(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023000239
(43)【公開日】2023-01-04
(54)【発明の名称】マイクロ波の周波数決定方法、レベル計測装置及びレベル計測方法
(51)【国際特許分類】
G01F 23/284 20060101AFI20221222BHJP
C21C 5/46 20060101ALI20221222BHJP
F27D 21/00 20060101ALI20221222BHJP
G01S 13/08 20060101ALI20221222BHJP
G01S 13/34 20060101ALI20221222BHJP
【FI】
G01F23/284
C21C5/46 B
F27D21/00 N
G01S13/08
G01S13/34
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021100947
(22)【出願日】2021-06-17
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】弁理士法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】木下 貴博
(72)【発明者】
【氏名】杉橋 敦史
【テーマコード(参考)】
2F014
4K056
4K070
5J070
【Fターム(参考)】
2F014AB02
2F014AC06
2F014FC01
4K056AA02
4K056BA01
4K056CA02
4K056FA17
4K070BE20
5J070AB17
5J070AC02
5J070AC20
5J070AD01
5J070AD02
5J070AE07
5J070AH25
5J070AH31
5J070AH35
5J070AK22
(57)【要約】
【課題】炉内の浴面のレベルをマイクロ波を用いて計測するレベル計測装置において、適切なマイクロ波の周波数を決定する方法等を提供する。
【解決手段】本発明は、アンテナ10及び信号処理部20を備え、炉1内の浴面3に向けてマイクロ波を送受信することで、浴面のレベルを計測するレベル計測装置100において、適切なマイクロ波の周波数を決定する方法である。本発明は、炉内の粉塵によるマイクロ波の減衰量と、アンテナのアンテナ利得とによって表される、マイクロ波の受信信号強度を、マイクロ波の周波数の関数として算出し、信号処理部の熱雑音と、浴面からの輻射ノイズとによって表されるノイズレベルを、マイクロ波の周波数の関数として算出し、マイクロ波の受信信号強度と、ノイズレベルとによって決まるSN比が、所定のしきい値以上となるように、マイクロ波の周波数を決定する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
炉内の浴面のレベルを計測するレベル計測装置で用いる、マイクロ波の周波数を決定するマイクロ波の周波数決定方法であって、
前記レベル計測装置は、前記浴面に向けてマイクロ波を送信し、前記浴面で反射した前記マイクロ波を受信するアンテナと、前記アンテナが受信した前記マイクロ波に基づいて前記浴面のレベルを算出する信号処理部と、を有し、
前記炉内の粉塵による前記マイクロ波の減衰量と、前記アンテナのアンテナ利得とによって表される、前記マイクロ波の受信信号強度を、前記マイクロ波の周波数の関数として算出する受信信号強度算出工程と、
前記信号処理部の熱雑音と、前記浴面からの輻射ノイズとによって表されるノイズレベルを、前記マイクロ波の周波数の関数として算出するノイズレベル算出工程と、
前記受信信号強度算出工程で算出された前記マイクロ波の受信信号強度と、前記ノイズレベル算出工程で算出された前記ノイズレベルとによって決まるSN比が、所定のしきい値以上となるように、前記マイクロ波の周波数を決定する周波数決定工程と、
を有する、マイクロ波の周波数決定方法。
【請求項2】
前記受信信号強度算出工程において、以下の式(1)~式(5)に基づき、前記炉内の粉塵による前記マイクロ波の減衰量を算出する、請求項1に記載のマイクロ波の周波数決定方法。
【数21】
上記の式(1)において、A[dB/m]は前記アンテナから送信されたマイクロ波の単位長さ当たりの減衰量、f[Hz]は前記マイクロ波の周波数を示す。上記の式(2)及び式(3)において、πは円周率、c[m/s]は光速、d[kg/m
3]は粉塵濃度、ρ[kg/m
3]は粉塵粒子の真比重、D[m]は粉塵粒子の粒径(直径)、V
D[m
3]は粒径Dの単一の粉塵粒子の体積、q
