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特開2023-21708全身性炎症反応性微小血管内皮症(SIRME)病態診断用キット及びその使用
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023021708
(43)【公開日】2023-02-14
(54)【発明の名称】全身性炎症反応性微小血管内皮症(SIRME)病態診断用キット及びその使用
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/53 20060101AFI20230207BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20230207BHJP
【FI】
G01N33/53 D
C12Q1/06
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021126748
(22)【出願日】2021-08-02
(71)【出願人】
【識別番号】598041566
【氏名又は名称】学校法人北里研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100188558
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 雅人
(72)【発明者】
【氏名】東條 美奈子
【テーマコード(参考)】
4B063
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA19
4B063QQ08
4B063QQ79
4B063QR55
4B063QS33
4B063QX01
(57)【要約】
【課題】被検者が全身性炎症反応性微小血管内皮症(SIRME)病態を重症化させる可能性があるか否かを判定する技術を提供する。
【解決手段】IQ Motif Containing GTPase Activating Protein 1(IQGAP1)タンパク質に対する特異的結合物質を含み、被検者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質を測定するように用いられ、前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が対照よりも有意に多いことが、前記被検者が全身性炎症反応性微小血管内皮症(SIRME)病態を重症化させる可能性があることを示す、SIRME病態診断用キット。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
IQ Motif Containing GTPase Activating Protein 1(IQGAP1)タンパク質に対する特異的結合物質を含み、被検者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質を測定するように用いられ、前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が対照よりも有意に多いことが、前記被検者が全身性炎症反応性微小血管内皮症(SIRME)病態を重症化させる可能性があることを示す、SIRME病態診断用キット。
【請求項2】
被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定するためのデータを収集する方法であって、
前記被検者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質を測定する工程を含み、
前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が、前記被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定するためのデータであり、
前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が対照よりも有意に多いことが、前記被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があることを示す、方法。
【請求項3】
血管内皮細胞、
血管内皮傷害リスク因子、及び、
IQGAP1タンパク質に対する特異的結合物質を含む、SIRME病態の治療剤のスクリーニング用キット。
【請求項4】
SIRME病態の治療剤のスクリーニング方法であって、
被検物質の存在下又は非存在下、且つ、血管内皮傷害リスク因子の存在下で、血管内皮細胞を培養し、培地中へのIQGAP1タンパク質の遊離を誘導する工程と、
前記培地中のIQGAP1タンパク質を測定する工程と、を含み、
前記被検物質の存在下における前記培地中のIQGAP1タンパク質の存在量が、前記被検物質の非存在下における前記培地中のIQGAP1タンパク質の存在量よりも有意に少ないことが、前記被検物質がSIRME病態の治療剤の候補であることを示す、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、全身性炎症反応性微小血管内皮症(SIRME)病態診断用キット及びその使用に関する。より具体的には、本発明は、SIRME病態診断用キット、被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定するためのデータを収集する方法及びSIRME病態の治療剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
