(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023020391
(43)【公開日】2023-02-09
(54)【発明の名称】電子授受タンパク質
(51)【国際特許分類】
C12N 15/31 20060101AFI20230202BHJP
C07K 14/195 20060101ALI20230202BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20230202BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20230202BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20230202BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20230202BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20230202BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20230202BHJP
【FI】
C12N15/31 ZNA
C07K14/195
C12N15/63 Z
C12P21/02 C
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021125723
(22)【出願日】2021-07-30
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り 発行日 令和3年2月25日 刊行物 日本農芸化学会2021年度大会プログラム集 〔刊行物等〕 開催日 令和3年3月21日 集会名、開催場所 日本農芸化学会2021年度仙台大会、完全Web方式
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「メタゲノム解析から見出されたCPRやDPANNの機能システムの検討」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504194878
【氏名又は名称】国立研究開発法人海洋研究開発機構
(71)【出願人】
【識別番号】592068200
【氏名又は名称】学校法人東京薬科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100128107
【弁理士】
【氏名又は名称】深石 賢治
(74)【代理人】
【識別番号】100176773
【弁理士】
【氏名又は名称】坂西 俊明
(72)【発明者】
【氏名】石井 志野
(72)【発明者】
【氏名】石井 俊一
(72)【発明者】
【氏名】高妻 篤史
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 一哉
(72)【発明者】
【氏名】田中 勇吾
【テーマコード(参考)】
4B064
4B065
4H045
【Fターム(参考)】
4B064AG35
4B064CA19
4B064CC24
4B064DA13
4B065AA01X
4B065AB01
4B065AB10
4B065AC14
4B065CA24
4B065CA46
4H045AA10
4H045AA20
4H045AA30
4H045BA10
4H045CA11
4H045EA50
4H045FA74
(57)【要約】
【課題】電極から細胞内に電子を受け渡す能力が高く、微生物電気合成反応(MES)による有用物質の生産効率を向上させることができる新規なタンパク質(マルチヘムシトクロームC)を提供すること。
【解決手段】配列番号1で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、マルチヘムシトクロームC活性を有する、タンパク質。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、マルチヘムシトクロームC活性を有する、タンパク質。
【請求項2】
請求項1に記載のタンパク質をコードする核酸。
【請求項3】
請求項2に記載の核酸の塩基配列と、前記塩基配列に作動可能に連結された1又は複数の調節配列とを有する発現ベクター。
【請求項4】
請求項3に記載の発現ベクターで形質転換された微生物。
【請求項5】
前記微生物が本来有するマルチへムシトクロームC活性が欠失又は低減している、請求項4に記載の微生物。
【請求項6】
請求項4又は5に記載の微生物が陰極に配置された少なくとも1対の電極と、前記電極が浸漬された溶液とを有する微生物電気分解セルを用意するステップと、
前記陰極を低電位に設定するステップと、
