(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023025574
(43)【公開日】2023-02-22
(54)【発明の名称】溶射粉末材料及び溶射皮膜形成方法
(51)【国際特許分類】
C23C 4/04 20060101AFI20230215BHJP
F23M 5/00 20060101ALI20230215BHJP
F23G 5/48 20060101ALI20230215BHJP
【FI】
C23C4/04
F23M5/00 B
F23G5/48
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021130902
(22)【出願日】2021-08-10
(71)【出願人】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】000109875
【氏名又は名称】トーカロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000280
【氏名又は名称】弁理士法人サンクレスト国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉川 充
(72)【発明者】
【氏名】高田 康寛
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 祥平
(72)【発明者】
【氏名】迫田 貴史
(72)【発明者】
【氏名】上垣 智
(72)【発明者】
【氏名】小野 修平
【テーマコード(参考)】
3K065
4K031
【Fターム(参考)】
3K065AA02
3K065AB01
3K065AC01
3K065BA09
3K065BA10
4K031AA04
4K031AB09
4K031CB31
4K031DA04
(57)【要約】
【課題】緻密でかつ耐高温腐食性に優れ、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネルの被覆に好適な溶射皮膜を得ることができる技術を提供する。
【解決手段】本発明の溶射粉末材料は、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネル被覆用の溶射粉末材料であって、Bを2.0~4.0質量%、Siを3.5~5.5%含有し、残部がNi及び不可避不純物である。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Bを2.0~4.0質量%、Siを3.5~5.5%含有し、残部がNi及び不可避不純物である、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネル被覆用の溶射粉末材料。
【請求項2】
平均粒子径が10~100μmである溶射粉末材料。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の溶射粉末材料を用いた溶射により、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネルの表面に溶射皮膜を形成する溶射皮膜形成方法。
【請求項4】
前記溶射は、大気圧プラズマ溶射である
請求項3に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項5】
前記溶射皮膜の形成後にフュージング処理を行わない
請求項3又は請求項4に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項6】
前記溶射皮膜は、
Niマトリクスと、Bの酸化物と、Siの酸化物と、を含む
請求項3から請求項5のいずれか一項に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項7】
前記溶射皮膜の酸素含有率は、0.1~1.0質量%である
請求項3から請求項6のいずれか一項に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項8】
前記溶射皮膜の気孔率は、0~2%である
請求項3から請求項7のいずれか一項に記載の溶射皮膜形成方法。
【請求項9】
前記溶射皮膜の膜厚は、50μm~1.0mmである
