(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023018701
(43)【公開日】2023-02-09
(54)【発明の名称】処理層の形成方法
(51)【国際特許分類】
C01G 9/02 20060101AFI20230202BHJP
C09D 5/14 20060101ALI20230202BHJP
C09D 7/61 20180101ALI20230202BHJP
C09D 201/00 20060101ALI20230202BHJP
C12N 1/00 20060101ALN20230202BHJP
【FI】
C01G9/02 A
C09D5/14
C09D7/61
C09D201/00
C12N1/00 J
C12N1/00 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021122881
(22)【出願日】2021-07-28
(71)【出願人】
【識別番号】591167430
【氏名又は名称】株式会社KRI
(72)【発明者】
【氏名】吉川 弥
(72)【発明者】
【氏名】出口 朋枝
(72)【発明者】
【氏名】荒木 圭一
(72)【発明者】
【氏名】平瀬 辰朗
【テーマコード(参考)】
4B065
4G047
4J038
【Fターム(参考)】
4B065AA01X
4B065AA57X
4B065BD50
4B065CA60
4G047AA02
4G047AB02
4G047AC03
4G047AD04
4J038EA011
4J038HA216
4J038HA476
4J038JB01
4J038JB05
4J038JC37
4J038KA02
4J038KA06
4J038KA18
4J038LA03
4J038LA06
4J038MA09
4J038NA02
4J038PC02
4J038PC08
(57)【要約】
【課題】比較的簡便な手法で、基材表面に殺菌能を有する処理層を形成する方法を提供する。
【解決手段】 殺菌能を有する処理層を基材表面に形成する処理層の形成方法であって、 水に水溶性亜鉛塩とアミン系若しくはボラン系の還元剤を主成分とする浴成分を溶解してなる水溶液を得るとともに、当該水溶液中で酸化亜鉛の結晶粒子を析出させる結晶粒子析出工程と、前記結晶粒子析出工程で得た前記結晶粒子をバインダーとともに基材表面に塗布して処理層を形成する処理層形成工程からなる処理層の形成方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
殺菌能を有する処理層を基材表面に形成する処理層の形成方法であって、
水に水溶性亜鉛塩とアミン系若しくはボラン系の還元剤を主成分とする浴成分を溶解してなる水溶液を得るとともに、当該水溶液中で酸化亜鉛の結晶粒子を析出させる結晶粒子析出工程と、
前記結晶粒子析出工程で得た前記結晶粒子をバインダーとともに基材表面に塗布して処理層を形成する処理層形成工程からなる処理層の形成方法。
【請求項2】
前記水溶性亜鉛塩が硝酸亜鉛6水和物であり、前記アミン系若しくはボラン系の還元剤がジメチルアミンボラン若しくはヘキサメチレンテトラミンの何れか一方或いはそれらの両方である請求項1記載の処理層の形成方法。
【請求項3】
前記結晶粒子析出工程において、前記水溶液における水溶性亜鉛塩とアミン系若しくはボラン系の還元剤の濃度を調整するとともに、
前記結晶粒子の成長時間を調整して、前記結晶粒子の平均粒子サイズを調整する請求項1又は2記載の処理層の成形方法。
【請求項4】
前記水溶液において、
前記水溶性亜鉛塩の濃度を5mmol/L以上200mmol/L以下とし、
前記水溶性亜鉛塩と前記アミン系若しくはボラン系の還元剤とのモル比を0.1:1以上60:1以下として、
前記水溶液の温度を75℃以上95℃以下に維持する請求項1又は2記載の処理層の形成方法。
【請求項5】
