(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023032822
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】異常検出装置及び異常検出方法
(51)【国際特許分類】
B61L 25/06 20060101AFI20230302BHJP
B61L 7/06 20060101ALI20230302BHJP
B61L 11/00 20060101ALI20230302BHJP
H02P 29/024 20160101ALI20230302BHJP
【FI】
B61L25/06 Z
B61L7/06
B61L11/00 Z
H02P29/024
【審査請求】未請求
【請求項の数】10
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021139144
(22)【出願日】2021-08-27
(71)【出願人】
【識別番号】000001292
【氏名又は名称】株式会社京三製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100124682
【弁理士】
【氏名又は名称】黒田 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100104710
【弁理士】
【氏名又は名称】竹腰 昇
(74)【代理人】
【識別番号】100090479
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 一
(72)【発明者】
【氏名】金子 亮
(72)【発明者】
【氏名】戸羽 拓馬
(72)【発明者】
【氏名】北島 寿央
(72)【発明者】
【氏名】門脇 健太
【テーマコード(参考)】
5H501
【Fターム(参考)】
5H501AA01
5H501BB08
5H501FF01
5H501JJ03
5H501JJ16
5H501LL22
5H501LL23
5H501LL32
5H501LL51
(57)【要約】
【課題】誘導モータによって動作される鉄道設備の異常検出の精度の向上を図ること。
【解決手段】異常検出装置1は、鉄道設備である転てつ機9の誘導モータ7のモータ電圧及びモータ電流であるモータ駆動情報を取得し、モータ駆動情報に基づいて、転てつ機9の転換動作中の誘導モータ7の相互インダクタンスに基づくトルク相当値を算出し、トルク相当値に基づいて、転てつ機9の異常有無を判定する。
【選択図】
図1
【特許請求の範囲】
【請求項1】
誘導モータへの給電制御をすることで停止状態から規定動作を行った後に再び停止状態となる鉄道設備に関する前記誘導モータのモータ電圧及びモータ電流であるモータ駆動情報を取得する取得手段と、
前記モータ駆動情報に基づいて、前記規定動作中の前記誘導モータの相互インダクタンスに基づくトルク相当値を算出する算出手段と、
前記トルク相当値に基づいて、前記鉄道設備の異常有無を判定する判定手段と、
を備える異常検出装置。
【請求項2】
前記規定動作は、動作期間として、モータ始動期と、当該モータ始動期に続く安定期と、を少なくとも含み、
前記判定手段は、前記モータ始動期の前記トルク相当値に基づいて前記鉄道設備の異常有無を判定することと、前記安定期の前記トルク相当値に基づいて前記鉄道設備の異常有無を判定することと、を行う、
請求項1に記載の異常検出装置。
【請求項3】
前記判定手段は、複数回の前記規定動作に係る前記トルク相当値の時系列変化を、前記安定期の開始時点を揃えた同一時間軸上に配置し、前記安定期の開始時点以降における前記規定動作間の前記トルク相当値の差に基づいて、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
請求項2に記載の異常検出装置。
【請求項4】
前記判定手段は、前記規定動作に係る前記トルク相当値の時系列変化と、所与の基準時系列変化とを、前記安定期の開始時点を揃えた同一時間軸上に配置し、前記安定期の開始時点以降における前記トルク相当値の差に基づいて、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
請求項2に記載の異常検出装置。
【請求項5】
前記判定手段は、前記モータ始動期の前記トルク相当値の最大値が所定の正常範囲条件を満たすか否かによって、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
請求項2~4の何れか一項に記載の異常検出装置。
【請求項6】
前記判定手段は、前記トルク相当値の前記モータ始動期に係る時間が所定の正常時間条件を満たすか否かによって、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
請求項2~5の何れか一項に記載の異常検出装置。
【請求項7】
前記判定手段は、前記安定期の開始時点以降の前記トルク相当値が所定の安定条件を満たすか否かによって、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
請求項2~6の何れか一項に記載の異常検出装置。
【請求項8】
給電ラインに、前記規定動作を行うか否かを個別に制御可能な複数の前記鉄道設備の前記誘導モータが接続されており、同時に前記規定動作を行う前記鉄道設備の数の違いによって前記鉄道設備の前記誘導モータに給電される給電電力が異なる、
請求項1~7の何れか一項に記載の異常検出装置。
【請求項9】
前記鉄道設備は、転てつ機、踏切しゃ断機及びホーム柵の何れかであり、
前記規定動作は、第1の停止状態から第2の停止状態に向けた第1の規定動作と、前記第2の停止状態から前記第1の停止状態に向けた第2の規定動作とがあり、
前記取得手段は、前記第1の規定動作と前記第2の規定動作とを分別して前記モータ駆動情報を取得し、
前記判定手段は、前記第1の規定動作に係る前記トルク相当値に基づいて、前記第1の規定動作における前記鉄道設備の異常有無を判定し、前記第2の規定動作に係る前記トルク相当値に基づいて、前記第2の規定動作における前記鉄道設備の異常有無を判定する、
請求項1~8の何れか一項に記載の異常検出装置。
【請求項10】
誘導モータへの給電制御をすることで停止状態から規定動作を行った後に再び停止状態となる鉄道設備に関する前記誘導モータのモータ電圧及びモータ電流であるモータ駆動情報を取得することと、
前記モータ駆動情報に基づいて、前記規定動作中の前記誘導モータの相互インダクタンスに基づくトルク相当値を算出することと、
前記トルク相当値に基づいて、前記鉄道設備の異常有無を判定することと、
