(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023025913
(43)【公開日】2023-02-24
(54)【発明の名称】心電図からの心房細動検出方法
(51)【国際特許分類】
A61B 5/361 20210101AFI20230216BHJP
A61B 5/347 20210101ALI20230216BHJP
A61B 5/308 20210101ALI20230216BHJP
A61B 5/346 20210101ALI20230216BHJP
G06N 3/045 20230101ALI20230216BHJP
【FI】
A61B5/361
A61B5/347
A61B5/308
A61B5/346
G06N3/04 154
【審査請求】未請求
【請求項の数】4
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021131365
(22)【出願日】2021-08-11
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.MATLAB
(71)【出願人】
【識別番号】504409543
【氏名又は名称】国立大学法人秋田大学
(74)【代理人】
【識別番号】100129838
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 典輝
(72)【発明者】
【氏名】田中 元志
(72)【発明者】
【氏名】鴨澤 秀郁
【テーマコード(参考)】
4C127
【Fターム(参考)】
4C127CC01
4C127CC02
4C127FF02
4C127GG02
4C127GG05
4C127GG11
(57)【要約】
【課題】規則的なRR間隔をもつ心房細動であっても検出されうる、心電図からの心房細動検出方法を提供する。
【解決手段】心電図から心房細動を検出する方法であって、心電図から取得した心電図信号をCNNに適応させる前処理工程と、心電図から異常候補を抽出する第一のCNN工程と、異常候補から心房細動を検出する第二のCNN工程と、を備える、心房細動検出方法である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
心電図から心房細動を検出する方法であって、
前記心電図から取得した心電図信号をCNNに適応させる前処理工程と、
前記心電図から異常候補を抽出する第一のCNN工程と、
前記異常候補から前記心房細動を検出する第二のCNN工程と、を備える、心房細動検出方法。
【請求項2】
前記前処理工程が、基線の揺らぎ、アーチファクト等の抑制・除去を行う帯域通過フィルタである、請求項1に記載の心房細動検出方法。
【請求項3】
前記第一のCNN工程が、前記前処理工程後の心電図信号のスペクトルエントロピーの時系列1次元データと前記前処理工程後の心電図信号の時系列1次元データとを組み合せたデータセットを入力としたCNNである、請求項1または請求項2に記載の心房細動検出方法。
【請求項4】
前記第二のCNN工程が、前記前処理工程後の心電図信号をSTFTしたスペクトログラムの2次元データを入力としたCNNである、請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の心房細動検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心電図からの心房細動検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
心房細動(AF: Atrial Fibrillation)は脳梗塞や心不全、心筋梗塞など重大な疾患の原因となる不整脈の一種である。しかしながら、持続性、慢性へと移行する前の発作性心房細動は自覚症状がないことが多く、放置されやすいため、発作性心房細動の早期発見が望まれる。
【0003】
心房細動の検出では、RR間隔が不規則な不整脈区間を探索し、心電図信号の特徴から識別される場合が多く、規則的なRR間隔をもつ心房細動等は、見逃されやすい。また、ホルター心電計で24時間等の長時間計測された心電図や、集団検診などによる大量の心電図から、心房細動を検出することは容易ではない。
【0004】
