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特開2023-27860磁性粉末材料、永久磁石及び磁性粉末材料の製造方法
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  • 特開-磁性粉末材料、永久磁石及び磁性粉末材料の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023027860
(43)【公開日】2023-03-03
(54)【発明の名称】磁性粉末材料、永久磁石及び磁性粉末材料の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01G 49/00 20060101AFI20230224BHJP
   H01F 1/11 20060101ALI20230224BHJP
【FI】
C01G49/00 C
H01F1/11
【審査請求】未請求
【請求項の数】8
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021133189
(22)【出願日】2021-08-18
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和2年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、研究成果展開事業「電子論に基づいたフェライト磁石の高磁気異方性化指針の確立」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(71)【出願人】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】100137752
【弁理士】
【氏名又は名称】亀井 岳行
(72)【発明者】
【氏名】柳原 英人
(72)【発明者】
【氏名】岸本 幹雄
【テーマコード(参考)】
4G002
5E040
【Fターム(参考)】
4G002AA08
4G002AB02
4G002AD04
4G002AE04
5E040AB03
5E040AB04
5E040AB09
5E040BB03
5E040CA01
5E040HB11
5E040HB15
5E040HB17
5E040NN02
5E040NN12
5E040NN18
(57)【要約】
【課題】六方晶フェライトにおいて、簡易な方法で保磁力の高い磁性粉末材料を得ること。
【解決手段】AをBa,Sr,Pbのいずれかの元素とした場合に、六方晶フェライトを構成する比率のAのイオンおよび鉄のイオンと、リチウムイオンとが溶けた水溶液に、アルカリ溶液を混合して、共沈物を作成する工程と、共沈物が懸濁液の状態で融剤を添加する工程と、融剤が添加された共沈物を加熱して結晶成長させる熱処理の工程と、熱処理がされた後の物質から融剤を除去して、鉄の一部がリチウムで置換された六方晶フェライト粒子からなる磁性粉末材料を得る工程と、を実行する磁性粉末材料の製造方法。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
AをBa,Sr,Pbのいずれかの元素とし、xを0.12以上1.8以下とした場合に、一般に化学式AFe12-xLix19で表される鉄の一部がリチウムで置換された六方晶フェライト粒子からなることを特徴とする磁性粉末材料。
【請求項2】
印加磁界1350kA/mで測定したときの保磁力が443~787kA/mであることを特徴とする請求項1に記載の磁性粉末材料。
【請求項3】
粒子が板状形状であることを特徴とする請求項1または2に記載の磁性粉末材料。
【請求項4】
結晶構造がマグネトプラム型あるいはフェロクスプレーナ型の六方晶フェライトである請求項1ないし3のいずれかに記載の磁性粉末材料。
【請求項5】
磁界配向処理が施されたことを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の磁性粉末材料。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれかに記載の磁性粉末材料を使用したことを特徴とする永久磁石。
【請求項7】
AをBa,Sr,Pbのいずれかの元素とした場合に、六方晶フェライトを構成する比率のAのイオンおよび鉄のイオンと、リチウムイオンとが溶けた水溶液に、アルカリ溶液を混合して、共沈物を作成する工程と、
共沈物が懸濁液の状態で融剤を添加する工程と、
融剤が添加された共沈物を加熱して結晶成長させる熱処理の工程と、
熱処理がされた後の物質から融剤を除去して、鉄の一部がリチウムで置換された六方晶フェライト粒子からなる磁性粉末材料を得る工程と、
を実行することを特徴とする磁性粉末材料の製造方法。
【請求項8】
