(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023027986
(43)【公開日】2023-03-03
(54)【発明の名称】金属体の加工方法
(51)【国際特許分類】
C21D 8/00 20060101AFI20230224BHJP
C21D 8/06 20060101ALI20230224BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20230224BHJP
B21J 5/00 20060101ALI20230224BHJP
C22C 38/00 20060101ALN20230224BHJP
C22C 38/36 20060101ALN20230224BHJP
【FI】
C21D8/00 A
C21D8/06 A
C21D9/00 D
C21D8/00 D
C21D8/06 B
B21J5/00 A
C22C38/00 301H
C22C38/36
C22C38/00 302E
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021133396
(22)【出願日】2021-08-18
(71)【出願人】
【識別番号】506253067
【氏名又は名称】有限会社リナシメタリ
(74)【代理人】
【識別番号】100114627
【弁理士】
【氏名又は名称】有吉 修一朗
(74)【代理人】
【識別番号】100182501
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 靖之
(74)【代理人】
【識別番号】100175271
【弁理士】
【氏名又は名称】筒井 宣圭
(74)【代理人】
【識別番号】100190975
【弁理士】
【氏名又は名称】遠藤 聡子
(72)【発明者】
【氏名】中村 克昭
【テーマコード(参考)】
4E087
4K032
4K042
【Fターム(参考)】
4E087AA02
4E087CB01
4E087DB16
4E087DB24
4E087HA73
4K032AA05
4K032AA06
4K032AA07
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4K032AA37
4K032BA00
4K032BA02
4K032CA01
4K032CA02
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4K032CB02
4K032CC04
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4K032CF01
4K032CF03
4K042AA14
4K042AA15
4K042BA01
4K042BA04
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4K042CA13
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4K042DA06
4K042DB01
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4K042DC05
4K042DD04
4K042DE02
4K042DE05
4K042DE06
4K042DE07
(57)【要約】
【課題】高疲労強度を実現することが可能な金属体の加工方法を提供する。
【解決手段】SKD61から成る棒状の金属体を、1070℃で強ひずみを付与した後に急冷することで固溶化する工程と、固溶化後に880℃で鍛造加工を行う加工工程と、鍛造加工後に焼き入れを行い、その後、焼き戻しを行う熱処理工程と、を備える。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具鋼から成る金属体を、固溶化処理温度域にてひずみを付与した後に、固溶した元素が析出しない速度で冷却する固溶化工程と、
前記固溶化工程の後に、前記金属体を、前記金属体のオーステナイト温度域にて鍛造加工を行う加工工程と、
前記加工工程の後に、前記オーステナイト温度域から冷却して焼き入れを行う熱処理工程と、を備える
金属体の加工方法。
【請求項2】
剪断変形によって、前記ひずみを付与する
請求項1に記載の金属体の加工方法。
【請求項3】
前記固溶化工程は、固溶した元素が析出する前に冷却を開始する