請求項3から請求項8のいずれか一項に記載の溶射皮膜形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射粉末材料及び溶射皮膜形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ごみ焼却炉のボイラチューブは、高温腐食雰囲気に暴露される。このため、前記ボイラチューブの伝熱管の表面をNi-Cr合金の溶射皮膜によって被覆保護し、耐高温腐食性を高めることが行われている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
Ni-Cr合金は、耐高温腐食性に優れた材料であるが、Ni-Cr合金粉末を用いて溶射皮膜を形成したとき、その溶射皮膜には気孔が存在する。
上記気孔は、溶射皮膜表面から基材に亘って貫通した貫通気孔を構成することがある。このような貫通気孔が溶射皮膜に存在する場合、その貫通気孔から腐食成分が侵入し、溶射皮膜と、基材との界面で腐食が発生し、溶射皮膜が早期に剥離してしまうおそれがある。
【0004】
このため、Ni-Cr合金に対して、さらに、B、Siといった融点を下げる成分を添加した合金粉末を用いて溶射皮膜を形成し、その後、フュージングと呼ばれる熱処理を行うことで、溶射皮膜を再溶融し、皮膜の緻密化を図ることで、耐食性をさらに高める工夫がなされている(例えば、特許文献2~4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平4-335997号公報
【特許文献2】特開平8-13119号公報
【特許文献3】特開平10-46315号公報
【特許文献4】特開2007-169733号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
Ni-Cr合金粉末を用いた溶射皮膜は、耐高温腐食性を高めるために有用な材料であるが、その一方、溶射皮膜に含まれるCrが、ごみ焼却炉内の塩化物等によって腐食されることで溶射皮膜内部に腐食成分の進入路が生じ、溶射皮膜の耐食性が低下するおそれがあった。
【0007】
このため、塩化物による腐食が生じる環境に曝されるごみ焼却炉のボイラ炉壁パネルを好適に被覆保護することができる耐高温腐食性に優れた溶射皮膜が望まれる。
【課題を解決するための手段】
【0008】
ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネルは、850℃以上の燃焼ガスに曝されるが、炉壁パネルは飽和水が通過する炉壁管を有しており、炉壁パネルの表面温度は、燃焼ガスの温度よりも低い500℃以下になる。
そこで、本願発明者らは、高温雰囲気での耐熱性のためにCrは多く使用されるが、500℃以下の低温であれば、炉壁パネルの表面に形成される溶射粉末にCrが含まれなくても必要な耐熱性を維持することができると考えた。
すなわち、塩化物によって腐食されやすいCrを含まない溶射粉末を用いて溶射皮膜を形成すれば、必要な耐熱性を維持しつつ塩化物による腐食に対する耐性を高めることができると考え、純Ni材料を用いて溶射皮膜を形成し、その耐高温腐食性について検討した。
【0009】
しかしながら、純Ni材料を用いた溶射皮膜には、溶射時に溶射粉末材料が酸化されることで生じたNi酸化物が多く含まれており、このNi酸化物によって溶射皮膜の緻密性が損なわれ、耐高温腐食性を向上させることはできなかった。
本願発明者らは、上記知見に基づいてさらに検討を重ね、本発明を完成させた。
【0010】
(1)すなわち、本発明は、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネル被覆用の溶射粉末材料であって、Bを2.0~4.0質量%、Siを3.5~5.5%含有し、残部がNi及び不可避不純物である溶射粉末材料である。
【0011】
飽和水が通過する炉壁管を有するボイラ炉壁パネルの表面は500℃以下である。これに対して、上記構成の溶射粉末材料は、Crを含んではいないが、Niを主成分として含んでいるため、ボイラ炉壁パネルの表面における温度範囲においては、十分な耐熱性を有する溶射皮膜を得ることができる。
また、この溶射粉末材料はCrを成分として含んでいないので、塩化物による腐食の原因となり得るCrの酸化物が生じない、耐食性に優れた溶射皮膜を得ることができる。
