(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023001985
(43)【公開日】2023-01-10
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 11/16 20060101AFI20221227BHJP
B23K 11/11 20060101ALI20221227BHJP
【FI】
B23K11/16 311
B23K11/11 540
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021102934
(22)【出願日】2021-06-22
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】堀川 裕史
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
【テーマコード(参考)】
4E165
【Fターム(参考)】
4E165AA03
4E165AB02
4E165AB03
4E165AC01
4E165BB02
4E165BB12
4E165CA05
4E165CA06
4E165EA03
(57)【要約】
【課題】LME割れを抑制することが可能なスポット溶接方法を提供する。
【解決手段】一対の電極Xを互いに離れる方向に移動させ始める時点bから、前記一対の電極Xが被溶接材に印加する加圧力が溶接電流の通電終了の時点の前記加圧力の10%になる時点cまでの期間の長さである加圧力下降時間T2を、単位msecで、18×t
2-65×t+109以上(t:被溶接材の単位mmでの総板厚)、または前記一対の電極Xを互いに離れる前記方向に移動させ始める時点bから、前記一対の電極Xが前記被溶接材に印加する前記加圧力が前記溶接電流の通電の終了時の前記加圧力の10%になる時点cまでの期間における平均電極解放速度を30mm/sec以下にする抵抗スポット溶接継手1の製造方法。
【選択図】
図1-2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
重ね合わせられた複数枚の鋼板から構成される、単位mmでの総板厚がtの被溶接材を、一対の電極で挟んで加圧力を印加する工程と、
前記一対の電極に、ナゲットを形成するための溶接電流を通電する工程と、
前記一対の電極を互いに離れる方向に移動させることにより、前記一対の電極を開放する工程と、
を備え、
前記被溶接材の少なくとも1枚はめっき鋼板であり、
前記加圧力を前記被溶接材に印加する直前において、クリアランスが0.1mm以上、打角が0.5°以上、及び板隙が0.1mm以上、のいずれか1つ以上の条件を満たし、
前記一対の電極を互いに離れる前記方向に移動させ始める時点から、前記一対の電極が前記被溶接材に印加する前記加圧力が前記溶接電流の通電終了の時点の前記加圧力の10%になる時点までの期間の長さである加圧力下降時間を、単位msecで、18×t2-65×t+109以上とする
抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項2】
前記加圧力下降時間が、単位msecで、18×t2-65×t+214以上であることを特徴とする、請求項1に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項3】
重ね合わせられた複数枚の鋼板から構成される、単位mmでの総板厚がtの被溶接材を、一対の電極で挟んで加圧力を印加する工程と、
前記一対の電極に、ナゲットを形成するための溶接電流を通電する工程と、
前記一対の電極を互いに離れる方向に移動させることにより、前記一対の電極を開放する工程と、
を備え、
前記被溶接材の少なくとも1枚はめっき鋼板であり、
前記加圧力を前記被溶接材に印加する直前において、クリアランスが0.1mm以上、打角が0.5°以上、板隙が0.1mm以上、のいずれか1つ以上の条件を満たし、
前記一対の電極を互いに離れる前記方向に移動させ始める時点から、前記一対の電極が前記被溶接材に印加する前記加圧力が前記溶接電流の通電の終了時の前記加圧力の10%になる時点までの期間における平均電極解放速度を30mm/sec以下にする
抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項4】
