望の部分における結晶質と非晶質の割合を変化させ、領域ごとに機械的強度を制御することができる。
【0078】
具体的には、熔融部の冷却速度が速いと、造形物の機械的強度が相対的に低い非晶質の割合が多くなり、冷却速度が遅いと、機械的強度が相対的に高い結晶質の割合が多くなる。前述したように、冷却速度には、熔融部の形状が大きく影響する。熔融部の形状が深く鋭い形状であると冷却速度が速くなり、非晶質になりやすい。熔融部の形状が浅く鈍い形状であると冷却速度が遅くなり、結晶質になりやすい。熔融部の形状は、粉末層の表面とエネルギービームの焦点との相対位置やエネルギービームの出力によって調整することができる。
【0079】
冷却速度は、単位面積当たりの投入熱量によっても調整することができる。従って、結晶質と非晶質の割合を細かく制御したい場合は、エネルギービームの出力や焦点位置を一定の値に調整したうえで、スキャン速度を変更し、単位面積当たりの投入熱量の調整を行うことが好ましい。
【0080】
(造形物の処理)
造形物の処理においては、非造形部の材料粉末を取り除いた上で、造形物に含まれる支持体(不要な部分)を除去する。支持体の除去前に、未凝固の材料粉末を取り除いて回収することで、除去した屑が材料粉末に混入することがないため、回収した材料粉末を粉末層の形成に再利用することができる。不要部分の除去後、表面に付着した加工屑を洗浄等によって取り除けば、処理済の造形物を得ることができる。
【0081】
処理後の造形物の上に再度粉末層を形成し、そこへエネルギービームを照射して処理後の造形物と一体となった新たな造形物を形成し、再度造形物の処理を行うといったように、造形物の処理は所望の三次元造形物を得る過程で複数回行ってもよい。
【0082】
造形物の処理において、造形物のサポート体(除去する領域)が、機械的強度が相対的に低い領域(第二の領域)を含んでいることが好ましい。かかる領域は機械的強度が相対的に低いため、効率的に不要部分を除去できる。不要部分を除去する際に、切削、切断、研磨、ケミカルエッチング等の加工を行う箇所が第二の領域で構成されていれば本発明の効果を十分に得ることができる。したがって、不要部分の一部分のみが第二の領域であってもよい。
【0083】
例えば、三次元造形物を基板上に形成する場合は、図2(f)、(g)に示すように、造形物306の基板320に接する部分に第二の領域を設けることが好ましい。これにより、造形物306と基板320をワイヤーソー等で効率よく切り離すことができる。また、造形物306に支持体308が含まれる場合は、少なくとも支持体308の構造体304に接する部分および基板320と接する部分に、切断位置等として機能する第二の領域を設けることが好ましい。これにより、切削や切断、ケミカルエッチング等によって支持体308を効率的に除去することができる。さらに、構造体の表面の加工を行う場合は、図4(a)に示すように、構造体304の表面を含む領域に、第二の領域を設けることが好ましい。これにより、構造体の表面を効率的に切削・研磨して鏡面状にすることができる(図4(b))。
【0084】
(造形物)
本発明における造形物の構造体の80体積%以上は結晶質からなることが好ましい。これにより、機械的強度が高く、耐久性に優れた造形物を得ることができる。エネルギービームの照射の際に、前記エネルギービームの出力、粉末層の表面とビームの焦点との相対位置およびスキャン速度のうち少なくとも一つを照射領域に応じて変更して前記凝固時の冷却速度を遅くすることにより結晶質の割合が多い領域を得ることができる。この場合、造形物の処理によって不要部分を除去した後の造形物の80体積%以上が結晶質となるように造形物を設計し、形成する。構造体中の結晶質の体積率は、造形物断面のX線回折または電子線回折によって導出した結晶質の面積率と同じと考えてよい。
【0085】
本発明の構造体は、構造体の任意の断面において中央近傍の2か所以上を分析したとき、分析箇所それぞれにおいて、結晶質と非晶質とが存在し、80体積%以上が結晶質で構成されていることが好ましい。
【0086】
さらに、前記結晶質は2相以上からなる相分離構造を有することが好ましい。相分離構造を有することでクラックの伸展が抑制されるため、三次元造形物の機械的強度がさらに向上する。相分離構造の有無は、SEM-EBSD等を用いて簡便に調べることができる。
