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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023026320
(43)【公開日】2023-02-24
(54)【発明の名称】イオン移動度分光分析-質量分析装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/623 20210101AFI20230216BHJP
   H01J 49/42 20060101ALI20230216BHJP
   H01J 49/34 20060101ALI20230216BHJP
   H01J 49/00 20060101ALI20230216BHJP
   H01J 49/28 20060101ALI20230216BHJP
【FI】
G01N27/623
H01J49/42 100
H01J49/34
H01J49/00 450
H01J49/28
【審査請求】有
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022095185
(22)【出願日】2022-06-13
(31)【優先権主張番号】202110921377.0
(32)【優先日】2021-08-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(71)【出願人】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】スン ウェンジャン
(72)【発明者】
【氏名】ツェン クゥオ-フォン
(72)【発明者】
【氏名】ワン カカ
(72)【発明者】
【氏名】チャン シャオチィアン
【テーマコード(参考)】
2G041
5C038
【Fターム(参考)】
2G041CA01
2G041CA02
2G041FA06
2G041GA09
2G041HA03
2G041KA01
2G041KA03
5C038HH07
5C038HH11
(57)【要約】      (修正有)
【解決手段】目的分析物イオンを生成するためのイオン化源1と、大気圧よりも低い圧力環境で動作し、イオン化源の目的分析物イオンの少なくとも一部を受け取り、目的分析物イオンから所定の移動度範囲内のイオンを選択し通過させるイオン移動度フィルタ9と、イオン移動度フィルタの後段に接続され、所定の移動度範囲内のイオンから所定の質量電荷比範囲内のイオンを選択し通過させるマスフィルタと、を含むイオン移動度分光分析-質量分析装置を提供する。
【効果】当該イオン移動度分光分析-質量分析装置は、走査電界と印加気流の相乗効果で衝突断面積に基づいて目的物イオンを分離できるとともに、低気圧下で動作可能で、目的物分析の効率及びスペクトル内のダイナミックレンジを向上させ、特定の目的イオンに対して信頼性が高くかつ正確な定量分析を行うことができる。
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
目的分析物イオンを生成するためのイオン化源と、
大気圧よりも低い圧力環境で動作し、前記イオン化源の前記目的分析物イオンの少なくとも一部を受け取り、前記目的分析物イオンから所定の移動度範囲内のイオンを選択し通過させるイオン移動度フィルタと、
前記イオン移動度フィルタの後段に接続され、前記所定の移動度範囲内のイオンから所定の質量電荷比範囲内のイオンを選択し通過させるマスフィルタと、
を含む、ことを特徴とするイオン移動度分光分析-質量分析装置。
【請求項2】
前記イオン移動度フィルタは低真空微分移動度分析計である、ことを特徴とする請求項1に記載のイオン移動度分光分析-質量分析装置。
【請求項3】
前記イオン移動度フィルタはU型イオン移動度分析計である、ことを特徴とする請求項1に記載のイオン移動度分光分析-質量分析装置。
【請求項4】
前記U型イオン移動度分析計の動作気圧は50‐300Paである、ことを特徴とする請求項3に記載のイオン移動度分光分析-質量分析装置。
【請求項5】
