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特開2023-26887Mg基合金負極材、Mg負極材、及びこれらを用いたMg二次電池
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  • 特開-Mg基合金負極材、Mg負極材、及びこれらを用いたMg二次電池 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023026887
(43)【公開日】2023-03-01
(54)【発明の名称】Mg基合金負極材、Mg負極材、及びこれらを用いたMg二次電池
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/134 20100101AFI20230221BHJP
   H01M 4/46 20060101ALI20230221BHJP
   H01M 10/054 20100101ALI20230221BHJP
   C22C 23/00 20060101ALI20230221BHJP
   C22C 23/02 20060101ALI20230221BHJP
   C22C 23/04 20060101ALI20230221BHJP
   C22C 23/06 20060101ALI20230221BHJP
   C22C 24/00 20060101ALI20230221BHJP
   C22F 1/16 20060101ALN20230221BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20230221BHJP
【FI】
H01M4/134
H01M4/46
H01M10/054
C22C23/00
C22C23/02
C22C23/04
C22C23/06
C22C24/00
C22F1/16 Z
C22F1/00 604
C22F1/00 612
C22F1/00 623
C22F1/00 627
C22F1/00 630G
C22F1/00 661C
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】18
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021132315
(22)【出願日】2021-08-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業「Mg金属組織学」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】染川 英俊
(72)【発明者】
【氏名】万代 俊彦
【テーマコード(参考)】
5H029
5H050
【Fターム(参考)】
5H029AJ05
5H029AK02
5H029AK03
5H029AL11
5H029AM04
5H029AM07
5H029HJ00
5H029HJ02
5H029HJ04
5H029HJ05
5H029HJ17
5H029HJ18
5H050AA07
5H050BA15
5H050CA02
5H050CA07
5H050CB11
5H050HA00
5H050HA02
5H050HA04
5H050HA05
5H050HA17
5H050HA18
(57)【要約】
【課題】本発明は、優れた電気化学特性を有するMg基合金負極材を提供することを課題としている。
【解決手段】Al、Ag、Bi、Ca、Sn、Mn、Li、RE(希土類)、ZnのMgに固溶する元素のうち1種類の元素を添加したMg基合金または不純物元素が不可避的に存在するMg基合金であり、これらのMg基合金の厚さが7μm以上0.5mm以下からなり、Mg母相内に残留応力がなく、Mg母相の平均結晶粒サイズが5μm以上からなり、サイクル計測試験では50回以上、電気化学的析出溶解試験の過電圧が30mV以下、析出溶解試験における電極電位±0.5Vのときに±10mAcm-2以上の電流値を示す、電気化学特性に優れたMg基合金負極材。
【選択図】図4
