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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023031782
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】ウィルス検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/28 20060101AFI20230302BHJP
   C12Q 1/686 20180101ALI20230302BHJP
【FI】
G01N1/28 J
C12Q1/686 Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】11
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021137484
(22)【出願日】2021-08-25
(71)【出願人】
【識別番号】000003078
【氏名又は名称】株式会社東芝
(71)【出願人】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】弁理士法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】胡 錦陽
(72)【発明者】
【氏名】小原 卓巳
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 美和
(72)【発明者】
【氏名】山本 勝也
(72)【発明者】
【氏名】大月 伸浩
(72)【発明者】
【氏名】柿沼 建至
【テーマコード(参考)】
2G052
4B063
【Fターム(参考)】
2G052AA06
2G052AB20
2G052AC18
2G052AD06
2G052AD32
2G052EB11
2G052ED01
2G052FD02
2G052GA29
2G052GA30
4B063QA01
4B063QA18
4B063QQ10
4B063QQ42
4B063QQ52
4B063QR08
4B063QR32
4B063QR62
4B063QS25
4B063QX02
(57)【要約】
【課題】試験室のBSLの管理を不要とし、一般的な環境試験室でも、ウィルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことを可能とするウィルス検出方法を提供する。
【解決手段】実施形態のウィルス検出方法は、ウィルス検出装置で実行され、不活化部が、サンプリングした環境水に含まれるウィルスを不活化する不活化工程と、保存部が、不活化工程により不活化したウィルスまたは不活化工程によりウィルスから抽出される遺伝子物質を保存する保存工程と、濃縮部が、保存工程により保存されたウィルスまたは遺伝子物質を濃縮する濃縮工程と、検出部が、濃縮工程により濃縮したウィルスまたは遺伝子物質を定性または定量して、所定ウィルスを検出する検出工程と、を含む。
【選択図】図2
【特許請求の範囲】
【請求項1】
サンプリングした環境水に含まれるウィルスを不活化する不活化工程と、
前記不活化工程により不活化した前記ウィルスまたは前記不活化工程により前記ウィルスから抽出される遺伝子物質を保存する保存工程と、
前記保存工程により保存された前記ウィルスまたは前記遺伝子物質を濃縮する濃縮工程と、
前記濃縮工程により濃縮した前記ウィルスまたは前記遺伝子物質を定性または定量して、所定ウィルスを検出する検出工程と、
を含むウィルス検出方法。
【請求項2】
前記不活化工程は、56℃以上の温度で、30分以上、前記ウィルスを加熱することで不活化する、請求項1に記載のウィルス検出方法。
【請求項3】
前記不活化工程は、0.01%以上の界面活性剤を前記ウィルスに添加して不活化する、請求項1または2に記載のウィルス検出方法。
【請求項4】
前記不活化工程は、前記環境水をpH値が4以下の環境下において前記ウィルスを不活化する、請求項1から3のいずれか一つに記載のウィルス検出方法。
【請求項5】
前記保存工程は、前記ウィルスまたは前記遺伝子物質の定性または定量を24時間以内に行う場合、不活化した前記ウィルスまたは前記遺伝子物質を25℃以下で保存する、請求項1から4のいずれか一つに記載のウィルス検出方法。
【請求項6】
前記保存工程は、前記ウィルスまたは前記遺伝子物質の定性または定量を48時間以内に行う場合、不活化した前記ウィルスまたは前記遺伝子物質を4℃以下で保存する、請求項1から4のいずれか一つに記載のウィルス検出方法。
【請求項7】