を含む異常検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道設備の異常検出装置等に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道設備の一つである転てつ機の異常を検出する様々な手法が提案されている。例えば、転てつ機の転換動作中のモータ電流波形を正常な転てつ機のモータ電流波形である標準波形と比較することで、転てつ機の異常の有無を判定する手法がよく知られている(例えば、特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
転換動作中の転てつ機に異常がある場合、その転てつ機を動作させるモータのトルクが変動(上昇)する傾向がある。トルクの変動(上昇)はモータ電流の変動(上昇)として表れることから、転換動作中のモータ電流から転てつ機の異常を判定することが可能である。しかしながら、転てつ機を動作させるモータとして誘導モータを用いる場合、誘導モータに生じるすべり(モータすべり)によってモータ電流に基づく異常検出の検出精度が低下するという課題があった。
【0005】
誘導モータは、その構成原理上、負荷が一定の状態でモータ電圧が変動した場合、トルクを一定に保つためにすべりが生じてモータ電流が変動する特性がある。通常、駅構内に複数の転てつ機が設置される場合、これらの各転てつ機の誘導モータに対して共通の電源から駆動電力が供給されるように配置構成されることが多い。また、設定された列車の進路に応じて転てつ機の転換動作がなされるため、同時に転換動作する転てつ機の数や組み合わせは一定ではない。このため、毎回の転換動作において常時一定の安定した駆動電力が供給されるわけではない。同時に転換動作する転てつ機の数や組み合わせによって、転換動作を行う転てつ機のモータ電圧が変動(低下)する。このモータ電圧の変動(低下)が、モータすべりによるモータ電流の変動(低下)を引き起こす。
【0006】
従って、誘導モータのモータ電流は、負荷である転てつ機の異常によっても変動するし、モータすべりによっても変動する。このため、モータ電流の変動が転てつ機の異常によるのかモータすべりによるのかを区別できず、異常検出の精度が低下する要因となっていた。このような課題は転てつ機に限らず、踏切しゃ断機やホーム柵といった誘導モータによって動作する他の鉄道設備についても同様である。
【0007】
本発明が解決しようとする課題は、誘導モータによって動作される鉄道設備の異常検出の精度を向上させること、である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するための第1の発明は、
誘導モータへの給電制御をすることで停止状態から規定動作を行った後に再び停止状態となる鉄道設備に関する前記誘導モータのモータ電圧及びモータ電流であるモータ駆動情報を取得する取得手段(例えば、
図8の取得部202)と、
前記モータ駆動情報に基づいて、前記規定動作中の前記誘導モータの相互インダクタンスに基づくトルク相当値を算出する算出手段(例えば、
図8の算出部204)と、
前記トルク相当値に基づいて、前記鉄道設備の異常有無を判定する判定手段(例えば、
図8の判定部206)と、
を備える異常検出装置である。
【0009】
他の発明として、
誘導モータへの給電制御をすることで停止状態から規定動作を行った後に再び停止状態となる鉄道設備に関する前記誘導モータのモータ電圧及びモータ電流であるモータ駆動情報を取得すること(例えば、
図10のステップS1)と、
前記モータ駆動情報に基づいて、前記規定動作中の前記誘導モータの相互インダクタンスに基づくトルク相当値を算出すること(例えば、
図10のステップS3)と、
前記トルク相当値に基づいて、前記鉄道設備の異常有無を判定すること(例えば、
図10のステップS5~S15)と、
を含む異常検出方法を構成してもよい。
【0010】
第1の発明によれば、誘導モータによって動作される鉄道設備の異常検出の精度を向上させることができる。つまり、誘導モータでは、負荷である鉄道設備に異常が無い状態でモータ電圧が変動すると、トルクを変動させないようにすべり(モータすべり)が生じる。このモータすべりは、誘導モータの一次側と二次側との電磁結合状態の変動であり、一次側の電流であるモータ電流を変動させる。
【0011】
また、誘導モータの一次側におけるモータ電圧、モータ電流及びインピーダンスの関係式から、誘導モータの電磁結合状態を示す値である相互インダクタンスに基づく値をトルク相当値として算出することができる。このように算出されるトルク相当値はモータ電圧の変動の影響を受けず誘導モータのトルクと相関性のある値である。そのため、トルク相当値に基づくことで、鉄道設備の異常有無の判定を精度よく行うことができる。
【0012】
第2の発明は、第1の発明において、
前記規定動作は、動作期間として、モータ始動期と、当該モータ始動期に続く安定期と、を少なくとも含み、
前記判定手段は、前記モータ始動期の前記トルク相当値に基づいて前記鉄道設備の異常有無を判定することと、前記安定期の前記トルク相当値に基づいて前記鉄道設備の異常有無を判定することと、を行う、
異常検出装置である。
【0013】
モータ電圧によるモータすべりは、誘導モータが回転動作を始めるモータ始動期において支配的となる。また、モータ始動期に続く安定期は、誘導モータの回転動作が安定する期間である。例えば、鉄道設備が転てつ機である場合、転てつ機の動作は、転てつ機内部の駆動機構のみに負荷がかかる工程を経て、動作かんを直動動作させてトングレールを動作させる工程に続く。モータすべりが収まることでモータ始動期が経過した時点は、未だ、転てつ機内部の駆動機構のみに負荷がかかる工程にある。そのため、モータ始動期に続く所定の期間は誘導モータのトルクが安定した安定期にある。他の鉄道設備の駆動機構も、歯車やベアリング、クラッチ等を有しており、同様の安定期がある。そのため、第2の発明のように、モータ始動期のトルク相当値に基づいて鉄道設備の異常有無を判定したり、安定期のトルク相当値に基づいて鉄道設備の異常有無を判定することができる。
【0014】
第3の発明は、第2の発明において、
前記判定手段は、複数回の前記規定動作に係る前記トルク相当値の時系列変化を、前記安定期の開始時点を揃えた同一時間軸上に配置し、前記安定期の開始時点以降における前記規定動作間の前記トルク相当値の差に基づいて、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
異常検出装置である。
【0015】
モータ始動期に係る時間はモータすべりによって変動するが、これによって安定期の開始時点も変動する。このため、第3の発明のように、複数回の規定動作に係るトルク相当値の時系列変化の安定期の開始時点を揃え、安定期の開始時点以降における規定動作間のトルク相当値の差に基づくことで、鉄道設備の異常有無の判定を精度よく行うことができる。
【0016】
第4の発明は、第2の発明において、
前記判定手段は、前記規定動作に係る前記トルク相当値の時系列変化と、所与の基準時系列変化とを、前記安定期の開始時点を揃えた同一時間軸上に配置し、前記安定期の開始時点以降における前記トルク相当値の差に基づいて、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