さらに、上記溶射粉末材料がB及びSiを適量含んでいるので、溶射時においては、溶射粉末材料におけるB及びSiがNiよりも優先的に酸化され、Niの酸化を抑制できる。この結果、溶射皮膜に含まれるNi酸化物を減少させることができる。
また、Ni酸化物の発生が抑制されることで、溶射時に積層される粒子間にNi酸化物が介在するのを抑制でき、加えて、形成される溶射皮膜の粒子間には、溶射時に生じるBの酸化物及びSiの酸化物が介在し、互いの濡れ性が高まることで、粒子同士の結合力をさらに高めることができる。
この結果、上記溶射粉末材料を用いることで、緻密でかつ耐高温腐食性に優れ、塩化物による腐食が生じる環境に曝される、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネルを好適に被覆保護することができる溶射皮膜を得ることができる。
【0012】
(2)上記溶射粉末材料において、
平均粒子径が10~100μmであることが好ましい。
平均粒子径が10μmよりも小さい場合、単位重量当たりの表面積が増加しB及びSiの酸化が必要以上に進行するおそれがある。
平均粒子径が100μmよりも大きい場合、この溶射粉末材料を用いて形成した溶射皮膜の緻密性が低下してしまうおそれがある。
平均粒子径を10~100μmとすることで、B及びSiを適度に酸化させることができ、緻密な溶射皮膜を得ることができる。
【0013】
(3)他の観点から見た本発明は、上記溶射粉末材料を用いた溶射により、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネルの表面に溶射皮膜を形成する溶射皮膜形成方法である。
この構成によれば、高温耐食性に優れ、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネルの被覆として好適な溶射皮膜を得ることができる。
【0014】
(4)上記溶射皮膜形成方法において、
前記溶射は、大気圧プラズマ溶射であることが好ましい。大気圧プラズマ溶射は、例えば、可燃性ガスを燃焼させる高速フレーム溶射等と比較して、溶射施工時の作業者の負担を低減することができる。また、大気圧プラズマ溶射によれば、高速フレーム溶射よりも溶射粒子の表面が酸化しやすく、Bの酸化物及びSiの酸化物が形成しやすくなる。
【0015】
(5)上記溶射皮膜形成方法において、
前記溶射皮膜の形成後にフュージング処理を行わなくてもよい。
この場合、可燃性ガスを燃焼させて溶射皮膜を再溶融するフュージング処理を行わないことで、溶射皮膜形成に要する工数を減少させることができる上に作業者の負担を低減することができる。
【0016】
(6)上記溶射皮膜形成方法において、
前記溶射皮膜は、Niマトリクスと、Bの酸化物と、Siの酸化物と、を含むことが好ましい。
この場合、溶射皮膜の貫通気孔の発生がBの酸化物及びSiの酸化物によって抑制され、緻密な溶射皮膜が得られる。
【0017】
(7)上記溶射皮膜形成方法において、
前記溶射皮膜の酸素含有率は、0.1~1.0質量%であることが好ましい。
溶射皮膜の酸素含有率を上記値にすることで、溶射皮膜中にBの酸化物及びSiの酸化物を適度に含ませつつNiの酸化が抑制される。
【0018】
(8)上記溶射皮膜形成方法において、
前記溶射皮膜の気孔率は、0~2%であることが好ましい。この場合、気孔の発生が抑制された十分に緻密な溶射皮膜が得られる。
【0019】
(9)上記溶射皮膜形成方法において、
前記溶射皮膜の膜厚は、50μm~1.0mmであることが好ましく、この場合、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネルの被覆として必要な膜厚とすることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、緻密でかつ耐高温腐食性に優れた溶射皮膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、ごみ焼却炉の一例を示す概略図である。
【
図2】
図2は、ボイラ炉壁パネルの一部を示す図である。
【
図3】
図3は、上記溶射皮膜形成方法によって得られる溶射皮膜の一例を示す断面図である。
【
図4】
図4(a)は、実施例1に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真(×200)、
図4(b)は、実施例1に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真(×3000)である。
