(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023026951
(43)【公開日】2023-03-01
(54)【発明の名称】プライマーセット、プライマーセットの設定方法、ミコール酸産生遺伝子の検出方法及び異常発泡抑制方法
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6876 20180101AFI20230221BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20230221BHJP
C12N 1/00 20060101ALI20230221BHJP
C12N 15/31 20060101ALN20230221BHJP
【FI】
C12Q1/6876 Z ZNA
C12Q1/686 Z
C12N1/00 E
C12N15/31
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021132417
(22)【出願日】2021-08-16
(71)【出願人】
【識別番号】515181546
【氏名又は名称】株式会社環境総合リサーチ
(71)【出願人】
【識別番号】591091087
【氏名又は名称】株式会社建設技術研究所
(71)【出願人】
【識別番号】000220675
【氏名又は名称】東京都下水道サービス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103850
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 秀▲てつ▼
(74)【代理人】
【識別番号】100105854
【弁理士】
【氏名又は名称】廣瀬 一
(74)【代理人】
【識別番号】100116012
【弁理士】
【氏名又は名称】宮坂 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100066980
【弁理士】
【氏名又は名称】森 哲也
(74)【代理人】
【識別番号】100218280
【弁理士】
【氏名又は名称】安保 亜衣子
(72)【発明者】
【氏名】水野 貴文
(72)【発明者】
【氏名】玉田 貴
(72)【発明者】
【氏名】石川 美宏
(72)【発明者】
【氏名】島田 誠一
(72)【発明者】
【氏名】中村 武史
【テーマコード(参考)】
4B063
4B065
【Fターム(参考)】
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ18
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR32
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4B065AA01X
4B065AC14
4B065BD50
4B065CA13
4B065CA54
(57)【要約】 (修正有)
【課題】ミコール酸大量産生の可能性を評価するのに有効なPCR法に適したプライマーセット、プライマーセットの設定方法、ミコール酸産生遺伝子の検出方法及び異常発泡抑制方法を提供する。
【解決手段】本発明は、特定の塩基配列又は該塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するフォワードプライマー、および前記特定の塩基配列とは別の特定の塩基配列又は該塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するリバースプライマーとを備えることを特徴とするプライマーセット、そのプライマーセットの設定方法、そのプライマーセットを利用した、ミコール酸産生遺伝子検出方法及び異常発泡抑制方法である。
【選択図】
図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1の塩基配列又は該配列番号1の塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するフォワードプライマーと、
配列番号2の塩基配列又は該配列番号2の塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するリバースプライマーと
を備えることを特徴とするプライマーセット。
【請求項2】
配列番号1の塩基配列を有するフォワードプライマーと、
配列番号3の塩基配列と92%以上の相同性の塩基配列を有するリバースプライマーと
を備えることを特徴とするプライマーセット。
【請求項3】
前記リバースプライマーの塩基配列が前記配列番号3の塩基配列と一致することを特徴とする請求項2に記載のプライマーセット。
【請求項4】
目的の酵素の合成遺伝子のアミノ酸配列のうち、複数種間で共通するエキソン部分のアミノ酸配列を特定し、特定した前記アミノ酸配列をDNA配列に変換して、前記DNA配列を保存的DNA配列とする合成遺伝子探索ステップと、
