(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023021863
(43)【公開日】2023-02-14
(54)【発明の名称】層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法及びこれを正極活物質に用いたリチウムイオン二次電池
(51)【国際特許分類】
C01G 53/00 20060101AFI20230207BHJP
H01M 4/525 20100101ALI20230207BHJP
H01M 4/505 20100101ALI20230207BHJP
【FI】
C01G53/00 A
H01M4/525
H01M4/505
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021127001
(22)【出願日】2021-08-02
(71)【出願人】
【識別番号】514046024
【氏名又は名称】株式会社共創
(74)【代理人】
【識別番号】100127018
【弁理士】
【氏名又は名称】横山 哲志
(74)【代理人】
【識別番号】100132805
【弁理士】
【氏名又は名称】河合 貴之
(72)【発明者】
【氏名】小沢和典
(72)【発明者】
【氏名】加藤勝弘
(72)【発明者】
【氏名】鴇田雅也
(72)【発明者】
【氏名】上野太郎
【テーマコード(参考)】
4G048
5H050
【Fターム(参考)】
4G048AA04
4G048AB02
4G048AB06
4G048AC06
4G048AD03
4G048AD06
4G048AE05
5H050AA07
5H050AA19
5H050BA17
5H050CA08
5H050CA09
5H050CB08
5H050GA02
5H050GA05
5H050GA10
5H050GA12
5H050HA02
5H050HA13
(57)【要約】
【課題】フラックス(溶融塩)合成法を用いた電池性能の低下を生じない正極活物質及びその製造方法並びに非水電解質二次電池を提供する。
【解決手段】。 リチウム金属化合物とニッケル、マンガン及びコバルト遷移金属化合物を出発原料として、連続する三つの温度領域からなる合成温度曲線に従って製造される層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法であって、フラックス(溶融塩)が溶融する温度に到達する前の低温領域での緩慢な熱拡散に基づく固相反応により前駆体結晶を生成する加熱工程(固相反応領域)と、続いてフラックスが溶融することにより各元素の拡散が大きくなり、結晶成長を促進するフラックス反応による加熱工程(フラックス溶融領域)と、その後、結晶格子の歪みや欠陥などの微調整を行うための冷却工程(アニール領域)と、を含む層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム金属化合物とニッケル、マンガン及びコバルト遷移金属化合物を出発原料として、この出発原料にフラックス(溶融塩)を添加し、溶融した前記フラックスの中で一定温度範囲を一定時間保持する、連続する三つの温度領域からなる合成温度曲線に従って製造される層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法であって、前記連続する温度領域は、前記フラックス(溶融塩)が溶融する温度に到達する前の低温領域での緩慢な熱拡散に基づく固相反応により前駆体結晶を生成する加熱工程(固相反応領域)と、続いて前記フラックスが溶融することにより、各元素の拡散が大きくなり、結晶成長を促進するフラックス反応による加熱工程(フラックス溶融領域)と、その後、結晶格子の歪みや欠陥などの微調整を行うための冷却工程(アニール領域)と、を含むことを特徴とする層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法。
【請求項2】
前記フラックス(溶融塩)の添加率(モル%)=[フラックスのモル数/(各原料の合計モル数+フラ ックスのモル数)]×100は、30%以下の範囲で選択されることを特徴とする請求項1に記載の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法。
【請求項3】
前記層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物は、Cu-Kα線を用いた粉末X線回折(XRD)図に於いて(003)面及び(104)面のX線回折ピークの相対強度比R=I(003)/ I(104)が1.20以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法。
【請求項4】
前記リチウム金属化合物は、水酸化リチウム、炭酸リチウムのいずれかであり、前記遷移金属化合物はニッケル、マンガン及びコバルトの水酸化物、炭酸塩、酸化物のいずれかであり、前記フラックス(溶融塩)は水溶性のアルカリ金属(リチウム、ナトリウム、カリウム)の塩化物、水酸化物、炭酸塩、硫酸塩、硝酸塩、またはこれらの混合物のいずれかであることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法。
【請求項5】
前記フラックスの中で反応して製造されたフラックス成分を含有する前記層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を粉砕した後、水洗により前記フラックス成分を溶解除去することを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法。
【請求項6】
