(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023022450
(43)【公開日】2023-02-15
(54)【発明の名称】ワイヤソーの異常診断装置および方法
(51)【国際特許分類】
B24B 27/06 20060101AFI20230208BHJP
B24B 49/14 20060101ALI20230208BHJP
B24B 49/16 20060101ALI20230208BHJP
B28D 5/04 20060101ALI20230208BHJP
B28D 1/10 20060101ALI20230208BHJP
H01L 21/304 20060101ALI20230208BHJP
【FI】
B24B27/06 R
B24B49/14
B24B49/16
B28D5/04 C
B28D1/10
H01L21/304 611W
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021127332
(22)【出願日】2021-08-03
(71)【出願人】
【識別番号】000152675
【氏名又は名称】コマツNTC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001807
【氏名又は名称】弁理士法人磯野国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】村田 伶児
(72)【発明者】
【氏名】秋 充
(72)【発明者】
【氏名】島田 侑里
(72)【発明者】
【氏名】河津 知之
【テーマコード(参考)】
3C034
3C069
3C158
5F057
【Fターム(参考)】
3C034AA19
3C034BB92
3C034CA17
3C034CA19
3C034CA24
3C034DD18
3C069AA01
3C069BA06
3C069BC03
3C069CA03
3C069CA04
3C069DA01
3C069EA03
3C158AA05
3C158AA14
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3C158BA06
3C158BA08
3C158BA09
3C158BB09
3C158DA03
5F057AA02
5F057AA19
5F057AA51
5F057BA02
5F057CA02
5F057DA15
5F057EB24
5F057GA11
5F057GA16
5F057GA27
5F057GB11
5F057GB22
5F057GB31
(57)【要約】
【課題】ワイヤソーにおいて、切断加工前の運転状態を十分に監視して異常診断を的確に行う。
【解決手段】ワイヤソー1の異常診断装置は、診断モード実行部51と、データ群取得部52と、偏差情報算出部54と、判定部55とを備える。診断モード実行部51は、ワイヤソー1による切断加工前に、加工用ローラ6が一定速度で回転する第1の診断モード、繰出しリール3が一定速度で回転する第2の診断モード、および巻取りリール9が一定速度で回転する第3の診断モードをそれぞれ実行する。データ群取得部52は、第1~第3の診断モードの各々で複数のデータ項目について第1~第3のデータ群を取得する。偏差情報算出部54は、第1~第3のデータ群と、正常時における第1~第3の基準データ群とをそれぞれ対比した偏差に関する偏差情報を算出する。判定部55は、偏差情報に基づいて、ワイヤソー1の異常の有無を判定する。
【選択図】
図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の加工用ローラと、複数の前記加工用ローラに巻き掛けられるワイヤと、前記ワイヤを前記加工用ローラに向けて繰り出す繰出しリールと、前記加工用ローラから送られる前記ワイヤを巻き取る巻取りリールと、を備え、前記ワイヤによりワークの切断加工を行うワイヤソーの異常診断装置であって、
前記切断加工前に、前記加工用ローラが一定の第1の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第1の診断モード、前記繰出しリールが一定の第2の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第2の診断モード、および前記巻取りリールが一定の第3の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第3の診断モードをそれぞれ実行する診断モード実行部と、
前記ワイヤソーの運転状態を示す複数のデータ項目について、前記第1の診断モードで得られる第1のデータ群、前記第2の診断モードで得られる第2のデータ群、および前記第3の診断モードで得られる第3のデータ群をそれぞれ取得するデータ群取得部と、