前記平均電極開放速度を10mm/sec以下にすることを特徴とする、請求項3に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項5】
前記加圧力を前記被溶接材に印加する直前において、前記クリアランスが0.2mm以上、前記打角が1°以上、及び前記板隙が0.3mm以上、のいずれか1つ以上を満たすことを特徴とする請求項1~4のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項6】
前記溶接電流の通電終了の前記時点から、前記一対の電極を互いに離れる前記方向に移動させ始める前記時点までの期間の長さである保持時間が100msec以下であることを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抵抗スポット溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車分野では、低燃費化やCO2排出量の削減のため、車体を軽量化することや、衝突安全性の向上のため、車体部材を高強度化することが求められている。これらの要求を満たすためには、車体部材や各種部品などに高強度鋼板を使用することが有効である。自動車の車体の組立や部品の取付けなどでは、主として、抵抗スポット溶接が使われている。
【0003】
抵抗スポット溶接とは、重ね合わせた被溶接材を、先端を適正に整形した電極の先端で挟み、比較的小さい部分に溶接電流及び加圧力を集中して局部的に加熱し、同時に電極で加圧して行う抵抗溶接である。抵抗スポット溶接において、溶接部に生じる溶融凝固した部分はナゲットと呼ばれる。
【0004】
しかしながら、高強度のめっき鋼板に抵抗スポット溶接を行うと、電極直下やコロナボンド直外などに、LME割れ(Liquid Metal Embrittlement)が起きるという問題がある。コロナボンドとは、先で述べたナゲットの周辺に生じる固相溶接されたリング状の部分を指す。
【0005】
LME割れは、抵抗スポット溶接時に発生する熱でめっき層のめっき成分が溶融し、溶接部の鋼板組織の結晶粒界に合金成分が侵入し、その状態で引張応力が作用することで生じる割れである。またLME割れは、板隙、打角、クリアランスなどの溶接外乱が発生する条件下で顕著になる。自動車車体では、溶接箇所でLME割れが生じると強度が低下するという問題があり、抵抗スポット溶接シーケンスの速度を制御することにより、溶接箇所のLME割れを抑制する技術が知られている。
【0006】
例えば、特許文献1は、少なくとも溶接箇所が重ね合わされた複数枚の鋼板で構成される被溶接部材にスポット溶接をする方法であって、複数枚の鋼板の少なくとも一つについて、少なくとも溶接箇所の重ね合わせ面が亜鉛系めっきで被覆され、複数枚の鋼板の総板厚t(mm)が1.35mm以上であり、前記溶接電極間の溶接通電終了時から、前記溶接電極と前記被溶接部材とを非接触とするまでの溶接後保持時間Ht(秒)を下記(A)式の範囲内とすることを特徴とするスポット溶接方法を提供している。
0.015t2+0.020≦Ht≦0.16t2-0.40t+0.70・・・(A)
【0007】
また、特許文献2は、ワークに対して溶接を行うためのガンアームを駆動するモータの動作を制御する方法であって、ガンアームがワークを加圧している状態からこの加圧を開放させてガンアームをワークから離間する方向に変位させる一連の動作において、ガンアームがワークに対する加圧を開放する開放段階におけるモータの加速度および最高速度は、ガンアームがワークから離間する方向に変位する変位段階に対して小さな値に設定されることを特徴とする溶接用ガンアームの駆動制御方法を提供している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2017-47475号公報
【特許文献2】特開平11-267852号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1の技術は溶接通電終了時から電極と被溶接部材が離間し始める間の加圧保持時間が長く、加圧保持時間から溶接電極と被溶接部材とを非接触とするまでの電極開放時間が短い。なお、特許文献1では、保持時間とは溶接通電終了から、溶接電極と被溶接部材とを非接触とするまでの期間であるとされているが、通常のスポット溶接装置では溶接電極の開放は速やかに行われる。また、特許文献1では溶接電極の開放速度について何ら検討されていない。従って、特許文献1に記載された保持時間は、溶接通電終了から電極と被溶接部材が離間し始める間の加圧保持時間がほぼ大半であると考えられる。加圧保持時間が長いと、スポット溶接で部品を生産するときに、1点あたりの溶接時間が長くなり、生産性が低くなる。また、特許文献2の技術においては、めっき鋼板をスポット溶接した際に、電極開放速度が速いと溶接部の残留応力が大きくなり、LME割れが起こる問題がある。
