(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023018532
(43)【公開日】2023-02-08
(54)【発明の名称】試料液中のカドミウムの分析方法
(51)【国際特許分類】
G01N 31/00 20060101AFI20230201BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20230201BHJP
【FI】
G01N31/00 T
G01N31/00 U
G01N21/78 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021122728
(22)【出願日】2021-07-27
(71)【出願人】
【識別番号】595111538
【氏名又は名称】株式会社共立理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100205914
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 総明
(74)【代理人】
【識別番号】100162189
【弁理士】
【氏名又は名称】堀越 真弓
(72)【発明者】
【氏名】村居 景太
(72)【発明者】
【氏名】大森 寛子
(72)【発明者】
【氏名】岡内 俊太郎
【テーマコード(参考)】
2G042
2G054
【Fターム(参考)】
2G042AA01
2G042BC11
2G042CA02
2G042CB03
2G042DA06
2G042DA08
2G042EA08
2G042EA13
2G042FA06
2G054AA02
2G054AB07
2G054BA04
2G054CA10
2G054CD01
2G054CE02
2G054EA04
2G054EB01
2G054GA03
2G054GB01
2G054GB04
2G054JA01
2G054JA02
2G054JA06
2G054JA11
(57)【要約】 (修正有)
【課題】試料液中に極微量に含まれるカドミウムを簡便かつ迅速に測定でき、危険性の高い試薬や処理操作を必要としない分析方法を提供する。
【解決手段】試料液に、(A)臭化物イオンを含む化合物)及び(B)臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれイオン会合体を生成する疎水性カチオンを含む塩、を添加する。試料液に含まれるカドミウムと、(A)の臭化物イオンとの錯イオンである臭化カドミウム錯イオンを生成させ、この臭化カドミウム錯イオンと、(B)の疎水性カチオンとのイオン会合体である第1の疎水性イオン会合体を生成させると共に、(A)の臭化物イオンと、(B)の疎水性カチオンとのイオン会合体である第2の疎水性イオン会合体を生成させる疎水性イオン会合体生成工程と、この疎水性イオン会合体生成工程後の試料液をろ過膜に通液させて、第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集する膜捕集工程と、を有する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料液に、以下(A)及び(B)を添加し、
(A)臭化物イオンを含む化合物
(B)臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれイオン会合体を生成する疎水性カチオンを含む塩
前記試料液に含まれるカドミウムと、前記(A)の臭化物イオンとの錯イオンである臭化カドミウム錯イオンを生成させ、
該臭化カドミウム錯イオンと、前記(B)の疎水性カチオンとのイオン会合体である第1の疎水性イオン会合体を生成させると共に、前記(A)の臭化物イオンと、前記(B)の疎水性カチオンとのイオン会合体である第2の疎水性イオン会合体を生成させる疎水性イオン会合体生成工程と、
前記疎水性イオン会合体生成工程後の試料液をろ過膜に通液させて、前記第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集する膜捕集工程と、を有することを特徴とする試料液中のカドミウムの分析方法。
【請求項2】
前記試料液に、酸性下において、さらにカテコール誘導体を添加することを特徴とする請求項1に記載の試料液中のカドミウムの分析方法。
【請求項3】
前記カテコール誘導体は、プロトカテク酸又は没食子酸であることを特徴とする請求項2に記載の試料液中のカドミウムの分析方法。
【請求項4】
前記臭化物イオンを含む化合物は、臭化ナトリウム、臭化カリウム又は臭化水素酸であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載の試料液中のカドミウムの分析方法。
【請求項5】
前記疎水性カチオンを含む塩は、メチルトリ-n-オクチルアンモニウム塩、ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウム塩、ベンジルジメチルヘキサデシルアンモニウム塩又はベンジルジメチルテトラデシルアンモニウム塩であることを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の試料液中のカドミウムの分析方法。
【請求項6】
前記ろ過膜上に捕集された前記第1及び第2の疎水性イオン会合体に、溶離液を添加し、前記第1及び第2の疎水性イオン会合体を前記溶離液中に溶出させて溶出液として回収する溶離工程と、
前記溶出液に含まれるカドミウムを定量する定量工程と、をさらに有することを特徴とする請求項1~5のいずれか1項に記載の試料液中のカドミウムの分析方法。
【請求項7】
前記膜捕集工程におけるろ過膜としてシリンジフィルターを用い、
前記溶離工程は、前記シリンジフィルターに前記溶離液を注入し、該シリンジフィルターを通過した溶離液を前記溶出液として回収することを特徴とする請求項6に記載の試料液中のカドミウムの分析方法。
【請求項8】
前記定量工程におけるカドミウムの定量は、5-Br-PAPSの添加による前記溶出液の発色を目視で比色すること又は吸光光度法で測定することにより行われることを特徴とする請求項6又は7に記載の試料液中のカドミウムの分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、たとえば、地下水や湖沼などの環境水、産業排水、飲用水又は食品抽出液等の試料液中に極微量に含まれるカドミウムを簡便かつ迅速に分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
カドミウムは生体内に蓄積されやすく、毒性の強い金属であることから、近年においても環境基準値や排水基準値が見直されるなど、規制の強化が進められている。例えば、人の健康の保護に関する環境基準値は0.01mg/Lから0.003mg/Lに、水質汚濁防止法における排水基準値は0.1mg/Lから0.03mg/Lに強化された。そのため、環境水や産業排水、飲用水等について、このような極めて低濃度の範囲のカドミウムを分析することが求められている。試料液中に極微量に含まれるカドミウムを分析する方法としては、ICP発光分光分析法又は溶媒抽出-フレーム原子吸光法等が用いられている(非特許文献1)。
【0003】
環境水や産業排水、飲用水等に含まれるカドミウムについては、基準値を超える等の水質異常に迅速に対応すべく、試料液を採取した現場にて即時に分析すること、すなわち、オンサイト分析が求められている。しかしながら、上述したICP発光分光分析や原子吸光分析といった方法は、大型な装置のため可搬性に乏しくかつ高価な分析装置を必要とするものであり、装置の取り扱いや試料液の前処理に熟練を要するほか、分析結果を得るまでに長時間を要するため、オンサイト分析には不向きである。
【0004】