前記保存的DNA配列を基に、17~25mer程度のプライマー長をそれぞれ有するフォワードプライマー及びリバースプライマーから構成される、PCR用プライマーセットを作成するプライマー作成ステップと
を含むことを特徴とするプライマーセットの設定方法。
【請求項5】
配列番号1の塩基配列又は該配列番号1の塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するフォワードプライマーを用意するステップと、
配列番号2の塩基配列又は該配列番号2の塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するリバースプライマーを用意するステップと、
前記フォワードプライマーと前記リバースプライマーを有するプライマーセットを用いて、PCR法により、水溶液サンプルからミコール酸産生遺伝子の検出を行うステップ、
を含むことを特徴とする、ミコール酸産生遺伝子の検出方法。
【請求項6】
配列番号1の塩基配列を有するフォワードプライマーを用意するステップと、
配列番号3の塩基配列と92%以上の相同性の塩基配列を有するリバースプライマーを用意するステップと、
前記フォワードプライマーと前記リバースプライマーを有するプライマーセットを用いて、PCR法により、水溶液サンプルからミコール酸産生遺伝子の検出を行うステップ、
を含むことを特徴とする、ミコール酸産生遺伝子の検出方法。
【請求項7】
対象となる水から水溶液サンプルを採取するステップと、
配列番号1の塩基配列又は該配列番号1の塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するフォワードプライマー、配列番号2の塩基配列又は該配列番号2の塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するリバースプライマーを備えるプライマーセットを用いて、PCR法により、前記水溶液サンプルからミコール酸産生遺伝子の検出を行うステップと、
前記検出の結果から、前記水における、放線菌が大量増殖する可能性を評価するステップと、
前記評価により前記放線菌が大量増殖する可能性があると判断された場合、前記水において異常発泡が発生する前に、前記放線菌の増殖に対する対策を行うステップと
を含み、前記水において前記放線菌が原因菌となる異常発泡を抑制することを特徴とする異常発泡抑制方法。
【請求項8】
前記水溶液サンプルを採取するステップの前に、
pH変動を測定して前記水を選定するステップ
を更に含むことを特徴とする請求項7に記載の異常発泡抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法、特にリアルタイムPCRの利用に適したプライマーセット、そのプライマーセットの設定方法、そのプライマーセットを利用したミコール酸産生遺伝子の検出方法、及び、ミコール酸産生遺伝子の検出を利用した、処理水等の異常発泡抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、水処理施設においては細菌等が原因の異常な発泡現象が観察されることがある。この発泡で生成された固い気泡の層は「スカム(scum)」とも呼ばれ、悪臭や害虫発生、汚泥沈降不良、水質低下等の原因となったり、処理水の処理槽から溢れ出て周囲の環境や水処理作業に悪影響を与えたりする等、大変大きな問題となっている。スカムが発生し次第、スカムの物理的な除去や化学的な水質調整により事後対策を行っているが、大量発生したスカムへの対応には多大な労力を要する。
【0003】
スカム発生の原因菌は主として「放線菌」と考えられている。放線菌は、グラム陽性細菌のうち、細胞が菌糸を形成して細長く増殖する形態的特徴を示す全般を指すものであり、アクチノバクテリア門(放線細菌門)の下位の多くの属をはじめ、16S rリボ核酸(RNA)遺伝子の塩基配列による分子系統学に基づいて、一部の桿菌や球菌も分類される。これらの放線菌のうち、主としてゴルドニア(Gordonia)属の細菌が分泌する「ミコール酸」がスカム発生の主たる原因物質と考えられている。ミコール酸は、炭素数60~90程度の長鎖脂肪酸の総称であり、シクロプロパン構造を含み、結核菌や抗酸菌等の細胞壁の骨格となったり、細胞壁表層に発現したりする物質である。
【0004】
スカム発生の原因菌の一つである放線菌の検出は、まず水処理施設の処理槽等で何らかの異常を発見するところから始まる。処理水等を採取し、顕微鏡等で放線菌の存在を確認する、又は、処理水から所定の条件により菌類や細菌を培養してコロニーを形成させ、放線菌を同定・定量する等が行われていた。前者は担当者の属人的な評価に留まることも多々あり、定量評価もできない。仮に細菌の遺伝子解析を行う場合は高額で更に時間もかかるものである。一方の後者は、培養自体に手間や時間がかかり過ぎてしまい、たとえ正確に放線菌を同定・定量できたとしても、放線菌の大量増殖やミコール酸の大量産生に事前に手を打つための情報とはなり得ない。
