(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023024341
(43)【公開日】2023-02-16
(54)【発明の名称】加硫ゴムの低温結晶性評価方法
(51)【国際特許分類】
G01N 25/20 20060101AFI20230209BHJP
G01N 33/44 20060101ALI20230209BHJP
【FI】
G01N25/20 A
G01N33/44
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022121621
(22)【出願日】2022-07-29
(31)【優先権主張番号】P 2021129937
(32)【優先日】2021-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(71)【出願人】
【識別番号】504136568
【氏名又は名称】国立大学法人広島大学
(71)【出願人】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000201869
【氏名又は名称】倉敷化工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大下 浄治
(72)【発明者】
【氏名】中谷 都志美
(72)【発明者】
【氏名】甲斐 裕之
(72)【発明者】
【氏名】大竹 恵子
(72)【発明者】
【氏名】三宅 祐矢
(72)【発明者】
【氏名】小林 一磨
【テーマコード(参考)】
2G040
【Fターム(参考)】
2G040AA02
2G040AB01
2G040BA02
2G040BA25
2G040CA02
2G040DA02
2G040DA13
2G040EC01
2G040EC09
2G040HA05
2G040HA16
(57)【要約】
【課題】低温環境下に長時間晒されて進行する加硫ゴムの低温結晶性を評価するための簡易かつ信頼性の高い方法を提供する。
【解決手段】示差走査型熱量計(DSC)を用いた加硫ゴムの低温結晶性評価方法であって、加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)まで、前記加硫ゴムを冷却する第1降温工程S2と、前記加硫ゴムを、前記所定温度(Tc)において一定時間保持し、結晶化を進行させる結晶化工程S3と、前記結晶化工程において結晶化を進行させた前記加硫ゴムを、昇温してDSC曲線を測定する測定工程S5と、を含む。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
示差走査型熱量計(DSC)を用いた加硫ゴムの低温結晶性評価方法であって、
加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)まで、前記加硫ゴムを冷却する降温工程と、
前記加硫ゴムを、前記所定温度(Tc)において一定時間保持し、結晶化を進行させる結晶化工程と、
前記結晶化工程において結晶化を進行させた前記加硫ゴムを、昇温してDSC曲線を測定する測定工程と、を含むことを特徴とする加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項2】
前記加硫ゴムは、天然ゴム又はイソプレンゴムを含むことを特徴とする請求項1に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項3】
前記加硫ゴムは、ブタジエンゴムを含まず、
前記所定温度(Tc)は、天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~70℃高い温度であり、
前記降温工程は、前記所定温度(Tc)まで一定速度で冷却し、
前記測定工程の後、該測定工程により得られた前記DSC曲線のピーク面積から、前記加硫ゴムの結晶が融解する際に生じる単位重量当たりの吸熱量を算出し、該吸熱量を評価指標として該加硫ゴムの低温結晶性を評価する評価工程を含むことを特徴とする請求項2に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項4】