前記請求項1ないし5のいずれかに記載の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法により製造された前記層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を正極活物質に用いたことを特徴とするリチウムイオン二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は非水電解質二次電池用の正極活物質として用いられる層状岩塩型構造から成るリチウム遷移金属複合酸化物で、その一般式がLiaNibMncCodO2からなり、式中a,b,c,dのモル数が1.0<a<1.1、0.1≦b,c及びd<1.0及びb+c+d=1で示される、当該物質の製造方法、及び層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を正極活物質として用いた非水電解質二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池はスマートフォン、携帯情報端末(PDA)、タブレットPC等のモバイル機器のための電源として、また地球温暖化や大気汚染の緩和策に有効である太陽光発電、風力発電などの化石燃料に依存しない再生可能エネルギー施設のための蓄電装置や、EV(ElectricVehicle)、PHEV(Plug-inHybridElectricVehicle)用途への展開が期待されている。
リチウムイオン二次電池の正極活物質として高容量が期待できる遷移金属としてNi、Mn、Coにより構成した層状岩塩型の構造からなるリチウム遷移金属複合酸化物で、上述の遷移金属の組成比を色々変化させた正極活物質が検討されている。一般的に使用されている正極活物質を下記に示す。
Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2(略称:NMC111)、Li(Ni0.5Mn0.3Co0.2)O2(略称:NMC532)、Li(Ni0.6Mn0.2Co0.2)O2(略称:NMC622)、Li(Ni0.8Mn0.1Co0.1)O2(略称:NMC811)
このような多元素により構成された複合酸化物の製造は通常共沈法(1)(2)(3)が代表的な製造方法である。この方法は先ず前駆体として一般式で表示したNi、Mn、Coの複合水酸化物(NibMncCod)(OH)2に於いて式中b、c、及びdのモル数が0.1≦b、c及びd<1.0、b+c+d=1で示される沈殿粒子粉体を作製し、これにリチウム源として水酸化リチウムや炭酸リチウムを所定量混合した後、セラミックス製匣鉢に充填し、これを所定の温度にて焼成して目的の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を製造している。この共沈法による層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造の場合、前駆体水酸化物の沈殿の製造でのpH管理や錯化剤の添加速度の管理等の複雑な製造工程による工数の増加、またこうした製造工程に要する種々の反応、例えば濾過処理工程で沈殿を捕集するために沈殿粒子を成長する(即ち熟成する)必要があり、反応槽内の反応が定常状態の下にタッピング密度、平均粒径、比表面積を所定の条件に調整するため、72時間~120時間(1)(2)(3)の長時間を要して、製造コストの増加をもたらす。
このため中国では前駆体水酸化物を専門に製造する会社があり、正極活物質製造会社はその会社から前駆体水酸化物を購入し、これにリチウム塩を添加して正極活物質を製造する分業化した形態をとる場合もある。この場合活物質製造の履歴が不明瞭になると共に前駆体水酸化物製造会社は製造利益を確保するため、正極活物質の製品コストの上昇を招く。
一方、固相法は各元素からなる出発原料(炭酸塩や水酸化物)を均一に混合した後、熱処理を行って層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物からなる正極活物質を製造する方法である。混合方法には乾式混合と水や有機溶媒中で混合する湿式混合がある。固相法の場合、原料元素を均一に混合することが目的の焼成物を準備する上で非常に重要な工程である。また場合によっては粉末粒子間の距離を狭めて反応を促進するため、圧縮成型処理を行ってペレットを作製する。尚、ペレットを作製した場合、熱処理による焼結が進み、これを粉砕、微粉砕する上で多大な手間が生じる。熱処理には前駆体を準備するための第一の焼成(仮焼成)、そして焼成物を粉砕、微粉砕し、これを均一混合した後、目的物質を得るための第二の焼成(本焼成)を行う製造方法である。熱処理による合成反応は各原料元素の熱拡散によって行われる。Li、Ni、Mn及びCoから構成される多元素複合酸化物の場合、各元素の熱拡散の程度が異なるため、容易に不純物相が生成し、単一相を得るのが困難である。そのため場合によっては第二の焼成以後に複数回の粉砕、微粉砕処理や混合処理及び焼成処理が行われることもあり製造コストの上昇を招く。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特許第4846309号公報
【特許文献2】特許第4848384号号公報
【特許文献3】特許第6055967号公報
【特許文献4】特許第6729051号公報
【特許文献5】特許第6729051号公報
【特許文献6】特許第6544951号(公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】:井手本康,松井貴昭,Electrochemistry、Vol.75,No.10,pp791-799,(2007)
【非特許文献2】井手本康,酒谷卓,小浦延幸、Vol.74,No.9,pp752-757,(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
今回発明したフラックス合成法(溶融塩合成法)による層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物(遷移金属としてNi、Mn及びCoを使用する)からなる正極活物質の製造法はリチウム原料、遷移金属原料及びフラックスの各粉末を均一に混合し、匣鉢に充填して焼成処理を行う。焼成物を微粉砕した後、フラックス成分の水洗除去を行い目的の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を得るという非常に単純な製法である。その上フラックス合成法は溶融したフラックスの中で合成反応を行うため固相法に比べて各出発原料の元素の拡散が非常に大きく、多元素複合酸化物からなる正極活物質を容易に単一相で得ることが出来るため大きな製造上の利点を有する。