【0010】
本発明は、前述した状況に鑑みてなされたものであって、LME割れを抑制することが可能な抵抗スポット溶接継手の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の要旨は以下の通りである。
【0012】
(1)重ね合わせられた複数枚の鋼板から構成される、単位mmでの総板厚がtの被溶接材を、一対の電極で挟んで加圧力を印加する工程と、前記一対の電極に、ナゲットを形成するための溶接電流を通電する工程と、前記一対の電極を互いに離れる方向に移動させることにより、前記一対の電極を開放する工程と、を備え、前記被溶接材の少なくとも1枚はめっき鋼板であり、前記加圧力を前記被溶接材に印加する直前において、クリアランスが0.1mm以上、打角が0.5°以上、及び板隙が0.1mm以上、のいずれか1つ以上の条件を満たし、前記一対の電極を互いに離れる前記方向に移動させ始める時点から、前記一対の電極が前記被溶接材に印加する前記加圧力が前記溶接電流の通電終了の時点の前記加圧力の10%になる時点までの期間の長さである加圧力下降時間を、単位msecで、18×t2-65×t+109以上とする抵抗スポット溶接継手の製造方法。
(2)前記加圧力下降時間が、単位msecで、18×t2-65×t+214以上であることを特徴とする、(1)に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
(3)重ね合わせられた複数枚の鋼板から構成される、単位mmでの総板厚がtの被溶接材を、一対の電極で挟んで加圧力を印加する工程と、前記一対の電極に、ナゲットを形成するための溶接電流を通電する工程と、前記一対の電極を互いに離れる方向に移動させることにより、前記一対の電極を開放する工程と、を備え、前記被溶接材の少なくとも1枚はめっき鋼板であり、前記加圧力を前記被溶接材に印加する直前において、クリアランスが0.1mm以上、打角が0.5°以上、板隙が0.1mm以上、のいずれか1つ以上の条件を満たし、前記一対の電極を互いに離れる前記方向に移動させ始める時点から、前記一対の電極が前記被溶接材に印加する前記加圧力が前記溶接電流の通電の終了時の前記加圧力の10%になる時点までの期間における平均電極解放速度を30mm/sec以下にする抵抗スポット溶接継手の製造方法。
(4)前記平均電極開放速度を10mm/sec以下にすることを特徴とする、(3)に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
(5)前記加圧力を前記被溶接材に印加する直前において、前記クリアランスが0.2mm以上、前記打角が1°以上、及び前記板隙が0.3mm以上、のいずれか1つ以上を満たすことを特徴とする(1)~(4)のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
(6)前記溶接電流の通電終了の前記時点から、前記一対の電極を互いに離れる前記方向に移動させ始める前記時点までの期間の長さである保持時間が100msec以下であることを特徴とする、(1)~(5)のいずれか1項に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、LME割れを抑制することが可能な抵抗スポット溶接継手の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1-1】抵抗スポット溶接継手の製造方法の概略図である。
【
図1-2】抵抗スポット溶接シーケンスを示す図である。
【
図2】実施例1において、種々の平均電極開放速度で実施された抵抗スポット溶接における、加圧力の経時変化を示す図である。
【
図3】実施例2の抵抗スポット溶接後の鋼板を板厚方向に切断して、その断面を観測した断面観察結果である。
【
図4】実施例3の抵抗スポット溶接後の鋼板を板厚方向に切断して、その断面を観測した断面観察結果である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
