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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023023613
(43)【公開日】2023-02-16
(54)【発明の名称】TRα遺伝子改変ウナギ
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/12 20060101AFI20230209BHJP
   A01K 67/027 20060101ALI20230209BHJP
   C12N 15/09 20060101ALI20230209BHJP
【FI】
C12N15/12
A01K67/027 ZNA
C12N15/09 100
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021129282
(22)【出願日】2021-08-05
(71)【出願人】
【識別番号】501168814
【氏名又は名称】国立研究開発法人水産研究・教育機構
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】尾▲崎▼ 雄一
(72)【発明者】
【氏名】野村 和晴
(72)【発明者】
【氏名】石川 卓
(72)【発明者】
【氏名】風藤 行紀
(72)【発明者】
【氏名】村下 幸司
(72)【発明者】
【氏名】須藤 竜介
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼崎 竜太朗
(72)【発明者】
【氏名】金子 信人
(57)【要約】
【課題】仔魚期間が短縮されたウナギ類の提供。
【解決手段】甲状腺ホルモン受容体αA(TRαA)遺伝子及び甲状腺ホルモン受容体αB(TRαB)遺伝子の機能が低下又は喪失している、ウナギ類。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
甲状腺ホルモン受容体αA(TRαA)遺伝子及び甲状腺ホルモン受容体αB(TRαB)遺伝子の機能が低下又は喪失している、ウナギ類。
【請求項2】
TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を有する、請求項1記載のウナギ類。
【請求項3】
TRαA遺伝子が以下の(a)~(c)より選ばれるいずれかであり、TRαB遺伝子が以下の(d)~(f)より選ばれるいずれかである、請求項1又は2記載のウナギ類:
(a)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1で示される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号1で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(e)配列番号3で示される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号3で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項4】
TRαA遺伝子の一部又は全部、及びTRαB遺伝子の一部又は全部をそれぞれ欠失している、請求項1~3のいずれか1項記載のウナギ類。
【請求項5】
TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を導入する工程を含む、ウナギ類の生産方法。
【請求項6】
TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を導入する工程を含む、ウナギ類の仔魚期間の生残率の向上方法。
【請求項7】
TRαA遺伝子が以下の(a)~(c)より選ばれるいずれかであり、TRαB遺伝子が以下の(d)~(f)より選ばれるいずれかである、請求項5又は6記載の方法:
(a)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1で示される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号1で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(e)配列番号3で示される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号3で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
【請求項8】
機能喪失変異の導入がTRαA遺伝子の一部又は全部、及びTRαB遺伝子の一部又は全部をそれぞれ欠失させるものである、請求項5~7のいずれか1項記載の方法。
【請求項9】
機能喪失変異の導入がゲノム編集により行われるものである、請求項5~8のいずれか1項記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、甲状腺ホルモン受容体α遺伝子を改変したウナギ及びその生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ウナギ目魚類の仔魚(レプトセファルス)は、他の魚類に比べ、長い仔魚期間を有し、大型の仔魚まで成長した後に稚魚へと変態することを特徴とする。ニホンウナギにおける現在の標準的な仔魚飼育方法では、天然環境下(ふ化後110~170日)よりも長い仔魚期間(ふ化後160~450日)を必要とする。また、稚魚期以降に比べ、仔魚期は死亡率が高く、ニホンウナギでは少数の仔魚を丁寧に飼育した場合でも稚魚(シラスウナギ)までの生残率が10%に満たない場合が多い。このため、ウナギ仔魚の飼育では、非常に多くの労力と時間を必要とする割に、稚魚までの歩留まり(生残率)が低いことが効率的な大量生産の障害となっており、飼育方法の改善による仔魚期間短縮あるいは生残率の向上が望まれる。
【0003】
一方で、飼育下におけるニホンウナギの仔魚期間の長さは、多数の遺伝子支配による遺伝形質であることが報告されている(非特許文献1)。
また、両生類では、甲状腺ホルモン受容体α(Thyroid Hormone Receptor α;TRα)遺伝子をゲノム編集技術で一部機能阻害した個体で幼生期の成長が促進され、早期に成体への変態が開始することが報告されている(非特許文献2)。
さらに、ニホンウナギでは、仔魚全期間を通じてTRα遺伝子の高い発現がみられ、仔魚期の成長や変態に関与することが示唆されているが(非特許文献3)、詳細については明らかになっていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Nomura, K. et al. Genetic parameters and quantitative trait loci analysis associated with body size and timing at metamorphosis into glass eels in captive-bred Japanese eels (Anguilla japonica). PLoS One 13, e0201784, 2018.
