(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023002940
(43)【公開日】2023-01-11
(54)【発明の名称】堤防の補強構造
(51)【国際特許分類】
E02B 3/10 20060101AFI20221228BHJP
【FI】
E02B3/10
【審査請求】未請求
【請求項の数】7
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021103801
(22)【出願日】2021-06-23
(71)【出願人】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000637
【氏名又は名称】特許業務法人樹之下知的財産事務所
(72)【発明者】
【氏名】持田 祐輔
(72)【発明者】
【氏名】妙中 真治
【テーマコード(参考)】
2D118
【Fターム(参考)】
2D118AA02
2D118BA03
2D118BA05
2D118FA01
2D118FB01
2D118FB30
2D118GA09
(57)【要約】 (修正有)
【課題】二重鋼矢板壁による堤防の補強構造において、増水時における堤防の強度を向上させるための合理的な構造を実現する。
【解決手段】堤体1の水域2側の部分に打設される第1の鋼矢板壁11と、堤体の水域2とは反対側の部分に打設される第2の鋼矢板壁12と、第1の鋼矢板壁11および第2の鋼矢板壁12のそれぞれの頭部を連結する連結部材13とを備え、堤体の長さ方向をx方向、x方向に対して垂直な水平方向をy方向とした場合に、x方向の単位長さあたりの平均値について、第1の鋼矢板壁のy方向への曲げ剛性EI
1および第1の鋼矢板壁の根入れ長さL
1と、第2の鋼矢板壁のy方向への曲げ剛性EI
2および第2の鋼矢板壁の根入れ長さL
2とが式(i)の関係を満たす、堤防の補強構造10が提供される。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
堤体の水域側の部分に打設される第1の鋼矢板壁と、
前記堤体の前記水域とは反対側の部分に打設される第2の鋼矢板壁と、
前記第1の鋼矢板壁および前記第2の鋼矢板壁のそれぞれの頭部を連結する連結部材と
を備え、
前記堤体の長さ方向をx方向、前記x方向に対して垂直な水平方向をy方向とした場合に、前記x方向の単位長さあたりの平均値について、前記第1の鋼矢板壁の前記y方向への曲げ剛性EI
1および前記第1の鋼矢板壁の根入れ長さL
1と、前記第2の鋼矢板壁の前記y方向への曲げ剛性EI
2および前記第2の鋼矢板壁の根入れ長さL
2とが式(i)の関係を満たす、堤防の補強構造。
【請求項2】
前記第1の鋼矢板壁の曲げ剛性EI1および前記第2の鋼矢板壁の曲げ剛性EI2が式(ii)の関係を満たす、請求項1に記載の堤防の補強構造。
EI2>EI1 ・・・(ii)
【請求項3】
前記第2の鋼矢板壁を構成する鋼矢板の前記y方向への曲げ剛性は、前記第1の鋼矢板壁を構成する鋼矢板の前記y方向への曲げ剛性よりも高い、請求項2に記載の堤防の補強構造。
【請求項4】
前記第1の鋼矢板壁では前記x方向について所定の間隔で鋼矢板が間欠的に配置され、前記第2の鋼矢板壁では鋼矢板が連続的に配置される、請求項2または請求項3に記載の堤防の補強構造。
【請求項5】
前記第1の鋼矢板壁の根入れ長さL1および前記第2の鋼矢板壁の根入れ長さL2が式(iii)の関係を満たす、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
L2>L1 ・・・(iii)
【請求項6】