心房細動の検出として、画像のパターン認識に強いとされる畳み込みニューラルネットワーク(CNN:Convolutional Neural Network)を利用した検討が多くされており、例えば、非特許文献1では、心電図信号を数秒間に分割し、1次元でCNNに学習させる方法が、非特許文献2では、心電図信号のスペクトログラムを2次元でCNNに学習させる方法が開示されている。また、非特許文献3ではCNNで用いられる時間-周波数解析手法が、非特許文献4ではCNNの学習方法が、それぞれ開示されている。
【0005】
なお、先行する検討で用いられている心電図は、健康診断などでよく用いられる12誘導心電図が多く、安静状態で記録するため、その波形の視認性は良好であるが、記録時間が数10秒~数分と短い。
一方、ホルター心電図は、携帯型の心電計を身体に取り付け、日常生活を送りながら24時間等長時間記録した心電図であり、心房細動の早期発見のために有用である。しかしながら、体動・発汗などによる基線の揺らぎやアーチファクトが非常に多く、心房細動を検出することは容易ではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】U. Erdenebayar, H. Kim, J. Park, D. Kang, and K. Lee, "Automatic Prediction of Atrial Fibrillation Based on Convolutional Neural Network Using a Short-term Normal Electrocardiogram Signal", J. Korean Med. Sci. , Feb. 2019, Vol.34, No.7: e64, pp.1-10
【非特許文献2】M. Zihlmann, D. Perekrestenko, and M. Tschannen, “Convolutional Recurrent Neural Networks for Electrocardiogram Classification”, Sep. 2017, 2017 Computing in Cardiology (Rennes, France), 4 pages
【非特許文献3】F. Auger, P. Flandrin, Yuting Lin, S. McLaughlin, S. Meignen、 T. Oberlin, and H.Wu. , “A Coherent Overview of Time-Frequency Reassignment and Synchrosqueezing”, IEEE Signal Processing Magazine, Aug. 2013, Vol. 30, pp.32-41
【非特許文献4】Y. LeCun, P. Haffner, L. Bottou, and Y. Bengio, “Object Recognition with Gradient-Based Learning”, 1999, Shape, Contour and Grouping in Computer Vision, pp.319-345, Springer
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
心房細動は脳梗塞や心不全、心筋梗塞など重大な疾患の原因となる不整脈の一種である。
図1(a)は正常な心電図信号の一例を、
図1(b)は心房細動の特徴を持つ心電図信号の一例を示す図である。
図1(b)に示すように、心房細動の心電図信号上の特徴として、RR間隔(心室の収縮を表すR波の間隔)が不規則である特徴X、心房の収縮を表すP波が消失する特徴Y、および、不規則な基線の動揺(f波)が発現する特徴Z、が挙げられる。
心房細動の診断では、特徴Xから不整脈区間を探索し、不整脈区間において、特徴Yおよび特徴Zを確認する方法が一般的である。その診断方法では、例えば、規則的なRR間隔をもつ心房細動は検出されない。
【0008】
本発明は、かかる点に鑑み、規則的なRR間隔をもつ心房細動であっても検出されうる、心電図からの心房細動検出方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
心電図からの心房細動を検出する方法であって、心電図から取得した心電図信号をCNNに適応させる前処理工程と、心電図から異常候補を抽出する第一のCNN工程と、異常候補から心房細動を検出する第二のCNN工程と、を備える、心房細動検出方法である。
【0010】
前処理工程が、基線の揺らぎ、アーチファクト等の抑制・除去を行う帯域通過フィルタであることが好ましい。
【0011】
第一のCNN工程が、前処理工程後の心電図信号のスペクトルエントロピーの時系列1次元データと前処理工程後の心電図信号の時系列1次元データとを組み合せたデータセットを入力としたCNNであることが好ましい。