異常検出装置である。
【0017】
モータ始動期に係る時間はモータすべりによって変動するが、これによって安定期の開始時点も変動する。このため、第4の発明のように、例えば、鉄道設備が正常である状態での規定動作に係るトルク相当値の時系列変化を基準時系列変化とし、規定動作に係るトルク相当値の時系列変化と基準時系列変化との安定期の開始時点を揃え、安定期の開始時点以降におけるトルク相当値の差に基づくことで、鉄道設備の異常有無の判定を精度よく行うことができる。
【0018】
第5の発明は、第2~第4の何れかの発明において、
前記判定手段は、前記モータ始動期の前記トルク相当値の最大値が所定の正常範囲条件を満たすか否かによって、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
異常検出装置である。
【0019】
鉄道設備の内部機構に異常がある場合、鉄道設備が規定動作を開始する際の負荷上昇によって誘導モータのトルクが増加する傾向がある。このため、第5の発明のように、誘導モータが回転動作を開始するモータ始動期のトルク相当値の最大値が正常範囲条件を満たすか否かによって、鉄道設備の異常有無を判定することができる。
【0020】
第6の発明は、第2~第5の何れかの発明において、
前記判定手段は、前記トルク相当値の前記モータ始動期に係る時間が所定の正常時間条件を満たすか否かによって、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
異常検出装置である。
【0021】
誘導モータの回転動作が安定するまでの時間であるモータ始動期に係る時間は、モータ電圧の変動によるモータすべりによって変動するが、その変動は、モータすべりの程度、つまりモータ電圧の変動に応じたものとなる。モータ電圧の過剰な変動は、鉄道設備の異常の要因又は結果の可能性がある。このため、第6の発明のように、誘導モータが回転動作を開始するモータ始動期に係る時間が正常時間条件を満たすか否かによって、鉄道設備の異常有無を判定することができる。
【0022】
第7の発明は、第2~第6の何れかの発明において、
前記判定手段は、前記安定期の開始時点以降の前記トルク相当値が所定の安定条件を満たすか否かによって、前記鉄道設備の異常有無を判定する、
異常検出装置である。
【0023】
誘導モータの回転動作が安定する安定期の開始時点以降では誘導モータのトルクが安定しているが、例えば規定動作中に異常が発生した場合、負荷上昇によって誘導モータのトルクが増加する傾向がある。このため、第7の発明のように、安定期の開始時点以降のトルク相当値が安定条件を満たすか否かによって、鉄道設備の規定動作中の異常有無を判定することができる。
【0024】
第8の発明は、第1~第7の何れかの発明において、
給電ラインに、前記規定動作を行うか否かを個別に制御可能な複数の前記鉄道設備の前記誘導モータが接続されており、同時に前記規定動作を行う前記鉄道設備の数の違いによって前記鉄道設備の前記誘導モータに給電される給電電力が異なる、
異常検出装置である。
【0025】
第8の発明によれば、給電ラインに、個別に制御される複数の鉄道設備の誘導モータが接続されている。そのため、各鉄道設備の誘導モータに給電される給電電力は必ずしも常に一定で且つ同一であるとは限らず変動し得ることで、モータすべりの程度が異なり得る。しかし、第1~第7の発明の作用効果を具備する第8の発明によれば、給電ラインに、個別に制御される複数の鉄道設備の誘導モータが接続されている場合であっても、鉄道設備の異常有無の判定を精度よく行うことができる。
【0026】
第9の発明は、第1~第8の何れかの発明において、
前記鉄道設備は、転てつ機、踏切しゃ断機及びホーム柵の何れかであり、
前記規定動作は、第1の停止状態から第2の停止状態に向けた第1の規定動作と、前記第2の停止状態から前記第1の停止状態に向けた第2の規定動作とがあり、
前記取得手段は、前記第1の規定動作と前記第2の規定動作とを分別して前記モータ駆動情報を取得し、
前記判定手段は、前記第1の規定動作に係る前記トルク相当値に基づいて、前記第1の規定動作における前記鉄道設備の異常有無を判定し、前記第2の規定動作に係る前記トルク相当値に基づいて、前記第2の規定動作における前記鉄道設備の異常有無を判定する、
異常検出装置である。
【0027】
複数の規定動作を行う鉄道設備では、規定動作毎に当該規定動作に係るトルク相当値の時系列変化が異なり得る。このため、第9の発明のように、規定動作を分別して各規定動作に係るトルク相当値に基づくことで、鉄道設備の異常有無の判定を精度よく行うことができる。例えば、転てつ機では、転換方向が定位及び反位の転換方向が第1規定動作及び第2の規定動作に相当し、踏切しゃ断機では、遮断かんの上昇動作及び下降動作が第1の規定動作及び第2の規定動作に相当し、ホーム柵では、開動作及び閉動作が第1の規定動作及び第2の規定動作に相当する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図2】転てつ機の誘導モータに供給される電源の配線図の一例。
【
図3】転換動作に係る電圧波形及び電流波形の一例。
【
図5】誘導モータの一次側のインピーダンスの説明図。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施形態について説明する。なお、本発明を適用可能な形態が以下の実施形態に限定されるものではない。また、図面の記載において、同一要素には同一符号を付す。
【0030】
[全体構成]
図1は、本実施形態の異常検出装置1の適用例を示す図である。本実施形態の異常検出装置1は、鉄道設備の一例である転てつ機9の異常を検出する装置であり、転てつ機9の内部や併設されている器具箱内に設置される。
【0031】
転てつ機9は、駆動源として誘導モータ7を備え、当該誘導モータ7への電力供給を制御することで転換動作をする。つまり、転てつ機9は、停止状態から、当該転てつ機9を駆動する誘導モータ7へ電力を供給して誘導モータ7が回転動作することでトングレールを定位又は反位に転換する規定動作である転換動作を行った後に、誘導モータ7への電力供給を停止して回転動作が停止することで再び停止状態となる。
【0032】
異常検出装置1は、転てつ機9の誘導モータ7のモータ電圧及びモータ電流であるモータ駆動情報を取得する。具体的には、転てつ機9の転換動作中に所定時間間隔で電圧センサにより測定されるモータ電圧及び電流センサにより測定されるモータ電流を入力・サンプリングし、A/D変換してデジタル値として取得する。つまり、モータ駆動情報は、モータ電圧及びモータ電流の時系列データである。転てつ機9の転換動作の開始及び終了は、例えばモータ電流が所定の閾値以上であるか否かや、外部装置からの転換指令などによって判断できる。そして、異常検出装置1は、取得した1回の転換動作に係るモータ駆動情報に基づき、対応する転てつ機9の異常有無を判定する。
