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特開2023-19711多収化に有効なイネ科植物の新規な短稈遺伝子
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023019711
(43)【公開日】2023-02-09
(54)【発明の名称】多収化に有効なイネ科植物の新規な短稈遺伝子
(51)【国際特許分類】
   A01H 6/46 20180101AFI20230202BHJP
   A01H 1/02 20060101ALI20230202BHJP
   A01H 5/04 20180101ALI20230202BHJP
   C12Q 1/6895 20180101ALI20230202BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20230202BHJP
【FI】
A01H6/46
A01H1/02 Z ZNA
A01H5/04
C12Q1/6895 Z
C12N15/09 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021124651
(22)【出願日】2021-07-29
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 1.ウェブサイトのアドレスhttps://www2.aeplan.co.jp/mbsj2020/ 掲載日:令和2年11月19日 2.第43回日本分子生物学会年会 開催日:令和2年12月4日 3.ウェブサイトのアドレスhttps://www.nacos.com/jsb/06/06PDF/139abstract2021S.pdf 掲載日:令和3年 3月15日 4.一般社団法人日本育種学会第139回講演会要旨集(育種学研究 第23巻 別冊1号,一般社団法人日本育種学会) 発行日:令和3年 3月19日 5.一般社団法人日本育種学会第139回講演会 開催日:令和3年3月21日
(71)【出願人】
【識別番号】304023318
【氏名又は名称】国立大学法人静岡大学
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【弁理士】
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100170520
【弁理士】
【氏名又は名称】笹倉 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】富田 因則
【テーマコード(参考)】
2B030
4B063
【Fターム(参考)】
2B030AA02
2B030AB03
2B030AD04
2B030AD07
2B030CA05
4B063QA01
4B063QA13
4B063QQ04
4B063QQ42
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR55
4B063QR62
4B063QS25
4B063QS34
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】耐倒伏性および生産性を兼ね備えた植物の作出に利用するための新規なイネ科植物短稈遺伝子を提供すること。
【解決手段】イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端からの距離3.3~5.6Mbの領域に存在するDNAマーカーを検出することによって、d64遺伝子の存在を判別することを特徴とする、短稈イネ科植物の選抜方法等が提供される。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端からの距離3.3~5.6Mbの領域に存在するDNAマーカーを検出することによって、d64遺伝子の存在を判別することを特徴とする、短稈イネ科植物の選抜方法。
【請求項2】
前記DNAマーカーがRM10183である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記DNAマーカーが、イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される地点にあるSNPである、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記SNPが、3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
短稈イネ科植物の作出方法であって、
(a)短稈の形質を有する第一の親イネ科植物と、第二の親イネ科植物とを交配して、雑種植物を得ること、
(b)前記雑種植物間の交配、または前記雑種植物との戻し交配もしくは多系交配を行って、後代植物を得ること、
(c)さらに、後代植物間の交配、または後代植物との戻し交配もしくは多系交配を繰り返し行ってもよく、
(d)いずれかの世代または全ての世代の植物について、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法により短稈イネ科植物を選抜すること
を含む、方法。
【請求項6】
前記第一の親イネ科植物が、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される1以上の位置に変異を含む短稈イネ科植物である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記変異が、3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
