(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023028225
(43)【公開日】2023-03-03
(54)【発明の名称】伝搬遅延時間算出装置、伝搬遅延時間算出システム、伝搬遅延時間算出方法およびプログラム
(51)【国際特許分類】
G01S 7/52 20060101AFI20230224BHJP
G01S 15/50 20060101ALI20230224BHJP
【FI】
G01S7/52 U
G01S15/50
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021133794
(22)【出願日】2021-08-19
(71)【出願人】
【識別番号】000000295
【氏名又は名称】沖電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001461
【氏名又は名称】弁理士法人きさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】木原 将吾
【テーマコード(参考)】
5J083
【Fターム(参考)】
5J083AC28
5J083AC30
5J083AD01
5J083AD09
5J083AD30
(57)【要約】
【課題】計算コストを抑制しながら、伝搬遅延時間を精度よく算出する伝搬遅延時間算出装置を得る。
【解決手段】送波器および受波器の一方または両方が移動する場合に送波器から任意の時刻に送波された波が受波器へ到来するまでの伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間算出装置であって、上記時刻における送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて暫定伝搬遅延時間を求める第1の伝搬計算手段と、暫定伝搬遅延時間における受波器平均速度を求める平均速度計算手段と、受波器平均速度と上記時刻における送波器位置および受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間推定手段と、上記時刻における送波器位置から推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、計算モデルを用いて算出する第2の伝搬計算手段と、を有する。
【選択図】
図6
【特許請求の範囲】
【請求項1】
送波器および受波器の一方または両方が移動する場合に前記送波器から任意の時刻に送波された波が前記受波器へ到来するまでの伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間算出装置であって、
前記時刻における送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を求める第1の伝搬計算手段と、
前記暫定伝搬遅延時間における前記受波器の平均速度である受波器平均速度を求める平均速度計算手段と、
前記受波器平均速度と前記時刻における前記送波器位置および前記受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間推定手段と、
前記時刻における前記送波器位置から前記推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、前記計算モデルを用いて算出する第2の伝搬計算手段と、
を有する伝搬遅延時間算出装置。
【請求項2】
前記平均速度計算手段は、
前記受波器平均速度を算出するための時間区間として前記暫定伝搬遅延時間を使用する、
請求項1に記載の伝搬遅延時間算出装置。
【請求項3】
前記暫定伝搬遅延時間における前記受波器位置に対して補間処理を行って、前記暫定伝搬遅延時間経過後の前記受波器の位置である補間受波器位置を算出する受波器位置補間手段を有し、
前記平均速度計算手段は、
前記時刻における前記受波器位置と前記補間受波器位置との距離を前記暫定伝搬遅延時間で除算して前記受波器平均速度を算出する、
請求項1に記載の伝搬遅延時間算出装置。
【請求項4】
前記第2の伝搬計算手段によって算出された前記伝搬遅延時間の精度の妥当性を判定する判定手段を有し、
前記判定手段は、
前記伝搬遅延時間の精度が妥当でないと判定した場合、前記伝搬遅延時間を前記暫定伝搬遅延時間として更新し、
前記平均速度計算手段は、
前記判定手段によって更新された暫定伝搬遅延時間に基づいて前記受波器平均速度を算出する、
請求項1~3のいずれか1項に記載の伝搬遅延時間算出装置。
【請求項5】
前記判定手段は、
前記送波器位置から前記予測される受波器位置までの間の伝搬遅延時間と前記受波器平均速度から算出された前記推定伝搬遅延時間とに基づく値を前記妥当性の判定指標に使用する、
請求項4に記載の伝搬遅延時間算出装置。
【請求項6】
前記判定手段は、
前記判定指標の変化度を前記妥当性の判定に使用する、
請求項5に記載の伝搬遅延時間算出装置。
【請求項7】
送波器および受波器の一方または両方が移動する場合に前記送波器から任意の時刻に送波された波が前記受波器へ到来するまでの伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間算出システムであって、
前記時刻における送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を求める第1の伝搬計算手段と、
前記暫定伝搬遅延時間における前記受波器の平均速度である受波器平均速度を求める平均速度計算手段と、
前記受波器平均速度と前記時刻における前記送波器位置および前記受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間推定手段と、
前記時刻における前記送波器位置から前記推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、前記計算モデルを用いて算出する第2の伝搬計算手段と、
を有する伝搬遅延時間算出システム。
【請求項8】
送波器および受波器の一方または両方が移動する場合に前記送波器から任意の時刻に送波された波が前記受波器へ到来するまでの伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間算出方法であって、
前記時刻における送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を求めるステップと、
前記暫定伝搬遅延時間における前記受波器の平均速度である受波器平均速度を求めるステップと、
前記受波器平均速度と前記時刻における前記送波器位置および前記受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出するステップと、
前記時刻における前記送波器位置から前記推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、前記計算モデルを用いて算出するステップと、
を有する伝搬遅延時間算出方法。
【請求項9】
送波器および受波器の一方または両方が移動する場合に前記送波器から任意の時刻に送波された波が前記受波器へ到来するまでの伝搬遅延時間を算出するコンピュータに、
前記時刻における送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を求める第1の伝搬計算手段と、
前記暫定伝搬遅延時間における前記受波器の平均速度である受波器平均速度を求める平均速度計算手段と、
前記受波器平均速度と前記時刻における前記送波器位置および前記受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間推定手段と、
