(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023027013
(43)【公開日】2023-03-01
(54)【発明の名称】正方晶系薄膜構造体
(51)【国際特許分類】
H01F 10/28 20060101AFI20230221BHJP
H01F 10/14 20060101ALI20230221BHJP
H10N 50/10 20230101ALI20230221BHJP
G11B 5/706 20060101ALI20230221BHJP
G11B 5/65 20060101ALI20230221BHJP
H01F 1/06 20060101ALI20230221BHJP
【FI】
H01F10/28
H01F10/14
H01L43/08 Z
G11B5/706
G11B5/65
H01F1/06 180
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2022125090
(22)【出願日】2022-08-04
(31)【優先権主張番号】P 2021132407
(32)【優先日】2021-08-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001128
【氏名又は名称】弁理士法人ゆうあい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西尾 隆宏
(72)【発明者】
【氏名】藏 裕彰
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 啓太
(72)【発明者】
【氏名】高梨 弘毅
(72)【発明者】
【氏名】市村 匠
(72)【発明者】
【氏名】柳原 英人
【テーマコード(参考)】
5D006
5E040
5E049
5F092
【Fターム(参考)】
5D006BB01
5D006BB05
5D006BB06
5D006BB07
5E040AA11
5E040AA19
5E040BD05
5E040CA01
5E040CA06
5E049AA01
5E049AA07
5E049BA01
5E049BA06
5E049CB01
5E049DB04
5F092AB01
(57)【要約】
【課題】より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体を提供する。
【解決手段】(110)面方位の主表面を少なくとも一部に有し、立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造を有した支持基板10と、支持基板10における(110)面方位の主表面上に形成され、主表面に接する面内において一軸の面内配向を有する正方晶系薄膜20と、を備える。
【選択図】
図1A
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(110)面方位の主表面を少なくとも一部に有し、立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造を有した支持基板(10)と、
前記支持基板における(110)面方位の前記主表面上に形成され、前記主表面に接する面内において一軸の面内配向を有する正方晶系薄膜(20)と、を有している、正方晶系薄膜構造体。
【請求項2】
前記支持基板は立方晶系に属する結晶構造を有し、
前記支持基板における前記主表面の(110)面方位、と前記正方晶系薄膜における(110)面方位および(101)面方位それぞれでのRMS不整合度の差分であるRMS不整合度差が1.9%以下である、請求項1に記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項3】
前記支持基板はSrTiO3、LaAlO3、MgOのいずれか1つにより構成されている、請求項1に記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項4】
前記支持基板はLaAlO3で構成されている、請求項3に記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項5】
前記正方晶系薄膜における前記主表面に接する面内での(001)配向率が60%以上である、請求項1に記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項6】
前記正方晶系薄膜は、Fe、Ni、Nを元素として含む材料の薄膜である、請求項1に記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項7】
前記正方晶系薄膜は、FeNiNの薄膜またはL10型の規則構造を有するL10型のFeNi規則合金の薄膜である、請求項1に記載の正方晶系薄膜構造体。
【請求項8】
(110)面方位の主表面を少なくとも一部に有し、立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造を有した支持基板(10)と、
前記支持基板における(110)面方位の前記主表面上に形成され、前記主表面に接する面内において一軸の面内配向を有する正方晶系薄膜(20)と、を有し、
前記支持基板はLaAlO3で構成されており、
前記正方晶系薄膜は、FeNiNの薄膜またはL10型の規則構造を有するL10型のFeNi規則合金の薄膜である、正方晶系薄膜構造体。
【請求項9】
前記正方晶系薄膜は、島状構造であり、それぞれの島の外表面のうち少なくとも1つの面が{111}面である、請求項1ないし8のいずれか1つに記載の正方晶系薄膜構造体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、支持基板上に正方晶系薄膜を備えた正方晶系薄膜構造体に関し、例えば正方晶系薄膜として、FeNiNもしくはL10型の規則構造を有するL10型のFeNi規則合金の薄膜を備えるものに適用して好適である。
【背景技術】
【0002】
L10型の規則構造を有するFeNi(鉄-ニッケル)規則合金は、高い磁気異方性を有しており、レアアースや貴金属を全く使用しない磁石材料および磁気記録などの磁気デバイス材料として期待されている。STO(チタン酸ストロンチウム:SrTiO3)の支持基板上に、窒素プラズマ中のMBE(分子線エピタキシー法)により作製したFeNiN薄膜を脱窒素することで、L10型のFeNi規則合金薄膜を形成できる(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【非特許文献1】K. Ito et al., "Epitaxial L10-FeNi films with high degree of order and large uniaxial magnetic anisotropy fabricated by denitriding FeNiN films", Applied Physics Letters. 116, 242404(2020)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、非特許文献1に開示されている製造方法を用いて、主表面が(100)面方位となっている支持基板に対してFeNiN薄膜を成膜すると、FeNiNのc軸が90°交差するバリアントが2種類できてしまうことが確認された。これは、(100)面での結晶構造が中心軸を中心とした4回対称になっているためであり、立方晶構造のそれぞれ辺に対してc軸が交差するようにFeNiNが成長するため、マルチバリアント状態になる。このときの各バリアントの寸法は~5nmとなっていた。
