(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】公開特許公報(A)
(11)【公開番号】P2023032893
(43)【公開日】2023-03-09
(54)【発明の名称】炭素繊維前駆体用処理剤、および該炭素繊維前駆体用処理剤を使用する炭素繊維束の製造方法
(51)【国際特許分類】
D06M 15/643 20060101AFI20230302BHJP
D06M 15/53 20060101ALI20230302BHJP
【FI】
D06M15/643
D06M15/53
【審査請求】未請求
【請求項の数】9
【出願形態】OL
(21)【出願番号】P 2021139255
(22)【出願日】2021-08-27
(71)【出願人】
【識別番号】500004955
【氏名又は名称】旭化成ワッカーシリコーン株式会社
(72)【発明者】
【氏名】大野哲
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 憲二
【テーマコード(参考)】
4L033
【Fターム(参考)】
4L033AA05
4L033AB01
4L033AC09
4L033AC15
4L033BA14
4L033CA48
4L033CA59
4L033CA64
(57)【要約】
【課題】炭素繊維前駆体同士の融着および膠着を低減させ得る炭素繊維前駆体用処理剤を提供することを目的とする。本発明ではさらに、オイルピックアップ性にも優れ、物性が均一となる炭素繊維を得る処理剤を提供する。
【解決手段】アミノ変性シリコーンと界面活性剤を含む水中油型シリコーンエマルジョン組成物である炭素繊維前駆体用処理剤において、分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が所定範囲内にあるポリジメチルシロキサンを配合する。
【選択図】なし
【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)アミノ変性シリコーンと、
(B)25℃での動粘度が5~500mm2/sで分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が3/97~100/0であるポリジメチルシロキサンと、
(C)界面活性剤と、
(D)水と、を含み
前記(A)成分100質量部に対する前記(B)成分の含有量は0.1質量部以上10質量部以下であり、水中油型シリコーンエマルジョン組成物である、炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項2】
前記(A)アミノ変性シリコーンは、少なくとも1つの分子鎖末端にSiOH基またはSiOCH3基を有するアミノ変性シリコーンを3%以上含む、請求項1に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項3】
前記(C)界面活性剤はノニオン性界面活性剤である、請求項1ないし請求項2のいずれか1項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項4】
前記炭素繊維前駆体用処理剤を温度105℃において3時間乾燥させた試料1mgを空気循環200ml/minとして5℃/minで昇温したときの熱重量曲線(TG)を時間微分して得られる微分熱重量曲線(DTG)において、燃焼ピークが180℃以上270℃ 以下であることを特徴とする、請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項5】
前記(C)界面活性剤はポリオキシアルキレン構造を有するノニオン性界面活性剤であり、
前記(C)界面活性剤が有するオキシアルキレン基の平均付加モル数は、前記前記炭素繊維前駆体用処理剤を温度105℃において3時間乾燥させた試料1mgを空気循環200ml/minとして5℃/minで昇温 したときの熱重量曲線を時間微分して得られる微分熱重量曲線における燃焼ピークが、予め設定した炭素繊維前駆体処理温度に対して-30℃以上+20℃以下の範囲となるように調整されている請求項1ないし請求項3のいずれか1項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項6】
前記(A)アミノ変性シリコーン 100質量部と、
前記(B)ポリジメチルシロキサン 0.1~10質量部と、
前記(C)界面活性剤 5~50質量部と、
前記(D)水と、
を含む請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項7】
前記炭素繊維前駆体用処理剤中の低分子の環状シロキサン(D4~D6)の総含有量が1000ppm以下である請求項1ないし請求項6のいずれか1項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤。
【請求項8】
請求項1ないし請求項7のいずれか1項に記載の炭素繊維前駆体用処理剤を炭素繊維前駆体に塗布して、処理剤付着炭素繊維前駆体を得る塗布工程と、
前記処理剤付着炭素繊維前駆体を耐炎化処理して耐炎化繊維束を得る耐炎化工程と、
前記耐炎化繊維束を炭素化する炭素化工程と、を有する炭素繊維束の製造方法。
【請求項9】
(A)アミノ変性シリコーンと、
(B)25℃での動粘度が5~500mm2/sで分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が3/97~100/0であるポリジメチルシロキサンと、
(C)ノニオン性界面活性剤と、
(D)水と、
を含む水中油型シリコーンエマルジョン組成物である、炭素繊維前駆体用処理剤において、
前記(C)界面活性剤が有するオキシアルキレン基の平均付加モル数を、前記炭素繊維前駆体用処理剤を温度105℃において3時間乾燥させた試料1mgを空気循環200ml/minとして5℃/minで昇温 したときの熱重量曲線を時間微分して得られる微分熱重量曲線における燃焼ピークが、予め設定した炭素繊維前駆体処理温度に対して-30℃以上20℃以下の範囲となるように調整することにより、
炭素繊維前駆体の焼け斑を低減させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭素繊維前駆体用処理剤、該炭素繊維前駆体用処理剤を用いる炭素繊維束の製造方法、および該炭素繊維前駆体用処理剤を用いる炭素繊維前駆体の焼け斑を低減させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭素繊維は、他の繊維に比べて高い比強度および比弾性率を有するため、複合材料用補強繊維として、スポーツ、航空・宇宙用途、自動車、土木・建築、圧力容器、風車ブレードなどの一般産業用途、電子機器の放熱部材用途などに幅広く展開されつつある。特にスポーツや航空・宇宙用途においては、更なる高強度化や高弾性率化の要請が高い。
【0003】
例えば炭素繊維の中で、最も広く利用されているポリアクリロニトリル系炭素繊維は、アクリル樹脂等の原料ポリマーを製糸して炭素繊維前駆体であるポリアクリロニトリル繊維束を得る製糸工程、ポリアクリロニトリル繊維束を、200~400℃の酸化性雰囲気下で耐炎化繊維へ転換する耐炎化工程、少なくとも1000℃の不活性雰囲気下で炭素化する炭素化工程、更に必要に応じて約2000℃以上で黒鉛化する黒鉛化工程を経ることによって、工業的に製造されている。