前記第二の親イネ科植物が、短稈の形質を有しないイネ科植物である、請求項5~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される位置に変異が導入された、短稈イネ科植物。
【請求項10】
前記変異が、3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される、請求項9に記載の短稈イネ科植物。
【請求項11】
イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される地点のSNPを含むDNAマーカー。
【請求項12】
前記SNPが、3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される、請求項11に記載のDNAマーカー。
【請求項13】
請求項11または12に記載のDNAマーカーを検出するためのプローブまたはプライマー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多収化に有効なイネ科植物の新規な短稈遺伝子に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、激化する気候変動の下、度重なる台風の襲来によりイネの倒伏による収穫量の減少が問題となっており、イネの耐倒伏性強化または頑健化が求められている。イネの耐倒伏性強化や頑健化のために、短稈性を示す遺伝子としては六十種類ほど知られているが、そのほとんどは極矮性か粒が小さくなる等の特性を合わせ持つため、収穫量の増加にはつながらない。
【0003】
有益な短稈遺伝子としては、現在、sd1およびd60(特許文献1)が知られているが、遺伝的多様性を拡大する育種の理念に鑑みると、現在の限られた短稈遺伝子源とは別に、新たな短稈遺伝子源を探索する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第6056042号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、耐倒伏性および生産性を兼ね備えた植物の作出に利用するための新規なイネ短稈遺伝子を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、日本晴を親にし、短稈を受け継ぐ「黄金晴」と、伊勢神宮で台風直撃の際に唯一倒伏しなかった変異種「イセヒカリ」の短稈遺伝子について、遺伝学的およびゲノム科学的に分析した。その結果、新規な短稈遺伝子を見出し、「d64」と命名した。
【0007】
したがって、本願発明は、以下の実施態様を含む。
[1]イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端からの距離3.3~5.6Mbの領域に存在するDNAマーカーを検出することによって、d64遺伝子の存在を判別することを特徴とする、短稈イネ科植物の選抜方法。
[2]前記DNAマーカーがRM10183である、[1]に記載の方法。
[3]前記DNAマーカーが、イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される地点にあるSNPである、[1]に記載の方法。
[4]前記SNPが、3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される、[3]に記載の方法。
[5]短稈イネ科植物の作出方法であって、
(a)短稈の形質を有する第一の親イネ科植物と、第二の親イネ科植物とを交配して、雑種植物を得ること、
(b)前記雑種植物間の交配、または前記雑種植物との戻し交配もしくは多系交配を行って、後代植物を得ること、
(c)さらに、後代植物間の交配、または後代植物との戻し交配もしくは多系交配を繰り返して行ってもよく、
(d)いずれかの世代または全ての世代の植物について、[1]~[4]のいずれか1項に記載の方法により短稈イネ科植物を選抜すること
を含む、方法。
[6]前記第一の親イネ科植物が、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される1以上の位置に変異を含む短稈イネ科植物である、[5]に記載の方法。
[7]前記変異が、3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される、[6]に記載の方法。
[8]前記第二の親イネ科植物が、短稈の形質を有しないイネ科植物である、[5]~[7]のいずれか1項に記載の方法。
[9]第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される位置に変異が導入された、短稈イネ科植物。
[10]前記変異が、3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される、[9]に記載の短稈イネ科植物。
[11]イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される地点のSNPを含むDNAマーカー。
[12]前記SNPが、3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される、[11]に記載のDNAマーカー。
[13][11]または[12]に記載のDNAマーカーを検出するためのプローブまたはプライマー。
【発明の効果】
【0008】
本発明によると、イネ科植物の第1染色体上にあるDNAマーカーを使用してd64遺伝子の存在を判別することにより、短稈イネ科植物を容易に選抜することができる。該短稈イネ科植物は、背丈がコシヒカリよりも低く、粒の大きさがコシヒカリと同等であり、かつ、穂数がコシヒカリよりも多いという有益な特徴を有することが分かった。したがって、本発明によれば、耐倒伏性に優れ、かつ、多収性であるイネ科植物を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】全ゲノム解析により得られた、二重短稈コシヒカリ(コシヒカリsd1d64)における第1染色体上のsd1とd64の位置関係を示すSNP頻度分布を示す。