【0005】
結晶方位軸が直交するマルチバリアント状態であると、磁気特性、電気特性、光学特性などが優れた配向方向の特性と、悪い配向方向の特性とが平均化され、本来シングルバリアント状態で得られる特性を利用することができないなどの課題がある。例えば結晶磁気異方性定数Kuを例に挙げると、直交するバリアント間では平均化された値になり、結晶磁気異方性が低下する。
【0006】
なお、ここでいう「バリアント」とは、支持基板上に正方晶系薄膜を成膜した際に、正方晶系薄膜の持つ結晶方位のことであり、「シングルバリアント」は結晶方位を1つの軸方向にのみ持ち、「マルチバリアント」は結晶方位を複数の軸方向に持っていることを意味する。正方晶系薄膜の全域が「シングルバリアント」である必要はないが、「マルチバリアント」で尚かつ各バリアントの寸法が小さいと、優位となるバリアントが無いため、特性が平均化されることで良好な特性が得られなくなる。このため、より良好な特性を得るためには、シングルバリアントの寸法が大きく得られることが重要となる。
【0007】
本発明は上記点に鑑みて、より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、請求項1に記載の正方晶系薄膜構造体は、(110)面方位の主表面を少なくとも一部に有し、立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造を有した支持基板(10)と、支持基板における(110)面方位の主表面上に形成され、主表面に接する面内において一軸の面内配向を有する正方晶系薄膜(20)と、を備える。
【0009】
このように、(110)面方位の主表面を少なくとも一部に有する立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造の支持基板を用いて、支持基板上に正方晶系薄膜を成膜することで、正方晶系薄膜の結晶がシングルバリアントとなるようにできる。したがって、より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体とすることが可能となる。
【0010】
なお、各構成要素等に付された括弧付きの参照符号は、その構成要素等と後述する実施形態に記載の具体的な構成要素等との対応関係の一例を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1A】本発明の一実施形態にかかる正方晶系薄膜構造体の断面図である。
【
図1B】
図1Aに示す正方晶系薄膜構造体のうちの正方晶系薄膜の上面視を示した図である。
【
図2A】比較例にかかる正方晶系薄膜構造体の断面図である。
【
図2B】
図2Aに示す正方晶系薄膜構造体のうちの正方晶系薄膜の上面視を示した図である。
【
図3】(a)は、STOの結晶構造の斜視図、(b)、(c)は、それぞれ、STO(100)およびSTO(110)について各面を法線方向から見たときの結晶構造を示した図である。
【
図4】(a)は、FeNiNの結晶構造の斜視図、(b)は、斜視図中に(110)面をハッチングで示した図、(c)、(d)は、それぞれ、FeNiN(100)およびFeNiN(110)について各面を法線方向から見たときの結晶構造を示した図である。
【
図5】STO(100)とFeNiN(100)との整合の様子を模式的に示した図である。
【
図6】支持基板をMgO(110)、STO(110)、LAO(110)で構成する場合の各材質とFeNiN(110)との格子不整合度とそのRMS(二乗平均平方根)不整合度を示した図表である。
【
図7】(a)は、FeNiNの結晶構造の斜視図中に(110)面と(101)面をハッチングで示した図、(b)は、FeNiNの(110)配向の様子を示した図、(c)は、FeNiNの(101)配向の様子を示した図である。
【
図8】支持基板をMgO(110)、STO(110)、LAO(110)で構成する場合の各材質とFeNiN(101)との格子不整合度とそのRMS不整合度を示した図表である。
【
図9】支持基板をMgO(110)、STO(110)、LAO(110)で構成する場合の立方晶格子定数とRMS不整合度との関係を示した図である。
【
図10】立方晶格子定数と(110)と(101)面方位でのRMS不整合度の差との関係を示した図である。
【
図11】比較例1および実施例1~5における面内配向および面内(001)配向率と面内(110)配向率の結果を纏めた図表である。
【
図12】比較例1および実施例1~3における正方晶系薄膜の表面に対する法線方向にX線の散乱ベクトルがくるようにX線を入射したときのX線回折パターンを示した図である。
【
図13】比較例1および実施例1~3における正方晶系薄膜の表面の面内の一方向にX線の散乱ベクトルがくるようにX線を入射したときのX線回折パターンを示した図である。
【
図14】比較例1および実施例1~3における正方晶系薄膜の表面の面内の
図13と垂直方向にX線の散乱ベクトルがくるようにX線を入射したときのX線回折パターンを示した図である。
【
図15】FeNiNの主要ピークをまとめた図表である。
【
図16】L1
0型のFeNi規則合金薄膜とした正方晶系薄膜の面内での磁気特性を調べた結果を示す図である。
【
図17】実施例4、5にかかる正方晶系薄膜構造体の断面図である。
【
図18】実施例4についてLAO(100)基板の[1-10]軸方向から透過型電子顕微鏡(TEM)による断面観察結果を示した図である。
【
図19】
図18のXIX領域について高速フーリエ変換(FFT)による逆格子パターン解析の結果を示した図である。
【
図20】実施例4にかかるL1
0型のFeNi規則合金薄膜とした正方晶系薄膜の面内での300Kにおける磁気特性を調べた結果を示す図である。
【
図21】実施例4にかかるL1
0型のFeNi規則合金薄膜とした正方晶系薄膜の面内での10Kにおける磁気特性を調べた結果を示す図である。
【
図22】実施例4、5における磁気特性を示す表である。
【
図23】実施例5にかかるL1
0型のFeNi規則合金薄膜とした正方晶系薄膜の面内での300Kにおける磁気特性を調べた結果を示す図である。
【
図24】MgOの結晶構造を面心立方格子を基本単位格子で記載した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態について図に基づいて説明する。なお、以下の各実施形態相互において、互いに同一もしくは均等である部分には、同一符号を付して説明を行う。