前記時刻における前記送波器位置から前記推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、前記計算モデルを用いて算出する第2の伝搬計算手段と、を実行させるためのプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、波の伝搬を模擬するシミュレータにおいて、送波器および受波器の一方または両方が移動する場合の伝搬遅延時間を計算する伝搬遅延時間算出装置、伝搬遅延時間算出システム、伝搬遅延時間算出方法、およびその方法をコンピュータに実行させるためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、音源から受波点への波の伝搬を模擬するシミュレータなどにおいて、波の伝搬遅延およびドップラー効果による周波数シフトを模擬した信号を生成する装置が知られている。また、解析対象の波が電波の場合について、電波を海面に発射し、その反射波を測定して、海流の流れなどの海象情報を観測するレーダー装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に開示されたレーダー装置は、製品開発過程において、性能評価に上記シミュレータが使用されることがある。上記シミュレータにおいて、音波の伝搬による遅延時間およびドップラー効果による周波数シフトの双方を反映した受波信号を模擬して生成する際、ある時刻で送信された波の伝搬遅延時間を計算する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、伝搬遅延時間を精度よく計算しようとすると、伝搬遅延時間を考慮した真の受波時刻における受波器位置との間の伝搬計算を行わなければならず、計算コストが大きくなるという課題がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る伝搬遅延時間算出装置は、送波器および受波器の一方または両方が移動する場合に前記送波器から任意の時刻に送波された波が前記受波器へ到来するまでの伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間算出装置であって、前記時刻における送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を求める第1の伝搬計算手段と、前記暫定伝搬遅延時間における前記受波器の平均速度である受波器平均速度を求める平均速度計算手段と、前記受波器平均速度と前記時刻における前記送波器位置および前記受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間推定手段と、前記時刻における前記送波器位置から前記推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、前記計算モデルを用いて算出する第2の伝搬計算手段と、を有するものである。
【0007】
本発明に係る伝搬遅延時間算出システムは、送波器および受波器の一方または両方が移動する場合に前記送波器から任意の時刻に送波された波が前記受波器へ到来するまでの伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間算出システムであって、前記時刻における送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を求める第1の伝搬計算手段と、前記暫定伝搬遅延時間における前記受波器の平均速度である受波器平均速度を求める平均速度計算手段と、前記受波器平均速度と前記時刻における前記送波器位置および前記受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間推定手段と、前記時刻における前記送波器位置から前記推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、前記計算モデルを用いて算出する第2の伝搬計算手段と、を有するものである。
【0008】
本発明に係る伝搬遅延時間算出方法は、送波器および受波器の一方または両方が移動する場合に前記送波器から任意の時刻に送波された波が前記受波器へ到来するまでの伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間算出方法であって、前記時刻における送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を求めるステップと、前記暫定伝搬遅延時間における前記受波器の平均速度である受波器平均速度を求めるステップと、前記受波器平均速度と前記時刻における前記送波器位置および前記受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出するステップと、前記時刻における前記送波器位置から前記推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、前記計算モデルを用いて算出するステップと、を有するものである。
【0009】
本発明に係るプログラムは、送波器および受波器の一方または両方が移動する場合に前記送波器から任意の時刻に送波された波が前記受波器へ到来するまでの伝搬遅延時間を算出するコンピュータに、前記時刻における送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を求める第1の伝搬計算手段と、前記暫定伝搬遅延時間における前記受波器の平均速度である受波器平均速度を求める平均速度計算手段と、前記受波器平均速度と前記時刻における前記送波器位置および前記受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出する伝搬遅延時間推定手段と、前記時刻における前記送波器位置から前記推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、前記計算モデルを用いて算出する第2の伝搬計算手段と、を実行させるものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明においては、送波器および受波器の一方または両方が加速度を伴う任意の運動を行っても、送波器と受波器との間の運動を仮の伝搬遅延時間に相当する時間区間の受波器平均速度による等速直線運動に置き換えられる。そのため、送波時刻の送波器位置と複数の受波時刻の受波器位置との組み合わせを考えずに、1回の伝搬計算で真の受波時刻に近似した受波時刻を推定することができる。その結果、計算コストを抑制しながら、伝搬遅延時間を精度よく算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】模擬対象の音波を送波する送波器および音波を受波する受波器の位置ベクトルの時間変化の一例を示す模式図である。
【
図2】比較例1による伝搬遅延時間算出方法の手順を示すフローチャートである。
【
図4】比較例2の伝搬遅延時間算出方法を説明するためのイメージ図である。
【
図5】実施の形態1に係る伝搬遅延時間算出装置の一構成例を示す図である。
【
図6】
図5に示した制御部の一構成例を示す機能ブロック図である。
【
図7】
図6に示した送波器位置メモリが記憶する情報の一例を示す図である。
【
図8】
図6に示した受波器位置メモリが記憶する情報の一例を示す図である。
【
図9】
図6に示した受波器速度メモリが記憶する情報の一例を示す図である。
【
図10】
図6に示した伝搬情報メモリが記憶する情報の一例を示す図である。
【
図11】実施の形態1に係る伝搬遅延時間算出方法を説明するためのイメージ図である。
【
図12】実施の形態1に係る伝搬遅延時間算出方法の手順を示すフローチャートである。
【
図13】1次元の加速度運動の対勢の例を示す図である。
【
図14】実施の形態1において、
図13に示す例における各時刻の各種の値を示す表である。
【
図15】実施の形態2に係る伝搬遅延時間算出装置の制御部の一構成例を示す機能ブロック図である。
【
図16】実施の形態2に係る伝搬遅延時間算出方法の手順を示すフローチャートである。
【
図17】実施の形態2において、
図13に示す例における各時刻の各種の値を示す表である。
【
図18】実施の形態1に係る伝搬遅延時間算出装置の別の構成例を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
実施の形態1.
