(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023021719
(43)【公開日】2023-02-14
(54)【発明の名称】量子干渉装置、原子発振器及び制御方法
(51)【国際特許分類】
H01S 1/06 20060101AFI20230207BHJP
H03L 7/26 20060101ALI20230207BHJP
【FI】
H01S1/06
H03L7/26
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021126765
(22)【出願日】2021-08-02
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、防衛装備庁、安全保障技術研究推進制度、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000004237
【氏名又は名称】日本電気株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】301021533
【氏名又は名称】国立研究開発法人産業技術総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100103894
【弁理士】
【氏名又は名称】家入 健
(72)【発明者】
【氏名】松本 健太
(72)【発明者】
【氏名】各務 惣太
(72)【発明者】
【氏名】柳町 真也
(72)【発明者】
【氏名】盛永 篤郎
(72)【発明者】
【氏名】池上 健
【テーマコード(参考)】
5J106
【Fターム(参考)】
5J106AA01
5J106CC07
5J106GG02
5J106HH07
5J106JJ01
5J106KK12
5J106LL10
(57)【要約】
【課題】磁場変動に対して周波数安定度の高い量子干渉効果を実現することが可能な量子干渉装置を提供する。
【解決手段】量子干渉装置100は、空間2と、アルカリ金属原子セル3とを有する。空間2には、特定の方向及び強度の静磁場が印加されている。アルカリ金属原子セル3は、空間2の内部に設けられている。アルカリ金属原子セル3には、アルカリ金属原子が封入されている。アルカリ金属原子セル3に、静磁場が印加され、少なくとも2つの異なる周波数成分を有する励起光が入射されることにより、アルカリ金属原子の量子干渉状態が生じる。励起光の周波数成分のうち、量子干渉状態の形成に関与する周波数成分は、互いに同一の偏光方向である直線偏光を含む光である。空間2に印加された静磁場は、量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数についての磁場に対する変動が抑制されるように、調整されている。
【選択図】
図21
【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の方向及び強度の静磁場が印加された空間と、
前記空間の内部に設けられ、アルカリ金属原子が封入されたアルカリ金属原子セルと、
を有し、
前記アルカリ金属原子セルに、前記静磁場が印加され、少なくとも2つの異なる周波数成分を有する励起光が入射されることにより、アルカリ金属原子の量子干渉状態が生じ、
前記励起光の周波数成分のうち、前記量子干渉状態の形成に関与する周波数成分は、互いに同一の偏光方向である直線偏光を含む光であり、
前記静磁場は、前記量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数である共鳴周波数についての磁場に対する変動が抑制されるように、調整されている、
量子干渉装置。
【請求項2】
前記アルカリ金属原子セルを透過した光を検出する光検出手段と、
前記光検出手段によって検出された光に対応する透過光スペクトルに基づいて、前記変動が抑制されるように、前記静磁場を制御する制御手段と、
をさらに有する請求項1に記載の量子干渉装置。
【請求項3】
前記制御手段は、前記変動が予め定められた範囲内となるように、前記静磁場を制御する、
請求項2に記載の量子干渉装置。
【請求項4】
前記励起光の強度を変調する光発生手段、
をさらに有し、
前記制御手段は、前記光検出手段によって検出された光に対応する透過光スペクトルに基づいて、前記励起光の光量を制御する、
請求項2又は3に記載の量子干渉装置。
【請求項5】
前記アルカリ金属原子である冷却原子を前記アルカリ金属原子セルに捕捉する光捕捉システム、
をさらに有する請求項1から4のいずれか1項に記載の量子干渉装置。
【請求項6】
前記アルカリ金属原子は、セシウム原子、ルビジウム原子、ナトリウム原子、カリウム原子のうちの少なくとも1つである、
請求項1から5のいずれか1項に記載の量子干渉装置。
【請求項7】
請求項1から6のいずれか1項に記載の量子干渉装置と、
前記量子干渉状態に基づいて発振周波数を調整する機構と、
を有する原子発振器。
【請求項8】
少なくとも2つの異なる周波数成分を有する励起光を、アルカリ金属原子が封入されたアルカリ金属原子セルに入射し、
アルカリ金属原子セルを透過した光を検出することにより、透過光スペクトルを測定してCPT共鳴を検出し、
前記CPT共鳴の共鳴周波数についての磁場に対する変動が抑制されるように、前記アルカリ金属原子セルに印加される静磁場を制御する、
制御方法。
【請求項9】
前記変動が予め定められた範囲内となるように、前記静磁場を制御する、
請求項8に記載の制御方法。
【請求項10】
検出された光に対応する透過光スペクトルに基づいて、前記励起光の光量を制御する、
請求項8又は9に記載の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、量子干渉装置、原子発振器及び制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
長期的に高精度な発振特性を有する発振器として、アルカリ金属の原子のエネルギー遷移に基づいて発振する原子発振器が知られている。この技術に関連し、特許文献1は、原子セルモジュール及び原子セルの磁界制御方法、並びに、当該原子セルモジュールを用いた周波数安定度の高い量子干渉装置及び電子機器を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1にかかる技術では、磁場の制御方法の問題、及び構造上の問題から、磁場変動に対して周波数安定度の高い量子干渉効果を得ることが困難である。
【0005】
本開示の目的は、このような課題を解決するためになされたものであり、磁場変動に対して周波数安定度の高い量子干渉効果を実現することが可能な量子干渉装置、原子発振器及び制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示にかかる量子干渉装置は、特定の方向及び強度の静磁場が印加された空間と、前記空間の内部に設けられ、アルカリ金属原子が封入されたアルカリ金属原子セルと、を有し、前記アルカリ金属原子セルに、前記静磁場が印加され、少なくとも2つの異なる周波数成分を有する励起光が入射されることにより、アルカリ金属原子の量子干渉状態が生じ、前記励起光の周波数成分のうち、前記量子干渉状態の形成に関与する周波数成分は、互いに同一の偏光方向である直線偏光を含む光であり、前記静磁場は、前記量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数である共鳴周波数についての磁場に対する変動が抑制されるように、調整されている。
【0007】
また、本開示にかかる原子発振器は、量子干渉装置と、前記量子干渉状態に基づいて発振周波数を調整する機構と、を有する。
【0008】
また、本開示にかかる制御方法は、少なくとも2つの異なる周波数成分を有する励起光を、アルカリ金属原子が封入されたアルカリ金属原子セルに入射し、アルカリ金属原子セルを透過した光を検出することにより、透過光スペクトルを測定してCPT共鳴を検出し、前記CPT共鳴の共鳴周波数についての磁場に対する変動が抑制されるように、前記アルカリ金属原子セルに印加される静磁場を制御する。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、磁場変動に対して周波数安定度の高い量子干渉効果を実現することが可能な量子干渉装置、原子発振器及び制御方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図2】透過光スペクトルに現れるCPT共鳴の模式図である。
【
図3】円偏光である励起光を入射した場合に検出されるCPT共鳴の励起構造の一例を示す図である。
【
図4】直線偏光である励起光を入射した場合に検出されるCPT共鳴の励起構造の一例を示す図である。
【
図5】(0,0)共鳴及び(+1,-1)共鳴及び(-1,+1)共鳴の共鳴周波数の磁場依存性を示す図である。
【
図6】第1の実施の形態にかかる量子干渉装置の機能ブロック図である。
【
図7】第1の実施の形態にかかる量子干渉装置の動作を示すフローチャートである。
【