前記結晶化工程は、前記所定温度(Tc)を少なくとも48時間保持することを特徴とする請求項3に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項5】
前記所定温度(Tc)は、-60℃~0℃であることを特徴とする請求項4に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項6】
前記加硫ゴムは、更にブタジエンゴムを含み、
前記所定温度(Tc)は、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~130℃高い温度であり、
前記降温工程は、前記所定温度(Tc)まで一定速度で冷却し、
前記測定工程の後、該測定工程により得られた前記DSC曲線のピーク面積から、前記加硫ゴムの結晶が融解する際に生じる単位重量当たりの吸熱量を算出し、該吸熱量の変化量を評価指標として該加硫ゴムの低温結晶性を評価する評価工程を含むことを特徴とする請求項2に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項7】
前記結晶化工程は、前記所定温度(Tc)を少なくとも48時間保持することを特徴とする請求項6に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【請求項8】
前記所定温度(Tc)は、-100℃~20℃であることを特徴とする請求項7に記載の加硫ゴムの低温結晶性評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、加硫ゴムの低温結晶性評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
弾性を有する加硫ゴムは、例えば、自動車等の車両において、エンジンやトランスミッション等の被支持体を車体に対して弾性支持する防振部材や、タイヤに用いられるなど、種々の分野で広く用いられている。
【0003】
このような加硫ゴムは、低温環境下において弾性を失うことが知られている。近年では、加硫ゴムから構成された製品が、低温環境下に晒されることで、機能を低下させる問題が発生している。これは、加硫ゴムの結晶化が原因であると考えられる。こうした実情から、低温環境下に晒されても、結晶化し難い加硫ゴムが求められている。
【0004】
ところで、加硫ゴムの原料となる天然ゴムは、結晶現象が少なくとも2種類存在することが知られている。自己補強性のテンプレート結晶化と、低温結晶化である。天然ゴムは高分子の中でも特異的な結晶化挙動を示すため、特に、低温結晶化の挙動の把握は困難である。天然ゴムの結晶核の生成は、密度やミクロブラウン運動のゆらぎに依存するため、実用上、結晶化のコントロールが困難であると考えられる(非特許文献1~3)。
【0005】
従来、低温における加硫ゴムの特性を評価するための試験方法としては、静動バネ特性試験機に冷凍機を設置し、低温環境下でバネ定数を測定する方法がある。また、特許文献1には、DSCの一般的な測定方法により得られた溶融エンタルピーを用いて、ゴム組成物の低温結晶性を評価することが記載されている。特許文献2には、加硫ゴム組成物についての粘弾性の温度分散曲線を測定することにより、得られるtanδ曲線から、ゴム材料の低温結晶化由来ピークの有無を判別することが記載されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】池田裕子他著、「ゴム科学-その現代的アプローチ-」、朝倉書店出版
【非特許文献2】▲こうじ▼谷信三他著、「ゴムの補強-ナノフィラーの可視化による機構解析-」、朝倉書店出版
【非特許文献3】高分子学会編、「基礎高分子科学」、東京化学同人出版
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第6806786号公報
【特許文献2】特許第6141118号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
バネ特性試験機を用いた評価は、所定の形状の試験片が必要であることや、静動バネ特性試験機に冷凍機を設置するためには多大なコストがかかること、さらに、静動バネ特性試験機に設置できる冷凍機等の低温設備の冷却性能には限界があり、例えば-100℃以下のような極低温領域での評価ができないといった問題があるため、加硫ゴムの低温結晶性の評価に適していない。