Dは粉塵粒子の粒子数基準の粒径分布を示す。上記の式(4)及び式(5)において、ε
rは粉塵粒子の複素比誘電率、μ
rは粉塵粒子の複素比透磁率を示す。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のマイクロ波の周波数決定方法によって決定した周波数のマイクロ波を用いる、前記レベル計測装置。
【請求項4】
周波数が15~19GHzのマイクロ波を用いる、請求項3に記載のレベル計測装置。
【請求項5】
請求項1又は2に記載のマイクロ波の周波数決定方法によって決定した周波数のマイクロ波を用いた前記レベル計測装置を用いて、前記浴面のレベルを計測するレベル計測方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転炉のスラグ面等、炉内の浴面のレベルをマイクロ波を用いて計測するレベル計測装置において、適切なマイクロ波の周波数を決定する方法、これを用いたレベル計測装置及びレベル計測方法に関する。
【背景技術】
【0002】
転炉における製鋼プロセスでは、転炉内に溶銑を装入し、溶銑に対してランスから酸素等のガスを吹き込む吹錬を行うことによって、溶銑の成分を調整し、溶鋼を生成する。転炉内の溶融物(溶銑又は溶鋼)の表面には、吹錬の進行に伴って、スラグが生成される。
【0003】
上記の製鋼プロセスにおいて、その生産性を向上させるには、ランスから吹き込むガスの流速(送酸速度)を高めて、吹錬に要する時間を短縮することが重要となる。しかしながら、過度にガスの流速を高めると、スロッピング(フォーミングしたスラグが炉口から溢れる現象)や、スピッティング(噴流によりスラグが飛散する現象)が発生して、歩留まりの低下を招くだけでなく、炉口や排気フード等に地金やスラグが付着して操業が阻害される等の問題が生じる可能性がある。
【0004】
したがって、生産性を向上させるには、転炉内の浴面(スラグ面)のレベルをリアルタイムで正確に計測し、スロッピング等の予兆となるスラグのフォーミング等の挙動をリアルタイムで正確に把握することが重要となる。
【0005】
このため、例えば、特許文献1、2に示すように、転炉内に装入された溶融物のスラグ面のレベルをマイクロ波を用いて計測するレーダ方式のレベル計測装置が提案されている。
【0006】
吹錬中(特に、脱炭吹錬中)の炉内は、浴面からの発塵が多いため、カメラやレーザを用いて浴面のレベルを計測することは困難である。また、可視光に比べて波長の長いマイクロ波を用いたとしても、粉塵によってマイクロ波がある程度減衰することが避けられないため、できるだけ周波数の低いマイクロ波を使用することが望ましい。このような観点から、特許文献1及び特許文献2に記載のレベル計測装置では、Xバンド帯以下(約10GHz以下)の周波数のマイクロ波を用いている。
【0007】
しかしながら、転炉の排気フードに設けることのできる開口部の大きさには制約があるため、この開口部に設置できるレベル計測装置のアンテナの大きさにも上限がある(例えば、送信用のアンテナと受信用のアンテナとの合計で600mm以下等)。アンテナの大きさが一定の場合、マイクロ波の周波数が高いほどアンテナ利得が大きくなり、マイクロ波の受信信号強度が大きくなる。逆に、アンテナの大きさを一定にしてマイクロ波の周波数を低くした場合、アンテナ利得が小さくなり、マイクロ波の受信信号強度が小さくなる。
【0008】
つまり、マイクロ波の粉塵透過性と、アンテナのアンテナ利得とは、トレードオフの関係にあり、単に周波数を低くして粉塵透過性を向上させただけでは、浴面のレベルを精度良く測定することができない。したがって、粉塵透過性及びアンテナ利得の双方を両立させる適切なマイクロ波の周波数を選定する必要がある。
【0009】
なお、非特許文献1には、レーダ方式によるリモートセンシングの基礎的な理論が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2016-180126号公報
【特許文献2】特開2018-53347号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】深尾昌一郎、浜津享助、“気象と大気のレーダーリモートセンシング”、京都大学学術出版会、2005
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、転炉のスラグ面等、炉内の浴面のレベルをマイクロ波を用いて計測するレベル計測装置において、適切なマイクロ波の周波数を決定する方法、これを用いたレベル計測装置及びレベル計測方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
