(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023022257
(43)【公開日】2023-02-14
(54)【発明の名称】ダイヤモンド切削工具およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
B23B 27/14 20060101AFI20230207BHJP
B23B 27/20 20060101ALI20230207BHJP
B23K 26/36 20140101ALI20230207BHJP
B23K 26/00 20140101ALI20230207BHJP
【FI】
B23B27/14 B
B23B27/20
B23K26/36
B23K26/00 N
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022193524
(22)【出願日】2022-12-02
(62)【分割の表示】P 2021520234の分割
【原出願日】2020-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2019193506
(32)【優先日】2019-10-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】503212652
【氏名又は名称】住友電工ハードメタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】植田 暁彦
(72)【発明者】
【氏名】渡部 直樹
(72)【発明者】
【氏名】久木野 暁
(57)【要約】 (修正有)
【課題】耐摩耗性が向上したダイヤモンド切削工具およびその製造方法を提供する。
【解決手段】ダイヤモンド切削工具は、単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンドと、グラファイトとを備える刃先部を含み、単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンドを構成する炭素を第1炭素とし、グラファイトを構成する炭素を第2炭素とし、刃先部の表面においてラマン分光分析を行った場合、前記表面における第1炭素のピーク強度Id1と前記表面における第2炭素のピーク強度Ig1との和に対するIg1の比率R1は0.5以上1以下であり、前記表面から1μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、前記表面から1μmの深さに位置する面における第1炭素のピーク強度Id2と前記表面から1μmの深さに位置する面における第2炭素のピーク強度Ig2との和に対するIg2の比率R2は0.01以上0.3以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンドと、グラファイトとを備える刃先部を含むダイヤモンド切削工具であって、
前記単結晶ダイヤモンドまたは前記バインダレス多結晶ダイヤモンドを構成する炭素を第1炭素とし、前記グラファイトを構成する炭素を第2炭素とし、
前記刃先部の表面においてラマン分光分析を行った場合、前記表面における前記第1炭素のピーク強度Id1と前記表面における前記第2炭素のピーク強度Ig1との和に対する前記Ig1の比率R1は、0.5以上1以下であり、
前記表面から1μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、前記表面から1μmの深さに位置する面における前記第1炭素のピーク強度Id2と前記表面から1μmの深さに位置する面における前記第2炭素のピーク強度Ig2との和に対する前記Ig2の比率R2は、0.01以上0.3以下である、ダイヤモンド切削工具。
【請求項2】
前記表面から0.5μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、前記表面から0.5μmの深さに位置する面における前記第1炭素のピーク強度Id3と前記表面から0.5μmの深さに位置する面における前記第2炭素のピーク強度Ig3との和に対する前記Ig3の比率R3は、前記R1よりも小さく、前記R2よりも大きい、請求項1に記載のダイヤモンド切削工具。
【請求項3】
前記表面は、逃げ面の表面である、請求項1または請求項2に記載のダイヤモンド切削工具。
【請求項4】
請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のダイヤモンド切削工具の製造方法であって、
前記単結晶ダイヤモンドまたは前記バインダレス多結晶ダイヤモンドを準備する工程と、
前記単結晶ダイヤモンドまたは前記バインダレス多結晶ダイヤモンドに対し、第1照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、切れ刃を形成した前記刃先部を得る工程と、
前記刃先部に対し、前記第1照射条件とは異なる第2照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、前記刃先部にグラファイトを生成する工程とを含む、ダイヤモンド切削工具の製造方法。
【請求項5】
前記第2照射条件は、
レーザ波長が、532nm以上1064nm以下であり、
レーザスポット径が、半値幅として5μm以上70μm以下であり、
レーザ焦点深度が、1mm以上であり、
レーザ出力が、加工点において1W以上20W以下であり、
レーザ走査速度が、5mm/秒以上100mm/秒以下であり、
レーザ繰り返し周波数が、10Hz以上1MHz以下である、請求項4に記載のダイヤモンド切削工具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ダイヤモンド切削工具およびその製造方法に関する。本出願は、2019年10月24日に出願した日本特許出願である特願2019-193506号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。
【背景技術】
【0002】
アルミニウム合金をはじめとする非鉄金属、炭素繊維強化プラスチック(CFRP)、ガラス繊維強化プラスチック(GFRP)、セラミックス、セラミックマトリックス複合材(CMC)、超硬合金などの難削性の被削材を加工する場合、従来から刃先が実質的にダイヤモンドからなるダイヤモンド切削工具が汎用されてきた。しかしながらこの種の被削材に対しては、加工時に切削油(以下、「クーラント」とも記す)が使えない場合が多い。この場合、加工時に刃先の摩耗が激しくなるため、ダイヤモンド切削工具に対し耐摩耗性を向上させることが要請されている。
【0003】
上記の要請に対し、特開2005-088178号公報(特許文献1)は、放電加工によって逃げ面にグラファイト層を積極的に析出させたダイヤモンド焼結体工具を開示している。このダイヤモンド焼結体工具においては、上記グラファイト層が有する潤滑性によって逃げ面の耐摩耗性が向上するとされている。特開2011-121142号公報(特許文献2)は、工具基体の表面を被覆するダイヤモンド被膜の膜厚方向に、連続するグラファイト相を形成したダイヤモンド被覆切削工具を開示している。このダイヤモンド被覆切削工具においては、上記グラファイト相によって耐摩耗性が向上するとともに、ダイヤモンド被膜が残留応力によって剥離することを防止することができるとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2005-088178号公報
【特許文献2】特開2011-121142号公報
【発明の概要】
【0005】