前記濃縮工程は、前記不活化工程において前記ウィルスの表面タンパクが不活化された場合、前記ウィルスに対応した濃縮方法によって当該ウィルスを濃縮する、請求項1から6のいずれか一つに記載のウィルス検出方法。
【請求項8】
前記濃縮工程は、前記不活化工程において前記ウィルスの殻を溶かす手段により当該ウィルスが不活化された場合、前記遺伝子物質に対応した濃縮方法により当該遺伝子物質を濃縮する、請求項1から6のいずれか一つに記載のウィルス検出方法。
【請求項9】
前記所定ウィルスは、RNAウィルスである、請求項1から8のいずれか一つに記載のウィルス検出方法。
【請求項10】
前記所定ウィルスは、エンベロープなし型ウィルスである、請求項1から8のいずれか一つに記載のウィルス検出方法。
【請求項11】
オートサンプラーが、前記環境水をサンプリングするサンプリング工程をさらに含み、前記不活化工程および前記濃縮工程の少なくとも一方を実行する、請求項1から10のいずれか一つに記載のウィルス検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、ウィルス検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、感染性ウィルスの大流行(パンデミック)により、人間の行動が大きく制限され、経済活動が低下し、失業率が上昇し、また、病人数が医療機関の受け入れ人数を大幅に超過し、医療崩壊など様々な社会問題が起きている。一部の感染性ウィルスは、例えば、ノロウィルス、SARS-Cоv-1ウィルス、SARS-Cоv-2ウィルスが人の腸管上皮細胞にて増殖し、感染者の半数以上の糞便中に残存することが報告されている。
【0003】
また、コロナウィルス科のウィルス(例えば、SAR-Cоv1ウィルス、SARS-Co-2ウィルス)は、潜伏期間が2~14日と長いこともあり、下水の疫学調査により、流行が始まる前に検出できる可能性があるということで、下水中のウィルス検出技術が世界的に注目されている。
【0004】
ウィルスの検査方法はいくつか開発されているが、現在最も使われているのはPCR法である。PCR法は、定量性に優れており、特に環境水のようなわずかな量のウィルスを定量するのに最も適した検出技術である。環境水からウィルスを検出、定量する場合、一般的には、以下の(1)~(7)の手順で実施する。(1)採水、(2)検査機関への輸送、(3)検体の保存、(4)濃縮、(5)対象となるウィルスを検出するためのプライマー・PCR試薬調合、(6)PCR装置による定量、(7)結果の解析。
【0005】
PCR検査は、高度な技術と設備が必要のため、現場でのリアルタイムでのウィルスの測定が難しく、検査機関への依頼が一般的である。また、PCR検査は、環境水中のウィルスの濃度が非常に低い場合、検体のウィルス濃度を一定値以上に濃縮しないと、ウィルスを検出できない。すなわち、ウィルスの濃縮操作を行った上で、PCR検査を行う必要がある。
【0006】
また、ノロウィルス、SARS-Cоv1ウィルス、SARS-Cov-2ウィルスのように感染性の高いウィルスを扱うためには、試験する人間の身を守るとともに試験室からのウィルスの拡散を防ぐためにBSL(Biosafety Level)の高い試験室でPCR検査を実施する必要があり、非常に限られた施設(主に、医療関連の研究施設)のみ実施可能である。さらに、SARS-Cov1ウィルス、SARS-Cov-2ウィルスの病原体自体を扱う場合は、BSL-3、臨床検体を扱う場合はBSL-2以上の試験室で取り扱うことが規定されており、環境水の検体についても臨床検体と同様のBSL-2相当の試験室を準備する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010-207180号公報
【特許文献2】特開2004-130196号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
環境水のサンプルを分析する検査機関は、通常、このような高いBSLの試験室を保有しておらず、感染性ウィルス含まれる可能性のサンプルの分析ができなくなる恐れがある。現在、日本では稼働している下水処理場だけで1500箇所があり、限られた分析施設しかウィルスの定量ができないため、環境水中のウィルスの分析能力を上げることができず、網羅的なデータ収取が困難となっている。
【0009】
また、環境水の疫学調査は、感染性ウィルス流行の兆候を把握できる可能性が高く、非常に注目されているが、上述したように、感染性ウィルスを含む環境水を扱う場合、高いBSLの試験室(BSL-2以上相当)での作業が必要で、一般的な環境サンプル分析機関が取り扱えない恐れがある。また、感染性ウィルス流行の兆候を把握するために、数多くのサンプル分析が必要であり、試験員の安全確保の視点からも一般な環境試験室でも検査が可能な方法が求められる。
