(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023031386
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための剤
(51)【国際特許分類】
A61K 36/54 20060101AFI20230302BHJP
A61K 36/076 20060101ALI20230302BHJP
A61P 27/16 20060101ALI20230302BHJP
A61K 36/284 20060101ALI20230302BHJP
A61K 36/484 20060101ALI20230302BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20230302BHJP
A23L 33/105 20160101ALI20230302BHJP
【FI】
A61K36/54
A61K36/076
A61P27/16
A61K36/284
A61K36/484
A61P43/00 121
A23L33/105
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021136827
(22)【出願日】2021-08-25
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用申請有り Frontiers in Nutrition,第7巻,Article 528864 掲載年月日:令和2年10月9日
(71)【出願人】
【識別番号】306018343
【氏名又は名称】クラシエ製薬株式会社
(71)【出願人】
【識別番号】504157024
【氏名又は名称】国立大学法人東北大学
(74)【代理人】
【識別番号】100150142
【弁理士】
【氏名又は名称】相原 礼路
(74)【代理人】
【識別番号】100174849
【弁理士】
【氏名又は名称】森脇 理生
(72)【発明者】
【氏名】川島 孝則
(72)【発明者】
【氏名】高橋 隆二
(72)【発明者】
【氏名】藤田 日奈
(72)【発明者】
【氏名】千葉 殖幹
(72)【発明者】
【氏名】香取 幸夫
(72)【発明者】
【氏名】本藏 陽平
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 淳
(72)【発明者】
【氏名】逸見 朋隆
【テーマコード(参考)】
4B018
4C088
【Fターム(参考)】
4B018LB10
4B018MD48
4B018MD61
4B018ME14
4B018MF01
4C088AA04
4C088AB26
4C088AB33
4C088AB60
4C088AC01
4C088BA08
4C088CA03
4C088MA07
4C088MA52
4C088NA05
4C088NA14
4C088ZA34
4C088ZC52
4C088ZC75
(57)【要約】
【課題】 加齢性難聴を治療、改善および/または予防することが可能な新規の剤を提供する。
【解決手段】 本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、加齢性難聴モデルマウスに対して、人参養栄湯または苓桂朮甘湯を投与することにより、未処置群と比較して有意に聴力低下の進行が抑制されることを見出した。本発明は、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための剤を提供する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための剤。
【請求項2】
前記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴の進行抑制剤。
【請求項4】
前記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、請求項3に記載の加齢性難聴の進行抑制剤。
【請求項5】
白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢に伴う聴力低下の抑制剤。
【請求項6】
前記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、請求項5に記載の加齢に伴う聴力低下の抑制剤。
【請求項7】
白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢に伴う聴覚神経の萎縮、変性および/または死滅の抑制剤。
【請求項8】
前記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、請求項7に記載の加齢に伴う聴覚神経の萎縮、変性および/または死滅の抑制剤。
【請求項9】
白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴を改善および/または予防するための食品組成物。
【請求項10】
前記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、請求項9に記載の食品組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための剤および医薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢性難聴(老人性難聴)の治療および予防に関する知見は非常に限られている。世界保健機関の推定によると、世界の聴力障害者数は4億6,600万人(世界人口の6.1%)であり、そのうち約三分の一は、65歳以上の高齢者である。
【0003】
日本では、65歳以上の加齢性難聴者は1,500万人以上にものぼる。難聴は、死亡に直結するクリティカルな疾患ではないと認識されているため、加齢性難聴の治療および予防に関する研究はこれまであまり進められてこなかった。しかしながら、難聴は、コミュニケーション能力の低下につながるだけでなく、孤立、うつ病、認知症、および加齢性難聴と関連する他の併存疾患なども引き起こすことが報告されている。
【0004】
聴覚障害に対しては、補聴器および人工内耳などの確立された対処方法が存在している。しかし、難聴者の中には、コストの問題で補聴器を購入できない者もいる。また、補聴器を持っていたとしても、不快感、不要感および恥ずかしさなどの理由で補聴器を使用していない者もいる。さらに、内耳及び神経細胞の障害が進行した場合には、補聴器や人工内耳の効果が乏しくなることもある。そのため、補聴器の使用および人工内耳の着用などの対処方法とは別に、加齢性難聴の進行を制御する方法の開発が重要である。
【0005】
加齢性難聴は、徐々に進行する場合が多く、高齢者の生活の質の低下を招く原因の一つになりうる。そのため、加齢性難聴の予防に有用な成分を見出すことができれば、高齢者集団の全般的な生活の質の向上に役立つ可能性がある。
【0006】
加齢性難聴は、病理学的には蝸牛の血流が低下することで酸素不足および栄養不足によりミトコンドリア由来の活性酸素種が発生し、聴覚に関する細胞が細胞死を起こすことによって引き起こされることが報告されている(非特許文献1)。東洋医学の観点では、加齢性難聴に見られる蝸牛の血流低下は、腎機能の低下によるものであり、腎を補うことにより血流を回復させることができ、難聴および耳鳴の改善に繋がるとされている。
【0007】
加齢性難聴の予防に関しては、これまでにいくつかの成分が有用であることが報告されている(非特許文献2および3)。しかし、加齢性難聴の進行の抑制に効果的な医薬品は、いまだ報告されていない。
【0008】
加齢性難聴もしくは騒音性難聴または耳鳴りの予防・治療剤として、特許文献1には、エンドセリン受容体Bの発現を上昇させる物質を含む剤が開示されている。
【0009】
また、加齢性難聴を伴う耳鳴患者の治療用の薬剤として、特許文献2には、ネラメキサンまたはその医薬的に許容可能な塩を含有する剤が開示されている。
【0010】
しかし、特許文献1および2に開示されている薬剤は、加齢性難聴の治療および予防剤としては臨床的に確立されていない。加齢性難聴の根本的な治療および予防に有効な薬剤は、いまだ存在しないというのが現状である。非特許文献6には、「(老人性難聴には)ビタミンB、E、ATPなどが使われるが効果はあまり望めない」ことが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2011-37738号公報
【特許文献2】特開2016-138145号公報
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Lyu AR et al.、“Mitochondrial damage and necroptosis in aging cochlea.”、Int J Mol Sci.、2020年、Vol.21、p.2505. doi: 10.3390/ijms21072505
【非特許文献2】Darrat I et al.、 “Auditory research involving antioxidants.”、Curr Opin Otolaryngol Head Neck Surg.、2007年、Vol.15、p.358-63.
