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特開2023-18763めっき皮膜、複合皮膜、摺動部品、めっき皮膜の製造方法、複合皮膜の製造方法、及び、摺動部品の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023018763
(43)【公開日】2023-02-09
(54)【発明の名称】めっき皮膜、複合皮膜、摺動部品、めっき皮膜の製造方法、複合皮膜の製造方法、及び、摺動部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 18/52 20060101AFI20230202BHJP
   C23C 18/32 20060101ALI20230202BHJP
   C25D 15/02 20060101ALI20230202BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20230202BHJP
   C25D 7/00 20060101ALI20230202BHJP
【FI】
C23C18/52 A
C23C18/32
C25D15/02 F
C23C28/00 B
C25D7/00 C
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021123010
(22)【出願日】2021-07-28
(71)【出願人】
【識別番号】391028339
【氏名又は名称】日本カニゼン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】森田 顕
【テーマコード(参考)】
4K022
4K024
4K044
【Fターム(参考)】
4K022AA02
4K022BA14
4K022BA34
4K022CA03
4K022CA15
4K022DA01
4K022DB02
4K022DB26
4K022DB29
4K022EA04
4K024AA03
4K024AB01
4K024AB12
4K024BA03
4K024BB04
4K024BC01
4K024CA01
4K024CA03
4K024CA04
4K024CA06
4K024DA03
4K024DA04
4K024DB06
4K024GA12
4K044AA02
4K044AB02
4K044BA06
4K044BA11
4K044BB03
4K044BC01
4K044CA04
4K044CA15
4K044CA18
4K044CA64
(57)【要約】
【課題】めっき皮膜の表面積を増加させる表面形状について荷重による劣化を抑制可能なめっき皮膜、複合皮膜、摺動部品、めっき皮膜の製造方法、複合皮膜の製造方法、及び、摺動部品の製造方法を提供する。
【解決手段】被めっき材11の表面に設けられためっき皮膜13であって、ニッケルまたはニッケル合金を含む皮膜部14と、皮膜部14の内部に位置する絶縁体または半導体の無機化合物粒子15と、を備え、皮膜部14の表面は、被めっき材11の表面に追従する平滑部14Aと、無機化合物粒子15の外形の少なくとも一部に倣った形状を有する凹部14Bと、を備える。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
被めっき材の表面に設けられためっき皮膜であって、
ニッケルまたはニッケル合金を含む皮膜部と、
前記皮膜部の内部に位置する絶縁体または半導体の無機化合物粒子と、を備え、
前記皮膜部の表面は、
前記被めっき材の表面に追従する平滑部と、
前記無機化合物粒子の外形の少なくとも一部に倣った形状を有する凹部と、を備える
めっき皮膜。
【請求項2】
前記凹部は、前記平滑部に対して1μm以上の深さを有し、
前記めっき皮膜の厚さ方向を含む前記めっき皮膜の断面において、
前記凹部の個数は、前記皮膜部の表面に沿う一次元方向において、100μmあたり1個以上100個以下であり、
前記凹部の開口幅の総和は、前記一次元方向において、100μmあたり2μm以上50μm以下である
請求項1に記載のめっき皮膜。
【請求項3】
前記皮膜部の表面において、前記凹部の面積が2%以上50%以下である
請求項1または2に記載のめっき皮膜。
【請求項4】
請求項1ないし3の何れか一項に記載のめっき皮膜と、
前記めっき皮膜の表面に位置する潤滑剤から構成される表面層と、を備える
複合皮膜。
【請求項5】
前記表面層は、前記潤滑剤として層状格子構造物を含む
請求項4に記載の複合皮膜。
【請求項6】
請求項4または5に記載の複合皮膜を備え、
前記複合皮膜の表面が摺動対象に摺接する面である
摺動部品。
【請求項7】
ニッケル成分が溶解し、かつ、絶縁体または半導体の無機化合物粒子が分散しためっき液を用いて、無電解めっき法または電気めっき法によって、前記ニッケル成分に由来したニッケルまたはニッケル合金を含む皮膜部を被めっき材の表面に析出させることで、前記皮膜部の内部及び表面に前記無機化合物粒子が共析しためっき皮膜を前記被めっき材の表面に形成する第一工程と、
前記めっき皮膜を、前記無機化合物粒子が可溶かつ前記皮膜部が不溶な溶液に接触させることによって、前記めっき皮膜の表面に存在する前記無機化合物粒子を溶解させて凹部を形成する第二工程と、を含む
めっき皮膜の製造方法。
【請求項8】
請求項7に記載のめっき皮膜の製造方法を用いて、被めっき材の表面に前記めっき皮膜を形成させた後、
潤滑剤からなる表面層を前記めっき皮膜の表面に形成する
複合皮膜の製造方法。
【請求項9】
請求項8に記載の複合皮膜の製造方法を用いて、摺動部品の表面に前記複合皮膜を形成する
摺動部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ニッケルまたはニッケル合金を含むめっき皮膜、当該めっき皮膜を含む複合皮膜、当該複合皮膜を備える摺動部品、めっき皮膜の製造方法、複合皮膜の製造方法、及び、摺動部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