【課題を解決するための手段】
【0010】
実施形態のウィルス検出方法は、サンプリングした環境水に含まれるウィルスを不活化する不活化工程と、不活化工程により不活化したウィルスまたは不活化工程によりウィルスから抽出される遺伝子物質を保存する保存工程と、保存工程により保存されたウィルスまたは遺伝子物質を濃縮する濃縮工程と、濃縮工程により濃縮したウィルスまたは遺伝子物質を定性または定量して、所定ウィルスを検出する検出工程と、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、従来のウィルス検出方法の流れの一例を説明するための図である。
図2図2は、第1実施形態にかかるウィルス検出方法の一例を説明するための図である。
図3図3は、第2実施形態にかかるウィルス検出方法におけるウィルスの不活化方法の一例を説明するための図である。
図4図4は、ウィルスの不活化による遺伝子物質への影響の試験結果の一例を示す図である。
図5図5は、ウィルスの保存条件による遺伝子物質への影響の試験結果の一例を示す図である。
図6図6は、第5実施形態にかかるウィルス検出方法により検出するウィルスの一例を説明するための図である。
図7図7は、第6実施形態にかかるウィルス検出方法の一例を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、添付の図面を用いて、本実施形態にかかるウィルス検出方法の一例について更に詳しく説明する。なお、本実施形態にかかるウィルス検出方法、下記に述べることに限定されない。
【0013】
図1は、従来のウィルス検出方法の流れの一例を説明するための図である。図1に示すウィルス検出方法は、環境水からPCR法によってウィルスを検出する処理の手順の一例である。具体的には、従来のウィルス検出方法は、図1に示すように、現場でサンプリングした環境水のサンプルを一定の条件で保存した後、輸送し、ウィルスの量を定性または定量できる分析施設に送られる(ステップS101)。
【0014】
その後、ウィルスの濃縮過程でPCR検査が検出可能な濃度にウィルスの濃度が高められる(ステップS102)。次いで、濃縮したウィルスを破壊し、遺伝子物質(DNAまたはRNA)を抽出する(ステップS103)。抽出した遺伝子物質がRNAの場合は、逆転写を行って、RNAをDNAに変換する。次に、抽出した遺伝子物質を鋳型にして、検出したい遺伝子配列のプライマー、DNAポリメラーゼ、その他の必須試薬と混合し、PCR(Polymerase Chain Reaction)装置を使ってポリメラーゼ連鎖反応を起こし、検出したいウィルスの遺伝子配列部分のみを対数的に増幅させる(ステップS104)。
【0015】
一般的なPCR法では、ポリメラーゼ連鎖反応で得られた反応物を回収し、染色薬品で染色し、アガロースゲルによる電気泳動で増幅されたDNA断片を分離する。次に、得られたDNA断片の濃度を測定することで、鋳型のDNA濃度を逆算し、さらに濃縮した倍率を使って、環境水のサンプル中のウィルスの濃度を算出する。近年、リアルタイムPCR装置が主流になっており、PCRで使われるプライマーに蛍光物質(例えば、Fam、Cy5、Cy3、sybr green)を付与し、蛍光分析計を、PCR装置内に設置する技術が開発されている。これにより、ポリメラーゼ連鎖反応の際に、標的DNA断片の増幅をリアルタイムで監視できるとともに、増幅した標的DNA断片を精製、電気泳動を行うことなく、反応終了直後に定量データが得られるメリットがある。
【0016】
PCR法は、感染性の高いウィルス(例えば、ノロウィルス、SARS-Cov-1ウィルス、SARS-Cov-2ウィルス)を測定する際には、試験する人間の身を守るとともに、試験室からのウィルスの拡散を防ぐためにBSLの高い試験室で実施する必要がある。そのため、PCR法は、非常に限られた施設(主に、医療関連の研究施設)のみで実施可能である。
【0017】
例えば、SARS-Cov-1ウィルス、SARS-Cov-2ウィルスの病原体自体を扱う場合は、BSL-3相当の試験室で、当該ウィルスを取り扱うことが規定されている。また、例えば、臨床検体を扱う場合は、BSL-2以上の試験室で、当該ウィルスを取り扱うことが規定されている。また、環境水の検体についても、臨床検体と同様に、BSL-2相当の試験室を準備する必要がある。
【0018】
環境サンプルを分析する検査機関は、通常、このような高いBSLに相当する試験室を保有していないため、感染性のウィルスが含まれる可能性があるサンプルの分析ができなくなる恐れがある。一方で、環境水の疫学調査は広範囲で、多地点のサンプルを分析することで、パンダミックが起こりそうな地域を事前に把握することを目的としているが、限られた施設しか測定できないことはボトルネックとなっている。