【0013】
(第1実施形態)
第1実施形態にかかる正方晶系薄膜構造体について、
図1Aおよび
図1Bを参照して説明する。なお、
図1Aおよび
図1Bにおいて、図中に示した矢印はc軸の方向を示している。
【0014】
図1Aに示すように、本実施形態の正方晶系薄膜構造体は、支持基板10上に正方晶系薄膜20を形成したもので構成されている。
【0015】
支持基板10は、立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造を有し、正方晶系薄膜20と接する界面の少なくとも一部が(110)面方位とされている。例えば、支持基板10としては、STO(110)、LAO(110)、MgO(110)を用いることができる。STOについては、立方晶格子定数が0.3905nmとなっている。LAOについては、立方晶格子定数が0.379nmとなっている。MgOについては、立方晶格子定数が0.4213nmとなっている。
【0016】
なお、LAOは、アルミン酸ランタン(LaAlO3)であり、MgOは酸化マグネシウムである。STO、LAO、MgOの後に記載した(110)は、これらによって支持基板10を構成する場合の支持基板10の主表面の面方位が(110)であることを意味している。ここでは、(110)を挙げているが、後述する(100)、(001)等についても同様である。
【0017】
正方晶系薄膜20は、
図1Aおよび
図1Bに示すように、支持基板10の主表面に接した一面において、一軸の面内配向を有した薄膜である。正方晶系薄膜20は、一軸の面内配向として、矢印は[001]方向を示し、矢印方向に(001)配向、支持基板10との界面に対して(110)配向している。より詳しくは、垂直方向には(001)配向しておらず、正方晶系薄膜20は、同一方向に配向したバリアントが含まれる成分割合である面内(001)配向率が60%以上になっており、好ましくは70%以上になっている。さらに、面内で90°回転した面内(110)配向率が60%以上になっており、好ましくは70%以上になっている。例えば、正方晶系薄膜20としては、Fe、Ni、Nを元素として含む材料の薄膜、L1
0型の規則構造を有するL1
0型のFeNi規則合金の薄膜が挙げられる。
【0018】
Fe、Ni、Nを含む材料の薄膜としては、例えばFeNiNがある。FeNiNの場合、FeNiN(100)ではa軸での格子定数が0.4002nmとなっており、FeNiN(001)ではc軸での格子定数が0.3713nmとなっている。正方晶系薄膜20をFeNiNの薄膜とする場合、支持基板10に対して窒素プラズマ中においてFeNiを蒸着する手法や、Fe層とNi層を交互に蒸着したのち窒化処理を行う手法などによってFeNiNの薄膜を得ることができる。また、正方晶系薄膜20をFeNiNで構成する場合、Fe2Ni2N、FeNi、酸化物などFeNiN以外の成分が含まれていても良い。
【0019】
また、正方晶系薄膜20をL10型の規則構造を有するL10型のFeNi規則合金の薄膜とする場合、FeNiNの薄膜を成膜した後に、脱窒素処理を行うことでL10型のFeNi規則合金の薄膜を得ることができる。正方晶系薄膜20をL10型のFeNi規則合金の薄膜とすれば、正方晶系薄膜構造体がFeNi超格子を含むFeNi規則合金構造体となる。このようなFeNi規則合金構造体は、磁石材料および磁気記録、磁気センサ等のデバイス材料に適用可能であり、高い保磁力を有した磁性特性に優れたものとなる。
【0020】
ここで、本実施形態の正方晶系薄膜構造体と従来のようにSTO(100)の主表面に正方晶系薄膜を形成する場合について比較して説明する。ここでは、支持基板をSTO、正方晶系薄膜をFeNiNとする場合を例に挙げる。また、以下の説明では、STO(100)の主表面に正方晶系薄膜を形成する構造を比較構造という。
【0021】
図2Aに示すように、STO(100)の支持基板J10の上に正方晶系薄膜J20を形成した比較構造においては、
図2Bに示すように、FeNiNのc軸が90°交差するバリアントが2種類できてしまう。TEM(透過電子顕微鏡)観察などを行ったところ、各バリアントの寸法が~5nmと小さな微細化したものになっていた。
【0022】
図3中の(a)に示すように、STOは、立方晶の結晶構造を有している。このため、比較構造において支持基板J10に用いられているSTO(100)は、
図3中の(b)に示すように中心軸を中心として90°回転するごとに同じ格子構造になる4回対称になる。これに対して、本実施形態の構造において支持基板10に用いられているSTO(110)は、
図3中の(c)に示すように中心軸を中心として180°回転するごとに同じ格子構造になる2回対称になる。
【0023】
一方、
図4中の(a)に示すように、FeNiNは正方晶の結晶構造を有しており、Niが配置されるレイヤーとFeおよびNが配置されるレイヤーを備えている。そして、
図4中の(c)に示すように、FeNiN(100)については、STO(100)に近い結晶構造となる。なお、
図4中の(b)に示した(110)面の法線方向から見たFeNiN(110)の結晶構造は、
図4中の(d)に示したように、STO(100)とは異なった表面配列となる。
【0024】
図5に示すように、支持基板J10としてSTO(100)を使用した比較構造においては、STO(100)における各軸とFeNiN(100)におけるa軸とが整合し、支持基板J10上にFeNiN(100)がエピタキシャル成長させられることになる。そして、STO(100)は立方晶であるため、互いに直交する各軸の原子配列および格子定数は同じになっている。したがって、立方晶で主表面が(100)面方位となる支持基板J10を使用してFeNiNを成長させる場合、FeNiNと整合する軸方向が2通り、つまり成長方向が二方向存在することになる。このため、
図2Aおよび
図2Bに示すように、正方晶系薄膜J20を構成するFeNiNのc軸が90°交差するバリアントが2種類できている。
【0025】
これに対して、支持基板10としてSTO(110)を使用した本実施形態の構造では、STO(110)において、FeNiNと整合するのがc軸だけに限定される。したがって、立方晶で主表面が(110)面方位となる支持基板10を使用してFeNiNを成長させる場合、FeNiNと整合する軸方向が1通り、つまり成長方向が一方向のみに限定される。このため、
図1Aおよび
図1Bに示すように、正方晶系薄膜20を構成するFeNiNのc軸が単方向に向いたシングルバリアントになる。
【0026】