【0005】
特許文献1には、上水・下水、各種排水等の処理槽中の特定の細菌をPCR法により定量する従来技術が記載されている。特許文献1の技術によれば、スカム発生の原因菌のひとつと考えられているゴルドニア属のゴルドニア・アマラエ(Gordonia amarae)の定量も可能である旨が記載されている。
【0006】
しかし、異常発泡を引き起こすのはゴルドニア・アマラエのようなある特定の種の細菌のみに限らないと考えられており、特許文献1のように特定の種の細菌のみを検出する方法では、有効に処理水等の異常発泡を抑制することは難しいという問題があった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は上記の問題に着目してなされたものであって、ミコール酸大量産生の可能性を評価するのに有効なPCR法に適したプライマーセット、プライマーセットの設定方法、ミコール酸産生遺伝子の検出方法及び異常発泡抑制方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明の第1の態様は、配列番号1の塩基配列又はその塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するフォワードプライマーと、配列番号2の塩基配列又はその塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するリバースプライマーとを備えることを特徴とするプライマーセットであることを要旨とする。
【0010】
本発明の第2の態様は、配列番号1の塩基配列を有するフォワードプライマーと、配列番号3の塩基配列と92%以上の相同性の塩基配列を有するリバースプライマーとを備えることを特徴とするプライマーセットであることを要旨とする。
【0011】
本発明の第3の態様は、(a)目的の酵素の合成遺伝子のアミノ酸配列のうち、複数種間で共通するエキソン部分のアミノ酸配列を特定し、特定したアミノ酸配列をデオキシリボ核酸(DNA)配列に変換して、そのDNA配列を保存的DNA配列とする合成遺伝子探索ステップと、(b)保存的DNA配列を基に、17~25mer程度のプライマー長をそれぞれ有するフォワードプライマー及びリバースプライマーから構成される、PCR用プライマーセットを作成するプライマー作成ステップとを含むことを特徴とするプライマーセットの設定方法であることを要旨とする。
【0012】
本発明の第4の態様は、(a)配列番号1の塩基配列又はその塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するフォワードプライマーを用意するステップと、(b)配列番号2の塩基配列又はその塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するリバースプライマーを用意するステップと、(c)フォワードプライマーとリバースプライマーを有するプライマーセットを用いて、PCR法により、水溶液サンプルからミコール酸産生遺伝子の検出を行うステップを含むことを特徴とする、ミコール酸産生遺伝子の検出方法であることを要旨とする。
【0013】
本発明の第5の態様は、(a)配列番号1の塩基配列を有するフォワードプライマーを用意するステップと、(b)配列番号3の塩基配列と92%以上の相同性の塩基配列を有するリバースプライマーを用意するステップと、(c)フォワードプライマーとリバースプライマーを有するプライマーセットを用いて、PCR法により、水溶液サンプルからミコール酸産生遺伝子の検出を行うステップを含むことを特徴とする、ミコール酸産生遺伝子の検出方法であることを要旨とする。
【0014】
本発明の第6の態様は、(a)対象となる水から水溶液サンプルを採取するステップと、(b)配列番号1の塩基配列又はその塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するフォワードプライマー、配列番号2の塩基配列又はその塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するリバースプライマーを備えるプライマーセットを用いて、PCR法により、水溶液サンプルからミコール酸産生遺伝子の検出を行うステップと、(c)その検出の結果から、対象となる水における放線菌が大量増殖する可能性を評価するステップと、(d)評価により放線菌が大量増殖する可能性があると判断された場合、対象となる水において異常発泡が発生する前に、放線菌の増殖に対する対策を行うステップとを含み、対象となる水において放線菌が原因菌となる異常発泡を抑制することを特徴とする異常発泡抑制方法であることを要旨とする。
【0015】
本発明によれば、ミコール酸大量産生の可能性を評価するのに有効なPCR法に適したプライマーセット、プライマーセットの設定方法、ミコール酸産生遺伝子の検出方法及び異常発泡抑制方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の実施形態に係るプライマーセットの設定方法を示すフローチャートである。
