(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023032174
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】味覚センサ用プローブ
(51)【国際特許分類】
G01N 27/28 20060101AFI20230302BHJP
G01N 27/333 20060101ALI20230302BHJP
G01N 27/30 20060101ALI20230302BHJP
G01N 27/416 20060101ALI20230302BHJP
【FI】
G01N27/28 M
G01N27/28 301Z
G01N27/333 331A
G01N27/30 F
G01N27/416 341M
【審査請求】未請求
【請求項の数】12
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021138135
(22)【出願日】2021-08-26
(71)【出願人】
【識別番号】591282205
【氏名又は名称】島根県
(71)【出願人】
【識別番号】502240607
【氏名又は名称】株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】弁理士法人谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今若 直人
(72)【発明者】
【氏名】岩田 史郎
(72)【発明者】
【氏名】古田 裕子
(72)【発明者】
【氏名】池崎 秀和
(72)【発明者】
【氏名】荒谷 和博
(57)【要約】
【課題】少量の試料で測定が可能であり、さらに測定結果のばらつきが少ない味覚センサ用プローブを提供すること。
【解決手段】試料保持具およびチップを含む味覚センサ用プローブであって、試料保持具が、第1の領域および第2の領域を有する試料保持領域と、試料を第1の領域に注入するための注入口と、第2の領域を画定する壁と、壁に設けられた、少なくとも1つの開口部と、第2の領域に設けられた、少なくとも1つの空気抜き口と、を備え、チップが、端子部と、配線部と、少なくとも1つの電極部と、を備え、試料が開口部を通って第2の領域に進入し、第1の領域と第2の領域とが流体連通し、電極部が、第2の領域で試料と接する、味覚センサ用プローブ。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料保持具およびチップを含む味覚センサ用プローブであって、
前記試料保持具が、
第1の領域および第2の領域を有する試料保持領域と、
試料を前記第1の領域に注入するための注入口と、
前記第2の領域を画定する壁と、
前記壁に設けられた、少なくとも1つの開口部と、
前記第2の領域に設けられた、少なくとも1つの空気抜き口と、
を備え、
前記チップが、
端子部と、
配線部と、
少なくとも1つの電極部と、
を備え、
前記試料が前記開口部を通って前記第2の領域に進入し、
前記第1の領域と前記第2の領域とが流体連通し、
前記電極部が、前記第2の領域で前記試料と接する、味覚センサ用プローブ。
【請求項2】
前記試料保持領域が、第2の壁により外周を囲われている、請求項1に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項3】
前記第2の壁が、前記試料保持具の一部である、請求項2に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項4】
前記第2の壁が、前記試料保持具とは別の部材により提供される、請求項2に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項5】
前記注入口と前記電極部とを結ぶ直線上に、前記壁が存在する、請求項1~4のいずれか一項に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項6】
前記壁が、前記注入口の周囲に設けられ、前記注入口の周りに前記第1の領域を画定する、請求項1~5のいずれか一項に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項7】
前記壁が、前記第2の壁と少なくとも1か所で接続された、請求項2~6のいずれか一項に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項8】
前記壁が複数設けられた、請求項1~5のいずれか一項に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項9】
前記電極部が複数備えられ、前記第2の領域が前記電極部ごとに複数設けられた、請求項8に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項10】