【0019】
図2は、第1実施形態にかかるウィルス検出方法の一例を説明するための図である。次に、本実施形態にかかるウィルス検出方法の一例について説明する。本実施形態にかかるウィルス検出方法は、オートサンプラー、PCR装置等のウィルス検出装置で実行されるウィルス検出方法の一例である。
【0020】
本実施形態にかかるウィルス検出方法は、まず、現場で環境水のサンプルをサンプリングした直後、特定の不活化方法によって、サンプリングした環境水に含まれる感染性のウィルスを不活化する(ステップS201)。本実施形態にかかるウィルス検出方法では、ウィルスの表面タンパクを不活化する不活化方法(所謂、表面タンパク変性)、またはウィルスの殻を溶かして遺伝子物質(DNAまたはRNA)を抽出する手段により当該ウィルスを不活化する不活化方法(所謂、殻破壊)によって、サンプリングした環境水に含まれるウィルスを不活化する。
【0021】
次に、本実施形態にかかるウィルス検出方法では、不活化したウィルスまたは不活化によりウィルスから抽出される遺伝子物質を、特定の保存条件で保存し(ステップS202)、かつ当該保存したウィルスまたは遺伝子物質を検査機関に輸送する。次いで、本実施形態にかかるウィルス検出方法では、検査機関において、当該保存したウィルスまたは遺伝子物質の濃度を高める濃縮を実行する(ステップS203)。さらに、本実施形態にかかるウィルス検出方法では、表面タンパク変性によりウィルスが不活化されている場合、濃縮したウィルスを破壊して遺伝子物質(RNA)を抽出する(ステップS204)。
【0022】
そして、本実施形態にかかるウィルス検出方法では、濃縮したウィルスから遺伝子物質を抽出した場合には、PCR法等によって、当該抽出した遺伝子物質の定性または定量分析を行って、所定ウィルスを検出する(ステップS205)。一方、本実施形態にかかるウィルス検出方法では、遺伝子物質が保存されている場合、PCR法等によって、保存された遺伝子物質の定性または定量分析を行って、所定ウィルスを検出する(ステップS206)。これにより、サンプリングした環境水のサンプルに含まれるウィルスの感染性を無くした状態で、当該サンプルが検査機関に輸送されるので、一般的な環境試験室で、ウィルスの濃縮、遺伝子物質の抽出、ウィルスの定性や定量分析が可能となる。
【0023】
従来のウィルス検出方法では、サンプリングした環境水に含まれるウィルスによって試験員の感染や、試験室に感染性ウィルスを広げる可能性があるため、BSLの厳重管理が必要で、限られた施設でしか、ウィルスを測定できず、サンプルの検査数を増やすことが困難である。これに対して、本実施形態にかかるウィルス検出方法によれば、サンプリングした環境水に含まれるウィルスが不活化されているので、試験室のBSLの管理が不要となり、一般的な環境試験室でも、ウィルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことができる。
【0024】
本実施形態にかかるウィルス検出方法では、ウィルスの定性や定量分析の方法としてPCR法を用いているが、これに限定するものではなく、例えば、抗原抗体法、LAMP法、NGS法、DNAアプタマー法等の方法による測定でも良い。
【0025】
このように、第1実施形態にかかるウィルス検出方法によれば、サンプリングした環境水に含まれるウィルスが不活化して保存されているので、試験室のBSLの管理が不要となり、一般的な環境試験室でも、ウィルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことができる。
【0026】
(第2実施形態)
本実施形態は、サンプリングした環境水に含まれるウィルスを加熱等によって不活化する例である。以下の説明では、第1実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0027】
図3は、第2実施形態にかかるウィルス検出方法におけるウィルスの不活化方法の一例を説明するための図である。ウィルスの不活化方法は、様々あり、例えば、加温による不活化、界面活性剤による不活化、抗体による不活化、次亜塩素酸による不活化、pH調整による不活化、紫外線による不活化、電子線による不活化等がある。
【0028】
ウィルスの不活化方法の最終目的は、ウィルスの感染性をなくすことであるが、不活化方法によってその原理が異なる。ウィルスは、図3に示すように、主に、3つのパーツから構成されている。ウィルスは、殻301を持っており、殻301の外はタンパク302に覆われていて、このタンパク302が宿主細胞に感染させる役割を果たしている。殻301の内部には、ウィルスの遺伝子物質303が閉じ込められている。
