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  • 特開-無侵襲血糖値測定器 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023029143
(43)【公開日】2023-03-03
(54)【発明の名称】無侵襲血糖値測定器
(51)【国際特許分類】
   A61B 5/1455 20060101AFI20230224BHJP
【FI】
A61B5/1455
【審査請求】未請求
【請求項の数】1
【出願形態】書面
(21)【出願番号】P 2021152625
(22)【出願日】2021-08-18
(71)【出願人】
【識別番号】712001564
【氏名又は名称】出来 恭一
(72)【発明者】
【氏名】出来 恭一
【テーマコード(参考)】
4C038
【Fターム(参考)】
4C038KK10
4C038KL05
4C038KL07
4C038KX01
(57)【要約】
【課題】家庭内で精度よく自己計測できる廉価な血糖(グルコース)値計測装置を供給すること.
【解決手段】高周波放電励起多波長同時発振炭酸ガスレーザを光源として用い,これをヒト皮膚の角質層が薄い部位に照射し,その反射光や散乱光強度を分光器で2つの波長グループに分光,分類する.一つの波長グループは,グルコースの吸収を受ける波長グループで,もう一つのグループは,グルコースの吸収を受けないもので,これらの光強度間の差分を求めることにより,グルコース以外のバックグラウンド吸収の影響を排除した血糖値計測を廉価な装置で行う.
【選択図】図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
人体血糖値計測を光学的に行う装置において,その光源を,多波長同時発振炭酸ガスレーザ1台を用いることを特徴とする血糖値計測装置.
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は,無侵襲,光学的血糖値測定器に関するもので,簡易,低価格,高精度に人の血糖値を計測する装置に関する技術である.
【背景技術】
【0002】
近年,日本では,糖尿病患者数の増加の傾向が強く,その療法のため,家庭でも血糖値計測を余儀なくされている患者も増加傾向にある.家庭での計測とはいえ,患者の生命に直接関わる数値であるため,計測精度が要求される.このため,現在のところ,家庭用血糖値測定器としては穿刺式が標準で,無侵襲ではない方法が主に採用されている.毎回指先に穿刺針(ランセット)を突き刺し微量ながら採血が必要となっている.日本では「採血を吸い取る試験紙」のネット販売が禁止されており,試験紙だけは薬局で購入する必要がある.インスリン療法を行っている人の場合,1日に7回~10回程度血糖値を測定しなければならない場合があり,試験紙価格はメーカーによりばらつきがあるが~100円/枚と高価で,このような人の場合,1日7回測定するとして,血糖値測定だけで,毎日700円の出費が必要となる.
【0003】
穿刺式の欠点を克服すべく,専用のセンサーを,腕などの皮膚に直接貼り付けることで皮下の間質液中のグルコース値を持続的に測定記録する装置も開発され,商品化されているが,センサーの永続利用が不可能で,使い捨てとなっており,2週間程度しか使用できず,都度新品センサの購入が必要という欠点がある.
【0004】
以上のように,現状では,インスリン療法が必要な糖尿病患者にとって家庭での血糖値測定は,軽微とはいえ,頻繁な肉体的精神的苦痛を伴なったり,さらに経済的にも少なくない負担が強いられる状況となっている.
【0005】
以上のように,これまで商品化されている血糖値計測装置は種々の欠点があるので,これを克服するため,主として,様々な光学的手法を用いた無侵襲血糖値測定方法が実験されてきたが,それぞれ長所,短所があり,現在のところ,実用化,商品化レベルに至っていない.主な代表例を上げると,
【0006】
(1)中赤外線波長光源によるフーリエ変換赤外分光光度計,いわゆるFTIR分光分析装置とATR法(Attenuated Total Reflection Method;減衰全反射法)を組み合わせた測定装置[非特許文献1].この方法は,分子の“指紋領域”と言われる中赤外波長の吸収スペクトルを利用するもので,血糖であるグルコースも中赤外線領域に容易に同定可能な,特有の強い吸収スペクトルを持っている.具体的には,その吸収スペクトルの範囲はおよそ1180[cm-1](波長換算で8.47[μm]),から980[cm-1](波長換算で10.2[μm])である.この装置では,これら吸収帯域をカバーする高温加熱セラミックから発する赤外光を利用した光源,すなわち帯域として1500~950[cm-1](波長換算で6.7~10.5[μm])をカバーする光源を用いて,よく知られたFTIR法でグルコースを計測している.計測にあたっては,センサ部分に,これもよく知られたATR法を適用している.これは,ATRプリズム面と測定対象となる人体部位とを接触させ,プリズム面から浸み出すエバネッセント波の人体部位中に含まれるグルコースによる吸光強度を検出する.光源のもつ波長帯域を干渉計を構成する一つのアームの可動鏡を掃引してインターフェログラムを作成後フーリエ変換し吸収スペクトルを生成して,血糖値を算出するものである.