前記第2の鋼矢板壁を構成する一部の鋼矢板の根入れ長さが前記第2の鋼矢板壁を構成する残りの鋼矢板および前記第1の鋼矢板壁を構成する鋼矢板の根入れ長さよりも長いか、または前記第1の鋼矢板壁を構成する一部の鋼矢板の根入れ長さが前記第1の鋼矢板壁を構成する残りの鋼矢板および前記第2の鋼矢板壁を構成する鋼矢板の根入れ長さよりも短い、請求項5に記載の堤防の補強構造。
【請求項7】
前記第1の鋼矢板壁の曲げ剛性EI
1および前記第1の鋼矢板壁の根入れ長さL
1と、前記第2の鋼矢板壁の曲げ剛性EI
2および前記第2の鋼矢板壁の根入れ長さL
2とが式(iv)の関係を満たす、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、堤防の補強構造に関する。
【背景技術】
【0002】
河川などの堤防では、地震による堤体の亀裂や沈下、および増水時の越水に伴う堤体の浸食などによる破堤や決壊などが懸念される。この対策として、例えば特許文献1には、堤体の幅方向両側の法肩部に堤体の連続方向に延びる鋼矢板壁を打設し、それぞれの鋼矢板壁の頭部をタイロッドで連結する堤防の補強構造が記載されている。このような二重鋼矢板壁による補強構造は、地震時には2列の鋼矢板壁が土の変形および移動を抑制するため、液状化対策として有効であることが知られている。
【0003】
一方、特許文献2には、二重鋼矢板壁のうち水域側の鋼矢板壁を連続的に形成するのに対して、水域とは反対側の鋼矢板壁は離散的に形成した控え工とし、根入れ長さも水域側の鋼矢板壁が地盤の支持層に達するのに対して水域とは反対側の控え工は支持層までは根入れされない堤防の補強構造が記載されている。水域側の鋼矢板壁を連続的に、かつ支持層まで達する根入れ長さで形成することによって地震時の土の変形および移動を抑制しつつ、水域とは反対側は離散的に、かつより短い根入れ長さで形成することによって使用鋼材量および鋼矢板の打設工数を節減することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2003-13451号公報
【特許文献2】特許第5578140号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、上記のような二重鋼矢板壁による堤防の補強構造については、地震時の液状化対策としては研究が進んでいるものの、増水によって越水や洗堀が発生した場合における堤防の強度を向上させるための合理的な構造については未だ十分に提案されているとはいえない。なお、以下の説明において、「増水時」は増水によって越水が発生し、洗堀が発生する可能性がある場合を意味する。
【0006】
そこで、本発明は、二重鋼矢板壁による堤防の補強構造において、増水時における堤防の強度を向上させるための合理的な構造を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
[1]堤体の水域側の部分に打設される第1の鋼矢板壁と、堤体の上記水域とは反対側の部分に打設される第2の鋼矢板壁と、第1の鋼矢板壁および上記第2の鋼矢板壁のそれぞれの頭部を連結する連結部材とを備え、堤体の長さ方向をx方向、上記x方向に対して垂直な水平方向をy方向とした場合に、上記x方向の単位長さあたりの平均値について、上記第1の鋼矢板壁の上記y方向への曲げ剛性EI
1および上記第1の鋼矢板壁の根入れ長さL
1と、上記第2の鋼矢板壁の上記y方向への曲げ剛性EI
2および上記第2の鋼矢板壁の根入れ長さL
2とが式(i)の関係を満たす、堤防の補強構造。
[2]上記第1の鋼矢板壁の曲げ剛性EI
1および上記第2の鋼矢板壁の曲げ剛性EI
2が式(ii)の関係を満たす、[1]に記載の堤防の補強構造。
EI
2>EI
1 ・・・(ii)