【0087】
図4(b)に示すように、処理済の造形物307の表面に第二の領域が残っていてもよい。多結晶無機化合物からなる構造体に強い衝撃が加わると、粒界部分の結合が切れて結晶粒がとれ、造形物の表面に欠けが発生することがある。処理済の造形物307の表面に第二の領域があると、欠けを抑制する効果がある。
【実施例0088】
以下に実施例を挙げて、本発明の三次元造形物の製造方法および三次元造形物を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例によりなんら限定されるものではない。
下記実施例1~8は、レーザーのスキャン速度を変更して単位面積当たりの投入熱量を変えることで、結晶質の割合が多い領域と非晶質の割合が多い領域とを作り分けた実施例である。
【0089】
<実施例1>
α-Al粉末、Gd粉末、Tb3.5粉末(Tb粉末)を用意し、モル比がAl:Gd:Tb3.5=77.4:20.8:1.8となるように各粉末を秤量した。秤量粉末をエタノール溶媒の湿式ボールミルに24時間かけて粉砕混合した後、エタノールを除去して混合粉末(材料粉末)を得た。
【0090】
次に、上述した図2に示す工程と基本的に同様な工程を経て実施例1の造形物を形成した。
最初に、ローラーを用いてアルミナ基板上に前記混合粉末の20μm厚の粉末層を形成した。次いで、YLR-300-SM(商品名;IPGフォトニクスジャパン(株)製)を用いたレーザー加工機を用いてYbファイバーレーザー(λ=1070nm)を粉末層に照射し、混合粉末を熔融/凝固させた。レーザーの出力は30W、照射径は100μmφ、スキャン速度は200mm/sとした。粉末層の表面とレーザーの焦点との相対位置は、基板や粉末層が載るステージ高さによって調整できる。本実施例では、ステージ高さを合焦位置から-1.0mmの位置に設定した。長さ5mmのラインを100μmピッチで並列に50本造形し、約5mm角の正方形の造形部を形成した(図6(a)参照)。次に、造形部を覆うように20μm厚の粉末層をローラーで形成した。前記ラインと直交するような形で前記ラインの真上の粉末層にレーザーを照射し、同様に50本のラインを造形した。このような工程を繰り返して、図6(b)に示すような、基板320の上に計10層分の造形部が一体となった造形物306を形成した。
【0091】
レーザーの照射条件から単位面積当たりの投入熱量Qを算出したところ、Qは約19[J/mm]であった。
【0092】
次いで、非造形部の粉末を取り除き、基板320と一体となった造形物306を樹脂に埋め込み、ダイヤモンドブレードで粗断面を得た。得られた粗断面を耐水研磨紙、ダイヤモンドスラリーによって研磨した後、アルカリ溶液によってケミカルエッチングし、鏡面状にした。
【0093】
得られた断面試料を導電性ペーストでSEMの試料台に固定し、研磨面に約3nmのカーボン膜を蒸着してSEM観察、EBSD分析、およびエネルギー分散型X線分光(EDX)分析を行った。
【0094】
造形物306の厚みは約62μmであった。断面には研磨およびケミカルエッチングによって凹凸が形成されていた。複数枚のSEM画像を取得し、造形物全断面(約60μm×約5mm)における凹部と凸部の割合を調べた。その結果、空隙部を除いた造形物全断面のうち、88面積%が凹部、12面積%が凸部であった。また、同じSEM画像から造形物断面の空隙率を算出した結果、空隙を含む造形物全断面を100面積%としたとき、空隙率は3面積%であった。図9に研磨面のSEM画像を示す。
【0095】
次に造形物断面のEBSD分析を行った。前記凸部からはコランダム構造とペロブスカイト構造の二種類の菊池パターンを検出した。すなわち、凸部は、結晶質であり、コランダム構造相とペロブスカイト構造相からなる相分離構造を有することが分かった。一方で、前記凹部からは菊池パターンを得ることができなかった。この結果は、凹部が非晶質であることを示している。さらに、凸部のEDX分析を行ったところ、コランダム構造相からはAlとOが、ペロブスカイト構造相からはGd、Tb、Al、Oが検出された。すなわち、凸部はα-Alおよび(Gd,Tb)AlOから構成されることが分かった。