一方、元素の拡散が大きい場合、得られた層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物に於いて元素間のカチオンミキシングが発生し易く、特にリチウムイオン半径(rLi+=0.76Å)とニッケル2価イオンイオン半径(rNi2+=0.69Å)が近接しているためリチウムサイト(3a-サイト)に遷移金属サイト(3b-サイト)のNi2+イオンが容易に移行してカチオンミキシングが発生する。
また(実施例1)の表1に示すように、層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物に於いてニッケル含量が大きくなるにつれてカチオンミキシングの発生が容易に起こることが判明した。カチオンミキシングは充放電容量やサイクル特性等の電池特性に悪い影響を与える要因の一つに考えられており、カチオンミキシングを抑制する必要がある。
【0006】
フラックス合成法を用いた層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法については先行技術特許文献
(4)(5)(6)が開示されている。特許文献(4)、(5)及び(6)に開示された製造技術は、今回発明したフラックス合成法(溶融塩合成法)による層状岩塩型の構造からなるリチウム遷移金属複合酸化物の製造方法と似て非なる内容であると判断し、鋭意研究開発を進めた結果、今回の発明を完成するに至った。(4)の製造方法の概要を下記に示す。共沈法によりニッケル、コバルト複合水酸化物を製造し、この水酸化物にアルミニウムを被覆した後、水酸化リチウムとフラックス(水酸化カリウム)を加えて、フラックスの溶融温度以上で焼成処理を行った。水洗処理によりフラックスを除去した後リチウム、ニッケル、コバルト、アルミニウム複合酸化物粒子を作製することで一次粒子からなるカチオンミキシングの小さい層状岩塩型リチウムニッケル含有複合酸化物を製造する技術内容を示している。また特許文献(5)の製造方法は上述の特許文献(4)に近似した製造方法でその概要を下記に示す。共沈法によりニッケル、コバルト複合水酸化物を製造し、この水酸化物にアルミニウムを被覆した後、水酸化リチウムを加えて熱処理してリチウムニッケルコバルトアルミニウム複合酸化物粒子を生成し、結晶成長促進のため、上述の複合酸化物粒子に水酸化リチウムとフラックス(塩化ナトリウム)を加えて熱処理を行った。フラックスを洗浄除去した後、リチウム含有量を調整するため上述の複合酸化物に水酸化リチウムを混合して再度熱処理を行い、カチオンミキシングの少ない上述の複合酸化物を製造する技術内容を示している。
一方、先行技術特許文献(6)はLi原料、Mn原料、Ni原料、Co原料及びフラックスを混合する工程は今回発明したフラックス合成法(溶融塩合成法)による層状岩塩型の構造からなるリチウム遷移金属複合酸化物の製造方法と近似しているが、熱処理の工程が異なる。
図1B図に示した固相反応領域を設定しない反応温度曲線(台形曲線)による熱処理工程について一例として先行特許文献(6)の(実施例)に示された熱処理工程を下記に示す。原料とフラックス(モリブデン酸リチウム)を合わせた出発原料を2g採取して十分に混合した後ルツボに投入し、1000℃/時(16.67℃/分)の大きな昇温速度により短時間にフラックス反応温度まで昇温した後、10時間保持し、300℃まで200℃/時(3.33℃/分)の降温速度で冷却して平均粒径10μm以下の単結晶一次粒子を生成している。一方、
図1A図に今回開発したフラックス合成法でのカチオンミキシングを抑制した熱処理工程を示す。(実施例2)に記載したNMC111の熱処理条件を示す。固相反応領域を設定することにより、カチオンミキシングの抑制に主眼を置いて製造した層状岩塩型リチウム遷移複合酸化物(正極活物質に使用)は
図2のSEM画像に示すように5μm程度に成長した単結晶も含まれているが、小さい粒子が集まって二次粒子を形成している。また熱処理に於ける昇温速度は(実施例3)に示したように1.4℃/分の小さい昇温速度で昇温を行った。A図とB図に於いて昇温速度に大きな相違があるのは熱処理の目的が異なるためである。A図の熱処理の目的は昇温速度を小さくすることにより元素の拡散運動を緩慢にすることによりリチウムとニッケルのカチオンミキシングを抑制することに主眼を置いている。昇温速度は3℃/分以下が好ましく、2℃/分以下がより好ましい。但し1℃/分以下の場合は更に好ましいが、熱処理時間が大きくなり生産性に対して影響を及ぼすと推測する。一方、B図の一例として挙げた先行特許文献(6)の(実施例)に示された熱処理工程では大きな昇温速度で短時間にフラックス(Li
2MoO
4)の溶融温度である705℃以上の反応環境にすることで単結晶の核を生成し、10時間の反応時間で結晶成長を行って平均粒径(D50)が10μm以下の単結晶一次粒子得ることを目的とした熱処理条件であり、カチオンミキシングについては明細書には記載されていない。
【0007】
以上から先行特許文献(6)と似て非なる内容であると判断し、鋭意研究開発を進めた。
本発明は上記実情に鑑みてなされたものであり、フラックス(溶融塩)合成法を用いた電池性能の低下を生じない正極活物質及びその製造方法並びに非水電解質二次電池を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上述したようにフラックス合成法(溶融塩合成法)は多元素複合酸化物からなる正極活物質を容易に単一相で得ることが出来、しかも製造法が単純なためコストの低減を図ることができる。しかしながら合成をフラックスの溶融の中で行うため元素の拡散が大きいため容易に単一相を得る事が出来る反面カチオンミキシングが生じる。カチオンミキシングは電池特性の劣化の原因になるためこれを抑制する必要がある。