このように、(110)面方位の立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造の支持基板10を用いて、支持基板10上に正方晶系薄膜20を成膜することで、正方晶系薄膜20の結晶がシングルバリアントとなるようにできる。したがって、より特性の優れた構造の正方晶系薄膜構造体とすることが可能となる。なお、正方晶系薄膜20の全域においてシングルバリアントである必要は無く、寸法が大きなシングルバリアント、例えば30nm以上のものが得られていれば良い。つまり、部分的に他のバリアントの部分があっても良いが、その部分の寸法よりもシングルバリアントの部分の寸法の方が十分に大きくなっていれば良い。
【0027】
また、ここでは支持基板10をSTO(110)とする場合を例に挙げたが、MgO(110)、LAO(110)とする場合と比較しながら、材質毎のバリアントの低減効果について説明する。
【0028】
図6は、支持基板10を立方晶酸化物であるMgO(110)、STO(110)、LAO(110)で構成する場合の各材質とFeNiN(110)との格子不整合度とそのRMS不整合度を示している。図中のFeNiN(110)[001]は、FeNiN(110)における[001]軸方向において不整合度を調べたことを意味している。同様に、図中のFeNiN(110)[1-10]は、FeNiN(110)における[1-10]軸方向において不整合度を調べたことを意味している。また、RMS不整合度は、FeNiN(110)[001]における不整合度とFeNiN(110)[1-10]における不整合度を二乗平均平方根(Root Mean Square)したものである。RMS不整合度は、[001]軸方向および[1-10]軸方向において、全体としてどれだけ格子不整合が生じているかを示す指標となる。
【0029】
この図に示されるように、FeNiN(110)[001]においては、不整合度の絶対値が小さい順に、LAO(110)、STO(110)、MgO(110)となっている。また、FeNiN(110)[1-10]においては、MgO(110)とLAO(110)について不整合度の絶対値が大きく、STO(110)について不整合度の絶対値が小さくなっている。RMS不整合度については、STO(110)が最も小さくなっており、次いでLAO(110)で、最も大きいのがMgO(110)となる。
【0030】
ここで示したMgO(110)、STO(110)、LAO(110)のいずれを支持基板10として用いても、大きな寸法のシングルバリアントを得ることができる。そして、基本的には、FeNiN(110)における[001]軸方向および[1-10]軸方向の不整合度の絶対値が小さいほど、バリアントの低減効果を高くすることができると考えられる。
【0031】
しかしながら、実験を行い、MgO(110)、STO(110)、LAO(110)を支持基板10として用いて、正方晶系薄膜20としてFeNiNを成長したところ、STO(110)よりもLAO(110)の方がバリアントの低減効果が高かった。これは、(110)面方位を用いて正方晶系薄膜20を成長した場合、(101)面も成長し得るためであると考えられる。
【0032】
図7中の(a)に示すように、FeNiNにおいて、(110)面は、図中実線ハッチングで示され、(101)面は、図中破線ハッチングで示される。
図7中の(b)は、(110)配向のFeNiNを示しており、この図はSTO[110]およびFeNiN[110]方向からみたものであり、FeNiNの結晶構造の下方に(110)面方位の支持基板10が配置されていて、その上にFeNiNが(110)面で成長した場合の結晶構造を示している。この図に示すように(110)配向でFeNiNが成長した場合、c軸が一意に決定する。一方、
図7中の(c)は、(101)配向のFeNiNを示しており、この図はSTO[110]方向およびFeNiN[010]方向からみたものであり、FeNiNの結晶構造の下方に(110)面方位の支持基板10が配置されていて、その上にFeNiNが(101)面で成長した場合の結晶構造を示している。この図に示すように(101)配向でFeNiNが成長した場合、c軸の二方向の成長が有り得、マルチバリアントになり得る。
【0033】
このため、FeNiN(101)方向に成長しないのが望ましい。(101)面についてFeNiNが成長しないようにするためには、FeNiN(101)とのRMS不整合度がある程度大きくなっている必要がある。
【0034】
図8は、支持基板10を立方晶酸化物であるMgO(110)、STO(110)、LAO(110)で構成する場合の各材質とFeNiN(101)との格子不整合度とそのRMS不整合度を示している。図中のFeNiN(101)[010]は、FeNiN(101)における[010]軸方向において不整合度を調べたことを意味している。同様に、図中のFeNiN(101)[-101]は、FeNiN(101)における[-101]軸方向において不整合度を調べたことを意味している。また、RMS不整合度は、FeNiN(101)[010]における不整合度とFeNiN(101)[-101]における不整合度を二乗平均平方根したものである。RMS不整合度は、[010]軸方向および[-101]軸方向において、全体としてどれだけ格子不整合が生じているかを示す指標となる。
【0035】
この図に示されるように、FeNiN(101)[010]においては、不整合度の絶対値が小さい順に、STO(110)、MgO(110)、LAO(110)となっている。また、FeNiN(101)[-101]においては、不整合度の絶対値が小さい順に、STO(110)、LAO(110)、MgO(110)となっている。そして、RMS不整合度については、STO(110)が最も小さくなっており、次いでLAO(110)、最も大きいのがMgO(110)となる。
【0036】
FeNiN(110)を成長させるには、RMS不整合度が低い方が良く、その意味では、
図6に示したように、STO(110)が好ましい。しかしながら、FeNiN(101)を成長させないようにするには、RMS不整合度が高い方が良く、STO(110)よりもLAO(110)やMgO(110)の方が良い。このため、実験結果としては、STO(110)を用いるよりもLAO(110)を用いた方が、よりバリアントの低減効果が高くなったと言える。
【0037】
FeNiN(110)とFeNiN(101)それぞれについて、支持基板10としてMgO(110)、STO(110)、LAO(110)を用いた場合の立方晶格子定数とRMS不整合度との関係を調べたところ、
図9に示す結果が得られた。また、立方晶格子定数とRMS不整合度差、つまりFeNiN(110)とFeNiN(101)それぞれでのRMS不整合度を差分との関係を調べたところ、
図10に示す結果が得られた。なお、RMS不整合度の差分は、得たい配向方向のRMS不整合度から得たくない配向のRMS不整合度を差し引いた値、ここではFeNiN(110)RMS不整合度からFeNiN(101)RMS不整合度を差し引いた値である。
【0038】