【
図2】本発明の実施形態に係る異常発泡抑制方法を示すフローチャートである。
【
図3】NCBI Primer BLASTを用いた増幅種確認結果を示す表その1である。
【
図4】NCBI Primer BLASTを用いた増幅種確認結果を示す表その2である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下において、図面も参照しながら、本発明の実施形態を説明する。以下の図面の記載において、同一又は類似の部分には同一又は類似の符号を付している。ただし、図面は模式的なものであることに留意すべきである。したがって、具体的な方法等は以下の説明から理解できる技術的思想の趣旨を参酌してより多様に判断すべきものである。
【0018】
又、以下に示す本発明の実施形態は、本発明の技術的思想を具体化するための方法等を例示するものであって、本発明の技術的思想は、記載された方法等に限定するものではない。本発明の技術的思想は、本発明の実施形態で記載された内容に限定されず、特許請求の範囲に記載された発明特定事項の有機的結合が規定する技術的範囲内において、種々の変更を加えることができる。
【0019】
本発明の実施形態に係るプライマーセットは、PCR法、特にリアルタイムPCRによる増幅に適したプライマーペアであり、配列表の配列番号1の塩基配列又はその塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するフォワードプライマーと、配列表の配列番号2の塩基配列又はその塩基配列と5’末端側が数塩基異なる塩基配列を有するリバースプライマーとを備える。表1及び配列表に示す通り、配列番号1の塩基配列は18merであり、配列番号2の塩基配列は25merである。配列番号2の塩基配列の5’末端側から2番目の塩基はC(シトシン)又はT(チミン)であるため記号「Y」で示し、5番目の塩基はA(アデニン)又はG(グアニン)であるため記号「R」で示している。尚、本実施形態における塩基(核酸塩基)はすべて大文字のアルファベットで表記しているが、配列表の塩基は、配列表の仕様上、すべて小文字のアルファベットで表記している。
【0020】
【0021】
本発明の実施形態に係るプライマーセットに関するフォワードプライマーについては、配列番号1の塩基配列と実質的に相同である塩基配列であればどのような塩基配列であってもよい。実施形態の説明において、各種プライマーの塩基配列が「実質的に相同」とは、各種プライマーとして機能し得る程度の断片長と相同性を有することを意味する。例えば、各種プライマーは、使用目的や条件によっては、目的のDNA領域と必ずしも100%の相補性を有している必要はなく、目的のDNA領域のプライマーの5’末端付近で数塩基が異なっていてもよい。数塩基が異なっている状態であっても、アニーリング温度等の各種条件の調節により、目的とするDNA断片を有効に増幅させることは可能である。
【0022】
実施形態に係るフォワードプライマーにおいては、配列番号1の塩基配列に塩基が挿入、欠失又は置換したヌクレオチドであってもよいが、配列番号1の塩基配列と94%以上の相同性を有する塩基配列であることが好ましい。より好ましくは、実施形態に係るフォワードプライマーにおいては、配列番号1の塩基配列と100%の相同性を有する塩基配列であることである。実施形態に係るフォワードプライマーにおいて、塩基が挿入、欠失又は置換されている場合、その挿入、欠失又は置換の位置は特に限定されるものではないが、3’末端側には塩基の挿入、欠失又は置換が無い方が好ましい。
【0023】
本発明の実施形態に係るプライマーセットに関するリバースプライマーについては、配列番号2の塩基配列と実質的に相同である塩基配列であればどのような塩基配列であってもよい。例えば、配列番号2の塩基配列の具体例として、配列表の配列番号3~5の3種類の塩基配列を示しているが、実施形態に係るリバースプライマーとしてはいずれであってもよく、配列番号3~5の3種類の具体的な塩基配列以外であってもよい。また、実施形態に係るリバースプライマーにおいては、配列番号3の塩基配列に塩基が挿入、欠失又は置換したヌクレオチドであってもよいが、配列番号3の塩基配列と92%以上の相同性を有する塩基配列であることが好ましい。より好ましくは、実施形態に係るリバースプライマーにおいては、配列番号3の塩基配列と96%以上の相同性を有する塩基配列であることであり、更に好ましくは、配列番号3の塩基配列と100%の相同性を有する塩基配列であることである。塩基配列の相同性については、配列番号4及び5の塩基配列においても同様の考え方である。実施形態に係るリバースプライマー、即ち、配列番号2~5の各塩基配列において、塩基が挿入、欠失又は置換されている場合、その挿入、欠失又は置換の位置は特に限定されるものではないが、3’末端側には塩基の挿入、欠失又は置換が無い方が好ましい。
【0024】