前記課題を解決するため、本発明は、炉内の浴面のレベルを計測するレベル計測装置で用いる、マイクロ波の周波数を決定するマイクロ波の周波数決定方法であって、
前記レベル計測装置は、前記浴面に向けてマイクロ波を送信し、前記浴面で反射した前記マイクロ波を受信するアンテナと、前記アンテナが受信した前記マイクロ波に基づいて前記浴面のレベルを算出する信号処理部と、を有し、前記炉内の粉塵による前記マイクロ波の減衰量と、前記アンテナのアンテナ利得とによって表される、前記マイクロ波の受信信号強度を、前記マイクロ波の周波数の関数として算出する受信信号強度算出工程と、前記信号処理部の熱雑音と、前記浴面からの輻射ノイズとによって表されるノイズレベルを、前記マイクロ波の周波数の関数として算出するノイズレベル算出工程と、前記受信信号強度算出工程で算出された前記マイクロ波の受信信号強度と、前記ノイズレベル算出工程で算出された前記ノイズレベルとによって決まるSN比が、所定のしきい値以上となるように、前記マイクロ波の周波数を決定する周波数決定工程と、を有する、マイクロ波の周波数決定方法を提供する。
【0014】
本発明に係る周波数決定方法によれば、受信信号強度算出工程において、炉内の粉塵によるマイクロ波の減衰量と、アンテナのアンテナ利得とによって表される、マイクロ波の受信信号強度を、マイクロ波の周波数の関数として算出する。換言すれば、粉塵透過性及びアンテナ利得の双方の周波数依存性を考慮してマイクロ波の受信信号強度を算出する。また、ノイズレベル算出工程において、レベル計測装置の信号処理部の熱雑音と、浴面からの輻射ノイズとによって表されるノイズレベルを、マイクロ波の周波数の関数として算出する。すなわち、受信信号強度算出工程及びノイズレベル算出工程によって、マイクロ波の受信信号強度及びノイズレベルの双方をマイクロ波の周波数の関数として算出する。
本発明に係る周波数決定方法によれば、マイクロ波の受信信号強度及びノイズレベルの双方がマイクロ波の周波数の関数で表されるため、周波数決定工程において、マイクロ波の受信信号強度とノイズレベルとによって決まるSN比が、所定のしきい値以上となるように、マイクロ波の周波数を決定することが可能である。すなわち、SN比が所定のしきい値以上となる適切なマイクロ波の周波数を決定することが可能である。
【0015】
具体的には、例えば、前記受信信号強度算出工程において、以下の式(1)~式(5)に基づき、前記炉内の粉塵による前記マイクロ波の減衰量を算出することができる。
【数1】
上記の式(1)において、A[dB/m]は前記アンテナから送信されたマイクロ波の単位長さ当たりの減衰量、f[Hz]は前記マイクロ波の周波数を示す。上記の式(2)及び式(3)において、πは円周率、c[m/s]は光速、d[kg/m
3]は粉塵濃度、ρ[kg/m
3]は粉塵粒子の真比重、D[m]は粉塵粒子の粒径(直径)、V
D[m
3]は粒径Dの単一の粉塵粒子の体積、q
Dは粉塵粒子の粒子数基準の粒径分布を示す。上記の式(4)及び式(5)において、ε
rは粉塵粒子の複素比誘電率、μ
rは粉塵粒子の複素比透磁率を示す。
【0016】
また、前記課題を解決するため、本発明は、上述のマイクロ波の周波数決定方法によって決定した周波数のマイクロ波を用いる、前記レベル計測装置としても提供される。また、本発明は、上述のマイクロ波の周波数決定方法によって決定した周波数のマイクロ波を用いた前記レベル計測装置を用いて、前記浴面のレベルを計測するレベル計測方法としても提供される。
本発明に係るレベル計測装置及びレベル計測方法によれば、本発明に係る周波数決定方法によって決定した適切な周波数のマイクロ波を用いて、浴面のレベルを精度良く計測することが可能である。
【0017】
本発明に係るレベル計測装置及びレベル計測方法では、例えば、周波数が15~19GHzのマイクロ波を用いて、前記浴面のレベルを計測することが考えられる。
【0018】
本発明に係るレベル計測装置及びレベル計測方法は、前記炉が転炉であり、前記浴面がスラグ面である場合に好適に用いられる。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、炉内の浴面のレベルをマイクロ波を用いて計測するレベル計測装置において、適切なマイクロ波の周波数を決定することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】転炉及び本発明の一実施形態に係るレベル計測装置の概略構成を模式的に説明する説明図である。
【
図2】
