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特開2023-28612無意識下の集中力および正確度を向上する香り成分のスクリーニング方法、並びに無意識下の集中力および正確度向上剤
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023028612
(43)【公開日】2023-03-03
(54)【発明の名称】無意識下の集中力および正確度を向上する香り成分のスクリーニング方法、並びに無意識下の集中力および正確度向上剤
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/15 20060101AFI20230224BHJP
   A61B 5/16 20060101ALI20230224BHJP
   A61B 10/00 20060101ALI20230224BHJP
   A61P 25/00 20060101ALI20230224BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20230224BHJP
   A61K 36/752 20060101ALI20230224BHJP
【FI】
G01N33/15 Z
A61B5/16 110
A61B10/00 E
A61B5/16 130
A61P25/00
A61P25/28
A61K36/752
【審査請求】未請求
【請求項の数】13
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021134434
(22)【出願日】2021-08-19
(71)【出願人】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】山田 俊一
(72)【発明者】
【氏名】庄司 健
(72)【発明者】
【氏名】石井 美加
(72)【発明者】
【氏名】藤井 直敬
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 敦子
【テーマコード(参考)】
4C038
4C088
【Fターム(参考)】
4C038PP03
4C088AB62
4C088ZA01
(57)【要約】
【課題】本発明は、無意識下の集中力および正確度の評価方法、並びに無意識下の集中力および正確度を向上させる香り成分をスクリーニングする方法を開発することを目的とする。
【解決手段】心理指標、行動指標と前頭前野の脳血流とに基づくことで、無意識下の集中力および正確度を評価する方法を開発した。また、かかる評価方法を応用することで、心理指標、行動指標と前頭前野の脳血流とに基づいて、無意識下の集中力および正確度の向上に寄与する香り成分をスクリーニングが可能になった。こうして選択されたグレープフルーツオイルは、無意識下の集中力および正確度向上剤、及び背外側前頭前野活性化剤として提供される。
【選択図】図3
【特許請求の範囲】
【請求項1】
無意識下の集中力および正確度を向上させる香り成分のスクリーニング方法であって、
被験者に候補成分の香りをかがせながら、計算課題を解かせる工程;
計算課題前及び/又は後の被験者の心理状況を確認する工程;
計算課題を解いている間に、被験者の前頭前野の脳血流を測定する工程;及び
計算課題の誤答数又は誤答率から決定される行動指標と、心理状況に基づく心理指標と、脳血流とに基づき、香り成分による無意識下の集中力及び正確度への影響を決定する工程;
を含む、前記スクリーニング方法。
【請求項2】
前記脳血流が、近赤外光分光装置(NIRS)を用いて測定される、請求項1に記載のスクリーニング方法。
【請求項3】
前記脳血流が、背外側前頭前野で測定される、請求項1又は2に記載のスクリーニング方法。
【請求項4】
前記計算課題が、単純計算課題である、請求項1~3いずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項5】
前記心理状況を確認する工程が、リラックス度及び/又は覚醒度を問うアンケートである、請求項1~4いずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項6】
前記被験者に、香り付きのマスクを装着することで香りをかがせる、請求項1~5いずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項7】
比較対象と比較して心理指標に有意差がなく、脳血流が比較対象の脳血流と比較して増加し、かつ行動指標が改善した場合に、前記候補成分が無意識下の集中力および正確度を向上させる香り成分であると決定する、請求項1~6いずれか一項に記載のスクリーニング方法。
【請求項8】
比較対象が、香り成分を適用無しで計算課題を解かせた場合の同一人物である、請求項7に記載のスクリーニング方法。