表面処理技術の分野では、耐摩耗性及び耐食性等の向上を目的として、ニッケルまたはニッケル合金めっきが用いられる。めっき皮膜における表面積の増加は、めっき皮膜上への樹脂接着時の接着強度の向上、塗膜との密着性の向上、触媒や潤滑剤等の担持量の増加、はんだ付け時のはんだ付け性の向上を実現する。めっき皮膜における表面積の増加技術の一例は、Ni-P(ニッケル-リン)めっき皮膜を酸に浸漬させることで、めっき皮膜に微細孔を形成する(例えば、特許文献1を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平1-191789号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、めっき皮膜を酸に浸漬させる方法は、めっき皮膜の表面全体を粗面化し、先細り形状を有した凸部を表面全体に点在させる。このような方法によって製造されためっき皮膜に荷重が加わると、表面に点在する先細り形状の凸部に荷重が集中することで凹凸形状が損なわれる。その結果、めっき皮膜の表面に設けた樹脂や塗膜等がめっき皮膜から剥離するおそれがある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するためのめっき皮膜は、被めっき材の表面に設けられためっき皮膜であって、ニッケルまたはニッケル合金を含む皮膜部と、前記皮膜部の内部に位置する絶縁体または半導体の無機化合物粒子と、を備え、前記皮膜部の表面は、前記被めっき材の表面に追従する平滑部と、前記無機化合物粒子の外形の少なくとも一部に倣った形状を有する凹部と、を備える。
【0006】
上記構成によれば、皮膜部の表面が凹部を備えるため、凹部を備えない皮膜部の表面と比べて、皮膜部の表面積が増加する。これにより、めっき皮膜上への樹脂接着時の接着強度向上、塗膜との密着性の向上、触媒や潤滑剤等の担持量の増加、はんだ付け時のはんだ付け性の向上等が可能となる。また、皮膜部の表面が被めっき材の表面に追従する平滑部を備えるため、例えば、被めっき材の表面に追従しない凸形状がめっき皮膜の表面に点在している場合と比較して、皮膜部の表面に加えられた荷重がより大きな面積で分散される。これにより、めっき皮膜の表面形状の劣化を抑制できる。
【0007】
上記めっき皮膜において、前記凹部は、前記平滑部に対して1μm以上の深さを有し、前記めっき皮膜の厚さ方向を含む前記めっき皮膜の断面において、前記凹部の個数は、前記皮膜部の表面に沿う一次元方向において、100μmあたり1個以上100個以下であり、前記凹部の開口幅の総和は、前記一次元方向において、100μmあたり2μm以上50μm以下であることが好ましい。また、上記めっき皮膜において、前記皮膜部の表面において、前記凹部の面積が2%以上50%以下であることが好ましい。上記各構成によれば、皮膜部の表面において、平滑部の面積を十分に確保することでめっき皮膜の表面形状の劣化を好適に抑制しつつ、凹部によってめっき皮膜の表面積を増加させることができる。
【0008】
上記課題を解決するための複合皮膜は、上記何れかのめっき皮膜と、前記めっき皮膜の表面に位置する潤滑剤から構成される表面層と、を備える。上記構成によれば、平滑部と凹部とを備えるめっき皮膜の表面に潤滑剤から構成される表面層を設けることで、平滑部における摺動性を高めることができる。また、摺動に伴って平滑部上の潤滑剤が減少した場合でも、凹部に充填された潤滑剤が供給されることで、めっき皮膜表面の摺動性能が維持される。また、めっき皮膜上の凹部によって、潤滑剤の保持力を高めることができる。
【0009】
上記複合皮膜において、前記表面層は、前記潤滑剤として層状格子構造物を含むことが好ましい。層状格子構造物を含む潤滑剤は、他の固体潤滑剤、液体潤滑剤、及び、半固体状潤滑剤と比較して、摺動に際してめっき皮膜の表面から固体潤滑剤が減少しにくい。したがって、表面層が潤滑剤として層状格子構造物を含むことで、複合皮膜が設けられた部品が他の部品と摺動した際にも、摺動性能を好適に持続させることができる。
【0010】
上記課題を解決するための摺動部品は、上記何れかの複合皮膜を備え、前記複合皮膜の表面が摺動対象に摺接する面である。上記構成によれば、平滑部と凹部とを備える皮膜部を有するめっき皮膜上に層状格子構造物を含む潤滑剤から構成される表面層が設けられた複合皮膜を摺動部品の表面に備えることで、摺動部品の摺動性能を高めることができる。
【0011】
上記課題を解決するためのめっき皮膜の製造方法は、ニッケル成分が溶解し、かつ、絶縁体または半導体の無機化合物粒子が分散しためっき液を用いて、無電解めっき法または電気めっき法によって、前記ニッケル成分に由来したニッケルまたはニッケル合金を含む皮膜部を被めっき材の表面に析出させることで、前記皮膜部の内部及び表面に前記無機化合物粒子が共析しためっき皮膜を前記被めっき材の表面に形成する第一工程と、前記めっき皮膜を、前記無機化合物粒子が可溶かつ前記皮膜部が不溶な溶液に接触させることによって、前記めっき皮膜の表面に存在する前記無機化合物粒子を溶解させて凹部を形成する第二工程と、を含む。
【0012】
上記製造方法によれば、第一工程において、被めっき材に皮膜部と無機化合物粒子とを含むめっき皮膜が形成され、第二工程において、めっき皮膜の表面に存在する無機化合物粒子が溶解される。その結果、めっき皮膜の表面のうち無機化合物粒子が存在する箇所には、無機化合物粒子の外形に倣う形状を有する凹部が形成される。これにより、めっき皮膜上への樹脂接着時の接着強度の向上、塗膜との密着性の向上、触媒や固体潤滑剤等の担持量の増加、はんだ付け時のはんだ付け性の向上等が可能となる。また、めっき皮膜の表面のうち無機化合物粒子が存在しない箇所には、平滑な表面である平滑部が形成される。これにより、例えば、被めっき材の表面に追従しない凸形状がめっき皮膜の表面に点在している場合と比較して、皮膜部の表面に加えられた荷重がより大きな面積で分散される。したがって、めっき皮膜の表面形状の劣化を抑制できる。
【0013】
上記課題を解決するための複合皮膜の製造方法は、上記めっき皮膜の製造方法を用いて、被めっき材の表面に前記めっき皮膜を形成させた後、潤滑剤からなる表面層を前記めっき皮膜の表面に形成する。
【0014】