そこで、オンサイト分析を実現するための技術として、特許文献1には、カドミウムのEDTA錯体を認識するモノクローナル抗体を用いて、試料液中のカドミウムを分析する方法が開示されている。また、特許文献2には、カドミウムを含有する試料液に、ジチゾンを包摂したポリN-イソプロピルアクリルアミドを添加して溶解させた後、その溶解液を加熱処理することにより、カドミウム-ジチゾン錯体が包摂されたポリN-イソプロピルアクリルアミド固形物を生成させ、この固形物にアセトンを加えて溶解させた溶液の目視比色により、カドミウムの簡易定量を行う方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004-323508号公報
【特許文献2】特開2003-194798号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】日本産業規格、JIS K 0102、工場排水試験方法
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1に記載された分析方法では、特定のハイブリドーマから作製される高価なモノクローナル抗体を必要とするため、分析費用が高コストであると共に、数μg/Lという極めて低濃度の範囲のカドミウムを分析するのは困難であるという問題があった。
【0008】
また、特許文献2に記載された分析方法では、試料液の加熱処理を行うためのヒーターやその電源等を別途要すると共に、加熱によって高温となった試料液を取り扱う必要がある。さらに、危険性の高いアセトンを溶剤として使用するため、安全性の問題や現場での処理操作の負担が大きいという問題があった。また、カドミウムと有色の錯体を形成するジチゾンは、他の重金属イオンとも有色錯体を生成するため、試料液中にカドミウム以外の重金属イオンが含まれている場合には、カドミウムの定量が困難になるという問題があった。
【0009】
本発明は上述した点に鑑みてなされたもので、その目的は、試料液中に極微量に含まれるカドミウムを簡便かつ迅速に測定することができ、危険性の高い試薬や処理操作を必要とせず、オンサイト分析を安全に実施できる分析方法を提供することにある。
【0010】
また、本発明の他の目的は、試料液中に亜鉛や鉛、銅等の妨害成分が共存する場合であっても、カドミウムに対して高い選択性を有する分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するため、本発明の試料液中のカドミウムの分析方法は、試料液に、以下(A)及び(B)を添加し、
(A)臭化物イオンを含む化合物
(B)臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれイオン会合体を生成する疎水性カチオンを含む塩
試料液に含まれるカドミウムと、(A)の臭化物イオンとの錯イオンである臭化カドミウム錯イオンを生成させ、この臭化カドミウム錯イオンと、(B)の疎水性カチオンとのイオン会合体である第1の疎水性イオン会合体を生成させると共に、(A)の臭化物イオンと、(B)の疎水性カチオンとのイオン会合体である第2の疎水性イオン会合体を生成させる疎水性イオン会合体生成工程と、この疎水性イオン会合体生成工程後の試料液をろ過膜に通液させて、第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集する膜捕集工程と、を有している。
【0012】
試料液に、臭化物イオン(Br-)を含む化合物が添加されることにより、試料液に含まれるカドミウムに臭化物イオンが配位して臭化カドミウム錯イオン([CdBr4]2-)が生成する。本発明では、錯イオンを生成するためのハロゲン化物イオンとして、臭化物イオン(Br-)が選択されているため、試料液中に含まれ得る銅、鉄、マンガン、ニッケル及びコバルト等の金属とは錯イオンが生成されず、亜鉛や鉛とはカドミウムよりは錯イオンが生成され難いため、これらの金属イオンによる影響を受けずに、選択的にカドミウムを分析することができる。他方、この臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれイオン会合体を生成する疎水性カチオン(Q+)を含む塩が添加されることにより、臭化カドミウム錯イオンと疎水性カチオンからなる第1の疎水性イオン会合体([CdBr4]Q2)と、臭化物イオンを含む化合物の添加により試料液中に余剰に存在する臭化物イオンと疎水性カチオンからなる第2の疎水性イオン会合体(QBr)とが生成する。ここで生成したイオン会合体はいずれも疎水性イオン会合体であり、水相である試料液中にて乳濁粒子状のイオン会合体相を生成する。さらに、試料液に添加された臭化物イオン(Br-)と疎水性カチオン(Q+)とにより生成した第2の疎水性イオン会合体(QBr)は、試料液中に極微量に含まれるカドミウムと反応して生成する第1の疎水性イオン会合体([CdBr4]Q2)よりも試料液中に大過剰に存在し、試料液中のカドミウムの有無に依らず乳濁粒子状のイオン会合体相として析出する。このとき、この大過剰に存在する第2の疎水性イオン会合体(QBr)相中に第1の疎水性イオン会合体([CdBr4]Q2)が抽出される現象が生じ、第1の疎水性イオン会合体が極微量しか生成しなくとも、第2の疎水性イオン会合体相中に第1の疎水性イオン会合体([CdBr4]Q2)としてカドミウムが定量的に抽出され、水相と分離される。この疎水性イオン会合体生成工程を経た試料液をろ過膜に通液させると、ろ過膜上に、乳濁粒子状を呈する第1及び第2の疎水性イオン会合体が捕集されるため、試料液中に含まれていたカドミウムがろ過膜上に高濃縮分離される。このように、試料液中に含まれるカドミウムが極微量であっても、ろ過膜上に捕集された疎水性イオン会合体に含まれるカドミウムは高度に濃縮されているため、試料液中に含まれるカドミウム濃度を容易に分析することができる。
【0013】
なお、本発明における「カドミウム」は元素名を指し、イオン、塩、錯体、化合物、単体の形態で存在し得るカドミウム含有化学種がすべて含まれる。
【0014】
また、本発明のカドミウムの分析方法は、試料液に、酸性下において、さらにカテコール誘導体を添加することも好ましい。これにより、臭化カドミウム錯イオンを生成させる際に、試料液中に共存し得る亜鉛及び鉛等の金属イオンによる妨害を防ぐことができるため、選択的にカドミウムを分析することができる。
【0015】
また、本発明のカドミウムの分析方法において用いられるカテコール誘導体は、プロトカテク酸又は没食子酸であることも好ましい。これにより、試料液中に共存し得る亜鉛及び鉛等の金属イオンによる妨害を除去できるカテコール誘導体として、好適な化合物が選択される。
【0016】
また、本発明のカドミウムの分析方法において用いられる臭化物イオンを含む化合物は、臭化ナトリウム、臭化カリウム又は臭化水素酸であることも好ましい。これにより、試料液中に含まれるカドミウムと臭化カドミウム錯イオンを生成し、分析精度に優れる臭化物イオン供給源として、好適な化合物が選択される。
【0017】
さらに、本発明のカドミウムの分析方法において用いられる疎水性カチオンを含む塩は、嵩高い第4級アンモニウム塩であることも好ましい。これにより、臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれ疎水性のイオン会合体を生成する疎水性カチオンを含む塩として、好適な化合物が選択される。
【0018】
また、本発明のカドミウムの分析方法において用いられる疎水性カチオンを含む塩は、嵩高い第4級アンモニウム塩である、メチルトリ-n-オクチルアンモニウム塩、ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウム塩、ベンジルジメチルヘキサデシルアンモニウム塩又はベンジルジメチルテトラデシルアンモニウム塩であることも好ましい。これにより、臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれ疎水性のイオン会合体を生成してろ過膜上に定量的に捕集され、カドミウムの高度な濃縮分離及び分析精度に優れる第4級アンモニウム塩が選択される。
【0019】