実施形態に係るリバースプライマーの具体例である配列番号3の塩基配列と配列番号4の塩基配列とでは、5’末端側から5番目の塩基配列が異なる。配列番号3の塩基配列の5’末端側から5番目の塩基配列が「A」であるのに対し、配列番号4の塩基配列の5’末端側から5番目の塩基配列は「G」である。実施形態に係るリバースプライマーの具体例である配列番号3の塩基配列と配列番号5の塩基配列とでは、5’末端側から2番目及び5番目の塩基配列の2カ所が異なる。配列番号3の塩基配列の5’末端側から2番目及び5番目の塩基配列がそれぞれ「C」及び「A」であるのに対し、配列番号5の塩基配列の5’末端側から2番目及び5番目の塩基配列は「T」及び「G」である。実施形態に係るリバースプライマーの具体例である配列番号4の塩基配列と配列番号5の塩基配列とでは、5’末端側から2番目の塩基配列が異なる。配列番号4の塩基配列の5’末端側から2番目の塩基配列が「C」であるのに対し、配列番号5の塩基配列の5’末端側から2番目の塩基配列は「T」である。配列番号3~5の各塩基配列の相互の差異は、いずれも5’末端側に、1~2カ所存在することになる。
【0025】
(プライマーセットの設定方法)
本発明の実施形態に係るプライマーセットの設定に関して、対象となる放線菌又は放線菌群のDNA配列のうち、ミコール酸産生遺伝子に該当する配列が不明である場合を例にとり、以下手順を説明する。
【0026】
まず、予備調査段階として、放線菌の一種であるゴルドニア属のうち、フルゲノムやそれに近い程度のゲノムが公開されている種をNCBI等の公開データベースで検索する。
【0027】
次に、
図1に示すステップS101のミコール酸産生酵素の合成遺伝子の探索段階として、NCBIプロテインデータベース等のアミノ酸配列の公開データベースにおいて、ミコール酸産生酵素をコードする合成遺伝子のアミノ酸配列を検索する。得られたアミノ酸配列を基に、複数のゴルドニア属の種間で共通するエキソン部分のアミノ酸配列を推定し、そのアミノ酸配列をDNA配列に変換する。複数のゴルドニア属の種間で共通のものとして推定可能であったDNA配列を「保存的DNA配列」と定義する。予備調査段階で得られていたゴルドニア属のフルゲノムやそれに近い程度のゲノムの中で、保存的DNA配列に対応する箇所の有無を確認する。保存的DNA配列と相同性が高い配列を確認できた場合、次に進む。
【0028】
続いて、
図1に示すステップS103のプライマー作成段階として、保存的DNA配列より、PCR法、特にリアルタイムPCRに適したプライマーを作成する。PCRでの検出力向上(収量確保)及び非特異的増幅の排除の観点からは、プライマーの塩基長は17~25mer程度が好ましい。例えば、配列番号1の塩基配列は18mer、配列番号2~5の塩基配列は25merであり、この好ましい範囲に入る。プライマーセットの作成方法としては、プライマーセットの試作段階から各種アプリケーションソフトを使用してもよいし、プライマーセットの配列の見当をつけて手作業で試作を行ってから、特異性の確認のためにPrimer BLAST等の各種アプリケーションを使用してもよい。アプリケーションソフトとしては、所望領域である保存的DNA配列が増幅できるように、プライマー3プラス(http://www.bioinformatics.nl/cgi-bin/primer3plus/primer3plus.cgi)等、公知のプライマー設計プログラム等を使用することができる。
【0029】
次に、作成したプライマーセットで増幅可能な種の確認を行う。例えば、NCBI Primer BLAST等を用いて増幅種確認を行い、3’末端側のミスマッチの有無や割合を確認する。3’末端側にミスマッチがあるかどうかは、例えば、各種プライマーの3’末端から数塩基以内、例えば5塩基以内に1個以上の変異があるかどうかで判定する。各種プライマーの3’末端から数塩基以内、特に5塩基以内に1個以上の変異があった場合、PCRによる目的のDNA断片の増幅がされにくいことが判明しているためである。各種プライマーの3’末端から数塩基以内、特に5塩基以内に2個以上のミスマッチがあれば、PCRによる目的のDNA断片の増幅は、基本的に望めないものとされている。
【0030】
最後に、
図1に示すステップS105の実用性検証段階として、作成したプライマーセットで目的のDNA断片の増幅が理論的に可能であることが分かれば、そのプライマーセットを用いて、実際の検査サンプル等でPCRを行い、作成したプライマーセットの実用性を検証する。実際の検査サンプル等でのPCRにより、作成したプライマーセットが実用に堪えると判断すれば、作成したプライマーセットを本発明の実施形態に係るプライマーセットとして利用する。
【0031】
本発明の実施形態に係るプライマーセットの設定方法に関して、目的の酵素をコードするアミノ酸配列からDNA配列を逆算する方法で上述したが、目的の酵素をコードするDNA配列がはじめから分かっているのであればこの限りではないことは勿論である。例えば、所望の塩基配列が、NCBIが提供しているGenBank(ジェンバンク)、および、NITE Biological Resource Center(NBRC)等から得られるのであれば、それを使用すればよい。