【0007】
この方法の欠点は,FTIR装置が高価であり,光源の輝度が低く,データ処理として多変量解析などの統計的手法も必要であり,到底,家庭で自己計測するSMBG(Self Monitoring Blood Glucose)機器とはなり得ない.
【0008】
(2)第2の例は,中赤外線波長を発振することの出来る半導体レーザとして近年注目を集めている量子カスケードレーザを2台用いるものである.1台の量子カスケードレーザをグルコースの吸収ピークに同調しておき,もう1台をグルコースの吸収帯域から外れた中赤外線波長に同調する.この後者のレーザは,ベースライン変動を除去するために用いられる.すなわち,これら両者の量子カスケードレーザをATRプリズムに導き,プリズム面を被測定部位に接触させ,プリズム底面から浸み出すエバネッセント波の吸光強度を検出するもので[非特許文献2]においてその概念が示され,[非特許文献3]にその具体的手法の詳細と実験結果が公表されている.2台の光源からの異なる波長の吸光光度をパルスオキシメータなどでよく知られた差分法にて信号処理するものである,
【0009】
第1の方法とは異なりFTIR法は用いず,光源としてレーザ光を用いているので高強度であるため,信号対雑音比を高めて検出でき測定精度が改善され,かつ第1の方法よりは低価格である.
【0010】
一方,この方法の欠点は,第1の方法より低価格とはいえ,量子カスケードレーザを波長同調し安定化する電子制御が必要であり,さらにレーザ自体の価格は現状で1台数十万円程度であり,第1の方法同様にSMBG(Self Monitoring Blood Glucose)機器としては高価なものになる.
【0011】
上記方法(1)および(2)で示したいずれもの方法も中赤外線波長を使用しているのでそのことによる以下に示す特徴があることも留意しなければならない.
【0012】
人体皮膚の構造は,皮膚表面から順に表皮、真皮,皮下組織に分類され,表皮は表面からおよそ200μmの厚さであるとされ,表皮は皮膚表面から順に角層,顆粒層,有棘層,基底層からなっている.なお,表皮中には毛細血管はほとんど存在しないとされている.表皮に続く,次の真皮には毛細血管が存在する.一方、中赤外光の皮膚への浸透深さは,およそ100μm前後とされており,中赤外光を用いた計測では、光が皮膚表面からおよそ200μm以下に存在する真皮中の毛細血管にほとんど届かず,毛細血管中の血糖値が計測出来ないことになる.
【0013】
これに対して,[非特許文献4]では,測定しているのは血液中のグルコースそのものではなく,血漿から細胞間質液中にしみ出したグルコース成分であるとしている.細胞間質液は,表皮中にも広く分布していると考えられ,高強度の中赤外光なら十分浸透出来る領域内にも存在すると考えられる.そして細胞間質液中のグルコース値は,血液中のグルコース値変化に対し10分程度の応答の遅れがあるものの,採血による血糖測定値によく追従することが確かめられている.さらに[文献田村]によると,食事などで血糖値が動くとき,血液中の脂肪やアミノ酸その他の値が同時に大きく変わるが細胞間質液中では,これらの値はほとんど変わらないことが知られている.すなわち,細胞間質液中の血糖値を計ることは,バックグラウンドの変動の影響を大きく受けないことを意味していて,血糖値計測に中赤外波長を用いる利点の一つに挙げることができる.