【0012】
第二のCNN工程が、前処理工程後の心電図信号をSTFTしたスペクトログラムの2次元データを入力としたCNNであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、規則的なRR間隔をもつ心房細動を含め、脳梗塞や心不全、心筋梗塞など重大な疾患の原因となりうる心房細動を検出できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1(a)は正常な心電図信号の一例を、
図1(b)は心房細動の特徴を持つ心電図信号の一例を示す図である。
【
図2】
図2は、1つの形態にかかる心房細動検出方法の流れを示す図である。
【
図3】
図3は、第一のCNN工程のCNNに用いる学習データの構成の一例を示す図である。
【
図4】
図4は、第一のCNN工程におけるCNN構成の一例を示す図である。
【
図5】
図5は、第二のCNN工程における心房細動検出の流れを示す一例である。
【
図6】
図6は、第二のCNN工程におけるCNN構成の一例を示す図である。
【
図7】
図7は、心房細動検出方法に沿って具体的に演算を行う1つの形態にかかる心房細動検出装置の構成を概念的に表した図である。
【
図8】
図8(a)はホルター心電図波形の一例を、
図8(b)は
図8(a)の前処理工程後の心電図波形を示す図である。
【
図9】
図9は、スペクトロエントロピーと心電図波形(上段)とそのFSSTの結果(下段)の一例を示す図であり、
図9(a)は洞調律(Sinus)、
図9(b)は心房細動(AF)である。
【
図10】
図10は、心電図波形(上段)とそのスペクトログラム(下段)の一例を示す図であり、
図10(a)は洞調律(Sinus)、
図10(b)は心房細動(AF)である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
{心房細動検出方法}
図2は、1つの形態にかかる心房細動検出方法S1の流れを示す図である。
図2に示されるように、心房細動検出方法S1は、前処理工程S20、第一のCNN工程S30、第二のCNN工程S40を含む。
図2の入力(Input)となる心電図信号取得工程S10により得られた心電図信号に対して、第一のCNN工程S30と第二のCNN工程S40とを含む心房細動検出方法S1を行うことにより、
図2の出力(Output)となる心房細動が検出される。
【0016】
[心電図信号取得工程]
心電図信号取得工程S10は、本開示の心房細動検出方法S1において検出に用いられる心電図信号を取得する工程である。心電図信号の取得方法は公知の方法を制限なく用いることができ、例えば、ホルター心電計による計測、公知のデータからの取得等が挙げられる。計測時間に制限はないが、例えば、24時間程度の長時間でもよい。
心電図信号取得工程S10で得られた心電図信号には、心房細動を含む心電図信号(以下、異常波形ともいう)と含まない心電図信号(以下、正常波形ともいう)とが含まれる。
【0017】
[前処理工程]
前処理工程S20は、心電図信号取得工程S10で取得された心電図信号を、後述するCNN工程に適応させ、心房細動の検出結果を向上させるために行う工程である。前処理工程S20は、例えば、基線の揺らぎ、アーチファクト等の抑制・除去を行う工程である。取得された心電図信号から基線の揺らぎ、アーチファクト等の抑制・除去する方法は、公知の方法を制限なく用いることができるが、帯域通過フィルタ(BPF:Band Pass Filter)をかける方法が挙げられる。
【0018】
一般的に、心電図信号の基線の変動は0.5Hz程度とされているため、心電図信号から低周波成分である基線の揺らぎ等を抑制・除去する観点から、帯域通過フィルタは、0.5Hz以上の高周波帯域通過フィルタ(HPF:High Pass Filter)であってもよく、1Hz以上の高周波帯域通過フィルタであってもよい。
さらに、一般的に、心電図信号においてQRS波の中心周波数は10Hz~25Hz程度、f波の中心周波数は6Hz~8Hz程度とされているため、上述した基線の揺らぎ等を抑制・除去する観点に加え、高周波成分である外来ノイズを抑制・除去し信号対ノイズ比を向上する観点から、帯域通過フィルタの周波数は、0.5Hz~50程度であってもよく、1Hz~30Hz程度であってもよい。
また、これらのフィルタには、線形位相特性を持つFIR(有限インパルス応答)フィルタが好ましい。FIRフィルタは、公知のものを制限なく用いることができる。