【0032】
(ミコール酸産生遺伝子の検出方法)
実施形態に係るプライマーセットを利用したミコール酸産生遺伝子の検出方法は以下の通りである。まず、DNA抽出段階として、採取したサンプルに対して超音波処理等の前処理を施し、DNAを抽出する。サンプルの前処理やDNA抽出の方法は公知の方法であってもよいし、それ以外でもよい。採取サンプルは水溶液であってもよいし、スカムのような泡状物質、固体等を溶解した水溶液等であってもよい。
【0033】
次に、DNA検出段階として、まず増幅条件、即ち、変性温度、アニール温度およびアニール時間、サイクル数、伸延温度および伸延時間等は、設計したプライマー長やGC含有量等によって適宜決定し、PCRを行う。PCRに使用するポリメラーゼは、TaqDNAポリメラーゼやプルーフリーディングDNAポリメラーゼ等のDNAポリメラーゼ等、公知の重合酵素を使用すればよい。検量線としては、放線菌由来のDNAをPCRで増幅し、濃度調整したものを使用することができる。検量線として、事前に採取して放線菌が存在することが分かっているスカムから抽出したDNA自体を用いてもよい。
【0034】
次に、データ解析段階として、サンプル中の放線菌DNAの増幅断片を定量する。定量法としては、公知あるいは新規の方法を各種用いることができる。例えば、分光光度計によりPCR後の溶液のDNA濃度を測定することで定量するようにしてもよいし、電気泳動や色素によるDNA染色を利用した定量方法を用いることもできる。PCR法として特にリアルタイムPCRを行う際は、PCR増幅産物の蛍光検出法として、インターカレーション法や蛍光標識プローブ法等、公知の方法をいずれでも採用することができる。ゴルドニア属の複数の種の標的DNAを同時に増幅させる観点からは、プローブによる高特異性を発揮する蛍光標識プローブ法よりも、インターカレーション法の方が好ましい。
【0035】
(処理水の異常発泡抑制方法)
実施形態に係るプライマーセットを利用した異常発泡抑制方法は、以下に例示する。
図2に示す通り、水質検査ステップS201において、水処理施設の処理槽等において日常的な水質管理の一環で水質検査を行う。
図2に示す判断ステップS203において、pH等の水質検査項目の検査結果より、今後放線菌が増殖しないかどうか、予備的に判断する。例えば、放線菌が増殖しやすいとされるpHが7以上8以下の範囲で、pHが大きく上下した場合等が指標の例として挙げられる。
【0036】
水質検査により放線菌増殖の可能性が示唆されれば、
図2に示すPCRステップS205において、ミコール酸産生遺伝子の検出・定量のため、処理水サンプルに対して、実施形態に係るプライマーセットを用いてPCR法、特にリアルタイムPCRを行う。具体的なリアルタイムPCRの手順は、上述したミコール酸産生遺伝子の検出方法の通りであってもよいし、そうでなくとも当業者が通常行う手順であればよい。
図2に示す判断ステップS207における定量結果の評価については、例えば、増幅したDNA断片の定量値が基準値を上回った、又は、複数の時点において行った定量結果から割り出したミコール酸産生遺伝子の産生速度が基準値を上回った、等により行い、放線菌の大量増殖ならびにミコール酸の大量産生の可能性を検討する。
【0037】
放線菌の大量増殖ならびにミコール酸の大量産生の可能性があると評価した場合、
図2に示す事前対策ステップS209において、水質のpH調整等、適宜事前対策を行う。事前対策を行った後は、所定のタイミングで、再度水質検査を行うことが好ましい。又は、水質検査の代わりに再度PCRで放線菌の大量増殖ならびにミコール酸の大量産生の可能性を判断してもよい。
【0038】
放線菌が増殖しやすい特別な条件の場合、例えば、硝化液循環ポンプの稼働を開始・再開した時、使用する流入扉を変更した時、まとまった降雨の後等、新たに処理槽に放線菌が流入しやすいケースでは、集中的にリアルタイムPCRによるミコール酸産生遺伝子の検出を行い、頻度の高いモニタリングをしていくことが望ましい。
【0039】
上記では、水溶液である処理水をサンプルとして用いた例を示したが、スカム、スカムの溶解液又はスカムを含む水溶液をサンプルとして用いてもよい。
【0040】
本発明の実施形態に係るプライマーセットは、ゴルドニア属、かつ、ミコール酸産生に関係する種を中心に、PCR、特にリアルタイムPCRで効率的に目的のDNA断片を増幅可能なプライマーセットである。特定のゴルドニア属の種の検出に限らず、スカムの直接的な原因物質であるミコール酸を産生する広い種の検出を行えるため、スカム発生を有効に事前検知可能である。スカムの大量発生を事前検知し、事前対策を打てるため、事後的な対策での大変な労力をかけることがないという利点がある。
【0041】
本発明の実施形態に係るプライマーセットを用いたリアルタイムPCRは、1サイクル2時間程度で行えるため、複数箇所の処理水サンプルを同日に評価可能であり、また、同日に同じサンプルの追試も可能である。ミコール酸大量産生の可能性を、属人的でない手法で迅速に評価可能となる。