上記課題を解決するための摺動部品の製造方法は、上記複合皮膜の製造方法を用いて、摺動部品の表面に前記複合皮膜を形成する。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、めっき皮膜の表面積を増加させる表面形状について荷重による劣化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、摺動部品の断面図である。
図2図2は、複合皮膜の製造方法における第1工程において、被めっき材に形成されためっき皮膜の断面図である。
図3図3は、第1工程におけるめっき液の液面に対する被めっき材の角度と、めっき皮膜の表面における無機化合物粒子の表面積比率との関係を示すグラフである。
図4図4は、複合皮膜の製造方法における第2工程において、めっき皮膜の表面に露出した無機化合物粒子が除去されためっき皮膜の断面図である。
図5】実施例1において、めっき皮膜の表面に露出した無機化合物粒子が除去されためっき皮膜表面のSEM画像(二次電子像)である。
図6】実施例1において、めっき皮膜形成後、かつ、無機化合物粒子を除去する前の状態におけるめっき皮膜表面のSEM画像(反射電子像)を二値化した画像である。
図7】実施例1において、めっき皮膜の表面に露出した無機化合物粒子が除去されためっき皮膜断面のSEM画像(二次電子像)である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態について図1図4を参照して説明する。
[摺動部品]
図1に示すように、摺動部品10は、例えば、自動車のエンジンまたはパワートレイン等を構成する部品である。具体的に、摺動部品10は、エンジンのピストンやシリンダ、軸受け、摺動軸としてのシャフト、ブランジャポンプ、ワッシャ等の各種工業製品を構成する部品である。
【0018】
摺動部品10は、平面状、曲面状、または、球面状の平滑な表面を有した被めっき材11を備える。被めっき材11は、例えば、鉄鋼、銅合金、アルミニウム合金等の金属材料である。なお、被めっき材11は、金属材料に限定されず、ガラスまたは樹脂等の非金属材料でもよい。
【0019】
被めっき材11の表面には、複合皮膜12が設けられる。複合皮膜12の表面は、任意の摺動対象に摺接する面である。複合皮膜12は、被めっき材11の表面に位置するめっき皮膜13と、めっき皮膜13の表面に位置する表面層16とを備える。
【0020】
[めっき皮膜]
めっき皮膜13は、例えば、無電解めっき法または電気めっき法によって形成される層である。めっき皮膜13は、ニッケルまたはニッケル合金を含む皮膜部14と、皮膜部14とは異なる成分を有する粒子である無機化合物粒子15とを備える。めっき皮膜13の形成に用いられるめっき液は、ニッケル成分と、無機化合物粒子15とを含む。めっき皮膜13を形成するめっき法は、皮膜部14と無機化合物粒子15との共析である。めっき皮膜13を形成する共析は、ニッケル成分に由来する皮膜部14を被めっき材11の表面に析出させながら、無機化合物粒子15を皮膜部14の表面及び内部に取り込ませる。なお、めっき皮膜13のめっき厚は、例えば、3μm以上30μm以下であるが、3μm未満でもよいし、30μm超であってもよい。
【0021】
皮膜部14の表面は、平滑部14Aと、凹部14Bとを備える。
平滑部14Aは、被めっき材11の表面に追従する。平滑部14Aは、被めっき材11の表面と同じ程度に平滑、あるいは被めっき材11の表面よりも平滑な面である。平滑部14Aは、皮膜部14の表面のなかで凹部14Bに分断されない1つの面である。皮膜部14の表面は、平滑部14Aを海とし、凹部14Bを島とする海島構造を有する。
【0022】
凹部14Bは、無機化合物粒子15の外形の少なくとも一部に倣った形状を有する。例えば、無機化合物粒子15が結晶体である場合、無機化合物粒子15の外形は、無機化合物粒子15に固有の結晶面を有する。無機化合物粒子15の外形が結晶面を有する場合、凹部14Bを区切る面は、無機化合物粒子15の結晶面を反映した平面を含む。無機化合物粒子15が非結晶性の球状体である場合、無機化合物粒子15の外形は、小さい球面を有する。無機化合物粒子15の外形が球面を有する場合、凹部14Bを区切る面は、無機化合物粒子15の球面の少なくとも一部を反映した球面を有する。無機化合物粒子15が先細る外形面を有した針状体である場合、凹部14Bを区切る面は、無機化合物粒子15の先細る外形面の少なくとも一部を反映した先細る形状を有する。
【0023】
凹部14Bは、めっき皮膜13の形成において、平滑部14Aと共析された無機化合物粒子15を皮膜部14の表面から除去することで形成される。皮膜部14の表面が凹部14Bを備える構成は、皮膜部14の表面が凹部14Bを備えない構成と比べて、皮膜部14の表面積を増大させる。また、皮膜部14に加えられた荷重を平滑部14Aが受けることで、皮膜部14の表面が先細りの凸形状を備える構成と比べて、より大きな面積で荷重を分散できるため、めっき皮膜13の表面形状の劣化が抑制される。
【0024】
無機化合物粒子15は、めっき液のpH範囲において溶解度が低く、かつめっき液に溶解してもめっき皮膜13の形成を妨げない粒子である。無機化合物粒子15は、めっき皮膜13の形成に際して、無機化合物粒子15が帯電せず皮膜部14の析出自体には寄与しない非導電性を有した絶縁体または半導体の粒子である。本実施形態では、pH範囲が4.0以上6.0以下程度の弱酸性のめっき液を用いる。無機化合物粒子15は、皮膜部14が不溶である酸性溶液またはアルカリ性溶液に可溶である。無機化合物粒子15を構成する無機化合物は、例えば、金属塩、金属水酸化物、珪素酸化物である。金属塩、あるいは金属水酸化物を構成する金属の一例は、カルシウム、マグネシウム、ストロンチウム、マンガン、チタンからなる群から選択されるいずれか一種である。金属酸塩の一例は、リン酸塩、シュウ酸塩、炭酸塩である。具体的に、無機化合物粒子15を構成する材料は、リン酸マンガン、リン酸カルシウム、リン酸ストロンチウム、リン酸チタン、水酸化ニッケル、シュウ酸ニッケル、炭酸マグネシウムからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0025】