【0033】
[異常有無の判定]
転てつ機9の異常有無の判定に際しては、先ず、転てつ機9の転換動作1回分のモータ駆動情報であるモータ電圧及びモータ電流の時系列データに基づき、トルク相当値の時系列データを算出する。トルク相当値は、誘導モータ7のトルクに相当する値である。本実施形態では、モータ駆動情報であるモータ電圧V
1及びモータ電流I
1から、次式(1)に従ってトルク相当値kを算出する。
【数1】
【0034】
式(1)において、「R1」は、誘導モータ7の一次側(モータ結線側:固定子)の抵抗(実数成分)であり、「ω」は、誘導モータ7に供給される交流電力の角周波数である。このトルク相当値kは、後述するように、誘導モータ7の相互インダクタンスMに基づく値であり、本実施形態では、相互インダクタンスMの逆数(1/M)である。
【0035】
トルク相当値を用いるのは、モータ電圧の変動によって誘導モータ7にすべり(モータすべり)が生じることによる。つまり、転てつ機9の転換動作中に生じた何らかの異常によって誘導モータ7の負荷が変化(上昇)すると、その負荷の変化(上昇)はトルクの変化(増加)となり、モータ電流の変化(増加)として表れる。このため、モータ電流の変化(増加)から転てつ機9の異常有無を判定することが可能である。しかし、誘導モータ7には、その構成原理上、負荷が一定であってもモータ電圧の変動によってモータすべりが生じ、このモータすべりによってもモータ電流が変動する。つまり、モータ電流の変動が、負荷の変動によるものなのか、モータすべりによるものなのかをモータ電流だけからでは区別できない事態が生じ得る。このため、本実施形態では、転てつ機9の異常有無の判定に、モータすべりを引き起こす要因であるモータ電圧V1を考慮した、式(1)で算出されるトルク相当値を用いる。
【0036】
誘導モータ7のモータすべりを引き起こす要因となるモータ電圧V
1の変動は、主に次の理由によって発生する。
図2は、駅構内における複数の転てつ機9の誘導モータ7に供給される電源の配線図の一例である。通常、駅構内には複数の転てつ機9が設置される。この複数の転てつ機9それぞれの誘導モータ7には給電ラインから交流電力が供給されるが、給電ラインは、共通の電源ACからの渡り配線となっている。なお、本実施形態の誘導モータ7は単相モータである。また、転てつ機9は転換動作を行うか否かを個別に制御可能であり、各転てつ機9の誘導モータ7への駆動電力の供給は、給電ラインと誘導モータ7との間に設けられたスイッチSWのオンオフ制御によってなされる。つまり、転換動作をさせる転てつ機9の誘導モータ7のみに駆動電力を供給させ、転換動作をさせない転てつ機9の誘導モータ7には駆動電力を供給させないように制御される。
【0037】
誘導モータ7は、内部インピーダンスが低いため、起動時に過大な電力を要する。このため、同時に転換動作をする転てつ機9の数や組み合わせ、つまり同時に駆動電力が供給される誘導モータ7の数や組み合わせによっては、渡り配線のケーブルインピーダンスの分圧により誘導モータ7のモータ電圧V1が変動する。このモータ電圧V1の変動が誘導モータ7のすべり(モータすべり)を引き起こし、このモータすべりによって誘導モータ7のモータ電流が変動する。
【0038】
図3は、転てつ機9の転換動作に係る誘導モータ7のモータ電圧及びモータ電流の波形例であり、離散値であるモータ電流及びモータ電圧が連続する波形として模式的に示している。
図3では、横軸を共通の時間として、上側にモータ電流の波形(電流波形)を示し、下側にモータ電圧の波形(電圧波形)を示している。時間は、転換動作の開始時点(誘導モータ7の起動時点)を「0秒」としている。
【0039】
当該転てつ機9を単独で複数回分の転換動作をさせた場合(つまり、他の転てつ機9が転換動作をしない場合)と、当該転てつ機9を他の転てつ機9と同時に複数回分の転換動作をさせた場合との2種類の動作制御を行った。当該転てつ機9を単独で転換動作させた場合にはモータすべりが発生せず、当該転てつ機9を他の転てつ機9と同時に転換動作をさせた場合にはモータすべりが発生した。
図3では、モータすべりが発生しなかった複数回分の転換動作の波形パターン(以下「モータすべり無しの波形パターン」或いは「モータすべり無し」という)と、モータすべりが発生した複数回分の転換動作の波形パターン(以下「モータすべり有りの波形パターン」或いは「モータすべり有り」という)との2種類を重ねて示している。
【0040】
当該転てつ機9が他の転てつ機9と同時に転換動作をした場合とは、当該転てつ機9と、他の転てつ機9との二台が、共通の電源から駆動電力が供給されて同時に転換動作を行った場合である。また、
図3に示す各波形パターンは、何れも転換方向(定位又は反位)が同じ転換動作の波形である。また、転てつ機9及び他の転てつ機9ともに正常な状態である。
【0041】
図3の電圧波形によれば、他の転てつ機9が同時に転換動作をしているか否か、つまり他の転てつ機9の誘導モータ7にも駆動電力が供給されているか否かによって、当該転てつ機9のモータ電圧が異なる。また、ストローク期間において、当該転てつ機9が単独で転換動作をした場合と、当該転てつ機9が他の転てつ機9と同時に転換動作をした場合とで時間的なズレが生じている。ストローク期間とは、1回の転換動作において、動作かんを直動動作させてトングレールを左右に転換させている期間のことである。
【0042】
ところで、転てつ機9の転換動作は、鎖錠機構を解錠する解錠期間と、動作かんを直動動作させてトングレールを左右に転換させるストローク期間と、鎖錠機構を鎖錠する鎖錠期間との3つの期間に分けられる。
図3においては、モータ電流が急激に低下してゼロとなる時点(モータ電圧が急激に増加して110Vに達する時点ともいえる)が転換動作の終了時点である。また、モータすべり無しの場合では、転換動作の開始から「約1.7秒」の経過時点がストローク期間の開始時点となる。また、解錠期間は、歯車やベアリング、クラッチ等を含む転てつ機9内部の駆動機構のみに負荷がかかる期間であり、更に、誘導モータ7に電力の供給が開始されて単位時間当たりの回転数が増加するモータ始動期と、単位時間当たりの回転数が安定する安定期とに分けられる。
【0043】
また、電圧波形及び電流波形が示すように、誘導モータ7の起動直後の期間であってモータ電圧及びモータ電流が安定する直前までの期間であるモータ始動期の長さは、モータすべり無しの場合(当該転てつ機9が単独で転換動作した場合)と、モータすべり有りの場合(当該転てつ機9が他の転てつ機9と同時に転換動作をした場合)とで異なっている。このモータ始動期の長さの違いが、転換動作の転換時間の違いに表れている。
【0044】