図8】第2の実施の形態にかかる量子干渉装置の機能ブロック図である。
【
図9】第2の実施の形態にかかる量子干渉装置の動作を示すフローチャートである。
【
図10】第3の実施の形態にかかる量子干渉装置の機能ブロック図である。
【
図11】第3の実施の形態にかかる量子干渉装置の動作を示すフローチャートである。
【
図12】第4の実施の形態にかかる原子発振器の構造図である。
【
図13】第5の実施の形態にかかる原子発振器120の構成を示す図である。
【
図14】第5の実施の形態にかかる、周波数変調された励起光の周波数スペクトルを示す概略図である。
【
図15】第5の実施の形態にかかる、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セルに入射した場合に検出される透過光スペクトルの磁場依存性を示す図である。
【
図16】第5の実施の形態にかかる、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セルに入射した場合に検出されるCPT共鳴の共鳴周波数の磁場依存性を示す図である。
【
図17】第5の実施の形態にかかる、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セルに入射した場合に検出される透過光スペクトルの励起光強度依存性を示す図である。
【
図18】第5の実施の形態にかかる、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セルに入射した場合に検出されるCPT共鳴の半値全幅の励起光強度依存性を示す図である。
【
図19】円偏光である励起光をアルカリ金属原子セルに入射した場合に検出される透過光スペクトルの磁場依存性を示す図である。
【
図20】円偏光である励起光をアルカリ金属原子セルに入射した場合に検出されるCPT共鳴の共鳴周波数の磁場依存性を示す図である。
【
図21】第6の実施の形態にかかる量子干渉装置の機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
(本開示にかかる実施の形態の概要)
以下、本実施の形態について図面を参照して、詳細に説明する。ここで、本開示の実施形態の説明に先立って、本開示にかかる実施の形態の概要について説明する。
【0012】
高精度に時間を計る装置である原子発振器にはいくつかの方式があり、例えば、以下に述べるような量子干渉効果を利用した発振方式がある。
図1は、セシウム原子の超微細構造を示す図である。アルカリ金属原子であるセシウム原子は、電子の全角運動量と核スピンの相互作用の結果として、
図1に示すように、6
2S
1/2の基底準位と、6
2P
1/2の励起準位と、6
2P
3/2の励起準位とを有する。すなわち、この場合、セシウム原子は、F=3,4の2つの準位をもつ6
2S
1/2の基底準位と、F=3,4の2つの準位をもつ6
2P
1/2の励起準位と、F=2,3,4,5の4つの準位をもつ6
2P
3/2の励起準位とを有する。このうち、基底準位である6
2S
1/2のF=3とF=4との遷移周波数(基底準位間の遷移周波数)は、すべての変動要因が排除された状態においてf
hfs=9 192 631 770 Hzと定義されている。この周波数f
hfsから得られる時間情報を用いることで、SI単位系(国際単位系)に基づいた秒を実現可能となる。この基底状態間の遷移周波数は、外部電磁場との相互作用、セシウム原子とバッファガスの衝突などの要因でシフトする。特に静磁場が起因となる遷移周波数変化はゼーマンシフトと呼ばれる。
【0013】
基底準位にあるセシウム原子に、これらの準位間のエネルギー差に相当する周波数を有する共鳴光を照射すると、セシウム原子は、共鳴光を吸収して、励起準位に遷移することがある。また、逆過程として、励起準位にあるセシウム原子が、共鳴光を放出して、基底準位に遷移することがある。ここで、62S1/2の基底準位と62P1/2の励起準位とのエネルギー差に相当する周波数を有する共鳴光はD1線と呼ばれ、62S1/2の基底準位と62P3/2の励起準位とのエネルギー差に相当する周波数を有する共鳴光はD2線と呼ばれる。
【0014】
特に、62S1/2のF=3,4の2つの基底準位と62P1/2のF=3,4のいずれかの励起準位からなる3準位は、D1線の吸収および放出によるΛ型の遷移が可能であることから、Λ型3準位と呼ばれる。Λ型3準位を構成する62S1/2のF=3と62P1/2のいずれかの励起準位との間の遷移を遷移#1とし、遷移#1に対して近共鳴である周波数を有する光を励起光#1とする。すなわち、励起光#1の周波数は遷移#1の遷移周波数と同一であるか、ある離調周波数だけ違っている。また、Λ型3準位を構成する62S1/2のF=4と62P1/2のいずれかの励起準位との間の遷移を遷移#2とし、遷移#2に対して近共鳴である周波数を有する光を励起光#2とする。すなわち、励起光#2の周波数は遷移#2の遷移周波数と同一であるか、ある離調周波数だけ違っている。ここで、これらの励起光(励起光#1と励起光#2)を気体状のセシウム原子に同時に照射することを考える。このとき、照射される励起光#1と励起光#2との差周波数が2つの基底準位(62S1/2のF=3と62S1/2のF=4)の遷移周波数に一致する場合に、2つの基底準位の量子コヒーレンス状態(暗共鳴状態)が形成される。これにより、励起準位への励起が抑制される量子干渉効果(CPT(Coherent Population Trapping)と呼ばれる)が起こる。
【0015】
図2は、透過光スペクトルに現れるCPT共鳴の模式図である。例えば、励起光#1と励起光#2との差周波数を掃引しつつ、セシウム原子の透過光を検出した場合の透過光スペクトルを測定すると、差周波数が基底準位間の遷移周波数と一致するときに、
図2に示すように透過光量がピーク値に達し、CPT共鳴が検出される。このときの励起光間の差周波数は、共鳴周波数と呼ばれる。CPT共鳴の共鳴周波数を検出し、励起光間の差周波数を2つの基底準位の遷移周波数と一致するように制御することで、量子干渉効果を利用した高精度の発振器が実現される。なお、ここではセシウム原子を例として挙げて説明したが、ルビジウムやナトリウム、カリウムなどの、類似の原子構造を持つアルカリ金属原子でも、同様の量子干渉効果を利用した原子発振器を実現することができる。
【0016】
上記のCPT方式での原子発振器では、発振周波数の基準としてCPT共鳴の共鳴周波数を用いる。ここで、精密な原子発振器を実現するためには、磁気量子数に応じて磁場下でのエネルギーが変動するゼーマン効果を考慮する必要がある。
【0017】
図3は、円偏光である励起光を入射した場合に検出されるCPT共鳴の励起構造の一例を示す図である。例えば、セシウム原子に外部磁場を印加すると、ゼーマン効果によるエネルギーシフトの結果として、
図3に示すように、6
2S
1/2のF=3の準位は磁気量子数m
F=0,±1,±2,±3の7つの磁気副準位に分裂する。また、6
2S
1/2のF=4の準位はm
F=0,±1,±2,±3,±4の9つの磁気副準位に分裂する。この結果、それぞれの磁気副準位間の遷移周波数が互いに異なることとなるため、磁場をセシウム原子に印加した状態では、共鳴周波数の異なる複数のCPT共鳴が検出され得る。ここで、磁気副準位の組|F=3,m
F=i〉と|F=4,m
F=j〉が形成する暗共鳴状態による透過光スペクトルを、簡単のため、「(i,j)共鳴」と呼ぶ。
【0018】
一般に、高い周波数安定度を要求される原子発振器では、磁場に対する共鳴周波数の変動が小さいCPT共鳴を検出して、発振周波数の制御に利用することが好ましい。例えば、|F=3,m
F=0〉と|F=4,m
F=0〉とでは、いずれの磁気副準位も1次のゼーマンシフトを生じず、他の磁気副準位と比較して磁場印加によるエネルギーシフトが小さい。したがって、これらの暗共鳴状態から生じる(0,0)共鳴は、セシウム原子のCPT方式の原子発振器で、広く利用されている。
図3において、(0,0)共鳴が破線の矢印で示されている。
【0019】
また、共鳴周波数を高精度で決定するためには、複数のCPT共鳴の重畳による共鳴線幅の増大を避け、単一のCPT共鳴を検出することが好ましい。一般に、CPT方式の原子発振器では、アルカリ金属原子ガスセルへの磁場の印加によって複数の共鳴周波数における間隔周波数を共鳴線幅よりも大きくし、重畳がない単一のCPT共鳴を検出する。つまり、CPT方式の原子発振器では、アルカリ金属原子ガスセルへの磁場の印加によって共鳴周波数を変動させ、重畳がない単一のCPT共鳴を検出する。
【0020】
ここで、特定の磁気副準位間に暗共鳴状態が形成され得るかは、励起光の偏光状態及び励起光が有する周波数成分によって決定される。例えば、
図3に示す励起構造を有する暗共鳴状態から生じる(0,0)共鳴は、励起光#1及び励起光#2の偏光状態がともに同一の円偏光である場合に検出される。この偏光条件で生じうる他のCPT共鳴は、1次のゼーマンシフトの影響を受けるため、数十μT(T:テスラ)程度の磁場を印加することで、重畳がない(0,0)共鳴を検出できる。
【0021】