前記結晶粒子析出工程における、前記結晶粒子の成長時間を30分以上6時間以下とする請求項4記載の処理層に形成方法。
【請求項6】
前記水溶液中に酸化亜鉛粒子を混入する請求項1~5のいずれか一項記載の処理層の形成方法。
【請求項7】
前記基材表面に塗布する塗布液が、前記結晶粒子、前記バインダー及び揮発性の溶媒を混合して成り、
前記塗布液中における前記結晶粒子の質量と前記バインダーの質量とに関し、
〔結晶粒子の質量〕/〔〔結晶粒子の質量〕+〔バインダーの質量〕〕を、
0.5以上0.9以下とする請求項1~6のいずれか一項記載の処理層の形成方法。
【請求項8】
前記基材表面に、前記処理層が形成された処理層形成部を設けるとともに、
層厚が前記処理層の厚さ以上とされ、前記処理層より硬い保護部を設ける請求項1~7のいずれか一項記載の処理層の形成方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項記載の処理層の形成方法により基材表面に処理層を形成し、当該処理層によりQβファージ、大腸菌、黄色ブドウ球菌、及び糸状菌の一種以上を不活性化する不活性化方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、菌に対して殺菌能を有する処理層を基材表面に形成する処理層の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の殺菌能を有する処理層に関する先行技術としては、特許文献1、2及び3を挙げることができる。
特許文献1は、金属粒子(a1)とフェノール樹脂(a2)との複合体であって金属原子- 酸素原子-炭素原子結合を有する金属樹脂複合材料を含有する、抗菌性組成物に関する出願であり、金属粒子 (a1)として、銀、銅、スズ、ニッケル、鉄、亜鉛、マンガン及びポリイミドからなる群より選択される少なくとも1種であることが好ましいと記されている。この抗菌性組成物は、基材の表面に塗布して使用することもできる。
【0003】
特許文献2に開示の技術は、接触すると細胞が死亡する新規な表面トポグラフィーを示す表面に関し、ナノオーダーの大きさを有するナノスパイクのアレイを含む合成殺菌表面とされる合成殺菌表面の製造方法に関する。
【0004】
一方、特許文献3には、殺菌能を有する物質として酸化亜鉛粒子を使用することが示されている。
この文献に開示の技術は、亜鉛イオン、塩素イオンおよび硫酸イオンを含有する水溶液で、該塩素イオンと該硫酸イオンとのモル比を所定の割合に調整して、前駆体を析出し、この前駆体を含有する水溶液を所定温度で水熱処理することにより得ることができる。
この技術で得ることができる酸化亜鉛粒子の粒子径は10μm~500μm程度である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2017-71562号公報
【特許文献2】特表2017-503554号公報
【特許文献3】特開2007-223873号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述の特許文献1,2,3に記載の技術は、それぞれ以下のような欠点がある。
【0007】
特許文献1に開示の技術では、記載の抗菌性組成物を使用することにより、基材表面に抗菌性樹脂層を形成できるが、組成物の製造工程が煩雑になるとともに、殺菌有効成分となる金属が樹脂に包摂された状態で表面に露出するため、その有効領域が限られる。
【0008】
特許文献2には、合成殺菌表面を形成する物質として酸化亜鉛が指摘されているが、この材料を使用して、真に殺菌能のある表面を得る方法に関しては明らかでない。
【0009】
特許文献3に開示の技術は、殺菌成分としての酸化亜鉛粒子を得る方法に関するが、得られる粒子の粒子径が大きく、この粒子による殺菌能は特許文献2に開示のナノスパイク形成によるものではなく、酸化亜鉛粒子が材料として固有に保持する殺菌能によるものと理解される。
【0010】