グリコカリックスとは、糖タンパク質や多糖類で形成された、細胞表面を被覆する構造体である。グリコカリックスは、血管内皮や消化管の表面、癌細胞、細菌の表面等に存在している。血管内皮グリコカリックスとは、血管内皮細胞表面を覆うグリコカリックスであり、血管内皮機能の維持に重要な役割を担っている。
【0003】
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、高血圧、糖尿病、肥満、循環器疾患等の患者において、死亡率が高いことが報告されている。また高齢者や喫煙者では、COVID-19が重症化しやすいことも明らかになっている。
【0004】
血管内皮グリコカリックスも、これらの危険因子によって脆弱化し、細胞表面から脱落することが知られている。また、これらの危険因子は、血管内皮細胞にアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を過剰発現させることが知られている。COVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2はACE2に結合することから、COVID-19を悪化させるメカニズムに血管内皮グリコカリックスが重要な働きを担っている可能性が考えられている。例えば、発明者らは、重症化COVID-19において、血中のsyndecan-1等の血管内皮グリコカリックスが上昇することを報告している(非特許文献1を参照。)。
【0005】
傷害された血管内皮グリコカリックスは、細胞-細胞接着を阻害して細胞間の接着を緩め、微小血管外への血漿成分漏出を引き起こす。この結果、肺においては間質性肺異常陰影に続いて重度の急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を引き起こす。また、COVID-19の重症化によって引き起こされることが報告されている、播種性血管内凝固(DIC)、川崎病ショック症候群、敗血症等の病態においては、可溶性血管内皮グリコカリックスの血中濃度が異常高値となることが多数報告されており、より高値の症例において、全身性血栓塞栓症や多臓器不全を引き起こしやすく予後不良である傾向がある。
【0006】
発明者らは、血管内皮グリコカリックス傷害に基づく多臓器障害の病態を、全身性炎症反応性微小血管内皮症(systemic inflammatory-reactive microvascular endotheliopathy、SIRME)として新たに定義し、病態の重症化指標として提唱している(非特許文献1を参照。)。
【0007】
SIRME病態とは、血管透過性亢進を認める病態であり、具体的には、COVID-19をはじめとする血管内皮親和性の高いウイルスによる感染症、その合併症として発症する重症の急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、播種性血管内凝固(DIC)、川崎病ショック症候群等が挙げられる。
【0008】
血管内皮機能を測定することにより、SIRME病態を診断することができる。血管内皮機能の測定方法として、例えば、血流依存性血管拡張反応(Flow Mediated Dilation、FMD)による非侵襲的検査方法(例えば、非特許文献2を参照。)、EndoPAT(イタマー・メディカル社)による検査方法(例えば、非特許文献3を参照。)、血管内皮グリコカリックス脆弱化領域を測定する方法等が挙げられる。血管内皮グリコカリックス脆弱化領域(PBR)を測定する方法は、舌下毛細血管の血管内皮グリコカリックスをライブ動画として撮影・解析する装置(製品名「GlycoCheck」、フィンガルリンク株式会社)を用いた方法であり、PBR高値ではCOVID-19が重症化しやすく予後不良であることが報告されている(例えば、非特許文献4を参照。)。
【0009】
ところで、IQ Motif Containing GTPase Activating Protein 1(IQGAP1)タンパク質は、6つのドメインからなる多機能分子結合スキャフォールディングタンパク質である。IQGAP1タンパク質は細胞内タンパク質であり、通常細胞外に分泌されることはない。IQGAP1タンパク質は、血管内皮細胞に発現し、血管内皮細胞増殖因子受容体(VEGF2)をはじめとする様々な分子に結合し、活性酸素種(ROS)依存性の細胞遊走、増殖、分化、ROS産生、細胞-細胞接着の制御等、細胞内の複雑なシグナルを制御していることが知られている(例えば、非特許文献5を参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Yamaoka-Tojo M.(東條美奈子), Vascular endothelial glycocalyx damage in COVID-19, Int J Mol Sci, 21 (24), 9712, 2020.
【非特許文献2】Celermajer, D. S., et al., Non-invasive detection of endothelial dysfunction in children and adults at risk of atherosclerosis, Lancet, 340 (8828), 1111-1115, 1992.
【非特許文献3】Celermajer, D. S., et al., “Reliable endothelial function testing: at our fingertips?, Circulation, 117 (19), 2428-2430, 2008.
【非特許文献4】Rovas A., et al., Microvascular dysfunction in COVID-19: the MYSTIC study, Angiogenesis, 24 (1), 145-157, 2021.
