(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023030637
(43)【公開日】2023-03-08
(54)【発明の名称】ミラー及びミラーの製造方法
(51)【国際特許分類】
G02B 5/08 20060101AFI20230301BHJP
【FI】
G02B5/08 A
【審査請求】未請求
【請求項の数】6
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021135873
(22)【出願日】2021-08-23
(71)【出願人】
【識別番号】000219738
【氏名又は名称】東海光学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100124420
【弁理士】
【氏名又は名称】園田 清隆
(72)【発明者】
【氏名】杉浦 宗男
(72)【発明者】
【氏名】高木 至人
【テーマコード(参考)】
2H042
【Fターム(参考)】
2H042DA08
2H042DA09
2H042DB02
(57)【要約】
【課題】青色域に係る高反射率の波長域が広く、その波長域における反射率が高いミラー、及びそのミラーを製造する方法を提供する。
【解決手段】ミラー1は、基材2と、基材2の表面である基材表面Qに形成された光学多層膜4と、を備えている。光学多層膜4は、青色域の波長の光を反射する。光学多層膜4の表面である光学多層膜表面Rにおける2乗平均粗さは、5Å以下である。又、光学多層膜表面Rにおける、空間周波数250nm以上でフィルタリングした2乗平均粗さは、3.5Å以下である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
前記基材の表面である基材表面に形成された光学多層膜と、
を備えており、
前記光学多層膜は、青色域の波長の光を反射し、
前記光学多層膜の表面である光学多層膜表面における2乗平均粗さは、サンプリング間隔が11.7nmである原子間力顕微鏡の測定値において、5Å以下である
ことを特徴とするミラー。
【請求項2】
基材と、
前記基材の表面である基材表面に形成された光学多層膜と、
を備えており、
前記光学多層膜は、青色域の波長の光を反射し、
前記光学多層膜の表面である光学多層膜表面における、空間周波数250nm以上でフィルタリングした2乗平均粗さは、サンプリング間隔が11.7nmである原子間力顕微鏡の測定値又は前記測定値に基づく計算値において、3.5Å以下である
ことを特徴とするミラー。
【請求項3】
前記光学多層膜における、400nm以上500nm以下の波長域での反射帯の幅が、70nm以上であり、
前記反射帯における反射率は、97.5%以上である
ことを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のミラー。
【請求項4】
前記光学多層膜では、低屈折率層と、高屈折率層とが交互に配置されており、
400nm以上500nm以下の波長域における前記低屈折率層の屈折率は、1.45以上1.5以下であり、
400nm以上500nm以下の波長域における前記高屈折率層の屈折率は、2.0以上2.35以下である
ことを特徴とする請求項1ないし請求項3の何れかに記載のミラー。
【請求項5】
2乗平均粗さが5Å以下である基材の表面に、青色域の波長の光を反射する光学多層膜を形成する
ことを特徴とするミラーの製造方法。
【請求項6】
空間周波数250nm以上でフィルタリングした2乗平均粗さが3.5Å以下である基材の表面に、青色域の波長の光を反射する光学多層膜を形成する
ことを特徴とするミラーの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、青色レーザーの反射等に利用可能なミラー、及びミラーの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
レーザー溶接の光学系において、特許文献1(特開2015-79132号公報)に記載されるような、レーザーを反射するミラーが用いられる。
このミラーは、石英基板上に全60層の多層膜構造を有しており、波長1030nm(Yb:YAGレーザー)を反射する。そして、[0022]及び
図6に記載されているように、このミラーの透過率は、1030nm及びその前後30nmの光に対して、ほぼ0である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近時、車載電池等の加工において、銅、アルミニウム(それぞれ合金を含む)等の高品質な溶接が求められている。
銅及びアルミニウムにおける1000nm前後の波長の光の吸収率は10~20%程度と低く、当該波長に係る高品質で高効率なレーザー溶接は困難である。
他方、より波長の短い青色域(例えば400nm以上500nm以下の波長域)の光、即ち青色光における銅及びアルミニウムの吸収率は、20~80%程度とより高い。よって、銅及びアルミニウムは、当該波長に係るレーザー(青色レーザー)により、より高品質で高効率に溶接可能である。