さらに、CPT方式の原子発振器では、より高次のゼーマン効果による共鳴周波数の変動を避け、磁場変動に対する周波数安定度を高める目的で、磁場遮蔽機能や磁場打消し機能を有する磁場補正装置が設けられている。これらの磁場補正装置に関する技術は、例えば、特許文献1に開示されている。しかしながら、上述の特許文献1に記載された磁場補正装置では十分な性能を得ることはできなかった。その理由は以下の通りである。
【0022】
1つ目の理由としては、外部磁場の遮蔽装置のみでは、アルカリ金属原子に生じる磁場を完全に消磁することは困難である。例えば、特許文献1では、磁気検出部の検出信号に応じて消磁操作を行う技術が開示されている。しかしながら、このようなフィードバックシステムを用いた磁場補正では、フィードバックの時定数より短時間で変動する磁場に対応することが困難である。したがって、特許文献1にかかる技術では、アルカリ金属原子に生じる磁場を完全に消磁することは困難である。
【0023】
また、2つ目の理由としては、アルカリ金属原子ガスセル位置で生じる外部磁場の変動を抑制する目的で、磁気シールドを設ける場合がある。ここで、特許文献1のようにして磁場遮蔽性能を向上させるには、嵩高い磁気シールドを設ける必要があり、このことは、原子発振器の小型化を制限する要因になる。このため、小型の原子発振器を提供するには、外部磁場の変動に対して周波数安定度の高い発振機構を有することが好ましい。
【0024】
本実施の形態にかかる技術は、以上のような、外部磁場変動による原子発振器の周波数安定度低下の問題に鑑みてなされたものである。すなわち、本実施の形態にかかる技術によれば、アルカリ金属原子ガスセルの内部に発生する磁場の変動に対して周波数安定度が高い量子干渉効果による量子干渉装置及び原子発振器を提供することができる。
【0025】
図4は、直線偏光である励起光を入射した場合に検出されるCPT共鳴の励起構造の一例を示す図である。セシウム原子のCPT共鳴を検出する場合、励起光が直線偏光である場合には、(0,0)共鳴は検出されず、
図4に示す励起構造を有する暗共鳴状態から生じる(+1,-1)共鳴及び(-1,+1)共鳴が検出される。
図4において、(+1,-1)共鳴が一点鎖線の矢印で示され、(-1,+1)共鳴が実線の矢印で示されている。|F=3,m
F=+1〉と|F=4,m
F=-1〉は、いずれの磁気副準位も略同程度の1次のゼーマンシフトを生じるため、(+1,-1)共鳴は、磁場に対する共鳴周波数の変動が(0,0)共鳴と同程度に小さい。同様に、(-1,+1)共鳴も、磁場に対する共鳴周波数の変動が(0,0)共鳴と同程度に小さい。したがって、これらのCPT共鳴は、CPT方式の原子発振器に利用され得る。すなわち、本実施の形態では、直線偏光である励起光を、アルカリ金属電子に照射するように構成されている。さらに、以下に述べるように、ある特定の磁場下で直線偏光を励起光として用いた場合には、励起光が円偏光である場合に検出される(0,0)共鳴と比較して、磁場変動に対する共鳴周波数の安定性がより高いCPT共鳴を検出できる。
【0026】
図5は、(0,0)共鳴及び(+1,-1)共鳴及び(-1,+1)共鳴の共鳴周波数の磁場依存性を示す図である。
図5は、高次のゼーマンシフトまで含めたセシウム原子の磁気副準位のエネルギー差の計算から得られる、(0,0)共鳴及び(+1,-1)共鳴及び(-1,+1)共鳴の共鳴周波数の磁場依存性を示す。ここで、励起光の進行方向と対向した方向を印加磁場の正の向きとする。また、
図5において、(0,0)共鳴の共鳴周波数の磁場依存性が破線で示され、(+1,-1)共鳴の共鳴周波数の磁場依存性が一点鎖線で示され、(-1,+1)共鳴の共鳴周波数の磁場依存性が実線で示されている。
【0027】
外部磁場による各々の共鳴周波数のシフト(磁場シフト;磁場に対する共鳴周波数の変動)は、共鳴周波数が極小値をとる磁場で最小となる。例えば、外部磁場に対する勾配が1.2 Hz/μT以下である共鳴周波数は、(0,0)共鳴においては磁場-15 μTから+15 μTで実現される。同様に、外部磁場に対する勾配が1.2 Hz/μT以下である共鳴周波数は、(+1,-1)共鳴においては磁場-154 μTから-124 μTで、(-1,+1)共鳴においては磁場+124 μTから+154 μTで、それぞれ実現される。特に、(-1,+1)共鳴においては、共鳴周波数のシフトは、磁場が+139 μTのときに最小となる。このため、磁場変動の影響が最小化された、重畳のないCPT共鳴の検出は、励起光が直線偏光であり、原子種によって定められる特定の静磁場をアルカリ金属原子に印加した場合に、実現される。
【0028】
本実施の形態にかかる原子発振器は、磁場強度が制御可能な静磁場が印加された空間と、アルカリ金属原子が封入されたアルカリ金属原子セルと、アルカリ金属原子セルに入射する、少なくとも2つの周波数成分を有し、その差周波が基底状態間の遷移周波数に略等しい直線偏光である励起光と、を有する。アルカリ金属原子セルは、静磁場が印加された空間内の所定位置に配置される。
【0029】
また、本実施の形態にかかる量子干渉装置は、特定の方向及び特定の強度の静磁場が印加された空間と、アルカリ金属原子が封入されたアルカリ金属原子セルと、アルカリ金属原子セルに入射する、少なくとも2つの周波数成分を有し、その差周波が基底状態間の遷移周波数に略等しい励起光を有する。ここで、アルカリ金属原子セルは、その内部が、静磁場が印加された空間上にあるように配置されている。また、量子干渉装置は、励起光をアルカリ金属原子に照射することでアルカリ金属原子の量子干渉状態を生じさせる装置である。そして、量子干渉装置は、励起光の周波数成分のうち、量子干渉状態の形成に関与するものが互いに同一の偏光方向である直線偏光を含む光であり、量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数の、磁場変化に対する変動を抑制するための磁場発生装置を備える。
【0030】
ここで、本実施の形態の手法によるCPT共鳴の検出では、外部磁場の変動に対する共鳴周波数の変動が小さくなる。したがって、磁場変動に対する周波数安定度の高い量子干渉装置及び原子発振器を提供できる。
図5の例では、(-1,+1)共鳴の磁場変動に対する共鳴周波数の安定度が最も高くなる磁場(139 μT)をアルカリ金属原子セルに印加することで、外部磁場の変動に対する周波数安定度の高い量子干渉装置及び原子発振器を提供できる。
【0031】
(第1の実施の形態)
以下、実施形態について、図面を参照しながら説明する。説明の明確化のため、以下の記載及び図面は、適宜、省略、及び簡略化がなされている。また、各図面において、同一の要素には同一の符号が付されており、必要に応じて重複説明は省略されている。
【0032】
[構成の説明]
図6は、第1の実施の形態にかかる量子干渉装置100の機能ブロック図である。本実施の形態にかかる量子干渉装置100は、励起光1と、空間2と、アルカリ金属原子セル3と、光検出部4とを有する。励起光1は、少なくとも2つの異なる周波数成分を有する。空間2には、励起光1の入射方向と略平行な静磁場が印加される。つまり、空間2は、磁場印加空間として機能する。また、空間2には、励起光1の入射方向と逆方向(対向する方向)の静磁場が印加され得る。なお、空間2には、励起光1の入射方向と順方向の静磁場が印加されてもよい。つまり、空間2には、励起光1の入射方向と同じ向き又は逆向きに平行の静磁場が印加されればよい。アルカリ金属原子セル3には、アルカリ金属原子が封入されている。また、アルカリ金属原子セル3は、空間2の内部の所定位置に配置されている。光検出部4は、アルカリ金属原子セル3を透過した光(透過光)を検出する。
【0033】
励起光1は、上述したように、少なくとも2つの異なる周波数成分を有している。また、励起光1は、3つ以上の異なる周波数成分を有してもよいが、このうち2つの周波数成分の差周波数がアルカリ金属原子の暗共鳴状態を形成する2つの磁気副準位間の遷移周波数と略等しい。好ましくは、励起光1の差周波数は、1 MHz程度の範囲で掃引できる機構により実現され得る。なお、共鳴検出が可能であれば、掃引範囲は1 MHz程度でなくてもよい。例えば、掃引範囲は、1 MHzよりも狭くてもよく、例えば10 kHz程度であってもよい。また、励起光1に含まれる、差周波数がアルカリ金属原子の基底準位間の遷移周波数と略等しい2つの周波数成分は、偏光方向が互いに同一の直線偏光を含む光である。例えば、励起光1に含まれる、ある周波数の光が直線偏光であるとき、アルカリ金属原子の基底準位間の遷移周波数だけ周波数が異なる光が励起光1に含まれており、この光が、前記直線偏光と平行な偏光成分を有していればよい。つまり、励起光1は、互いに平行な偏光成分を有し、差周波数がアルカリ金属原子の基底準位間の遷移周波数と略等しい2つの周波数成分を有する。これらの条件を満たす励起光1は、例えば、半導体レーザ等から発振される単波長光に、基底準位間の遷移周波数の1/2と略等しい周波数で変調をかけることにより、サイドバンドを生成することで実現される。あるいは、これらの条件を満たす励起光1は、例えば、差周波数を制御する機構を有する2つの半導体レーザ等から発振される2つの単波長光を合波することでも実現される。