融点より0℃~200℃高い温度で前記熱処理の工程を行うことを特徴とする請求項7に記載の磁性粉末材料の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、永久磁石の材料として使用可能な磁性粉末材料や永久磁石、磁性粉末材料の製造方法に関し、特に、バリウム(Ba)やストロンチウム(Sr)、鉛(Pb)などを基本構成元素とし、マグネトプラム型やフェロクスプレーナ型などの構造を有する六方晶フェライト粒子からなる磁性粉末材料、永久磁石、磁性粉末材料の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石用の高性能磁性粉末材料としては、現状Nd-Fe-B系やSm-Co系の希土類元素を主構成元素に用いた磁性粉末が主流であることは周知であり、現在でも磁気特性向上に向けて精力的な検討が続けられている。しかしながらこれらNd-Fe-B系やSm-Co系磁石においては、希少元素である希土類元素を大量に使用することが大きな課題となっている。
【0003】
一方、永久磁石用の磁性粉末材料として、上述したNd-Fe-B系やSm-Co系以外では、酸化鉄系の磁性粉末材料が大量に使用されている。この酸化鉄系の磁性粉末材料は、原料が安価であるため製造コストが低く、永久磁石としての性能は希土類系の磁石よりは劣るが、製造原価が安い特長を活かして現状最も多量に使用されている。
この酸化鉄系の磁性粉末材料を用いた酸化鉄系磁石において、現在最も多量に使用されている磁性粉末材料は、バリウムフェライトやストロンチウムフェライトなどの六方晶系フェライト磁性粉末である。この六方晶系フェライト磁性粉末は、永久磁石材料として古くから知られており、これまでに膨大な数の特許出願や論文報告がなされている。
【0004】
また、この六方晶系フェライト磁性粉末の特性をさらに向上させるべく、置換元素や組成の検討も精力的になされている。例えばバリウムやストロンチウムさらには鉄の一部を他の元素で置換することに磁気特性を向上させ得ることが知られている(例えば特開平10-149910号公報、特開2000-323317号公報、特開2001-052912号公報)。中でもBaやSrの一部を希土類元素であるランタン(La)で置換し、さらに鉄の一部を遷移金属元素であるコバルトで置換すると保磁力や飽和磁化などの磁気特性が顕著に向上することが公知となっている(例えば特開2000-331813号公報、特開2001-068319号公報、特開2005-259751号公報、特開2005-268784号公報)。このようにバリウムやストロンチウム、鉄などの六方晶系フェライト磁性粉末を構成する主要元素の一部を他の元素で置換することは、この磁性粉末の磁気特性を向上させる手法として極めて有効である。
【0005】
非特許文献1には、六方晶系フェライトとは結晶構造が異なるスピネルフェライト構造を有する酸化鉄磁性粉末において、磁性粉末中の陽イオンと陰イオンの電荷のバランスが化学的量論比から逸脱するように鉄の一部をコバルトやニッケル、リチウムなどの元素で置換する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平10-149910号公報
【特許文献2】特開2000-323317号公報
【特許文献3】特開2001-052912号公報
【特許文献4】特開2000-331813号公報
【特許文献5】特開2001-068319号公報
【特許文献6】特開2005-259751号公報
【特許文献7】特開2005-268784号公報)
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】M.Kishimoto,他2名、"Coercive force of Co-Ni-Li spinel ferrite particles synthesized through co-precipitation, hydrothermal treatment, and etching in hydrochloric acid",Japan.J.Appl.Phys,Vol.59(2020)085002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
(従来技術の問題点)
特許文献1-7に記載されているように、バリウムフェライトやストロンチウムフェライトに代表される六方晶系フェライト磁性粉末は、コストパフォーマンスに優れた永久磁石用の材料として多量に使用され、さらなる改良がなされている。また改良の手段とて、バリウムやストロンチウム、鉄などの一部をコバルトやランタンなどの他元素で置換する手法が主流となっている。
磁気特性を向上させる上で元素置換を行う場合、例えば上述したバリウムやストロンチウム、鉄の一部をランタンやコバルトで置換する方法においては、目的とする特性を発現させるには、置換する元素を特定位置に正確に配置することが必要で、その制御に困難を伴うことが課題である。
【0009】