本開示に係るダイヤモンド切削工具は、単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンドと、グラファイトとを備える刃先部を含むダイヤモンド切削工具であって、上記単結晶ダイヤモンドまたは上記バインダレス多結晶ダイヤモンドを構成する炭素を第1炭素とし、上記グラファイトを構成する炭素を第2炭素とし、上記刃先部の表面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面における上記第1炭素のピーク強度Id1と上記表面における上記第2炭素のピーク強度Ig1との和に対する上記Ig1の比率R1は、0.5以上1以下であり、上記表面から1μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面から1μmの深さに位置する面における上記第1炭素のピーク強度Id2と上記表面から1μmの深さに位置する面における上記第2炭素のピーク強度Ig2との和に対する上記Ig2の比率R2は、0.01以上0.3以下である。
【0006】
本開示に係るダイヤモンド切削工具の製造方法は、上記ダイヤモンド切削工具の製造方法であって、上記単結晶ダイヤモンドまたは上記バインダレス多結晶ダイヤモンドを準備する工程と、上記単結晶ダイヤモンドまたは上記バインダレス多結晶ダイヤモンドに対し、第1照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、切れ刃を形成した上記刃先部を得る工程と、上記刃先部に対し、上記第1照射条件とは異なる第2照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、上記刃先部にグラファイトを生成する工程とを含む。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】
図1は、本実施形態に係るダイヤモンド切削工具に関し、単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンドとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率(Ig/(Ig+Id))の変化を、刃先部の表面(逃げ面の表面)から深さ方向に向けて表したグラフである。
【
図2】
図2は、
図1のグラフに表した本実施形態に係るダイヤモンド切削工具における刃先部の表面から深さ方向に向けたグラファイトの比率の変化を、上記刃先部の一部(逃げ面の一部)において、その表面から深さ方向に切断した断面に模式的に反映させて表した説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[本開示が解決しようとする課題]
特許文献1に開示されたダイヤモンド焼結体工具に対しては、析出させたグラファイト層が逃げ面の表面にのみ存在するため、グラファイト層の潤滑性に基づいた耐摩耗性の向上が一時的な効果に過ぎず、上記潤滑性を持続させる必要がある点で改良の余地がある。特許文献2に開示されたダイヤモンド被覆切削工具に対しては、上記グラファイト相が膜厚方向に一定量連続して存する態様であるため、初期摩耗に対応する潤滑性が不足する点で改良の余地がある。したがって、未だ初期摩耗に対応する潤滑性を有し、かつ上記潤滑性が持続することによって加工時の刃先の摩耗を抑制したダイヤモンド切削工具の実現には至っておらず、もって耐摩耗性が向上したダイヤモンド切削工具の開発が切望されている。
【0009】
上記実情に鑑み、本開示は、耐摩耗性が向上したダイヤモンド切削工具およびその製造方法を提供することを目的とする。
【0010】
[本開示の効果]
本開示によれば、耐摩耗性が向上したダイヤモンド切削工具およびその製造方法を提供することができる。
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ね、本開示を完成させた。具体的には、ダイヤモンド切削工具における単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンドからなる刃先部に対し、所定の照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、上記刃先部にグラファイトを生成した。この場合において上記グラファイトは、刃先部の表面から深さ方向へ向けて、単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンド中にほぼ単調減少しながら所定の深さまで存することを知見した。上記グラファイトを刃先部に有するダイヤモンド切削工具は、初期摩耗に対応可能な優れた潤滑性を有し、かつ上記潤滑性が持続することを見出し、もって耐摩耗性が向上するダイヤモンド切削工具に到達した。
【0012】
最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
[1]本開示の一態様に係るダイヤモンド切削工具は、単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンドと、グラファイトとを備える刃先部を含むダイヤモンド切削工具であって、上記単結晶ダイヤモンドまたは上記バインダレス多結晶ダイヤモンドを構成する炭素を第1炭素とし、上記グラファイトを構成する炭素を第2炭素とし、上記刃先部の表面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面における上記第1炭素のピーク強度Id1と上記表面における上記第2炭素のピーク強度Ig1との和に対する上記Ig1の比率R1は、0.5以上1以下であり、上記表面から1μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面から1μmの深さに位置する面における上記第1炭素のピーク強度Id2と上記表面から1μmの深さに位置する面における上記第2炭素のピーク強度Ig2との和に対する上記Ig2の比率R2は、0.01以上0.3以下である。このような特徴を備えるダイヤモンド切削工具は、初期摩耗に対応可能な優れた潤滑性を有し、かつ上記潤滑性が持続することにより、耐摩耗性を向上させることができる。
【0013】
[2]上記ダイヤモンド切削工具は、上記表面から0.5μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面から0.5μmの深さに位置する面における上記第1炭素のピーク強度Id3と上記表面から0.5μmの深さに位置する面における上記第2炭素のピーク強度Ig3との和に対する上記Ig3の比率R3は、上記R1よりも小さく、上記R2よりも大きいことが好ましい。これにより、耐摩耗性をさらに向上させることができる。
【0014】
[3]上記表面は、逃げ面の表面であることが好ましい。これにより逃げ面において初期摩耗に対応可能な優れた潤滑性を有し、かつ上記潤滑性が持続する作用を奏するダイヤモンド切削工具を提供することができる。
【0015】
[4]本開示の一態様に係るダイヤモンド切削工具の製造方法は、上記ダイヤモンド切削工具の製造方法であって、上記単結晶ダイヤモンドまたは上記バインダレス多結晶ダイヤモンドを準備する工程と、上記単結晶ダイヤモンドまたは上記バインダレス多結晶ダイヤモンドに対し、第1照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、切れ刃を形成した上記刃先部を得る工程と、上記刃先部に対し、上記第1照射条件とは異なる第2照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、上記刃先部にグラファイトを生成する工程とを含む。このような特徴を備えるダイヤモンド切削工具の製造方法は、初期摩耗に対応可能な優れた潤滑性を有し、かつ上記潤滑性が持続することにより、耐摩耗性が向上するダイヤモンド切削工具を製造することができる。
【0016】
[5]上記第2照射条件は、レーザ波長が、532nm以上1064nm以下であり、レーザスポット径が、半値幅として5μm以上70μm以下であり、レーザ焦点深度が、1mm以上であり、レーザ出力が、加工点において1W以上20W以下であり、レーザ走査速度が、5mm/秒以上100mm/秒以下であり、レーザ繰り返し周波数が、10Hz以上1MHz以下であることが好ましい。これにより刃先部において、初期摩耗に対応可能な潤滑性と、上記潤滑性が持続する作用とを付与するグラファイトを歩留まり良く生成することができる。