前記空気抜き口が、前記第2の領域ごとに複数設けられた、請求項9に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項11】
前記電極部の少なくとも1つが、脂質膜との相互作用に疎水性相互作用が介在する味物質に感応する電極部である、請求項1~10のいずれか一項に記載の味覚センサ用プローブ。
【請求項12】
前記チップが前記電極部を複数備え、複数の前記電極部が少なくとも2種類の味に応答するように構成される、請求項1~11のいずれか一項に記載の味覚センサ用プローブ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は味覚センサ用プローブ、特に、試料保持具を備える味覚センサ用プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
人間の有する五感の一つである味覚を数値化することは、食品の高付加価値化の検討および食品の製造品質管理などの際に客観的な指標を与えることができるため、食品業界において強いニーズがあり、高い関心を集めている。また、創薬分野においては、苦味を抑制するためのマスキング技術の開発において、味覚センサがしばしば利用されている。
【0003】
しかし、従来の味覚センサは大型であり、測定のための試料溶液を大量に必要とするため、わずかしか量が確保できないような試料の場合は測定が困難であった。また、一度に多数の試料を測定するような場合には、試料溶液の調製に多大な労力が必要となり、試験者の負担となっていた。
【0004】
そこで、少量の試料でも測定可能な小型の味覚センサが開発されてきた(特許文献1、特許文献2)。特に、特許文献1には、少量の試料溶液をセンサチップに滴下することで味覚を測定することができる、小型味覚センサが開示されている。
【0005】
しかし、少量の試料をセンサチップに滴下する方法は測定結果のばらつきが大きいという問題を有していた。特に、タンニン酸、キニーネ塩酸塩、イソα酸など、脂質膜との相互作用に疎水性相互作用が介在する味物質においては、試料の液量が少量の場合にばらつきが生じやすい傾向にあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11-248669号公報
【特許文献2】特開2007-57459号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、本発明の課題は、少量の試料で測定が可能であり、さらに測定結果のばらつきが少ない味覚センサ用プローブを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施態様は、試料保持具およびチップを含む味覚センサ用プローブであって、前記試料保持具が、第1の領域および第2の領域を有する試料保持領域と、試料を前記第1の領域に注入するための注入口と、前記第2の領域を画定する壁と、前記壁に設けられた、少なくとも1つの開口部と、前記第2の領域に設けられた、少なくとも1つの空気抜き口と、を備え、前記チップが、端子部と、配線部と、少なくとも1つの電極部と、を備え、前記試料が前記開口部を通って前記第2の領域に進入し、前記第1の領域と前記第2の領域とが流体連通し、前記電極部が、前記第2の領域で前記試料と接することを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
上記のように、本発明の味覚センサ用プローブは、試料保持具を含むことにより、試料が少量の場合でも味覚の測定を容易に行うことが可能となる。さらに、本発明の味覚センサ用プローブは、壁が試料保持具内における試料の流動を抑えることにより、測定結果のばらつきを抑える効果を有する。
【0010】
加えて、本発明の味覚センサ用プローブを用いることにより、より短時間で電位が安定するため、測定時間を短縮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、本発明の試料保持具の第1の態様を示す。
【
図2】
図2は、本発明の試料保持具の第2の態様を示す。
【
図3】
図3は、本発明の試料保持具の第3の態様を示す。
【
図4】
図4は、本発明の試料保持具の第4の態様を示す。
【
図6】
図6は、本発明の味覚センサ用プローブの使用時の態様を例示する。
【
図7】
図7は、本発明の味覚センサ用プローブを装着した小型味覚センサシステムを例示する。
【
図8】
図8は、実施例1による、注入方向を変えた場合の本発明および比較例の応答電圧の比較を示す。
【
図9】
図9は、実施例2による、試料溶液の注入速度を変えた場合の本発明と比較例との応答電圧の比較を示す。
【
図10】
図10は、実施例3による、本発明の試料保持具の第2の領域の高さを変えた場合の、それぞれの電極の応答電圧を示す。
【
図11】