さらに、本発明のカドミウムの分析方法は、ろ過膜上に捕集された第1及び第2の疎水性イオン会合体に、溶離液を添加し、第1及び第2の疎水性イオン会合体を溶離液中に溶出させて溶出液として回収する溶離工程と、溶出液に含まれるカドミウムを定量する定量工程と、をさらに有することも好ましい。ろ過膜上に捕集された第1及び第2の疎水性イオン会合体に溶離液を接触させることにより、第1及び第2の疎水性イオン会合体が溶離液に溶出され、回収される。このとき、溶離液の添加量を試料液よりも少ない量とすることにより、分析感度が向上する。この回収した溶出液に含まれる第1の疎水性イオン会合体を構成するカドミウムを定量することにより、試料液中に含まれるカドミウム濃度を分析することができる。
【0020】
さらに、本発明のカドミウムの分析方法は、膜捕集工程におけるろ過膜としてシリンジフィルターを用い、溶離工程は、シリンジフィルターに溶離液を注入し、シリンジフィルターを通過した溶離液を溶出液として回収することも好ましい。これにより、迅速かつ簡便に膜捕集工程及び溶離工程における操作を行うことができる。また、試料液中に土壌や有機物由来の懸濁物質が含まれている場合、懸濁物質はシリンジフィルターのフィルター上に捕捉されるため、得られた溶出液をそのまま定量工程に用いることができる。
【0021】
また、本発明の定量工程におけるカドミウムの定量は、5-Br-PAPSの添加による溶出液の発色を目視で比色すること又は吸光光度法で測定することにより行われることも好ましい。これにより、高感度で、迅速かつ簡便にカドミウムを定量することができる。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、以下のような優れた効果を有する試料液中のカドミウムの分析方法を提供することができる。
(1)簡便かつ迅速、安全な操作で、試料液中に極微量に含まれるカドミウムを高度に分離濃縮してカドミウムの測定を行うことができる。
(2)試薬の添加とろ過という簡単な操作のみで行うことができ、分析に要する時間も数分程度と短く、目視での比色での定量も可能であるため、試料液を採取した現場でのオンサイト分析にも適用可能である。
(3)試料液に亜鉛、鉛、銅、鉄、マンガン、ニッケル及びコバルト等の妨害成分が共存する場合であっても、これらによる影響を受けにくく、信頼性の高い定量結果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の一実施形態に係るカドミウムの分析方法を概略的に示すフローチャートである。
【
図2】実施例2における疎水性カチオンの種類と添加量を種々設定した際の溶出液に含まれるカドミウムの量を554nmにおける5-Br-PAPS錯体の吸光度として示すグラフである。
【
図3】実施例3における錯イオン形成剤の種類と添加量を種々設定した際の溶出液に含まれるカドミウムの量を554nmにおける5-Br-PAPS錯体の吸光度として示すグラフである。
【
図4】実施例4におけるマスキング剤の種類と試料液のpHを種々設定した際の溶出液に含まれるカドミウム、亜鉛又は鉛の量を554nmにおける5-Br-PAPS錯体の吸光度として示すグラフであり、
図4(a)はマスキング剤無添加、
図4(b)はプロトカテク酸を添加、
図5(c)は没食子酸を添加した際のデータである。
【
図5】実施例4におけるマスキング剤の種類と試料液のpHを種々設定した際の溶出液に含まれるカドミウム、亜鉛又は鉛の量を554nmにおける5-Br-PAPS錯体の吸光度として示すグラフであり、
図5(a)はイミノ二酢酸を添加、
図5(b)はニトリロ三酢酸三ナトリウム一水和物を添加した際のデータである。
【
図6】実施例6における溶離液を構成するアルコールの種類とそのアルコール濃度を種々設定した際の溶出液に含まれるカドミウムの量を554nmにおける5-Br-PAPS錯体の吸光度として示すグラフである。なお、破線はカドミウムを含まない試料液(ブランク)について同様の試験を行った際のブランクの吸光度を示すグラフである。
【
図7】実施例7におけるカドミウム濃度を種々設定した際の5-Br-PAPS-Cd錯体の吸収スペクトルを示すグラフである。
【
図8】実施例8における、所定量のカドミウムを溶離液に直接添加して5-Br-PAPS-Cd錯体を生成させ、その吸光度を測定することによって得られた検量線Aと、本発明に係る工程を経て得られた溶出液に含まれる5-Br-PAPS-Cd錯体の吸光度を測定することによって得られた検量線Bを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、
図1を参照し、本発明の一実施形態に係るカドミウムの分析方法について説明する。
図1に示すように、本実施形態に係るカドミウムの分析方法は、臭化カドミウム錯イオンの生成に係る工程S1と、第1及び第2の疎水性イオン会合体の生成に係る工程S2と、生成した第1及び第2の疎水性イオン会合体の膜捕集に係る工程S3と、膜捕集された第1及び第2の疎水性イオン会合体の溶離に係る工程S4と、カドミウムの定量に係る工程S5とから概略構成されている。
【0025】
[臭化カドミウム錯イオンの生成]
まず、臭化カドミウム錯イオンの生成に係る工程S1について説明する。この工程S1では、試料液に臭化物イオンを含む化合物を添加して、試料液中に含まれるカドミウム(Cd2+)と臭化物イオン(Br-)とによる臭化カドミウム錯イオン([CdBr4]2-)を生成させる。臭化物イオンを含む化合物とは、試料液中で臭化物イオンを生成して、臭化物イオンを供給することができる化合物であり、臭化物イオンを含む塩又は遊離酸が挙げられる。具体的には、臭化物イオンを含む塩としては、カドミウムの高濃縮分離及び定量的な溶出液への回収が行われ、分析精度に優れる観点から、臭化ナトリウム又は臭化カリウムが好適に用いられる。同様に、臭化物イオンを含む遊離酸である臭化水素酸も好適に用いられる。また、臭化物イオンを含む化合物の添加量としては、試料液中に含まれるカドミウムと十分に臭化カドミウム錯イオンを生成すると共に、後述する疎水性カチオンとも反応して第2の疎水性イオン会合体を十分に生成できる量とすることが好ましく、例えば、試料液における濃度が、0.08mol/L以上となるように添加することが好ましく、0.17mol/L以上となるように添加することがさらに好ましく、0.33mol/L以上となるように添加することが特に好ましい。
【0026】
本発明における試料液には、地下水や湖沼などの環境水、産業排水又は飲用水の他、土壌や農産物、海産物等から抽出された抽出液等も広く含まれる。それゆえ、試料液には、分析対象であるカドミウム以外にもさまざまな成分が含まれている可能性が高い。本発明においては、カドミウムの錯イオンを生成するためのハロゲン化物イオンとして、臭化物イオン(Br-)を選択することにより、試料液に共存する銅、鉄、マンガン、ニッケル及びコバルト等の金属イオンとは錯体を生成させず、臭化カドミウム錯イオンを選択的に生成させるように構成している。これにより、試料液中に共存することが多い銅や鉄、マンガン等の影響を受けずに、選択的にカドミウムを分析することができる。
【0027】
また、カドミウムは亜鉛と化学的性質が類似しているため、亜鉛を加工した際の不純物としてカドミウムが排出され、問題となることが多い。そのため、カドミウムを分析しようとする試料液には亜鉛が共存する可能性がある。臭化物イオンは、カドミウムと比べると錯イオンの生成効率は低いものの、亜鉛とも錯イオンを生成する。そこで、本工程S1では、臭化物イオンと亜鉛との錯体生成を妨げるマスキング剤を添加することが好ましい。今回、本発明者らは、カドミウムのハロゲン化物錯体を選択的に得るにあたり、カテコール誘導体が、ハロゲン化物イオンと亜鉛又は鉛との錯体生成を妨げる優れたマスキング効果を有することを新たに見出した。さらに、カテコール誘導体としては、マスキング効果及び取り扱いの安全性にも優れる観点から、プロトカテク酸又は没食子酸が特に好適に用いられる。これらのマスキング剤を試料液に添加することによって、亜鉛はもちろん、鉛に対しても臭化物イオンとの錯体生成を妨げることができ、選択的にカドミウムを分析することができる。また、マスキング剤の添加量としては、試料液中に含まれる亜鉛及び鉛と反応して十分なマスキング効果を発揮する量とすることが好ましく、例えば、試料液中に含まれ得る亜鉛及び鉛の20モル当量以上とすることが好ましく、50モル当量以上とすることがより好ましく、100モル当量以上とすることが特に好ましい。また、カテコール誘導体によるマスキング効果を高めるため、試料液のpHは酸性とすることが好ましく、pHを0~4とすることがより好ましい。試料液のpHは必要に応じて、有機酸又は無機酸等のpH調整剤によって調整される。また、カドミウムの分析にあたっては、前処理として分析対象試料に対し塩酸等を用いた分解・抽出処理が行われることがあるが、このような場合には既に試料液のpHが塩酸により酸性であるため、pH調整の必要はなく、そのまま分析を行うことが可能である。さらに、試料液のpHを酸性とすることにより、カドミウム水酸化物の生成を抑制できるため、臭化カドミウム錯イオンをより選択的に生成させることができる。