請求項1または請求項2に記載の金属体の加工方法。
【請求項4】
前記鍛造加工は、前記金属体のオーステナイト温度域の下限温度から、前記金属体のオーステナイト温度域の下限温度+100℃の間の温度で行う
請求項1、請求項2または請求項3に記載の金属体の加工方法。
【請求項5】
前記加工工程前の前記金属体は棒状体であり、
前記固溶化工程は、前記金属体の長手方向と略平行な軸を回転軸として捻回する捻回動作により前記金属体を剪断変形させて前記ひずみを付与し、
前記鍛造加工は、前記金属体の長手方向に沿って圧縮応力を作用させる
請求項1に記載の金属体の加工方法。
【請求項6】
前記加工工程前の前記金属体は棒状体であり、
前記固溶化工程は、前記金属体の長手方向に沿って引っ張り応力を作用させて前記ひずみを付与し、
前記鍛造加工は、前記金属体を所定形状に鍛造する第1の金型と第2の金型とを当接させたときに、前記第1の金型と前記第2の金型との当接面に沿って、前記第1の金型または前記第2の金型の少なくとも一方を他方に対して相対的に回転する
請求項1に記載の金属体の加工方法。
【請求項7】
前記加工工程前の前記金属体は棒状体であり、
前記固溶化工程は、前記金属体の長手方向と略平行な軸を回転軸として所定方向に捻回し、続けて、前記軸を回転軸として前記所定方向とは逆方向に捻回する捻回動作により前記金属体に前記ひずみを付与し、
前記鍛造加工は、前記金属体を所定形状に鍛造する第1の金型と第2の金型とを当接させたときに、前記第1の金型と前記第2の金型との当接面に沿って、前記第1の金型または前記第2の金型の少なくとも一方を他方に対して相対的に回転する
請求項1に記載の金属体の加工方法。
【請求項8】
前記熱処理工程は、前記焼き入れの後に、マルテンサイト組織中に固溶した元素の炭化物を析出させる焼き戻しを行う
請求項1、請求項2、請求項3、請求項4、請求項5、請求項6または請求項7に記載の金属体の加工方法。
【請求項9】
前記鍛造加工は、
前記金属体の径方向の長さが大である径大部と、前記金属体の径方向の長さが小である径小部とを形成する
請求項5、請求項6または請求項7に記載の金属体の加工方法。
【請求項10】
前記鍛造加工は、
前記径大部と前記径小部の境界面を、前記金属体の径方向と略平行に形成する
請求項9に記載の金属体の加工方法。
【請求項11】
前記固溶化工程は、前記金属体を固溶化処理温度域に加熱することで、前記金属体の変形抵抗を局部的に低下させた低変形抵抗領域を形成し、この低変形抵抗領域を剪断変形させて、前記金属体に所定の元素を固溶させる
請求項1、請求項2、請求項3、請求項4、請求項5、請求項6、請求項7、請求項8、請求項9または請求項10に記載の金属体の加工方法。
【請求項12】
前記低変形抵抗領域を、前記金属体の長手方向に沿って移動させる
請求項11に記載の金属体の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属体の加工方法に関する。詳しくは、高疲労強度を実現することが可能な金属体の加工方法に係るものである。
【背景技術】
【0002】
自動車のエンジンやトランスミッション等に使用されるアルミニウムダイカストは、熱間ダイス鋼(SKD61など)が多く用いられている。
こうしたアルミニウムダイカストの鋳造工程では、700℃以上のアルミニウム溶湯が流し込まれることで、金型が加熱される。また、成形が完了し、鋳造製品を取り出した後に、オーバーヒートを防ぐ目的で離型剤が吹きかけられることで、金型が冷却される。
【0003】
また、自動車部品の伝達機構や足回り等に使用される鉄鋼材料の熱間鍛造にも、熱間ダイス鋼(SKD61など)が多く使用されている。
こうした鉄鋼の熱間鍛造では、900~1200℃に加熱された鉄鋼材料に孔開けするために金型パンチが大きな荷重で挿入される。この際に金型パンチは高温の素材と接触して加熱されつつ高い荷重が付与される。また、成形が完了し、鋳造品を取り出した後に、オーバーヒートを防ぐ目的で離型剤が吹きかけられることで、金型が冷却される。
【0004】
このように、金型材料は加熱と冷却が繰り返され、「加熱による伸び」と「冷却による縮み」によって、応力振幅が繰り返し発生することになる。そして、繰り返して発生する応力振幅に起因した微小クラックが生じ、こうした微小クラックが進展して破損に至ることがある。
【0005】