図11は、実施例4による、本発明の試料保持具の第1の態様および第4の態様における、応答電圧のばらつきの経時変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。なお、図中において、同一の符号は同一の構成要素を示す。同一の構成要素に関しては、重複する説明を割愛する場合がある。
【0013】
(味覚センサ用プローブ)
本発明の第1の態様の味覚センサ用プローブ400は、試料保持具100およびチップ200を含む。以下、本発明の第1の態様について説明をするが、他の態様の試料保持具101~103を含む味覚センサ用プローブ400についても、同じ符号が付与されたものについては同様の機能を提供する。
【0014】
(試料保持具)
本発明の試料保持具100は、第1の領域15および第2の領域16を有する試料保持領域と、試料を第1の領域15に注入するための注入口13と、第2の領域16を画定する壁11と、壁11に設けられた少なくとも1つの開口部12と、第2の領域16に設けられた少なくとも1つの空気抜き口14と、を備える。本発明の試料保持具100において、注入口13から第1の領域15に注入された試料は、第1の領域15と流体連通する第2の領域16に、開口部12を通って進入する。第2の領域16において試料は、電極部23(後述)と接する。
【0015】
本明細書において、第1の領域15とは、注入口13から注入された試料を最初に受け入れる領域を意味する。第1の領域15は、その内部、またはその外縁の少なくとも一部に、第2の領域を画定する壁11とはまた別の壁を有してもよい。第1の領域15の外縁に別の壁を有する場合、別の壁は、試料が第1の領域15から流出するための少なくとも1つの開口部を有する。本発明の試料保持具100において、第1の領域15から流出した試料が、開口部12を通って第2の領域16に進入することで、第1の領域15と第2の領域16とが流体連通する。試料保持具100において、第1の領域15と第2の領域16とが流体連通することができれば、両者の間はいかなる構成でもよい。例えば、第1の領域15と第2の領域16とが開口部12を介して隣接していてもよく、第1の領域15と第2の領域16との間に、第1の領域15および第2の領域16とはまた別の領域を有していてもよい。
【0016】
試料保持領域
本発明の味覚センサ用プローブ400において、試料保持具100は第1の領域15および第2の領域16を有し、試料を保持することのできる試料保持領域を備える。試料保持領域は任意の形状とすることができるが、線対称または点対称などの対称性を有する形状であることが好ましい。対称性を有する形状としては、例えば、これらに限定されるものではないが、円形、および正方形、六角形、八角形などの多角形などが挙げられ、より好ましくは円形である。
【0017】
試料保持領域は、第2の壁17により外周を囲われていてもよい。第2の壁17は、試料保持具の一部であってもよく、試料保持具とは別の部材により提供されてもよい。別の部材としては、例えば、これに限定されるものではないが、O-リングなどのシール部材などが挙げられる。
【0018】
試料保持領域は、測定に十分な量の試料を保持することができれば、任意の高さとすることができる。試料保持領域の高さは、これらに限定されるものではないが、例えば、0.3mm~10.0mm、好ましくは0.5mm~5.0mm、より好ましくは1.0mm~3.5mmとすることができる。
【0019】
注入口
本発明の試料保持具100は、試料を第1の領域15に注入するための注入口13を備える。試料を注入することができれば、注入口13はどのような形状および寸法でもよい。また、注入口13は、注入ガイド18を備えてもよい。注入ガイド18は、一般的に、注入口13の周囲に設けられた壁の形態を有する。注入口13が注入ガイド18を有する場合、注入される試料が注入ガイド18にぶつかることで試料の勢いが低減されるため、測定結果のばらつきをさらに抑えることに役立つ。
【0020】
壁
本発明の味覚センサ用プローブにおいて、試料保持具100は、さらに壁11を備える。壁11は第2の領域16を画定する壁であり、電極部23の周囲に試料を保持する機能を有する。さらに、注入口13と電極部23とを結ぶ直線上に壁11が存在する場合、前記壁11は、注入口13から注入された試料が電極部23と接するまでにその勢いを低減する、障壁としての機能も有する。
【0021】
壁11は任意の形状とすることができる。一態様において、壁11は、注入口13の周囲に設けられることで、注入口13の周りに第1の領域15を画定してもよい(
図1参照)。また別の態様において、壁11は、複数設けられてもよい(
図2~4参照)。例えば第2の態様において、壁11は、放射状に複数配置されてもよい(
図2参照)。また別の態様において、チップが複数の電極部23を備える場合、壁11は、電極部23ごとに複数の第2の領域16を画定してもよい(
図3及び4参照)。
【0022】
壁11は任意の高さとすることができるが、試料の流動を妨げる目的から、壁11は、試料保持領域と同じ高さとすることが好ましい。壁11の高さは、これらに限定されるものではないが、例えば、0.3mm~10.0mm、好ましくは0.5mm~5.0mm、より好ましくは1.0mm~3.5mmとすることができる。