前記陰極から電子を前記微生物に供給し、前記微生物内で還元反応を行い有用物質を生合成するステップと、を含む、有用物質の生産方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質に関する。より具体的には、本発明は、電子授受タンパク質に関する。さらに具体的には、本発明は、新規なマルチヘムシトクロームCに関する。
【背景技術】
【0002】
シュワネラ・オネイデンシス(Shewanella oneidensis)等の電気微生物は、細胞外に電子を放出するための細胞外電子伝達経路を有しており、細胞外電子伝達経路を介して電極に電子を受け渡すことができることが知られている。また逆に、細胞外電子伝達経路を介して電極から細胞内に電子を受け渡すこともできることが明らかとなっている。後者の電子授受を利用した微生物電気合成反応(Microbial electrosynthesis,MES)により、微生物細胞内で有用物質を生産する方法が知られている(例えば、非特許文献1及び2)。
【0003】
シュワネラ・オネイデンシスのマルチヘムシトクロームCを含む遺伝子カセット(MtrA-MtrB-MtrC-OmcA遺伝子)を大腸菌に導入することで、本来電子授受活性を有しない大腸菌に電子授受活性を導入することが可能であることが分かっている(非特許文献3)。
【0004】
また特許文献1には、チトクロムc3のヘム1とヘム2の中間にありヘム1とヘム2の間の電子移動を司る特定のアミノ酸において、該特定のアミノ酸が極性を持つ無電荷のアミノ酸から非極性のアミノ酸に置換されることを特徴とするヘムタンパク質の電子移動反応速度の向上方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Biotechnol. Biofuels(2016)9:11
【非特許文献2】mBiO,2018年,Vol.9,No.1,e02203-17
【非特許文献3】PNAS,2010年,Vol.107,No.45,pp.19213-19218
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
非特許文献3で用いられている遺伝子カセット(MtrA-MtrB-MtrC-OmcA遺伝子)は、電極に電子を受け渡す経路で主に使用されるものであり、その逆経路である電極から電子を受け取る経路については、電子授受速度が遅く、MESによる有用物質の生産に利用した場合の生産効率が充分ではない。
【0008】
そこで、本発明は、電極から細胞内に電子を受け渡す能力が高く、微生物電気合成反応(MES)による有用物質の生産効率を向上させることができる新規なタンパク質(マルチヘムシトクロームC)を提供することを目的とする。本発明はまた、当該タンパク質で形質転換された微生物、及び当該微生物を使用した有用物質の生産方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、超還元環境のメタゲノム情報から見出された新規電子授受タンパク質(マルチへムシトクロームC(MmcX original))を発現するように形質転換した微生物(シュワネラ・オネイデンシス)は、電極から細胞内に電子を受け渡す能力が向上し、微生物電気合成反応(MES)による有用物質の生産効率が向上することを見出した。本発明は、この新規な知見に基づくものである。
【0010】
本発明は、配列番号1で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、マルチヘムシトクロームC活性を有する、タンパク質に関する。
【0011】
配列番号1で示されるアミノ酸配列は、マルチへムシトクロームC(MmcX original)からシグナルペプチド配列を削除したアミノ酸配列である。本発明に係るタンパク質は、配列番号1で示されるアミノ酸配列と充分に高い配列同一性を有しているため、電極から細胞内に電子を受け渡す能力が高く、微生物電気合成反応(MES)による有用物質の生産効率を向上させることができる。
【0012】
本発明は、上述した本発明に係るタンパク質をコードする核酸にも関する。
【0013】
本発明は、上述した本発明に係るタンパク質をコードする核酸の塩基配列と、当該塩基配列に作動可能に連結された1又は複数の調節配列とを有する発現ベクターにも関する。
【0014】
本発明は、上述した発現ベクターで形質転換された微生物にも関する。本発明に係る微生物は、電極から細胞内に電子を受け取る経路の電子授受速度が向上しており、微生物電気合成反応(MES)による有用物質の生産効率に優れる。
【0015】
上記微生物は、当該微生物が本来有するマルチへムシトクロームC活性が欠失又は低減しているのが好ましい。これにより、電極から細胞内に電子を受け取る経路の電子授受速度がより向上すると共に、微生物電気合成反応(MES)による有用物質の生産効率がより優れたものとなる。