【0019】
また、前処理工程S20では、心房細動検出方法S1の検出結果を向上させるために心電図信号の振幅を最大値で正規化等をしてもよい。
【0020】
[第一のCNN工程]
第一のCNN工程S30は、前処理工程S20で得られた心電図信号の正常異常判定を行い、心電図信号の異常候補を抽出する工程である。
心電図信号において、正常波形では基線上で目立った電位変動が見られないのに対して、心房細動、期外収縮等を含む異常波形では短い周期での細かな電位変動が見られる。すなわち、異常波形では正常波形よりも周波数分布の偏りが小さい傾向がある。心電図信号の周波数分布の特徴量により心電図信号の正常異常判定が行われる。
よって、第一のCNN工程S30では、規則的なRR間隔をもつ心房細動であっても、心電図信号の周波数分布の特徴量により心電図信号の異常候補として抽出される。
【0021】
第一のCNN工程S30では、周波数分布の偏りを示す特徴量としてスペクトルエントロピーを用いる。心電図信号において、正常波形と異常波形とでは、スペクトルエントロピーの時系列パターンに差異がある。
スペクトルエントロピーは、信号の白色性を表す特徴量であり、周波数分布が平坦であるほど大きな値をとる。以下のように、スペクトルエントロピーSe(t)は算出される。なお、tは時間、fは周波数である。
【0022】
まず、前処理工程S20が施された心電図信号から、FSST(Fourier Synchro Squeezed Transform)により、パワースペクトログラムS(t,f)を算出する。
FSSTは、窓によって広がったスペクトル成分を押し込めることで時間-周波数平面を再構成する手法であり、FSSTを用いるとパワースペクトログラムの時間分解能はFSST前の心電図信号と等しくなり、後述するスペクトルエントロピーの時間分解能も同様に等しくなる。
FSSTにおいて、解析条件は制限なく設定でき、例えば、解析フレーム長は1.0[s]、窓関数はカイザー窓(α=10程度)、27点FFTとしてもよい。
【0023】
パワー存在確率p(t,f)は、パワースペクトログラムS(t,f)より式(1)で示される。
【0024】
【0025】
周波数パワーの自己情報量I(t,f)は、パワー存在確率p(t,f)より式(2)で示される。
【0026】
【0027】
スペクトルエントロピーSe(t)は、周波数パワーの自己情報量I(t,f)より式(3)で示される。
【0028】
【0029】
図3は、第一のCNN工程S30のCNNに用いる学習データの構成の一例を示す図である。
図3に示すように、第一のCNN工程S30のCNNに用いる学習データの構成は、上記で得られたスペクトルエントロピー(Spectral Entropy)を最大値で正規化した時系列1次元データと、前処理工程S20後の心電図信号(ECG Waveform)の時系列1次元データとを組み合せたデータセットであり、該データを入力しCNN学習を行う。
【0030】
また、第一のCNN工程S30のCNNに用いる学習データの時間長をt[s]、サンプリング周波数をfs[Hz]とすると、時系列データ数n[点]は、サンプリング周波数fs×時間tで表される。チャネル数は時系列データ数nと同じになる。
第一のCNN工程S30のCNNに用いる学習データの時間長tは、制限なく設定できるが、例えば、5[s]~10[s]であってもよい。サンプリング周波数fsは、制限なく設定できるが、例えば、128[Hz]であってもよい。
【0031】
第一のCNN工程S30におけるCNN構成は、前処理工程S20で得られた心電図信号の正常異常判定を行い、心電図信号の異常候補を抽出できるCNN構成であれば、公知のCNN構成を制限なく用いることができる。
第一のCNN工程S30におけるCNN構成は、本実施形態においてはLeNetのCNNを基としたが、LSTM、ResNet等、他のタイプのCNNであってもよい。
【0032】
図4は、第一のCNN工程S30におけるCNN構成の一例を示す図である。なお、本発明の第一のCNN工程S30におけるCNN構成は、
図4のCNN構成の一例に限定されるものではなく、
図4に記載された数値により限定されるものではない。
第一のCNN工程S30のCNN構成は、複数の畳み込み層と複数のプーリング層を含む。第一のCNN工程S30のCNN構成で、畳み込み層およびプーリング層は制限なく設定できるが、例えば、
図4では、5層の畳み込み層(
図4のConv1Dである)と5層の最大プーリング層(