【非特許文献2】Wen, L. et al. Regulation of growth rate and developmental timing by Xenopus thyroid hormone receptor α. Dev. Growth Differ. 58, 106-115, 2016.
【非特許文献3】Kawakami, Y. et al. Characterization of thyroid hormone receptors during early development of the Japanese eel (Anguilla japonica). Gen. Comp. Endocrinol. 194, 300-310, 2013.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまで、遺伝的な改良を加えることでウナギの仔魚期間を短縮する技術はなかった。本発明は、仔魚期間が短縮されたウナギを提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、ウナギの甲状腺ホルモン受容体αA遺伝子及び甲状腺ホルモン受容体αB遺伝子に変異を導入し、機能を阻害することで、ウナギの仔魚期間が短縮されること、また、全く予想外にも仔魚期間の生残率が向上することを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、次の〔1〕~〔9〕を提供するものである。
〔1〕甲状腺ホルモン受容体αA(TRαA)遺伝子及び甲状腺ホルモン受容体αB(TRαB)遺伝子の機能が低下又は喪失している、ウナギ類。
〔2〕TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を有する、〔1〕記載のウナギ類。
〔3〕TRαA遺伝子が以下の(a)~(c)より選ばれるいずれかであり、TRαB遺伝子が以下の(d)~(f)より選ばれるいずれかである、〔1〕又は〔2〕記載のウナギ類:
(a)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1で示される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号1で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(e)配列番号3で示される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号3で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
〔4〕TRαA遺伝子の一部又は全部、及びTRαB遺伝子の一部又は全部をそれぞれ欠失している、〔1〕~〔3〕のいずれか1項記載のウナギ類。
〔5〕TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を導入する工程を含む、ウナギ類の生産方法。
〔6〕TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を導入する工程を含む、ウナギ類の仔魚期間の生残率の向上方法。
〔7〕TRαA遺伝子が以下の(a)~(c)より選ばれるいずれかであり、TRαB遺伝子が以下の(d)~(f)より選ばれるいずれかである、〔5〕又は〔6〕記載の方法:
(a)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1で示される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号1で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(d)配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(e)配列番号3で示される塩基配列と90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号3で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
〔8〕機能喪失変異の導入がTRαA遺伝子の一部又は全部、及びTRαB遺伝子の一部又は全部をそれぞれ欠失させるものである、〔5〕~〔7〕のいずれか1項記載の方法。
〔9〕機能喪失変異の導入がゲノム編集により行われるものである、〔5〕~〔8〕のいずれか1項記載の方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、仔魚期間が短縮され、仔魚期間の生残率が改善されたウナギ、その生産方法、及びウナギの生残率の向上方法を提供できる。斯かるウナギは、効率的な種苗生産に適した遺伝特性を有する。また、本発明のウナギは、変異を導入したF0世代の個体から仔魚期間短縮及び仔魚期間の生残率向上の効果を得ることができ、該F0個体を用いた飼育、交配を通じてその遺伝特性を大規模な養殖集団に浸透させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】対照群並びにTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子変異導入群の変態開始時日齢と変態開始率の関係を示す図。
図2】対照群並びにTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子変異導入群の生残率の推移を示す図。