【0017】
[本開示の実施形態の詳細]
以下、本開示の実施形態(以下、「本実施形態」とも記す)について、
図1を参照することにより詳細に説明する。以下の説明において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0018】
〔ダイヤモンド切削工具〕
本実施形態に係るダイヤモンド切削工具は、単結晶ダイヤモンド(以下、「SCD」とも記す)またはバインダレス多結晶ダイヤモンド(以下、「BLPCD」とも記す)と、グラファイトとを備える刃先部を含むダイヤモンド切削工具である。以下においては、上記SCDまたはBLPCDを構成する炭素を第1炭素の用語を用い、上記グラファイトを構成する炭素を第2炭素の用語を用いて説明する場合がある。
【0019】
上記ダイヤモンド切削工具は、上記刃先部の表面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面における上記第1炭素のピーク強度Id1と上記表面における上記第2炭素のピーク強度Ig1との和に対する上記Ig1の比率R1は、0.5以上1以下である。さらに上記ダイヤモンド切削工具は、上記表面から1μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面から1μmの深さに位置する面における上記第1炭素のピーク強度Id2と上記表面から1μmの深さに位置する面における上記第2炭素のピーク強度Ig2との和に対する上記Ig2の比率R2は、0.01以上0.3以下である。
【0020】
上記ダイヤモンド切削工具は、上記R1が0.5以上1以下であり、かつ上記R2が0.01以上0.3以下である場合、刃先部においてグラファイトに基づく初期摩耗に対応可能な優れた潤滑性と、上記潤滑性が持続する作用とを得ることができる。これによりダイヤモンド切削工具は、耐摩耗性が向上する。ここで上記ダイヤモンド切削工具は、典型的には、上述した特徴を有する刃先部と、この刃先部が蝋付け等の手段により接合される台金部とを含む態様を有する。上記ダイヤモンド切削工具は、上述した特徴を有する刃先部のみからなる態様を有する場合もある。また、上記ダイヤモンド切削工具は、ダイヤモンド切削工具の全体が単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンドと、グラファイトとからなり、刃先部が上述した特徴を有する態様であってもよい。
【0021】
以下、本実施形態ではダイヤモンド切削工具の一態様として、上述した特徴を有する刃先部と、上記台金部とを含むダイヤモンド切削工具について詳述するが、本開示は、これ以外の態様のダイヤモンド切削工具を除外するものではない。
【0022】
<刃先部>
本実施形態に係るダイヤモンド切削工具は、SCDまたはBLPCDと、グラファイトとを備える刃先部を含む。上記刃先部は、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および上記逃げ面の間に形成される切れ刃とを有する。上記切れ刃は、被削材の加工に直接関与する部分であり、上記すくい面の一部と、上記逃げ面の一部と、上記すくい面および上記逃げ面が交差する稜線とからなる。本明細書において「すくい面」とは、切削時に被削材から削り取った切り屑をすくい出す面を意味し、「逃げ面」とは、切削時に被削材の被削面に対して対向する面を意味する。
【0023】
上記刃先部は、上記SCDまたはBLPCDを主要な構成要素とするバルクであり、塊状の形状を有する。したがって、超硬合金などの任意の基材をダイヤモンド被膜により被覆することによって刃先を形成するダイヤモンド被覆工具における上記ダイヤモンド被膜とはその形状が異なる。さらに、上記ダイヤモンド被膜と、本実施形態における上記刃先部とは相互に形状が異なることによって、特性のみならず、使用目的および製造方法も異なる。このことは、たとえば上記特許文献2に開示されたグラファイトを含むダイヤモンド被膜を有するダイヤモンド被覆工具と、本実施形態の刃先部を有するダイヤモンド切削工具との関係においても同様である。たとえば上記特許文献2のダイヤモンド被覆工具と本実施形態のダイヤモンド切削工具とを比較すれば、製造方法が異なるのみならず、刃先部にグラファイトを生成させる方法も全く異なる。
【0024】
さらにダイヤモンド被覆工具においては、一般にダイヤモンド被膜の厚みは5~10μm程度であり、100μm以上の厚みを有する薄膜は実質的に製造できないのに対し、本実施形態に係るダイヤモンド切削工具において、刃先部となるSCDまたはBLPCDの厚みを100μm以上とすることは容易である。
【0025】
(SCDおよびBLPCD)
刃先部は、SCDまたはBLPCDを備える。SCDは、高温高圧合成(HPHT)法、化学気相蒸着(CVD)法などの従来公知の製造方法を実行することにより準備することができる。BLPCDは、ダイヤモンド粒子同士が相互にバインダー(結合材)を介することなく結合した多結晶ダイヤモンドである。BLPCDは、グラファイトを出発材料として従来公知のHPHT法によりダイヤモンド粒子に変換すると同時に、結合材を用いることなく上記ダイヤモンド粒子を焼結し、これらを結合させることによって準備することができる。特に、刃先部として準備されるSCDおよびBLPCDは、後述する第2照射条件で用いるレーザ波長に対し、3cm-1以上10cm-1未満となる光(レーザ光)の吸収係数を有することが好ましい。これにより、本開示の効果を奏する刃先部を効率よく形成することができる。
【0026】
SCDおよびBLPCDの光(レーザ光)の吸収係数は、次の測定方法を用いることにより求めることができる。まず、たとえば後述するダイヤモンド切削工具の製造方法を適宜用いることにより、厚みが特定された板状のSCDまたはBLPCDを準備する。次に、上記SCDまたはBLPCDに対し、紫外可視分光法によってレーザ光の波長(たとえば532nmまたは1064nm)での光の透過率Tを測定する。ここで上記光の透過率Tは、物体への入射光強度I0と物体の透過光強度Iとの比率(I/I0)を意味する。この比率(I/I0)は、物体の厚みをL、物体に固有の光の反射率をR、ならびに光の吸収係数をαとした場合、『I/I0=T=(1-R)2exp(-αL)』という式によって表すことができる。したがって、上記SCDまたはBLPCDにおいて測定された光の透過率T(=I/I0)、SCDまたはBLPCDの厚みLおよび物体に固有の光の反射率R(ダイヤモンドの場合、R=0.172)を上記式に代入することにより、光の吸収係数αを求めることができる。以上から、後述する第2照射条件で用いるレーザ波長に対し、SCDまたはBLPCDが3cm-1以上10cm-1未満となる光の吸収係数を有するか否かについては、上述した式に基づき光の吸収係数αを求めることによって判断することができる。
【0027】
上記SCDおよびBLPCDは、炭素以外の不純物元素の含有率が1質量%以下であることが好ましい。上記不純物元素の含有率は、0.5質量%以下であることがより好ましい。不純物元素は、希土類元素、アルカリ土類金属、Co、Fe、Ni、Ti、W、Ta、CrおよびVからなる群より選ばれる1種以上の金属元素である場合がある。さらに不純物元素は、窒素、酸素、ホウ素、ケイ素および水素からなる群より選ばれる1種以上の非金属元素または半金属元素である場合もある。上記SCDおよびBLPCDは、不純物元素の含有率が0質量%であってもよい。
【0028】
不純物元素の含有率の測定方法は、以下のとおりである。すなわち二次イオン質量分析法(SIMS:Secondary Ion Mass Spectrometry)を用いることにより、まず刃先部として準備したSCDまたはBLPCDにおいて、測定対象とする不純物元素の二次イオン強度(counts/sec)を測定する。さらにこの測定結果に基づき、横軸に分析深さ、縦軸に二次イオン強度を示すグラフとして作成された上記不純物元素のスペクトルデータを得る。次に、上記SCDまたはBLPCDに対し、既知のエネルギー(kev)およびドーズ量(atoms/cm2)で測定対象とする不純物元素をイオン注入したリファレンス試料を準備する。さらに上記リファレンス試料に対し、上記SCDまたはBLPCDに対して行った測定と同じ条件にて二次イオン強度を測定し、もって上記リファレンス試料における上記不純物元素のスペクトルデータを得る。最後に上記SCDまたはBLPCDにおける上記不純物元素のスペクトルデータと、上記リファレンス試料における上記不純物元素のスペクトルデータとを対比することにより、上記SCDまたはBLPCDにおいて測定対象とした不純物元素の含有率(atoms/cm3)を算出ことができる。