複数の前記データ項目について、前記ワイヤソーの正常時における前記第1の診断モードで得られる第1の基準データ群、前記ワイヤソーの正常時における前記第2の診断モードで得られる第2の基準データ群、および前記ワイヤソーの正常時における前記第3の診断モードで得られる第3の基準データ群と、前記第1のデータ群、前記第2のデータ群、および前記第3のデータ群とをそれぞれ対比した偏差に関する偏差情報を算出する偏差情報算出部と、
算出された前記偏差情報に基づいて前記ワイヤソーの異常の有無を判定する判定部と、
を備えることを特徴とするワイヤソーの異常診断装置。
【請求項2】
前記第1のデータ群および前記第1の基準データ群を得るときの複数の前記データ項目には、前記加工用ローラを回転駆動するモータのトルク負荷、前記加工用ローラまたは該加工用ローラの支持部材の温度、および前記加工用ローラまたは該加工用ローラの支持部材の振動特性が含まれることを特徴とする請求項1に記載のワイヤソーの異常診断装置。
【請求項3】
前記第2のデータ群および前記第2の基準データ群を得るときの複数の前記データ項目には、前記繰出しリールを回転駆動するモータのトルク負荷、前記繰出しリールまたは該繰出しリールの支持部材の温度、および前記繰出しリールまたは該繰出しリールの支持部材の振動特性が含まれることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のワイヤソーの異常診断装置。
【請求項4】
前記第3のデータ群および前記第3の基準データ群を得るときの複数の前記データ項目には、前記巻取りリールを回転駆動するモータのトルク負荷、前記巻取りリールまたは該巻取りリールの支持部材の温度、および前記巻取りリールまたは該巻取りリールの支持部材の振動特性が含まれることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか一項に記載のワイヤソーの異常診断装置。
【請求項5】
前記偏差情報算出部は、前記第1の基準データ群により構成される第1の単位空間、前記第2の基準データ群により構成される第2の単位空間、および前記第3の基準データ群により構成される第3の単位空間と、前記第1のデータ群により構成される第1の信号空間、前記第2のデータ群により構成される第2の信号空間、および前記第3のデータ群により構成される第3の信号空間とをそれぞれ対比したマハラノビス距離を前記偏差情報として算出することを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか一項に記載のワイヤソーの異常診断装置。
【請求項6】
前記ワイヤソーに異常があると判定された場合、前記偏差情報に対する複数の前記データ項目の各々の寄与度に基づいて、異常の要因を推定する要因推定部を備えることを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか一項に記載のワイヤソーの異常診断装置。
【請求項7】
複数の加工用ローラと、複数の前記加工用ローラに巻き掛けられるワイヤと、前記ワイヤを前記加工用ローラに向けて繰り出す繰出しリールと、前記加工用ローラから送られる前記ワイヤを巻き取る巻取りリールと、を備え、前記ワイヤによりワークの切断加工を行うワイヤソーの異常診断方法であって、
前記切断加工前に、前記加工用ローラが一定の第1の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第1の診断モード、前記繰出しリールが一定の第2の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第2の診断モード、および前記巻取りリールが一定の第3の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第3の診断モードをそれぞれ実行するステップと、
前記ワイヤソーの運転状態を示す複数のデータ項目について、前記第1の診断モードで得られる第1のデータ群、前記第2の診断モードで得られる第2のデータ群、および前記第3の診断モードで得られる第3のデータ群をそれぞれ取得するステップと、
複数の前記データ項目について、前記ワイヤソーの正常時における前記第1の診断モードで得られる第1の基準データ群、前記ワイヤソーの正常時における前記第2の診断モードで得られる第2の基準データ群、および前記ワイヤソーの正常時における前記第3の診断モードで得られる第3の基準データ群と、前記第1のデータ群、前記第2のデータ群、および前記第3のデータ群とをそれぞれ対比した偏差に関する偏差情報を算出するステップと、