図3】個体当たりのTRαA遺伝子編集率(%)と変態開始までの日数の関係(A)及び個体当たりのTRαB遺伝子編集率(%)と変態開始までの日数の関係(B)を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本明細書における塩基配列(ヌクレオチド配列)、核酸などの略号による表示は、IUPAC-IUB規定(IUPAC-IUB communication on Biological Nomenclature, Eur. J. Biochem., 138:9-37, 1984)、「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作製のためのガイドライン」(特許庁編)などの、当該分野で慣用される記号で記載されている。本明細書において「デオキシリボ核酸(DNA)」は、2本鎖DNAのみならず、それを構成するセンス鎖及びアンチセンス鎖という各1本鎖DNAを包含する。
【0011】
本明細書において、「ヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は、核酸と同義であって、DNA及びRNAの両方を含むものとする。当該DNAには、cDNA、ゲノムDNA及び合成DNAのいずれもが含まれる。また当該RNAには、total RNA、mRNA、rRNA及び合成のRNAのいずれもが含まれる。また、「ヌクレオチド」、「オリゴヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は2本鎖であっても1本鎖であってもよく、ある配列を有する「ヌクレオチド」(又は「オリゴヌクレオチド」、「ポリヌクレオチド」)といった場合、特に言及しない限り、これに相補的な配列を有する「ヌクレオチド」(又は「オリゴヌクレオチド」、「ポリヌクレオチド」)も包括的に意味するものとする。
【0012】
本明細書において、「遺伝子」とは、ゲノムDNAを含む2本鎖DNAの他、cDNAを含む1本鎖DNA(正鎖)、当該正鎖と相補的な配列を有する1本鎖DNA(相補鎖)、及びこれらの断片を包含するものであって、DNAを構成する塩基の配列情報の中に、何らかの生物学的情報が含まれているものを意味する。「遺伝子」とは、特に言及しない限り、制御領域、コード領域、エキソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0013】
本明細書において、塩基配列又はアミノ酸配列の同一性は、Lipman-Pearson法(Science,1985,227:1435-1441)によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGENETYXのホモロジー解析プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0014】
本明細書における「1個又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列」とは、好ましくは1個以上30個以下、より好ましくは1個以上15個以下、さらに好ましくは1個以上9個以下の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列をいう。また、本明細書における「1個又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換又は付加されたアミノ酸配列」とは、好ましくは1個以上10個以下、より好ましくは1個以上5個以下、さらに好ましくは1個以上3個以下のアミノ酸が欠失、挿入、置換又は付加されたアミノ酸配列をいう。本明細書において、塩基又はアミノ酸の「付加」には、配列の一末端及び両末端への塩基又はアミノ酸の付加が含まれる。
【0015】
本明細書において、「ウナギ類」とは、ウナギ科(Anguillidae)ウナギ属(Anguilla)に属する魚類を意味する。ウナギ類としては、ニホンウナギ(Anguilla japonica)、オオウナギ(Anguilla marmorata)、ヨーロッパウナギ(Anguilla anguilla)、アメリカウナギ(Anguilla rostrata)などが挙げられ、このうち、ニホンウナギが好ましい。ウナギ類は、養殖魚であっても天然魚であってもよく、その生育ステージは制限されない。
【0016】
本発明のウナギ類は、甲状腺ホルモン受容体α(Thyroid Hormone Receptor α;TRα)A遺伝子及びTRαB遺伝子の機能が低下又は喪失している。
「TRα遺伝子」は、核内受容体の1種であり、転写調節因子として甲状腺ホルモンの標的遺伝子の発現を調節する甲状腺ホルモン受容体αをコードする遺伝子である。ウナギ類のTRα遺伝子には、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の2種のアイソフォームが知られている。例えば、ニホンウナギのTRαA遺伝子は、GenBank([www.ncbi.nlm.nih.gov/genbank/])にAB678206.1として登録されており、配列番号1で示される塩基配列からなり、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしている。ニホンウナギのTRαB遺伝子は、GenBankにAB678207.1として登録されており、配列番号3で示される塩基配列からなり、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしている。
【0017】
本発明におけるTRαA遺伝子としては、具体的には以下が挙げられる。
(a)配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(b)配列番号1で示される塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(c)配列番号1で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