無機化合物粒子15の粒子径は、めっき皮膜13の厚さの要求値に対して、50%粒子径(メジアン径D50)で20%以上200%以下とすることが好ましい。上記範囲の粒子径を有した無機化合物粒子15を用いることで、皮膜部14の析出に際して無機化合物粒子15を好適に取り込ませることができ、かつ、皮膜部14に埋没し皮膜部14の表面に露出しない無機化合物粒子15を低減できる。
【0026】
また、無機化合物粒子15のモース高度は、純ニッケル及びニッケル合金と同程度、例えば、純ニッケルよりも高く、かつ、ニッケル合金よりも低いことが好ましい。例えば、純ニッケルのモース硬度が約3.5であり、ニッケル合金の一例であるニッケルリン合金のモース硬度が約6であり、無機化合物粒子15の一例であるリン酸マンガンが約5(代表値)である。無機化合物粒子15として純ニッケル及びニッケル合金と同程度のモース硬度を有する物質を用いることで、無機化合物粒子15の共析に伴うめっき皮膜13のモース硬度の増減を抑制できる。なお、無機化合物粒子15として、純ニッケル及びニッケル合金よりも高いモース高度を有する物質を用いてもよい。
【0027】
[表面層]
表面層16は、皮膜部14の平滑部14A上に存在するとともに、凹部14Bの内部にも充填される。表面層16は、一例として、潤滑剤から構成される。表面層16を構成する潤滑剤としては、液体潤滑剤(例えば潤滑油)、半固体状潤滑剤(例えばグリース)、固体潤滑剤の何れかが用いられる。固体潤滑剤としては、金属酸化物、金属水酸化物、金属硫化物、リン酸塩化合物等の無機化合物、スズ、鉛等の軟質金属、及び、樹脂であるPTFE等が挙げられる。表面層16は、摺動に伴って平滑部14A上の潤滑剤が減少した場合であっても、凹部14Bに充填された潤滑剤が供給されることで、摺動部品10の摺動性能が維持される。
【0028】
本実施形態のように複合皮膜12が摺動部品10に使用される場合、表面層16としては、層状格子構造物を含む固体潤滑剤を用いることが好ましい。層状格子構造物は、層状格子のへき開により摺動性能を向上させる。層状格子構造物は、固体潤滑剤の一例であって、例えば、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイト、窒化ホウ素、雲母等である。層状格子構造物は、摺動部品10が他の部品と摺動した際にも変形しながら平滑部14A上に留まることで摺動性能を持続させる。すなわち、層状格子構造物を含む固体潤滑剤は、他の固体潤滑剤、液体潤滑剤、及び、半固体状潤滑剤と比較して、摺動部品10が他の部品と摺動した際にめっき皮膜13の表面から固体潤滑剤が減少しにくい。また、層状格子構造物を含む固体潤滑剤は、仮にめっき皮膜13の表面から剥離した場合であっても摺動相手の部品表面に付着することで摺動性能を維持する。
【0029】
[実施形態の作用]
以下、図2図4を参照して、複合皮膜12の製造方法について説明する。
[第1工程]
図2に示すように、複合皮膜12の製造方法として、まず、無電解めっき法または電気めっき法によって、被めっき材11上にめっき皮膜13を形成する第1工程を行う。第1工程では、めっき液に含まれるニッケル成分に由来した皮膜部14が被めっき材11の表面に析出するとともに、析出した皮膜部14の表面及び内部に無機化合物粒子15が取り込まれて共析する。このとき、無機化合物粒子15が絶縁体または半導体の粒子であることで、めっき皮膜13の表面に露出した無機化合物粒子15の周囲に皮膜部14が析出することを抑制している。このため、皮膜部14の表面のうち無機化合物粒子15が露出した部分以外の部分は、被めっき材11の表面に追従した平滑部14Aとなる。以下、第1工程における無電解めっきまたは電気めっきの各々で用いるめっき液について説明する。
【0030】
[無電解めっき]
無電解めっき法の場合に用いるめっき液は、無機化合物粒子15、ニッケル成分、還元剤、錯化剤、及び、pH調整剤を含む。無機化合物粒子15の添加量は、例えば、0.1g/L以上20g/L以下であり、好ましくは0.5g/L以上10g/L以下であり、より好ましくは1g/L以上5g/L以下である。なお、無機化合物粒子15は、めっき液に溶解せずめっき液中に分散した状態で存在する。
【0031】
ニッケル成分は、めっき液に可溶な水溶性ニッケル化合物が使用される。水溶性ニッケル化合物は、例えば、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、スルファミン酸ニッケル、次亜リン酸ニッケルからなる群から選択される少なくとも1種である。特に、めっき液への溶解性が良好である点で硫酸ニッケルが好ましい。ニッケル成分の濃度は、例えば、0.5g/L以上50g/L以下である。
【0032】
還元剤は、例えば、次亜リン酸、次亜リン酸塩(ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩)、ジメチルアミンボラン、ヒドラジンからなる群から選択される少なくとも1種である。還元剤の濃度は、例えば、0.01g/L以上100g/L以下である。
【0033】
錯化剤は、例えば、モノカルボン酸、ジカルボン酸、ヒドロキシカルボン酸、アミノポリカルボン酸、エチレンジアミンジ酢酸、1-ヒドロキシエチリデン-1,1-ジホスホン酸、及びこれらのアンモニウム塩、カリウム塩、ナトリウム塩からなる群から選択される少なくとも1種である。モノカルボン酸は、例えば、酢酸、あるいは蟻酸である。ジカルボン酸は、例えば、マロン酸、コハク酸、アジピン酸、マレイン酸、フマール酸である。ヒドロキシカルボン酸は、例えば、リンゴ酸、乳酸、グリコール酸、グルコン酸、クエン酸である。アミノポリカルボン酸は、例えば、エチレンジアミンテトラ酢酸、ジエチレントリアミンペンタ酢酸である。他にも、ホスホン酸類、アミノ酸類等も錯化剤として用いてもよい。錯化剤の濃度は、例えば、5g/L以上180g/L以下である。
【0034】
pH調整剤は、例えば、硫酸、リン酸等の無機酸、水酸化ナトリウム、アンモニア水からなる群から選択される少なくとも1種である。無電解めっき法におけるめっき液のpH範囲は、通常、2以上9以下である。なお、本実施形態での無電解めっき法におけるめっき液のpH範囲は、4.0以上6.0以下である。