青色レーザーの発振には、レーザーダイオードが用いられ、発振波長の機種差及び個体差が、1000nm前後の波長のレーザーに比べて大きく発現する。従って、青色レーザーの光学系に用いるミラーでは、反射率の高い波長域をより広くとる必要がある。しかし、多層膜構造に係るミラーでは、多層膜構造の設計上、高反射率の波長域を広くするほど反射率を高くすることが難しくなり、反射率が下がる傾向にある(波長域の広さと反射率のトレードオフ)。又、60層程度の多層膜構造では、設計時に想定した反射率が、実際に成膜したミラーでは得られないことがある。よって、青色レーザーの光学系に対応するため高反射率の波長域をより広くしたミラーにおいて、反射率に向上の余地がある。
【0005】
そこで、本発明の主な目的の一つは、青色域に係る高反射率の波長域が広く、その波長域における反射率が高いミラーを提供することである。
又、本発明の主な目的の他の一つは、青色域に係る高反射率の波長域が広く、その波長域における反射率が高いミラーを製造する方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記主な目的の一つを達成するため、請求項1に記載の発明は、ミラーにおいて、基材と、前記基材の表面である基材表面に形成された光学多層膜と、を備えており、前記光学多層膜は、青色域の波長の光を反射し、前記光学多層膜の表面である光学多層膜表面における2乗平均粗さは、サンプリング間隔が11.7nmである原子間力顕微鏡の測定値において、5Å以下であることを特徴とするものである。
上記主な目的の一つを達成するため、請求項2に記載の発明は、ミラーにおいて、基材と、前記基材の表面である基材表面に形成された光学多層膜と、を備えており、前記光学多層膜は、青色域の波長の光を反射し、前記光学多層膜の表面である光学多層膜表面における、空間周波数250nm以上でフィルタリングした2乗平均粗さは、サンプリング間隔が11.7nmである原子間力顕微鏡の測定値又は前記測定値に基づく計算値において、3.5Å以下であることを特徴とするものである。
請求項3に記載の発明は、上記発明において、前記光学多層膜における、400nm以上500nm以下の波長域での反射帯の幅が、70nm以上であり、前記反射帯における反射率は、97.5%以上であることを特徴とするものである。
請求項4に記載の発明は、上記発明において、前記光学多層膜では、低屈折率層と、高屈折率層とが交互に配置されており、400nm以上500nm以下の波長域における前記低屈折率層の屈折率は、1.45以上1.5以下であり、400nm以上500nm以下の波長域における前記高屈折率層の屈折率は、2.0以上2.35以下であることを特徴とするものである。
【0007】
上記主な目的の他の一つを達成するため、請求項5に記載の発明は、ミラーの製造方法において、2乗平均粗さが5Å以下である基材の表面に、青色域の波長の光を反射する光学多層膜を形成することを特徴とするものである。
上記主な目的の他の一つを達成するため、請求項6に記載の発明は、ミラーの製造方法において、空間周波数250nm以上でフィルタリングした2乗平均粗さが3.5Å以下である基材の表面に、青色域の波長の光を反射する光学多層膜を形成することを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明の主な効果の一つは、青色域に係る高反射率の波長域が広く、その波長域における反射率が高いミラーが提供されることである。
又、本発明の主な目的の他の一つは、青色域に係る高反射率の波長域が広く、その波長域における反射率が高いミラーを製造する方法が提供されることである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明に係るミラーの模式的な断面図である。
【
図2】実施例1~2,比較例1におけるSiO
2及びTa
2O
5の各屈折率分散のグラフである。
【
図3】実施例1における光学多層膜表面のAFM像である。
【
図4】実施例2における光学多層膜表面のAFM像である。
【
図5】比較例1における光学多層膜表面のAFM像である。
【
図6】
図3(実施例1)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図7】
図3(実施例1)の画像に対し、粗さ周期250nm以下でのフィルタリングをかけたものについて、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図8】
図3(実施例1)の画像に対し、粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけたものについて、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図9】
図4(実施例2)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図10】
図4(実施例2)の画像に対し、粗さ周期250nm以下でのフィルタリングをかけたものについて、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図11】