なお、こうした現象を熱疲労破壊(ヒートチェック)と称しているが、ヒートチェックは金型損傷の78%程度を占めており、特に、金型パンチ(鍛造用パンチなど)や金型ピン(鋳抜きピンなど)と呼ばれる細長い形状の部品では、ヒートチェックによる損傷が非常に多く見られる。
【0006】
また、加熱を伴わない加工においても、例えば、冷間ダイス鋼(SKD11など)板プレス用打ち抜きパンチ等の金型ピンには、繰り返しの圧縮荷重が付与され、成形後に荷重が除荷されることを繰り返すことで疲労破壊を生じるといった問題がある。
【0007】
ところで、本発明の発明者は、金属組織を微細化することで、金属体の強度向上を実現する方法を提案している(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1に記載の加工方法は、高強度化という観点においては有用であるものの、高疲労強度化という観点においては、充分では無かった。
【0010】
本発明は以上の点に鑑みて創案されたものであって、高疲労強度を実現することが可能な金属体の加工方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明の金属体の加工方法は、工具鋼から成る金属体を、固溶化処理温度域にてひずみを付与した後に、固溶した元素が析出しない速度で冷却する固溶化工程と、前記固溶化工程の後に、前記金属体を、前記金属体のオーステナイト温度域にて鍛造加工を行う加工工程と、前記加工工程の後に、前記オーステナイト温度域から冷却して焼き入れを行う熱処理工程と、を備える。
【0012】
ここで、固溶化処理温度域まで加熱することによって、元素をマトリクス中に溶け込ませることができ、元素の過飽和固溶による高疲労強度化が実現する。また、高強度化、高靭性化も実現する。
【0013】
なお、ここでの「固溶化処理温度域」とは、元素をマトリクス中に溶け込ませる(固溶させる)ことができる温度域を意味しており、対象となる金属体の材質に依存するが、通常は対象となる金属体の融点近傍であり、工具鋼の場合には1000~1200℃である。
【0014】
また、固溶した元素が析出しない速度で冷却することによって、高強度化が実現する。即ち、冷却速度が遅い場合には、マトリクス中に固溶した元素が中途半端に析出し、粗大化等の問題を生じて強度低下を招いてしまうため、固溶した元素が析出しない速度(換言すると、固溶した元素が拡散できない速度)での冷却が必要である。
一例としては、100℃/秒程度以上の冷却速度で、700℃以下まで急冷することが挙げられる。
【0015】
同様に、マトリクス中に固溶した元素が中途半端に析出し、粗大化等の問題を生じて強度低下を招かないように、固溶化工程における冷却については、固溶した元素が析出する前に開始する必要がある。
一例としては、後述するひずみの付与から、5秒以内に冷却を開始することが挙げられる。
【0016】
更に、固溶化処理温度域でひずみを付与することによって、(1)金属体の原子間距離を広げることができ、固溶限界が上昇すると共に、(2)凝集している炭化物等を分断して拡散を促進することができ、固溶の分散が実現する。
即ち、金属体を固溶化処理温度域まで加熱して原子間距離を広げることで、元素を固体のままマトリクス中に溶け込ませる(固溶させる)ことができるものの、単に温度を上げるのみならず、ひずみを付与することによって、より一層の過飽和固溶と、固溶の分散が実現する。
一例としては、100%以上のひずみを付与することが挙げられる。
【0017】
また、金属体のオーステナイト温度域にて鍛造加工を行うことによって、製品形状を得ると共に、製品形状に沿った鍛流線を得ることができる。そして、製品形状に沿った鍛流線の形成(鍛流線の最適化)は、大幅な疲労強度の向上が期待できる。
一例としては、850℃~950℃で鍛造加工を行うことが挙げられる。
【0018】
これに対して、(1)切削加工後に固溶化処理を行う場合や、(2)上述した特許文献1(国際公開第2004/028718号)に記載の微細化後に切削加工を行う場合には、鍛流線が切削加工により分断され、鍛流線が分断された部分から破壊(疲労破壊)が開始するために耐久性が著しく低下することになる。
【0019】
なお、ここでの「オーステナイト温度域」とは、金属体1のマトリクスがオーステナイト組織である温度域を意味し、マトリクスがオーステナイト組織であれば、炭化物、窒化物、金属間化合物等を含んでいても良い。
【0020】