なお、非特許文献1には、六方晶系フェライトではなく、スピネルフェライトの酸化鉄磁性粉末において、鉄の一部をコバルトやニッケルリチウムなどで置換することで、保磁力を増大させる技術が記載されている。しかしながら、非特許文献1のスピネルフェライトの結晶構造は、比較的簡単な構造であり、200℃程度の加熱処理でLiを添加することが可能であるが、六方晶系フェライトは構造が複雑であり、スピネルフェライトの製造方法をそのまま六方晶系フェライトに適用しても、コバルトやニッケルリチウムなどで置換された磁性粉末をうることはできない問題がある。
【0010】
本発明は、六方晶フェライトにおいて、簡易な方法で保磁力の高い磁性粉末材料を得ることを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記技術的課題を解決するために、請求項1に記載の発明の磁性粉末材料は、
AをBa,Sr,Pbのいずれかの元素とし、xを0.12以上1.8以下とした場合に、一般に化学式AFe12-xLix19で表される鉄の一部がリチウムで置換された六方晶フェライト粒子からなることを特徴とする。
【0012】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の磁性粉末材料において、
印加磁界1350kA/mで測定したときの保磁力が443~787kA/mであることを特徴とする。
【0013】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の磁性粉末材料において、
粒子が板状形状であることを特徴とする。
【0014】
請求項4に記載の発明は、請求項1ないし3のいずれかに記載の磁性粉末材料において、
結晶構造がマグネトプラム型あるいはフェロクスプレーナ型の六方晶フェライトである。
【0015】
請求項5に記載の発明は、請求項1ないし4のいずれかに記載の磁性粉末材料において、
磁界配向処理が施されたことを特徴とする。
【0016】
前記技術的課題を解決するために、請求項6に記載の発明の永久磁石は、
請求項1ないし5のいずれかに記載の磁性粉末材料を使用したことを特徴とする。
【0017】
前記技術的課題を解決するために、請求項7に記載の発明の磁性粉末材料の製造方法は、
AをBa,Sr,Pbのいずれかの元素とした場合に、六方晶フェライトを構成する比率のAのイオンおよび鉄のイオンと、リチウムイオンとが溶けた水溶液に、アルカリ溶液を混合して、共沈物を作成する工程と、
共沈物が懸濁液の状態で融剤を添加する工程と、
融剤が添加された共沈物を加熱して結晶成長させる熱処理の工程と、
熱処理がされた後の物質から融剤を除去して、鉄の一部がリチウムで置換された六方晶フェライト粒子からなる磁性粉末材料を得る工程と、
を実行することを特徴とする。
【0018】
請求項8に記載の発明は、請求項7に記載の磁性粉末材料の製造方法において、
融点より0℃~200℃高い温度で前記熱処理の工程を行うことを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
請求項1,6,7に記載の発明によれば、鉄の一部がリチウムに置換された六方晶フェライトを得ることができ、簡易な方法で保磁力の高い磁性粉末材料を得ることができる。
請求項2に記載の発明によれば、保磁力が443~787kA/mの磁性粉末材料を得ることができる。
請求項3に記載の発明によれば、板状の磁性粉末材料を得ることができ、磁化容易軸を一方向に揃えるための配向処理により、磁力の高い磁石を得やすくなる。
請求項4に記載の発明によれば、マグネトプラム型あるいはフェロクスプレーナ型などに代表される六方晶フェライトを得ることができる。
請求項5に記載の発明によれば、高い角形比の粉末材料を得ることができる。
請求項8に記載の発明によれば、融点より0℃~200℃高い温度の熱処理で、粒子サイズがより大きな磁性粉末材料を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例1において、フラックス中熱処理を施す前のリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の前駆体となる粒子の透過型電子顕微鏡写真。
図2】実施例1において、融剤中熱処理を施したリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の透過型電子顕微鏡写真。
図3】実施例1において、融剤中熱処理を施したリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子のX線回折図。
図4】実施例1において、融剤中熱処理を施したリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の磁化曲線。
図5】実施例2において、融剤中熱処理を施したリチウム置換バリウムフェライト粒子の透過型電子顕微鏡写真。
【発明を実施するための形態】
【0021】