前記マスフィルタは、四重極マスフィルタ、磁場偏向型マスフィルタまたは二重集束型マスフィルタである、ことを特徴とする請求項1に記載のイオン移動度分光分析-質量分析装置。
【請求項6】
前記マスフィルタの後段に接続された質量分析部をさらに備え、前記質量分析部が、四重極質量分析計、磁場偏向型質量分析計、二重集束型質量分析計、飛行時間型質量分析計、イオントラップ質量分析計、オービトラップ質量分析計又はフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計である、ことを特徴とする請求項1に記載のイオン移動度分光分析-質量分析装置。
【請求項7】
前記イオン移動度フィルタと前記マスフィルタとの間に第1イオン解離装置が取り付けられ、前記第1イオン解離装置が、衝突誘起解離装置、表面誘起解離装置、光誘起解離装置または電子捕捉解離装置である、ことを特徴とする請求項1に記載のイオン移動度分光分析-質量分析装置。
【請求項8】
前記マスフィルタと前記質量分析部との間に第2イオン解離装置が取り付けられ、前記第2イオン解離装置が、衝突誘起解離装置、表面誘起解離装置、光誘起解離装置または電子捕捉解離装置である、ことを特徴とする請求項5に記載のイオン移動度分光分析-質量分析装置。
【請求項9】
目的分析物イオンを生成するステップと、
大気圧よりも低い圧力環境で動作するイオン移動度フィルタにより前記目的分析物イオンの少なくとも一部を受け取るとともに、前記目的分析物イオンから所定の移動度範囲内のイオンを選択し通過させるステップと、
前記イオン移動度フィルタの後段に接続されるマスフィルタを利用して前記所定の移動度範囲内のイオンから所定の質量電荷比範囲内のイオンを選択し通過させるステップと、
を含む、ことを特徴とするイオン移動度分光分析-質量分析方法。
【請求項10】
不連続な複数のイオン移動度チャネルの中から前記所定の移動度範囲として1つのイオン移動度チャネルを選定して切り替え、その中、各前記イオン移動度チャネルが一つ又は複数の前記マスフィルタの質量電荷比チャネルに対応するステップをさらに含む、ことを特徴とする請求項9に記載のイオン移動度分光分析-質量分析方法。
【請求項11】
不連続な複数のイオン移動度チャネルの中から1つのイオン移動度チャネルを選定して切り替えるステップにおいて、特定のタイミングで前記イオン移動度チャネルと前記質量電荷比チャネルを同時に切り替えて目的分析物を変更する、ことを特徴とする請求項10に記載のイオン移動度分光分析-質量分析方法。
【請求項12】
前記マスフィルタの後段に接続された質量分析部が提供され、また、1つの前記イオン移動度チャネルと1つの前記マスフィルタの質量電荷比チャネルの組み合わせは、1つ又は複数の前記質量分析計の質量電荷比チャネルに対応するステップを更に含む、ことを特徴とする請求項10に記載のイオン移動度分光分析-質量分析方法。
【請求項13】
前記イオン移動度フィルタは50‐300Paの環境で動作するU型イオン移動度分析計である、ことを特徴とする請求項9に記載のイオン移動度分光分析-質量分析方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオン移動度分析の技術分野に関し、特に、イオン移動度分光分析-質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析計は、荷電粒子が電磁場中で偏向できるという原理に従って、物質、原子、分子又は分子フラグメントの質量差で物質成分を分離及び検出する機器であり、四重極質量分析計、イオントラップ質量分析計、飛行時間型質量分析計、及び磁場型質量分析計等が含まれる。その中、四重極質量分析計は、固定的な質量電荷比(m/z)チャネルで高い安定性と高いデューティ比を有するため、質量定量分析に広く利用されている。しかし、目的イオンが同重元素または異性体である場合、質量分解能の低い四重極質量分析計で区別することは困難である。この問題を解決する方法の一つとして、前段の母イオンと後段のフラグメント娘イオンの質量電荷比チャネルを1つのトリプル四重極質量分析計で同時にモニタリングする(通常は、多重反応モニタリングMulti reaction monitoring,MRMモードと呼ばれる)方法があり、この方法は多くの場合にとても有用であるが、前段イオンとフラグメントイオンとがあいにく同一の質量電荷比を有する場合に、上記手段は通用しなくなる。2つの目的分子をさらに区別するためには、他の方法をとる必要がある。