【非特許文献3】Seidman MD.、“Effects of dietary restriction and antioxidants on presbyacusis.”Laryngoscope.、2000年、Vol.110、p.727-38.
【非特許文献4】Honkura Y et al., “NRF2 Is a key target for prevention of noise-induced hearing loss by reducing oxidative damage of cochlea.”、Sci Rep.、2016年、Vol.6、p.19329.
【非特許文献5】Kane KL et al.、“Genetic background effects on age-related hearing loss associated with Cdh23 variants in mice.”、Hear Res.、2012年、Vol.283、p.80-8.
【非特許文献6】切替一郎著、「新耳鼻咽喉科学」、改訂11版、南山堂、2013年2月14日、p.199
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述したように、加齢性難聴の治療および予防に関する知見は非常に限られており、加齢性難聴の進行を抑制する有効な方法はいまだ確立されていない。
【0014】
そこで、本発明は、加齢性難聴を治療、改善および/または予防することが可能な新規の剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、加齢性難聴モデルマウスに対して、人参養栄湯または苓桂朮甘湯を投与することにより、未処置群と比較して有意に聴力低下の進行が抑制されることを見出した。また、本発明者らは、人参養栄湯および苓桂朮甘湯が、加齢性難聴モデルマウスの聴覚神経細胞の生細胞密度の低下を有意に抑制することを見出した。これらの結果から、人参養栄湯および苓桂朮甘湯は、加齢に伴う聴覚に関する細胞の萎縮、変性および死滅を抑制する作用を有することが示唆された。また、高音域の聴力に関与する蝸牛の基底回転に位置する聴覚神経細胞の解析を行ったところ、特に高音域(16および32kHz)の聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度(cells/mm2)との間に、強い正の相関が認められた。そのため、人参養栄湯および苓桂朮甘湯は、加齢性難聴に特徴的な高音域の聴力低下を有意に抑制することが強く示唆された。本発明者らは、これらの知見をもとに本発明を完成させた。
【0016】
本発明は、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための剤を提供する。
【0017】
本発明はまた、上記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための剤を提供する。
【0018】
本発明はまた、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴の進行抑制剤を提供する。
【0019】
本発明はまた、上記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、加齢性難聴の進行抑制剤を提供する。
【0020】
本発明はまた、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢に伴う聴力低下の抑制剤を提供する。
【0021】
本発明はまた、上記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、加齢に伴う聴力低下の抑制剤を提供する。
【0022】
本発明はまた、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢に伴う聴覚神経の萎縮、変性および/または死滅の抑制剤を提供する。
【0023】
本発明はまた、上記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、加齢に伴う聴覚神経の萎縮、変性および/または死滅の抑制剤を提供する。
【0024】
本発明はまた、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴を改善および/または予防するための食品組成物を提供する。
【0025】
本発明はまた、上記有効成分が人参養栄湯または苓桂朮甘湯である、食品組成物を提供する。
【発明の効果】
【0026】
白朮、茯苓、桂皮および甘草を含む人参養栄湯および苓桂朮甘湯は、加齢に伴う聴力低下の進行を抑制する作用を有する。また、人参養栄湯および苓桂朮甘湯は、加齢に伴う聴覚神経の萎縮、変性および死滅を抑制する作用を有する。さらに、人参養栄湯および苓桂朮甘湯は、加齢性難聴に特徴的な高音域の聴力低下を有意に抑制することができる。したがって、本発明により、加齢性難聴を治療、改善および/または予防することが可能な新規の剤、医薬および食品組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および人参養栄湯処置群のABR聴力評価結果を示す図。
【
図2】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および人参養栄湯処置群からの標本の組織学的検査(ヘマトキシリンおよびエオシン染色)の結果を示す図。
【
図3】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および人参養栄湯処置群における神経細胞の生存率(細胞数/mm
2)を示す図。
【
図4】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および人参養栄湯処置群における4kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【
図5】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および人参養栄湯処置群における8kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【