【0029】
ここで第2照射条件で用いるレーザ波長に対して、3cm-1以上10cm-1未満となる光(レーザ光)の吸収係数を有するSCDおよびBLPCDは、炭素以外の不純物元素の含有率が1質量%以下である場合に歩留まりよく得られる。炭素以外の不純物元素の含有率が1質量%以下であるSCDおよびBLPCDは、従来公知の製造方法によって得ることが可能である。
【0030】
(グラファイト)
刃先部は、上述のようにグラファイトを備える。上記グラファイトは、後述する〔ダイヤモンド切削工具の製造方法〕の項目で詳述するように、第1照射条件の下でSCDまたはBLPCDをレーザ加工することにより、切れ刃を形成した刃先部を得た後、上記刃先部に対し上記第1照射条件とは異なる第2照射条件の下でレーザ加工することにより生成することができる。
【0031】
ここで
図1は、本実施形態に係るダイヤモンド切削工具に関し、SCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率の変化を、刃先部の表面から深さ方向に向けて表したグラフである。
図1に示すように、刃先部においてグラファイトは、刃先部の表面から深さ方向へ向けて、SCDまたはBLPCD中にほぼ単調減少しながら少なくとも刃先部の表面から1μmの深さに位置する面まで存する。これにより、刃先部に対してグラファイトに基づく初期摩耗に対応可能な潤滑性と、上記潤滑性が持続する作用とを付与することができ、もってダイヤモンド切削工具の耐摩耗性を向上させることができる。本実施形態において、
図1に示すようなグラファイトの比率の変化は、刃先部における上記SCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率(R=Ig/(Ig+Id))として、後述するラマン分光分析に基づいて求めることができる。
【0032】
一方、
図1において破線で示されるグラファイトの比率の変化は、この種のダイヤモンド切削工具において、従来公知のレーザ加工等により刃先部に積極的にグラファイト層(以下、「従来のグラファイト層」とも記す)を析出させた場合を表す。この場合、従来のグラファイト層は、厚みが100nm程度と薄い。このため
図1において、従来のグラファイト層を有する刃先部は、刃先部の表面から100nmの深さを超えるとグラファイトの比率が急峻に減少する。もって従来のグラファイト層を有するダイヤモンド切削工具は、グラファイトの潤滑性に基づく効果が一時的となり、加工時に潤滑性を持続させることが困難となる。
【0033】
さらに
図2は、
図1のグラフに表した本実施形態に係るダイヤモンド切削工具における刃先部の表面から深さ方向に向けたグラファイトの比率の変化を、上記刃先部の一部(逃げ面の一部)において、その表面から深さ方向に切断した断面に模式的に反映させて表した説明図である。具体的には、
図2は、ダイヤモンド切削工具の刃先部1の一部において、表面(逃げ面11の表面)から深さ方向に切断した断面Sを拡大視することにより、上記断面Sにおけるグラファイトの比率の変化をグレー色の濃淡(ドットの密集度)により表している。すなわち上記断面Sでは、ドットが密集することによってグレー色がより濃く表れる領域において、グラファイトの比率がより高い。
図2によれば、上記断面Sにおいてグラファイトの比率(含有量)は、逃げ面11の表面から深さ方向へ向けてほぼ単調減少するが、少なくとも逃げ面11の表面から所定の深さまでゼロとなることなく存することが理解される。
【0034】
ここで本明細書において「刃先部の表面」とは、上記すくい面の表面、上記逃げ面の表面および上記切れ刃の表面の3者を意味する。しかしながら、後述するラマン分光分析の分析対象とする「刃先部の表面」は、本開示の効果を十分に奏する観点から、逃げ面の表面とすることが好ましい。逃げ面は、切削時に被削材の被削面に対して対向する面であるため、すくい面に比してより優れた耐摩耗性を有することが求められるからである。また切れ刃に比してラマン分光分析が実行可能となる領域が大きいため、切れ刃よりも分析対象とし易いからである。すなわち上記表面は、逃げ面の表面であることが好ましい。さらに本明細書において「刃先部の表面」という場合の「表面」は、刃先部の最表面を意味し、深さ方向の厚みの概念を含まないものとする。
【0035】
(ラマン分光分析により求められるR1、R2およびR3)
本実施形態に係るダイヤモンド切削工具は、上述のようにSCDまたはBLPCDを構成する炭素を第1炭素とし、上記グラファイトを構成する炭素を第2炭素とし、上記刃先部の表面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面における上記第1炭素のピーク強度Id1と上記表面における上記第2炭素のピーク強度Ig1との和に対する上記Ig1の比率R1は、0.5以上1以下である。上記R1は、刃先部の表面におけるSCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率を意味し、Ig1/(Ig1+Id1)の式により表すことができる。すなわち本実施形態において、刃先部の表面におけるSCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率(R1=Ig1/(Ig1+Id1))は、0.5以上1以下である。
【0036】
上記R1は、0.7以上1以下であることが好ましく、0.9以上1以下であることがより好ましい。上記R1が0.5未満である場合、刃先部の表面におけるグラファイトの比率が些少となるため、初期摩耗に対応可能な潤滑性を得ることが困難となる。一方、上記Ig1/(Ig1+Id1)の式によれば、上記R1が1を超える場合はあり得ない。
【0037】
さらに上記刃先部において、上記表面から1μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面から1μmの深さに位置する面における上記第1炭素のピーク強度Id2と上記表面から1μmの深さに位置する面における上記第2炭素のピーク強度Ig2との和に対する上記Ig2の比率R2は、0.01以上0.3以下である。上記R2は、刃先部の表面から1μmの深さに位置する面におけるSCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率を意味し、Ig2/(Ig2+Id2)の式により表すことができる。すなわち本実施形態において刃先部の表面から1μmの深さに位置する面におけるSCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率(R2=Ig2/(Ig2+Id2))は、0.01以上0.3以下である。本明細書において「刃先部の表面から1μmの深さに位置する面」とは、刃先部の表面から深さ方向に1μmの距離を隔てて上記表面と平行となる面をいう。また「刃先部の表面から1μmの深さに位置する面」は、ラマン分光分析を行うために仮想的に設定される面(測定対象面)であり、後述するようにラマン分光分析時に露出される。
【0038】
上記R2は、0.1以上0.3以下であることが好ましく、0.15以上0.25以下であることがより好ましい。上記R2が0.01未満である場合、刃先部の表面から1μmの深さに位置する面までのグラファイトの比率が些少となるため、加工時に潤滑性が持続することが困難となる。上記R2が0.3を超える場合、刃先部の表面から1μmの深さに位置する面までのグラファイトの比率が過多となるため、硬度の低下によって十分な加工性能を得ることが困難となる。