本実施の形態1の伝搬遅延時間算出装置は、波の伝搬を模擬するシミュレータにおいて、送波器および受波器の一方または両方が移動する場合、波の伝搬による遅延時間である伝搬遅延時間を計算する装置である。具体的には、伝搬遅延時間算出装置は、送波器から放射された音がある媒質中を伝搬し受波器へと到来した受波信号を模擬する疑似信号生成処理において、ある時刻に送波器から送波された音波が受波器に到来するまでにかかる伝搬遅延時間を求める。これにより、伝搬による遅延時間およびドップラー効果による周波数シフトの双方を反映した受波信号を模擬的に生成できる。
【0013】
本実施の形態1の伝搬遅延時間算出装置の構成を説明する前に、伝搬遅延時間算出装置が模擬する対象となる波について、音の伝搬を例として説明する。なお、式および表において、種々のパラメータを示すギリシャ文字またはローマ字についてベクトルを表す文字を太字で表記(ベクトル表記)しているが、文章中では、ベクトル表記を省略する。
【0014】
図1は、模擬対象の音波を送波する送波器および音波を受波する受波器の位置ベクトルの時間変化の一例を示す模式図である。
図1に示すように、送波器および受波器が移動する場合、送波器の位置ベクトルp
sおよび受波器の位置ベクトルp
rが時間変化する状況を考慮する。
【0015】
各時刻の送波器について位置ベクトルps(t)および速度ベクトルvs(t)、ならびに各位置における音速c(p)は、事前に与えられているものとする。各時刻の受波器について、位置ベクトルpr(t)および速度ベクトルvr(t)と、各位置における音速c(p)とは、事前に与えられているものとする。pは任意の位置ベクトルを意味する。各ベクトルの添え字のsは送波器(source)を意味し、添え字のrは受波器(receiver)を意味する。
【0016】
次に、本実施の形態1の伝搬遅延時間算出装置による伝搬遅延時間算出方法を理解しやすくするために、2つの比較例を説明する。
【0017】
図1をモデルにして、送波器から放射された音がある媒質中を伝搬し受波器へと到来した受波信号を模擬する疑似信号を生成する場合、ある時刻に送波器から送波された音波が受波器に到来するまでにかかる伝搬遅延時間を求めることで、伝搬による遅延時間およびドップラー効果による周波数シフトの双方を反映した受波信号を模擬することができる。
【0018】
(比較例1)
比較例1の伝搬遅延時間算出方法を説明する。送波器および受波器が静止している場合、伝搬経路は静止している送波器位置から受波器位置までを考えればよい。しかし、送波器および受波器の一方または両方が移動している場合、
図1に示すように、伝搬遅延時間の分だけ受波器位置が移動する。
【0019】
そこで、比較例1では、移動した受波器位置までの伝搬遅延時間を求めていく。
図2は、比較例1による伝搬遅延時間算出方法の手順を示すフローチャートである。iは、送波時刻インデックスである。送波時刻インデックスiは、一定の周期で模擬的に音波が送波器から送波される時刻を示す指標に相当する。送波時刻インデックスiの初期値は0であり、送波時刻インデックスiの最終インデックスである最終送波時刻インデックスをLとする。
【0020】
ステップS502の伝搬遅延時間推定処理について、送波時刻インデックスi=0の場合(ステップS501)を説明する。
図3は、受波時刻ズレの探索例を示す表である。より正確に伝搬遅延時間を推定するためには、
図3に示すように送波時刻t
0の送波器位置p
s(t
0)と送波時刻t
0以降の各送波時刻t
nの受波器位置p
r(t
n)との間の伝搬計算を行って伝搬遅延時間d
t0,tnを求める必要がある。伝搬遅延時間d
t0,tnは、例えば、Bellhopモデル等の音線計算によって求めることができる。
【0021】
ここで、Bellhopモデルは、海洋音響における音圧場を予測するための計算モデルであり、送波器位置および受波器位置を入力すると、その間の各伝搬経路(固有音線)の伝搬遅延時間、伝搬損失および到来角等を出力する計算モデルである。
【0022】
伝搬遅延時間dt0,tnを使用して、次の式(1)のように、受波時刻ズレτ^(0)が算出される。なお、式および表において、受波時刻ズレを、τの上に^を付した記号で表している。
【0023】
【0024】
式(1)は、送波時刻と想定され得る受波時刻との時間差と、想定され得る受波時刻における受波器位置までの伝搬遅延時間とが一致する伝搬遅延時間が、推定伝搬遅延時間として、選択されることを示している。
図3を例に説明すると、太線の枠で囲まれた遅延時間が推定伝搬遅延時間として選択される。
【0025】
しかしながら、比較例1の方法は、式(1)を解くために、伝搬遅延時間dt0,tn(n=0,1,・・・)を想定され得るnの数だけ計算する必要があり、計算コストが大きくなる。
【0026】
(比較例2)
次に、比較例2の方法を、
図2および
図4を参照して説明する。比較例2は、2つの仮定を満たすと考え、式(1)の計算を代替する方法である。
図4は、比較例2の伝搬遅延時間算出方法を説明するためのイメージ図である。
【0027】
仮定1として、受波器の移動について、
図4のように時刻t
0から時刻(t
0+τ^(0))の間では、受波器の移動を速度v
rの等速直線運動と仮定する。仮定2として、音の伝搬についても屈折を含めた任意の伝搬であってもよいが、受波器位置p
r(t
0)から受波器位置p
r(t
n)の微小区間においては、等音速場の直線伝搬と仮定する。送波時刻t
0における送波器位置p
s(t
0)と送波時刻t
nにおける受波器位置p
r(t
n)との間の距離l
t0,tnは、式(2)で表される。
【0028】
【0029】
等速直線運動の仮定1から式(2)は式(3)に書き換えられる。
【0030】
【0031】
続いて、次の式(4)を解いて、送波時刻t0における送波器位置ps(t0)と送波時刻tnにおける受波器位置pr(tn)との間の距離lt0,tnの伝搬にかかる時間が(tn-t0)となる時間を求める。
【0032】
【0033】
ここで、式(4)の右辺において、受波器速度vrが音の伝搬経路長に与える影響は、受波器位置付近で直進伝搬であれば音の伝搬方向{pr(t0)-ps(t0)}に対する射影成分として近似できる。そのため、式(4)の右辺を次の式(5)のように書きなおすことができる。
【0034】
【0035】
式(4)および式(5)を整理すると、式(6)となる。