【0029】
ウィルスの不活化には、3つのアプローチがあり、1つ目のアプローチは、表面タンパクを変性するか、または表面タンパクの宿主細胞との結合部分に蓋をすることで、ウィルスが宿主細胞と結合する能力をなくすことである。代表的な不活化方法としては、加温方法、pH調整方法、抗体法がある。
【0030】
加温方法は、特にエンベロープウィルス(代表的なウィルスとしては、SARS-Cov-2ウィルス)に対して効果的で、サンプリングした環境水に含まれるウィルスを、56℃以上の温度で、30分以上加熱処理することで不活化する方法である。pH調整方法も、特にエンベロープウィルスに対して効果的で、サンプリングした環境水を、pH値が4以下の環境に置いて、表面タンパクを変性させて、当該ウィルスを不活化する方法である。抗体法は、それぞれのウィルスの抗原タンパクに適応する抗体が必要となる。ノーエンベロープウィルス(代表的なウィルスとしては、ノロウィルス)に関しては、エンベロープウィルスより硬い殻をもっているため、加温方法、pH調整方法による不活化が可能であるが、より強力な処理条件が必要となる。
【0031】
2つ目のアプローチは、ウィルスの殻を破ることで、ウィルスをバラバラにし、感染性をなくすことである。代表的な不活化方法としては、界面活性剤添加法、次亜塩素酸添加法、アルコール添加法等がある。界面活性剤添加法は、例えば、0.01%以上の界面活性剤をウィルスに添加して不活化する不活化方法であり、特にエンベロープウィルスに有効である。その理由としては、エンベロープウィルスの殻は脂質膜によって構成されており、界面活性剤が脂質膜を溶解する作用によって、簡単にエンベロープウィルスの殻を破壊することができるからである。
【0032】
代表的な界面活性剤としては、直鎖アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、アルキルグリコシド、アルキルアミンオキシド、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化ジアルキルジメチルアンモニウム、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、純石けん分(脂肪酸カリウム)、純石けん分(脂肪酸ナトリウム)などがあり、脂質膜を溶解できるものであれば、これに限定するものではない。
【0033】
次亜塩素酸添加法とアルコール添加法も、界面活性剤添加法と同様の原理で、ウィルスの殻を破ることが可能な方法である。特に、次亜塩素酸添加法は、殻の硬いノーエンベロープウィルスにも効果がある。
【0034】
3つ目のアプローチは、ウィルスの遺伝子物質を破壊し、ウィルスの増殖能力をなくすことである。代表的な不活化方法としては、紫外線照射法、電子線照射法等がある。これらの方法は、エンベロープウィルス、ノーエンベロープウィルスともに有効であるが、検出方法を、PCR法とする場合、検出に必要な鋳型の遺伝子物質が破壊されるため、PCR法、LAMP法、NGS法に不適合な不活化方法である。
【0035】
本実施形態では、不活化による遺伝子物質への影響について、試験で検討した。不活化による遺伝子物質の影響を検討した試験条件は、下記の表1に示す試験条件である。図4は、ウィルスの不活化による遺伝子物質への影響の試験結果の一例を示す図である。図4において、縦軸は、PCR法により測定されるCt値を表し、横軸は、不活化条件を表す。遺伝子物質には、SARS-Cov-2ウィルス由来のRNAを使用し、それぞれの不活化方法でRNAを処理し、リアルタイムPCR法にてCt値の測定を行った。
【表1】
【0036】
図4に示すように、加温と界面活性剤を使用した不活化方法の場合、純水、および環境水の一例である下水の両方においてウィルスのRNAが検出された。一方、アルコールと次亜塩素酸を添加する不活化方法の場合、純水および下水の両方においてはウィルスのRNAの検出ができなかった。アルコールは、PCR法の反応系を阻害すると知られている。次亜塩素酸は、下水中の有機物と反応したのが原因で、添加した次亜塩素酸が先に有機物によって消費されてしまったため、下水からはRNAが検出されたが、純水の場合は、アルコール添加法と同様、PCR法の反応系を阻害するため、RNAを検出できなかったと考えられる。
【0037】
この試験結果から、加温による不活化方法と界面活性剤添加による不活化方法は、PCR法への阻害がなく、環境水中のウィルス由来のRNAの検出に寄与する適切な不活化方法であることが確認された。pH調整による不活化方法は、本実施形態の試験での検討を実施していないが、以上の試験結果から、低いpH値の環境下で不活化処理した後に、pH値を中性付近に戻し、かつpH調整の過程でPCR法に対する阻害物質を用いらなければ、ウィルス由来のRNAの検出が可能と考える。