図6】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および人参養栄湯処置群における12kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【
図7】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および人参養栄湯処置群における16kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【
図8】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および人参養栄湯処置群における32kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【
図9】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および苓桂朮甘湯処置群のABR聴力評価結果を示す図。
【
図10】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および苓桂朮甘湯処置群における4kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【
図11】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および苓桂朮甘湯処置群における8kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【
図12】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および苓桂朮甘湯処置群における12kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【
図13】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および苓桂朮甘湯処置群における16kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【
図14】5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および苓桂朮甘湯処置群における32kHzの周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明は、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための剤を提供する。本発明はまた、白朮、茯苓、桂皮および甘草のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴の進行抑制剤を提供する。本発明はまた、白朮、茯苓、桂皮および甘草のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢に伴う聴力低下の抑制剤を提供する。本発明はまた、白朮、茯苓、桂皮および甘草のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢に伴う聴覚神経の萎縮、変性および/または死滅の抑制剤を提供する。
【0029】
本明細書において「加齢性難聴」とは、加齢に伴って進行する感音性難聴である。難聴には、何らかの原因により外耳または中耳に生じた障害により内耳への音の伝導が妨げられて起こる伝音性難聴と、主に内耳および聴覚神経の異常によって引き起こされる感音性難聴とがある。また、難聴には、突発性難聴などの急性難聴と、加齢性難聴などの慢性難聴とが含まれる。
【0030】
加齢性難聴(老人性難聴)では、20歳代を頂点として、その後は加齢に伴って聞こえの閾値が徐々に上昇し、50歳代以降には、高音域の難聴が明瞭化する。一般的に、年齢に伴う生理的な難聴は広義の老人性難聴と呼ばれ、年齢平均値を著しく超えた難聴は狭義の老人性難聴と呼ばれる。聴器の老人性変性は、中耳、内耳および中枢神経などに現れ、その多くは内耳の高音相当部におけるラセン器上皮の萎縮変性を主とするものと、ラセン神経節細胞の萎縮および/または減少を主とするものである。また、血管条が委縮する場合には、両側水平型の聴力低下が見られる。また、加齢性難聴は、基底板のリピッド沈着、石灰沈着および硝子化による運動性の減少により起こることもある(非特許文献6の198頁)。
【0031】
一方、突発性難聴は、たとえば耳疾患の既往のない健康な人に、突然の原因不明の高度難聴として発症しうる。突発性難聴は、通常一側性であり、両側性のものは全症例の約7%である(非特許文献6の193頁)。加齢性難聴は、特に高音域の聴力低下が顕著であるが、突発性難聴は高音域に限らず聴力低下が見られる。また、加齢性難聴は両側性であることが多いが、突発性難聴は通常一側性であるという違いもある。突発性難聴などの急性難聴については、治療法および治療薬の開発が進んでいるが、慢性難聴については、有効な治療法が確立されていない。
【0032】
本明細書において「治療」の用語には、本発明の対象の疾患である加齢性難聴またはその症状を改善または消失させること、対象の疾患を寛解させること、および予後の向上を達成することが含まれる。
【0033】
本明細書において「改善」の用語には、対象の疾患または症状を緩和または軽減すること、および症状の進行を阻害、抑制、遅延または消失させることが含まれる。
【0034】
本明細書において「予防」の用語には、対象の疾患または症状の発生(発症)を阻害、抑制または遅延させること、および対象の疾患または症状の再発を阻害、抑制または遅延させることが含まれる。
【0035】
本明細書において「加齢性難聴の進行を抑制する」とは、加齢性難聴の症状または状態の悪化を阻害、抑制または遅延させること、加齢性難聴の症状または状態の発生(発症)を阻害、抑制または遅延させること、ならびに加齢性難聴の症状または状態の再発を阻害、抑制または遅延させることを意味する。加齢性難聴の症状または状態には、加齢に伴う聴力低下、加齢に伴う高音域の聴力低下、ならびに加齢性難聴に伴う耳鳴りおよびめまいなどの様々な症状および状態が含まれる。本発明の剤は、加齢性難聴の進行を抑制することにより、加齢性難聴の治療、改善および/または予防に寄与することができる。
【0036】
