(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023032692
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】アルミニウム合金圧延板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 21/06 20060101AFI20230302BHJP
C22F 1/047 20060101ALI20230302BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20230302BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/047
C22F1/00 606
C22F1/00 604
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 640A
C22F1/00 631A
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
【審査請求】未請求
【請求項の数】5
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021138973
(22)【出願日】2021-08-27
(71)【出願人】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000648
【氏名又は名称】弁理士法人あいち国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山田 竜也
(72)【発明者】
【氏名】立山 真司
(72)【発明者】
【氏名】八野 元信
(57)【要約】
【課題】高い強度を有し、成形性及び耐応力腐食割れ性に優れたアルミニウム合金圧延板及びその製造方法を提供する。
【解決手段】アルミニウム合金圧延板は、Mn:0.25質量%以上0.50質量%以下及びMg:2.8質量%以上3.8質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している。圧延方向における引張強さが200MPa以上250MPa以下であり、圧延方向における0.2%耐力が100MPa以上130MPa以下であり、圧延方向における伸びが23%以上である。アルミニウム合金圧延板の表面からの深さが厚みの1/2である位置における硬さが、前記表面からの深さが厚みの1/4である位置における硬さの90%以上100%以下である。圧延方向に平行な断面における、(001)面が前記表面に対して垂直に配向している結晶方位の方位密度の合計が40以上である。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム合金鋳塊に圧延を施してなるアルミニウム合金圧延板であって、
Mn:0.25質量%以上0.50質量%以下及びMg:2.8質量%以上3.8質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
圧延方向における引張強さが200MPa以上250MPa以下であり、
圧延方向における0.2%耐力が100MPa以上130MPa以下であり、
圧延方向における伸びが23%以上であり、
前記アルミニウム合金圧延板の表面からの深さが厚みの1/2である位置における硬さが、前記表面からの深さが厚みの1/4である位置における硬さの90%以上100%以下であり、
結晶方位分布関数解析により算出される、圧延方向に平行な断面における(001)面が前記表面に対して垂直に配向している結晶方位の方位密度の合計が40以上である、アルミニウム合金圧延板。
【請求項2】
前記アルミニウム合金圧延板の圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径が15μm以上50μm以下である、請求項1に記載のアルミニウム合金圧延板。
【請求項3】
前記アルミニウム合金圧延板は、さらに、Si:0.30質量%以下、Fe:0.40質量%以下、Cu:0.10質量%以下、Cr:0.10質量%以下、Zn:0.10質量%以下及びTi:0.10質量%以下からなる群より選択される1種または2種以上の元素を含有している、請求項1または2に記載のアルミニウム合金圧延板。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金圧延板の製造方法であって、
DC鋳造により前記化学成分を有する鋳塊を作製する鋳造工程と、
前記鋳塊を450℃以上570℃以下の温度に加熱して均質化処理を施す均質化処理工程と、
前記均質化処理が施された前記鋳塊に、開始時の鋳塊の温度が300℃以上550℃以下、かつ、完了時のアルミニウム合金圧延板の温度が150℃以上となる条件で熱間圧延を施してアルミニウム合金圧延板を作製する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延が施された後の前記アルミニウム合金圧延板に総圧延率が40%以上80%以下となるように冷間圧延を施す冷間圧延工程と、
連続焼鈍炉を用い、前記冷間圧延が施された後の前記アルミニウム合金圧延板を、下記式(1)及び下記式(2)を満たす温度T
fa[℃]に加熱して最終焼鈍を行う最終焼鈍工程と、を有し、
前記均質化処理工程以降における、前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度と、前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の厚みとが下記式(3)の関係を満たす、アルミニウム合金圧延板の製造方法。
400≦T
fa≦550 ・・・(1)
-1≦4[Mn]+[Mg]-0.01T
fa≦1 ・・・(2)
【数1】
(ただし、前記式(2)における[Mn]は前記アルミニウム合金圧延板中のMnの含有量(単位:質量%)であり、[Mg]は前記アルミニウム合金圧延板中のMgの含有量(単位:質量%)である。また、前記式(3)におけるnは、前記均質化処理工程以降において前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度が405℃以上となった回数であり、τ
k0は前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度がk回目に405℃を超えた時点の時刻であり、τ
k1は前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度がk回目に405℃を下回った時点の時刻であり、T(τ)は時刻τにおける前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度(単位:℃)であり、t