図9に示されるように、立方晶格子定数とRMS不整合度との間には相関があると考えられる。FeNiN(110)、FeNiN(101)のいずれの場合も、STO(110)の立方晶格子定数である0.3905nm近辺で最もRMS不整合度が小さくなり、それよりも立方晶格子定数が小さくまたは大きくなると、RMS不整合度が増加する。ただし、立方晶格子定数がSTO(110)の値よりも小さくなると、RMS不整合度差が小さくなる。すなわち、STO(110)ではRMS不整合度差が1.97%発生しているが、LAO(110)ではRMS不整合度差がほぼ0%になる。
【0039】
元々、FeNiN(110)およびFeNiN(101)のRMS不整合度が同じであったとすれば、表面エネルギーの安定性等の観点からFeNiN(110)の方がFeNiN(101)よりも生成され易い。このため、FeNiN(110)が多少大きくなったとしても、(110)面方位および(101)面方位それぞれでのRMS不整合度の差分であるRMS不整合度差が小さいことで、FeNiN(110)が優先して生成されたと考えられる。
【0040】
したがって、RMS不整合度差がより小さい立方晶系の結晶構造とすれば、配向を制御でき、例えばFeNiN(110)が優先して生成され、よりシングルバリアントを得ることができて、バリアントの低減効果を高めることが可能となる。具体的には、STO(110)の場合の1.97%よりも小さな1.9%以下、立方晶格子定数で言えば、0.3905nmよりも小さな0.39nm以下の立方晶形の結晶構造とすれば、STO(110)よりも高いバリアントの低減効果が得られる。
【0041】
なお、ここでは立方晶系の結晶構造を有する支持基板10の材質として、STO(110)、LAO(110)、MgO(110)を例に挙げたが、これに限るものではない。
図9、
図10は、立方晶の格子定数からRMS不整合度、RMS不整合度差を計算し、近似曲線として記載したものである。STO(110)、LAO(110)、MgO(110)の計算結果もプロットしてある。この近似曲線は、ある材質の立方晶格子定数に対応するRMS不整合度、RMS不整合度差を示しており、STO(110)、LAO(110)、MgO(110)以外の材質についても、立方晶格子定数とRMS不整合度、RMS不整合度差の関係は概ねこの近似曲線に対応した関係になる。このため、STO(110)、LAO(110)、MgO(110)以外の材質であっても、STO(110)の場合の1.97%よりも小さな1.9%以下の立方晶系の結晶構造とすれば、STO(110)よりも高いバリアントの低減効果が得られる。
【実施例0042】
次に、STO(100)を用いた比較構造を比較例1とし、実施例1~3として、STO(110)、MgO(110)、LAO(110)をそれぞれ用いてFeNiNを成長させた。具体的には、支持基板10の温度を350℃とし、Fe、Niおよび高周波(RF)N
2の同時供給によるMBE法により、支持基板10上に正方晶系薄膜20としてFeNiN膜を20nmエピタキシャル成長させた。成長装置のチャンバー内へのN
2流量を1.0sccm、RF入力を280Wとした。それら比較例1および実施例1~3について
図11を参照して説明する。なお、
図11に示す結果については、後述する
図12~
図14に示すX線回折の結果に基づいて得られたものである。
【0043】
(比較例1)
まず、比較構造を作製し、FeNiN面直配向方向と面内(001)配向率を調べた。その結果、
図11に示すように、基板に対して面直方向は(100)配向であり(001)は面直方向にないことが分かる。面内(001)配向率については57.5%になっていた。つまり、面内に[001]方向にバリアントが二つ直交する、マルチバリアント状態になっていることが確認された。
【0044】
(実施例1)
実施例1として、STO(110)で構成された支持基板10を用いて正方晶系薄膜20としてFeNiNを成膜し、FeNiN面直配向方向と面内(001)配向率を調べた。その結果、
図11に示すように基板に対して面直の配向方向は(110)であり(001)は面直方向にないことが分かる。面内(001)配向率は72.7%であった。これは比較例1と比較して面内の(001)配向が高いことを示している。さらに、(110)面内配向率は69.7%であり、(110)配向を示すことが分かった。
【0045】
(実施例2)
実施例2として、MgO(110)で構成された支持基板10を用いて正方晶系薄膜20としてFeNiNを成膜し、FeNiN面直配向方向と面内(001)配向率を調べた。その結果、
図11に示すように、面直の基板配向方向は(110)であり、(001)は面直方向にないことが分かる。面内(001)配向率は72.7%であった。これは比較例1と比較して(001)配向が高いことを示している。さらに、面内(110)配向率は69.7%であり、(110)配向を示すことが分かった。
【0046】
(実施例3)
実施例3として、LAO(110)で構成された支持基板10を用いて正方晶系薄膜20としてFeNiNを成膜し、FeNiN面直配向方向と面内(001)配向率を調べた。その結果、
図11に示すように、面直の基板配向方向は(110)であり、(001)は面直方向にないことが分かる。面内(001)配向率は98.1%であった。これは比較例1と比較して(001)配向が高いことを示している。さらに、面内(110)配向率は95.9%であり、実施例1や実施例2と比較して高い(110)配向を示すことが分かった。つまり、面内(001)配向率と面内(110)配向率とが両方共に高い値となっており、実施例1~3の中では最も大きな寸法のシングルバリアントが得られていることが確認された。
【0047】
比較例1および実施例1~3について、複数の方向からX線を入射し、X線回折パターンを調べた。具体的には、X線回折の散乱ベクトルが正方晶系薄膜20の表面に対する法線方向、つまり支持基板10の主表面に対する法線方向(以下、第1方向という)と、主表面に接する正方晶系薄膜20の面内の二方向について、X線を入射してX線回折パターンを調べた。面内の二方向は、面内において直交する二方向であり、以下、そのうちの一方向を第2方向といい、第2方向と垂直なもう一方向を第3方向という。
【0048】
図12~
図14は、比較例1および実施例1~3それぞれについて、第1~第3方向それぞれにX線を入射したときのX線回折パターンを示している。
図12は、正方晶系薄膜20の表面に対する法線方向である第1方向にX線回折の散乱ベクトルがくるようにX線を入射しているため、正方晶系薄膜20の表面の法線方向の結晶構造を反映したX線回折パターンとなる。また、
図13、
図14は、正方晶系薄膜20の表面の面内である第2、第3方向に対してX線回折の散乱ベクトルがくるようにX線を入射しているため、正方晶系薄膜20の表面の面内方向の結晶構造を反映したX線回折パターンとなる。比較例1について第2方向は基板の[001]方向を選び、第3方向は、基板対称性から回折強度は002と200が入れ替わるだけであり、
図14中には比較例1のX線回折パターンを示していない。実施例1~3については、第2方向は基板の[001]方向を選ぶと、第3方向は、基板の[110]方向に対応することになる。X線回折測定については、10mm角で厚み0.5mmの支持基板10に対してFeNiNを成膜させたのち、第1~第3方向それぞれについて波長λ=0.15418nmのCuKa線を照射して行った。角度2θ(degree)については、38~72°の範囲において0.02°刻みで実施した。