本明細書において「加齢に伴う聴力低下の抑制」には、未治療群と比較して、加齢に伴う聴力低下の進行を有意に阻害、抑制、遅延または消失させることが含まれる。本発明の剤は、特に加齢性難聴に特徴的な高音域における聴力低下を効果的に抑制することができる。高音域とは、たとえば聴力検査においてマウスでは16~32kHz、ヒトでは4~8kHzが高音域の周波数に該当する。
【0037】
本明細書において「加齢に伴う聴覚神経の萎縮、変性および/または死滅の抑制」には、未治療群と比較して、加齢に伴う聴覚神経細胞の生細胞密度または生存数の低下の進行を有意に阻害、抑制、遅延または消失させることが含まれる。
【0038】
本発明の剤における有効成分は、人参養栄湯または苓桂朮甘湯であることができる。
【0039】
人参養栄湯は、人参(ニンジン)、黄耆(オウギ)、当帰(トウキ)、地黄(ジオウ)、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、芍薬(シャクヤク)、桂皮(ケイヒ)、陳皮(チンピ)、遠志(オンジ)、五味子(ゴミシ)および甘草(カンゾウ)を組み合わせた漢方薬である。本発明における人参養栄湯は、市販の漢方薬を用いてもよいし、従来公知の方法により製造してもよい。また、本発明における人参養栄湯は、抽出用に調製された生薬の刻み剤であってもよい。
【0040】
人参養栄湯における各生薬の配合割合は、好ましくは人参2~4重量部、黄耆1.5~3重量部、当帰3~4重量部、地黄2~4重量部、白朮3~4重量部、茯苓2~4重量部、芍薬2~4.5重量部、桂皮2~3重量部、陳皮2~3重量部、遠志1~2重量部、五味子1~2重量部および甘草1~3重量部である。また、「漢方後世要方解説」(矢数道明著)に記載のように、さらに生姜0.5~2重量部および/または大棗0.5~2重量部を加えてもよい。
【0041】
苓桂朮甘湯は、白朮(ビャクジュツ)、茯苓(ブクリョウ)、桂皮(ケイヒ)および甘草(カンゾウ)を組み合わせた漢方薬である。なお、白朮の代わりに蒼朮を用いてもよい。本発明における苓桂朮甘湯は、市販の漢方薬を用いてもよいし、従来公知の方法により製造してもよい。また、本発明における苓桂朮甘湯は、抽出用に調製された生薬の刻み剤であってもよい。
【0042】
苓桂朮甘湯における各生薬の配合割合は、好ましくは白朮(蒼朮)2~4重量部、茯苓4~6重量部、桂皮3~4重量部および甘草2~3重量部である。
【0043】
人参は、薬用人参を原料とする生薬である。薬用人参には、高麗人参(朝鮮人参)、御種人参、竹節人参および田七人参などが含まれる。人参は、たとえば、オタネニンジン(Panax ginseng C.A.Meyer(Panax schinseng Nees))またはその他の同属植物(Araliaceae)の細根を除いた根またはこれを軽く湯通ししたものであることができる。
【0044】
黄耆は、キバナオウギ(Astragalus membranaceus Bunge)、ナイモウオウギ(Astragalus mongholicus Bunge)またはその他の同属植物(Leguminosae)の根を原料とする生薬である。
【0045】
当帰は、トウキ(Angelica acutiloba Kitagawa)、ホッカイトウキ(Angelica acutiloba Kitagawa var. sugiyamae Hikino)またはその他の同属植物(Umbelliferae)の根を原料とする生薬であり、たとえば、これらの根を湯通ししたものであってもよい。
【0046】
地黄は、アカヤジオウ(Rehmannia glutinosa Liboschitz var. purpurea MakinoおよびRehmannia glutinosa Liboschitzなど)またはその他の同属植物(Scrophulariaceae)の根を原料とする生薬であり、たとえば、これらを蒸したものであってもよい。
【0047】
白朮は、オケラ(Atractylodes japonica Koidzumi ex Kitamura)の根茎(ワビャクジュツ)、オオバナオケラ(Atractylodes macrocephala Koidzumi)の根茎(カラビャクジュツ)またはその他の同属植物の根茎を原料とする生薬である。
【0048】
茯苓は、マツホド(Wolfiporia cocos Ryvarden et Gilbertson(Poria cocos Wolf))またはその他の同属植物(Polyporaceae)の菌核を原料とする生薬であり、外層をほとんど除いたものであってもよい。
【0049】
芍薬は、シャクヤク(Paeonia lactiflora Pallas)またはその他の同属植物(Paeoniaceae)の根を原料とする生薬である。
【0050】
桂皮は、シナニッケイ(Cinnamomum cassia Blume)またはその他の同属植物(Lauraceae)の樹皮または周皮の一部を除いたものを原料とする生薬である。
【0051】
陳皮は、ウンシュウミカン(Citrus unshiu MarcowiczおよびCitrus reticulata Blancoなど)またはその他の同属植物(Rutaceae)の成熟した果皮を原料とする生薬である。
【0052】
遠志は、イトヒメハギ(Polygala tenuifolia Willdenow)またはその他の同属植物(Polygalaceae)の根を原料とする生薬である。
【0053】
五味子は、マツブサ科のチョウセンゴミシ((Schisandra chinensis Baill)の果実を原料とする生薬であり、この果実を乾燥したものであってもよい。
【0054】
甘草は、ウラルカンゾウ(Glycyrrhiza uralensis Fischer)、スペインカンゾウ(Glycyrrhiza glabra Linne)またはその他の同属植物(Leguminosae)の根およびストロンを原料とする生薬であり、これらの周皮を除いたもの(皮去りカンゾウ)であってもよい。
【0055】
人参養栄湯および苓桂朮甘湯における各生薬は、原料となる植物そのものであってもよいし、植物を粉砕し乾燥することにより得られる粉末または植物からの抽出物などであってもよい。抽出物は、従来公知の抽出方法を用いて得ることができ、たとえば植物またはその粉砕物などを水等の溶媒に加えて加熱抽出し、濾過後に乾燥することによって得ることができる。
【0056】