製糸工程では、ポリアクリロニトリル樹脂を多数の細孔の空いた口金から吐出して繊維状とし、次いで水洗や 一次延伸を行い、油剤(炭素繊維前駆体用処理剤ともいう)付着と乾燥処理を行い、さらに2次延伸を行う。
耐炎化工程では、製糸工程で得られたポリアクリロニトリル繊維束に熱処理による耐炎化を行う。
【0004】
耐炎化工程で繊維間に接着が発生すると、続く炭素化工程において、毛羽立ちや糸切れといった問題が生じる。ここで繊維間の接着には融着と膠着があることが知られている。融着は繊維同士が融けて固着する現象である。膠着は、油剤が加熱により架橋反応をして高粘度化・固化して複数の繊維がそこに固定される現象である。融着あるいは膠着を起こすと、耐炎化や炭素化の進行が不均一になるため炭素繊維の物性が低下することがある。
この繊維間の融着または膠着を防止する方法として、繊維に種々のシリコーン系炭素繊維前駆体用処理剤を付与する方法が検討されてきた。
【0005】
例えば、特許文献1には、炭素繊維前駆体であるプレカーサーの膠着防止、炭素繊維の融着防止のために、プレカーサーに付与する処理剤として、熱による架橋反応により耐熱性をさらに向上できるアミノ変性シリコーン系処理剤をプレカーサーに付与する方法が開示されている。
しかし特許文献1に開示される方法によれば熱処理工程で熱架橋性の良いアミノ変性シリコーン系処理剤の架橋反応が繊維上で起こり皮膜化すると、耐炎化処理工程で処理剤が繊維束内部に移動できないため、単繊維同士の融着が発生し、炭素繊維の強度が低下するという問題が起こり易いという問題がある。
【0006】
特許文献2にはポリエーテル変性シリコーンを含む炭素繊維前駆体用処理剤を用いることにより、繊維同士の膠着と融着を抑制する方法が開示されている。
しかし特許文献2に開示される方法によれば、ポリエーテル変性シリコーンを合成する際に用いられる白金等の触媒や、未反応の原料ポリエーテルが、不純物として処理剤に混入するため、処理剤の品質に変動が大きく、また炭素繊維の物性が安定しないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002-129481号公報
【特許文献2】特許第6488104号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
以上の背景から、炭素繊維前駆体の融着および膠着を抑制する方法が求められている。
【0009】
ところで、炭素繊維前駆体用処理剤としての油剤は、油剤組成物を乳化して用いるエマルジョン型、油剤組成物を溶剤に溶解して用いる溶剤型、または油剤組成物をそのまま用いるニート型の状態で、繊維束へ付着される。
エマルジョン型の油剤では、エマルジョンを投入した槽に繊維束を浸漬させることにより油剤を付着させ、油剤が付着した繊維束はローラーで絞られることにより余分な油剤が除去される。
ここで、槽に浸漬された繊維束への油剤の付着性(オイルピックアップ性)が高いことが望まれている。オイルピックアップ性が高いと、油剤エマルジョン中の油剤が効率的に繊維束に付着して迅速に消費され、未使用の油剤エマルジョンが新たに槽に投入されることになる。このように槽内の油剤エマルジョンをリフレッシュさせる速度が早ければ、槽内に滞留するエマルジョンが崩壊して油剤が経時で分離したり、油剤成分が変性したり、槽の内壁に油分が付着したり、ゲルがたまったりする現象を低減できるためである。
ところが、繊維同士の接着低減と、オイルピックアップ性との両立を可能とする炭素繊維前駆体用処理剤はこれまで知られていなかった。
そこで、本発明は、炭素繊維前駆体同士の融着および膠着を低減させ得る炭素繊維前駆体用処理剤を提供することを目的とする。本発明ではさらに、オイルピックアップ性にも優れ、物性が均一となる炭素繊維を得る処理剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、アミノ変性シリコーンと界面活性剤を含む水中油型シリコーンエマルジョン組成物である炭素繊維前駆体用処理剤において、分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が所定範囲内にあるポリジメチルシロキサンを配合することにより、本発明の課題が解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、
(A)アミノ変性シリコーンと、
(B)25℃での動粘度が5~500mm2/sで分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が3/97~100/0であるポリジメチルシロキサンと、
(C)界面活性剤と、
(D)水と、を含み
前記(A)成分100質量部に対する前記(B)成分の含有量は0.1質量部以上10質量部以下であり、水中油型シリコーンエマルジョン組成物である、炭素繊維前駆体用処理剤である。
【発明の効果】
【0012】
本発明の炭素繊維前駆体用処理剤は、炭素繊維前駆体同士の接着を抑制し、オイルピックアップ性にも優れた水中油型シリコーンエマルジョン組成物として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に本発明に係る、炭素繊維前駆体用処理剤、該炭素繊維前駆体用処理剤を使用する炭素繊維束の製造方法、および炭素繊維前駆体の焼け斑を低減させる方法の詳細を説明する。
【0015】
本発明に係る炭素繊維前駆体用処理剤は、
(A)アミノ変性シリコーンと、
(B)25℃での動粘度が5~500mm2/sで分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が3/97~100/0であるポリジメチルシロキサンと、
(C)界面活性剤と、
(D)水と、を含み
前記(A)成分100質量部に対する前記(B)成分の含有量は0.1質量部以上10質量部以下であることを特徴とする、水中油型シリコーンエマルジョン組成物である。
【0016】
アミノ変性シリコーン(A) の構造は特に限定されるものではなく、直鎖、分岐、環状のいずれであってもよい。即ち、変性基であるアミノ基は、主鎖であるシリコーンの側鎖と結合していてもよいし、末端と結合していてもよいし、また両方と結合していてもよい。また、そのアミノ基は、モノアミン型であってもポリアミン型であってもよく、1 分子中に両者が併存していてもよい。アミノ変性シリコーン(A)は1種であってもよく、2種以上のアミノ変性シリコーンの混合物であってもよい。
上記アミノ変性シリコーンとしては、例えば、下記一般式(1) で示す化合物を挙げることができる。
【化1】
【0017】
式(1)中、R1~R6は、同一もしくは異なる炭素数1~14の1価の飽和または不飽和炭化水素官能基、水酸基、窒素含有基、硫黄含有基、水素のいずれかである。p、qはともに1以上の任意の整数を満たす。R1~R6のうち、少なくとも1つは窒素含有基である。式(1)におけるR1~R6は、それぞれ同一であってもよく異なっていてもよい。
【0018】
上記式(1)中、R1~R6が窒素含有基である場合、その窒素含有基は具体的に下記の一般式(2)で示すことができる。
【0019】
【0020】
