(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023021699
(43)【公開日】2023-02-14
(54)【発明の名称】摺動部材の製造方法、および、摺動部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 26/00 20060101AFI20230207BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20230207BHJP
C22C 38/14 20060101ALI20230207BHJP
C22C 38/48 20060101ALI20230207BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20230207BHJP
C23F 17/00 20060101ALI20230207BHJP
F16C 33/20 20060101ALN20230207BHJP
【FI】
C23C26/00 A
C22C38/00 302N
C22C38/00 302Z
C22C38/14
C22C38/48
C21D9/00 Z
C23F17/00
F16C33/20 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021126737
(22)【出願日】2021-08-02
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】317015294
【氏名又は名称】東芝エネルギーシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001092
【氏名又は名称】弁理士法人サクラ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】日野 武久
(72)【発明者】
【氏名】川田 康貴
(72)【発明者】
【氏名】生沼 駿
(72)【発明者】
【氏名】網田 芳明
(72)【発明者】
【氏名】森 義憲
(72)【発明者】
【氏名】和田 雄太
(72)【発明者】
【氏名】吉井 保夫
【テーマコード(参考)】
3J011
4K042
4K044
4K062
【Fターム(参考)】
3J011AA20
3J011DA01
3J011DA02
3J011LA04
3J011MA02
3J011QA05
3J011SC04
3J011SC12
4K042AA25
4K042BA01
4K042BA03
4K042CA04
4K042CA05
4K042CA07
4K042CA08
4K042CA09
4K042CA10
4K042CA11
4K042CA12
4K042CA15
4K042CA16
4K042DA01
4K042DA02
4K042DA05
4K042DC02
4K042DD02
4K042DE02
4K044AA03
4K044AB02
4K044BA21
4K044BB01
4K044BC01
4K044CA53
4K044CA62
4K062AA01
4K062BC06
4K062FA12
(57)【要約】
【課題】メンテナンス作業の低減と共に信頼性を向上可能な、摺動部材の製造方法、および、摺動部材を提供する。
【解決手段】実施形態の摺動部材の製造方法は、準備工程と摺動層被覆工程と焼付処理工程とを含む。準備工程では、摺動部材本体を準備する。摺動層被覆工程では、摺動部材本体の表面にフッ素樹脂の摺動層を被覆する。焼付処理工程では、摺動部材本体の表面に被覆された摺動層について焼付処理を実行する。ここで、摺動部材本体は、焼付処理工程において前記焼付処理を実行することによって析出強化が生じ、硬さ及び強度が上昇する材料で構成されている。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
摺動部材本体を準備する準備工程と、
前記摺動部材本体の表面にフッ素樹脂の摺動層を被覆する摺動層被覆工程と
前記摺動部材本体の表面に被覆された前記摺動層について焼付処理を実行する焼付処理工程と
を含み、
前記摺動部材本体は、前記焼付処理工程において前記焼付処理を実行することによって析出強化が生じ、硬さ及び強度が上昇する材料で構成されている、