次に図面を参照しながら、本発明の実施の形態を説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。
なお、以下の図面を使用した説明において、理解の容易のために説明に必要な部材以外の図示は適宜省略されている。
【0022】
本発明の磁性粉末材料は、鉄の一部がリチウムで置換されたバリウムフェライトやストロンチウムフェライトなどの六方晶フェライト粒子で、通常板状形状を有し、極めて大きな保磁力を有する磁性粉末材料であり、永久磁石用として最適な磁性粉末材料となる。
【0023】
本発明の磁性粉末材料の製造方法であるが、基本的な方法として、六方晶フェライトの基本構成元素である鉄やバリウム、ストロンチウムに置換元素であるリチウムを含有する共沈物を作製し、水を含有した状態で臭化カリウム(KBr)など融剤を添加して溶解し、その後水を乾燥除去し、鉄やバリウム、ストロンチウム、リチウムなどの元素の共沈物と融剤の混合物を融剤(KBr)の融点以上の温度で加熱処理する。融剤(KBr)の融点まで昇温すると液相のKBr中に酸化物粒子が分散した状態となる。この処理(溶融塩処理、フラックス処理)により、鉄やバリウム、ストロンチウム、リチウムなどの元素の共沈物が液状の融剤中で六方晶フェライト粒子に結晶成長する。その後、室温まで温度を下げると、KBrは液体から固体となるが、KBrは水溶性であるため、水洗により融剤を除去することが可能である。このように融剤を除去することにより、鉄の一部がリチウムで置換された六方晶フェライト粒子を得ることができる。
【0024】
このような六方晶フェライト粒子の結晶構造としては、マグネトプラム型やフェロクスプレーナ型など多くの異なる結晶構造が知られているが、特に限定されるものではなく、共沈物作製時の各金属イオンの組成比により、各種の結晶構造の六方晶フェライト粒子に対応できる。リチウムの置換量としては、Li/(Li+Fe)で表して、1~15モル%とすることが好ましい。リチウムの置換量が1モル%より少ない場合は、十分な保磁力向上の効果が得られにくい。一方、リチウムの置換量が15モル%より多いとFeをLiで完全に置換することが困難になり、その結果置換し切れないLiが酸化物となって残留し飽和磁化が低下し易くなる。したがってリチウムの置換量としては1~15モル%の範囲とすることが好ましい。
なお、AをBa,Sr,Pbのいずれかの元素とし、鉄の一部がリチウムで置換された六方晶フェライト粒子を化学式AFe12-xLix19で表した場合、リチウムが1~15モル%置換された状態は、xが0.12~1.8となることに相当する。
【0025】
またリチウムは、バリウムやストロンチウムなどのアルカリ土類金属の置換も可能であるが、高い保磁力を得るうえで鉄を置換することが最も効果的である。さらにリチウムと同時にコバルトやニッケルなど他の元素で置換することも可能である。このような場合でもリチウムは鉄が本来占有するサイトに存在する元素に対して上述した範囲で置換することが好ましい。
【0026】
(製造方法の詳細な説明)
本発明の実施の形態の磁性粉末材料としてのリチウム置換六方晶フェライト粒子を作製するためにはバリウム、ストロンチウム、鉄などの基本構成元素とリチウムの水酸化物が出発物質となる。
まず、これらの元素イオン(Ba,Sr,Fe,Liイオン)を含有する水溶液に、これらのイオンを水酸化物とするために必要なモル数のアルカリ水溶液を加えてこれらのイオンの水酸化物を共沈物として作製する。なお、イオン源としては特に限定されるものではなく、これらの金属元素(Ba,Sr,Fe,Li)の塩化物、硝酸塩、硫酸塩などの金属塩が使用できる。
【0027】
またアルカリの濃度としては、金属イオンの水酸化物を作るために必要なモル数の1.5~5倍モル等量とアルカリ過剰とすることが好ましい。アルカリ源としては特に限定されるものではなく、水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなどが好ましいアルカリ源として使用できる。また六方晶フェライト粒子を構成した際に、鉄イオンは3価となるため、共沈物作製時の鉄イオンは3価イオンを使用することが好ましい。
また、リチウムイオンは通常1価であるが、これは本発明により初めて見出された重要な知見であり、磁性粉末中の陽イオンと陰イオンの電荷のバランスが化学的量論比から逸脱する目的において、できるだけ価数の小さい1価のリチウムは最適な置換元素となる。
【0028】
このようにして得た共沈物は、水洗によりアルカリ成分を除去した後、懸濁液の状態で融剤を添加して溶解する。このように懸濁液の状態で使用することが極めて重要で、一度乾燥させてしまうと粒子は強固に凝集してしまい、その後再分散することは極めて困難になる。その結果、次の工程である熱処理による結晶成長させると粒子サイズ分布の広い粒子となりやすいためである。融剤としては、例えばKBr,FK,NaCl,LiBr等が好ましいものとして使用できるが、これらの融剤は粒子を任意の大きさに結晶させる目的で使用するものであるため、これらの種類に限定されるものではなく、目的とする粒子サイズに応じて各種融剤が使用できる。