【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mg基合金負極材であって、Mgに固溶する元素のうちAl、Ag、Bi、Ca、Sn、Mn、Li、RE(希土類)、Znのうち少なくともいずれか一種類の元素を0.05mol%以上、1mol%以下を含み、残部がMgと不可避的成分からなるMg基合金であって、厚みが7μm以上0.5mm以下のMg基合金負極材。
【請求項2】
Mg母相内に残留応力が存在しないことを特徴とする請求項1に記載のMg基合金負極材。
【請求項3】
切片法によって計測したMg母相の平均結晶粒サイズが5μm以上であることを特徴とする請求項1又は2に記載のMg基合金負極材。
【請求項4】
切片法によって計測したMg母相結晶粒サイズの標準偏差が、平均結晶粒サイズ以内であることを特徴とする請求項1乃至3の何れか1項に記載のMg基合金負極材。
【請求項5】
Mg母相内に変形双晶が存在しないことを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項に記載のMg基合金負極材。
【請求項6】
二極式セルを用いたサイクル計測において、50回以上のサイクル特性を示すことを特徴とする請求項1乃至5の何れか1項に記載のMg基合金負極材。
【請求項7】
Mg金属の電気化学的析出溶解試験において、過電圧30mV以下の特性を示すことを特徴とする請求項1乃至6の何れか1項に記載のMg基合金負極材。
【請求項8】
Mg金属の電気化学的析出溶解試験において、電極電位±0.5Vのときに、±10mAcm-2以上の電流密度を示すことを特徴とする請求項1乃至7の何れか1項に記載のMg基合金負極材。
【請求項9】
請求項1乃至8の何れか1項に記載のMg基合金負極材と、電解質と正極によって構成されたMg二次電池。
【請求項10】
Mgと不可避的成分からなるMgであって、厚みが7μm以上0.5mm以下のMg負極材。
【請求項11】
Mg母相内に残留応力が存在しないことを特徴とする請求項10に記載のMg負極材。
【請求項12】
切片法によって計測したMg母相の平均結晶粒サイズが5μm以上であることを特徴とする請求項10又は2に記載のMg負極材。
【請求項13】
切片法によって計測したMg母相結晶粒サイズの標準偏差が、平均結晶粒サイズ以内であることを特徴とする請求項10乃至12の何れか1項に記載のMg負極材。
【請求項14】
Mg母相内に変形双晶が存在しないことを特徴とする請求項10乃至13の何れか1項に記載のMg負極材。
【請求項15】
二極式セルを用いたサイクル計測において、50回以上のサイクル特性を示すことを特徴とする請求項10乃至14の何れか1項に記載のMg負極材。
【請求項16】
Mg金属の電気化学的析出溶解試験において、過電圧30mV以下の特性を示すことを特徴とする請求項10乃至15の何れか1項に記載のMg負極材。
【請求項17】
Mg金属の電気化学的析出溶解試験において、電極電位±0.5Vのときに、±10mAcm-2以上の電流密度を示すことを特徴とする請求項10乃至16の何れか1項に記載のMg負極材。
【請求項18】
請求項10乃至17の何れか1項に記載のMg負極材と、電解質と正極によって構成されたMg二次電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気化学特性に優れたMg基合金負極材及びこのMg基合金負極材を用いたMg二次電池に関する。また、本発明は、電気化学特性に優れたMg負極材及びこのMg負極材を用いたMg二次電池に関する。
【背景技術】
【0002】
Mg金属負極は、実用金属内において高い理論容量密度を示すとともに、電析時にデンドライド状の析出部を形成しないことから、高エネルギー密度蓄電池のための負極材として注目を浴びている。しかし、Li(リチウム)金属負極やNa(ナトリウム)金属負極と異なり、Mg(マグネシウム)金属負極は、負極電解液界面にイオン伝導性の被膜を形成しにくく、不動態化しやすいため、可逆な溶解析出挙動が起こりにくいことが問題とされている。
【0003】
通常、二次電池をはじめとする蓄電池は、負極材、正極活物質と電解液によって構成される。前述の問題を解決すべく、例えば、特許文献1や2、非特許文献1に開示するように、Mg二次電池に有効な正極活物質と電解液がある。翻って、負極材には、Mg金属負極材(およびMg基合金負極材)と、Mgを含有する金属間化合物の二種類に大別できる。特許文献3、4では、Mg-Bi金属間化合物(MgBi)やMg-Sn金属間化合物(MgSn)を活用することで、これらの問題の解決を図っている。しかし、金属間化合物負極は、Mg金属負極(およびMg基合金負極材)と比較して電位が高くなり、容量密度も低下する問題がある。また、これらの金属間化合物を形成させるためには、Mgと比較して密度の高いBi(ビスマス)やSn(スズ)を高濃度に添加する必要があり、重量低減の観点から望ましくない。