このうち、TRαA遺伝子としては、配列番号1で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドが好ましい。
本発明におけるTRαB遺伝子としては、具体的には以下が挙げられる。
(d)配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチド;
(e)配列番号3で示される塩基配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性を有する塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド;
(f)配列番号3で示される塩基配列に対して1又は数個の塩基が欠失、挿入、置換又は付加された塩基配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質をコードするポリヌクレオチド。
このうち、TRαB遺伝子としては、配列番号3で示される塩基配列からなるポリヌクレオチドが好ましい。
【0018】
本発明におけるTRαA遺伝子がコードするタンパク質としては、具体的には以下が挙げられる。
(g)配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(h)配列番号2で示されるアミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質;
(i)配列番号2で示されるアミノ酸配列に対して1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質。
このうち、TRαA遺伝子がコードするタンパク質としては、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるTRαが好ましい。
本発明におけるTRαB遺伝子がコードするタンパク質としては、具体的には以下が挙げられる。
(j)配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(k)配列番号4で示されるアミノ酸配列と90%以上、好ましくは95%以上、より好ましくは96%以上、さらに好ましくは97%以上、さらに好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質;
(l)配列番号4で示されるアミノ酸配列に対して1又は複数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つTRαとして機能するタンパク質。
このうち、TRαB遺伝子がコードするタンパク質としては、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるTRαが好ましい。
【0019】
TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能とは、甲状腺ホルモン受容体が本来有する機能を意味し、例えば、リガンド結合能、甲状腺ホルモンの標的遺伝子の発現調節などが挙げられる。
「TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能が低下している」とは、本発明のウナギ類において、野生型のウナギ類と比較して、TRαA遺伝子の機能が低下していること及びTRαB遺伝子の機能が低下していることを意味する。ここで、「機能の低下」とは、本発明のウナギ類における機能が、野生型における機能の例えば50%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下に低下していることを指す。一例において、「TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能が低下している」とは、本発明のウナギ類におけるTRαA遺伝子の発現量並びにTRαB遺伝子の発現量が、野生型のウナギ類と比較して、それぞれ例えば50%以下、好ましくは20%以下、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下に低下していることをいう。ここで、「遺伝子の発現」とは、遺伝子からのmRNAの発現であってもタンパク質の発現であってもよいが、好ましくはタンパク質の発現である。TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能並びに発現量は、公知の方法により測定することができる。例えば、遺伝子の発現量は、ノザンブロッティング、定量PCR等の通常の手法により測定することができる。タンパク質の発現量は、ウェスタンブロッティング、比色定量、ELISA等の通常の手法により測定することができる。尚、野生型のウナギ類とは、正常なTRαA遺伝子及び正常なTRαB遺伝子を有するウナギ類であり、好ましくはTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子以外の遺伝子構成が本発明のウナギ類と同一であるウナギ類である。
また、「TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能を喪失している」とは、本発明のウナギ類において、TRαA遺伝子の機能が検出限界以下及びTRαB遺伝子の機能が検出限界以下であることを意味する。一例において、「TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能を喪失している」とは、例えば、本発明のウナギ類におけるTRαA遺伝子の発現量及びTRαB遺伝子の発現量がそれぞれ検出限界以下であることをいう。TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能並びに発現量は、上記のとおり、公知の方法により測定することができる。