また、オーステナイト温度域から冷却して焼き入れを行うことによって、換言すると、鍛造加工を行った温度域からの急冷によって、マトリクスのオーステナイト組織がマルテンサイト変態する。
ここで、マルテンサイト変態は、拡散を伴わない変態であるために、焼き入れ後にひずみを残留することができる。こうしたひずみの場所が、焼き戻し時における炭化物の析出サイトとなり、析出サイトの多数化が実現する。
一例としては、20℃/秒程度以上の冷却速度で、Mf点以下まで急冷することが挙げられる。
【0021】
ここで、固溶化工程におけるひずみの付与を、剪断変形させることにより行う場合には、ひずみを高効率で付与することができ、より一層充分な過飽和固溶と、固溶の分散が実現する。
【0022】
また、加工工程における鍛造加工を、金属体のオーステナイト温度域の下限温度から、金属体のオーステナイト温度域の下限温度+100℃の間の温度で行う場合には、より一層充分に元素の固溶化状態を維持することができる。
即ち、固溶化工程で固溶した元素の状態(固溶化状態)を保ちつつ、その後の焼き入れを実現するために、金属体のオーステナイト温度域のうち、できるだけ低温(焼き入れの下限温度の直上の温度)で鍛造加工を行うことが望ましい。
【0023】
更に、加工工程前の金属体が棒状体であり、固溶化工程が、金属体の長手方向と略平行な軸を回転軸として捻回する捻回動作により金属体を剪断変形させてひずみを付与し、鍛造加工が、金属体の長手方向に沿って圧縮応力を作用させる場合には、「固溶化工程で付与するひずみの方向」と「鍛造加工で導入されるひずみの方向」が互いに直交する交差方向となり、転位密度を大きくすることができる。
【0024】
同様に、加工工程前の金属体が棒状体であり、固溶化工程が、金属体の長手方向に沿って引っ張り応力を作用させてひずみを付与し、鍛造加工が、金属体を所定形状に鍛造する第1の金型と第2の金型とを当接させたときに、第1の金型と第2の金型との当接面に沿って、第1の金型または第2の金型の少なくとも一方を他方に対して相対的に回転する場合にも、「固溶化工程で付与するひずみの方向」と「鍛造加工で導入されるひずみの方向」が互いに直交する交差方向となり、転位密度を大きくすることができる。
【0025】
また同様に、加工工程前の金属体が棒状体であり、固溶化工程が、金属体の長手方向と略平行な軸を回転軸として所定方向に捻回し、続けて、所定方向とは逆方向に捻回する捻回動作により金属体にひずみを付与し、鍛造加工が、金属体を所定形状に鍛造する第1の金型と第2の金型とを当接させたときに、第1の金型と第2の金型との当接面に沿って、第1の金型または第2の金型の少なくとも一方を他方に対して相対的に回転する場合にも、「固溶化工程で付与するひずみの方向」と「鍛造加工で導入されるひずみの方向」が互いに交差する方向となり、転位密度を大きくすることができる。
【0026】
また、熱処理工程において、焼き入れの後に、マルテンサイト組織中に固溶した元素の炭化物を析出させる焼き戻しを行うことによって、製品形状に沿った鍛流線に合わせて微細な炭化物を析出させることができ、疲労強度が向上すると共に、靭性を向上することができる。
【0027】
また、加工工程前の金属体が棒状体であり、かつ、鍛造加工が、金属体の径方向の長さが大である径大部と、金属体の径方向の長さが小である径小部とを形成する場合には、金型ピンの業界ニーズに応えることができる。
即ち、(1)析出物の微細分散による疲労強度や靭性の向上、(2)製品形状に沿った鍛流線の形成による曲げ負荷への耐久性の向上、といった効果は、金型ピンの業界からの要望が強く、本発明の金属体の加工方法を適用することで、こうした要望に充分に対応することが可能となる。
【0028】
更に、鍛造加工が、径大部と径小部の境界面を、金属体の径方向と略平行に形成する場合には、(1)析出物の微細分散による疲労強度や靭性の向上、(2)製品形状に沿った鍛流線の形成による曲げ負荷への耐久性の向上、といった効果が、金型ピンの業界において、より一層強く求められており、業界ニーズにより一層充分に対応することができる。
【0029】
また、固溶化工程が、金属体を固溶化処理温度域に加熱することで、金属体の変形抵抗を局部的に低下させた低変形抵抗領域を形成し、この低変形抵抗領域を剪断変形させて、金属体に所定の元素を固溶させる場合には、局部的に形成した低変形抵抗領域への元素の過飽和固溶を、極めて容易に実現することができる。
【0030】