【0004】
一方、金属間化合物を活用せずに、Mg金属を負極としたMg金属負極およびMg基合金負極材が、特許文献5に開示されている。Mg-Al系合金、Mg-Zn系合金、Mg-Mn系合金を二次電池負極材とすることを特徴とするが、Mg-6mass%Al合金のみを実施例として挙げている。熱的平衡および金属組織の観点から、Al添加量の高濃度化に起因し、Mg17Al12を代表とする数多くの金属間化合物がMg母相内に高密度に分散する。しかし、金属間化合物そのものの硬さや変形のしやすさは、Mg母相と大きく異なるため、展伸加工時、金属間化合物とMg母相の界面が破壊を引き起こす微小ボイドの起点となり、箔化の観点から望ましくない。また、電気化学特性においても、金属間化合物とMg母相の界面は原子レベルでは不整合であるため、エネルギー差が生じやすくなり、溶解・析出挙動の活性サイトになりやすことが想像できる。
【0005】
また、特許文献6は、Mgを質量比で90%以上含有するMg二次電池に適したMg金属負極およびMg基合金負極材を開示している。副成分は、Al(アルミニウム)、Zn(亜鉛)、Mn(マンガン)、Si(ケイ素)、Ca(カルシウム)、Fe(鉄)、Cu(銅)、Ni(ニッケル)のいずれかであることを特徴としている。しかし、Mgに対して固溶量以上に元素添加することから、特許文献5と同様に、金属間化合物がMg母相内に分散する。そのため、目的とする電気化学特性を得ることができない。勿論、押出や圧延加工に代表される展伸加工法の使用なしでは、バルク材の肉厚を薄くすることができず、二次電池重量低減の観点から好ましくない。なお、Si、Fe、Cu、Niは、Mgに対して最大固溶量が0.01mol%以下であり、力学特性や機能特性に影響を及ぼす固溶量ではないため、通常、不可避的な不純物元素として扱われる。
【0006】
また一方で、二次電池の総重量の低減や高効率化を図るために、薄肉化した負極材の使用は必要不可欠である。特許文献7では、厚さ400μmの負極に厚さ1μm以上のポリマー層を塗布することで充放電特性の改質を図っている。特許文献8では、バルク材マグネシウムに対して化学メッキ法を活用し、イオン化傾向の高い金属を塗布することで問題を解決しようとしている。また、特許文献9では、厚さ100μmの負極に対し、新生面を生じさせるために表面処理方法を実施し、インピーダンス特性の改善を図っている。いずれも、バルク材に対して、塗布、メッキ、表面処理など付加工程を必要としている。
【0007】
異なる改善策として、負極材板厚の薄肉化が挙げられる。特許文献10では、リチウムを添加することで結晶構造を六方稠密構造から体心立方格子構造にし、厚さ10~100μmからなる電気化学に優れた負極を開示している。しかし、マグネシウムに対するリチウムの高濃度添加は、鋳造時作業上の観点から極めて危険である。
【0008】
これらの先行事例を踏まえて、発明者らは、以下の提案を行っている。圧延加工をはじめとする塑性加工法を活用し、添加した元素が結晶粒界に偏析していることを特徴とした負極材を特許文献11として開示している。元素添加量は各元素の固溶範囲内とし、添加元素は、Al、Ag、Bi、Ca、Sn、Mn、Li、RE(希土類)、ZnのMgに固溶する元素のうち1種類としている。一方で、金属材料の内部微細組織は、温度や変形量をはじめとする塑性加工条件によって大きく変化する。特に、金属材料の母相を構成する結晶粒サイズの違いは、バルク材全体の硬さや強さ、ねばさなどの機械的特性に大きく影響を及ぼすことで知られている。非特許文献1では、Mg母相の結晶粒サイズを微細化することが、電気化学特性向上の可能性を提案しているが、本発明者の知る限りでは、結晶粒サイズ以外に関する内部微細組織と電気化学特性に関連する文献や開示例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2012‐150924号公報
【特許文献2】特開2016‐96024号公報