【0035】
また、めっき液には、各種の添加剤を添加してもよい。添加剤の一例である安定剤は、例えば、硝酸鉛及び酢酸鉛等の鉛塩、硝酸ビスマス及び酢酸ビスマス等のビスマス塩、チオジグリコール酸及びチオ硫酸ナトリウム等の硫黄化合物からなる群から選択される少なくとも1種である。安定剤の添加量は、例えば、0.01mg/L以上100mg/L以下である。添加剤の一例であるpH緩衝剤は、例えば、ホウ酸、リン酸、亜リン酸、炭酸、これらのナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩からなる群から選択される少なくとも1種である。緩衝剤の添加量は、例えば、0.1g/L以上200g/L以下である。添加剤の一例である界面活性剤は、例えば、ノニオン性、カチオン性、アニオン性、両性の各種界面活性剤を1種単独又は2種以上混合して用いることができる。界面活性剤の添加量は、例えば、0.1mg/L以上100mg/L以下である。
【0036】
本実施形態の無電解めっき法におけるめっき液は、25g/Lの硫酸ニッケル六水和物と、25g/Lの次亜リン酸ナトリウム一水和物と、20g/Lのリンゴ酸と、10g/Lの酢酸ナトリウムと、10g/Lの水酸化ナトリウムと、10g/Lのリン酸マンガンとを含む。他にも、めっき液には、めっき液中のビスマスイオンが0.5mg/Lとなるように任意の安定剤が添加される。
【0037】
[電気めっき]
電気めっき法の場合では、ワット浴、スルファミン酸ニッケル浴等のめっき液が用いられる。これらのめっき液では、無機化合物粒子15の他、ニッケル成分を含む。無機化合物粒子15の添加量は、電気めっき法であっても無電解めっき法場合と同様の数値範囲を適用できる。なお、無機化合物粒子15は、めっき液に溶解せずめっき液中に分散した状態で存在する。
【0038】
ワット浴の場合、ニッケル成分は、例えば、水溶性ニッケル化合物である硫酸ニッケル六水和物、塩化ニッケル六水和物、炭酸ニッケル四水和物からなる群から選択される少なくとも1種である。水溶性ニッケル化合物の中でも、被めっき材11への析出性に優れる点で、硫酸ニッケル六水和物または塩化ニッケル六水和物が好ましく、硫酸ニッケル六水和物と塩化ニッケル六水和物との混合物がより好ましい。ニッケル成分として硫酸ニッケル六水和物及び塩化ニッケル六水和物を混合して用いる場合、硫酸ニッケル六水和物の添加量が200g/L以上500g/L以下、かつ塩化ニッケル六水和物の添加量が70g/L以下であることが好ましい。また、スルファミン酸ニッケル浴の場合、ニッケル成分は、例えば、水溶性ニッケル化合物であるスルファミン酸ニッケル、塩化ニッケル六水和物、または、これらを混合した混合物である。
【0039】
また、めっき液には、各種の一次光沢剤及び二次光沢剤を添加してもよい。一次光沢剤は、例えば、サッカリン、ナフタレンスルホン酸ナトリウム等のベンゼン、ナフタレン等の誘導体、スルホン酸塩、スルホンアミドからなる群から選択される少なくとも1種である。二次光沢剤は、ブチンジオール、プロパルギルアルコール、クマリンからなる群から選択される少なくとも1種である。
【0040】
本実施形態におけるワット浴の場合のめっき液は、240g/Lの硫酸ニッケル六水和物と、45g/Lの塩化ニッケル六水和物と、45g/Lのホウ酸と、5g/Lのシュウ酸ニッケル二水和物粒子とを含む。他にも、光沢剤として、2g/L以下のサッカリンと、0.2g/L以下のブチンジオールとを含んでもよい。また、めっき液のpH範囲は、4.0以上4.5以下である。
【0041】
本実施形態におけるスルファミン酸ニッケル浴のめっき液は、450g/Lのスルファミン酸ニッケル四水和物と、15g/Lの塩化ニッケル六水和物と、30g/Lのホウ酸と、5g/Lのシュウ酸ニッケル二水和物粒子とを含む。また、めっき液のpH範囲は、4.0以上4.5以下である。
【0042】
[無機化合物粒子の共析量の制御方法]
ここで、図3を参照して、第1工程における無機化合物粒子15のめっき皮膜13への共析量の制御方法について説明する。図3に示すグラフ100の横軸は、めっき液の液面に対する被めっき材11の角度を表す。なお、横軸の角度は、めっき液の液面と被めっき材11とが平行な状態が0度であり、めっき液の液面と被めっき材11とが垂直な状態が90度である。グラフ100の縦軸は、第1工程で形成されためっき皮膜13、すなわち、表面に露出した無機化合物粒子15が除去される前のめっき皮膜13の表面における無機化合物粒子15の表面積比率を示す。
【0043】
グラフ100中の曲線101は、無電解めっき法によって形成されためっき皮膜13における無機化合物粒子15の表面積比率を示す。グラフ100中の曲線102は、電気めっき法によって形成されためっき皮膜13における無機化合物粒子15の表面積比率を示す。めっき液中の無機化合物粒子15の濃度は、曲線101及び曲線102の何れにおいても2.0g/Lである。
【0044】
グラフ100に示すように、めっき皮膜13の表面における無機化合物粒子15の表面積比率は、無電解めっき法及び電気めっき法の何れにおいても、めっき液の液面に対する被めっき材11の角度の増加に伴い減少した。したがって、めっき液の液面に対する被めっき材11の角度を制御することで、めっき皮膜13の表面における無機化合物粒子15の表面積比率、すなわち、めっき皮膜13における無機化合物粒子15の共析量を制御できる。
【0045】
具体的に、めっき液の液面に対する被めっき材11の角度は、0度以上90度以下であればよく、15度以上80度以下であればより好ましい。めっき液の液面に対する被めっき材11の角度を上記範囲とすることで、無機化合物粒子15をめっき皮膜13中に好適に共析させることができる。なお、めっき液の液面に対する被めっき材11の角度が90度超の場合は、めっき皮膜13中に無機化合物粒子15が共析しないおそれがある。
【0046】
[第2工程]