更に、低変形抵抗領域を、金属体の長手方向に沿って移動させる場合には、金属体(棒状体)の全体への元素の過飽和固溶を、極めて容易に実現することができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明の金属体の加工方法は、高硬度の析出物が微細に分散析出し、疲労強度の向上が実現する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】高強度パンチの製造方法を説明するための模式図である。
【
図2】固溶化工程におけるひずみ付与を説明するための模式図である。
【
図3】高強度パンチの形状、及び、鍛流線を説明するための模式図である。
【
図4】熱疲労試験の試験方法を説明するための模式図である。
【
図5(a)】新工法のテストピースの顕微鏡写真である。
【
図5(b)】従来法のテストピースの顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、発明を実施するための形態(以下、「実施の形態」と称する)について説明を行う。
【0034】
<実施の形態>
図1は、本発明の金属体の加工方法の一例である冷間鍛造用パンチ(高強度パンチ)の製造方法を説明するための模式図である。
【0035】
本実施の形態では、棒状体である工具鋼(金属体)を用いる場合を例に挙げて説明を行う。具体的には、市販材であるSKD61を用いており、重量%で、C:0.35~2.20%、Si:0.15~0.90%、Mn:0.30~1.20%、Cr:2.0~5.50%、W:1.20~1.60%、Mo:0.2~1.60%、V:0.1~2.20%を含有し、残部がFe及び不可避不純物から成る。
【0036】
[固溶化工程]
本実施の形態に係る高強度パンチの製造方法では、先ず、金属体を1070℃まで加熱し(
図1中の符号S1参照)、強ひずみ(400%のひずみ)を付与し(
図1中の符号S2参照)、強ひずみを付与して2秒後に、150℃/秒の速度で40℃まで急冷する(
図1中の符号S3参照)。
【0037】
具体的には、
図2(a)で示すように、金属体1を高周波加熱コイル3の内部に非接触状態で挿通し、金属体1を1070℃に誘導加熱することで、変形抵抗を局部的に低下させた低変形抵抗領域2を形成する。
【0038】
また、金属体1の図面手前側の端部には、回転モータ(図示せず)が連動連結されており、この回転モータにより、金属体1の回転モータ側の領域を金属体1の長手方向と平行な軸を回転軸として、
図2(a)中符号Aで示すように捻回する。こうした捻回動作により金属体1を剪断変形させて、強ひずみを付与する。
【0039】
更に、高周波加熱コイル3の両側には、給水配管(図示せず)から供給された水を吐出する環状の冷却ユニット4が配置されており、冷却ユニット4から吐出する水によって、金属体1を急冷する。
【0040】
なお、固溶化工程に用いる装置の一例として、上述した特許文献1(国際公開第2004/028718号)に記載の装置(
図10)が挙げられる。
【0041】
但し、特許文献1(国際公開第2004/028718号)の加工方法は、金属組織の微細化を目的としたものであり、こうした目的を実現するためには、再結晶温度直上(工具鋼の場合には、約600~800℃)に加熱する必要があり、固溶化処理温度域(工具鋼の場合には、約1000~1200℃)に加熱を要する本発明内容とは、加熱条件が全く異なる。
【0042】
即ち、特許文献1(国際公開第2004/028718号)に開示の加工方法は、熱処理条件が全く異なるために、本発明の固溶化工程の代替技術とはなり得ないものの、特許文献1(国際公開第2004/028718号)に開示の装置については、本発明の固溶化工程に用いることができる。
【0043】
ここで、本実施の形態では、1070℃まで加熱する場合を例に挙げて説明を行っているが、固溶化処理温度域まで加熱することができれば充分であって、必ずしも1070℃である必要は無い。
【0044】
また、本実施の形態では、金属体1の長手方向と平行な軸を回転軸として捻回する捻回動作によりひずみを付与する場合を例に挙げて説明を行っているが、ひずみを付与することができれば充分であって、必ずしも、捻回する必要は無い。
【0045】
例えば、
図2(a)中符号Aで示す捻回動作に代えて、所定の振動を印加することにより、金属体1を剪断変形させてひずみを付与しても良い。
なお、振動でひずみを付与する装置の一例としては、特許文献1(国際公開第2004/028718号)に記載の装置(