【
図5】
図5(a)は、比較例1に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真、
図5(b)は、比較例2に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真である。
【
図6】
図6(a)は、比較例3に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真、
図6(b)は、比較例4に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真、
図6(c)は、比較例5に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真である。
【
図7】
図7(a)は、高温腐食試験後の実施例1に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真、
図7(b)は、高温腐食試験後の比較例2に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
〔溶射粉末材料について〕
以下、本発明の実施形態に係る溶射粉末材料について説明する。
本実施形態に係る溶射粉末材料は、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネル被覆用の溶射粉末材料であって、Bを2.0~4.0質量%、Siを3.5~5.5質量%含有し、残部がNi及び不可避不純物である溶射粉末材料である。
【0023】
Niは、本実施形態の溶射粉末材料を用いて形成した溶射皮膜におけるマトリクスを構成する元素である。
Niは、ごみ焼却炉内の塩化物に対する耐食性にも優れている。
【0024】
Bは、溶射粉末材料の融点を低下させるフラックスとしての機能を有する。
また、Bは、Niよりも優先的に酸化されることで溶射時におけるNi酸化物の発生を抑制することができる。溶射粉末材料は、溶射時に高温に曝されるが、その際、溶射粉末材料表面におけるBがNiよりも優先的に酸化され、Niの酸化が抑制される。
また、Bは、溶射時に酸化されることで酸化物を形成し、溶射時に積層される溶射粒子同士の境界に介在し、互いの濡れ性が高まるとともに、溶射粉末材料の融点を低下させることも相まって溶射皮膜に生じる貫通気孔の発生を抑制する。
【0025】
Bの含有率は、2.0質量%以上、4.0質量%以下である。
Bの含有率が2.0質量%より低いと溶射皮膜形成時にNi酸化物の発生を抑制する効果が十分に得られない。Bの含有率が4.0質量%を超えると、Bの含有量が過多となり、得られる溶射皮膜の強度が低下するおそれがある。
なお、Bの含有率は、より好ましくは、含有率は、2.5質量%以上、3.5質量%以下である。
【0026】
Siは、Bと同様、溶射粉末材料の融点を低下させるフラックスとしての機能を有する。
また、Siは、Bと同様、Niよりも優先的に酸化されることで溶射時におけるNiの酸化を抑制することができる。
また、Siは、溶射時に酸化されることで酸化物を形成し、溶射時に積層される溶射粒子同士の境界に介在し、互いの濡れ性が高まるとともに、溶射粉末材料の融点を低下させることも相まって溶射皮膜に生じる貫通気孔の発生を抑制する。
【0027】
Siの含有率は、3.5質量%以上、5.5質量%以下である。
Siの含有率が3.5質量%より低いと溶射皮膜形成時にNi酸化物の発生を抑制する効果が十分に得られない。Siの含有率が5.5質量%を超えると、Siの含有量が過多となり、得られる溶射皮膜の強度が低下するおそれがある。
なお、Siの含有率は、より好ましくは、含有率は、4.0質量%以上、5.0質量%以下である。
【0028】
上記溶射粉末材料の平均粒子径は、10μm以上、100μm以下であることが好ましい。
本明細書において、溶射粉末材料の平均粒子径は、レーザ回折・散乱法(マイクロトラック法)によって粒度分布を測定したときに累積値が50%となる粒径(メジアン径)と定義する。
平均粒子径が10μmよりも小さい場合、上記溶射粉末材料の単位重量当たりの表面積が増加し、B及びSiの酸化が必要以上に進行するおそれがある。
平均粒子径が100μmよりも大きい場合、この溶射粉末材料を用いて形成した溶射皮膜の緻密性が低下してしまう。