【0028】
[第1及び第2の疎水性イオン会合体の生成]
次に、第1及び第2の疎水性イオン会合体の生成に係る工程S2について説明する。この工程S2では、試料液に臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれイオン会合体を生成する疎水性カチオンを含む塩を添加して、上述した工程S1で生成した臭化カドミウム錯イオン([CdBr4]2-)と疎水性カチオン(Q+)とのイオン会合体である第1の疎水性イオン会合体([CdBr4]Q2)を生成させると共に、上述した工程S1で添加された臭化物イオン(Br-)と疎水性カチオン(Q+)とのイオン会合体である第2の疎水性イオン会合体(QBr)を生成させる。疎水性カチオンを含む塩を構成する疎水性カチオンとしては、試料液中で臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれ疎水性のイオン会合体を生成できるカチオンであれば特に限定されないが、嵩高い有機カチオンが好ましく、より具体的には嵩高い第4級アンモニウムカチオンが好適に用いられる。このうち、後述する膜捕集工程S3での疎水性イオン会合体のろ過膜上での膜捕集が容易となり、かつカドミウムの溶出液への回収率が向上して分析精度に優れる観点から、メチルトリ-n-オクチルアンモニウムカチオン、ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウムカチオン、ベンジルジメチルヘキサデシルアンモニウムカチオン、ベンジルジメチルテトラデシルアンモニウムカチオン又はこれらの組み合わせがより好適に用いられ、メチルトリ-n-オクチルアンモニウムカチオン、ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウムカチオン、ベンジルジメチルヘキサデシルアンモニウムカチオン又はこれらの組み合わせがさらに好適に用いられる。また、疎水性カチオンを含む塩としては、本発明における疎水性カチオンの作用を妨げなければどのような塩であってもよく、例えば塩化物や硫化物等との塩が挙げられる。また、疎水性カチオンを含む塩の添加量としては、第1の疎水性イオン会合体を十分に生成させると共に、第2の疎水性イオン会合体を第1の疎水性イオン会合体よりも多く過剰に生成させ、第2の疎水性イオン会合体相に第1の疎水性イオン会合体を抽出できる量とすることが好ましく、例えば、試料液における濃度が、0.03mmol/L以上となるように添加することが好ましく、0.03~0.1mmol/Lとなるように添加することがさらに好ましい。また、前述した臭化物イオンを含む化合物の添加量との関係においては、モル当量比として、疎水性カチオンを含む塩:臭化物イオンを含む化合物=1:1000~10000とすることが好ましく、疎水性カチオンを含む塩:臭化物イオンを含む化合物=1:3500~6000とすることがより好ましい。
【0029】
本工程S2では、第1の疎水性イオン会合体([CdBr4]Q2)と、第2の疎水性イオン会合体(QBr)とが生成するところ、これらはいずれも疎水性イオン会合体であるために、水相である試料液中にて乳濁粒子状の疎水性イオン会合体相を生成する。そして、本発明においては、工程S1において試料液に添加された臭化物イオン(Br-)と疎水性カチオン(Q+)とにより生成した第2の疎水性イオン会合体(QBr)は、試料液中に極微量に含まれるカドミウムと反応して生成する第1の疎水性イオン会合体([CdBr4]Q2)よりも試料液中に大過剰に生成し、カドミウムの有無に依らず乳濁粒子状のイオン会合体相として析出する。このとき、この大過剰に存在する第2の疎水性イオン会合体が抽出溶媒として作用し、この第2の疎水性イオン会合体相中に第1の疎水性イオン会合体が抽出された状態で、水相と疎水性イオン会合体相の2相に分離される。このように、カドミウムを含有する第1の疎水性イオン会合体が極微量しか生成しなくとも、第2の疎水性イオン会合体相中に第1の疎水性イオン会合体が確実に抽出された状態で水相と疎水性イオン会合体相とを分離できるため、試料液中のカドミウムを定量的に分離濃縮することができる。
【0030】
本実施形態においては、工程S1において、臭化物イオンを含む化合物の添加を行って臭化カドミウム錯イオンを生成させた後に、工程S2において、疎水性カチオンを含む化合物の添加を行って第1及び第2の疎水性イオン会合体を生成させているが、錯イオンの生成とイオン会合体の生成は瞬時に行われるため、試料液に対し、臭化物イオンを含む化合物と疎水性カチオンを含む塩の添加を同時に行うことも、疎水性カチオンを含む塩の添加を行った後に、臭化物イオンを含む化合物を添加することも可能である。なお、この場合においてマスキング剤であるカテコール誘導体についても、臭化物イオンを含む化合物と疎水性カチオンを含む塩と一緒に添加することも、疎水性カチオンを含む塩の添加を行った後に臭化物イオンを含む化合物と一緒に添加することも、最初に疎水性カチオンを含む塩を添加する際に一緒に添加することも可能であるほか、臭化物イオンを含む化合物と疎水性カチオンを含む塩を添加する前に最初に添加することも可能である。
【0031】
[第1及び第2の疎水性イオン会合体の膜捕集]
次に、第1及び第2の疎水性イオン会合体の膜捕集に係る工程S3について説明する。この工程S3では、上述した工程S1及びS2を経て生成した第1及び第2の疎水性イオン会合体を含む試料液をろ過膜に通液させ、ろ過膜上に第1及び第2の疎水性イオン会合体を捕集する。第1及び第2の疎水性イオン会合体は乳濁粒子状を呈する疎水性化合物であるので、試料液をろ過膜に通液させると、水相はろ過膜を通過するが、第1及び第2の疎水性イオン会合体からなる疎水性イオン会合体相はろ過膜上に凝集し、捕集される。これにより、試料液に含まれていたカドミウムが、第2の疎水性イオン会合体に抽出された第1の疎水性イオン会合体としてろ過膜上に高度に濃縮分離される。
【0032】
本発明におけるろ過膜とは、水相は通過するが、疎水性イオン会合体相はろ過膜上に残存して、疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集することができる構造体である。具体的には、例えば、メンブランフィルター又はろ紙等をろ過膜として適宜選択して用いることができる。これらのろ過膜のうち、第1及び第2の疎水性イオン会合体の捕集に優れる観点からメンブランフィルターが好適に用いられる。メンブランフィルターの材質としては、特に限定されないが、第1及び第2の疎水性イオン会合体を定量的に捕集できる観点から、ナイロン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリエーテルスルホン、ニトロセルロース又はポリプロピレン等が好適に用いられ、疎水性イオン会合体相の捕集効率、すなわち、カドミウムの回収効率に優れる観点から、ナイロンが特に好適に用いられる。ろ過膜の孔径は、水相はろ過膜をスムーズに通過するが、生成した疎水性イオン会合体相はろ過膜上に凝集して捕集できる孔径とすることが好ましく、疎水性イオン会合体を形成するために添加される疎水性カチオンの種類によって、生成する疎水性イオン会合体の乳濁粒子の物性が異なることから一概には設定できないが、0.65μm~3μm程度の孔径を有するろ過膜が好適に用いられ、0.80μm~2μm程度の孔径を有するろ過膜が特に好適に用いられる。また、操作性に優れる観点から、ろ過膜はシリンジフィルターであることが好ましい。これにより、シリンジの先端を介して簡便にろ過膜に試料液を通液することができ、手動での加圧ろ過操作により、極めて容易に捕集操作を実施することができる。