【0036】
【0037】
このように、等速直線運動および等音速場の直進伝搬を仮定すると、推定伝搬遅延時間τ^(0)は、受波器の移動方向v
rと波の進む方向{p
r(t
0)-p
s(t
0)}との内積により、時刻t
0における伝搬経路の変化を考慮して定式化することで求められる。このようにして、比較例2は、
図2に示す手順を参照すると、送波時刻インデックスi=0(ステップS501)のとき、ステップS502において、推定伝搬遅延時間τ^(0)が算出される。
【0038】
ステップS503の伝搬計算処理において、送波器位置ps(t0)と受波器位置pr(t0+τ^(0))との間の伝搬遅延時間τ(0)がBellhopモデル等の音線計算によって算出される。その後、送波時刻インデックスiを更新しながら(ステップS505)、送波時刻インデックスiが最終送波時刻インデックスLになるまで、ステップS502~S503の処理が繰り返される。
【0039】
上述したように、伝搬による遅延時間およびドップラー効果による周波数シフトの双方を反映した受波信号の模擬において、ある時刻で送信された波の伝搬遅延時間を正確に計算するためには、伝搬遅延時間を考慮した真の受波時刻における受波器位置との間の伝搬計算を行わなければならない。
【0040】
比較例1の方法は、送波時刻毎に送波時刻の送波器位置と受波器位置との間の組み合わせの数だけ伝搬計算を行って伝搬遅延時間を算出する必要があり、計算コストが大きくなるという課題がある。
【0041】
一方、比較例2の方法は、受波器の移動を等速直線運動と仮定し、伝搬遅延時間内の受波器の移動における音波の伝搬を等音速(直進伝搬)と仮定することで、組み合わせ問題を解かずに推定伝搬遅延時間を算出できる。しかし、受波器が加速度を伴う任意の運動を行う場合、式(6)において、vrを瞬時受波器速度とすると、送波器と受波器との距離が長くなるほど、また、運動の加速度が大きくなるほど、推定誤差が大きくなるという課題がある。
【0042】
これに対して、本実施の形態1の伝搬遅延時間算出方法は、加速度を伴う任意の運動に対して伝搬遅延時間を推定する方法において、位置および運動に応じた適応的なブロック長で平均した受波器速度ベクトルを用いて推定伝搬遅延時間を求めるものである。本実施の形態1によれば、多数の時刻ズレの組み合わせにおける送波器位置と受波器位置との間の伝搬計算を必要とせず、推定誤差を改善した推定伝搬遅延時間を求めることができ、計算コストを削減できる。
【0043】
本実施の形態1の伝搬遅延時間算出装置の構成を説明する。
図5は、実施の形態1に係る伝搬遅延時間算出装置の一構成例を示す図である。
【0044】
伝搬遅延時間算出装置1は、コンピュータ等の情報処理装置である。
図5に示すように、伝搬遅延時間算出装置1は、入力部2と、記憶部3と、制御部4と、出力部5とを有する。記憶部3は、例えば、HDD(Hard Disk Drive)装置である。出力部5は、例えば、ディスプレイ装置である。制御部4は、プログラムを記憶するメモリ11と、プログラムにしたがって処理を実行するCPU(Central Processing Unit)12とを有する。メモリ11は、例えば、フラッシュメモリ等の不揮発性メモリである。
【0045】
図6は、
図5に示した制御部の一構成例を示す機能ブロック図である。制御部4は、第1の伝搬計算手段21と、平均速度計算手段22と、伝搬遅延時間推定手段23と、第2の伝搬計算手段24とを有する。CPU12がプログラムを実行することで、第1の伝搬計算手段21、平均速度計算手段22、伝搬遅延時間推定手段23および第2の伝搬計算手段24が構成される。
【0046】
記憶部3は、複数にメモリ領域が分割されている。
図6に示す構成例において、記憶部3は、データを記憶させるメモリ領域として、送波器位置メモリ31と、受波器位置メモリ32と、受波器速度メモリ33と、伝搬情報メモリ34とを有する。以下では、送波器位置メモリ31および受波器位置メモリ32を「位置メモリ」と総称し、受波器速度メモリ33を省略して「速度メモリ」と称する。
【0047】
各メモリの構成を説明する。
図7は、
図6に示した送波器位置メモリが記憶する情報の一例を示す図である。送波器位置メモリ31は、
図7に示す送波器位置情報を記憶している。送波器位置情報は、送波時刻インデックスiに対応して、送波器位置p
sが格納された情報である。
図8は、
図6に示した受波器位置メモリが記憶する情報の一例を示す図である。受波器位置メモリ32は、
図8に示す受波器位置情報を記憶している。受波器位置情報は、送波時刻インデックスiに対応して、受波器位置p
rが格納された情報である。
【0048】
図9は、
図6に示した受波器速度メモリが記憶する情報の一例を示す図である。受波器速度メモリ33は、
図9に示す受波器速度情報を記憶している。受波器速度情報は、送波時刻インデックスiに対応して、受波器速度v
rが格納された情報である。
図10は、
図6に示した伝搬情報メモリが記憶する情報の一例を示す図である。伝搬情報メモリ34は、
図10に示す伝搬情報を記憶する。伝搬情報は、送波時刻インデックスiに対応して、伝搬遅延時間τおよび伝搬損失TL(transmission on loss)が格納された情報である。伝搬損失TLは、音源からの音波送波時を基準として、音波送波時からどれだけ振幅が減衰するかという振幅減衰量[dB]を意味する。
【0049】
次に、制御部4の構成を説明する。第1の伝搬計算手段21は、送波時刻インデックスi、送波器位置メモリ31の情報および受波器位置メモリ32の情報を入力として、送波時刻における送波器位置および受波器位置から仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を算出する。第1の伝搬計算手段21は、算出した暫定伝搬遅延時間を平均速度計算手段22に出力する。
【0050】
平均速度計算手段22は、第1の伝搬計算手段21の出力である暫定伝搬遅延時間と、受波器速度メモリ33の情報とを入力として、受波器の平均速度である受波器平均速度を算出する。平均速度計算手段22は、受波器平均速度を算出するための時間区間として暫定伝搬遅延時間を使用する。平均速度計算手段22は、算出した受波器平均速度を伝搬遅延時間推定手段23に出力する。
【0051】