【0039】
ここで本実施形態において、R2として刃先部の表面から1μmの深さに位置する面におけるSCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率を規定した理由は、次のとおりである。すなわち、この種のダイヤモンド切削工具が適用される難削性の被削材の加工は、鏡面加工などと呼ばれ、非常に小さな表面粗さを有する加工面に仕上げることが要請される場合が多い。この場合おいて、刃先部の表面から1μmの深さに位置する面が露出する程度まで、ダイヤモンド切削工具が上記被削材の加工に使用されたとき、当該ダイヤモンド切削工具は寿命に達したと判断されることが一般的である。したがってR2を規定することにより、ダイヤモンド切削工具が寿命に達したと判断されるまで潤滑性が持続するか否かを明らかとすることができる。
【0040】
本実施形態に係るダイヤモンド切削工具は、上述したR1、R2の関係を有する場合、すなわちR1が0.5以上1以下であり、かつR2が0.01以上0.3以下である場合、刃先部においてグラファイトに基づく初期摩耗に対応可能な優れた潤滑性と、上記潤滑性が持続する作用とを得ることができる。
【0041】
具体的には、まず刃先部の表面におけるグラファイトの比率(R1)が0.5以上1以下であることにより、初期摩耗に対応可能な潤滑性を有することができる。刃先部の表面においてグラファイトが過半数を占めるからである。
【0042】
さらに、刃先部の表面から1μmの深さに位置する面におけるグラファイトの比率(R2)が0.01以上0.3以下であることにより、優れた加工性能を発揮することができる。刃先部の表面から1μmの深さに位置する面において高い硬度を有するSCDまたはBLPCDが大多数を占めるからである。また刃先部の表面から1μmの深さに位置する面においてグラファイトが存するので、潤滑性を維持することもできる。
【0043】
次に、上記ダイヤモンド切削工具の刃先部は、上記表面から0.5μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面から0.5μmの深さに位置する面における上記第1炭素のピーク強度Id3と上記表面から0.5μmの深さに位置する面における上記第2炭素のピーク強度Ig3との和に対する上記Ig3の比率R3は、上記R1よりも小さく、上記R2よりも大きいことが好ましい。上記R3は、刃先部の表面から0.5μmの深さに位置する面におけるSCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率を意味し、Ig3/(Ig3+Id3)の式により表すことができる。すなわち本実施形態において刃先部の表面から0.5μmの深さに位置する面におけるSCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率(R3=Ig3/(Ig3+Id3))は、上記R1よりも小さく、上記R2よりも大きいことが好ましい。換言すれば、本実施形態に係るダイヤモンド切削工具は、R1>R3>R2の関係を満たすことが好ましい。本明細書において「刃先部の表面から0.5μmの深さに位置する面」とは、刃先部の表面から深さ方向に0.5μmの距離を隔てて上記表面と平行となる面をいう。また「刃先部の表面から0.5μmの深さに位置する面」は、ラマン分光分析を行うために仮想的に設定される面(測定対象面)であり、後述するようにラマン分光分析時に露出される。
【0044】
上記ダイヤモンド切削工具は、R1>R3>R2の関係を満たすことにより、刃先部の表面から0.5μmの深さに位置する面においてSCDまたはBLPCD中に相当量のグラファイトが存することを意味するため、潤滑性を維持することができる。さらに刃先部の表面から0.5μmの深さに位置する面においてSCDまたはBLPCDが過半数を占めるので、優れた加工性能も発揮することができる。一方、上記R3が上記R1よりも大きい場合、刃先部の表面から0.5μmの深さに位置する面におけるグラファイトの比率が過多となり、硬度の低下によって十分な加工性能が得られない可能性がある。あるいは、上記R3が上記R1よりも大きい場合、刃先部の表面におけるグラファイトの比率が些少となり、初期摩耗に対応可能な潤滑性を得ることが困難となる可能性がある。
【0045】
さらに上記R3が上記R2よりも小さい場合、刃先部の表面から0.5μmの深さに位置する面におけるグラファイトの比率が些少となり、加工時に潤滑性が持続することができない可能性がある。あるいは、上記R3が上記R2よりも小さい場合、刃先部の表面から1μmの深さに位置する面におけるグラファイトの比率が過多となり、硬度の低下によって十分な加工性能が得られない可能性がある。上記R3は、具体的には0.1以上0.75以下であることが好ましく、0.3超過0.5未満であることがより好ましい。
【0046】
ここで上述したR1>R3>R2の関係を満たす刃先部を含むダイヤモンド切削工具は、具体的には、後述するダイヤモンド切削工具の製造方法により得られるものである。当該製造方法の内容に鑑みれば、上記刃先部においてグラファイトは、
図1および
図2に示すように刃先部の表面から深さ方向へ向けて、SCDまたはBLPCD中にほぼ単調減少しながら少なくとも刃先部の表面から1μmの深さに位置する面まで存することが推定される。このため本明細書においては、刃先部においてグラファイトの比率がR1>R3>R2の関係を満たす場合、刃先部においてグラファイトは、「刃先部の表面から深さ方向へ向けて、SCDまたはBLPCD中にほぼ単調減少しながら少なくとも刃先部の表面から1μmの深さに位置する面まで存する」ものとみなす。したがって上記グラファイトの比率が上述したR1>R2>R3の関係を満たす限り、刃先部の表面から深さ方向へ進行する方向にグラファイトの比率が一定となる部分が含まれる場合があっても、刃先部の表面から深さ方向へ進行する方向にグラファイトの比率が増加する部分が含まれる場合があっても、本開示の効果を奏する限り、いずれの場合も本実施形態のダイヤモンド切削工具を逸脱するものではない。
【0047】
上記グラファイトの比率(R1、R2およびR3)は、以下の手順でラマン分光分析を実行することにより求めることができる。まずR1に関しては、たとえば後述するダイヤモンド切削工具の製造方法に基づいてダイヤモンド切削工具を得ることにより、測定対象とする試料を準備する。次に、この試料における刃先部の表面(逃げ面の表面)に対し、室温で波長532nmのレーザを励起光として照射することによりラマン分光分析を実行する。上記ラマン分光分析においては、0.25cm-1以下の波数分解能を有する分光器(商品名:「LabRAM HR UV-VIS NIR」、株式会社堀場製作所製)を用いてスペクトル解析を実行することにより得られたフォノンピークに基づき、ローレンツ関数とガウス関数との複合関数を最小二乗法でフィッティングすることにより、ダイヤモンドおよびグラファイトのピーク強度を求める。具体的には、1333cm-1付近に表れるダイヤモンドのピーク強度(Id1)および1400~1700cm-1付近に表れるグラファイトのピーク強度(Ig1)を測定する。このId1およびIg1に基づき、Ig1/(Ig1+Id1)の式からR1を求めることができる。R1は、逃げ面上の任意の5箇所においてIg1/(Ig1+Id1)を求め、それらの平均値として表すことができる。
【0048】
次にR2に関しては、次の方法により求めることができる。まず上記試料における刃先部の逃げ面を研磨加工することにより、刃先部の表面から1μmの深さに位置する面を露出させ、この露出面を測定対象面とする。この測定対象面に対し、R1を求める方法と同じ方法によりラマン分光分析を実行することにより、Ig2/(Ig2+Id2)の式からR2を求めることができる。R3に関しても、上記試料における刃先部の逃げ面を研磨加工することにより刃先部の表面から0.5μmの深さに位置する面を露出させ、この露出面を測定対象面として、R1を求める方法と同じ方法によりラマン分光分析を実行することにより、Ig3/(Ig3+Id3)の式からR3を求めることができる。なお上記ラマン分光分析を実行する際には、R1、R3、R2の順にその数値を求めることが好ましい。