【0014】
(3)第3の代表例として,近赤外光を用いる方法がある[非特許文献5].近赤外光は,人体をよく透過し,浸透深さは数mmあるといわれている.従って、人体の血管中のグルコースに容易に到達するが,以下に示す欠点が存在する。i)この波長領域のグルコースによる吸収は,中赤外波長領域のそれに比べ非常に小さい.ii)さらに食事などで血糖値が動くとき,同時に血中の脂肪やアミノ酸,その他が大きく変わるが、これらはすべて近赤外領域に吸収を持ち,グルコース検出の妨害をする[非特許文献6].
以上の欠点のため、測定値にばらつきが大きく、データ処理には多変量解析などの統計的手法が必要でそのパラメータ設定如何によっては、血糖値の正しい値を反映していないおそれも生じる。近赤外光源はLEDも含め、低価格素子が多種、容易に入手できる長所もあるが、上記欠点により、現状ではこの方式で商品化されたものはない.
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】藤田圭一他;“赤外分光法を用いた非侵襲血糖値測定センサの開発”,電気学会論文誌C,第124巻,第9号,p.1759(2004).
【非特許文献2】K.Yoshioka et al.;“Blood glucose measurement with multiple quantum cascade lasers using hollow-optical fiber-based ATR spectroscopy”,Proc.of SPIE vol.10488 104880D-1(January 2018).
【非特許文献3】吉岡希利子他;“量子力スケードレーザーを用いた無侵襲血糖値測定”,日本レーザー医学会誌,第39巻,第2号,p.105(2018).
【非特許文献4】松浦祐司;“赤外光を用いた診断・ヘルスケアモニタリング:非侵襲血糖値測定”,日本口腔インプラント誌,第32巻,第3号,pp.205(2019年9月).
【非特許文献5】丸尾勝彦;“近赤外分光法による非侵襲血糖値測定の研究”,電気通信大学博士学位論文(2004).
【非特許文献6】田村守;”無侵襲血糖値測定法の現状と課題”,光学,第33巻,第7号,p.380(2004).
【非特許文献7】C.K.N.Patel;Physical Review vol.136,no.5A,p.A1187(1964).
【非特許文献8】P.Yeh;“Optical Waves in Layered Media”,p.70,John Wiley&Sons(1988).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【00016】
家庭内で手軽,かつ精度よく自己計測(SMBG)出来るほどに十分廉価な血糖値計測装置を供給することである.
【課題を解決するための手段】
【00017】
本発明は,上記課題を解決するため,血糖(グルコース)を検出するための光源として,高周波放電を利用した多波長同時発振炭酸ガスレーザを用いる.この多波長同時発振レーザの波長群は,9.6μmを中心とした多波長発振グループと10.6μmを中心とした多波長発振グループに分けられる[非特許文献7].そして本発明者は以下のことを見いだした.すなわち,血糖を構成するグルコースの強い中赤外吸収スペクトルは,[非特許文献3]によると,8.51μm(1175cm-1)から10.20μm(980cm-1)に存在するが,この吸収スペクトルと炭酸ガスレーザの9.6μmを中心とした多波長発振グループの波長群が一致することおよび10.6μmを中心とした多波長発振グループは,このグルコースの中赤外吸収スペクトルからはずれていることである.なお,人体中の水分,ならびに血液そのものの中赤外吸収スペクトルは,波長8μmから11μの範囲に限れば,相対吸収強度はグルコースと比べ広く平均的に分布していることが知られている.従って炭酸ガスレーザを人体に照射し,その散乱光や透過光を,分光器によって2つのグループの波長群に分離して別個の検出器で受光,光電変換して吸収信号の差分を取ることにより,グルコース以外の血液成分(水分を含む)の影響が取り除かれた高感度,高精度の人体グルコースの濃度計測が可能となる.
【発明の効果】
【00018】
中赤外光源として,多波長同時発振高周波放電励起炭酸ガスレーザを用いることにより,以下のメリットが生じる.i)[非特許文献2]および[非特許文献3]に記載の量子カスケードレーザで差分法を行うには,2台のレーザが必要だが,本発明では1台のレーザで済み装置が簡単化される.ii)さらに量子カスケードレーザの製作には,大規模な半導体製造設備が必要で少量生産の場合,レーザ単価が高額となり,現状の市場価格は1台数十万円程度している.一方,高周波放電励起炭酸ガスレーザの場合,1台当りの材料費は2万円程度であり,ガスレーザなので真空装置があればその製作は容易である.iii)かつその発振効率も高く(電気―光効率は10%から20%),製作が容易な高周波電力10W程度の励起入力で1000mWから2000mWの出力が容易に発生し,現状市販の量子カスケードレーザの出力(約20mW程度)を大きく上回り,人体への熱的影響の無い範囲で,ヒト皮膚への浸透深さを大きくすることができ,計測時の信号対雑音比を大きく改善することができる.