【0049】
まず、FeNiNの主要なX線回折ピークは、
図15のように示される。例えば、(200)は、角度2θ(degree)が45.317°がピークになるということを示している。この図に示したピークとなり得る角度2θ(degree)について近傍の1.0°の角度範囲内にピークが現れるかどうか判定している。回折強度バックグラウンドや誤差については、例えばFeNiNや基板のピークの無い53-57°の範囲で求めた。ピーク強度の算出はピークトップ周りの0.1°の範囲で平均をとって、ピーク強度としている。ピーク強度が回折強度バックグラウンドより高ければ、その角度2θ(degree)での方向に配向している方向があると言うことができる。また、(001)や(110)の回折ピークは回折強度が弱い為、結晶構造の決定には使用していない。
【0050】
図13中に正方晶系薄膜20の表面の面内における面内(001)配向率を示してある。面内(001)配向率については、面内の配向度合を見るために算出した。面内(001)配向率については、FeNiN(200)やFeNiN(002)などの基本反射の現れるピークについて、ピーク強度を求め、それらピーク強度をそれぞれ合計して(001)配向方向の占める割合を算出した。つまり、回折強度バックグラウンドや誤差ではない、支持基板10に由来のものでないFeNiN(200)やFeNiN(220)などの基本反射の現れるピークに基づいて面内(001)配向率を求めている。
また、
図14中に正方晶系薄膜20の表面の面内における面内(110)配向率を示してある。面内(110)配向率については、第3方向の面内の配向度合を見るために算出しおり、比較例1については基板の対称性から除外している。面内(110)配向率については、FeNiN(220)やFeNiN(202)などの基本反射の現れるピークについて、ピーク強度を求め、それらピーク強度のうち(220)配向方向の占める割合を算出した。つまり、回折強度バックグラウンドや誤差ではない、支持基板10に由来のものでないFeNiN(200)やFeNiN(220)などの基本反射の現れるピークに基づいて面内(110)配向率を求めている。
【0051】
FeNiNの場合、支持基板10をSTO(100)とする場合であればその整数n倍である(n00)、例えば(200)、STO(110)とする場合であればその整数n倍である(nn0)、例えば(220)においてピークが現れるのが好ましい。また、整数倍でない(202)にピークが現れると、マルチバリアント状態になっていることを意味する。
【0052】
図12を見てみると、比較例1では、FeNiN(200)においてピークが現れているが、FeNiN(002)にはピークが現れていない。これは、(100)面に垂直な方向に対してa軸が平行に出ていることを示しており、STO(100)面内と垂直にc軸がほぼ存在していないことを表す。
【0053】
また、実施例1~3では、すべてFeNiN(220)においてピークが現れており、FeNiN(002)などの他の方向に対応する角度2θ(degree)ではピークが現れていない。特に、実施例3では、(220)においてピークの強度が大きく現れている。
【0054】
一方、
図13を見てみると、比較例1では、FeNiN(200)とFeNiN(002)の2つでピークが現れている。これは、STO(100)面内で異なる方向のc軸が存在していること、つまり
図2Aおよび
図2Bに示したように、FeNiNのc軸が90°交差するバリアントが2種類できていることを意味している。そして、FeNiN(200)とFeNiN(002)の2つのピークの強度がほぼ等しくなっていることから、2つの方向のc軸がほぼ等しく現れていて、各バリアントがほぼ等しく発生していることが判る。
【0055】
実施例1~3についても、FeNiN(200)とFeNiN(002)の2つでピークが現れているが、2つのピークに差が出ている。これは、より強度が大きなピークに対応する方向に配向していることを意味しており、大きな寸法のシングルバリアントが得られていることが判る。また、
図14を見てみても、これと同様のことが判る。そして、配向率については、
図13および
図14に記載したように、比較例1が60%未満であったのに対して、実施例1~3はいずれも60%以上、殆どが70%以上になっていた。特に、支持基板10をLAOで構成した場合には、95%以上という高い面内(001)配向率が得られており、大きな寸法のシングルバリアントが得られていることが示されている。
【0056】
さらに、LAO(110)で構成して支持基板10の主表面上にFeNiNを成膜した後に脱窒素処理を行い、正方晶系薄膜20をL1
0型のFeNi規則合金薄膜としてから正方晶系薄膜20の面内での磁気特性を調べた。
図16は、その結果を示しており、c軸と平行方向での磁気特性とc軸と垂直方向での磁気特性を示している。支持基板10の上に正方晶系薄膜20としてL1
0型のFeNi規則合金薄膜を形成した試料を用意し、外部磁場を印加掃引して、M/M
sの変化を測定した。
【0057】
図16に示すように、c軸の平行方向と垂直方向それぞれの磁気特性が全く異なっている。L1
0型のFeNi規則合金の結晶構造は、Fe層とNi層の積層構造によって構成されており、積層方向において磁化し易いという特性を有している。このため、c軸と平行方向、つまりFe層とNi層の積層方向においては小さな磁場を印加しただけでM/M
sが大きな値になり、磁化し易くなっていて、c軸と垂直方向においては大きな磁場を印加しないとM/M
sが大きな値にならず、磁化し難くなっている。このことから、L1
0型のFeNi規則合金薄膜を面内配向性の高い結晶にできていることが判る。なお、Mは磁化、M
sは飽和磁化を示している。
【0058】
次に、実施例4、5について説明する。実施例4、5は、支持基板10としてLAO(110)を用いて、LAO(110)上にFeNi膜を成膜し、アンモニアガス雰囲気での窒化処理によりFeNiN膜とした後に、水素ガス雰囲気で脱窒素処理を行うことで得られる。具体的には、支持基板10の温度を400℃として、FeNi合金ターゲット50:50atm%を用いた高周波(RF)スパッタリングにより、支持基板10上にFeNi膜を実施例4では16.6nm、実施例5では12.7nm成膜した。その後、上記のFeNi薄膜試料を、アンモニアガス雰囲気中で325℃で20時間窒化処理した後、さらに375℃10時間窒化処理を行い、FeNiNを形成した。このとき、実施例4、5について、FeNiN面直配向方向、面内(001)配向率および面内(110)配向率を調べたところ
図11に示す結果が得られた。その後、水素ガス雰囲気中で200℃で2時間脱窒素処理を行うことで、支持基板10上にL1
0型のFeNi規則合金の正方晶系薄膜20が形成された実施例4、5のサンプルを得た。