図9)が挙げられる。
【0046】
また、例えば、
図2(a)中符号Aで示す捻回動作に代えて、
図2(b)で示すように、金属体1の図面手前側の端部を把持した上で(把持する装置構成は図示していない)、
図2(b)中符号Bで示すように、金属体1の長手方向に沿って引っ張り、こうした引張動作によって、金属体1にひずみを付与しても良い。
【0047】
但し、ひずみを高効率で付与することによって、充分な過飽和固溶と、固溶の分散を実現するといった点を考慮すると、金属体1を剪断変形させることでひずみを付与する方が好ましい。
即ち、
図2(b)の様に引張動作でひずみを付与するよりも、(1)
図2(a)の様に捻回動作でひずみを付与したり、(2)特許文献1の
図9の装置を利用して、振動でひずみを付与したりする方が、好ましい。
【0048】
更に、本実施の形態では、強ひずみを付与して2秒後に急冷を開始しているが、マトリクス中に固溶した元素が析出する前に急冷を開始することができれば充分であって、必ずしも、2秒後に限定されるものでは無い。
【0049】
また、本実施の形態では、150℃/秒の速度で1070℃から40℃まで急冷する場合を例に挙げて説明を行っているが、固溶した元素が析出しない速度で、固溶した元素が析出しない温度域(低温域)まで急冷すれば充分であって、必ずしも、150℃/秒の速度で1070℃から40℃まで急冷する必要は無い。
【0050】
[加工工程]
本実施の形態に係る高強度パンチの製造方法では、次に、金属体1を880℃まで加熱し(
図1中符号S4参照)、鍛造加工を行うことで(
図1中符号S5参照)、金属体1を
図3(a)で示すような、高強度パンチの形状とする。
なお、
図3(a)で示す高強度パンチ5は、直径が20mmであり、軸方向(
図3中符号Cで示す方向)の長さが15mmの径大部6と、直径が12mmであり、軸方向(
図3中符号Cで示す方向)の長さが60mmの径小部7とを有する。
【0051】
本実施の形態に係る鍛造加工では、金属体1の長手方向(
図3の符号Cで示す方向と同じ)に沿って圧縮応力を作用させて、高強度パンチ5の形状を形成している。
【0052】
このように、金属体1の長手方向に沿って応力(圧縮応力)を作用させることで、固溶化工程で付与されるひずみの方向(
図2中符号Aで示す方向)と、加工工程で付与されるひずみの方向(
図3中符号Cで示す方向)が互いに直交する交差方向となり、転位密度を大きくすることができ、高疲労強度化や高強度化といった高性能化が実現する。
【0053】
また、金属体1の長手方向(
図3の符号Cで示す方向と同じ)に沿って圧縮応力を作用させているために、
図3(b)で示すように、高強度パンチの形状に沿って鍛流線を形成することができる(符号Xが鍛流線を示す)。
なお、高強度パンチの形状に沿った鍛流線によって、高強度パンチに対する曲げ負荷の耐久性が向上する。
【0054】
ここで、従来の一般的な高強度パンチの製造方法は、棒状体である金属体を切削加工によって所定の形状としている。
そして、こうした従来法(切削加工)で、
図3(a)で示すような形状を形成した場合には、
図3(c)で示すように、高強度パンチの形状に沿って鍛流線が形成されない(符号Yが鍛流線を示す)。具体的には、大径部と小径部のつなぎ目部分(境界部分)において、鍛流線が分断されることになる。
【0055】
また、特許文献1(国際公開第2004/028718号)に記載の装置(
図10)を用いて、特許文献1に記載の微細化加工を行った後に、切削加工や鍛造加工により、
図3(a)で示すような形状を形成した場合にも、
図3(d)で示すように、高強度パンチの形状に沿って鍛流線が形成されない(符号Zが鍛流線を示す)。具体的には、大径部と小径部のつなぎ目部分(境界部分)において、鍛流線が分断されることになる。
【0056】
なお、「固溶化工程で付与されるひずみの方向」と「加工工程で付与されるひずみの方向」が互いに直交する公差方向となる場合には、上述の通り、転位密度を大きくすることができる。
【0057】
そのため、
図2(b)で示すように、引張動作により金属体1にひずみを付与した場合には、例えば、金属体1を高強度パンチ5の形状に鍛造する第1の金型と第2の金型とを当接させたときに、第1の金型と第2の金型との当接面に沿って、第1の金型または第2の金型の一方、若しくは、双方を他方に対して相対的に回転するような鍛造加工であれば、転位密度を大きくすることができる。具体的には、特開2005-296982号に開示されている鍛造方法が挙げられる。