【0023】
第1の領域15および第2の領域16の表面は、測定対象である試料に対して撥液性を有することが好ましい。撥液性は、試料保持具100自体を撥液性材料から形成することにより、初めから備えていてもよいが、試料保持具100を非撥液性材料から形成し、第1の領域15および第2の領域16の表面を撥液性材料でコーティングすることにより、撥液性を付与してもよい。
【0024】
開口部
本発明の試料保持具100は、壁11に設けられた少なくとも1つの開口部12を有する。注入口13から第1の領域15に注入された試料は、第1の領域と流体連通する第2の領域16に、開口部12を通って進入する。開口部12は、任意の形状および寸法とすることができる。
【0025】
空気抜き口
本発明の試料保持具100は、第2の領域16に設けられた、少なくとも1つの空気抜き口14を備える。空気抜き口14は、本明細書において、試料保持具100に試料を注入している間、試料保持具100内の空気が抜けていく開口を意味する。空気抜き口14は1つのみ設けられてもよく、複数設けられてもよい。例えば、第2の領域16が複数設けられる態様においては、複数の第2の領域16のそれぞれに空気抜き口14が1つずつ備えられてもよい。空気抜き口14は、第2の領域16内であれば任意の場所に設けることができるが、第2の領域16を試料で満たすという目的から、試料が流れる経路の終点もしくはその付近に設けられることが好ましい。空気抜き口14は、任意の形状および寸法とすることができる。
【0026】
(味覚センサ用プローブの別の態様)
味覚センサ用プローブ400の第2の態様は、
図2に示される第2の態様の試料保持具101を備える。試料保持具101は、放射状に配置され、かつ第2の壁17と一体となっている壁11と、注入ガイド18を有する注入口13と、6つの開口部12と備える。試料保持具101において、壁11の体積を増加させることで、第2の領域16の体積を減らすことができ、したがって測定に必要な試料の量を減らすことができる。試料保持具101に対し、チップ200の電極部23は、6つの第2の領域16のそれぞれに配置される。
【0027】
第1の態様では、開口部12から流出した試料が第2の領域16に沿って流れ、それぞれの電極部23と順に接液するのに対し、この構成は、注入された試料がそれぞれの電極部23と接するまでの経路が電極部23の位置によらず同じであるため、測定結果が電極部23の位置に左右されない。試料保持具101において、注入ガイド18は、注入口13から注入された試料の勢いを低減させることにより、試料の流速に由来する測定結果のばらつきを抑えることに役立つ。さらに、放射状に配置された壁11により、電極部23周囲の試料の流動が妨げられるため、ばらつきをさらに抑えられるだけでなく、電位が安定するまでの時間を短縮することができ、より短時間での測定が可能になる。また、電極部23を構成する脂質膜24が試料と接すると、脂質膜24の成分が試料中に溶出することがあるが、それぞれの電極部23の間に壁11を配置する構成とすることにより、試料中に溶出した脂質膜成分が拡散することを防ぐことができるため、脂質膜24が他の脂質膜24の成分により汚染されることを防ぐことができる。
【0028】
味覚センサ用プローブ400の第3の態様は、
図3に示される第3の態様の試料保持具102を備える。試料保持具102において、壁11は複数配置され、それぞれの壁が第2の領域16を画定している。複数の第2の領域16のそれぞれに空気抜き口14が設けられ、それにより、それぞれの第2の領域16内を試料で満たすことができる。この態様において、試料保持領域の外側にO-リングなど、試料保持具とは別の部材(不図示)を装着することにより、第2の壁が提供される。
【0029】
試料保持具102は、注入口13と電極部23とを結ぶ直線上に壁11を有することにより、注入された試料の勢いを電極部23と接触するまでに低減させることができるため、注入速度に由来する測定誤差を少なくすることができる。さらに、第2の領域16が電極部23ごとに設けられることにより、電極部23の周囲における試料の流動を抑制することができる。これにより、測定結果のばらつきを抑えることができるだけでなく、電位が安定するまでの時間が短縮され、より短時間での測定が可能になる。加えて、それぞれの第2の領域16の間の試料の移動が制限されるため、それぞれの脂質膜24間の汚染を防ぐこともできる。
【0030】
本発明の味覚センサ用プローブ400の第4の態様は、
図4に示される、第4の態様の試料保持具103を備える。試料保持具103は、第3の態様の試料保持具102の変形例である。試料保持具103は、第3の態様の試料保持具102のものよりも小さい開口部12を有する。試料保持具103は、開口部12を小さくすることにより、電極部23の周囲の試料の流動をさらに抑えることができるため、測定結果のばらつきをさらに抑えることができるとともに、測定時間をさらに短縮することができる。加えて、それぞれの第2の領域16の間の試料の移動が制限されるため、それぞれの脂質膜24間の汚染を防ぐこともできる。