kは前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度がk回目に405℃を超えた時点における前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の厚み(単位:mm)であり、微小時間dτの単位は秒である。)
【請求項5】
前記冷間圧延工程における総圧延率R[%]と、前記最終焼鈍工程における前記アルミニウム合金圧延板の温度Tfa[℃]とが下記式(4)の関係を満たす、請求項4に記載のアルミニウム合金圧延板の製造方法。
0.07Tfa-25.7R2>19 ・・・(4)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム合金圧延板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体などに用いられるアルミニウム合金板には、高い強度を有するとともに、プレス加工時の成形性及び耐応力腐食割れ性に優れていることが求められている。この種の用途に用いられるアルミニウム合金板として、例えば特許文献1には、溶融アルミニウム合金をスラブに鋳造するために連続鋳造機を使用した、溶融アルミニウム合金からのアルミニウム自動車用構造部品又は部材の製造に関する発明が記載されている。特許文献1のアルミニウム自動車用構造部品は、本質的に、2.7~3.6重量%のMg、0.1~0.4重量%のMn、0.02~0.2重量%のSi、0.05~0.25重量%のFe、最大0.1重量%のCu、最大0.25重量%のCr、最大0.2重量%のZn、最大0.15重量%のTiを含有し、残余がアルミニウム、不要成分、及び、不純物から成る化学成分を有している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、自動車がますます多機能化し、構成部品の形状がより複雑になっている。このような状況に対応し、アルミニウム合金板をより複雑な形状に成形するため、特許文献1の技術により作製されたアルミニウム自動車用構造部品よりもさらに高い成形性を有するアルミニウム合金板が望まれている。
【0005】
本発明は、かかる背景に鑑みてなされたものであり、高い強度を有し、成形性及び耐応力腐食割れ性に優れたアルミニウム合金圧延板及びその製造方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一態様は、アルミニウム合金鋳塊に圧延を施してなるアルミニウム合金圧延板であって、
Mn(マンガン):0.25質量%以上0.50質量%以下及びMg(マグネシウム):2.8質量%以上3.8質量%以下を含有し、残部がAl(アルミニウム)及び不可避的不純物からなる化学成分を有し、
圧延方向における引張強さが200MPa以上250MPa以下であり、
圧延方向における0.2%耐力が100MPa以上130MPa以下であり、
圧延方向における伸びが23%以上であり、
前記アルミニウム合金圧延板の表面からの深さが厚みの1/2である位置における硬さが、前記表面からの深さが厚みの1/4である位置における硬さの90%以上100%以下であり、
結晶方位分布関数解析により算出される、圧延方向に平行な断面における(001)面が前記表面に対して垂直に配向している結晶方位の方位密度の合計が40以上である、アルミニウム合金圧延板にある。
【0007】
本発明の他の態様は、前記の態様のアルミニウム合金圧延板の製造方法であって、
DC鋳造により前記化学成分を有する鋳塊を作製する鋳造工程と、
前記鋳塊を450℃以上570℃以下の温度に加熱して均質化処理を施す均質化処理工程と、
前記均質化処理が施された前記鋳塊に、開始時の鋳塊の温度が300℃以上550℃以下、かつ、完了時のアルミニウム合金圧延板の温度が150℃以上となる条件で熱間圧延を施してアルミニウム合金圧延板を作製する熱間圧延工程と、
前記熱間圧延が施された後の前記アルミニウム合金圧延板に総圧延率が40%以上80%以下となるように冷間圧延を施す冷間圧延工程と、
連続焼鈍炉を用い、前記冷間圧延が施された後の前記アルミニウム合金圧延板を、下記式(1)及び下記式(2)を満たす温度Tfa[℃]に加熱して最終焼鈍を行う最終焼鈍工程と、を有し、
前記均質化処理工程以降における、前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度と、前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の厚みとが下記式(3)の関係を満たす、アルミニウム合金圧延板の製造方法にある。
400≦Tfa≦550 ・・・(1)
-1≦ 4[Mn]+[Mg]-0.01Tfa≦1 ・・・(2)
【0008】
【0009】
ただし、前記式(2)における[Mn]は前記アルミニウム合金圧延板中のMnの含有量(単位:質量%)であり、[Mg]は前記アルミニウム合金圧延板中のMgの含有量(単位:質量%)である。また、前記式(3)におけるnは、前記均質化処理工程以降において前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度が405℃以上となった回数であり、τk0は前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度がk回目に405℃を超えた時点の時刻であり、τk1は前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度がk回目に405℃を下回った時点の時刻であり、T(τ)は時刻τにおける前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度(単位:℃)であり、tkは前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度がk回目に405℃を超えた時点における前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の厚み(単位:mm)であり、微小時間dτの単位は秒である。
【発明の効果】
【0010】