【0029】
次に、融剤が溶解された共沈物を加熱して結晶成長のための熱処理をする。結晶成長の度合いは、一般的に融剤中での加熱処理温度が高いほど大きくなり、目的とする粒子サイズに応じて、融点の異なる各種の融剤を選択することができる。この加熱処理温度は、融剤の融点以上の温度であり、融剤が熱で溶融して、融剤中で粒子が流動して粒子が会合して結晶成長する。加熱処理温度は、融点より0℃~200℃程度高い温度内に設定することが好ましい。融点に対する温度が高いほうが、結晶成長が促進され、サイズの大きな粒子が得られやすいため好ましいが、融点+200℃以上になると、加熱に必要なエネルギーが多く必要になるとともに、融剤そのものが変質する恐れがある。一方で、加熱処理温度が融点に近い(融点+0℃)場合は、流動性が不十分になる恐れがある。したがって、加熱処理温度は、融点+0℃~200℃が好ましく、特に、融点+100℃程度が好ましい。したがって、例えば融剤として臭化カリウム(KBr)を使用する場合には、その融点は734℃であるため、734~934℃程度の温度範囲で使用することが好ましい。
【0030】
次に、融剤中熱処理により結晶成長させて得られた粒子は、水洗により融剤を除去する。例えば融剤にKBrを使用する場合、KBrは水に容易に溶解するため、坩堝ごと水に漬けてKBrを溶解した後、デカンテーションを繰り返すことで容易に除去することができる。
【0031】
次に、水洗により融剤を除去した後、残った粒子をろ過、乾燥して取り出す。この高温で融剤中熱処理を行うことにより、熱処理温度に応じて100~500nmの粒子サイズに結晶成長したリチウムなどの元素で置換された六方晶構造を有する粒子を得ることができる。このように融剤中で結晶された粒子は、その結晶構造を反映して、通常六角板状を有する。このような板状形状を有する粒子が得られることは、大きな保磁力が得られることと並行して本発明の極めて重要な特徴であり、本発明の製造法により初めて得られたものである。このような板状形状を有することは例えば永久磁石などで磁化容易軸を一方向に揃えるための配向処理を行う場合に極めて有用で、磁界による磁化容易軸の配向だけでなく、板状形状を有することによる機械的配向も加わるためである。
【0032】
(実施の形態の作用)
このようにして得られたリチウム置換した六方晶フェライト粒子は、印加磁界1350kA/m(17000Oe)で測定したときの保磁力としては443~787kA/m、磁化量としては58Am2/kg程度で、粒子サイズとしては100~500nmの範囲の通常板状形状の磁性粉末が得られ、高い保磁力と適度な飽和磁化を同時に有し、さらに磁界および機械配向に最適な形状と粒子サイズを有する永久磁石用として最適な磁性粉末材料となる。なお、実施の形態の作製方法では、保磁力が300~1000kA/m、磁化量が45~70Am2/kg、角形比が0.80~1.0程度の磁性粉末が得られることが期待される。
【0033】
従来技術の製造方法で作製された磁性材料では、一般に保磁力は400kA/m以上を得るのは困難であったが、実施の形態の磁性材料では、保磁力400kA/m以上を容易に実現でき、従来に比べて、保磁力の高い磁性材料を得ることができる。特に、実施の形態では、共沈物に融剤を添加した後で熱処理を行うだけで、リチウムの置換を行うことができ、従来技術のランタンやコバルトで置換する方法のように、置換する元素を特定位置に正確に配置する制御の必要がない。よって、実施の形態では、容易に高保磁力の磁性材料を得ることができる。
また、実施の形態では、フラックス処理を行って、鉄の一部がリチウムで置換された六方晶フェライト粒子を得ている。非特許文献1に記載のスピネルフェライトでは、構造が簡単であるため、オートクレーブを使用して、200℃程度の加熱処理でLiを添加することが可能である。これに対して、実施の形態の六方晶フェライトでは、構造が複雑であるため、800℃程度の高温処理が不可欠となり、実施の形態のフラックス処理が必要となる。すなわち、実施の形態では、非特許文献1に記載の処理方法とは異なり、本願により初めて見出された処理方法であるフラックス処理を行うことにより、初めて鉄の一部がリチウムで置換された六方晶フェライト粒子を実現できたものである。
【実施例0034】
次に実施の形態の製造方法について詳細な製造方法(実施例)を説明するが、以下の実施例において磁性粉末の保磁力および飽和磁化は、試料振動型磁力計を使用して、室温で最大印加磁界1350kA/m(17000Oe)で測定したときの値を示す。