【0031】
(試料保持具の製造方法)
試料保持具100を形成する材料は、試料を保持することができ、さらに試料と相互作用しない材料であれば、いかなるものでもよい。試料保持具100を形成する材料としては、例えば、これらに限定されないが、ガラス、合成樹脂、合成ゴム、セラミックス、または耐水処理した紙および木材等が挙げられ、好ましくは合成樹脂である。合成樹脂の例としては、これらに限定されないが、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ポリウレタン、ポリテトラフルオロエチレン、ポリ乳酸、アクリロニトリルブタジエンスチレン(ABS)樹脂、アクリロニトリルスチレン(AS)樹脂、アクリル樹脂、ポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリアセタール、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、フェノール樹脂、メラミン樹脂、尿素樹脂、アルキド樹脂、エポキシ樹脂、シリコーン樹脂、ポリスルホン、ポリエーテルサルフォン、ポリアリレート、ポリアミドイミド、ポリエーテルイミド、ポリフェニレンスルフィド、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、およびフッ素樹脂などが挙げられる。
【0032】
試料保持具100は既知の成形技術を使用して製造することができる。既知の樹脂成形技術としては、例えば、射出成形、プレス成形、および3Dプリンタによる成形などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0033】
(チップ)
図5は、本発明の味覚センサ用プローブ400におけるチップ200を示す。チップ200は、端子部21と、配線部22と、少なくとも1つの電極部23と、を備える。端子部21は、チップ200を味覚センサ装置50に接続する部分である。配線部22は、端子部21と電極部23とを接続する部分であり、電極部23で取得された電位を電気信号として端子部21へ伝達する機能を有する。電極部23は、導電体と脂質膜24とが電荷移動可能に接続された構成を有し、試料中の味物質が電極部23の脂質膜24と相互作用した際の電位の変化を検出する部分である。電極部23で検出された電位は、配線部22を通って端子部21に伝えられ、端子部21を介して味覚センサ装置50に伝達される。
【0034】
チップ200は、電極部23を1つのみ備えてもよく、複数の電極部23を備えてもよい。チップ200が複数の電極部23を備える場合、それぞれの電極部23の測定対象となる味はすべて同じでもよく、異なるものでもよい。例えば、チップ200に電極部23を6つ設けた場合、すべて塩味感応性の電極部23としてもよく、塩味感応性の電極部23と酸味感応性の電極部23とを3つずつ設けてもよく、6つの電極部23をそれぞれ、甘味感応性、苦味感応性、酸味感応性、塩味感応性、旨味感応性、および渋味感応性としてもよい。
【0035】
(チップの製造方法)
チップ200は、当分野で既知の方法により作製することができる。例えば、基板20上に導電体を配置し、さらに電極部23に相当する部分に脂質膜24を形成することで作製してもよい。
【0036】
基板
基板20を形成する材料は、絶縁性を有し、測定するのに十分な強度を提供できるものであれば、当分野で使用されるあらゆる材料を使用することができる。例えば、これらに限定されるものではないが、ガラス、プラスティック、合成ゴム、セラミックス、または耐水処理した紙もしくは木材などを用いることができる。
【0037】
導電体
導電体は、これらに限定されないが、アルミニウム、クロム、銅、銀、白金、金等の金属または炭素であってもよい。好ましくは、炭素である。基板20上への導電体の形成は、当分野で一般的に用いられている方法を用いることができる。例えば、カーボンペーストをスクリーン印刷法等により、基板20上に塗布し、乾燥および焼成し、カーボン層を基板20上に形成することができる。また、スパッタリングまたは蒸着法により、導電体層を配置してもよい。さらに、導電体の少なくとも一部が、熱硬化性樹脂または紫外線硬化性樹脂などにより被覆されてもよい。
【0038】
脂質膜
脂質膜24は、導電体の電極部23に相当する部分を覆うように形成される。
【0039】
脂質膜24は、当分野で既知の脂質膜24を使用することができる。脂質膜24は、一般的に、高分子基質、可塑剤、および脂質を混合し成膜することで得ることができる。電極部23は、脂質膜24を形成する脂質および可塑剤の配合比を変化させることにより、応答する味物質の種類および感度などを変化させることができる。
【0040】