算出された前記偏差情報に基づいて前記ワイヤソーの異常の有無を判定するステップと、
を含むことを特徴とするワイヤソーの異常診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイヤソーの異常診断装置および方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体材料や磁性材料等のワークをワイヤによって切断加工するワイヤソーが存在する(例えば、特許文献1参照)。このワイヤソーは、複数の加工用ローラに所定間隔で巻き掛けたワイヤを高速走行させて、そのワイヤにワークを押し当てることで切断加工する。ワイヤソーは、一般に、ワイヤが巻き掛けられる複数の加工用ローラと、ワイヤを加工用ローラに向けて繰り出す繰出しリールと、加工用ローラから送られるワイヤを巻き取る巻取りリールとを備えている。
【0003】
特許文献1に記載の装置は、ワークの切断加工前に、ワイヤの張力、及びワーク保持部に取り付けられた振動センサによる振動の測定を行い、この測定値を用いてワイヤソーの正常又は異常の判断を行う。そして、ワイヤソーが正常であると判断された場合にワークの切断加工を行うことで、ワークから切り出されるウェーハ等の製品の品質悪化を防いでいる(特許文献1の段落[0009],[0010]参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の装置では、ワークの切断加工前に行われる測定の際のワイヤソーの運転は、その後の切断加工時の運転と同じ条件、例えばワイヤの走行速度(線速)が一定という条件で行われていると考えられる。
【0006】
しかし、ワイヤソーは、加工用ローラ、繰出しリール、および巻取りリールの多軸同期制御が必要な複雑な構成であり、線速一定の条件での運転時には、繰出しリールおよび巻取りリールの貯線量や有効径が都度変化する。さらに、メンテナンス時に加工用ローラの外周面の溝を削る修復が行われて有効径が減少するように変化する場合がある。このため、特許文献1の装置は、切断加工前の運転状態の監視が十分とは言えず、的確な異常診断が困難である。
【0007】
本発明は、ワイヤソーにおいて、切断加工前の運転状態を十分に監視して異常診断を的確に行うことを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明は、ワイヤによりワークの切断加工を行うワイヤソーの異常診断装置である。前記ワイヤソーは、複数の加工用ローラと、複数の前記加工用ローラに巻き掛けられるワイヤと、前記ワイヤを前記加工用ローラに向けて繰り出す繰出しリールと、前記加工用ローラから送られる前記ワイヤを巻き取る巻取りリールと、を備える。前記異常診断装置は、前記切断加工前に、前記加工用ローラが一定の第1の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第1の診断モード、前記繰出しリールが一定の第2の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第2の診断モード、および前記巻取りリールが一定の第3の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第3の診断モードをそれぞれ実行する診断モード実行部と、前記ワイヤソーの運転状態を示す複数のデータ項目について、前記第1の診断モードで得られる第1のデータ群、前記第2の診断モードで得られる第2のデータ群、および前記第3の診断モードで得られる第3のデータ群をそれぞれ取得するデータ群取得部と、複数の前記データ項目について、前記ワイヤソーの正常時における前記第1の診断モードで得られる第1の基準データ群、前記ワイヤソーの正常時における前記第2の診断モードで得られる第2の基準データ群、および前記ワイヤソーの正常時における前記第3の診断モードで得られる第3の基準データ群と、前記第1のデータ群、前記第2のデータ群、および前記第3のデータ群とをそれぞれ対比した偏差に関する偏差情報を算出する偏差情報算出部と、算出された前記偏差情報に基づいて前記ワイヤソーの異常の有無を判定する判定部と、を備える。
【0009】