本発明の剤において、人参養栄湯および苓桂朮甘湯は、抽出物の形態で含有されてもよい。人参養栄湯および苓桂朮甘湯の抽出物は、従来公知の抽出方法を用いて得ることができ、たとえば人参養栄湯または苓桂朮甘湯を水等の溶媒に加えて加熱抽出し、濾過後に乾燥することによって得ることができる。また、本発明の剤は、抽出用に調製された生薬の刻み剤であってもよい。刻み剤は、たとえば各生薬を刻んだものを混合したものであることができる。また、本発明の剤は、人参養栄湯および苓桂朮甘湯から得られる精油の形態であってもよい。精油は、たとえば人参養栄湯および苓桂朮甘湯の抽出工程において単離することができる。
【0057】
本発明の剤は、任意の形態の製剤であることができる。本発明の剤は、経口投与製剤として、たとえば糖衣錠、バッカル錠、コーティング錠およびチュアブル錠等の錠剤;トローチ剤;丸剤;散剤;硬カプセル剤および軟カプセル剤を含むカプセル剤;顆粒剤;ならびに懸濁剤、乳剤、シロップ剤およびエリキシル剤等の液剤などであることができる。
【0058】
また、本発明の剤は、静脈注射、皮下注射、腹腔内注射、筋肉内注射、経皮投与、経鼻投与、経肺投与、経腸投与、口腔内投与および経粘膜投与などの非経口投与製剤であることができる。本発明の剤は、たとえば、注射剤、経皮吸収テープ、エアゾール剤および坐剤などであることができる。本発明の剤はまた、精油の形態であってもよく、肌に塗布したり、精油の香気成分を鼻から吸引したりすることにより使用してもよい。
【0059】
また、本発明の剤は、固形状、液状、顆粒状、粒状、粉末状、ゼリー状、オイル状、カプセル状、クリーム状およびペースト状などの任意の形態であることができる。
【0060】
本発明の剤は、医薬品、医薬部外品または食品に通常用いられる任意の成分をさらに含むことができる。たとえば、本発明の剤は、薬学的に許容される基剤、担体、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤および着色剤などをさらに含んでもよい。
【0061】
本発明の剤に使用する担体および賦形剤の例には、乳糖、ブドウ糖、白糖、マンニトール、デキストリン、馬鈴薯デンプン、トウモロコシデンプン、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、硫酸カルシウムおよび結晶セルロースなどを含む。
【0062】
結合剤の例には、デンプン、ゼラチン、シロップ、トラガントゴム、ポリビニルアルコール、ポリビニルエーテル、ポリビニルピロリドン、ヒドロキシプロピルセルロース、メチルセルロース、エチルセルロースおよびカルボキシメチルセルロースなどを含む。
【0063】
崩壊剤の例には、デンプン、寒天、ゼラチン末、結晶セルロース、炭酸カルシウム、炭酸水素ナトリウム、アルギン酸ナトリウム、カルボキシメチルセルロースナトリウムおよびカルボキシメチルセルロースカルシウムなどを含む。
【0064】
滑沢剤の例には、ステアリン酸マグネシウム、水素添加植物油、タルクおよびマクロゴールなどを含む。着色剤は、医薬品、医薬部外品および食品に添加することが許容されている任意の着色剤を使用することができる。
【0065】
また、本発明の剤は、必要に応じて、白糖、ゼラチン、精製セラック、ゼラチン、グリセリン、ソルビトール、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、フタル酸セルロースアセテート、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート、メチルメタクリレートおよびメタアクリル酸重合体などで一層以上の層で被膜してもよい。
【0066】
また、本発明の剤は、必要に応じて、pH調節剤、緩衝剤、安定化剤、保存剤、防腐剤、希釈剤、コーティング剤、甘味剤、香料および可溶化剤などを添加してもよい。
【0067】
本発明の剤における白朮、茯苓、桂皮および甘草の含有量は、その効果を充分に発揮することができる量であればよく、適用する対象、目的および投与方法(摂取方法)に応じて適宜設定することができる。たとえばヒトに有効成分として人参養栄湯を経口摂取させる場合、好ましくは人参養栄湯を生薬として1日あたりの摂取量が0.3~300g、より好ましくは1~100g、さらに好ましくは10~50gとなるように含むことができる。また、好ましくは人参養栄湯の抽出物(エキス)を1日あたりの摂取量が0.05~100g、より好ましくは0.5~50g、さらに好ましくは3~15gとなるように含むことができる。また、ヒトに有効成分として苓桂朮甘湯を経口摂取させる場合、好ましくは苓桂朮甘湯を生薬として1日あたりの摂取量が0.3~300g、より好ましくは1~100g、さらに好ましくは10~50gとなるように含むことができる。たとえば、苓桂朮甘湯は、1日あたりの摂取量が生薬として満量の31gとなるように含むことができる。また、好ましくは苓桂朮甘湯の抽出物(エキス)を1日あたりの摂取量が0.05~100g、より好ましくは0.5~50g、さらに好ましくは3~15gとなるように含むことができる。たとえば、苓桂朮甘湯は、1日あたりの摂取量が抽出物(エキス)として満量の15gとなるように含むことができる。
【0068】
本発明はまた、白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための医薬組成物を提供する。本発明の医薬組成物は、医薬品に通常用いられる任意の成分をさらに含むことができ、たとえば、薬学的に許容される基剤、担体、賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤および着色剤などをさらに含んでもよい。本発明の医薬組成物は、上述した剤と同様に構成することができる。
【0069】
本発明の医薬組成物は、ビタミン剤、ステロイド剤および/または耳鳴りに有効な薬剤などと併用してもよい。これらの薬剤は、本発明の医薬組成物と組み合わせて投与されてもよいし、本発明の医薬組成物に配合されてもよい。ビタミン剤には、たとえばビタミンCおよびビタミンB12などを用いることができる。ステロイド剤には、たとえばデキサメタゾン、ベクラムサゾン、コルチコステロイド、プレドニゾン、プレドニゾロンおよびメチルプレドニゾロンなどを用いることができる。耳鳴りに有効な薬剤には、たとえばアデノシン三リン酸二ナトリウム(ATP)、ビタミンB12製剤、イソソルビド、ジフェニドール塩酸塩、ニコチン酸アミド、パパベリン塩酸塩、ロフラゼプ酸エチル、アルプラゾラム、クロチアゼパム、エチゾラム、カリジノゲナーゼおよびトフィソパムなどを用いることができる。