伝搬遅延時間推定手段23は、平均速度計算手段22の出力である受波器平均速度と、送波器位置メモリ31の情報と、受波器位置メモリ32の情報とを入力として、推定伝搬遅延時間を算出する。伝搬遅延時間推定手段23は、推定伝搬遅延時間を第2の伝搬計算手段24に出力する。
【0052】
第2の伝搬計算手段24は、伝搬遅延時間推定手段23の出力である推定伝搬遅延時間と、送波器位置メモリ31の情報と、受波器位置メモリ32の情報とを入力として、送波時刻における送波器位置から推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を算出する。これにより、精度の高い伝搬遅延時間が算出される。第2の伝搬計算手段24は、算出した伝搬遅延時間を伝搬情報メモリ34に書き込む。
【0053】
第1の伝搬計算手段21、平均速度計算手段22、伝搬遅延時間推定手段23および第2の伝搬計算手段24の各手段は、送波時刻インデックスiを更新しながら、最終送波時刻インデックスLまで処理を繰り返す。
【0054】
次に、本実施の形態1の伝搬遅延時間算出装置1の動作を説明する。
図11は、実施の形態1に係る伝搬遅延時間算出方法を説明するためのイメージ図である。
図12は、実施の形態1に係る伝搬遅延時間算出方法の手順を示すフローチャートである。
【0055】
比較例1および比較例2と同様に、音波の伝搬を例に、送波器および受波器の位置ベクトルが時間変化する状況での受波器の受信波形を模擬する疑似信号生成での伝搬遅延時間の算出方法を説明する。ここで、各時刻の送波器位置の情報は送波器位置メモリ31に格納され、各時刻の受波器位置の情報は受波器位置メモリ32に格納され、各時刻の受波器速度の情報は受波器速度メモリ33に格納されているものとする。
【0056】
はじめに、制御部4は、送波時刻インデックスiを0に初期化する(ステップS101)。ステップS102において、第1の伝搬計算手段21は、次のようにして第1の伝搬計算処理を行う。第1の伝搬計算手段21は、送波器位置メモリ31の情報から、送波時刻インデックスiに対応する送波器位置ps(i)=[ps,x(i),ps,y(i),ps,z(i)]を参照する。また、第1の伝搬計算手段21は、受波器位置メモリ32の情報から、送波時刻インデックスiに対応する受波器位置pr(i)=[pr,x(i),pr,y(i),pr,z(i)]を参照する。そして、第1の伝搬計算手段21は、ps(i)→pr(i)の間の仮の伝搬遅延時間τ’(i)を求める。仮の伝搬遅延時間τ’(i)が暫定伝搬遅延時間に相当する。例えば、Bellhopモデル等の音線計算モデルを使用して暫定伝搬遅延時間を求めることができる。
【0057】
ステップS103において、平均速度計算手段22は、次のようにして受波器平均速度計算処理を行う。平均速度計算手段22は、受波器速度メモリ33の情報から、vr(i),vr(i+1),・・・,vr(i+ceil[τ’(i)])を参照する。そして、平均速度計算手段22は、式(7)を用いて、受波器の平均速度ベクトルvr[ave]を算出する。なお、式および表においては、受波器の平均速度ベクトルを、受波器速度ベクトルvrの上に平均値を示す「-」を付した記号で表している。
【0058】
【0059】
式(7)に示すceil[・]は、正の無限大方向の切り上げ操作を意味する。また、Δtは、位置メモリに格納されている位置の時間間隔、および速度メモリに格納されている速度の時間間隔である。式(7)によって、受波器平均速度を計算することで、送波時刻から受波時刻の時間区間の任意の運動が、受波器平均速度の等速直線運動に近似される。
【0060】
ステップS104において、伝搬遅延時間推定手段23は、次のようにして伝搬遅延時間推定処理を行う。伝搬遅延時間推定手段23は、式(6)において受波器速度ベクトルvrを受波器平均速度ベクトルvr[ave]に置き換えた式(8)を用いて、推定伝搬遅延時間τ^(i)を算出する。
【0061】
【0062】
ステップS105において、第2の伝搬計算手段24は、次のようにして第2の伝搬計算処理を行う。第2の伝搬計算手段24は、送波時刻の送波器位置ps(i)と真の受波時刻の受波器位置pr(i+round[τ^(i)/Δt])との間の伝搬遅延時間τ(i)を、ステップS102と同様に、Bellhopモデルの音線計算などによって算出する。ここで、round[・]は四捨五入演算を意味する。第2の伝搬計算手段24は、算出した伝搬遅延時間τ(i)を、伝搬情報メモリ34の伝搬情報において、送波時刻インデックスiに対応するアドレスに格納する。
【0063】
ステップS106において、制御部4は、送波時刻インデックスiが最終送波時刻インデックスLであるか否かを判定する。判定の結果、送波時刻インデックスiが最終送波時刻インデックスLでない場合、制御部4は、送波時刻インデックスiに1を加算し(ステップS107)、ステップS102の処理に戻る。このようにして、送波時刻インデックスiを更新しながら、ステップS102~S105の処理を送波時刻インデックスiが最終送波時刻インデックスLになるまで繰り返す。
【0064】
本実施の形態1の伝搬遅延時間算出装置1による伝搬遅延時間算出方法の効果を説明する。
図12を参照して説明したように、本実施の形態1においては、送波器および受波器の一方または両方が加速度を伴う任意の運動を行っても、送波器と受波器との間の運動を、仮の伝搬遅延時間に相当する時間区間の受波器平均速度による等速直線運動に置き換える。これにより、送波時刻の送波器位置と複数の受波時刻の受波器位置との組み合わせを考えずに、1回の伝搬計算で真の受波時刻に近似した受波時刻を推定することができる。その結果、瞬時受波器速度を使用するよりも、伝搬遅延時間を高精度に求めることができる。
【0065】
本実施の形態1の効果の確認例として
図13を使用する。
図13は、1次元の加速度運動の対勢の例を示す図である。
図13においては、時刻t=0で送波器と受波器との間が9000m離れており、初期の受波器速度が0[m/s]であり、加速度を受波器が送波器から離れる方向に8[m/s
2]としている。
【0066】
図14は、実施の形態1において、
図13に示す例における各時刻の各種の値を示す表である。文章中においては、式および表におけるノルム記号を絶対値記号で表記する。
【0067】