図4のMaxPoolingである)とを交互に配列している。
図4のConv1Dにおいて、A@Bで示されるA(数値)およびB(数値)は、それぞれ、畳み込みフィルタ枚数および畳み込みフィルタサイズを示し、stridesは畳み込みフィルタのスライド幅を示す。
図4のMaxPooling右横の数値はプールサイズを示す。
第一のCNN工程S30のCNNは、データに特化した特徴量に基づいて心電図信号の異常候補を抽出するため、全結合層を含む。第一のCNN工程S30の全結合層は制限なく設定できるが、例えば、
図4では、2層の全結合層(
図4のDenseである)としている。
図4のDense右横の数値は全結合層の出力数を示す。
また、入力ノード数は制限なく設定できるが、時系列データ数と同じにするとよい。例えば、
図4では、第一のCNN工程S30のCNNに用いる時系列データ数nを1280[点]としている。
【0033】
図4のFlattenでは全結合層へ渡すために1次元のベクトルに展開している。
第一のCNN工程S30のCNN構成では、活性化関数を用いる。活性化関数は公知の活性化関数を制限なく用いることができるが、例えば、
図4では、ReLUを用いている。
また、第一のCNN工程S30での正常異常判定の精度向上のために、CNNの過学習を抑えつつ学習精度を向上させるような1回の学習単位(Batch Sizeともいう)および学習回数(Epochともいう)を設定する。
図4では、CNNの過学習を防ぐ観点から、ドロップアウト層(
図4のDropoutである)を設定している。
図4のDropout右横の数値はドロップアウト比率を示す。CNNの過学習を防ぐための方法は公知の方法を用いることができ、ミニバッチごとに正規化等をしてもよい。
【0034】
第一のCNN工程S30の心電図信号の正常異常判定において、異常候補に抽出された心電図信号に対して、第二のCNN工程S40が行われる。
【0035】
[第二のCNN工程]
第二のCNN工程S40は、第一のCNN工程S30で抽出された異常候補の中から心房細動を検出する工程である。
図5は、第二のCNN工程S40における心房細動検出の流れを示す一例である。第二のCNN工程S40は、第一のCNN工程S30で異常候補として抽出された心電図信号を対象とし、該対象の前処理工程S20後の心電図信号に、まず、STFT(Short Time Fourier Transform)を行う。
【0036】
STFTは、窓関数を時間に応じてシフトさせて乗じることにより信号を特定の短い時間に切り出し、その有限長の信号を離散フーリエ変換する手法である。
STFTにおいて、解析条件は制限なく設定でき、例えば、解析フレーム長は0.14[s]、窓関数はカイザー窓(α=10程度)、シフト幅は0.1[s]、27点FFTとしてもよく、窓関数をハミング窓等としてもよい。
【0037】
STFTによって得られるスペクトログラムは、より具体的には、STFTにより算出された周波数スペクトルを、横軸を時間、縦軸を周波数、信号強度を色、として表した図であり、信号の時間周波数構造を可視化するに有用である。信号強度を色で表す方法は、例えば、グレースケール2次元輝度画像等が挙げられる。
第二のCNN工程S40のCNNに用いる学習データの構成は、上記で得られたスペクトログラムから切り出されたグレースケール輝度画像の2次元データであり、該データを入力しCNN学習を行う。
第二のCNN工程S40のCNNに用いる学習データの時間長となる切り出し時間は、制限なく設定でき、例えば、5[s]としてもよい。
【0038】
第二のCNN工程S40では、心房細動(AF)、洞調律(Sinus)、および、期外収縮など(Others)の3種類に分類し、3種類の中で心房細動(AF)と判定されたものを心房細動として検出する。心房細動(AF)以外である洞調律(Sinus)、および、期外収縮など(Others)は、それ以外(Non-AF)として判定する。
【0039】
第二のCNN工程S40によれば、正常な心電図信号が、誤って第一のCNN工程S30の心電図信号の正常異常判定において異常候補に抽出された心電図信号においても、正しく正常な心電図信号と判定され、それ以外(Non-AF)となる。
また、期外収縮も不整脈の一種であり、第二のCNN工程S40において、3種類に分類して判定することで、より第二のCNN工程S40での心房細動の検出精度が向上する。
【0040】
第二のCNN工程S40におけるCNN構成は、第一のCNN工程S30で抽出された異常候補の中から心房細動を検出できるCNN構成であれば、公知のCNN構成を制限なく用いることができる。本実施形態においてはLeNetのCNNを基としたが、LSTM、ResNet等他のタイプのCNNであってもよい。