【0009】
上記課題を解決するために本発明者らはカチオンミキシングを抑制する方法としてフラックス(溶融塩)の種類及び添加量と複合酸化物の適正な合成温度条件について鋭意検討を重ねた結果、本発明を完成させた。
(熱処理温度条件)
図1に層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を合成する際に検討した二つの焼成温度曲線を模式図で示した。
図1A図に示すような反応温度曲線に基づき合成を実施した。フラックス法で層状岩塩型リチウム複合遷移金属酸化物を合成する際に、三つの温度領域を設定する事によりカチオンミキシングを抑制した当該物質の合成を行うことができる。即ち、電気炉の昇温過程に於いて、フラックスが溶融する温度に到達する前の低温領域を固相反応による加熱工程領域(固相反応領域)とし、固相反応により原料元素が緩慢な熱拡散により分子を形成した後、これが集合して核形成が生じる。こうしてできた核は分子を規則正しく構成しながら結晶格子の形成を図ることでNi
2+イオンのリチウムサイト(3a-サイト)への移行を抑制した前駆体結晶を生成する。このカチオンミキシングが制御された前駆体結晶は一種の種結晶のような状態で、フラックス反応による加熱工程(フラックス溶融領域)では元素の拡散が大きいため更に結晶成長が促進するものと思われる。冷却過程ではアニール領域を設定して結晶格子の微調整、即ち格子の歪みの修正や欠陥の除去等が行われる。特に固相反応領域の設定はカチオンミキシングを抑制する上での重要な手段の一つとして鋭意検討を行った。
一方、
図1B図に示す固相反応領域を設定しない反応温度曲線(台形曲線)の場合、昇温状態の中ではNi
2+イオンのリチウムサイト(3a-サイト)への移行を抑制した前駆体結晶を十分に生成できないと推測される。この状態でフラックスが溶融した温度領域に到達した時、溶融したフラックスの中では元素の拡散が大きくなるためカチオンミキシングを抑制できない状態になると推測する。
図1B図に示すような昇温方法に於いて、昇温速度を限りなく小さくすることで
図Aの温度曲線で反応したときの効果に近づけることが可能と推察できるが合成時間が非常に長くなるため生産性が非常に劣ったものとなる。
(フラックスの選択及びその添加率)フラックスの選択については現状ではフラックスの理論的選択法は構築されていないため経験的なフラックス選択、即ち試行錯誤で行った。フラックスを選定する上で重要となるのは、(a)目的とする合成物質との反応性が無い事、(b)ルツボとの反応性が無い事は当然であり、(c)融点、(d)溶解度、(e)粘度、(f)比重、(g)揮発性などを挙げることができる。特に、融点、溶解度、粘度は合成に関与する重要な要素であるが、高温でフラックスが溶融した際の粘度については知見がなく試行錯誤で選択せざるを得ない。
図1A図に示した合成温度条件の下で使用するフラックスとその添加率を鋭意検討した結果、カチオンミキシングを抑制することに成功した。尚、フラックスの添加率は添加率(%)=[フラックスmol数/(フラックスmol数+原料の合計mol数)]×100で示す。カチオンミキシングを小さくする判断基準としては粉末X線回折(XRD)測定に於いて(003)面及び(104)面のX線回折ピークの相対強度比、即ちR=I
(003)/I
(104)が1.20
(7)(8)以上であることが好ましく、より好ましくは1.30以上である。
層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の場合、ニッケルの含有量が増加するに従って焼成温度は低下していく。正極活物質として現在注目されている代表的な4種類の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を例に示すと、Li(Ni
1/3Mn
1/3Co
1/3)O
2(NMC111)の場合、900℃~1000℃の範囲で焼成される。Li(Ni
0.5Mn
0.3Co
0.2)O
2(NMC532)の場合、850℃~900℃の範囲で焼成される。Li(Ni
0.6Mn
0.2Co
0.2)O
2(NMC622)の場合、800℃~850℃の範囲で焼成される。Li(Ni
0.8Mn
0.1Co
01)O
2(NMC811)の場合、750℃~800℃の範囲で焼成される。従って、フラックスの選択基準は焼成温度以下に融点を持つフラックスを選択する。あるいは2種類のフラックスを選択し、その状態図(相図)から混合割合(モル%)と溶融温度の関係を選択して使用することができる。二成分系のフラックスの状態図は二成分系のデータベースである「FTsalt-FACTsaltphaseDiagrams(338)」を参考にした。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物(遷移金属としてニッケル、マンガン、コバルトを使用)に於いて、
図1A図に示した合ンミキシングを抑制した正極活物質を提供することが出来るとの知見を得た。また、それを用いて電気化学的特性の良好なリチウムイオン二次電池を提供することが出来ることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】カチオンミキシングを抑制するため固相反応領域を設定した合成温度曲線(模式
図A図)と固相反応領域を設定しない合成温度曲線(台形曲線)(模式
図B図)を示す。
【
図2】フラックス法で合成した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物のSEM画像を示す。
【
図3】NMC111に於ける固相反応領域(500℃及び700℃)で焼成したX線回折
【
図4-7】(
図B、
図C)、並びに参照としてフラックス法で合成したNMC111のX線回折図(
図A)を示す。
【