摺動部材の製造方法。
【請求項2】
前記摺動部材本体は、マルエージング鋼で形成されている、
請求項1に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項3】
前記摺動部材本体は、析出強化型ステンレス鋼で形成されている、
請求項1に記載の摺動部材の製造方法。
【請求項4】
摺動部材本体の表面にフッ素樹脂の摺動層が被覆するように形成された摺動部材であって、
前記摺動部材本体は、前記摺動部材本体の表面を被覆する前記摺動層について焼付処理を実行するときに析出強化が生じ、硬さ及び強度が上昇した材料で構成されている、
摺動部材。
【請求項5】
摺動部材本体を準備する準備工程と、
前記摺動部材本体について焼戻処理を実行する焼戻処理工程と、
前記焼戻処理が実行された前記摺動部材本体の表面にフッ素樹脂の摺動層を被覆する摺動層被覆工程と
前記摺動部材本体の表面に被覆された前記摺動層について焼付処理を実行する焼付処理工程と
を含み、
前記摺動部材本体は、前記焼付処理工程において前記焼付処理を実行することによって析出強化が生じずに、硬さ及び強度が下降する材料で構成されており、
前記焼戻処理工程では、前記焼付処理工程において前記摺動部材本体について前記焼付処理を実行したときに前記摺動部材本体の硬さ及び強度が基準範囲になるように、前記摺動部材本体について焼戻処理を実行する、
摺動部材の製造方法。
【請求項6】
摺動部材本体の表面にフッ素樹脂の摺動層が被覆するように形成された摺動部材であって、
前記摺動部材本体は、前記摺動部材本体の表面を被覆する前記摺動層について焼付処理を実行するときに析出強化が生じずに、硬さ及び強度が下降する材料で構成されており、
前記摺動部材本体について前記焼付処理を実行したときに前記摺動部材本体の硬さ及び強度が基準範囲になるように、前記焼付処理の実行前に前記摺動部材本体について焼戻処理が実行された、
摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、摺動部材の製造方法、および、摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
ガス絶縁開閉装置において摺動する摺動部材は、潤滑特性および摺動特性が優れると共に、衝撃によって破損が生じないように高い強度(衝撃疲労強度や曲げ疲労強度)が要求される。このため、摺動部材は、焼戻し軟化抵抗に優れると共に、摩擦特性および摩耗特性が良好な低合金鋼(SCM435、SCM440等)を用いて構成されている。また、摺動部材は、潤滑性を付与するために、例えば、グリースが周りに塗布されている。
【0003】
しかし、グリースは、経年劣化によって潤滑性が低下する。このため、摺動部材の周りに、再度、グリースを塗布する等の定期的なメンテナンス作業が必要である。
【0004】
メンテナンス作業を減少させるために、ポリテトラフルオロエチレン樹脂(PTFE;Poly Tetra Fluoro Ethylene)等のフッ素樹脂の固体潤滑剤を用いることが検討されている。フッ素樹脂は、摩擦抵抗が低く、化学的安定性が高いため劣化が生じにくい。このため、フッ素樹脂の粉体をグリースに混合し、その混合物を摺動部材の周りに塗布することや、フッ素樹脂の薄膜を摺動部の間に挟むこと等が行われている。
【0005】
その他、ポリテトラフルオロエチレン樹脂等のフッ素樹脂からなる摺動層で摺動部材本体の摺動面を被覆することによって、摺動部材を製造することが検討されている。フッ素樹脂からなる摺動層を形成する際には、皮膜を本体に固着させるために、例えば、400~500℃の温度で摺動層について焼付処理を行う必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、ポリテトラフルオロエチレン樹脂等のフッ素樹脂からなる摺動層について焼付処理を行うときの温度範囲は、摺動部材本体を構成する低合金鋼の焼き戻し温度である。このため、フッ素樹脂からなる摺動層について焼付処理を行うときには、低合金鋼の摺動部材本体が軟化する。その結果、摺動部材において、硬さ及び強度(衝撃疲労強度等)などの特性が不十分になり、信頼性が低下する場合がある。