【0038】
以上、様々な環境水中のウィルスの不活化方法について記述したが、ウィルスの不活化は、通常の試験室でもウィルスが混在するサンプルの測定を可能にするためのものであり、ウィルスが完全に不活化されることが大変重要である。不活化処理の完全性を調査するには、ウィルスの感染力を調べる方法として細胞を使った培養法があるが、この試験を行うためには、BSLが高い試験室が要求される。ウィルスの種類にもよるが、SARS-Cov-2の場合、BSL-3であることが必要で、通常の検査より要求されるBSLが高くなる。そのため、現場でウィルス不活化が確実に実施されたことを検証できるよう、その不活化条件と不活化記録を残すプロセスの構築と遂行が必要である。
【0039】
このように、第2実施形態にかかるウィルス検出方法によれば、サンプリングした環境水に含まれるウィルスを、加熱方法、界面活性剤添加法、pH調整方法によって不活化することにより、PCR法への阻害なく、環境水中のウィルス由来のRNAの検出を可能とする。
【0040】
(第3実施形態)
本実施形態は、不活化したウィルスまたは遺伝子物質を25℃または4℃以下で保存する例である。以下の説明では、上述の実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0041】
感染性のウィルスを含む環境水のサンプルに不活化方法による不活化処理を施した場合、不活化方法によって不活化処理後のウィルスの形態が異なる。例えば、加熱方法による不活化方法の場合、ウィルスの表面タンパクが変形されるだけで、ウィルスの原型が保ったままであり、比較的に安定である。
【0042】
一方、界面活性剤等によるウィルスの殻を溶かす不活化方法の場合、ウィルス中の遺伝子物質がサンプル水中に溶出される。ウィルスには、DNAウィルス(遺伝子物質がDNAであるタイプ)、RNAウィルス(遺伝子物質がRNAであるタイプ)があり、特に、RNAウィルスが、DNAウィルスと比較して、環境中において特段に不安定であることが知られている。
【0043】
また、感染性のウィルスの多く(例えば、ノロウィルス、SARS-Cov-1ウィルス、SARS-Cov-2ウィルス)がRNAウィルスで、不活化処理後、サンプル中に流出した遺伝子物質が分解されないよう、工夫が必要である。遺伝子物質が不安定な原因として、環境中にDNA分解酵素(DNase、デオキシリボヌクレアーゼ)、RNA分解酵素(RNase、リボヌクレアーゼ)があらゆる場所に存在し、DNAまたはRNAを分解するからである。
【0044】
これらの遺伝子分解酵素の働きを止めるためにはいくつの方法が開発されているが、例えば、DNase、RNase阻害剤の添加、またはDNase、RNase分解薬品の添加等があるが、環境水を測定する場合、ウィルス濃度が極めて低く、大量のサンプルが必要で(例えば、100ml以上)、DNase、RNaseの働きを止めるには、大量なDNase、RNase阻害剤または分解薬品を添加する必要があるため、処理コストが大きく上昇する。また、大量なDNase、RNase阻害剤または分解薬品を添加により、サンプル中の測定ターゲット物質に悪影響を及ぼす可能性がある。これらの方法とは別に、最も簡単でかつ低コストな方法として、環境水の温度を下げる方法がある。DNase、RNaseは、酵素で、酵素活性を発揮できる温度領域がある。したがって、その温度領域以下の温度であれば、遺伝子分解酵素が休眠状態となり、酵素反応が起きにくくなる。
【0045】
そこで、本実施形態では、不活化されたサンプルのRNAの分解性と、保存温度および保存時間との関係を検討するために、SARS-Cov-2ウィルス由来のRNAを使用し、下記の表2に示す各保存条件にてRNAを保存した後、リアルタイムPCRにてCt値の測定を行った。図5は、ウィルスの保存条件による遺伝子物質への影響の試験結果の一例を示す図である。図5において、縦軸は、PCR法により測定されるCt値を表し、横軸は、保存条件を表す。
【表2】
【0046】
図5に示すように、RNAウィルスの希釈水が純水である場合、反応系に、RNaseが含まれていないため、RNAウィルスが安定し、どの保存温度と保存時間の条件においても、Ct値の検出感度が変わらない結果となる。一方、RNAウィルスの希釈水が下水である場合、下水中には、RNaseが多く含まれているため、RNAウィルスの分解がみられた。
【0047】