【0041】
図6は、第二のCNN工程S40におけるCNN構成の一例を示す図である。なお、本発明の第二のCNN工程S40におけるCNN構成は、
図6のCNN構成の一例に限定されるものではなく、
図6に記載された数値により限定されるものではない。
第二のCNN工程S40のCNN構成は、複数の畳み込み層と複数のプーリング層を含む。第二のCNN工程S40のCNN構成の畳み込み層およびプーリング層は制限なく設定できるが、例えば、
図6では、3層の畳み込み層(
図6のConv2Dである)と3層の最大プーリング層(
図6のMaxPoolingである)とを交互に配列している。
図6のConv2Dにおいて、A@Bで示されるA(数値)およびB(数値×数値)は、それぞれ、畳み込みフィルタ枚数および畳み込みフィルタサイズ(Height×Width)を示し、stridesは畳み込みフィルタのスライド幅を示す。
図6のMaxPooling右横の数値はプールサイズを示す。
第二のCNN工程S40のCNNは、データに特化した特徴量に基づいて心電図信号の異常候補を抽出するため、全結合層を含む。第二のCNN工程S40の全結合層は制限なく設定できるが、例えば、
図6では、2層の全結合層(
図6のDenseである)としている。
図6のDense右横の数値は全結合層の出力数を示す。
また、入力ノード数は制限なく設定できるが、2次元画像データの画素数と同じにするとよい。例えば、
図6では、第二のCNN工程S40のCNNに用いる画像データを65×313のグレースケール2次元輝度画像としている。
【0042】
図6のFlattenでは全結合層へ渡すために1次元のベクトルに展開している。また、第二のCNN工程S40の出力層では、第二のCNN工程S40では、心房細動(AF)、洞調律(Sinus)、および、期外収縮など(Others)の3種類に分類するため、例えば、
図6ではSoftmax関数を使用している。
第二のCNN工程S40のCNN構成では、活性化関数を用いる。活性化関数は公知の活性化関数を制限なく用いることができるが、例えば、
図6では、ReLUを用いている。
また、第二のCNN工程S40での心房細動の検出精度の向上のために、CNNの過学習を抑えつつ学習精度を向上させるような1回の学習単位(Batch Sizeともいう)および学習回数(Epochともいう)を設定する。
図6では、CNNの過学習を防ぐ観点から、ドロップアウト層(
図6のDropoutである)を設定している。
図6のDropout右横の数値はドロップアウト比率を示す。CNNの過学習を防ぐための方法は公知の方法を用いることができ、ミニバッチごとに正規化等をしてもよい。
【0043】
[心房細動検出装置]
図7は、上記した心房細動検出方法S1に沿って具体的に演算を行う1つの形態にかかる心房細動検出装置50の構成を概念的に表した図である。心房細動検出装置50は、入力機器57、演算装置51、及び表示手段58を有している。そして演算装置51は、演算手段52、RAM53、記憶手段54、受信手段55、及び出力手段56を備えている。
【0044】
演算手段52は、いわゆるCPU(中央演算子)により構成されており、上記した各構成部材に接続され、これらを制御することができる手段である。また、記憶媒体として機能する記憶手段54等に記憶された各種プログラムを実行し、これに基づいて上記した心房細動検出方法S1の各工程のためのデータ作成等の演算をおこなうのも演算手段52である。
【0045】
RAM53は、演算手段52の作業領域や一時的なデータの記憶手段として機能する構成部材である。RAM53は、SRAM、DRAM、フラッシュメモリ等で構成することができ、公知のRAMと同様である。
【0046】
記憶手段54は、各種演算の根拠となるプログラムやデータが保存される記憶媒体として機能する部材である。また記憶手段54には、プログラムの実行により得られた中間、最終の各種結果を保存することができてもよい。より具体的には記憶手段54には、プログラムが記憶(保存)されている。またその他情報も併せて保存されていてもよい。
【0047】
ここで、保存されているプログラムには、上記した心房細動検出方法S1の各工程を演算する根拠となるCNN等が含まれる。すなわち、心房細動検出方法プログラムは、
図2に示した心房細動検出方法S1の各工程に対応する。
【0048】