図2】d64を移入したコシヒカリ(コシヒカリd64)、sd1を移入したコシヒカリ、二重短稈コシヒカリ(コシヒカリsd1d64)と、コシヒカリの比較を示す。
図3】d64を移入したコシヒカリ(コシヒカリd64)、sd1を移入したコシヒカリ、二重短稈コシヒカリ(コシヒカリsd1d64)、およびコシヒカリの写真である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
新規な短稈遺伝子d64は、以下の方法で見出された。コシヒカリと黄金晴との交雑Fにおいて黄金晴型短稈個体とコシヒカリ型長稈個体が1:3に分離した。一方、sd1を有するコシヒカリ同質遺伝子系統である「コシヒカリsd1」(ヒカリ新世紀)と黄金晴との交雑F、およびコシヒカリsd1とイセヒカリとの交雑Fでは、コシヒカリsd1よりさらに低い二重短稈型が分離した。したがって、sd1とは異なる短稈遺伝子の存在が分かり、「d64」と命名した。さらに、イセヒカリと黄金晴との交雑Fでは稈長が分離しなかったことから、これらの品種は同じ短稈遺伝子d64を持つことが分かった。
【0011】
続いて、上記の交雑Fにおいてそれぞれ、黄金晴型短稈個体、黄金晴由来二重短稈個体およびイセヒカリ由来二重短稈個体を選抜して、d64以外がコシヒカリゲノムに置換されるようにコシヒカリおよびコシヒカリsd1への6回の戻し交雑を行い、99.2%がコシヒカリゲノムに置換された「コシヒカリd64-k」、「コシヒカリsd1d64-k」および「コシヒカリsd1d64-i」を育成した。また、晩生・短稈品種であるイセヒカリに由来する晩生遺伝子Hd16のみを移入した同質遺伝子系統「コシヒカリHd16」も育成した。次いで、コシヒカリの遺伝的背景を持つこれらの同質遺伝子系統の全ゲノム解析を行い、「コシヒカリHd16」にはなく、「コシヒカリd64-k」、「コシヒカリsd1d64-k」および「コシヒカリsd1d64-i」にのみ共通して存在し、かつ日本晴起源のSNP(Single Nucleotide Polymorphism:一塩基多型)を探索した。その結果、上記の要件を満たすSNPは、第1染色体の短腕末端部の3箇所および第7染色体の1箇所に絞られた。さらに、これらの候補SNPの付近にある既知のDNAマーカーと黄金晴型短稈との連鎖を調べたところ、第1染色体上のSSRマーカーRM10183(3.745Mb)が黄金晴型短稈と強く連鎖していた。このことから、第1染色体の短腕末端部の3箇所のSNP、すなわち、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点にあるSNPがd64の原因となることが分かった。このうち、3,380,549塩基地点は、転写因子R2R3-MYBをコードする遺伝子領域に含まれることから、d64は、R2R3-MYB遺伝子の変異と関連することが予想される。
【0012】
したがって、d64は、イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端からの距離3.3~5.6Mbの領域に座乗する短稈遺伝子である。本明細書において、「短稈遺伝子」とは、イネ科植物の短稈化をもたらす遺伝子、またはイネ科植物の短稈化に関与する遺伝子をいう。
【0013】
d64遺伝子は、例えば、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される1以上の地点に変異を含む塩基配列を有する。本明細書において「変異」には、置換、欠失および挿入が含まれる。例えば、上記変異は、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、上記3,380,548塩基地点におけるT(チミン)からC(シトシン)、G(グアニン)またはA(アデニン)への置換、上記5,534,571塩基地点におけるCからG、AまたはTへの置換、および上記5,538,047塩基地点におけるCからT、GまたはAへの置換からなる群から選択される1以上の変異であってもよい。好ましくは、上記変異は、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、上記3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、上記5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および上記5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される1以上の変異であってもよい。
【0014】
本明細書において、「d64を有しないイネ科植物」または「d64遺伝子を有しない系統」としては、例えば、コシヒカリ、ひとめぼれ、つや姫、キヌヒカリ等が挙げられる。
【0015】
本発明の一態様として、イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端からの距離3.3~5.6Mbの領域に存在するDNAマーカーを検出することによって、d64遺伝子の存在を判別することを特徴とする、短稈イネ科植物の選抜方法(以下、「本発明の短稈イネ科植物の選抜方法」ともいう)が提供される。
【0016】