前記アルミニウム合金圧延板(以下、「圧延板」という。)は、前記特定の化学成分を有することにより、室温における応力腐食割れ感受性を低くすることができる。また、前記圧延板は、前記化学成分を有することに加え、圧延方向に平行な断面における、(001)面が前記表面に対して垂直に配向している結晶方位の方位密度の合計が前記特定の範囲内にある。これにより、前記圧延板の圧延方向における引張強さ、0.2%耐力及び伸びを前記特定の範囲内とするとともに、圧延板の表面からの深さが厚みの1/2である位置における硬さと、厚みの1/4である位置における硬さとの比を前記特定の範囲とすることができる。このような化学成分、金属組織、機械的特性および硬さの分布を備えた前記アルミニウム合金圧延板は、強度と成形性とのバランスに優れており、高い強度を確保しつつ、成形性を向上させることができる。
【0011】
従って、前記アルミニウム合金圧延板は、高い強度を有するとともに、優れた成形性及び耐応力腐食割れ性を有している。
【0012】
また、前記アルミニウム合金圧延板の製造方法においては、鋳造工程、均質化処理工程、熱間圧延工程及び冷間圧延工程を経て作製されたアルミニウム合金圧延板を、連続焼鈍炉を用いて前記特定の温度Tfaで加熱して最終焼鈍を行う。さらに、前記製造方法においては、均質化処理工程以降における製造条件が、鋳塊及びアルミニウム合金圧延板の温度が405℃以上である間のこれらの温度と前記アルミニウム合金圧延板の厚みとが下記式(3)の関係を満たすように設定されている。これにより、前記アルミニウム合金圧延板を容易に得ることができる。
【0013】
以上のように、前記の態様によれば、高い強度を有し、成形性及び耐応力腐食割れ性に優れたアルミニウム合金圧延板及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】
図1は、実施例1における、最終焼鈍工程における加熱温度と引張強さ及び0.2%耐力との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
(アルミニウム合金圧延板)
前記アルミニウム合金圧延板の化学成分、機械的特性及び結晶方位分布について説明する。
【0016】
[化学成分]
・Mn:0.25質量%以上0.50質量%以下
前記圧延板は、必須成分として、0.25質量%以上0.50質量%以下のMnを含有している。Mnの含有量を前記特定の範囲内とすることにより、圧延板の強度と成形性とをバランスよく高めることができる。Mnの含有量が0.25質量%未満の場合には、圧延板の強度の低下を招くおそれがある。また、この場合には、圧延板の結晶粒が粗大化しやすくなるおそれがある。一方、Mnの含有量が0.50質量%を超える場合には、圧延板の成形性の低下を招くおそれがある。
【0017】
・Mg:2.8質量%以上3.8質量%以下
前記圧延板は、必須成分として、2.8質量%以上3.8質量%以下のMgを含有している。Mgの含有量を前記特定の範囲内とすることにより、圧延板の耐応力腐食割れ性を高めるとともに、圧延板の強度と成形性とをバランスよく高めることができる。Mgの含有量が2.8質量%未満の場合には、圧延板の強度の低下を招くおそれがある。一方、Mgの含有量が3.8質量%を超える場合には、応力腐食割れに対する感受性が高くなり、耐応力腐食割れ性の悪化を招くおそれがある。
【0018】
前記アルミニウム合金圧延板は、必須成分としてのMn及びMgに加えて、任意成分として、Si(シリコン)、Fe(鉄)、Cu(銅)、Cr(クロム)、Zn(亜鉛)及びTi(チタン)からなる群より選択される1種または2種以上の元素を含有していてもよい。
【0019】
・Si:0.30質量%以下
前記アルミニウム合金圧延板は、任意成分として、0質量%以上0.30質量%以下のSiを含有していてもよい。Siは前記圧延板の強度を向上させる作用を有している。しかし、Siの含有量が過度に多くなると、圧延板の成形性の低下を招くおそれがある。Siの含有量を好ましくは0.30質量%以下、より好ましくは0.25質量%以下とすることにより、成形性を損なうことなく圧延板の強度をより向上させることができる。
・Fe:0.40質量%以下
前記アルミニウム合金圧延板は、任意成分として、0質量%以上0.40質量%以下のFeを含有していてもよい。Feは前記圧延板の強度を向上させる作用を有している。しかし、Feの含有量が過度に多くなると、圧延板の成形性の低下を招くおそれがある。Feの含有量を好ましくは0.40質量%以下、より好ましくは0.35質量%以下とすることにより、成形性を損なうことなく圧延板の強度をより向上させることができる。
【0020】
・Cu:0.10質量%以下
前記アルミニウム合金圧延板は、任意成分として、0質量%以上0.10質量%以下のCuを含有していてもよい。Cuは前記圧延板の強度を向上させる作用を有している。しかし、Cuの含有量が過度に多くなると、圧延板の曲げ加工性及び耐食性の低下を招くおそれがある。Cuの含有量を好ましくは0.10質量%以下とすることにより、曲げ加工性や耐食性の低下を回避しつつ、圧延板の強度をより向上させることができる。
【0021】
・Cr:0.10質量%以下
前記アルミニウム合金圧延板は、任意成分として、0質量%以上0.10質量%以下のCrを含有していてもよい。Crは、前記アルミニウム合金圧延板の結晶粒を微細化する作用を有している。しかし、Crの含有量が過度に多くなると、圧延板の製造過程においてCrを含む巨大な晶出物が形成されやすくなり、圧延板を製造することが難しくなるおそれがある。また、この場合には、アルミニウム合金圧延板の結晶粒が過度に微細化され、圧延板に成形加工が施された場合にSSマーク(Stretcher-Strain Mark)と呼ばれる模様が発生しやすくなるおそれがある。Crの含有量を好ましくは0.10質量%以下とすることにより、巨大な晶出物の形成を回避するとともに、アルミニウム合金圧延板の結晶粒を適度に微細化し、SSマークの発生を抑制することができる。
【0022】
・Zn:0.10質量%以下
前記アルミニウム合金圧延板は、任意成分として、0質量%以上0.10質量%以下のZnを含有していてもよい。Znは、前記アルミニウム合金圧延板に化成処理や陽極酸化処理等の表面処理を施した際に、表面処理により形成される皮膜の均一性を高める作用を有している。しかし、Znの含有量が過度に多くなると、圧延板の耐食性の低下を招くおそれがある。Znの含有量を好ましくは0.10質量%以下とすることにより、優れた耐食性を確保しつつ、表面処理により形成される皮膜の均一性を高めることができる。
【0023】
・Ti:0.10質量%以下
前記アルミニウム合金圧延板は、任意成分として、0質量%以上0.10質量%以下のTiを含有していてもよい。Tiは、鋳塊組織を微細化し、前記アルミニウム合金圧延板の生産性を向上させる作用を有している。しかし、Tiの含有量が過度に多くなると、圧延板の耐食性の低下を招くおそれがある。Tiの含有量を好ましくは0.10質量%以下とすることにより、優れた耐食性を確保しつつ、前記アルミニウム合金圧延板の生産性を高めることができる。