図1に示すアンテナから送信される送信波と、アンテナで受信される受信波との関係を模式的に説明する説明図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係るマイクロ波の周波数決定方法が有する工程を示すフロー図である。
【
図4】実施例で用いた粉塵粒子の粒子数基準の粒径分布を示す図である。
【
図5】実施例において、受信信号強度、ノイズレベル及びSN比を周波数の関数として算出した結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の一実施形態について、レベルを計測する対象である炉が転炉であり、レベルを計測する炉内の浴面がスラグ面である場合を例に挙げて説明する。
図1は、転炉及び本実施形態に係るレベル計測装置の概略構成を模式的に説明する説明図である。
図1(a)は転炉及びレベル計測装置の全体構成を示す図であり、
図1(b)はレベル計測装置の回路構成を示す図である。
【0022】
図1(a)に示すように、転炉における製鋼プロセスでは、転炉1内に溶銑2を装入し、溶銑2に対してランス4から酸素等のガスを吹き込む吹錬を行うことによって、溶銑2の成分を調整し、溶鋼を生成する。転炉1内の溶融物(溶銑2又は溶鋼)の表面には、吹錬の進行に伴って、スラグが生成される。本実施形態に係るレベル計測装置100は、転炉1内に生成されるスラグの表面(スラグ面)3のレベルをリアルタイムで計測する。スラグ面3のレベルとは、転炉1の炉底や所定の基準位置から見た、スラグ面3の高さを意味する。
【0023】
転炉1内で行われる吹錬により、転炉1内に蒸気や粉塵(ダスト)等が発生するため、発生する粉塵等が外部環境に放出されないように、転炉1の炉口付近に排気フード5が設けられている。この排気フード5には、ランス4を転炉1内に挿入するための開口部51や、レベル計測装置100が備えるアンテナ10が配置される開口部52が形成されている。
【0024】
図1に示すように、レベル計測装置100は、炉内の浴面であるスラグ面3に向けてマイクロ波を送信し、スラグ面3で反射したマイクロ波を受信するアンテナ10と、アンテナ10に接続され、アンテナ10が受信したマイクロ波に基づいてスラグ面3のレベルを算出する信号処理部20と、を備える。なお、本実施形態の信号処理部20は、アンテナ10からのマイクロ波の送信を制御する機能も有する。
本実施形態では、アンテナ10として、マイクロ波送信用のアンテナ10aと、マイクロ波受信用のアンテナ10bと、を具備する。アンテナ10a、10bは、円錐形のホーンアンテナである。
図1(a)に破線の矢符で示すように、送信用アンテナ10aから転炉1内のスラグ面3に向けてマイクロ波が送信され、スラグ面3で反射したマイクロ波が受信用アンテナ10bで受信され、信号処理部20での演算により、スラグ面3のレベルが計測される。ただし、本発明はこれに限るものではなく、送信用と受信用を兼ねる単一のアンテナ10を用いることも可能である。
【0025】
本実施形態の信号処理部20は、送信用アンテナ10aからスラグ面3に向けて送信するマイクロ波(以下、適宜「送信波」という)と、スラグ面3で反射し受信用アンテナ10bで受信されるマイクロ波(以下、適宜「受信波」という)とを混合することによって生じるビート波を利用する、いわゆるFM-CW方式で、スラグ面3のレベルを計測する構成である。ただし、本発明はこれに限るものではなく、単一周波数のマイクロ波の位相差を用いる等、他の方式でスラグ面3のレベルを計測する構成を採用することも可能である。
図1(b)に示すように、本実施形態の信号処理部20は、発振器21と、パワーアンプ22と、ミキサ23と、ローノイズアンプ24と、IFアンプ25と、ローパスフィルタ26と、AD変換器27と、コンピュータ28と、を具備する。
【0026】
図2は、アンテナ10から送信される送信波と、アンテナ10で受信される受信波との関係を模式的に説明する説明図である。
信号処理部20の発振器21では、周波数変調した波形、すなわち、時間の経過と共に周波数が変化する波形を生成し、この波形をパワーアンプ22及びミキサ23に送信する。パワーアンプ22は、この波形を増幅した後、送信用アンテナ10aに送信する。これにより、送信用アンテナ10aから、
図2に示すように周波数fが掃引周期毎に直線的に変化する送信波が送信される。
図2に示す例では、送信波の周波数変調の幅がF[Hz]であり、掃引周期がST[s]の送信波が送信される。
【0027】
一方、