めっき鋼板を含む被溶接材を抵抗スポット溶接したとき、従来のように電極を急速に開放すると、溶接部の残留応力が大きくなる。これにより、粒界に侵入した成分によりLME割れが起こる。そこで、本発明では短い保持時間でもLME割れを改善するために、残留応力の低減に着目した。
【0016】
本発明者らは、溶接電流の通電を終了した後で、電極を緩やかに開放することにより溶接部に与える衝撃を緩和し、発生する残留応力が小さくなり、めっき層のめっき成分が粒界に侵入するのを抑制することができ、電極直下およびコロナボンド直外のLME割れも抑制できることを知見した。また、電極を緩やかに開放するための具体的な手段として、例えば加圧力下降時間を所定値以上に設定すること、及び平均電極開放速度を所定値以下に設定することが有効であることも、本発明者らは合わせて知見した。
【0017】
以下、第1実施形態及び第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法について詳細に説明する。第1実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法は、加圧力下降時間を所定値以上に設定することを特徴とし、第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法は、平均電極開放速度を所定値以下に設定することを特徴とする。以下、先ずは第1実施形態及び第2実施形態の共通点について説明し、次いで第1実施形態及び第2実施形態それぞれについて説明する。
【0018】
抵抗スポット溶接継手の製造方法を、
図1-1の模式図、及び
図1-2の抵抗スポット溶接シーケンスを示して説明する。
【0019】
抵抗スポット溶接継手の製造方法は、重ね合わせられた複数枚の鋼板11から構成される被溶接材を、一対の電極Xによって挟み、加圧力を印加する工程S1と、これに次いで、一対の電極Xに、ナゲット12を形成するための溶接電流を通電する工程S2とを有する。
【0020】
被溶接材を構成する鋼板11の少なくとも1枚はめっき鋼板である。めっき鋼板は耐食性が高い。従って、抵抗スポット溶接継手1の被溶接材の1枚以上をめっき鋼板とすることによって、抵抗スポット溶接継手1の耐食性を高めることができる。めっき鋼板が有するめっきの種類は特に限定されないが、例えば溶融亜鉛めっき、又は合金化溶融亜鉛めっきなどとすることができる。めっき成分は亜鉛系に限定されず、鋼板にLME割れを生じるめっき層(アルミなど)が形成されている場合にも第1実施形態及び第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法が有効に用いられる。鋼板にLME割れが生じる成分には、例えば、Zn、Sn、Cu、Cd、In、Hg、Bi、Na、Cu-Pb、Cu-Sn、Zn-Sn、Cu-Pd、Cd-Zn、Al-Sn-Cuなどが挙げられる。
なお、めっきはスポット溶接の際にLME割れを引き起こすのであるが、抵抗スポット溶接継手の製造方法では、電極Xを緩やかに開放することにより、この問題を解決している。
【0021】
鋼板11の種類は特に限定されないが、例えば引張強さ780MPa以上の高強度鋼板であることが好ましい。また例えば、下式で表される炭素当量Ceqが0.15%以上であることが好ましい。
Ceq(%)=C+Mn/6+Si/24+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14
鋼板11の板厚も特に限定されず、抵抗スポット溶接継手1の用途に応じて適宜選択することができる。鋼板11の枚数も特に限定されない。
図1-1において鋼板11の枚数は2枚であるが、3枚以上であってもよい。
【0022】
抵抗スポット溶接継手の製造方法は、ナゲット12を形成し、複数枚の鋼板11を接合した後、一対の電極Xを互いに離れる方向に移動させることにより、一対の電極Xを開放する工程S3を有する。ここで「電極Xを開放する」とは、電極Xの移動を開始してから、電極Xと鋼板11とが離れて加圧力が0になるまでの一連の動作のことをいう。また、後述する平均電極開放速度とは、電極を開放する際の、一対の電極Xの先端間の距離の経時変化率をいう。鋼板11は加圧によって塑性変形するので、電極Xを緩やかに開放する場合、一対の電極Xを互いに離れる方向に移動させ始めてから加圧力が0になるまでに、いくらかの時間を要する。
【0023】