【0059】
(実施例4)
実施例4として、LAO(110)で構成された支持基板10を用いて正方晶系薄膜20として成膜、窒化処理したFeNiNについて、FeNiN面直配向方向と面内(001)配向率を調べた。その結果、
図11に示すように、基板に対して面直の配向方向は(110)である。面内(001)配向率は93.2%であった。これは比較例1と比較して(001)配向率が高いことを示している。さらに、面内(110)配向率は100%であり、実施例1~3と比較して高い(110)配向を示すことが分かった。つまり、面内(001)配向率と面内(110)配向率とが両方共に高い値であり、実施例1~2より高い配向、すなわち広いシングルバリアント領域が得られていることが確認された。なお、FeNiNからの脱窒素反応がFeとNiの規則構造を維持するトポタクティック反応であることから、FeNiNから脱窒素後した後のL1
0型のFeNi配向率もFeNiNと同様の配向率が得られていると考えられる。
【0060】
また、実施例4は、例えば
図17に示すように、支持基板10上に複数の島状構造体21が点在してなる正方晶系薄膜20が形成されていることが判明した。具体的には、脱窒素後の試料を集束イオンビーム(FIB)加工により薄片化して断面出しを行い、LAO(110)の[1-10]軸方向から試料の高分解能断面TEM観察を行った。その結果、正方晶系薄膜20は、
図18に示すように、島状構造体21が(110)、(111)、(11-1)のFeNi単結晶であることを反映した面を有し、{111}面を少なくとも1つ以上有していることが判明した。なお、
図18では、正方晶系薄膜20を構成する1つの粒子の結晶面を分かり易くするため、その上面および側面に矢印およびミラー指数を付している。なお、{111}の表記は、6種の等価な面(111)、(11-1)、(1-11)、(1-1-1)、(-1-11)、(-1-1-1)を表している。また、島状構造体21が{111}面を少なくとも1つ以上有するとは、その外表面に6種の等価な面(111)、(11-1)、(1-11)、(1-1-1)、(-1-11)、(-1-1-1)のいずれかに該当する面を1つ以上有することをいう。なお、本明細書においては、ミラー指数の表記における『-』は、例えば
図18に示すように、その直後の指数上に記載されるバーを意味する。
【0061】
実施例4にかかる正方晶系薄膜20は、LAO(110)の支持基板10上に、厚みが30nm程度のFeNiの島状構造体21が多数形成され、これらの島状構造体21が群島をなすように点在した島状構造であった。なお、ここでいう「点在」とは、複数の島状構造体21のそれぞれが互いに距離を隔てて配置される場合のほか、一部の島状構造体21同士が接触し、他の島状構造体21が距離を隔てて配置される場合を含む。そして、正方晶系薄膜20を構成する複数の島、すなわちFeNiの島状構造体21は、それぞれ、LAO(110)の[1-10]軸方向から見たとき、その外表面のうち支持基板10のとは反対側に位置する上面が(110)面であった。また、正方晶系薄膜20をなすFeNiの島状構造体21は、その上面に隣接する側面が{111}面であり、外表面のうち少なくとも1つの面が{111}面であった。
【0062】
また、
図18において破線で示す支持基板10に対する厚み方向20nm×支持基板10に対する平面方向50nmのサイズのXIX領域についてFFTによる逆格子パターン解析を行った結果を
図19に示す。なお、
図19では、白点で示す反射の回折スポットパターンの一部にミラー指数を付している。
図19において、白点は基本反射の回折スポットパターンと超格子反射の回折スポットパターンからなっており、特に明るい白点が基本反射の回折スポットを示し、図中の白抜き矢印の先端が指す白点が超格子反射の回折スポットを示している。実施例4は、
図19に示すように、001、110の超格子反射の回折スポットが明瞭に観察される一方で、他の超格子反射の回折スポットについては明瞭に観察されなかった。この結果は、少なくとも20nm×50nmのサイズの観察範囲においてはL1
0-FeNiの島状構造体21の配向方向が揃っており、少なくとも20nm×50nm以上の広いシングルバリアント領域が得られたことを示している。
【0063】
次に、実施例4について300K(ケルビン)および10Kにおける磁気特性評価を行った結果を
図20、
図21に示す。
【0064】
なお、磁気特性は、300Kでは振動試料型磁力計(VSM)を用いて測定し、10Kでは超伝導量子干渉計(SQUID)を用いて測定を行った。なお、VSMはVibrating Sample Magnetometerの略であり、SQUIDはSuperconducting Quantum Interference Deviceの略である。
【0065】
実施例4は、
図20に示すように、300Kにおいては、c軸面内平行方向に外部磁場を印加した場合は、c軸面内垂直方向や基板面直に外部磁場を印加したときよりも小さい外部磁場の印加によりM/M
sが飽和した。これにより、実施例4では、磁化容易軸が面内c軸方向にあることが分かった。ここでいう、c軸面内平行方向とは、L1
0型のFeNi薄膜面内のc軸方向、すなわちLAO[001]方向に対して平行方向であり、c軸面内垂直方向とは、当該c軸方向に対する垂直方向、すなわちLAO[1-10]方向である。また、基板面直方向とは、L1
0型のFeNi薄膜面直方向、すなわちLAO[110]方向である。つまり、実施例4では、c軸と平行方向、すなわちFe層とNi層の積層方向に磁化し易く、磁気配向性の高いL1
0型のFeNi規則合金薄膜が形成されていることがわかる。また、実施例4は、
図21に示すように、c軸面内平行方向がc軸面内垂直方向よりも小さい外部磁場の印加によってM/M
sが大きくなって飽和しおり、10Kにおいても300Kと同様の磁気配向の傾向であった。
【0066】
実施例4は、
図22に示すように、M
sが300Kでは1.36T(テスラ=Wb/m
2)、10Kでは1.59Tであった。実施例4は、300Kにおける保磁力H
c(単位:kA/m)がc軸面内平行方向、c軸面内垂直方向、基板面直方向でそれぞれ210、50、30であった。また、実施例4は、10Kにおける保磁力H
cがc軸に対して面内平行方向では280、c軸に対して面内垂直方向では90であった。このことから、実施例4は、10Kおよび300Kのいずれにおいても、c軸面内平行方向において高い保磁力を有し、磁気配向性および保磁力特性が優れた正方晶系薄膜構造体であることがわかる。
【0067】
(実施例5)
実施例5について、実施例4と同様に、FeNiN面直配向方向と面内(001)配向率を調べた。その結果、
図11に示すように、実施例5では、面直の基板配向方向は(110)である。面内(001)配向率は95.5%であり、比較例1と比較して(001)配向が高かった。さらに、実施例5では、面内(110)配向率は100%であり、実施例4と同様に、実施例1~2と比較して高い(110)配向を示し、実施例1~2より高い配向、すなわち広いシングルバリアント領域が得られていることが確認された。