【0024】
[機械的特性]
・引張強さ、0.2%耐力及び伸び
前記アルミニウム合金圧延板の圧延方向における引張強さは200MPa以上250MPa以下であり、0.2%耐力は100MPa以上130MPa以下であり、伸びは23%以上である。引張強さ、0.2%耐力及び伸びがそれぞれ前記特定の範囲内であるアルミニウム合金圧延板は、強度と成形性とのバランスに優れている。高い強度を確保しつつより成形性を向上させる観点からは、圧延方向における圧延板の伸びは25%以上であることが好ましい。
【0025】
圧延方向における圧延板の引張強さが200MPa未満である場合、及び、0.2%耐力が100MPa未満である場合には、構造部材などの高い強度が求められる用途に適さなくなるおそれがある。また、圧延方向における圧延板の引張強さが250MPaを超える場合、及び、0.2%耐力が130MPaを超える場合には、圧延板の曲げ加工性の悪化を招くおそれがある。圧延方向における圧延板の伸びが23%未満である場合には、圧延板の成形性が低いため、プレス加工によって複雑な形状に成形することが難しくなるおそれがある。
【0026】
・硬さ
前記アルミニウム合金圧延板の表面からの深さが厚みの1/2である位置における硬さは、当該表面からの深さが厚みの1/4である位置における硬さの90%以上100%以下である。従来の化学成分かつ製造条件の範囲において、DC鋳造により作製された鋳塊を圧延することによって5000系合金からなる板材を作製する場合、板材の表面近傍の硬さが厚み方向の中央部よりも硬くなる傾向があった。また、表面近傍の硬さと厚み方向の中央部との差が異なると、板材の成形性、特に曲げ加工性が悪化しやすいという問題があった。
【0027】
これに対し、前記圧延板においては、前述したように、厚み方向における中央部の硬さと、中央部よりも表面からの深さが浅い部分との硬さの差が小さい。そのため、前記圧延板は、優れた曲げ加工性を有し、加工度の高い曲げ加工をより容易に行うことができる。
【0028】
[結晶方位分布]
前記アルミニウム合金圧延板の圧延方向に平行な断面(つまり、圧延方向と厚み方向との双方に対して平行な断面)における、アルミニウム合金圧延板の表面に対して(001)面が垂直に配向している結晶方位の方位密度の合計は40以上である。このように、アルミニウム合金圧延板における、アルミニウム合金圧延板の表面に対して(001)面が垂直に配向している結晶方位の方位密度を高めることにより、アルミニウム合金圧延板の曲げ加工性を向上させることができる。なお、以下において、(001)面が表面に対して垂直に配向している結晶方位を「CubeND方位」という。
【0029】
前記アルミニウム合金圧延板の圧延方向に平行な断面におけるCubeND方位の方位密度の合計が40未満である場合には、圧延板の曲げ加工性の低下を招くおそれがある。曲げ加工性をより向上させる観点からは、前記アルミニウム合金圧延板の圧延方向に平行な断面におけるCubeND方位の方位密度の合計は44以上であることが好ましい。
【0030】
前述したCubeND方位の方位密度は、結晶方位分布関数解析により得られる値である。CubeND方位の方位密度の算出方法は、具体的には以下の通りである。まず、アルミニウム合金圧延板を圧延方向に沿って切断し、圧延方向に平行な断面を露出させる。この断面に研磨などの前処理を施した後、結晶方位測定装置が備え付けられた走査型電子顕微鏡(いわゆるSEM-EBSD)を用いて前記断面を観察する。次いで、前記断面から、圧延方向の幅が2000μmとなり、圧延板の厚み方向の全体が含まれるように測定領域を設定し、この測定領域の極点図を取得する。なお、極点図の取得に当たり、測定点間の距離(つまり、ステップサイズ)は、例えば5μm以下の範囲から適宜設定すればよい。
【0031】
このようにして得られた極点図に基づいて球面調和関数を用いた級数展開法により結晶方位分布関数解析を行い、断面における結晶方位の方位密度を算出する。なお、級数展開法における展開次数は16次とし、半値幅は5°とする。このようにして得られた種々の結晶方位の方位密度のうち、結晶方位のオイラー角が(φ1,Φ,φ2)=(5n°,0°、0°)(ただし、nは0以上18以下の整数)である結晶方位の方位密度を合計した値を、CubeND方位の方位密度の合計とする。結晶方位分布関数解析には、例えば株式会社TSLソリューションズ製「OIM Analysis」等の解析ソフトウェアを用いればよい。
【0032】
[平均結晶粒径]
前記アルミニウム合金圧延板の圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径は、15μm以上50μm以下であることが好ましい。圧延板の圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径を15μm以上とすることにより、SSマークの発生を抑制することができる。また、圧延板の圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径を50μm以下とすることにより、圧延板の表面をより平滑にすることができる。従って、圧延板の圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径を前記特定の範囲とすることにより、成形加工前及び成形加工後のいずれにおいてもアルミニウム合金圧延板の外観特性を向上させることができる。
【0033】
なお、前述した圧延板の平均結晶粒径は、JIS G0551:2013に規定された切断法により算出される値である。
【0034】
(アルミニウム合金圧延板の製造方法)
前記アルミニウム合金圧延板は、
DC鋳造により前記化学成分を有する鋳塊を作製する鋳造工程と、
前記鋳塊を加熱して均質化処理を施す均質化処理工程と、
前記均質化処理が施された前記鋳塊に熱間圧延を施してアルミニウム合金圧延板を作製する熱間圧延工程と、
熱間圧延が施された後の前記アルミニウム合金圧延板に冷間圧延を施す冷間圧延工程と、
連続焼鈍炉を用い、冷間圧延が施された後の前記アルミニウム合金圧延板を加熱して最終焼鈍を行う最終焼鈍工程と、を有している。以下、前記製造方法における各工程について詳説する。
【0035】
・鋳造工程
鋳造工程においては、DC鋳造により前記化学成分を有するアルミニウム合金の鋳塊を作製する。DC鋳造における鋳造条件等は特に限定されることはなく、公知の範囲から適宜選択すればよい。
【0036】
・均質化処理工程
前記製造方法においては、鋳造工程が完了した後に均質化処理工程を行う。均質化処理工程は、熱間圧延工程とは別の工程として行ってもよいし、熱間圧延工程前の鋳塊の加熱が均質化処理工程を兼ねていてもよい。すなわち、前記製造方法においては、均質化処理工程を行った後、熱間圧延工程を行う前に鋳塊が冷却されていてもよいし、均質化処理工程を行った後、鋳塊が冷却される前に熱間圧延工程を開始してもよい。