【0003】
イオン移動度分光計が衝突断面積に応じてイオンを区別でき、その衝突断面積は、分子量に比較的依存しないものである。ここで、同じ質量電荷比を有しているが衝突断面積が異なっている目的分子を仮定し、そのイオンビームを、イオン移動度分析計を通過させてからさらに四重極質量分析計を通過させれば、これら2種類の物質が区別される。しかし、典型的なイオン移動度分光計は、ドリフトモード(ドリフトチューブ式イオン移動度分光分析Drift tube ion mobility spectrometry、略称DTIMSと、T-Waveイオン移動度分光分析Travelling wave ion mobility spectrometry、略称TW‐IMS)や走査モード(トラップ型イオン移動度分光分析Trapped ion mobility spectrometry、略称TIMS)(Karasek et.al., 「Anal. Chem.」48,1133-1137(1976);US.Pat.No.9939408B2;US.Pat.No.9741552B2)で動作するため、四重極質量分析計は、それらの遷移ピークが現れるときにのみ目的物を分析できるが、その時間は分析プロセス全体の極一部しか占めない。四重極質量分析計にとって、上記状況は非常に低いデューティ比を示し、安定した分析プロセスにとっては不利である。従って、より良好な定量分析を実現するために、フィルタ型移動度分析計を四重極質量分析計と併用する必要がある。また、移動度分析計の衝突断面積チャネルと四重極質量分析計の質量電荷比チャネルとを対応付けることにより、化学的ノイズを低減するとともに定量精度を向上させることができる。
【0004】
微分移動度分析計(Differential Mobility Analyzer、略称DMA)、微分イオン移動度分光分析計(Differential Mobility Spectrometry、略称DMS)、非対称電界印加型イオン移動度分光分析計(Field Asymmetric Ion Mobility Spectrometry、略称FAIMS)は、いずれもフィルタ型のイオン移動度分光分析装置であり、既に四重極質量分析計と併用する前例があった(例えばUS.Pat.No.7,855,360B2)。しかしながら、DMA装置は、主にエアロゾルの分析に供されており、小分子に対する技術については、通常、分解能が非常に低い(50程度)(Rus et.al., 「Intl. J. Mass. Spec.」298,30-40(2010))。DMS(またはFAIMS)は、イオンが交替している高圧と低圧の電界を経る際に、異なる分析物と溶媒分子との間の異なるクラスター効果によって分離することを利用する手段であり、商業化製品にとって、その分解能も非常に低い(20未満)(US.Pat.No.9846143B2:Dodds, et.al., 「Anal. Chem.」89,12176-12184(2017))。このような分析物と溶媒分子とのクラスター効果を利用してイオンを分離する手段は分析物の化学的性質と環境に大きく依存するため、予測が困難である。また、DMAやDMS製品は、通常、大気圧下で動作し、質量分析計と併用した場合のイオン損失が非常に高い。
【0005】
よって、特定の目的イオンに対して信頼性が高くかつ正確な定量分析を行うために、分解能が高く、イオン損失が低く、かつ、分離を予測可能な特性を高く有するイオン移動度分光分析-質量分析装置が必要とされている。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題に対して、本発明は、走査電界と印加気流の相乗効果で衝突断面積に基づいて目的物イオンを分離できるとともに、低圧下で動作可能で、目的物分析の効率及びスペクトル内のダイナミックレンジを向上させ、特定の目的イオンに対して信頼性が高くかつ正確な定量分析を行うことができるイオン移動度分光分析-質量分析装置を提供する。