【非特許文献5】Yamaoka-Tojo M.(東條美奈子), et al., IQGAP1, a novel vascular endothelial growth factor receptor binding protein, is involved in reactive oxygen species-dependent endothelial migration and proliferation, Circ Res, 95, 276-283, 2004.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、非特許文献2に記載のFMD検査法は、再現性が低く、測定に10~15分程度かかり、臨床の現場で手技が煩雑であるため、日常診療での血管内皮機能の測定法として推奨されていない。
【0012】
また、非特許文献3に記載のEndoPATによる検査法は、再現性が高く、臨床の現場でも導入されているが、測定に15分程度かかり、患者の拘束時間が長く、効率的でないという課題を有する。
【0013】
また、非特許文献4に記載のGlycoCheckによる検査法は、患者本人の協力を得た上でプラスチックカバーに覆われたプローブを口に咥えて最適なアングルになるように調節しながら測定する必要があり、測定に時間を要する場合が少なくない。また、時間をかけても測定不能な例が散見されること、測定者が濃厚接触者とならざるを得ない測定方法であること等のため、重症感染症においては感染管理上、臨床現場での実施が不可能である。
【0014】
また、血管内皮グリコカリックスの血中濃度と相関が認められる疾患は多岐にわたるものの、循環器疾患の患者等、血管内皮グリコカリックス傷害を基礎疾患として有する患者において発症したSIRME病態等においては、血中に検出される血管内皮グリコカリックス濃度と重症化との相関関係を評価することは困難である。このためSIRME病態やその合併症として血管透過性亢進を生じる重篤な疾患における評価可能なバイオマーカー測定系が求められていた。
【0015】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定する技術を提供することを目的とする。本発明はまた、SIRME病態の治療剤をスクリーニングする技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は、以下の態様を含む。
[1]IQGAP1タンパク質に対する特異的結合物質を含み、被検者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質を測定するように用いられ、前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が対照よりも有意に多いことが、SIRME病態を重症化させる可能性があることを示す、SIRME病態診断用キット。
[2]被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定するためのデータを収集する方法であって、前記被検者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質を測定する工程を含み、前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が、前記被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定するためのデータであり、前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が対照よりも有意に多いことが、前記被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があることを示す、方法。
[3]血管内皮細胞、血管内皮傷害リスク因子、及び、IQGAP1タンパク質に対する特異的結合物質を含む、SIRME病態の治療剤のスクリーニング用キット。
[4]SIRME病態の治療剤のスクリーニング方法であって、被検物質の存在下又は非存在下、且つ、血管内皮傷害リスク因子の存在下で、血管内皮細胞を培養し、培地中へのIQGAP1タンパク質の遊離を誘導する工程と、前記培地中のIQGAP1タンパク質を測定する工程と、を含み、前記被検物質の存在下における前記培地中のIQGAP1タンパク質の存在量が、前記被検物質の非存在下における前記培地中のIQGAP1タンパク質の存在量よりも有意に少ないことが、前記被検物質がSIRME病態の治療剤の候補であることを示す、方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定する技術を提供することができる。本技術は、1回の採血のみで完了し、かつ、高い再現性を有する。また、本発明によれば、SIRME病態の治療剤をスクリーニングする技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】実験例1において、血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量を測定した代表的な結果を示すグラフである。
図2】実験例2において、試料中のIQGAP1タンパク質の存在量を測定した代表的な結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
[SIRME病態診断用キット]
一実施形態において、本発明は、IQGAP1タンパク質に対する特異的結合物質を含み、被検者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質を測定するように用いられ、前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が対照よりも有意に多いことが、SIRME病態を重症化させる可能性があることを示す、SIRME病態診断用キットを提供する。
【0020】
実施例において後述するように、発明者らは、SIRME病態が重症化した患者の血液試料中に、IQGAP1タンパク質が大量に存在することを明らかにした。一方、健常成人15名の血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量は検出限界以下であった。