モータ電圧の違いやモータ始動期の期間の長さの違いは、モータすべりに起因する。モータすべり有りの波形パターンでは、モータすべり無しの波形パターンに比較して、モータ電圧が低下するとともに、誘導モータ7の始動期の期間の長さが長くなっている。これに伴って、ストローク期間に時間的なズレが生じている。
【0045】
図4は、誘導モータ7の等価回路図である。
図4に示すように、誘導モータ7は、変圧器と同等の等価回路として表現することができる。この等価回路において、一次側(モータ結線側:固定子)に電源ACから交流の駆動電力が供給され、二次側(回転子)に負荷である転てつ機9が接続される。二次側(回転子)に流れる誘導電流I
2は、負荷トルクに応じた値となる。転てつ機9が正常である状態、つまり誘導モータ7の負荷が変化しない状態において、誘導モータ7のモータ電圧V
1(一次側の電圧)が変化した場合を考える。この場合、二次側(回転子)の誘導電流I
2を変化させないために、誘導モータ7にすべり(モータすべり)sが生じて負荷抵抗R
2が変化する。モータすべりは、一次側と二次側との電磁結合の変化、つまり相互インダクタンスMの変化となり、この相互インダクタンスMの変化は、一次側のモータ電流I
1の変化を引き起こす。
【0046】
図5は、誘導モータ7の一次側のインピーダンスを複素平面で示した図である。横軸が実軸、縦軸が虚軸である。実数成分R
1と、虚数成分Mωとの合成インピーダンスが、一次側のインピーダンスとなる。そして、一次側の電圧(モータ電圧)V
1及び電流(モータ電流)I
1と、その合成インピーダンスとの間で、次式(2)が成り立つ。
【数2】
【0047】
この式(2)を変形すると、式(1)となる。つまり、相互インダクタンスMの逆数である式(1)が、トルク相当値kである。言い換えれば、トルク相当値kは、誘導モータ7の相互インダクタンスMに基づく値である。
【0048】
図6は、
図3に示した電圧波形及び電流波形をトルク相当値に変換した波形(以下、適宜「転換波形」という)であり、電圧波形及び電流波形と同様に、離散値であるトルク相当値を連続する波形として模式的に示した波形である。つまり、
図3に電圧波形及び電流波形を示した複数回の転換動作それぞれについて、モータ駆動情報であるモータ電圧V
1及びモータ電流I
1を用いて、式(1)に従って算出したトルク相当値の各波形である。横軸は、
図3の横軸と共通の時間軸であり、転換動作の開始時点(誘導モータ7の起動時点)を「0秒」としている。縦軸は、トルク相当値である。時間は、トルク相当値とすることで、情報量(データ量)を、元の情報であるモータ電圧V
1及びモータ電流I
1の情報量からおよそ半減させることができる。
【0049】
トルク相当値の波形(転換波形)においても、
図3に示した電圧波形及び電流波形と同様に、モータすべりに起因する誘導モータ7のモータ始動期の期間の長さに違いが生じており、モータすべり無しの波形パターン(当該転てつ機9が単独で転換動作した場合)と、モータすべり有りの波形パターン(当該転てつ機9が他の転てつ機9と同時に転換動作をした場合)との2種類をとることがわかる。そして、モータ始動期の期間の長さに違いが生じていることから、転換動作の転換時間にも違いが生じているとともに、転換動作におけるストローク期間の開始時点にも時間的な違いが生じている。これらの点も
図3に示した電圧波形及び電流波形と同様である。転てつ機9の異常有無の判定においては、後述のように、ストローク期間におけるトルク相当値を判定することから、トルク相当値の波形(転換波形)におけるストローク期間を正確に判定する必要がある。
【0050】
図7は、
図6に示した転換動作毎のトルク相当値の各転換波形に対して、安定期の開始時点(モータ始動期の終了時点ともいえる)を揃えるように、時間軸に沿った方向に移動させた後の波形を示している。具体的には、モータすべり無しの転換波形はそのままに、モータすべり有りの転換波形を、時間をさかのぼらせるように移動させている。
【0051】
図7に示すように、各転換波形の安定期の開始時点(モータ始動期の終了時点)を揃えることで、モータすべりの有無に関わらず、各転換波形の安定期、ストローク期間、及び、鎖錠期間の各期間の長さがほぼ一致していることがわかる。つまり、各転換波形の安定期の開始時点を揃えることによって、各転換波形の安定期の開始時点以降の期間、つまり、安定期、ストローク期間、及び、鎖錠期間の各期間において所定周期でサンプリングしたトルク相当値は、モータすべりの影響を取り除いた時間的なズレが生じていないデータとなる。従って、各転換波形の安定期の開始時点を揃えて各転換波形の安定期以降の波形部分を比較することで、モータすべりの影響を受けることなく、転てつ機9の異常有無を精度よく判定することができる。
【0052】
各転換波形の安定期の開始時点を揃える手法について説明する。安定期の開始時点は、
図7に示すP点である。このP点は、トルク相当値が急峻に減少した後に一定値となる特徴的な波形部である。P点は、例えば、転換波形のデータである時系列のトルク相当値のデータにおいて、時間的に前後のデータ間の変化量(時間微分値)がほぼゼロとなる点として判定することができる。
【0053】
各転換波形のP点(安定期の開始時点)を揃えるにあたり、モータすべり無しの転換波形に対して、モータすべり有りの転換波形を時間的にさかのぼるように移動させる。モータすべり無しの転換波形とモータすべり有りの転換波形の弁別は、外部装置で管理している転てつ機9の転換情報から他の転てつ機9と同時に転換動作が開始及び終了しているかによって判定してもよいし、各転換波形のモータ始動期の最低電圧レベルから判定してもよい。つまり、
図3の電圧波形に示したように、モータ始動期の最低電圧レベルは、モータすべり有りのほうがモータすべり無しより低い。最低電圧レベルの違いは、
図2に示したように、同時に転換動作する他の転てつ機9への駆動電力の供給に起因する電圧降下によって生じる。同時に転換動作する他の転てつ機9の数が多いほど、モータ電圧の低下が大きくなることから、モータすべりの影響の程度が大きくなるとともに、モータ始動期における最低電圧レベルが低くなる。このため、各転換波形のモータ始動期の最低電圧レベルを比較し、モータ始動期の最低電圧レベルの低い転換波形を時間的にさかのぼらせるように移動させて当該転換波形のP点をモータ始動期の最低電圧レベルが高い転換波形のP点に合わせることで、各転換波形のP点を揃えることができる。
【0054】
各転換波形のP点の揃え方としては、例えば、各転換波形のP点を中心として時間的に前後の数十個のデータを含む照合範囲で照合することで行うことができる。具体的には、各転換波形の照合範囲のデータに対して、最小二乗法で誤差が最小となるように、モータすべり有りの転換波形データを時間的にさかのぼらせるように移動させることで実現できる。或いは、各転換波形の照合範囲のデータに相当する波形部分を画像化した転換波形画像を生成し、転換波形間の画像マッチング度が高くなるポイントまでモータすべり有りの転換波形をズラして、ズラしたピクセル数から時間的にズラした時間を換算してもよい。何れにしても一定の照合範囲を設けることで、精度良く安定期の開始時点を揃えることができる。