表の2行目の|Pr|[m]は、各時刻の受波器位置、すなわち送波器および受波器間の距離の真値である。表の3行目の|vr|[m/s]は、各時刻における受波器速度の真値である。表の4行目のτ真値[s]は、各時刻で送波された音の伝搬遅延時間の真値である。表の5行目のτ比較例[s]は、各時刻で送波された音の伝搬遅延時間を比較例2の方法で求めた値である。表の6行目のτ実1[s]は、各時刻で送波された音の伝搬遅延時間を本実施の形態1の方法で求めた値である。
【0068】
また、表の7行目のD真値[s]は、各時刻で送波された音のドップラー係数の真値である。表の8行目のD比較例[s]は、各時刻で送波された音のドップラー係数を比較例2の方法で推定した値である。表の9行目のD実1[s]は、各時刻で送波された音のドップラー係数を本実施の形態1の方法で推定した値である。
【0069】
ここで、サンプリング周波数fs=1kHz、ブロック長Nb=fs[sample]とした場合、ドップラー係数Dは遅延誤差によるブロックの伸縮を表した式(9)を使用して求めている。
【0070】
【0071】
この例の場合、伝搬遅延時間τの推定において、例えば、時刻t=0において伝搬遅延時間の真値τ真値が6.09920[s]に対して、比較例2で推定した伝搬遅延時間τ比較例は6.09600[s]で、3.20[ms]の誤差がある。一方、本実施の形態1の方法により推定した伝搬遅延時間τ実1[s]は6.09915[s]であり、誤差を0.05[ms]まで抑えることができている。
【0072】
さらに、ドップラー係数Dの推定では、ドップラー係数の真値D真値が0.96471に対して、比較例2で推定したドップラー係数D比較例は0.96528であり、本実施の形態1の方法により推定したドップラー係数D実1は0.96474である。
【0073】
この結果は、周波数の推定において、例えば、送信周波数が1kHzの場合、推定時刻t=0において、真値964.71Hzに対して、比較例2では965.28Hzとなり、およそ11Hz程度の誤差が生じる。これに対して、本実施の形態1の方法では、964.74Hzとなり、誤差を0.03Hzまで抑えられる。特に、ドップラー係数の推定精度が重要になる音響通信およびアクティブソーナーの疑似信号生成において、意図した周波数変化を再現できる点で意味がある。
【0074】
本実施の形態1の伝搬遅延時間算出装置1は、第1の伝搬計算手段21と、平均速度計算手段22と、伝搬遅延時間推定手段23と、第2の伝搬計算手段24とを有する。第1の伝搬計算手段21は、時刻tにおける送波器位置および受波器位置に予め決められた計算モデルを用いて仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間を求める。平均速度計算手段22は、暫定伝搬遅延時間における受波器の平均速度である受波器平均速度を求める。伝搬遅延時間推定手段23は、受波器平均速度と時刻tにおける送波器位置および受波器位置とから推定伝搬遅延時間を算出する。第2の伝搬計算手段24は、時刻tにおける送波器位置から推定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの伝搬遅延時間を、計算モデルを用いて算出する。
【0075】
本実施の形態1は、受波器の移動の加速度が大きい場合ほど、または送波器と受波器との間の距離が遠いほど、想定される受波時刻を多数考えなければならない比較例1と比べて計算量抑制効果が大きい。一方、本実施の形態1は、伝搬遅延時間が経過する間の受波速度の変化に起因する伝搬遅延時間の推定誤差が大きい比較例2と比べて、推定精度をよく保つことができる。
【0076】
実施の形態2.
本実施の形態2は、伝搬遅延時間をより精度よく算出するものである。本実施の形態2においては、実施の形態1で説明した構成と同一の構成に同一の符号を付し、その詳細な説明を省略する。
【0077】
本実施の形態2の伝搬遅延時間算出装置の構成を説明する。本実施の形態2の伝搬遅延時間算出装置1の全体構成は
図5に示した構成と同様であるため、その詳細な説明を省略する。
図15は、実施の形態2に係る伝搬遅延時間算出装置の制御部の一構成例を示す機能ブロック図である。
【0078】
制御部4aは、
図6に示した手段の他に、受波器位置補間手段25、遅延誤差計算手段26および判定手段27を有する。本実施の形態2においては、記憶部3は
図6に示した受波器速度メモリ33を有していなくてもよい。
【0079】
受波器位置補間手段25は、第1の伝搬計算手段21の出力である仮の伝搬遅延時間である暫定伝搬遅延時間と受波器位置メモリ32の情報とを入力として、暫定伝搬遅延時間における受波器位置に対して補間処理を行って、暫定伝搬遅延時間経過後の受波器の位置である補間受波器位置を算出する。受波器位置補間手段25は、算出した補間受波器位置を平均速度計算手段22に出力する。平均速度計算手段22は、受波器位置補間手段25の出力である補間受波器位置を入力として、受波器平均速度を算出する。平均速度計算手段22は、算出した受波器平均速度を伝搬遅延時間推定手段23に出力する。
【0080】
伝搬遅延時間推定手段23は、平均速度計算手段22の出力である受波器平均速度、送波器位置メモリ31の情報、および受波器位置メモリ32の情報を入力として、推定伝搬遅延時間を算出する。伝搬遅延時間推定手段23は、算出した推定伝搬遅延時間を、第2の伝搬計算手段24および遅延誤差計算手段26に出力する。第2の伝搬計算手段24は、伝搬遅延時間推定手段23の出力である推定伝搬遅延時間と、送波器位置メモリ31の情報と、受波器位置メモリ32の情報とが入力されると、実施の形態1と同様にして、伝搬遅延時間を算出する。第2の伝搬計算手段24は、算出した伝搬遅延時間を遅延誤差計算手段26に出力する。
【0081】
遅延誤差計算手段26は、伝搬遅延時間推定手段23の出力である推定伝搬遅延時間と第2の伝搬計算手段24の出力である伝搬遅延時間とが入力されると、遅延時間差を算出し、遅延時間差および伝搬遅延時間を判定手段27に出力する。
【0082】
判定手段27は、第2の伝搬計算手段24によって算出された伝搬遅延時間の精度の妥当性を判定する。具体的には、判定手段27は、遅延誤差計算手段26の出力である遅延誤差および伝搬遅延時間が入力されると、遅延誤差が予め決められた条件を満たすか否かを判定する。遅延誤差が条件を満たさない場合、判定手段27は、伝搬遅延時間を新たな暫定伝搬遅延時間として、受波器位置補間手段25に出力する。判定手段27は、遅延誤差が条件を満たすまで、伝搬遅延時間を暫定伝搬遅延時間として更新するために、受波器位置補間手段25に出力する処理を繰り返す。一方、遅延誤差が条件を満たす場合、判定手段27は、伝搬情報メモリ34の伝搬情報に伝搬遅延時間を格納する。