【0016】
本発明は、上述した発現ベクターで形質転換された微生物が陰極に配置された少なくとも1対の電極と、電極が浸漬された溶液とを有する微生物電気分解セルを用意するステップと、陰極を低電位に設定するステップと、陰極から電子を微生物に供給し、微生物内で還元反応を行い有用物質を生合成するステップと、を含む、有用物質の生産方法にも関する。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、電極から細胞内に電子を受け渡す能力が高く、微生物電気合成反応(MES)による有用物質の生産効率を向上させることができる新規なタンパク質(マルチヘムシトクロームC)を提供することができる。本発明によればまた、当該タンパク質で形質転換された微生物、及び当該微生物を使用した有用物質の生産方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】発現ベクター(pHSG-mmcX)のベクターマップである。
【
図2】(A)シュワネラ・オネイデンシスの野生株(MR-1株)における電極から細胞内への電子授受経路を示す模式図である。(B)OmcA及びMtrCを欠失させ、かつMmcXを導入したシュワネラ・オネイデンシスの形質転換株(ΔomcAΔmtrC(pHSGmmcX))における電極から細胞内への電子授受経路を示す模式図である。
【
図3】シュワネラ・オネイデンシスの野生株(MR-1(pHSG298))、OmcA及びMtrCを欠失させたシュワネラ・オネイデンシスの欠失株(ΔomcAΔmtrC(pHSG298))、並びにOmcA及びMtrCを欠失させ、かつMmcXを導入したシュワネラ・オネイデンシスの形質転換株(ΔomcAΔmtrC(pHSGmmcX))を、それぞれ電気化学セル中で無機塩培地で培養したときの電流密度を測定した結果を示すグラフである。
【
図4】シュワネラ・オネイデンシスの野生株(MR-1(pHSG298))、並びにOmcA及びMtrCを欠失させ、かつMmcXを導入したシュワネラ・オネイデンシスの形質転換株(ΔomcAΔmtrC(pHSGmmcX))によるコハク酸生成量を測定した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。ただし、本発明は、以下の実施形態に限定されるものではない。
【0020】
〔タンパク質〕
本実施形態に係るタンパク質は、配列番号1で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、マルチヘムシトクロームC活性を有する。
【0021】
配列番号1で示されるアミノ酸配列は、超還元環境のメタゲノム情報から見出された新規電子授受タンパク質(マルチへムシトクロームC(MmcX original))からシグナルペプチド配列を削除したアミノ酸配列である。本実施形態に係るタンパク質は、配列番号1で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有すればよい。当該配列同一性は、92%以上であることが好ましく、94%以上であることがより好ましく、96%以上であることが更に好ましく、97%以上であることが更により好ましく、98%以上であることが更によりまた好ましく、99%以上であることが特に好ましい。当該配列同一性は、100%であってもよい。また、配列番号1で示されるアミノ酸配列中には、4つのヘム結合領域(アミノ酸配列:Cys-X-X-Cys-His,ここでXは任意のアミノ酸残基を示す。)が存在している。本実施形態に係るタンパク質は、これらヘム結合領域のアミノ酸配列を保持していることが好ましい。
【0022】
本実施形態に係るタンパク質は、マルチヘムシトクロームC活性を有する。本実施形態において、マルチヘムシトクロームC活性は、少なくとも電子授受を行う活性であればよい。すなわち、本実施形態に係るタンパク質は、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質が有する、電極から細胞内に電子を受け渡す活性を維持しているものである。
【0023】
上述のタンパク質は、タンパク質の輸送及び局在化に係わるアミノ酸配列(シグナルペプチド配列)を含むものであってよい。本発明に係るタンパク質は、電極から細胞内に電子を受け取る経路の電子授受速度に優れているため、微生物の最外層に位置する膜(例えば、外膜、細胞膜)上に局在化することが好ましい。このため、シグナルペプチド配列としては、微生物の最外層に位置する膜上への輸送及び局在化を指示するものが好ましい。このようなシグナルペプチド配列は、本発明に係るタンパク質で形質転換する微生物(宿主)の種類に応じて適宜設定することができる。例えば、宿主としてシュワネラ・オネイデンシスを使用する場合、配列番号5で示されるアミノ酸配列を有するシグナルペプチド配列を使用することができる。配列番号5で示されるアミノ酸配列は、シュワネラ・オネイデンシスMR-1株のMtrCタンパク質のシグナルペプチド配列である。