【0007】
上記目的および他の関連する目的を達成するために、本発明が提供するイオン移動度分光分析-質量分析装置は、
目的分析物イオンを生成するためのイオン化源と、
大気圧よりも低い圧力環境で動作し、イオン化源の目的分析物イオンの少なくとも一部を受け取り、目的分析物イオンから所定の移動度範囲内のイオンを選択し通過させるイオン移動度フィルタと、
イオン移動度フィルタの後段に接続され、所定の移動度範囲内のイオンから所定の質量電荷比範囲内のイオンを選択し通過させるマスフィルタと
を含む。
【0008】
本発明の好ましい技術案において、イオン移動度フィルタは、低真空微分移動度分析計である。
【0009】
本発明の好ましい技術案において、イオン移動度フィルタは、U型イオン移動度分析計である(U-shaped ion mobility、略称UMA、Wang et.al., 「Anal. Chem.」92,8356-8363(2020);US.Pat.No.10739308B2;CN109003876B)。
【0010】
本発明の好ましい技術案において、U型イオン移動度分析計の動作気圧は50‐300Paである。
【0011】
本発明の好ましい技術案において、マスフィルタは、四重極マスフィルタ、磁場偏向型マスフィルタまたは二重集束型マスフィルタである。
【0012】
本発明の好ましい技術案において、イオン移動度分光分析-質量分析装置は、マスフィルタの後段に接続された質量分析部をさらに備え、前記質量分析部が、四重極質量分析計、磁場偏向型質量分析計、二重集束型質量分析計、飛行時間型質量分析計、イオントラップ質量分析計、オービトラップ質量分析計又はフーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴質量分析計である。
【0013】
本発明の好ましい技術案において、イオン移動度フィルタとマスフィルタとの間に第1イオン解離装置が取り付けられ、前記第1イオン解離装置が、衝突誘起解離装置、表面誘起解離装置、光誘起解離装置または電子捕捉解離装置である。
【0014】
本発明の好ましい技術案において、マスフィルタと質量分析部との間に第2イオン解離装置が取り付けられ、前記第2イオン解離装置が、衝突誘起解離装置、表面誘起解離装置、光誘起解離装置または電子捕捉解離装置である。
【0015】
また、本発明は、
目的分析物イオンを生成するステップと、
大気圧よりも低い環境で動作するイオン移動度フィルタにより目的分析物イオンの少なくとも一部を受け取るとともに、目的分析物イオンから所定の移動度範囲内のイオンを選択し通過させるステップと、
イオン移動度フィルタの後段に接続されたマスフィルタを用いて、所定の移動度範囲内のイオンから所定の質量電荷比範囲内のイオンを選択し通過させるステップと
を含むイオン移動度分光分析-質量分析方法をさらに提供する。
【0016】
不連続な複数のイオン移動度チャネルの中から所定の移動度範囲として1つのイオン移動度チャネルを選定して切り替え、その中、各イオン移動度チャネルが一つ又は複数のマスフィルタの質量電荷比チャネルに対応する。
【0017】
不連続な複数のイオン移動度チャネルの中から1つのイオン移動度チャネルを選定して切り替えるステップにおいて、特定のタイミングでイオン移動度チャネルと質量電荷比チャネルを同時に切り替えて目的分析物を変更する。
【0018】
マスフィルタの後段に接続された質量分析部が提供され、また、1つのイオン移動度チャネルと1つのマスフィルタの質量電荷比チャネルの組み合わせは、1つ又は複数の質量分析部の質量電荷比チャネルに対応する。
【発明の効果】
【0019】
当該イオン移動度分光分析-質量分析装置は、伝送断面損失が小さく、分解能が高いものであるため、イオンを良好に分離でき、イオン損失が低減されるようになる。また、当該イオン移動度分光分析-質量分析装置は、目的分析物の分析効率及びスペクトル内のダイナミックレンジを向上でき、より良好な定量結果を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施例1におけるイオン移動度フィルタとシングル四重極質量分析計との併用を示す概略図である。