【0037】
均質化処理工程における保持温度は450℃以上570℃以下とする。均質化処理工程における保持温度を前記特定の範囲とすることにより、鋳塊の溶融を回避しつつ鋳塊を十分に均質化することができる。保持温度が450℃未満の場合には、鋳塊の均質化が不十分となるおそれがある。また、保持温度が570℃を超える場合には、鋳塊が溶融するおそれがある。均質化処理工程における保持時間は、鋳塊を十分に均質化する観点からは特に限定されることはなく、鋳塊の温度が所望の保持温度に達した時点で均質化処理工程を完了してもよいし、所望の保持温度を所望の時間保持してもよい。アルミニウム合金圧延板の生産性の過度の悪化を回避する観点からは、均質化処理工程における保持時間は24時間以下であることが好ましい。
【0038】
・熱間圧延工程
前記製造方法においては、均質化処理工程が完了した後に熱間圧延工程を行う。熱間圧延工程においては、必要に応じて鋳塊を加熱した後、鋳塊に熱間圧延を施すことによりアルミニウム合金圧延板を作製する。熱間圧延工程における圧延開始時の鋳塊の温度は、300℃以上550℃以下とする。圧延開始時の鋳塊の温度を前記特定の範囲とすることにより、加工発熱により鋳塊が部分的に溶融することを回避するとともに、鋳塊の変形抵抗を低減し、圧延板の生産性を向上させることができる。圧延開始時の鋳塊の温度が300℃未満の場合には、鋳塊の変形抵抗が上昇しやすくなり、生産性の悪化を招くおそれがある。また、圧延開始時の鋳塊の温度が550℃を超える場合には、加工発熱により鋳塊が部分的に溶融するおそれがある。
【0039】
また、熱間圧延工程における圧延完了時の圧延板の温度は150℃以上とする。熱間圧延完了時の圧延板の温度を前記特定の範囲とすることにより、圧延板の生産性を向上させることができる。圧延完了時の圧延板の温度が150℃未満となる条件では、熱間圧延中の加工性の悪化を招くおそれがある。
【0040】
熱間圧延工程後のアルミニウム合金圧延板の厚みは、最終的に得ようとする圧延板の厚み及び冷間圧延工程における総圧延率を考慮して適宜設定すればよい。熱間圧延が完了した後の圧延板の厚みは、例えば、熱間圧延が完了したのち、コイル状に巻き取る時点において10mm以下であることが好ましい。
【0041】
・冷間圧延工程
前記製造方法においては、熱間圧延工程が完了した後に冷間圧延工程を行う。冷間圧延工程においては、熱間圧延が施された後のアルミニウム合金圧延板に1パス以上の冷間圧延を行うことにより、圧延板の厚みを所望の厚みまで減少させる。冷間圧延における総圧延率、つまり、冷間圧延前の圧延板の厚みに対する、冷間圧延工程における圧延板の厚みの減少量の比率は、40%以上80%以下とする。冷間圧延における総圧延率を前記特定の範囲とすることにより、アルミニウム合金圧延板に適度な加工ひずみを付与し、最終的に得られる圧延板の金属組織を所望する態様とすることができる。
【0042】
・最終焼鈍工程
前記製造方法においては、冷間圧延工程が完了した後に最終焼鈍工程を行う。最終焼鈍工程においては、連続焼鈍炉を用い、冷間圧延が施された後のアルミニウム合金圧延板を、下記式(1)及び下記式(2)を満たす温度Tfa(単位:℃)に加熱して最終焼鈍を行う。
400≦Tfa≦550 ・・・(1)
-1≦ 4[Mn]+[Mg]-0.01Tfa≦1 ・・・(2)
【0043】
ただし、前記式(2)における[Mn]は前記アルミニウム合金圧延板中のMnの含有量(単位:質量%)を示す記号であり、[Mg]は前記アルミニウム合金圧延板中のMgの含有量(単位:質量%)を示す記号である。
【0044】
最終焼鈍工程において、連続焼鈍炉を用い、アルミニウム合金圧延板の温度Tfaが前記式(1)を満たすように最終焼鈍を行うことにより、アルミニウム合金圧延板を十分に再結晶させ、最終焼鈍後のアルミニウム合金圧延板におけるCubeND方位の方位密度を高めることができる。その結果、アルミニウム合金圧延板の曲げ加工性を向上させることができる。
【0045】
最終焼鈍工程においてバッチ炉を用いて最終焼鈍を行う場合には、最終焼鈍後におけるCubeND方位の方位密度が低くなり、圧延板の曲げ加工性の悪化を招くおそれがある。最終焼鈍工程における圧延板の温度Tfaが400℃未満の場合には、圧延板の再結晶が不十分となり、圧延板の伸びの低下を招くおそれがある。最終焼鈍工程における圧延板の温度Tfaが550℃を超える場合には、最終焼鈍中に圧延板が部分的に再溶融し、圧延板が分断されるおそれがある。
【0046】
また、最終焼鈍工程において、圧延板の温度Tfaが、前記式(1)を満たした上で、さらに前記式(2)を満たすように最終焼鈍を行うことにより、最終焼鈍後に得られるアルミニウム合金圧延板の曲げ加工性を高めるとともに、強度を向上させることができる。
【0047】
なお、連続焼鈍炉を用いて最終焼鈍を行う場合、連続焼鈍炉内において圧延板が搬送されながら最終焼鈍が行われるため、圧延板の温度Tfaは、炉内に進入してからの経過時間に応じて上昇する。前記最終焼鈍工程において、圧延板の温度Tfaが前記式(1)及び前記式(2)を満たしている時間は、例えば1分以内であればよい。
【0048】
前記製造方法においては、鋳造工程、均質化処理工程、熱間圧延工程、冷間圧延工程及び最終焼鈍工程のそれぞれにおける製造条件を前述のごとく設定することに加え、さらに、前記均質化処理工程以降における、前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度と、前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の厚みとが下記式(3)の関係を満たしている。
【0049】
【0050】
前記式(3)におけるnは、前記均質化処理工程以降において前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度が405℃以上となった回数であり、τk0は前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度がk回目に405℃を超えた時点の時刻であり、τk1は前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度がk回目に405℃を下回った時点の時刻であり、T(τ)は時刻τにおける前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度(単位:℃)であり、tkは前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度がk回目に405℃を超えた時点における前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の厚み(単位:mm)であり、微小時間dτの単位は秒である。