【請求項9】
比較対象が、他の候補成分の香りをかがせながら、計算課題を解かせた場合の同一人物である、請求項7に記載のスクリーニング方法。
【請求項10】
かんきつ類精油を含む、無意識下の集中力および正確度向上剤。
【請求項11】
かんきつ類精油が、グレープフルーツオイルである、請求項10に記載の無意識下の集中力および正確度向上剤。
【請求項12】
かんきつ類精油を含む、背外側前頭前野活性化剤。
【請求項13】
かんきつ類精油が、グレープフルーツオイルである、請求項12に記載の背外側前頭前野活性化剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無意識下の集中力および正確度を向上させる香りのスクリーニングについての技術分野に関する。
【背景技術】
【0002】
香りが様々な精神作用を及ぼすことは伝承的にもよく知られており、気持ちを落ち着かせる香り、気分を高揚させる香りなどが古くから知られている。香りによる精神及び/又は肉体への作用を治療に利用する手法としてアロマテラピーが開発されている。また、匂いによる脳への作用を介して効果が得られる治療のことを特にアロマコロジーと呼んでおり、美容目的及び医療目的でアロマコロジーが行われている。アロマコロジーについての科学的研究に基づいて、香りの自律神経系に対する作用が明らかにされており、副交感神経系を活性化する香料及び交感神経系を活性化する香料が報告されている(特許文献1:特開平11-209294号公報;特許文献2:特開2002-265977号公報)。さらには、老人性痴ほう症、認知症、アルツハイマー型認知症の予防や治療効果を有する精油成分についても開示されており(特許文献3:特開2010-254607号公報、特許文献4:特開2013-014537号公報、特許文献5:特許第6758614号公報)、香りと脳機能との関連について研究がされている。
【0003】
脳機能を計測する手法として、近赤外線分光法(NIRS)を利用した計測が開発されている。NIRS計測では、人体組織は通過するもののヘモグロビンにより吸収されるという特性を有する近赤外光を、頭にセットされたプローブから照射して検出することで、大脳表面の血中ヘモグロビン(Hb)濃度の計測が可能になる。安静時及びストレス負荷時に、聴覚刺激や嗅覚刺激を与え、前頭前皮質の酸素化ヘモグロビン(Oxy-Hb)濃度を測定し、Oxy-Hb濃度変化に基づいて、聴覚刺激や嗅覚刺激がストレス緩和において有効であることが報告されている(非特許文献1:科学・技術研究第6巻1号(2017)25~30頁)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11-209294号公報
【特許文献2】特開2002-265977号公報
【特許文献3】特開2010-254607号公報
【特許文献4】特開2013-014537号公報
【特許文献5】特許第6758614号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】科学・技術研究第6巻1号(2017)25~30頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、無意識下の集中力および正確度の評価方法、並びに無意識下の集中力および正確度を向上させる香り成分をスクリーニングする方法を開発することを目的とし、またかかる方法により選択された香り成分を有効成分とした、無意識下の集中力および正確度向上剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らが、無意識下の集中力および正確度の評価方法について鋭意研究を行ったところ、行動指標、心理指標、及び前頭前野の脳血流とに基づいて、無意識下の集中力および正確度を評価する方法を開発するに至った。また、かかる評価方法を応用することで、行動指標、心理指標、前頭前野の脳血流とに基づいて、無意識下の集中力および正確度に寄与する香り成分をスクリーニングできることを見出した。
そこで、本発明は下記に関する:
[1] 無意識下の集中力および正確度を向上させる香り成分のスクリーニング方法であって、
被験者に候補成分の香りをかがせながら、計算課題を解かせる工程;
計算課題前及び/又は後の被験者の心理状況を確認する工程;
計算課題を解いている間に、被験者の前頭前野の脳血流を測定する工程;
及び
計算課題の誤答数又は誤答率から決定される行動指標と、脳血流と、心理状況に基づく心理指標とに基づき、香り成分による無意識下の集中力および正確度への影響を決定する工程
を含む、前記スクリーニング方法。
[2] 前記脳血流が、近赤外光分光装置(NIRS)を用いて測定される、項目1に記載のスクリーニング方法。
[3] 前記脳血流が、背外側前頭前野で測定される、項目1又は2に記載のスクリーニング方法。