この実情に鑑み、本発明の主たる課題は、比較的簡便な手法で、基材表面に殺菌能を有する処理層の形成方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の第1特徴構成は、
水に水溶性亜鉛塩とアミン系若しくはボラン系の還元剤を主成分とする浴成分を溶解してなる水溶液を得るとともに、当該水溶液中で酸化亜鉛の結晶粒子を析出させる結晶粒子析出工程と、
前記結晶粒子析出工程で得た前記結晶粒子をバインダーとともに基材表面に塗布して処理層を形成する処理層形成工程からなる点にある。
【0012】
以下、アミン系若しくはボラン系の還元剤を単に還元剤と呼ぶことがあるものとする。
【0013】
本特徴構成によれば、結晶粒子析出工程において、水溶性亜鉛塩と還元剤とを少なくとも含む水溶液を作成し、酸化亜鉛の結晶粒子を成長させる。
ここで、必要となる処理は水溶液の作成であり、簡単に結晶粒子を製造することができる。しかも、水溶性亜鉛塩と還元剤とを適当な割合で混合した水溶液では、発明者がナノスパイクと呼ぶ、結晶核の周部にスパイク状の突起が突出した酸化亜鉛の結晶が形成される(
図3~6参照のこと)。
【0014】
図3~6からも分かるように、この結晶粒子は結晶核の周部にスパイク状の突起が突出した形態を有するが、その突起(後述するナノスパイク)は数~数百nmとなっており、ナノオーダーのものとできる。結果、殺菌能を発揮する。
【0015】
本発明の第2特徴構成は、
前記水溶性亜鉛塩が硝酸亜鉛6水和物であり、前記アミン系若しくはボラン系の還元剤がジメチルアミンボラン(DMAB)若しくはヘキサメチレンテトラミン(HMTA)の何れか一方或いはそれらの両方である点にある。
【0016】
本特徴構成によれば、これら安価で入手容易な出発原料(硝酸亜鉛6水和物、ジメチルアミンボラン、若しくはヘキサメチレンテトラアミン)を使用して、目的物を得ることができる。
【0017】
本発明の第3特徴構成は、
前記結晶粒子析出工程において、前記水溶液における水溶性亜鉛塩とアミン系若しくはボラン系の還元剤の濃度を調整するとともに、
前記結晶粒子の成長時間を調整して、前記結晶粒子の平均粒子サイズを調整する点にある。
【0018】
後述する実施形態で示すように、本発明に係る酸化亜鉛の結晶粒子は、出発原料である水溶性亜鉛塩と還元剤との濃度関係及び成長時間に大きく依存する。
原則的には、出発原料の濃度は結晶粒子の形成を過不足のない濃度に調整する必要がある、一方、成長時間は長くとる程、得られる結晶粒子の粒子サイズは大きくなる傾向を示す。
従って、出発原料の濃度と成長時間を適度に調整することにより、目的とする粒子サイズを備えた結晶粒子を得ることができる。
【0019】
本発明の第4特徴構成は、
前記水溶液において、
前記水溶性亜鉛塩の濃度を5mmol/L以上200mmol/L以下とし、
前記水溶性亜鉛塩と前記アミン系若しくはボラン系の還元剤とのモル比を0.1:1以上60:1以下として、
前記水溶液の温度を75℃以上95℃以下に維持する点にある。
【0020】
先にも記したように、水溶液における出発原料の濃度及び原料比は形成される粒子サイズを決定づける要因であり、この水溶性亜鉛塩の濃度が5mmol/Lより低い場合は所望の結晶粒子が形成され難い場合がある。一方、200mmol/Lより高い場合は、粒子サイズが小さくなり過ぎる傾向が生じる。
【0021】
一方、水溶性亜鉛塩に対する還元剤の割合に関しても、このモル比が0.1:1より低い、若しくは60:1より高いと、水溶性亜鉛塩と還元剤との間の適切は反応を促進し難くなりやすい。水溶液温度に関しては、この程度の温度域で所定の反応が良好に進行する。従って、上記のように水溶性亜鉛塩の濃度及び、水溶性亜鉛塩と還元剤とのモル比を選択し、所定の温度域に水溶液を管理することで、容易且つ確実に発明者が好ましと考える粒子サイズの結晶粒子構造を得ることができる。
【0022】
本発明の第5特徴構成は、