【0068】
実施例5について、300Kにおける磁気特性評価を行った。その結果、実施例5は、
図23に示すように、c軸面内平行方向がc軸面内垂直方向よりも小さい外部磁場の印加によりM/M
sが大きな値となり飽和し、c軸面内平行方向に磁化容易軸を持つことが分かった。このことから、実施例5は、実施例4と同様に、Fe層とNi層の積層方向において磁化し易く、磁気配向性の高いL1
0型のFeNi規則合金薄膜が形成されていることがわかる。また、実施例5は、
図22に示すように、300KにおいてM
sが1.32T、H
cがc軸面内平行方向、c軸面内垂直方向、基板面直方向でそれぞれ320、60、90であった。この結果は、実施例5が実施例4と同様に、c軸面内平行において高い保磁力を有し、磁気配向性および保磁力特性が優れた正方晶系薄膜構造体であることを示している。
【0069】
実施例4、5において実施例1~3と同等以上の保磁力が得られている理由としては、実施例1~3は、正方晶系薄膜20が1つの連続膜として形成される一方、実施例4、5の正方晶系薄膜20が島状構造であることに起因すると考えられる。具体的には、内部磁化方向と異なる方向に外部磁場を印加した際に生じる磁壁が、ナノメートルオーダの凹凸構造などによるピンニング効果によって、連続膜と比較して移動しにくくなり、内部磁化が外部磁場に対して変わりにくくなる。この磁壁のピンニング効果によって保磁力がより向上したと推定される。
【0070】
また、実施例4、5は、正方晶系薄膜20が(110)、(111)などの特定の結晶面が広い領域を占めており、群をなす島状構造体21がそれぞれ単結晶に近い形で孤立化していると言える。したがって、実施例4、5は、島状構造体21の表面付近のアモルファス構造や結晶粒界に起因する軟磁性相の発生が抑制された構造と言える。その結果、実施例4、5は、正方晶系薄膜20において磁化反転の起点となる軟磁性成分の割合が減少した構造であり、高い保磁力が得られていると考えられる。
【0071】
なお、上記では、LAO(110)を支持基板10として、実施例4、5を作製した場合を代表例として説明したが、これに限定されるものではない。STO(110)やMgO(110)などの立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造体を支持基板10として用いた場合であっても、実施例4、5と同様の基本構成の正方晶系薄膜構造体が得られることが期待される。
【0072】
(他の実施形態)
本開示は、上記した実施形態に準拠して記述されたが、当該実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例や均等範囲内の変形をも包含する。加えて、磁性材料に限定されるものではなく、様々な組み合わせや形態、さらには、それらに一要素のみ、それ以上、あるいはそれ以下、を含む他の組み合わせや形態をも、本開示の範疇や思想範囲に入るものである。
【0073】
例えば、上記実施形態では、支持基板10を構成する立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造体として、STO(110)、LAO(110)、MgO(110)を例に挙げたが、他の材質で支持基板10を構成しても良い。その場合でも、支持基板10の主表面を(110)面として、その上に正方晶系薄膜20を成膜することにより、上記実施形態で説明した効果を得ることができる。特に、RMS不整合度差がSTO(110)の場合の1.97%よりも小さな1.9%以下、立方晶格子定数で言えば、0.3905nmよりも小さな0.39nm以下の立方晶形の結晶構造とすれば、STO(110)よりも高いバリアントの低減効果が得られる。
【0074】
また、上記実施形態では、(110)面方位の主表面を有した支持基板10について説明したが、支持基板10の表面全面が(110)面方位の主表面とされていなくても良い。つまり、少なくとも正方晶系薄膜20と接する界面が(110)面方位の主表面を有した支持基板10であれば良い。
【0075】
さらに、上記実施形態では、支持基板10の構成材料として、(110)面方位の主表面を有した立方晶系の材料を主に説明したが、正方晶系を構成材料とする場合にも、上記と同様の効果が得られる。
【0076】
また、MgOなど立方晶系塩化ナトリウム型の2種の元素で構成される結晶構造では、最小単位格子ではなく、STOなどの立方晶系ペロブスカイト型の3種の元素で構成される結晶構造と統一的に記載するため、
図24のように面心立方格子を基本単位格子で記載した。
【0077】
(本発明の特徴)
[請求項1]
(110)面方位の主表面を少なくとも一部に有し、立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造を有した支持基板(10)と、
前記支持基板における(110)面方位の前記主表面上に形成され、前記主表面に接する面内において一軸の面内配向を有する正方晶系薄膜(20)と、を有している、正方晶系薄膜構造体。
[請求項2]
前記支持基板は立方晶系に属する結晶構造を有し、
前記支持基板における前記主表面の(110)面方位、と前記正方晶系薄膜における(110)面方位および(101)面方位それぞれでのRMS不整合度の差分であるRMS不整合度差が1.9%以下である、請求項1に記載の正方晶系薄膜構造体。
[請求項3]
前記支持基板はSrTiO3、LaAlO3、MgOのいずれか1つにより構成されている、請求項1または2に記載の正方晶系薄膜構造体。
[請求項4]
前記支持基板はLaAlO3で構成されている、請求項3に記載の正方晶系薄膜構造体。
[請求項5]
前記正方晶系薄膜における前記主表面に接する面内での(001)配向率が60%以上である、請求項1ないし4のいずれか1つに記載の正方晶系薄膜構造体。
[請求項6]
前記正方晶系薄膜は、Fe、Ni、Nを元素として含む材料の薄膜である、請求項1ないし5のいずれか1つに記載の正方晶系薄膜構造体。
[請求項7]
前記正方晶系薄膜は、FeNiNの薄膜またはL10型の規則構造を有するL10型のFeNi規則合金の薄膜である、請求項1ないし5のいずれか1つに記載の正方晶系薄膜構造体。
[請求項8]
(110)面方位の主表面を少なくとも一部に有し、立方晶もしくは正方晶系に属する結晶構造を有した支持基板(10)と、
前記支持基板における(110)面方位の前記主表面上に形成され、前記主表面に接する面内において一軸の面内配向を有する正方晶系薄膜(20)と、を有し、
前記支持基板はLaAlO3で構成されており、
前記正方晶系薄膜は、FeNiNの薄膜またはL10型の規則構造を有するL10型のFeNi規則合金の薄膜である、正方晶系薄膜構造体。
[請求項9]
前記正方晶系薄膜は、島状構造であり、それぞれの島の外表面のうち少なくとも1つの面が{111}面である、請求項1ないし8のいずれか1つに記載の正方晶系薄膜構造体。