【0020】
TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能が低下又は喪失しているウナギ類は、例えば、ウナギ類のTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異(loss of function mutation、以下、単に変異と称することがある)を導入することにより取得することができる。「機能喪失変異」とは、変異が導入された遺伝子の機能が低下又は喪失する変異を意味する。すなわち、本発明のウナギ類は、好ましくは、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子のそれぞれに機能喪失変異を有する。変異が導入されるウナギ類としては、野生型のウナギ類であってもよく、当該野生型のウナギ類から人工的に育種されたウナギ類でもよく、そのゲノム中の塩基配列が欠失、挿入、置換又は付加された変異型のウナギ類又は突然変異体であってもよい。中でも、野生型のウナギ類が好ましい。導入される変異の種類としては、特に制限されず、例えば、該遺伝子の塩基配列に対する欠失、挿入、置換及び付加から選択される少なくとも1種の変異が挙げられる。欠失、挿入、置換又は付加される塩基数は、少なくとも1塩基であればよく、フレームシフトを生じる塩基数であることが好ましい。変異が導入される位置は、特に制限されず、例えば、該遺伝子のコード領域、非コード領域、プロモーター、エンハンサー等の発現制御領域のいずれであってもよい。このうち、該遺伝子のコード領域に変異を導入することが好ましく、コード領域内のより上流(翻訳開始側)に変異を導入することがより好ましい。好ましい一例において、本発明のウナギ類では、TRαA遺伝子の一部又は全部が欠失しており且つTRαB遺伝子の一部又は全部が欠失している。より好ましい一例において、本発明のウナギ類では、TRαA遺伝子の一部が欠失しており且つTRαB遺伝子の一部が欠失している。本発明のウナギ類は、変異を少なくとも一方のアレルに有していればよく、該変異を両方のアレルに有するのが好ましい。また、本発明のウナギ類は、本発明の効果を奏する限りにおいて個体を構成する少なくとも一部の細胞に変異が導入されていればよく、個体を構成する全ての細胞に変異が導入されていることが好ましい。一方で、本発明のウナギ類は、ゲノムに外来遺伝子が組み込まれていないことが好ましい。
【0021】
変異導入手段としては、公知の方法を用いることができ、具体的な方法としては、例えば、エチルメタンスルホネート、N-メチル-N-ニトロソグアニジン、亜硝酸等の化学的変異原又は紫外線、X線、ガンマ線、イオンビーム等の物理的変異原による突然変異誘発、部位特異的変異導入法などが挙げられる。部位特異的変異導入の手法としては、相同組換え法、Splicing overlap extension(SOE)PCR(Horton et al.,Gene 77,61-68,1989)を利用した方法、ODA法(Hashimoto-Gotoh et al.,Gene,152,271-276,1995)、Kunkel法(Kunkel,T.A.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,1985,82,488)、人工DNA切断酵素(artificial DNA nucleases又はProgrammable nuclease)を用いたゲノム編集、などが挙げられる。あるいは、市販の部位特異的変異導入用キットを利用することもできる。
【0022】
ゲノム編集は、ゲノム上の標的遺伝子座のDNA2本鎖を特異的に切断し、切断したDNAの修復の過程でヌクレオチドの欠失や挿入、置換を誘導したり、外来ポリヌクレオチドを挿入するなどして、ゲノムを部位特異的に改変する技術である。このような技術は、TALEN(transcription activator-like effector nuclease)、ZFN(zinc-finger nuclease)、CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)/Cas9、Homing endonuclease、compact designer TALENなどとして知られている(Nature Reviews Genetics,2014,15:321-334、Nucleic Acids Research,2011,39:e82、Nucleic Acids Research,2006,34:e149、Nature communications,2013,4:1762)。これらの技術に基づくゲノム編集のためのキットは市販されており、例えばLife technologies社、タカラバイオ株式会社などから購入することができる。
【0023】
ウナギ類のTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子への変異導入は、変異導入効率の観点から、ゲノム編集により行うのが好ましく、CRISPR/Cas9を用いるのがより好ましい。
CRISPR/Cas9によるウナギ類のTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子への変異導入は、例えば、以下のように実施することができる。すなわち、ウナギ類の受精卵に標的遺伝子(TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子)に対する一本鎖ガイドRNA(sgRNA)とCRISPR-associated protein 9(Cas9)を導入する。導入した受精卵を培養し、孵化させ、その後、通常のウナギ類の飼育方法に従い飼育する。目的の変異が導入されたか否かは、得られたウナギ類の個体からサンプルを採取して常法により解析を行い、標的遺伝子の塩基配列の確認又は標的遺伝子もしくは該標的遺伝子にコードされるタンパク質の発現量を測定することで判断できる。