前記結晶粒子析出工程における、前記結晶粒子の成長時間を30分以上6時間以下とする点にある。
【0023】
本特徴構成によれば、30分~6時間の範囲内で、発明者らが目的とする、ナノスパイクを形成することができる。
ここで、30分より短い場合は成長が不十分となり、殺菌能に劣る場合が発生する場合がある。一方、6時間より長い場合は、成長しすぎる。
【0024】
本発明の第6特徴構成は、
前記水溶液中に酸化亜鉛粒子を混入する点にある。
【0025】
本特徴構成によれば、結晶粒子析出工程において、混入した酸化亜鉛粒子を核として結晶粒子の成長を促進できる。このように酸化亜鉛粒子を混入する場合は、混入しない場合に比べて、結晶粒子は結晶サイズが小さくなる傾向を示す。換言すると、酸化亜鉛粒子を添加することで、核となる粒子の数を多くすることが可能となるが、原料濃度が同じ場合、酸化亜鉛粒子の添加量が多いほど粒子サイズが小さくなる傾向を示す。
【0026】
本発明の第7特徴構成は、
前記基材表面に塗布する塗布液が、前記結晶粒子、前記バインダー及び揮発性の溶媒を混合して成り、
前記塗布液中における前記結晶粒子の質量と前記バインダーの質量とに関し、
〔結晶粒子の質量〕/〔〔結晶粒子の質量〕+〔バインダーの質量〕〕を、0.5以上0.9以下とする点にある。
【0027】
本特徴構成によれば、後に
図7に基づいて説明するように、処理層において、結晶粒子の突起が処理層表面に突出した状態を実現しながら、結晶粒子の基材表面への付着を維持できる。0.5未満とすると、突起がバインダーに覆われ不活性化が劣化する場合がある。一方、0.9より大きくなると、結晶粒子の付着性が劣る。
【0028】
本発明の第8特徴構成は、
前記基材表面に、前記処理層が形成された処理層形成部を設けるとともに、
層厚が前記処理層の厚さ以上とされ、前記処理層より硬い保護部を設ける点にある。
【0029】
本発明に係る処理層は、その構造上、摩擦等の影響を受けやすく、ナノスパイクが失われると目的とする殺菌能が低下する。
そこで、処理層形成部に対して保護部を設けることより、処理層の物理的保護が可能となる。この種の保護部は、その層厚を処理層の厚さ以上とし、処理層より硬い材料から形成することで、処理層の保護目的を達成できる。
この種の保護部は、後に紹介するように、縞状、格子状等とすることができるが、例えば、単なる突起を多数設けておいてもよい。
【0030】
以上説明してきたように、これまで説明してきた処理層の形成方法により、ナノスパイク構造を有する処理層を基材表面に適切に形成できる。
【0031】
さらに、この処理層は後に示すように、Qβファージ、大腸菌、黄色ブドウ球菌、及び糸状菌の一種以上を不活性化することができる。
これが不活性化方法にかかる本発明の第9特徴構成である。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の実施形態について図面に基づいて説明する。
図1に、本願に係る処理層1の形成プロセスを示した。
図からも判明するように、本発明に係る処理層1の形成方法は、(a)結晶粒子析出工程、(b)処理層形成工程を有してなる。
【0034】
(a)(b)には、各工程を模式的に示すとともに、それらの工程の右側に、(a)については、この工程で作成される、ナノスパイクを有する結晶粒子3の写真を、(b)については、この工程で作成される処理層1の写真を示した。本明細書において写真は全てSEM写真である。倍率は「×〇〇〇」で示した。本明細書では写真の倍率は基本「×3000」としている。ただし、
図1(b)の右側に示す写真及び
図3上側の三つの写真の倍率は「×30000」である。
【0035】
上記の処理層1は、基材10上に結晶粒子3をバインダーBにて付着して形成するが、以下に示す実施例では、基材10がポリイミドである例を示している。しかしながら、基材10としては、本発明の手法を採用する場合、別実施例で示す様に結晶粒子3を基材表面10aに付着させるバインダーBを選択することで、任意の基材10とすることができる。