平均粒子径を10~100μmとすることで、B及びSiを適度に酸化させることができ、緻密な溶射皮膜を得ることができる。
【0029】
〔溶射皮膜形成方法について〕
次に、本発明の実施形態に係る溶射皮膜形成方法について説明する。
本実施形態に係る溶射皮膜形成方法は、上記溶射粉末材料を用いた溶射により、ごみ焼却炉のボイラ炉壁パネルの表面に溶射皮膜を形成する。
【0030】
図1は、ごみ焼却炉の一例を示す概略図である。
ごみ焼却炉1は、ごみを燃焼させたときに発生する燃焼ガスの熱を回収するように構成されており、ごみが投入されるホッパ2と、投入されたごみを燃焼させる燃焼室3と、燃焼室3で発生する燃焼ガスを導く再燃焼室4と、ボイラ5とを備える。
再燃焼室4は、ボイラ炉壁パネル6によって画定されている。
ボイラ炉壁パネル6には、ボイラ5の炉壁管5aが張り巡らされている。
ボイラ5は、ボイラドラム5bと、炉壁管5aとを備える。炉壁管5aはボイラドラム5bに接続されている。ボイラドラム5bは、炉壁管5aに飽和水を通過させる。
燃焼室3からの燃焼ガスが再燃焼室4を通過する際、燃焼ガスの熱は、炉壁管5a内を通過する飽和水によって回収される。飽和水によって回収された熱は、図示しない蒸気タービンによって電力等に変換される。
【0031】
図2は、ボイラ炉壁パネル6の一部を示す図である。
図2に示すように、ボイラ炉壁パネル6は、並設された複数の炉壁管5aと、複数の炉壁管5aの間に設けられた壁部7とを備える。
このボイラ炉壁パネル6において再燃焼室4の内部側に面する内側面6aは、燃焼室3からの燃焼ガスに曝される。
燃焼ガスの温度は、例えば、850℃から1000℃程度である。
一方、炉壁管5a内を通過する飽和水の温度は200℃から300℃程度である。
ボイラ炉壁パネル6の内側面6aは、850℃以上の燃焼ガスに曝されるが、炉壁管5a内を通過する飽和水によって冷却される。このため、内側面6aの表面温度は500℃以下となる。
本実施形態の溶射皮膜は、ボイラ炉壁パネル6の表面である内側面6aに形成される。
【0032】
内側面6aに対する溶射は、大気圧プラズマ溶射によって行われる。
溶射皮膜の形成は、ごみ焼却炉1に組み込まれる前のボイラ炉壁パネル6に対して行うことができる。また、ごみ焼却炉1建設後であってごみ焼却炉1に組み込まれたボイラ炉壁パネル6に対して行うこともできる。ごみ焼却炉1の建設後における溶射皮膜の形成は、再燃焼室4内に作業者が立ち入り、作業者が再燃焼室4内で溶射装置を操作することで行われる。ごみ焼却炉1の建設後における溶射皮膜の形成は、主として一定期間操業した後の補修等を目的として行われる。
再燃焼室4内は、それほど広い空間ではない。このため、例えば、可燃性ガスを燃焼させる高速フレーム溶射で溶射皮膜を形成すると、再燃焼室4内の温度が上昇し、良好な作業環境とは言えない。
この点、大気圧プラズマ溶射では、可燃性ガスを燃焼させる高速フレーム溶射よりも溶射による発熱が抑えられる。このため、大気圧プラズマ溶射によって溶射皮膜を形成すれば、高速フレーム溶射の場合と比較して、溶射皮膜形成時、特に補修時の作業環境を改善することができる。
また、大気圧プラズマ溶射によれば、高速フレーム溶射よりも溶射粒子の表面が酸化しやすく、Bの酸化物及びSiの酸化物が形成しやすくなる。
【0033】
また、本実施形態に係る溶射皮膜形成方法では、溶射皮膜の形成後にフュージング処理を行わなくてもよい。
フュージング処理は、可燃性ガスを燃焼させて溶射皮膜を再溶融させる処理である。このようなフュージング処理を行わないことで、溶射皮膜形成に要する工数を減少させることができる。
さらに、この場合も補修時の作業環境を改善することができる。
【0034】
図3は、上記溶射皮膜形成方法によって得られる溶射皮膜の一例を示す断面図である。
上記溶射皮膜形成方法によって得られる溶射皮膜10は、Niマトリクス11と、Bの酸化物と、Siの酸化物とを含む。Bの酸化物及びSiの酸化物は、Niマトリクス11中に分散して存在している。Niマトリクス11は、Niを主とし、B及びSiを少量含む合金で構成されている。
また、この溶射皮膜10は、Ni酸化物の含有量が極めて少ない。
【0035】
上記溶射粉末材料はB及びSiを適量含んでいるので、溶射時においては、溶射粉末材料におけるB及びSiがNiよりも優先的に酸化され、Niの酸化を抑制できる。この結果、上述のように、溶射皮膜10は、Ni酸化物の含有量が極めて少なく、溶射皮膜10に含まれるNi酸化物を減少させることができる。