本明細書において、「短稈イネ科植物」とは、背丈が短縮されたイネ科植物をいい、好ましくは、穂の長さおよび籾の大きさは正常であるが、背丈が短縮されたイネ科植物をいう。また、「イネ科植物」には、限定するものではないが、イネ、コムギ、オオムギ、カラスムギ、ライムギ、キビ、アワ、ヒエ、トウモロコシ、シコクビエ、モロコシ等が包含される。イネには、栽培種および野生種が含まれ、好ましくは栽培イネ、例えば限定するものではないが、Oryza sativa L.に属する種々の品種および系統を用いることができる。
【0017】
「DNAマーカー」とは、遺伝分析のための目印(マーカー)として利用することができる、個体または系統によって塩基配列に違いが見られるDNA多型を意味し、例えば、RFLP(制限酵素DNA断片長多型)、AFLP(増幅断片長多型)、SSR(単純反復配列)、STS(配列タグ部位)、SNP(一塩基多型)、RAPD(ランダム増幅断片多型)などの種類がある。既知のDNAマーカーは、例えば、公開データベースから検索することができる。
【0018】
本発明の短稈イネ科植物の選抜方法における「第1染色体の5’短腕末端からの距離3.3~5.6Mbの領域に存在するDNAマーカー」は、例えば、d64遺伝子と低い組換え価(例えば15%以下、好ましくは10%以下)で連鎖するDNAマーカーである。該DNAマーカーは、例えば、d64遺伝子を有する系統とd64遺伝子を有しない系統との交雑Fを展開し、d64ホモ型F個体から得たゲノムDNAに対し、特異的なパターンを示す第1染色体上の5’短腕末端からの距離3.3~5.6Mbの領域に存在するDNAマーカーを見出し、該特異的なパターンを示したDNAマーカーについて組換え価を求めることによって得ることができる。またさらに、該特異的なパターンを示したDNAマーカーについて、戻し交雑によりゲノム置換率を求め、低い置換率、例えば50%以下の置換率のものをDNAマーカーとして用いてもよい。なお、組換え価は以下の式によって求められる。
組換え価(%)=(組換え型配偶子数/全配偶子数)×100
【0019】
上記DNAマーカーとして、例えば、RM10183を用いることができる。M10183は、第1染色体の5’短腕末端からの距離3.745MbにあるSSRマーカーである。
【0020】
また、本発明の短稈イネ科植物の選抜方法における「第1染色体の5’短腕末端からの距離3.3~5.6Mbの領域に存在するDNAマーカー」の別の例として、イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される1以上の地点にあるSNPを用いることができる。該DNAマーカーのさらなる例として、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点におけるTからC、GまたはAへの置換、第1染色体の5’短腕末端から5,534,571塩基地点におけるCからG、AまたはTへの置換、および第1染色体の5’短腕末端から5,538,047塩基地点におけるCからT、GまたはAへの置換からなる群から選択される1以上のSNPを含むDNAマーカーを用いることができる。該DNAマーカーのまたさらなる例としては、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、第1染色体の5’短腕末端から5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および第1染色体の5’短腕末端から5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される1、2または3個のSNPを用いることができる。これらのSNPマーカーは、新規なDNAマーカーである。
【0021】
したがって、本発明の別の態様として、イネ科植物の第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される地点のSNPを含む、d64遺伝子の存在を判別するためのDNAマーカー(以下、「本発明のDNAマーカー」ともいう)が提供される。本発明のDNAマーカーの一例として、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点におけるTからC、GまたはAへの置換、第1染色体の5’短腕末端から5,534,571塩基地点におけるCからG、AまたはTへの置換、および第1染色体の5’短腕末端から5,538,047塩基地点におけるCからT、GまたはAへの置換からなる群から選択されるSNPを含むDNAマーカーが提供される。本発明のDNAマーカーのさらなる例として、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、第1染色体の5’短腕末端から5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および第1染色体の5’短腕末端から5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択されるSNPを含むDNAマーカーが提供される。
【0022】
本発明の短稈イネ科植物の選抜方法における「検出」とは、DNAマーカーを検出するための当該分野で常套の方法を用いて実施すればよく、使用されるDNAマーカーの種類に応じて当業者が適当に選択することができる。例えば、PCR法、サザンブロッティング法、AFLP法などが挙げられる。
【0023】
SSRマーカーの場合は、例えば、各SSRに特異的なプライマーを用いて、検体から抽出したDNAを鋳型とするPCRを行い、増幅産物の長さを検出することにより、検体が目的遺伝子を有するか否かを判断することができる。
【0024】