[4] 前記計算課題が、単純計算課題である、項目1~3いずれか一項に記載のスクリーニング方法。
[5] 前記心理状況が、覚醒度及び/又はリラックス度により確認される、項目1~4いずれか一項に記載のスクリーニング方法。
[6] 前記被験者に、香り付きのマスクを装着することで香りをかがせる、項目1~5いずれか一項に記載のスクリーニング方法。
[7] 比較対象と比較して心理指標に有意差がなく、脳血流が比較対象の脳血流と比較して増加し、かつ行動指標が改善した場合に、前記候補成分が無意識下の集中力および正確度を向上させる香り成分であると決定する、項目1~6いずれか一項に記載のスクリーニング方法。
[8] 比較対象が、香り成分を適用無しで計算課題を解かせた場合の同一人物である、項目7に記載のスクリーニング方法。
[9] 比較対象が、他の候補成分の香りをかがせながら、計算課題を解かせた場合の同一人物である、項目7に記載のスクリーニング方法。
[10] かんきつ類精油を含む、無意識下の集中力および正確度向上剤。
[11] かんきつ類精油が、グレープフルーツオイルである、項目10に記載の無意識下の集中力および正確度向上剤。
[12] かんきつ類精油を含む、背外側前頭前野活性化剤。
[13] かんきつ類精油が、グレープフルーツオイルである、項目12に記載の背外側前頭前野活性化剤。
【発明の効果】
【0008】
本発明の方法により、無意識下の集中力および正確度の評価が可能になる。また、無意識下の集中力および正確度の評価により、無意識下の集中力および正確度の向上を可能にする香り成分をスクリーニングすることができる。かかる方法により選択されたグレープフルーツオイルは、無意識下の集中力および正確度向上剤ということができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、香り成分による無意識下の集中力および正確度の評価にあたり、行動指標と、心理指標と、脳血流とを計測するための実験セットを示す。
図2図2は、心理指標についてのアンケート結果を示すグラフである。
図3図3は、グレープフルーツオイル及びラベンダーオイルが背外側前頭前野の脳血流に及ぼす影響を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、無意識下における集中力および正確度の評価方法、並びに無意識下における集中力および正確度を向上させる香り成分のスクリーニング方法に関する。
【0011】
集中力とは、体調、気分、意欲、眠気などの複数の要因により変動する認知能力を言い、集中力が高いと、認知能力が向上する一方、集中力が低いと認知能力が低下する。認知能力としては、記憶、思考、理解、計算、学習、言語、判断などの認知に関わる能力が挙げられる。集中力が高まることで、認知に関わる情報処理力が向上する。
【0012】
正確度とは、認知能力を発揮した際の正解を導ける頻度をいう。一般的に、正確度は集中力と関連すると考えられているが、集中力が高い状態でも、正確度が低いこともある。脳が回答をアウトプットする際に、瞬時に正誤判定を行うことにより、より高い正確度の状態となる。高い正確度を発揮する状態は、これまでの手法で測定ができていなかった。本発明者らは脳特定領域における脳血流が、かかる正誤判定に寄与していることに着目し、脳血流を測定することで、正確度を判定することが可能になった。
【0013】
適度なストレスをかけることにより意識的に集中力および正確度を向上させることもできる一方、無意識下でも集中力および正確度が高い状態もあり、前者を意識的な集中力および正確度と呼び、後者を無意識的な集中力および正確度と呼ぶことができる。意識下又は無意識下の判定は、心理指標に基づいて決定することができる。
【0014】
集中力は、行動指標に基づいて決定することができるが、行動指標からは集中力を決定できるものの、行動指標に基づく集中力は、その回答に正確度があるのか、意識下の集中力であるのか、無意識下の集中力であるのか判断することができない。そこで本発明では、行動指標に基づいて決定された集中力が、回答に正確度を持っているのか、および意識下の集中力を指すのか、又は無意識下の集中力を指すのかを評価するために、心理指標および前頭前野の脳血流を利用する、集中力および正確度の評価方法に関する。より具体的に、本発明は、行動指標と心理指標と前頭前野の脳血流とに基づいて、集中力および正確度を評価する方法に関する。心理指標に有意差がなく、行動指標が所定の指標より高く、かつ特定箇所の脳血流が所定の血流量よりも高い場合に、無意識下の集中力および正確度が向上していると決定することができる。
【0015】