【0036】
1.結晶粒子析出工程
この工程では、水に水溶性亜鉛塩とアミン系若しくはボラン系の還元剤を主成分とする浴成分を溶解してなる水溶液2を得るとともに、当該水溶液2中で酸化亜鉛の結晶粒子3を析出させる。析出に際しては、例えば混合操作の後、水溶液2を静置して結晶粒子3を析出しても良いし(自然析出)、別途、水溶液2に結晶粒子3の核となる酸化亜鉛粒子(以下、種粒子5とも呼ぶ)を混入して結晶粒子3を成長させてもよい。
図1(a)では、この意味から種粒子5の混入状態を仮想線で示している。
【0037】
図1(a)に示すように、水溶液2は、水に水溶性亜鉛塩とアミン系もボラン系還元剤を主成分とする浴成分を溶解して得ることができる。同図には、水溶性亜鉛塩が硝酸亜鉛6水和物(Zn(NO
3)
2・6H
2O)であり、還元剤がヘキサメチレンテトラミン(HMTA)或いはジメチルアミンボラン(DMAB)である例を代表的に示した。
【0038】
以下の説明において、水溶性亜鉛塩が硝酸亜鉛6水和物であり還元剤がヘキサメチレンテトラミン(HMTA)である場合の出発原料を「出発原料1」と呼び、水溶性亜鉛塩が硝酸亜鉛6水和物であり還元剤がジメチルアミンボラン(DMAB)である場合の出発原料を「出発原料2」と呼ぶものとする。
【0039】
水溶液2を得る場合、溶成分の濃度は、水溶性亜鉛塩の濃度を5mmol/L(リットル)以上、200mmol/L(リットル)以下とし、水溶性亜鉛塩に対する還元剤のモル比は0.1:1以上、60:1以下とできる。
【0040】
適宜、混合・攪拌した後、得られる水溶液2を静置することにより、複数の酸化亜鉛の結晶粒子3を成長させる。実際には、所定時間、加温状態で撹拌する。
【0041】
この段階では、水溶液2の温度は75℃~95℃に維持するとともに、その結晶粒子3の形成時間は0.5~6時間とすることができる。
水溶液2の内部に、中心核の周りにナノオーダーのナノスパイクが成長した酸化亜鉛の結晶粒子3が多数ランダムに析出する。ナノスパイクのサイズは0.1μm以上5μm以下の範囲とできる。
図3~
図6に示す例ではサイズが1μm以上5μm以下となっている。
【0042】
2.処理層形成工程
図1(b)に示すように、結晶粒子析出工程で得られた結晶粒子3を、水溶液2内から取り出し、バインダーBとともに基材10の表面10aに塗布して処理層1を形成する。
同図右に示す写真は後述する、この写真は
図7(c)に示すものである。
【0043】
以下、1.結晶粒子の製造、2.処理層の形成、3. 不活性化の検討の順に説明する。
1.結晶粒子の製造に関しては、出発原料として出発原料1及び出発原料2を使用する例を示し、2.処理層の形成に関しては、出発原料として1を使用する例を示す。
【0044】
1.結晶粒子の製造
1.―1 出発原料1の使用
出発原料1を使用する場合、酸化亜鉛の形成に係る反応系統は
図2に示す通りである。
この反応系統では、原料の加水分解、OH
-の生成及び亜鉛イオンとOH
―との相互作用による酸化亜鉛の生成が起こる。
【0045】
この検討における各実施例の条件を表1に記した。
同表において、「種粒子有無」は、「無」が種粒子5を添加しない自然析出を意味し、種粒子5を添加した例について、「製造会社、粒子サイズ及び濃度」を示している。
【0046】
種粒子5の粒子サイズに関しては、A社製の種粒子5の粒子サイズは20nmの1種とした(実施例2,4)。一方、B社製の種粒子5の粒子サイズは20nm、60nm、280nmの3種とした(実施例3,6)。
【0047】
種粒子5の濃度に関しては、A社製の種粒子5に関しては、0.003wt%、0.001wt%、0.0002wt%の3水準とした(実施例2)。B社製の種粒子5に関しては、0.01wt%の1水準とした(実施例3,4,6)。