SNPマーカーの場合は、例えば、SNPアレルごとに特異的にハイブリダイズするプローブを設計し、該プローブの末端をSNPアレルごとに異なる蛍光色素およびクエンチャーで修飾し、該プローブより外側に設計したプライマーを用いてPCR法により検出することができる。該プライマーの伸長反応によってプローブが分解されて、蛍光色素とクエンチャーが離れることにより発せられる蛍光を測定することにより、アレル特異的な蛍光の増幅曲線を得、検体がどのSNPアレルを持つかを判断することができる。蛍光色素としては、限定するものではないが、例えば、FAM、HEX等が使用される。アレル特異的なプローブ、およびプライマーは、検体のゲノム情報に基づいて、当業者が適宜設計することができる。SNPマーカーは、既知の方法で検出することができ、例えば、限定するものではないが、TaqMan PCR法、Invader法、一塩基伸長法、Pyrosequencing法等を用いることができる。
【0025】
したがって、本発明の別の態様として、本発明のDNAマーカーを検出するためのプローブまたはプライマーが提供される。このようなプローブおよびプライマーは、当該分野で既知の方法により容易に設計および作製することができる。例えば、限定するものではないが、SNPを含む約17bpに結合する蛍光色素付きプローブと、SNPの前後約100bp離れて結合する約20bpのプライマー対が提供される。
【0026】
本発明の短稈イネ科植物の選抜方法は、例えば、新規な短稈イネ科植物を作出するための育種方法に利用される。かかる育種方法としては、当該分野で既知の一般的な方法が挙げられる。したがって、本発明の一態様として、短稈イネ科植物の作出方法であって、
(a)短稈の形質を有する第一の親イネ科植物と、第二の親イネ科植物とを交配して、雑種植物を得ること、
(b)前記雑種植物間の交配、または前記雑種植物との戻し交配もしくは多系交配を行って、後代植物を得ること、
(c)さらに、後代植物間の交配、または後代植物との戻し交配もしくは多系交配を繰り返し行ってもよく、
(d)いずれかの世代または全ての世代の植物について、本発明の短稈イネ科植物の選抜方法によって短稈イネ科植物を選抜すること
を含む、方法(以下、「本発明の短稈イネ科植物の作出方法」ともいう)が提供される。
【0027】
本発明の短稈イネ科植物の作出方法において、「短稈の形質を有する第一の親イネ科植物」として、d64を有するイネ科植物が用いられる。d64を有するイネ科植物の例としては、限定するものではないが、黄金晴、イセヒカリ、日本晴、および本発明の短稈イネ科植物の選抜方法により選抜して得られる短稈イネ科植物が挙げられる。さらに、d64を有するイネ科植物として、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される1以上の位置に変異を含む短稈イネ科植物を用いることができる。前記変異は、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて決定される。例えば、限定するものではないが、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点におけるTからC、GまたはAへの置換、第1染色体の5’短腕末端から5,534,571塩基地点におけるCからG、AまたはTへの置換、および第1染色体の5’短腕末端から5,538,047塩基地点におけるCからT、GまたはAへの置換からなる群から選択される変異を含む短稈イネ科植物を用いてよい。例えば、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、第1染色体の5’短腕末端から5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および第1染色体の5’短腕末端から5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される変異を含む短稈イネ科植物を用いてもよい。
【0028】
本発明の短稈イネ科植物の作出方法において、「第二の親イネ科植物」としては、いずれのイネ科植物であってもよく、特に限定されない。例えば、短稈の形質を有しないイネ科植物を第二の親イネ科植物として用いてもよい。短稈の形質を有しないイネ科植物としては、限定するものではないが、コシヒカリ、ひとめぼれ、つや姫、キヌヒカリ等が挙げられる。あるいは、短稈の形質を有するイネ科植物を第二の親イネ科植物として用いてもよく、かかる短稈イネ科植物としては、d64を有するイネ科植物、d64以外の短稈遺伝子を有するイネ科植物、d64とそれ以外の短稈遺伝子の2以上の短稈遺伝子を有するイネ科植物、または短稈の形質の原因が分かっていない短稈イネ科植物であってもよい。d64以外の短稈遺伝子としては、例えば、限定するものではないが、sd1、d60等が挙げられる。
【0029】
本発明の短稈イネ科植物の作出方法では、第一親植物と第二親植物との交配によりF雑種植物を得た後、前記F雑種植物間の交配、または前記F雑種植物との戻し交配もしくは多系交配を行って後代植物を得る。さらに、前記後代植物間の交配、または前記後代植物との戻し交配もしくは多系交配を行って更なる後代植物を得てもよく、またさらに、前記更なる後代植物間の交配、または前記更なる後代植物との戻し交配もしくは多系交配を行ってもよい。このように、後代植物間の交配、および後代植物との戻し交配および多系交配は繰り返し行ってもよく、その回数は特に限定されず、当業者により適宜決定すればよい。
【0030】
戻し交配においては、片方の親植物として、第一または第二の親イネ科植物、あるいは第一または第二の親イネ科植物以外のイネ科植物を用いる。多系交配においては、片方の親植物として、第一または第二の親イネ科植物以外のイネ科植物を用いる。「第一または第二の親イネ科植物以外のイネ科植物」としては、第一または第二の親イネ科植物と異なるイネ科植物であれば特に限定されず、いずれのイネ科植物であってもよい。戻し交配および多系交配において、親植物の種類はいくつ含んでいてもよく、親植物の数は限定されない。