式(2)中、R9~R10は炭素数1~5の飽和炭化水素基であり、R11~R12は水素または炭素数1~10の飽和炭化水素基であって直鎖状又は分岐状又は環状である。tは0か1のどちらかを満たす整数であるが、組成物の製造の観点から1であることが好ましい。この条件を満たす官能基には例えば、-CH2-CH2-CH2-NH(CH3)、-CH2-CH2-CH2-N(CH3)2、-CH2-CH2-NH-CH2-CH2-NH2、-CH2-CH2-CH2-NH(CH3)、-CH2-CH2-CH2-NH-CH2-CH2-NH2、-CH2-CH2-CH2-NH-CH2-CH2-N(CH3)2、-CH2-CH2-CH2-NH-CH2-CH2-NH(CH2CH3)、-CH2-CH2-CH2-NH-CH2-CH2-N(CH2CH3)2、-CH2-CH2-CH2-NH-CH2-CH2-NH(cyclo-C6H11)、等が挙げられる。
【0021】
上記の炭素繊維前駆体用処理剤において、(A)アミノ変性シリコーンは、少なくとも1つの分子鎖末端にSiOH基またはSiOCH3基を有するアミノ変性シリコーンを3%以上含むものであってもよい。
【0022】
分子鎖末端にあるSiOH基またはSiOCH3基により、(A)成分同士が結合し、高分子化(ゲル化)することにより、炭素繊維表面に保護被膜を形成する。保護被膜は融着防止効果を有する一方で、SiOH基またはSiOH3基の比率が高すぎると膠着の現象が生じやすくなる。SiOH基またはSiOCH3基の比率が低すぎると融着防止効果が不十分になる。
【0023】
このような機構から、(A)アミノ変性シリコーンの総量に対する、少なくとも1つの分子鎖末端にSiOH基またはSiOH3基を有するアミノ変性シリコーンの含有割合の下限値は3%であり、好ましくは10%であり、さらに好ましくは15%である。分子鎖末端のSiOH基またはSiOH3基は(A)成分の架橋点としてゲル化に寄与するため、その比率が高いほど融着防止効果が高まる。上記範囲内であれば、高い融着防止効果が得られる。
(A)アミノ変性シリコーンの総量に対する、少なくとも1つの分子鎖末端にSiOH基またはSiOH3基を有するアミノ変性シリコーンの含有割合の上限値は100%であり、好ましくは90%であり、さらに好ましくは70%である。上記範囲内であれば、ゲル化の進行が速すぎることによる膠着問題を避けることができる。
【0024】
(A)アミノ変性シリコーンの2 5 ℃ の動粘度の下限は、特に制限はないが、好ましくは20mm2/s以上、より好ましくは50mm2/s 以上である。アミノ変性シリコーンの25 ℃ の動粘度の上限は、特に制限はないが、好ましくは40000mm2/s以下、より好ましくは20000 mm2/s以下である。動粘度が上記範囲にあれば、乳化物の安定性が高まる。
【0025】
本発明に係る成分(B)におけるポリジメチルシロキサンは、
ポリシロキサンの側鎖、末端がすべてメチル基であるジメチルポリシロキサンおよび
該ジメチルポリシロキサンの分子鎖末端の少なくとも一部がSiOH基であるジメチルポリシロキサンをいう。成分(B)は直鎖状でもよく、分岐状でもよく、環状構造を分子鎖の一部に有する直鎖または分岐であってもよい。単一の成分であってもよく、これらの混合物であってもよい。ポリジメチルシロキサンは、単独で用いることも、また2 種以上を併用することもできる。分子鎖末端がメチル基であるポリジメチルシロキサンと、SiOH基であるポリジメチルシロキサンを適宜混合して使用することもできる。
ポリジメチルシロキサンの種類は、特に限定されず、公知のものを適宜採用できる。
【0026】
さらに(B)成分の25℃における動粘度は5 mm2/s以上500 mm2/s以下にすると良い。動粘度が5 mm2/s以下では、かかる成分の炭素繊維前駆体に対する吸着性は極めて低くなるためオイルピックアップが低下する。500 mm2/s以上では炭素繊維前駆体用処理剤の乳化安定性が損なわれる。
【0027】
ポリジメチルシロキサンの2 5 ℃ での動粘度の下限は、5mm2/s 以上、好ましくは10mm2/s以上である。ポリジメチルシロキサンの2 5 ℃ での動粘度の上限は、500mm2/s以下、好ましくは300mm2/s以下である。動粘度をかかる範囲に規定することにより、オイルピックアップ性の効果をより向上させる。
【0028】
本発明における(B)ポリジメチルシロキサンは、分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が3/97~100/0の範囲であり、好ましくは10/90~90/10の範囲であり、より好ましくは15/85~70/30の範囲である。
【0029】
(B)成分の分子鎖末端が全てメチル基であると、(A)成分と(B)成分間にほとんど反応が起きないため、ゲル化抑止効果が低い。さらに(A)成分と(B)成分の相溶性が悪いため成分分離が起きやすく、(A)成分由来のゲルの潤滑効果も得られない。
結局、(A)成分と(B)成分の混合による膠着低減効果は表れにくい。高い膠着低減効果を得るには、(B)成分の分子鎖末端の一部をOH基にすることが必要である。
(B)成分の末端OH基は(A)成分と反応性が高く、ゲル化抑止に働く。また末端の一部にOH基を有することで、(A)成分との相溶性が向上し、耐炎化工程で(A)成分からゲルが生じた際もその潤滑性が高まる。
このような背景から、(B)成分の分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比は3/97~100/0の範囲であり、好ましくは10/90~90/10の範囲であり、より好ましくは15/85~70/30の範囲である。
分子鎖末端に占めるSiOH比率が高いほど、膠着低減効果が高まる傾向となり、SiOH比率が低いほどポリジメチルシロキサンの反応性が抑えられるため、処理剤の経時安定性(乳化安定性)が高まる傾向となる。そのメカニズムは次のように説明することができる。
【0030】
(B)成分に、分子鎖末端がすべてメチル基である、完全に封鎖されたポリジメチルシロキサンを用いると、(A)成分との相互作用が弱いため、ゲル化しやすい(A)成分と、ゲル化しにくい末端封鎖ポリジメチルシロキサンが二相分離状態で存在することとなる。この場合、ゲル化を抑止する効果が不十分となり、(A)成分に起因する膠着が起こりやすくなる。
(B)成分として、少なくとも分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が3/97であるポリジメチルシロキサンを使用すれば、(A)成分と(B)成分との相溶性が高まり、二相分離が起きにくくなり、その結果として膠着を抑制することが可能となる。
(B)成分における分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比率の下限値は3/97であり、好ましくは10/90であり、さらに好ましくは20/80である。SiOH基の比率が高まるほど、(A)成分との相溶性が高まり、膠着抑制効果が高まる。
【0031】
(A)アミノ変性シリコーンはポリジメチルシロキサンと比べて、炭素繊維前駆体への吸着性が高いことから炭素繊維前駆体の潤滑性に寄与しやすく、送糸の際の潤滑剤として効果的に働く。また、アミノ変性シリコーンはポリジメチルシロキサンと比べて、加熱時の架橋反応による皮膜形成性が高いため、炭素繊維前駆体表面で保護膜を形成しやすく、炭素繊維前駆体同士の融着を抑制するための主成分である。(B)ポリジメチルシロキサンは、炭素繊維前駆体用処理剤のオイルピックアップ性と、繊維同士の接着抑制をバランスさせることに寄与する。より詳細には次の通りである。
【0032】
無変性のシリコーンである成分(B)はポリアクリロニトリル(以下、PANともいう)に代表される炭素繊維前駆体への吸着性が低い。これは、炭素繊維前駆体は溶解度パラメータが高く、一方、シリコーンは溶解度パラメータが低い傾向にあることからも説明できる。