【0070】
本発明はまた、対象に対して白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物を投与することを含む、加齢性難聴を治療、改善および/または予防する方法を提供する。本発明はまた、対象に対して白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物を投与することを含む、加齢性難聴の進行を抑制する方法を提供する。本発明はまた、対象に対して白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物を投与することを含む、加齢に伴う聴力低下を抑制する方法を提供する。本発明はまた、対象に対して白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物を投与することを含む、加齢に伴う聴覚神経の萎縮、変性および/または死滅を抑制する方法を提供する。本発明の方法において、白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物は、上述した剤または組成物の形態で投与することができる。
【0071】
本発明の方法において、白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物の投与量は、その効果を発揮しうる量であればよく、適用する対象、目的および投与方法(摂取方法)に応じて適宜設定することができる。たとえばヒトに経口摂取させる場合、好ましくは人参養栄湯を生薬として1日あたりの摂取量が0.3~300g、より好ましくは1~100g、さらに好ましくは10~50gとなるように摂取させることができる。また、好ましくは人参養栄湯の抽出物(エキス)を1日あたりの摂取量が0.05~100g、より好ましくは0.5~50g、さらに好ましくは3~15gとなるように摂取させることができる。また、好ましくは苓桂朮甘湯を生薬として1日あたりの摂取量が0.3~300g、より好ましくは1~100g、さらに好ましくは10~50gとなるように摂取させることができる。また、好ましくは苓桂朮甘湯の抽出物(エキス)を1日あたりの摂取量が0.05~100g、より好ましくは0.5~50g、さらに好ましくは3~15gとなるように摂取させることができる。
【0072】
本発明の方法が適用される対象には、ヒト、マウス、ラット、ウサギ、ネコ、イヌ、ウシ、ウマおよびサルなどの哺乳動物が含まれる。本発明の方法において、投与される対象は、加齢性難聴を治療、改善および/または予防する必要のある対象であればよく、特に限定されない。
【0073】
本発明はまた、加齢性難聴の治療、改善および/または予防に用いるための、白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物を提供する。本発明はまた、加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための、白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物の使用を提供する。本発明はまた、加齢性難聴を治療、改善および/または予防するための剤、組成物、医薬組成物または食品組成物を製造するための、白朮、茯苓、桂皮および甘草またはこれらの抽出物の使用を提供する。
【0074】
本発明はまた、白朮、茯苓、桂皮および甘草のすべてを含む処方、またはこれらの抽出物を有効成分として含有する、加齢性難聴を改善および/または予防するための食品組成物を提供する。本発明の食品組成物は、上述した剤および組成物と同様に構成することができる。
【0075】
本明細書において「食品組成物」には、一般的な飲食品だけでなく、病者用食品、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、栄養補助食品およびサプリメントなどが含まれる。一般的な飲食品には、たとえば各種飲料、各種食品、加工食品、液状食品(スープ等)、調味料、栄養ドリンクおよび菓子類などが含まれる。本明細書において「加工食品」とは、天然の食材(動物および植物など)に対し加工および/または調理を施したものをいい、たとえば肉加工品、野菜加工品、果実加工品、冷凍食品、レトルト食品、缶詰食品、瓶詰食品およびインスタント食品などが含まれる。本発明の食品組成物は、加齢性難聴を治療、改善および/または予防する旨、加齢性難聴の進行を抑制する旨、あるいは加齢に伴う聴力低下を抑制する旨などの表示を付した食品であってもよい。また、本発明の食品組成物は、袋および容器等に封入された形態で提供されてもよい。本発明において使用する袋および容器は、食品に通常使用される任意の袋および容器であることができる。
【実施例0076】
(マウス)
実施例に用いた5ヶ月齢のC57BL/6J雌マウスは、オリエンタル酵母工業から購入した。マウスは、12時間の明暗サイクル(08:00~20:00に点灯)下で1週間、食餌および水にフリーにアクセス可能な環境で、23±3℃で馴化した。
【0077】
(試薬および飼料)
ケタミンは、第一三共株式会社から購入し、キシラジンは富士フイルム和光純薬工業から購入した。マウス通常飼料(MF)は、クリアジャパンから購入した。
【0078】
(試験方法)
5ヶ月齢のC57BL/6J雌マウスを3群(ベースライン群、未処置群および試験試料処置群)に分けた(n=10)。試験試料処置群10匹には、5ヶ月齢から7ヶ月齢にかけて4% (w/w)試験試料混餌を2ヶ月間与えた。対照として、未処置群10匹にはMF(通常食)を2ヶ月間与えた。使用したマウス系統の聴力のベースラインを確立するために、ベースライン群として、5ヶ月齢のマウス10匹を対象に聴覚評価を実施した。試験試料処置群および未処置群は、処置開始2ヶ月後に麻酔下で聴力評価を行った(7ヶ月齢マウス)。聴性脳幹反応(ABR:auditory brainstem response)を評価した後、マウスを屠殺し、蝸牛組織を採取して分析した。
【0079】
(ABR聴力評価方法)
非特許文献4を参考に、ABR聴力評価を実施した。
【0080】