図2】本発明の実施例1における10%アジレントチューニング混合液中の2種類のホスファジン誘導体イオンのイオン移動度スペクトルである。
図3】本発明の実施例1における10%アジレントチューニング混合液にレセルピンを加えた後の2種類のホスファジン誘導体イオンのイオン移動度スペクトルである。
図4】本発明の実施例2におけるイオン移動度フィルタとトリプル四重極質量分析計との併用を示す概略図である。
図5】本発明の実施例2における第1質量電荷比チャネルが325の質量チャネルに固定された場合の、エチルミヒラーケトンのイオン移動度スペクトルである。
図6】本発明の実施例2におけるMRMモードでの2つの質量チャネルのイオン移動度スペクトルである。
図7】本発明の実施例2におけるN型プロトン化サイト異性体の2次マススペクトルである。
図8】本発明の実施例2におけるO型プロトン化サイト異性体の2次マススペクトルである。
図9】本発明の実施例3の多種のイオン移動度フィルタと質量分析計との併用のモードである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態における技術案を、本発明の実施形態における図面に合わせて、明確且つ完全に説明する。説明される実施形態は本発明の実施形態の一つに過ぎず、すべての実施形態ではないことが明らかである。本発明における実施形態に基づいて、当業者が創造的な労働なしに取得される他のすべての実施形態は、いずれも本発明の保護範囲に属する。
【0022】
本発明は、イオン移動度分光分析-質量分析装置を提供する。その中、イオン移動度分光分析装置は、イオン移動度フィルタ9であり、イオン衝突断面積に基づいて目的分析物を選別することができるとともに高いデューティ比を有する。イオン移動度フィルタ9には、低真空で動作する微分移動度分析計(DMA)、低真空で動作する微分イオン移動度分光分析計(DMS)または非対称電界印加型イオン移動度分光分析計(FAIMS)が含まれてもよいが、これらに限らず、好ましくは、当該イオン移動度フィルタ9は、U型イオン移動度分析計(UMA)である。質量分析装置は、四重極や磁場型質量分析計などのマスフィルタであり、このようなマスフィルタ機能を有する質量分析装置は、イオン移動度フィルタ9と併用して特定の目的イオンに対して信頼性が高くかつ正確な定量分析を行うことができる。
【0023】
なお、本発明において「低真空」という用語は、10‐3000Paの真空環境を意味する。
【0024】
また、本発明のいくつかの実施形態では、イオン移動度フィルタは、イオン衝突断面積に基づいてイオンを選別する装置であってもよいが、イオン衝突断面積とイオン移動度、イオン衝突体積等のパラメータが物理上の対応性又は関連性を持ち、本発明のいくつかの実施形態において、イオン移動度フィルタが、イオン衝突断面積、イオン衝突体積、イオン移動度のいずれか又はいくつかの組み合わせに基づいて、イオンを選別してもよいことは、当業者にとって自明なことである。
【0025】
<実施例1>
図1は、本発明の実施例1におけるイオン移動度フィルタ9とシングル四重極質量分析計との併用を示す概略図であり、図1に示すように、本実施例におけるイオン移動度分光分析-質量分析装置は、目的分析物イオンを生成するためのイオン化源1と、大気圧よりも低い環境で動作し、イオン化源1の目的分析物イオンの少なくとも一部を受け取り、目的分析物イオンから所定の移動度範囲内のイオンを選択し通過させるイオン移動度フィルタ9と、イオン移動度フィルタ9の後段に接続され、所定の移動度範囲内のイオンから所定の質量電荷比範囲内のイオンを選択し通過させるマスフィルタと、を含む。
【0026】
また、本実施例におけるイオン移動度分光分析-質量分析装置は、キャピラリ2と、第1イオンガイド装置3と、第2イオンガイド装置4と、第3イオンガイド装置5と、第1イオン解離装置6と、質量分析部10とを更に備える。
【0027】