以下、本発明の実施例を記載してより具体的に説明するが、ここに記載した実施例だけに限定されるものではないことは言うまでもない。特に本実施例では、マグネトプラム型の六方晶フェライトを得るための組成を例に挙げてリチウム置換する方法について説明するが、この構造に限定さるものではないことは言うまでもない。また構成元素としては、六方晶フェライトを構成する基本元素であるストロンチウム、バリウム、鉄を用いた例を示したが、これらの元素だけでなくランタンやコバルトなどの置換元素にさらにリチウム置換することも可能であることは言うまでもない。
【0035】
(実施例1)
<リチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の作製例1>
1000mLのビーカーを使って、0.05モルの塩化ストロンチウム塩、0.57モルの塩化第二鉄塩、0.03モルの塩化リチウム塩を500gの水に溶解した。次に、2500mLのビーカーを使って、5.7モルの水酸化ナトリウムを1000gの水に溶解した。この塩化ストロンチウム、塩化第二鉄、塩化リチウムからなる水溶液を水酸化ナトリウムの水溶液に加えて10分間攪拌しストロンチウム、鉄、リチウムからなる共沈物を生成させた。
次にこの共沈物をデカンテーションにより中性になるまで水洗した。その後1時間程度放置して共沈物を沈殿させ、上澄み液を除去した後、融剤として1.8モルの臭化カリウムをこの懸濁液を加え、攪拌しながら臭化カリウムを溶解混合した。
【0036】
次にこの混合物を金属バットに広げてオーブンに入れ、90℃で約1日間乾燥して、水分を除去した。この乾燥混合物を解砕した後、坩堝に入れ、マッフル炉を使って830℃で1時間加熱処理した。この融剤中熱処理により、共沈物粒子は六方晶構造を有するリチウムで置換されたストロンチウムフェライト粒子に結晶成長する。
最後にこの加熱処理物を坩堝ごと水に浸し、水洗により臭化カリウムを溶解除去して、リチウムで置換された粒子を取り出し、空気中で乾燥させてリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子を得た。
このようにして得られた粒子は、透過型電子顕による粒子形状観察、X線回折による構造解析および試料振動型磁力計による磁気特性を調べた。
【0037】
図1に、ストロンチウム、鉄、リチウムの水酸化物からなる共沈物の透過型電子顕微鏡写真を示す。
図2に、この共沈物を融剤中熱処理を施し、結晶成長させたリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の透過型電子顕微鏡写真を示す。
図3に、このリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子のX線回折図を示す。
図4に、このリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の磁化曲線を示す。
図1から、サイズが数ナノメートルの微細な粒子の集合体であることがわかる。
また、図2から、粒子サイズが100ナノメートル程度の概六角形の板状粒子から構成されていることがわかる。
図3に示すX線回折図の回折ピークは公知のマグネトプラム型の六方晶フェライトのピークと一致し、この粒子がマグネトプラム型の六方晶フェライトであることがわかる。
図4から、最大印加磁界1350kA/m(17000Oe)で測定したときの保磁力は468kA/m(5870Oe)で、1350kA/mでの磁化量は59.5Am2/kg(59.5emu/g)であった。また印加磁界1350kA/mにおける角形比(印加磁界ゼロでの磁化量/1350kA/mでの磁化量)は0.550であった。
【0038】
このように高い保磁力が得られる原因については明らかではないが、既述したように3価の鉄の一部1価のリチウムイオンで置換することにより粒子中の陽イオンと陰イオンの電荷のバランスが化学的量論比から逸脱し、その結果粒子内に空孔や格子の欠陥のようなものが生成して、この欠陥が磁化反転を妨げるように作用し、保磁力が増大すると考察される。いずれにしても、このように価数のアンバランスの状態で保磁力が著しく増大する現象は本発明より初めて見出されたものである。
【0039】
(実施例2)
<リチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の作製例2>
実施例1におけるリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の作製において、0.57モルの塩化第二鉄塩を0.56モルに、塩化リチウム塩を0.03モルから0.04モルに変更した以外は実施例1と同様にして共沈物を作製し、融剤を加えて融剤中熱処理を行いリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子を作製した。この粒子もほぼマグネトプラム型の六方晶フェライトであることをX線回折で確認した。また透過型電子顕微写真から粒子サイズは100ナノメートル程度の概六角形の板状粒子であることが分かった。磁気特性は、保磁力が485kA/m(6080Oe)で、1350kA/mでの磁化量は57.7Am2/kg(57.7emu/g)であった。また印加磁界1350kA/mにおける角形比(印加磁界ゼロでの磁化量/1350kA/mでの磁化量)は0.556であった。