【0042】
本発明の実施形態に係るプライマーセットの設定方法においては、上述した通り、酵素のアミノ酸配列からDNA配列を推定し、かつ、そのDNA配列が種に横断的な配列であることを確認して有効なプライマーを作成できる。アミノ酸配列からDNA配列を推定するという「逆算方式」は、PCR用のプライマー作成において例がなく、全く新規な設定方法である。DNA配列が明らかになっていなくとも、アミノ酸配列が分かれば他の系にも応用可能なプライマーセット設定方法である。
【0043】
次に、実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例0044】
(プライマーセットの設定)
プライマーセットの設定における予備調査段階として、NCBIヌクレオチドデータベースにおいて、フルゲノム情報が公開されているゴルドニア属の種のヌクレオチドを検索したところ、「Gordonia sp. 1D chromosome (NCBI GenBank: ACCESSION No.CP023405、5151623塩基対)」が該当した。
【0045】
次にミコール酸産生酵素の合成遺伝子の探索段階として、「Cyclopropane fatty acid synthase gordonia」のキーワードに基づき、NCBIプロテインデータベースにおいて検索したところ、遺伝子名「cfa」に関連するアミノ酸配列が得られた(NCBI GenBank: ACCESSION No. GAC78239、DEFINITION cyclopropane fatty acid synthase [Gordonia malaquae NBRC 108250])。このアミノ酸配列から得られるタンパク質情報を検索すると、「Cfa superfamily」及び「CMAS(CmaA2, MmaA2及びPcaA)」の両方が含まれていることが判明した。
【0046】
ACCESSION No. GAC78239の「cfa」に関連するアミノ酸配列のうち、「Cfa superfamily」に該当する部分をDNA配列に機械的に変換し、NCBI Nucleotide BLASTで検索して得られたDNA配列を用い、再度NCBI Nucleotide BLASTにかけ、プライマー候補となるDNA配列を得た。このプライマー候補となるDNA配列は、「Gordonia sp. 1D chromosome (NCBI GenBank: ACCESSION No.CP023405」のフルゲノム中の369613番目から370871番目に該当し、配列表の配列番号8に示すものである。プライマー候補となるDNA配列を機械的にアミノ酸配列に変換し、そのアミノ酸配列に対してNCBI Protein BLASTを実施したところ、ゴルドニア属のcfa superfamilyを含む配列が検索された。よって、プライマー候補となるDNA配列が複数のゴルドニア属の種に共通のものであろうことが推定できたため、当該DNA配列を「保存的DNA配列」とした。
【0047】
次にプライマー作成段階として、保存的DNA配列からプライマー候補を選定しながら、最終的に、配列番号1の塩基配列をフォワードプライマー及び配列番号3の塩基配列をリバースプライマーとしたプライマーセットを作成した。配列番号1の塩基配列は18mer、配列番号3の塩基配列は25merであり、PCRでの検出力向上(収量確保)及び非特異的増幅の排除の観点から好ましい範囲の長さであることが分かった。このプライマーセットは、作成してからNCBI Primer BLASTにて特異性の確認(増幅種の確認)を行った。NCBI Primer BLASTによって増幅種を確認した結果、
図3及び4に示す通り、3’末端側にミスマッチが確認されない配列はゴルドニア属の種の配列のみである、という結果が得られた。よって、このプライマーセットでは、ゴルドニア属の強い選択性が得られていると判断し、このプライマーセットを実施例1に係るプライマーセットとした。配列番号1の塩基配列を有するフォワードプライマーを実施例1に係るフォワードプライマーとし、配列番号3の塩基配列を有するリバースプライマーを実施例1に係るリバースプライマーとした。
【0048】
図3及び4においては、NCBIヌクレオチドデータベースに登録されているヌクレオチド(細菌種の名称も含む)とそのアクセッション番号(ACCESSION No.)の組合せが列挙されている。
図3及び4の各表は、各ヌクレオチドと、実施例1に係るフォワードプライマー(配列番号1)及び実施例1に係るリバースプライマー(配列番号3)とそれぞれ構造的な相同性の高い配列が抽出され、各プライマーとの構造的な相同性(単位:%)が表されている表である。例えば、