【0055】
また、モータ電圧の変動が生じてモータすべりが生じたとしても、転てつ機9が正常であれば、安定期の開始時点以降の各転換波形のサンプリング点毎のデータのバラツキは一定の範囲におさまる。このことから、転てつ機9が正常であるときの転換波形のデータを用いて、当該転てつ機9の転換動作に係る安定期の開始時点以降についてのトルク相当値の基準時系列変化である基準データを生成することができる。そして、この基準データと取得した転換波形のデータを比較することで、安定期の開始時点以降の転てつ機9の異常を精度よく判定することができる。
【0056】
このように、転換波形について安定期の開始時点(モータ始動期の終了時点ともいえる)を判定することを、以下適宜「すべり補正」と呼ぶ。すべり補正を行うことで、転換波形の安定期の開始時点をモータすべり無しの転換波形の安定期の開始時点と揃えることができる。
【0057】
図7に示す転換波形を
図6に示した転換波形と比較すると、波形部分Wbに生じていたトルク相当値のバラツキが無い。各転換波形の安定期の開始時点を一致させたことで無くなったのであるから、このトルク相当値のバラツキはモータすべりによるものであったと判断できる。また、波形部分Waのトルク相当値の増加が明確になっている。これは、転てつ機9の異常に起因する負荷の上昇によるものと判断できる。また、波形部分Wcにトルク相当値のバラツキが生じている。これは、転てつ機9の異常に起因する負荷の増加によるものであると判断できる。波形部分Wa,Wcは、ストローク期間における波形部分であるが、ストローク期間とは、転換動作において動作かんを直動動作させてトングレールを左右に転換させている期間である。従って、波形部分Wa,Wcから判断される転てつ機9の異常としては、トングレールの移動に関する異常である可能性が高い。具体的には、トングレールや道床、基本レール間の異物混入、潤滑油不足によるトングレールと道床との間の摺動抵抗の増加等が考えられる。
【0058】
このように、各転換波形の安定期の開始時点を揃えることで、各転換波形のストローク期間におけるトルク相当値を比較することができる。つまり、各転換動作におけるストローク期間を一致させてトルク相当値を比較していることになる。これにより、転てつ機9の異常有無の判定精度の向上が図れる。
【0059】
本実施形態では、転てつ機9の異常有無の判定として、1回の転換動作に係るトルク相当値の波形(転換波形)に対して、次の3種類の判定を行う。なお、これらの各判定は、転てつ機の転換方向(定位/反位)別に行うと好適である。つまり、転換方向が定位である転換動作についてのトルク相当値の波形(転換波形)に対する判定と、転換方向が反位である転換動作についてのトルク相当値の波形(転換波形)に対する判定とを別に分けて実施する。この場合、各判定の後述する条件を転てつ機9の転換方向別に定めておく。
【0060】
第1の判定は、モータ始動期におけるトルク相当値の最大値が正常範囲条件を満たすかの判定である。正常範囲条件は、転てつ機9を正常とみなせるトルク相当値の範囲の条件である。
【0061】
図6のトルク相当値の波形(転換波形)に示すように、モータ始動期におけるトルク相当値は、急激に増加した後に減少するように変化する。転てつ機9が正常である場合には、モータ始動期におけるトルク最大値は、モータすべりの有無に関わらす一定である。これに対して、転てつ機9の転換機構である歯車やベアリング、クラッチに異常が生じている場合、モータ始動期における誘導モータの負荷が上昇することからトルク相当値も増加する傾向がある。このため、転てつ機9が正常であるときのトルク相当値の波形(転換波形。トルク相当値の時系列データ)を予め取得しておき、これらの各波形におけるモータ始動期のトルク相当値の最大値を含む範囲を、正常範囲条件として定めることができる。
【0062】
第2の判定は、モータ始動期に係る時間が正常時間条件を満たすかの判定である。正常時間条件は、転てつ機9を正常とみなせる時間の範囲の条件である。
【0063】
図6のトルク相当値の波形(転換波形)に示すように、転てつ機9が正常である場合、モータすべりが生じると、モータ始動期に係る時間が増加する。モータ始動期に係る時間の増加の程度は、モータすべりの程度、つまりモータ電圧の変動(低下)の程度に応じたものとなるが、モータ電圧の過度の変動(低下)は、転てつ機9の異常の原因又は結果の可能性がある。このため、転てつ機9が正常であってモータすべりが発生していない場合及び発生している場合の各場合におけるトルク相当値の波形(転換波形。トルク相当値の時系列データ)を予め取得しておき、これらの各波形におけるモータ始動期の期間の長さに誤差時間を加えた範囲を、正常時間条件として定めることができる。
【0064】
第3の判定は、安定期の開始時点以降のトルク相当値が安定条件を満たすかの判定である。安定条件は、転てつ機9を正常とみなせるトルク相当値の範囲の条件である。本実施形態では、転てつ機9が正常であるときの転換動作についての安定期の開始時点以降におけるトルク相当値の波形(転換波形)と、判定対象の転換動作についての安定期の開始時点以降におけるトルク相当値の波形(転換波形)との差の上限値を、安定条件とする。
【0065】
図7のトルク相当値の波形(転換波形)に示すように、転てつ機9が正常である場合、安定期の開始時点以降におけるトルク相当値は大まかには一定であるが、詳細にみると時間経過とともに変化している。つまり、トルク相当値は時系列データであり、各時間(モータ電圧及びモータ電流のサンプリングタイミングに相当)でのトルク相当値は異なっており、完全に一定とはいえない。このトルク相当値の変化の仕方は転てつ機9毎に固有となっている。
【0066】
これに対して、異物混入や潤滑油不足によるトングレールと床板との間の摺動抵抗の増加といった転てつ機9の異常が生じている場合、誘導モータの負荷が上昇することから、トルク相当値が増加する傾向がある。このトルク相当値の増加を判定するために、安定期の開始時点以降におけるトルク相当値の波形を、転てつ機9が正常であるときの安定期の開始時点以降におけるトルク相当値の波形と比較することが、第3の判定である。
【0067】
具体的には、転てつ機9が正常であるときの複数のトルク相当値の波形(転換波形。トルク相当値の時系列データである)を予め取得しておき、安定期の開始時点以降の各時間におけるこれらの各転換波形のトルク相当値のバラツキから求められる各時間のトルク相当値の差の合計の上限値を、安定条件として定めることができる。更に、安定期の開始時点以降における所定タイミング(ある1つの時間)におけるトルク相当値の差の上限値を、安定条件に追加するようにしてもよい。なお、安定期の開始時点以降における正常な転換波形と判定対象の転換波形との比較を画像マッチングによって行うこととし、そのマッチング度合を安定条件として定めるとしてもよい。また、ストローク期間のトルク相当値の波形(転換波形)について判定するようにしてもよい。