また、本発明は、ワイヤによりワークの切断加工を行うワイヤソーの異常診断方法である。前記異常診断方法は、前記切断加工前に、前記加工用ローラが一定の第1の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第1の診断モード、前記繰出しリールが一定の第2の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第2の診断モード、および前記巻取りリールが一定の第3の回転速度となるように前記ワイヤソーを運転する第3の診断モードをそれぞれ実行するステップと、前記ワイヤソーの運転状態を示す複数のデータ項目について、前記第1の診断モードで得られる第1のデータ群、前記第2の診断モードで得られる第2のデータ群、および前記第3の診断モードで得られる第3のデータ群をそれぞれ取得するステップと、複数の前記データ項目について、前記ワイヤソーの正常時における前記第1の診断モードで得られる第1の基準データ群、前記ワイヤソーの正常時における前記第2の診断モードで得られる第2の基準データ群、および前記ワイヤソーの正常時における前記第3の診断モードで得られる第3の基準データ群と、前記第1のデータ群、前記第2のデータ群、および前記第3のデータ群とをそれぞれ対比した偏差に関する偏差情報を算出するステップと、算出された前記偏差情報に基づいて前記ワイヤソーの異常の有無を判定するステップと、を含む。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、ワイヤソーにおいて、切断加工前の運転状態を十分に監視して異常診断を的確に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の実施形態に係る異常診断装置が適用されるワイヤソーの概略構成を示す図である。
【
図2】ワイヤソーの制御構成を示す概略ブロック図である。
【
図3】ワイヤソーの制御装置における異常診断に関する内部構成を示す機能ブロック図である。
【
図4】本実施形態に係る異常診断方法の内容を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態について、適宜図面を参照しながら詳細に説明する。
なお、各図において、共通する構成要素や同種の構成要素については、同一の符号を付し、それらの重複する説明を適宜省略する。また、部材のサイズおよび形状は、説明の便宜のため、変形または誇張して模式的に表す場合がある。
【0013】
図1は、本発明の実施形態に係る異常診断装置が適用されるワイヤソー1の概略構成を示す図である。
図1に示すように、ワイヤソー1は、ワイヤ2によりワーク15の切断加工を行うものである。ワイヤソー1は、複数の加工用ローラ6と、ワイヤ2を加工用ローラ6に向けて繰り出す繰出しリール3と、加工用ローラ6から送られるワイヤ2を巻き取る巻取りリール9とを備えている。例えば砥粒固定型のワイヤ2が、所定間隔をおいて平行に延びる複数の加工用ローラ6に巻き掛けられている。
【0014】
加工用ローラ6の外周面には多数の環状の溝(図示省略)が所定のピッチで形成されており、複数の加工用ローラ6の各溝に、1本の線材よりなるワイヤ2が連続して巻き回されている。加工用ローラ6は、本実施形態では2本配置されている。
【0015】
ワイヤ2は、繰出しリール3から繰り出され、繰出し側のトラバース装置4、ダンサローラ装置5を経て、2本の加工用ローラ6に多重に巻き掛けられ、巻取り側のダンサローラ装置7、トラバース装置8を経て、巻取りリール9に巻き取られる。
【0016】
ワイヤ2は、2本の加工用ローラ6の間において往復走行される。この場合、ワイヤ2は、一定量前進及びその一定量前進より少ない移動量の一定量後退を交互に繰り返し、全体として歩進的に前進するように駆動される。なお、ワイヤ2は、一方向に連続して前進するように駆動されてもよい。
【0017】
トラバース装置4,8は、それぞれ繰出しリール3または巻取りリール9の軸線に対してワイヤ2を常に直交させるために設けられている。また、ダンサローラ装置5,7は、図示しないダンサローラの往復運動によってワイヤ2の往復走行を許容しながらワイヤ2に一定の張力を付与するために設けられている。
【0018】
ワイヤ2は、2本の加工用ローラ6の間で加工対象のワーク15に対向する範囲において、切断域を形成している。切断域でのワイヤ2の間隔は、加工用ローラ6の外周面に形成されている溝のピッチによって規制されている。この溝のピッチは、ワーク15を切断加工した後の板状体すなわちウェーハの厚みを決定する。
【0019】
繰出しリール3、加工用ローラ6、および巻取りリール9は、それぞれ繰出しリール駆動用のモータ11、加工用ローラ駆動用のモータ12、および巻取りリール駆動用のモータ13によって回転駆動される。これらのモータ11,12,13は、いずれも制御装置50(
図2参照)によって制御される。
【0020】