【0051】
前述したように、従来の化学成分かつ製造条件の範囲において、DC鋳造により作製された鋳塊を圧延することによって5000系合金からなる板材を作製する場合、板材の表面近傍の硬さが厚み方向の中央部よりも硬くなる傾向があった。このような深さ方向における硬さのばらつきは、以下の理由により生じると推定される。すなわち、DC鋳造により得られる鋳塊においては、鋳塊の内部のMg濃度が表面近傍のMg濃度よりも低くなりやすい。このMgの濃度分布が鋳造工程以降において十分に解消されず、圧延板の内部のMg濃度が表面近傍のMg濃度よりも低くなることにより、圧延板の内部の硬さが表面近傍の硬さよりも低くなると考えられる。
【0052】
これに対し、前記式(3)においては、鋳造工程よりも後の工程において、鋳塊及びアルミニウム合金圧延板の温度が405℃を超えている間における、下記式(3a)で表される値を時間積分している。
{T(τ)-405}/tk ・・・(3a)
【0053】
前記式(3a)に現れる405℃という温度は、アルミニウム母相中のMg原子が拡散により1秒当たり概ね0.1μm移動する温度であり、拡散によるMg原子の移動速度が概ね0.1μm/s以上であれば、実操業において実現可能な程度の時間でMgのマクロ偏析を解消することが可能と考えられる。従って、前記式(3a)の分子の値が大きいほど、アルミニウム母相中のMg原子の拡散速度がMgのマクロ偏析の解消に寄与する効果が大きいことを意味する。
【0054】
また、鋳塊または圧延板の表面近傍に存在するMg原子が深さ方向の中央部に到達するためには、Mg原子が深さ方向に移動する必要があり、Mg原子が拡散している間の鋳塊またはアルミニウム合金圧延板の厚みが薄いほど、Mg原子が表面近傍から内部まで到達するために必要な移動距離が短くなる。従って、前記式(3a)の分母の値が小さいほど、アルミニウム母相中のMg原子が鋳塊または圧延板の表面に短時間で到達することを意味する。
【0055】
このような考え方に基づき、前記式(3)においては、鋳塊及びアルミニウム合金圧延板の温度が405℃を超えている間の前記式(3a)により得られる値を微小時間dτで時間積分している。前記式(3)により得られる値は、鋳塊及びアルミニウム合金圧延板中のMgのマクロ偏析の解消の程度を表す指標として利用することができる。前記製造方法においては、前記均質化処理工程以降における、前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の温度と、前記鋳塊及び前記アルミニウム合金圧延板の厚みとが前記式(3)の関係を満たすことにより、最終的に得られる圧延板におけるMgのマクロ偏析を十分に解消することができる。これにより、曲げ加工性に優れたアルミニウム合金圧延板を容易に得ることができる。
【0056】
また、前記製造方法においては、前記冷間圧延工程における総圧延率R(単位:%)と、前記最終焼鈍工程における前記アルミニウム合金圧延板の温度Tfa(単位:℃)とが下記式(4)の関係を満たしていることが好ましい。
0.07Tfa-25.7R2>19 ・・・(4)
【0057】
この場合には、最終焼鈍後に得られるアルミニウム合金圧延板の平均結晶粒径を適度に大きくすることができる。これにより、SSマークが発生しにくく、成形加工後においても良好な外観特性を有するアルミニウム合金圧延板を容易に得ることができる。
【実施例0058】
(実施例1)
前記アルミニウム合金圧延板及びその製造方法の実施例を、以下に説明する。本例のアルミニウム合金圧延板は、アルミニウム合金鋳塊に圧延を施すことにより得られる。アルミニウム合金圧延板は、Mn:0.25質量%以上0.50質量%以下及びMg:2.8質量%以上3.8質量%以下を含有し、残部がAl及び不可避的不純物からなる化学成分を有している。圧延方向における圧延板の引張強さが200MPa以上250MPa以下であり、0.2%耐力が100MPa以上130MPa以下であり、伸びが23%以上である。圧延板の表面からの深さが厚みの1/2である位置における硬さが、表面からの深さが厚みの1/4である位置における硬さの90%以上100%以下である。結晶方位分布関数解析により算出される、圧延板の圧延方向に平行な断面におけるCubeND方位の方位密度の合計が40以上である。
【0059】
本例のアルミニウム合金圧延板は、例えば、以下の方法により作製することができる。まず、DC鋳造により、表1に示す化学成分を有する鋳塊を作製する。鋳塊の厚みは特に限定されることはないが、本例においては約500mmとする。なお、表1における記号「Bal.」は、残部であることを示す記号である。
【0060】
次に、鋳塊を450℃以上570℃以下の温度に保持して均質化処理を行う(均質化処理工程)。均質化処理工程を行った後、鋳塊の温度が300℃以上550℃以下である状態で熱間圧延を開始する(熱間圧延工程)。熱間圧延工程が完了した後、圧延板に1パス以上の冷間圧延を施す(冷間圧延工程)。
【0061】
例えば、表2に示す試験材S3を作製するに当たっては、均質化処理における保持温度を480℃とし、鋳塊の温度が480℃に到達した時点で均質化処理を終了する。また、熱間圧延開始時の鋳塊の温度を460℃とし、熱間圧延完了時の鋳塊の温度を330℃とする。そして、冷間圧延工程において、圧延板の厚みを3mmから1mmに減少させればよい。なお、冷間圧延工程において圧延板の厚みを3mmから1mmに減少させた場合、冷間圧延工程における総圧延率は71%となる。
【0062】
冷間圧延工程が完了した後、連続焼鈍炉を用いて圧延板を表2に示す温度Tfa(単位:℃)まで加熱して最終焼鈍を行う(最終焼鈍工程)。本例の最終焼鈍工程において、圧延板の温度が表2に示す温度Tfaを維持している時間は1分以内とする。なお、表2の「式(2’)の値」欄には、下記式(2’)に基づいて算出される値を示す。式(2’)における[Mn]は圧延板中のMnの含有量(単位:質量%)であり、[Mg]は圧延板中のMgの含有量(単位:質量%)である。
4[Mn]+[Mg]-0.01Tfa ・・・(2’)
【0063】
以上のような製造方法により、表2に示す試験材S1~S3を得ることができる。なお、表2に示す試験材R1及び試験材R2は、試験材S1~S3との比較のための試験材である。試験材R1及び試験材R2の製造方法は、化学成分および最終焼鈍工程における圧延板の温度Tfaが異なる以外は、試験材S1~S3の製造方法と同様である。
【0064】