【0031】
例えば、短稈の形質を有しないイネ科植物を「第一または第二の親イネ科植物以外のイネ科植物」として用いてもよい。短稈の形質を有しないイネ科植物としては、限定するものではないが、コシヒカリ、ひとめぼれ、つや姫、キヌヒカリ等が挙げられる。あるいは、短稈の形質を有するイネ科植物を「第一または第二の親イネ科植物以外のイネ科植物」として用いてもよく、かかる短稈イネ科植物としては、d64を有するイネ科植物、d64以外の短稈遺伝子を有するイネ科植物、d64とそれ以外の短稈遺伝子の2以上の短稈遺伝子を有するイネ科植物、または短稈の形質の原因が分かっていない短稈イネ科植物であってもよい。d64以外の短稈遺伝子としては、例えば、限定するものではないが、sd1、d60等が挙げられる。
【0032】
戻し交配を複数回行う場合、反復親として、同じ親イネ科植物を用いてもよいし、または異なる親イネ科植物を用いてもよく、当業者が適宜選択することができる。
【0033】
本発明の短稈イネ科植物の作出方法において、本発明の短稈イネ科植物の選抜方法による選抜は、上記の工程(a)、(b)および(c)によって得られるいずれの世代において行ってもよい。選抜された短稈イネ科植物は、次の交配に用いられる。本発明の短稈イネ科植物の選抜方法による選抜の回数を増やすことにより、例えば全ての世代において当該選抜を行うことにより、より正確な短稈イネ科植物の選抜が可能となり、より効率良く短稈イネ科植物を得ることができる。
【0034】
さらに、本発明の一態様として、d64遺伝子が導入された新規な短稈イネ科植物(以下、「本発明の短稈イネ科植物」ともいう)が提供される。本発明の短稈イネ科植物は、例えば、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される位置に変異が導入された、短稈イネ科植物である。前記変異は、例えば、1塩基の変異であってもよい。例えば、前記変異は、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点におけるTからC、GまたはAへの置換、第1染色体の5’短腕末端から5,534,571塩基地点におけるCからG、AまたはTへの置換、および第1染色体の5’短腕末端から5,538,047塩基地点におけるCからT、GまたはAへの置換からなる群から選択される変異であってもよい。またさらに、前記変異は、例えば、d64を有しないイネ科植物のゲノム配列と比べて、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点におけるTからCへの置換、第1染色体の5’短腕末端から5,534,571塩基地点におけるCからGへの置換、および第1染色体の5’短腕末端から5,538,047塩基地点におけるCからTへの置換からなる群から選択される変異であってもよい。
【0035】
さらなる例として、本発明の短稈イネ科植物に導入された変異は、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される地点を含む2塩基~数十塩基の領域の置換、挿入または欠失であってもよい。
【0036】
変異の導入は、当該分野で常用されるいずれの方法によって行ってもよい。例えば、交雑によって行ってもよく、または遺伝子工学的方法によって行ってもよい。交雑による変異導入は、例えば、本発明の短稈イネ科植物の作出方法によって達成することができる。遺伝子工学的方法としては、限定するものではないが、例えば、アグロバクテリウム法、パーティクルガン法、エレクトロポレーション法、ポリエチレングリコール(PEG)法、ゲノム編集等が挙げられる。
【0037】
さらに、本発明の短稈イネ科植物は、例えば、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点からなる群から選択される地点を含む1塩基~数十塩基の領域を含む遺伝子の発現が抑制された、短稈イネ科植物であってもよい。ここで「抑制」とは、該遺伝子の発現が無いこと、または該遺伝子の発現が抑制されない対照と比べて、その発現量が減少することを意味する。遺伝子の発現の抑制は、当該分野で常用されるいずれの方法で行ってもよく、限定するものではないが、例えば、アンチセンス法、突然変異誘発法、RNA干渉法等が挙げられる。
【0038】
本発明の短稈イネ科植物は、コシヒカリと比べて、穂の長さおよび粒の大きさは変わらないが、背丈が短縮されている。好ましくは、本発明の短稈イネ科植物はさらに、穂数が増加している。例えば、本発明の短稈イネ科植物は、コシヒカリと比べて、稈長が約10%~30%短く、穂数が約20%~50%増加する。例えば、本発明の短稈イネ科植物は、コシヒカリと比べて、稈長が約3cm~10cm短く、穂数が約2.5本~5.5本増加する。したがって、本発明の短稈イネ科植物は、耐倒伏性および生産性に優れている。
【0039】
本発明の短稈イネ科植物は、d64に加えて、d64以外の短稈遺伝子が導入されていてもよい。d64以外の短稈遺伝子としては、例えば、限定するものではないが、sd1、d60等が挙げられる。本発明の短稈イネ科植物にd64以外の短稈遺伝子が導入されている場合、好ましくは、稈長がさらに短縮される。
【0040】
下記の実施例によって本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例0041】
実施例1:短稈遺伝子d64の検出
コシヒカリと黄金晴の交雑Fを育成し、全個体について稈長を調査したところ、黄金晴型短稈個体とコシヒカリ型長稈個体が1:3に分離した。また、コシヒカリsd1とイセヒカリの交雑F、およびコシヒカリsd1と黄金晴の交雑Fを育成したところ、コシヒカリsd1よりさらに低い二重短稈型が分離した。さらに、イセヒカリと黄金晴の交雑Fを育成したところ、稈長が分離しなかった。したがって、イセヒカリと黄金晴には、sd1とは異なる共通の短稈遺伝子が存在することが分かった。この短稈遺伝子を「d64」と命名した。