そこで、無変性のシリコーンである成分(B)に、炭素繊維前駆体への吸着性が良好なアミノ基で変成した成分(A)を併用すると、炭素繊維前駆体への吸着性を高めることができるのである。
(A)アミノ変性シリコーンと、(B)ポリジメチルシロキサン、の混合物を炭素繊維前駆体に付与すると、炭素繊維前駆体表面には成分(A)が優先的に吸着し、その成分(A)の分子鎖に対し、さらに成分(B)の分子鎖が絡まるように吸着すると考えられる。
従って、成分(B)の成分(A)に対する配合比が上記範囲を超えると(すなわち、(A)成分100質量部に対して(B)成分が10質量部を超える範囲)、オイルピックアップ性が低下する。また、(A)アミノ変性シリコーンの割合が低下するため、アミノ変性シリコーン本来の機能である融着抑制等の機能が十分に発揮できなくなる。
【0033】
(A)アミノ変性シリコーンは、加熱するとアミノ基や末端SiOH基を使った架橋反応によりゲル状に変態する。炭素繊維前駆体に吸着した場合、このゲルが保護皮膜として機能し、炭素繊維前駆体同士の融着を防止する。ところで生じるゲルは粘着性を有するため、ゲル化の進行が速い場合には炭素繊維前駆体の膠着を引き起こすことがある。(A)成分に(B)成分を添加すると、下記の仕組みにより膠着が低減する。
従って、成分(B)の成分(A)に対する配合比が上記範囲を下回ると(すなわち、(A)成分100質量部に対して(B)成分が0.1質量部を下回る範囲)、膠着が問題となる。
【0034】
この点、(A)成分100質量部に対する(B)成分の配合量が0.1質量部以上10質量部以下であれば、(A)成分による融着防止効果を十分に発揮させながら、(A)成分のゲル化による膠着を抑制することができ、さらにオイルピックアップ性も十分に高く維持することが可能である。
【0035】
(A)成分と(B)成分の混合による膠着低減の仕組みは以下のとおりである。
耐炎化工程の途中では常に機械的な刺激(ローラーとの接触や、熱風を浴びることによる振動)が加わっているため、ゲル化の進行が緩やかであれば、一時的に複数本の繊維がゲルに拘束されたとしても、それは自発的に解消されうる。しかしゲル化が急速に進行する場合は、拘束を解く前にゲルが強固になり、膠着が生じる。
(A)成分に加えて(B)成分を含有した混合シリコーンでは、(A)成分のアミノ基や末端SiOH基といった反応点の一部が(B)成分との反応に用いられる。(B)成分は分子中に数個程度の反応点(すなわち、分子鎖末端におけるSiOH基である)しか持たず、架橋性は(A)成分より遥かに劣るため、(A)成分と(B)成分を混合すると、ゲル化の進行が緩やかになる。同時に、形成するゲルの表面付近には未反応の(B)成分が潤滑性のオイルとして存在するため、ゲルの粘着性が低減する。
【0036】
(A)成分に対する(B)成分の含有量が少なすぎると、炭素繊維前駆体用処理剤のゲル化が早まるため、膠着が起きやすい。そのため、(A)成分100質量部に対する(B)成分の配合量の下限値は0.1質量部であり、好ましくは0.3質量部であり、さらに好ましくは0.5質量部である。
【0037】
(A)成分に対する(B)成分の含有量が多すぎると、(B)成分の炭素繊維前駆体への吸着性が低いことから、炭素繊維前駆体用処理剤が炭素繊維前駆体を斑なく覆うことができなくなり、融着が生じやすくなる。同時に、オイルピックアップ性も低下する。そのため、(A)成分100質量部に対する(B)成分の配合量の上限値は10質量部であり、好ましくは7.5質量部であり、さらに好ましくは5.0質量部である。
【0038】
本発明における(C)界面活性剤は公知の様々な物質を用いることができるが、(A)成分、(B)成分の特性や、要求されるエマルジョン組成物の特性に応じて適宜選択することができ、カチオン性界面活性剤であってもよく、ノニオン性界面活性剤であってもよく、アニオン性界面活性剤であってもよく、それらの混合物であってもよい。
【0039】
上記の炭素繊維前駆体用処理剤において、(C)界面活性剤としてはノニオン性界面活性剤が特に好適である。
界面活性剤としてノニオン性界面活性剤を使用すると、(A)成分および/または(B)成分が高粘度であっても、乳化後は低粘度液体(低粘度エマルジョン組成物)として扱えるため、炭素繊維前駆体により均一に付着させることが可能となる。また、装置や、炭素繊維前駆体の処理を行うオペレーターに付着しても容易に洗浄可能であるという利点もある。
【0040】
さらに、(A)成分と(B)成分が所定比率で配合され、(C)成分としてノニオン性界面活性剤を用いたシリコーンエマルジョン組成物であれば、炭素繊維前駆体表面に均一に塗布しやすいという特性がある。この特性により、炭素繊維前駆体の長さ方向に生じる焼き斑が低減されるという利点もある。
また、(C)成分としてポリオキシアルキレン構造を有するノニオン性界面活性剤を使用すれば、加熱時にポリオキシアルキレン部が自動酸化により過酸化物を生成し、炭素繊維前駆体の耐炎化を促進する。この過酸化物の分子が小さいことから、過酸化物が炭素繊維前駆体の内部まで浸透しやすく、単繊維の内部と外部に生じる焼きムラも低減させることが可能となる。
【0041】
一般的には、炭素繊維前駆体の焼き斑を低減させる方法として、(1)長時間をかけて徐々に耐炎化処理を実施する方法、(2)炭素繊維前駆体自体にイタコン酸等の発熱性の材料を配合する方法がある。しかし(1)の方法では処理温度を低温にする必要があり、その結果として工程所要時間が長くなり生産性が低下するという問題がある。(2)の方法はこの問題を解決し得るが、その効果が十分であるとは言えなかった。
しかし本発明によれば、上述の通り、繊維の長さ方向の焼き斑も、内部方向の焼き斑も低減することが可能となる。
【0042】
非イオン系界面活性剤としては、例えば高級アルコールエチレンオキサイド付加物、アルキルフェノールエチレンオキサイド付加物、脂肪族エチレンオキサイド付加物、多価アルコール脂肪族エステルエチレンオキサイド付加物、高級アルキルアミンエチレンオキサイド付加物、脂肪族アミドエチレンオキサイド付加物、油脂のエチレンオキサイド付加物、ポリプロピレングリコールエチレンオキサイド付加物などのポリエチレングリコール型非イオン性界面活性剤; グリセロールの脂肪族エステル、ペンタエリストールの脂肪族エステル、ソルビトールの脂肪族エステル、ソルビタンの脂肪族エステル、ショ糖の脂肪族エステル、多価アルコールのアルキルエーテル、アルカノールアミン類の脂肪酸アミドなどの多価アルコール型非イオン性界面活性剤等が挙げられる。
これら非イオン系界面活性剤は1 種単独で用いてもよく、2 種以上を併用してもよい。
【0043】
上記の炭素繊維前駆体用処理剤において、炭素繊維前駆体用処理剤を温度105℃において3時間乾燥させた試料1mgを空気循環200ml/分として5℃/分で昇温 したときの熱重量曲線を時間微分して得られる微分熱重量曲線(DTG)において、燃焼ピークが180℃以上270℃ 以下であることをもできる。燃焼ピーク温度は上記範囲内であればよく、210℃以上245℃以下であればより好ましい。
【0044】
燃焼ピークを求めるために熱重量分析を実施する試料は、水中油型シリコーンエマルジョン組成物である、炭素繊維前駆体用処理剤を加熱条件下で乾燥させたものである。
【0045】