【0008】
上記のような事情により、メンテナンス作業の低減と共に信頼性を向上可能な摺動部材を実現することは、容易でない。
【0009】
したがって、本発明が解決しようとする課題は、メンテナンス作業の低減と共に信頼性を向上可能な、摺動部材の製造方法、および、摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
実施形態の摺動部材の製造方法は、準備工程と摺動層被覆工程と焼付処理工程とを含む。準備工程では、摺動部材本体を準備する。摺動層被覆工程では、摺動部材本体の表面にフッ素樹脂の摺動層を被覆する。焼付処理工程では、摺動部材本体の表面に被覆された摺動層について焼付処理を実行する。ここで、摺動部材本体は、焼付処理工程において前記焼付処理を実行することによって析出強化が生じ、硬さ及び強度が上昇する材料で構成されている。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、第1実施形態に係る摺動部材1の構成の要部を模式的に示す断面図である。
【
図2】
図2は、第1実施形態に係る摺動部材1の製造方法の要部を示すフロー図である。
【
図3】
図3は、第1実施形態に係る摺動部材1の製造方法において、摺動部材本体100の硬さおよび強度と、熱処理(焼付処理)の処理時間との関係を示す図である。
【
図4】
図4は、第2実施形態に係る摺動部材1bの構成の要部を模式的に示す断面図である。
【
図5】
図5は、第2実施形態に係る摺動部材1bの製造方法の要部を示すフロー図である。
【
図6】
図6は、第2実施形態に係る摺動部材1bの製造方法において、摺動部材本体100の硬さおよび強度と、焼戻処理および焼付処理の処理時間との関係を示す図である。
【
図7】
図7は、第2実施形態の比較例に係る摺動部材の製造方法において、摺動部材本体100の硬さおよび強度と、焼戻処理および焼付処理の処理時間との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
<第1実施形態>
[A]摺動部材1の構成
図1は、第1実施形態に係る摺動部材1の構成の要部を模式的に示す断面図である。摺動部材1は、例えば、ガス絶縁開閉装置(図示省略)の操作機構を構成するトリガー機構においてバネのエネルギーを開口するための機械的スイッチ部品であって、
図1においては、その機械的スイッチ部品である摺動部材1の一部断面を拡大して示している。なお、摺動部材1は、上記の部品以外の部品であってもよい。
【0013】
図1に示すように、摺動部材1は、摺動部材本体100と摺動層110とを有し、摺動層110が摺動部材本体100の表面に設けられている。摺動部材1においては、摺動部材本体100の表面のうち、ガス絶縁開閉装置(図示省略)を構成するときに摺動が生ずる面を摺動層110が被覆している。
【0014】
[B]摺動部材1の製造方法
上記した摺動部材1を製造する製造方法に関して、
図1と共に
図2を用いて説明する。
【0015】
図2は、第1実施形態に係る摺動部材1の製造方法の要部を示すフロー図である。
【0016】
図2に示すように、摺動部材1の製造では、準備工程(ST10)と摺動層被覆工程(ST20)と焼付工程(ST30)とを順次実行する。各工程について順次説明する。
【0017】
[B-1]準備工程(ST10)
まず、準備工程(ST10)では、摺動部材本体100の準備を行う。
【0018】
ここでは、後工程である焼付処理工程(ST30)において焼付処理を実行することによって析出強化が生じ、硬さ及び強度が上昇する金属材料で部品の形状に成形された成形体を、摺動部材本体100として準備する。具体的には、摺動部材本体100は、マルエージング鋼、または、析出強化型ステンレス鋼であって、焼付処理工程(ST30)における焼付処理で焼戻し軟化が生じない材料で形成されている。
【0019】
[B-2]摺動層被覆工程(ST20)
つぎに、摺動層被覆工程(ST20)では、摺動部材本体100の表面に摺動層110を被覆する。
【0020】