【0009】
特許文献1や特許文献2に記載されている評価方法は、瞬間的に低温に晒された際のゴム組成物の特性を測定することによって、そのゴム組成物の結晶性を予測するものである。加硫ゴムの結晶は時間の経過とともに徐々に進行するものであり、上記したように、低温結晶化の挙動を把握することは困難であるが、これら従来の方法では、天然ゴム特有の低温結晶性が考慮されていない。そのため、これらの方法を用いて、例えば、結晶化速度が比較的遅い加硫ゴムを評価すると、複数の加硫ゴム間で有意差が見られないことや、評価結果が実際の低温結晶性に即していない可能性があることが問題となる。
【0010】
本明細書に開示される技術は、かかる点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、低温環境下に長時間晒されて進行する加硫ゴムの低温結晶性を評価するための簡易かつ信頼性の高い方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本明細書に開示される技術は、
示差走査型熱量計(DSC)を用いた加硫ゴムの低温結晶性評価方法であって、
加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)まで、前記加硫ゴムを冷却する降温工程と、
前記加硫ゴムを、前記所定温度(Tc)において一定時間保持し、結晶化を進行させる結晶化工程と、
前記結晶化工程において結晶化を進行させた前記加硫ゴムを、昇温してDSC曲線を測定する測定工程と、を含むことを特徴とする。
【0012】
これによれば、示差走査型熱量計(DSC)を用いることで、バネ特性試験機のように、大掛かりな低温設備を用意する必要性や、所定の形状のサンプルを用意する必要性もなく、形状を問わず様々な加硫ゴムのサンプルを容易に評価することが可能となる。示差走査型熱量計(DSC)は、-100℃以下に冷却可能な仕様も一般的であるため、ガラス転移温度(Tg)が-100℃以下のゴム成分を加硫ゴムに含む場合も、容易に所定温度(Tc)を保持し、結晶化を進行させることができる。
【0013】
また、加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)で一定時間保持し、加硫ゴムの結晶化を進行させることで、寒冷地等において実際に不具合が報告されている状態に近似する加硫ゴムを測定することができる。加硫ゴムの瞬間的な低温特性を測定するのではなく、時間の経過によって結晶化が進行した状態での測定結果が得られるため、結晶化速度が比較的遅いゴムを比較評価することが容易であり、加硫ゴムの低温結晶性評価方法として信頼性が高い。
【0014】
なお、前記加硫ゴムは、天然ゴム又はイソプレンゴムを含むことが好ましい。
【0015】
天然ゴム及びイソプレンゴムは、側鎖の立体障害により配列が阻害されると考えられ、側鎖の少ない又は側鎖を持たない他のゴム類よりも低温結晶化の進行が遅い。そのため、天然ゴム及びイソプレンゴムを含む加硫ゴムは、瞬間的に結晶化した場合と、時間をかけて徐々に結晶化した場合とで、低温特性が大きく異なる可能性がある。天然ゴム及びイソプレンゴムを含む加硫ゴムを、低温結晶化の進行が速い他のゴム類と同じ条件で瞬間的に結晶化させて測定した評価結果は、寒冷地等における実際の低温特性と乖離するおそれがある。しかしながら、上記の方法によれば、天然ゴム及びイソプレンゴムを含む加硫ゴムも実際の低温特性に近似する評価結果を得ることが可能となる。そのため、特に天然ゴム又はイソプレンゴムを含む加硫ゴムの低温結晶性評価方法として、本開示の技術を用いることにより大きな意義がある。
【0016】
前記加硫ゴムが、天然ゴム又はイソプレンゴムを含み、ブタジエンゴムを含まない場合、
前記所定温度(Tc)は、天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~70℃高い温度であり、
前記降温工程は、前記所定温度(Tc)まで一定速度で冷却し、
前記測定工程の後、該測定工程により得られた前記DSC曲線のピーク面積から、前記加硫ゴムの結晶が融解する際に生じる単位重量当たりの吸熱量を算出し、該吸熱量の変化量を評価指標として該加硫ゴムの低温結晶性を評価する評価工程を含むことが好ましい。
【0017】