[3]上記第2の鋼矢板壁を構成する鋼矢板の上記y方向への曲げ剛性は、上記第1の鋼矢板壁を構成する鋼矢板の上記y方向への曲げ剛性よりも高い、[2]に記載の堤防の補強構造。
[4]上記第1の鋼矢板壁では上記x方向について所定の間隔で鋼矢板が間欠的に配置され、上記第2の鋼矢板壁では鋼矢板が連続的に配置される、[2]または[3]に記載の堤防の補強構造。
[5]上記第1の鋼矢板壁の根入れ長さL
1および上記第2の鋼矢板壁の根入れ長さL
2が式(iii)の関係を満たす、[1]から[4]のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
L
2>L
1 ・・・(iii)
[6]上記第2の鋼矢板壁を構成する一部の鋼矢板の根入れ長さが上記第2の鋼矢板壁を構成する残りの鋼矢板および上記第1の鋼矢板壁を構成する鋼矢板の根入れ長さよりも長いか、または上記第1の鋼矢板壁を構成する一部の鋼矢板の根入れ長さが上記第1の鋼矢板壁を構成する残りの鋼矢板および上記第2の鋼矢板壁を構成する鋼矢板の根入れ長さよりも短い、[5]に記載の堤防の補強構造。
[7]上記第1の鋼矢板壁の曲げ剛性EI
1および上記第1の鋼矢板壁の根入れ長さL
1と、上記第2の鋼矢板壁の曲げ剛性EI
2および上記第2の鋼矢板壁の根入れ長さL
2とが式(iv)の関係を満たす、[1]から[6]のいずれか1項に記載の堤防の補強構造。
【発明の効果】
【0008】
上記の構成によれば、増水時に発生する越水による堤体の水域とは反対側の法面の浸食および洗堀が発生した場合により大きなモーメントが発生する第2の鋼矢板壁について曲げ剛性を大きくするか、または根入れ長さを長くすることによって、増水時における堤防の強度を向上させるための合理的な構造が実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の第1の実施形態に係る堤防の補強構造を示す概略的な断面図である。
【
図2】
図1に示された補強構造における鋼矢板壁の構造の例を示す斜視図である。
【
図3】
図1に示された補強構造における鋼矢板壁の構造の別の例を示す斜視図である。
【
図4】本発明の第2の実施形態に係る堤防の補強構造を示す概略的な断面図である。
【
図5】
図4に示された補強構造における鋼矢板壁の構造の例を示す斜視図である。
【
図6】
図4に示された補強構造における鋼矢板壁の構造の別の例を示す斜視図である。
【
図7】
図4に示された補強構造における鋼矢板壁の構造のさらに別の例を示す斜視図である。
【
図8】本発明の実施形態に係る堤防の補強構造の効果について検証する解析において設定された状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。なお、本明細書および図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複した説明を省略する。
【0011】
図1は、本発明の第1の実施形態に係る堤防の補強構造を示す概略的な断面図である。本実施形態において、堤防の補強構造10は、堤体1の水域2側の部分に打設される第1の鋼矢板壁11と、堤体1の水域2とは反対側の部分に打設される第2の鋼矢板壁12と、第1の鋼矢板壁11および第2の鋼矢板壁12のそれぞれの頭部を連結する連結部材であるタイロッド13とを含む。ここで、堤体1は水域側の法面1A、水域とは反対側の法面1Bおよび天端面1Cを有する。第1の鋼矢板壁11は水域側の法面1Aと天端面1Cとの境界である法肩部またはその近傍に打設され,第2の鋼矢板壁12は水域とは反対側の法面1Bと天端面1Cとの境界である法肩部またはその近傍に打設される。第1の鋼矢板壁11および第2の鋼矢板壁12は、それぞれ堤体1の長さ方向(x方向)に延びる。
【0012】