ここでは、フッ素樹脂で摺動層110の形成を行う。フッ素樹脂は、例えば、ポリテトラフルオロエチレン樹脂(PTFE)などの完全フッ素化樹脂である。この他に、摺動層110の形成では、部分フッ素化樹脂(ポリクロロトリフルオロエチレン樹脂(PCTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)など)、および、フッ素化樹脂共重合体(四フッ化エチレン・六フッ化プロピレン共重合体(FEP)など)を、フッ素樹脂として用いてもよい。
【0021】
摺動層110の被覆は、例えば、フッ素樹脂の粉体が分散された塗料を摺動部材本体100の表面に塗布した後に乾燥することで実行される。また、例えば、静電粉体塗装によって摺動層110の被覆を行ってもよい。
【0022】
[B-3]焼付工程(ST30)
つぎに、焼付工程(ST30)では、摺動部材本体100の表面に被覆された摺動層110について焼付処理を実行する。
【0023】
焼付処理は、例えば、400℃以上500℃以下の温度範囲で実行される。焼付処理の実行により、摺動層110を構成するフッ素樹脂が溶融して硬化し、摺動部材本体100の表面に密着した状態になる。
【0024】
上述したように、本実施形態では、摺動部材本体100は、焼付処理工程(ST30)において焼付処理を実行することによって析出強化が生じる金属材料で構成されている。このため、本実施形態では、焼付処理の実行によって、摺動部材本体100において硬さ及び強度が変化する。
【0025】
図3は、第1実施形態に係る摺動部材1の製造方法において、摺動部材本体100の硬さおよび強度と、熱処理(焼付処理)の処理時間との関係を示す図である。
【0026】
図3に示すように、本実施形態では、摺動部材本体100の硬さおよび強度は、焼付処理を開始する時点t1では、適正範囲として予め定めた基準範囲Hの下限HLよりも低い。焼付処理を開始した後には、摺動部材本体100を構成する金属材料において析出強化が生じるので、摺動部材本体100の硬さおよび強度は、上昇する。そして、焼付処理を終了した時点t2では、摺動部材本体100の硬さおよび強度は、基準範囲Hの下限HLよりも高く、基準範囲Hの上限HUよりも低い状態になる。その結果、本実施形態では、硬さ及び強度が基準範囲Hにある摺動部材1を作製することできる。
【0027】
[C]まとめ
以上のように、本実施形態における摺動部材1の製造方法では、フッ素樹脂からなる摺動層110について焼付処理を行うときに、摺動部材本体100を構成する金属材料において析出強化が生じ、摺動部材本体100が軟化しない。
【0028】
したがって、本実施形態の摺動部材1は、フッ素樹脂からなる摺動層110によってメンテナンス作業の低減が可能であると共に、摺動層110の焼付処理を実行することで硬さ及び強度などの特性が向上するので信頼性の向上を実現可能である。
【0029】
[D]実施例
本実施形態の実施例について表1および表2を用いて説明する。表1および表2では、摺動部材本体100を構成する鋼の成分の割合(wt%)を示している(残部はFe)。この他に、表1および表2では、時効処理後および焼付処理後の測定結果を示している。
【0030】
【0031】
【0032】
[D-1]例1~例4
表1に示すように、例1から例4は、摺動部材本体100の材料がマルエージング鋼である場合の実施例である。ここでは、市販されているマルエージング鋼のうち、18%ニッケルグレードであるマルエージング鋼を摺動部材本体100の材料として用いた場合について示している。
【0033】
例1から例4においては、まず、摺動部材本体100を構成する材料について、時効処理を行った。時効処理については、480℃~520℃の温度条件で、3~5時間、実行した。
【0034】
時効処理により、摺動部材本体100を構成する材料においては、Ni3Mo、Ni3Ti、Fe2Moなどの金属間化合物が析出して強化された。時効処理を実行した結果、摺動部材本体100を構成する材料は、耐力(0.2%耐力)が1350MPa以上となった。
【0035】
そして、例1から例4において摺動部材本体100を構成する材料を部品の形状に加工した。
【0036】
つぎに、例1から例4においては、上記のように部品の形状に加工された摺動部材本体100の表面に、フッ素樹脂であるポリテトラフルオロエチレン樹脂の摺動層110を塗布によって被覆した。