マウスに、ケタミン(100mg/kg)およびキシラジン(20mg/kg)を腹腔内投与して麻酔した。ABRは防音室で評価した。聴覚閾値評価のために、3つの皮下電極(基底電極、基準電極および活性電極)を皮膚の下に2~3mm配置した。活性電極は、額の皮下に挿入した。右耳の耳介下および背部に基準電極およびグラウンド電極を挿入し、TDTシステム3聴覚誘発電位ワークステーションを用いてABR記録を取得し、BioSigRPソフトウェア(Tucker-Davis Technologies, Alachua, FL, USA)を用いて分析した。
【0081】
ABRは、4、8、12、16および32kHzの周波数の純音バーストを用いて反応を誘発した。誘発反応は1,000回の掃引により平均した。ABRの評価は、100dBから行い、5dBステップで徐々に音を小さくし10dBまで評価した。閾値シフトは、平均ABRにおいて少なくとも1つのピークを引き出すことができる最低の音響強度として定義された。本実験では、V波を用いて閾値を評価した。盲検条件下で、ABR閾値を生データからV波を明確に確認して決定した。これは、担当者と盲検化された介護者によるダブルチェックによって行われた。
【0082】
(蝸牛組織分析方法)
ABRによる聴力評価後、蝸牛組織をマウスから採取した。検体採取後、卵円窓または正円窓から注射器で4%パラホルムアルデヒドを注入することで外リンパを置換し、蝸牛を固定処理した。その後、10%EDTAを用いた脱灰処理を行い、続いて70~100%エタノールで段階的に脱水した。その後、パラフィンブロックを調製し、薄い組織切片を得た。キシレンを用いて脱パラフィン処理を行い、エタノールで除去した。
【0083】
スライドを水で洗浄した。細胞をマイヤーヘマトキシリンで5分間染色し、水で30秒間洗浄した。細胞をリン酸緩衝生理食塩水に1分間浸漬し、水で2分間洗浄した。エオシン染色を1分間行い、次いで細胞を水で洗浄した。蝸牛の基底回転(高音域を担う領域)における聴覚神経の無傷細胞密度および血管条の面積を測定した。
【0084】
(統計分析)
すべての統計分析は、R-2.3-0(R Foundation for Statistics Computing、ウィーン、オーストリア)のグラフィカルユーザーインターフェイスであるEZR(埼玉医療センター、自治医科大学、埼玉、日本)を用いた。すべてのデータは、平均±平均の標準誤差として示される。統計的比較は、一元配置分散分析およびそれに続くTukeyの検定を用いた。バートレット検定のp値が<0.01のデータ、またはコルモゴロフ-スミルノフ検定(シャピロ-ウィルク正規性検定)のp値が<0.05のデータには、Steel-Dwass検定を使用した。
【0085】
p<0.05の差は、統計的に有意であることを示す。
【0086】
(聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関)
聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関については、相関係数Rに基づき、以下の基準を用いて評価した。
|R|=0.7~1 かなり強い相関がある
|R|=0.4~0.7 やや相関あり
|R|=0.2~0.4 弱い相関あり
|R|=0~0.2 ほとんど相関なし
【0087】
〔実施例1:人参養栄湯〕
(人参養栄湯)
人参養栄湯(NYT)は、クラシエ製薬株式会社(富山、日本)により、地黄(4g)、当帰(4g)、白朮(4g)、茯苓(4g)、人参(3g)、桂皮(2.5g)、遠志(2g)、芍薬(2g)、陳皮(2g)、黄耆(1.5g)、甘草(1g)および五味子(1g)の生薬を含む粉末として調製された。これら生薬は、外部の形態に基づいて識別され、日本薬局方および当社の基準に従ってマーカー化合物に基づいて認証されている。人参養栄湯のエキス粉末(ロット番号:E1712111A0)は、4%(w/w)にて通常の食餌と混合した。
【0088】
(HPLC分析)
人参養栄湯抽出物(0.5g)は、50%メタノール(50mL)と混合し、振とうした後、超音波処理により30分間抽出した。メンブレンフィルター(0.22μm)を使用して上清をろ過し、3次元高速液体クロマトグラフィー(HPLC)フィンガープリント分析を行った。HPLCシステムは、LC-30ADポンプ、SPD-M30Aダイオードアレイ検出器(島津製作所、京都、日本)およびYMC-Triart C18カラム(φ3.0×150 mm、YMC Co.、Ltd.、京都、日本)により構成されたものを使用した。移動相には、0.2%リン酸含有超純水/0.2%リン酸含有アセトニトリル(6:4)または0.2%リン酸含有超純水/0.2%リン酸含有アセトニトリル(8:2)を用いた。HPLC分析では、流量はLC-30ADによって0.5mL/minで制御された。カラムからの溶離液をモニターし、3次元データをSPD-M30Aダイオードアレイ検出器で処理した。
【0089】
(人参養栄湯抽出物のHPLC)
HPLCを用いて、人参養栄湯抽出物の組成を同定した。同定は、対応する標準品に基づいて、保持時間および紫外スペクトルに従ってクロマトグラフィープロファイルにて行った。その結果、0.2%リン酸含有超純水/0.2%リン酸含有アセトニトリル(6:4)を移動相として用いることにより、(E)-ケイ皮酸、グリチルリチン酸、(E)-ケイ皮酸-アルデヒド、(E)-2-メトキシシンナムアルデヒド、ノビレチン、シザンドリン、アトラクチレノリドIIIおよびゴミシンAが同定された。また、0.2%リン酸含有超純水/0.2%リン酸含有アセトニトリル(8:2)を移動相として用いることにより、ペオニフロリン、ナリルチン、ヘスペリジン、(E)-ケイ皮酸、ギンセノシドRg1および(E)-ケイ皮酸-アルデヒドが同定された。
【0090】
(ABR聴力評価結果)
人参養栄湯処置の2ヶ月後のマウスのABR聴力評価を行った。表1および
図1は、ABR聴力評価の結果を示す。データは、平均±平均の標準誤差(n=10)として表す(Steel-Dwassテスト)。
図1に示すように、未処置群(7months;7M)では、5ヶ月齢のベースライン群(5months;5M)と比較して有意に聴力が低下していた。一方、人参養栄湯を5ヶ月齢から2ヶ月間投与した人参養栄湯処置群(7months+人参養栄湯;NYT)の聴力は、5ヶ月齢のベースライン群とほとんど変わらなかった。すなわち、人参養栄湯処置群のマウスでは、未処置群で見られた聴力低下が進行せず、未処置群より聴力が有意に高かった。さらに、人参養栄湯処置群のマウスでは、4、8、12、16および32kHzのいずれの周波数においても、聴力が未処置群より有意に高かった。