なお、本実施形態では連結部材としてタイロッド13が配置されるが、第1の鋼矢板壁11と第2の鋼矢板壁12との間を連結し、引張力やせん断力を伝達可能な部材であれば連結部材は特に限定されない。他の実施形態では、それぞれの鋼矢板壁の頭部にまたがって設置される頂版コンクリートや、それぞれの鋼矢板壁に対して直角に設置される鋼材による壁体などが連結部材を構成してもよい。
【0013】
本実施形態において、第2の鋼矢板壁12の曲げ剛性EI2は、第1の鋼矢板壁11の曲げ剛性EI1よりも大きい(EI2>EI1)。ここで、曲げ剛性EI1,EI2は、堤体1の長さ方向(x方向)に対して垂直な水平方向(y方向)への曲げ剛性である。また、曲げ剛性EI1,EI2は、堤体1の長さ方向(x方向)の単位長さあたりの平均値として算出される。つまり、それぞれの鋼矢板壁を構成する鋼矢板の材料のヤング率E1,E2に、それぞれの鋼矢板壁のx方向の単位長さの範囲におけるy方向の軸に関する断面二次モーメントI1,I2をかけ合わせることによって曲げ剛性EI1,EI2が算出される。
【0014】
図2は、
図1に示された補強構造における鋼矢板壁の構造の例を示す斜視図である。図示された例において、第2の鋼矢板壁12を構成する鋼矢板の曲げ剛性は、第1の鋼矢板壁11を構成する鋼矢板の曲げ剛性よりも高い。ここでも、曲げ剛性は堤体1の長さ方向(x方向)に対して垂直な水平方向(y方向)への曲げ剛性である。より具体的には、例えば、第2の鋼矢板壁12を構成する鋼矢板は、第1の鋼矢板壁11を構成する鋼矢板よりも、鋼矢板壁を構成したときに上記のy方向の軸に関する断面二次モーメントが大きい。これによって、例えば第1の鋼矢板壁11および第2の鋼矢板壁12がいずれも堤体1の長さ方向(x方向)に連続的に形成され、また第1の鋼矢板壁11および第2の鋼矢板壁12の根入れ長さLが実質的に同じであるとしても、第2の鋼矢板壁12の曲げ剛性EI
2は第1の鋼矢板壁11の曲げ剛性EI
1よりも大きくなる。
【0015】
図3は、
図1に示された補強構造における鋼矢板壁の構造の別の例を示す斜視図である。図示された例において、第1の鋼矢板壁11では、堤体1の長さ方向(x方向)について所定の間隔Pで欠落部11Xが形成される。つまり、第1の鋼矢板壁11では、鋼矢板が所定の間隔Pで間欠的に配置される。間隔Pは、必ずしもすべての欠落部11Xについて同じでなくてもよく、例えば欠落部11Xの間に配置されて第1の鋼矢板壁11を構成する鋼矢板がある場所では3枚、他の場所では4枚といったように異なっていてもよい。一方、第2の鋼矢板壁12では、このような欠落部は形成されず、鋼矢板が連続的に配置される。これによって、x方向について第1の鋼矢板壁11に形成される欠落部11Xの間隔P以上の単位長さx
1を設定すれば、欠落部11Xの分だけ単位長さx
1の範囲における第1の鋼矢板壁11の断面二次モーメントI
1が小さくなる。これによって、例えば第1の鋼矢板壁11および第2の鋼矢板壁12がいずれも同じ材料および断面の鋼矢板で構成され、また第1の鋼矢板壁11および第2の鋼矢板壁12の根入れ長さLが実質的に同じであるとしても、第2の鋼矢板壁12の曲げ剛性EI
2は第1の鋼矢板壁11の曲げ剛性EI
1よりも大きくなる。
【0016】
図4は、本発明の第2の実施形態に係る堤防の補強構造を示す概略的な断面図である。本実施形態において、堤防の補強構造20は、堤体1の水域2側の部分に打設される第1の鋼矢板壁11と、堤体1の水域2とは反対側の部分に打設される第2の鋼矢板壁22と、第1の鋼矢板壁21および第2の鋼矢板壁22のそれぞれの頭部を連結する連結部材であるタイロッド23とを含む。第1の鋼矢板壁21および第2の鋼矢板壁22は、それぞれ堤体1の長さ方向(x方向)に延びる。第2の鋼矢板壁22の根入れ長さL