天然ゴム又はイソプレンゴムを含む加硫ゴムにおいて、結晶化を進行させるための所定温度(Tc)を、天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)よりも10℃~70℃高い温度とすることで、加硫ゴムの結晶化を進行させ、低温結晶性の評価に適した状態にすることができる。
【0018】
また、測定工程により得られた前記DSC曲線のピーク面積から、加硫ゴムの結晶が融解する際に生じる単位重量当たりの吸熱量を算出し、その吸熱量の変化量を低温結晶性の評価指標とすることで、様々な組成の加硫ゴムを効率よく適切に評価することが可能となる。
【0019】
前記結晶化工程は、前記所定温度(Tc)を少なくとも48時間保持することが好ましく、前記所定温度(Tc)は、-60℃~0℃であることが好ましい。
【0020】
所定温度(Tc)を少なくとも48時間保持することによって、加硫ゴム中の結晶を十分に成長させることが可能であり、結晶化速度が遅い複数の加硫ゴムについて評価を行う際にも、加硫ゴム間の有意差を見出すことが容易となる。
【0021】
さらに、加硫ゴムが、ブタジエンゴムを含む場合は、所定温度(Tc)は、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~130℃高い温度であることが好ましい。
【0022】
ブタジエンゴムを含む加硫ゴムは結晶化が進行しやすいと考えられ、天然ゴム又はイソプレンゴムに加え、更にブタジエンゴムを含む加硫ゴムにおいて、結晶化を進行させるための所定温度(Tc)を、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)よりも10℃~130℃高い温度とすることができる。この温度領域において、加硫ゴムの結晶化を進行させ、低温結晶性の評価に適した状態にすることができる。
【0023】
また、この場合も前記所定温度(Tc)を少なくとも48時間保持することが好ましく、前記所定温度(Tc)は、-100℃~20℃とすることができる。
【発明の効果】
【0024】
以上説明したように、本明細書に開示される技術によれば、低温環境下に長時間晒されて進行する加硫ゴムの低温結晶性を評価するための簡易かつ信頼性の高い方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【
図1】本開示の加硫ゴムの低温結晶性評価方法の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本開示を実施するための形態を説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものではない。
【0027】
本明細書に開示される技術は、示差走査型熱量計(DSC)を用いて、加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)まで加硫ゴムを冷却し、加硫ゴムを所定温度(Tc)において一定時間保持して結晶化を進行させ、結晶化を進行させた加硫ゴムを、昇温してDSC曲線を測定し、そのDSC曲線から得られる単位重量当たりの吸熱量の変化量により低温結晶性を評価する。
【0028】
[加硫ゴム]
評価対象としての加硫ゴムは、ゴム成分(ポリマー)に充填剤や添加剤を配合して加硫したものである。
【0029】
ゴム成分としては、特に限定されないが、例えば、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)を含む。天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)を単体で含んでいてもよいし、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)に、例えば、ブタジエンゴム(BR)、スチレンブタジエンゴム(SBR)、ブチルゴム(IIR)、エチレンプロピレンゴム(EPDM)、クロロプレンゴム(CR)等の、他のゴム成分を1種以上組み合わせて混合したものでもよい。天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)に混合するゴム成分は上記には限られず、本開示の技術を実施することが可能なものであれば、他のゴム成分を用いることができる。複数のゴム成分を混合する場合、加硫ゴムは、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)をゴム成分全体の20%以上含むことが好ましく、さらに、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)を主成分として含むことがより好ましい。「主成分」とは、加硫ゴムを構成する複数のゴム成分のうち、天然ゴム(NR)又はイソプレンゴム(IR)の占める割合が最も多いことをいう。