【0091】
【0092】
(蝸牛組織分析結果)
次に、採取した蝸牛組織を分析した。
図2は、5ヶ月齢のベースライン群、7ヶ月齢の未処置群および人参養栄湯処置群からの標本の組織学的検査(ヘマトキシリンおよびエオシン染色)の結果を示す。表2および
図3は、5ヶ月齢のベースライン群(5M)、7ヶ月齢の未処置群(7M)および人参養栄湯処置群(NYT)における神経細胞の生細胞密度(細胞数/mm
2)を示す。
【0093】
図3に示すように、7ヶ月齢の未処置群における聴覚神経細胞の生細胞密度は、5ヶ月齢のベースライン群と比較して有意に低かった。一方、7ヶ月齢の人参養栄湯処置群における聴覚神経細胞の生細胞密度は、未処置群よりも有意に高かった。この結果から、人参養栄湯は、加齢に伴う聴覚神経細胞などの聴覚に関する細胞の萎縮、変性および死滅を抑制する作用を有することが示唆される。
【0094】
【0095】
次に、高音域の聴力に関与する蝸牛の基底回転に位置する聴覚神経細胞の解析を行った。
図4~8は、4、8、12、16および32kHzの各周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す。
図4~8において、四角は5ヶ月齢のベースライン群、三角は7ヶ月齢の未処置群、丸は7ヶ月齢の人参養栄湯処置群を表す。
【0096】
その結果、聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関係数は、4kHzではR=0.426、8kHzではR=0.453、12kHzではR=0.462、16kHzではR=0.471、32kHzではR=0.514であった。いずれの周波数でも相関がみられ、特に高音域(16および32kHz)の聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度(cells/mm2)との間には、強い正の相関が認められた(r=0.5)。
【0097】
なお、本モデルマウスでは、生後5~7ヶ月の間の血管条領域の萎縮は確認されなかった(図示せず)。
【0098】
これらの結果から、人参養栄湯が、加齢に伴う聴力低下抑制作用および聴覚神経保護作用を有することが示唆された。各周波数のABRの結果より、高音域の周波数で人参養栄湯処置マウスの聴力が未処置マウスと比較し有意に高いことが明らかになった。このことは、人参養栄湯が加齢性難聴に特徴的な高音域の聴力低下に対して有効であることを示唆している(
図1)。人参養栄湯処置マウスにおける加齢性難聴の進行抑制は、聴覚神経細胞に対する保護効果に起因する可能性がある。
【0099】
本実施例で用いたC57BL/6J雌マウスは、6ヶ月齢に加齢性難聴を発症することが報告されており(非特許文献5)、加齢性難聴の評価モデルとして広く用いられている。本実施例における聴力評価の結果および生細胞の相関性評価から、人参養栄湯は、加齢とともに変性または死滅する聴覚神経を保護することにより、加齢性難聴の進行を抑制し、聴力を維持することが示唆された。
【0100】
〔実施例2〕
(苓桂朮甘湯)
苓桂朮甘湯(RKZ)は、クラシエ製薬株式会社(富山、日本)により、白朮(1.5g)、茯苓(3.0g)、桂皮(2.0g)および甘草(1.0g)の生薬を含む粉末として調製された。これら生薬は、外部の形態に基づいて識別され、日本薬局方および当社の基準に従ってマーカー化合物に基づいて認証されている。苓桂朮甘湯のエキス粉末(ロット番号:16110425)は、1.0%(w/w)にて通常の食餌と混合した。
【0101】
(ABR聴力評価結果)
苓桂朮甘湯処置の2ヶ月後のマウスのABR聴力評価を行った。表3および
図9は、ABR聴力評価の結果を示す。データは、平均±平均の標準誤差(n=10)として表す(Steel-Dwassテスト)。
図9に示すように、未処置群(7months;7M)では、5ヶ月齢のベースライン群(5months;5M)と比較して有意に聴力が低下していた。一方、苓桂朮甘湯を5ヶ月齢から2ヶ月間投与した苓桂朮甘湯処置群(7months+苓桂朮甘湯;RKZ)の聴力は、5ヶ月齢のベースライン群とほとんど変わらなかった。すなわち、苓桂朮甘湯処置群のマウスでは、未処置群で見られた聴力低下が進行せず、未処置群より聴力が有意に高かった。さらに、苓桂朮甘湯処置群のマウスでは、12および32kHzの周波数において、聴力が未処置群より有意に高かった。
【0102】
【0103】
次に、高音域の聴力に関与する蝸牛の基底回転に位置する聴覚神経細胞の解析を行った。
図10~14は、4、8、12、16および32kHzの各周波数での聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関関係を示す。
図10~14において、四角は5ヶ月齢のベースライン群、三角は7ヶ月齢の未処置群、丸は7ヶ月齢の苓桂朮甘湯処置群を表す。
【0104】
その結果、聴力と聴覚神経細胞の生細胞密度の相関係数は、4kHzではR=0.285、8kHzではR=0.301、12kHzではR=0.297、16kHzではR=0.439、32kHzではR=0.272であった。いずれの周波数でも正の相関がみられ、特に高音域である16kHzではやや正の相関が認められた。
【0105】
なお、本モデルマウスでは、生後5~7ヶ月の間の血管条領域の萎縮は確認されなかった(図示せず)。
【0106】
これらの結果から、苓桂朮甘湯が、加齢に伴う聴力低下抑制作用および聴覚神経保護作用を有することが示唆された。各周波数のABRの結果より、高音域の周波数で苓桂朮甘湯処置マウスの聴力が未処置マウスと比較し有意に高いことが明らかになった。このことは、苓桂朮甘湯が加齢性難聴に特徴的な高音域の聴力低下に対して有効であることを示唆している。苓桂朮甘湯処置マウスにおける加齢性難聴の進行抑制は、聴覚神経細胞に対する保護効果に起因する可能性がある。
【0107】
本実施例で用いたC57BL/6J雌マウスは、6ヶ月齢に加齢性難聴を発症することが報告されており(非特許文献5)、加齢性難聴の評価モデルとして広く用いられている。本実施例における聴力評価の結果および生細胞の相関性評価から、苓桂朮甘湯は、加齢とともに変性または死滅する聴覚神経を保護することにより、加齢性難聴の進行を抑制し、聴力を維持することが示唆された。