図2に示すように、受信用アンテナ10bで受信される受信波も、送信波と同様に、周波数変調の幅がF[Hz]であり、掃引周期がST[s]である。ただし、受信波は、送信波に対して、測定対象であるスラグ面3までの距離Rに比例する時間遅れΔt[s]を生じることになる。この時間遅れΔt[s]は、同時刻における送信波と受信波との周波数の差Δf[Hz]に比例する。この受信波はローノイズアンプ24で増幅された後、ミキサ23に送信される。ミキサ23では、送信波と受信波とが混合され(正確には、発振器21の出力波形とローノイズアンプ24の出力波形とが混合され)、周波数Δfを有するビート波が生成される。
【0028】
ミキサ23で生成されたビート波は、IFアンプ25で増幅され、ローパスフィルタ26で不要な高周波成分が除去された後、AD変換器27でAD変換されて、コンピュータ28に取り込まれる。コンピュータ28には、FFT(高速フーリエ変換)処理等を実行するためのプログラムがインストールされており、コンピュータ28がAD変換後のビート波にFFT処理を実行することで、周波数を横軸とするパワースペクトルが生成される。このパワースペクトルのピーク位置を検出することで、周波数Δfを特定し、この特定した周波数Δfから、時間遅れΔt、ひいてはスラグ面3までの距離Rを算出することが可能である。
なお、周波数を横軸とするパワースペクトルの代わりに、各周波数に対応する距離を横軸とするパワースペクトルを生成し、このパワースペクトルのピーク位置を検出することで、スラグ面3までの距離Rを直接算出することも可能である。
【0029】
本実施形態に係るレベル計測装置100は、以上のようにして、スラグ面3までの距離R、ひいてはスラグ面3のレベルを計測可能であるが、用いるマイクロ波の周波数f(発振器21で生成する波形の周波数fに相当)の決定方法に特徴を有する。以下、この点について説明する。
【0030】
図3は、本実施形態に係るマイクロ波の周波数決定方法が有する工程を示すフロー図である。
図3に示すように、本実施形態に係る周波数決定方法は、受信信号強度算出工程ST1と、ノイズレベル算出工程ST2と、周波数決定工程ST3と、を有する。以下、各工程ST1~ST3について説明する。
【0031】
<受信信号強度算出工程ST1>
受信信号強度算出工程ST1では、転炉1内の粉塵によるマイクロ波の減衰量と、アンテナ10のアンテナ利得とによって表される、マイクロ波の受信信号強度(具体的には、受信用アンテナ10bで受信される受信波の強度)を、マイクロ波の周波数fの関数として算出する。
【0032】
[粉塵によるマイクロ波の減衰量]
粉塵によるマイクロ波の減衰量は、転炉1内の溶融物の上方で飛散している粉塵粒子によるマイクロ波の散乱モデルによって定量化することができる。アンテナ10から送信されたマイクロ波(電磁波)の単位長さ当たりの減衰量Aは、その単位を[dB/m]とし、減衰する側を正の値とすると、マイクロ波の周波数をf[Hz]として、以下の式(1)で表される。
【数2】
上記の式(1)において、α、βは、それぞれ以下の式(2)及び式(3)で表される。なお、式(1)において、αに比例する項(4.34×αf
4)はレイリー散乱を表し、βに比例する項(4.34×βf)は吸収減衰を表す。
【数3】
【数4】
上記の式(2)及び式(3)において、πは円周率、c[m/s]は光速、d[kg/m
3]は粉塵濃度(ダスト濃度)、ρ[kg/m
3]は粉塵粒子の真比重、D[m]は粉塵粒子の粒径(直径)、V
D[m
3]は粒径Dの単一の粉塵粒子の体積、q
Dは粉塵粒子の粒子数基準の粒径分布を示す。
式(2)におけるK
αの右側に位置する項(以下の(2a)に示す項)は、飛散している全ての粉塵粒子の影響を考慮するために、粉塵粒子の粒径Dに依存する影響因子D
6を粒子数基準の粒径分布q
Dで重み付け平均することを意味する。同様に、式(3)におけるK
βの右側に位置する項(以下の(3a)に示す項)は、飛散している全ての粉塵粒子の影響を考慮するために、粉塵粒子の粒径Dに依存する影響因子D
3を粒子数基準の粒径分布q
Dで重み付け平均することを意味する。
【数5】
【数6】
【0033】
また、上記の式(2)におけるK
αは、以下の式(4)で表され、上記の式(3)におけるK
βは、以下の式(5)で表される。
【数7】
【数8】
上記の式(4)及び式(5)において、ε
rは粉塵粒子の複素比誘電率、μ
rは粉塵粒子の複素比透磁率を示す。
なお、式(4)で表されるK
α及び式(5)で表されるK
βについては、それぞれ複素比誘電率のみを考慮した以下の式(4a)及び式(5a)が公知である。具体的には、例えば、非特許文献1の第42頁に記載の式(3.17)を第51頁に記載の式(3.66)に当てはめて、散乱と吸収とに分けて記述すれば、式(4a)及び式(5a)が得られる。