また、第1実施形態及び第2実施形態に係るスポット溶接は、加圧力を被溶接材に印加する工程S1を開始する直前において、クリアランスが0.1mm以上、打角が0.5°以上、及び板隙が0.1mm以上、のいずれか1つ以上を満たす条件下で行われる。クリアランスとは、電極Xを使ってワークを挟み込むときの誤差を指す。具体的には、両方の電極Xが鋼板11から離れている状態からスタートして、電極Xを近づけていくスポット溶接において、一方の電極Xが鋼板11に接触し加圧力が印加されたときの、他方の電極Xとワークとの隙間を、クリアランスとする。また、打角とは、一対の電極Xを結んだ直線に対して垂直な面を0°としたときの、鋼板11の合わせ面の傾きを指す。また、板隙とは、被溶接部における鋼板11間の隙間の大きさを指す。鋼板11が3枚以上あり、隙間が2以上ある場合、板隙は、複数の隙間の大きさの合計値を意味する。板隙、打角、クリアランスなどは、纏めて溶接外乱と呼ばれる。
【0024】
このような溶接外乱が存在する場合に、溶接部の残留応力が大きくなりやすい。従って、溶接外乱が存在する状態では、極めてLME割れが起こりやすい。従って、上述の条件をスポット溶接の開始時に満たすことは、LME割れ抑制の観点からは不利である。一方、製造現場でのスポット溶接では、作業を効率化する観点から溶接外乱が避けられない場合がある。そのため、抵抗スポット溶接継手の製造方法は、そのような製造現場等での実際の作業環境において、効果を発する。また、第1実施形態及び第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、電極Xを緩やかに開放することにより、溶接外乱によるLME割れ発生の問題を解決している。
【0025】
(第1実施形態)
以上、第1実施形態及び第2実施形態における共通の構成要素について説明した。次に、第1実施形態について、
図1-2の抵抗スポット溶接シーケンスを示して説明する。
【0026】
第1実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、電極Xを緩やかに開放するために、加圧力下降時間T2を制御する。加圧力下降時間T2とは、一対の電極Xを互いに離れる方向に移動させ始める時点bから、一対の電極Xが被溶接材に印加する加圧力が溶接電流の通電終了の時点aの加圧力Pの10%になる時点cまでの期間の長さである。
図1-2においては、符号aは電流値が0になる時点に付され、符号bは加圧力の減少が開始した時点に付され、符号cは加圧力が0.10×Pになる時点に付されている。加圧力の減少は、一対の電極Xを互いに離れる方向に移動させ始めた瞬間から始まるからである。
【0027】
第1実施形態において、加圧力下降時間T2は被溶接材の板厚に応じて定められる。被溶接材の加圧時の変形による応力や、被溶接材の冷却速度は、板厚に応じて変化するためである。
加圧力下降時間T2は、単位msecで、18×t2-65×t+109以上に設定する必要がある。なお、tとは単位mmでの被溶接材の総板厚である。これにより、溶接部の残留応力を低下させ、溶接外乱条件下であってもLME割れを低減することが出来る。加圧力下降時間T2が18×t2-65×t+109(msec)未満であると、LME割れの低減効果が十分に得られず、小さな溶接外乱条件下でもLME割れが生じてしまうおそれがある。
【0028】
また、加圧力下降時間T2を単位msecで、18×t2-65×t+214以上としてもよい。この時、溶接外乱条件下において、よりLME割れ低減の効果を大きくすることができ、大きな溶接外乱条件下でもLME割れ低減の効果が発揮され得る。加圧力下降時間T2が長いほどLME割れ低減の効果が得られるが、加圧力下降時間T2を延長すると生産性が低下し得る。そのため、生産性の観点から適宜上限値を定めることが好ましい。
【0029】
なお、溶接電流の通電終了の時点aから、一対の電極Xを互いに離れる方向に移動させ始める時点bまでの期間の長さを、保持時間T1と称する。従来、保持時間T1が長いほど、溶接部の残留応力を低下させることができると当業者は認識していた。しかし第1実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、保持時間T1は特に必須とはされず、0msecであってもよい。加圧力下降時間T2を所定値以上することにより、LME割れを抑制し得るからである。