2は、第1の鋼矢板壁21の根入れ長さL
1よりも長い(L
2>L
1)。ここで、根入れ長さL
1,L
2は、堤体1の長さ方向(x方向)の単位長さあたりの平均値として算出される。
【0017】
図5から
図7は、
図4に示された補強構造における鋼矢板壁の構造の例を示す斜視図である。
図5に示された例では、第2の鋼矢板壁22全体の根入れ長さL
2が、第1の鋼矢板壁21全体の根入れ長さL
1よりも長い。一方、
図6に示された例では、第2の鋼矢板壁22を構成する一部の鋼矢板221の根入れ長さL
21が、第2の鋼矢板壁22を構成する残りの鋼矢板222および第1の鋼矢板壁21を構成する鋼矢板の根入れ長さL
22,L
1(
図6の例ではL
22=L
1)よりも長い。また、
図7に示された例では、第1の鋼矢板壁21を構成する一部の鋼矢板211の根入れ長さL
11が、第1の鋼矢板壁21を構成する残りの鋼矢板212および第2の鋼矢板壁22を構成する鋼矢板の根入れ長さL
12,L
2(
図7の例ではL
12=L
2)よりも短い。これらの場合も、堤体1の長さ方向(x方向)の単位長さあたりの平均値では、第2の鋼矢板壁22の根入れ長さL
2が第1の鋼矢板壁21の根入れ長さL
1よりも長くなる(L
2>L
1)。
【0018】
上記で説明したような本発明の第1および第2の実施形態は、互いに組み合わせることも可能である。つまり、堤防の補強構造において堤体の水域側の部分に打設される第1の鋼矢板壁(曲げ剛性EI1、根入れ長さL1)、および堤体の水域とは反対側の部分に打設される第2の鋼矢板壁(曲げ剛性EI2、根入れ長さL2)について、EI2>EI1かつL2>L1であってもよい。なお、上記の第1の実施形態ではEI2>EI1かつL2=L1であり、第2の実施形態ではEI2=EI1かつL2>L1である。これらを包含する条件は、以下の式(1)で表すことができる。具体的には、第1の鋼矢板壁11および第2の鋼矢板壁12のそれぞれについて設計上十分な曲げ剛性EI1,EI2および根入れ長さL1,L2を確保した上で、上記の選択肢の中から適切な大小関係を選択すればよい。
【0019】
【0020】
なお、より実効的に堤防の強度を向上させる観点からは、式(2)の条件が満たされることがより好ましい。式(2)の条件は、例えば曲げ剛性EI2が曲げ剛性EI2よりも10%以上大きいか、または根入れ長さL2が根入れ長さL1よりも10%以上長い場合に満たされる。例えば、鋼矢板壁を構成するハット形鋼矢板の種類としては曲げ剛性の小さいものから順に10H型、25H型、45H型および50H型が知られているが、それぞれの種類の間では少なくとも10%の曲げ剛性の差がある。従って、第2の鋼矢板壁を第1の鋼矢板壁よりも曲げ剛性の大きい種類の鋼矢板で構成した場合、曲げ剛性EI2が曲げ剛性EI2よりも10%以上大きくなることによって式(2)の条件が満たされる。
【0021】
【0022】
上記のような条件を満たす堤防の補強構造が増水時における堤防の強度を向上させる理由について、以下で説明する。
【0023】
河川の洪水などによる増水時には、水が水域側から堤防を越えて反対側に流れ込む越水が発生する。越水発生時には、水域2とは反対側の堤体1の法面1B(