行動指標は、単純計算課題試験の結果により決定される指標である。単純計算課題試験としては、クレペリンテスト又はクレペリンテストに沿った単純計算試験(クレペリン様テストと呼ぶ)が挙げられる。クレペリンテストは筆記試験であるが、クレペリン様テストでは、筆記試験ではなく、コンピュータを介した試験であってもよい。コンピュータを介した試験を行うことで、正誤答がすぐに計算できると共に、各設問あたりの回答時間も測定することができる。かかる単純計算課題試験とは、比較的単純な計算、例えば四則演算や、四則演算に基づく計算を、所定の時間にわたり解き続ける試験である。四則演算としては特に加算が用いられうる。単純計算課題試験の誤答数又は誤答率(或いは正答数又は正答率)を行動指標として用いることができる。誤答数又は誤答率の減少(すなわち正答数又は正答率の増加)は、集中力の向上と関連する。行動指標は、認知行動指標ともいうことができる。
【0016】
脳血流は脳の活動活性すなわち、神経伝達が亢進すると増大する。脳血流については、多チャンネル近赤外光脳機能計測装置(NIRS)を用いることでヘモグロビンの増減や酸化状態の変化に基づいて測定することができる。脳の部位に応じて、脳の活動活性によるその影響が異なることが知られている。本発明においては、脳の前頭前野、特に左右の背外側前頭前野の脳血流を測定する。前頭前野は、様々な能力に関与するが、前頭前野の脳血流の増大と、正答率とは相関することが示されている(非特許文献1:Prefrontal activation during Stroop and Wisconsin card sort tasksin children with developmental coordination disorder: a NIRS study)。これにより前頭前野の脳血流が増大することで、脳が回答をアウトプットする際に、瞬時に正誤判定を行うことができ、より高い正確度をもたらすことができる。
【0017】
心理指標は、計算課題等のタスク前後で問う被験者の心理状態の指標である。心理状態を問う試験としては、リラックス感や覚醒度を主観で答えるアンケートが挙げられる。心理指標により、意識下又は無意識下を決定することができる。具体的に、比較対象と比較して、覚醒度やリラックス度の変化がない場合に、無意識下であると判定することができる。変化については、有意差の有無を判定することで決定することができる。心理指標は、計算課題の前と後のどちらかで決定されてもよいし、両方で決定されてもよい。
【0018】
グレープフルーツオイルの香りを嗅ぎながら単純計算課題試験を行うと、誤答数が減少する傾向を示す。また、単純計算課題試験の間において、背外側前頭前野の脳血流の増加傾向を示す。その一方で、グレープフルーツオイルの香りを嗅いだ場合の単純計算課題試験前後において、覚醒度及びリラックス度などの心理指標については有意差がみられなかった。
【0019】
一方、副交感神経を活性化させリラックス状態を誘導することが知られているラベンダーオイルの香りを嗅ぎながら単純計算試験を行うと、誤答数は増加傾向を示す。また、単純計算課題試験の間において、背外側前頭前野の脳血流は減少傾向を示す。その一方で、ラベンダーオイルの香りを嗅いだ場合の単純計算課題試験前後において、覚醒度及びリラックス度などの心理指標については有意差がみられなかった。
【0020】
これらの結果は、下記の通り解釈することができる。ラベンダーオイルでは、覚醒度及びリラックス度などの心理指標については有意差がみられないため、ラベンダーオイルの作用は無意識下での作用である。ラベンダーオイルの香りを嗅ぐと、背外側前頭前野の脳血流が減少することから、正確度は減少する。なお行動試験では、誤答数が増加する傾向である。この結果は、ラベンダーオイルは、無意識下での集中力への影響は少ない一方で、正確度が減少していると解釈することができる。
【0021】
一方、グレープフルーツオイルでは、覚醒度及びリラックス度などの心理指標については有意差がみられないため、グレープフルーツオイルの作用は無意識下での作用である。グレープルーツオイルの香りを嗅ぐと、誤答数が減少することから、集中力の向上が示され、かつ背外側前頭前野の脳血流が増加することから正確度が高い状態といえる。したがって、グレープフルーツオイルは、無意識下での集中力及び正確度を高めると解釈することができる。背外側前頭前野の脳血流の増大は、無意識下の正確度と関連付けられる。
【0022】
したがって、本発明の別の態様では、本発明は、かんきつ類精油を含む、無意識下の集中力および正確度向上剤、又は背外側前頭前野活性化剤に関する。かんきつ類精油としては、グレープフルーツ、ミカン、ユズ、カボス、オレンジ、レモン、ライム、シトロン、ザボンなどから選択される任意の果物の精油が挙げられ、特に好ましくはグレープフルーツオイルである。
【0023】
本発明の評価方法では、行動指標と心理指標、前頭前野の脳血流とに基づいて、無意識下の集中力および正確度を評価する。
より具体的に、本発明の評価方法は、下記の:
計算課題を解かせる工程;
計算課題前及び/又は後の被験者の心理状況を確認する工程;
計算課題を解いている間に、被験者の前頭前野の脳血流を測定する工程;及び