【0049】
<ダイヤモンド切削工具における他の構成:台金部>
上記ダイヤモンド切削工具は、上述のように刃先部とともに、台金部を含む場合がある。上記ダイヤモンド切削工具の台金部としては、この種の台金部として従来公知のものであればいずれも使用することができる。たとえば台金部は、超硬合金(たとえば、WC基超硬合金、WCのほか、Coを含み、あるいはTi、Ta、Nbなどの炭窒化物を添加したものも含む)、サーメット(TiC、TiN、TiCNなどを主成分とするもの)、高速度鋼、セラミックス(炭化チタン、炭化ケイ素、窒化ケイ素、窒化アルミニウム、酸化アルミニウムなど)、立方晶窒化ホウ素焼結体またはダイヤモンド焼結体のいずれかからなることが好ましい。
【0050】
台金部の素材としては、これらの中でも超硬合金(特にWC基超硬合金)またはサーメット(特にTiCN基サーメット)を選択することが好ましい。これらの素材は、高温における硬度と強度のバランスに優れ、上記用途のダイヤモンド切削工具の台金部として優れた特性を有している。台金部としてWC基超硬合金を用いる場合、その組織中に遊離炭素、ならびにη相またはε相と呼ばれる異常層などを含んでいてもよい。
【0051】
さらに台金部は、その表面が改質されたものであっても差し支えない。たとえば超硬合金の場合、その表面に脱β層が形成されていたり、サーメットの場合に表面硬化層が形成されていたりしてもよい。台金部は、その表面が改質されていても所望の効果が示される。
【0052】
台金部は、上記ダイヤモンド切削工具がドリルなどの切削工具である場合、シャンクなどと呼ばれることがある。
【0053】
<ダイヤモンド切削工具の用途>
上記ダイヤモンド切削工具は、上述したドリルに限られず、エンドミル(たとえばボールエンドミル)、ドリル用刃先交換型切削チップ、エンドミル用刃先交換型切削チップ、フライス加工用刃先交換型切削チップ、旋削加工用刃先交換型切削チップ、メタルソー、歯切工具、リーマ、タップなどの各種の切削工具として用いることができる。
【0054】
<作用>
本実施形態に係るダイヤモンド切削工具は、グラファイトが刃先部の表面から深さ方向へ向けて、SCDまたはBLPCD中でほぼ単調減少しながら少なくとも刃先部の表面から1μmの深さに位置する面まで存する。これにより、刃先部に対してグラファイトに基づく初期摩耗に対応可能な潤滑性と、上記潤滑性が持続する作用とを付与することができ、もって上記ダイヤモンド切削工具の耐摩耗性を向上させることができる。
【0055】
〔ダイヤモンド切削工具の製造方法〕
本実施形態に係るダイヤモンド切削工具の製造方法については、後述する第3工程を除き、この種のダイヤモンド切削工具を製造するための従来公知の手法を適宜用いることにより製造することができる。すなわち上記ダイヤモンド切削工具の製造方法は、後述する第3工程により、上記刃先部においてグラファイトを、刃先部の表面から深さ方向へ向けて、SCDまたはBLPCD中にほぼ単調減少しながら少なくとも刃先部の表面から1μmの深さに位置する面まで生成し、もって耐摩耗性が向上するダイヤモンド切削工具を得ることができる。本実施形態に係るダイヤモンド切削工具の製造方法は、上記ダイヤモンド切削工具を歩留まり良く得る観点から、具体的には次の方法を用いることが好ましい。
【0056】
本実施形態に係るダイヤモンド切削工具の製造方法は、上記ダイヤモンド切削工具の製造方法であって、上記SCDまたはBLPCDを準備する工程(第1工程)と、上記SCDまたはBLPCDに対し、第1照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、切れ刃を形成した上記刃先部を得る工程(第2工程)と、上記刃先部に対し、上記第1照射条件とは異なる第2照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、上記刃先部にグラファイトを生成する工程(第3工程)とを含む。
【0057】
<第1工程>
本工程は、SCDまたはBLPCDを準備する工程である。SCDおよびBLPCDの両者はいずれも、これを得るための従来公知の製造方法を用いることにより準備することができる。たとえばSCDは、従来公知のHTHP法、CVD法などを用いることにより準備することができる。さらにBLPCDは、グラファイトを出発材料として従来公知のHTHP法により焼結することによりダイヤモンド粒子に変換し、同時に上記ダイヤモンド粒子同士を結合させることにより準備することができる。上記SCDおよびBLPCDは、たとえばダイヤモンド切削工具が旋削加工用刃先交換型切削チップある場合、長さが2~6mm、幅が1~6mm、厚みが0.3~2mmのチップ形状として準備することが好ましい。上記SCDおよびBLPCDは、たとえばダイヤモンド切削工具がドリルである場合、長さが0.5~5mm、直径が0.5~5mmの円柱体形状として準備することが好ましい。
【0058】
上述のように上記SCDおよびBLPCDは、従来公知の製造方法により得ることができる。しかしながら本開示の効果を十分に奏する観点から、従来公知の製造方法により得たSCDおよびBLPCDのうち、後述する第2照射条件で用いるレーザ波長に対し、3cm-1以上10cm-1未満となる光の吸収係数を有するSCDおよびBLPCDを選択することにより、これらを準備することが好ましい。
【0059】
本工程は、上記SCDまたはBLPCDを蝋付け等の手段により台金部に接合する工程(台金部接合工程)を含むことが好ましい。台金部は、上述したように超硬合金などの従来公知の材料により準備することができる。たとえば上記台金部の材料として、住友電気工業株式会社製のイゲタロイ(登録商標、材種:G10E、AFUなど)を好適に用いることができる。台金部の形状は、上記SCDおよびBLPCDの形状に対応させて形成することができる。ここで上記台金部接合工程は、本工程において実行することに代えて、後述する第3工程の刃先部にグラファイトを生成した後において実行することも可能である。
【0060】
<第2工程>
本工程は、上記SCDまたはBLPCDに対し、第1照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、切れ刃を形成した上記刃先部を得る工程である。具体的には、まず上記SCDまたはBLPCDを従来公知のレーザ加工機(たとえば商品名:「PreCutter」、レーザープラス社製)に取り付ける。さらに上記SCDまたはBLPCDの表面を、第1照射条件の下で上記レーザ加工機のレーザで走査することにより加工し、もってSCDまたはBLPCDに切れ刃を形成する。これにより切れ刃を形成した刃先部を得ることができる。
【0061】
上記第1照射条件としては、従来公知の条件を用いることができる。たとえばレーザ波長が532nm以上1064nm以下であり、レーザスポット径が半値幅として5μm以上70μm以下であり、レーザ焦点深度が0.5mm以上20mm以下であり、レーザ出力が加工点において1W以上20W以下であり、レーザ走査速度が5mm/秒以上100mm/秒以下である第1照射条件を用いることができる。
【0062】
<第3工程>
本工程は、上記刃先部に対し、上記第1照射条件とは異なる第2照射条件の下でレーザ加工を実行することにより、上記刃先部にグラファイトを生成する工程である。具体的には、まず上記刃先部を上記レーザ加工機、またはこれとは別の第2レーザ加工機に取り付ける。次に刃先部の表面を、第2照射条件の下で上記レーザ加工機または第2レーザ加工機のレーザで走査することにより加工し、もって刃先部にグラファイトを生成することができる。
【0063】