図4-7】表1に示した、フラックス法で合成した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物、即ちNMC111、NMC532、NMC622、NMC811のフラックス添加率の異なる各試料のX線回折図、及び拡大図による(006)面と(102)面の回折ピーク、(108)と(110)面の回折ピークの状態を示す。
【
図8】NMC811に於けるフラックス(KCl)の添加率とR値の関係
【
図9】NMC622に於けるR値((003)面及び(104)面のX線回折ピークの相対強度比)と単位格子の体積との関係を示す。
【
図10】フラックス溶融領域での保持時間と結晶子サイズ及び比表面積の関係
【
図11】フラックス法で合成したR値の異なる活物質(NMC111)の充放電特性を示す。
【
図12】フラックス法で合成したR値の異なる活物質(NMC111)のサイクル特性を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物(遷移金属としてニッケル、マンガン、コバルトを使用)のフラックス法による製造方法について鋭意検討した結果として、一般的な製造方法の共沈法に比べて製造工数を削減でき、なお且つ安価な製造法としての知見を得た。フラックス法は溶融したフラックス中で合成が行われるが、この様な反応系では各原料元素の拡散が大きいため容易に多元素からなる層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を単一相で得ることが出来るが、その反面カチオンミキシング現象も容易に生じる。特にニッケルの含有率が大きい層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の場合(例えばNMC622やNMC811の場合)にはこの現象が顕著に発生する。特にリチウムイオン半径(r
Li+=0.76Å)とニッケル2価イオンイオン半径(r
Ni2+=0.69Å)が近接していることに起因している。この現象はコバルトイオン、マンガンイオンでも生じるがイオン拡散の大きいニッケルイオンが特に顕著である。このような正極活物質を用いたリチウムイオン二次電池に於いては初期充放電効率やサイクル特性の低下等の電池性能の劣化要因となることが知られている。本発明者らはフラックス合成法に於いて、適正な合成反応の焼成温度条件及びフラックスの種類とその添加量について鋭意検討した結果、カチオンミキシング現象を抑制した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の製造方法についての知見を得るに至った。以下、実施例及び比較例に基づいて、本発明の実施の形態を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例及び比較例に限定されるものではない。
(フラックス法による層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の合成手順)層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の合成方法は、出発原料として炭酸リチウム粉末、炭酸ニッケル粉末、炭酸マンガン粉末、炭酸コバルト粉末を所定の配合量に従って混合した後、更にフラックスとして無水硫酸ナトリウム粉末を所定量添加して混合する。この混合粉をアルミナ匣鉢に充填した後、3MPaで圧縮する。充填粉末を圧縮することにより粒子間距離を狭めて固相反応領域での固相反応を促進させるためである。
図1A図に示した実線温度曲線に従って所定の昇温・降温速度、保持温度、保持時間を設定して焼成を行う。焼成物は乳鉢で微粉に粉砕した後、水洗によりフラックスを溶解除去する。得られた層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を十分に乾燥した後、X線回折分析測定用試料、走査型電子顕微鏡用試料、電池特性評価用試料とする。一例としてNMC111の場合について昇温・降温速度、保持温度、保持時間の具体的な数値を(実施例4)に示す。
【0013】
以下の実施例及び比較例において得られた層状岩塩型の構造からなるリチウム遷移金属複合酸化物(遷移金属としてニッケル、マンガン、コバルトを使用)からなる正極活物質の物性として、カチオンミキシングの状況を観察するめ粉末X線回折分析による(003)面及び(104)面の回折ピークの相対強度比、即ちR=I
(003)/I
(104)の測定を行った。格子定数はPDXL解析ソフトを用いて算出した。また結晶子サイズの測定はPDXL解析ソフトに含まれているWillamson-Hall法によって算出した。評価に使用した粉末X線回折装置(RINTULTIMA,株式会社リガク)による測定条件を下記に示す。
X線源:CuKα、管電圧:40KV、管電流:30mA、ゴニオメータ:Ultima+水平ゴニオメータ、検出器モノクロメータ法:固定モノクロメータ、検出器:シンチレーションカウンタ、スキャンモード:Continuous、スキャンスピード/計数時間:2.0000deg./min.、格子定数の測定に於いては1.0000deg./min.、ステップ幅:0.0100deg.、スキャン軸:2Theta/Theta、スキャン範囲:10.0000-70.0000deg.、格子定数の測定に於いては90.0000deg.、入射スリット:1deg.、長手制限スリット:10mm、受光スリット1:1°、受光スリット2:0.3mm
粉体特性の評価(粒度分布の測定)平均粒度の測定は粒度分布測定装置(堀場製作所製:レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置LA-960)により行った。測定方法は、約250mlの分散剤ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液(0.1~0.2wt%)に正極活物質粉末10~20mgを添加し、超音波装置で3分間照射後測定を行った。