【0030】
充填剤として、例えば、補強性充填剤である、SiO2、カオリン、タルク、クレー、マイカ、珪藻土等のシリカ系無機フィラー、セルロースナノファイバー、グラファイト等のナノフィラーやカーボンブラック、非補強性充填剤である、炭酸カルシウム、硫酸バリウム、酸化チタン等の金属酸化物や金属水酸化物を含んでいても良い。補強性充填剤を配合することにより、加硫ゴムの強度を高めることができる。また、充填剤の他にも、加硫ゴムの製造に一般的に使用される配合剤として、例えば、酸化亜鉛、ステアリン酸などの加硫促進助剤、老化防止剤、加硫促進剤、加工助剤、軟化剤、硫黄等の加硫剤を適宜配合することができる。これら各成分の配合量は任意である。
【0031】
加硫ゴムは、一般的なゴムの製造方法によって得ることができる。
【0032】
[低温結晶性評価方法]
得られた加硫ゴムから測定試料を、示差走査型熱量計(DSC)内に設置し、加硫ゴムの結晶化の進行及びDSC曲線の測定を行う。測定試料として用いられる加硫ゴムの形状は、特に限定されない。
【0033】
示差走査型熱量計(DSC)の自動測定プログラムに、加硫ゴムの結晶化が可能な所定温度(Tc)まで加硫ゴムを冷却する降温工程と、加硫ゴムを所定温度(Tc)において一定時間保持し、結晶化を進行させる結晶化工程と、結晶化工程において結晶化を進行させた加硫ゴムを、昇温してDSC曲線を測定する測定工程とを設定しておくことで、結晶化から融解までの一連の工程を自動で行い、本開示の技術をより効率的に実施することが可能となる。具体的には、
図1に示す順で結晶化、測定及び評価を行う。
【0034】
(1)準備工程S1
まず示差走査型熱量計(DSC)内に加硫ゴムの測定試料を設置し、加硫ゴムを昇温して融解させ、加硫ゴム中に結晶が存在しないブランク状態とする。この準備工程S1は、加硫ゴムを冷却させる前に融解させてブランク状態にしておくことで、結晶化を進行させた後の加硫ゴムとの差を明確にする目的がある。準備工程での加熱温度は、加硫ゴムが融解可能な温度であればよく、例えば約70℃まで昇温することが好ましい。
【0035】
(2)第1降温工程S2
次に、第1降温工程S2において、このブランク状態の加硫ゴムを、天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~70℃高い温度まで、一定速度で冷却する。「一定速度」は任意の速度であるが、例えば、1℃~5℃/分である。特許請求の範囲に記載の「降温工程」は、第1降温工程S2である。
【0036】
一般的に、加硫ゴムのガラス転移温度(Tg)は、組成の変化や製造条件等で異なるため、ガラス転移温度(Tg)には温度幅がある。本開示の評価方法において評価対象とする加硫ゴムが、天然ゴム又はイソプレンゴムを含む場合、加硫ゴムを天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~70℃高い温度を所定温度(Tc)として、一定時間保持することで、この温度領域において加硫ゴムの結晶化を促進させ、低温結晶性の評価を容易にすることができる。一般的に、天然ゴム及びイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)は、約-70℃~-50℃であることが知られている。例えば、天然ゴムのガラス転移温度(Tg)を-70℃とした場合、結晶化を進行させるための好ましい所定温度(Tc)は、-60℃~0℃である。
【0037】