【0058】
更に、
図2(a)中符号Aで示す方向に捻回(正回転)し、続けて、正回転と同じひずみ量となるように、符号Aとは逆方向に捻回(逆回転)する場合には、金属体の結晶方位は、捻回前の結晶方位と類似したものとなる。
【0059】
そのため、正回転及び逆回転により金属体1にひずみを付与した場合にも、上記
図2(b)の場合と同様に、例えば、金属体1を高強度パンチ5の形状に鍛造する第1の金型と第2の金型とを当接させたときに、第1の金型と第2の金型との当接面に沿って、第1の金型または第2の金型の一方、若しくは、双方を他方に対して相対的に回転するような鍛造加工であれば、転位密度を大きくすることができる。
【0060】
[熱処理工程]
本実施の形態に係る高強度パンチの製造方法では、続いて、金属体1(高強度パンチ5の形状に加工した金属体1)を20℃/秒の速度で880℃からMf以下まで急冷し(
図1中符号S6参照)、その後、室温まで空冷する(
図1中符号S7参照)。こうした焼き入れによって、マルテンサイト組織を形成することができる。
【0061】
更に、金属体1を550℃まで加熱し(
図1中符号S8参照)、室温まで空冷することで(
図1中符号S9参照)、マルテンサイト組織中に固溶した元素の炭化物を、鍛流線に沿って(即ち、高強度パンチの形状に沿って)析出させる。
【0062】
ところで、高強度パンチの場合には、大径部と小径部のつなぎ目部分(境界部分)におけるヒートチェックが特に問題となるが、こうした点についても、
図3(b)に示すように、高強度パンチの形状に沿って炭化物を析出させ、耐久性(疲労強度、衝撃値)が向上することによって、充分に対処可能と言える。
なお、
図3(b)中の符号Xは、鍛流線を示しているが、鍛流線に沿って炭化物が析出するために、結果として、
図3(b)中の符号Xと同様に、炭化物が析出することになる。
【0063】
これに対して、
図3(c)や
図3(d)で示すように、高強度パンチの形状に沿って鍛流線が形成されていない場合には、炭化物は鍛流線に沿って析出するために、析出した炭化物が高強度パンチの形状に沿っていないことになる。
特に、大径部と小径部のつなぎ目部分(境界部分)において、鍛流線が分断され、こうした鍛流線の分断部分から破壊(疲労破壊)が開始し、進展することで耐久性が著しく低下してしまう。
【0064】
ここで、本実施の形態では、880℃まで加熱する場合を例に挙げて説明を行っているが、金属体1のオーステナイト温度域まで加熱することができれば充分であって、必ずしも880℃である必要は無い。
【0065】
なお、加熱が不充分な場合、換言すると、オーステナイト温度域まで加熱しなかった場合には、焼き入れ後の組織にパーライトやフェライトを含むこととなり、充分な硬度を得ることができない。
【0066】
具体的には、本実施の形態では、880℃まで加熱を行っているので、焼き入れ後の硬度(ビッカーズ硬度)として、600Hvを得ることができるが、加熱温度が800℃である場合には、焼き入れ後の硬度(ビッカーズ硬度)として、350Hv程度しか得ることができない。
【0067】
また、本実施の形態では、20℃/秒の速度で急冷する場合を例に挙げて説明を行っているが、マトリクスのオーステナイト組織からマルテンサイト組織のみが出現する冷却速度であれば充分であって、必ずしも、20℃/秒の冷却速度である必要は無い。
【0068】
更に、本実施の形態では、550℃に加熱して焼き戻しを行う場合を例に挙げて説明を行っているが、炭化物を高強度パンチの形状に沿って析出させることができれば充分であって、必ずしも、550℃で焼き戻しを行う必要は無い。
【0069】
[仕上げ工程]
上述の熱処理工程の後に、研削加工を行い、最終の製品精度に仕上げを行うことによって、高強度パンチを得ることができる。
【0070】
[効果]
本発明を適用した高強度パンチの製造方法では、固溶化工程でひずみを付与することによって、固溶限界の上昇と固溶の分散が相俟って、元素が充分に分散した状態での過飽和固溶が実現する。
【0071】
そして、加工工程で高強度パンチの形状に沿った鍛流線を形成し、その後の急冷により、マトリクスのオーステナイト相がマルテンサイト変態することになるが、マルテンサイト変態は無拡散変態であり、過飽和固溶した元素が再析出・凝集することがないため、過飽和固溶の効果を維持したまま、更には、ひずみが残留した状態のまま、マルテンサイト組織を得ることができる。