(比表面積の測定)比表面積の測定は、BET比表面積測定装置(島津製作所:フローソープ2305)により行った。測定方法は、比表面積測定用試料ケースに正極活物質粉末1gを計量し、BET比表面積装置に装着し、ガス流動法(1点法)にて比表面積(m
2/g)を測定した。(走査型電子顕微鏡(SEM)による粉体粒子の画像観察)測定機器:日本電子製走査型電子顕微鏡、型番JSM-6490カーボン両面テープに試料粉末を貼り付け、裏面を試料台ホルダーに固定する。試料ホルダーを測定室に装着した後真空にし、加速電圧15kVで測定を開始した。
(電池特性の評価)リチウムイオン二次電池の活物質の電池特性を調べるために実用化されているラミネート型電池を作製し、電池の初期充放電容量(mAh/g)及びサイクル特性の測定を行った。
(正極電極作製)準備した正極活物質粉末と導電材としてアセチレンブラックと、結着材としてポリフッ化ビニリデン樹脂(PVDF)とを96.5:2:1.5の重量%で混合し、N-メチル-2-ピロニリデン(NMP)を添加してスラリー化し、回転粘度計により粘度を3000~6000CPに調整した。得られたスラリーをドクターブレード法でアルミ集電箔の表面に塗工した。乾燥後にロールプレス機にてプレス処理を行い、正極電極板を作製した。塗工密度は塗布した電極板から50mm×50mmのサイズに裁断し電子天秤にて重量を測定し、測定値から上述サイズのアルミニウム集電箔の重量を差し引いて塗工密度(mg/cm
2)を算出した。
負極電極作製)負極電極はグラファイト(昭和電工製SMG-N・S)、導電材としてアセチレンブラック及び結着材(PVDF)を96.7:0.3:3重量%で混合した後、NMPを添加して粘度3000~6000CPの範囲でスラリ‐を作製した。準備したスラリーを銅集電箔表面にドクターブレード法で塗工した。乾燥した後、正極電極作製と同様にプレス処理を行い、負極電極板を作製した。塗工密度は上述した正極電極板の場合と同様にして算出した。
(評価電池用電極板の裁断)正極電極板及び負極電極板を所定の大きさに裁断する。(例:正極電極70mm×53mm、負極電極72mm×55mm)裁断した電極板はローラ掛けを行ってバリ取りを行った。
(評価電池の組み立て)充放電評価用電池は、正極電極/セパレータ/負極電極/セパレータ/正極電極の三層構造からなる2ペアーセルの積層物を組み立てた後、この積層物(バラバラにならないようにカプトンテープで固定)の各正極電極及び負極電極のそれぞれのタブを超音波溶接機によりアルミニウム及び銅リードで接続し、正極リ-ド、負極リードと一緒にアルミラミネート包材を熱溶着して袋状(三方を溶着)にする。電解液の組成は体積%でプロピレンカーボネート(PC)/エチレンカーボネート(EC)/ジエチルカーボネート(DEC)=0.5/3/6.5の比率で混合した後、LiPF
6を1mol/Lになるように添加し、溶解した。アルミラミネート包材の残りの一方から調合した電解液を注液した後、真空溶着して電池を作製した。作製した電池は初充電を行った後、発生したガスを除くため包材の一部を切断してガスを取り除き再度真空溶着して評価用電池とした。サイクル測定用電池は正極電極/セパレータ/負極電極/セパレータ/・・・の順に積層機を使用して20積層した。組み立ては上述の充放電評価用電池の場合と同様である。
(実施例5)固相反応領域の設定はカチオンミキシングを抑制する上での重要な手段の一つであり、この領域での反応状況を500℃及び700℃の二つの焼成温度条件でNMC111(Li
1.05(Ni
1/3Mn
1/3Co
1/3)O
2)について観察した。実験の概要を下記に示す。実験ではに示した(フラックス法による層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の合成手順)に従って行った。NMC111(Li
1.05(Ni
1/3Mn
1/3Co
1/3)O
2)の製造量(各製造工程での損失がゼロと仮定した場合)100gの場合について、出発原料として炭酸リチウム粉末、炭酸ニッケル粉末、炭酸マンガン粉末、炭酸コバルト粉末を、各原料の純度を考慮して配合計算を行い、各々の採取量から求めたmol数の合計mol数;1.575molとフラックスとして無水硫酸ナトリウム粉末(融点884℃)を添加率30%として、0.675molを添加して混合した。自動乳鉢を用いて各原料粉とフラックス粉を均一に混合した後、匣鉢に充填し、充填粉を3MPaで圧縮して粒子間距離を狭めて固相反応の促進を図った。焼成条件は
図1図Aに示した合成温度曲線に従って行った。固相反応領域(焼成温度;500℃または700℃)まで1.3℃/分で昇温し、6時間保持して固相反応を行った後、室温(30℃)まで1.3℃/分で降温した。得られた焼成物を自動乳鉢で粉砕した後、フラックスを含有した焼成物粉を水洗によりフラックス成分を濾別し除去した。フラックスを除いた焼成物粉を乾燥して、XRD測定用試料とした。参照に用いたNMC111は上述の配合条件に従って合成を行った。焼成条件は650℃まで1.3℃/分で昇温し、650℃で6時間保持して固相反応を行った。さらに980℃まで1.4℃/分で昇温した後、フラックス溶融領域に於いて980℃で6時間保持した。650℃まで1.4℃/分で降温し、650℃でアニール処理を行った後、室温まで1.3℃/分で降温した。水洗によりフラックス成分を濾別し、除去した。フラックスを除いた焼成物粉を乾燥して、XRD測定用試料とした。
図3に固相反応領域で500℃または700℃で6時間保持して固相反応を行った焼成物のX線回折図(
図C及び
図B)を示す。また参照に用いたNMC111のX線回折図(
図A)を示す。
図3に於いて、▽印の回折ピークは岩塩型構造(空間群Fm3mに帰属)を持つNiO化合物(所定量のMn,Co,を含有)を示す。NiO化合物はNiO、MnO、CoOが岩塩型結晶構造をとるため固溶していると推測する。NiO化合物はリチウム塩と反応する際に、ニッケルが二価から三価に酸化されて容易に層状岩塩構造を形成する。実線矢印↓は
図AのX線回折ピークを示す。破線矢印は同定出来なかった回折ピークを示す。
図AのNMC111の(003)面の回折ピークに該当する、
図B、