図4(実施例2)の画像に対し、粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけたものについて、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図12】
図5(比較例1)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図13】
図5(比較例1)の画像に対し、粗さ周期250nm以下でのフィルタリングをかけたものについて、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図14】
図5(比較例1)の画像に対し、粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけたものについて、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図15】実施例1~2,比較例1、並びに光学多層膜の各膜厚の設計値に対して通常のシミュレーションを適用したもの、及び光学多層膜の各膜厚の設計値に対して散乱理論を適用したものにおける、入射角45°のs偏光の光に対する分光反射率のグラフである。
【
図16】実施例1~2,比較例1、並びに光学多層膜の各膜厚の設計値に対して通常のシミュレーションを適用したもの、及び光学多層膜の各膜厚の設計値に対して散乱理論を適用したものにおける、入射角45°のp偏光の光に対する分光反射率のグラフである。
【
図17】実施例1~2,比較例1における、フィルタリング前の各RMS、粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後の各RMS、及び粗さ周期250nm以下でのフィルタリング後の各RMSのグラフである。
【
図18】実施例3,比較例2におけるSiO
2及びTa
2O
5の各屈折率分散のグラフである。
【
図19】実施例3における光学多層膜表面のAFM像である。
【
図20】比較例2における光学多層膜表面のAFM像である。
【
図21】
図19(実施例3)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図22】
図19(実施例3)の画像に対し、粗さ周期250nm以下でのフィルタリングをかけたものについて、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図23】
図19(実施例3)の画像に対し、粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけた画像である。
【
図24】
図20(比較例1)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。
【
図25】
図20(比較例1)の画像に対し、粗さ周期250nm以下でのフィルタリングをかけた画像である。
【
図26】
図20(比較例1)の画像に対し、粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけた画像である。
【
図27】実施例3,比較例2、並びに光学多層膜の各膜厚の設計値に対して通常のシミュレーションを適用したもの、及び光学多層膜の各膜厚の設計値に対して散乱理論を適用したものにおける、入射角5°の光に対する分光反射率分布のグラフである。
【
図28】実施例3,比較例2における、フィルタリング前の各RMS、粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後の各RMS、及び粗さ周期250nm以下でのフィルタリング後の各RMSのグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明に係る実施の形態の例が、適宜図面に基づいて説明される。尚、本発明の形態は、これらの例に限定されない。
【0011】
図1に示されるように、本発明に係るミラー1は、基材2と、光学多層膜4と、を有している。
基材2は、光学多層膜4が直接成膜された基材表面Qを備えている。ミラー1は、基材表面Q上に積層された光学多層膜4において青色レーザーを反射する。
尚、光学多層膜4は、基材2の表面である基材表面Qに対し、他の膜を介して、即ち間接的に成膜されても良い。又、光学多層膜4の外側(空気側)に、保護膜及び防汚膜の少なくとも一方等の別種の膜が配置されても良い。当該別種の膜は、単層膜であっても良いし、多層膜であっても良い。光学多層膜4の構成に、当該別種の膜の構成が含められても良い。
【0012】
基材2は、透光性を有していても良いし、透光性を有していなくても良い。
基材2の材質は、特に限定されず、例えば非金属の、ガラス、結晶、セラミックス、あるいは樹脂である。
基材2の形状は、特に限定されず、例えば平行平板、あるいはウェッジ付きである。
【0013】