また、Niの酸化が抑制されることで、溶射時に積層される粒子間にNi酸化物が介在するのを抑制でき、粒子同士の結合力を高めることができる。
加えて、溶射時に生じるBの酸化物及びSiの酸化物は、上述のように、溶射皮膜10における粒子間に介在し、互いの濡れ性が高まることで、粒子同士の結合力をさらに高めることができる。
このことにより、溶射時に溶射皮膜に形成される貫通気孔の発生がBの酸化物及びSiの酸化物によって抑制され、緻密な溶射皮膜10が得られる。
【0036】
上述したように、飽和水が通過する炉壁管5aを有するボイラ炉壁パネル6の表面である内側面6aは500℃以下である。これに対して、本溶射皮膜形成方法で用いる溶射粉末材料は、Crを含んではいないが、Niを主成分として含んでいる。このため、本方法で得られる溶射皮膜10は、Niマトリクス11を有しており、ボイラ炉壁パネル6の内側面6aにおける温度範囲においては、十分な耐熱性を有する。
また、溶射粉末材料はCrを成分として含んでいないので、溶射皮膜10は、塩化物による腐食の原因となり得るCrの酸化物を生じない。このため、溶射皮膜10は、塩化物による腐食に対して優れた耐性を示す。
【0037】
このように、上記溶射粉末材料を用いることで得られる溶射皮膜10は、緻密でかつ耐高温腐食性に優れ、塩化物による腐食が生じる環境に曝される、ごみ焼却炉1のボイラ炉壁パネル6を好適に被覆し保護することができる。
【0038】
ここで、溶射皮膜10の酸素含有率は、0.1質量%以上、1.0質量%以下であることが好ましい。
溶射皮膜10の酸素含有率は、溶射皮膜10の断面に対してEDS(Energy Dispersive X-ray Spectroscopy)を用い、酸素について定量分析を行うことで求めた値である。
【0039】
溶射皮膜10の酸素含有率が0.1質量%より小さい場合、溶射皮膜10におけるBの酸化物及びSiの酸化物の含有量が少なく、Bの酸化物及びSiの酸化物による貫通気孔の発生の抑制効果が低下するおそれがある。
溶射皮膜10の酸素含有率が1.0質量%よりも大きいと、溶射皮膜10にNi酸化物が比較的多く含まれることとなり、溶射皮膜10の緻密性が損なわれるおそれがある。
溶射皮膜10の酸素含有率を0.1質量%以上、1.0質量%以下とすることで、貫通気孔の発生が抑制された緻密な溶射皮膜10が得られる。
【0040】
また、溶射皮膜10の気孔率は、2%以下であることが好ましい。
溶射皮膜10の気孔率は、溶射皮膜断面の写真から気孔を特定し、皮膜全体に対する気孔が占める割合を画像処理(二値化処理)によって求めた値である。
溶射皮膜10の気孔率が2%より大きい場合、貫通気孔が生じ、溶射皮膜10内に燃焼ガスの腐食成分が侵入し、溶射皮膜10が早期に剥離してしまうおそれがある。
溶射皮膜10の気孔率を2%以下とすることで、溶射皮膜10における貫通気孔の発生を抑制し、溶射皮膜10の早期剥離を抑制することができる。
【0041】
また、溶射皮膜10の膜厚は、50μm~1.0mmであることが好ましい。
溶射皮膜10は燃焼ガスに曝されるが、溶射皮膜10の膜厚が50μm未満であると、溶射皮膜10の一部に貫通気孔ができやすくなり、貫通気孔を通じて腐食成分が基材に到達するおそれがある。
また、溶射皮膜10の膜厚が1.0mmより大きいと、必要以上の膜厚である上に溶射皮膜10の内部応力が大きくなり、その応力によって剥離するおそれが生じる。
溶射皮膜10の膜厚を50μm~1.0mmとすることで、ごみ焼却炉1のボイラ炉壁パネル6の被覆として必要な膜厚を確保することができる。
【0042】
なお、本実施形態の溶射皮膜は、十分に緻密であり気孔率が低いが、より、耐食性を向上させるために、溶射皮膜に対して封孔処理を行っても良い。
封孔処理としては、封孔剤を刷毛塗りまたはスプレー塗布することにより行うことができる。封孔剤としては、シリカ系、シリコーン系等の耐熱性を有するものが好ましい。
【実施例0043】
以下、実施例によって本発明についてさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
SS400鋼の基材(15mm×20mm×厚さ5mm)を用意し、表1に示した組成の通り、Siが3.0質量%、Bが4.5質量%、残部がNi及び不可避不純物である金属粉末(平均粒子径80μm)を溶射粉末材料として用いて大気圧プラズマ溶射法により基材表面に溶射し、膜厚が450μmの溶射皮膜を形成し、試験片を得た。