【0083】
第1の伝搬計算手段21、受波器位置補間手段25、平均速度計算手段22、伝搬遅延時間推定手段23、第2の伝搬計算手段24、遅延誤差計算手段26および判定手段27の各手段は、送波時刻インデックスiを更新しながら、最終送波時刻インデックスLまで処理を繰り返す。
【0084】
次に、本実施の形態2の伝搬遅延時間算出装置1の動作を説明する。
図16は、実施の形態2に係る伝搬遅延時間算出方法の手順を示すフローチャートである。本実施の形態2も、実施の形態1と同様に、音波の伝搬を例として、送波器および受波器の位置ベクトルが時間変化する状況下において、受波器の受信波形を模擬する疑似信号生成を考える。
【0085】
なお、
図16に示すステップS201およびS202の処理は、実施の形態1において
図12を参照して説明したステップS101およびS102と同様になるため、その詳細な説明を省略する。また、
図16に示すステップS205およびS206の処理は、実施の形態1において
図12を参照して説明したステップS104およびS105と同様になるため、その詳細な説明を省略する。
【0086】
ステップS203において、受波器位置補間手段25は、より高精度に伝搬遅延時間を求めるために、次のようにして受波器位置補間処理を行う。受波器位置補間手段25は、ステップS202の処理結果である暫定伝搬遅延時間τ’(i)に対して、受波器位置メモリ32の情報から、例えば、線形補間である式(10)を用いて、暫定伝搬遅延時間を考慮した受波器位置を求める。この受波器位置が補間受波器位置に相当する。式(10)において、floor[・]は切り捨て演算を意味する。
【0087】
【0088】
ステップS204において、平均速度計算手段22は、次のようにして受波器平均速度計算処理を行う。平均速度計算手段22は、次の式(11)を用いて、送波時刻における受波器位置から式(10)によって算出される受波器位置までの距離を、暫定伝搬遅延時間τ’(i)で除算することで、受波器平均速度vrを算出する。
【0089】
【0090】
ステップS207において、遅延誤差計算手段26は、次のようにして遅延誤差計算処理を行う。遅延誤差計算手段26は、式(12)を用いて、遅延誤差Δτを算出する。具体的には、遅延誤差計算手段26は、推定伝搬遅延時間τ^(i)で補正した受波器位置pr(i+round[τ^(i)/Δt])と送波器位置との間の伝搬遅延時間τ(i)と、推定伝搬遅延時間τ^(i)との差の絶対値を、遅延誤差Δτとして算出する。
【0091】
【0092】
ステップS208において、判定手段27は、遅延誤差Δτと、予め設定された遅延時間精度閾値Tとを比較して、遅延誤差Δτが遅延時間精度閾値Tより小さいか否かを判定する。ステップS208の判定の結果、Δτ≧Tである場合、判定手段27は、伝搬遅延時間τ(i)の推定精度が不足していると判定する。そして、判定手段27は、1回目に計算された暫定伝搬遅延時間τ’(i)より精度が向上した伝搬遅延時間τ(i)を新たな暫定伝搬遅延時間τ’(i)として更新する。そして、判定手段27は、更新した暫定伝搬遅延時間τ’(i)を受波器位置補間手段25に出力する。ステップS208の判定条件が満たされるまで、判定手段27は、暫定伝搬遅延時間をより精度が高い値に更新する処理を繰り返す。
【0093】
一方、ステップS208の判定の結果、Δτ<Tである場合、判定手段27は、伝搬遅延時間が十分に真値に近づいたものと判定する。そして、判定手段27は、伝搬遅延時間τ(i)を伝搬情報メモリ34の伝搬情報に書き込む。
【0094】
本実施の形態2の伝搬遅延時間算出装置1による伝搬遅延時間算出方法の効果を説明する。
図16を参照して説明したように、本実施の形態2においては、送波器および受波器の一方または両方が加速度運動を含む任意の運動であっても、推定伝搬遅延時間と推定した受波器位置までの伝搬遅延との誤差を使って、設定条件を満たすまで伝搬遅延時間の推定を繰り返す。そのため、実施の形態1の方法よりも計算コストは増えるものの、比較例1よりは計算コストを抑えて実施の形態1よりも伝搬遅延時間を高精度に推定できる。
【0095】
本実施の形態2の効果の確認例として、実施の形態1と同様に、
図13を使用する。
図17は、実施の形態2において、
図13に示す例における各時刻の各種の値を示す表である。文章中においては、式および表におけるノルム記号を絶対値記号で表記する。
【0096】
表の2行目の|Pr|[m]は、各時刻の受波器位置、すなわち送波器および受波器間の距離の真値である。表の3行目の|vr|[m/s]は、各時刻における受波器速度の真値である。表の4行目の|vr|真値[m/s]は、各時刻で送波された音が受波されるまでの間の受波器の移動の平均速度の真値である。表の5行目の|vr|実1[m/s]は、各時刻で送波された音が受波されるまでの間の受波器の移動の平均速度を実施の形態1の方法で推定した値である。表の6行目の|vr|実2[m/s]は、各時刻で送波された音が受波されるまでの間の受波器の移動の平均速度を、本実施の形態2の判定処理(ステップS208)による繰り返し前の1回目に推定した値である。
【0097】
表の7行目のτ真値[s]は、各時刻で送波された音の遅延時間の真値である。表の8行目のτ実1[s]は、各時刻で送波された音の遅延時間を実施の形態1の方法で求めた値である。表の9行目のτ実2[s]は、各時刻で送波された音の遅延時間を本実施の形態2の方法で求めた値である。
【0098】
表の10行目のD真値は、各時刻で送波された音のドップラー係数の真値である。表の11行目のD実1は、各時刻で送波された音のドップラー係数を実施の形態1の方法で推定した値である。表の12行目のD実2は、各時刻で送波された音のドップラー係数を本実施の形態2の方法で推定した値である。
【0099】
ここで、サンプリング周波数fs=1kHz、ブロック長Nb=fs[sample]とした場合、ドップラー係数Dは遅延誤差によるブロックの伸縮を表した式(9)を使用して求めている。さらに、閾値T=1msとして計算している。
【0100】
本実施の形態2においては、受波器の位置を式(10)で線形補間を使って実施の形態1よりも正確に求めている。そのため、例えば、時刻t=1において、受波器平均速度の推定が12.4mm/sだけ精度が向上する。