図1参照。以下同様)の浸食および洗堀が進行し、水域2とは反対側では堤体1が第2の鋼矢板壁12の変形を抑制する効果が得られなくなる。これによって、水域2とは反対側の第2の鋼矢板壁12と水域2側の第1の鋼矢板壁11との間では、洪水荷重などの水平荷重に対して異なった挙動が発生する。具体的には、第1の鋼矢板壁11よりも第2の鋼矢板壁12において発生するモーメントが大きくなり、モーメントの影響範囲も第1の鋼矢板壁11よりも第2の鋼矢板壁12においてより深くなる。第1の鋼矢板壁11では越水による法面1Bの浸食および洗堀が発生した場合にも依然として第2の鋼矢板壁12との間にある堤体1によって変形が抑制されるため発生するモーメントは小さく、モーメントの影響範囲も浅い。このような第1の鋼矢板壁11にタイロッド13によって第2の鋼矢板壁12にかかる荷重を伝達することによって、第2の鋼矢板壁12のモーメントの一部を第1の鋼矢板壁11に負担させることができる。
【0024】
上記のような増水時の挙動を考慮した場合、上記の条件を適用することによって、第2の鋼矢板壁12がより大きなモーメントを負担できるようにする一方で、第1の鋼矢板壁11については第2の鋼矢板壁12を構成する鋼矢板よりも低剛性の鋼矢板を相対的に小さいモーメントを負担するのに十分な壁延長、または根入れ深さで施工することが可能になり、堤防の補強構造として合理的な設計が可能になる。
【0025】
従来において、二重鋼矢板壁による堤防の補強構造は主として地震時の液状化対策として研究されていたため、越水時発生時の水域とは反対側における法面の浸食および洗堀は考慮されておらず、第1および第2の鋼矢板壁は地震時の液状化による流動力に対して対称的な挙動をするものや、あるいは洪水荷重などの水平荷重に対して同じ挙動をするものとして設計されていた。この場合、第1および第2の鋼矢板壁の曲げ剛性や根入れ長さを異ならせる必要はなく、むしろ上記の実施形態とは逆に、水域とは反対側の鋼矢板壁を離散的に形成したり根入れ長さを短くしたりすることによって使用鋼材量や鋼矢板の打設工数が節減されていたことは上述の通りである。このような従来の二重鋼矢板による堤防の補強構造も地震時の液状化対策としては有効であるが、増水時における堤防の強度を考慮した合理的な設計のためには上記のような本発明の実施形態に係る構成が有利である。
【0026】
なお、上記で説明された実施形態では、水域とは反対側の第2の鋼矢板が連続した壁体として説明されたが、洪水時などに堤体の土の流出を抑制することが可能であれば鋼矢板同士の間の隙間は許容され、また必ずしも鋼矢板同士の間で継手が嵌合していなくてもよい。また河川などの堤防の延長は長いが、上記で説明された実施形態のような補強構造は必ずしも堤防の全延長に形成されなくてもよく、鋼矢板壁の曲げ剛性や根入れ長さについて堤体の長さ方向の単位長さあたりの平均値を算出することが可能な程度の区間に形成されていればよい。また、上記の実施形態における鋼矢板壁は、一部または全部を鋼矢板以外の材料、例えばPC矢板などで形成された壁体で代替することが可能である。
【0027】
以下では、本発明の実施形態に係る堤防の補強構造の効果について検証する解析結果について説明する。以下の解析は、
図8に示す状態A~状態Cのそれぞれについて、堤防の補強構造で鋼矢板壁の上端に作用する水平荷重に対する最大曲げモーメントを算出した。解析において堤防は1/15スケールにモデル化されており、堤防敷幅は2.0m、天端幅は0.4m、高さは0.4mである。鋼矢板壁は、水域側(堤外側)および水域とは反対側(堤内側)の法肩部にそれぞれ打設され、根入れ深さは0.9mである。それぞれの鋼矢板壁を構成する鋼矢板は、表1に示すように異なる。
図8(A)に示される状態Aは、越水が発生しておらず、水域とは反対側の堤体の法面が保全されている状態である。
図8(B)に示される状態Bは、越水が発生し、浸食によって水域とは反対側の堤体の法面が消失した状態である。
図8(C)に示される状態Cは、状態Bからさらに越水が継続し、水域とは反対側で深さ150mmの洗堀が発生した状態である。
【0028】
【0029】