【0024】
CRISPR/Cas9に用いる標的遺伝子に対するsgRNAは、標的遺伝子配列特異的なCRISPR RNA(crRNA)及びトランス活性化型crRNA(tracrRNA)を含み、crRNAは標的遺伝子内のプロトスペーサー隣接モチーフ(proto-spacer adjacent motif;PAM)の上流約20塩基からなる。sgRNAは、CRISPRdirectなどの公知の設計ツールを用いて設計でき、設計したsgRNAは合成により得ることができる。sgRNA及びCas9は、Cas9タンパク質とsgRNAからなるRNP複合体、sgRNA配列及びCas9遺伝子を含む発現プラスミド、sgRNA配列及びCas9遺伝子を含むウイルスベクター、あるいはsgRNA及びCas9mRNAの形態で受精卵等の標的細胞に導入することができる。このうち、オフターゲット作用の低減の観点から、sgRNA及びCas9は、RNP複合体として標的細胞に導入することが好ましい。導入法は、導入形態に応じて適宜選択すればよく、例えば、エレクトロポレーション、トランスフェクション、マイクロインジェクションなどが挙げられる。導入後、RNP複合体がゲノム上の標的配列に結合してPAMの3塩基上流のDNA2本鎖を切断(double-strand break;DSB)する。DSB導入後、直ちに修復されるが、その際に非相同末端結合(non-homologous end-joining;NHEJ)の経路により数塩基から数十塩基程度の挿入や欠失(insertion-deletion;Indel)が生じる(Indel mutation)。このIndelにより標的遺伝子にフレームシフト変異を導入することができるので、該標的遺伝子がコードするタンパク質が正常に発現できなくなり機能を失うことで、効率的に該標的遺伝子をノックアウトすることができる。
【0025】
ウナギ類のTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子への変異導入に用いるsgRNAは、該遺伝子の塩基配列に応じて適宜設計すればよい。sgRNAはTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子のそれぞれについて設計してもよいし、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の共通配列を標的配列としてTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に共通のsgRNAを設計してもよい。該sgRNAの具体例としては、これに限定されるものではないが、配列番号5で示されるTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に共通のアンチセンス鎖の塩基配列を標的配列とするsgRNAが挙げられる。
【0026】
受精卵に対するゲノム編集による変異導入では、受精卵あるいは初期胚(好ましくは、一細胞期胚)の細胞で変異が導入される。受精卵で両アレルに変異が導入されると遺伝的に均一な個体となるが、多くの場合、初期胚の細胞によって変異パターンが異なるモザイク個体となる。変異が導入されたF0世代の該遺伝的に均一な個体、あるいは生殖細胞に変異が導入されたモザイク個体を野生型個体と交配することで、F1ヘテロ個体を得ることができ、該F1ヘテロ個体同士を交配することで、F2ホモ個体を得ることができる。ウナギ類の交配及び飼育には、本分野で通常用いられる方法を採用すればよい。飼育にあたっては、本分野で公知の飼料を用いることができる(例えば、特開平11-253111号公報、特開2005-13116号公報、特開2017-55674号公報、特開2018-153147号公報)。後記実施例に示すように、本発明のウナギ類は、F0世代のモザイク個体から本発明の効果を奏する。よって、本発明のウナギ類には、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能が低下又は喪失している限りにおいて、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子が含む機能喪失変異についてのモザイク個体、ヘテロ個体及びホモ個体のいずれもが包含される。モザイク個体及びヘテロ個体は、個体としてはTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子がノックダウンされており、ホモ個体は、個体としては該遺伝子がノックアウトされている。
【0027】