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の具体的実施例1
図2】本発明の具体的実施例2
図3】本発明に用いたATRプリズム17部分の概略
図4】全反射の説明図
図5】ATRプリズム斜面角度決定のための計算例
【本発明を実施するための形態】
【本発明の実施例1】
【0020】
図1に本発明の具体的実施例の一つを示す.図中番号1は,高周波放電励起多波長同時発振炭酸ガスレーザである.この実施例で炭酸ガスレーザの励起源として高周波電力を用いているのは,高電圧が不要で使用者に安全,直流放電のように電極劣化が皆無で,安定した長寿命動作が可能だからである.しかし励起方式を特に限定するものではない.このレーザは,9.6μmを中心とした9.5691μmから9.6762μmの範囲の少なくとも7本の波長グループで発振するとともに,同時に10.6μmを中心とした10.5135μmから10.7880μmの範囲の少なくとも14本の波長グループでも発振することが知られている[非特許文献7].このレーザは,パルス発生器2からのおよそ100kHz程度以下のパルス信号により駆動され,発振光はパルス状となっている.このレーザ出力ビームは,平面反射鏡3を介して,装置外囲器13に設けられた開口部14に挿入されたヒトの指4に照射される.このレーザは,皮膚表面直下にある角層を透過し,それ以下の層に多く存在する細胞間質液や細胞内に存在するグルコースに到達するに十分な強度を有しているので,9.6μmを中心とした波長グループは,グルコースによる吸収を受ける.一方,10.6μmを中心とした波長グループはグルコースによる吸収スペクトルの範囲外にあるので,グルコースによる吸収の影響は受けない.しかし、両波長グループとも中赤外波長領域に広く分布する水分や血液ヘモグロビンによる吸収の影響は同程度にうける.従ってヒトの指4から散乱、反射された光を凹面鏡5で集光、回折格子6に入射して,9.6μmを中心とした波長グループと10.6μmを中心とした波長グループに分離した後,各々同一仕様で作成された光検出器A7および光検出器B8,増幅器A9,増幅器B10,で電気信号に変換増幅され,差動増幅器11に入力される.つぎに差動増幅器11の出力はロックインアンプ12の信号入力端子に入力される.差動増幅器の出力信号は,パルス発生器2からのパルス繰り返し周波数で変化しているので,パルス発生器からの出力をロックインアンプ12の参照信号入力端子に入力することにより同期検波され,S/N比、感度とも高く検出される.このロックインアンプ12の出力が血糖グルコース値に対応する.
【本発明の実施例2】
【0021】
図2に,本発明のもう一つの具体的実施例を示す.この実施例は、人体皮膚表面に存在する角質の影響を極力排除し、なるべく真皮に近い細胞内あるいは細胞間質液のグルコースを測定し、計測精度を高めるべく考案された実施例である。人体中、角質のない部位や薄い部位、例えば、口唇、耳朶、腹部などの部位でも支障なく計測できるようにしたものである.具体的には,口唇,耳朶,腹部などにレーザ光が容易に届くように,光ファイバおよびよく知られたATR法にて光を対象部位まで導くことである.炭酸ガスレーザ1からの出力光は,入射光ファイバ15に導光されATRプリズム17の斜面に接続される.ATRプリズム17はヒトの口唇,耳朶,または腹部に押しつけられる.ATRプリズム17側面からは,全反射に伴うエバネッセント波が人体側に浸みだし,人体のグルコースがこれを吸収する.エバネッセント波のエネルギーはATRプリズムのもう一方の斜面から出射光ファイバ16に戻ってくるが,吸収を受けた分だけ光強度が減衰している.図1で示した実施例と同様な方法で信号処理して血糖グルコース値を算出する.