【0034】
静磁場が印加される空間2は、アルカリ金属原子セル3の内部を含む領域を含んでいる。例えば、空間2の内部において、アルカリ金属原子セル3を覆うようにコイルを配置し、コイルの位置及び形状と、コイルに印加する電流の向き及び大きさとを調整することで、空間2に印加される静磁場の向き及び強度の制御が実現される。これにより、空間2には、特定の方向及び特定の強度の静磁場が印加される。
【0035】
アルカリ金属原子セル3には、Λ型3準位を有するアルカリ金属原子が封入されている。アルカリ金属原子セル3に封入されるアルカリ金属原子は、例えば、セシウム原子、ルビジウム原子、ナトリウム原子、カリウム原子のいずれかであってもよい。アルカリ金属原子セル3の容器を構成する材料は、励起光1の透過率が大きい、ガラス等の透明材料であることが好ましい。アルカリ金属原子セル3には、アルカリ金属原子のほかに、容器壁面に対する気体状のアルカリ金属原子の衝突の影響を低減する目的で、励起光1の吸収に寄与しないバッファガスが封入されていてもよい。また、アルカリ金属原子セル3には、気体状のアルカリ金属原子の飽和蒸気圧を制御する目的で、励起光1の光路を阻まない温度制御装置が含まれてもよい。温度制御装置は、例えば、抵抗加熱ヒーターで構成される。
【0036】
アルカリ金属原子セル3には、励起光1が入射し、入射光の一部はアルカリ金属原子3セルを透過する。光検出部4は、アルカリ金属原子セル3を透過した光(透過光)を検出する装置を有する。光検出部4は、例えば、光ダイオードを用いることで実現される。光検出部4は、光検出手段である光検出器によって実現され得る。
【0037】
ここで、量子干渉装置100は、励起光1をアルカリ金属原子に照射することでアルカリ金属原子の量子干渉状態を生じさせる装置である。また、励起光1の周波数成分のうち、量子干渉状態の形成に関与する周波数成分は、その差周波数が基底状態間の遷移周波数に一致し、同一の偏光方向を有する直線偏光である。また、量子干渉装置100は、量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数の、磁場変化に対する変動を抑制するための磁場発生装置(後述する静磁場印加装置8に対応)を有してもよい。磁場発生装置は、空間2に設けられ得る。
【0038】
[動作の説明]
図7は、第1の実施の形態にかかる量子干渉装置100の動作を示すフローチャートである。
図7に示すフローチャートは、第1の実施の形態にかかる量子干渉装置100によって実行される制御方法(調整方法、検出方法)を示す。
図7に示す動作は、第1の実施の形態にかかる量子干渉装置100に設けられた制御装置(例えば後述する制御装置20等の制御手段)によって実現されてもよい。本実施の形態における動作を、
図7に示すフローチャートに沿って説明する。
【0039】
量子干渉効果(CPT共鳴)の検出時には、励起光1の差周波数を掃引しつつ透過光を検出する(S112~S116)。まず、励起光1の差周波数の掃引範囲を、所定値に設定する(ステップS112)。具体的には、量子干渉装置100は、励起光1の差周波数の掃引範囲を、CPT共鳴の共鳴周波数を含み、CPT共鳴の半値全幅より広い範囲に設定する。好ましくは、量子干渉装置100は、励起光1の差周波数の掃引範囲を、(-1,+1)共鳴及び(+1,-1)共鳴の両方が検出されると期待される範囲に設定する。
【0040】
次に、アルカリ金属原子セル3に印加する磁場(印加磁場)の強度を、所定値に設定する(ステップS114)。具体的には、量子干渉装置100は、アルカリ金属原子セル3に印加する磁場の強度を、(-1,+1)共鳴の共鳴周波数の磁場シフト(磁場に対する共鳴周波数の変動)が最小であると期待される値に設定する。この値は、磁気副準位に生じるゼーマン効果から計算でき、例えば、
図5に示すように、アルカリ金属原子セル3に封入されるアルカリ金属原子がセシウム原子の場合には、139 μTである。
【0041】
この条件下で、量子干渉装置100は、励起光1の周波数差を掃引しつつ、励起光1をアルカリ金属原子セル3に入射し、その透過光を検出する(ステップS116)。そして、量子干渉装置100は、印加磁場を変動させ同様の検出を行う。具体的には、量子干渉装置100は、励起光1をアルカリ金属原子セル3に入射し、その透過光を光検出部4で検出することで、透過光スペクトルを測定し、CPT共鳴を検出する。そして、量子干渉装置100は、共鳴周波数の磁場シフトを評価するため、印加磁場を微小に、例えば10μT程度変動させ、同様の透過光検出を行う。これにより、外部磁場の変動に対して共鳴周波数が安定である(つまり磁場シフトが小さい)CPT共鳴を検出することができる。
【0042】
量子干渉装置100は、得られた透過光スペクトルから、(-1,+1)共鳴が検出されているか否かを判定する(ステップS118)。直線偏光である励起光1をアルカリ金属電子に照射した場合には、磁場による共鳴周波数のシフトが小さい(-1,+1)共鳴及び(+1,-1)共鳴が検出されるため、これらの共鳴周波数から、(-1,+1)共鳴が検出されているか否かを判定できる。
【0043】
(-1,+1)共鳴が検出されていない場合(S118のNO)、量子干渉装置100は、差周波数の掃引範囲の設定値を修正する(ステップS120)。そして、処理フローはS114に戻る。具体的には、量子干渉装置100は、差周波数の掃引範囲を拡大し、再度、印加磁場の設定(S114)及び透過光検出つまり透過光スペクトルの測定(S116)を行う。
【0044】
一方、(-1,+1)共鳴が検出されている場合(S118のYES)、量子干渉装置100は、共鳴周波数の磁場シフトが許容範囲であるか否かを判定する(ステップS130)。つまり、量子干渉装置100は、共鳴周波数についての磁場シフトが抑制されているか否かを判定する。具体的には、量子干渉装置100は、磁場による共鳴周波数のシフトの大きさが許容範囲内、例えば、1.2 Hz/μT以下であるか否かを判定する。つまり、印加磁場に対する共鳴周波数の勾配(磁場シフトに対応)が、予め定められた範囲内であるか否かを判定する。予め定められた範囲は、例えば、「-1.2 Hz/μT以上かつ1.2 Hz/μT以上」である。あるいは、予め定められた範囲は、例えば、「-10 Hz/μT以上かつ10 Hz/μT以上」であってもよい。
【0045】
共鳴周波数の磁場シフトの大きさが許容範囲外であった場合(S130のNO)、量子干渉装置100は、印加磁場の設定値を修正する(ステップS132)。そして、処理フローは、S116に戻る。具体的には、量子干渉装置100は、例えば、共鳴周波数の磁場シフトが正であった場合(つまり0<1.2 Hz/μT<「磁場シフト」である場合)には、印加磁場を小さくするように再設定する。また、量子干渉装置100は、例えば、共鳴周波数の磁場シフトが負であった場合(つまり0>-1.2 Hz/μT>「磁場シフト」である場合)には、印加磁場を大きくするように再設定する。そして、量子干渉装置100は、再度、透過光検出つまり透過光スペクトルの測定(S116)を行う。
【0046】
一方、共鳴周波数の磁場シフトの大きさが許容範囲内であった場合(S130のYES)、量子干渉装置100は、印加磁場の設定値を決定する(ステップS140)。そして、印加磁場の調整を終了する。このような処理によって、空間2に印加された静磁場は、量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数(共鳴周波数)についての磁場シフトが抑制されるように、調整されることとなる。また、例えば制御装置(制御手段)によって、透過光スペクトルに基づいて、空間2(アルカリ金属原子セル3)に印加される磁場が制御されることとなる。また、例えば制御装置(制御手段)によって、印加磁場に対する共鳴周波数の勾配(磁場シフトに対応)が、予め定められた範囲内であるように、印加磁場が制御されることとなる。これにより、励起光の差周波数が制御されることとなるので、アルカリ金属原子の量子干渉状態を生じさせることが可能となる。このことは、他の実施の形態においても同様である。
【0047】
[効果の説明]
第1の実施の形態にかかる量子干渉装置100によれば、上述した方法によって調整された印加磁場をアルカリ金属原子セル内部の位置に発生させることで、外部磁場の変動に対して共鳴周波数が安定であるCPT共鳴を検出することが実現される。そして、検出される共鳴周波数にロックするように、励起光の差周波数に対してフィードバック制御を行うことで、外部磁場の変動に対して周波数安定度の高い原子発振器が実現される。すなわち、量子干渉装置100によって検出された共鳴周波数(量子干渉効果)に基づいて励起光の発振周波数(励起光の差周波数)を調整する機構を有する原子発振器を実現することで、外部磁場の変動に対して周波数安定度の高い原子発振器が実現される。言い換えると、光検出部4(光検出器)で検出した透過光スペクトルに基づいて励起光の差周波数を制御(フィードバック制御)し、アルカリ金属原子の量子干渉状態を生じさせることが可能となる。