光学多層膜4は、青色レーザー(青色光)の反射に寄与するものであって、例えば、誘電体材料あるいは半導体材料を用いた無機多層膜であり、誘電体多層膜あるいは半導体多層膜である。
光学多層膜4は、基材2の少なくとも一面における一部又は全部に形成される。
光学多層膜4は、低屈折率層及び高屈折率層を含む。光学多層膜4において、低屈折率層及び高屈折率層は、好ましくは交互に配置される。又、光学多層膜4は、更に中屈折率層を含み得る。
高屈折率層及び低屈折率層(並びに中屈折率層)の層数及び材質の選択、並びに各層における厚み(層に係る物理膜厚あるいは光学膜厚)の増減といった設計要素の変更により、光学多層膜4の設計が変更される。
例えば、中屈折率層がこれと光学的に等価である高屈折率層と低屈折率層との組合せにより置換される等、光学多層膜4における一部又は全部の構造は、光学的に等価な他の構造に置換されても良い。
【0014】
高屈折率層は、例えば、酸化ジルコニウム(ZrO2)、酸化チタン(TiO2)、酸化タンタル(Ta2O5)、酸化ニオブ(Nb2O5)、酸化ハフニウム(HfO2)、酸化ランタン(La2O3)、シリコン(Si)、若しくは酸化プラセオジム(Pr2O3)又はこれらの二種以上の混合物といった高屈折率材料から形成される。
又、低屈折率層は、例えば、酸化ケイ素(SiO2)、酸化アルミニウム(Al2O3)、フッ化カルシウム(CaF2)、フッ化マグネシウム(MgF2)、酸化アルミニウムと酸化プラセオジムとの組合せ(Al2O3-Pr2O3)、酸化アルミニウムと酸化ランタンとの組合せ(Al2O3-La2O3)、若しくは酸化アルミニウムと酸化タンタルとの組合せ(Al2O3-Ta2O5)、又はこれらの二種以上の混合物といった低屈折率材料から形成される。
中屈折率層は、例えばAl2O3、Pr2O3、La2O3、Al2O3-Pr2O3、Al2O3-La2O3、といった中屈折率材料から形成される。
尚、例えば、上述の高屈折率材料から2つの材料を選択して、光学多層膜4が形成されても良い。又、光学多層膜4の外部あるいは内部に、防汚膜等の他の機能を有する膜が組み合わせられても良い。
【0015】
光学多層膜4の低屈折率層及び高屈折率層(並びに中屈折率層)は、例えば物理蒸着により形成され、より詳しくは真空蒸着法あるいはイオンアシスト蒸着法、イオンプレーティング法、スパッタ法等により形成される。
光学多層膜4は、基材2における複数の面に形成されても良い。即ち、基材2は、光学多層膜4が成膜される基材表面Qを、複数有していても良い。例えば、光学多層膜4は、平行平板あるいはウェッジ付き、凹面、凸面の基材2の表裏両面に形成されても良い。
【0016】
比較的に域幅の大きい青色レーザー用のミラー1に係る設計の容易性の確保、又設計通りの性能の可及的な確保の観点から、400nm以上500nm以下の波長域における高屈折率材料の屈折率は、2.0以上2.35以下であると好ましい。又、同様の観点から、400nm以上500nm以下の波長域における低屈折率材料の屈折率は、1.45以上1.5以下であると好ましい。
【0017】
そして、ミラー1において、光学多層膜4の表面である光学多層膜表面Rの2乗平均粗さ(RMS)は、0.5nm(5Å)以下である。RMSを測る方法は複数存在するところ、各方法において同じ対象を測定しても、分解能の違い等により測定値が互いに異なることがある。ここでは、RMSは、原子間力顕微鏡(AFM)により測定される。AFMのサンプリング間隔は、11.7nmとする。
又、光学多層膜表面Rの、空間周波数250nm以上でフィルタリングしたRMS(ここではfRMSとする)は、0.35nm(3.5Å)以下である。かようなfRMSは、上述のRMSに基づいて算出され、RMSに基づく計算値である。尚、fRMSは、AFMにより直接測定されても良い。
光学多層膜表面Rの粗さは、光学多層膜4が物理蒸着等により基本的に各箇所で同等の膜厚で形成されることから、基材表面Qの粗さに依存する。光学多層膜表面Rの粗さを所定程度以下としたい場合、基材表面Qの粗さが当該所定程度以下であることが好ましい。
かように、ミラー1において光学多層膜表面Rの粗さが所定程度以下であれば、青色レーザーのために高反射率域(反射帯)の幅を例えば70nm以上に広くとったとしても、反射帯全域で反射率の低下が抑制される。反射帯の幅が70nm以上であれば、青色レーザーにおける発振波長の機種差及び個体差に対応可能である。反射帯における反射率の最低値が97.5%以上であれば、青色レーザーの光学系に、出力低下が抑制された状態で導入可能である。
【0018】
一般に、多層膜が成膜される基材表面は、コストと質のバランスの観点から、一般光学研磨で仕上げられている。今回、その表面粗さの周期Tが測定され、1000nm(1μm)程度と判明した。
そして、X線領域において、下記式(1)に係る表面粗さに伴う散乱理論が知られている。
ここで、Rは正反射率、R0は理想平面での正反射率、λは光の波長、n0は入射媒質の屈折率、σは表面の2乗平均粗さ、θは入射角である。
【0019】
【0020】
しかし、かような散乱理論は、対象とする波長λに対して表面粗さの周期Tが十分に長くなっている場合(λ≪T)に成立する。