【0033】
また、シリンジによる試料液の通液操作後に、シリンジ及びフィルターの内部に少量残存する試料液中に含まれ得る亜鉛や鉄等の共存金属成分及び後述する定量工程S5におけるカドミウムの定量を妨害する可能性のある共存成分を除去するため、シリンジに少量の洗浄液を取り、シリンジ内部とフィルター内部を通液洗浄することも可能である。このとき、洗浄液としては、ろ過膜上に捕集された第1及び第2の疎水性イオン会合体の溶出による損失を防ぐため、臭化物イオンを含む水溶液が好適に用いられ、工程S1で用いられた臭化物イオンを含む化合物の水溶液が特に好ましく用いられる。
【0034】
本工程S3により、ろ過膜上にカドミウムを含む疎水性イオン会合体相が捕集され、高度に濃縮分離されるため、試料液中に含まれるカドミウムが極微量であっても定量分析を行うことができる。カドミウムの人の健康の保護に関する環境基準値は0.003mg/L以下、水質汚濁防止法における排水基準値は0.03mg/L以下と他の規制物質と比べても極めて低濃度であり、試料液に含まれるカドミウムがこれらの基準値以下であるか否か確認するためには、非常に高い感度が必要である。従来の分析方法では、微量なカドミウムを定量するためには、ICP発光分光分析装置や原子吸光分析装置等を必要としていたが、本発明では、カドミウムを選択的に、高度に濃縮分離することができるため、カドミウムを含む第1の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集することで、高い感度での定量を実現している。
【0035】
[第1及び第2の疎水性イオン会合体の溶離]
次に、第1及び第2の疎水性イオン会合体の溶離に係る工程S4について説明する。この工程S4では、膜捕集工程S3によりろ過膜上に捕集された第1及び第2の疎水性イオン会合体に溶離液を添加し、この第1及び第2の疎水性イオン会合体ごと溶離液中に溶かし出し、溶出液として回収する。溶離液としては、第1及び第2の疎水性イオン会合体を十分に溶出することができる溶媒が用いられ、例えば、メチルアルコール、エチルアルコール、プロピルアルコール、イソプロピルアルコール又はブチルアルコール等の低級アルコール類を含む溶液が好適に用いられる。このうち、取り扱いの安全性及び疎水性イオン会合体の溶出効率の観点から、1-プロピルアルコール水溶液又はエチルアルコール水溶液がより好ましく用いられ、さらに、定量時の発色試薬による比色に影響を及ぼさない観点から、1-プロピルアルコール水溶液が特に好適に用いられる。アルコール濃度としては、20~50w/w%が好ましく、25~40w/w%がより好ましい。
【0036】
本工程S4における第1及び第2の疎水性イオン会合体の溶離は、これらの疎水性イオン会合体が捕集されたろ過膜の上流側から溶離液を通液させ、疎水性イオン会合体と溶離液とをろ過膜上で接触させ、ろ過膜を通過した溶離液を溶出液として回収することにより、迅速かつ簡便に溶離操作を行うことができる。これにより、疎水性イオン会合体が捕集されたろ過膜上で、引き続き疎水性イオン会合体を溶出させることができる。また、試料液中に夾雑物として泥や有機物等の懸濁物質が含まれている場合、懸濁物質はろ過膜の上流側の面に捕捉され、下流側から懸濁物質が除去された溶出液が得られるため、懸濁物質を除去するための前処理などを別途行う必要がなく、得られた溶出液をそのまま定量工程に用いることができる。さらに、溶出液への疎水性イオン会合体の溶出効率を向上させて信頼性の高い定量結果を得るため、溶離工程S4では、ろ過膜をいったん通過させた溶離液を、少なくともさらに1回以上、好ましくは3回ろ過膜に再度通過させて、ろ過膜に複数回通液させることも好ましい。このように、ろ過膜上で2回以上、好ましくは4回以上の通液処理を行うことにより、第1及び第2の疎水性イオン会合体の溶離液への十分な溶出がなされ、安定した定量結果が得られる。ろ過膜としては、膜捕集工程S3でも説明したように、操作性に優れる観点から、シリンジフィルターであることが好ましい。特に、複数回の通液処理を行う際、すなわち、一度通液させた溶離液をろ過膜に再度通液させる際には、シリンジフィルターを用いると、溶離液を充填したシリンジの先端にシリンジフィルターを取り付けた状態で、シリンジのプランジャを押し引きするのみで、複数回の通液処理を行うことができるため、迅速かつ簡便に処理を行うことができる。なお、第1及び第2の疎水性イオン会合体の溶離は、上述の操作方法に限定されず、疎水性イオン会合体が捕集されたろ過膜を溶離液に浸漬させて、疎水性イオン会合体を溶出させた後の溶離液を溶出液として回収することでも行うことが可能である。
【0037】
本工程S4における第1及び第2の疎水性イオン会合体の溶離にあたっては、カドミウム定量時の検出感度を高めるため、試料液の量よりも溶離液の量を少なく設定する。試料液の量に対する溶離液の量の比率は、試料液の使用量:溶離液の使用量=10:2以下とすることが好ましく、試料液の使用量:溶離液の使用量=10:1以下とすることがより好ましく、試料液の使用量:溶離液の使用量=10:0.5以下とすることがさらに好ましい。これにより、試料液中に含まれるカドミウムが疎水性イオン会合体として高濃縮分離された状態の溶出液が得られるため、高い感度での定量が実現される。
【0038】
[カドミウムの定量]
次に、カドミウムの定量に係る工程S5について説明する。この工程S5では、溶離工程S4で得られた溶離後の溶出液に含まれる第1の疎水性イオン会合体中のカドミウムの量が分析される。分析方法としては、溶出液中のカドミウムの量を測定できればどのような方法でもよいが、簡便かつ迅速に定量を行うことができる観点から、カドミウムと反応することにより発色する発色試薬を溶出液に添加し、その発色強度を利用した分析方法が好ましい。発色試薬としては、5-Br-PAPS、ピリジルアゾナフトール、ピリジルアゾレゾルシノール、ジチゾン、カジオン、TPPS、TMPyPなどが用いられるが、感度が高く、定量範囲を広く取れることから、5-Br-PAPS(2-(5-ブロモ-2-ピリジルアゾ)-5-(N-プロピル-3-スルホプロピルアミノ)フェノール)が好適に用いられる。5-Br-PAPSは赤色のカドミウム錯体を形成し、5-Br-PAPS自体が黄色を呈するため、カドミウム濃度に依存して黄色~橙色~赤色を呈する。5-Br-PAPSは、カドミウムのほか、亜鉛、鉛、銅、鉄、ニッケル及びコバルト等の金属とも錯体を形成するが、本発明においては、分析対象である試料液にこれらの妨害成分が含まれていても、これらの成分は上述した膜捕集工程S4でろ過されて除去される。そのため、本工程S5では、溶出液が生成する5-Br-PAPS錯体による発色は、およそカドミウムの含有量に相当する発色として定量することができる。本発明においては、例えば、試料液の使用量:溶離液の使用量=10:0.5とした場合(20倍濃縮)、カドミウムの定量範囲を0.003~0.1mg/Lとすることが可能である。
【0039】
カドミウムの定量は、上述した5-Br-PAPS錯体の生成による溶出液の発色について、目視で比色すること又は吸光光度法で測定することにより行うことができる。すなわち、カドミウムの標準溶液について予め分析して得られた標準色列又は検量線と照合することにより、試料液中に含まれるカドミウムの濃度が求められる。
【実施例0040】
以下、実施例を用いて、本発明を詳細に説明する。
【0041】
[実施例1]
1.疎水性カチオンの検討(1)