ワーク15は、2本の加工用ローラ6の間のワイヤ2の切断域に対応する位置において、加工送り用のフィード装置16に固定され、所定のフィード速度でワイヤ2の切断域に押し当てられる。フィード装置16のワークフィード用のモータ14は、例えば送りねじユニット等の回転-直線運動変換機構(図示省略)を内蔵している。ワークフィード用のモータ14は、制御装置50の制御下におかれ、ワーク15の切断加工のために、ワーク15のフィード移動量に応じて、ワーク15を所定のフィード速度で加工送り方向に移動させる。フィード移動量は、ワーク15のフィード位置ないし切り込み深さに対応しており、ワークフィード用のモータ14に連結されているエンコーダ20からの信号によって検出されるようになっている。
【0021】
繰出しリール駆動用のモータ11、加工用ローラ駆動用のモータ12、および巻取りリール駆動用のモータ13には、それぞれエンコーダ17,18,19が連結されている。したがって、繰出しリール3、加工用ローラ6、および巻取りリール9の回転速度は、それぞれエンコーダ17,18,19からの信号によって検出されるようになっている。
【0022】
図2は、ワイヤソー1の制御構成を示す概略ブロック図である。
図2に示すように、ワイヤソー1は、ワイヤソー1の各部を統括して制御する制御装置50を備えている。制御装置50は、図示しないCPU(中央演算処理装置)と、RAM、ROM、ハードディスク等の記憶部とを備えている。記憶部には、本実施形態に係る異常診断方法を実行するためのプログラムが保存されている。
【0023】
制御装置50には、エンコーダ17~20からの各信号が入力される。制御装置50は、ドライバ21~24を介して、モータ11~14の駆動をそれぞれ制御する。また、制御装置50には、入力装置25と、表示装置26とが接続されている。入力装置25は、ユーザの操作の受付け等の各種情報の入力を行う。表示装置26は、操作画面、表示画面、警告メッセージ等の各種情報を表示する。また、制御装置50には、振動検出手段31~33および温度検出手段34~36からの各信号が入力される。
【0024】
振動検出手段31は、繰出しリール3または該繰出しリール3の支持部材(図示省略)の振動特性を検出する。振動検出手段32は、加工用ローラ6または該加工用ローラ6の支持部材(図示省略)の振動特性を検出する。振動検出手段33は、巻取りリール9または該巻取りリール9の支持部材(図示省略)の振動特性を検出する。加工用ローラ6、繰出しリール3および巻取りリール9の各々の支持部材としては、例えば軸受、該軸受が設置されるケーシング等が該当する。温度検出手段34は、繰出しリール3または該繰出しリール3の支持部材の温度を検出する。温度検出手段35は、加工用ローラ6または該加工用ローラ6の支持部材の温度を検出する。温度検出手段36は、巻取りリール9または該巻取りリール9の支持部材の温度を検出する。振動検出手段32および温度検出手段35は、2本の加工用ローラ6の一方または両方に対応して設けられる。
【0025】
ワイヤソー1においては、例えば、加工用ローラ6の軸受は、通常、高荷重かつ高速で回転するため寿命が短い。また、加工用ローラ6を回転駆動する際のモータ負荷が過度に高くなる場合がある。また、ワーク15の加工領域周辺の温度上昇による熱変位によって、ワーク15を切断加工したウェーハに反りが生じる等、ワーク15の加工品質が低下する場合がある。このように、ワイヤソー1において、種々の異常が生じる可能性がある。ここで、ワイヤソー1による切断加工中に異常を察知したとしてもすぐには修復が困難な場合があり、この場合には歩留まりが低下することは避けられない。これに対して、本実施形態は、切断加工前にワイヤソー1の異常診断を行うものである。
【0026】
図3は、ワイヤソー1の制御装置50における異常診断に関する内部構成を示す機能ブロック図である。
図3に示すように、ワイヤソー1の制御装置50は、診断モード実行部51と、データ群取得部52と、基準データ群設定部53と、偏差情報算出部54と、判定部55と、要因推定部56とを備えている。
図3に示す各部は、ワイヤソー1の異常診断装置を構成しており、これら各部の機能は、制御装置50において記憶部に保存された所定のプログラムがRAM上で実行されることによって実現される。なお、
図3に示す各部は、ハードウエアで構成される制御回路であってもよい。
【0027】
診断モード実行部51は、第1の診断モード、第2の診断モード、および第3の診断モードをそれぞれ実行する。第1の診断モードは、切断加工前に、加工用ローラ6が一定の第1の回転速度となるようにワイヤソー1を運転するモードである。第2の診断モードは、切断加工前に、繰出しリール3が一定の第2の回転速度となるようにワイヤソー1を運転するモードである。第3の診断モードは、巻取りリール9が一定の第3の回転速度となるようにワイヤソー1を運転するモードである。これらの第1の診断モード、第2の診断モード、および第3の診断モードでは、ワイヤ2がワーク15に接触しない状態の運転(以下、「空運転」ともいう)が行われる。