【0044】
(比較例1)
表1に示した組成の通り、Ni粉末(平均粒子径30μm)を溶射粉末材料として用いた以外は、実施例1と同様にして基材表面に溶射皮膜を形成し、試験片を得た。
【0045】
(比較例2)
表1の通り、インコネル625(登録商標)(58.0Ni-21.5Cr-9.0Mo-5.0Fe-3.7(Nb+Ta)-1.0Co-0.5Si-0.5Mn-0.4Al-0.4Ti)の粉末(平均粒子径80μm)を溶射粉末材料として用いた以外は、実施例1と同様にして基材表面に溶射皮膜を形成し、試験片を得た。
【0046】
(比較例3)
表1の通り、インコネル622(登録商標)(Ni-21Cr-14Mo-3Fe-2.3Co-3.2W-0.3V)の粉末(平均粒子径80μm)を溶射粉末材料として用いた以外は、実施例1と同様にして基材表面に溶射皮膜を形成し、試験片を得た。
【0047】
(比較例4)
表1の通り、Ni-Cr-Si合金(90.7Ni-8.5Cr-0.8Si)の粉末(平均粒子径80μm)を溶射粉末材料として用いた以外は、実施例1と同様にして基材表面に溶射皮膜を形成し、試験片を得た。
【0048】
(比較例5)
表1の通り、インコネル625自溶合金(Ni-22.3Cr-9.3Mo-3.9Nb-3.0Cu-3.1B-2.9Si-0.9C-0.5Fe-0.4Mn-0.3Ti-0.2Al)の粉末(平均粒子径80μm)を溶射粉末材料として用いた以外は、実施例1と同様にして基材表面に溶射皮膜を形成し、試験片を得た。
【0049】
【0050】
(評価試験)
(1)溶射皮膜の断面観察
上記実施例1及び比較例1~5それぞれの各試験片を高速カッタで切断し、得られた切断片を樹脂に埋包した上で鏡面研磨し、SEM装置(日本電子社製 JSM-6390LA)を用いて溶射皮膜の断面を観察した。
【0051】
図4(a)は、実施例1に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真(×200)、
図4(b)は、実施例1に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真(×3000)である。また、
図5(a)は、比較例1に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真、
図5(b)は、比較例2に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真である。
また、
図6(a)は、比較例3に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真、
図6(b)は、比較例4に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真、
図6(c)は、比較例5に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真である。
【0052】
図5(a)中、溶射皮膜内に見られる多数の黒い線状の部分は、気孔又はNi酸化物である。それ以外の白色の部分は、Niである。このように、Ni粉末を用いた比較例1では、溶射皮膜内に気孔及びNi酸化物が多数見られる。
一方、実施例1の溶射皮膜を示す
図4(a)では、
図5(a)で見られるような黒い線状の部分がほとんど見られない。
【0053】
また、下記表2は、
図4(b)中の矩形印f1~f8に示す位置での定性(定量)分析を行った結果を示している。
【0054】
【0055】
上記表2の通り、マトリクス部分(矩形印f5~f8)には酸化物が存在せず、粒子の境界部分(矩形印f1~f4)にのみ酸化物が存在している。
このことから、実施例1の溶射皮膜は、比較例1と比較して気孔及びNi酸化物が非常に少ないことが明らかである。
この実施例1と比較例1との比較結果から、NiにB及びSiを適量含んだ溶射粉末材料を用いれば、溶射時におけるNi酸化を抑制でき、さらに気孔の発生を抑制できることが判る。
【0056】
比較例2の溶射皮膜を示す
図5(b)においても、
図5(a)と同様、気孔又は酸化物である多数の黒い線状の部分が見られる。なお、比較例2では、溶射粉末材料にCrが20質量%以上含まれているため、酸化物の部分は主としてNiやCrの酸化物である。