ここで、種粒子5の濃度(wt%)は〔添加した種粒子5の質量〕/〔〔添加した種粒子5の質量〕+〔硝酸亜鉛6水和物の質量〕+〔HMTA或いはDMABの質量〕+〔溶媒の質量〕〕を意味する。
【0048】
表1において、出発原料に関する数値は各成分(硝酸亜鉛6水和物及びヘキサメチレンテトラミン)の濃度(mmol/500mL(ミリリットル))である。
即ち、水溶液2における水の量を500gとして、各成分を混合した。
【0049】
析出条件は75℃、6時間とした。ただし、発明者等は、0.5~6時間の範囲内で、目的とする結晶粒子3の析出が起こることを確認した。
【0050】
【0051】
表1に示す各実施例について、得られた結晶粒子3の写真を
図3~
図6に整理して示した。
【0052】
図3は、種粒子5の有無及び粒子サイズの変化に伴う結晶粒子3の状態を示したものである。同図には、実施例1、実施例5及び実施例6を示している。実施例6については、粒子サイズの異なる3種を示している。
【0053】
この図からも判明するように、種粒子5の添加の有無にかかわらず、本発明の手法を採用すると、結晶核の周部にスパイク状の突起が突出した、スパイク状の酸化亜鉛の結晶粒子3が形成できる。さらに、種粒子5を添加しない場合のほうが、結晶核の形成数が少ないことから、比較的大型のスパイク状の結晶粒子3を得ることができる。
また種粒子5を添加する場合、スパイク状の結晶粒子3は、結晶核の数が多くなることから小型化する傾向を示した。また、種粒子5の粒子サイズが大きいもの程、結晶粒子3は大型化した。
【0054】
図4は、種粒子5を添加する場合の種粒子5の濃度及び所定の濃度における粒子サイズの変化に伴う結晶粒子3の状態を示したものである。
同図には、実施例2、実施例3、実施例4及び実施例6を示している。実施例2については、濃度の異なる3水準を示している。実施例3、実施例6については粒子サイズの異なる各3種を示している。
【0055】
この図からも判明するように、種粒子5を添加する場合、種粒子5の濃度が高くなるにしたがって、形成される結晶粒子3は小型化する傾向を示した。また、種粒子5の粒子サイズが大きいもの程、結晶粒子3は大型化した。
【0056】
1.―2 出発原料2の使用
この場合の反応系統は以下の通りである。
【0057】
イ 硝酸亜鉛6水和物の分解、
〔化1〕
Zn(NO3)2・6H2O→Zn2++2NO3+6H2O
【0058】
ロ ジメチルアミンボランの加水分解、
〔化2〕
(CH3)2・NHBH3+2H2O→(CH3)2NH2
++HBO3+5H++6e-
【0059】
ハ 硝酸イオンと水との作用によるOH―の生成、
〔化3〕
NO3
-+H2O+2e-→NO2
-+2OH-
【0060】
ニ 亜鉛イオンとOH―との相互作用による酸化亜鉛の生成
〔化4〕
Zn2++2OH-→Zn(OH)2→ZnO+2H2O
【0061】
結果、水溶液内に結晶粒子3を得ることができる。
【0062】
この例では、以下の2項目を検討した。
イ 亜鉛に対する還元剤の量比を一定(1:1)として、水溶液2に於ける量を変化させ、さらに種粒子5の濃度を変化させた場合に得られる結晶粒子の状態
【0063】
結果を
図5に示した。
種粒子5は、B社製粒子径60nmのものとした。
【0064】
同図において、縦軸は出発原料2の量比(Zn(mM)/DMAB(mM)と表示)を示している。Zn(mM)は硝酸亜鉛6水和物の量をmmolで示し、DMAB(mM)はジメチルアミンボランの量をmmolで示している。先にも示したように、水溶液2中の水の量は500gである。横軸は種粒子5の濃度(wt%)を示している。種粒子5の濃度(wt%)の定義は、出発原料1の場合と同様である。
【0065】
同図からも判明するように、この出発原料2からも、本発明の手法を採用することにより、結晶核の周部にスパイク状の突起が突出した、スパイク状の酸化亜鉛の結晶粒子3が形成できる。さらに、種粒子5を添加する場合、スパイク状の結晶粒子3は、自然析出の場合より結晶核の数が多くなることから小型化する傾向を示した。また、種粒子濃度は、低いほうが結晶粒子3は大型化した。