具体的には、本実施例におけるイオン移動度フィルタ9は、U型イオン移動度分析計であり、マスフィルタは、第1質量電荷比チャネル80である。目的分析物イオンは、イオン化源1から生成し、キャピラリ2を通して真空度約200Paの第1イオンガイド装置3に入り、その後、U型イオン移動度分析計に入る。U型イオン移動度分析計に電圧を印加して電界が形成され、ガス12が、U型イオン移動度分析計の一端から流入し、他端からポンプ11により吸引され、イオン導入方向に垂直な方向に気流が形成される。走査電界と印加気流の相乗効果により、U型イオン移動度分析計には、一対のイオンチャネルが作られ特定の衝突断面積のイオンを通過させる。その真空度は、50~300Pa、好ましくは150~200Paである。選別されたイオンは、真空度約10Paの第2イオンガイド装置4と真空度約0.1Paの第3イオンガイド装置5とを順に経由し、その後、第1イオン解離装置6に入って解離破砕されてから、後段の第1質量電荷比チャネル80に入り二回目の選択を経て、最後に質量分析部10に入って検出・分析される。
【0028】
なお、本実施例におけるU型移動度分析計は、50‐300Pa、好ましくは150‐200Paの気圧範囲内にあるため、イオンがよりよく分離されるとともに、RF電圧に拘束され、イオン損失が低減される。微分イオン移動度分光分析計は、ある衝突断面積のイオンを選別してもよいが、通常、大気圧下でしか動作できないので、伝送断面損失が極めて大きいだけでなく、分解能もかなり低い。微分イオン移動度分光分析計を低気圧下で動作させることができれば、本発明の要求を一部満たすこともできる。
【0029】
一般的な質量分析プロセスにおいて、異性体または同素体の分析は、通常、タンデム質量分析計を用いて測定対象のイオンを解離し、娘イオンの質量の違いによって母イオンの種類を区別するという手段を採用する。この手段には、異性体や同素体の構造が非常に類似していると、これらの多くの娘イオンの質量も同一であり、この際タンデム質量分析計で区別することが非常に難しいという制限がある。イオン移動度フィルタ9を導入することで、他の次元からイオンを区別でき、移動度が異なることは、イオンが異なる衝突断面積を有することを示し、質量が同じ異性体や同素体を移動度軸上で分離可能である。同時に、本実施例で用いたイオン移動度分析計及び質量分析部10は、いずれも濾過型であるため、走査中にどのチャネルに位置しても、他のチャネルに属するイオンが全てリアルタイムに除去され、現在のチャネルのイオンに空間電荷効果等の影響を与えない。このような動作モードでは、目的分析物イオンの分析プロセス中に優れたスペクトル内のダイナミックレンジを得ることができる。一方、ドリフトチューブ式イオン移動度分光分析、T-Wave移動度分光分析又はトラップ型イオン移動度分光分析などの非濾過型の移動度分光分析では、全ての目的イオンがあらかじめ1箇所に蓄積されてから逐次に分析される必要がある。混合物中の濃度比に大差がある化合物にとって、低濃度試料は、空間電荷の影響で感度が大きく低下しやすく、スペクトル内のダイナミックレンジに大きな影響を及ぼす。勿論、比較的良好なスペクトル内のダイナミックレンジを得るために、質量分析計も濾過型分析計であることが最も好ましい。これも本実施例が四重極を選択する理由である。また、磁場型質量分析計や二重集束型質量分析計も濾過型分析計であり、本発明の要求を満たすことができる。
【0030】
図2は、本発明の実施例1における10%アジレントチューニング混合液中の2種類のホスファジン誘導体イオンのイオン移動度スペクトルであり、実験設計では、まず、質量電荷比(m/z)がそれぞれ622及び922である、10%アジレントチューニング混合液中の2種類のホスファジン誘導体のイオンを利用してU型イオン移動度分析計のイオン濾過モードと四重極質量分析計との併用分析を行った。2種類の目的分析物の濃度は約1ppbであった。図2に示すように、四重極マスフィルタをm/zが622及び922である質量チャネルに固定する場合、U型イオン移動度分析計による電界走査では、3.24V/mm及び3.90V/mmにイオンピークがそれぞれ現れる。ここで、異なるピーク出現位置は、異なるイオン衝突断面積を示す。次に、10%アジレントチューニング混合液にレセルピン(m/z609)10ppmを加えた。図3は、本発明の実施例1における10%アジレントチューニング混合液にレセルピンを加えた後の2種類のホスファジン誘導体イオンのイオン移動度スペクトルである。