図4に示すように、第1工程で被めっき材11上に形成されためっき皮膜13を、無機化合物粒子15が可溶かつ皮膜部14が不溶な処理液に接触させる第2工程を行う。これにより、めっき皮膜13の表面に露出した無機化合物粒子15が溶解することで、無機化合物粒子15の外形の少なくとも一部に倣った形状を有する凹部14Bが形成される。
【0047】
第2工程で用いられる処理液は、有機酸または無機酸の何れかの酸成分を含む溶液である。処理液に含まれる酸成分は、皮膜部14が腐食されにくく、かつ、無機化合物粒子15を速やかに溶解させる観点から、塩酸、硫酸、硝酸、クロム酸等の無機酸が好ましい。処理液のpH範囲は、2.0以下であり、好ましくは1.0以下である。めっき皮膜13と処理液との接触方法は、浸漬法またはスプレー法を適用できる。本実施形態では、浸漬法を用いる。処理液における酸成分の濃度は、例えば0.1質量%以上10質量%以下である。また、第2工程における処理条件は、例えば、接触時間が30秒以上600秒以下、温度が10℃以上80℃以下である。
【0048】
凹部14Bの形状は、めっき皮膜13の表面において、無機化合物粒子15が皮膜部14から露出する程度に依存する。すなわち、凹部14Bは、開口部が内部よりも狭いもの、開口部が内部と同じ大きさのもの、または、開口部が内部よりも広いもの等、種々の形状を有する。特に、本実施形態では、開口部が内部よりも狭い凹部14Bを形成できることから、表面層16を構成する材料を好適に担持できる。
【0049】
凹部14Bは、皮膜部14の表面においてその面積比率が2%以上50%以下であることが好ましく、5%以上40%以下であればより好ましい。皮膜部14の表面における凹部14Bの面積比率が上記範囲であることで、平滑部14Aの面積を十分に確保しつつ、凹部14Bによって皮膜部14の表面積を増加させることができる。
【0050】
めっき皮膜13の厚さ方向を含むめっき皮膜13の断面において、平滑部14Aに対して1μm以上の深さを有する凹部14Bの個数は、皮膜部14の表面に沿う一次元方向において、100μmあたり1個以上100個以下が好ましい。また、100μmあたり2個以上50個以下であればより好ましい。そして、めっき皮膜13の断面において、平滑部14Aに対して1μm以上の深さを有する凹部14Bの開口幅の総和は、皮膜部14の表面に沿う一次元方向において、100μmあたり2μm以上50μm以下が好ましく、5μm以上40μm以下がより好ましい。めっき皮膜13の断面中、皮膜部14の表面に沿う一次元方向において、100μmあたり凹部14Bの個数、及び開口幅の総和が上記範囲であることで、平滑部14Aの面積を十分に確保しつつ、凹部14Bによって皮膜部14の表面積を増加させることができる。
【0051】
[第3工程]
最後に、第2工程で凹部14Bが形成されためっき皮膜13上に表面層16を形成する第3工程を行う。本実施形態では、めっき皮膜13上に層状格子構造物を含む固体潤滑剤から構成される表面層16を形成する。具体的に、水または有機溶剤からなる溶媒に層状格子構造物の粒子を分散させたディスパージョンを刷毛塗り、浸漬、スプレー等の方法でめっき皮膜13の表面に付着させた後、溶媒を加熱蒸発させることで表面層16を形成する。なお、上記ディスパージョンには層状格子構造物の粒子の他にバインダーとして樹脂等を配合しても良い。もしくは、層状格子構造物の粒子そのものを刷毛塗り、浸漬、スプレー等の方法でめっき皮膜13の表面に直接付着させてもよい。これにより、被めっき材11の表面に、めっき皮膜13と表面層16とを備えた複合皮膜12が形成される。
【0052】
[実施形態の効果]
上記実施形態によれば、以下に列挙する効果を得ることができる。
(1)皮膜部14の表面が凹部14Bを備えるため、皮膜部14の表面が凹部14Bを備えない構成と比べて、皮膜部14の表面積が増大する。これにより、表面層16を構成する潤滑剤の保持力の向上とともに潤滑剤の担持量が増加する。また、皮膜部14の表面が先細りの凸形状を備える構成と比べて、より大きな面積を有した平滑部14Aによって皮膜部14に加えられた荷重を分散できる。これにより、めっき皮膜13の表面形状の劣化を抑制できる。したがって、凹部14Bによる効果を好適に保つことができる。
【0053】
(2)凹部14Bの表面積比率、断面中の凹部14Bの個数及び開口幅の総和を制御することで、平滑部14Aの面積を十分に確保してめっき皮膜13の表面形状の劣化を好適に抑制しつつ、凹部14Bによってめっき皮膜13の表面積を増加させることができる。
【0054】
(3)めっき皮膜13の表面に潤滑剤で構成される表面層16を備えることで、摺動部品10の摺動性能を向上できる。また、摺動に伴い平滑部14A上の潤滑剤が減少しても、凹部14Bに充填された潤滑剤が平滑部14Aに供給されるため、摺動部品10の摺動性能が維持される。
【0055】
(4)表面層16として層状格子構造物を含む固体潤滑剤を用いることで、層状格子構造物が摺動に際してめっき皮膜13の表面から減少しにくいことから、摺動部品10が他の部品と摺動した際にも摺動性能を好適に持続させることができる。
【0056】
(5)第一工程において、被めっき材11に皮膜部14と無機化合物粒子15とを含むめっき皮膜13が形成され、第二工程において、めっき皮膜13の表面に露出した無機化合物粒子15が溶解される。その結果、めっき皮膜13の表面のうち無機化合物粒子15が露出した箇所には、無機化合物粒子15の外形に倣う形状を有する凹部14Bを形成できる。また、めっき皮膜13の表面のうち無機化合物粒子が存在しない箇所には、平滑な表面である平滑部14Aを形成できる。
【0057】
なお、上記実施形態は、以下のように変更して実施することができる。
・表面層16を構成する潤滑剤は、層状格子構造物を含む固体潤滑剤に限定されず、他の固体潤滑剤、液体潤滑剤、及び、半固体状潤滑剤であってもよい。この場合でも、上記(3)の効果を得ることができる。
【0058】
・複合皮膜12は、摺動部品10以外の用途にも適用可能である。したがって、めっき皮膜13上に表面層16を備える構成であれば、表面層16の材質は潤滑剤に限定されず、例えば、成形樹脂、各種塗膜、触媒、はんだ等の任意の材料を用いてもよい。この場合、めっき皮膜13上への樹脂接着時のアンカー効果による接着強度の向上、めっき皮膜13と塗膜との密着性の向上、触媒の担持量の増加、はんだ付け時の濡れ性向上によるはんだ付け性の向上等を達成できる。