上記の炭素繊維前駆体用処理剤はまた、(C)界面活性剤がポリオキシアルキレン構造を有するノニオン性界面活性剤であり、(C)界面活性剤が有するオキシアルキレン基の平均付加モル数は、炭素繊維前駆体用処理剤を温度105℃において3時間乾燥させた試料1mgを空気循環200ml/分として5℃/分で昇温 したときの重量減少曲線を時間微分して得られる微分熱重量曲線(DTG)における燃焼ピークが、予め設定した炭素繊維前駆体処理温度に対して-30℃以上+20℃以下、より好ましくは-20℃以上ー5℃以下の範囲となるように調整されていることが好ましい。-30℃以上+20℃以下の範囲であれば焼け斑を抑制することが可能であり、-20℃以上ー5℃以下の範囲であれば、さらに抑制効果が顕著である。
【0046】
本発明はまた、(A)アミノ変性シリコーンと、(B)25℃での動粘度が5~500mm2/sで分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が3/97~100/0であるポリジメチルシロキサンと、(C)ノニオン性界面活性剤と、(D)水と、を含む水中油型シリコーンエマルジョン組成物である、炭素繊維前駆体用処理剤において、前記(C)界面活性剤が有するオキシアルキレン基の平均付加モル数を、前記(A)アミノ変性シリコーンと、前記(B)ポリジメチルシロキサンと、前記(C)界面活性剤の混合物1mgを空気循環200ml/分として5℃/分で昇温 したときの重量減少曲線を時間微分して得られる微分熱重量曲線(DTG)における燃焼ピーク温度が、予め設定した炭素繊維前駆体処理温度に対して-30℃以上+20℃ 以下の範囲となるように調整することにより、炭素繊維前駆体の焼け斑を低減させる方法である。
【0047】
DTGにおける燃焼ピーク温度が上記範囲内となる(A)成分、(B)成分、および(C)を含む炭素繊維前駆体用処理剤であれば、耐炎化工程における炭素繊維前駆体の焼け斑を低減させることが可能となる。
ここで、燃焼ピーク温度とは、DTG(熱重量曲線の温度微分(Derivative TG)を温度Tに対してプロットしたもの。)の150℃から300℃の範囲を関数(数式1)でフィッティングした際の、T0のことを指す。
【0048】
【数1】
上記数式1において、h(μg/min)はDTGの強度でありフィッティングのための変数、eはオイラー数、T(℃)はDTGの実測データの温度、T
0(℃)はDTGのピーク温度でありフィッティングのための変数、w(℃)はDTGのピーク幅でありフィッティングのための変数である。
【0049】
例えば、下記組成物について公知の方法に従って変数h、T0、およびwを求めると、以下の値となる。
アミノシリコーン:動粘度200mm2/sでアミノ当量4000で末端OH率25% 83質量部、
ポリジメチルシロキサン:動粘度20mm2/sで末端OH率25% 2質量部、
界面活性剤:C12H25-O-(C2H4O)10-(C3H6O)4H 15質量部
水 100から上記3成分の合計質量部を引いた残部
h=110(μg/min)
T0=285(℃)
w=40(℃)
【0050】
熱重量分析は、約1mgの試料をアルミニウム製試料皿に載せ、熱重量分析装置(例えば日立ハイテクサイエンス社製EXSTAR 7000 Series TG/DTA 7300)に設置し、5℃/minの昇温速度で室温から350℃まで昇温し、その際の試料の熱重量曲線(TG)を測定する。得られたTGを温度に対して微分して微分熱重量曲線(DTG)を得る(横軸を温度(℃)とし、縦軸をDTG(μg/min)とする)。その際の150℃から300℃の範囲を関数(数式1)でフィッティングした際の、T
0のことを燃焼ピーク温度とする。本発明の炭素繊維前駆体用処理剤においては、この燃焼ピーク温度(例えば
図1におけるフィッティング曲線の頂点の温度)が本発明に規定する範囲内にあればよい。
本発明で用いる組成の炭素繊維前駆体用処理剤では、200℃~300℃付近に見られる燃焼ピークは界面活性剤の自動酸化に由来するものである。シリコーンの分解は350℃以上のピークとして見られる。
【0051】
耐炎化工程の目的は炭素繊維前駆体の酸化ならびに環化であり、そのためには酸化剤と熱エネルギーが必要である。一般には酸化剤としては大気中の酸素が、熱エネルギーの源泉としては耐炎化炉の電源が使われる。
耐炎化工程においては、炭素繊維前駆体の主成分であるポリアクリロニトリルの熱分解温度付近の温度が用いられることが普通である。この熱分解は大きな発熱を伴う反応であり、ひとたび熱分解が始まるとポリアクリロニトリル試料の温度は環境温度より30℃以上高くなることすらも観察されている(三田 達著 「熱分析によるポリマーの熱分解の研究について ― ポリアクリロニトリルの例を中心に ―」、 熱測定、 1975年、Vol.2(3)、p. 69) 。従って、耐炎化工程において炭素繊維前駆体の一部で熱分解が開始すると、炭素繊維前駆体自身が発する熱によって局所的な熱暴走が起きることがある。熱暴走が起きると炭素繊維前駆体の焼成班を生じやすく、行き過ぎれば炭素繊維前駆体が融けて周囲の炭素繊維前駆体と融着し、さらに悪いケースでは炭素繊維前駆体が焼け切れる糸切れが起きる。よって何らかの方法で、炭素繊維前駆体の熱暴走を食い止めることが大切である。
【0052】
(C)界面活性剤は、加熱されると、自動酸化反応を起こし、過酸化物を発生させる。発生した過酸化物は酸化剤であるから、大気から供給される酸素と並行して炭素繊維前駆体を酸化させ、耐炎化工程を促進する効果が期待できる。より詳細に自動酸化反応を考えると、、自動酸化反応が起きるためには活性化障壁が存在することは注目に値する。すなわち、自動酸化反応が起きるに当たって、第一ステップとしては(C)界面活性剤は周囲の熱エネルギーを吸収する必要がある。つまり、(C)界面活性剤の自動酸化では、最初に活性化障壁を超える分の吸熱が起き、その後過酸化物を生じるのである。
【0053】
いま、油剤が付与された炭素繊維前駆体が耐炎化工程に進む状況を考えると、前記の各プロセス、すなわち炭素繊維前駆体の熱分解による急な発熱、(C)界面活性剤の自動酸化反応に伴う一時的な吸熱、ならびに(C)界面活性剤の自動酸化反応によって生じる過酸化物による炭素繊維前駆体の酸化・環化、が競合していることになる。
【0054】
炭素繊維前駆体の熱分解に伴う発熱で局所的に過剰に熱が発生したとき、その一部は(C)界面活性剤の自動酸化反応を起こすために消費されることになる。これは炭素繊維前駆体を冷却し、熱暴走を抑止する方向に働く。
換言すれば、過酸化物を発生させる段階では、界面活性剤は発熱を起こすが、熱は指向性を持たないため系内へ拡散する。総じて、界面活性剤の自動酸化は炭素繊維前駆体の熱暴走の諸端を捉えてその熱を四方へ分散させるため、熱暴走を止めるように働くのである。
【0055】
発明者らはこの点に着目し、油剤のDTG曲線により得られる燃焼ピーク温度との関係から、焼き斑を低減させるための最適な配合が求められることを見出した。従来は、種々のシリコーンの中から効果を発揮し得るシリコーン成分(単一成分であっても複数のシリコーンの混合成分であってもよい)を特定し、該シリコーン成分を安定に乳化し得る界面活性剤をも探索し、乳化条件・乳化方法を最適化したのちに得られる乳化物を使用して、実際に炭素繊維前駆体に付与し、加熱しなければ、焼き斑に関する効果を確認することはできなかった。しかし本発明によれば、乳化条件を最適化することなく、少量の(A)~(D)成分を混合して熱重量を測定するだけで、焼き斑を低減し得る処方を得ることができるため、大幅な開発期間の短縮と費用の低減につながる。燃焼ピーク温度が上記範囲内であれば、炭素繊維前駆体用処理剤の吸熱と発熱がバランスし、焼け斑の発生を抑制することが確認できるのである。