【0048】
(第2の実施の形態)
次に、第2の実施の形態について説明する。説明の明確化のため、以下の記載及び図面は、適宜、省略、及び簡略化がなされている。また、各図面において、同一の要素には同一の符号が付されており、必要に応じて重複説明は省略されている。
【0049】
[構成の説明]
図8は、第2の実施の形態にかかる量子干渉装置100の機能ブロック図である。第2の実施の形態にかかる量子干渉装置100は、励起光1と、励起光1を生成する光発生部5と、空間2と、アルカリ金属原子セル3と、光検出部4とを有する。励起光1、空間2、アルカリ金属原子セル3及び光検出部4については、第1の実施の形態にかかるものと実質的に同様であるので、説明を省略する。
【0050】
光発生部5は、光発生手段として機能する。光発生部5は、少なくとも2つの周波数成分を有する励起光1を生成する。光発生部5は、励起光の光量を変調できる機構を有しており、例えば、電圧制御可能な光減衰器によって実現される。光発生部5は、光源5aと、周波数変調部5bと、光強度変調部5cとを有する。光源5aは、単色光を出力する。周波数変調部5bは、光源5aから出力された単色光に対して周波数変調を行う。光強度変調部5cは、光源5aから出力された単色光に対して光強度変調を行う。光源5aから出力された単色光に対して、周波数変調及び光強度変調が施されることによって、励起光1が発生する。そして、光発生部5は、励起光の強度を変調するように構成されている。光発生部5は、量子干渉装置100に設けられた制御装置(例えば後述する制御装置20等の制御手段)によって制御され得る。
【0051】
[動作の説明]
図9は、第2の実施の形態にかかる量子干渉装置100の動作を示すフローチャートである。
図9に示すフローチャートは、第2の実施の形態にかかる量子干渉装置100によって実行される制御方法(調整方法、検出方法)を示す。
図9に示す動作は、第2の実施の形態にかかる量子干渉装置100に設けられた制御装置(例えば後述する制御装置20等の制御手段)によって実現されてもよい。第2の実施の形態における動作を、
図9に示すフローチャートに沿って説明する。
【0052】
量子干渉効果(CPT共鳴)の検出時には、励起光1の差周波数を掃引しつつ透過光を検出する(S212~S216)。まず、
図7のS112と同様に、量子干渉装置100は、励起光1の差周波数の掃引範囲を、所定値に設定する(ステップS212)。また、量子干渉装置100は、励起光1の光量を所定値に設定する(ステップS213)。具体的には、量子干渉装置100は、光発生部5を制御して、励起光1の光量を、所定値に設定する。また、
図7のS114と同様に、量子干渉装置100は、アルカリ金属原子セル3に印加する磁場(印加磁場)の強度を、所定値に設定する(ステップS214)。
【0053】
この条件下で、
図7のS116と同様に、量子干渉装置100は、励起光1の周波数差を掃引しつつ、励起光1をアルカリ金属原子セル3に入射し、その透過光を検出する(ステップS216)。そして、量子干渉装置100は、印加磁場を変動させ同様の検出を行う。つまり、量子干渉装置100は、光発生部5で生成された励起光1を、アルカリ金属原子セル3に入射し、その透過光を光検出部4で検出することで、透過光スペクトルを測定する。そして、量子干渉装置100は、共鳴周波数の磁場シフトを評価するため、印加磁場を微小に変動させ、同様の透過光検出を行う。
【0054】
図7のS118と同様に、量子干渉装置100は、得られた透過光スペクトルから、(-1,+1)共鳴が検出されているか否かを判定する(ステップS218)。(-1,+1)共鳴が検出されていない場合(S218のNO)、量子干渉装置100は、
図7のS120と同様に、差周波数の掃引範囲の設定値を修正する(ステップS220)。そして、処理フローはS213に戻り、再度、CPT共鳴の検出が行われる。
【0055】
一方、(-1,+1)共鳴が検出されている場合(S218のYES)、量子干渉装置100は、CPT共鳴が重畳しているか否かを判定する(ステップS222)。具体的には、量子干渉装置100は、得られた透過光スペクトルから、(-1,+1)共鳴及び(+1,-1)共鳴が重畳しているかを判定する。
【0056】
CPT共鳴が重畳している場合(S222のYES)、量子干渉装置100は、光量の設定値を修正する(ステップS224)。そして、処理フローはS214に戻る。具体的には、量子干渉装置100は、励起光1の光量を減衰し、再度、印加磁場の設定(S214)及び透過光検出つまり透過光スペクトルの測定(S216)を行う。
【0057】
一方、CPT共鳴が重畳していない、つまり(-1,+1)共鳴が重畳なく検出されている場合(S222のNO)、
図7のS130と同様に、量子干渉装置100は、共鳴周波数の磁場シフトが許容範囲であるか否かを判定する(ステップS230)。共鳴周波数の磁場シフトの大きさが許容範囲外であった場合(S230のNO)、
図7のS132と同様に、量子干渉装置100は、印加磁場の設定値を修正する(ステップS232)。そして、処理フローは、S216に戻る。つまり、量子干渉装置100は、再度、透過光検出つまり透過光スペクトルの測定(S216)を行う。
【0058】
一方、共鳴周波数の磁場シフトの大きさが許容範囲内であった場合(S230のYES)、量子干渉装置100は、光量及び印加磁場の設定値を決定する(ステップS240)。そして、光量及び印加磁場の調整を終了する。このような処理によって、空間2に印加された静磁場は、量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数(共鳴周波数)についての磁場シフトが抑制されるように、調整されることとなる。さらに、複数のCPT共鳴が重畳されないように、励起光にかかる光量も調整されることとなる。例えば制御装置(制御手段)によって、透過光スペクトルに基づいて、励起光の光量が制御され得る。
【0059】
[効果の説明]
第2の実施の形態にかかる量子干渉装置100によれば、アルカリ金属原子セル3に印加する磁場、及び、アルカリ金属原子セル3に入射する励起光1の光量を調整することで、外部磁場の変動に対して共鳴周波数が安定であるCPT共鳴が、重畳なく検出される。この効果として、検出される共鳴周波数にロックするように、差周波数に対してフィードバック制御を行うことで、外部磁場の変動に対して周波数安定度の高い原子発振器が実現される。すなわち、光検出部4で検出された透過光スペクトルに基づいて励起光の光量を制御(フィードバック制御)することによって、外部磁場の変動に対して共鳴周波数が安定であるCPT共鳴が、重畳なく実現することとなる。例えば、後述する
図17及び
図18に示すように、量子干渉効果による光吸収特性の共鳴周波数から光吸収特性の半値全幅以下だけ離れた周波数領域で、励起光の差周波数を掃引した場合に、ただ1組の磁気副準位から生じる量子干渉効果が透過光スペクトルに寄与する状態を実現することとなる。
【0060】
(第3の実施の形態)
次に、第3の実施の形態について説明する。説明の明確化のため、以下の記載及び図面は、適宜、省略、及び簡略化がなされている。また、各図面において、同一の要素には同一の符号が付されており、必要に応じて重複説明は省略されている。
【0061】
[構成の説明]
図10は、第3の実施の形態にかかる量子干渉装置100の機能ブロック図である。第3の実施の形態にかかる量子干渉装置100は、光捕捉システムを有する。また、第3の実施の形態にかかる量子干渉装置100は、励起光1と、磁場発生装置2Aと、原子トラップセル6と、磁気光学トラップシステム7と、光検出部4とを有する。
【0062】
上述した実施の形態と同様に、励起光1は、少なくとも2つの異なる周波数成分を有する。原子トラップセル6には、気体状のアルカリ金属原子が封入されている。原子トラップセル6には、励起光1が入射される。磁場発生装置2Aは、原子トラップセル6の内部の所定位置に静磁場を印加する。
【0063】
原子トラップセル6は、アルカリ金属原子セル3に対応する。アルカリ金属原子セル3と同様に、原子トラップセル6には、Λ型3準位を有するアルカリ金属原子が封入されている。原子トラップセル6に封入されるアルカリ金属原子は、例えば、セシウム原子、ルビジウム原子、ナトリウム原子、カリウム原子のいずれかであってもよい。原子トラップセル6の容器を構成する材料は、励起光1及び原子捕捉のための光の透過率が大きい、ガラス等の透明材料であることが好ましい。
【0064】
磁気光学トラップシステム7は、原子トラップセル6の内部に冷却原子を生成する。磁気光学トラップシステム7は、光によって原子を捕捉する光捕捉システムとして機能する。磁気光学トラップシステム7は、例えば、原子トラップセル6に原子捕捉のための光電場及び捕捉磁場を印加することで、アルカリ金属原子の捕捉を実現する。光検出部4は、原子トラップセル6を透過した光(透過光)を検出する。
【0065】