受信手段55は、外部からの情報を演算装置51に適切に取り入れるための機能を有する構成部材であり、入力機器57が接続される。いわゆる入力ポート、入力コネクタ等もこれに含まれる。
【0049】
出力手段56は、得られた結果のうち外部に出力すべき情報を適切に外部に出力する機能を有する構成部材であり、モニター等の表示手段58や各種装置がここに接続される。いわゆる出力ポート、出力コネクタ等もこれに含まれる。
【0050】
入力機器57は、心電図信号を取得する機器が挙げられる。ここから得られた情報が演算装置51に取り込まれ、この情報を利用して上記プログラムが実行される。
【0051】
また、その他、ネットワークや通信により受信手段55を介して演算装置51に情報が提供されてもよい。同様にネットワークや通信により出力手段56を介して外部の機器に情報を送信することができてもよい。
【0052】
このような心房細動検出装置50によれば、上記した心房細動検出方法S1を効率的に精度よく行なうことが可能となる。このような心房細動検出装置50としては例えばコンピュータを用いることができる。
【実施例0053】
発明者らは、前処理工程の効果、第一のCNN工程の性能試験、第二のCNN工程の性能試験、および、第一のCNN工程および/または第二のCNN工程による心電図信号からの心房細動検出精度の違いを検証した。以下に条件、試験および評価結果を示す。心房細動検出方法プログラムに、ソフトウェア(Matlab、Python)を使用した。
【0054】
[前処理工程の効果]
図8(a)はホルター心電図波形の一例を、
図8(b)は
図8(a)の前処理工程後の心電図波形を示す図である。
図6における前処理工程S20では、α=10のカイザー窓、低域遮断周波数1Hz、高域遮断周波数30HzのFIR BPFを用いた。FIR BPFは、遮断域の減衰量が50dB程度になるようにし、フィルタの次数を2956次とした。
図8(a)に示されるように、ホルター心電図信号には多くのアーチファクトが重畳しているが、
図8(b)に示されるように、前処理工程S20によって心電図信号の基線の揺らぎ等が除去されていることが確認できる。
【0055】
[第一のCNN工程の性能試験]
図9は、スペクトロエントロピーと心電図波形(上段)とそのFSSTの結果(下段)の一例を示す図であり、
図9(a)は洞調律(Sinus)、
図9(b)は心房細動(AF)である。
図9に示すように、正常波形である洞調律(Sinus)と異常波形である心房細動(AF)とでは、心電図波形およびスペクトロエントロピーの時系列パターンに違いがみられる。なお、
図9におけるFSSTの結果(下段)は、スペクトロエントロピーの算出過程について示したものであり、第一のCNN工程S30の判別には使用していない。
第一のCNN工程S30の学習に用いるデータの構成は、解析フレーム長は1.0[s]、α=10のカイザー窓とし、2
7点のFSSTを行った。また、学習データ時間長を10[s]、入力ノード数を1280とした。CNNの畳み込み層およびプーリング層は5層とし、畳み込み層とプーリング層とは交互に配列し、全結合層は2層とした。
【0056】
表1は、第一のCNN工程S30の学習データ(Training Set)数と未学習データ(Test Set)数を示す。各データは正常波形(Normal)と異常波形(Abnormal)とを含む。
【0057】
【0058】
表1に示す学習データのうち25%をランダムに抽出した検証用データ(Validation Set)とする。学習データ、検証用データ、および、未学習データを使用し、第一のCNN工程S30の性能試験を行った。1回の学習単位は256、学習回数は20とした。第一のCNN工程S30による心電図信号の異常波形の検出率を表2に示す。
【0059】
【0060】
ここで、異常波形が正しく異常波形として判別されたデータ数をTP、異常波形が誤って正常波形として分類されたデータ数をFN、正常波形が誤って異常波形として分類されたデータ数をFP、正常波形が正しく正常波形に判別されたデータ数をTNとし、各指標(Accuracy、Recall、Precision)は算出された。
【0061】
Accuracyは、検出精度を示し、式(4)により算出される。
【0062】
【0063】
Recallは異常波形を正しく異常波形と判断した割合を示し、式(5)により算出される。
【0064】
【0065】
Precisionは異常波形と判断されたものが実際に異常波形であった割合を示し、式(6)により算出される。
【0066】
【0067】