【0096】
<実施例2>
レーザーのスキャン速度を50mm/sに設定した以外は、実施例1と同様にして造形物を形成した。レーザーの照射条件から単位面積当たりの投入熱量Qを算出したところ、Qは約76[J/mm]であった。
【0097】
得られた造形物を実施例1と同様の方法で分析した。造形物の厚みは約60μmであった。空隙部を除いた造形物の断面積のうち、98面積%が凸部であり、2面積%が凹部であった。EBSD分析から、凸部は結晶質、凹部は非晶質であった。また、EBSD分析およびEDX分析から、結晶質はα-Alおよび(Gd,Tb)AlOからなる相分離構造を有することが分かった。さらに、空隙部を含む造形物の断面積を100面積%としたとき、空隙率は5面積%であった。
【0098】
<実施例3>
レーザーのスキャン速度を100mm/sに設定した以外は、実施例1と同様にして造形物を形成した。レーザーの照射条件から単位面積当たりの投入熱量Qを算出したところ、Qは約38[J/mm]であった。
【0099】
得られた造形物を実施例1と同様の方法で分析した。造形物の厚みは約61μmであった。空隙部を除いた造形物の断面積のうち、34面積%が凸部であり、66面積%が凹部であった。EBSD分析から、凸部は結晶質、凹部は非晶質であった。また、EBSD分析およびEDX分析から、結晶質はα-Alおよび(Gd,Tb)AlOからなる相分離構造を有することが分かった。さらに、空隙部を含む造形物の断面積を100面積%としたとき、空隙率は4面積%であった。
【0100】
<実施例4>
レーザーのスキャン速度を150mm/sに設定した以外は、実施例1と同様にして造形物を形成した。レーザーの照射条件から単位面積当たりの投入熱量Qを算出したところ、Qは約25[J/mm]であった。
【0101】
得られた造形物を実施例1と同様の方法で分析した。造形物の厚みは約62μmであった。空隙部の面積を除いた造形物の断面積のうち、15面積%が凸部であり、85面積%が凹部であった。EBSD分析から、凸部は結晶質、凹部は非晶質であった。また、EBSD分析およびEDX分析から、結晶質はα-Alおよび(Gd,Tb)AlOからなる相分離構造を有することが分かった。さらに、空隙部を含む造形物の断面積を100面積%としたとき、空隙率は3面積%であった。
【0102】
実施例1~4の結果を図7に示す。図7のグラフは投入熱量Q[J/mm](横軸)と結晶質の割合C[面積%](縦軸)の関係を示す。QとCはおおむね比例関係にあり、C=A×Q+B(ただし、AとBは定数)のような関係式で近似できる。実施例1~4の結果から、最小二乗法を用いてQとCの関係についての近似式を導出したところ、近似式C=1.4×Q-17(以下、式1と呼ぶ)が得られた。
【0103】
<実施例5>
無機化合物の粉末としてα-Al粉末を用い、Ybレーザーの出力を40W、レーザーのスキャン速度を40mm/sに設定した以外は、実施例1と同様にして造形物を形成した。レーザーの照射条件から単位面積当たりの投入熱量Qを算出したところ、Qは約127[J/mm]であった。
【0104】
得られた造形物を実施例1と同様の方法で分析した。造形物の厚みは約67μmであった。空隙部を除いた成形体全断面のうち、84面積%が凸部であり、16面積%が凹部であった。EBSD分析から、凸部は結晶質、凹部は非晶質であった。また、EBSD分析およびEDX分析から、結晶質はα-Alであることが分かった。さらに、空隙を含む造形物の全断面を100面積%としたとき、空隙率は5面積%であった。
【0105】
<実施例6>
レーザーのスキャン速度を80mm/sに設定した以外は、実施例5と同様にして造形物を形成した。レーザーの照射条件から単位面積当たりの投入熱量Qを算出したところ、Qは約64[J/mm]であった。
【0106】
得られた造形物を実施例5と同様の方法で分析した。造形物の厚みは約66μmであった。造形物の空隙部を除いた断面積のうち、28面積%が凸部であり、72面積%が凹部であった。EBSD分析から、凸部は結晶質、凹部は非晶質であった。また、EBSD分析およびEDX分析から、結晶質はα-Alであることが分かった。さらに、造形物の空隙を含む断面を100面積%としたとき、空隙率は4面積%であった。
【0107】