上述した実施の形態にかかる量子干渉装置100と比較して、第3の実施の形態にかかる量子干渉装置100では、アルカリ金属原子と、セル内壁あるいはアルカリ金属原子あるいはバッファガスとの衝突による量子干渉効果への影響が極めて小さい。なぜならば、光捕捉された原子トラップセル6中の原子は、アルカリ金属原子セル中の原子と比較して運動速度が極めて小さいため、時間当たりの衝突回数が少ないからである。したがって、第3の実施の形態では、より高い精度の量子干渉装置100を実現できる。
【0066】
[動作の説明]
図11は、第3の実施の形態にかかる量子干渉装置100の動作を示すフローチャートである。
図11に示すフローチャートは、第3の実施の形態にかかる量子干渉装置100によって実行される制御方法(調整方法、検出方法)を示す。
図11に示す動作は、第3の実施の形態にかかる量子干渉装置100に設けられた制御装置(例えば後述する制御装置20等の制御手段)によって実現されてもよい。本実施の形態における動作を、
図11に示すフローチャートに沿って説明する。
【0067】
まず、量子干渉装置100は、捕捉磁場及び光電場を所定値に設定する(ステップS302)。具体的には、量子干渉装置100は、アルカリ金属原子が原子トラップセル6中の所定位置に捕捉される条件となるよう、磁気光学トラップシステム7の光電場及び捕捉磁場を設定する。
【0068】
量子干渉装置100は、アルカリ金属原子が所定位置で捕捉されたか否かを判定する(ステップS304)。アルカリ金属原子が所定位置で捕捉されなかった場合(S304のNO)、量子干渉装置100は、捕捉磁場及び光電場を再設定する(ステップS306)。そして、処理フローはS304に戻る。つまり、アルカリ金属原子が所定位置で捕捉されるまで、S304及びS306の処理が繰り返される。
【0069】
一方、アルカリ金属原子が所定位置で捕捉された場合(S304のYES)、
図7のS112等と同様に、量子干渉装置100は、励起光1の差周波数の掃引範囲を、所定値に設定する(ステップS312)。また、
図7のS114等と同様に、量子干渉装置100は、アルカリ金属原子セル3に印加する磁場(印加磁場)の強度を、所定値に設定する(ステップS314)。
【0070】
この条件下で、量子干渉装置100は、透過光の検出(CPT共鳴の検出)を行う(ステップS316)。具体的には、量子干渉装置100は、捕捉用の光電場及び捕捉磁場を一時的に除去し、励起光1の周波数差を掃引しつつ、励起光1を原子トラップセル6に入射し、その透過光を検出する。そして、量子干渉装置100は、印加磁場を変動させ同様の検出を行う。つまり、量子干渉装置100は、冷却原子を所定位置に捕捉したのち、捕捉用の光電場及び捕捉磁場を一時的に除去し、励起光1を原子トラップセル6に入射し、その透過光を光検出部4で検出することで、透過光スペクトルを測定する。これにより、量子干渉装置100は、CPT共鳴の検出を行う。
【0071】
図7のS118等と同様に、量子干渉装置100は、得られた透過光スペクトルから、(-1,+1)共鳴が検出されているか否かを判定する(ステップS318)。(-1,+1)共鳴が検出されていない場合(S318のNO)、量子干渉装置100は、
図7のS120等と同様に、差周波数の掃引範囲の設定値を修正する(ステップS320)。そして、処理フローはS314に戻り、再度、CPT共鳴の検出が行われる。
【0072】
一方、(-1,+1)共鳴が検出されている場合(S318のYES)、
図7のS130等と同様に、量子干渉装置100は、共鳴周波数の磁場シフトが許容範囲であるか否かを判定する(ステップS330)。共鳴周波数の磁場シフトの大きさが許容範囲外であった場合(S330のNO)、
図7のS132等と同様に、量子干渉装置100は、印加磁場の設定値を修正する(ステップS332)。そして、処理フローは、S316に戻る。つまり、量子干渉装置100は、再度、透過光検出つまり透過光スペクトルの測定(S316)を行う。
【0073】
一方、共鳴周波数の磁場シフトの大きさが許容範囲内であった場合(S330のYES)、量子干渉装置100は、印加磁場の設定値を決定する(ステップS340)。そして、原子トラップセル6に印加する印加磁場の調整を終了する。このような処理によって、空間2に印加された静磁場は、量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数(共鳴周波数)についての磁場シフトが抑制されるように、調整されることとなる。なお、
図11は、第1の実施の形態にかかる処理フローを修正したものに対応するが、このような構成に限られない。第3の実施の形態は、第1の実施の形態だけでなく、第2の実施の形態にも適用可能である。つまり、第3の実施の形態において、光量の調整を行ってもよい。
【0074】
[効果の説明]
第3の実施の形態にかかる量子干渉装置100によれば、磁気光学トラップシステム7により形成した冷却原子を用いてCPT共鳴を検出することで、バッファガスの影響で生じるCPT共鳴の共鳴周波数の変動及び信号線幅の変動を無視することができる。このため、第3の実施の形態にかかる量子干渉装置100の効果として、バッファガスを含むアルカリ金属原子セルを用いた場合と比較して、共鳴周波数の安定度が高く、共鳴線幅が狭窄であるCPT共鳴を検出することが実現される。したがって、磁場の変動に対する周波数安定度が高い量子干渉装置100(原子発振器)を提供することが可能となる。
【0075】
(第4の実施の形態)
次に、第4の実施の形態について説明する。説明の明確化のため、以下の記載及び図面は、適宜、省略、及び簡略化がなされている。また、各図面において、同一の要素には同一の符号が付されており、必要に応じて重複説明は省略されている。
【0076】
[構成の説明]
図12は、第4の実施の形態にかかる原子発振器110の構造図である。
図12に示す原子発振器110は、磁場遮蔽装置(磁場遮蔽機能)が簡素化された小型原子発振器である。原子発振器110は、励起光を形成する光発生部5と、励起光の光路上にあるアルカリ金属原子セル3と、アルカリ金属原子セル3を透過した光を検出する光検出部4と、静磁場印加装置8とを有する。なお、静磁場印加装置8の外側を覆うように、磁場遮蔽機能が簡素化された磁場遮蔽装置(図示せず)が設けられている。また、原子発振器110は、上述した量子干渉装置100に含まれ得る。言い換えると、上述した量子干渉装置100は、原子発振器110を有し得る。
【0077】
光発生部5は、少なくとも2つの周波数成分を有する励起光を生成する。ここで、励起光に含まれる、差周波数がアルカリ金属原子の基底準位間の遷移周波数と略等しい2つの周波数成分は、偏光方向が同一の直線偏光である。励起光は、例えば、直線偏光を発振する半導体レーザ等の光源によって発生し得る。例えば、周波数変調した電流で半導体レーザを駆動することでサイドバンドを生成し、これにより、少なくとも2つの周波数成分を有する直線偏光である励起光が実現される。
【0078】
アルカリ金属原子セル3には、Λ型3準位を有するアルカリ金属原子が封入されている。上述したように、アルカリ金属原子セル3に封入されるアルカリ金属原子は、例えば、セシウム原子、ルビジウム原子、ナトリウム原子、カリウム原子のいずれかであってもよい。アルカリ金属原子セル3は、例えば、励起光の透過率が大きい、ガラス等の透明材料で構成されている。アルカリ金属原子セル3には、アルカリ金属原子のほかに、容器壁面に対する気体状のアルカリ金属原子の衝突の影響を低減する目的で、励起光の吸収に寄与しないバッファガスが封入されていてもよい。また、アルカリ金属原子セル3は、励起光の光路を阻まない形状であるか、あるいは励起光の透過率が大きい透明な素材で構成された、温度制御機構を含んでもよい。
【0079】
光検出部4は、アルカリ金属原子セル3を透過した光(透過光)を検出する。つまり、光検出部4は、アルカリ金属原子セル3を透過した光を検出する装置を有する。光検出部4は、例えば、光ダイオードを用いることで実現される。光検出部4は、光検出手段である光検出器で構成され得る。
【0080】
静磁場印加装置8は、アルカリ金属原子セル3の内部の所定位置に、静磁場を印加する。静磁場印加装置8は、例えば、アルカリ金属原子セル3を覆うようにコイルを配置することで、実現され得る。静磁場印加装置8は、第3の実施の形態にかかる磁場発生装置2Aに対応し得る。
【0081】
ここで、上述した実施の形態のように、光発生部5と、アルカリ金属原子セル3と、光検出部4とによって、量子干渉装置100が実現され得る。また、原子発振器110は、上述した実施の形態による方法によって検出された量子干渉効果(CPT)に基づいて発振周波数を調整する機構を有してもよい。すなわち、原子発振器110は、量子干渉装置100と、量子干渉効果(CPT)に基づいて発振周波数を調整する機構とを有し得る。
【0082】
[効果の説明]