【0072】
そのため、焼き戻しによって、高強度パンチの形状に沿って(鍛流線に沿って)炭化物が析出することとなり、高い疲労強度を実現することができる
【0073】
<熱疲労試験>
本実施の形態に係る高強度パンチの疲労強度を確認するために、熱疲労試験を行った。具体的には、以下のような熱疲労試験を行った。
【0074】
[本発明で作成した試験片]
上述した<実施の形態>に記載の高強度パンチの製造方法で得られた高強度パンチを試験片(新工法のテストピース)として用いた。
【0075】
[従来法で作成した試験片]
比較例としての試験片(従来法のテストピース)は、新工法のテストピースと同様に、棒状体(金属体)である工具鋼を用いた。具体的には、市販材であるSKD61を用いており、重量%で、C:0.35~2.20%、Si:0.15~0.90%、Mn:0.30~1.20%、Cr:2.0~5.50%、W:1.20~1.60%、Mo:0.2~1.60%、V:0.1~2.20%を含有し、残部がFe及び不可避不純物から成る。
【0076】
次に、汎用の切削加工により、金属体を
図3(a)で示すような、高強度パンチの形状とした。
【0077】
続いて、真空中で金属体(高強度パンチの形状に切削加工した金属体)を1020℃まで加熱し、約2時間保持した後、10℃/秒の速度で冷却することによって、固溶化処理を行った。
【0078】
なお、従来法のテストピースは、温度上昇後に長時間(2時間)保持することから、本実施の形態の固溶化処理の温度(1080℃)よりも低温での固溶化が実現できている。また、真空中で熱処理を行っていることから、10℃/秒といった非常に遅い冷却速度でも、固溶化が実現できている。
【0079】
その後、金属体(固溶化した金属体)を570℃まで加熱し、室温まで空冷することで、焼き戻しを行っている。更に、焼き戻し後に、研削加工を行い、最終の製品精度に仕上げを行うことによって、従来法のテストピースを得ることができる。
【0080】
[試験方法]
図4に高強度パンチの熱疲労試験機の模式図を示す。
図4に示す熱疲労試験機の取付部12は、高強度パンチ5を取り付け可能に構成されると共に、
図4中符号Dで示す回転方向に回転可能に構成されている。
【0081】
取付部12に取り付けたテストピース(新工法のテストピース、従来法のテストピース)について、加熱コイル10による加熱と、冷却水槽11による冷却とを、繰り返し行った(繰り返し回数:1000回)。
【0082】
具体的には、取付部12に取り付けたテストピースの姿勢を水平に保ち、
図4中符号Eで示す水平方向(加熱コイルに近付く方向)にテストピースを移動して、加熱コイル10の中にテストピースを挿入し、加熱コイル10による高周波加熱(650℃×16秒)を行った。加熱後は、
図4中符号Eで示す水平方向(加熱コイルから遠ざかる方向)にテストピースを移動した。
【0083】
次に、取付部12を回転して、テストピースの姿勢を垂直に変更し、
図4中符号Fで示す鉛直方向(冷却水槽に近付く方向)にテストピースを移動して、冷却水槽11の中にテストピースを浸漬し、冷却水による冷却(80℃×15秒)を行った。冷却後は、
図4中符号Fで示す鉛直方向(冷却水槽から遠ざかる方向)にテストピースを移動した。
【0084】
この様にして、「加熱コイル10による高周波加熱」と「冷却水槽への浸漬による冷却」とを1000回繰り返した。
なお、冷却水槽への浸漬で付着した水滴については、図示しないエアブロー装置で除去した上で、加熱コイル10による高周波加熱を行った。
【0085】
[試験結果]
図5(a)は新工法のテストピースの顕微鏡写真を示し、
図5(b)は従来法のテストピースの顕微鏡写真を示す。
顕微鏡写真は、大径部分と小径部分のつなぎ目部分(境界部分)を撮影したものであり、写真画像中の白い部分(色の薄い部分)は、テストピース(金属部分)を示している。
【0086】
図5(b)で示す従来法のテストピースの顕微鏡写真では、画像中の矢印で示す部分に大きなクラックが発生しており、ヒートチェックが生じている。これに対して、
図5(a)で示す新工法のテストピースの顕微鏡写真では、クラックは発生していない。
【符号の説明】
【0087】
1 金属体
2 低変形抵抗領域
3 高周波加熱コイル
4 冷却ユニット
5 高強度パンチ
6 径大部
7 径小部
10 加熱コイル
11 冷却水槽
12 取付部