また、下水中に保存されたRNAウィルスが25℃と4℃のそれぞれの保存条件では、RNAウィルスが検出されたことから、不活化処理後、24時間以内にウィルス量(Ct値)を測定するのであれば、25℃(室温)の保存条件でも、RNAウィルスを検出可能であることが分かった。また、-20℃の保存条件では、保存時間が2h、24h、48hで純水とほぼ変わらない検出感度が確認されたため、不活化処理後、48時間以内にウィルス量(Ct値)を測定するのであれば、4℃以下での保存が必要であり、-20℃程度が望ましい。
【0048】
このように、第3実施形態にかかるウィルス検出方法によれば、不活化したウィルスまたは遺伝子物質を、酵素反応が起きにくい温度領域で保存することにより、サンプリングした環境水に対して、DNase、RNase阻害剤または分解薬品を添加することなく、環境水に含まれるウィルスを安定した状態で保存することができる。
【0049】
(第4実施形態)
本実施形態は、ウィルスの不活化方法に応じて、不活化したウィルスまたは遺伝子物資の濃縮方法を変更する例である。以下の説明では、上述の実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0050】
第2実施形態において述べたように、ウィルスの不活化方法は、様々であり、ターゲットとする対象も異なる。例えば、加温方法、pH調整方法、抗体法による不活化の場合、ウィルスの表面タンパクが変形または蓋がされるだけで、ウィルスの原型が保たれたままである。一方、アルコール、次亜塩素酸、界面活性剤等によるウィルスの殻を溶かす不活化の場合、ウィルス中の遺伝子物質がサンプル中に溶出される。そのため、不活化方法が異なると、その後の濃縮段階では濃縮の対象が違ってくる。
【0051】
不活化処理後、ウィルスの原型を保たれている場合、濃縮対象は、ウィルスであり、ウィルスに対応した濃縮方法を選択する必要がある。したがって、本実施形態にかかるウィルス検出方法では、ウィルスの表面タンパクが不活化された場合、当該ウィルスに対応した濃縮方法によって当該ウィルスを濃縮する。本実施形態にかかるウィルス検出方法では、例えば、ポリエチレングリコール沈殿法、陰電荷膜破砕型濃縮法、限外ろ過膜法、凍結乾燥法、セルロース吸着・凝集法、超遠心法等によって、ウィルスを濃縮するものとするが、これに限定しない。
【0052】
本実施形態にかかるウィルス検出方法では、濃縮したウィルスからRNAウィルスを抽出し、PCR法により、ウィルスの定量分析を行う。本実施形態にかかるウィルス検出方法は、PCR法に限定しないが、環境水中のウィルス濃度が非常に低い(サンプル1リッターあたり数個ほど)ため、濃縮作業が必須である。
【0053】
不活化処理後、ウィルスの遺伝子物質が溶出される場合、遺伝子物質を濃縮する必要がある。本実施形態にかかるウィルス検出方法では、ウィルスの殻を溶かす手段により当該ウィルスが不活化される場合、ウィルスから抽出する遺伝子物質に対応した濃縮方法により当該遺伝子物質を濃縮する。
【0054】
遺伝子物質の一例のDNAウィルスまたはRNAウィルスの濃縮方法の例としては、エタノール沈殿法、イソプロパノール沈殿法、磁気ビーズ法、カラム法、または市販のDNA,RNA抽出キット等があり、特に限定しない。その後、本実施形態にかかるウィルス検出方法では、濃縮した遺伝子物質をPCR法により定量する。ウィルスの検出方法は、PCR法に限定しないが、環境水中のウィルス濃度が非常に低い(サンプル水リッターあたり数個ほど)ため、濃縮作業が必須である。
【0055】
このように、第4実施形態にかかるウィルス検出方法によれば、不活化したウィルスまたは遺伝子物質に適した濃縮方法で、当該不活化したウィルスまたは遺伝子物質を濃縮することができるので、PCR法等によるウィルスの検出精度を向上させることができる。
【0056】
(第5実施形態)
本実施形態は、濃縮したウィルスまたは遺伝子物質を定性または定量して、RNAウィルスまたはエンベロープなし型ウィルスを検出する例である。以下の説明では、上述の実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0057】
図6は、第5実施形態にかかるウィルス検出方法により検出するウィルスの一例を説明するための図である。本実施形態にかかるウィルス検出方法は、RNAウィルスまたはエンベロープなし型ウィルスを所定ウィルスとして検出する。図6に示すように、ウィルスは、DNAウィルスとRNAウィルスに分類され、更にそれぞれ「エンベロープあり」と「エンベロープなし」の2種類に分類される。代表例に示すように、より人類に大きい被害を与えたのは、RNAウィルスであることが分かる。RNAウィルスの中、ノロウィルス、SARS-Cov-1ウィルス、SARS-Cov-2ウィルスが、人の腸管上皮細胞にて増殖し、感染者の半数以上の糞便中に残存し、環境水での存在が確認されている。