<実施例7>
レーザーのスキャン速度を160mm/sに設定した以外は、実施例5と同様にして造形物を形成した。レーザーの照射条件から単位面積当たりの投入熱量Qを算出したところ、Qは約32[J/mm]であった。
【0108】
得られた造形物を実施例5と同様の方法で分析した。造形物の厚みは約66μmであった。空隙部の面積を除いた造形物の断面積のうち、8面積%が凸部であり、92面積%が凹部であった。EBSD分析から、凸部は結晶質、凹部は非晶質であった。また、EBSD分析およびEDX分析から、結晶質はα-Alであることが分かった。さらに、造形物の空隙を含む断面を100面積%としたとき、空隙率は4面積%であった。
【0109】
<実施例8>
レーザーのスキャン速度を200mm/sに設定した以外は、実施例5と同様にして造形物を形成した。レーザーの照射条件から単位面積当たりの投入熱量Qを算出したところ、Qは約25[J/mm]であった。
【0110】
得られた造形物を実施例5と同様の方法で分析した。造形物の厚みは約66μmであった。空隙部の面積を除いた造形物の断面積のうち、1面積%が凸部であり、99面積%が凹部であった。EBSD分析から、凸部は結晶質、凹部は非晶質であった。また、EBSD分析およびEDX分析から、結晶質はα-Alであることが分かった。さらに、造形物の空隙部の面積を含む断面積を100面積%としたとき、空隙率(空隙の面積)は3面積%であった。
【0111】
実施例5~8の結果を図8に示す。図8のグラフから投入熱量Q[J/mm]と結晶質の割合C[面積%]の関係を導出したところ、近似式C=0.81×Q-20が得られた。
【0112】
実施例1~8ではレーザーを用いたが、電子ビームを採用することも可能である。また、スキャン速度の他に、照射径、出力(電子ビームの場合は出力の代わりに加速電圧とビーム電流)を変化させることによっても単位面積当たりの投入熱量を変化させ、結晶質と非晶質を作り分けることができる。
【0113】
<比較例1>
レーザーのスキャン速度を5mm/sに設定した以外は実施例1と同様にして造形物を形成した。結果として、単位面積当たりの投入熱量が約764[J/mm]と大きすぎたため、混合粉末の熔融が広範囲に及び、造形精度が著しく低下した。
【0114】
<比較例2>
レーザーのスキャン速度を1000mm/sに設定した以外は実施例1と同様にして造形物を形成した。結果として、単位面積当たりの投入熱量が約4[J/mm]と小さすぎたため、混合粉末の熔融/凝固が不十分であった。
【0115】
<比較例3>
レーザーのスキャン速度を5mm/sに設定した以外は実施例5と同様にして造形物を形成した。結果として、単位面積当たりの投入熱量が約1019[J/mm]と大きすぎたため、混合粉末の熔融が広範囲に及び、造形精度が著しく低下した。
【0116】
<比較例4>
レーザーのスキャン速度を1000mm/sに設定した以外は、実施例5と同様にして造形物を形成した。結果として、単位面積当たりの投入熱量が約5[J/mm]と小さすぎたため、混合粉末の熔融/凝固が不十分であった。
【0117】
実施例1~8および比較例1~4の結果を表1に併せて示す。
【表1】
【0118】
実施例9~22は、レーザービームの出力と粉末層表面とレーザービームの焦点との相対位置を変更して材料粉末の熔融部の形状を変えることで、結晶質と非晶質を作り分けた実施例である。
【0119】
粉末層表面とレーザービームの焦点との相対位置は、基板や粉末層が載るステージの高さを変えることによって調整できる。ステージ高さは、粉末層表面が合焦位置からプラス側(レーザービームの走査ミラーに近い側)であってもマイナス側(レーザービームの走査ミラーから遠い側)であっても非合焦化によるレーザービームの状態は同等であるため、本発明の実施例では、マイナス側のみの検討を行った。
【0120】
<実施例9および10>
球状α-Al粉末(平均粒径20μm)、球状Gd粉末(平均粒径25μm)、Tb47粒子(平均粒径3μm)を用意し、質量比でAl:Gd:Tb=2.10:2.00:0.18となるように各粉末を秤量した。各秤量粉末を乾式ボールミルで30分間混合して混合粉末(材料粉末)を得た。
【0121】