【特許文献3】特開2014‐512637号公報
【特許文献4】特開2015‐515728号公報
【特許文献5】特開2012‐221670号公報
【特許文献6】特開2014‐143170号公報
【特許文献7】特開2015‐115233号公報
【特許文献8】WO2017‐187700号公報
【特許文献9】特開2014‐143170号公報
【特許文献10】特開2014‐164901号公報
【特許文献11】PCT/JP2021/4058号公報
【0010】
【非特許文献1】万代、染川、ChemComm 56 (2020) 12122
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、二極式セルを用いたサイクル計測において、50回以上のサイクル特性を有する電気化学特性に優れたMg基合金負極材、Mg負極材、及びこれらを用いたMg二次電池を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
[1] 本発明のMg基合金負極材は、Mgに固溶する元素のうちAl、Ag、Bi、Ca、Sn、Mn、Li、RE(希土類)、Znのうち少なくともいずれか一種類の元素を0.05mol%以上、1mol%以下を含み、残部がMgと不可避的成分からなるMg基合金であって、厚みが7μm以上0.5mm以下である。
Mg基合金負極材の厚みの下限値は、より好ましくは10μm以上、更に好ましくは15μm以上であるとよい。
【0013】
[2] 本発明のMg基合金負極材[1]において、好ましくは、Mg母相内に残留応力が存在しないとよい。
[3] 本発明のMg基合金負極材[1]又は[2]において、好ましくは、切片法によって計測したMg母相の平均結晶粒サイズが5μm以上であるとよい。
[4] 本発明のMg基合金負極材[1]乃至[3]において、好ましくは、切片法によって計測したMg母相結晶粒サイズの標準偏差が、平均結晶粒サイズ以内であるとよい。
[5] 本発明のMg基合金負極材[1]乃至[4]において、好ましくは、Mg母相内に変形双晶が存在しないとよい。
[6] 本発明のMg基合金負極材[1]乃至[5]において、好ましくは、二極式セルを用いたサイクル計測において、50回以上のサイクル特性を示すとよい。
[7] 本発明のMg基合金負極材[1]乃至[6]において、好ましくは、Mg金属の電気化学的析出溶解試験において、過電圧30mV以下の特性を示すとよい。
[8] 本発明のMg基合金負極材[1]乃至[7]において、好ましくは、Mg金属の電気化学的析出溶解試験において、電極電位±0.5Vのときに、±10mAcm-2以上の電流密度を示すとよい。
【0014】
[9] 本発明のMg二次電池は、上記Mg基合金負極材[1]乃至[8]と、電解質と正極によって構成されたMg二次電池である。
【0015】
[10] 本発明のMg負極材は、Mgと不可避的成分からなるMgであって、厚みが7μm以上0.5mm以下である。
Mg負極材の厚みの下限値は、より好ましくは10μm以上、更に好ましくは15μm以上であるとよい。
【0016】
[11] 本発明のMg負極材[10]において、好ましくは、Mg母相内に残留応力が存在しないとよい。
[12] 本発明のMg負極材[10]又は[11]において、好ましくは、切片法によって計測したMg母相の平均結晶粒サイズが5μm以上であるとよい。
[13] 本発明のMg負極材[10]乃至[12]において、好ましくは、切片法によって計測したMg母相結晶粒サイズの標準偏差が、平均結晶粒サイズ以内であるとよい。
[14] 本発明のMg負極材[10]乃至[13]において、好ましくは、Mg母相内に変形双晶が存在しないとよい。
[15] 本発明のMg負極材[10]乃至[14]において、好ましくは、二極式セルを用いたサイクル計測において、50回以上のサイクル特性を示すとよい。
[16] 本発明のMg負極材[10]乃至[15]において、好ましくは、Mg金属の電気化学的析出溶解試験において、過電圧30mV以下の特性を示すとよい。
[17] 本発明のMg負極材[10]乃至[16]において、好ましくは、Mg金属の電気化学的析出溶解試験において、電極電位±0.5Vのときに、±10mAcm-2以上の電流密度を示すとよい。
【0017】