燃焼ピーク温度の測定には、(A)~(D)成分の混合物を用いてもよいが、さらに簡略化するためには、乳化することなく水以外の成分である(A)~(C)成分を混合して熱重量測定を行ってもよい。このとき、(A)、(B)、(C)の各成分の混合比は、エマルジョン組成物にする際の各成分の混合比と同一にする必要がある。
【0056】
燃焼ピーク温度と焼き斑低減のメカニズムは、次のように説明することができる。
炭素繊維前駆体用処理剤は、自動酸化反応に必要な活性化エネルギー分の熱エネルギーを環境から吸収し、その後、燃焼ピークとほぼ同じ温度帯で発熱する。燃焼ピークの温度と、耐炎化工程における炭素繊維前駆体処理温度とが近似する場合(燃焼ピーク温度が180℃以上270℃以下の場合や、処理温度との差異が-30℃以上+20℃以下である場合である)、炭素繊維前駆体用処理剤の発熱反応は緩やかに進行するため、それ自体が焼け斑を助長することは無い。また、燃焼ピークが処理温度に近いということは、界面活性剤の自動酸化の反応速度が温度に強く依存することを意味し、温度上昇があった際に自動酸化反応が促進される。従って、炭素繊維前駆体の熱分解反応によって熱暴走が起き出した時には、炭素繊維前駆体表面に局所的に生じた過剰な熱を炭素繊維前駆体用処理剤が吸収して広範な周縁部に拡散するため焼け斑を防ぐことができるのである。
【0057】
(A)~(D)成分を含む炭素繊維前駆体用処理剤の燃焼ピークが比較的低い温度にある場合(例えば、180℃未満の温度や、任意に設定される炭素繊維前駆体処理温度よりも30℃以上低い温度である場合)には、炭素繊維前駆体用処理剤が耐炎化処理工程で高い炭素繊維前駆体処理温度に暴露され、急激な自動酸化を起こす。この場合には油剤から一気に生じる過酸化物が原因となって炭素繊維前駆体に焼き斑が発生しやすい。
【0058】
一方、燃焼ピークが比較的高い温度にある場合(例えば、270℃を超える温度や、任意に設定される炭素繊維前駆体処理温度+20℃の温度よりも高い温度である場合)には、その炭素繊維前駆体処理温度に暴露しても炭素繊維前駆体用処理剤に含まれる界面活性剤の自動酸化が起きにくい。また、炭素繊維前駆体の熱分解による熱暴走が生じた場合に、炭素繊維前駆体用処理剤による吸熱反応が不十分になりやすい。炭素繊維前駆体の熱暴走を抑止する機構がないこととなり、毛羽立ち、糸切れ、繊維同士の融着といった問題が生じやすい。
【0059】
上記の炭素繊維前駆体用処理剤において、各成分の混合比率に特に制限はない。処理剤が付与された炭素繊維前駆体における繊維同士の接着抑制およびオイルピックアップ性向上の観点からは、(A)アミノ変性シリコーン 100質量部とすると、(B)ポリジメチルシロキサン 0.1~10質量部と、(C)界面活性剤 5~50質量部とを含有し、残部の(D)水と、を含むものとすることがより好ましい。
各成分の配合量は、所望するエマルジョンの粒子径や安定性、各成分の特性等に応じて適宜調整可能である。
【0060】
上記の炭素繊維前駆体用処理剤は、炭素繊維前駆体用処理剤中における低分子の環状シロキサン(D4~D6)の総含有量が1000ppm以下であってもよい。本発明においては、水以外の成分(具体的には(A)、(B)、および(C)成分をいい、防腐剤や中和のための酸等の添加剤を配合する場合にはそれらも含まれる)を指す。
四量体、五量体及び六量体の低分子環状シロキサン(D4、D5、D6ともいう)は揮発性成分であるため、炭素繊維前駆体を処理する炉を汚染する原因となる。従って、これらの総含有量を1000ppm以下とすることにより、炉の汚染が少ない炭素繊維前駆体用処理剤とすることができる。低分子の環状シロキサン(D4~D6)の総含有量は、より好ましくは800ppm以下であり、さらにより好ましくは500ppm以下である。
各低分子の環状シロキサンについて、それぞれ検量線を作成することで定量分析できる。低分子量環状シロキサンの濃度の調整は、公知の方法、例えば原料の蒸留等の方法を用いて実施できる。
【0061】
本発明はまた、上記の炭素繊維前駆体用処理剤を炭素繊維前駆体に塗布して、処理剤付着炭素繊維前駆体を得る塗布工程と、前記処理剤付着炭素繊維前駆体を耐炎化処理して耐炎化繊維束を得る耐炎化工程と、前記耐炎化繊維束を炭素化する炭素化工程と、を有する炭素繊維束の製造方法である。
本発明に係る炭素繊維前駆体用処理剤は、耐炎化工程に供される炭素繊維前駆体に塗布されることを主眼とし、製糸工程のどの段階で炭素繊維前駆体に塗布されてもよい。延伸工程に供される繊維束に塗布してもよく、延伸工程後の段階で塗布してもよい。製糸工程中、付着させる回数は特に限定されない。
【0062】
塗布工程は、炭素繊維前駆体用処理剤を炭素繊維前駆体に塗布して、処理剤付着炭素繊維前駆体を得る工程である。炭素繊維前駆体に対する炭素繊維前駆体用処理剤の付着量は、0.1~2.0質量%であることが好ましく、0.3~1.5質量%であることがより好ましい。なお、本発明において炭素繊維前駆体用処理剤の付着量は、炭素繊維前駆体に付着した炭素繊維前駆体用処理剤の有効成分の量を言い、炭素繊維前駆体用処理剤の有効成分とは、炭素繊維前駆体用処理剤のうち水を除いた成分を言う。また、炭素繊維前駆体用処理剤を付与した後に、余剰の炭素繊維前駆体用処理剤を絞り取る量を調整することによって炭素繊維前駆体用処理剤の付着量を調整することができる。
炭素繊維前駆体用処理剤の付与方法は特に限定されず、ディッピング泡、ローラー浸漬法等を用いることができる。炭素繊維前駆体用処理剤を貯留する槽の液温は、炭素繊維前駆体用処理剤の濃度の変動やエマルジョンの破壊を抑えるために、10~50℃の範囲が好ましい。
炭素繊維前駆体用処理剤の槽中の有効成分量は、0.01~10質量%であることが好ましく、0.05~8質量%であることがより好ましい。通常、有効成分を5~70質量%含む炭素繊維前駆体用処理剤を水で適宜希釈してシリコーン含有量を調整する。
【0063】
本発明の製造方法で用いる炭素繊維前駆体としては、ポリアクリロニトリル(PAN)やピッチ、レーヨン(セルロース)等の種々の前駆体を用いることができる。高強度の所望の炭素繊維を得やすいポリアクリロニトリル繊維束を好適に用いることができる。
【0064】
耐炎化工程は、炭素繊維前駆体用処理剤付着炭素繊維前駆体を耐炎化処理して耐炎化繊維束を得る工程である。耐炎化は公知の条件で行うことができる。例えば、PAN系繊維を前駆体繊維とする場合、加熱空気中200~260℃、延伸倍率0.85~1.15の範囲で10~100分間耐炎化処理される。この耐炎化処理により、繊維に環化反応を生じさせ、酸素結合量が増加した耐炎化繊維が得られる。耐炎化処理は温度勾配をかけて徐々に処理温度を上昇させても良い。
【0065】
炭素化工程は、耐炎化繊維束を不活性雰囲気下で300℃以上に加熱して炭素化する工程である。炭素化の条件は従来公知の条件を採用できる。例えば、窒素雰囲気下300~800℃で第一炭素化処理し、次いで800~1600℃で第二炭素化する方法が例示される。より高い弾性率が求められる場合は、2000~3000℃で黒鉛化処理を行ってもよい。
【0066】
以上説明した方法によれば、繊維同士の接着(融着および膠着)が抑制され、かつ、オイルピックアップ性が高いことにより炭素繊維前駆体用処理剤の均一な付与が可能となり、装置への油付着や槽内のゲル発生を低減することが可能となることから、高品質な炭素繊維を高い生産効率で得ることができる。
【実施例0067】