本実施例では、カドミウムのろ過膜上での捕集における疎水性カチオンの効果を確認する試験を行った。試験は、次のようにして行った。カドミウム標準液(Cd 1000mg/L)を純水で希釈して得た、カドミウム濃度が0.03mg/Lの試料液30mL(Cd量:0.008μmol)をビーカーにとり、臭化ナトリウムを10mmol添加して、臭化カドミウム錯イオン([CdBr4]2-)を生成させた。この臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれイオン会合体を生成する疎水性カチオン(Q+)として、嵩高な第4級アンモニウムカチオンであるメチルトリ-n-オクチルアンモニウムカチオンを選択し、ビーカーに塩化メチルトリ-n-オクチルアンモニウムを2μmol添加し、第1の疎水性イオン会合体([CdBr4]Q2)と第2の疎水性会合体(QBr)からなる乳濁粒子を生成させた。これをシリンジにとり、シリンジフィルター(ナイロンメンブランフィルター、φ13mm、孔径1.2μm)に全量注入して、乳濁液状の第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集した。引き続き、溶離液として、30w/w%の1-プロピルアルコール水溶液をシリンジに1.5mLとり、シリンジフィルターに注入して、ろ過膜上に捕集された乳濁液状の第1及び第2の疎水性イオン会合体を溶離液中に溶かし出した。溶離にあたっては、いったんろ過膜を通過させた溶離液を、シリンジフィルターと連結しているシリンジのプランジャを引いて再度シリンジ内に戻し、再度通液させることを4回繰り返し、計5回溶離液を通液させて溶出させた。得られた溶出液1.5mLにpH調整剤を加えて溶出液のpHを9.5に調整し、発色試薬である5-Br-PAPSを0.02mg添加して、赤色の5-Br-PAPS錯体を生成させた。得られた5-Br-PAPS錯体の発色について、測定波長554nmにおける吸光度を分光光度計(製品名:デジタルパックテスト・マルチSP、株式会社共立理化学研究所製品、セル光路長2cm)を用いて測定した。
【0042】
他方、疎水性カチオンの添加を行わなかった以外は、上述と同様の操作を行った試験区「疎水性カチオン添加なし」の溶出液についても、同様に測定波長554nmにおける吸光度を測定した。また、本実施例の試験区では、カドミウム濃度が0.03mg/Lの標準溶液30mLを溶出液1.5mLにて20倍濃縮しているため、カドミウムの回収率が100%であるときの溶出液のカドミウム濃度は0.6mg/Lとなる。そこで、コントロール「100%回収液」として、溶離液である30w/w%の1-プロピルアルコール水溶液にカドミウム濃度が0.6mg/Lとなるようにカドミウム標準液を添加して、1.5mLの100%回収液を調製した。この溶液のpHを9.5に調整し、発色試薬である5-Br-PAPSを0.02mg添加して、得られた5-Br-PAPS錯体の発色について測定波長554nmにおける吸光度を測定した。また、カドミウムを含まない溶離液のみからなるブランク液1.5mLについても、pHを9.5に調整し、発色試薬である5-Br-PAPSを0.02mg添加して測定波長554nmにおける吸光度を測定した。各試験区及びコントロールの吸光度と、吸光度の値から算出されたカドミウムの回収率を下記表1に示す。
【0043】
【0044】
この結果によれば、疎水性カチオンの添加により、ろ過膜上に、試料液中に0.03mg/Lと極微量に含まれるカドミウムを捕集でき、90%を超える高い回収率で溶出液中に回収できることが示された。このことから、嵩高い第4級アンモニウムカチオンと、臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンがそれぞれ疎水性イオン会合体を生成し、ろ過膜上で凝集して捕集されることで、試料液からカドミウムを濃縮分離できることがわかった。
【0045】
[実施例2]
2.疎水性カチオンの検討(2)
本実施例では、試料液中に極微量に含まれるカドミウムの膜捕集に適した疎水性カチオンとその添加量について検討を行った。試験は、次のようにして行った。カドミウム標準液(Cd 1000mg/L)を純水で希釈して得た、カドミウム濃度が0.03mg/Lの試料液30mL(Cd量:0.008μmol)をビーカーにとり、臭化ナトリウムを10mmol添加して、臭化カドミウム錯イオン([CdBr4]2-)を生成させた。この臭化カドミウム錯イオン及び臭化物イオンとそれぞれイオン会合体を生成する疎水性カチオン(Q+)として、メチルトリ-n-オクチルアンモニウムカチオン(Capriquat+)を選択し、ビーカーに塩化メチルトリ-n-オクチルアンモニウムを所定量ずつ添加し、第1の疎水性イオン会合体([CdBr4]Q2)と第2の疎水性会合体(QBr)からなる乳濁粒子を生成させた。これをシリンジにとり、実施例1と同様にして、シリンジフィルターを用いて第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集し、溶離液として30w/w%の1-プロピルアルコール水溶液1.5mLを用いて、第1及び第2の疎水性イオン会合体が溶出された溶出液を得た。この溶出液に対し、実施例1と同様の方法により、赤色の5-Br-PAPS錯体を生成させ、測定波長554nmにおける吸光度を測定した。
【0046】
また、疎水性カチオン(Q
+)の塩として、上述した塩化メチルトリ-n-オクチルアンモニウム(Capriquat
+)に替えて、塩化ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウム(C18BzDMA
+)、塩化ベンジルジメチルヘキサデシルアンモニウム(C16BzDMA
+)、塩化ベンジルジメチルテトラデシルアンモニウム(C14BzDMA
+)並びに塩化ベンゼトニウム(Ben
+)を選択し、それぞれ所定量を添加して、上述と同様の方法にて試験を行った。結果を以下表2及び
図2に示す。
【0047】
【0048】
これらの結果によれば、塩化メチルトリ-n-オクチルアンモニウム(Capriquat+)、塩化ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウム(C18BzDMA+)、塩化ベンジルジメチルヘキサデシルアンモニウム(C16BzDMA+)及び塩化ベンジルジメチルテトラデシルアンモニウム(C14BzDMA+)を用いることにより、カドミウムのろ過膜への捕集及び溶出液への回収率に優れることが分かった。添加量としては、本実施例の設定条件においては、1~4μmolが好適であるが、疎水性カチオンの疎水性が高いものほど、(疎水性:C18BzDMA+>Capriquat+>C16BzDMA+>C14BzDMA+>Ben+)少ない添加量でカドミウムの捕集・回収効果が得られた。また、疎水性カチオンの添加量が一定量以下であると、試料液中で乳濁粒子が生成せず、かつカドミウムの回収率が低くなり、定量的なカドミウムの捕集・回収がなされないことがわかった。このことは、疎水性カチオンと臭化物イオンとからなる第2の疎水性イオン会合体が試料液中に一定量以上存在することによって、微量に生成する第1の疎水性イオン会合体が第2の疎水性イオン会合体相に抽出され、その結果ろ過膜上に捕集される作用機構を示していると推測された。また、添加する疎水性カチオンの種類によって、生成する乳濁粒子状の疎水性イオン会合体の物性が異なることがわかった。疎水性カチオンとして、メチルトリ-n-オクチルアンモニウムと塩化ベンゼトニウムを用いた場合、試料液中で生成した乳濁粒子は、ろ過膜上で液体状の乳濁物として凝集し、捕集された。他方、塩化ベンジルジメチルオクタデシルアンモニウム、塩化ベンジルジメチルヘキサデシルアンモニウム及び塩化ベンジルジメチルテトラデシルアンモニウムを用いた場合には、生成した乳濁粒子は、ろ過膜上で固体状の懸濁物として捕集された。
【0049】
[実施例3]
3.カドミウム錯イオン形成剤の検討