試験材の引張強さ、0.2%耐力及び伸びの測定方法は、以下の通りである。まず、各試験材から、長手方向が圧延方向に対して平行になるようにして、JIS Z2241:2011に規定された5号試験片を採取する。この試験片を用い、JIS Z2241:2011に規定された方法に従って引張試験を行う。そして、引張試験により得られる荷重-変位曲線に基づき、引張強さ、0.2%耐力及び伸びを算出する。各試験材の引張強さ、0.2%耐力及び伸びは表2に示す通りである。
【0065】
また、
図1に、各試験材の引張試験の結果を式(2’)の値で整理したグラフを示す。
図1の横軸は式(2’)の値であり、縦軸は引張強さ及び0.2%耐力の値である。また、
図1中の破線は、最小二乗法により決定した、グラフ中のデータ点の回帰直線である。
【0066】
試験材の硬さの測定方法は以下の通りである。まず、試験材を圧延方向に沿って切断し、圧延方向に平行な断面を露出させる。この断面において、試験材の表面からの深さが厚みの1/2である位置における硬さ、及び、表面からの深さが厚みの1/4である位置における硬さを測定する。硬さの測定にはマイクロビッカース硬度計を用い、圧子の押し付け荷重は100gfとする。
【0067】
表2の「硬さ比」欄に、試験材の表面からの深さが厚みの1/4である位置における硬さに対する表面からの深さが厚みの1/2である位置における硬さの比率を百分率で表した値を示す。なお、硬さの測定を行わっていない試験材については、表2の「硬さ比」欄に記号「-」を記載した。
【0068】
試験材のCubeND方位の方位密度の合計の算出方法は以下の通りである。試験材を圧延方向に沿って切断し、圧延方向に平行な断面を露出させる。この断面に研磨などの前処理を施した後、結晶方位測定装置が備え付けられた走査型電子顕微鏡(いわゆるSEM-EBSD)を用いて前記断面の極点図を取得する。この極点図に基づいて球面調和関数を用いた級数展開法により結晶方位分布関数解析を行い、断面における結晶方位の方位密度を算出する。なお、級数展開法における展開次数は16次とし、半値幅は5°とする。このようにして得られた種々の結晶方位の方位密度のうち、結晶方位のオイラー角が(φ1,Φ,φ2)=(5n°,0°、0°)(ただし、nは0以上18以下の整数)である結晶方位の方位密度を合計した値を、CubeND方位の方位密度の合計とする。また、結晶方位分布関数解析には、解析ソフトウェア(株式会社TSLソリューションズ製「OIM Analysis」)を用いればよい。表2の「CubeND方位の方位密度」欄に、結晶方位分布関数解析により算出される各試験材のCubeND方位の方位密度の合計の値を示す。なお、CubeND方位の測定を行わっていない試験材については、表2の「CubeND方位の方位密度」欄に記号「-」を記載した。
【0069】
【0070】
【0071】
表1及び表2に示すように、試験材S3は、前記特定の化学成分を有する鋳塊をDC鋳造により作製した後、均質化処理工程、熱間圧延工程、冷間圧延工程及び最終焼鈍工程をこの順に実施することにより作製されている。また、最終焼鈍工程においては、連続焼鈍炉を用い、冷間圧延が施された後の前記アルミニウム合金圧延板を、前記式(1)及び前記式(2)を満たす温度Tfa[℃]に加熱することにより最終焼鈍が施されている。それ故、試験材S3における圧延方向における引張強さ、0.2%耐力、伸び、硬さ比及びCubeND方位の方位密度の合計はそれぞれ前記特定の範囲内となる。このような特性を有する試験材S3は、適度な強度を有するとともに高い伸びを有しており、複雑な形状への成形や厳しい加工条件でのプレス成形が施される用途に好適である。
【0072】
また、表2に示すように、試験材S1及び試験材S2の圧延方向における引張強さ、0.2%耐力及び伸びはそれぞれ前記特定の範囲内である。試験材S1及び試験材S2は、前記特定の化学成分を有する鋳塊をDC鋳造により作製した後、試験材S3と同様の工程を経て作製されているため、試験材S3と同様に、前記特定の範囲内の硬さ比及びCubeND方位の方位密度の合計を有していると推定される。それ故、試験材S1及び試験材S2も複雑な形状への成形や厳しい加工条件でのプレス成形が施される用途に好適である。
【0073】
一方、試験材R1のMnの含有量は前記特定の範囲よりも多いため、前記特定の範囲よりも強度が高くなる。それ故、試験材R1は、試験材S1~S3に比べて曲げ加工性に劣る。
試験材R2のMnの含有量は前記特定の範囲内よりも少ないため、前記特定の範囲よりも強度が低くなる。
【0074】
また、
図1に示したように、試験材S1~S3及び試験材R1~R2の実験結果に基づいて決定した2本の回帰直線L1、L2は、それぞれ、各試験材の引張強さと式(2’)に基づいて算出される値との関係、及び、0.2%耐力と式(2’)に基づいて算出される値との関係をよく近似している。これら2本の回帰直線のうち、引張強さと式(2’)に基づいて算出される値との関係を近似した回帰直線L1によれば、式(2’)の値が1.0の時に引張強さが概ね250MPaとなると推定される。また、0.2%耐力と式(2’)に基づいて算出される値との関係を近似した回帰直線L2によれば、式(2’)の値が-1.0の時に0.2%耐力が概ね100MPaとなると推定される。
【0075】
従って、
図1によれば、最終焼鈍工程における圧延板の温度T
faが前記式(1)を満たすことに加え、前記式(2)を満たすことにより、アルミニウム合金圧延板の引張強さ及び0.2%耐力を前記特定の範囲とすることができることが理解できる。
【0076】
(実施例2)
本例においては、均質化処理工程以降の製造条件を種々変更した例を説明する。本例のアルミニウム合金圧延板の製造方法は、表1の合金記号A3により表される化学成分を有する鋳塊を用い、均質化処理工程以降の製造条件を表3に示すように変更する以外は、実施例1における試験材S1~S3の製造方法と同様である。これにより、表3及び表4に示す試験材S4~S10を得ることができる。なお、表3及び表4に示す試験材R3は、試験材S3~S10との比較のための試験材である。試験材R3の製造方法は、最終焼鈍工程において、連続焼鈍炉に替えてバッチ炉を用い、保持温度を330℃とした以外は、試験材S3~S10の製造方法と同様である。
【0077】
表3の「式(3’)の値」欄には、下記式(3’)に基づいて算出される値を示す。式(3’)におけるnは、均質化処理工程以降において鋳塊及び圧延板の温度が405℃以上となった回数であり、τk0は鋳塊及び圧延板の温度がk回目に405℃を超えた時点の時刻であり、τk1は鋳塊及び圧延板の温度がk回目に405℃を下回った時点の時刻であり、T(τ)は時刻τにおける鋳塊及び圧延板の温度(単位:℃)であり、tkは鋳塊及び圧延板の温度がk回目に405℃を超えた時点における鋳塊及び圧延板の厚み(単位:mm)であり、微小時間dτの単位は秒である。