【0040】
(実施例3)
<リチウム置換バリウムフェライト粒子の作製>
実施例1におけるリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の作製において、0.05モルの塩化ストロンチウム塩に替えて、0.05モルの塩化バリウム塩に変更した以外は実施例1と同様にして共沈物を作製し、融剤を加えて融剤中熱処理を行いリチウム置換バリウムフェライト粒子を作製した。この粒子もほぼマグネトプラム型の六方晶フェライトであることをX線回折で確認した。図5にこのリチウム置換バリウムフェライト粒子透過型電子顕微写真を示す。写真から粒子サイズは120ナノメートル程度の概六角形の板状粒子であることが分かる。
磁気特性は、保磁力が443kA/m(5550Oe)で、1350kA/mでの磁化量は59.0Am2/kg(59.0emu/g)であった。また印加磁界1350kA/mにおける角形比(印加磁界ゼロでの磁化量/1350kA/mでの磁化量)は0.545であった。
【0041】
なおこれら実施例においては、2価のストロンチウムやバリウムなどのアルカリ土類元素と3価の鉄からなる六方晶フェライト磁石の基本組成において鉄の一部をリチウムで置換した例について示したが、例えばアルカリ土類元素の一部をランタンで、鉄の一部をコバルトで置換したものにさらに鉄の一部をリチウムで置換するなど複合的な置換を行うことも可能であることは言うまでもない。
【0042】
(実施例4)
<リチウム置換ストロンチウムフェライト粒子の磁界配向処理>
実施例2において得られたリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子に磁界配向処理を行った。方法としては、この粒子を1g、バインダーとして塩化ビニル系樹脂(MR-104、カネカ製)を0.3gと溶剤としてトルエン380gを容量100ccのジルコニア製のポットに入れ、そこに分散用のビーズとして直径0.1mmのジルコニア製ビーズを100g入れて、遊星ボールミルを使って5時間分散させて磁気塗料を作製した。
磁界配向は以下の手順で行った。この磁気塗料をガラス棒を使ってベースフイルム上にコーティングした。次にこのフイルムを400kA/mの磁界を発生させた電磁石のポールピースの中央付近に挿入し、約10分放置して自然乾燥させて磁気フイルムを作製した。この磁気フイルムの中央付近を1mm×1mm程度切り出し、磁気測定用のサンプルとした。この磁気フイルムの磁界配向方向の角形比(印加磁界ゼロでの磁化量/1350kA/mでの磁化量)は0.918であり、極めて高い配向性を確認した。またこの時の保磁力は787kA/m(9860Oe)であった。このような高い保磁力は、異方性の向きが揃ったことによる効果と、板状粒子が積層配向することにより板状粒子による反磁界による異方性が低下する影響が減少した結果によるものと考えられる。
【0043】
以上述べたように、本発明のリチウム置換六方晶フェライト粒子は、鉄の一部をリチウムで置換することによる保磁力の著しい増大のみでなく、粒子の形状が板状であることに起因する優れた磁界配向性を示す。このような板状形状は融剤中で粒子を結晶成長させていることに起因するものであり、リチウムで置換することによる高い保磁力と同時に本発明の大きな特長の一つである。このような高い保磁力と配向性は、永久磁石として極めて有用である。
【0044】
(比較例1)
<リチウム置換しないストロンチウムフェライト粒子の作製>
比較例1では、実施例1においてリチウムを添加せず0.57モルの塩化第二鉄塩を0.57モルから0.60に変更した以外はすべて実施例1と同条件でストロンチウムフェライト粒子を作製した。即ちリチウムで置換することなく標準組成の六方晶フェライトであるストロンチウムフェライト粒子を作製した。
最大印加磁界1350kA/m(17000Oe)で測定したときのこの粒子の保磁力は376kA/m(4710Oe)で、1350kA/mでの磁化量は61.1Am2/kg(61.1emu/g)であった。また印加磁界1350kA/mにおける角形比(印加磁界ゼロでの磁化量/1350kA/mでの磁化量)は0.541であった。粒子サイズが120ナノメートル程度の板状粒子から構成されていることがわかった。
【0045】
(比較例2)
<リチウム置換しないバリウムフェライト粒子の作製>
比較例2では、実施例3においてリチウムを添加せず塩化第二鉄塩を0.57モルから0.60に変更した以外はすべて実施例3と同条件でバリウムフェライト粒子を作製した。即ちリチウムで置換することなく標準組成の六方晶フェライトであるバリウムフェライト粒子を作製した。