【0028】
データ群取得部52は、第1の診断モードで得られる第1のデータ群、第2の診断モードで得られる第2のデータ群、および第3の診断モードで得られる第3のデータ群をそれぞれ取得する。第1~第3のデータ群は、ワイヤソー1の運転状態を示す複数のデータ項目について得られる。
【0029】
本実施形態では、第1のデータ群を得るときの複数のデータ項目は、加工用ローラ6を回転駆動するモータ12のトルク負荷、加工用ローラ6または該加工用ローラ6の支持部材(図示省略)の温度、および加工用ローラ6または該加工用ローラ6の支持部材の振動特性である。ただし、他のデータ項目が含まれてもよい。第2のデータ群を得るときの複数のデータ項目は、繰出しリール3を回転駆動するモータ11のトルク負荷、繰出しリール3または該繰出しリール3の支持部材(図示省略)の温度、および繰出しリール3または該繰出しリール3の支持部材の振動特性である。ただし、他のデータ項目が含まれてもよい。第3のデータ群を得るときの複数のデータ項目は、巻取りリール9を回転駆動するモータ13のトルク負荷、巻取りリール9または該巻取りリール9の支持部材(図示省略)の温度、および繰出しリール3または該繰出しリール3の支持部材の振動特性である。ただし、他のデータ項目が含まれてもよい。
【0030】
振動特性として、振幅、周波数、あるいは変化量、存在量と呼ばれる特徴量が使用され得る。モータ11~13のトルク負荷は、制御装置50からドライバ21~23にそれぞれ出力するトルク指令値、あるいはドライバ21~23からモータ11~13にそれぞれ出力する駆動電流値として求められる。
【0031】
基準データ群設定部53は、単位空間を構成するデータ群である、第1の基準データ群、第2の基準データ群、および第3の基準データ群を設定する。第1の基準データ群は、前記した第1のデータ群を得るときと同じ複数のデータ項目について、ワイヤソー1の正常時における第1の診断モードで得られる。第2の基準データ群は、前記した第2のデータ群を得るときと同じ複数のデータ項目について、ワイヤソー1の正常時における第2の診断モードで得られる。第3の基準データ群は、前記した第3のデータ群を得るときと同じ複数のデータ項目について、ワイヤソー1の正常時における第3の診断モードで得られる。第1の基準データ群、第2の基準データ群、および第3の基準データ群の設定は、第1のデータ群、第2のデータ群、および第3のデータ群の取得の前に、予め行われる。
【0032】
偏差情報算出部54は、第1の基準データ群、第2の基準データ群、および第3の基準データ群と、第1のデータ群、第2のデータ群、および第3のデータ群とをそれぞれ対比した偏差に関する偏差情報を算出する。すなわち、偏差情報は、第1の基準データ群と第1のデータ群との間の偏差に関する第1の偏差情報と、第2の基準データ群と第2のデータ群との間の偏差に関する第2の偏差情報と、第3の基準データ群と第3のデータ群との間の偏差に関する第3の偏差情報とを含む。つまり、偏差情報は、第1の診断モードで得られる第1の偏差情報と、第2の診断モードで得られる第2の偏差情報と、第3の診断モードで得られる第3の偏差情報とを含む。
【0033】
本実施形態では、第1の偏差情報は、第1の基準データ群により構成される第1の単位空間と、第1のデータ群により構成される第1の信号空間との間のマハラノビス距離である。第2の偏差情報は、第2の基準データ群により構成される第2の単位空間と、第2のデータ群により構成される第2の信号空間との間のマハラノビス距離である。第3の偏差情報は、第3の基準データ群により構成される第3の単位空間と、第3のデータ群により構成される第3の信号空間との間のマハラノビス距離である。なお、偏差情報は、機械学習により学習済みの偏差情報算出モデルによって算出されるように構成されてもよい。
【0034】
判定部55は、偏差情報算出部54によって算出された偏差情報に基づいてワイヤソー1の異常の有無を判定する。この判定は、本実施形態では、偏差情報としてのマハラノビス距離を予め設定された閾値と比較することによって行われる。すなわち、判定部55は、偏差情報算出部54によって算出されたマハラノビス距離が所定の閾値を超えていないことを監視する。
【0035】
ワイヤソー1の正常な運転状態においてはマハラノビス距離が特定の範囲内に収まる。一方で、運転状態が異常な兆候を含む場合、複数のデータ項目の相関関係が単位空間から乖離することとなる。したがって、MT法や標準化誤圧法で用いられるマハラノビス距離を算出することで、ワイヤソー1の運転状態における異常を診断することができる。
【0036】
要因推定部56は、ワイヤソー1に異常があると判定された場合、偏差情報としてのマハラノビス距離に対する複数のデータ項目の各々の寄与度に基づいて、異常の要因を推定する。