以下、本発明の構成及び効果をより具体的にするため、実施例等を挙げるが、本発明がこれらの実施例に限定されるというものではない。尚、以下の実施例及び比較例において、部は質量部を、また% は質量% を意味する。
動粘度は、いずれも25℃における値である。
【0068】
以下に述べる実施例および比較例では、下記のA1~A4と記載する、直鎖のシロキサン骨格を有するアミノ変性シリコーンを使用した。
使用したアミノ変性シリコーンのアミノ基は全て 3-(2-アミノエチルアミノ)プロピル(-CH2-CH2-CH2-NH-CH2-CH2-NH2)型で、シロキサン骨格の側鎖にのみついている。
A1: 動粘度200mm2/s、アミン数0.25meq/g、末端OH率10%のアミノ変性シリコーンである。
A2: 動粘度1000mm2/s、アミン数0.6meq/g、末端OH率35%のアミノ変性シリコーンである。
A3: 動粘度6000mm2/s、アミン数0.15meq/g、末端OH率100%のアミノ変性シリコーンである。
A4: 動粘度1000mm2/s、アミン数0.1meq/g、末端OH率1%のアミノ変性シリコーンである。
【0069】
以下に述べる実施例および比較例では、下記のB1~B5と記載する直鎖のシロキサン骨格を有するポリジメチルシロキサンを使用した。
B1: 動粘度100mm2/s、分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が100/0のポリジメチルシロキサンである。
B2: 動粘度400mm2/s、分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が5/95のポリジメチルシロキサンである。
B3: 動粘度2mm2/s、分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が100/0のポリジメチルシロキサンである。
B4: 動粘度1000mm2/s、分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が100/0のポリジメチルシロキサンである。
B5: 動粘度100mm2/s、分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が1/99のポリジメチルシロキサンである。
【0070】
以下に述べる実施例および比較例では、下記のC1~C4と記載するノニオン性界面活性剤を使用した。
C1: 炭素数1 2 の脂肪族アルコールにエチレンオキサイドが1 0 モル付加したノニオン性界面活性剤である。
C2: 炭素数1 6 の脂肪族アルコールにエチレンオキサイドが200 モル付加したノニオン性界面活性剤である。
C3: 炭素数1 6 の脂肪族アルコールにエチレンオキサイドが25 モル付加したノニオン性界面活性剤である。
C4: 炭素数1 2 の脂肪族アルコールにエチレンオキサイドが5 モル付加したノニオン性界面活性剤である。
【0071】
以下に述べる実施例および比較例では、水としてイオン交換水を使用した。
【0072】
<環状シロキサン含有量測定>
D4~D6の環状シロキサンの濃度を下記の条件に従いガスクロマトグラフィー質量分析法を用いて測定した。測定条件は、インジェクション温度300 ℃ 、カラム温度条件100 ℃ から300 ℃ まで10 ℃/min で昇温後300 ℃ で40 分ホールドとした。表1中には、D4~D6の合計含有量を記載した。
【0073】
<熱重量分析>
熱重量分析は、約1mgの試料をアルミニウム製試料皿に載せ、熱重量分析装置(日立ハイテクサイエンス社製EXSTAR 7000 Series TG/DTA 7300)に設置し、5℃/minの昇温速度で室温(25℃)から350℃まで昇温し、その際の試料の熱重量曲線(TG)を測定することにより実施した。
試料は、(A)~(D)を含む水中油型シリコーンエマルジョン組成物である炭素繊維前駆体用処理剤を、10g分取し、それを105℃の温度で3時間加熱乾燥させたのち、1mgを分取することにより得た。
熱重量分析で得られたTGを温度に対して微分して、微分熱重量曲線(DTG)を得た(横軸を温度(℃)とし、縦軸をDTG(μg/min)とする)。DTGの150℃から300℃の範囲を式(1)の関数でフィッティングして、その際のT0を燃焼ピーク温度とした。
【0074】
<オイルピックアップ性評価方法>
太さ10μmの炭素繊維前駆体10000本を20 cm長に切断し、その重量(w1とする)を計測した。この繊維束を、イオン交換水を用いて有効成分を濃度0.2%に調整した油剤浴に浸漬し、総重量が5×w1となるように水気を絞った。ウェットな炭素繊維前駆体を105℃のオーブンに3時間入れて乾燥させたのち、重量(w2とする)を計測した。オイルピックアップ性は(w2-w1)/w1×100(%)とする。
【0075】
オイルピックアップ性の評価基準は次の通りである。評価結果はB以上であることが合格基準であり、Aであることがより好ましい。
A: 1.0%以上
B: 0.5以上1.0%未満
B-: 0.4以上0.5%未満
C: 0.4%未満
【0076】
<接着性評価方法>
太さ10μmの炭素繊維前駆体10000本を20 cm長に切断し、その重量(w1とする)を計測した。この繊維束を、イオン交換水を用いて有効成分を濃度0.2%に調整した油剤浴に浸漬し、総重量が5×w1となるように水気を絞った。耐炎化処理は、ウェットな炭素繊維前駆体を150℃から250℃まで昇温速度5℃/minで加熱してから250℃で1時間保持する条件で行った。2cmに切断し、黒色紙上に置き、軽く振盪して分繊状態を目視観察、顕微鏡観察し、以下の評価基準にて分繊性を評価した。
【0077】
接着性の評価基準は次の通りである。なお、接着性は融着と膠着の双方を含む特性であり、双方がともに抑制されている場合に、「A:接着なし」または「B:ほぼ接着なし」の評価が得られる。いずれか一方または両方の抑制が不十分である場合には「C:接着が多い」の評価となる。評価結果はAまたはBであることが合格基準である。
接着評価基準
A: 接着無し
B: ほぼ接着無し
C: 接着多い
【0078】
<乳化安定性の評価方法>
エマルジョン組成物の乳化安定性を、以下に説明するオイル浮きを確認することにより評価した。
200mlのプラスティックカップにイオン交換水180gを入れる。処理剤20gをスポイトで分取し、そのままスポイトでかき混ぜて均一にする。プラスティックカップに蓋をして30分間静置する。蓋を取り外し、蛍光灯を用いて液面を明るくし、液面を目視で観察する。試料は2つ用意する。
オイル浮きの評価基準は次の通りである。
A:何もなし、あるいは数mmサイズの干渉縞1つ
B:数mmサイズの干渉縞2~3つ
C:1cmサイズ程度の干渉縞が見られる
ただし試料2つのうち、評価が低い物を採用する。
【0079】
<焼け斑の評価方法>
太さ10μmの炭素繊維前駆体10000本を20 cm長に切断し、その重量(w1とする)を計測した。この繊維束を、イオン交換水を用いて有効成分を濃度0.2%に調整した油剤浴に浸漬し、総重量が5×w1となるように水気を絞った。耐炎化処理は、ウェットな炭素繊維前駆体を150℃から250℃まで昇温速度5℃/minで加熱してから250℃で1時間保持する条件で行った。炭素繊維前駆体をオーブンから取り出した後、鋭利な刃物で炭素繊維前駆体の繊維軸と垂直方向に0.5mm長を切り出し、走査型電子顕微鏡(SEM; JEOL社製JSM-IT100)で加速電圧10kV、1600倍の倍率で単糸断面を観察した。
【0080】