最大印加磁界1350kA/m(17000Oe)で測定したときのこの粒子の保磁力は362kA/m(4540Oe)で、1350kA/mでの磁化量は59.3Am2/kg(59.3emu/g)であった。また印加磁界1350kA/mにおける角形比(印加磁界ゼロでの磁化量/1350kA/mでの磁化量)は0.538であった。粒子サイズが150ナノメートル程度の板状粒子から構成されていることがわかった。
【0046】
次に、実施例と比較例の結果について説明する。実施例1と実施例2では、置換量の異なるリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子について説明した。どちらの例もリチウム置換により、保磁力が大幅に増加することを確認した。リチウム置換量の多い実施例2では実施例1に比べて僅かに飽和磁化量は減少しているが、保磁力はより大きくなっている。
【0047】
実施例3はリチウム置換バリウムフェライト粒子について説明したもので、実施例1,2のリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子に比べて、保磁力と飽和磁化は若干低くなるが、六方晶フェライト粒子の鉄の一部をリチウムで置換することにより高い保磁力が得られる現象はストロンチウムフェライトでもバリウムフェライトでも同様であることを確認した。なお実施例では説明しなかったが、このようにリチウム置換による保磁力増大効果は、マグネトプラム型構造に限らずフェロクスプレーナ型など六方晶フェライト粒子全般に適用できる。
更に実施例4では、実施例2で得られたリチウム置換ストロンチウムフェライト粒子に磁界配向処理を施したもので、更に大幅に保磁力が増大することを確認した。このような磁界配向処理による保磁力の大幅な増大は、磁性粉末の磁化容易軸が一方向に揃うことによる効果と、本発明で得られた磁性粉末が板状形状を有していることにも起因している。即ち板状粒子が積層することにより、板状粒子の反磁界による異方性の低下が抑えられ、その結果更に異方性が増加し、保磁力が増大したと考えられる。
【0048】
一方比較例1と2では、リチウム置換を行わない標準的な六方晶フェライトであるストロンチウムフェライト粒子とバリウムフェライト粒子について説明した。これらの粒子では、リチウム置換を行っていないため、リチウム置換を行った実施例1~3の粒子に比べて、明らかに保磁力は小さい。
【0049】
以上説明したように、本実施例で得られた磁性粉末は、X線回折の結果からマグネトプラム型の六方晶フェライト粒子であり、電子顕微鏡観察の結果から概六角形の板状形状を有することが分かった。
この磁性粉末の粒子サイズは融剤中での熱処理条件に大いに依存し、一般的に熱処理温度が高くなるほど粒子サイズは大きくなり、100~500ナノメートルの範囲でコントロールできる。
また磁気特性としては、印加磁界1350kA/m(17000Oe)で測定したときの保磁力は通常リチウム置換量が多くなるほど大きくなり、400kA/m未満の比較例に比べて、443~787kA/mの範囲の保磁力の高い粉末が得られる。また、磁化量はリチウム置換量が多くなるほど減少する傾向を示し、57.7~59.5Am2/kgの範囲のものが得られ、比較例(59.3~61.1Am2/kg)と比較してもほとんど影響を受けない。また、本実施例の磁性粉末では、角形比が0.538~0.541程度であった比較例に比べて、実施例4のように配向処理を行うことで0.918と角形比が大きな粉末が得られる。角形比が大きくなると、磁化容易軸を一方向に揃いやすくなるため、角形比は0.8以上(0.8~1.0)であることが望ましい。
【0050】
いずれにしても基本置換元素であるリチウムを使用することにより、高い保磁力を有する六方晶フェライト粒子を得ることができる。このように六方晶フェライト構造を有する磁性粉末の鉄の一部をリチウムで置換することにより保磁力が大幅に増加する現象は本発明により初めて見出されたものである。
【0051】
よって、本実施例の磁性粉末はリチウム置換した六方晶フェライト粒子であって、印加磁界1350kA/m(17000Oe)で測定したときの保磁力としては443~787kA/m、磁化量としては58Am2/kg程度で、粒子サイズとしては100~120nmの範囲の通常板状形状の磁性粉末であり、高い保磁力と適度な飽和磁化を有し、さらに磁界および機械配向に最適な形状と粒子サイズを有する永久磁石用として最適な磁性粉末材料となる。
【0052】
以上のように、本実施例の磁性粉末は鉄の一部をリチウムで置換した六方晶フェライト粒子であって、印加磁界1350kA/m(17000Oe)で測定したときの保磁力としては443~787kA/m、飽和磁化としては58Am2/kg程度で、粒子サイズとしては100~120nmの範囲の通常板状形状の磁性粉末であり、高い保磁力と適度な飽和磁化を有し、さらに磁界および機械配向に最適な板状形状と粒子サイズを有する永久磁石用として最適な磁性粉末であり、その実用的価値は極めて大きい。
図1
図2
図3
図4
図5