[18] 本発明のMg二次電池は、上記Mg負極材[10]乃至[17]と、電解質と正極によって構成されたMg二次電池である。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】圧延加工後の外観写真を示している。
図2】本発明の一実施例を示すMg基合金負極材の微細組織観察例で、電子線後方散乱回折手法によって取得した画像をKAM像として示している。
図3】本発明の一比較例を示すMg合金負極材の微細組織観察例で、電子線後方散乱回折手法によって取得した画像をKAM像として示している。
図4】本発明の一実施例を示すMg合金負極材の微細組織観察例で、光学顕微鏡によって取得した画像を示している。
図5】本発明の一実施例と比較例を示すMg基合金負極材の電気化学的析出溶解試験例で、サイクル電圧電流結果を示している。
図6】本発明の一実施例と比較例を示すMg基合金負極材のクーロン効率結果を示している。
図7】本発明のMg基合金負極材が使用されるMg二次電池の概略的な構成を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の効果を得るためのMg基合金素材は、Mg-Amol%Xからなり、XはMgに対して0.05mol%以上固溶する元素を対象とし、X=Al、Ag、Bi、Ca、Sn、Mn、Li、RE(希土類)、Znのうち少なくともいずれか一種類の元素である。希土類は、Y(イットリウム)、Gd(ガドリニウム)、Ce(セリウム)、Sc(スカンジウム)などの同族元素を意味する。Aの値は、Mgに対して最大固溶値以下であり、好ましくは0.02mol%以上、1mol%以下、より好ましくは0.02mol%以上、0.5mol%以下、更により好ましくは0.02mol%以上、0.3mol%以下である。Aが0.02mol%未満の場合、添加した溶質元素は、力学特性や電気化学特性に影響を及ぼさず、不純物元素として存在する。また、純MgをMg基合金素材として扱う場合、鉄やニッケル、シリコン、銅をはじめとする不可避的成分と残部がMgからなり、通常、Mgの純度が99%以上であることが望ましい。
【0020】
上記のMg基合金素材に対し,圧延加工をはじめとする展伸加工を活用して内部微細組織と厚さを制御する。ここでは、圧延加工を例示しているが、押出加工やプレス加工など、素材にひずみを付与できる手法であればいずれでも良い。勿論、展伸加工に限らず、急冷凝固法や双ロールキャスト法に代表されるように、凝固時に内部組織が制御され、厚さも同時に調整できる手法であればいずれであっても良い。これらの手法によって創製したMg基合金(純MgおよびMg二元系合金)の厚さは、0.5mm以下であることが好ましい。より好ましくは、0.3mm以下、さらに好ましくは0.15mm以下である。負極材として使用する場合、電解液に接する表面積が大きいほど電気化学効率に優れるため、厚さが0.5mmを超えると、その効率低下を引き起こす。また、二次電池の重量が大きくなり、軽量化のメリットが低減する。
【0021】
次に、厚さを0.5mm以下に箔化したMg基合金の内部微細組織の特徴について記載する。Mg母相の平均結晶粒サイズは、好ましくは5μm以上、より好ましくは10μm以上、さらに好ましくは20μm以上である。金属冶金学および電気化学学において、優れた電気化学特性を得るためには、結晶粒界を大量に導入する結晶粒微細化が望ましく、結晶粒サイズが微細であるほど、好ましい。しかし、試料厚さが薄い箔材の場合、断面(=厚さ)方向に存在する結晶粒が数個から数十個程度であり、50回以上のサイクル特性を確保するためには、結晶粒界の局所溶解を懸念する必要がある。また、結晶粒サイズの標準偏差は、平均結晶粒サイズと同サイズ以下(100%以下)であること好ましく、より好ましくは75%以下であり、さらに好ましくは50%以下である。
粗大な結晶粒と微細な結晶粒が混在する場合、負極表面全域で均一に充放電サイクルが起こりにくく、粗大または微細な結晶粒サイズからなる不均質な微細組織域が析出・溶解の短絡サイトになりやすく、所定のサイクル特性や電気化学特性を得ることができない。なお、結晶粒サイズの測定は、JIS規格に基づいた切片法(切断法ともいう。JIS H0501、G0551参照)を使用することが望ましい。ただし、結晶粒サイズが微細な場合や、結晶粒界が不鮮明な場合、切片法の使用が困難であるため、透過型電子顕微鏡によって得られる明視野像や電子線後方散乱回折像を用いて、測定してもかまわない。