脂質膜24に用いる高分子基質は、脂質膜24に試料を接触させ、電位の変化を検出するのに十分な強度を提供できるものであればよい。これらに限定されないが、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリスチレン、ポリサルフォン、ポリカーボネート、ポリアリレート、ポリエチルスルフォン、ポリサルフォン・サルフォネート、アロマチックポリアミド、ポリグルタメート、ポリビニルアルコール、ポリアクリロニトリル、ポリビニールダイフロライド、ポリエチレン・ウレタン、ポリビニールブチラル、ポリビニールピリジン、ナイロン66、ニトロフェニルエーテル、セルローズアセテート、セルローズアセテートブチレート、アガー、k-カラギーナン、ソジウムアルギネート、エポキシ、ポリp-キシレン、ポリテトラフルオロエチレン、うるしなどを用いることができる。
【0041】
脂質膜24に用いられる可塑剤は、脂質膜24に柔軟性を提供する。これらに限定されるものではないが、可塑剤として、リン酸エステル、フタル酸エステル、脂肪酸エステル、アジピン酸エステル、クエン酸エステル、セバシン酸エステルなどを用いることができる。
【0042】
脂質膜24に用いられる脂質は、当分野で既知のあらゆる脂質を用いることができる。例えば、これらに限定されるものではないが、脂質として、モノアルキルホスフェート、ジアルキルホスフェート、オレイルアミン、アルキルアンモニウム塩、脂肪酸、脂肪族アルコール、コレステロール、レシチンなどを用いることができる。
【0043】
脂質膜24は、当分野で既知の方法により作製することができる。脂質膜24は、例えば、高分子基質、可塑剤、および脂質を有機溶媒に溶解させ、導電体の電極部23に相当する部分に滴下し、溶媒を除去することで作製してもよい。
【0044】
味物質が脂質膜24と相互作用するメカニズムは、主に静電相互作用または疎水性相互作用に分けられる。本発明の味覚センサ用プローブ400は、いかなる味物質の測定にも使用可能であるが、特に味物質と脂質膜24との相互作用に疎水性相互作用が介在する味物質の測定において有用である。脂質膜24との相互作用に疎水性相互作用が介在する味物質としては、例えば、これらに限定されるものではないが、タンニン酸、キニーネ塩酸塩、イソα酸などの苦味物質が挙げられる。
【0045】
(参照電極)
参照電極は、試料との接触により、測定の基準となる電位を示すように構成される。参照電極は、例えば、別の独立したプローブ(外部参照電極)などとして用意してもよい。味覚センサにおいては、脂質膜を使用して構成される指示電極(電極部)と、参照電極との間の電圧(電位差)を測定することで、試料中の味物質の量を評価することができる。
【0046】
(シール部材)
本発明の味覚センサ用プローブ400において、試料の漏出を防ぐために、試料保持具100の第2の壁17の周囲にさらにシール部材が使用されてもよい(
図6(a))。本発明の味覚センサ用プローブ400に使用できるシール部材としては、例えばO-リングなどが挙げられる。
【0047】
(固定治具)
本発明の味覚センサ用プローブ400は、試料保持具100とチップ200とを固定するための固定治具300をさらに含んでもよい(
図6(d))。固定治具300を形成する材料は、試料保持具100およびチップ200を固定できる強度を提供することができればいかなるものでもよい。そのような材料としては、例えば、これらに限定されないが、ガラス、合成樹脂、合成ゴム、セラミックス、または耐水処理した紙および木材等が挙げられ、好ましくは合成樹脂である。固定治具300を形成する材料は、試料保持具100を形成する材料と同じでもよく、異なるものでもよい。
【0048】
(味覚センサ用プローブの使用時の態様)
図6(a)~(d)は、本発明の味覚センサ用プローブ400の使用時の態様を例示する。
図6(a)は、本発明の試料保持具100に、シール部材としてO-リング110を装着した状態を図示する。
図6(b)は、試料保持具100にチップ200を、電極部23が第2の領域16に配置されるように重ねた図である。
図6(c)は、
図6(b)の試料保持具100およびチップ200を固定治具300により固定した、本発明の味覚センサ用プローブ400を示す。
図6(d)は、
図6(c)の味覚センサ用プローブ400を裏返した図である。本発明の味覚センサ用プローブ400は、一般的に、
図6(d)に示された向きで使用される。
【0049】
(味覚センサ装置)
図7は、本発明の味覚センサ用プローブ400および味覚センサ装置50を含む味覚センサシステム500を例示する。味覚センサ装置50は、味覚センサとして使用することができれば、いかなる構成を有してもよい。例えば、
図7に示す味覚センサ装置50は、表示部51および操作部52を備え、制御部および記録部を内蔵する。
【0050】
本発明の味覚センサ用プローブ400は、端子部21を介して、味覚センサ装置50に取り外し可能に接続することができる。したがって、本発明の味覚センサ用プローブ400は、使い捨て可能とすることができる。