図3に示すように、実験によると、比較的高濃度のレセルピン(m/z609)溶液を加えても、m/zが922であるホスファジン誘導体のイオンのピークが依然として出現し、そのイオンのピーク出現位置及び強度は、高濃度のレセルピン溶液に僅かしか影響されない。一方、事前に蓄積してから逐次に放出するイオン移動度分析モードでは、同じ分析物から得られた結果として、低濃度試料m/z922のピークは、空間電荷効果によって完全に消えた。以上の結果から、スペクトル内の幅広いダイナミックレンジの分析を行う時にイオン移動度フィルタ9を使用するという手段の優位性が分かる。
【0031】
<実施例2>
実施例1に記載の分析装置は、化学的ノイズによる干渉が発生する場合がある。すなわち、特定の移動度と質量電荷比のチャネルについて、溶媒や不純物等の他の化学的背景物質も含まれている可能性がある。その時に得られた定量データは、十分に正確ではない可能性があり、化学的ノイズによる干渉をさらに除去するにはタンデム質量分析計が必要になる。図4は、本発明の実施例2におけるイオン移動度フィルタ9とトリプル四重極質量分析計との併用を示す概略図であり、図4に示すように、このイオン移動度分光分析-質量分析装置は、イオン化源1と、キャピラリ2と、第1イオンガイド装置3と、イオン移動度フィルタ9と、第2イオンガイド装置4と、第3イオンガイド装置5と、第1イオン解離装置6と、第1質量電荷比チャネル80と、第2イオン解離装置7と、第2質量電荷比チャネル81と、質量分析部10とを含む。
【0032】
本実施例では、イオン移動度フィルタ9は、依然としてU型イオン移動度分析計であるが、マスフィルタは、第1質量電荷比チャネル80と、第2質量電荷比チャネル81とを含む。具体的には、U型イオン移動度分析計とトリプル四重極質量分析計との併用により、U型イオン移動度分析計と第1質量電荷比チャネル80により選択された母イオンは、第2イオン解離装置7によって解離され、娘イオンがさらに第2質量電荷比チャネル81により選別されてから、最後に質量分析部10に入って検出・分析される。化学的ノイズによる干渉を排除したため、2回の質量選別で得られた定量データは、より正確になる。
【0033】
本実施例において、第1イオン解離装置6及び第2イオン解離装置7は、衝突誘起解離装置、光誘起解離装置、電子捕捉解離装置等であってもよい。第1イオン解離装置6と第2イオン解離装置7の後に接続されるものは、四重極、磁場型質量分析計等の濾過型質量分析計であってもよいし、飛行時間、静電トラップ、フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴などの走査型質量分析計であってもよい。
【0034】
図5は、本発明の実施例2における第1質量電荷比が325の質量チャネルに固定された場合の、エチルミヒラーケトン(化学構造式I)のイオン移動度スペクトルである。
【化1】
【0035】
図6は本発明の実施例2におけるMRMモードでの2つの質量チャネルのイオン移動度スペクトルである。
【0036】
具体的には、実施例2はイオン移動度フィルタ9とトリプル四重極質量分析計との併用の利点を実験例で説明し、本実施例では、エチルミヒラーケトン(質量電荷比325)を用いてプロトン化異性体の分離と標定を行った。
【0037】
図5は第1質量電荷比チャネル80がm/z325の質量チャネルに固定された場合の、エチルミヒラーケトンのイオン移動度スペクトルである。そのうち、U型イオン移動度分析計において、電界走査中の2.8V/mm付近に2つのイオンピークが現れた。この結果は、エチルミヒラーケトンが2種類の異なるプロトン化サイトが存在し、プロトン化サイトの違いにより、その空間構造の違い(すなわち、イオン移動度スペクトルのピーク出現位置の違い)が生じることを示す。文献から、先に出現したイオン移動度スペクトルのピークは、プロトンが3級アミン基に結合するN型プロトン化サイト異性体(N‐Protomer)であり、後に出現したイオン移動度スペクトルのピークは、プロトンがカルボニル基に作用するO型プロトン化サイト異性体(O‐Protomer)であると推測される。