この混合粉末に含まれる有機成分の量を調査するために、粉末を400℃の電気炉で12時間加熱して、前後の重量変化を計測したところ、重量損失は0.5重量%未満であった。また、800℃の電気炉で12時間加熱して、前後の重量変化を計測したところ、重量損失は1.0重量%未満であった。
【0122】
造形物の形成には、50Wのファイバーレーザー(ビーム径:65μm)が搭載されている3D SYSTEMS社のProX DMP 100(商品名)を用いた。
【0123】
最初に、ローラーを用いてアルミナ製の基板上に前記材料粉末の30μm厚の一層目の粉末層を形成した。次いで、アルミナ基板上の一部に実施例9のサンプルを、同一基台上に重ならないように実施例10を配置する構成にて、実施例9のサンプルでは6×6mmの正方形の領域に対して20Wのレーザービームを合焦位置(本実施装置においてはステージ高さ-1.5mm)において100mm/sの速さで、100μmピッチで塗りつぶすように前記粉末層に照射し、熔融/凝固させた(第2の走査段階)。一方、実施例10では、6×6mmの正方形の領域に対して30Wのレーザービームを非合焦位置(本実施装置においてはステージ高さ-5.0mm)において140mm/sの速さで、100μmピッチで塗りつぶすように前記粉末層に照射し、熔融/凝固させた(第1の走査段階)。また、描画ラインは正方形の各辺に平行になるようにした。次に、前記熔融・凝固部を覆うように20μm厚の粉末層をローラーで新たに形成した。一層目の描画ラインと直交するような状態で実施例9のサンプルと実施例10のサンプルの正方形の領域直上にある粉末層にレーザーを前記条件と同様に照射し、6×6mmの領域内の粉末を熔融、凝固させた。なお、2層目からは、粉末層の厚さを20μmで一定とした。
【0124】
このような繰り返し工程(iii)により、底面6mm×6mmで高さ6mmの各造形物を形成した。描画手順としては、n層からn+1層、n+2層、n+3層と積層していくに従って、描画ラインを90°ずつ回転させながら造形物が所望の厚みになるまで繰り返した。
【0125】
作製した実施例9と実施例10の造形物をアルミナ基板から切り離し、基板との接続部を下面としたとき、側面に平行な鉛直面で切断と研磨を行い、観察用試料を作成した。観察は、EBSDにて行い、IQマップの画像取得を行った。IQマップとは、電子線を照射した領域から得られる菊池パターンの先鋭度を数値化し、2次元画像としたものである。このとき、結晶質の領域からはシグナルが得られるが、非晶質の場合にはシグナルが得られないため、造形物のどこが非晶質で、結晶質かを判別することに利用できる。
【0126】
実施例9の観察視野における結晶質の割合は20面積%であった。また、実施例10の観察視野における結晶質の割合は96面積%であった。
【0127】
レーザービーム照射時の粉末層の熔融形状を計測するため、実施例9の造形物を作製したときと同様に基台上に厚み30μmの粉末層を形成し、前記粉末層に実施例9の照射条件のレーザービームを直線状に1ライン照射した。前記照射によって熔融および凝固したラインの断面形状を観察し、アルミナ基板に食い込む形で熔融/凝固した部分のラインに垂直方向の幅(L)と深さ(D)の比D/Lで、形状を数値化した。実施例9の条件ではD/Lが1.29となり、同様にして実施例10の条件でラインを描画して断面形状を評価したところ、D/Lは0.32となった。
【0128】
<実施例11~22>
ステージ高さ、レーザービームの出力、スキャン速度を表2に示した条件に設定し、実施例9と同様にして実施例11~22の造形物の作製および評価を行った。各実施例のD/Lの値と結晶質の割合を表2に示す。
【0129】
<比較例5>
ステージ高さを-7.0mm、レーザービームの出力を20W、スキャン速度を100mm/sとした以外は実施例9と同様にして比較例5の比較用造形物の作製および評価を試みた。その結果、本比較例の条件では材料粉末が十分に熔融せず、ラインの描画および造形物の作製ができなかった。
【0130】
【表2】
【0131】
<考察>
実施例1~8のように、レーザービームのスキャン速度を変更することで単位面積当たりの投入熱量を調整し、凝固時の冷却速度を制御することで、結晶質と非晶質を作り分けることができる。
【0132】