【0024】
本発明の一実施形態として、配列番号1で示されるアミノ酸配列と90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列を含み、マルチヘムシトクロームC活性を有するタンパク質のN末端に配列番号5で示されるアミノ酸配列を付加したタンパク質を挙げることができる。当該タンパク質は、シュワネラ属に属する微生物、好ましくはシュワネラ・オネイデンシスに属する微生物において、シグナルペプチド配列の働きにより外膜上に局在化するため、シュワネラ属に属する微生物、好ましくはシュワネラ・オネイデンシスに属する微生物の形質転換用として好適に使用することができる。当該タンパク質の具体例としては、例えば、配列番号2で示されるアミノ酸配列(本明細書中、「MmcX」とも称する。)を有するものが挙げられる。MmcXは、配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端に配列番号5で示されるアミノ酸配列を付加したものである。
【0025】
〔核酸〕
本実施形態に係る核酸は、本発明に係るタンパク質をコードする。核酸の具体例として、例えば、配列番号3で示される塩基配列を有するものが挙げられる。配列番号3で示される塩基配列は、配列番号2で示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列である。
【0026】
本実施形態に係る核酸は、本発明に係るタンパク質をコードするものであること以外に特に制限はなく、例えば、当該核酸で形質転換する微生物(宿主)の種類に応じてコドンを最適化したものであってもよい。
【0027】
〔発現ベクター〕
本実施形態に係る発現ベクターは、本実施形態に係る核酸の塩基配列と、当該塩基配列に作動可能に連結された1又は複数の調節配列とを有する。調節配列は、宿主におけるタンパク質の発現を制御する配列(例えば、プロモーター、エンハンサー、リボソーム結合配列、転写終結配列等)であり、宿主の種類に応じて適宜選択することができる。
【0028】
発現ベクターの種類は、宿主の種類に応じて適宜選択することができ、例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクター、人工染色体ベクター等が挙げられる。
【0029】
本実施形態に係る発現ベクターは、宿主の細胞内で自立的な複製が可能なものであってもよく、宿主の染色体へ組み込まれて染色体の複製に伴って複製するものであってもよい。
【0030】
本実施形態に係る発現ベクターは、形質転換株を選択するための選択マーカー遺伝子を含有していてもよい。選択マーカー遺伝子としては、例えば、抗生物質に対する耐性を付与する遺伝子が挙げられる。
【0031】
〔微生物〕
本実施形態に係る微生物は、本実施形態に係る発現ベクターで形質転換されたものである(本明細書において、形質転換された微生物を特に「形質転換株」とも称する。)。形質転換株は、微生物(宿主)に本実施形態に係る発現ベクターを導入して形質転換することで得ることができる。発現ベクターの導入方法は、発現ベクターの種類、宿主の種類等に応じて、本技術分野で公知の手法を採用することができる。
【0032】
形質転換する対象となる微生物(宿主)としては、特に制限がなく、例えば、細菌、真菌、単細胞藻類、原生動物、動物又は植物の細胞が挙げられる。微生物(宿主)として、細胞外電子伝達経路を有しない微生物を使用する場合は、本発明に係るタンパク質に加えて、MtrA及びMtrBを導入して形質転換することで、電極から細胞内への電子授受経路を形成することができる。
【0033】
宿主としては、細胞外電子伝達経路を有する微生物(電気微生物)を好適に使用することができる。電気微生物としては、例えば、ジオバクター(Geobacter)属、シュワネラ属、エロモナス(Aeromonas)属、テンデリア(Tenderia)属、マリプロファンダス(Mariprofundus)属に属する微生物が挙げられる。電気微生物のより具体的な例としては、ジオバクター・スルフレドゥセンス(sulfurreducens)、シュワネラ・オネイデンシス、エロモナス・ハイドロフィラ(hydrophila)、テンデリア・エレクトロファーガ(electrophaga)、マリプロファンダス・フェロオキシダンス(ferrooxydans)に属する微生物が挙げられる。
【0034】