図3に示す「Gordonia sp. 1D chromosome (NCBI GenBank: ACCESSION No.CP023405)」については、実施例1に係るフォワードプライマー(配列番号1)及び実施例1に係るリバースプライマー(配列番号3)とは、それぞれ100%の構造的相同性を有することが示されている。「Gordonia sp. 1D chromosome (NCBI GenBank: ACCESSION No.CP023405)」においては、実施例1に係るフォワードプライマー(配列番号1)及び実施例1に係るリバースプライマー(配列番号3)で増幅される塩基配列は、配列番号6に示す131merの塩基配列である。また、
図3に示す「Gordonia ajococcus strain A2 chromosome, complete genome (NCBI GenBank: ACCESSION No.CP052884)」については、実施例1に係るフォワードプライマー(配列番号1)とは100%の相同性を呈する塩基配列が存在し、実施例1に係るリバースプライマー(配列番号3)とは96%の相同性を呈する塩基配列が存在することが分かる。実施例1に係るリバースプライマー(配列番号3)との相違点は、5’末端から5番目の塩基のみである。「Gordonia ajococcus strain A2 chromosome, complete genome (NCBI GenBank: ACCESSION No.CP052884)」においては、実施例1に係るフォワードプライマー(配列番号1)及び実施例1に係るリバースプライマー(配列番号3)で増幅される塩基配列は、配列番号7に示す131merの塩基配列である。
図3に示す「Gordonia rubripertincta strain SD5 chromosome, complete genome(NCBI GenBank: ACCESSION No.CP059694)」以降のヌクレオチド、及び、
図4に示すヌクレオチドについても同様に、実施例1に係るフォワードプライマー(配列番号1)及び実施例1に係るリバースプライマー(配列番号3)との構造的相同性を確認することができる。
【0049】
また、例えば、
図3に示す「Gordonia ajococcus strain A2 chromosome, complete genome (NCBI GenBank: ACCESSION No.CP052884)」においては、リバースプライマーとして配列番号4の塩基配列を有するリバースプライマーを用いると、構造的相同性が100%となるため、より有効に増幅したいDNA断片を増幅することが可能となることが分かる。更に、
図3に示す「Gordonia rubripertincta strain SD5 chromosome, complete genome(NCBI GenBank: ACCESSION No.CP059694)」及び「Gordonia rubripertincta strain CWB2 complete genome(NCBI GenBank: ACCESSION No.CP022580)」においては、リバースプライマーとして配列番号5の塩基配列を有するリバースプライマーを用いると、構造的相同性が100%となるため、より有効に増幅したいDNA断片を増幅することが可能となることが分かる。
【0050】
実用性検証段階として、実施例1に係るプライマーセット(配列番号1及び3)を用い、実際のスカムサンプルで所定の条件によりリアルタイムPCRを行った(リアルタイムPCRマシン:QuantStudio3 (「QuantStudio」は登録商標。サーモフィッシャーサイエンティフィック(Thermo Fisher Scientific)社製))。リアルタイムPCR産物のDNA配列を解読し、NCBI BLASTを実施したところ、一致率上位をゴルドニア属の一種が占めていたため、ゴルドニア属の一種が有効に検出されていると考えられた。更に、増幅に用いたスカムサンプルに含まれる細菌DNAを対象に、次世代シーケンサーによる網羅的解析を行ったところ、ゴルドニア属の細菌が最優先種として検出されたことからも、ゴルドニア属の一種を検出できていると示唆された。
例えば、ゴルドニア属以外の属であってミコール酸産生に関与する遺伝子を有する種をより広く検出できるように、プライマーセットを設定することも可能である。また、複数組のプライマーセットを同時に用いるというマルチプレックスPCRを行うことも可能である。
例えば、本発明において、検出対象となる核酸や各種プライマーの個々の配列に関しては、これら互いの相補的な関係に基づいて記載された事項は、特に断りのない限り、それぞれの記載された配列と、各配列に対して相補的な配列についても勿論適用されることである。各配列に対して相補的な当該配列について本発明を適用する際には、当該相補的な配列が認識する配列について、当業者にとっての技術常識の範囲内で、対応する本明細書に記載された配列に相補的な配列として、明細書全体を読み替えられるものとする。
このように、本発明はここでは記載していない様々な実施形態等を含むことは勿論である。したがって、本発明の技術的範囲は上記の説明から妥当と解釈しうる、特許請求の範囲に係る発明特定事項によってのみ定められるものである。