【0037】
その後、摺動部材本体100の表面に被覆された摺動層110について焼付処理を実行した。焼付処理については、430℃~440℃の温度条件で、30分、実行した。焼付処理の実行によって摺動部材本体100では析出強化が生じ、硬さ及び強度が上昇した(
図3参照)。その結果、硬さおよび強度が、335HV以上(引張強度換算で約1050MPa以上)となった。
【0038】
[D-2]例5
表2に示すように、例5は、摺動部材本体100の材料が析出強化型ステンレス鋼である場合の実施例である。具体的には、例5では、マルテンサイトーフェライトーオーステナイト系ステンレス鋼であるSUS630を、析出強化型ステンレス鋼として用いた。
【0039】
例5においては、まず、摺動部材本体100を構成する材料について、時効処理(析出強化熱処理)を行った。時効処理については、約480℃の温度条件で、2時間、実行した。
【0040】
例5では、時効処理の実行により、摺動部材本体100を構成する材料において、銅リッチな金属間化合物が析出し、耐力(0.2%耐力)が1175MPa以上となった。
【0041】
そして、例5において摺動部材本体100を構成する材料を部品の形状に加工した。
【0042】
つぎに、例5においては、上記のように部品の形状に加工された摺動部材本体100の表面に、フッ素樹脂であるポリテトラフルオロエチレン樹脂の摺動層110を塗布によって被覆した。
【0043】
その後、摺動部材本体100の表面に被覆された摺動層110について焼付処理を実行した。焼付処理については、430℃の温度条件で、30分、実行した。焼付処理の実行によって摺動部材本体100では析出強化が生じ、硬さ及び強度が上昇した(
図3参照)。その結果、硬さおよび強度が、基準範囲H内である335HV(引張強度換算で約1050MPa)となった。
【0044】
<第2実施形態>
図4は、第2実施形態に係る摺動部材1bの構成の要部を模式的に示す断面図である。
図5は、第2実施形態に係る摺動部材1bの製造方法の要部を示すフロー図である。
図6は、第2実施形態に係る摺動部材1bの製造方法において、摺動部材本体100の硬さおよび強度と、焼戻処理および焼付処理の処理時間との関係を示す図である。
【0045】
図4に示すように、本実施形態の摺動部材1bは、摺動部材本体100bの材料が第1実施形態の場合(
図1参照)と異なる。また、本実施形態における摺動部材1bの製造方法では、製造工程の一部が、第1実施形態の場合(
図1参照)と異なる。この点および関連する点を除き、本実施形態は、第1実施形態の場合と同様であるため、重複する事項に関しては、適宜、説明を省略する。
【0046】
[A]摺動部材1bの製造方法
図5に示すように、本実施形態の摺動部材1bの製造では、準備工程(ST10)の後に、焼戻処理工程(ST12)を実行する。その後、本実施形態では、摺動層被覆工程(ST20)と焼付工程(ST30)とを順次実行する。各工程について順次説明する。
【0047】
[A-1]準備工程(ST10)
まず、準備工程(ST10)では、摺動部材本体100bの準備を行う。
【0048】
ここでは、第1実施形態の場合(
図1参照)と異なり、例えば、低合金鋼(SCM435、SCM440等)で形成された摺動部材本体100bを準備する。つまり、本実施形態では、後工程である焼付処理工程(ST30)において焼付処理を実行したときに析出強化が生じずに、焼戻し軟化が生じ、硬さ及び強度が下降する金属材料で部品の形状に成形された成形体を、摺動部材本体100として準備する。
【0049】
[A-2]焼戻処理工程(ST12)
つぎに、焼戻処理工程(ST12)では、摺動部材本体100bについて焼戻処理を行うことで、摺動部材本体100bの硬さ及び強度を調整する。
【0050】
ここでは、
図6に示すように、後段の焼付処理工程(ST30)において焼付処理を実行したときに摺動部材本体100bの硬さ及び強度が基準範囲Hになるように、摺動部材本体100bについて焼戻処理を実行する。
【0051】
具体的には、摺動部材本体100bの硬さ及び強度が、焼戻処理の開始時点t0において初期値であった状態から、焼戻処理の終了時点t1において基準範囲Hの上限HUよりも高い値まで低下するように、焼戻処理を実行する。焼戻処理の条件(処理温度および処理時間)は、焼付処理によって摺動部材本体100bの硬さ及び強度が低下する値を考慮して、適宜、設定される。