図C回折ピークではスプリットしており実線↓と破線矢印で示した。
【0014】
(実施例6)下記に示した代表的な4種類の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物についてフラックス法により合成を試みた。Li(Ni
1/3Mn
1/3Co
1/3)O
2(NMC111):遷移金属中のニッケルmol%は33.33%Li(Ni
0.5Mn
0.3Co
0.2)O
2(NMC532):遷移金属中のニッケルmol%は50.00%、Li(Ni
0.6Mn
0.2Co
0.2)O
2(NMC622):遷移金属中のニッケルmol%は60.00%Li(Ni
0.8Mn
0.1Co
01)O
2(NMC811):遷移金属中のニッケルmol%は80.00%表1に上述の合成した4種類の層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物についてフラックスの種類及びフラックス添加率とR値(I
(003)/I
(104))の関係を示す。また表1に対応した各試料のX線回折図を
図4~
図7に示す。表1が示すようにカチオンミキシング現象はニッケルの含有率が多くなるにしたがって容易に生じることが判明した。表1に於いて、カチオンミキシングが小さい場合はR≧1.2
(7)(8)、逆に大きい場合はR<1.2を判断基準とした。ニッケル含有率が50mol%以下のNMC532,NMC111の場合はフラックス添加率30%以下で容易にR値が1.2以上を示しカチオンミキシングを小さく抑制できることが判明した。ここで、フラックスの添加率は添加率(モル%)=[フラックスのモル数/(各原料の合計モル数+フラ ックスのモル数)]×100で示されるものとする。
一方、ニッケル含有率が60mol%のNMC622の場合はフラックス含有率10mol%でR値が1.2以上を示した。NMC811の場合はフラックス含有率3mol%(試料E)でR値が1.20を示した。一方、固相法で合成した試料F(フラックスの添加率0%、即ち固相法)の場合はカチオンミキシングが小さいとされるR=1.27を示した。表1に示したNMC811に於ける、フラックス(KCl)の添加率とR値の関係を
図8に示した。フラックスの添加率が増加するに従ってニッケル元素の拡散が活発になり、その結果カチオンミキシングを誘引してR値はほぼ直線的に減少した。一方、フラックス添加率が5%未満の場合はR値が一段と増加した。これはニッケル元素の拡散が急激に少なくなり固相反応の状態に近づいたためと推測する。
【0015】
層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物のXRD図に於いて(006)面と(102)面及び(108)面と(110)面の回折ピークが明確に分裂していることが層状構造を有している特徴を示す
(7)(8)。
図4~
図7に示すようにNMC111、NMC532、NMC622は上述した回折ピークの明確な分裂が認められ、層状構造の特徴を示した。一方、
図7に示すニッケル含有量の大きいNMC811の場合(遷移金属中のニッケルmol%が80%)フラックスの添加率が10%以下(試料C、試料D、試料E及び固相法で合成した試料F)では上述の回折ピークが分裂し、層状構造を維持したが、フラックス添加率が20%以上(試料A及び試料B)では、上述の回折ピークは分裂せず、(006)面ピークは消滅し、(102)面ピークは崩れており、ピークの位置は2θ=38°より前方に移動している。この現象は層状岩塩構造が変化する途中の状態を示したと考えられる。この現象はカチオンミキシングの増加に起因していると推測される。層状岩塩構造が変化した試料A及び試料Bについては、R値の算出は(003)面ピーク及び(104)面ピークと見なしてその相対強度比から求めた。以上から層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物の合成では、遷移金属中のニッケルmol%が50%以上になるとフラックスの添加率の増加に従ってニッケル元素の拡散が活発になり、その結果カチオンミキシングの発生頻度が高くなることが認められた。特にニッケルmol%が80%のNMC811ではフラックスの添加率が20%以上では層状岩塩構造が崩れることが判明した。
(表1)
フラックス法で合成した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物のX線回折分析による測定結果
(実施例7)表1に示したNMC622の試料(試料A~試料D)についてR値と格子定数、及び格子定数から求めた単位格子の体積の関係を表2に測定結果を示す。
【0016】
(表2)NMC622のフラックスの添加率とR値、格子定数及び単位格子の体積のフラックスの添加率フラックスの添加率(注)Database:No.01-084-9844,CSD:291468(ICSD),Name:LithiumCobaltManganeseNickelOxide
表2に示すようにR値の増加によりカチオンミキシングが小さくなると格子定数のa=b軸及びc軸が減少し、単位格子の体積も減少した。表2のR値と単位格子の体積の関係を
図9に示した。R値が1.05以上では単位格子の体積はほぼ直線的に減少するが、R値が1.05以下では単位格子の体積が漸近傾向を示した。これはリチウムサイト(3aサイト)にNi
2+イオンの移行が飽和に近づく状態を示し、それ以上のニッケルイオンが移行するとNMC811に示したように層状岩塩型構造が変化するものと推測する。
(実施例8)NMC111に於けるフラックス溶融領域での適正な保持時間について検討するため保持時間と結晶子サイズ、比表面積、平均粒度について調査し表3にまとめた。実験は(実施例9)の実験条件に従って実施した。フラックス反応領域での保持時間以外の条件、即ち試料の作製、固相反応領域までの昇温速度、固相反応領域での保持時間、アニール領域までの降温速度、アニール領域での保持時間、アニール領域から室温までの降温速度は全て同じ条件で行った。
【0017】