青色レーザーに関するミラー1では、λ(450nm前後)に対して一般光学研磨におけるT(1μm程度)が近く、λ≪Tとは言えず、上述の散乱理論は成立しない。
よって、反射帯における反射率は、上述の散乱理論からは精密に予測できず、実際に試作したサンプルから傾向を把握する必要がある。
そして、サンプルが多数製作され、主に反射率低下抑制の観点から、上述のRMS及びfRMSの各上限が見出された。
RMSが5Å以下となる基材表面Qの仕上げとして、例えばスーパーポリッシュと呼ばれるRMSが1Å以下となる表面を得る技術が存在する。
【0021】
ミラー1は、RMSが5Å以下の基材表面Qに対し、青色光を反射する光学多層膜4を形成して製造され得る(ミラーの第1の製造方法)。
又、ミラー1は、fRMSが3.5Å以下の基材表面Qに対し、青色光を反射する光学多層膜4を形成して製造され得る(ミラーの第2の製造方法)。
【実施例0022】
次に、本発明の上記実施形態に準じた実施例が示される。
但し、実施例は、本発明の範囲を限定するものではない。
又、本発明の捉え方により、実施例が、本発明の範囲外となる実質的な比較例となったり、比較例が、本発明の範囲内である実質的な実施例となったりすることがある。
【0023】
[実施例1~2,比較例1]
実施例1~2及び比較例1として、3種類の平行平板の基材2(基板)の片面(基材表面Q)に対し、同一の膜構成の光学多層膜4を有している各ミラーが形成された。
各基板は、合成石英製であり、互いに基材表面Qにおける研磨精度のみが相違する。
光学多層膜4は、基板に最も近い層を第1層として奇数層がSiO
2(低屈折率材料Lによる低屈折率層)、偶数層がTa
2O
5(高屈折率材料Hによる高屈折率層)である交互膜であり、各層は次の表1に示すような物理膜厚(nm)を有している。SiO
2及びTa
2O
5の各屈折率分散は、
図2に示される通りである。光学多層膜4の全層数は、69である。光学多層膜4は、イオンアシスト蒸着により、実施例1~2及び比較例1について同一のバッチで製造された。
光学多層膜表面RのRMSの差は、基材表面Qの研磨精度の差による。1種類目(実施例1)の光学多層膜表面RにおけるRMSは、3.7Åである。2種類目(実施例2)の光学多層膜表面RにおけるRMSは、4.8Åである。3種類目(比較例1)の光学多層膜表面RにおけるRMSは、5.9Åである。
【0024】
【0025】
図3は、実施例1における光学多層膜表面RのAFM像である。
図4は、実施例2における光学多層膜表面RのAFM像である。
図5は、比較例1における光学多層膜表面RのAFM像である。これらのAFM像に係る測定領域は、一辺3μmの正方形である。
これらのAFM像によれば、実施例1、実施例2、比較例1の順で、光学多層膜表面Rが粗くなっていることが分かる。
【0026】
図6は、
図3(実施例1)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。この画像から得られる実施例1のRMS粗さは、3.7Åである。
図7は、
図3の画像に対し、粗さ周期(空間周波数)250nm以下でのフィルタリングをかけたものについて、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けしたものである。このフィルタリングは、フーリエ変換により粗さ周期250nmを超えるものを除去して行われる。このフィルタリングにより、引っ掻き傷及び一般光学研磨程度の仕上げで見受けられる研磨痕の少なくとも一方等による大局的な光学多層膜表面Rの高さの変化の影響が除去される。一般光学研磨程度の仕上げで見受けられる基材表面Qの研磨痕の粗さ周期は、1μm程度であることが多く、粗さ周期250nm以下でのフィルタリングは、かような研磨痕の影響を十分に除去する。この画像から得られる実施例1の大局的な変化の影響が除去された光学多層膜表面RのRMS粗さは、2.9Åである。
図8は、
図3の画像に対し、粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけたものについて、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。このフィルタリングは、フーリエ変換により粗さ周期250nm未満のものを除去して行われる。このフィルタリングにより、大局的な光学多層膜表面Rの高さの変化が把握される。この画像から得られる実施例1の大局的なRMS粗さ(fRMS)は、1.7Åである。
【0027】
図9は、
図4(実施例2)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。この画像から得られる実施例2のRMS粗さは、4.8Åである。
図10は、
図4の画像に対し、上述同様に粗さ周期250nm以下でのフィルタリングをかけて色分けしたものである。この画像から得られる実施例2の大局的な変化の影響が除去されたRMS粗さは、2.8Åである。
図11は、
図4の画像に対し、上述同様に粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけて色分けしたものである。この画像から得られる実施例2の大局的なRMS粗さ(fRMS)は、3.1Åである。