【0068】
このように、転てつ機9の1回の転換動作に係るすべり補正後のトルク相当値の波形(転換波形)に対する3種類の判定(第1~第3の判定)を行うと、3種類の各判定結果に基づいて、最終的な転てつ機の異常有無を判定する。本実施形態では、1種類以上の判定結果が“異常有り”であるならば、最終的に判定として“異常有り”と判定し、3種類全ての判定結果が“異常無し”ならば、最終的な判定として“正常(異常無し)”と判定する。なお、1種類以上ではなく、2種類以上又は3種類全ての判定結果が“異常有り”である場合に最終的な判定結果を“異常有り”とするようにしてもよい。
【0069】
[機能構成]
図8は、異常検出装置1の機能構成の一例を示す図である。
図8によれば、異常検出装置1は、操作部102と、表示部104と、通信部106と、処理部200と、記憶部300とを備え、一種のコンピュータシステムとして構成することができる。
【0070】
操作部102は、例えばボタンスイッチやタッチパネル、キーボード等の入力装置で実現され、なされた操作に応じた操作信号を処理部200に出力する。表示部104は、例えばLCD(Liquid Crystal Display)やタッチパネル等の表示装置で実現され、処理部200からの表示信号に応じた各種表示を行う。通信部106は、有線又は無線の通信装置で実現され、通信ネットワークを介して各種の外部装置との通信を行う。
【0071】
処理部200は、例えばCPU(Central Processing Unit)等の演算装置で実現され、記憶部300に記憶されたプログラムやデータ等に基づいて、異常検出装置1を構成する各部への指示やデータ転送を行い、異常検出装置1の全体制御を行う。また、処理部200は、本実施形態に係る機能部として、取得部202と、算出部204と、判定部206とを有する。但し、これらの機能部は、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)やFPGA(Field Programmable Gate Array)等によってそれぞれ独立した演算回路として構成することも可能である。
【0072】
取得部202は、誘導モータへの給電制御をすることで停止状態から規定動作である転換動作を行った後に再び停止状態となる鉄道設備である転てつ機9の誘導モータのモータ電圧及びモータ電流であるモータ駆動情報を取得する。転換動作は、第1の停止状態から第2の停止状態に向けた第1の転換動作と、第2の停止状態から第1の停止状態に向けた第2の転換動作とがあり、取得部202は、第1の転換動作と第2の転換動作とを分別してモータ駆動情報を取得する。
【0073】
具体的には、転てつ機9の転換動作中に、所定時間間隔で電圧センサにより測定されるモータ電圧及び電流センサにより測定されるモータ電流をサンプリングし、A/D変換してデジタル値として取得することで、モータ電圧及びモータ電流の時系列データを、モータ駆動情報として取得する。また、第1の転換動作及び第2の転換動作である転てつ機9の転換動作の転換方向(定位/反位)を分別し、分別した転換方向をモータ駆動情報に対応付けて取得する。転換方向は、例えば、転てつ機9に対して与えられる誘導モータの回転方向を指令する転換指令に基づいて分別することができる。
【0074】
算出部204は、モータ駆動情報に基づいて、転換動作中の誘導モータの相互インダクタンスに基づくトルク相当値を算出する。
【0075】
具体的には、取得部202により取得された転換動作中のモータ駆動情報であるモータ電圧及びモータ電流の時系列データから、式(1)に従って、転換動作中のトルク相当値の時系列データを算出する。
【0076】
判定部206は、トルク相当値に基づいて、転てつ機9の異常有無を判定する。転てつ機の転換動作は、モータ始動期と、モータ始動期に続く安定期と、を少なくとも含み、モータ始動期のトルク相当値に基づいて転てつ機9の異常有無を判定することと、モータ始動期のトルク相当値に基づいて転てつ機9の異常有無を判定することと、を行う。また、モータ始動期のトルク相当値の最大値が所定の正常範囲条件を満たすか否かによって、転てつ機9の異常有無を判定する。また、トルク相当値のモータ始動期に係る時間が所定の正常時間条件を満たすか否かによって、転てつ機9の異常有無を判定する。また、安定期の開始時点以降のトルク相当値が所定の安定条件を満たすか否かによって、転てつ機9の異常有無を判定する、また、複数回の転換動作に係るトルク相当値の時系列変化を、安定期の開始時点を揃えた同一時間軸上に配置し、安定期における転換動作間のトルク相当値の差に基づいて、転てつ機9の異常有無を判定する。また、転換動作に係るトルク相当値の時系列変化と、所与の基準時系列変化とを、安定期の開始時点を揃えた同一時間軸上に配置し、安定期の開始時点以降におけるトルク相当値の差に基づいて、転てつ機9の異常有無を判定する。また、第1の転換動作に係るトルク相当値に基づいて、第1の転換動作における転てつ機9の異常有無を判定し、第2の転換動作に係るトルク相当値に基づいて、第2の転換動作における転てつ機9の異常有無を判定する。
【0077】
具体的には、次の3種類の判定を行う。また、これらの3種類の各判定は、第1の転換動作及び第2の転換動作である転てつ機の転換方向(定位/反位)別に、当該転換方向の転換動作についてのトルク相当値の波形(転換波形)に対して行う。
【0078】
つまり、第1の判定として、モータ始動期におけるトルク相当値の最大値が正常範囲条件を満たすかの判定を行う。正常範囲条件は、転てつ機9を正常とみなせるトルク相当値の範囲の条件である(
図6参照)。
【0079】
また、第2の判定として、モータ始動期に係る時間が正常時間条件を満たすかの判定を行う。正常時間条件は、転てつ機9を正常とみなせる時間の範囲の条件である(
図6参照)。
【0080】
また、第3の判定として、安定期の開始時点以降におけるトルク相当値が安定条件を満たすかの判定を行う。安定条件は、転てつ機9を正常とみなせるトルク相当値の範囲の条件であり、本実施形態では、転てつ機9が正常であるときの転換動作についての安定期の開始時点以降におけるトルク相当値の波形(転換波形)と、判定対象の転換動作についての安定期の開始時点以降におけるトルク相当値のとの波形との差の上限値である(
図7参照)。
【0081】
ここで、3種類の各判定の条件(第1の判定の正常範囲条件、第2の判定の正常時間条件、第3の判定の安定条件)は、判定条件データ320として定められている。
【0082】
そして、これらの3種類の各判定の判定結果に基づいて、最終的な転てつ機の異常有無を判定する。本実施形態では、1種類以上の判定結果が“異常有り”であるならば、最終的に判定として“異常有り”と判定し、3種類全ての判定結果が“異常無し”ならば、最終的な判定として“正常(異常無し)”と判定する。なお、1種類以上ではなく、2種類以上又は3種類全ての判定結果が“異常有り”である場合に最終的な判定結果を“異常有り”とするようにしてもよい。