【0051】
味覚センサは、味物質と脂質膜とが相互作用することで生じる電位を検出することを原理とする。理論により拘束されるものではないが、例えば特許文献1に記載されているような電極部に試料を滴下する方法では、滴下された試料中に存在する味物質が少ないために、脂質膜との相互作用が平衡状態に至らず、その結果、測定結果のばらつきが生じると考えられる。一方、本発明の味覚センサ用プローブは、試料保持具を備えることにより、味物質と脂質膜との相互作用が平衡状態に至る程度に十分な量の試料を電極部に接触させることができるため、安定した測定を行うことができると考えられる。
【0052】
一方、一般的に、限られた空間へ流体を注入すると流体は激しい流動を生じる。流体のそのような激しい流動は、味覚センサにおいては、電極部における電位を不安定にさせるため、測定結果のばらつきをもたらす原因になり得る。しかし、本発明の試料保持具は、壁が試料の流動を抑制する障壁として働くため、試料保持具内のような狭い空間に流体を注入したとしても、電極部における電位を短時間で安定させることができ、測定結果のばらつきを抑えることができるだけでなく、より短時間で測定結果を得ることができると考えられる。
【実施例0053】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0054】
(チップ)
ポリエチレンテレフタレート基板に、導電体としてカーボンペーストをパターニングし、さらに導電体の配線部を紫外線硬化性樹脂で覆った。次に、脂質膜成分をテトラヒドロフランに溶解させ、電極部部分に滴下し、乾燥させて脂質膜を形成したものをチップとして使用した。
【0055】
(試料保持具)
3Dプリンタを用い、
図1~
図4に示す、第1~第4の態様の試料保持具を作製した。第1、第2、第3および第4の態様の試料保持具を、以下それぞれE1、E2、E3およびE4と記載する。また、比較例として、壁を有しない試料保持具を同様の手順で作製した(以下、C1という)。
【0056】
(参照電極)
参照電極は、市販のAg/AgClガラス電極を外部参照電極として用いた。
【0057】
(試料の調製)
以下の組成となるように、試料溶液を調製した。
試料溶液Aの組成
酒石酸 0.3mM
KCl 30mM
試料溶液Bの組成
酒石酸 0.3mM
KCl 30mM
キニーネ塩酸塩 0.1mM
試料溶液Cの組成
酒石酸 0.3mM
KCl 30mM
イソα酸 0.01体積%
【0058】
(実施例1:注入方向が測定結果に与える影響の検証)
E1およびC1の試料保持具を用いて、試料の注入方向が測定結果のばらつきに与える影響を調べた。試料保持具(E1またはC1)にO-リングを装着し、固定治具を用いてチップを試料保持具に固定して、味覚センサ装置に接続した。次に、マイクロピペットを用いて約1mLの試料溶液Bをさまざまな向きで注入した。注入方向は試験ごとに変更した。試料溶液注入後、注入口から外部参照電極を挿入し、各電極の応答電圧を測定した。試験は、E1およびC1でそれぞれ6回ずつ行った。結果は、ピペット先端の前方にあった電極(1個)およびそれ以外の電極(5個)を、それぞれ平均値および標準偏差で示す(t検定:**P<0.01)。なお、参考として、C1を用いて試料溶液Aを測定した場合の結果も確認した。
【0059】
(結果)
結果を
図8に示す。試料溶液Bは、味物質と脂質膜との相互作用に疎水性相互作用が働く試料であるが、試料溶液Aは味物質と脂質膜との相互作用に疎水性相互作用が介在しない試料である。C1を使用した場合において、試料溶液Bと試料溶液Aとの結果を比較すると、試料溶液Bの結果の方が、注入方向に位置する電極とそうでない電極との間の差が大きかった。このように、味覚センサにおいては、脂質膜との相互作用に疎水性相互作用が介在する物質の方が、電極間で結果のばらつきが大きくなる傾向にあることが確認された。
【0060】
また、試料溶液Bについては、
図8に示す通り、E1の試料保持具を使用した方が、C1を使用した場合よりも、注入方向にある電極とそうでない電極との間で、結果の差が小さかった。この結果から、本発明の味覚センサ用プローブにおいて、試料保持具が壁を有することにより、注入方向に由来する結果のばらつきを低減することができることが示された。
【0061】
(実施例2:注入速度が測定結果に与える影響の検証)
試料保持具にE1およびC1を用い、試料の注入速度を変えた以外は実施例1と同じ条件で試験した。試料溶液B約1mlを、注入速度を0.4ml/secおよび0.2ml/secで注入した。注入方向は試験ごとに変更した。試料注入後、注入口から外部参照電極を挿入し、各電極の応答電圧を測定した。試験は、E1およびC1を用いてそれぞれ6回ずつ行った。結果は、試料溶液の注入方向にあった電極(1個)と、それ以外の電極(5個)とでそれぞれ平均値および標準偏差で示す(t検定:*P<0.05、**P<0.01)。
【0062】