以上の手順により、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の機能が低下又は喪失している本発明のウナギ類を生産することができる。よって、本発明はまた、ウナギ類の生産方法を提供する。該方法は、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を導入する工程を含む。該工程により得られるウナギ類は、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を含むモザイク個体であり得る。また、該方法は、機能喪失変異導入工程で得られたウナギ類を野生型のウナギ類と交配する工程をさらに含んでいてもよい。該工程により得られるウナギ類は、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を含むヘテロ個体であり得る。さらに、該方法は、交配工程で得られた複数のウナギ類を交配する工程をさらに含んでいてもよい。該工程により得られるウナギ類は、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を含むホモ個体であり得る。ウナギ類がTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を有するか否かは、該ウナギ類の個体からサンプルを採取して常法により解析を行い、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の塩基配列の確認又は該遺伝子もしくは該遺伝子にコードされるタンパク質の発現量を測定することで判断できる。例えば、遺伝子の発現量は、ノザンブロッティング、定量PCR等の通常の手法により測定することができる。タンパク質の発現量は、ウェスタンブロッティング、比色定量、ELISA等の通常の手法により測定することができる。よって、本発明の方法は、上記のそれぞれの工程に続けて、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子の塩基配列又は該遺伝子もしくは該遺伝子にコードされるタンパク質の発現量に基づき、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を有するウナギ類を選抜する工程を含んでいてもよい。
【0028】
後記実施例に示すように、本発明のウナギ類は、野生型のウナギ類と比較して、仔魚期間が有意に短縮されており、仔魚期間の生残率が有意に向上している。また、本発明のウナギ類におけるTRαA遺伝子への変異導入率(遺伝子編集率)及びTRαB遺伝子への変異導入率(遺伝子編集率)は、それぞれ、変態開始までの日数と負の相関を示すので、仔魚期間の短縮効果は、少なくともTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子のいずれか、好ましくは両遺伝子への機能喪失変異導入により奏されるものである。さらに、本発明のウナギ類は、変異導入したF0世代、すなわちモザイク個体の段階から斯かる効果を奏する。ここで、「仔魚期間」とは、孵化から変態を起こすまでのレプトケファルスの期間を意味する。また、「仔魚期間の生残率」とは、あるウナギ類の集団が仔魚期間のある時点までの一定期間後に生き残っている確率のことを意味する。斯様に、本発明のウナギ類は、効率的な種苗生産に適した遺伝特性を有しており、該ウナギ類の飼育、交配を通じて、獲得した遺伝特性を将来的に大規模な養殖集団に浸透させることも可能である。
前記非特許文献2では、両生類のTRα遺伝子に変異を導入して機能解析を行ったことが報告されているが、該変異による生残率への影響は言及も示唆もされていない。よって、本発明により得られる仔魚期間の生残率の向上効果は、全く予想外の効果である。
【0029】
本発明はまた、ウナギ類の仔魚期間の生残率の向上方法も提供する。該方法の詳細は、上記生産方法と同様である。
【実施例0030】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0031】
実施例1 TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子改変ウナギの作出
ゲノム編集により、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子改変ウナギを作出した。sgRNAの標的配列にはニホンウナギTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に共通するアンチセンス側の配列のうちPAM配列(AGG)の5’末端側の18塩基CAGGGCTCATCCTTCTCC(配列番号5)を採用した。sgRNAを100ng/μL、Cas9 RNAを100ng/μL、Cas9タンパク質(ファスマック)を500ng/μL、フェノールレッドを500ng/μLの濃度で含むリン酸緩衝生理食塩水をニホンウナギ一細胞期胚に顕微注入した(変異導入群)。対照群にはsgRNA以外を同濃度で含むリン酸緩衝生理食塩水を顕微注入した。一細胞期胚に顕微注入した受精卵は、1mLの抗生物質入り海水を満たした48穴培養プレートの各ウェルに個別に収容し、孵化後6日目まで25℃、湿度100%のインキュベータ内で維持した。
変異導入されている個体の割合を調べるため、10尾程度の孵化後2日目の仔魚をマイナス30℃で凍結した。凍結した仔魚を0.1%ノニデットP-40とプロテアーゼを2mg/mLの濃度で含む10mMトリス緩衝液中で55℃で溶解した。ゲノムDNAのうち、sgRNAの標的配列を含む領域をPCRで増幅できるようTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に特異的な配列でプライマーを設計した(TRαA用センスプライマー:TTCCTCCTCCCTAGTGCTCA(配列番号6)、アンチセンスプライマー:CACACGCTCACCTTGCAG(配列番号7)、TRαB用センスプライマー:CCTAGTTCTGAGCCTCTCTG(配列番号8)、アンチセンスプライマー:AAGCGTGTGGCTTGAGCTCT(配列番号9))。仔魚の溶解液をTRαA遺伝子またはTRαB遺伝子に特異的なプライマーを用いたPCRに供した。それぞれ増幅したPCR産物を、アクリルアミドゲルを用いたヘテロ二本鎖移動度解析に供し、遺伝子変異の有無をスメア状のバンドの有無により判断することにより、変異が導入されている個体の割合を調べた。