【0059】
・平滑部14Aの面積を十分に確保でき、かつ、凹部14Bによってめっき皮膜13の表面積を増加させることができるのであれば、皮膜部14の表面における凹部14Bの面積比率は、2%以上50%以下に限定されず、例えば、50%超でもよい。同様に、めっき皮膜13の断面において、凹部14Bの個数は、皮膜部14の表面に沿う一次元方向において100μmあたり100個超でもよく、凹部14Bの開口幅の総和が100μmあたり50μm超でもよい。
【0060】
・被めっき材11とめっき皮膜13との間に下地となる各種のめっき皮膜を設けてもよい。例えば、無機化合物粒子15の粒子径に対して十分厚いめっき皮膜が求められる場合、無機化合物粒子15を含まないめっき液を用いて、被めっき材11とめっき皮膜13との間に無機化合物粒子15を含まない皮膜部14と同種のめっき皮膜を設けてもよい。この場合、被めっき材11とめっき皮膜13との間に設けられた無機化合物粒子15を含まないめっき皮膜により、凹部14Bが被めっき材11まで達することを抑制できる。なお、被めっき材11とめっき皮膜13との間に設けられるめっき皮膜は、皮膜部14と同種のめっき皮膜でなくてもよい。
【0061】
[実施例]
以下、本発明の実施例1~8及び比較例1~6について説明する。なお、各実施例及び各比較例は上記の実施形態を限定するものではない。
【0062】
[基材及びめっき前処理]
実施例1~8及び比較例1~6では、基材として50mm×50mm×t3.0mmの冷間圧延鋼板SPCC-SB(株式会社パルテック製)を用いた。また、めっき処理の前工程として、アルカリ脱脂、脱イオン水洗、電解脱脂、脱イオン水洗、酸洗(17%塩酸)、脱イオン水洗の順に基材の表面清浄化を行った。
【0063】
[実施例1]
スターラーで撹拌した状態の無電解めっき液に基材を浸漬させ、90℃にて膜厚が約5μmになるまで無電解めっきした。めっき液として、中高リン型無電解ニッケルめっき液「SE-666」(日本カニゼン社製)に、2g/Lのリン酸マンガン粒子「PL-55A」(日本パーカライジング社製)を添加したものを用いた。その後、15%塩酸に常温で30秒浸漬させることで、めっき皮膜表面に共析したリン酸マンガン粒子を溶解除去した後、水洗、乾燥した。
【0064】
[実施例2]
リン酸マンガン粒子に代えてリン酸チタン粒子(フジミインコーポレーテッド社製)を0.5g/L添加した点を除き実施例1と同様に無電解めっきした。その後、実施例1と同様にめっき皮膜表面に共析したリン酸チタン粒子を溶解除去した後、水洗、乾燥した。
【0065】
[実施例3]
リン酸マンガン粒子に代えて4g/Lの水酸化ニッケル粒子(純正化学社製)を添加した点を除き実施例1と同様に無電解めっきした。その後、実施例1と同様にめっき皮膜表面に共析した水酸化ニッケルを溶解除去した後、水洗、乾燥した。
【0066】
[実施例4]
ワット浴に5g/Lのシュウ酸ニッケル二水和物粒子(米山薬品工業製)を添加し、スターラーで撹拌しながら基材を浸漬させ、50℃にて電流密度が2A/dmである直流電解で膜厚が約5μmになるまで電気めっきした。ワット浴は、280g/Lの硫酸ニッケル、40g/Lの塩化ニッケル、及び、20g/Lのホウ酸を含み、pHが4.5であった。その後、70℃に加温した5%無水クロム酸に600秒浸漬させることにより、めっき表面に共析したシュウ酸ニッケル粒子を溶解除去した後、水洗、乾燥した。
【0067】
[実施例5]
実施例1と同様の工程によりめっき皮膜を形成した後、めっき皮膜上に二硫化モリブデン含有潤滑塗料デフリックコート、HMB-2(川邑研究所製)を乾燥膜厚5μmになるように塗装して固体潤滑皮膜を形成した。
【0068】
[実施例6]
実施例2と同様の工程によりめっき皮膜を形成した後、実施例5と同様の工程によりめっき皮膜上に固体潤滑皮膜を形成した。
【0069】
[実施例7]
実施例3と同様の工程によりめっき皮膜を形成した後、実施例5と同様の工程によりめっき皮膜上に固体潤滑皮膜を形成した。
【0070】
[実施例8]
実施例4と同様の工程によりめっき皮膜を形成した後、実施例5と同様の工程によりめっき皮膜上に固体潤滑皮膜を形成した。
【0071】
[比較例1]
中高リン型無電解ニッケルめっき液「SE-666」(日本カニゼン社製)に基材を浸漬させ、スターラーで撹拌しながら90℃にて膜厚が約5μmになるまで無電解めっきした後、水洗、乾燥した。
【0072】
[比較例2]
比較例1と同様の工程によりめっき皮膜を形成させた後、30%硝酸に常温にて1分浸漬させてめっき皮膜表面にマイクロクラックを形成させた。その後、水洗、乾燥した。
【0073】
[比較例3]
220g/Lの硫酸ニッケル、150g/Lの塩化ニッケル、20g/Lのホウ酸を含むめっき液を用いて、スターラーで撹拌しながら基材を浸漬させ、50℃にて電流密度8A/dmの直流電解で電気めっきした。膜厚は、約1μmとした。その後、水洗、乾燥した。
【0074】
[比較例4]
比較例1と同様の工程によりめっき皮膜を形成した後、実施例5と同様の工程によりめっき皮膜上に固体潤滑皮膜を形成した。
【0075】
[比較例5]
比較例2と同様の工程によりめっき皮膜を形成した後、実施例5と同様の工程によりめっき皮膜上に固体潤滑皮膜を形成した。
【0076】
[比較例6]
比較例3と同様の工程によりめっき皮膜を形成した後、実施例5と同様の工程によりめっき皮膜上に固体潤滑皮膜を形成した。
【0077】
[凹部面積率評価方法]
実施例1~8及び比較例1~6について、めっき皮膜を走査型電子顕微鏡(SEM)で取得したSEM画像を観察することにより、めっき皮膜の表面における凹部の面積比率を測定した。一例として、実施例1のめっき皮膜13をSEMで取得した二次電子像を図5に示す。
【0078】
図5に示すように、実施例1のめっき皮膜13は、平滑部14Aと凹部14Bとの境界が明確なため、画像解析により凹部14Bの面積比率を求めることができる。実施例1では、凹部14Bの面積比率が22%であった。
【0079】