【数9】
【数10】
しかしながら、転炉1内で飛散している粉塵粒子には、酸化鉄や金属鉄等の磁性体も含まれていることから、本実施形態では、磁気双極子の影響を考慮して、式(4)及び式(5)に示すように、複素比透磁率μ
rを含む形に修正している。
【0034】
以上に説明した式(1)は、マイクロ波の周波数fが高いほど、粉塵粒子によるマイクロ波の減衰量(マイクロ波の単位長さ当たりの減衰量A)が大きくなることを示している。
【0035】
[アンテナ10のアンテナ利得]
レベル計測装置100の性能を決定するアンテナ10のアンテナ利得Gは、以下の式(6)で表される。
【数11】
上記の式(6)において、ηはアンテナ10の開口効率、r[m]はアンテナ10の半径、λ[m]はマイクロ波の波長を示す。
なお、上記の式(6)は、非特許文献1の第23頁に記載の式(2.83)に有効開口面積Ae=η×πr
2を代入することにより得られる。
【0036】
光速c、周波数f及び波長λの間には、c=fλが成り立つため、上記の式(6)は、以下の式(7)に書き換えることができる。
【数12】
上記の式(7)を単位dBiで書き換えると、以下の式(8)となる。
【数13】
上記の式(7)及び式(8)は、マイクロ波の周波数fが高いほど、アンテナ10のアンテナ利得Gが大きくなることを示している。
【0037】
[受信信号強度の算出]
受信信号強度算出工程ST1では、以上に説明した、マイクロ波の単位長さ当たりの減衰量Aと、アンテナ10のアンテナ利得Gとを用いて、以下の式(9)に基づき、マイクロ波の受信信号強度P
rを算出する。
【数14】
上記の式(9)において、Pt[dB]はマイクロ波の送信信号強度(具体的には、送信用アンテナ10aから送信される送信波の強度)、σ[dBsm]は測定対象であるスラグ面3のレーダ反射断面積を示す。
なお、非特許文献1の第38頁に記載の式(3.8)をdB単位に変換すると、粉塵粒子によるマイクロ波の減衰量を考慮していない、一般的なレーダ方程式である、以下の式(9a)が得られる。
【数15】
上記の式(9)は、この式(9a)に、スラグ面3までの往復距離2Rでのマイクロ波の減衰量の項である-2ARを加えると共に、c=fλに基づき、波長λを周波数f及び光速cで書き換えたものである。
【0038】
測定対象であるスラグ面3のレーダ反射断面積σ、粉塵粒子の複素比誘電率εr、粉塵粒子の複素比透磁率μr、粉塵粒子の粒子数基準の粒径分布qD、粉塵粒子の真比重ρ、粉塵濃度dを予め求めておき、想定されるスラグ面3までの最大距離を式(9)で用いる距離Rとして決定し、式(9)のAとGとに、それぞれ式(1)及び式(8)を代入すれば、式(9)はマイクロ波の周波数fの関数で表される。このため、周波数fに対してマイクロ波の受信信号強度Prを計算することができる。
なお、スラグ面3のレーダ反射断面積σは、例えば、有限要素法による電磁場解析を用いたり、スラグ面3からのマイクロ波の受信信号強度を予め実測しておくことで、算出可能である。また、実測粒径分布qDは、例えば、排気フード5を通る粉塵粒子を収集し、収集した粉塵粒子に対して光学式の粒度分布計を用いて測定可能である。また、粉塵濃度dは、例えば、排気フード5に光学式のダスト濃度計を取り付けることで測定可能である。
【0039】
<ノイズレベル算出工程ST2>
ノイズレベル算出工程ST2では、信号処理部20(具体的には、AD変換器27)の熱雑音と、スラグ面3からの輻射ノイズとによって表されるノイズレベルを、マイクロ波の周波数fの関数として算出する。
【0040】
[AD変換器27の熱雑音]
レベル計測装置100に生じる主たるノイズは、信号処理部20の熱雑音、特に、AD変換器27の熱雑音である。AD変換器27の熱雑音N
tは、以下の式(10)で表される。
【数16】
上記の式(10)において、kB[m
2kg/s
2K]はボルツマン定数、f
s[Hz]はAD変換器27のサンプリング周波数(AD変換器27で取得できる周波数の帯域幅の2倍に相当)、T[K]はAD変換器27の温度を示す。
【0041】
[スラグ面3からの輻射ノイズ]
本実施形態では、転炉1内の溶融物が1000℃以上の高温であるため、スラグ面3からのマイクロ波帯の電磁波の放射の影響が無視できない。スラグ面3から放射された電磁波はインコヒーレントであるため、受信用アンテナ10bではホワイトノイズとして検出される。このホワイトノイズに対応する信号は、ミキサ23にて送信波(発振器21の出力波形)と混合された後、IFアンプ25で増幅され、ローパスフィルタ26を通過し、AD変換器27でAD変換されて、コンピュータ28に取り込まれる。そこで、ローパスフィルタ26のカットオフ周波数で決められる帯域幅の放射エネルギーを輻射ノイズの大きさとして考えることとする。したがって、輻射ノイズN