【0022】
電気化学特性を向上させるためには、Mg母相サイズの微細化が有効である(非特許文献1)。塑性加工法を用いてMg母相を微細にするためには、加工温度を低温化することや、一回あたりに付与する加工ひずみ量を増大させることが極めて有効な手段であり、広く活用されている。しかし、低温加工や大ひずみ付与加工で創製されたバルク材は、塑性加工によって導入された転位が回復せず母相内に残存し、残留応力として存在する。Mg基合金に限らず、金属材料創製上、結晶粒サイズの微細化と残留応力の存在は密接な関係がある。他方、残留応力は格子欠陥の集合体であるため、エネルギー的に不安定である。そのため、充放電時の活性化サイトになりやすく、負の組織因子として作用するため、電気化学特性改質の観点からは好ましくない。そのため、結晶粒サイズ以外の微細組織を制御する必要がある。
【0023】
残留応力を低減するためには、加工時の温度を高温化し、同時に、一回あたりの付与するひずみ量を小さくすることが有効である。別の方法として、低温または大ひずみ付与条件で創製した残留応力が内在する試料に対し、再結晶温度以上で再加熱処理を実施することも有効である。好ましくは、200℃以上、より好ましくは、300℃以上、更に好ましくは400℃以上である。保持時間は、0.25時間以上、24時間以下であることが好ましい。0.25時間未満であると、残留ひずみの拡散が十分に行われず、所望とする微細組織を得ることが難しい。また、24時間を超えると、長時間保持であり、作業効率の観点から望ましくない。なお、残留応力の計測は、電子線後方散乱回折像を取得し、付属の解析ソフトによりKernel Average Misorientation(KAM)像や転位密度像などを用いることが望ましい。KAM値が小さいほど、残留応力がちいさいことを意味するが、平均KAM値が1度以上を示す場合、残留応力が存在すると考えれば良い。また別の手法として、一つのMg結晶粒に注目し、0.5度以上のKAM値に違いがある場合、残留応力が存在するとも考えて良い。電子線後方散乱回折法による観察が難しい時は、X線回折法を基にしたWilamson-Hall法にて評価してもかまわない。
【0024】
また、Mg基合金を低温で塑性加工した場合、結晶構造に起因したすべり系の乏しさより、Mg母相内に変形双晶を形成する。しかし、一般的な結晶粒界と比較して、変形双晶の界面エネルギーは安定であるため、電気化学特性改善の観点から、Mg母相内に対する高密度の双晶界面の導入は望ましくない。そのため、電子線後方散乱回折法によって取得した全界面長さに対して、好ましくは15%以下、より好ましくは10%以下、さらに好ましくは5%以下である。
【0025】
Mg合金の電気化学特性について説明する。二極式セルを用いたサイクル計測において、好ましくは5回以上、より好ましくは25回以上、更に好ましくは50回以上のサイクル特性を示す。サイクル特性が5回未満の場合、電解液との副反応の問題があるため、負極として適応することができない。また、化学的析出溶解試験に取得できる過電圧は、好ましくは50mV以下、より好ましくは30mV以下、さらに好ましくは20mV以下である。過電圧が50mV以上であると、電池電圧の損失が大きいため、負極として適応することができない。電気化学的析出溶解試験において、電極電位±0.5Vのときに、電流値が好ましくは±10mAcm-2以上、より好ましくは±20mAcm-2以上、更に好ましくは±25mAcm-2以上の値を示す。電流値が±10mAcm-2未満の場合、電気反応が負極により律速されてしまうため、負極として適応することができない。サイクル計測試験や電気化学的析出溶解試験に使用する電解質は、0.1mol/L以上1.5mol/L以下のフルオロアルコキシほう酸マグネシウム塩をあるいはフルオロアルコキシアルミネートマグネシウム塩を溶質として有機エーテル類と配合した電解液の使用が望ましいが、溶質には塩化アルキルマグネシウムや塩化マグネシウム、マグネシウムビストリフルオロメタンスルホニルイミド塩、マグネシウムヘキサメチルジシラジド塩などを代用してもかまわない。
【0026】