【0037】
次に、
図4を参照して、本実施形態に係る異常診断方法について説明する。
図4は、本実施形態に係る異常診断方法の内容を示すフローチャートである。
図4に示すように、診断モード実行部51は、複数の診断モードのうちの一つを実行する(ステップS1)。具体的には、まず、切断加工前に、加工用ローラ6が一定の第1の回転速度となるようにワイヤソー1を空運転する第1の診断モードを実行する。
【0038】
続いて、データ群取得部52は、ワイヤソー1の運転状態を示す複数のデータ項目について、第1の診断モードで得られる第1のデータ群を取得する(ステップS2)。
【0039】
ステップS3では、複数の診断モードの全て、すなわち第1の診断モード、第2の診断モード、および第3の診断モードの全てが実行されたか否かが判断される。複数の診断モードの全てが実行された場合(ステップS3でYes)、ステップS4に進む。複数の診断モードのうちで実行されていない診断モードが残っている場合(ステップS3でNo)、ステップS1に戻る。
【0040】
これにより、ステップS1,S2が繰り返されて、繰出しリール3が一定の第2の回転速度となるようにワイヤソー1を空運転する第2の診断モードで得られる第2のデータ群が取得される。また、巻取りリール9が一定の第3の回転速度となるようにワイヤソー1を空運転する第3の診断モードで得られる第3のデータ群が取得される。
【0041】
続いて、偏差情報算出部54は、偏差情報を算出する(ステップS4)。偏差情報は、第1の基準データ群、第2の基準データ群、および第3の基準データ群と、第1のデータ群、第2のデータ群、および第3のデータ群とをそれぞれ対比した偏差に関する情報である。ここで、第1~第3の基準データ群は、前記した複数のデータ項目について、ワイヤソー1の正常時における第1~第3の診断モードで、それぞれ予め得られる。
【0042】
ステップS5では、判定部55は、偏差情報算出部54によって算出された偏差情報に基づいてワイヤソー1の異常の有無を判定する。本実施形態では、偏差情報としてのマハラノビス距離が予め設定された閾値を超えていない場合、ワイヤソー1に異常が無いと判定される。なお、この判定は、偏差情報を構成する第1の偏差情報、第2の偏差情報、および第3の偏差情報の各々について別々に行われる。
【0043】
ワイヤソー1に異常が無いと判断された場合(ステップS5でNo)、ステップS7に進み、ワイヤソー1に異常が有ると判断された場合(ステップS5でYes)、ステップS6に進む。
【0044】
ステップS6では、要因推定部56は、偏差情報としてのマハラノビス距離に対する複数のデータ項目の各々の寄与度に基づいて、異常の要因を推定する。例えば、要因推定部56は、マハラノビス距離を大きくすることに対する寄与度が高いデータ項目を検討すべき要因として推定する。また、複数のデータ項目の各々の寄与度の分布から、より具体的な要因が、例えば経験的または実験的に推定されてもよい。
【0045】
ステップS7では、判定部55による判定結果、すなわちワイヤソー1の異常の有無が、表示装置26に表示される。また、ワイヤソー1に異常が有ると判断された場合には、要因推定部56によって推定された異常の要因が表示装置26に表示される。このとき、例えばワイヤソー1の運転停止を促す警告メッセージや、経験的または実験的に得られた対処方法等の各種情報が表示装置26に表示されてもよい。
【0046】
前記したように、本実施形態に係るワイヤソー1の異常診断装置は、切断加工前に、加工用ローラ6が一定の第1の回転速度となるようにワイヤソー1を運転する第1の診断モード、繰出しリール3が一定の第2の回転速度となるようにワイヤソー1を運転する第2の診断モード、および巻取りリール9が一定の第3の回転速度となるようにワイヤソー1を運転する第3の診断モードをそれぞれ実行する診断モード実行部51と、ワイヤソー1の運転状態を示す複数のデータ項目について、第1の診断モードで得られる第1のデータ群、第2の診断モードで得られる第2のデータ群、および第3の診断モードで得られる第3のデータ群をそれぞれ取得するデータ群取得部52と、複数の前記データ項目について、ワイヤソー1の正常時における第1の診断モードで得られる第1の基準データ群、ワイヤソー1の正常時における第2の診断モードで得られる第2の基準データ群、およびワイヤソー1の正常時における第3の診断モードで得られる第3の基準データ群と、第1のデータ群、第2のデータ群、および第3のデータ群とをそれぞれ対比した偏差に関する偏差情報を算出する偏差情報算出部54と、算出された偏差情報に基づいてワイヤソー1の異常の有無を判定する判定部55とを備えている。