(表3)フラックス溶融領域での保持時間と結晶子サイズ、比表面積及び平均粒度の関係
保持時間が長くなるに従って結晶子サイズは結晶成長のために増大し、比表面積は逆に減少した。表3の結果を
図10にグラフ化した。その結果、
図10-Aが示すように結晶子サイズの変化(実線曲線)及びBET比表面積の変化(破線曲線)は保持時間が6時間以下では急激な変化を示した。この間は結晶子の成長が大きく、それに伴い比表面積の変化も大きいことを示した。12時間以上になると結晶子の成長や比表面積の変化が緩慢になった。また測定値を保持時間で除して単位時間当たりの結晶子サイズや比表面積の変化を求めた
図10-Bのグラフに於いて、BET比表面積の変化(破線曲線)は保持時間が12時間以上になると時間当たりの変化が著しく小さくなることが認められた。以上の結果からフラックス溶融領域での反応の保持時間を3時間から12時間の範囲で、より好ましくは3時間から18時間の範囲で行なうことが判明した。
一方、平均粒度は保持時間に関係なく8μm前後の粒子の大きさを示した。フラックス法では焼成物に含まれるフラックス成分を水洗除去する際に減圧濾過処理を行った。フラックスが溶解した水溶液(濾過液)は除かれ、捕集した沈殿、即ち層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物粒子粉は二次粒子として保持時間の長短に無関係にほぼ一定の値を示した。
(実施例10)フラックス法で作製した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物を正極活物質に用いた代表的な組成であるNMC111即ち、Li(Ni
1/3Mn
1/3Co
1/3)O
2についてカチオンミキシングの少ない試料A(R=1.31)について電池の初期充放電容量(mAh/g)及びサイクル特性(サイクル数に対する容量保持率(%))の測定を行った。充放電容量は室温下で充電終止電圧4.2Vまで1Cの定電流で充電を行い、充電容量を測定した。放電容量は放電終止電圧2.7Vまで1Cの定電流で放電を行い、放電容量を測定した。また、充放電サイクルは室温で行った。充放電サイクル試験の条件は、充電終止電圧4.2Vまで1Cの定電流で充電を行い、次いで放電終止電圧2.7Vまで1Cの定電流で放電を行うサイクルを1サイクルとし、このサイクルを390サイクルまで行った。測定結果を
図11及び
図12に示す。初期放電容量はカチオンミキシングの少ない試料Aで150mAh/gを示した。試料Aのサイクル数に対する容量維持率は300サイクルで96.8%、近似直線からの推測値として400サイクルで95.5%、500サイクルで94.4%%を示した。
【0018】
(比較例1)NMC111についてカチオンミキシングの大きい試料B(R=1.08)について電池の初期充放電容量(mAh/g)及びサイクル特性(サイクル数に対する容量保持率(%))の測定を行った。測定結果を
図11及び
図12に示す。測定条件は上述した実施例5に記載した内容と同一である。初期放電容量は143mAh/gを示した。試料Bのサイクル数に対する容量維持率は300サイクルで78.3%、近似直線からの推測値として400サイクルで71.2%、500サイクルで63.9%を示した。
【手続補正書】
【提出日】2021-10-12
【手続補正2】
【補正対象書類名】明細書
【補正対象項目名】0011
【補正方法】変更
【補正の内容】
【0011】
【
図1】カチオンミキシングを抑制するため固相反応領域を設定した合成温度曲線(模式
図A図)と固相反応領域を設定しない合成温度曲線(台形曲線)(模式
図B図)を示す。
【
図2】フラックス法で合成した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物のSEM画像を示す。
【
図3】NMC111に於ける固相反応領域(500℃及び700℃)で焼成したX線回折線回折図を示す。
【
図4】表1に示した、フラックス法で合成した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物、即ちNMC111、NMC532、NMC622、NMC811のフラックス添加率の異なる各試料のX線回折図、及び拡大図による(006)面と(102)面の回折ピーク、(108)と(110)面の回折ピークの状態を示す。
【
図5】表1に示した、フラックス法で合成した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物、即ちNMC111、NMC532、NMC622、NMC811のフラックス添加率の異なる各試料のX線回折図、及び拡大図による(006)面と(102)面の回折ピーク、(108)と(110)面の回折ピークの状態を示す。
【
図6】表1に示した、フラックス法で合成した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物、即ちNMC111、NMC532、NMC622、NMC811のフラックス添加率の異なる各試料のX線回折図、及び拡大図による(006)面と(102)面の回折ピーク、(108)と(110)面の回折ピークの状態を示す。
【
図7】表1に示した、フラックス法で合成した層状岩塩型リチウム遷移金属複合酸化物、即ちNMC111、NMC532、NMC622、MC811のフラックス添加率の異なる各試料のX線回折図、及び拡大図による(006)面と(102)面の回折ピーク、(108)と(110)面の回折ピークの状態を示す。
【
図8】NMC811に於けるフラックス(KCl)の添加率とR値の関係
を示す。
【
図9】NMC622に於けるR値((003)面及び(104)面のX線回折ピークの相対強度比)と単位格子の体積との関係を示す。
【
図10】フラックス溶融領域での保持時間と結晶子サイズ及び比表面積の関係を示す。
【
図11】フラックス法で合成したR値の異なる活物質(NMC111)の充放電特性を示す。
【
図12】フラックス法で合成したR値の異なる活物質(NMC111)のサイクル特性を示す。