第一のCNN工程S30の性能試験において、未学習データでは、Precisionが約78%、Accuracyが約83%となっており、正常波形を異常波形として検出する割合は、学習データや検証データと比較して高い。しかしながら、Recallが98%以上であり、学習データや検証データと比較しても異常波形の検出漏れは比較的少ないと考えられる。
【0068】
[第二のCNN工程の性能試験]
第二のCNN工程S40の学習に用いるデータの構成は、時間軸×周波数軸がそれぞれ65×313画素のグレースケール2次元輝度画像データであり、解析フレーム長を0.14[s]、α=10のカイザー窓、シフト幅は0.1[s]、とし、27点のFFTを行った。得られたSTFT後のスペクトログラムの切り出し時間は5[s]とした。CNNの畳み込み層およびプーリング層は3層とし、畳み込み層とプーリング層とは交互に配列し、全結合層は2層とした。
【0069】
図10は、心電図波形(上段)とそのスペクトログラム(下段)の一例を示す図であり、
図10(a)は洞調律(Sinus)、
図10(b)は心房細動(AF)である。
図10に示すように、正常波形である洞調律(Sinus)と異常波形である心房細動(AF)とでは、心電図波形およびスペクトログラムに違いがみられる。
【0070】
表3は、第二のCNN工程S40の学習データ数と未学習データ数を示す。各データは心房細動(AF)とそれ以外(Non-AF)を含む。
【0071】
【0072】
表3に示す学習データのうち25%をランダムに抽出した検証用データとする。学習データ、検証用データ、および、未学習データを使用し、第二のCNN工程S40の性能試験を行った。1回の学習単位は256、学習回数は20とした。第二のCNN工程による心房細動の検出率を表4に示す。
【0073】
【0074】
ここで、AFが正しくAFとして判別されたデータ数をTP、AFが誤ってNon-AFとして分類されたデータ数をFN、Non-AFが誤ってAFとして分類されたデータ数をFP、Non-AFが正しくNon-AFに判別されたデータ数をTNとされ、各指標(Accuracy、Recall、Precision)は上述した式(4)~式(6)と同様に算出される。つまり、Accuracyは、検出精度を示し、Recallは実際にAFであるものをAFと検出できた割合を示し、PrecisionはAFと判定したものが実際にAFであった割合を表す。
【0075】
第二のCNN工程S40の性能試験において、未学習データで、Accuracyが約84%で心房細動の検出が可能であった。
【0076】
[第一のCNN工程および/または第二のCNN工程による心房細動検出精度]
図2に示した本開示の心房細動検出方法S1により、被験者10名分の未学習データを使用し、心房細動の検出精度を算出した。より具体的には、被験者およびデータによる偏りの影響を抑制するために、被験者20名分の未学習データから被験者10名分の未学習データを、複数の異なる組合せで選びだし、心房細動の検出精度を各組み合わせで算出し、その平均値を求めた。
ここでは、表2に示した、第一のCNN工程の性能評価で学習させたCNNと、表4に示した、第二のCNN工程の性能評価で学習させたCNNとを用いた。表5は、心房細動の検出率を示す。
【0077】
【0078】
表5より、第一のCNN工のみと第二のCNN工程のみを心房細動の検出に用いた場合と比較して本開示の実施形態である第一のCNN工程と第二のCNN工程とを用いた場合では各指標が全体的によく、その有効性が確認できる。
【0079】
また、RR間隔が一定である心房細動が比較的に長時間発生している被験者2名の24時間分の未学習データについて心房細動の検出を試みた結果、平均して88.6%の検出精度で識別できた。
【0080】
従来技術では、RR間隔が一定である心房細動は、心房細動として検出することが難しかったが、本開示の心房細動検出方法によれば、不規則なRR間隔をもつ心房細動、短時間でRR間隔が一定である心房細動等に加え、長時間にわたりRR間隔が一定である心房細動であっても検出可能である。さらに、本開示の心房細動検出方法によれば、長時間の心電図データの解析が可能となる。
【0081】
また、公開されているデータベース(MIT-BIHなど)での検証、ニューラルネットワーク(NN)構造の改良、被験者数と学習量の増加等で、さらなる心房細動の検出精度の向上が期待される。
本開示の技術は、医師の診断補助、ホルター心電図からの自動検出等に適用可能であり、医療機器メーカー、病院・医院などの医療施設、福祉施設などにおいて、重要な技術になり得る。