【0021】
したがって、被検者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質を測定することにより、被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを簡便に診断することができる。
【0022】
血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が対照よりも有意に多いとは、血清中のIQGAP1タンパク質の存在量が、例えば2ng/mL以上、例えば4ng/mL以上、例えば8ng/mL以上であることであってもよい。
【0023】
上述したように、血管内皮機能を測定することにより、SIRME病態を診断することができる。しかしながら、従来の血管内皮機能の測定方法は煩雑である等の上述した課題がある。これに対し、本実施形態のキットによれば、1回の採血のみで、SIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを診断することができ、かつ、高い再現性を有する。
【0024】
IQGAP1タンパク質に対する特異的結合物質としては、抗体、抗体断片、アプタマー等を用いることができる。IQGAP1タンパク質に対する特異的結合物質として、市販された抗体を使用してもよい。ヒトIQGAP1タンパク質のアミノ酸配列のNCBIアクセッション番号はNP_003861.1である。IQGAP1タンパク質は、細胞内に存在するタンパク質であり、血液中に放出されることは知られていなかった。
【0025】
血液試料中のIQGAP1タンパク質の測定方法は特に限定されず、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法等により行うことができる。
【0026】
本実施形態のキットにおいて、対照としては、健常人由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量等が挙げられる。また、SIRME病態が重症化するとは、血管透過性亢進を認める病態が悪化し、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、播種性血管内凝固(DIC)、川崎病ショック症候群等の症状が、集中治療室での治療が必要な程度に悪化することを意味する。
【0027】
[データを収集する方法]
一実施形態において、本発明は、被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定するためのデータを収集する方法であって、前記被検者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質を測定する工程を含み、前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が、前記被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定するためのデータであり、前記血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が対照よりも有意に多いことが、前記被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があることを示す、方法を提供する。本実施形態の方法は、医師による医療行為を含まないものである。
【0028】
本実施形態の方法は、例えば、上述したキットを用いて実施することができる。本実施形態の方法において、対照、血液試料中のIQGAP1タンパク質の測定方法については上述したものと同様である。また、IQGAP1タンパク質の存在量が対照よりも有意に多いとは、上述したものと同様であり、血清中のIQGAP1タンパク質の存在量が、例えば2ng/mL以上、例えば4ng/mL以上、例えば8ng/mL以上であることであってもよい。
【0029】
本実施形態の方法は、SIRME病態や循環器疾患を有する被検者における、疾病管理による血管内皮機能の改善効果を評価するための方法であるということもできる。この場合、被検者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量が、対照の値に近づくことが、血管内皮機能の改善を示す。
【0030】
[SIRME病態の治療剤のスクリーニング用キット]
一実施形態において、本発明は、血管内皮細胞、血管内皮傷害リスク因子、及び、IQGAP1タンパク質に対する特異的結合物質を含む、SIRME病態の治療剤のスクリーニング用キットを提供する。本実施形態のキットにより、SIRME病態の治療剤をスクリーニングすることができる。
【0031】
血管内皮細胞としては、例えば、ウシ大動脈血管内皮細胞(BAEC)、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)、ヒト冠動脈内皮細胞(HCAEC)、ヒト大動脈内皮細胞(HAoEC)、ヒト肺動脈内皮細胞(HPAEC)、ヒト肺微小血管内皮細胞(HPMEC)、ヒト伏在静脈内皮細胞(HSaVEC)等が挙げられ、これらに限定されない。血管内皮細胞は、正常細胞であってもよく、癌細胞であってもよい。また、血管内皮細胞は、初代培養細胞であってもよく、継代培養細胞であってもよく、不死化培養細胞等であってもよい。
【0032】
血管内皮傷害リスク因子としては、例えば、糖分、酸化LDL、トランス脂肪酸(例えば、エライジン酸等)、過酸化水素(H)、カテコラミン、アルコール、リポポリサッカライド(LPS)や炎症性サイトカインなどの炎症惹起物質、感染症を引き起こすあらゆるウイルス等の微生物等が挙げられ、これらに限定されない。
【0033】
IQGAP1タンパク質に対する特異的結合物質については上述したものと同様である。
【0034】
[SIRME病態の治療剤のスクリーニング方法]