本実施形態で用いるテトラキス(ヘキサフルオロイソプロポキシ)ほう酸Mg塩は、水素化ホウ素Mg塩と、ヘキサフルオロイソプロパノールとを反応させることでも合成できる。しかし、水素化ホウ素Mg塩を原料に合成したテトラキス(ヘキサフルオロイソプロポキシ)ほう酸Mg塩を溶質として有機エーテル類と配合した電解液は、二極式セルを用いた電気化学的析出溶解試験のサイクル計測において、5~10回程度の予備サイクルを回さないと、十分な特性を示さない。これに対して、本実施形態で合成したテトラキス(ヘキサフルオロイソプロポキシ)ほう酸Mg塩を溶質として有機エーテル類と配合した電解液は、二極式セルを用いた電気化学的析出溶解試験のサイクル計測において、1回目のサイクルから過電圧80mV程度を示す。
(材料創製)
【実施例0027】
市販の純Mg(99.96mass%)鋳造材に対し、鋳造欠陥と板形状に形態制御することを目的に押出加工を実施した。押出加工は300℃にて、押出比30:1として、厚さ2mm、長さ500mm以上の板形状からなる押出材を作製した(以下、押出材と称す)。同押出材を長さ100mmに切断し、圧延加工を行った。圧延加工前に、押出材を400℃に設定した電気炉に15分間以上保持した後、ロール温度を300℃以上に設定した圧延機により、厚さが0.05mmになるまで圧延加工を実施した。得られた圧延材の外観写真とマイクロメータにて計測した写真を図1に示す。
【0028】
電子線後方散乱回折手法によって取得した純Mg圧延材の微細組織観察例を図2に示す。同図は、EDAX解析ソフトによってKernelAverageMisorientation(KAM)像に変換している。図内、隣接する結晶粒同士の結晶粒方位差が15度以上からなる結晶粒界を黒線で表記している。一つの塊が結晶粒一つであり、図内:Gとして表記し、その平均サイズ(=平均結晶粒サイズ)は22.2μmである。同図より、各結晶粒サイズにばらつきが小さく、標準偏差は13.2μmである。また、Mg母相内のコントラストは、残留応力を定性的に示し、結晶粒内のコントラストが黒いほど、大きな残留応力の残存を意味する(例えば、比較例1の図3)。しかし、実施例に示す圧延材には、これらの様相を示す結晶粒の割合が小さく(平均KAM値は0.94度)、残留応力が小さいことを明示している。また、矢印で例示するように、一つの結晶粒に注目すると、母相内にコントラストを形成する。残留応力の存在を示唆が、KAM値は0.2度であり、残留応力は極めて小さいことが分かる。なお、EDAX解析ソフトを用いた界面方位解析より、同図内には変形双晶が存在しなかった。
【0029】
[比較例1]
実施例1の押出材を使用し、電気炉の設定温度が200℃であることと、ロール温度を200℃以下であること以外は、全て同じ条件にて圧延材を創製した。電子線後方散乱回折手法によって取得した純Mg圧延材の微細組織観察例を図3に示す。図2と同じく、EDAX解析ソフトによってKAM像に変換し、結晶粒界を黒線で明記している。平均結晶粒サイズは13.1μm、標準偏差は13.8μmである。一方、図2と比較すると、Mg母相内の様相は大きく異なり、黒いコントラストからなる結晶粒内が多数存在し、平均KAM値は1.21度であり、実施例1の圧延材よりも3割以上の残留応力が高いことが確認できる。また、一つの結晶粒内に明瞭なコントラスト(矢印で明示)を形成し、KAM値は0.8度からなり、やはり、残留応力の存在を裏付けている。実施例と比べて圧延温度が低温であったため、格子拡散および粒界拡散が不十分であり、転位が回復しなかったことが要因である。なお、EDAX解析ソフトを用いた界面方位解析より、同図内、白線で示すように変形双晶の形成が確認できる。全界面長さに対する変形双晶界面の割合は10%である。
【実施例0030】
実施例1の圧延材を、10×10mmに切断した後、300℃に設定した電気炉内に1時間保持した(以下、熱処理材と称す)。光学顕微鏡観察によって取得した純Mg熱処理材の微細組織観察例を図4に示す。Mg母相の様相は、図3から大きく変化し、平均サイズの粗大化と均質化(標準偏差の低下)が確認できる。残留応力の低減や組織の均質化を図るためには、300℃以上の再熱処理が有効である。
(電気化学特性評価)
【0031】