この異性体をさらに分析するために、トリプル四重極質量分析計により多重反応モニタリング(MRMモード)を行った。図6は、MRMモードにおける2つの質量チャネルのm/z325>176及びm/z325>281のイオン移動度スペクトルをそれぞれ示している。結果として、異なるプロトン化サイトもイオンの解離方式に影響を与えることを示している。N-protomerにとっては、m/z325>176という解離チャネルしかない。図7は、本発明の実施例2におけるN型プロトン化サイト異性体の2次マススペクトルである。一方、O‐protomerにとっては、m/z325>176とm/z325>281という2つの解離チャネルがある。図8は、本発明の実施例2におけるO型プロトン化サイト異性体の2次マススペクトルである。
【0038】
以上の分析実験例によれば、イオン移動度分光分析とシングル四重極の組み合わせを単独で使用する場合でも、トリプル四重極質量分析計のMRMモードを単独で使用する場合でも、異性体イオンの定性または定量分析が不完全かつ不正確である可能性があることを十分に説明できた。本実施例で提出されたイオン移動度フィルタ9とタンデム質量分析計とを併用する分析方法は、イオンそのものをより正確に確認する上で定量分析を行うことができる。
【0039】
<実施例3>
実際の分析中に、イオン移動度フィルタ9は、一部の異性体を区別することは可能であるが、その分解能に限界がある。このとき、同一の移動度チャネルには、クラスター化された溶媒イオンや他の類似している移動度と質量電荷比を有する非目的イオンなどの不純物が含まれている可能性もある。各異性体の娘イオンについて、移動度の選択後に直接選別することにより、溶媒クラスターや他の不純物からの干渉を効果的に低減し、定量過程全体の正確性を高めることができる。図9は、本発明の実施例3に係る多種のイオン移動度フィルタ9と質量分析計との併用のモードである。これらはA、B、C、Dの4つのモードに分けられ、そのうち、Bモードは、上記モードに必要とされる機器配置を示している。すなわち、イオン移動度フィルタ9の後段に1つの第1イオン解離装置6が取り付けられている。その作用は、イオン移動度フィルタ9から選別されたイオンを直接解離破砕し、さらに後段のマスフィルタにより二回目の選択と検出を行うことである。
【0040】
図9のBモードに示した構造は、実施例2のイオン移動度フィルタ9とトリプル四重極の組み合わせと結合し、図9のDモードに示した構造となるようにさらに拡張してもよい。即ち、イオン移動度フィルタ9により選択されたイオンからは、第1イオン解離装置6を経て1次娘イオンが得られ、第1質量電荷比チャネル80で選別され、選別されたイオンは、さらに第2イオン解離装置7に入り、2次娘イオンが得られ、第2質量電荷比チャネルで選別され、最後に通過したイオンは質量分析部10に入って検出される。上記プロセスは、非常に複雑な混合物を分析する際に化合物の異なる移動度や母/娘イオンの質量などの複数の情報に基づいて、より正確な選別を行うことができ、偽陽性の確率をより低減させることができるという利点がある。
【0041】
図9のAモードと図9のCモードは、それぞれ、本発明の実施例1と実施例2の機器配置に対応しており、ここでは説明を省略する。
【0042】
上述した実施例は、本発明を制限するためのものではなく、本発明の原理及びその機能を例示的に説明するものに過ぎない。当業者は、本発明の精神および範囲から逸脱することなく、上記の実施例を修正または変更することができる。そのため、本発明に掲載された精神および技術的思想から逸脱しない限り、当該技術分野における通常の知識を有する者により行われるすべての同等の修正または変更は、いずれも本発明の請求の範囲に含まれるべきである。
【符号の説明】
【0043】
1…イオン化源
2…キャピラリ
3…第1イオンガイド装置
4…第2イオンガイド装置
5…第3イオンガイド装置
6…第1イオン解離装置
7…第2イオン解離装置
80…第1質量電荷比チャネル
81…第2質量電荷比チャネル
9…イオン移動度フィルタ
10…質量分析部
11…ポンプ
12…ガス
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9