評価対象とする加硫ゴムが、天然ゴム又はイソプレンゴムに加え、更にブタジエンゴムを含む場合は、所定温度(Tc)は、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~130℃高い温度であることが好ましい。一般的に、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)は、約-120℃~-100℃であることが知られている。例えば、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)を-110℃とした場合、ブタジエンゴムを含む加硫ゴムの結晶化を進行させるための好ましい所定温度(Tc)は、-100℃~20℃である。
【0038】
(3)結晶化工程S3
所定温度(Tc)まで冷却した加硫ゴムを、結晶化工程S3において、所定温度(Tc)で一定時間保持し、結晶化を進行させる。加硫ゴムに含まれるゴム成分によって結晶化の進行速度は異なるため、結晶化工程S3で所定温度(Tc)保持する時間は、加硫ゴムの結晶化が進行する程の長さであれば特に限定されないが、例えば、少なくとも48時間保持することが好ましい。結晶化しにくい加硫ゴムを評価対象に含む場合は、例えば72時間のようにやや長く設定してもよい。
【0039】
(4)第2降温工程S4
高分子のミクロブラウン運動が完全に停止する温度以下まで温度を下げる工程であり、結晶化させた加硫ゴムを昇温させる前に、一度結晶化の融解が始まらない温度まで降下させる。この場合、例えば加硫ゴムのガラス転移温度(Tg)以下にすることが好ましく、例えば、天然ゴム又はイソプレンゴムを含む加硫ゴムの場合は、-90℃まで冷却する。
【0040】
(5)測定工程S5
測定工程S5において、1~5℃/分で昇温され、DSC曲線を測定する。
【0041】
(6)評価工程S6
測定工程S5の後、評価工程S6において、得られたDSC曲線のピーク面積から、加硫ゴムの結晶が融解する際に生じる単位重量当たりの吸熱量(J/mg)を算出する。また、結晶化工程S3を含まない測定を行い、得られた吸熱量(J/mg)と、結晶化工程S3を含む測定によって得られた吸熱量の変化量(低温結晶化によって生じた差)を評価指標として加硫ゴムの低温結晶性を評価する。
【0042】
複数の種類の加硫ゴムの低温結晶性を比較評価する場合、準備工程S1から測定工程S5までの各条件を揃えた上で、それぞれの単位重量当たりの吸熱量(J/mg)を算出することが望ましい。
【実施例0043】
[加硫ゴムの組成]
以下、実施例及び比較例に基づいて、本開示の技術の具体例を説明するが、本開示の技術はこれに限定されるものではない。
【0044】
組成1~3と組成4~6は、表1に示す組成からなる。組成1~3の3種類の加硫ゴムは、実施例1~12及び比較例1,4の測定条件で評価を行った。組成4~6の3種類の加硫ゴムは、実施例13~16及び比較例2,3,5の測定条件で評価を行った。
【0045】
組成1~3は、計100重量部のゴム成分のうち、天然ゴム(NR)80重量部及びポリブタジエンゴム(BR)を20重量部配合している。組成4~6は、計100重量部のゴム成分のうち、天然ゴム(NR)を100重量部配合し、ポリブタジエンゴム(BR)は含まない。組成1~3及び組成4~6において、硫黄の配合量を変化させることで、加硫ゴムの低温結晶性の違いを評価した。
【0046】
【0047】
表1において使用した原材料の種類を下記に示す。
・天然ゴム(NR):RSS#3
・ポリブタジエンゴム(BR):宇部興産社製 ウベポールBR150
・カーボンブラック:東海カーボン社製 シーストS
・酸化亜鉛:正同化学工業社製 酸化亜鉛2種
・ステアリン酸:日油社製 ビーズステアリン酸 つばき
・ワックス:精工化学社製 サンタイトS
・老化防止剤1(N-フェニル-N′-(1,3-ジメチルブチル)-p-フェニレンジアミン):大内新興化学社製 ノクラック6C
・老化防止剤2(2-メルカプトベンズイミダゾール):大内新興化学工業社製 ノクラックMB
・加硫促進剤1(N-オキシジエチレン-2-ベンゾチアゾリルスルフェンアミド):大内新興化学社製 ノクセラーMSA-G
・加硫促進剤2(テトラメチルチウラムジスルフィド):大内新興化学工業社製 ノクセラーTT
・硫黄:細井化学工業社製 微紛硫黄 325メッシュ
[加硫ゴムの製造]
加硫ゴムの製造は、一般的に加硫ゴムの製造で用いられる方法を使用することが可能であるが、本実施例では、以下の方法で製造した。
【0048】