上記第2照射条件は、レーザ波長が532nm以上1064nm以下であり、レーザスポット径が半値幅として5μm以上70μm以下であり、レーザ焦点深度が1mm以上であり、レーザ出力が加工点において1W以上20W以下であり、レーザ走査速度が5mm/秒以上100mm/秒以下であることが好ましい。第2照射条件は、レーザ波長が532nmまたは1064nmであり、レーザスポット径が半値幅として10~50μmであり、レーザ焦点深度が1.5mm以上であり、レーザ出力が2~10Wであり、レーザ走査速度が30~100mm/minであることがより好ましい。上記レーザ焦点深度の上限は、特に制限されないが20mm以下とすることができる。レーザパルス幅としては、1f(フェムト)秒以上1μ秒以下とすることが好ましい。レーザ繰り返し周波数としては、10Hz以上1MHz以下とすることが好ましい。
【0064】
上記第2照射条件において、レーザスポット径が半値幅として5μm未満である場合、レーザパワーが低いために刃先部の表面から深さ方向へ向けて、SCDまたはBLPCD中にグラファイトがほぼ単調減少しながら所定の深さまで存するプロファイルを形成することが困難となる傾向がある。レーザスポット径が半値幅として70μmを超える場合、レーザパワーが高いためにSCDまたはBLPCDが割れる傾向がある。レーザ焦点深度が1mm未満である場合、デフォーカスによりSCDまたはBLPCD中にグラファイトがほぼ単調減少しながら所定の深さまで存するプロファイルを形成することが困難となる傾向がある。レーザ出力が加工点において1W未満となる場合、レーザパワーが低いために刃先部の表面から深さ方向へ向けて、SCDまたはBLPCD中にグラファイトがほぼ単調減少しながら所定の深さまで存するプロファイルを形成することが困難となる傾向がある。レーザ出力が加工点において20Wを超える場合、レーザパワーが高いためにSCDまたはBLPCDが割れる傾向がある。
【0065】
レーザ走査速度が5mm/秒未満である場合、レーザがSCDまたはBLPCDに深く入りすぎてSCDまたはBLPCDが割れる傾向があり、100mm/秒を超える場合、レーザによる加工がほとんど行われない傾向がある。レーザパルス幅が1f秒未満となる場合、レーザパワーが高いためにSCDまたはBLPCDが割れる傾向があり、1μ秒を超える場合、熱的加工が支配的となりSCDまたはBLPCDが割れる傾向がある。レーザ繰り返し周波数が10Hz未満となる場合、熱的加工が支配的となりSCDまたはBLPCDが割れる傾向がある。レーザ繰り返し周波数が1MHzを超える場合、照射されたレーザパルスのエネルギが加工点において消費される前に次のレーザパルスが到達するため、加工点での熱負荷が大きくなることから、刃先部の表面から深さ方向へ向けてSCDまたはBLPCD中にグラファイトがほぼ単調減少しながら所定の深さまで存するプロファイルを形成することが困難となる傾向がある。
【0066】
本工程においては、上記第2照射条件で用いるレーザ波長に対して3cm-1以上10cm-1未満となる光の吸収係数を有するSCDまたはBLPCDから形成された刃先部に対し、上記第2照射条件でレーザ加工を実行することが好ましい。この場合、レーザ光は、刃先部の表面から深さ方向へ進行することにより、刃先部の内部に侵入することができる。刃先部の内部に侵入したレーザ光は、侵入した領域においてダイヤモンドがグラファイト化する閾値を超えるエネルギを有する場合、当該領域のSCDまたはBLPCDをグラファイト化することができる。
【0067】
一方、上記レーザ光は、刃先部の表面から深さ方向へ深く進行するほどエネルギをより多く失う。このため上記レーザ光は、刃先部の表面から深さ方向へ深い領域に進行するほど、当該領域においてSCDまたはBLPCDをグラファイト化することができなくなる。これをグラフ化すれば、
図1に示すようなSCDまたはBLPCDとグラファイトとの和に対するグラファイトの比率の変化として表すことができる。
【0068】
ここで上記SCDまたはBLPCDに対してレーザ加工を実行する第1照射条件と、上記刃先部に対してレーザ加工を実行する第2照射条件とは、各種のパラメータにおいて重複する範囲を含むが、本工程においては、第1照射条件と異なる条件の下でレーザ加工を実行する限り、本開示の効果を奏することが可能である。なぜなら第1照射条件は、バルク形状のSCDまたはBLPCDから上記切れ刃を有する刃先部を形成するレーザ加工であるのに対し、第2照射条件は、上記刃先部の表面から深さ方向に向けてグラファイトを所定の比率で生成するレーザ加工であるので、被照射部(SCDまたはBLPCD、もしくは刃先部)におけるレーザのエネルギの使われ方が自ずと異なるからである。具体的には、第1照射条件でのレーザ加工は、レーザビームに対してほぼ垂直な面が主な被照射部となるためパワー密度が相対的に高い。これに対し、第2照射条件でのレーザ加工は、レーザビームに対してほぼ水平な面が主な被照射部となるためパワー密度が相対的に低くなる。
【0069】
<作用効果>
以上の製造方法により、本実施形態に係るダイヤモンド切削工具を得ることができる。上記製造方法により得られるダイヤモンド切削工具は、SCDまたはBLPCDからなる刃先部が上記第2照射条件によりレーザ加工されることにより、刃先部においてグラファイトが、刃先部の表面から深さ方向へ向けて、SCDまたはBLPCD中にほぼ単調減少しながら少なくとも刃先部の表面から1μmの深さに位置する面まで存することができる。もって上記の製造方法によって、上記グラファイトに基づいて初期摩耗に対応可能な優れた潤滑性を有し、かつ上記潤滑性が持続することにより、耐摩耗性が向上したダイヤモンド切削工具を得ることができる。
【0070】
〔付記〕
以上の説明は、以下に付記する実施形態を含む。
【0071】
<付記1>
単結晶ダイヤモンドまたはバインダレス多結晶ダイヤモンドと、グラファイトとを備える刃先部を含むダイヤモンド切削工具であって、
前記単結晶ダイヤモンドまたは前記バインダレス多結晶ダイヤモンドを構成する炭素を第1炭素とし、前記グラファイトを構成する炭素を第2炭素とし、
前記刃先部の表面においてラマン分光分析を行った場合、前記表面における前記第1炭素のピーク強度Id1と前記表面における前記第2炭素のピーク強度Ig1との和に対する前記Ig1の比率R1は、0.5以上1以下であり、
前記表面から1μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、前記表面から1μmの深さに位置する面における前記第1炭素のピーク強度Id2と前記表面から1μmの深さに位置する面における前記第2炭素のピーク強度Ig2との和に対する前記Ig2の比率R2は、0.01以上0.3以下である、ダイヤモンド切削工具。
【0072】
<付記2>
上記R1は、0.7以上1以下である、付記1に記載のダイヤモンド切削工具。
【0073】
<付記3>
上記R1は、0.9以上1以下である、付記1または付記2に記載のダイヤモンド切削工具。
【0074】
<付記4>
上記R2は、0.1以上0.3以下である、付記1から付記3のいずれか1項に記載のダイヤモンド切削工具。
【0075】
<付記5>
上記R2は、0.15以上0.25以下である、付記1から付記4のいずれか1項に記載のダイヤモンド切削工具。
【0076】
<付記6>
上記表面から0.5μmの深さに位置する面においてラマン分光分析を行った場合、上記表面から0.5μmの深さに位置する面における上記第1炭素のピーク強度Id3と上記表面から0.5μmの深さに位置する面における上記第2炭素のピーク強度Ig3との和に対する上記Ig3の比率R3は、0.1以上0.75以下である、付記1から付記5のいずれか1項に記載のダイヤモンド切削工具。
【0077】
<付記7>
上記R3は、0.3超過0.5未満である、付記1から付記6のいずれか1項に記載のダイヤモンド切削工具。
【0078】
<付記8>
上記単結晶ダイヤモンドまたは上記バインダレス多結晶ダイヤモンドは、1064nmまたは532nmのレーザ波長に対し、3cm-1以上10cm-1未満となる光の吸収係数を有する、付記1から付記7のいずれか1項に記載のダイヤモンド切削工具。
【実施例0079】
以下、実施例を挙げて本開示をより詳細に説明するが、本開示はこれらに限定されるものではない。以下の実施例および比較例では、それぞれダイヤモンド切削工具を2個ずつ製造した。さらに実施例および比較例では、2個のダイヤモンド切削工具のうち一方を逃げ面の表面粗さRaの測定および切削試験に用い、他方を刃先部におけるSCDまたはBLPCD中のグラファイトの比率(R1、R2およびR3)の測定に用いた。