孵化後6日目に変異導入群と対照群の孵化仔魚をそれぞれ個別の飼育水槽(アクリル製クライゼル水槽、湛水量約5.7L)に収容し、塩分を16~17psuに調整した希釈海水を23±0.5℃に調温後、紫外線殺菌した飼育水を毎分0.9~1.0L/分になるように注水して、常時換水しながら飼育した。給餌は、孵化後7日目から9、11、13、15、17時の1日5回、特開2018-153147号公報の表1に記載のウナギ仔魚用懸濁態飼料を組み合わせて1回あたり10~15mL給餌した。給餌時は注水を停止して、飼料を水槽底面にピペットを用いて展開し、その状態で15分間維持して仔魚に摂餌を促した後、注水を再開して残餌を水槽外に排出して水槽内の飼育水を清浄な状態に維持した。照度は給餌中のみ1,000lx程度とし、給餌以外の時間帯は10lx以下とした。毎日、最終給餌後に仔魚を新しい水槽に移し、使用済み水槽は清掃して十分に乾燥させ、翌日に再び使用した。死亡魚は水槽から除去し、日齢を記録した。50日齢及び100日齢に各水槽より無作為に20尾以上の仔魚を取り上げ、2-フェノキシエタノールを400ppmになるように調整した希釈海水中で麻酔をかけた後、デジタルカメラを用いて写真撮影し、画像データより全長及び体高の表現型データを記録した。また、全生残尾数を計数して、収容時(6日齢)の尾数を分母として各日齢の生残率を算出した。
変態開始の兆候がみられた個体(肛門位置の前方への移動、体高の低下など)は飼育水槽より取り上げ、上記と同方法にて麻酔後写真撮影を行い、変態開始時の日齢ならびに体型に関する表現型データを記録した。その後、容量250mLのポリカーボネート製容器に個別に収容して飼育水を注水し、無給餌で維持して変態が進行するのを観察した。体型が完全にシラスウナギ型に変化した時点を変態完了と定義して、変態完了時の日齢を記録した。
上記の操作を5ロット分のニホンウナギについて実施した。
個体当たりの遺伝子編集率と変態開始までの日数との相関を調べるため、2から5ロット目に関しては、変態完了後のシラスウナギを-80℃で凍結した。凍結したシラスウナギから、ゲノムDNA抽出用の市販キット(DNeasy Blood & Tissue Kit、キアゲン)を用いてゲノムDNAを抽出した。抽出したDNAを鋳型に、上記に示したsgRNAの標的配列を含む領域をPCRで増幅できるTRαA遺伝子に特異的なプライマー(配列番号6及びアンチセンスプライマー:TGAATGCGTGCGTCTCCGT(配列番号10))及びTRαB遺伝子に特異的なプライマー(配列番号8及び9)を用いて増幅したPCR産物を次世代シーケンサーを用いたシーケンス解析に供した。配列を決定した全PCR産物のうち本来の配列とは異なる変異が導入されている配列の割合を遺伝子編集率(%)とし、変態開始までの日数との相関を調べた。
【0032】
得られた各ロットのTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子変異導入群並びに対照群のウナギについて、飼育開始時個体数、変異導入率、変態開始個体数、変態完了個体数、100日齢の生残率、変態開始時(肛門前長/全長<70%)の日齢(最初の個体の日齢、平均日齢)を下記表1に示す。
【0033】
【表1】
【0034】
また、ロット1~5の5ロット分のデータをまとめ、変態開始までの日齢について、Kaplan-Maier法による生存時間分析を用いて、対照群と変異導入群の比較を行なった。100日齢以降に変態開始前に死亡した個体は、死亡した日齢を打ち切りデータとして生存時間分析に含めた。変態開始時の日齢と変態開始率の関係を表2及び図1に示す。変異導入群と対照群の群間の検定には、ログランク検定及びWilcoxon検定を用い、p値<0.05を有意とした。
【0035】
【表2】
【0036】
表1及び2並びに図1に示すように、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子変異導入群では、対照群に比して、変態開始時日齢が短くなっていた。死亡による打ち切りを考慮した両群の変態開始時日齢の中央値を比較すると、変異導入群において対照群より約44日も短縮されていた。変異導入群と対照群の群間のログランク検定及びWilcoxon検定では、いずれもp値が<0.0001となり、両群間に有意差が認められた。すなわち、変異導入群では、対照群に比して、仔魚期間が有意に短縮されていた。
【0037】
さらに、ロット1~5の5ロット分のデータをまとめ、変異導入群と対照群について、6日齢の生残率を100(%)としたときの50日齢、100日齢、及び変態開始時の生残率(平均(%)±標準誤差)を算出した。変異導入群と対照群の群間の検定には、Kruskal-Wallisの順位和検定を用い、p<0.05を有意とした。結果を図2に示す。
図2に示すように、変異導入群では、対照群に比して、50日齢の生残率が改善され、100日齢、及び変態開始時の生残率が有意に改善されていた。
以上の結果から、ウナギのTRαA遺伝子及びTRαB遺伝子に機能喪失変異を導入することで、仔魚期間を短縮でき、また、仔魚期間の生残率を改善できることが示された。
【0038】
個体当たりのTRαA遺伝子編集率と変態開始までの日数との相関を図3(A)に、個体当たりのTRαB遺伝子編集率と変態開始までの日数との相関を図3(B)に示す。図3に示すように、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子ともに、遺伝子編集率と変態開始までの日数に負の相関が認められた。よって、TRαA遺伝子及びTRαB遺伝子のいずれか、もしくは両遺伝子の変異により仔魚期間が短縮されることが明らかとなった。
図1
図2
図3
【配列表】
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