組成1~3、組成4~6は、表1に示す組成に従い、バンバリーミキサーを用いて、硫黄及び加硫促進剤以外の材料を混練した。次に、得られた混合物に硫黄及び加硫促進剤を添加し、オープンロールを用いて混練し、未加硫ゴム混合物を得た。さらに、得られた未加硫ゴム混合物を2mm厚の金型に注入し、170℃で5分間プレス加硫し、加硫ゴムを得た。
【0049】
[加硫ゴムの低温結晶性評価]
得られた加硫ゴムについて、示差走査型熱量計(日立ハイテクサイエンス社製、DSC7000X)を用いて結晶化及び吸熱量の測定を行った。実施例1における、加硫ゴム組成1~3の結晶化、測定及び評価について詳細に説明する。他の実施例及び比較例についての結晶化、測定及び評価方法は実施例1と略同様であるので、説明を省略する。
【0050】
10mgの加硫ゴム試料を封入したアルミニウムパンを、示差走査型熱量計(DSC)内に設置し、2℃/分で室温から70℃まで昇温して加硫ゴムを融解させ、加硫ゴム中に結晶が存在しないブランク状態とした(準備工程S1)。次に、2℃/分で降温し、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)より約80℃高い温度である-30℃(所定温度Tc)へ冷却した(第1降温工程S2)。-30℃(所定温度Tc)で48時間保持し、結晶化を進行させた(結晶化工程S3)。さらに2℃/分で-90℃まで降温して(第2降温工程S4)、-90℃を5分間保持した後、-90℃から70℃まで2℃/分で昇温し、DSC曲線を測定した(測定工程S5)。
【0051】
測定工程S5で得られたDSC曲線からブランクラインを引いた曲線において、加硫ゴムの結晶が融解する際に生じる吸熱量が、-40℃から0℃付近にピーク面積として得られた。このピーク面積の積分値を熱量に換算し、測定に用いた加硫ゴム試料の重量で割ることで、加硫ゴムの結晶が融解する際に生じる単位重量当たりの吸熱量(J/mg)を算出した。実施例1の同一の測定条件において、組成1~3のそれぞれの加硫ゴム試料を測定し、吸熱量の変化量(J/mg)を評価指標として加硫ゴムの低温結晶性を評価した。
【0052】
結晶化工程S3の結晶化条件とその評価結果を表2から表4に示す。実施例1~16及び比較例1~5は、吸熱量の変化量(J/mg)を評価指標として、複数の加硫ゴムの低温結晶性を相対評価し、最も吸熱量の変化量(J/mg)の大きいサンプルは、低温結晶性が高いものとして「×」とした。「×」と評価したサンプルよりも吸熱量の変化量(J/mg)の小さいサンプルは「〇」と評価した。吸熱量の変化量(J/mg)に有意差が見られない場合は「評価困難」とした。
【0053】
評価方法はこのような相対評価には限られない。例えば、指標とする吸熱量の変化量(J/mg)の値を任意に設定し、その値を基準に絶対評価によって低温結晶性を評価してもよい。
【0054】
【0055】
[実施例1~12、比較例1]
表2に示す実施例1~3の結果から、結晶化工程S3における好ましい保持時間は、少なくとも48時間以上である。保持時間を48時間とした実施例1では、組成1~3の吸熱量の変化量(J/mg)は、比較評価できるほどに十分な差異が見られた。72時間とした実施例2では、組成1~3の吸熱量の変化量(J/mg)の差異はやや大きくなっていた。120時間とした実施例3では、組成1~3の吸熱量の変化量(J/mg)の差異はさらに大きくなっていたが、保持時間48時間で十分評価可能であったことから、測定の効率を考慮して、少なくとも48時間以上とするのが好ましい。
【0056】
表2に示す実施例1~12及び比較例1の結果から、評価対象の加硫ゴムがブタジエンゴムを含む場合は、結晶化工程S3における好ましい所定温度(Tc)は、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~130℃高い温度である。実施例9に示すように、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)より130℃高い温度を所定温度(Tc)とした場合、得られる吸熱量の変化量は組成1及び組成2間での詳細な評価はできなかったが、組成1及び組成2と、組成3との間で吸熱量の変化量に僅かに差異が見られ、組成1,2と比較して組成3の低温結晶性が高いと評価することはできた。実施例12に示すように、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃高い温度を所定温度(Tc)とした場合、得られる吸熱量の変化量は組成1~3のサンプル間で差異は小さかったが、実施例9と同様に、組成1,2と比較して組成3の低温結晶性が高いと評価することはできた。これに対し、比較例1に示すように、ブタジエンゴムのガラス転移温度(Tg)を所定温度(Tc)とした場合、組成1~3のサンプル間で吸熱量の変化量に差異が見られず、低温結晶性の評価は困難であった。