(結果)
結果を
図9に示す。
図9に示す通り、C1では、どちらの注入速度においても、試料溶液の注入方向に位置する電極とそうでない電極との間で結果に差が生じた。また、特に試料溶液の注入方向に位置する電極においては、0.4ml/secと0.2ml/secとで結果の差が顕著であった。一方、E1の試料保持具を用いた場合は、注入方向および注入速度を変化させても、ほぼ一定の結果を得ることができた。この結果から、本発明の味覚センサ用プローブにおいて、試料保持具が壁を有することにより、試料の注入方向および注入速度に由来する測定結果のばらつきを軽減できることが示された。
【0063】
(実施例3:試料保持領域の高さの検討)
試料保持具E1の第2の領域の高さを0.5mm~3.1mm(内寸)まで変化させた試料保持具を作製し、各電極の応答電圧を測定した。第2の領域の高さを変更した以外は、実施例1と同様に試験した。注入口から試料溶液Bを約1mL注入し、注入口から外部参照電極を挿入して各電極の応答電圧を測定した。試験は3回行ったが、脂質膜が異常な形状を有していた電極部は測定から除外したため、結果はN=2またはN=3の結果である。
【0064】
(結果)
図10は、それぞれの電極の測定結果をプロットしたグラフである。第2の領域の高さを0.5mm~3.1mmとしたいずれにおいても、各電極における測定結果のばらつきは少なかった。さらに、第2の領域の高さが高くなるほど、電極間のばらつきも小さくなる傾向にあった。一般に、流体の流速は流体が流れる空間が狭くなるほど速くなり、空間が広くなるほど流速は低下する。したがって、第2の領域の高さが低いほど、第2の領域を流れる試料の勢いが強くなり、それぞれの電極が試料から受ける影響の差が大きくなったため、電極間のばらつきが生じたと考えられる。一方、理論により拘束されるものではないが、第2の領域の高さを高くすると、第2の領域を流れる試料の勢いが低下するため、それぞれの電極が試料の勢いから受ける影響が小さくなり、結果として電極間のばらつきの抑制につながったと考えられる。さらに、第2の領域の高さを高くする、すなわち注入できる試料の体積を増加させることで、味物質を第2の領域全体にわたって均一に行きわたらせることができ、結果として各電極間のばらつきを抑制することができたと考えられる。
【0065】
(実施例4:試料保持具の形状検討)
様々な構造を有する試料保持具E1~E4を用いて、試料保持具の構造が測定結果のばらつきに与える影響を検討した。試料保持具を装着したチップを味覚センサ装置に接続し、約1mLの試料溶液Cを、注入時間1秒(1s)または5秒(5s)で試料保持具に注入した。試料溶液注入後、注入口に外部参照電極を挿入して各電極の応答電圧を測定した。対照は、試料保持具を装着していないチップを、試料溶液に1秒または5秒かけて浸漬させて測定した(浸漬法)。測定は、電極部1つをN=1とし、注入時間1秒または5秒の条件でそれぞれ6回ずつ測定することで、N=36とした。結果は、平均値および標準偏差で示す。また、それぞれの試料保持具について、1sと5sとの結果を合わせたN=72の結果を算出し、その平均値および標準偏差を比較した。
【0066】
(結果)
結果を表1に示す。試料保持具E1を使用した場合は、浸漬法よりも1sおよび5sの平均値の差は小さかったが、N=72でのばらつきは浸漬法よりもわずかに大きくなった。E2では、1sおよび5sの平均値の差は浸漬法と同程度であったが、N=72でのばらつきは浸漬法よりも少なかった。E3およびE4では、1sおよび5sの平均値の差が他の試料保持具よりも小さく、さらにN=72でのばらつきも少なかった。この結果から、本発明の味覚センサ用プローブにおいて、試料保持具の構造を変化させることで、浸漬法よりも測定結果のばらつきを低減できることが示された。
【0067】
【0068】
図11のグラフは、応答電圧(N=72)の標準偏差を1秒ごとにプロットしたグラフである。
図11に示されるように、E1では、応答電圧の標準偏差が7秒後付近から40秒後に向けて徐々に小さくなっているのに対し、E4では10秒後から40秒後までほとんど変化しなかった。この結果から、E4の試料保持具を測定に用いた場合、E1よりもより短時間で応答電圧が安定することがわかり、したがって、E4を用いた場合はより短時間で測定できることが示された。さらに、
図11のグラフにおいて、E4における標準偏差の絶対値がE1よりも小さいことから、測定にE4を用いた場合、E1よりも結果のばらつきを抑制できることが示された。このことから、本発明の試料保持具は、その構造を変化させることにより、少量の試料で測定が可能となるだけでなく、測定結果のばらつきを抑える効果を有することも示された。
【0069】
以上の結果から、本発明の味覚センサ用プローブを用いることにより、試料が少量の場合でも再現良く測定結果を得られることが示された。さらに、試料保持具の構造を変化させることにより、さらなるばらつきの低減および測定時間の短縮が可能であることが示された。