第4の実施の形態にかかる原子発振器110によれば、上述した実施の形態で説明した手法で、量子干渉効果への外部磁場の変動の影響が抑制されるように、アルカリ金属原子セル3の内部に印加する磁場を調整できる。これにより、外部磁場の変動に対する共鳴周波数の変動が最小化されたCPT共鳴が検出される。ここで、重畳しないCPT共鳴を検出する場合、(-1,1)共鳴を使う場合には、(0,0)共鳴の場合と比較して、磁場に対する共鳴周波数変動が小さくなる。したがって、許容される周波数変動範囲があるとした場合に、それに対応する磁場範囲は、(0,0)共鳴より(-1,1)共鳴の方が広いことになる。したがって、ある周波数安定度を担保するために、アルカリ金属原子セル3の内部の所定位置で許容される変動磁場範囲が広がる。これにより、本実施の形態では、高い磁場遮蔽性能が要求されないこととなるため、シールディングファクター(磁場遮蔽性能指標)が低い簡素な磁気シールドを用いることができる。さらに、環境磁場が小さい場合には、磁気シールドを除去することもできる。したがって、磁気シールドの除去あるいは簡素化が実現され、原子発振器110の小型化が実現される。
【0083】
(第5の実施の形態)
次に、第5の実施の形態について説明する。説明の明確化のため、以下の記載及び図面は、適宜、省略、及び簡略化がなされている。また、各図面において、同一の要素には同一の符号が付されており、必要に応じて重複説明は省略されている。第5の実施の形態は、量子干渉効果を検出可能な原子発振器の実施例を示している。
【0084】
図13は、第5の実施の形態にかかる原子発振器120の構成を示す図である。
図13を用いて、量子干渉効果の検出方法を説明する。第5の実施の形態にかかる原子発振器120は、光源9と、電流制御器10と、光減衰器11と、信号発生器12と、光変調器13と、コリメートレンズ14と、λ/2板15と、磁場遮蔽装置16と、光検出部17と、制御装置20とを有する。磁場遮蔽装置16には、アルカリ金属原子セル3と、静磁場印加装置8とが設けられている。
【0085】
制御装置20は、例えばコンピュータによって実現され得る。したがって、制御装置20は、ハードウェア構成として、プロセッサ等の演算装置と、メモリ又はディスク等の記憶装置と、通信装置と、UI(User Interface)とを有する。制御装置20は、電流制御器10、光減衰器11、及び信号発生器12の動作を制御する。制御装置20は、光検出部17の検出結果に応じて、電流制御器10、光減衰器11、及び信号発生器12の動作を制御してもよい。また、制御装置20は、光検出部17の検出結果に応じて、静磁場印加装置8を制御してもよい。光検出部17は、光検出手段である光検出器によって実現され得る。
【0086】
電流制御器10は、例えば制御装置20による制御によって、光源9に駆動電流を出力する。光源9は、この駆動電流に応じて、周波数fcのレーザ光を放射する。例えば、光源9は、キャリア波長894.593 nmの単一波長レーザ光を放射する。光減衰器11は、例えば可変光減衰器である。光減衰器11は、例えば制御装置20による制御によって、光源9から放射されたレーザ光を減衰させる。光減衰器11は、光源9から放射されたレーザ光に対して振幅変調を施す。これにより、任意の光強度を有するレーザ光が生成される。
【0087】
信号発生器12は、例えば制御装置20による制御によって、周波数fmの変調信号を、光変調器13に出力する。光変調器13は、光減衰器11から出力されたレーザ光に変調信号を合波することで、光変調を行う。これにより、周波数fcのレーザ光のサイドバンドが形成される。この、光変調器13から出力された光が、励起光となる。
【0088】
図14は、周波数変調された励起光の周波数スペクトルを示す概略図である。
図14に示すように、上述した周波数変調によって、周波数f
cのレーザ光のサイドバンドf
c-f
m及びf
c+f
mが形成される。2つのサイドバンドの差周波数は、2f
mとなる。このように、差周波数2f
mの2つの周波数成分を有する励起光が生成される。例えば、変調信号の周波数f
mを約4.596 GHzとすることで、差周波数が約9.192 GHzであるような2つの周波数成分を含む励起光が生成される。
【0089】
光変調器13で生成された励起光は、光ファイバによって伝搬される。上述した条件下で、光ファイバによって伝搬された励起光は、コリメートレンズ14によってコリメートされる。例えば、励起光は、コリメートレンズ14を介してビーム径約7 mmのレーザ光となる。また、コリメートされたレーザ光(励起光)は、偏光板であるλ/2板15を透過することで直線偏光となる。
【0090】
直線偏光である励起光は、磁場遮蔽装置16に設けられたアルカリ金属原子セル3に入射される。例えば、アルカリ金属原子セル3には、アルカリ金属原子であるセシウム原子、及びバッファガスである気体窒素1.33 kPaが封入されている。また、アルカリ金属原子セル3は、例えば、直径20 mm、高さ20 mmの円柱型の形状で形成されている。静磁場印加装置8は、アルカリ金属原子セル3の内部に静磁場を印加する。アルカリ金属原子セル3には、励起光の光路と対向して略平行である方向に静磁場が印加されている。また、アルカリ金属原子セル3は、磁場安定性を高めるために、磁場遮蔽容器で形成された磁場遮蔽装置16の内部に設けられている。アルカリ金属原子セル3を透過した光(レーザ光)は、コリメートレンズ14を介して収束し、光検出部17によって検出される。これにより、制御装置20は、アルカリ金属原子セル3を透過した光(レーザ光)の光量を取得する。例えば、光検出部17がレーザ光(透過光)の光量を測定し、光量を示す情報を制御装置20に送信してもよい。
【0091】
図15は、第5の実施の形態にかかる、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射した場合に検出される透過光スペクトルの磁場依存性を示す図である。また、
図16は、第5の実施の形態にかかる、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射した場合に検出されるCPT共鳴の共鳴周波数の磁場依存性を示す図である。また、
図17は、第5の実施の形態にかかる、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射した場合に検出される透過光スペクトルの励起光強度依存性を示す図である。また、
図18は、第5の実施の形態にかかる、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射した場合に検出されるCPT共鳴の半値全幅の励起光強度依存性を示す図である。
【0092】
印加磁場を一定に保ちながら、制御装置20が信号発生器12を制御して、励起光の差周波数を掃引しつつ、光検出部17で透過光量を測定する。そして、印加磁場の強度を0 μTから425 μTまで変化させて、同様の測定を行う。これにより、
図15に示すように、(-1,+1)共鳴および(+1,-1)共鳴に対応する2つのCPT共鳴が検出される。
【0093】
また、
図16に示すように、印加磁場が425 μT以下の磁場範囲においては、(-1,+1)共鳴および(+1,-1)共鳴のそれぞれの共鳴周波数は、
図5に示した共鳴周波数の磁場依存性の計算とよく一致する。特に、
図16に示した(-1,+1)共鳴の共鳴周波数は、139 μTの磁場を印加した場合に、
図5の場合と同様に、印加磁場に対する磁場シフト(共鳴周波数)の勾配が0になる(つまり磁場シフト(共鳴周波数のシフト)が最小になる)。なお、0 μTでのf
hfs=9 192 631 770 Hzとの周波数差は、バッファガス(窒素)の封入に起因する周波数シフトによる。
【0094】
ここで、CPT共鳴を原子発振器に利用する場合には、印加磁場に対する共鳴周波数のシフトが、外部磁場の変動に対する周波数安定度に影響する。ここで、静磁場を139 μT印加した状態で、(-1,+1)共鳴を周波数発振に用いた場合、15 μTの磁場変動に対して、共鳴周波数のシフト量が9.2 Hz以下、共鳴周波数の磁場勾配が1.2 Hz/μT以下となる。以上から、上述した実施の形態に示す方法で、磁場変動に対する周波数安定度の高い量子干渉装置及び原子発振器を提供できる。
【0095】
また、CPT共鳴を周波数発振に用いる際には、周波数安定度を高めるため、単一のCPT共鳴からなる信号を検出することが好ましい。
図16に示すように、静磁場を139 μT印加した際には、(-1,+1)共鳴と(+1,-1)共鳴の共鳴周波数は3.10 kHz離れている。これらを分離して検出するには、CPT共鳴の半値全幅が共鳴周波数差の1/2より小さいことが好ましい。例えば、励起光の光強度に由来するパワーブロードニングを制御することで、CPT共鳴の線幅の調整を実現しうる。
【0096】
また、静磁場を139 μT印加し、光減衰器11を制御することで励起光の光強度を変更し、CPT共鳴が検出されると、
図17に示すように、CPT共鳴の線幅(半値全幅)は、光強度に伴い増大する。なお、
図17の例では、励起光の強度を、0.3 μW/mm
2から4.5 μW/mm
2まで変化させ、それぞれの光強度ごとに、励起光の差周波数を掃引しつつ、光検出部17で透過光量を測定している。
【0097】
また、例えば、本実施の形態においては、
図18に示すように、アルカリ金属原子セル3に入射する励起光の光強度を約4 μW/mm