【0028】
図12は、
図5(比較例1)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。この画像から得られる比較例1のRMS粗さは、5.9Åである。
図13は、
図5の画像に対し、上述同様に粗さ周期250nm以下でのフィルタリングをかけて色分けしたものである。この画像から得られる比較例1の大局的な変化の影響が除去されたRMS粗さは、3.2Åである。
図14は、
図5の画像に対し、上述同様に粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけたものである。この画像から得られる比較例1の大局的なRMS粗さ(fRMS)は、4.0Åである。
【0029】
図15は、実施例1~2,比較例1、並びに光学多層膜4の各膜厚の設計値に対して通常のシミュレーションを適用したもの、及び光学多層膜4の各膜厚の設計値に対して上述の式(1)に係る散乱理論を適用したものにおける、入射角45°のs偏光の光に対する分光反射率のグラフである。
図16は、実施例1~2,比較例1、並びに光学多層膜4の各膜厚の設計値に対して通常のシミュレーションを適用したもの、及び光学多層膜4の各膜厚の設計値に対して上述の式(1)に係る散乱理論を適用したものにおける、入射角45°のp偏光の光に対する分光反射率のグラフである。
図15,
図16における波長域は、青色レーザーに適した波長域を含むことに鑑み、370nm以上550nm以下とされている。
図15,
図16における散乱理論の適用において、RMSは、5.9Åに設定されている。
【0030】
図15,
図16によれば、通常のシミュレーションを適用したもの、及び散乱理論を適用したものの各分光反射率(理論)は、全域で同様であり、390nm以上480nm以下の波長域(青色域)において99.2%以上となっている。
一方、比較例1の分光反射率は、青色域の短波長側半分で97%以上99%以下程度となっており、理論に対して最大2ポイント程度低くなっている。
他方、実施例2の分光反射率は、青色域の短波長側半分で98%以上99.5%以下程度となっており、理論に対して最大1.5ポイント程度の低下に抑えられている。
又、実施例1の分光反射率は、青色域の短波長側半分で98.5%以上99.5%以下程度となっており、理論に対して最大1ポイント程度の低下に抑えられている。
よって、基板のRMSが5Å以下である実施例1,2では、青色レーザーの反射に関する青色域での反射率の理論値からの低下が、比較例1に比べて抑制される。
実施例1,2の反射帯(反射率最小値97.5%以上)は、s偏光、p偏光共に390nm以上500nm以下(幅が70nm以上の110nm)で確保されている。
【0031】
図17は、実施例1~2,比較例1における、フィルタリング前の各RMS、粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後の各RMS、及び粗さ周期250nm以下でのフィルタリング後の各RMSのグラフである。
図17において、粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後の各RMSの差は、粗さ周期250nm以下でのフィルタリング後の各RMSの差に比べて、大きい。
よって、粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後の各RMSの差(fRMSの差)が、実施例1~2,比較例1の特性の差についてより大きくかかわっている。
従って、光学多層膜表面Rにおける粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後のRMS(fRMS)が3.5Å以下である実施例1,2では、青色レーザーの反射に関する青色域での反射率の理論値からの低下が、比較例1に比べて抑制される。
よって、実施例1~2は、青色域に係る高反射率の波長域が広く、その波長域における反射率が高いミラーとなる。従って、実施例1~2では、銅及びアルミニウム等の高精度での加工等に必要な青色レーザーの光学系に用いられた場合に、反射による青色レーザーの強度低下が抑制される。
【0032】
[実施例3,比較例2]
実施例3及び比較例2として、基板の成膜に係る光学多層膜4の膜構成及び光学多層膜表面RのRMSが異なることを除き上記実施例1等と同様である各ミラーが形成された。
実施例3及び比較例2の光学多層膜4は、基板に最も近い層を第1層として奇数層がTa
2O
5(高屈折率材料Hによる高屈折率層)、偶数層がSiO
2(低屈折率材料Lによる低屈折率層)である交互膜であり、各層は次の表2に示すような物理膜厚(nm)を有している。SiO
2及びTa
2O
5の各屈折率分散は、
図18に示される通りである。光学多層膜4の全層数は、102である。光学多層膜4は、イオンアシスト蒸着により、実施例3及び比較例2について同一のバッチで製造された。