計算課題の誤答数又は誤答率(或いは正答数又は正答率)から決定される行動指標と、心理状況に基づく心理指標と、脳血流とに基づき、無意識下の集中力および正確度を決定することができる。
【0024】
かかる評価方法において、被験者を計算課題試験の前又は試験中に特定の環境下に置くことで、計算課題試験の前又は試験中における環境が及ぼす無意識下の集中力および正確度への影響を評価することができる。かかる環境は、例えば聴覚刺激、嗅覚刺激、視覚刺激、味覚刺激として試験対象の無意識下の集中力および正確度に対し影響を及ぼしうる。上述の評価方法を応用することで、無意識下の集中力および正確度に影響を与える環境、特に香り刺激について、スクリーニングを行うことができる。したがって、本発明の別の態様では、無意識下の集中力および正確度を向上させる香り成分のスクリーニング方法に関する。
【0025】
より具体的に、本発明にかかる無意識下の集中力および正確度を向上させる香り成分のスクリーニング方法は、以下の:
被験者に候補成分の香りをかがせながら、計算課題を解かせる工程;
計算課題前及び/又は後の被験者の心理状況を確認する工程;
計算課題を解いている間に、被験者の前頭前野の脳血流を測定する工程;
計算課題の誤答数又は誤答率或いは正答数又は正答率から決定される行動指標と、心理状況に基づく心理指標と、脳血流とに基づき、香りによる無意識下の集中力および正確度への影響を決定する工程
とを含む。
【0026】
候補成分の香りは、任意の手法で被験者が嗅ぐように適用される。一例として、精油を皿の上に配置したり、綿などにしみこませて被験者の付近に配置してもよいし、マスクへ塗布して、マスクを装着させてもよい。
【0027】
行動指標、心理指標及び脳血流を、比較対象の行動指標、心理指標及び脳血流と比較し、心理指標に有意差がない状態で、脳血流が比較対象の脳血流と比較して増加し、かつ行動指標が改善した場合に、前記候補成分が無意識下の集中力および正確度を向上させる香り成分であると決定することができる。こうしてスクリーニングされた候補成分は、無意識下の集中力および正確度向上剤ということができる。
【0028】
比較対象は、同一人物であってもよいし、他人であってもよい。同一人物の場合、異なる条件、例えば候補成分の香りがない点でのみ異なる条件で得られた、行動指標心理指標、及び脳血流を、比較対象の行動指標、心理指標、及び脳血流とすることができる。異なる条件は、単に異なる候補成分を用いた点のみで異なる条件で得られた行動指標、心理指標、及び脳血流を、比較対象の行動指標、心理指標及び脳血流とすることができる。比較対象が他人である場合、同一条件で複数人について試験した場合の平均とすることができる。
【0029】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【0030】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例0031】
実施例1:心理指標、行動指標、及び近赤外線分光法(NIRS)を用いた脳血流の計測
1.実験設定
対象:
40.75 (SD=10.42) 歳の男性7名女性1名を被験者として下記の実験を行った。なお、被験者全員右利きであった。
【0032】
脳血流測定装置:
近赤外光を用いた脳機能計測技術である光トポグラフィを活用した小型携帯型脳活動計測装置(HOT-1000・株式会社NeU)を用い、2ch・サンプリング周波数10Hzで実験課題中の前インターバル5分、課題中10分、後インターバル20秒の設定で左右の背外側前頭前野について脳血流を計測した。計測専用アプリケーションをスマートフォンにインストールし、計測機器とBluetooth(登録商標)接続して、NIRSにより脳血流を計測した。NIRSの信号処理は、解析プラットフォームPOTATo (Platform for Optical Topography Analysis Tools)波形処理ソフトを用いてノイズ除去しグラフ化を行なった。データは各施行のデータでスコア化し、タスク中の脳活動データを使用した。
【0033】
単純計算課題装置:
計算課題の提示と回答は、テンキーと17インチモニターが搭載されたノートパソコンで行った。計算課題として、一桁の簡単な足し算をモニターに表示し、解の第一の桁の数値を解答とする課題を設定した。解答入力時に入力確認のための反応音が流れるように設定した。実験刺激の制御・記録には心理実験用ソフトウェアPsycoPy3を用いた。行動指標の解析はRを用いた。
【0034】
実験方法:
心理行動調査として、マスク装着後に、4項目の心理状況についての課題前アンケートに回答させた。続いて、2分間のインターバル期間の後に10分間の単純計算課題を行わせ、終了後の3項目の心理状況についての課題後アンケートに回答させ、マスクを外させた(図1)。