rを算出するに際しては、プランクの法則に従って、以下の式(11)で表される、単位帯域幅当たりで且つ単位立体角当たりの分光放射輝度L(λ,T
t)を算出する。
【数17】
そして、ローパスフィルタ26のカットオフ周波数で決められる帯域幅によって算出される波長幅Δλ、発熱源であるスラグ面3のうち受信用アンテナ10bの視野に入る面積S、アンテナ10に入り込む立体角Ωを分光放射輝度L(λ,T
t)に乗算して、dB単位に変換すると、輻射ノイズN
rは、以下の式(12)で表される。
【数18】
上記の式(11)及び式(12)において、C
1は放射の第1定数、C
2は放射の第2定数、T
t[K]は測定対象であるスラグ面3の温度である。
【0042】
[ノイズレベルの算出]
以上に説明したAD変換器27の熱雑音N
tと輻射ノイズN
rとの和に、信号処理部20を構成する回路の雑音指数NF[dB]を加えたものが、AD変換器27に入力されるノイズとなる。このノイズは、コンピュータ28で信号処理を施すことにより低減可能である。ノイズを低減するための信号処理としては、例えば、FFT処理、オーバーサンプリング及びコヒーレント積分の3つの処理が考えられる。これら3つの処理を合わせたノイズの低減代N
sは、FFT点数をN
FFT、AD変換器27のサンプリング周波数を前述のようにf
s、コヒーレント積分回数をn、ローパスフィルタ26を通過後の中間周波数信号の帯域幅(ビート波が取り得る周波数の帯域幅)をBWとすると、以下の式(13)で表される。
【数19】
【0043】
最終的に、ノイズレベル算出工程ST2では、以上に説明した、式(10)で表されるAD変換器27の熱雑音N
tと、式(12)で表される輻射ノイズN
rと、信号処理部20を構成する回路の雑音指数NFと、式(13)で表されるノイズの低減代N
sとを用いて、以下の式(14)に基づき、ノイズレベルNを算出する。
【数20】
AD変換器27の温度T、スラグ面3の温度T
tを予め求めておけば、c=fλが成り立つため、式(10)~式(14)によって算出されるノイズレベルNも、マイクロ波の周波数fの関数で表される。このため、周波数fに対してノイズレベルNを計算することができる。
【0044】
<周波数決定工程ST3>
周波数決定工程ST3では、受信信号強度算出工程ST1で算出されたマイクロ波の受信信号強度Prと、ノイズレベル算出工程ST2で算出されたノイズレベルNとによって決まるSN比を算出する。具体的には、マイクロ波の受信信号強度PrとノイズレベルNとの比(dB単位で表した場合は差)をSN比として算出する。前述のように、マイクロ波の受信信号強度Pr及びノイズレベルNの双方がマイクロ波の周波数fの関数で表されるため、SN比もマイクロ波の周波数fの関数で表されることになる。
このため、周波数決定工程ST3では、算出されたSN比が所定のしきい値Th(例えば、10dB)以上となるように、マイクロ波の周波数f(周波数fの範囲)を決定することができる。
【0045】
本実施形態に係るレベル計測装置100は、以上に説明した受信信号強度算出工程ST1、ノイズレベル算出工程ST2及び周波数決定工程ST3を実行することで決定された周波数fの波形を生成するように、信号処理部20の発振器21が設定されている。具体的には、本実施形態では、FM-CW方式でスラグ面3のレベルを計測するため、発振器21で生成される波形の周波数変調幅F(
図2参照)によって決まる周波数の範囲が、決定された周波数fの範囲に含まれるように、設定されている。発振器21が単一周波数の波形を生成する場合(単一周波数のマイクロ波を用いてスラグ面3のレベルを計測する場合)には、この単一周波数が決定された周波数fの範囲に含まれるように、設定すればよい。
【0046】
なお、本実施形態では、ノイズレベル算出工程ST2でノイズレベルNを算出する際に、ノイズの低減代Nsを考慮したが、ノイズを低減するための信号処理を施さないのであれば、ノイズの低減代Nsを考慮せずにノイズレベルNを算出すればよい。
【0047】
また、本実施形態では、レベルを計測する対象である炉が転炉1であり、レベルを計測する炉内の浴面がスラグ面3である場合を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限るものではなく、例えば、高炉の装入物のレベルや、高炉下部の浴面のレベルや、銅の精錬炉の浴面のレベルを計測する場合に適用することも可能である。