本実施例では、試料液に含まれるカドミウムと錯イオンを生成し、疎水性カチオンと反応して第1及び第2の疎水性イオン会合体を生成するハロゲン化物であって、カドミウムの膜捕集に適する化合物について検討を行った。試験は、次のようにして行った。カドミウム標準液(Cd 1000mg/L)を純水で希釈して得た、カドミウム濃度が0.03mg/Lの試料液30mL(Cd量:0.008μmol)をビーカーにとり、下記表3に示す錯イオン形成剤の各々について、それぞれ所定量ずつ添加して、カドミウムのハロゲン化物錯イオンを生成させた。これに、疎水性カチオン(Q
+)を含む塩として、塩化メチルトリ-n-オクチルアンモニウムを2μmol添加し、乳濁粒子状の第1及び第2の疎水性会合体を生成させた。これをシリンジにとり、実施例1と同様にして、シリンジフィルターを用いて第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集し、溶離液として30w/w%の1-プロピルアルコール水溶液1.5mLを用いて、第1及び第2の疎水性イオン会合体が溶出された溶出液を得た。この溶出液に対し、実施例1と同様の方法により、赤色の5-Br-PAPS錯体を生成させ、測定波長554nmにおける吸光度を測定した。結果を
図3のグラフに示す。
【0050】
【0051】
これらの結果によれば、臭化カリウム、臭化ナトリウム又は臭化水素酸を用いることにより、カドミウムのろ過膜への捕集及び溶出液への回収率に優れることが分かった。添加量としては、本実施例の設定条件においては、2.5mmol以上が好適であり、5mmol以上がより好適であった。また、疎水性カチオンと同様に、これら臭化物イオンを含む化合物の添加量が一定量以下であると、カドミウムの回収率が低くなり、定量的なカドミウムの捕集・回収がなされないことがわかった。このことは、疎水性カチオンと臭化物イオンとからなる第2の疎水性イオン会合体が試料液中に一定量以上存在することによって、微量に生成する第1の疎水性イオン会合体が第2の疎水性イオン会合体相に抽出され、その結果ろ過膜上に捕集される作用機構を裏付けていると推測された。また、興味深いことに同じ臭化物イオンを含む化合物であっても、臭化リチウムは他の臭化物イオンを含む化合物よりもカドミウムの回収率が低いことがわかった。さらに、カドミウムは臭化物イオンよりもヨウ化物イオンと錯体を生成し易いにもかかわらず、ヨウ化カリウムを添加したことによる効果は低いものであった。
【0052】
[実施例4]
4.マスキング剤の検討(1)
本実施例では、カドミウムの膜捕集に影響を与えることなく、試料液に共存する亜鉛及び鉛の錯体生成を妨げることができるマスキング剤及び反応時のpH条件について検討を行った。試験は、次のようにして行った。カドミウム標準液(Cd 1000mg/L)を純水で希釈して得た、カドミウム濃度が0.03mg/Lの試料液30mL(Cd量:0.90μg、0.008μmol)をビーカーにとり、水酸化ナトリウム水溶液又は塩酸水溶液を用いて所定のpHとなるように試料液のpHを各々調整した。これに対し、マスキング剤として、プロトカテク酸50mg(0.32mmol)、没食子酸50mg(0.29mmol)、イミノ二酢酸(IDA;0.19mmol)25mg又はニトリロ三酢酸三ナトリウム一水和物(NDA;(0.18mmol)50mgをそれぞれビーカーに添加し、溶解させた。また、マスキング剤を添加しないコントロールについても試験を行った。次に、疎水性カチオン(Q+)を含む塩として、塩化メチルトリ-n-オクチルアンモニウムを2μmol添加し、混合した後、臭化ナトリウムを10mmol添加した。これにより、臭化物との錯イオンを生成させると共に、乳濁粒子状の第1及び第2の疎水性会合体を生成させた。これをシリンジにとり、実施例1と同様にして、シリンジフィルターを用いて第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集し、溶離液として30w/w%の1-プロピルアルコール水溶液1.5mLを用いて、第1及び第2の疎水性イオン会合体が溶出された溶出液を得た。この溶出液に対し、実施例1と同様の方法により、赤色の5-Br-PAPS錯体を生成させ、測定波長554nmにおける吸光度を測定した。
【0053】
次に、カドミウム濃度が0.03mg/Lの標準溶液に替えて、亜鉛標準液を純水に希釈して得た亜鉛濃度が5.0mg/Lの試料液30mL(Zn量:150μg、2.29μmol)と、鉛標準液を純水に希釈して得た鉛濃度が5.0mg/Lの試料液30mL(Pb量:150μg、0.72μmol)とをそれぞれ用い、上述と同様の試験を行った。なお、鉛の試料液を用いた試験については、コントロール(マスキング剤無添加)、プロトカテク酸と没食子酸のみ効果を確認する試験を行った。
【0054】
また、ブランクコントロールとして、純水を試料液とし、マスキング剤を添加せずに、所定のpHとなるように試料液のpHを調整したものについて、上述と同様の試験を行った。
【0055】
結果を
図4及び
図5に示す。
図4(a)はマスキング剤無添加、
図4(b)はプロトカテク酸、
図4(c)は没食子酸を添加した際の結果を示している。また、
図5(a)はイミノ二酢酸、
図5(b)はニトリロ三酢酸三ナトリウムを添加した際の結果を示している。各グラフにおける四角形のマーカーはカドミウムを含む試料液に対する試験結果を、白抜き丸形は亜鉛を含む試料液に対する試験結果を、丸形は鉛を含む試料液に対する試験結果を、米印はコントロールブランク(純水)についての試験結果を示している。これらの結果によれば、カドミウムのハロゲン化物錯体を選択的に得るにあたり、プロトカテク酸及び没食子酸といったカテコール誘導体が、ハロゲン化物イオンと亜鉛又は鉛との錯体生成を妨げる優れたマスキング効果を有することが新たに見出された。
図4(b)及び(c)に示すように、没食子酸はpH2以下、プロトカテク酸はpH5以下においてカドミウムの捕集に影響を与えずに亜鉛及び鉛の錯体形成を妨害することができることがわかった。他方、
図4(a)に示すとおり、マスキング剤を添加していない場合、亜鉛および鉛は錯体を生成して膜上にかなりの量が捕集されることがわかった。また、
図5(a)に示すイミノ二酢酸は、亜鉛のマスキング効果に劣り、
図5(b)に示すニトリロ三酢酸三ナトリウムについては、カドミウムの捕集に影響を与えるため、不適と判断された。
【0056】
[実施例5]
5.マスキング剤の検討(2)
本実施例では、マスキング剤としてプロトカテク酸を選択し、試料液に共存し得る種々の金属イオンによるカドミウムの定量に与える影響を調べた。試験は次のようにして行った。カドミウム標準液(Cd 1000mg/L)を純水で希釈して得た、カドミウム濃度が0.03mg/Lの試料液30mL(Cd量:0.008μmol)をビーカーにとり、pHが2~3の範囲となるように試料液のpHを調整した。これにプロトカテク酸50mg(0.32mmol)を添加し、溶解させた。次に、疎水性カチオン(Q+)を含む塩として、塩化メチルトリ-n-オクチルアンモニウムを2μmol添加し、混合した後、臭化ナトリウムを10mmol添加した。これにより、臭化カドミウム錯イオンを生成させると共に、乳濁粒子状の第1及び第2の疎水性会合体を生成させた。これをシリンジにとり、実施例1と同様にして、シリンジフィルターを用いて第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集し、溶離液として30w/w%の1-プロピルアルコール水溶液1.5mLを用いて、第1及び第2の疎水性イオン会合体が溶出された溶出液を得た。この溶出液に対し、実施例1と同様の方法により、赤色の5-Br-PAPS錯体を生成させ、測定波長554nmにおける吸光度を測定した。また、ブランクコントロールとして、試料液を純水に替えて、上述と同様の試験を行った。
【0057】
次に、カドミウム濃度が0.03mg/Lの試料液に、下記表4に示す金属の金属標準液を5mg/L濃度となるように添加し、カドミウムと各種金属とを共存させた試料液について、上述と同様の試験を行った。また、コントロールとして、下記表4に示す金属の金属標準液を5mg/L濃度となるように純水で希釈して得た試料液についても、上述と同様の試験を行った。
【0058】
各種金属が共存する試料液におけるカドミウムの定量の精度について、測定された吸光度に基づき、次のとおり判定した。