宿主として細胞外電子伝達経路を有する微生物(電気微生物)を使用する場合、当該微生物に本実施形態に係る発現ベクターを導入して形質転換してもよい。また、当該微生物を遺伝子改変し、当該微生物が本来有するマルチへムシトクロームC活性を欠失又は低減させた遺伝子改変体に対して本実施形態に係る発現ベクターを導入して形質転換してもよい。宿主となる微生物が本来有するマルチへムシトクロームC活性を欠失又は低減していることにより、形質転換株は電極から細胞内に電子を受け取る経路の電子授受速度がより向上すると共に、微生物電気合成反応(MES)による有用物質の生産効率がより優れたものとなる。宿主となる微生物が本来有するマルチへムシトクロームC活性の欠失又は低減は、例えば、当該微生物が本来有するマルチへムシトクロームC遺伝子を欠失させる、又は転写活性を低減若しくは欠失させるように遺伝子改変することで実施することができる。
【0035】
〔有用物質の生産方法〕
本実施形態に係る有用物質の生産方法は、本実施形態に係る微生物(形質転換株)が陰極に配置された少なくとも1対の電極と、前記電極が浸漬された溶液とを有する微生物電気分解セルを用意するステップ(用意ステップ)と、陰極を低電位に設定するステップ(設定ステップ)と、陰極から電子を微生物(形質転換株)に供給し、微生物(形質転換株)内で還元反応を行い有用物質を生合成するステップ(生合成ステップ)と、を含む。
【0036】
用意ステップでは、本実施形態に係る微生物(形質転換株)が陰極に配置された少なくとも1対の電極と、前記電極が浸漬された溶液とを有する微生物電気分解セルを用意する。形質転換株が配置された陰極は、例えば、予め形質転換株が固定化された電極を使用してもよいし、微生物電気分解セル内の溶液に形質転換株を添加して、必要に応じて培養することで、形質転換株を陰極に配置させてもよい。
【0037】
微生物電気分解セル内の溶液は、形質転換株が生存できる組成を有していることが好ましく、形質転換株が生存し、かつ増殖できる組成を有していることが好ましい。具体的には、形質転換株の微生物種類に応じた無機塩培地(例えば、M9培地等)を使用することができる。溶液には、生産する有用物質の種類に応じて、有用物質の原料(基質)となる物質を添加してもよい。
【0038】
微生物電気分解セル内の1対の電極は、外部電源(電圧印加装置)と接続される。電極を形成する材料は、電極として機能する限り特に制限はなく、例えば、カーボン、ステンレス、白金、チタン等を挙げることができる。電極の形状も特に制限はないが、陰極の形状は、形質転換株の配置が容易になることから、板状に形成されていることが好ましい。
【0039】
設定ステップでは、微生物(形質転換株)を配置した陰極を低電位に設定する。低電位に設定するのは、電極から形質転換株の細胞外電子伝達経路へと電子を受け渡すことを容易にするためである。設定すべき電位としては、具体的には、標準水素電極(SHE)に対して、-0.4V以下であり、-0.5V以下であることが好ましく、-0.6V以下であることがより好ましい。
【0040】
生合成ステップでは、陰極から電子を微生物(形質転換株)に供給し、微生物(形質転換株)内で還元反応を行い有用物質を生合成する。陰極から形質転換株に電子が供給されることで、形質転換株が有する生合成経路に従って有用物質が生合成される。
【0041】
有用物質の種類は、形質転換株が有する生合成経路に依存するものであるが、具体的には、例えば、メタン等の炭化水素、酢酸、コハク酸等の有機酸、ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)等の生分解性ポリマーが挙げられる。また、本実施形態に係るタンパク質に加え、所望の有用物質を生合成する遺伝子を遺伝子組換えにより導入した形質転換株を使用することで、所望の有用物質を生産することもできる。
【実施例0042】
以下、本発明を実施例に基づいてより具体的に説明する。ただし、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0043】
〔新規マルチへムシトクロームC(MmcX)の設計及び発現ベクターの作製〕
超還元環境のメタゲノム情報(非特許文献:The ISME Journal,2017年,vol.11,pp.2584-2598参照)から推定マルチへムシトクロームC(MmcX original)遺伝子を探索した。当該推定マルチへムシトクロームC遺伝子にコードされるアミノ酸配列は、配列番号4で示すアミノ酸配列であった。配列番号4で示すアミノ酸配列からシグナルペプチド領域を推定し、シグナルペプチド配列を削除したアミノ酸配列(配列番号1)を特定した。配列番号1で示されるアミノ酸配列は、推定マルチへムシトクロームC(MmcX original)のアミノ酸配列(配列番号4)からシグナルペプチド配列を削除したアミノ酸配列である。
【0044】