【0101】
伝搬遅延時間τの推定において、例えば、時刻t=0において、真値τ真値が6.09920sに対して、実施の形態1の方法で推定した伝搬遅延時間τ実1は6.09915sとなり、0.05msの誤差にまで抑えることができている。一方、実施の形態2の方法で推定した伝搬遅延時間τ実2は6.09921sとなり、0.01msの誤差にまで抑えることができている。
【0102】
さらに、ドップラー係数Dの推定では、真値D真値が0.96471であるのに対して、実施の形態1の方法で推定したドップラー係数D実1は0.96474であるが、実施の形態2の方法で推定したドップラー係数D実2は0.96470である。
【0103】
この結果は、周波数の推定において、例えば、送信周波数が1kHzの場合、推定時刻t=0において、真値964.71Hzに対して、実施の形態1の方法では964.74Hzとなり、誤差を0.03Hzまで抑えられた。一方、実施の形態2の方法では、964.70Hzとなり、誤差を0.01Hzまで抑えられている。
【0104】
時刻t>0において、実施の形態1の方法では、推定誤差が徐々に大きくなる傾向がある。これに対して、本実施の形態2によれば、追加の伝搬計算を1回行うと、推定誤差が抑制される。このことから、本実施の形態2のように、補間による受波器位置を使用した平均受波速度の算出および推定誤差判定による伝搬計算の繰り返しを行うことは、伝搬遅延時間を高精度に求める必要がある場合に有効である。
【0105】
上述の実施の形態1および2において、単体の情報処理装置の場合で説明したが、伝搬遅延時間を算出する演算装置は、複数の情報処理装置を有するシステムであってもよい。
図18は、実施の形態1に係る伝搬遅延時間算出装置の別の構成例を示すブロック図である。
【0106】
図18に示す伝搬遅延時間算出システム10は、情報処理装置101~103を有する。情報処理装置101~103は、インターネット等のネットワーク200を介して互いに接続される。例えば、情報処理装置101は
図6に示した記憶部3を有し、情報処理装置102は
図6に示した第1の伝搬計算手段21および平均速度計算手段22を有し、情報処理装置103は
図6に示した伝搬遅延時間推定手段23および第2の伝搬計算手段24を有する。この場合、本実施の形態1の伝搬遅延時間算出方法を実行するために必要な演算処理が複数の情報処理装置101~103で分散されるので、各情報処理装置の負荷が軽減し、演算処理のスピードを速くすることができる。
【0107】
なお、
図18を参照して、実施の形態1で説明した装置をシステムに適用する場合で説明したが、実施の形態2で説明した装置をシステムに適用してもよい。また、
図18は情報処理装置が3台の場合を示しているが、情報処理装置の台数は限定されない。
【0108】
(利用形態)
実施の形態1において、音の伝搬を例に説明したが、波であれば、例えば、レーダーでも適用可能である。
【0109】
実施の形態1では、
図12に示したステップS102の第1の伝搬計算処理およびステップS105の第2の伝搬計算処理において、Bellhopモデルの音線計算を例に説明したが、始点および終点間の伝搬遅延時間を求められれば、計算速度を犠牲に、模擬精度を向上させた別の音線モデルまたはノーマルモードなどの波動モデルを使用してもよい。
【0110】
実施の形態1では、
図12に示したステップS103の受波器平均速度計算処理において、平均をとる区間を、i~i+ceil[τ’(i)/Δt]までとしたが、位置関係に応じた時間τ’(i)に応じた長さ程度となれば、切り上げ演算(i~i+ceil[τ’(i)/Δt])でなくても、切り捨て演算(i~i+floor[τ’(i)/Δt])または四捨五入演算(i~i+round[τ’(i)/Δt])であってもよい。
【0111】
実施の形態1では、
図12に示したステップS103の受波器平均速度計算処理において、受波器速度系列から受波器平均速度を算出したが、受波器平均速度の算出方法はステップS103で説明した方法に限らない。例えば、計算コストと算出精度とのトレードオフによって、実施の形態2の
図16に示したステップS204で説明したように、受波器速度系列を用いずに、受波器補間位置と仮の伝搬遅延時間とから受波器平均速度を算出してもよい。
【0112】
実施の形態1において、予測される受波器位置を算出する方法として、受波器位置メモリ32が記憶する受波器位置情報を参照して最も近い受波器位置を採用する場合で説明したが、実施の形態2で説明した補間位置を採用してもよい。
【0113】
実施の形態2においては、伝搬遅延時間の精度の妥当性の判定方法として、送波器位置から暫定伝搬遅延時間によって予測される受波器位置までの間の伝搬遅延時間と、受波器平均速度から算出された推定伝搬遅延時間との遅延誤差を判定指標とする場合で説明したが、判定指標は遅延誤差に限定されない。また、伝搬遅延時間の精度の妥当性の判定方法として、例えば、上述した遅延誤差の前回値からの変化度を使用してもよい。この場合、遅延誤差の前回値からの変化度が予め決められた閾値よりも大きいと、伝搬遅延時間の精度が妥当でないと判定する。伝搬遅延時間の精度の妥当性を判定できる判定指標であれば、任意の判定指標を採用できる。
【0114】
実施の形態2においては、受波器位置を求める式(10)において、floor[τ’(i)/Δt]を使用して説明したが、整数値に丸める関数であれば、round[τ’(i)/Δt]またはceil[τ’(i)/Δt]を使用してもよい。
【0115】
実施の形態2においては、線形補間によって平均受波位置を求めたが、例えば、計算コストと算出精度とのトレードオフによって、スプライン補間等の別の補間を使用してもよい。
【符号の説明】
【0116】
1 伝搬遅延時間算出装置
2 入力部
3 記憶部
4、4a 制御部
5 出力部
10 伝搬遅延時間算出システム
11 メモリ
12 CPU
21 第1の伝搬計算手段
22 平均速度計算手段
23 伝搬遅延時間推定手段
24 第2の伝搬計算手段
25 受波器位置補間手段
26 遅延誤差計算手段
27 判定手段
31 送波器位置メモリ
32 受波器位置メモリ
33 受波器速度メモリ
34 伝搬情報メモリ
101 情報処理装置
102 情報処理装置
103 情報処理装置
200 ネットワーク