焼け斑の評価基準は次の通りである。
ランダムに選んだ50本の炭素繊維前駆体断面に対し、直径方向に元素のラインプロファイルを取得する。
中心から外側に向かって、元素分布が5%以内のブレに収まれば「焼け斑なし」と判断、それ以上のブレがあれば「焼け斑あり」として、それぞれの焼け斑の数をカウントした。
焼け斑のカウントごとの評価基準は以下の通りである。
評価結果はA~B-であることが好ましいく、AまたはBであればさらに好ましい。
A:0件
B:1~2件
B-:3件
C:4件以上
【0081】
<実施例1>
(A)アミノ変性シリコーンとしてA1を41質量部と、(B)ポリジメチルシロキサンとしてB1を1質量部と、(C)界面活性剤としてC1を5質量部と、100質量部になるまでイオン交換水を加え、ホモジナイザーを用いて撹拌して水中油型エマルジョンを調整し、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
当該炭素繊維前駆体用処理剤の測定結果および評価結果は、他の実施例および比較例と共に表1に示す通りであった。
炭素繊維の接着性、オイルピックアップ性、炉の汚染、焼け斑のいずれについても極めて良好な結果が得られた。
【0082】
<実施例2>
(B)ポリジメチルシロキサンとしてB1に代えてB2を用いたほかは実施例1と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
炭素繊維の接着性、オイルピックアップ性、炉の汚染、焼け斑のいずれについても極めて良好な結果が得られた。
【0083】
<実施例3>
(A)アミノ変性シリコーンとしてA1に代えてA2を用いたほかは実施例1と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
評価結果は良好であるものの、アミン数が高いA2の特性により、DTGの燃焼ピークが260℃と高温であるため、接着性と焼け斑については実施例1よりもやや劣る結果となった。
ノニオン性界面活性剤のエチレンオキサイド付加モル数が多い場合や、アミノ変性シリコーンのアミン数あるいは末端OH率が高い場合に、DTGの燃焼ピーク温度は高温になる傾向がある。
【0084】
<実施例4>
(A)アミノ変性シリコーンとしてA1に代えてA3を用いたほかは実施例1と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
評価結果は良好であるものの、末端SiOH率が高いA3の特性により、DTGの燃焼ピークが250℃と高温であるため、接着性と焼け斑については実施例1よりもやや劣る結果となった。
【0085】
<比較例1>
(B)ポリジメチルシロキサンとしてB1に代えてB3を用いたほかは実施例1と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
B3は動粘度が低いため、オイルピックアップ性がやや悪い結果となった。オイルピックアップの低下はB3が繊維に付着しなかったことが主な理由と考えられる。繊維に付着したシリコーン分のほとんどはA1と考えられ、従ってゲル化が早く、膠着が生じたことから接着性の評価結果が悪く、焼け斑も顕著に発生する結果となった。
【0086】
<比較例2>
(B)ポリジメチルシロキサンとしてB1に代えてB4を用いたほかは実施例1と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
比較例2では、融着が生じたことから接着性の評価結果が悪く、焼け斑も顕著に発生する結果となった。B4は動粘度が高すぎるため、乳化安定性が悪く、油浴槽の表面にオイル浮きが発生した。結果として炭素繊維前駆体表面で炭素繊維前駆体用処理剤の塗り斑が起きたと考えられる。油剤が付与されなかった部位で融着が起き、焼け斑を誘引したと考えられる。
【0087】
<比較例3>
(B)ポリジメチルシロキサンとしてB1に代えてB5を用いたほかは実施例1と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
比較例3では、膠着が生じたことから接着性の評価結果が悪く、焼け斑も顕著に発生する結果となった。B5は分子鎖末端におけるSiOH基/Si(CH3)3の比が低いため(A)と(B)の相溶性が悪く、繊維上では成分分離していたと考えられる。そのためアミノ基リッチの部位で膠着が起き、焼け斑の評価に影響したと考えられる。
【0088】
<比較例4>
(A)アミノ変性シリコーンとしてA1を37質量部と、(B)ポリジメチルシロキサンとしてB1を4質量部用いたほかは実施例1と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
比較例4では、(A)成分に対する(B)成分の比率が高く、繊維に対する吸着性が低い(B)が多いためオイルピックアップが低下した。また繊維上でも、繊維の保護効果のある(A)成分が不足したため融着が起き、当然焼け斑ができた。
【0089】
<実施例5>
(A)アミノ変性シリコーンとしてA1に代えてA4を用いたほかは実施例1と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。A4は末端SiOH率が低いため架橋性が低く、繊維保護機能はやや低い。そのため多少の融着と焼け斑が見られた。
【0090】
<実施例6>
実施例6は、(A)~(D)成分量は実施例1と同等であるが、環状体含有量が5質量部である。環状体も繊維への吸着が高くないのでオイルピックアップがやや低下する傾向にある。また繊維上でも、繊維の保護効果のある(A)成分が不足したため融着が起き、当然焼け斑ができた。
【0091】
<比較例5>
(B)ポリジメチルシロキサンを配合しなかったこと以外は実施例3と同様にして炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
比較例6では、粘着性の高いゲルが速やかに形成されるため、膠着が生じたことから接着性の評価結果が悪く、焼け斑も顕著に発生する結果となった。
【0092】
<比較例6>
(A)成分と(B)成分に相当する成分を配合せず、(C)成分のみを用いたほかは、実施例1と同様にして炭素繊維前駆体用処理剤を得た。
比較例7では、炭素繊維前駆体を保護するシリコーンの被膜が無いため、融着が生じたことから接着性の評価結果が悪く、焼け斑も顕著に発生する結果となった。
【0093】
<実施例7>
(C)界面活性剤としてC1に代えてC2を用いたほかは実施例3と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。DTGの燃焼ピーク温度が280℃と高いため、炭素繊維前駆体の熱暴走が完全には抑えられず、軽微な融着が起きたと考えられる。それに伴って焼け斑が生じた。
【0094】
<実施例8>
(C)界面活性剤としてC1に代えてC3を用いたほかは実施例3と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。DTGの燃焼ピーク温度が275℃と高いため、炭素繊維前駆体の熱暴走が完全には抑えられず、軽微な融着が起きたと考えられる。それに伴って焼け斑が生じた。
【0095】
<実施例9>
(C)界面活性剤としてC1に代えてC4を用いたほかは実施例3と同様にして、炭素繊維前駆体用処理剤を得た。DTGの燃焼ピーク温度が175℃と低いため、耐炎化で油剤のゲル化が早く、そのため軽微な膠着が起きたと考えられる。それに伴って焼け斑が生じた。
【0096】