また、図6は、実施例1のめっき皮膜13形成後に、めっき皮膜13表面に共析した無機化合物粒子15であるリン酸マンガン粒子を塩酸で溶解させずに、#3000のエメリー紙で軽く水研した後のSEM画像(反射電子像)である。なお、図6は、SEMにより取得された反射電子像を、画像解析手法の一例である大津の二値化法を用いて二値化した画像である。図6では、重元素で構成される皮膜部14が露出している平滑部14Aが明るく、比較的軽元素で構成される無機化合物粒子15が埋まっている部分が暗く映し出されている。この場合、暗く映し出された無機化合物粒子15の部分を、処理液によって溶解されて凹部14Bが形成される部分とみなすことができる。このような手法によれば、より簡便に凹部14Bの面積比率を求めることができる。また、反射電子像ではなくEDSにより無機化合物粒子15固有の元素を検出しても同様の効果を得ることができる。
【0080】
[凹部個数評価方法、及び、凹部開口幅評価方法]
実施例1~8及び比較例1~6について、めっき皮膜上にその表面の保護を目的として銅めっきを電気めっきした後、樹脂埋めした。その後、めっき皮膜の厚さ方向を含む断面を観察可能に加工して断面のSEM画像を観察することにより、単位長さ100μmあたりでの1μm以上の深さを有する凹部の個数、及び、開口幅の総和を測定した。一例として、実施例1のめっき皮膜13の断面をSEMで観察した際の二次電子像を図7に示す。なお、図7中の破線200は、平滑部14Aの稜線を繋いだ線である。また、図7中の破線201は、破線200と同一形状の線であって、破線200から被めっき材11の方向に1μm平行移動させた線である。
【0081】
図7に示すように、実施例1のめっき皮膜13は、その表面に銅めっき層20が設けられている。実施例1において、平滑部14Aに対して1μm以上の深さを有する凹部14Bの個数が、単位長さ100μmあたり10個であった。また、1μm以上の深さを有する凹部の開口幅の総和が、単位長さ100μmあたり23μmであった。
【0082】
[塗膜密着性評価方法]
実施例1~4及び比較例1~3について、めっき皮膜上にスプレー塗料(株式会社アサヒペン製、水性多用途スプレー黒)を塗装することで、乾燥膜厚15μm以上20μm以下の塗膜を形成した。その後、めっき皮膜上に形成された塗膜の上から、鋭利なカッターで基材表面に達する格子状のカット疵を形成した。具体的に、第1方向に延びるカット痕を1mm間隔で11本形成し、さらに、第1方向と直交する第2方向に延びるカット痕を1mm間隔で11本形成した。第2方向に延びる各カット痕は、第1方向に延びる各カット痕と交差するように形成された。次いで、めっき皮膜上に形成された塗膜の上にセロハンテープを付着させた後、セロハンテープを引き剥がした。そして、格子状のカット痕によって区画される100個の領域のうち塗膜が50%以上剥離した領域の個数を測定した。各カット痕によって区画される100個の領域のうち塗膜が50%以上剥離した領域の個数が11個以上のものを不良(×)とし、1個以上10個以下のものを並(△)とし、0個のものを良(〇)とした。
【0083】
[摺動性評価方法]
実施例5~8及び比較例4~6について、ボールオンディスク法による摩擦試験を用いて摺動性について評価した。球形試験片は、直径10mmのSUJ2Cを用いた。測定条件は、荷重が19.6N、摺動円直径が10mm、回転速度が300rpmであった。評価方法としては、回転時の摩擦力を摩擦係数μに換算し、摩擦係数μが0.1を超えるまでの時間を測定した。摩擦係数μが0.1を超えるまでの時間が、2000秒未満のものを不良(×)とし、2000秒以上4000秒未満のものを並(△)とし、4000秒以上6000秒未満のものを良(〇)とし、6000秒以上のものを最良(◎)とした。
【0084】
【表1】
【0085】
表1に示すように、実施例1~8では、凹部14Bの面積比率が2%以上50%以下であった。また、実施例1~8では、めっき皮膜13の断面において、100μmあたり凹部14Bの個数が1個以上100個以下であり、かつ、凹部14Bの開口幅の総和が100μmあたり2μm以上50μm以下であった。これに対して、比較例1,4では、凹部が確認されなかった。また、比較例2,5及び比較例3,6では、めっき皮膜の表面全体に凹部が観察され、凹部の面積比率が50%を超えた。なお、比較例3,6では、ニッケルめっき層の結晶が、(1.1.1)面および(3.1.1)面に強い配向性与えることで、表面全体が激しい凹凸形状を有しためっき皮膜が形成される。
【0086】
そして、実施例1~4では、塗膜密着性評価において、比較例1~3よりも優れた結果が得られた。比較例1では、凹部が存在しないことから、めっき皮膜と塗膜との密着性が低かったものと考えられる。比較例2では、凹部を形成する際の酸によってめっき皮膜自体が変質したため、めっき皮膜と基材との間で剥離が生じたものと考えられる。比較例3では、凹部の面積こそ大きいものの、凹部を区画するめっき皮膜自体が滑らかな表面を有するため、めっき皮膜と塗膜との密着性が低かったものと考えられる。
【0087】
また、実施例5~8では、摺動性評価において、比較例4~6よりも優れた結果が得られた。比較例4では、凹部が存在しないことから、めっき皮膜と固体潤滑皮膜との密着性が低いため、摺動に伴い固体潤滑皮膜が減少したものと考えられる。比較例5では、凹部を形成する際の酸によってめっき皮膜自体が変質したため、めっき皮膜と基材との間で剥離が生じたものと考えられる。比較例6では、凹部を区画するめっき皮膜自体が滑らかな表面を有するため、めっき皮膜が固体潤滑皮膜を維持できず摺動により固体潤滑皮膜が減少したものと考えられる。また、比較例5,6では、上記の理由に加えて、凹部の面積が大きく平滑部の面積が小さいため、摺動に伴い表面の凹凸形状が損なわれることで、固体潤滑皮膜を担持できなかったものと考えられる。
【符号の説明】
【0088】
10…摺動部品
11…被めっき材
12…複合皮膜
13…めっき皮膜
14…皮膜部
14A…平滑部
14B…凹部
15…無機化合物粒子
16…表面層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7