実施例3の光学多層膜表面RにおけるRMSは、4.9Åである。比較例2の光学多層膜表面RにおけるRMSは、8.6Åである。各RMSの測定領域は、上述の通り、一辺3μmの正方形である。光学多層膜表面RのRMSの差は、基材表面Qの仕上げの精度の差による。
【0033】
【0034】
図19は、実施例3における光学多層膜表面RのAFM像である。
図20は、比較例2における光学多層膜表面RのAFM像である。これらのAFM像に係る測定領域は、一辺3μmの正方形である。
これらのAFM像によれば、実施例3、比較例2の順で、基材表面Qが粗くなっていることが分かる。
【0035】
図21は、
図19(実施例3)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。この画像から得られる実施例3のRMS粗さは、4.9Åである。
図22は、
図19の画像に対し、上述同様に粗さ周期(空間周波数)250nm以下でのフィルタリングをかけて色分けしたものである。この画像から得られる実施例3の大局的な変化の影響が除去されたRMS粗さは、3.6Åである。
図23は、
図19の画像に対し、上述同様に粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけて色分けしたものである。この画像から得られる実施例3の大局的なRMS粗さは、2.3Åである。
【0036】
図24は、
図20(比較例2)のAFM像について、像内で最も低い地点を基準とした高さに応じて色分けした画像である。この画像から得られる比較例2のRMS粗さは、8.6Åである。
図25は、
図20の画像に対し、上述同様に粗さ周期250nm以下でのフィルタリングをかけて色分けしたものである。この画像から得られる比較例2の大局的な変化の影響が除去されたRMS粗さは、4.3Åである。
図26は、
図20の画像に対し、上述同様に粗さ周期250nm以上でのフィルタリングをかけて色分けしたものである。この画像から得られる比較例2の大局的なRMS粗さは、6.1Åである。
【0037】
図27は、実施例3,比較例2、並びに光学多層膜4の各膜厚の設計値に対して通常のシミュレーションを適用したもの、及び光学多層膜4の各膜厚の設計値に対して上述の式(1)に係る散乱理論を適用したものにおける、入射角5°の光に対する分光反射率分布のグラフである。
図27における波長域は、青色レーザーに適した波長域を含むことに鑑み、370nm以上550nm以下とされている。
図27における散乱理論の適用において、RMSは、8.6Åに設定されている。
【0038】
図27によれば、通常のシミュレーションを適用したもの、及び散乱理論を適用したものの各分光反射率(理論)は、全域で同様であり、390nm以上470nm以下の波長域(青色域)において98.3%以上となっている。
一方、比較例2の分光反射率は、青色域のうち390nm以上450nm未満の波長域で97%以上98.5%以下程度となっており、理論に対して最大1.5ポイント程度低くなっている。又、比較例2の分光反射率は、450nm以上470nm以下の波長域で95.3%以上99.3%以下程度となっており、理論に対して最大2ポイント程度低くなっている。
他方、実施例3の分光反射率は、青色域のうち390nm以上450nm未満の波長域で理論とほぼ同様となっている。又、実施例3の分光反射率は、450nm以上470nm以下の波長域で97.6%以上99.6%以下程度となっており、理論に対して最大1ポイント程度の低下で抑えられている。
よって、光学多層膜表面RのRMSが5Å以下である実施例3では、青色レーザーの反射に関する青色域での反射率の理論値からの低下が、比較例2に比べて抑制される。
実施例3の反射帯(反射率最小値97.5%以上)は、380nm以上550nm以下(幅が70nm以上の170nm)で確保されている。
【0039】
図28は、実施例3,比較例2における、フィルタリング前の各RMS、粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後の各RMS、及び粗さ周期250nm以下でのフィルタリング後の各RMSのグラフである。
図28において、粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後の各RMSの差は、粗さ周期250nm以下でのフィルタリング後の各RMSの差に比べて、大きい。
よって、粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後の各RMSの差が、実施例3,比較例2の特性の差についてより大きくかかわっている。
従って、基板における粗さ周期250nm以上でのフィルタリング後のRMSが3.5Å以下である実施例3では、青色レーザーの反射に関する青色域での反射率の理論値からの低下が、比較例2に比べて抑制される。
よって、実施例3は、青色域に係る高反射率の波長域が広く、その波長域における反射率が高いミラーとなる。従って、実施例3では、銅及びアルミニウム等の高精度での加工等に必要な青色レーザーの光学系に用いられた場合に、反射による青色レーザーの強度低下が抑制される。