配列番号1で示されるアミノ酸配列のN末端にシュワネラ・オネイデンシスMR-1株のMtrCタンパク質のシグナルペプチド配列(配列番号5)を付加したアミノ酸配列を設計した(配列番号2)。配列番号2で示されるアミノ酸配列をコードし、かつシュワネラ・オネイデンシスMR-1株で発現を最適化するためにコドンを最適化した塩基配列を設計した(配列番号3)。配列番号3で示される塩基配列を有する核酸は、化学合成により得た。なお、発現ベクターへの組み込みのため、5’末端及び3’末端に制限酵素(それぞれEcoRIとBamHI)認識サイトを付加した。
【0045】
合成した核酸、及び発現ベクター(pHSG298,タカラバイオ株式会社製)をそれぞれ制限酵素(EcoRIとBamHI)で消化して、ライゲーションすることで、配列番号3で示される塩基配列を組み込んだ発現ベクター(pHSG-mmcX)を作製した。
図1は、発現ベクター(pHSG-mmcX)のベクターマップである。
【0046】
〔形質転換株の作製〕
シュワネラ・オネイデンシスMR-1株のomcA遺伝子及びmtrC遺伝子をダブルクロスオーバー法で欠失させ、omcA及びmtrC欠失株(ΔomcAΔmtrC)を作製した。omcA遺伝子及びmtrC遺伝子が欠失したことは、PCR法による増幅断片の長さで確認した。
【0047】
omcA及びmtrC欠失株(ΔomcAΔmtrC)に、配列番号3で示される塩基配列を組み込んだ発現ベクター(pHSG-mmcX)をエレクトロポレーション法により導入し、omcA及びmtrCに代えてMmcXを発現する形質転換株(ΔomcAΔmtrC(pHSGmmcX)株と称する。)を得た。対照として、シュワネラ・オネイデンシスMR-1株、並びにomcA及びmtrC欠失株(ΔomcAΔmtrC)に、それぞれ空ベクター(pHSG298)をエレクトロポレーション法により導入し、空ベクターを保持する株を得た(それぞれMR-1(pHSG298)株及びΔomcAΔmtrC(pHSG298)株と称する。)。
【0048】
図2(A)は、シュワネラ・オネイデンシスの野生株(MR-1株)における電極から細胞内への電子授受経路を示す模式図である。電極から受け渡された電子は、外膜表面にあるOmcA及びMtrCで受け取られ、MtrB及びMtrAによりペリプラズム内へと電子が輸送される。
図2(B)は、形質転換株(ΔomcAΔmtrC(pHSGmmcX)株)における電極から細胞内への電子授受経路を示す模式図である。ΔomcAΔmtrC(pHSGmmcX)株では、外膜表面にあるOmcA及びMtrCが欠失しているため、野生株で働く経路は機能しないが、代わりに外膜表面にあるMmcXにより電極から電子を受け取り、MtrB及びMtrAによりペリプラズム内へと電子が輸送される。
【0049】
〔形質転換株の評価〕
ポテンショスタットを介して接続された一対の電極(作用極:グラファイトフェルト(2.25cm2)、対極:白金線(10cm)、参照電極:Ag/AgCl(飽和KCl))を電解液(無機塩培地(pH7.4))に浸漬した微生物電気分解セルを使用して、形質転換株を評価した。
【0050】
まず、ΔomcAΔmtrC(pHSGmmcX)株をOD600が0.1となるように微生物電気分解セルの電解液に植菌した。次いで、印可電位-0.4V vs.SHEで経時的に電流密度を測定した。また、測定開始から2時間後に電子受容体として約20mMのフマル酸を滴下した。フマル酸は、シュワネラ・オネイデンシスによる微生物電気合成反応(MES)により、コハク酸に変換される。電流密度の測定は、測定開始から20時間後まで行った。また、測定開始から20時間後の時点でコハク酸生成量を測定した。
【0051】
MR-1(pHSG298)株及びΔomcAΔmtrC(pHSG298)株についても同様の操作で評価を実施した。
【0052】
図3は、シュワネラ・オネイデンシスの野生株(MR-1(pHSG298))、OmcA及びMtrCを欠失させたシュワネラ・オネイデンシスの欠失株(ΔomcAΔmtrC(pHSG298))、並びにOmcA及びMtrCを欠失させ、かつMmcXを導入したシュワネラ・オネイデンシスの形質転換株(ΔomcAΔmtrC(pHSGmmcX))を、それぞれ電気化学セル中で無機塩培地で培養したときの電流密度を測定した結果を示すグラフである。
図3に示すとおり、OmcA及びMtrCをMmcXに置換することにより、顕著に電流密度が増加した。
【0053】
図4は、シュワネラ・オネイデンシスの野生株(MR-1(pHSG298))、並びにOmcA及びMtrCを欠失させ、かつMmcXを導入したシュワネラ・オネイデンシスの形質転換株(ΔomcAΔmtrC(pHSGmmcX))によるコハク酸生成量を測定した結果を示すグラフである。
図4に示すとおり、電流密度の増加に対応して、コハク酸生成量も増加した。