【0022】
本発明に用いたATRプリズム17部分の概略を図3に示す。ATRセンサ部は、ATRプリズム17およびその斜面20に垂直に入射するように接着剤18で固定された炭酸ガスレーザ光を導光する入射光ファイバ15、およびATRプリズム他方の斜面から出射される光を測定系へ導光する出射光ファイバ16からなる。ATRプリズム内に導光された光はプリズム内を全反射で伝搬するがプリズム側面で全反射する場合、反射点近傍でエバネッセント波19を発生することはよく知られた事実である。エバネッセント波19はプリズム外に、通常は数波長程度浸みだすがプリズム外へのポインチングベクトルはゼロであり、光エネルギーはプリズム内部に戻っていくこともよく知られた事実である。このプリズム側面を口唇など、皮膚角質の薄い部分に押し当てると、細胞内あるいは細胞間質液のグルコースによってエバネッセント波19が吸収を受け、出射光ファイバーに導光される光にはその吸収情報が含まれている.これを検出するのがATR法の原理であり、[非特許文献1]から[非特許文献3],などで報告されている.ここでは,ATR用光源として炭酸ガスレーザを用いること、およびATRプリズムの斜面角度αを全反射の臨界角であるsin-1(1/n)よりわずかに大きい角度に設定することにより,エバネッセント波の人体への浸透深さを最大限に拡張していることが特徴である.ここで,nはATRプリズムの屈折率である.以下にその詳細を説明する.
【0023】
図4は,屈折率が異なる2つの透明媒質の境界面を示したものである.屈折率nの媒質から屈折率nの媒質に向け光を入射させることを考える.ただし,n>nとする.この場合,ある入射角θ以上の大きな入射角θで光が入射されると両媒質の界面で全反射が生じ,光は屈折率nの媒質には伝搬せず,波長オーダーの距離だけ界面に沿って進んでから,その後屈折率nの媒質に戻っていく.この界面に沿って進む距離はグースヘンシェンシフトと呼ばれる.そしてこの距離を光が進む間に,光は図3のx方向,すなわち界面に垂直に屈折率nの媒質に浸み出す.この浸み出す光波のことをエバネッセント波という.エバネッセント波は屈折率nの媒質に浸み出すけれども媒質中をそのまま伝搬することはなく,界面から数波長程度で減衰消失し、光波エネルギーは,屈折率nの媒質に再び戻り、全反射がくり返される.
エバネッセント波は、例えば入射光波がTE波の場合、次式に比例することが知られている[非特許文献8].
である.式(a),(b)よりエバネッセント波はx方向に距離(1/q)だけ浸みだすと,その光電界の強さが(1/e)に減衰することを意味している.すなわち,(1/q)をエバネッセント波の浸みだし距離の目安とすると,式(b)から明らかなように,この浸みだし距離は入射角θに依存し,θ=θの時,理論的には無限大となる。なお,ここで述べている入射角θは,図4に示したATRプリズムでは,その斜面の傾斜角αに等しいことは明らかである.現実には、α(=θ)をθよりわずかに大きくすることにより,エバネッセント波の浸みだし距離を極大にすることができる.その計算例を図5に示す.臨界角0.253[rad],n=4,n=1の場合を示していて,入射角が臨界角に近づくと入射光の波長の10倍以上の浸みだし距離となることがわかる.炭酸ガスレーザが光源なら100μm以上の浸みだし距離を得ることができ,人体での吸収を考慮しなければ,表皮の基底層以上にエバネッセント波の浸みだしが可能で,細胞間質液が豊富な人体部位に到達でき,間質液中のグルコースを計測できることがわかる.
【符号の説明】
【0024】
1 高周波放電励起多波長同時発振炭酸ガスレーザ
2 パルス発生器
3 平面反射鏡
4 ヒトの指
5 凹面鏡
6 回折格子
7 光検出器A
8 光検出器B
9 増幅器A
10 増幅器B
11 差動増幅器
12 ロックインアンプ
13 装置外囲器
14 開口部
15 入射光ファイバ
16 出射光ファイバ
17 ATRプリズム
18 接着剤
19 エバネッセント波
20 ATRプリズム斜面
21 入射レーザビーム方位
22 ATRプリズム側面への入射角
図1
図2
図3
図4
図5