実施例9~22のように、レーザービームの出力や焦点位置を変更することで熔融形状(D/L)を制御し、凝固時の冷却速度を制御することで結晶質と非晶質を作り分けることができる。
【0133】
実施例9、11、12は合焦状態でレーザービームを照射した結果、D/Lが1.2以上となり、結晶質の割合が20面積%以下と低く、非晶質の割合が高くなっている。
【0134】
実施例13~16および21は非合焦状態でレーザービームを照射した結果、D/Lが1.0より小さく、結晶質の割合が70面積%以上と高くなっている。実施例13~16は、D/Lが0.7よりも小さく、結晶質の割合が80%以上と高くなっている。
【0135】
実施例17、18は焦点位置が同じであるが、レーザービームの出力が小さい実施例17は結晶質の割合が高く、出力が大きい実施例18は結晶質の割合が小さい。
【0136】
例えば、実施例9のような条件で支持体を形成し、実施例10のような条件で造形物を形成することで、支持体の除去を効率的に行うことができる。
【0137】
また、基板直上の粉末層を実施例9のような条件で熔融/凝固させ、その上に実施例10のような条件で造形物を作製することで、基板と造形物との切り離しを効率的に実施することができる。
【0138】
さらに、造形物の表層を実施例9のような条件で、造形物の内部を実施例10のような条件で造形することで、内部が結晶質で表層が非晶質の造形物を得ることができる。これにより、造形物の強度は担保されつつ、造形物の表層の加工が容易になるほか、造形物内部が多結晶体である場合に、結晶粒が粒界で欠ける現象を抑制する効果がある。
【0139】
また、本発明は、上述した、無機化合物の粉末を含む材料粉末からなる粉末層を形成する第1ステップ、エネルギービームを照射して前記材料粉末を熔融/凝固させる第2ステップ等の各工程を三次元造形装置に実行させることによって実現することができる。具体的には、上述した実施形態の動作を実現するプログラムを、ネットワークまたは各種記憶媒体を介して三次元造形装置を含むシステムまたは三次元造形装置に供給する。そして、三次元造形装置を含むシステムまたは三次元造形装置のコンピュータ(CPUなど)がプログラムを読み出して、三次元造形装置に実行させる。
【産業上の利用可能性】
【0140】
本発明によれば、直接造形方式において、造形物の所望の強度を達成しながら、不要部分を効率よく除去することができる造形物の製造方法として利用できる。
【符号の説明】
【0141】
300 造形部
301 材料粉末
302 粉末層
304 構造体(造形部)
306 造形物
307 処理済の造形物
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
【手続補正書】
【提出日】2023-11-07
【手続補正1】
【補正対象書類名】特許請求の範囲
【補正対象項目名】全文
【補正方法】変更
【補正の内容】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶質を含む結晶質の割合が多い領域と、非晶質を含む非晶質の割合が多い領域と、を有する3次元造形物であって、
該非晶質と該結晶質とが共通に無機化合物を含んでいることを特徴とする3次元造形物
【請求項2】
前記無機化合物が、酸化物である請求項1に記載の3次元造形物。
【請求項3】
前記3次元造形物の少なくとも表面の一部が、前記非晶質の割合が多い領域を含む請求項1又は2に記載の3次元造形物。
【請求項4】
前記3次元造形物が、前記非晶質の割合が多い領域で形成された凹部を有する請求項1~3のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項5】
前記3次元造形物が、前記結晶質の割合が多い領域で形成された凸部を有する請求項1~4のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項6】
前記結晶質の割合が多い領域の結晶質の割合が、80vol%以上である請求項1~5のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項7】