なお、スポット溶接におけるLME割れのうち、圧接部直外の割れは、特許文献1に記載の方法などにより保持時間T1を増加することで抑制し得る。第1実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法(及び後述する第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法)は、圧接部直外のLME割れに加えてコロナボンド直外でのLME割れの抑制にも効果を発揮し得る。
【0030】
(第2実施形態)
次に、第2実施形態について、
図1-2の抵抗スポット溶接シーケンスを示して説明する。
【0031】
第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、電極Xを緩やかに開放するために、平均電極開放速度を制御する。平均電極開放速度とは、一対の電極Xを互いに離れる方向に移動させ始める時点bから、一対の電極Xが被溶接材に印加する加圧力が溶接電流の通電終了の時点aの加圧力Pの10%になる時点cまでの期間における、電極開放速度の平均値である。時点bから時点cまでの電極Xの先端間距離の変化量を、時点bから時点cまでの時間で割ることによって、電極開放速度の平均値を算出することができる。なお、時点bから時点cまでの時間とは、上述した加圧力下降時間T2のことである。
【0032】
第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、平均電極開放速度を30mm/sec以下に設定する。平均電極開放速度が30mm/sec以下であれば、溶接部の残留応力を低下させ、溶接外乱条件下であってもLME割れを低減することが出来る。
【0033】
また、平均電極開放速度を10mm/sec以下に設定してもよい。この時、よりLME割れ低減の効果を大きくすることができる。
【0034】
第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法においても、保持時間T1は特に必須とはされず、0msecであってもよい。平均電極開放速度を所定値以上することにより、LMEを抑制し得るからである。
【0035】
以下、第1及び第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法の一層好ましい態様について説明する。特段の断りが無い限り、以下に説明する態様は、第1及び第2実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法のいずれにも適用することができる。
【0036】
また、第1、2実施形態の抵抗スポット溶接継手の製造方法は、加圧力を被溶接材に印加する直前において、クリアランスが0.2mm以上、打角が1°以上、及び板隙が0.3mm以上、のいずれか1つ以上を満たす条件下で行ってもよい。このような一層厳しい溶接外乱条件下でも、第1、2実施形態の抵抗スポット溶接継手の製造方法は、LME割れ低減の効果を発揮することが出来る。これにより、被溶接材の成形精度に裕度をもたすことができ、不良率を低減できる。また、溶接設備を一層簡素にし、溶接準備時間を短くし、作業者の負担を軽減することができる。
外乱の上限値は特に限定されないが、例えば、クリアランスは2.0mm以下、打角は5°以下、板隙は2.0mm以下であることがそれぞれ好ましい。
【0037】
また、保持時間T1は100msec以下としてもよい。これにより、タクトタイムを短縮し、製造効率を一層改善することができる。なお、保持時間が100msec以下の場合は、通常の抵抗スポット溶接では特にLME割れが生じやすい。そのため先行技術においては、保持時間T1を100msec超とし、電極開放の前にめっきを凝固させて、LME割れのリスクを低減している。しかし第1、2実施形態の抵抗スポット溶接継手の製造方法は保持時間T1を必須とせず、たとえ保持時間T1を100msec以下としてもLME割れのおそれが少ない。そのため、タクトタイムを短縮すべき局面において、第1、2実施形態の抵抗スポット溶接継手の製造方法は特に有効である。
なお、ナゲット12を形成するための溶接電流を通電する工程S2における溶接電流の値は、チリが発生せず、かつ所望のナゲット径が得られるように適宜設定することができる。溶接電流の値は特に限定されないが、例えば6.0~8.0kAである。
【実施例0038】
実施例により本発明の一態様の効果を更に具体的に説明する。ただし、実施例での条件は、本発明の実施可能性及び効果を確認するために採用した一条件例に過ぎない。本発明は、この一条件例に限定されない。本発明は、本発明の要旨を逸脱せず、本発明の目的を達成する限り、種々の条件を採用し得る。