【0057】
【0058】
[実施例13~16、比較例2,3]
表3に示す実施例13~16及び比較例2,3の結果から、評価対象の加硫ゴムが天然ゴム又はイソプレンゴムを含み、ブタジエンゴムを含まない場合は、結晶化工程S3における好ましい所定温度(Tc)は、天然ゴム又はイソプレンゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃~70℃高い温度である。実施例14及び15では、組成4と組成5間での詳細な評価はできなかったが、組成4及び組成5と、組成6との間で吸熱量の変化量に僅かに差異が見られ、組成4,5と比較して組成6の低温結晶性が高いと評価することは可能であった。これに対し、比較例2に示すように、天然ゴムのガラス転移温度(Tg)より10℃低い温度を所定温度(Tc)とした場合、組成4~6のサンプル間で吸熱量の変化量に差異が見られず、評価は困難であった。比較例3に示すように、天然ゴムのガラス転移温度(Tg)より80℃高い温度を所定温度(Tc)とした場合、組成4~6のサンプル間で吸熱量の変化量に差異が見られず、比較例2と同様に評価は困難であった。実施例16の結果から、結晶化工程S3における保持時間を48時間としても評価は可能であった。
【0059】
【0060】
[比較例4及び5]
表4に示す比較例4及び比較例5は、結晶化工程S3における保持温度を0時間とした場合、言い換えれば、結晶化工程S3を設けない従来の測定方法に近い方法で測定した場合の、組成1~3及び組成4~6の低温結晶性の評価を行った結果である。
【0061】
比較例4では、組成1~3のサンプル間で吸熱量の変化量に差異が見られ、評価は可能であったが、比較例5では、組成4~6のサンプル間で吸熱量の変化量に差異が見られず、評価は困難であった。この結果から、結晶化工程S3を設けない場合、ブタジエンゴムを含む加硫ゴムの評価は可能であるが、ブタジエンゴムを含まない加硫ゴムについては、評価が困難であることがわかった。
【0062】
一般的に、高分子の結晶は、高分子の分子鎖が配列することによって形成されることが知られている。天然ゴムやイソプレンゴムは、側鎖のメチル基が立体障害となり、分子鎖の配列を阻害するために、結晶化の進行が遅いと考えられる。一方、ブタジエンゴムは、そのような側鎖を持たないため、分子鎖が配列しやすく、結晶化の進行が速いと考えられる。本開示の技術の評価を用いれば、低温結晶性の低い天然ゴム単体であってもサンプル間で有意差を見出すことが可能となり評価が容易となるため、天然ゴムやイソプレンゴムを含む様々な組成の加硫ゴムに適用できる。
【0063】
[動バネ試験結果との対比]
実施例1から実施例16と同様の所定温度(Tc)かつ保持時間に晒した加硫ゴムについてその所定温度(Tc)において動バネ試験を行い、その結果と本開示の技術による結果とを対比させた。
【0064】
具体的には、φ30mm、厚さ30mmの円柱状の試験形状とした加硫ゴムを、所定温度(Tc)で所定の時間保持して結晶化を促進した。そして、その加硫ゴムを所定温度(Tc)下で、動特性試験機(鷺宮製作所製、KCH701)を用いて、周波数20Hzで振幅±0.1mmの定変位調和圧縮振動を加える試験を行い、JIS K6385に準拠して、20Hz時の動的ばね定数(Kd1)を求めた。また、別途、結晶化させていない常温状態で同様に測定を行い、その動的ばね定数(Kd2)を求めた。そして、次式
(Kd1-Kd2)/Kd2×100
から導き出される値を変化率として、低温結晶性を示す評価指標とした。変化率が500%以内である場合を判定「〇」、500%より大きいものを判定「×」としたとき、この判定結果は、実施例1から実施例16において、本開示の技術による評価結果と相関があった。これにより、本開示の技術による低温結晶性評価方法が、加硫ゴムの低温結晶性を評価する手法として信頼性があることが確認できた。