前記非晶質の割合が多い領域の非晶質の割合が、70vol%以上である請求項1~6のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項8】
前記無機化合物が、酸化アルミニウムである請求項1~7のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項9】
前記無機化合物が、酸化ジルコニウムである請求項1~7のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項10】
前記無機化合物が、酸化シリコンである請求項1~7のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項11】
前記無機化合物が、希土類酸化物である請求項1~7のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項12】
前記結晶質の割合が多い領域が、2相以上を有する相分離構造を有する請求項1~11のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項13】
前記結晶質の割合が多い領域が、共晶組成物を有する請求項1~12のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項14】
前記3次元造形物の厚さが、20μm以上である請求項1~13のいずれかの1項に記載の3次元造形物。
【請求項15】
前記非晶質の割合が多い領域が、単位面積当たり100μmφ以上の大きさを有し、前記結晶質の割合が多い領域より前記非晶質を多く含む請求項1~14のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項16】
前記結晶質の割合が多い領域が、単位面積当たり100μmΦ以上の大きさを有し、前記非晶質の割合が多い領域より前記結晶質を多く含む請求項1~14のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項17】
前記3次元造形物が、互いに接合した複数相で形成されている請求項1~16のいずれかの1項に記載の3次元造形物。
【請求項18】
前記3次元造形物が、空隙部を有する請求項1~17のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項19】
前記3次元造形物が、直接造形方式で製造された請求項1~18のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項20】
前記3次元造形物が、床熔融結合法で製造された請求項1~19のいずれか1項に記載の3次元造形物。
【請求項21】
無機化合物の粉末を含む材料粉末からなる第1の粉末層を形成する工程と、
前記第1の粉末層の第1の領域にエネルギービームを照射する工程と、
無機化合物の粉末を含む材料粉末からなる第2の粉末層を形成する工程と、
前記第2の粉末層の第2の領域にエネルギービームを照射する工程と、
を含み、
前記第1の領域にエネルギービームを照射する工程では、前記第1の領域の前記無機化合物の粉末から非晶質の割合が多い領域を形成し、
前記第2の領域にエネルギービームを照射する工程では、前記第2の領域の前記無機化合物の粉末から結晶質の割合が多い領域を形成する、
ことを特徴とする造形物の製造方法。
【請求項22】
前記第2の粉末層を形成する工程を、前記第1の領域にエネルギービームを照射する工程の後に行うことを特徴とする請求項21に記載の造形物の製造方法。
【請求項23】
前記第1の粉末層は基板の上に形成され、
前記第1の領域にエネルギービームを照射する工程で形成される前記非晶質の割合が多い領域は、
前記第2の領域にエネルギービームを照射する工程で形成される前記結晶質の割合が多い領域と、前記基板と、の間に位置することを特徴とする請求項21又は22に記載の造形物の製造方法。
【請求項24】
前記第2の領域にエネルギービームを照射する工程で形成される前記結晶質の割合が多い領域を有する構造体を、前記基板から分離する工程を含むことを特徴とする請求項23に記載の造形物の製造方法。
【請求項25】
前記第1の領域にエネルギービームを照射する工程で形成される前記非晶質の割合が多い領域を用いて前記分離を行うことを特徴とする請求項24に記載の造形物の製造方法。