また、本実施形態では、アンテナ10が、送信用アンテナ10aと受信用アンテナ10bとに分離した構成を有する場合を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限るものではなく、送信用と受信用を兼ねる、一体型の単一の送受信アンテナを用いることも可能である。
【0048】
以下、本実施形態に係るレベル計測装置100に対して、適切なマイクロ波の周波数fを決定した実施例について説明する。
本実施例では、受信信号強度P
rを計算するに際して、スラグ面3までの距離Rを25[m]とし、粉塵粒子の真比重ρを4490.5[kg/m
3]とし、粉塵粒子の複素比誘電率ε
rを62.4+14.1jとし、粉塵粒子の複素比透磁率μ
rを1.24+0.59jとし、粉塵濃度dを50[g/m
3]、100[g/m
3]及び200[g/m
3]の3条件とし、スラグ面3のレーダ反射断面積σを-43[dBsm]とし、マイクロ波の送信信号強度Ptを10[dBm]とする条件を用いた。また、粉塵粒子の粒子数基準の粒径分布q
Dとして、
図4に示す粒径分布を用いた。
図4の縦軸は、横軸に示す各粒径を有する粉塵粒子の粒子数を総粒子数に対する割合で示したものである。
また、ノイズレベルNを計算するに際して、測定対象であるスラグ面3の温度T
tを1700[℃]とし、AD変換器27の温度Tを40[℃]とし、雑音指数NFを21.5[dB]とし、FFT点数N
FFTを2048点とし、AD変換器27のサンプリング周波数Bを1.2[MHz]とし、コヒーレント積分回数nを1回とする条件を用いた。
以上に述べた条件で、受信信号強度算出工程ST1、ノイズレベル算出工程ST2及び周波数決定工程ST3を実行することで、受信信号強度P
r、ノイズレベルN及びSN比を周波数fの関数として算出した。
【0049】
図5は、本実施例において、受信信号強度P
r、ノイズレベルN及びSN比を周波数fの関数として算出した結果を示す。
図5(a)は粉塵濃度dが50[g/m
3]である場合の結果、
図5(b)は粉塵濃度dが100[g/m
3]である場合の結果、
図5(c)は粉塵濃度dが200[g/m
3]である場合の結果を示す。
図5に示すように、周波数fが高くなると、ノイズレベルNは単調増加するが、受信信号強度P
rについては、粉塵によるマイクロ波の減衰量が大きくなるものの、アンテナ10のアンテナ利得も大きくなるため、両者のバランスによって、受信信号強度P
rは極大値を有するように変動する。この結果、SN比が極大値を示す最適な周波数fが存在することが分かる。
【0050】
例えば、SN比が10dB以上であればスラグ面3までの距離Rを測定可能であると考え、しきい値Thを10dBに設定すると、
図5(a)に示すように、粉塵濃度dが50[g/m
3]である場合には、図中に矢符で示す周波数fが8~72[GHz]の範囲でSN比がしきい値Th以上となる(25GHz付近でSN比が極大値となる)ため、例えば、この範囲を適切な周波数fの範囲として決定することができる。また、
図5(b)に示すように、粉塵濃度dが100[g/m
3]である場合には、図中に矢符で示す周波数fが8~32[GHz]の範囲でSN比がしきい値Th以上となる(18GHz付近でSN比が極大値となる)ため、例えば、この範囲を適切な周波数fの範囲として決定することができる。ただし、
図5(c)に示すように、粉塵濃度dが200[g/m
3]である場合には、SN比がしきい値Thである10dB以上となる周波数fが存在しない。この場合には、しきい値Thを下げたり、マイクロ波の送信信号強度を強くしたり、ノイズレベルNを低減する等の見直しを行う必要がある。
図示を省略するが、SN比が10dB以上となる周波数fが存在する粉塵濃度dの上限は130[g/m
3]であり、このときのSN比が極大値となる周波数fは16.5[GHz]である。粉塵濃度dが130[g/m
3]である場合、FM-CW方式に基づく距離測定に必要な周波数変調幅Fを3[GHz]とすれば、例えば、適切な周波数fの範囲を15~19[GHz]として決定すればよい。
【符号の説明】
【0051】
1・・・転炉(炉)
3・・・スラグ面(浴面)
4・・・ランス
5・・・排気フード
10、10a、10b・・・アンテナ
20・・・信号処理部
23・・・ミキサ
26・・・ローパスフィルタ
100・・・レベル計測装置
ST1・・・受信信号強度算出工程
ST2・・・ノイズレベル算出工程
ST3・・・周波数決定工程