【0042】
なお、コシヒカリsd1は、「ヒカリ新世紀」として登録された短稈品種であり、コシヒカリの極早生変異系統関東79号(e1保有)と十石(sd1保有)との交雑Fで固定した出穂期がコシヒカリ型でsd1ホモ型の短稈系統を1回親、コシヒカリを反復親とする14回の戻し交雑により育成された。このコシヒカリsd1を実施例2および3にも用いた。
【0043】
さらに、コシヒカリsd1とイセヒカリとの交雑Fで分離した二重短稈個体を1回親にして、コシヒカリを2回反復親とし、コシヒカリsd1を4回反復親とする計6回の戻し交雑を行った。ここでは、コシヒカリsd1(BC)を用いた。その結果、sd1コシヒカリ*4//コシヒカリ*2/[コシヒカリsd1×イセヒカリF二重短稈型]のBCでは、稈長が約47~51cmでsd1コシヒカリと同程度のsd1ホモ型短稈個体、さらに短稈で稈長が約35~40cmの二重短稈個体、およびその中間型個体が理論比に適合する19 sd1ホモ型短稈型:27中間型:14二重短稈型=1:2:1に分離した(χ=6.42、0.01<P<0.025)。したがって、イセヒカリにはsd1とは異なる短稈遺伝子d64が確かに存在していることが確認できた。
【実施例0044】
実施例2:短稈遺伝子d64のマッピング
(1)短稈遺伝子d64または晩生遺伝子Hd16を移入した同質遺伝子系統の育成
コシヒカリ×黄金晴の交雑F、コシヒカリsd1×黄金晴の交雑F、およびコシヒカリsd1×イセヒカリの交雑Fにおいて、黄金晴型短稈個体、黄金晴由来二重短稈個体、およびイセヒカリ由来二重短稈個体を選抜し、d64以外がコシヒカリゲノムに置換されるように、コシヒカリを2回反復親およびコシヒカリsd1を4回反復親とする計6回の戻し交雑を行い、99.2%がコシヒカリゲノムに置換された「コシヒカリd64-k」、「コシヒカリsd1d64-k」、および「コシヒカリsd1d64-i」を育成した。さらに、コシヒカリ×イセヒカリの交雑Fにおいて晩生型個体を選抜し、コシヒカリへの6回の戻し交雑を行って、99.2%がコシヒカリゲノムに置換された「コシヒカリHd16」を育成した。コシヒカリHd16は、コシヒカリより約14日晩生化した。
【0045】
(2)全ゲノム解析
上記(1)で育成したコシヒカリの遺伝的背景を持つ4種類の同質遺伝子系統「コシヒカリd64-k」、「コシヒカリsd1d64-k」および「コシヒカリsd1d64-i」、および「コシヒカリsd1」の葉からゲノムDNAを抽出した。ゲノムDNAの抽出は常法にしたがって行った。抽出した各系統由来のゲノムDNAに、Nexteraトランスポゾンでタグ付けしつつピークが約500bpになるように断片化して、全ゲノムDNAライブラリーを作製した後、Illumina HiSeq 2500(Illumina, Inc.製)で解読した。
【0046】
得られた解読リードをFastQCでクオリティチェックし、Trimmomaticでアダプター配列およびクオリティスコア20未満のリードを除去し、FastQCで再度クオリティチェックを行った。その後、研究室内で別途作製したコシヒカリのゲノム配列を参照配列に用いてBWAまたはBowtie2でアライメントした。SAMtoolsで複数箇所にアライメントされたセカンダリーアライメントを除去し、Picardでライブラリー作製過程のPCRで増幅された重複配列を除去した後、GATK Realigner Target Creator、GATK Indel Realignerで欠失・挿入付近のリードについて再アライメントを行い、GATK Haplotype Callerでバリアントコール後、クオリティーの低いSNPを除いたVCFファイルを作出した。かくして、上記の各系統についてコシヒカリゲノムに対するSNPの頻度分布が得られた。
【0047】
その結果、sd1は、「コシヒカリsd1」の第1染色体短腕末端から38,267,149~38,270,233bpの領域(ミスセンス変異のSNP G→T:38,267,510地点)にあることを確認した。sd1を取り囲むように、SNPのクラスターが36,977,336~38,863,193bpに分布し、そのほかの領域ではコシヒカリゲノムと全域でほぼ同質であった。また、「コシヒカリd64sd1」では、sd1は、第1染色体短腕末端から38,267,149~38,270,233bpの領域(ミスセンス変異のSNP G→T:38,267,510地点)にあり、sd1を取り囲むように、SNPのクラスターが34,616,598~38,863,193bpに分布していた。全ゲノム解析により得られた、二重短稈コシヒカリ(コシヒカリsd1d64-i)における第1染色体上のsd1とd64の位置関係を示すSNP頻度分布を図1に示す。
【0048】
得られた各系統におけるコシヒカリゲノムに対するSNP頻度分布に基づいて、「コシヒカリHd16」に無く、「コシヒカリd64-k」、「コシヒカリsd1d64-k」および「コシヒカリsd1d64-i」に共通して特異的に存在するSNPを探索した。その結果、第1染色体、第4染色体、第7染色体、第9染色体および第10染色体に計8箇所のSNPが見出された。さらに、日本晴ゲノムでアライメントして、これらのSNPのなかで日本晴と共通するSNPを探索した。日本晴は、黄金晴の親である短稈品種であり、全ゲノム配列が公開されている。その結果、日本晴起源でd64同質遺伝子系統に特異的なSNPは、第1染色体の短腕末端部の3箇所および第7染色体の1箇所に絞られた。
【0049】