次に、電気化学評価によって取得した特性を明記する。電解液の調製、2極式セルの組み立てなどのすべての操作はアルゴン雰囲気のグローブボックスにおいて行った。テトラキス(ヘキサフルオロイソプロポキシ)ほう酸マグネシウム塩をジエチレングリコールジメチルエーテルと配合し、電解液を調製した。Mg合金を作用電極とし、ガラス繊維フィルターをセパレーターとして0.2mLの上記電解液を滴下し、多孔質炭素材料を対極として、2極式セルを組み立てた。0.5mAcm-2の電流密度で定電流電圧テストを行った。前記の実施例1材と比較例1材の定電流電圧測定プロファイルを図5に示す。定電流電圧測定プロファイルにおいて、0Vvs.Mgを基準として、負の電圧が印可されている領域ではマグネシウム析出反応が、正の電圧が印可されている領域ではマグネシウム溶解反応が起きている。また析出、溶解いずれの反応も、0Vvs.Mgからの偏差が過電圧に対応する。析出-溶解の1サイクルにおいて、マグネシウム析出に要した電流量とマグネシウム溶解に要した電流量の比を取ることでクーロン効率が算出できる。
【0032】
図6に、各種複合材の定電流電圧測定から算出したクーロン効率を示す。実施例1材では初期サイクル時にクーロン効率の低下が確認されたが、100サイクルに亘って極めて安定にマグネシウム析出溶解反応が起こることが分かった。一方、比較例1材では、40サイクル程度で試料が短絡し、その後の電気化学特性を評価することができなかった。
【0033】
図7は、本発明のMg基合金負極材が使用されるMg二次電池の概略的な構成を示す模式図である。図7に示す通り、Mg二次電池1は、正極11と、負極12と、電解液13と、容器14を備えている。
【0034】
正極11においては、図示しない正極集電体によって、図示しない正極活物質が保持されている。正極集電体は、放電時に正極活物質に電子を供与する機能を有する。正極集電体として使用される物質は、ニッケル、鉄、ステンレス鋼、チタン、アルミニウム等が、耐食性が比較的優れていることと、安価であることから好ましく用いられる。正極活物質として使用される物質は、Mgイオンを挿入及び脱離可能なものであれば特に制限されないが、MgFeSiO、MgMn、又はV等が好ましく用いられる。正極11の具体的な構成としては、例えばステンレス上にVを塗工した構成が挙げられる。
【0035】
負極12には、本発明のMg基合金負極材が用いられる。
電解液13は、図示しないセパレータによって保持され、正極11と負極12との間にイオン電導性を生じさせる。電解液13は、Mgイオンを含む。放電時にMgイオンは正極11で還元反応(例えば、後述の式(1)の反応)を、負極12で酸化反応(例えば、後述の式(2)の反応)を起こす。充電時にMgイオンは正極11で酸化反応(例えば、後述の式(3)の反応)を、負極12で還元反応(例えば、後述の式(4)の反応)を起こす。これら酸化還元反応により、Mg二次電池の充放電が可能となる。
【0036】
[化1]
+Mg2++2e- → MgV … 式(1)
Mg → Mg2++2e- … 式(2)
MgV → V+Mg2++2e- … 式(3)
Mg2++2e- → Mg … 式(4)
【0037】
これら正極11、負極12、電解液13は、容器14に封入される。容器14の材質等は電解液の漏れがなく、耐食性を有するものであれば特に制限されないが、鉄等の金属板をプレス加工して形成され、内面及び外面の表面全体に耐食のためのニッケル等のめっき層が形成されたもの等が好ましく用いられる。
【0038】
本実施形態に係る電解液13は、主溶媒としての有機溶媒と、Mg塩を含むものでもよく、またMgイオン伝導性を有する無機溶媒でもよい。
【0039】
なお、上記の本発明の実施形態は、Mg二次電池の一例を説明したものにすぎず、制限的に解釈されるべきものではなく、Mg二次電池の技術分野において自明な技術的事項も含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明のMg基合金は、優れた電気化学特性を示すことから、Mg一次電池はもちろんのことMg二次電池用のMg基合金負極材として使用が可能である。
本発明のMg基合金負極材は、Mg二次電池に用いることができる。
また、Mgは低密度であり、素材の厚さが薄いため、本発明のMg基合金負極材の組成を有するMg基合金箔として、アルミニウム箔に代替できる軽量箔材として適応が可能である。
【符号の説明】
【0041】
1…Mg二次電池
11…正極
12…負極
13…電解液
14…容器
G…結晶粒
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7