2以下にすることで、半値全幅が1.5 kHz以下であるCPT共鳴を検出できる。この結果から、上述した第2の実施の形態に示す方法で、より周波数安定度の高い量子干渉装置を提供できる。つまり、量子干渉効果による光吸収特性の共鳴周波数から光吸収特性の半値全幅以下だけ離れた周波数領域で、励起光の差周波数を掃引した場合に、ただ1組の磁気副準位から生じる量子干渉効果が透過光スペクトルに寄与する状態を実現することとなる。
【0098】
なお、本実施の形態では、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射している。ここで、励起光の光路上に、λ/2板15に加えてλ/4板を配置する等することによって、円偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射した場合について説明する。
【0099】
図19は、円偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射した場合に検出される透過光スペクトルの磁場依存性を示す図である。また、
図20は、円偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射した場合に検出されるCPT共鳴の共鳴周波数の磁場依存性を示す図である。円偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射した場合、
図19に示すように、(0,0)共鳴が検出される。また、この場合も、
図20に示すように、共鳴周波数の印加磁場に対する変動は2次関数で近似できる。そして、印加磁場が0 μTの場合に、共鳴周波数の印加磁場に対する勾配が0になる。この結果は、
図5に示した(0,0)共鳴の共鳴周波数の磁場依存性の計算とよく一致する。しかしながら、0 μTの周辺では、高次の磁気副準位間のCPT共鳴が重畳し、検出される共鳴信号の線幅が外部磁場変動の影響を強く受けるため、周波数発振に適さない。したがって、直線偏光である励起光をアルカリ金属原子セル3に入射することが好ましい。
【0100】
(第6の実施の形態)
次に、第6の実施の形態について説明する。説明の明確化のため、以下の記載及び図面は、適宜、省略、及び簡略化がなされている。また、各図面において、同一の要素には同一の符号が付されており、必要に応じて重複説明は省略されている。
【0101】
図21は、第6の実施の形態にかかる量子干渉装置100の機能ブロック図である。第6の実施の形態にかかる量子干渉装置100は、空間2と、アルカリ金属原子セル3と、を有する。空間2には、特定の方向及び強度の静磁場が印加されている。アルカリ金属原子セル3は、空間2の内部に設けられている。また、アルカリ金属原子セル3には、アルカリ金属原子が封入されている。
【0102】
ここで、アルカリ金属原子セル3に、静磁場が印加され、少なくとも2つの異なる周波数成分を有する励起光が入射されることにより、アルカリ金属原子の量子干渉状態が生じる。また、励起光の周波数成分のうち、量子干渉状態の形成に関与する周波数成分は、その差周波数が基底状態間の遷移周波数に一致し、同一の偏光方向である直線偏光をもつ。また、空間2に印加された静磁場は、量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数である共鳴周波数についての磁場に対する変動(磁場シフト)が抑制されるように、調整されている。第6の実施の形態にかかる量子干渉装置100は、このような構成によって、磁場変動に対して周波数安定度の高い量子干渉効果を実現することが可能となる。
【0103】
(変形例)
なお、本発明は上記実施の形態に限られたものではなく、趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更することが可能である。例えば、上述した実施の形態のうちの任意の複数の実施の形態は、互いに適用可能である。また、
図7、
図9及び
図11に示したフローチャートにおいて、処理の順序は、適宜、変更可能である。また、各フローチャートにおいて、複数の処理のうちの1つ以上は、省略され得る。
【0104】
また、各フローチャートに示した処理は、例えばコンピュータ等の情報処理装置(制御装置20等)によって実現されてもよい。ここで、情報処理装置(制御装置20等)は、CPU(Central Processing Unit)などの演算装置と、メモリ又はディスクなどの記憶装置とを有している。例えば、各フローチャートに示した処理は、記憶装置に格納されたプログラムを演算装置が実行することで、実現されてもよい。
【0105】
プログラムは、コンピュータに読み込まれた場合に、実施形態で説明された1又はそれ以上の機能をコンピュータに行わせるための命令群(又はソフトウェアコード)を含む。プログラムは、非一時的なコンピュータ可読媒体又は実体のある記憶媒体に格納されてもよい。限定ではなく例として、コンピュータ可読媒体又は実体のある記憶媒体は、random-access memory(RAM)、read-only memory(ROM)、フラッシュメモリ、solid-state drive(SSD)又はその他のメモリ技術、CD-ROM、digital versatile disk(DVD)、Blu-ray(登録商標)ディスク又はその他の光ディスクストレージ、磁気カセット、磁気テープ、磁気ディスクストレージ又はその他の磁気ストレージデバイスを含む。プログラムは、一時的なコンピュータ可読媒体又は通信媒体上で送信されてもよい。限定ではなく例として、一時的なコンピュータ可読媒体又は通信媒体は、電気的、光学的、音響的、またはその他の形式の伝搬信号を含む。
【0106】
上記の実施形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載されうるが、以下には限られない。
(付記1)
特定の方向及び強度の静磁場が印加された空間と、
前記空間の内部に設けられ、アルカリ金属原子が封入されたアルカリ金属原子セルと、
を有し、
前記アルカリ金属原子セルに、前記静磁場が印加され、少なくとも2つの異なる周波数成分を有する励起光が入射されることにより、アルカリ金属原子の量子干渉状態が生じ、
前記励起光の周波数成分のうち、前記量子干渉状態の形成に関与する周波数成分は、互いに同一の偏光方向である直線偏光を含む光であり、
前記静磁場は、前記量子干渉状態を形成する基底準位間の遷移周波数である共鳴周波数についての磁場に対する変動が抑制されるように、調整されている、
量子干渉装置。
(付記2)
前記アルカリ金属原子セルを透過した光を検出する光検出手段と、
前記光検出手段によって検出された光に対応する透過光スペクトルに基づいて、前記変動が抑制されるように、前記静磁場を制御する制御手段と、
をさらに有する付記1に記載の量子干渉装置。
(付記3)
前記制御手段は、前記変動が予め定められた範囲内となるように、前記静磁場を制御する、
付記2に記載の量子干渉装置。
(付記4)
前記励起光の強度を変調する光発生手段、
をさらに有し、
前記制御手段は、前記光検出手段によって検出された光に対応する透過光スペクトルに基づいて、前記励起光の光量を制御する、
付記2又は3に記載の量子干渉装置。
(付記5)
前記アルカリ金属原子である冷却原子を前記アルカリ金属原子セルに捕捉する光捕捉システム、
をさらに有する付記1から4のいずれか1項に記載の量子干渉装置。
(付記6)
前記アルカリ金属原子は、セシウム原子、ルビジウム原子、ナトリウム原子、カリウム原子のうちの少なくとも1つである、
付記1から5のいずれか1項に記載の量子干渉装置。
(付記7)
付記1から6のいずれか1項に記載の量子干渉装置と、
前記量子干渉状態に基づいて発振周波数を調整する機構と、
を有する原子発振器。
(付記8)
少なくとも2つの異なる周波数成分を有する励起光を、アルカリ金属原子が封入されたアルカリ金属原子セルに入射し、
アルカリ金属原子セルを透過した光を検出することにより、透過光スペクトルを測定してCPT共鳴を検出し、
前記CPT共鳴の共鳴周波数についての磁場に対する変動が抑制されるように、前記アルカリ金属原子セルに印加される静磁場を制御する、
制御方法。
(付記9)
前記変動が予め定められた範囲内となるように、前記静磁場を制御する、
付記8に記載の制御方法。
(付記10)
検出された光に対応する透過光スペクトルに基づいて、前記励起光の光量を制御する、
付記8又は9に記載の制御方法。
(付記11)
前記CPT共鳴が重畳している場合に、前記励起光の光量を変更する、
付記10に記載の制御方法。
【符号の説明】
【0107】
1 励起光
2 空間
2A 磁場発生装置
3 アルカリ金属原子セル
4 光検出部
5 光発生部
5a 光源
5b 周波数変調部
5c 光強度変調部
6 原子トラップセル
7 磁気光学トラップシステム
8 静磁場印加装置
9 光源
10 電流制御器
11 光減衰器
12 信号発生器
13 光変調器
14 コリメートレンズ
15 λ/2板
16 磁場遮蔽装置
17 光検出部
20 制御装置
100 量子干渉装置
110 原子発振器
120 原子発振器