【0066】
ロ 亜鉛に対する還元剤の量比、及び水溶液2におけるこれらの量を変化させ、種粒子5の粒子サイズ及びその濃度を一定として場合に得られる結晶粒子の状態
この結果を
図6に示した。
種粒子5は、B社製粒子径60nmのものとし、その濃度は0.001wt%とした。
【0067】
同図において、縦軸は出発原料2に於ける還元剤であるジメチルアミンボランの量をmmolで示している(DMAB〔mM〕と表示)を示している。横軸は出発原料2に於ける硝酸亜鉛6水和物の量をmmolで示している(Zn〔mM〕と表示)。先にも示したように、水溶液2中の水の量は500gである。
【0068】
同図からも判明するように、いずれの条件でも、結晶核の周部にスパイク状の突起が突出した、スパイク状の酸化亜鉛の結晶粒子3が形成されている。さらに、亜鉛に対する還元剤であるジメチルアミンボラン量が確保されたほうがスパイク状の酸化亜鉛の結晶粒子3が得やすいことが判明した。
【0069】
処理層形成工程
図1(b)に示すように、上記の結晶粒子形成工程を経て得た結晶粒子3とバインダーB及び溶媒との混合物を得て、基材10上に塗布するとともに乾燥して基材10上に処理層1を形成した。
【0070】
結晶粒子析出工程では、以下の組成の混合液とした。この例は、出発原料1について説明した表1の種粒子5を粒径60nmとした実施例6のものに相当する(
図3上側中央のもの)。
【0071】
結晶粒子を得るための水溶液組成
水溶性亜鉛塩:硝酸亜鉛6水和物
濃度 :10mmol
還元剤 :HMTA
濃度 :10mmol
種粒子5 :粒子サイズ60nmのZnO粒子
濃度 :0.001wt%
水 :500g
【0072】
以下に示す表2に、塗布に使用する結晶粒子3がバインダーBと混合され溶媒により希釈した混合液の各成分の量比を示した。
バインダーB :ポリスチレン
溶媒 :トルエン
基材10 :ポリイミド
【0073】
【0074】
ここで、結晶粒子濃度は、結晶粒子3の質量とバインダーBの質量との関係で以下の定義に従った。
〔結晶粒子の質量〕/〔〔結晶粒子の質量〕+〔バインダーの質量〕〕
【0075】
またこれら混合物の溶媒(具体的にはトルエン)による希釈に関しては、実施例7~10について、溶媒重量を記載順に4.5g、4.8g、5g、3.9gとした。
この例では、固形分を結晶粒子3とバインダーBとして、これら固形分の混合液内の濃度(固形分濃度)は表2に示すように、2.7%と一定となる。
【0076】
結果を
図7に示した。
従って、結晶粒子濃度を、50%以上90%以下とすることにより、目的とするスパイクが表面に露出した処理層を得ることができる。
【0077】
不活性化能の検討
上記のようにして得られる処理層1に関して、抗ウイルス性能、殺菌性能、防カビ性能(以下、単に不活化性能と表現する)を検討した。
検討対象としたウイルス、菌及びカビは、以下のものとした。
【0078】
対象ウイルス Qβファージ
(NBRC20012)
当該ウイルスはエンベロープ無しであり、宿主は大腸菌(Escherichia coil NBRC106373)とした。
対象菌 1.グラム陰性菌である大腸菌
(Escherichia coil NBRC15034)
対象菌 2.グラム陽性菌である黄色ブドウ球菌
(Staphylococcus aureus NBRC12732)
対象カビ 3.真菌類に属する糸状菌である黒カビ
(Aspergillus niger van tieghem NBRC105649)
【0079】
上記のように、先の表2に示した実施例9を用いて、その不活性化能を確認した。
【0080】
不活性化能の確認に当たっては、ウイルスに対してはウイルスプラーク法、対象菌1、2に関してはコロニーカウント法によりそれぞれ定量評価した。
【0081】
カビに関しては、目視観察法を採用した。具体的には、1.胞子液調整、2.処理時間・条件、3.メンテナンス・評価方法は以下の通りである。