このうち、第1染色体の短腕末端部の3箇所のSNPは、第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点、5,534,571塩基地点、および5,538,047塩基地点にあり、コシヒカリとd64同質遺伝子系統との間で、それぞれ、5’短腕末端から3,380,548塩基地点で「T→C」、5,534,571塩基地点で「C→G」、および5,538,047塩基地点で「C→T」の変異が起こっていることが分かった。
【0050】
(3)連鎖解析によるd64遺伝子座の特定
上記の候補SNPの付近にある既知のSSRマーカーと、黄金晴型短稈との連鎖を調べた。実験は以下のように行った。
【0051】
コシヒカリ×黄金晴Fで分離した短稈(d64ホモ型)個体の葉サンプルをセラミックビーズ(YTZボール)が入った2mL粉砕専用チューブCK28に入れ、液体窒素に浸漬して1分間凍結した。ビーズ式高速細胞破砕装置Precellys 24(Bertin Instruments社製)で6500回転20秒×2、インターバル120秒で粉砕した。チューブにCTAB(セチルトリメチルアンモニウムブロミド)500μl注入し、55℃の恒温槽にて30分間インキュベートした。クロロホルム/イソアミルアルコール(24:1)を500μl注入し、10分間揺とうさせた後、5000rpm、4℃で10分間遠心して上澄みを、オートクレーブで滅菌済みの新しい1.5mlチューブに分取した。これに3M酢酸ナトリウム(pH7.8)を50μl、イソプロパノール500μlを加え、DNAを凝集させた。これを5000rpm、4℃で10分間遠心して沈殿させ、上澄みを捨てて、70%エタノールを300μl入れ、5000rpm、4℃で10分間遠心した。遠心後、上澄みを捨て風乾させ、滅菌純水を100μl注入した。
【0052】
上記のように抽出したDNAサンプルを用いて、PCR反応を行った。PCRプログラムは、95℃で2分初期熱変性をした後、熱変性95℃で30秒、アニーリング温度52℃で30秒、伸長反応72℃で30秒を35サイクル行った後、72℃で5分維持した。プライマーは、PM10132、RM10183、RM3035のセットを用い、3か所で連鎖解析を行った。各プライマーセットを表1に示す。PM10132は第1染色体上の短腕末端から2.525Mbの地点にあるSSRマーカーであり、RM10183は第1染色体上の短腕末端から3.745Mbの地点にあるSSRマーカーであり、RM3035は第1染色体上の短腕末端から5.151Mbの地点にあるSSRマーカーである。
【0053】
【表1】
【0054】
PCR産物をDNA/RNAキャピラリー電気泳動装置QIAxcel(QIAGEN製)のゲルカートリッジQIAxcel DNA Screening kit(2400)に装填した。アライメントマーカーとして、QX Alignment Marker15/1kb、DNAサイズマーカーとして、QX DNA Size Marker pUC18/Haelllを使用した。泳動条件は、サンプル注入を5kvで10秒、電気泳動を5kvで320~420秒行った。
【0055】
連鎖解析の結果、RM10132では組換え価40%、RM10183では組換え価7.1%、RM3035では組換え価は45%であり、RM10183で特に強く連鎖していた。したがって、(2)で得られた候補SNPのうち第1染色体の短腕末端部の3箇所のSNPが、特に第1染色体の5’短腕末端から3,380,548塩基地点にあるSNPが、d64に関与することが確認できた。
【実施例0056】
実施例3:短稈遺伝子d64を有するイネの特徴
実施例2で得られた「コシヒカリd64-k」、d64および「コシヒカリsd1d64-i」、ならびに「コシヒカリ」および「コシヒカリsd1」を45日間栽培し、各個体の穂数と主稈を供試し、穂長、稈長、各節間長を計測した。結果を表2-1~表2-3および図2に示す。また、栽培した各個体を図3に示す。
【0057】
【表2-1】
【0058】
【表2-2】
【0059】
【表2-3】
【0060】
表2-1~表2-3に示されるように、コシヒカリの遺伝的背景においてd64を移入した「コシヒカリd64」はコシヒカリに比べて、稈長が10.4cm(16.8%)短くて強稈になり、二重短稈型「コシヒカリsd1d64」では、稈長が30.6cm(49.5%)短くなりさらに強稈になった。さらに、「コシヒカリd64」はコシヒカリに比べて、穂数が8.6本から12.4本(+44.1%)に増加した。また、「コシヒカリd64」は、sd1を持つ「コシヒカリsd1」より、稈長が5.0cm(10.6%)長く、第二節間長が3.9cm(30.9%)長く、穂数が9.5本から12.4本(30.5%)に増加した。したがって、d64は、短稈による耐倒性を有し、かつ、sd1より優れた生産性を有することが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によると、新規な短稈遺伝子d64の遺伝子座および原因となるSNPが見出された。したがって、d64のDNAマーカーに基づき、従来の短稈遺伝子に依存することなく、短稈イネ科植物を判別および作出することができる。d64を有するイネ科植物は、穂長や粒の大きさは正常で、背丈だけが短縮されており、さらに穂数が増加しているので、耐倒伏性を有するだけでなく、多収性も兼ね備えている。したがって、本発明は、農業分野におけるイネの生産および種々のイネ科植物の品種改良に利用可能である。
【配列表フリーテキスト】
【0062】
SEQ ID NO:1; Primer
SEQ ID NO:2; Primer
SEQ ID NO:3; Primer
SEQ ID NO:4; Primer
SEQ ID NO:5; Primer
SEQ ID NO:6; Primer
図1
図2
図3
【配列表】
2023019711000001.app