【0078】
【0079】
表4に、前述した方法により算出した試験材の硬さ比及びCubeND方位の方位密度の合計を示す。
【0080】
また、表4に示す曲げ加工性の評価方法は以下の通りである。まず、試験材から、長手方向が圧延方向に対して平行な方向、長手方向と圧延方向とのなす角度が45°となる方向及び長手方向が圧延方向に対して直角な方向のいずれかの方向を向くようにして、短冊状試験片を採取する。なお、以降において、長手方向が圧延方向に対して平行な方向を向いた試験片を0°試験片といい、圧延方向に対する長手方向の角度が45°となる試験片を45°試験片といい、長手方向が圧延方向に対して直角な方向を向いた試験片を90°試験片という。
【0081】
これらの試験片に、予歪みとして12%の永久歪みを付与した後、先端部の曲率半径が0mmである曲げ治具を押し当てる。その後、曲げ治具を変位させて短冊状試験片に90°曲げ加工を施す。
【0082】
表4の「曲げ加工性」欄には、曲げ加工後の短冊状試験片の表面にクラックが発生していない場合には記号「A」、クラックが発生する場合には記号「B」を記載した。なお、曲げ加工性の評価を行なっていない試験材については、表4の「曲げ加工性」欄に記号「-」を記載した。
【0083】
【0084】
【0085】
表3に示したように、試験材S3~S6は、式(3’)により表される値が500よりも大きく、前記式(3)を満たしている。それ故、これらの試験材は、その製造過程において、Mg原子のマクロ偏析を十分に解消することができ、表4に示す硬さ比が90%以上となる。また、試験材S7~S10も、式(3’)により表される値が500よりも大きく、前記式(3)を満たしているため、表4に示す硬さ比が90%以上となると推定される。
【0086】
試験材S3及び試験材S7~S10は、最終焼鈍工程において用いた焼鈍炉が連続焼鈍炉であるため、最終焼鈍後の試験材にCubeND方位が形成されやすい。それ故、これらの試験材は、CubeND方位の方位密度の合計が40以上となり、優れた曲げ加工性を有している。また、試験材S4~S6も、連続焼鈍炉を用いて最終焼鈍が施されているため、表4に示すCubeND方位の方位密度の合計が40以上になると推定される。
【0087】
一方、バッチ炉を用いて最終焼鈍を行った試験材R3は、CubeND方位が形成されにくいため、CubeND方位の方位密度の合計が40未満となる。試験材R3の曲げ加工性は、試験材S10に比べて劣っている。
【0088】
(実施例3)
本例では、最終焼鈍工程における圧延板の温度及び冷間圧延工程における総圧延率を種々変更した例を示す。本例のアルミニウム合金圧延板の製造方法は、表1の合金記号A3により表される化学成分を有する鋳塊を用い、均質化処理工程以降の製造条件を表5に示すように変更する以外は、実施例1における試験材S1~S3の製造方法と同様である。これにより、表5及び表6に示す試験材S11~S20を得ることができる。
【0089】
表5の「式(4’)の値」欄には、下記式(4’)に基づいて算出される値を示す。なお、式(4’)におけるTfaは最終焼鈍工程における圧延板の温度であり、Rは冷間圧延工程における総圧延率(単位:%)である。
0.07Tfa-25.7R2 ・・・(4’)
【0090】
試験材の平均結晶粒径の算出方法及び外観特性の評価方法は、以下の通りである。
【0091】
・平均結晶粒径の算出方法
試験材を圧延方向に沿って切断し、圧延方向に平行な断面を露出させる。この断面に研磨などの前処理を施した後、金属顕微鏡を用い、圧延方向に平行な断面の偏光顕微鏡像を取得する。この偏光顕微鏡像にJIS G0551:2013に規定された切断法を適用することにより、各試験材の圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径を算出する。各試験材の圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径は、表6に示す通りである。
【0092】
・外観特性の評価方法
各試験材から、長手方向が圧延方向に対して平行な方向を向くようにして、縦200mm、横40mmの試験片を採取する。この試験片の温度を40℃に維持した状態で、初期ひずみ速度が7.5%/秒となるようにして、試験片に予歪みとして2%または5%の永久歪みを付与する。サンドペーパー等を用いて予歪みを付与した試験片の表面を軽く研磨した後、試験片の外観を目視観察することにより外観特性の評価を行う。
【0093】
表6の「外観特性」欄には、SSマークがほとんど発生しない場合には記号「A」、SSマークが試験材表面の一部に発生する場合には記号「B」、SSマークが試験材表面の全体に発生する場合には記号「C」を記載した。
【0094】
【0095】
【0096】
表6に示すように、試験材S11~S16は、最終焼鈍工程において、圧延板を、前記式(1)及び前記式(2)を満たすことに加え、更に、前記式(4)を満たす温度Tfa[℃]に加熱することにより最終焼鈍が施されている。それ故、試験材S11~S16の圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径は15μm以上となる。このような試験材は、SSマークが発生しにくく、優れた外観特性を有している。
【0097】
また、表6に示すように、試験材S17及び試験材S18の圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径も15μm以上となる。それ故、試験材S17及び試験材S18も、試験材S11~S16と同様にSSマークが発生しにくく、優れた外観特性を有していると推定される。
【0098】
一方、試験材S19~S20は、最終焼鈍工程における圧延板の温度Tfaが前記式(4)を満たさないため、圧延方向に平行な断面における平均結晶粒径が15μm未満となる。このような試験材は、試験材S11~S18に比べてSSマークが発生しやすい。
【0099】
以上のように、実施例1~実施例3に示した結果によれば、前記特定の化学成分、金属組織、機械的特性および硬さの分布を備えた前記アルミニウム合金圧延板は、強度と成形性とのバランスに優れており、高い強度を確保しつつ、成形性を向上させることができることが理解できる。
【0100】
なお、本発明にかかるアルミニウム合金圧延板及びその製造方法の具体的な態様は、実施例1~実施例3に示した態様に限定されるものではなく、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜構成を変更することができる。