【0080】
〔ダイヤモンド切削工具の製造〕
<実施例1>
(第1工程)
ISO(国際標準化機構)が規定するCCMW09T304のチップ形状を作製するのに用いるBLPCDのバルクを従来公知のHTHP法を用いることにより準備した。このBLPCDを、住友電気工業株式会社製のイゲタロイ(登録商標、材種:G10E)を用いた超硬合金を加工することにより形成した台金部へ蝋付けにより接合し、もって後述する第2工程に供する被加工体を作製した。上記BLPCDは、上述の測定方法により1064nmのレーザ波長に対する光の吸収係数を求めたところ、3cm-1であった。
【0081】
(第2工程)
上記被加工体におけるBLPCDの表面を、上述したレーザ加工機と同等性能の加工機を用いて以下の第1照射条件の下、レーザで走査することによってレーザ加工した。これによりBLPCDに、すくい面と、逃げ面と、上記すくい面および逃げ面の間に形成される切れ刃とを有する刃先部を形成し、もって後述する第3工程に供するダイヤモンド切削工具前駆体を得た。
【0082】
上記第1照射条件は、次のとおりである。
レーザ波長:1064nm
レーザスポット径:50μm(半値幅)
レーザ焦点深度:1.5μm
レーザ出力:10W(加工点)
レーザ走査速度:50mm/min。
【0083】
(第3工程)
上記ダイヤモンド切削工具前駆体の刃先部に対し、上記レーザ加工機を用いて以下の第2照射条件の下、レーザで走査することによってレーザ加工した。これにより上記刃先部にグラファイトを生成し、もって実施例1のダイヤモンド切削工具(旋削加工用刃先交換型切削チップ)を得た。
【0084】
上記第2照射条件は、次のとおりである。
レーザ波長:1064nm
レーザスポット径:40μm(半値幅)
レーザ焦点深度:1.5μm
レーザ出力:5W(加工点)
レーザ走査速度:10mm/min
レーザパルス幅:10ps(ピコ秒)
レーザ繰り返し周波数:200kHz。
【0085】
<実施例2>
532nmのレーザ波長に対する光の吸収係数が7cm-1であるBLPCDを準備するとともに、第2照射条件を以下のとおりとすること以外、実施例1と同じ方法を用いることにより、ダイヤモンド切削工具を得た。
【0086】
上記第2照射条件は、次のとおりである。
レーザ波長:532nm
レーザスポット径:40μm(半値幅)
レーザ焦点深度:1.5μm
レーザ出力:6W(加工点)
レーザ走査速度:8mm/min
レーザパルス幅:10ps(ピコ秒)
レーザ繰り返し周波数:50Hz。
【0087】
<実施例3>
1064nmのレーザ波長に対する光の吸収係数が9cm-1であるSCDを準備すること以外、実施例1と同じ方法を用いることにより、ダイヤモンド切削工具を得た。
【0088】
<実施例4>
532nmのレーザ波長に対する光の吸収係数が5cm-1であるSCDを準備するとともに、第2照射条件を実施例2と同じとすること以外、実施例1と同じ方法を用いることにより、ダイヤモンド切削工具を得た。
【0089】
<比較例1および比較例2>
532nmのレーザ波長に対する光の吸収係数が15cm-1であるBLPCDを準備するとともに、第2照射条件を実施例2と同じとすること以外、実施例1と同じ方法を用いることにより、ダイヤモンド切削工具を得た。
【0090】
<比較例3>
532nmのレーザ波長に対する光の吸収係数が20cm-1であるSCDを準備するとともに、第2照射条件を実施例2と同じとすること以外、実施例1と同じ方法を用いることにより、ダイヤモンド切削工具を得た。
【0091】
<比較例4>
532nmのレーザ波長に対する光の吸収係数が1cm-1であるSCDを準備するとともに、第2照射条件を実施例2と同じとすること以外、実施例1と同じ方法を用いることにより、ダイヤモンド切削工具を得た。
【0092】
<比較例5>
1064nmのレーザ波長に対する光の吸収係数が1cm-1であるSCDを準備すること以外、実施例1と同じ方法を用いることにより、ダイヤモンド切削工具を得た。
【0093】
〔逃げ面における表面粗さRaの測定〕
実施例1~実施例4および比較例1~比較例5のダイヤモンド切削工具に対し、刃先部の逃げ面において3箇所の測定領域を設け、当該測定領域における表面粗さRaをレーザ顕微鏡(商品名:「OLS5000」、オリンパス株式会社製)を用い、JIS B 0601(2001)に準拠することにより求めた。結果を表1に示す。表1中の「逃げ面表面粗さRa」の数値は、上記3箇所の測定領域で測定した表面粗さRaの平均値である。表1中の「逃げ面表面粗さRa」の数値が0.1μm以下である場合、各実施例および比較例において作製されたダイヤモンド切削工具は、被削材を鏡面加工する性能を少なくとも有すると評価することができる。
【0094】
〔切削試験〕
実施例1~実施例4および比較例1~比較例5のダイヤモンド切削工具を用い、被削材としての超硬合金製丸棒材((φ60mm×長さ60mm)、硬度(HRA)87、住友電気工業株式会社製)を以下の切削条件により切削した。本切削試験では、上記被削材に対して切削した距離が1kmとなった時点で切削を中止し、当該時点でのダイヤモンド切削工具の逃げ面最大摩耗幅(単位は、μm)をマイクロスコープで拡大して観察することにより測定した。結果を表1に示す。上記逃げ面最大摩耗幅の数値が小さいほど、耐摩耗性が向上していると評価することができる。表1中、ダイヤモンド切削工具の「逃げ面最大摩耗幅」を「逃げ面摩耗幅(μm)」の項目に表した。
【0095】
<切削条件>
加工機:NC旋盤
切削速度:20m/min
送り速度:0.05mm/rev
切込み量:0.2mm/rev
切削油(クーラント):なし(ただし、比較例2のダイヤモンド切削工具を用いた切削試験では、水溶性エマルジョンを使用)。
【0096】
〔グラファイトの比率(R1、R2、R3)〕
実施例1~実施例4および比較例1~比較例5のダイヤモンド切削工具の刃先部に対し、上述した方法を用いて刃先部(逃げ面)の表面、刃先部(逃げ面)の表面から0.5μmの深さに位置する面、および刃先部(逃げ面)の表面から1μmの深さに位置する面におけるSCDまたはBLPCD中のグラファイトの比率(R1、R3およびR2)をそれぞれ求めた。結果を表1に示す。
【0097】
【0098】
〔考察〕
表1によれば、実施例1~実施例4および比較例1~比較例5のダイヤモンド切削工具は、いずれも同程度の逃げ面の表面粗さRaを有する。実施例1~実施例4のダイヤモンド切削工具は、R1が0.5以上1以下であり、R2が0.01~0.3である。さらにR3は、R1より小さくR2より大きい。一方、比較例1~比較例3のダイヤモンド切削工具は、R1が1であるものの、R2が0である。この場合において、実施例1~実施例4のダイヤモンド切削工具は、比較例1~比較例3のダイヤモンド切削工具に比して逃げ面最大摩耗幅が小さかった。比較例4および比較例5は、R1が0.5未満であるか、またはR2が0.3を超えるダイヤモンド切削工具であり、実施例1~実施例4のダイヤモンド切削工具に比して逃げ面最大摩耗幅が大きかった。もって実施例1~実施例4のダイヤモンド切削工具は、比較例1~比較例5のダイヤモンド切削工具に比して耐摩耗性が向上していると評価することができる。なお比較例2のダイヤモンド切削工具は、上記のように比較例1と同じ方法を用いて製造されたが、比較例1に比して逃げ面最大摩耗幅が大きかった。この理由は、被削材がクーラントによって冷却されることにより、温度上昇による被削材の硬度の低下が起こらない状態で切削試験が実行されたからであると推察された。
【0099】
以上のように本開示の実施の形態および実施例について説明を行ったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせたり、様々に変形したりすることも当初から予定している。
【0100】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。