【0058】
本実施形態では、これらの環境水中に存在する感染性が大きく、被害が大きいウィルスの流行予兆を把握するのに非常に有効な手段を提供する。また、2019年から発生したSARS-Cov-2による世界的パンダミックがまだ収束の目途が立っていない。図6に示すように、SARS-Cov-2ウィルスは、「エンベロープあり」のウィルスであり、本実施形態において提案した不活化方法により、簡単に不活化することができる。SARS-Cov-2ウィルスの感染性と被害が大きいため、従来のウィルス検出方法では、限られた検査機関でしか分析できなかったが、本実施形態にかかるウィルス検出方法によれば、RNAウィルス(エンベロープありのウィルス)が一般的な試験室も扱えるようになり、多く分析データの蓄積により、環境水中感染性ウィルス検出による流行予兆把握システムの構築に貢献できる。
【0059】
このように、第5実施形態にかかるウィルス検出方法によれば、RNAウィルスまたはエンベロープなし型ウィルスを不活化した状態で保存することにより、験室のBSLの管理が不要となり、一般的な環境試験室でも、ウィルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことができる。
【0060】
(第6実施形態)
本実施形態は、オートサンプラーによって、環境水をサンプリングし、かつウィルスの不活化および濃縮の少なくとも一方を実行する例である。以下の説明では、上述の実施形態と同様の構成については説明を省略する。
【0061】
図7は、第6実施形態にかかるウィルス検出方法の一例を説明するための図である。本実施形態では、オートサンプラー700が、ため池またはマンホール等の水が集積された場所から環境水のサンプルを自動的に採取(サンプリング)する。オートサンプラー700が、環境水のサンプルをサンプリングする時間や採取量は特に限定しない。
【0062】
オートサンプラー700は、採取されたサンプルを、自動的に、不活化工程または濃縮工程に入れる。サンプルに含まれるウィルスの不活化方法は、第2実施形態に記載された方法があるが、ウィルスの感染性を無くす方法であれば良く、特に限定しない。ウィルスの濃縮方法に関しても、第4実施形態に記載された方法があるが、ウィルスまたはウィルスの遺伝子物質を濃縮できる方法であれば良く、特に限定しない。
【0063】
サンプルの不活化工程または濃縮工程が終了すると、オートサンプラー700は、自動的に、サンプルを保存工程に入れる。サンプルの保存条件は、第3実施形態に記載されたように、ウィルスの測定が24時間以内に行われる場合、25℃以下で保存することが望ましく、ウィルスの測定が48時間以内に行われる場合、4℃以下で保存することが望ましい。その後、保存されたサンプルは、測定工程に移り、PCR法を代表としたウィルス検出方法でウィルスの濃度を測定する。ウィルスの検出方法についても、第4実施形態と同様、特に限定しない。
【0064】
このように、第6実施形態にかかるウィルス検出方法によれば、オートサンプラー700において、サンプルの採水、不活化工程、濃縮工程、保存工程がすべて自動に行われ、人間の介在を無くすことで、ウィルスに感染するリスクが大幅に低減できる。また、ウィルスの不活化、濃縮作業は、ヒューマンエラーが起こりやすく、機械で行うことで、上記リスクも低減される。さらに、自動的に不活化処理されたサンプルであるため、オートサンプラー700で前処理されたサンプルに感染性がなく、ウィルスの検出作業は一般的な実験室でも実施可能となる。
【0065】
(その他の実施形態)
人間は、主に糞便を通して環境水特に下水にウィルスを放出するため、時間帯によってウィルス濃度に波が生じることが考えられる。オートサンプラーで採取されたサンプルは直ちに不活化工程または濃縮工程に移らず、自動保存工程によって、一定時間を保存する。例えば、1時間に一回サンプリングを実施し、一日24サンプルが取得できる。24サンプルを混合すれば、ウィルス濃度が平均化されたサンプルが得られる。このようなにンプルを自動的に作成し、不活化、濃縮、測定すれば、より実態に近い値を得ることが可能となる。
【0066】
以上説明したとおり、第1から第6の実施形態によれば、サンプリングした環境水に含まれるウィルスが不活化されているので、試験室のBSLの管理が不要となり、一般的な環境試験室でも、ウィルスの測定が可能で、測定するサンプル数を簡単に増やすことができる。
【0067】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0068】
700 オートサンプラー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7