・カドミウムを含まない試料液(Cd濃度 0mg/L):吸光度0.2未満が合格「〇」、吸光度0.2以上は不合格「×」
・カドミウムを0.03mg/L含む試料液(Cd濃度 0.03mg/L):吸光度1.1~1.3が合格「〇」、吸光度1.1未満及び1.3超は不合格「×」
【0059】
結果を下記表4に示す。この結果によれば、臭化物イオンとカテコール誘導体であるプロトカテク酸を選択することにより、Zn(II)及びPb(II)をはじめ、Al(III)、Ag(I)、Co(II)、Cu(II)、Fe(II)、Fe(III)、Mg(II)、Mn(II)又はNi(II)といった金属イオンが試料液中に含まれていても、これら共存成分の影響を受けずに、極めて選択的にカドミウムを精度よく分析できることが示された。
【0060】
【0061】
[実施例6]
6.溶離液の検討
本実施例では、ろ過膜上に捕集された第1及び第2の疎水性イオン会合体中のカドミウムを溶離液に定量的に溶出できる溶離液の検討を行った。試験は、次のようにして行った。カドミウム標準液(Cd 1000mg/L)を純水で希釈して得た、カドミウム濃度が0.03mg/Lの試料液30mL(Cd量:0.008μmol)をビーカーにとり、塩酸水溶液を用いてpHが1~2の範囲となるように試料液のpHを調整した。これにプロトカテク酸50mg(0.32mmol)を添加し、溶解させた。次に臭化ナトリウムを10mmol添加して、臭化カドミウム錯イオンを生成させた。これに、疎水性カチオン(Q+)を含む塩として、塩化メチルトリ-n-オクチルアンモニウムを2μmol添加し、乳濁粒子状の第1及び第2の疎水性会合体を生成させた。これをシリンジにとり、実施例1と同様にして、シリンジフィルターを用いて第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集した。次に、溶離液として、所定濃度の1-プロピルアルコール水溶液又はエチルアルコール水溶液1.5mLを用いて、第1及び第2の疎水性イオン会合体が溶出された溶出液を各々得た。この溶出液に対し、実施例1と同様の方法により、赤色の5-Br-PAPS錯体を生成させ、測定波長554nmにおける吸光度を測定した。
【0062】
また、ブランクコントロールとして、試料液を純水に替えて、上述と同様の試験を行った。
【0063】
結果を
図6に示す。
図6のグラフにおける四角形のマーカーは1-プロピルアルコール水溶液の試験結果を、白抜き丸形はエチルアルコール水溶液の試験結果を示している。実線はカドミウムを含む試料液に対する試験結果を、点線はブランクコントロール(試料液が純水)の試験結果である。これらの結果によれば、20~40w/w%の1-プロピルアルコール水溶液を用いることにより、ろ過膜上に捕集されたカドミウムを特に高い回収率で定量的に溶出できることがわかった。ここで、1-プロピルアルコール水溶液を選択した場合、アルコール濃度が25w/w%未満ではブランクコントロールの吸光度の上昇が観察されたことから、カドミウムの定量にあたっては、アルコール濃度を25~40w/w%とすることが好ましいことがわかった。
【0064】
[実施例7]
7.測定条件の検討
本実施例では、5-Br-PAPS-Cd錯体の吸収スペクトルに基づく、最適な測定条件についての検討を行った。本試験では、臭化カドミウム錯イオン生成工程、第1及び第2の疎水性イオン会合体生成工程、これらの膜捕集工程及び溶離に係る工程は省略し、溶離液に直接、所定量のカドミウムと5-Br-PAPSを添加して5-Br-PAPS-Cd錯体を生成させ、その吸収スペクトルを測定した。試験は、次のようにして行った。30w/w%の1-プロピルアルコール水溶液及び3g/Lのサリチルアルドキシムを含む溶離液1.5mLのpHを9.5に調整した後、0.02mgの5-Br-PAPSを加えた。この溶液に対し、カドミウムの添加量が0μg(ブランク)、0.09μg、0.3μg、0.6μg、0.9μg、1.2μg及び1.5μgとなるようにカドミウム標準液をそれぞれ添加し、5-Br-PAPS-Cd錯体を生成させた。この溶液の吸収スペクトルを分光光度計(製品名:デジタルパックテスト・マルチSP、株式会社共立理化学研究所製品、セル光路長2cm)を用いて測定した。
【0065】
結果を
図7に示す。5-Br-PAPS-Cd錯体のピークとして525nm及び554nmが得られた。いずれも測定波長として好適であるが、両者のうち、カドミウム添加量が0μg(ブランク)の吸光度が低い554nmの方がより測定波長として好ましいことがわかった。
【0066】
[実施例8]
8.検量線の作成
本実施例では、溶離液に直接、所定量のカドミウムを添加して5-Br-PAPS-Cd錯体を生成させ、その吸光度を測定することによって得られる検量線Aと、本発明に係る各工程(臭化カドミウム錯イオン生成工程、第1及び第2の疎水性イオン会合体生成工程、これらの膜捕集工程及び溶離工程)を経て得られた溶出液について5-Br-PAPS-Cd錯体を生成させ、その吸光度を測定することによって得られる検量線Bとを作製し、比較を行った。
【0067】
まず、検量線Aについては、30w/w%の1-プロピルアルコール水溶液及び3g/Lのサリチルアルドキシムを含む溶離液1.5mLについて、pHを9.5に調整した後、0.02mgの5-Br-PAPSを加えた。この溶液に対し、液量を30mLと仮定した場合のカドミウムの換算濃度が0mg/L(無添加)、0.003mg/L、0.01mg/L、0.02mg/及び0.03mg/Lとなるようにカドミウム標準液をそれぞれ添加し、5-Br-PAPS-Cd錯体を生成させた。この溶液の吸光度を分光光度計(製品名:デジタルパックテスト・マルチSP、株式会社共立理化学研究所製品、セル光路長2cm)を用い、測定波長554nmにて測定した。
【0068】
次に、検量線Bについては、純水からなる試料液30mLと、カドミウム標準液(Cd 1000mg/L)を純水で希釈して得た、カドミウム濃度が0.003mg/L、0.01mg/L、0.02mg/L、0.03mg/L、0.035mg/L及び0.04mg/Lの各試料液30mLを各々ビーカーにとり、pH調整剤を用いて試料液のpHを2~3に調整した。これにプロトカテク酸50mg(0.32mmol)を添加し、溶解させた。次に、疎水性カチオン(Q+)を含む塩として、塩化メチルトリ-n-オクチルアンモニウムを2μmol添加し、混合した後、臭化ナトリウムを10mmol添加した。これにより、臭化物との錯イオンを生成させると共に、乳濁粒子状の第1及び第2の疎水性会合体を生成させた。これをシリンジにとり、実施例1等と同様にして、シリンジフィルターを用いて第1及び第2の疎水性イオン会合体をろ過膜上に捕集し、溶離液として30w/w%の1-プロピルアルコール水溶液及び3g/Lのサリチルアルドキシムを含む溶離液1.5mLを用いて、第1及び第2の疎水性イオン会合体が溶出された溶出液を得た。この溶出液のpHを9.5に調整し、0.02mgの5-Br-PAPSを加えて5-Br-PAPS錯体を生成させ、測定波長554nmにおける吸光度を測定した。
【0069】
各々測定した吸光度に基づいて作製した検量線を
図8に示す。
図8のグラフ中、点線及び白抜き丸形のマーカーで示されているのが検量線A、実線及び四角形のマーカーで示されているのが検量線Bである。この結果より、検量線Aと検量線Bとはほぼ一致しており、本発明はカドミウムのろ過膜への捕集及び溶出液への定量的な回収に優れ、試料液中に極微量に含まれるカドミウムを高度に分離濃縮して精度よくカドミウム濃度を測定できることが示された。また、検量線Bの結果より、カドミウムの人の健康の保護に関する環境基準値である0.003mg/Lと、水質汚濁防止法における排水基準値である0.03mg/Lとが検量線Bの近似曲線の直線範囲にあるため、定量範囲として採用できることがわかった。
【0070】
本発明は、上記の実施形態又は実施例に限定されるものでなく、特許請求の範囲に記載された発明の要旨を逸脱しない範囲内での種々、設計変更した形態も技術的範囲に含むものである。