【0052】
[A-3]摺動層被覆工程(ST20)
つぎに、摺動層被覆工程(ST20)では、摺動部材本体100bの表面に摺動層110を被覆する。
【0053】
ここでは、第1実施形態の場合と同様に、フッ素樹脂で摺動層110の形成を行う。
【0054】
[A-4]焼付工程(ST30)
つぎに、焼付工程(ST30)では、摺動部材本体100bの表面に被覆された摺動層110について焼付処理を実行する。
【0055】
ここでは、第1実施形態の場合と同様に、焼付処理を実行する。
【0056】
図6に示すように、本実施形態では、摺動部材本体100bの硬さおよび強度は、焼付処理を開始する時点t1では、予め定めた基準範囲Hの上限HUよりも高い。焼付処理を開始した後には、摺動部材本体100bを構成する金属材料において析出強化が生じずに軟化するため、摺動部材本体100bの硬さおよび強度は、低下する。そして、焼付処理を終了した時点t2では、摺動部材本体100bの硬さおよび強度は、基準範囲Hの上限HUよりも低く、基準範囲Hの下限HLよりも高い状態になる。
【0057】
[B]まとめ
本実施形態では、上述したように、焼付処理によって摺動部材本体100bの硬さ及び強度が低下する値を考慮して設定された焼戻処理の条件で焼戻処理が実行されているので、焼付処理の実行後には、硬さ及び強度が基準範囲Hにある摺動部材1bを作製することできる。
【0058】
したがって、本実施形態の摺動部材1bは、フッ素樹脂からなる摺動層110によってメンテナンス作業の低減が可能であると共に、摺動層110の焼付処理を実行することで硬さ及び強度などの特性が向上するので信頼性の向上を実現可能である。
【0059】
[C]実施例
本実施形態の実施例について説明する。
【0060】
本実施形態の実施例では、摺動部材本体100bの材料として、低合金鋼(SCM435、SCM440等)を準備し、その低合金鋼について焼入れ処理を実行した。ここでは、温度が830℃であって、油冷する条件で、焼入れ処理を実行した。
【0061】
つぎに、摺動部材本体100bについて焼戻処理を行うことで、摺動部材本体100の硬さ及び強度を調整した。実施例では、温度が200℃であって、処理時間が1から2時間である条件で加熱した後に、急冷を行う低温焼戻処理を実行した。
【0062】
焼戻処理の実行により、摺動部材本体100bの硬さ及び強度が、焼戻処理の開始時点t0において初期値であった状態から、焼戻処理の終了時点t1において基準範囲Hの上限HUよりも高い値まで低下した(
図6参照)。
【0063】
つぎに、実施例においては、摺動部材本体100bの表面に、フッ素樹脂であるポリテトラフルオロエチレン樹脂の摺動層110を塗布によって被覆した。
【0064】
その後、摺動部材本体100bの表面に被覆された摺動層110について焼付処理を実行した。焼付処理については、温度が430℃であって処理時間が30分である条件で、実行した。
【0065】
焼付処理の実行によって摺動部材本体100bでは、硬さ及び強度が低下した(
図6参照)。その結果、硬さおよび強度が、硬さが335HV(引張強度換算で約1050MPa)以上となった。
【0066】
図7は、第2実施形態の比較例に係る摺動部材の製造方法において、摺動部材本体100の硬さおよび強度と、焼戻処理および焼付処理の処理時間との関係を示す図である。
【0067】
図7に示すように、比較例では、実施例の場合と異なり、摺動部材本体100の硬さ及び強度が焼戻処理の終了時点t1において基準範囲Hになるように焼戻処理を実行した(例えば、より高温(500~600℃)で焼戻処理を実行した)。このため、比較例では、その後に焼付処理を終了した時点t2では、摺動部材本体100bの硬さおよび強度が基準範囲Hの下限HLよりも低い状態(ビッカース硬さ267HV)になった。
【0068】
<その他>
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0069】
1:摺動部材、1b:摺動部材、100:摺動部材本体、100b:摺動部材本体、110:摺動層