【請求項26】
前記第1の領域にエネルギービームを照射する工程の後に、前記第1の粉末層の第3の領域の前記材料粉末を除去する工程を有し、前記第3の領域の前記材料粉末を除去する工程では、前記第1の領域が前記第3の領域に接していることを特徴とする請求項21~25のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。
【請求項27】
前記第2の粉末層の第4の領域にエネルギービームを照射する工程を含み、
前記第4の領域にエネルギービームを照射する工程では、前記第2の粉末層の前記無機化合物の粉末から非晶質の割合が多い領域を形成することを特徴とする請求項21~26のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。
【請求項28】
前記第4の領域は複数の部分を含み、前記第2の領域にエネルギービームを照射する工程で形成される前記結晶質の割合が多い領域は、前記複数の部分の間に位置することを特徴とする請求項27に記載の造形物の製造方法。
【請求項29】
前記第2の領域にエネルギービームを照射する工程の後に、前記第2の粉末層の第5の領域の前記材料粉末を除去する工程を有し、前記第5の領域の前記材料粉末を除去する工程では、前記第5の領域が前記第2の領域と前記第4の領域の間に位置することを特徴とする請求項27又は28に記載の造形物の製造方法。
【請求項30】
前記第2の領域にエネルギービームを照射する工程の後に、前記第2の粉末層の第5の領域の前記材料粉末を除去する工程を有し、前記第5の領域の前記材料粉末を除去する工程では、前記第4の領域が前記第2の領域と前記第5の領域の間に位置し、前記第4の領域が前記第2の領域および前記第5の領域に接していることを特徴とする請求項27又は28に記載の造形物の製造方法。
【請求項31】
前記造形物が基板に結合した状態で形成され、非晶質の割合が多い領域が、前記造形物と前記基板とを分離する際の切断位置に設けられることを特徴とする請求項21~30のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。
【請求項32】
前記非晶質の割合が多い領域を除去する工程をさらに含むことを特徴とする請求項21~31のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。
【請求項33】
前記非晶質の割合が多い領域を除去する工程を施した後の造形物は、80体積%以上が結晶質からなることを特徴とする請求項27に記載の造形物の製造方法。
【請求項34】
前記無機化合物の粉末が、セラミックス粉末を含むことを特徴とする請求項21~33のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。
【請求項35】
前記無機化合物の粉末が、酸化アルミニウムと酸化ジルコニウムと酸化マグネシウムと酸化シリコンのうちの少なくとも2つ、または、酸化アルミニウムと酸化ジルコニウムと第1の希土類酸化物と第2の希土類酸化物のうちの少なくとも2つを含むことを特徴とする請求項21~34のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。
【請求項36】
前記非晶質の割合が多い領域の70体積%以上が非晶質であることを特徴とする請求項21~35のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。
【請求項37】
前記結晶質の割合が多い領域の80体積%以上が結晶質であることを特徴とする請求項21~36のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。
【請求項38】
前記結晶質が、2相以上からなる相分離構造を有することを特徴とする請求項21~37のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。
【請求項39】
前記エネルギービームが、レーザービームまたは電子ビームであることを特徴とする請求項21~38のいずれか1項に記載の造形物の製造方法。