【0039】
(実施例1)
重ねられた複数の鋼板に、一対の電極を有するスポット溶接装置を用いて抵抗スポット溶接試験を行った。この時、通電加圧センサーを用いて溶接装置の挙動を確認した。溶接にあたって、溶接装置は定置式サーボ加圧を用い、鋼板にはGA980TRIP(板厚:1.4、1.6、2.0mm)を同厚2枚ずつ用いた。試験では、平均電極開放速度を1、10、20、30、50、100(mm/sec)と変化させ、これにより加圧力下降速度が変化した。通電後の各平均電極開放速度と、加圧力との関係の一例を
図2に示す。なお
図2中のサイクルとは1/50sec(20msec)を意味する。この時の溶接条件、外乱条件、および溶接後のコロナボンド直外でのLME割れの有無を以下の表1に示す。なお、表1に記載の(1)式下限値及び(2)式下限値とは、総板厚tを以下の(1)式及び(2)式に代入することによって算出される値である。
18×t
2-65×t+109 :(1)式
18×t
2-65×t+214 :(2)式
【0040】
【0041】
コロナボンド直外でのLME割れが発生しているか否かは、ナゲットを含むように鋼板を板厚方向に切断して、その断面を観察して判定した。
表1に示すように、平均電極開放速度が30(mm/sec)以下のNo.2、6、7、9、10、11、12、13、17、18、19はLME割れが無かった。これらにおいては、加圧力下降時間が18×t2-65×t+109(msec以上であった)。特に、Nо.10、11、17、18、19では、加圧力下降時間が18×t2-65×t+214以上で行ったところ、厳しい溶接外乱条件下にもかかわらず、LME割れが無かった。
【0042】
(実施例2)
実施例2では、抵抗スポット溶接試験を行った。加圧力を被溶接材に印加する直前において、打角は3°、クリアランスは0.3mmであった。鋼板はGA980TRIP(板厚:1.6mm)を同厚2枚ずつ用いた。
この時、サーボ加圧単相交流の溶接機を用いた。また、溶接条件は加圧力:400kgf、スクイズ時間:600msec(30cyc)、溶接時間:400msec(20cyc)、保持時間T1:80msec(4cyc、設定は1cyc)とした。スクイズ時間とは、電極加圧指令信号を出してから、溶接電流を流し始めるまでの時間のことである。
【0043】
また、試験では各板組に対して7.0kA及び7.5kAの2種類の溶接電流を流した。この時、各溶接電流に対して、加圧力下降時間:191msec、平均電極開放速度10mm/secの発明例と、加圧力下降時間:58msec、平均電極開放速度100mm/secの比較例の2種類の試験を行った。この時の断面観察結果を
図3に示す。
図3からも読み取れるように、発明例の試験を行った鋼板にはコロナボンド直外でのLME割れが見つからなかった。一方、比較例の試験を行った鋼板にはコロナボンド直外でのLME割れが観測された。なお、LME割れは
図3の点線で囲った部分を指す。
【0044】
(実施例3)
実施例3では、溶接電流を6.0kA、6.5kA、7.0kA、7.5kA、及び8.0kAに変化させて抵抗スポット溶接試験を行った。加圧力を被溶接材に印加する直前において、打角は3°、クリアランスは0.3mmであった。鋼板はGA980TRIP(板厚:1.6mm)を同厚2枚ずつ用いた。
また、この時、サーボ加圧単相交流の溶接機を用いた。また、溶接条件は加圧力:400kgf、スクイズ時間:600msec(30cyc)、溶接時間:400msec(20cyc)、保持時間T1:80msec(4cyc、設定は1cyc)とした。
【0045】
また、この時、各溶接電流に対して、加圧力下降時間:191msec、平均電極開放速度10mm/secの発明例と、加圧力下降時間:58msec、平均電極開放速度100mm/secの比較例の試験を行った。この時の断面観察結果を
図4に示す。
図4からも読み取れるように、発明例の試験を行った鋼板にはコロナボンド直外でのLME割れが見つからなかった。一方、比較例の試験を行った鋼板にはコロナボンド直外でのLME割れが観測された。なお、LME割れは
図4の点線で囲った部分を指す。
本発明によれば、加圧保持時間が短くても平均電極開放速度を遅くすることで、LME割れを抑制することが可能な抵抗スポット溶接継手の製造方法を提供することができる。また、加圧保持時間が短いのでタクトタイムも短く、自動車業界での生産性向上が期待できる。従って、本発明は高い産業上の利用可能性を有する。