この実験を1セットとし、各セット間には10分以上の休憩を設け、マスクを変えて3セットの実験を行った。使用するマスクの順番は被験者毎にランダム化された。
単純計算課題として、一桁の加算計算を行なった。具体的に、一桁の簡単な足し算を表示し、第一桁の数値をノートパソコンのテンキーを使用して解答させた。セルフペースによる課題遂行であるが、出来るだけ速く答えるよう教示した。
課題前アンケートは、「匂いを感じたか」、「匂いを好きか」、「覚醒度(眠気度)」、「リラックス度」の4項目に関し、「匂いを感じたか」については6段階、その他は7段階で評価させた。
課題後アンケートは、「香り認知頻度」、「覚醒度(眠気度)」、「リラックス度」の3項目について、「香り認知頻度」については5段階、その他は7段階で評価させた。
心理指標の解析はRを用いた。
【0035】
25μLの香料オイルを脱脂綿に滲み込ませ、脱脂綿をマスク表側に貼ったマスクを準備し、対照として香料オイル無しのマスクを準備した(A条件)。香料オイルとして、グレープフルーツオイルを用いたマスク(B条件)、次いでラベンダーオイルを用いたマスク(C条件)を準備した。
【0036】
課題遂行はヘッドフォンを装着し、ノートパソコン上で行った。データとしては、行動指標として10分間の誤答数及び正答率を測定し、それぞれの条件下における作業に対する香りの効果を検証した。
【0037】
2.実験結果
心理指標:
心理状況に関するアンケート結果を表1に示す。
【表1】

心理指標は、従属変数として各項目、独立変数として3条件を用いて対応あるANOVAにより条件間の平均値に差があるか調べた。その結果、課題前の感じたか項目では有意差あり(F(2,14)=22.30,p=0.000)、好きか項目では有意差があった(F(2,14)=36.20,p=0.000)。課題後の頻度項目では有意差があった(F(2,14)=27.62,p=0.000)。しかし、課題前の覚醒度(F(2,14)=0.36,p=0.71)とリラックス(F(2,14)=0.19,p=0.83)で有意差がなかった。また課題後でも覚醒度(F(2,14)=1.49,p=0.26)とリラックス(F(2,14)=0.03,p=0.97)で有意差がなかった。結果を図2に示す。
【0038】
行動指標:
香りのある2条件と無臭であるA条件の差分を求め、B条件とC条件の香りの違いに応じた特定の行動指標への影響があるかを検証するために対応あるpermutation-ANCOVA(analysis of covariance: 共分散分析)を解析した。従属変数は無臭であるA条件との差分を求めた各行動指標、独立変数はB、C条件である。年齢、神経症傾向得点、心理指標から好きか・課題前覚醒度・課題前リラックス度を共変量とした。最終的には、FDR:false discovery rate(棄却された全ての帰無仮説のうち、αエラーが含まれている確率)を用いてp値の補正を行なった。
その結果、BとC条件で誤答数に関しては有意差があった(B=-6.2,C=0.3,adjusted p-value=0.0000)。正答率に関しては有意差があった(B=0,C=-0.1,adjusted p-value=0.0004)。
【表2】
表1と表2より、覚醒度やリラックス度の心理的な自覚がない状態にもかかわらず、誤答数はB条件で減少した。一方、C条件では誤答数は増加する傾向があった。また、B条件とC条件を比較すると、正答率もB条件で有意に高いことがわかった。
【0039】
脳血流:
実験課題中の脳活動データは、被験者及び施行毎に左・右の半外側前頭前野の t -Hb値に関して体動アーチファクト除去、移動平均による平滑化処理しグラフ化した。施行毎にデータの標準化を行なった。A条件に対する被験者毎のタスク中の左脳活動のz値を表3、右の脳活動のz値を表4に示す。
【表3】

【表4】
【0040】
被験者毎且つ条件毎に対応あるt検定を行ない平均値を比較したところ、右の脳活動においてB条件とC条件で2名で有意差がなかった以外、全ての施行で有意差があった。また、左右の脳活動でC条件よりもB条件で脳活動が有意に高くなる被験者が多いことがわかった。結果を図3に示す。
単純計算課題における加算課題はワーキングメモリを必要とする認知作業である。課題として呈示された数字を瞬時に情報として一時的保持し、加算という並行的な認知処理を行ない、且つ即答する。保持と処理の二重課題(dual task)を調整する認知的制御において回答の正確度をあげるためには、二重課題の調整のための集中力を上げる必要がある。グレープフルーツオイルにより向上される集中力は、覚醒度及びリラックス度などの心理的指標に表れない無意識下の集中力であり、無意識下の集中力が向上すると、それに伴い左右の背外側前頭前野の脳活動の賦活が大きくなる。行動データからB条件の香りはC条件よりもやや回答に時間をかけて有意に正確度を上げていることが推察され、それに伴って左右の脳活動が上昇した。
図1
図2
図3