1.胞子液調整
PDA寒天培地に種菌を播種し、30度・7日間培養した。
50mg/L スルホコハク酸ジオクチルナトリウム溶液により胞子を回収し、光学顕微鏡で胞子濃度をカウント後濃度を1×105個/mLに希釈し接種用胞子液とした。
試験片に接種用胞子液500μL,PD液体培地50μLおよび50mg/Lスルホコハク酸ジオクチルナトリウム溶液200μLを添加し、試験を開始した。
2.処理時間・条件
恒温槽内で30℃,100%加湿,暗所条件下で静置した。(加湿ボックス内へサンプルを設置)
3.メンテナンス・評価方法1
試験開始から、1週間に2度、目視による観察評価・写真撮影を行った。(月・木実施)
評価毎にPD液体培地50μLを添加した。
【0082】
抗ウイルス性能評価
表3に評価(初期から所定時間経過度後のウイルスの不活性化率(%))を示した。
【0083】
【0084】
結果、ウイルスに対しては180分程度でほぼ90%の不活性化率を達成できる。
【0085】
対象菌1,2に対する不活性化評価
表4に評価(初期から所定時間経過度後の菌の不活性化率(%))を示した。
【0086】
【0087】
結果、大腸菌に対しては60分程度で90%以上の不活性化率をさらに、180分で99%の不活性化率が達成できる。また、黄色ブドウ球菌に対しては幾分不活性化率は劣るものの、180分でほぼ90%が不活性化される。
【0088】
カビに対する不活性化評価
真菌類に属する糸状菌である黒カビに関しては、リファレンス(アルミ基材)が3~4日で菌の発生が認められたのに対して、17日に渡ってカビの発生は認められなかった。
【0089】
以上より、本発明が対象とする処理層1は、ウイルス、グラム陰性菌、グラム陽性菌、及び糸状菌に対して有効である。
【0090】
〔別実施形態〕
(1)上記の実施形態及び実施例においては、水溶性亜鉛塩としては、硝酸亜鉛6水和物の例を示したが、水に溶解して亜鉛イオンを生成すればよく、硝酸亜鉛、硫酸亜鉛、塩化亜鉛、酢酸亜鉛、乳酸亜鉛等も用いることができる。
【0091】
(2)上記の実施形態及び実施例においては、還元剤としては、ヘキサメチレンテトラミン(HMTA)及びジメチルアミンボラン(DMAB)の例を示したが、他にトリメチルアミンボラン(TMAB)、トリエチルアミンボラン(TEAB)等も使用することができる。
【0092】
(3)上記の実施例においては、水溶性亜鉛塩に対する還元剤の比としては、1:1の場合を主に示したが、発明者の検討によれば、この比として、0.1:1~60:1の範囲でも処理層を形成できる。
【0093】
(4)上記の実施形態及び実施例においては、基材材料としては、ポリイミド(PI)の例を示したが、バインダーBを選択することにより、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ガラス、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)も選択できる。その他、金属基板を基材として使用し、その表面に処理層を設けてもよい。
【0094】
(5)上記の実施においては、基材10の表面が平面である例を主に説明したが、基材10の表面に凹凸部を設け、この基材全面に処理層1を形成して、経時的に凹部に設けた処理層1が残存し、殺菌能を発揮できるようにしてもよい。
この構成においては、凸部が事実上の保護部となり、凹部が処理層形成部となる。
このように摩耗によることなく、
図8に示すように、保護部21と処理層形成部20とを別個に設けておき、その処理層形成部20上に処理層1を設けることもできる。この場合、保護部21は、その層厚が処理層1の厚さ以上とされ、処理層1より硬い部位とすることが好ましい。
【符号の説明】
【0095】
1 処理層
2 水溶液
3 結晶粒子
10 基材
10a 基材表面
20 処理層形成部
21 保護部
B バインダー