【0083】
記憶部300は、ハードディスクやROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)等の記憶装置で実現され、処理部200が異常検出装置1を統合的に制御するためのプログラムやデータ等を記憶している。また、記憶部300は処理部200の作業領域として用いられ、処理部200が各種プログラムに従って実行した演算結果や、操作部102や通信部106を介した入力データ等が一時的に格納される。本実施形態では、記憶部300には、転てつ機9に関する転てつ機管理データ310と、判定条件データ320とが記憶される。
【0084】
図9は、転てつ機管理データ310の一例を示す図である。
図9によれば、転てつ機管理データ310は、転てつ機9の転てつ機IDと、転換動作毎の転換データとを格納している。転換データは、モータ駆動情報と、トルク相当値データと、転換動作の転換方向と、異常有無判定結果とを含む。モータ駆動情報は、取得部202により取得された転てつ機9の転換動作中のモータ電圧及びモータ電流の時系列データである。トルク相当値データは、算出部204により算出された転てつ機9の転換動作中のトルク相当値の時系列データである。異常有無判定結果は、判定部206による転てつ機9の異常有無の判定結果である。
【0085】
[処理の流れ]
図10は、異常検出装置1が行う異常検出処理の流れの一例を示すフローチャートである。この処理は、転てつ機9の1回の転換動作に係る処理である。
【0086】
先ず、取得部202が、転てつ機9の1回の転換動作に係るモータ電圧及びモータ電流の時系列データであるモータ駆動情報を取得する(ステップS1)。次いで、算出部204が、取得されたモータ駆動情報に基づき、式(1)に従って、トルク相当値の時系列データを算出する(ステップS3)。
【0087】
続いて、判定部206、算出されたトルク相当値の時系列データ(転換波形)に基づいて、転てつ機9の異常有無を判定する。すなわち、転換波形のモータ始動期におけるトルク相当値の最大値を算出し、このトルク相当値の最大値が正常範囲条件を満たすかを判定する。正常範囲条件を満たすならば(ステップS5:YES)、続いて、転換波形のモータ始動期の期間の長さを算出し、この期間の長さが正常時間条件を満たすかを判定する。正常時間条件を満たすならば(ステップS7:YES)、続いて、転換波形に対して、トルク相当値が安定する安定期の開始時点(モータ始動期の終了時点ともいえる)を判定するすべり補正を行う(ステップS9)。そして、すべり補正後の転換波形における安定期の開始時点以降のトルク相当値が安定条件を満たすかを判定する。安定条件を満たすならば(ステップS11:YES)、転てつ機9は“異常無し(正常)”と判定する(ステップS13)。
【0088】
一方、正常範囲条件を満たさない場合(ステップS5:NO)、正常時間条件を満たさない場合(ステップS7:NO)、又は、安定条件を満たさない場合(ステップS11:NO)には、転てつ機9は“異常有り”と判定する(ステップS15)。異常検出処理は、このように行われる。
【0089】
[作用効果]
このように、本実施形態によれば、誘導モータ7によって動作される鉄道設備である転てつ機9の異常検出の精度を向上させることができる。つまり、誘導モータ7は、負荷である転てつ機9に異常が無い状態でモータ電圧が変動すると、トルクを変動させないようにすべり(モータすべり)が生じる。このモータすべりは、誘導モータ7の一次側と二次側との電磁結合状態の変動であり、一次側の電流であるモータ電流を変動させる。また、誘導モータ7の一次側におけるモータ電圧、モータ電流及びインピーダンスの関係式から、誘導モータ7の電磁結合状態を示す値である相互インダクタンスに基づく値をトルク相当値として算出することができる。このトルク相当値はモータ電圧の変動の影響を受けず誘導モータ7のトルクと相関性のある値であるので、トルク相当値に基づくことで、転てつ機9の異常有無の判定を精度よく行うことができる。
【0090】
なお、本発明の適用可能な実施形態は上述の実施形態に限定されることなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更可能なのは勿論である。
【0091】
(A)トルク相当値
上述の実施形態では、誘導モータ7のトルク相当値を相互インダクタンスMの逆数としたが(式(1)参照)、相互インダクタンスMそのものをトルク相当値としてもよい。また、誘導モータ7のモータ特性(モータ電圧・モータ電流に対するトルクの関係)が既知であれば、そのモータ特性に基づくトルクとトルク相当値とを対比することで、トルク相当値を実トルク値に変換して用いることにしてもよい。
【0092】
(B)異常検出装置1の構成
上述の実施形態では、異常検出装置1は1台の転てつ機9を対象として異常有無を判定することとしたが、複数台の転てつ機9を対象としてもよい。この場合、異常検出装置1は、各転てつ機9それぞれに対して並列的に異常検出処理(
図10参照)を行う。
【0093】
また、異常検出装置1を、通信接続された複数のコンピュータシステムで構成するようにしてもよい。具体的には、
図11に示すように、転てつ機9に付随して設置するデータ収集装置10と、データ収集装置10と通信ネットワークNを介して通信接続された中央装置20とを備える異常検出装置1Aとして構成する。データ収集装置10は、対応する転てつ機9のモータ駆動情報を取得する取得部202と、算出部204との機能を有し、算出部204が算出したトルク相当値の時系列データを中央装置20へ送信するように構成する。中央装置20は、データ収集装置10から受信したトルク相当値の時系列データに基づいて、当該データ収集装置10に対応する転てつ機9の異常有無を判定する判定部206の機能を有するように構成する。なお、算出部204の機能は、データ収集装置10ではなく中央装置20が有するように構成してもよい。この場合、異常検出装置1Aを、中央装置20が遠隔から転てつ機9の異常検出を行う集中監視システムとして構築することが可能となる。
【0094】
(C)鉄道設備
上述の実施形態では、鉄道設備を転てつ機9として説明したが、上記実施形態は、他の鉄道設備にも適用可能である。例えば、踏切しゃ断機やホーム柵といった、誘導モータ7への電力供給を制御することで停止状態から規定動作を行った後に再び停止状態となる鉄道設備であれば、上述の実施形態と同様に適用することが可能である。
【符号の説明】
【0095】
1,1A…異常検出装置
200…処理部
202…取得部
204…算出部
206…判定部
300…記憶部
310…転てつ機管理データ
320…判定条件データ
10(10a,10b,・・)…データ収集装置
20…中央装置
7(7a,7b,・・)…誘導モータ
9(9a,9b,・・)…転てつ機