【0047】
このような本実施形態では、ワイヤソー1による切断加工前に、加工用ローラ6が一定速度で回転する第1の診断モード、繰出しリール3が一定速度で回転する第2の診断モード、および巻取りリール9が一定速度で回転する第3の診断モードがそれぞれ実行される。そして、第1~第3の診断モードの各々で複数のデータ項目について第1~第3のデータ群が取得され、これらが正常時における第1~第3の基準データ群とそれぞれ対比されて算出された偏差情報に基づいて、ワイヤソー1の異常の有無が判定される。
【0048】
ワイヤソー1は、一般に、線速一定の条件で運転され、かかる運転時には、繰出しリール3および巻取りリール9の貯線量や有効径が都度変化する。さらに、メンテナンスによって加工用ローラ6の有効径が減少するように変化する場合がある。このように切断加工前の運転状態が通常ばらついており、従来技術では運転状態の監視を十分に行うことが困難であった。これに対して、本実施形態は、切断加工前に、加工用ローラ6、繰出しリール3、および巻取りリール9の回転速度をそれぞれ別個に一定に設定した第1~第3の診断モードを順次実行して、データ群を取得するようにした。
【0049】
したがって、本実施形態によれば、ワイヤソー1において、切断加工前の運転状態を十分に監視して異常診断を的確に行うことができる。これにより、切断加工中にワイヤソー1に異常が発生することを未然に防止できるため、切断加工中にワイヤソー1が停止したり修復が必要になったりすることがなく、歩留まりの向上につながる。
【0050】
また、本実施形態では、第1のデータ群および第1の基準データ群を得るときの複数のデータ項目には、加工用ローラ6を回転駆動するモータ12のトルク負荷、加工用ローラ6または該加工用ローラ6の支持部材の温度、および加工用ローラ6または該加工用ローラ6の支持部材の振動特性が含まれる。この構成では、ワイヤソー1の異常診断に特に関連性の高い加工用ローラ6に関するデータ項目についてのデータ群が得られる。これにより、有効な異常診断を効率的に行うことができる。
【0051】
また、本実施形態では、第2のデータ群および第2の基準データ群を得るときの複数のデータ項目には、繰出しリール3を回転駆動するモータ11のトルク負荷、繰出しリール3または該繰出しリール3の支持部材の温度、および繰出しリール3または該繰出しリール3の支持部材の振動特性が含まれる。この構成では、ワイヤソー1の異常診断に関連性の高い繰出しリール3に関するデータ項目についてのデータ群が得られる。これにより、有効な異常診断を効率的に行うことができる。
【0052】
また、本実施形態では、第3のデータ群および第3の基準データ群を得るときの複数のデータ項目には、巻取りリール9を回転駆動するモータ13のトルク負荷、巻取りリール9または該巻取りリール9の支持部材の温度、および巻取りリール9または該巻取りリール9の支持部材の振動特性が含まれる。この構成では、ワイヤソー1の異常診断に関連性の高い巻取りリール9に関するデータ項目についてのデータ群が得られる。これにより、有効な異常診断を効率的に行うことができる。
【0053】
また、本実施形態では、偏差情報算出部54は、予め設定された基準データ群により構成される単位空間と、取得されたデータ群により構成される信号空間との間のマハラノビス距離を偏差情報として算出する。この構成では、ワイヤソー1の異常の有無をマハラノビス距離が所定の閾値を超えたか否かで判定することができる。
【0054】
また、本実施形態は、偏差情報に対する複数のデータ項目の各々の寄与度に基づいて、異常の要因を推定する要因推定部56を備える。この構成では、ワイヤソー1において、推定された異常の要因に関係する部位の交換、修復、調整等の適切な処置を実施することが可能となる。
【0055】
以上、本発明について、実施形態に基づいて説明したが、本発明は、前記実施形態に記載した構成に限定されるものではない。本発明は、前記実施形態に記載した構成を適宜組み合わせ乃至選択することを含め、その趣旨を逸脱しない範囲において適宜その構成を変更することができるものである。また、前記実施形態の構成の一部について、追加、削除、置換をすることができる。
【0056】
例えば、加工用ローラ6は、前記した実施形態では2本配置されているが、これに限定されるものではなく、例えば逆三角形の頂点位置に3本、あるいは四角形の頂点位置に4本配置されていてもよい。
【符号の説明】
【0057】
1 ワイヤソー
2 ワイヤ
3 繰出しリール
6 加工用ローラ
9 巻取りリール
11~13 モータ
15 ワーク
31~33 振動検出手段
34~36 温度検出手段
51 診断モード実行部
52 データ群取得部
54 偏差情報算出部
55 判定部
56 要因推定部