一実施形態において、本発明は、SIRME病態の治療剤のスクリーニング方法であって、被検物質の存在下又は非存在下、且つ、血管内皮傷害リスク因子の存在下で、血管内皮細胞を培養し、培地中へのIQGAP1タンパク質の遊離を誘導する工程と、前記培地中のIQGAP1タンパク質を測定する工程と、を含み、前記被検物質の存在下における前記培地中のIQGAP1タンパク質の存在量が、前記被検物質の非存在下における前記培地中のIQGAP1タンパク質の存在量よりも有意に少ないことが、前記被検物質がSIRME病態の治療剤の候補であることを示す、方法を提供する。
【0035】
上述したSIRME病態の治療剤のスクリーニング用キットを用いて本実施形態のスクリーニング方法を実施することができる。本実施形態のスクリーニング方法により、SIRME病態の治療剤をスクリーニングすることができる。
【0036】
本実施形態のスクリーニング方法は、血管内皮機能改善剤のスクリーニング方法であるということもできる。すなわち、SIRME病態の治療剤は血管内皮機能改善剤であるということもできる。
【0037】
被検物質としては、特に限定されず、例えば、天然化合物ライブラリ、合成化合物ライブラリ、既存薬ライブラリ、代謝物ライブラリ等が挙げられる。
【0038】
培地中のIQGAP1タンパク質の測定方法については上述したものと同様であり、例えば、ELISA法、ウエスタンブロッティング法等により行うことができる。
【0039】
また、本実施形態のスクリーニング方法は、血管内皮細胞に対する被検物質の血管内皮傷害性を評価するための方法として用いることもできる。すなわち、一実施形態において、本発明は、血管内皮細胞に対する被検物質の血管内皮傷害性を評価するための方法であって、被検物質の存在下又は非存在下で、血管内皮細胞を培養する工程と、前記培地中のIQGAP1タンパク質を測定する工程と、を含み、前記被検物質の存在下における前記培地中のIQGAP1タンパク質の存在量が、前記被検物質の非存在下における前記培地中のIQGAP1タンパク質の存在量よりも有意に多いことが、前記被検物質が血管内皮傷害性を有することを示す方法を提供する。
【実施例0040】
次に実験例を示して本発明を更に詳細に説明するが、本発明は以下の実験例に限定されるものではない。
【0041】
[実験例1]
健常成人由来の血液試料、及び、SIRME病態が重症化した患者由来の血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量を測定した。IQGAP1タンパク質の測定には、市販のキット(製品名「Human IQGAP1 ELISA kit」、MyBioSource社)を使用し、血清50μLを用いて測定した。
【0042】
SIRME病態が重症化した患者は、重症肺炎から急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を発症した患者、インフルエンザ脳症及びARDSを発症した患者、敗血症からARDS及び播種性血管内凝固(DIC)を発症した患者であった。
【0043】
図1は、各血液試料中のIQGAP1タンパク質の存在量を測定した代表的な結果を示すグラフである。図1中、「Con 1」~「Con 15」は、健常成人由来の血液試料の結果であることを示し、「Pat 1」~「Pat 3」は、SIRME病態が重症化した患者由来の血液試料の結果であることを示す。
【0044】
その結果、健常成人15名の血液試料からはIQGAP1タンパク質は検出されなかった(検出限界以下)。これに対し、SIRME病態が重症化した患者由来の血液試料中には、IQGAP1タンパク質が異常高値で存在することが明らかとなった。この結果は、血液試料中のIQGAP1タンパク質を、SIRME病態の重症化を示すマーカーとして利用できることを示す。
【0045】
[実験例2]
ヒト血管内皮細胞に強い酸化ストレス刺激を与え、培養上清試料中のIQGAP1タンパク質の存在量を測定した。ヒト血管内皮細胞としては、ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)を使用した。後述するように、血管内皮細胞に強い酸化ストレス刺激を与える実験系は、SIRME病態のモデルであるといえる。
【0046】
IQGAP1タンパク質の測定には、市販のキット(製品名「Human IQGAP1 ELISA kit」、MyBioSource社)を使用し、培養上清50μLを用いて測定した。
【0047】
血管内皮細胞は6ウェルプレートのウェルにコンフルエントになるように播種した。細胞が十分に接着したことが確認された状態において、酸化ストレス刺激を与え、1時間後の培養上清を回収した。酸化ストレス刺激は、培地に、0、50、100、300μMの過酸化水素Hを添加することにより与えた。
【0048】
通常の酸化ストレスモデルでは、10~50μM、高くても100μM程度の濃度のHを使用する。このため、300μMのHはかなりの細胞傷害性を示す濃度である。本実験系は、サイトカインストームを想定したものであるといえ、炎症誘導物質である、TNF-α、IL-1β、IL-18、CRP、LPS等による刺激の結果として生じた、強い酸化ストレス刺激のモデルであり、SIRME病態のモデルであるといえる。
【0049】
図2は、各試料中のIQGAP1タンパク質の存在量を測定した代表的な結果を示すグラフである。図2中、縦軸はIQGAP1タンパク質の濃度(ng/mL)を示し、横軸はHの濃度(μM)を示す。
【0050】
その結果、H非添加の試料からはIQGAP1タンパク質は検出されなかった(検出限界以下)。これに対し、Hを添加した試料中には、IQGAP1タンパク質が検出され、特に、300μMのHを添加した試料中にはIQGAP1タンパク質が異常高値で存在することが明らかとなった。
【0051】
この結果は、培養細胞上清試料中のIQGAP1タンパク質を、強い酸化刺激や炎症惹起物質等の細胞傷害性物質による細胞傷害性を判定するマーカーとして利用できる可能性があることを示す。
【産業上の利用可能性】
【0052】
本発明によれば、被検者がSIRME病態を重症化させる可能性があるか否かを判定する技術を提供することができる。本技術は、1回の採血のみで完了し、かつ、高い再現性を有する。また、本発明によれば、SIRME病態の治療剤をスクリーニングする技術を提供することができる。
図1
図2