上記の表1に示されるように、ケース1では、堤外側および堤内側の鋼矢板壁をいずれも10H型のハット形鋼矢板を1/15スケールにモデル化した形状で形成した。10H型の場合、鋼矢板壁の壁幅(堤体の長さ方向の寸法)1mあたりの断面二次モーメントは約10,000cm4/mである。一方、ケース2では、堤外側の鋼矢板壁はケース1と同様に10H型のハット形鋼矢板を1/15スケールにモデル化した形状で形成する一方で、堤内側の鋼矢板壁は25H型のハット形鋼矢板を1/15スケールにモデル化した形状で形成した。25H型の場合、鋼矢板壁の壁幅1mあたりの断面二次モーメントは約25,000cm4/mである。従って、ケース2では、堤内側の鋼矢板壁の曲げ剛性が、堤外側の鋼矢板壁の曲げ剛性よりも大きくなる。ケース3では、堤外側および堤内側の鋼矢板壁をいずれも25H型のハット形鋼矢板を1/15スケールにモデル化した形状で形成した。
【0030】
それぞれのケースについて、状態Bおよび状態Cにおいて各鋼矢板壁に発生する最大曲げモーメントMmax[kN/m]、およびその場合の許容応力度比(長期の許容応力度は197MPaとした)を算出した結果を表2に示す。なお、状態Aの結果については、状態Bよりもさらに最大曲げモーメントおよび許容応力度比が小さいため省略する。浸食によって水域とは反対側の堤体の法面が消失した状態Bではケース1~ケース3のいずれも許容応力度が1を下回っているが、さらに洗堀が発生した状態Cではケース1において堤外側、堤内側の両方の許容応力度が1を超える。これは、法面の消失および洗堀によって堤内側の鋼矢板壁の変形が過大になった結果、タイロッドを介して堤外側の鋼矢板壁にも大きな荷重がかかったためと考えられる。一方、ケース2では、状態Cにおいて堤内側の鋼矢板壁に発生する最大曲げモーメントがケース1を上回ったものの、曲げ剛性が高い25H型のハット形鋼矢板で鋼矢板壁が形成されているため許容応力度が1を超えることはなかった。また、ケース2では堤内側の鋼矢板壁の剛性が高いことによって変形も抑制されるため、タイロッドを介して堤外側の鋼矢板壁にかかる荷重も低減され、10H型のハット形鋼矢板で形成される堤外側の鋼矢板壁においても許容応力度が1を超えることはなかった。両方の鋼矢板壁を25H型のハット形鋼矢板で形成したケース3でも状態Cにおける堤内側および堤外側の許容応力度は1を超えなかったが、ケース2では堤外側の鋼矢板壁が10H型のハット形鋼矢板で形成されており、使用鋼材量が節減される点で有利である。
【0031】
【0032】
上記の結果から、堤防の補強構造において堤体の水域側(堤外側)の部分に打設される第1の鋼矢板壁と水域とは反対側(堤内側)の部分に打設される第2の鋼矢板壁との間で、第2の鋼矢板壁の曲げ剛性を第1の鋼矢板壁の曲げ剛性よりも大きくすることは、増水時における堤防の強度を向上させるために有効であることがわかる。ここで、洗堀により根入れ深さが減少した場合においても、期待する抵抗力を地盤から受けることができるようにするため、上記のように曲げ剛性を大きくするのに加えて、またはこれに代えて第2の鋼矢板壁の根入れ長さを第1の鋼矢板壁の根入れ長さよりも長くすることによっても、同様に増水時における堤防の強度を向上させることができる。
【0033】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はこれらの例に限定されない。本発明の属する技術の分野の当業者であれば、請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【符号の説明】
【0034】
1…堤体、1A,1B…法面、1C…天端面、2…水域、10,20…補強構造、11,21…第1の鋼矢板壁、11X…欠落部、12,22…第2の鋼矢板壁、13…タイロッド、211,212,221,222…鋼矢板。