【0057】
図6(a)、
図6(b)、及び
図6(c)も、
図5(b)と同様であり、気孔又はNiやCrの酸化物である多数の黒い線状の部分が見られる。
特に、
図5(c)は、比較例5の溶射皮膜を示しているが、比較例5で用いた溶射粉末材料は、インコネル625自溶合金であり、Si及びBを一定量含んでいる。それにも関わらず、溶射皮膜内に気孔及びNiやCrの酸化物が多数見られる。
この実施例1と比較例5との比較結果から、NiにCrを添加することなくB及びSiを適量含んだ溶射粉末材料を用いれば、溶射時におけるNiやCrの酸化物の発生を抑制でき、さらに気孔の発生を抑制できることが判る。
【0058】
(2)気孔率及び酸素含有率の測定
気孔率は、上述のように、溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真に基づいて求めた。
酸素含有率は、上述のSEM装置に付属のEDS装置を用い、溶射皮膜断面における一定面積の範囲を対象として酸素について定量分析を行い求めた。
【0059】
表3に示すように、比較例1~5の気孔率が1~5%であるのに対し、実施例1の気孔率は0.58%であり、気孔の発生が抑制されていることが判る。
また、比較例1~5の酸素含有率が1~3質量%であるのに対し、実施例1の酸素含有率は0.73質量%であり、酸素含有率も比較例1~5と比較して低く抑えられていることが判る。
特に、実施例1と比較例1との比較結果から、NiにB及びSiを適量含んだ溶射粉末材料を用いれば、溶射時におけるNi酸化物の発生を抑制できることが、断面観察に加え、酸素含有率の測定結果からも判る。
【0060】
【0061】
(3)高温腐食試験
実施例1及び比較例1~5それぞれの各試験片の溶射皮膜に灰を塗布し、炉内雰囲気をごみ焼却炉1の再燃焼室内と同様に調整した管状炉に投入して昇温し、一定時間保持した。
なお、溶射皮膜に塗布した灰は、操業時にボイラ炉壁パネル6に付着する炉内灰を擬似的に再現した灰である。
試験条件は、以下の通りである。
試験温度:450℃
試験時間:100時間
炉内雰囲気:CO2:10%、O2:8%、HCl:1000ppm、SO2:50ppm、N2:残部
疑似灰:NaCl:21.4%、KCl:14.7%、Na2SO4:37.1%、K2SO4:21.3%、ZnCl:2.5%
【0062】
その後、各試験片を取り出し、各試験片それぞれの溶射皮膜断面の観察、及び断面の定性分析を行った。
その結果、実施例1による溶射皮膜では、腐食成分が溶射皮膜内に見られず、腐食成分が溶射皮膜内に浸透していなかった。
一方、比較例1~5では、腐食成分が溶射皮膜内に見られ、腐食成分が溶射皮膜内に浸透していた。
このことから、実施例1による溶射皮膜では、皮膜内への腐食成分の浸透が抑制され、比較例1~5と比較して耐高温腐食性に優れていることが確認できる。
【0063】
図7(a)は、高温腐食試験後の実施例1に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真、
図7(b)は、高温腐食試験後の比較例2に係る溶射皮膜断面の電子顕微鏡写真である。
図7(a)中の矩形印e1~e8は、その観察範囲内において定性(定量)分析を行った位置を示している。その結果を表4に示す。
同様に、
図7(b)中の矩形印c1~c8は、その観察範囲内において定性(定量)分析を行った箇所を示している。その結果を表5に示す。
【0064】
【0065】
【0066】
図7(a)及び
図7(b)に示すように、両者ともに溶射皮膜の表面は、酸化物(濃い灰色で現れている部分)で覆われていることが判る。
【0067】
また、
図7(a)中、溶射皮膜の表面付近を示す矩形印e1、e2、e3では、Na、Cl、K等、塩化物による腐食に関連する腐食成分はほとんど存在しない。
一方、
図7(b)中、溶射皮膜内を示す矩形印c3、c4では、Na、Cl、K等、塩化物による腐食に関連する腐食成分の存在が認められる。
【0068】
この結果から、矩形印c3、c4は、溶射時に生じたNiやCrの酸化物の部分であり、溶射時に発生するNiやCrの酸化物に沿って、腐食成分が溶射皮膜内に浸透することが判る。
また、実施例1による溶射皮膜では、溶射時におけるNiの酸化が抑制されているので、溶射皮膜内にNi酸化物をほとんど含んでおらず、皮膜内への腐食成分の浸透が抑制されることが明らかとなった。